イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2017年01月

表題をサン・クレメンテ・イン・サンタ・マリア・デイ・セルヴィ聖堂としたかったのですが、長過ぎるので、通称を用いることにしました。
正式名称はBasilica di San Clemente in Santa Maria dei Serviですから。
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丘の上にあるので、視界が開けた場所からは必ず見える聖堂です。


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san clem
教会が建っている場所は城壁外でしたが、市域の拡大によって城壁内に組み込まれました。


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カンポ広場から行く場合、サン・ジローラモ教会を通り過ぎます。


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そうすると通りの突き当りに聖堂のファサードと鐘楼が見えます。


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町の南東にあります。


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マンゾーニ広場に面して建っており、粗削りの石で組まれた素朴なファサードが印象的です。


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1255年に創建され、1537年に完成しました。奉献は1533年に行われました。


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建物の建設が300年の長きに及んだので、建設された箇所によってゴシック様式、ルネサンス様式など建築様式が異なることに加え、バロック時代に翼廊が加えられ、更に19世紀後半から20世紀初頭に一部改修が行われた結果、バロック様式と新古典様式の建築箇所もあるのです。


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鐘楼は、14‐15世紀に建築されたロマネスク様式のものを模して20世紀前半に復元された新しいものです。


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聖堂は谷を見下ろす丘の上に建っているので、聖堂前からの眺望が良いことで知られてます。


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聖堂からのチェントロの眺め


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ドゥオーモが見えます。


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マンジャの塔


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サンタゴスティーノ教会


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早速拝観しました。


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バルダッサレ・ペルッツィ(14811536)の設計による内部は、三廊式、ルネサンス様式、エジプト十字形をしています。


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左側廊


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右側廊


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天井


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聖堂の構造図
番号は主な見どころを示してます。


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これを撮っておくと、後で写真の整理をするときに役立ちます。


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聖水盤(14世紀)


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14世紀後半のシエナ派無名画家の「最後の審判と聖母」


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右側の第1礼拝堂


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フレスコ画の断片


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右側の第2礼拝堂


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コッポ・ディ・マルコヴァルド(1225‐1280)の「聖母子と2天使」(1261)


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アルカンジェロ・サリンベーニ(1530‐1580)の「聖ロッコ」


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アルカンジェロ・サリンベーニの「シエナの聖カテリーナ」


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右側の第3礼拝堂です。


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ルティーリオ・マネッティ(1571‐1639)の「聖母誕生」(1625)


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右側の第4礼拝堂です。


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アレッサンドロ・フランキ(1834‐1914)の「セルヴィ会創設の7聖人に顕現する聖母」(1888)


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右側第4礼拝堂前から見た左翼廊


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右側の第5礼拝堂です。


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マッテオ・ディ・ジョヴァンニ(1430‐1495)の祭壇画(1491)


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上部のルネッタの「玉座の聖母子と2聖人と2天使と2寄進者」


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下の「嬰児虐殺」


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右翼廊の礼拝堂に行きました。


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右翼廊の礼拝堂です。


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天井のフレスコ装飾


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ニッコロ・ディ・セーニャ・ディ・ボナヴェントゥーラ(1331‐1345活動)の「磔刑像」(14世紀)


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フランチェスコ・ヴァンニの「受胎告知をする天使」


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次の礼拝堂との境の壁にあります。


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セーニャ・ディ・ボナヴェントゥーラの「聖母子」(1298‐1301)


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後陣右側の礼拝堂です。


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その天井のフレスコ装飾


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リッポ・メンミの「聖母子」(1325c)と言いたい所ですが・・・・・


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ここにあるのはコピー画です。


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こちらが本物の写真です。


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本物はシエナの国立美術館で展示されてます。
聖堂の写真に戻ります。


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ピエトロ・ロレンツェッティと、フランチェスコとニッコロ・ディ・セーニャ兄弟の「嬰児虐殺」


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傑作です。


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ピエトロ・ロレンツェッティのグループによる「聖アグネス」


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後陣右側の第2礼拝堂です。


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パスクアーレ・チア—リによって描かれた天井フレスコ画


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アレッサンドロ・フランキの「無原罪の御宿りと大天使ミケーレと聖クレメンテのトリッティコ」


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後陣右側の礼拝堂前から見た内陣


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(つづく)

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国立美術館の外はすっかり夕暮れ時を迎えていました。


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夕食にはまだ早い時間なので、一旦お宿に戻ることにしました。


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2つの建物を結ぶ通路のようです。


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ありゃ! 開いているではありませんか!
(その6)で「近頃、開いていたことがありません」と書きましたが・・・・


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トロメイ広場にあるサン・クリストフォロ教会です。


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単廊式、ラテン十字形の内部です。


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左側壁


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右側壁


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主祭壇


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クーポラ


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詳細不明


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左翼廊


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右翼廊


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ジローラモ・デル・パッキアの「玉座の聖母子と2聖人」
これを見ていたら、ミサの開始を告げる鐘が鳴らされました。


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どうやらミサが行われる時に開くようです。


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もう少し見たかったのですが、ミサの邪魔をするわけにはいかないので早々に退散しました。


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12-13世紀に建設されたPalazzo Tolomeiが教会の前に建ってます。


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この日はこれで終わりでした。


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翌朝です。


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グラムシ広場に行ってバス時刻の確認をしました。シエナのバスは真面目に運行されてますが、一般的にバスに対しては油断禁物です。時刻表が平日用、休日用、学校休校用の3本立てですが、学校休校日が曲者で、それが分からず度々泣かされた経験があります。


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この日の予定は、教会巡りと国立美術館です。前日の国立美術館は純然たる鑑賞、この日は展示作品の写真を撮るのが目的です。
今まで何回か書きましたが、展示作品数が多い美術館の場合、鑑賞と作品の写真を撮ることとは両立しません。
だから同じ美術館に2回入館してます。


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ここに来るのが目的ではなく、広場を横切って北側に行くためです。


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観光客の姿が殆どありません。


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広場の清掃が行われていました。


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この日の天気予報は快晴。


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先ずサン・マルティーノ教会です。


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その前に、これを見ました。


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Via del Porrione


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サン・マルティーノ教会は閉まっていました。


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グエルチーノ、ドメニコ・ベッカフーミなどの作品があるので、楽しみにしていました。


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教会巡りは効率が悪いのです。事前に相当調べて、この日のこの時間なら開いている筈でしたが、「行ってみるまで分からない、来てみるまで分からない」のが実態です。


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こんな事でめげてはイタリアの教会巡りは無理というものです。気を取り直して、次の目的地へ。


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次はサン・ジローラモ教会です。


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風が吹き抜けて、朝のうちは可なり寒い日でした。


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Via San Martino


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この先を右折しました。


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中世美術は基本的にキリスト教関連になりますが、それらの作品は教会で見るように制作されたので、教会の礼拝堂などで見るのが最適です。それはそうなのですが、大教会は別として、普通の教会の多くは何時も開いているとは限らないのです。優れた中世美術品を出来るだけ観たいという観点からは、教会巡りは実に効率が悪いのです。


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鐘楼が微かに見えてきました。


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サン・ジローラモ教会です。


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ファサードの扉は閉まっていますが、その横の扉が開いてます。


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結論は、教会は開いていませんでした。仕方がない。


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「聖母子?」


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こちらは「聖母子」です。


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サン・クレメンテ聖堂(サンタ・マリア・デイ・セルヴィ聖堂)は流石に開いてました。


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この聖堂については「古寺巡礼」で改めて触れる予定です。


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聖堂からの眺めが良いので観光スポットになってます。


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非常に見どころが多い聖堂です。


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実に清々しい日でした。


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拝観しました。


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聖堂の下にも小さな教会があります。


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サン・レオナルド教会です。


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この教会は閉まっていて当然です。


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宗教活動は既に停止され、建物は博物館に転用される予定です。しかし、旧教会になってから15年以上経ちますが、博物館オープンの話は聞いたことがありません。


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ルネッタのフレスコ画


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見上げるとサン・クレメンテ聖堂の一部がありました。


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次はサン・ライモンド教会です。


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Via Roma


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Via di Fiera Vecchia


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サン・ライモンド教会も閉まっていました。


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Chiesa di Santa Chiara del Refugioとも呼ばれているようです。


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ここまで開いていた教会はサン・クレメンテ聖堂だけでした。


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次はサント・スプリト教会です。大きな教会なので当然開いている筈です。


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ジャーン! 閉まってる!


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流石に参りました。


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見る価値がある作品が多いのですが・・・・・


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大して歩いたわけではありませんが疲れました。


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教会の建物を見ても行く気が失せつつありました。


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(つづく)

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サンタンブロージョ広場はもう直ぐです。


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サンタンブロージョ広場です。
中世の頃、ここは城壁外の田舎でした。


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サンタンブロージョ教区教会です。
393年、聖アンブロージョがこの地に留まったとされている。その地の上に教会が建てられましたが、建設された年が正確に分からないものの、998年に記録に教会の存在が記されています。


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1284年から1310年にかけて、アルノルフォ・ディ・カンビオの設計によって、建物が再建されました。


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現在の建物は、17世紀に彫刻家ジョヴァンニ・バッティスタ・フォッジーニ(1652‐1725)の設計によって再建された三代目の建物です。


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入口扉上ルネッタのフレスコ画


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鐘楼


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17世紀に再建されたとは思えないほどの古風な造りの内部です。


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フレスコ画、祭壇画の傑作が並ぶ教会として、美術ファンには非常に有名です。


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単廊式です。


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木組みの梁の天井です。
この教会の祭壇を飾っていた3点の傑作がウッフィツィ美術館に移されています。先ず、それらを紹介しましょう。


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ボッティチェッリの「サンタンブロージョの祭壇画」


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フィリッポ・リッピの自画像が描かれている有名な作品です。


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マザッチョとマゾリーノの有名な作品です。


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少し脱線しました、現在の教会に話を戻します。
主祭壇
中央礼拝堂を含めて、後陣に3つの礼拝堂があります。


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中央礼拝堂後陣のフレスコ画はありません。
では、各礼拝堂の祭壇画やフレスコ画などを見ていきましょう。


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ジョヴァンニ・ディ・バルトロメオ・クリスティアーニ(1340‐1398)の「聖母子と聖人たち」


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ロレンツォ・ディ・ビッチの「聖母子と聖人たちのトリッティコ」


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これは複製です。前述のように本物はウッフィツィ美術館にあります。


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フィレンツェ派無名画家の「磔刑」(1475‐1500c)


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Maestro della Cappella Rinucchini の「授乳の聖母」(1365‐70)


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これがあるのは有難いです。


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フィレンツェ派無名画家の「受胎告知」(1301‐1350)


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これがない作品も幾つかあります。


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ニッコロ・ジェリーニに帰属する「十字架降下」


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上のフレスコ画のシノピエ


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アレッソ・バルドヴィネッティの「天上の聖母と聖人たち」


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これもあるので、便利です。


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ロッビア一族の彩釉テラコッタ「聖母と2天使」


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これは詳細不明です。


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ピエトロ・ディ・ミニアートの「聖セバスティアーノの殉教」(1390‐95)


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アンドレア・ボスコーリ(1560‐1607)の「ご訪問」(1597)


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これはアンドレア・デル・タッソ(フィレンツェ、1463‐1500c)の代表作です。


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コジモ・ロッセッリの「天上の聖母子と聖アンブロージョと聖フランチェスコ」(1498‐1501)


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ラッファエッリーノ・デル・ガルボの「受胎告知と聖人たち」(1521‐30)


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詳細不明


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ルイージ・アデモッロ(1764‐1849)の「最後の晩餐」(1832‐33)
19世紀のフレスコ画ですが、意外にも保存状態が良くありません。


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シノピエ


lui
ルイージ・アデモッロの「嬰児虐殺」


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Cappella del Miracolo です。


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ミーノ・ディ・フィエゾレの祭壇(1481-83)


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天井のフレスコ画はコジモ・ロッセッリによって描かれました。


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礼拝堂側壁のフレスコ画もコジモ・ロッセッリの作品です。


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上のシノピエ


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一見の価値がある教会です。


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修道院が併設されていましたが、現在は閉鎖されてます。


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旧修道院の建物です。


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旧修道院のキオストロ


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サンタ・クローチェ教会から至近にあります。


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(おわり)









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見かければ必ず写真を撮ってしまいます。


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サン・クリストフォロ教会はこの日も閉まっていました。近頃、開いていたことがありません。


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ジロラモ・デル・パッキア、マルティーノ・ディ・バルトロなどの祭壇画を見たいと思ってますが、希望が叶うことは何時のことでしょうか?


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常時開く教会ならまだしも、何時開くか分からない教会にある傑作や秀作は美術館に移動して欲しいと思います。折角目的の教会や修道院に行っても、扉が閉まっていて、「はい、残念でした」では困りますから。


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1417年から1444年にかけて建設されたLoggia della Mercanziaです。ホテルに転用された時代もありましたが、今では何時でも扉が閉まってます。


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カンポ広場に面したお店で何か軽いものを食べるつもりです。午後は国立美術館に行くので、しっかりと鑑賞するためにアルコールは控えるつもりでした。


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シエナにいる限り、特に用事がなくても毎日来てしまうカンポ広場です。


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このお店でピザを食べました。控えるつもりのアルコール類を飲んでしまいました。お味は普通、お値段はお高い。観光客用の広場に面した店ですから、その辺は仕方がありません。


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前日に入館したので、この日は予定していませんでしたが、フラフラと誘われるように市立美術館に入館してしまいました。


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市立美術館だけの切符を買いました。


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好みの作品だけを見て、30分ほどで出てきました。


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流石に塔には上りませんでした。


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十二分に満足しました。


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名物のパリオですが、競馬をするには少し狭い気がします。競馬としてのパリオでは、アスティの方が広場が広いので、追い込みが決まる場合があって迫力があります。


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見る所は何時も同じです。


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何時も同じ所に行き、同じものを見る、その為にイタリアに来てるし、シエナに来てるのです。


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ペットボトルに給水しました。


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次はパラッツォ・キージ・サラチーニです。


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カンポ広場の直ぐ近くにパラッツォがあります。


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ここです。


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中は美術館になってます。


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中庭天井のフレスコ画


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中庭


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中庭にある古井戸


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要塞のような頑丈な造りの建物です。


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中庭まで入る人が殆どで、入館する人は意外にも少なかったようでした。


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切符売り場
この時は、館内は写真禁止でした。


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Maestro dell'Osservanzaの作品
外部サイトから作品画像を拝借しました。


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ソドマの寓意画
展示作品は多いとは言えませんが、展示作品の質は非常に高いと思います。


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かなり大きな建物です。


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ロッジアにあったものです。


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ジュリオ3世像


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誰によって描かれた「聖母子」でしょうか?


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外に出ました。


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美術ファンにはお勧めのパラッツォです。


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ここまで来たならば、ドゥオーモに寄るのが自然というもの。


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拝観はしません。


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未完成に終わった部分


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財政難で拡大を諦めたそうです。


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シエナを代表する建物です。


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ここはパスしました。


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「寺院への出現」


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ここにもあります。


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次はいよいよ国立美術館です。


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ドゥオーモからは目と鼻の先にあります。


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国立美術館です。


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入館の際、写真券を買えば写真撮影が随分前から可能でした。


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展示作品の紹介は項を改めて触れることにします。


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美術館の窓越しからの眺めです。


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傑作ばかりです。


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シエナ派絵画を満喫して外に出ました。


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サン・ピエトロ教会は閉まっていました。


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(つづく)

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通りを左折すれば聖堂に出ます。


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聖堂の鐘楼が見えます。


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写真左は、サンティ・ルドヴィーコ・エ・ゲラルド祈祷所です。


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門を潜れば聖堂域内に入ります。


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サン・フランチェスコ聖堂です。
1226年、シエナのこの地に訪れていた聖フランチェスコは、死期が近いのを悟り、遺言の一部を弟子の書き取らせ始めました。1226年10月3日、聖フランチェスコは故郷アッシジで没しますが、その死後の間も無くして、この地に教会を建てることになりました。
そうして、1228年に創建され、ロマネスク様式の教会が1255年に完成したのです。


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しかし、14世紀初めには手狭になったので、拡張工事が1326年から1475年にかけて行わられ、ゴシック様式の教会となりました。


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ところが、1655年に火災によって、建物は大きな被害を受けてしまいましたが、大掛かりな修復は行われず、被害を受けた建物がそのまま使用されました。修復が行われたのは、1885年から1892年のことで、その際、新古典様式の建物となりました。


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ファサードの彫刻
彫刻の一部はゴシック様式時代にあったものとされていますが、具体的にどの部分なのか、私には全く分かりません。


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ルネッタの彫刻


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柱頭の装飾


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単廊式、エジプト十字形(タウの字)、ネオゴシック様式の内部です。新しく見えるのは、1655年の火災に対する修復が19世紀末に行われた結果です。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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右側壁


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木組みの梁の天井
各礼拝堂の祭壇画やフレスコ画などを見て回りました。


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ディオニシオ・モントルセッリ(1653‐1709)の「聖ベルナルディーノの説教」


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デイフェーボ・ブルバリーニ(17世紀)の「聖ガルガーノの死」


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ピエトロ・ダ・コルトーナ(1596‐1666)の「聖マルティーナの死」


P1420005
ピエトロ・ソッリ(1556‐1622)の「天上のキリストと聖母と聖フランチェスコと聖アンドレア」


P1420010
ヤコポ・ズッキ(1541‐1590)の「聖母子と聖人たち」


P1420014
アレッサンドロ・カソラーニ(1552‐1607)とイラーリオ・カソラーニ(1558‐1661)の「受胎告知」


P1420019
ジローラモ・ディ・ベンヴェヌートの「磔刑と聖ジローラモ」


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右翼廊の礼拝堂です。


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天井に新しそうなフレスコ画が描かれてます。


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名無しの礼拝堂です。


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フランチェスコ・ナシーニの「聖エレーナ」


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何処から撮っても光っています。


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礼拝堂祭壇の左壁にある、パオロ・アルベルトーニの「キリストの復活」


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誰の墓でしょうか?


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ピエトロ・デ・ぺッツァティスの「聖ルイージ」(1901)


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ヤコポ・ディ・ミーノの「玉座の聖母子」(1400)


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墓と思いますが誰の墓でしょうか?


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ピエトロ・デ・ペッツァティスの「聖ルイージ」(1901)


P1420036
ヤコポ・ディ・ミーノの「玉座の聖母子」(1400)


P1420040
墓でしょうね。


P1420041
これは新しい作品です。
アルド・マルツィの「聖エリザベッタ」


P1420046
アンブロージョ・ロレンツェッティの「5人のフランチェスコ会修道士の殉教」(1335‐40)


P1420051
アンブロージョ・ロレンツェッティの「教皇ボニファチョ8世とトローサの聖ルドヴィーコ」(1335‐40)


P1420052
礼拝堂が並んでいます。


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リッチャルド・メアッチの「天国の鍵を受け取る聖ピエトロと福音書記者聖ジョヴァンニとシエナの聖カテリーナ」(1892)


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第4礼拝堂です。


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ジュゼッペ・カターニの「聖十字架」(1900)


P1420059
ピエトロ・ロレンツェッティの「磔刑」(14世紀)


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中央礼拝堂です。


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ステンドグラス


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アンドレア・ヴァンニの「玉座の聖母子(1398)


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フランチェスコ・ナシーニの「聖アンドレアの殉教」


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エリザベッタ・ナシーニの「天上の聖母子と聖ジローラモ」


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アウトゥーロ・ヴェリジャルディの「善き羊飼いとグレゴリオ3世と聖アンサーノ」


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その後ろにあるステンドグラス


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このトリッティコの制作者が2人います。
ピエトロ・デ・ペッツァティスの「聖フランチェスコ、「無原罪の御宿り」(1891)
アルド・マルツィの「聖マッシミリアーノ」(1973)


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礼拝堂の天井


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リッポ・ヴァンニの「聖母子と聖人たち」(1370?)


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チェーザレ・マッカ—リの「聖アンナと幼き聖母マリア」(1890)


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アントニオ・ボンフィーリの「聖トロフィーモの洗礼」


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詳細不明の「磔刑像」


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ソドマの「キリストの鞭打ち」


P1420109
アレッサンドロ・カソラーニとヴィンチェンツォ・ルスティカーニの「ラザロの蘇生」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ラマッチョッティ(1628‐1671)の「聖母の誕生」


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ジュゼッペ・二コラ・ナシーニ(1657‐1736)の「聖ジローラモの説教」


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アンドレア・ヴァンニのフレスコ画


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制作者不明の「ご訪問」


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制作者が作品の下に書かれてます。


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これは創建時のもの?


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このように礼拝堂が後陣に並んでます。


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次は旧修道院です。


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旧修道院です。


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キオストロとそれを取り囲む回廊です。


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これらの人たちは大学生です。


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修道院だった建物はシエナ大学の校舎として使用されてます。


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回廊の壁にフレスコ画があるのが普通ですが・・・・


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ルネッタ上の浮彫


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中央礼拝堂前から見た出入口方向です。


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外に出ました。


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ロレンツェッティ兄弟のフレスコ画などの古い作品が素晴らしい反面、19世紀末に制作されたトリッティコが妙に目立ちました。
火災のあと、大掛かりな修復が19世紀末に行われるまで殆ど放置されていた影響が、多方面に出ていました。


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サン・フランチェスコ広場


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(おわり)

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次はサンタ・マリア・デル・ネーヴィ教会です。


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グラムスチ広場にはあまり縁がありません。


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朝のうちは半袖の人がいませんでした。


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サンタ・マリア・デル・ネーヴィ教会の後陣です。閉まっていたのは予想通りでしたが、やや残念でした。


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ついでにサリンベーニ広場に行ってみましょう。


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銀行のものです。


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サリンベーニ広場にやって来ました。


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朝から観光客が多い日でした。


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Palazzoの名称等は既に触れたので省略します。


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広場の中央に立っているのは、ティート・サロッキの「サッルスティオ・アントニオ・バンディーニ像」(1880)です。この像を写真に撮っておられる方が沢山いますが、彼のことをご存知でしょうか?バンディーニ(シエナ、1677‐1760)は関税を撤廃して自由貿易を提唱した人ですが、シエナのモンテ・ディ・パスキ銀行の支援を受けていました。この広場はモンテ・ディ・パスキ銀行の本店がある場所ですから、彼の像が立っているのは当然という訳です。ティートは当時の高名な彫刻家です。


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次はサン・ピエトロ・ア・オヴィーレ教会です。シエナにはサン・ピエトロ教会が複数あるので、区別するのが大変です。


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前日上った塔が見えましたが、カンポ広場はスキップ。この先を左折します。


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Via del Moro


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この付近の道は道幅が広くなったり狭くなったりしています。


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次を右折すれば教会です。


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残念! 閉まっていました。
1269年創建のサン・ピエトロ・ア・オヴィーレ教会です。ここは、祭壇画の宝庫です。傑作数点は国立美術館に移されましたが、今でもジョヴァンニ・ディ・パオロ、マッテオ・ディ・ジョヴァンニなどの祭壇画が残されており、美術ファンにとって必訪の教会の一つとなってます。


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次はプロヴェンツァーノ教会です。


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坂を下ります。


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教会が見えてきました。


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旧修道院の一部だった建物です。


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プロヴェンツァーノ教会は通称で、正式名はL'Insigne Collegiata di Santa Maria in Provenzanoと言います。普通の教会よりも格式が高い教会です。


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1595年創建、1611年に完成したマニエリスム様式の建物です。奉献式は1611年に執り行われました。


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単廊式、ラテン十字形、マニエリスム様式の内部です。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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右側壁


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主祭壇


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クーポラ


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クーポラの四隅にフレスコ画が描かれてます。ジュゼッペ・二コラ・ナシーニやヴィンチェンツォ・メウッチなどによって描かれました。


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「磔刑」(19世紀)


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フランチェスコ・ルスティーチの「受胎告知とアレッサンドリアの聖カテリーナとシエナの聖カテリーナ」


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ルイージ・ボスキとジョヴァンニ・ブルーニの「寺院への出現」


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ルイージ・ボスキとジョヴァンニ・ブルーニの「聖母戴冠」



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ディオニシオ・モルトルセッリの「聖ロレンツォの殉教を幻視するシエナの聖カテリーナ」


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ルイージ・ボスキとジョヴァンニ・ブルーニの「聖母の誕生」


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ルイージ・ボスキとジョヴァンニ・ブルーニの「ご訪問」


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詳細不明


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主祭壇前の装飾


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祭壇前から見た出入口です。


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教会から外に出て、プロヴェンツァーノ・サルヴァーニ広場に出ました。


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次はサン・フランチェスコ聖堂です。


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修道女が扉から出てきました。


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ここからサン・フランチェスコ広場に入ります。


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サン・フランチェスコ聖堂です。


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拝観しました。
サン・フランチェスコ聖堂については、「古寺巡礼」で詳しく触れる予定です。


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サン・フランチェスコ修道院だった所は、現在、シエナ大学の校舎として使用されてます。


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サン・フランチェスコ聖堂を後にしました。


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あの門を潜って広場から出た、と書こうしたら、門を越えても未だサン・フランチェスコ広場のようです。


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写真右が先ほど修道女が出てきた教会です。


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サンティ・ルドヴィーコ・エ・ゲラルド祈祷所です。


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中に入ったら、観光客の立ち入りは遠慮して欲しいとの修道女のお言葉。
はい、はい、分かりました。早々に退散しました。


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祈祷所の建物にあった、窓から覗く女性の彫像です。
これは非常に有名です。この付近に来たら、見逃さないようにしましょう。
「Donna nella Finestra」という題名が付けられてます。


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この道を行けば、カンポ広場に出ます。


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「聖母子」はかなり痛みがあります。


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所謂シエナ・カラーの建物が並んでます。


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左右の建物の補強材?


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シエナ大学の学生が歩いてました。


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大通りは何度も歩いているので、横道に入るつもりです。


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シエナは少々お高いようでした。


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街角の「聖母子」


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城壁沿いの道に出ました。


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この辺には観光客がいません。でも、私は観光客ですけど。


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写真右のお宅にお邪魔して、お茶を御馳走になりました。美術史家の方のお住まいです。


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友人宅で小1時間ほど過ごしました。


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美術品を見るのが仕事とは羨ましい限りです。


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パパローニ通りです。


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城壁内はそんなに広くないので、自分がいる場所が大体分かる所が良いのです。


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大通りに出ました。


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まあ、勝手知ったる場所ですね。


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(つづく)

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このコーナーの展示は19世紀から現代の作品になります。一応ざっと見てますが、私にとっては写真に撮るほどの作品が無いので、このコーナーの展示作品の紹介を省かせて頂きます。
客観的に言えば、ピカソ、モディリアーニ、カルロ・カッラ、モランディなどの傑作があるので見逃せないと思います。


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ポンぺオ・バトーニ(ルッカ、1708‐1787)の「聖母子と聖人たち(1773‐40)
(その6)までは展示されていた全作品の紹介を原則にしていました。18世紀以降の作品については、私の好みの関係から、一応気に入った作品に絞って紹介をさせて頂きます。


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カルロ・インノチェンツォ・カルローニ(1686‐1775)の「フェーデの勝利」(1766)


P2030065
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(1696‐1770)の「カルメルの聖母と聖人たち」(1721‐27)


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二コラ・マリンコニーコ(ナポリ、1663‐1721)の「太陽を止めるヨシュア」(1693‐97)


P2030058
フランチェスコ・ソリメーナ(1657‐1747)の「教皇グレゴリオ3世に願う聖ヴィッリバルド」(1701‐05)


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ルーカ・ジョルダーノの「この人を見よ」(1659‐60)


P2030050
フランチェスコ・ソリメーナの「ランゴバルド王と教皇ザッカリアとの邂逅」(1701‐05)


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二コラ・マリンコニーコの「Il transporto dell'arca Santa」(1693‐97)


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ジュゼッペ・ボッターニ(1717‐1784)の「聖地への聖パオーラの出立」(1745)


P2030037
Martin Knoller (1725-1804) の「聖母被昇天」(1788)


P2030032
ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1702‐1785)の「歯医者」


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ジョヴァン・バッティスタ・ピットゥーニ(ヴェネツィア、1687‐1767)の「ヘラクレス」


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ピエトロ・ロンギの「家族内の演奏会」(1750‐55)


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ベルナルド・ベッロット(ヴェネツィア、1721‐ヴァルサヴィア、1780)の「ガッツァーダの風景」(1744)


P2030016
カナレット(ヴェネツィア、1697‐1768)の「サン・マルコの風景」


P2030012
ジャン・ドメニコ・ティエポロ(ヴェネツィア、1727‐1804)の「聖ルイージ・ゴンザーガの肖像」(1760)


P2030008
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピアツェッタ(ヴェネツィア、1683‐1754)の「井戸のレベッカ」


P2030005
ジャン・ドメニコ・ティエポロの「ブレーシャ防衛戦に顕現する聖フラスティーノと聖ジョヴィータ」(1754‐55)


P2030002
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロの「聖アントニオ・アバーテの誘惑」(1724‐25)


P2020996
フランチェスコ・グアルディ(ヴェネツィア、1712‐1793)の「大運河の風景」


P2020993
フランチェスコ・ツーニョ(ヴェネツィア、1706‐1797)の「若い女性の肖像」


P2020990
フランチェスコ・グアルディの「大運河の風景」


P2020987
カナレットの「大運河の風景」


P2020983
ベルナルド・ベッロットの「ガッツァーダのヴィッラ・メルツィの風景」(1744)


P2020979
フランチェスコ・アイエツの「ボッリ・スタンパの家族の肖像」(1822‐23)


P2020975
フランチェスコ・アイエツの「マリンコニア」(1841‐42)


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フランチェスコ・アイエツの「接吻」


P2020971
フランチェスコ・アイエツの「ピエトロ・ロッシ」


P2020964
アッボンディーオ・サンジョルジョ(ミラノ、1798‐1879)の「ヴィンチェンツォ・モンティの彫像」


P2020961
アンドレア・アッピラーニ(ミラノ、1754‐1817)の「アドーネの死」


P2020957
アンドレア・アッピラーニの「ヴィーナスとマルテの気晴らし」


P2020954
ジュゼッペ・ロッシ(1777‐1815)の「墓掘り」


P2020950
アンドレア・アッピラーニの「極楽」


P2020948
アンドレア・アッピラーニの「ヴィーナスの化粧」


P2020932
シルヴェストロ・レーガ(1826‐1895)の「ペルゴラ」(1868)


P2020928
ジュゼッペ・ファット—リ(リヴォルノ、1825‐フィレンツェ、1908)の「赤いワゴン」


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ジュゼッペ・ペッリッツァ(ヴェルペード、1868‐1907)の「大勢の人」(1895‐96)


P2020968
ジュゼッペ・ロッシの「3人の友人と自画像」(1809)


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アンドレア・アッピラーニの作品


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ジローラモ・インドゥーノ(ミラノ、1827‐1890)の「Triste presentimento」


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ジュゼッペ・ファット—リの「クストーザの戦いのエピソード」(1870)


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グリエルモ・チアルディ(ヴェネツィア、1842‐1917)の「マッツォルボのラグーナ」


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エウジェニオ・ジニョウス(1830‐1906)の「キオストロの花」


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最後の部屋に何故かベルナルディーノ・ルイーニのフレスコ画が纏めて展示されていました。


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退館する前にもう一度見たい作品を見ました。


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何回訪れても満足します、飽きることがありません。


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この日はこれで終わりです。


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次回からは2016年6月に行った時の展示作品になります。


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(つづく)


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この日の予定は、午前中が教会巡り、午後が国立美術館でした。


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先ずサン・ピエトロ・アッラ・マッジョーレ教会です。


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この地にあった、テンプル騎士団の教会の存在が998年の記録に初めて記されていますが、それが前身とされてます。


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現在の建物は12-14世紀に再建されたものです。1312年に聖ヨハネ騎士団の教会になりました。


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旧テンプル騎士団の館と鐘楼です。


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単廊式、ロマネスク様式の内部です。


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古いフレスコ画断片が残されてます。


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このような教会が私の好みです。


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主祭壇


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クリストフォロ・ディ・ビンドゥッチョとメオ・ディ・ペーロによって描かれたフレスコ画です。


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何が描かれているのか、判然としません。


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ディエゴ・ぺスコの「天上の聖母と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ピエトロ」(1760)


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こんなものもありました。


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制作者が不明の「聖ドンニーノの殉教」


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バルトロメオ・ネローニの「聖母子」(16世紀)


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外に出てカモッリア通りを進みました。


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前日は閉まっていたサンタ・マリア・イン・ポルティコ教会が開いていました。


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1479年から1484年に建設されたルネサンス様式の建物です。


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入口扉上の彫刻は、ジョヴァンニ・ディ・ステファノ(1444‐1511)の「聖母子と天使たち」です。


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ウルバーノ・ダ・コルトーナ(コルトーナ、1426c‐シエナ、1504)の「聖母子」(1489)


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三廊式、ほぼ正方形の内部です。


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左側壁


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右側壁


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天井


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ロレンツォ・ディ・マイアーノ(シエナ、1476‐1534)の主祭壇(1509‐17)


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主祭壇の左横にある、ヴェントゥーラ・サリンベーニの「聖母の誕生」


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主祭壇の右横にある、ヴェントゥーラ・サリンベーニの「聖母の死」


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ミケランジェロ・アンセルミの「ご訪問」(16世紀前半)


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バルトロメオ・ネローニの「ペスト禍のシエナを救う聖母」


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バルダッサッレ・ペルッツィの「アウグストゥス帝の前のシビッラ・ティブルティーナ」


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ベルナルディーノ・フンガイの「聖母戴冠」


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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有名ではありませんが、観なければならない美術作品が幾つかあって楽しみました。


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カモッリア通りに戻りました。


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この建物は何でしょうか?


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左に折れたら教会の建物が見えました。


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旧サン・ジローラモ・イン・カンパンジ教会で、現在は保育園として使用されてます。


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旧教会の天井にあったフレスコ画です。


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この先に教会があります。


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この教会です。教会の名称が分かりません。


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地図を見たら、この先にも教会のマークがありました。


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閉まってる!!


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この教会のことは良く分かりません。


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ガリバルディ通りの方はあまり見どころが無いので、引き返すことにしました。


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次はサンタンドレア教会です。


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この日は開いていました。


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拝観の前に「聖母子」にご挨拶。


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1175年から1262年に建設されたロマネスク様式の教会ですが、18世紀に建物の半分以上が修復されました。


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20世紀に修復された内部です。


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照明が灯されました。


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・ディ・パオロの「聖母戴冠と聖ピエトロと聖アンドレア」(1445)です。


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マルティーノ・ディ・バルトロメオ?の「聖母子と聖アンナ」


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古いフレスコ画があります。


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その側壁に描かれた「シエナの聖ベルナルディーノ」


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後陣や天井の装飾はありません。


P1030667
アポッロニオ・ナシーニの「ベアート・アルベルト・ダ・キアティーナ」


P1030668
アポッロニオ・ナシーニの「ベアータ・アル°ブランデスカ・ポンツィ」


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祭壇前から見た出入口


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外に出ました。


SienaSantAnnaInSantOnofrio1
サンタンドレア教会の斜め前にあるサンタ・アンナ祈祷所です。


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開いているのは今回が初めてでした。


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祭壇画はセバスティアーノ・フォッリの「聖オノフリオの死」


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この祈祷所の見どころはジュゼッペ・シリーニの彫刻です。


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P1030692


P1030693
詳細不明


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(つづく)

市立美術館の続きです。
P1390383
フランチェスコ・ヴァッヌッチョの「受胎告知」(14世紀)


P1390387
アンドレア・ディ・バルトロの「金庫」(1400‐10c)


P1390395
次はSala di Vestibolo です。
アンブロージョ・ロレンツェッティの「聖母子」(1330c)


P1390398
ジョヴァンニ・ディ・トゥリーノの「オオカミ」


P1390399


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P1390401
次はSala di Risorgimento です。


P1390402
この部屋のフレスコ画や彫刻は19世紀のものです。古いものが多いプッブリコ宮にあって異色の存在です。


P1390405
ロッジアに出ました。


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ロッジアからの眺め


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Sala di Balia に戻りました。


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各部屋の見どころをもう一度丹念に見ました。


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次はマンジャの塔です。約500段の階段を上りました。右膝の軟骨が摩耗して、ヒアルロン酸を注入して治療に努めてますが、来月、上れるか心配です。


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塔からの景色は魅力があります。


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塔から降りました。下りの方が膝に負担がかかったような気がしました。


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塔に上った時、運悪く雲が出てきたのです。


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観光の定番スポットなので、必ず行きます。


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ハトの水飲み場、ハトの水浴場になってます。


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次はドゥオーモです。


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見どころの多さ、多様性、質などで比較すれば、イタリアの教会の中でシエナのドゥオーモは1,2を争う存在でしょうね。


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この日も拝観しました。


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拝観が有料になってから久しいですが、昔は無料でした。有料の方が気兼ねなく拝観できるので、私としては寧ろ有難いです。
無料で宗教施設だからと構えられると、例えばペルージャとか、パドヴァのサンタントニオ聖堂とかですが、美術品鑑賞の観点からは、嫌な感じがします。


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ドゥオーモに付いては、「古寺巡礼」で別個に取り上げる予定です。


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シエナの栄光の歴史が分かります。


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予め調べてから行くと、見所が絞れるし、見逃すことが少なくなります。


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後陣を忘れては画竜点睛を欠くことになります。


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ドゥオーモの拝観がすべて終了しました。


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市立美術館とドゥオーモの2箇所だけで、この日は終わりです。


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2箇所だけで6時間強かかってしまいました。


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日帰りの観光客が多いシエナです。バスターミナルになっている広場への道が混雑していました。


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この日のお宿はカンポ広場に近いので、急ぐ必要がありません。


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もう一度広場へ。


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夕暮れを迎えて、人出が少なくなった広場です。


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静けさを取り戻した広場でした。


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夕方の、こういった風景が好きなので、どの街でも原則泊まることにしている訳です。


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ぶらぶらと歩きながら、この日のお宿に戻りました。


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(つづく)


その2ですが、「シエナ市立美術館」として独立させて書いた方が良かったと思いますが、既に乗った舟ということで、このまま続けます。
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ヴィントゥーラ・サリンベーニ(1568‐1613)の「磔刑」


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ヴィンチェンツォ・ルスティーチ(1556‐1632)の「聖母子と聖ガルガーノとシエナの聖カテリーナ」


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ルティーリオ・マネッティ(1571‐1639)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖フランチェスコとシエナの聖カテリーナ」


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ヴィンチェンツォ・ルスティーチの「聖母子とマグダラのマリアと聖アンサーノと寄進者」


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16世紀のシエナ派無名画家の「シエナの聖カテリーナの神秘な結婚」


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ヴェントゥーラ・サリンベーニの「聖母子」


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ヴェントゥーラ・サリンベーニの「ピエタ」


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ヴェントゥーラ・サリンベーニの「聖ロレンツォ」


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ヴェントゥーラ・サリンベーニの「聖ステファノ」


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バルトロメオ・ダヴィド(1482‐1544)の「聖オノフリオ」


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バルトロメオ・ダヴィドの「聖母子」


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バルトロメオ・ダヴィドの「ピエタ」
光ってダメですね。


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こちらの方が未だマシでしょうか?


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バルトロメオ・ダヴィドの「聖アンドレア」


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ニスの塗り過ぎ?


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ブレーシャニーノ(1505‐1525活動)の「聖母子と天使」


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次はSala di Balia です。


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この部屋のフレスコ画は、マルティーノ・ディ・バルトロメオ、スピネッロ・アレティーノとその息子ぱっり・アレティーノ、ドメニコ・ディ・ニッコロの4人の画家によって描かれました。


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主なテーマは「教皇アレッサンドロ3世の生涯」です。


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「教皇アレッサンドロ3世の生涯」はスピネッロ・アレティーノとパッリ・スピネッリの親子によって描かれました。


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殆どの場面が「教皇アレッサンドロ3世の生涯」になってます。


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フレスコ画の各場面の作品帰属については、私には分かりません。


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マッテオ・ディ・ジョヴァンニの「聖母子」(1470)


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次はAnticamera del Concistoro です。
アンブロージョ・ロレンツェッティの「3聖人」


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色々な場所から切り取られたフレスコ画が並んでます。
これらは、何れも14世紀のシエナ派無名画家によって描かれたものです。


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このフレスコ画の作品帰属が明らかになってます。
マルティーノ・バルトロメオの「聖パオロ」(1370c)


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次はSala di Concistoro です。


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この部屋について、私自身が良く分かっていません。


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来月、ここに行く予定です。その際に良く調べてくるつもりです。


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次はシニョーリ礼拝堂と旧礼拝堂です。


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祭壇画は、ソドマの「聖家族と聖レオナルド」(1530c)です。


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礼拝堂の壁はフレスコ画で一杯です。


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タッデオ・ディ・バルトロやドメニコ・ディ・ニッコロによって描かれたそうです。


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場面毎の制作者が私には分かりません。


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その辺の所はガイドブックを買わないと中々分かりません。


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旅行中に買い求めたガイドブックなどで旅行バッグが一杯になります。


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次は世界地図の間です。


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シモーネ・マルティーニの「マエスタ」
市立美術館の最大の見どころはこの作品でしょう。


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「マエスタ」の対面の壁に描かれたフレスコ画です。


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上部は、ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの「グイドリッチョ・ダ・フォリアーノの騎馬像」
下部の左右の聖人はソドマの作品です。


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シエナの全盛期に描かれました。


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次は平和の間です。


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アンブロージョ・ロレンツェッティの「善政の効果」


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アンブロージョ・ロレンツェッティの「善政の効果」


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アンブロージョ・ロレンツェッティの「悪政の効果」


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アンブロージョ・ロレンツェッティの「悪政の効果」


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サーノ・ディ・ピエトロ(1406‐1481)の「磔刑」


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マッザレッロ・ディ・ジッリーオ(1290‐1339記録)の「磔刑像」


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マルティーノ・ディ・バルトロメオ(1389‐1434記録)の「聖ステファノとマグダラのマリアと聖アントニオ・アバーテ」


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アンブロージョ・ロレンツェッティの「大天使ミケーレ」


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Maestro di Monteoliveto (13051330) の「聖母子」


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15世紀前半のシエナ派無名画家の「ウミルタの聖母」


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15世紀のビザンチン様式の無名画家の「聖母子」


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ニッコロ・ディ・セル・セッツォ(1348‐1363記録)の「受胎告知」


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ニッコロ・ディ・バルトロメオ(1447‐1500)の「カンポ広場での聖ベルナルディーノの説教」


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14世紀後半のシエナの無名彫刻家の「磔刑像」


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ヤコポ・デル・クエルチャに帰属する「聖アントニオ・アバーテ」


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ヤコポ・デル・クエルチャに帰属する「聖アンブロージョ」
(つづく)


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この日はアシャーノ方面から鉄道でシエナに到着しました。


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駅舎


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チェントロは駅から高い所にあるので、エスカレーターを幾つも乗り継いで上に上がります。


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上に到着です。


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エスカレーターの入り口です。


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門に敬意を表して行ってみることに。


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現在の城壁の外側にあるAntiporto di Camolliaです。


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1270年に建設されました。ご覧のように古いフレスコ画残ってます。


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今のとなっては、何が描かれているのか判然としませんが、壁の内側の全面に描かれていたそうです。


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シエナ派の巨匠シモーネ・マルティーニも描いたそうですが・・・・


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何が何だか分かりませんね。


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歴史ある由緒正しき門です。


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この門がある通りはヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。


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門の後方に教会があります。


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教会の名前が分かりません。


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ルネッタのフレスコ画は「シエナの聖ベルナルディーノ」です。


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カモッリア門に向かいます。


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普通の建物ですが彫刻が見えました。


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これですね。


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西側にあるカモッリア門です。


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城壁内に入りました。


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カモッリア通りを進みます。この通りは場所によって何度も通りの名称が変わります。


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横の道下に教会が見えました。1479年から1484年に建設されたサンタ・マリア・イン・ポルティコ教会です。開いていたら拝観の予定でした。


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この辺で通りの名称がモンタニーニ通りに変わったようです。


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シエナが大好きで、毎年訪れてます。


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フィレンツェも好きですが、美術的にはフィレンツェ派よりもシエナ派が好きなので、シエナ贔屓となってます。


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1175年から1262年に建設されたサンタンドレア教会です。


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開いていれば拝観の予定でした。ジョヴァンニ・ディ・パオロの祭壇画など、見逃せない美術品が幾つかあります。


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この時は3泊の予定だったので、そのうちに拝観できるだろうと鷹揚に構えていました。


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真っ直ぐ進めばカンポ広場に出るので、観光客で賑わう通りです。


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この日の予定は、市立美術館とドゥオーモに行くことでした。作品の写真をあまり撮らずに鑑賞を主体にしようと思いました。


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所謂シエナ・カラーの建物が好みです。


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この日のお宿に着きました。


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ホテルではありません。私の親友の親友の家です。親友と一緒に何度も泊まるうちに親しくなりました。


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サリンベーニ広場です。パラッツォ・サリンベーニは確か銀行の本店だと思います。


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こちらの建物はPalazzo Spannocchiです。


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この辺からVia Banchi di Sopraに変わったようです。


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マンジャの塔が見えてきました。


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イタリア定番の彫刻


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お祭り用の旗?


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これらの写真は10月に撮りました。10月の祭りのことは全く知りません。


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ロッジアがある建物を左に行けば広場に出ます。


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広場に出ます。


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「今年も来ました」


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ここに来ると、シエナに来たことを実感します。


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10月でしたが、かなり混雑していました。


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天気に恵まれました。


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こんなものがあるんですね。


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先ず市庁舎の見学です。


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これらの彫刻が見どころです。


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フレスコ画は何が描かれているのか判然としません。


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プッブリコ宮内の市立美術館に入館しました。


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全作品の写真はこの日の2日後に撮りましたが、この日はお気に入りの作品の写真を撮ったので、それらを紹介しましょう。


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17世紀のシエナ派無名画家の「聖家族とシエナの聖カテリーナ」


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セバスティアーノ・フォッリ(1569‐1621)の「聖母子と天使」


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アレッサンドロ・カソラーニ(1552‐1607)の「聖母子と聖アンナと天使」


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ヴィンチェンツォ・ルスティーチ(1556‐1632)の「ピエタ」
(つづく)



やはりこの美術館の展示作品が充実しているのが、こうして写真を整理してゆくと、そのことが良く分かります。また、これらの写真ですが、2015年2月に撮りましたが、2016年6月に撮った写真と比べて見ると、展示作品が非常に変わっていることが分かりました。
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ブロンズィーノ(モンティチェッリ、1503‐フィレンツェ、1572)の「ネプチューンに扮したアンドレア・ドーリアの肖像」


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ジローラモ・ジェンガ(ウルビーノ、1476c‐1551)の「無原罪の御宿りに付いての議論」(1516‐18)


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フランチェスコ・サルヴィアーティとジュゼッペ・サルヴィアーティの「死せるキリストへの嘆き」(1539‐41)


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ガスパーレ・サッキ(イーモラ、1517‐1536活動)の「マギの礼拝」(1521)


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ティモテオ・ヴィティー(ウルビーノ、1469‐1523)の「受胎告知される聖母と洗礼者聖ジョヴァンニと聖セバスティアーノ」


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ルドヴィーコ・カッラッチ(ボローニャ、1555‐1619)の「マギの礼拝」(1616)


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フェデリーコ・バロッチ(ウルビーノ、1535‐1612)の「聖ヴィターレの殉教」(1583)


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グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「聖ピエトロと聖パオロ」


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グイド・カニャッチ(サンタンジェロ・ディ・ロマーニャ、1601‐ウィーン、1663)の「死にゆくクレオパトラ」


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グエルチーノの「アガルとイシマエルと離縁するアブラハム」


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ルドヴィーコ・カッラッチの「修道士たちへの聖アントニオ・アバーテの説教」(1615)


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フランチェスコ・ゲッシ(ボローニャ、1588‐1649)の「聖母子と聖ロレンツォと聖二コラと聖フランチェスカ・ロマーナ」


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アンニーバレ・カッラッチの「キリストとサマリア女」(1594‐95)


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アンティヴェドゥート・グラマティカ(シエナ、1571‐ローマ、1626)の「聖チェチリアと聖ティブルツィオと聖ヴァレリアーノ」


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ルドヴィーコ・カッラッチの「キリストとカナン人」(1594‐95)


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アンティヴェドゥート・グラマティカの「聖ドミティッラと聖ネーレオと聖アキッレオ」


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カラヴァッジョの「エマオの晩餐」
2016年に上野に貸し出されていました。


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ベルナルド・カヴァッリーノ(ナポリ、1622‐1650)の「嬰児虐殺」


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マッティア・プレティ(タヴェルナ、1613‐ヴァレッタ、1690)の「救世主と信頼できる母と子供」


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マッティア・プレティの「税を払う聖ピエトロ」


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ベルナルド・カヴァッリーノの「無原罪の御宿り」


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リベラの「悔悛の聖ジローラモ」


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ルーカ・ジョルダーノ(ナポリ、1632‐1705)の「化学者の肖像」


P1510796
オラツィオ・ジェンティレスキ(ピサ、1565‐ロンドン、1638)の「3殉教聖人(聖ヴァレリアーノ、聖ティブルツィオ、聖チェチリア)」


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バッティステッロ(ナポリ、?-1637)の「井戸のサマリア女」


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ダニエーレ・クレスピ(ブスト・アルしツィオ、1597c‐ミラノ、1630)の「最後の晩餐」(1629‐30)


P1510806
タンツィオ・ヴァラッロ(アラーニャ、1574‐ヴァラッロ、1635)の「男の肖像」


P1510809
タンツィオ・ヴァラッロの「貴婦人の肖像」


P1510812
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574‐ミラノ、1625)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1616‐20)


P1510815
フランチェスコ・カイーロ(ミラノ、1607‐1665)の「ゲッセマネ園の祈り」(1633)


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タンツィオ・ダ・ヴァラッロの「長崎でのフランチェスコ会修道士の殉教」


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「悔悛のマグダラのマリアと天使」


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フランチェスコ・カイーロの「ルイージ・スカラムッチャの肖像」


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ジョヴァン・バッティスタ・クレスピ(チェラーノ、1576‐ミラノ、1633)の「ロザリオの聖母」


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「聖チェチリア」


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「聖ジローラモ」


P1510835
モラッツォーネ、チェラーノ、ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「聖ルフィーナと聖セコンダの殉教」


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ルーカ・ジョルダーノの「聖家族とパドヴァの聖アントニオ」(1664‐65)


P1510842
Anton Van Dyck (Anversa, 1599- London, 1641) の「聖母子とパドヴァの聖アントニオ」(1630‐32)


P1510844
オラツィオ・デ・フェッラーリ(ヴォルトリ、1606‐ジェノヴァ、1657)の「この人を見よ」


P1510848
Joachim Von Sandrart (1606-1688) の「善きサマリア人」(1632)


P1510850
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「3殉教者の変容」(1605‐07c)


P1510855
ジョアッキーノ・アッセレート(ジェノヴァ、1600‐1649)の「寺院への出現」


P1510858
Pieter Paul Rubens (1577-1640) の「最後の晩餐」(1631‐32)


P1510861
カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローニ(クレモナ、1608‐ミラノ、1665c)の「聖母被昇天」


P1510864
エヴァリスト・バスケニス(ベルガモ、1617‐1677)の「楽器」


P1510867
フェリーチェ・ボセッリ(ピアチェンツァ、1650‐1732)の「Natura Morta」


P1510871
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「マルタ騎士の肖像」


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フェリーチェ・ボッセリの{Natura Morta」


P1510876
エヴァリスト・バスケニスの「Natura Morta」
楽器以外にも描きました。


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ピエトロ・ダ・コルトーナ(コルトーナ、1596‐ローマ、1669)の「聖母子と聖人たち」(1629c)


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ベルナルド・ストロッツィの「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「死せるキリストと聖カルロ・ボッロメオ」


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チェラーノ(ジョヴァン・バッティスタ・クレスピ)(ノヴァーラ、1573‐ミラノ、1632)の「死せるキリストへの哀悼」


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フェーデ・ガリツィア(ミラノ、1578‐1630)の「我に触れるな」


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Maestro di Anversa dei 1518 の「マギの礼拝」


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Jan De Beer (1504-1515活動)の「ご誕生とマギの礼拝とエジプトへの逃避途中の休息のトリッティコ」


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スパーニョレット(ジュゼッペ・マリア・クレスピ)(ボローニャ、1665‐1747)の「磔刑」(1729)


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セバスティアーノ・リッチ(ボローニャ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「聖エラズモの殉教」(1694‐97)


P2030089
Pierre Subleyras (1699-1749) の「磔刑」(1744)


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Pierre Subleyras の「聖ジローラモ」(1739)


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ウバルド・ガンドルフィ(サン・マッテオ・デッラ・デチーマ、1728‐ラヴェンナ、1781)の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1768)


P2030133
シモン・ヴーエ(パリ、1590‐1649)の「若い女性の肖像」


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Jacob Joadaens (Anversa, 1593-1678) の「イサクの犠牲」
(つづく)

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ルーカ・シニョレッリ(コルトーナ、1445c‐1523)の「聖母子と聖人たち」


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画面が光るので別方向から撮ってみましたが変わりありませんね。


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ジョヴァンニ・ディ・フランチェスコ・デル・チェルヴェッリエーラ(ロヴェッツァーノ、1418c‐フィレンツェ、1459)の「聖母子」


P1510570
ルーカ・シニョレッリの「授乳の聖母」


P1510573
ルーカ・シニョレッリの「キリストの鞭打ち」(1480‐83)


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カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1430c‐マルケ、1494/95)の作品です。


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「ピエタのキリスト」


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「聖母戴冠」


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ヴィットーレ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1440c‐フェルモ、1501)の「福音書記者聖ジョヴァンニ」


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カルロ・クリヴェッリの「カメリーノのトリッティコ」(1482)


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「玉座の聖母子」


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「聖ピエトロと聖ドメニコ」


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「聖ヴェンナンツィオと聖ピエトロ・マルティ―レ」


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カルロ・クリヴェッリの「蝋燭の聖母子と聖人たち」(1488‐90)


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「蝋燭の聖母」


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「聖ピエトロと聖パオロ」


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「聖アンソヴィーノと聖ジローラモ」


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カルロ・クリヴェッリの「磔刑」(1488‐90)


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フラ・カルネヴァーレ(ウルビーノ、1445‐1484存在確認)の「聖ピエトロ」(1460‐65)


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ニッコロ・ディ・リベラトーレ・デット・アルンノの「カーリのポリッティコ」


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「玉座の聖母子」


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向かって左の「トローサの聖ルドヴィーコ」、「聖フランチェスコ」


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向かって右の「シエナの聖ベルナルディーノ」、「聖セバスティアーノ」


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中央上の「キリストの聖体」


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左上の「聖キアーラ」、その下の「洗礼者聖ジョヴァンニ」、「聖ピエトロ」


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右上の「聖ピエトロ・マルティ―レ」、その下の「聖ジローラモ」、「パドヴァの聖アントニオ」


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バルトロメオ・ディ・トッマーゾ(フォリーニョ、1425‐1453存在確認、1455以降没)の「太陽の聖母」


P1510617
ジョヴァンニ・アンジェロ・ダントニオ・ダ・ボローニャの「グアルド・タディーノのポリッティコ」


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作品の下部


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上部


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「玉座の聖母子」


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左下の「聖アゴスティーノ」、「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


P1510622
右下の「聖アポッロニア」、「トレンティーノの聖二コラ」


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中央上の「磔刑」


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左上の「聖ロレンツォ」、「聖ピエトロ」


P1510623
右上の「聖セバスティアーノ」、「聖ジローラモ」


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ライトが消されてシニョレッリの光っていない作品写真がなんとか撮れました。


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ドッソ・ドッシ(モデナ、1486c‐フェッラーラ、1542)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」と「聖ジョルジョ」(1540‐42)


P1510636
ジョヴァンニ・バッティスタ・ベンヴェヌーディ(オルトラーノ)(フェッラーラ、1487c‐1527以降没)の「磔刑と聖人たち」(1517‐20)


P1510639
ガロファロ(フェッラーラ、1481c‐1559)の「嘆き」(1527)


P1510641
マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1459‐1539)の「ご誕生」(1516)


P1510645
エルコーレ・デ・ロベルティ(フェッラーラ、1455c‐1496)の「玉座の聖母子と聖人たち」(1479‐81)


P1510649
ベルナルディーノ・ザガネッリ(コティニョーラで1495以降記録‐イーモラ、1519)の「玉座の聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖フランチェスコ」(1504)


P1510651
ニッコロ・ピサーノ(ピサ、1470‐1538)の「聖母子とガリツィアの聖ジャコモと聖エレーナ」(1512)


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ニッコロ・ロンディネッリ(ラヴェンナ、1495‐1502存在確認)の「ガッラ・プラチディアに現れた福音書記者聖ジョヴァンニ」


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フランチェスコ・ザガネッリ(コティニョーラで1484以降記録‐ラヴェンナ、1532)の「玉座の聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖フロリアーノ」(1499)


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フランチェスコ・ザガネッリの「死せるキリストを支える2天使」


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マルコ・パルメッツァーノの「聖母戴冠」(1494‐96)


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マルコ・パルメッツァーノの「玉座の聖母子と聖ジョヴァンニと聖ピエトロと聖ドメニコとマグダラのマリア」(1493)


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ジェミニアート・ベンツォーニ(1489‐1513活動)の「聖パオロ」(1500‐10)


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ニッコロ・ピサーノの「聖母子」(1510‐20)


P1510675
コッレッジョ(コッレッジョ、1489c‐1534)の「ご誕生と聖エリザベッタと聖ジョヴァンニーノ」(1512‐13)


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ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1491‐パルマ、1554)の「聖ジローラモとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


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コッレッジョの「マギの礼拝」(1516‐17)


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フランチェスコ・フランチャ(ボローニャ、1450c‐1517)の「受胎告知」(1505)


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ピエロ・デッラ・フランチェスカの「モンテフェルトロの祭壇画」


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Pedro Berruguete (1486c-1504c) の「ピエタのキリスト」


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ブラマンテの「荊刑のキリスト」


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ラッファエッロ・サンツィオ(ウルビーノ、1483‐ローマ、1520)の「聖母の結婚」(1504)


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ジョヴァンニ・アントニオ・ソリアーニ(フィレンツェ、1492‐1544)の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


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ペリン・デル・ヴァーガ(フィレンツェ、1501‐ローマ、1547)の「紅海の横断」(1522-23)


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ペッレグリーノ・ティバルディ(1527‐1596)の「洗礼者聖ジョヴァンニの斬首」(1556‐58)
(つづく)

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この日の予定は、ガリバルディ門からサン・マルコ教会などを経て、ブレラ絵画館からドゥオーモに、全部徒歩で、というものでした。


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往路のガリバルディ門までと帰路のドゥオーモからは、地下鉄利用でしたが。


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コモに向かう道のコマシーナ門でしたが、現在の門は1826年から1829年に建設された新しいものです。1860年にイタリア統一の英雄に捧げられ、名称がガリバルディ門と変更されたそうです。


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門にある紋章


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先ずは、サンタ・マリア・イン・コロなーた教会です。


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門を越えれば、サンタ・マリア・イン・コロなーた教会は直ぐに見えてきます。


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15世紀に建設された教会です。


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門から、こんなに近い所にあります。


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12時前なので開いているかと思いましたが、扉は閉じられていました。ファサードの彫刻だけを見学。


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ミラノには沢山の教会がありますが、何時も開くのは、その3分の1くらいでしょうか。


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ガリバルディ大通りを進みました。


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エンジニアのジョヴァンニ・バッティスタ・ピアッティ像です。この人は19世紀に小型トンネル掘削機を作り、イタリアの鉄道敷設に大いに貢献したんですね。


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繁華街です。


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古そうな建物ですが、何なのか分かりません。


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次はサン・シプリチャーノ教会です。スーツ姿のミラノ紳士の着こなしが決まってますね。


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漸く教会です。写真左に行けば広場ですが、広場の先に教会があります。


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サン・シプリチャーノ教会です。


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美術作品が幾つかあります。


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この時間は閉まっています。


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ルネッタ上のモザイクを見学


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この日はミラノ中央駅に10時半過ぎの到着しました。ホテルにチェックインして街に繰り出したのは11時半過ぎでしたから、教会が閉まっているのは仕方がありません。


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大きな教会です。


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教会前の広場


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次はサン・マルコ教会です。


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写真右に面白そうな建物があります。


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フォッサーティ劇場です。前衛的な演目を上演することが多いので、敬遠してます。


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ホップオン・ホップオフバスはイタリアでは何と呼ばれているのでしょうか?私は乗ったことがないので分かりません。


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左折してポンタッチョ通りに入りました。


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この先にサン・マルコ教会、そしてブレラ絵画館があります。


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サン・マルコ教会です。ミラノでは信号を守ります。特にナポリでは信号を守らないと危険が増します。信号を守ってもナポリでは危険ですけど。


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拝観したい教会ですが、この日は仕方がありません。


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特徴ある窓


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かなり有名な彫刻


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モザイクの下の彫刻が中々のものです。


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次はブレラ絵画館です。教会の直ぐ傍にあります。


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ブレラ通りに入りました。


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入館する前にここで昼食を食べました。美味しいけれど、チョットお高い。でも、ミラノですから物価が高いので、普通の値段と思います。


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この教会の名前を忘れました。


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その教会の後陣がブレラ絵画館の前にあります。


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お腹一杯になったので、いよいよ絵画館に入館します。


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美術学校にもなっているので学生が多いパラッツォ・ブレラです。


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ミラノに来たら必ず入館します。


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ナポレオン像が修復工事中でした。複製の鋳物なのに律儀なことです。


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イタリアでは5指に入る美術館でしょうね。


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名画を堪能しました。


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写真右の多分偽物売りと思いますが、警官が遠くに見えると偽物を包んで逃げたのです。その逃げ足が速いのにビックリしました。広げた布の上に偽物を置いて、危険を察知すると布で偽物を包んで手早く逃げられるようにしていたのです。


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絵画館横のアイエツ像


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アイエツはブレラ絵画館長でもありました。


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Palazzo Cusani


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通りの突き当り右横がスカラ座です。


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あの教会は見る価値があまりないと思います。


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それでも「聖母子像」だけは見ました。


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この辺は教会が幾つもあります。


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サンタ・マリア・デル・カルミネ教会です。


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夕方は普通開きません。


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ファサードだけ見ました。


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受胎告知があります。


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色が褪せてます。


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ミラノには教会が幾つあるのでしょうか?


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ブレラ通りに戻りました。


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サン・ジュゼッペ教会です。


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バロック様式の教会は好みから外れますが、久し振りに拝観でもするか、と思いました。


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ファサードの聖家族の彫刻


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中に入りました。


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アンドレア・ランツァーニの「聖家族」
この写真を撮ったところで、奥から係員(聖職者ではありません)がやってきて、教会の拝観は有料で€10とのこと。


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ブレラよりも高いので、早々に退散。


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毎度お馴染みの場所にやって来ました。


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この日の公演はありません。


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サン・フェデーレ教会に向かいました。


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スカラ座から教会が見えます。


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サン・フェデーレ教会です。


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ミラノにおける、数少ないカラヴァッジョ所縁の地の一つですから、カラヴァッジョファンには見逃せません。


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シモーネ・ぺテルツァーノの「十字架降下」


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13歳の時、画家カラヴァッジョはそれまで住んでいたカラヴァッジョからミラノに出て、シモーネ・ぺテルツァーノに弟子入りしました。弟子入りしてから間もなく師匠のシモーネがこの作品の制作に取り掛かったと言われており、カラヴァッジョも何らかの形で師匠を手伝ったとされてます。


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便利な場所にあるので、カラヴァッジョにご興味のある方は一度行ってみたらと思います。


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外に出ました。


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次はガッレリアです。


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ここはパス。


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相変わらず賑わってます。


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ミラノの紋章


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やってる、やってる!


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孔が深くなる一方です。


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修復されたのは4年前でしたか?


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有料になったドゥオーモです。


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これ一先ず終わりにします。

ジョルジョーネが残した祭壇画の傑作があるドゥオーモです。
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城塞都市のカステルフランコ・ヴェネトです。


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チッタデッラに対抗する、12世紀に建設されたPorta del Musileです。


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城塞内のメイン通りです。


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メインの通りに面して建つドゥオーモです。


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ドゥオーモ広場、またはサン・リベラーレ広場です。


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カステルフランコ・ヴェネトはトレヴィーゾ司教区に属しており、教区教会となってます。正式名はChiesa Parrocchiale di Santa Maria Assunta e San Liberaleです。


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ジョルジョーネの家と現在のドゥオーモの建物の後陣の間にあったロマネスク様式の建物が前身です。


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初代の建物が老朽化したので再建することになり、当時、弱冠23歳の地元出身の建築家フランチェスコ・マリア・プレティ(1701‐1774)の、パッラーディオ様式に基づく設計によって、1724年から1745年に建設された新古典様式の教会です。奉献は1746年に行われました。
完成当時はファサードがなく、ファサードはピオ・フィナッツィの設計によって1892年から1893年に追加建設されました。


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三廊式、ラテン十字形、新古典様式の内部です。


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左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。


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ジョルジョーネの作品は右翼廊横の礼拝堂にあります。


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中央通路


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先ず中央礼拝堂と後陣を見てみましょう。


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祭壇画や彫刻は取り壊される前に初代の建物にあったものが殆どです。


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詳細不明


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詳細不明


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主祭壇と後陣


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装飾があまりない地味な感じがする後陣です。


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クーポラ


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ポンチーニ(1500‐1570)の「リンボへのキリストの降下」(1551)です。


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後陣への立ち入りが禁止されている上に、祭壇前から少し遠くに作品があるので、写真を撮るのが難しい。


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ということで、外部サイトから作品画像を拝借しました。


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左翼廊の祭壇です。


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では、ジョルジョーネの作品があるコスタンツォ礼拝堂に向かいましょう。


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ジョルジョーネの作品があるとの案内があります。


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ノーフラッシュならば写真OKです。


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先客がいたので暫し待機。


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誰もいなくなったので、ゆっくりと鑑賞しました。


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ジョルジョーネの「玉座の聖母子と2聖人」(1504)


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キプロス女王のカテリーナ・コルナーロの忠臣で、ヴェネツィア共和国の傭兵隊長でもあったトゥツィオ・コスタンツォが息子マッテオの死を悼んで、同家礼拝堂の祭壇を飾るためにジョルジョーネに注文したのです。


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玉座の聖母子


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甲冑を来た聖リベラーレ


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聖フランチェスコ


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背景


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この作品は、2008年だったと思いますが盗まれてしまい、暫く見ることが出来ませんでした。幸い間も無く発見されたのですが、痛みがあることが分かり、その修復のため、この礼拝堂に中々戻されず大変心配した時期がありました。


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作品は台座の上に載せられてます。


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台座の紋章


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祭壇下にあるマッテオ・コスタンツォの墓


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礼拝堂の外に出ました。


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他の礼拝堂を見ましょう。


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パオロ・ピアッツァ(1557‐1621)の「天上の聖母子と聖人たち」


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ナターレ・スキアヴォーニ(1777‐1858)の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


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ジョヴァン・バッティスタ・ツァムペッツィ(1627‐1700)の「バッサーノ作『ご誕生』の複製画」


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フランチェスコ・ベッカルッツィ(1492‐1563)の「聖アンナと聖ジョアッチーノの結婚」


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詳細不明


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聖水盤


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右側廊


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アントニオ・ザンキ(1631‐1722)の「聖バルトロメオの殉教」


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ボルディニョーロ・ノエ(1842‐1920)の「スパニョーロ作『パドヴァの聖アントニオ』(1540)の複製画」


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左側廊


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ジョルジョーネの作品をもう一度見ます。


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何度見ても飽きることはありません。


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出入り口が見えます。


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外に出ると、教会の対面に市庁舎があります。


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教会の横にジョルジョーネの家があります。


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これからも来たいカステルフランコです。


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(おわり)

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Maestro di San Martino alla Parma (フィレンツェで14世紀第1四半世紀活動)の「トローサの聖ルドヴィーコと2天使と寄進者」


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Maestro della Misercordia (フィレンツェで14世紀第3四半世紀に活動)の「司教座の福音書記者」


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ヴィンチェンツォ・カンピ(クレモナ、1530‐35c‐1591)の「果物売り」


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ヴィンチェンツォ・カンピの「鳥肉売り」


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ジョヴァン・パオロ・ロマッツォ(ミラノ、1538‐1600)の「自画像」


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ヴィンチェンツォ・カンピの「台所」(1590‐91)


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ヴィンチェンツォ・カンピの「魚屋」(1578‐81)


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アルトベッロ・メローニ(クレモナ、1485c‐1543)の「女性の肖像」


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カッリスト・ピアッツァ(ローディ、1500c‐1562)の「キリストの洗礼」


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カッリスト・ピアッツァの「傭兵隊長ルドヴィーコ・ヴィスタリーニの肖像」


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ボッカッチョ・ボッカッチーノ(フェッラーラ、1493‐クレモナ、1525)の「聖母子」


P1510430
シモーネ・ぺテルツァーノ(ベルガモ、1540c‐ミラノ、1596)の「ヴィーナスとキューピッドと2サティーロ」
画家カラヴァッジョが13歳の時、それまで過ごしていたカラヴァッジョからミラノにやってきて、師事したのがシモーネです。


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ジュリオ・カンピの「聖母子と聖人たちと寄進者」


P1510437
ソフォニスバ・アングィッソーラ(クレモナ、1532‐パレルモ、1625)の「自画像」


P1510440
ソフォニスバ・アングィッソーラの「ピエタ」


P1510443
ソドマ(ヴェルチェッリ、1477‐シエナ、1549)の「荊刑のキリスト」


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レオナルド・ダ・ヴィンチのサークルの「聖母子と子羊」
19世紀の一時期ですが、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品ではないか、と言われていた作品です。


P1510447
ベルナルディーノ・ルイーニ(ヴェレーゼ、1485c‐ミラノ、1532)の「聖母子」


P1510451
チェーザレ・ダ・セスト(セスト・カレンデ、1477‐ミラノ、1523)の「聖母子」


P1510454
アンドレア・ソラーリオ(ミラノ、1465c‐1524)の「聖母子」


P1510457
アンドレア・ソラーリオの「若い男の肖像」


P1510460
ベルナルディーノ・ゼナーレ(トレヴィーリオ、1481‐ミラノ、1523)の「玉座の聖母子と聖ジャコモと聖フィリッポとブスティ家の人々」(1515)


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アントニオ・ソラーリオの「聖母子と聖ジュゼッペと聖シメオーネ」


P1510465
ベルゴニョーネの「ヴェールの聖母」


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ベルナルディーノ・ブティノーネの「聖母子」


P1510469
ドナート・ディ・バルディの「洗礼者聖ジョヴァンニ」


P1510472
ベルゴニョーネの「聖母子とシエナの聖カテリーナと修道士」


P1510475
ヴィンチェンツォ・フォッパの「寺院へのキリストの出現」


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ジャンピエトリーノ(ミラノ、1508‐1540活動)の「聖母子」(1510以降)


P1510481
フランチェスコ・ナポレターノの「聖母子」


P1510483
ベルナルディーノ・ゼナーレの「聖母子と2天使」(1500‐02)


P1510487
ベルナルディーノ・ルイーニの「最後の晩餐」
レオナルド作品のコピー画に近いと思います。同じ作品がトリノ大聖堂(ファサードの裏)にありますね。


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バルトロメオ・ヴェネト(1502‐1530活動記録)の「リュート奏者」(1520)


P1510494
ベルナルディーノ・ゼナーレの「聖母子」(1501‐03)


P1510496
ベルナルディーノ・ゼナーレの領域の「聖家族」


P1510500
ジョヴァンニ・アントニオ・ボルトラッフィオ(ミラノ、1467‐1516)の「若い男の肖像」


P1510502
ジョヴァンニ・アントニオ・ボルトラッフィオの「詩人ジローラモ・カシオの肖像」


P1510504
ピエトロ・アレマンノ(1475‐1498活動)の「モンテルッピアーノのポリッティコ」(1475‐80)


P1510506
中央の「玉座の聖母子」


P1510507
向かって左の」聖アゴスティーノ」、「聖ピエトロ」


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向かって右の「洗礼者聖ジョヴァンニ」、「聖フランチェスコ」


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左上の「聖ジローラモ」、「教皇聖コルネリオ」


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中央上の「キリストの復活」


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右上の「トローサの聖ルドヴィーコ」、「聖ステファノ」


P1510514
ジュリオ・カンピ(クレモナ、1508‐1573)の「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖フランチェスコと寄進者」


P1510517
カミッロ・ボッカッチーノ(クレモナ、1504‐1546)の「天上の聖母子と聖バルトロメオと洗礼者聖ジョヴァンニと聖アルベルトと聖ジローラモ」(1532)


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ジョヴァンニ・アンブロージョ・フィジーノ(ミラノ、1553‐1608)の「聖母子と福音書記者聖ジョヴァンニと聖ミケーレ」(1588)
本題とは全然関係ありませんが、イタリア人の名前は、ロレンツォ・アントニオ姓とか、ジローラモ・アンブロージョ姓とか、名前を二つ重ねるのが何とも不思議です。日本ならば、田中義男竜彦とか山田正行紀夫とかなってしまいますよね。


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Maestro di Violantria?(ボローニャで1500c‐1520活動)の「机の先生と生徒たち」
ボケ写真で申し訳ありません。作品画像があるので、それも載せましょう。


no title
非常に個性的な作品です。


P1510525
フランチェスコ・デル・コッサ(フェッラーラ、1436c‐ボローニャ、1477)の「聖ピエトロ」(1472)
多翼祭壇画の分解されたパネルの一つでしょうね。


P1510529
フランチェスコ・デル・コッサの「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1472)


P1510530
コズメ・トゥーラ(フェッラーラ、1430‐1495)の「磔刑されたキリスト」
個性的ですね。


P1510534
Maestro dei Gesuati の「聖ジローラモの生涯の2場面」(1450)


P1510537
ロレンツォ・コスタ・イル・ヴェッキオ(フェッラーラ、1460c‐マントヴァ、1535)の「マギの礼拝」(1499)


P1510540
フィリッポ・マッツォーラ(パルマ、1460c‐1505)の「男の肖像」


P1510542
15世紀末のヴェネツィア派無名画家の「女性の肖像」(1480)


P1510543
15世紀末のヴェネツィア派無名画家の「男の肖像」(1480)


P1510546
ジョヴァン・フランチェスコ・マイネーリの「斬首された聖ジョヴァンニの首」


P1510549
マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1459‐1539)の「聖ジョヴァンニの首」


P1510552
フランチェスコ・ザガネッリ(コティニョーラ、1484‐ラヴェンナ、1532)の「十字架を担ぐキリスト」


P1510555
ジローラモ・マルケージ・ダ・コティニョーラの「ヴェロニカ」


P1510558
ベルナルディーノ・ザガネッリの「十字架を担ぐキリスト」
(つづく)


P1160867
中央礼拝堂です。


P1160868
主祭壇画はピエロ・デル・ポッライオーロの「聖母戴冠」(1483)


P1160869
ピエロの傑作です。


P1160870
中央礼拝堂の壁に描かれたフレスコ画が有名です。


P1160871
後陣への立ち入りが時々禁止されています。立ち入りOKの時は必ず入ってフレスコ画を見ないと、この教会に来た目的の一つが果たせないと思います。


P1160940
ベノッツォ・ゴッツォーリの「聖アゴスティーノの生涯」(1464‐65)が描かれてます。


P1160941
天井


P1160942
左の壁から紹介しましょう。


P1160943
保存状態はかなり良い方です。


P1160944


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私は、聖アゴスティーノの生涯について殆ど知らないので、各場面の意味が分かりません。


P1160946


P1160947
右の壁に移ります。


P1160948
教会で買い求めた本には各場面についての解説があります。


P1160949


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天井


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フィレンツェのメディチ・リッカルディ宮殿のマギの礼拝堂のフレスコ画と並んで、ゴッツォーリの傑作であり代表作でしょうね。


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ストリーは分かりませんが、フレスコ画の迫力に圧倒される思いでした。


P1160877
後陣の左側の礼拝堂です。


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エウカリスティア礼拝堂と呼ばれてます。


P1160881
祭壇画はマリオット・ディ・クリストファノ・ディ・ナルドの「ピエタ」(15世紀初頭)


P1160873
セバスティアーノ・マイナルディのフレスコ画(1487)です。


P1160874
前の写真の上にあるフレスコ画です。
これらはセバスティアーノ・マイナルディの「フラ・ドメニコ・ストランビの葬儀のモニュメント」です。


P1160886
これは回廊への入り口のところにあります。


P1160887
ティーノ・ダ・カマイーノの「玉座の聖母子」(1317‐18)


P1160889
ティーノのフレスコ画の横です。シノピエ?


P1160891
次は説教壇です。


P1160893
ルネサンス様式の装飾が施された大理石の説教壇(1524)です。


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説教壇上部のフレスコ画はヴィンチェンツォ・タマーニの作品です。


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説教壇下部のフレスコ画はマッテオ・エド・イザイアの作品


P1160897
説教壇の隣にフレスコがあります。


P1160901
この写真ならば位置関係が分かると思います。


P1160903
ベノッツォ・ゴッツォーリの「聖セバスティアーノ」(1464)


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裸体の身体に弓矢が刺さった状態で描かれるのが聖セバスティアーノの定番ですが、服を着た状態で描かれた聖セバスティアーノは非常に珍しいと思います。


P1160904


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次の礼拝堂です。


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リドルフォ・デル・ギルランダイオのフレスコ画(1511)


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リドルフォ・デル・ギルランダイオの「玉座の聖母子と聖ミケーレと聖アゴスティーノと聖モニカと聖ルチアとトレンティーノの聖二コラ」(1511)


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左側壁の最初の礼拝堂です。


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ヴィンチェンツォ・タマーニの「磔刑」


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左右の側壁にも描かれてます。


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ファサードの裏側、祭壇に向かって左の礼拝堂です。


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フランチェスコ・デル・ブリーナの「ロザリオの聖母」(1586)


P1160931
「ロザリオの聖母」の下にもフレスコ画があります。その制作者はバルトロ・ディ・フレディです。


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修道院とをつなぐ回廊に出ました。


P1160966
回廊の壁にフレスコ画があったとされてます。


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しかし、今ではフレスコ画は殆ど残ってません。


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キオストロ


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残されているフレスコ画の状態は悪いです。


P1160971


P1160974
何が描かれているのか、よく分かりません。


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P1160980
詳細不明


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教会への出入り口


P1160981
出入り口上ルネッタの「聖母子」の浮彫


P1160983
非常に良かった!


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外に出ました。


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大満足で教会を後にしました。


P1160995
(おわり)

P1510235
パリス・ボルドンの「聖家族と聖アンブロージョと寄進者」


P1510238
パリス・ボルドンの「愛人」


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パリス・ボルドンの「聖母と聖ドメニコに顕現する天上のキリスト」


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ロレンツォ・ロットの「男の肖像」


P1510248
ロレンツォ・ロットの「フェーボ・ダ・ブレーシャの肖像」


P1510252
ロレンツォ・ロットの「ラウーラ・ダ・ポーラの肖像」


P1510254
パリス・ボルドンの「キリストの洗礼」


P1510258
ロレンツォ・ロットの「リベラーレ・ダ・ピネデルの肖像」


P1510261
Lambert Sustris (Amsterdam, 1515c- Venezia, 1584c) の「カルヴァリオへの道」(1540‐42)


P1510264
ボニファッチョ・デ・ピターリ(ボニファッチョ・ヴェロネーゼ)(ヴェローナ、1487‐ヴェネツィア、1553)の「キリストと姦通女」


P1510266
ボニファッチョ・デ・ピターリの「モーゼの発見」


P1510270
カリアーニ(フイピアーノ・アル・ブレンボ、1485‐90‐ヴェネツィア、1547)の「キリストの復活と聖人たち」(1520)


P1510273
カリアーニの「玉座の聖母子と聖人たちと天使たち」


P1510278
ジョヴァンニ・バッティスタ・モローニ(アルビーノ、1520‐24-1579)の「聖母被昇天」(1570)


P1510281
ジョヴァンニ・バッティスタ・モローニの「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖フランチェスコと寄進者」(1550c)


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カリアーニの「男の肖像」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・モローニの「男の肖像」


P1510289
ジョヴァンニ・ジローラモ・サヴォルド(ブレーシャ、1480c‐ヴェネツィア、1548)の「天上の聖母子と聖ピエトロと聖ドメニコと聖パオロと聖ジローラモ」(1524‐26)


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ロマニーノ(ブレーシャ、1484‐87‐1560)の「寺院へのキリストの出現」(1529)


P1510296
モレット(ブレーシャ、1497‐98‐1552)の「天上の聖母子と聖ジローラモと聖フランチェスコと聖アントニオ・アバーテ」(1543)


P1510298
モレットの「聖母被昇天と聖マルコと聖ジローラモとアレッサンドリアの聖カテリーナと聖キアーラと聖フランチェスコ」
聖フランチェスコは別の場所にあります。


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これがその「聖フランチェスコ」です。


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ロマニーノの「聖母子」


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モレットの「聖母子と天使」(1540)


P1510308
ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483‐84‐フェッラーラ、1539)の「キリストの変容」


P1510312
ロレンツォ・ロットの「聖母被昇天」(1512c)


P1510315
ガウデンツォオ・フェッラーリ(ヴァルドゥッジャ、1480c‐ミラノ、1546)の「聖母誕生の知らせのポリッティコ」


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マルコ・ドッジョーノ(オッジョーノ、1470‐75‐ミラノ、1524)の「3大天使」


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ガウデンツィオ・フェッラーリの「聖母の誕生」(1541‐43)


P2030762
ベルナルディーノ・ゼナーレ(トレヴィーリオ、1481‐ミラノ、1523)の「受胎告知」


P1510327
Maestro della Pala Sforzesca (ロンバルディアで1490-1520活動)の「スフォルツェスカの祭壇画」
これは有名です。


P1510332
ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1472‐ミラノ、1525)の「聖母被昇天と聖母戴冠」


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ピエトロ・グイド(ランツォ、1490‐1542記録)の「聖母子と聖人たちのポリッティコ」


P1510336
ヴィンチェンツォ・フォッパ(バーニョロ・メッラ、1430c‐ブレーシャ、1515‐16)の「聖母子と聖人たちのポリッティコ」


P1510337
中央パネル


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向かって左の「聖ジローラモ」、「聖アレッサンドロ」


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向かって右の「聖ヴィンチェンツォ」、「パドヴァの聖アントニオ」


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頭頂部の「聖フランチェスコ」


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裾絵


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P1510343


P1510346
ベルナルディーノ・ブティノーネ(トレヴィーリオ、1473‐1510)の「聖母子と聖レオナルドとシエナの聖ベルナルディーノ」


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ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと福音書記者聖ジョヴァンニ」(1485)


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ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖セバスティアーノの殉教」


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ブラマンティ—ノ(1503‐1536存在確認)の「磔刑」


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ブラマンティ—ノの「荊刑のキリスト」


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ブラマンティ—ノの「聖母子」


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ブラマンティ—ノの「聖母子と2天使」


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ブラマンティ—ノの「幼きキリストへの崇拝」


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ガウデンツィオ・フェッラーリの「聖母子」


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ジョヴァンニ・ベルナルディーノとジョヴァンニ・ステファノ・スコッティ(ロンバルディア、1485‐1520活動)の「磔刑と聖人たち」


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ガウデンツィオ・フェッラーリの多翼祭壇画(1545)ですが、これの左にも同じ作品の一部があります。


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同じ多翼祭壇画の一部「寺院への聖母の出現」


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ベルナルディーノ・フェッラーリの「2信者」


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マルコ・ドッジョーノの「聖母子」


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ジョヴァンニ・アゴスティーノ・ダ・ローディ(ローディ、15世紀末生まれ‐1520c)の「聖母子と天使」


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フレスコ画が沢山あります。


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これらは教会の礼拝堂にあったフレスコ画の主要部分を切り取ったものです。


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作品の前に立って鑑賞することが出来ないようになってます。


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マルコ・ドッジョーノとジョヴァンニ・アゴスティーノ・ダ・ローディの「キリストの洗礼」


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マルコ・ドッジョーノとジョヴァンニ・アゴスティーノ・ダ・ローディの「マギの礼拝」


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マルコ・ドッジョーノの「聖パオロ」
(つづく)

P1160783
突き当りに教会の身廊が見えます。


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サンタゴスティーノ広場です。


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広場に2つの教会が建ってますが、こちらはサン・ピエトロ教会です。


P1160787
サン・ピエトロ教会の先にサンタゴスティーノ教会の身廊があります。


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1280年創建、1298年に完成したロマネスク・ゴシック様式の建物です。


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奉献は1298年に行われました。その後、修道院が併設されました。


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創建以来、大掛かりな改修は一度も受けることなく、創建時の姿を今もほぼ留めていると言われてます。


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地味な感じがする外観です。


P1160795
ファサード側の出入り口が開いていることは稀で、通常は身廊側の出入り口から中に入ります。


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中に入りました。


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美術品の宝庫というべき教会です。


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単廊式で、左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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木組みの梁の天井です。


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主祭壇を含めて、後陣に3つの礼拝堂があります。


P1160938
ファサードの裏にも礼拝堂があります。
ファサード裏の右側(この写真では左)の礼拝堂から右側の壁の礼拝堂を順々に見て回りました。


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最初はサン・バルトロ礼拝堂です。


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鉄製のフェンスに囲まれて見えにくいですが、ベネデット・ダ・マイアーノ制作の大理石で出来た祭壇です。


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P1160803
サン・バルトロ礼拝堂のフレスコ画は、セバスティアーノ・マイナルディ(サン・ジミニャーノ、1460‐フィレンツェ、1513)によって描かれました。


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セバスティアーノ・マイナルディの「聖ジミニャーノと聖ルチアとバーリの聖二コラ」


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次の礼拝堂に行きましょう。


P1160812
右側の最初の礼拝堂です。


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ルネッタの「ピエタ」と、その下にある「聖母子と聖人たち」の制作者が違います。


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ヴィンチェンツォ・タマーニ(サン・ジミニャーノ、1492‐1530)の「ピエタ」


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1444‐1497以降没)の「聖母子と聖人たち」(1494)


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向かって左


P1160817
向かって右側


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裾絵です。


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向かって左側から順々に裾絵を見ました。


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バルトロ・ディ・フレディ(シエナ、1330c‐1410)の「ピエタのキリストと聖母と福音書記者聖ジョヴァンニ」(14世紀後半)


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詳細不明です。


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右側の2番目の礼拝堂です。


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リッポ・メンミによって描かれたフレスコ画です。


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かなり痛みがあります。


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右側の3番目の礼拝堂です。


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トレンティーノの聖二コラの祭壇です。


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この礼拝堂のフレスコ画はヴィンチェンツォ・タマーニによって1529年に描かれました。


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シエナの彫刻家フランチェスコ・ヴァルダムブリーノ(シエナ、1363‐1435)の「聖アントニオ像」


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トレンティーノの聖二コラ


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聖ロッコ


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聖オノフリオ


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聖パオロ・エレミータ


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次はバロックの礼拝堂です。


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左右で制作者が異なります。


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リッポ・メンミの「マグダラのマリア」(右)
バルトロ・ディ・フレディの「聖人たち」(左)


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右側の壁にある祭壇画です。


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アンニーバレ・マッツゥオーリ(シエナ、1658‐ローマ、1743)の「シエナの聖カテリーナの神秘な結婚」(17世紀末)


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次は後陣の右の礼拝堂です。


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サン・グリエルモ礼拝堂です。


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礼拝堂の祭壇画はヴィンチェンツォ・タマーニの「聖母の誕生」(1523)です。


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礼拝堂の壁はフレスコ画で覆われてます。フレスコ画のテーマは聖母の生涯です。


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残念ながら落剝箇所があります。


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「聖母の誕生」


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「寺院への聖母の出現」


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「聖母の結婚」


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「聖母の死」


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次は主祭壇になりますが、この辺で一息入れましょう。


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(つづく)

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駅に到着しました。


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トレヴィーリオは、人口29,683人(2016年7月31日現在)のロンバルディア州ベルガモ県にあるコムーネです。中世の頃は、ミラノとヴェネツィア両方の勢力の境界(当時ベルガモがヴェネツィア領の最先端の町でした)にあったことから、両勢力に翻弄され侵略、略奪などで非常に苦労した町として知られてます。


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駅舎


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駅からチェントロに向かう道です。


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今回、この町に来た目的は、この町に生まれた盛期ルネサンスの画家であり建築家だったベルナルディーノ・ゼナーレ Bernardino Zenale (トレヴィーリオ、1464‐ミラノ、1526)の痕跡、特に彼の生家などを知りたかったからです。
ベルナルディーノの初期の画風はエルコーレ・デ・ロベルティの影響が強いフェッラーラ派でしたが、レオナルド・ダ・ヴィンチがミラノに移住すると、次第にレオナルドから強い影響を受けて所謂レオナルドスキ画家の一人になりました。彼の作品が一時期レオナルド・ダ・ヴィンチの作品と間違われた時期もあるほどでした。
晩年近くなると、建築家の仕事が主となり、ミラノ大聖堂建築の責任者になりました。


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チェントロの入り口の広場です。ここまで駅から徒歩4,5分です。


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実際は広場というよりも大きな交差点ですね。


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1630年に建設されたサン・ロッコ教会です。


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調べた限りでは、美術的に興味を引きそうな作品はないようです。


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教会の向かいの道を進みました。


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徒歩3,4分で町の中心の広場に出ます。


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ドゥオーモの鐘楼が見えてきます。


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正午過ぎなので閑散としていました。


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学校です。


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町の中心サン・マルティーノ広場にやって来ました。


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広場に建つサン・マルティーノ聖堂です。Basilica Minore、教区教会です。


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1008年創建ですが、現在の建物は1740年に再建された3代目のものです。


polittico
この聖堂で観たい作品はこれでしたが、修復のため、一時的に外されているとの事でした。


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聖堂のファサード


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聖堂の身廊側


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聖堂の鐘楼に入りたかったのですが・・・・


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聖堂の鐘楼なんですが、Torre Civica Companaria と記されてます。


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塔の中に入り、上ることも出来ます。歴史博物館ですが、ルネサンス期の絵画、彫刻もあるようです。


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しかし、博物館が開くのは毎週日曜の午後だけですから、私にとってはハードルが高くて一度も入館したことがありません。


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聖堂の横、広場に面して建つ市庁舎です。


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1269年から1300年に建設された市庁舎です。


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市庁舎は第二次世界大戦で大きく破壊されたので、戦後に修復されました。


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市庁舎の会議室に創建時のフレスコ画が残されてます。残念ながら普段は非公開です。


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サン・マルティーノ広場


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同じ広場ですが、こちら側の広場は名称が違うようです。


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次はベルナルディーノ・ゼナーレの生家探しです。


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細い道を進みました。


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彼の名前が付いた通りがあり、その通りに彼の生家があるとの事なんですが・・・・・


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写真右の建物に町角のタベルナコロがあります。


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これです。「聖母子」


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どうやら、この通りのようです。


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通りの名称を確認しました。


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この建物?


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どうも違うようです。


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中々見つかりません。


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案内板を探しましたが、ありません。


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通りの標識板だけはあちこちにあります。


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地元の人、数人に聞いたところ、殆どの人が知らず、具体的に教えてくれた人が一人だけいました。写真右の壁が少し落ちた建物がそうでした。


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本当にそうなのか、と思いました。


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ガリバルディ通りを進みました。


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鐘楼が見えてきました。あの教会に行くことにしました。


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Santuario della Madonna delle Lacrimeです。


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レオナルド・ブティノーネの祭壇画がありますが、昼過ぎなので扉が閉まっていて拝観できませんでした。


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ファサードの彫刻


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教会の斜め向かいにある、18世紀に建設されたCasa Semenzaです。


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建物の壁に描かれたフレスコ画です。


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この建物はフレスコ画で有名です。


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中にフレスコ画があります。


P2020843


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P2020845
見事な中庭と中庭から見た建物の壁が見どころとされてますが、扉が閉まったまま。個人の邸宅なので特別なときを除き非公開です。


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Casa Semenzaの隣の建物も見どころとされてます。


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事前に調べてきた見どころはこれで大体見たようです。


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写真右の建物にフレスコ画を発見!


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これですね。


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町の中心を大体一周したようです。


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この建物にもタベルナコロが。


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これです。


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Santuarioの前です。


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メルカトを覗いてみます。


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閉店準備中のメルカトでした。


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昼食時です。食べる所を探しました。


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写真左の建物の壁にフレスコ画があるのを見つけました。


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キリがないので、この辺で終わりにしましょう。


P2020881
(おわり)

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ボニファッチョ・ベンボ(クレモナ、1444‐1477活動)の「聖ジュリアーノ」、「聖アレッシオ」


P1510058
ステファノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1375c‐1438)の「マギの礼拝」


P1510060
チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459c‐1517c)の「3聖人」


P1510063
ジョヴァンニ・ダレマーニャ(ヴェネツィア、1437‐パドヴァ、1450記録)とアントニオ‐・ヴィヴァリーニの「玉座の聖母子とピエタと聖人たち」


P1510064
「玉座の聖母子」


P1510065
向かって左は「聖アゴスティーノ」、「聖ベネデット」、「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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向かって右は「聖ジローラモ」、「聖ロムアルド?」、「聖アロスドチーモ」


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2016年2月、6月は展示室の修復工事が行われていて、閉鎖されていた展示室や展示されていない作品が多かったのです。
6月のこの日は、第1室からではなく、何時もの最終展示室から入館して、展示室を逆に辿ることに変更されていました。古い物から新しいものへと年代順に作品が並べられている所に、新しいものから古い物へと逆になっていたので大いに戸惑いました。


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この先が閉鎖中でした。
このブログでは、一応展示されている全作品の写真掲載を原則としていますが、このような状態では無理というものです。
今、掲載している作品の写真は2014年秋、2015年2月、2015年6月に撮ったものです。


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ジローラモ・ダ・トレヴィーゾ・イル・ヴェッキオ(トレヴィーゾ、1451‐1497)の「死せるキリストを支える2天使」


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Maestro Giorgio (ヴェネツィアで15世紀活動)の「聖マルコ」


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ラッザーロ・バスティアーニ(ヴェネツィア、1430c‐1512)の「聖ジローラモの生涯」(下の裾絵のような作品)


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チーマ・ダ・コネリアーノの「4聖人」


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チーマ・ダ・コネリアーノの「4聖人」


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ジローラモ・ダ・サンタクローチェ(?-ヴェネツィア、1556)の「聖ステファノ」


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リベラ―レ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1445‐1527)の「聖セバスティアーノ」


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チーマ・ダ・コネリアーノの「玉座の聖ピエトロと洗礼者聖ジョヴァンニと聖パオロ」


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フランチェスコ・ビッソーロ(ヴェネツィア、1492‐1554記録)の「聖ステファノと聖アゴスティーノのトレンティーノの聖二コラ」


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アンドレア・マンテーニャ(いーぞr・ディ・カルトゥーロ、1430c‐マントヴァ、1506)の「聖ルーカと聖人たち」


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中央の「聖ルーカ」


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向かって左の「聖フェリーチタ」、「聖プロスドチーモ」


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向かって右の「聖ベネデット」、「聖ジュスティーナ」


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1340c‐1516)の「聖母子」


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アンドレア・マンテーニャの「聖母子」


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ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子」


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アンドレア・プレヴィターリ(ベルガモ、1470‐1528)の「キリストの変容」


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ジョヴァンニ・マルティーニ・ダ・ウーディネ(ウーディネ、1470c‐1535)の「聖オルソラと純潔な女たち」


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ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア、1460c‐1525c)の「聖母の結婚」


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ヴィットーレ・カルパッチョの「寺院への聖母の出現」


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ヴィットーレ・カルパッチョの「聖ステファノの議論」


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ジョヴァンニ・ベッリーニの「ピエタ」


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マンテーニャの「死せるキリスト」


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フランチェスコ・モローネ(ヴェローナ、1471‐1529)の「玉座の聖母子と聖ゼーノと聖ニコロ」


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アンドレア・マンテーニャと弟子の「シエナの聖ベルナルディーノと天使たち」(1469)


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ミケーレ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1470c‐1536c)の「磔刑」(1501)


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アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1450c‐1505)の「祈る救世主」(1498)


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チーマ・ダ・コネリアーノの「聖ピエトロ・マルティ―レと聖二コラと聖ベネデット」


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ジェンティーレ・ベッリーニとジョヴァンニ・ベッリーニの「エジプトのアレッサンドリア広場での聖マルコの説教」(1507以降)


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チーマ・ダ・コネリアーノの「玉座の聖母子と聖セバスティアーノと洗礼者聖ジョヴァンニとマグダラのマリアと聖ロッコ」(1487)


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ジョヴァンニ・マンスエ—ティ(ヴェネツィア、1465c‐1526)の「アニアーノを洗礼する聖マルコ」(1518c)


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アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1450c‐1505)の「聖母被昇天」(1478)


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マルチェッロ・フォゴリーノ(ヴェネツィア、1485c‐トレント、1558以降)の「玉座の聖母子と聖ジョッベと聖ゴッタルド」


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フランチェスコ・ボンシニョーリ(ヴェローナ、1460c‐カルディエーロ、1519)の「キリストのモノグラムを手にする聖ルドヴィーコと聖フランチェスコ」


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パルマ・イル・ヴェッキオ(セリーナ、1480c‐ヴェネツィア、1528)の「聖エレーナと聖コスタンティーノと聖ロッコと聖セバスティアーノ」(1521)


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バルトロメオ・モンターニャ(オルツィヌオーヴィ、1450c‐ヴィチェンツァ、1523)の「玉座の聖母子と聖フランチェスコと聖ベルナルディーノ」(1490)


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バルトロメオ・モンターニャの「玉座の聖母子と聖アンドレアと聖モニカと聖オルソラと聖シジスモンド」(1499)


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ヤコポ・バッサーノ(バッサーノ、1510c‐1592)の「ペストに罹患した人々を訪ねる聖ロッコ」


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ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488c‐ヴェネツィア、1576)の「アントニオ・ディ・ポルチャ伯爵の肖像」


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ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「若い男の肖像」


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ティントレットの「品行の抑制」


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パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「シモーネ家の晩餐」(1570c)


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548c‐1628)の「自画像」


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パルマ・イル・ジョーヴァネの「老人」


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パオロ・ヴェロネーゼの「聖アントニオ・アバーテと聖コルネリオと聖チブリアーノ」


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ティントレットの「ピエタ」(1563c)


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ティントレットの「十字架を崇める聖人たち」


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ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア、1480c‐ロレート、1556)の「ピエタ」(1545)


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ティツィアーノの「悔悛の聖ジローラモ」(1555c)


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ティントレットの「聖マルコの遺体の発見」


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パドヴァニーノ(パドヴァ、1588‐ヴェネツィア、1649)の「ノルマン人に対する勝利」


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パオロ・ヴェロネーゼの「最後の晩餐」(1581以降)


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パオロ・ヴェロネーゼの「キリストの洗礼と誘惑」(1582)


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パルマ・イル・ヴェッキオの「マギの礼拝」(1525c)


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パリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500‐ヴェネツィア、1571)の「聖霊降臨」(1526c)
(つづく)

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スカラ座の横からブレラ通りを進みます。


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文化漂う落ち着いた街並みです。


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Palazzo Breraです。
ここは、1180年から1229年に建設されたサンタ・マリア・イン・ブレラ教会の敷地でした。教会は19世紀にその活動を停止して、美術学校の一部になってます。


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現在の建物は、マルティーノ・ハッシの設計によって1573年から1590年に建てられた建物を、更にフランチェスコ・マリア・リチーニの設計によって拡張整備されることになり、1615年着工、1651年に完成した建物です。


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建物の入口です。


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中庭に立つのは、フランチェスコ・リゲッティとその息子ルイージによって1811年に鋳造された「カノーヴァ作『ナポレオン1世』の複製銅像」です。1859年にこの地に移されました。
ガイドブックなどでカノーヴァの作品と書かれていますが、間違いです。例えば、カラヴァッジョの「聖ルチアの埋葬」のコピー画を誰かが描いたとして、その作品を「カラヴァッジョの作品」とは言いません。


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階段を上って2階に行きました。絵画館は2階にあります。


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2階からの中庭の眺め


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絵画館は、1776年、マリア・テレーザによってブレラ美術学校と共に設立されました。


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美術館の入り口です。


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ブラマンテのフレスコ画が並んでます。


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この部分のフレスコ画は貸し出し中でした。


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これらのフレスコ画はCasa Visconti-Pinigarola にあったものです。


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画題は全て「Uomo d'arme」です。


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これだけは画題が違います。


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このフレスコ画を初めて見た時、パラッツォ・ブレラ内に設けられた礼拝堂と思いました。でも違うのです。
モンツァ郊外Lentate Sul Seveso にあるOratorio di Porto Moncchirolo の礼拝堂を丸ごと絵画館に移設したのです。


800px-Lentate_sul_Seveso,_Oratio_di_Mocchirolo_001
そのOratorioの写真です。(外部サイトから拝借しました)


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制作者はMaestro di Mocciroloです。要すれば、このフレスコ画を描いた親方ということです。


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礼拝堂ごと、タベルナコロごと移設する、ということをしばしば見かけます。


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シモーネ・ダ・コルベッタの「聖母子」(1382)


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これを含めて以下10点の写真は全てベルナルディーノ・ルイーニのフレスコ画です。


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セスト・サン・ジョヴァンニのヴィッラ・ラ・ぺルッカにあったフレスコ画を切り取って、移設されたものです。


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ベルナルディーノ・ルイーニのフレスコ画はこれで終わりです。
以上が第1室の展示作品です。


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この作品から第2室になります。
Maestro di San Verano (ピサで1270‐1275存在確認)の「聖ヴェラーノと2天使とその物語」


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ジョヴァンニ・バロンツィオ(リミニ、1343‐1345活動)の「聖コロンバの斬首」


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Maestro del Crocifisso di Pesaro (ヴェネツィアで14世紀第4四半世紀に活動)の「聖母子」


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バルナーバ・ダ・モデナ(1361‐1383記録)の「幼きキリストへの崇拝」


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アンブロージョ・ロレンツェッティ(シエナ、1290c‐1348)の「聖母子」


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ジョヴァンニ・ダ・ミラノ(カヴェルサッチェ(コモ)、1346‐1369存在確認)の「キリストの審判」


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ベルナルド・ダッディ(フィレンツェ、1328‐1348活動)の「聖ロレンツォ」


P1510006
スピネッロ・アレティーノ(アレッツォ、1346c‐1410c)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」と「聖ロレンツォ」


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バルトロメオとヤコピーノ・ダ・レッジョ(14世紀第3四半世紀)の「磔刑と聖人たちのポリッティコ」


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ロレンツォ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1356‐1372記録)の「玉座の聖母子と聖人たち」


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中央パネル


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アンドレア・ディ・バルトロ(シエナ、1360/1365-1428)の「救世主」


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パオロ・ディ・ジョヴァンニ・フェイ(シエナ、1346-1411/1412)?の「聖母子」


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ペドロ・セッラ(1343‐1405活動)の「受胎告知」


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ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1400c‐1470/1471)の「聖母子」


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ジョヴァンニ・ダ・ボローニャの「聖母子と天使」
この辺の作品は保護のガラスに作品が覆われているので、がら図に光が反射したり向かいの光景が写ってしまいます。


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アンドレア・ディ・バルトロの「聖母戴冠と4聖人」


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中央の「聖母戴冠」


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向かって左の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」と「聖アゴスティーノ」


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向かって右の「聖ピエトロ」と「聖パオロ」


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ニッコロ・ディ・ピエトロ(ヴェネツィア、1394‐1430記録)の「聖母戴冠と寄進者たち」


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フランチェスコ・ジェンティーレ(ファブリアーノ、15世紀後半に活動)の「聖母被昇天」、「聖セバスティアーノと聖アントニオ・アバーテと聖ドメニコ」


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ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(ファブリアーノ、1385?-ローマ、1427)の「聖母戴冠と聖人たちのポリッティコ」


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中央パネル


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向かって左の「聖ジローラモ」、「聖フランチェスコ」


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向かって右の「聖ドメニコ」、「マグダラのマリア」


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ツァヴァッターリ工房(1404‐1481記録)の「聖母被昇天」
(つづく)

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シラクーザのドゥオーモ広場です。


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広場に面して建ってるのがドゥオーモです。


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かって、シラクーザは大司教区でした。その大司教座がこの教会に置かれていたので、Cattedrale Metropolitana della Nativa di Maria Santissimaが正式名称でした。しかし、司教区の見直しによって、シラクーザは普通の司教区に格下げされ、現在の正式名称は旧名からMetropolitanaが外されている様です。


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紀元前5世紀に建てられた古代ギリシャのアテナ神殿がこの地にありましたが、キリスト教がローマ帝国によって公認された後、何時しか神殿はキリスト教徒の祈りの場所として転用されるようになりました。
7世紀、神殿の建物を利用しながら教会の建物が建設されましたが、それが前身です。
9世紀、シチリアは侵攻したアラブ人によって徐々にアラブの支配下に置かれるようになりました。878年、この教会はモスクに転用されることになりました。


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11世紀になると、シチリアはノルマン人の支配下に置かれましたが、ノルマン王ルッジェーロ1世によって建物が再建されることになり、1093年から1100年にかけて建設されました。


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ところが1693年の大地震によって建物は大被害を受けてしまいました。
建物は再度再建されることになり、アンドレア・パルマの設計によって1725年から1753年にかけて建設されたシチリア・バロック様式の建物がほぼ現在の姿になってます。


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バロック様式は宗教改革で動揺した教皇庁がカトリック教会の優位性を示すための反宗教改革として発展しました。ところが宗教改革の波がローマに及ばないことがはっきりした17世紀中ごろには、バロック様式は急速に廃れて行きました。


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しかし、絶対王政が確立したスペイン、フランス、オーストアリアなどでは王政の優位性を示す手段としてバロック様式が利用され、豪華、華美をより強調した、バロック様式の発展形である後期バロック様式の花が咲きました。シチリアは、絶対王政国家のいわば植民地でしたから、その影響を受けた、シチリア式後期バロック様式が独自の発展を遂げたのです。


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シチリア・バロック様式の傑作とされるシラクーザ大聖堂ですが、20世紀になると、その行き過ぎの反省がおこり、パオロ・オルシによって1907年から1910年にかけてアテナ神殿の痕跡を示すように改造工事が行われました。現在の姿はこの改造後のものです。


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ファサードの聖母


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昼休みなしで朝から夕方まで開いているようです。


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三廊式の内部です。


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20世紀初頭に行われた改造工事のせいでしょうか、後期バロック様式の派手さが薄められてます。


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ギリシャ神殿の列柱を利用したので、華美さよりも重々しさを感じます。


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主祭壇と後陣


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後陣天井


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後陣への立ち入りが禁止されていました。


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主祭壇画はアゴスティーノ・シッラ(メッシーナ、1629‐ローマ、1700)の「聖母の誕生」


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後陣の右壁にある祭壇画(詳細不明)


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後陣の左壁にある祭壇画(詳細不明)


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説教壇


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説教壇の浮彫


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Cappella della Madonna della Neve


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アントネッロ・ガジーニの「雪の聖母」


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アテナ神殿の柱


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歴史の重みを感じさせる列柱です。


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アントネッロ・ガジーニの「聖ルチア」(1527)


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ドメニコ・ガジーニの「聖母子」(15世紀)


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ガジーニ派の無名彫刻家の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(16世紀)


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左側廊に彫刻があります。


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洗礼盤


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ノルマン時代のモザイク


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ここは写真禁止だったような・・・・・


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サンタ・ルチア礼拝堂です。


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イグナツィオ・マラビッティの「聖ルチア」(18世紀)


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磔刑の礼拝堂です。この礼拝堂は見逃せません。


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アントネッロ・ダ・メッシーナの「聖マルチャーノ」(15世紀)


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アントネッロ・ダ・メッシーナ派の無名画家の「聖ゾージモ」(15世紀)


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磔刑礼拝堂祭壇


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ビザンチン様式の無名画家の「磔刑像」(13世紀)


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礼拝堂天井のフレスコ画


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「聖ルチアの遺骨」


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Cappella del Sacramento


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右側廊の奥にある礼拝堂は写真禁止でした。


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主祭壇前から見た入口方向です。


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外に出ました。


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外観よりも聖堂内部の方が落ち着きがありました。


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司教館


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(おわり)

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ベルタの塔色場の先に鐘楼が見えてますが、ドゥオーモの鐘楼です。


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写真の右に写っているのがサンセポルクロ大聖堂です。


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創建以来、教区教会、つまりボルゴ・サン・セポルクロのドゥオーモでしたが、1520年、メディチ家出身の教皇レオ10世によって、ボルゴ・サン・セポルクロは独立した司教区に昇格となり、それと同時に司教座が置かれ司教座教会Cattedraleになりました。
1986年に行われた司教区の統合の際、サンセポルクロはアレッツォ・コルトーナ・サンセポルクロ司教区に組み入れられました。新司教座はアレッツォに置かれることになり、サンセポルクロのドゥオーモはそれに伴ってConcattedraleに格下げとなりました。
それとは別に、1962年、教皇ジョヴァンニ23世によってBasilica Minoreの叙されました。
と言うことで、正式名称はBasilica Concattedrale di San Giovanni Evangelistaです。


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10世紀、この地に建てられたサン・ベネデット修道院が前身です。11世紀初めに修道院の建物が取り壊され、1012年、1049年に完成したロマネスク・ゴシック様式の建物が現在の姿の原形です。
修道院はドゥオーモ建物に隣接して再建されました。


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創建時から四福音書記者に奉献されていましたが、1520年、教皇レオ10世によって司教座教会に昇格となり、それと同時に福音書記者聖ジョヴァンニだけに奉献することに改められ、現在に至ってます。


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17世紀にバロック様式に改修されましたが、1934年から1943年に行われた大修復工事の際、元の中世の姿に戻され現在に至ってます。


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入口の柱


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向かって右側の柱


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柱頭の装飾


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創建時の柱頭は殆ど残っていません。


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聖堂内部に入りました。


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翼廊がない三廊式の内部です。


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芸術作品が多い聖堂ですが、1807年、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会からドゥオーモに移され、主祭壇を飾っていたピエロ・デッラ・フランチェスカの「キリストの洗礼」がないのが何とも惜しまれます。


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木組みの梁の天井


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主祭壇画は、ニッコロ・ディ・セーニャの「キリストの復活のポリッティコ」(1348c)です。


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ピエロ・デッラ・フランチェスカが「キリストの復活」を制作するに当たって、この作品を参考にしたと言われてます。


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これです。確かに似ていますね。


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「アレッサンドリアの聖カテリーナ」、「福音書記者聖ジョヴァンニ」


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「聖ベネデット」、「マグダラのマリア」


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ラッファエッロ・スカミノッシ(ボルゴ・サン・セポルクロ、1529‐没年不明)の「慈悲の聖母」


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天井の礼拝堂の彫刻(1682)


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ドゥランテ・アルベルティ(ボルゴ・サン・セポルクロ、1556?-1623?)の「羊飼いの礼拝」


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バルトロメオ・デッラ・ガッタ(フィレンツェ、1418‐1502)の「磔刑」


P1730532
サンティ・ディ・ティート(ボルゴ・サン・セポルクロ、1536‐フィレンツェ、1603)の「聖トッマーゾの不信」


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ロマーニャ派の無名画家の「玉座の聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖トッマーゾ・ベケット」(1383)


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洗礼盤


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ロマーノ・アルベルティ(ボルゴ・サン・セポルクロで16世紀後半から17世紀前半に活動)の「磔刑」


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ラッファエッリーノ・デル・コッレの「キリストの復活」


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ペルジーノの「キリストの昇天」


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ルネッタとその下では制作者が異なります。


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ラッファエッリーノ・デル・コッレの「永遠なる父」


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パルマ・イル・ジョーヴァネの「聖母被昇天」(1602)


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アンドレア・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1435‐1528)の「タベルナコロ」


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14世紀のフィレンツェの無名彫刻家の「聖母子」


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詳細不明


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一旦外に出ます。


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隣の司教館のロッジアに入ります。


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司教館と修道院を結ぶ回廊です。


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回廊の壁にフレスコ画があります。


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フレスコ画のテーマは聖ベネデットの生涯の物語です。


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落剝や退色が認められ、保存状態が良いとは言えません。


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回廊の天井


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回廊の途中にあるモナカート礼拝堂です。礼拝堂祭壇の下にピエロ・デッラ・フランチェスカの墓があります。


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詳細不明


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礼拝堂祭壇の左右にイコンがあります。


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礼拝堂を出て回廊のフレスコ画に戻りました。


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外に出ました。


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(おわり)

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一先ずドゥオーモ広場を後にしました。


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もう一つの門であるPorta del Musileが既に見えてます。


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「市の塔」とPorta del Musileとは約230mしか離れていないのです。


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城塞は正方形ですが、230m×230mの面積僅か0.053平方キロメートルの小さな規模をしています。


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道幅に比べて城門の幅が狭いので、信号が設けられ上り下りの片側通行となってます。


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門を潜ります。


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門は12世紀末ごろに築かれました。


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城壁の周りに堀が巡らされています。


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堅固な城壁です。


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ヴェネツィアまで44km、パドヴァまで32km、トレヴィーゾまで27km、あーぞろまで16km、ベッルーノまで75㎞、ヴィチェンツァまで38kmのここは交通の要衝です。


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城壁外のバールで一休み。


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堀に架かる橋


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城壁外の西側は見どころがないので、城壁内に一旦戻りました。


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門の所に観光案内所があります。


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市の塔までは約230mです。


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城壁内の道をくまなく歩きました。


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直ぐに元のメインの通りに戻ってきました。


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出来るだけノンビリと歩きました。狭いので急いでも時間を持て余すだけですから。


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そうだ、市庁舎の柱廊に描かれた「聖母子」を見るのだ!


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柱廊先端の壁に描かれてます。


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これです。


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ドゥオーモが見えました。


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引き込まれるように再度ドゥオーモへ。


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今度は誰もいませんでした。


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カステルフランコの要塞が描かれてます。


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傑作は何度見ても良いものです。


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今度は西の方に向かいました。


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劇場が見えてきました。


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これです。


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新古典様式の劇場です。


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多分学校になっている建物です。


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ルネッタのフレスコ画


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この道の先に小さな城門があります。


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次は女子音楽学校です。


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16世紀の建物


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太陽に晒されて退色したフレスコ画があります。


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音楽学校の入り口です。


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中に入ると広い庭があります。


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音楽学校の公舎


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コンサートホールです。階段に絨毯が敷かれてます。
実は、この日、日本でも教鞭を取ったことがあるジュゼッペ・マリオッティの演奏会が行われたのです。当日券があればと来たのですが、全席売り切れでした。


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売り切れは仕方がありません。


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肉焼き器?


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熱心なピアノの音色を耳にしました。ひょっとしてジュゼッペがコンサートのために練習していた?


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女子音楽学校を後にしました。


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西の門とその両隣付近の城壁は撤去されています。


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城壁を囲む大通りに出ました。


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堀の周りに巡らされた歩道を歩きました。


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城壁内が狭いので、商店街は城壁を囲む大通り沿いにあります。


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城壁と掘りの間に遊歩道が設けられてます。


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堀沿いの歩道の端のところどころに彫刻が立ってます。


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ジョルジョーネ像


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堀の中に像が立っています。


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コンサートに行けないとなると、時間が余ってしまいます。


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未だ11時半です。


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ホテルを素通り


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フレスコのある建物が多い。でも大体色褪せてます。


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午前中のなので、まだ教会が開いてます。


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サンタ・マリア・デッレ・ピエーヴェ教会に向かいました。


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城壁の堀の水はこの辺で川になって流れてます。


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サンタ・マリア・デッレ・ピエーヴェ教会です。


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高い鐘楼が目立ちます。


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これからミサが行われるとの事なので拝観を遠慮しました。


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外観を見るだけで満足


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城壁の方に戻りました。


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キリがないので、この辺で終わりにしましょう。


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(おわり)

カステルフランコ・ヴェネト Castelfranco Veneto は、人口33,234人(2015年12月31日現在)のヴェネト州トレヴィーゾ県にあるコムーネです。
12世紀頃、都市国家だったトレヴィーゾがパドヴァとヴェネツィアに対抗するために、1195年から1199年に建設された要塞が起源の町です。カステルフランコ・ヴェネトの要塞は、パドヴァの前線基地と築かれたチッタデッラの要塞と対峙することになりました。
しかし、トレヴィーゾもパドヴァもやがてヴェネツィア共和国の領土となり、築かれた2つの要塞都市も要塞としての役目を終えることになりました。
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FS駅に到着しました。


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大体2年毎に来てますが、その目的は一つです。この町に生まれたジョルジョーネがドゥオーモに残した素晴らしい祭壇画を見るためです。


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駅舎の時計が壊れていました。


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この日のお宿に向かいました。
パドヴァ、ヴェネツィア、トレヴィーゾから近いので、それらを起点に日帰りが可能ですが、折角来たからにはジョルジョーネの作品を何度も見て心行くまで堪能したいので、泊まることにしてます。


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ところが、一回だけ全く無為に終わったことがあります。
ドゥオーモの祭壇画だから油断してはいけないのです。ジョルジョーネの祭壇画が貸し出されていたのです。


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この日は快晴、非常に清々しい一日でした。


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歴史的建造物


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Villa Revedin Balascoです。


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中庭が公園になってますが、公開されるのは夏場だったと思います。


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駅から延びる道を左折してチェントロに向かう道に入りました。


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この町の住民は富裕層が多いと聞いたことがあります。


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橋の両端に立つモニュメントは市域を表します。


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橋の下を流れるのは小川です。


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使用されていないと思われる古い建物です。


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サン・ジャコモ教会


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道路の突き当りに見えるのは市の塔です。


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市の塔に向かって左にある建物がこの日のお宿です。


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この町の宿泊施設が限られるので、泊まるとすれば必ずこのホテルになります。


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チェックインは午後3時以降のホテルですが、この日は部屋に入ることが出来ました。大きな荷物を部屋に入れ、身軽になったので、早速ドゥオーモに向かいました。


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かってヴェネツィア領だったことを示す「有翼のライオン像」


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塔の中に壁に掲げられている「聖母子」


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塔を潜りました。


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城壁内から見た「市の塔」です。


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市の塔から伸びるメインの通りです。


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写真左先がドゥオーモ広場です。


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ドゥオーモです。


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中に入りました。


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ありました、ジョルジョーネの祭壇画が。


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昔は写真不可でしたが、5年ほど前からノーフラッシュならば写真OKとなりました。


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この日は3回見ました。翌朝にも見ました。
ドゥオーモに付いては、後日「古寺巡礼」で取り上げる予定です。


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広場を挟んで、ドゥオーモの対面にあるのが市庁舎です。


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ドゥオーモ広場


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次はジョルジョーネの家博物館です。


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「ジョルジョーネの家」と称されていますが、ジョルジョーネの生家ではなく、ペリッツァ—リ家の邸宅でした。ドゥオーモの祭壇画の制作をこの邸宅内で行ったとされてます。


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博物館の展示の実態はMuseo Civicoのそれであって、ジョルジョーネに関する展示は少ないのです。


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入館しました。


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ジョルジョーネの作品が沢山並んでいると誤解して入館する人が多いそうです。


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ジョルジョーネは元々寡作な上に若死にしたので、残された作品が少ないのですが、現在、非常に評価が高く、また人気があるので、彼の作品が貸し出されることは滅多にありません。


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ジョルジョーネが生きていた、同時代の数々のものが展示されてます。


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ジョルジョーネについて書かれた本


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美術的にはパラッツォの壁に描かれたフレスコ画や数点の彫刻が見どころでしょう。


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15世紀のヴェネトの無名彫刻家の「天使」(15世紀第1四半世紀)


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壁のところどころにフレスコ画が残されてます。


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16世紀末のヴェネトの無名画家に拠る作品


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別のコーナーです。


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こちらの方は陶器類の展示になります。


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私のあとに入館した3人組は数分いただけでいなくなりました。「つまらない」と言ってました。


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「ジョルジョーネの家」という名称に魅かれて入館すると妙なことになります。


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私も「面白い」とは言い兼ねます。


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外に出ました。


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(つづく)

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シラクーザ・オルティージャ島のVia Capodicciです。旗が立っている建物が美術館です。


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13-14世紀に建設されたカタロニア・ゴシック様式のパラッツォ・ベッローモです。


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この建物に州立美術館が置かれてます。


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美術館は1948年の創立で、1970年代に現在の規模に拡大されました。


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サンタ・ルチア・アル・セポルクロ聖堂の主祭壇を飾っていたカラヴァッジョの「聖ルチアの埋葬」は聖堂から取り外され、この美術館で展示されるようになりましたが、それ以降俄かに入館者が増えた時がありました。現在、カラヴァッジョの作品は美術館近くのサンタ・ルチア・アッラ・バディア教会にありますが、作品は美術館の所有なのでしょうか?


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パラッツォの中庭


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中庭にある「聖母子」は傑作と思いますが、詳細不明です。


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展示室内に入ります。


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7世紀の石棺


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Maestro del Polittico di Santa Maria (15世紀前半シラクーザで活動)の「シラクーザのサンタ・マリ教会のポリッティコ」(15世紀前半)


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Maestro della Trasfigurazione di Siracusa (15世紀頃にシラクーザで活動)の「シラクーザのモンテヴェルジネ教会のポリッティコ」(15世紀中ごろ)


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15世紀の無名画家の「聖母子」


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Maestro del Polittico di Santa Maria の「聖母子」(15世紀前半)


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15世紀の無名画家の「聖母子」


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Maestro del Polittico di Santa Maria の「聖ロレンツォの物語」(15世紀前半)


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ジョヴァン・バッティスタ・マッツォーロ(カッラーラ、1513‐1550活動)に帰属する「エレオノーラ・ブランチフォルテ・アラゴーナの墓」(1525)


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ノルマンの工房の「福音書記者聖ジョヴァンニのシンボル」(11世紀)


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12-13世紀の壺


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ノルマンの工房の「モザイクの断片」(12世紀)


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無名彫刻家の「磔刑とマギの礼拝と受胎告知」(14‐15世紀)


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無名彫刻家の「神のヒツジと受胎告知」(13‐14世紀)


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階上に向かいました。


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パノルミータ(パレルモ、1467‐1538c)の「聖母子と聖マルゲリータと聖ルチア」(1497)


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無名画家の「聖母子」(16世紀初頭)


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無名画家の「聖母子と聖ジュゼッペと洗礼者聖ジョヴァンニと聖パオロ」(16世紀前半)


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アンドレア・ダ・サレルノに帰属する「三位一体と受胎告知」(16世紀)


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Scuola di Stroanow の「聖母子」


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17世紀の無名画家の「聖母子」


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16世紀の無名画家の「聖バラバラとその物語」


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イコン


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エマヌエーレ・ランパルドの「磔刑」(16世紀)


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ベルナルディーノ・ニグロ(1558‐1588記録)の「マギの礼拝」(1570)


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アントネッロ・ダ・メッシーナの「受胎告知」


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マリオ・ミンニティ(シラクーザ、1577‐1640)の「聖ルチアの殉教」


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マリオ・ミンニティの「聖キアラの奇跡」(1624)


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マリオ・ミンニティの「十字架降下」


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17世紀末の無名画家の「ロザリオの聖母」


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ジュゼッペとジョヴァンニのレアーティ兄弟(シチリアで17世紀前半に活動)の「聖クリスピーノと聖クリスピニアーニ」(1642)


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17世紀の無名画家の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


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17‐18世紀の無名画家の「聖母子と聖ドメニコ」


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陶器類の展示


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小彫刻の展示


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展示作品が多くありませんが、アントネッロ・ダ・メッシーナの傑作やカラヴァッジョの舎弟ミンニティの作品などが印象に残ります。


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外に出ました。


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(おわり)

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Pedro de Rubiales (1511‐1588)の「受胎告知」(1545c)


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ジョルジョ・ヴァザーリとラッファエッリーノ・デル・コッレの「キリストの復活」(1543c)


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ジョルジョ・ヴァザーリの「パリサイ人の家での晩餐」(1545)


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ジョルジョ・ヴァザーリの「パリサイ人の家での晩餐」(1545)


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ジョルジョ・ヴァザーリの「寺院への出現」(1545)


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レオナルド・ダ・ピストイアの「寺院への出現」(1544c)


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ソドマ(ヴェルチェッリ、1477‐シエナ、1549)の「キリストの復活」(1534)


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マルコ・ピーノ(シエナ、1517‐ナポリ、1579以降没)の「マギの礼拝」


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マルコ・ピーノの「洗礼者聖ジョヴァンニの斬首」(1564c)


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マルコ・ピーノの「羊飼いの礼拝」(1568c)


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Dirk Hendrickaz Centen (Amsterdam, 1544c-1618) の「磔刑」(1591c)


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シルヴェストロ・ブオーノ(ナポリ、1551‐1598記録)の「ピエタ」(1570c)


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Dirk Hendricksz Centen の「最後の晩餐」


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Dirk Hendricksz Centen の「最後の晩餐」(1585c)


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Dirk Hendricksz Centen の「ロザリオの聖母」(1578)


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ジローラモ・インパラート(1573から記録‐ナポリ、1607没)の「割礼」(1606c)


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Aert Mytens (ブリュッセル、1556‐ローマ、1602)の「ロザリオの聖母」(1582‐84)


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フランチェスコ・クーリア(?、1538‐ナポリ、1608)の「受胎告知」(1596)


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ティツィアーノの「受胎告知」(1560‐65)


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カヴァリエ―ル・ダルピーノの「大天使ミケーレ」「ゲッセマネ園での祈り」「天使たち」(1620‐25)


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ジョヴァンニ・バルドゥッチ(フィレンツェ、1560c‐ローマ、1631)の「寺院への出現」(1590‐1602)


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上はカヴァリエ―ル・ダルピーノの「天上の聖ベネデット」(1621)
下の2つはベルナルディーノ・パラゾーレ(?-ローマ、1650)の「天上の天使たち」(1623)


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Luigi Rodriguez (メッシーナ、1578‐1648)の「三位一体と洗礼者聖ジョヴァンニと聖フランチェスコ」(1605c)


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イッポリート・ボルゲーゼ(1568‐1627)の「ピエタ」(1603c)


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シピオーネ・プルツォーネ(ガエータ、1550‐ローマ、1598)の「受胎告知」(1587)


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イッポリート・ボルゲーゼの「ピエタ」(1603c)


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カラヴァッジョの「キリストの鞭打ち」


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ファブリツィオ・サンタフェーデ(ナポリ、1560‐1624以降没)の「羊飼いの礼拝」(1613c)


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Louis Finson の「受胎告知」(1612)


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バッティステッロ(ナポリ、1578‐1635)の「荊刑のキリスト」


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バッティステッロの「この人を見よ」(1610c)


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フィリッポ・ヴィターレの「イサクの犠牲」


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バッティステッロの「磔刑」(1610c)


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バッティステッロの「死せるアベルへの哀悼」


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カルロ・セッリット(ナポリ、1581‐1614)の「聖チェチリア」(1613)


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Bartolome Ordonez (1490c-1520) の「聖母子」(1515‐17)


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タペストリー


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13世紀前半の無名画家の「磔刑像」
これで終わりでした。


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外に出ました。


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小学生の団体が来ていました。小学生から名画を見ることを出来るなんて幸せですね、羨ましい。


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傑作、秀作に痺れました。


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写真を整理していて、見ることが出来なかった作品が沢山あることが分かりました。


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閉鎖されていた展示室も幾つかあったようです。


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次は何時行こうかと思いながら美術館を後にしました。
(おわり)

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予定に遅れること約30分弱、午前11時半少し前に漸く扉が開きました。安心しました。ホッとしました。


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シラクーザに来た一番の目的はカラヴァッジョの「聖ルチアの埋葬」を観るためでしたから。


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教会内部は写真不可でした。


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中に入ってビックリしました。カラヴァッジョの「聖ルチアの殉教」が主祭壇を飾っているではありませんか!
それに加えて、礼拝堂を飾る祭壇画がシラクーザの別のサンタ・ルチア教会のものでしたから、余計ビックリしたのです。
その訳を聖職者に聞いたところ、別のサンタ・ルチア教会、正確には、サンタ・ルチア・アル・セポルクロ聖堂ですが、この時、大規模修復工事中で、その間、聖堂の機能をこの教会、サンタ・ルチア・アッラ・バディア教会に移したのですが、アル・セポルクロ教会の祭壇画も同時にこの教会に移したということでした。
アル・セポルクロ教会にも行く予定でしたが、このことを聞いたので行くのを断念しました。
その聖職者に頼み込んで、撮った写真がこの一枚でした。
この辺に関する背景とか経緯を少し説明しましょう。


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(シラクーザのサンタ・ルチア・アル・セポルクロ聖堂です。写真は外部サイトから拝借しました)
聖女ルチアに関する伝説が色々とありますが、真実とされているのは、異教徒との結婚を拒んだことで304年にシラクーザで殉教したことです。殉教した彼女の亡骸が葬られた場所の上に建てられたのが、この聖堂の前身である小さな礼拝堂でした。
余談になりますが、後に彼女の遺体は掘り起こされ、東ローマ帝国に売却され、コンスタンティノポリスに移されました。更に奇妙なことに、キリスト教徒がキリスト教国を攻めた、奇怪至極な第四次十字軍に勝利したヴェネツィア軍は、その戦利品として聖ルチアの遺体をビザンチン帝国からヴェネツィアに持って行き、彼女の遺体を奉る教会を今のFS駅の場所に建設したのです。ヴェネツィアに鉄道を敷設する際、その教会は取り壊され、その場所に駅を建てたのです。ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅の駅名の由来はそのことから来ています。
キリスト教会は、そもそも聖人の聖遺物がないと聖体拝領が出来ない、つまり教会としての機能が果たせない訳ですから、聖遺物は非常に貴重でした。聖遺物の中で最も貴重で価値が高いのは聖人の遺体でした。聖人の遺体の売買とか戦利品なんて、現代ではとても想像だにできませんが中世以前ではごく普通だったのです。


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アル・セポルクロ聖堂にある聖ルチアの墓です。勿論、今は彼女の遺体はここにありません。


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カラヴァッジョの「聖ルチアの埋葬」(1608)


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マルタ騎士団の騎士になったカラヴァッジョですが、荒々しい性格がアダとなって騎士団の高位の騎士を襲撃し、折角なることが出来た騎士の地位を棒に振りヴァレッタの要塞に投獄されてしまいました。
要塞から脱獄に成功したカラヴァッジョは、そのローマ時代に行動を共にした舎弟のマリオ・ミンニティを頼り、シラクーザに逃げてきました。当時、マリオは生まれ故郷のシラクーザに帰り、多くの弟子を抱えた工房を構え、成功していました。
そのマリオの手配りによって、アル・セポルクロ聖堂から祭壇画制作の仕事がカラヴァッジョに齎され、1608年に完成したのが「聖ルチアの埋葬」です。


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そうして、完成してから少なくても2002年頃(何時頃まであったのか、私には分かりません)までアル・セポルクロ聖堂の主祭壇を飾っていたのがカラヴァッジョの作品でした。
(写真はアル・セポルクロ聖堂の主祭壇)
カラヴァッジョの作品は、後に取り外され、シラクーザの州立美術館で展示されるようになりました。
ところが、2010年にシラクーザに行ったら、カラヴァッジョ作品は州立美術館ではなく、アッラ・バディア教会の身廊中央付近で展示されていました。その理由は良く分かりません。
ガイドブックなどに「カラヴァッジョの『聖ルチアの埋葬』は、かって飾られていたサンタ・ルチア教会で臨時移転中」等の記述がありますが、間違いです。サンタ・ルチア・アル・セポルクロ聖堂とサンタ・ルチア・アッラ・バディア教会を混同しています。


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カラヴァッジョの作品を見ることが出来て満足でした。


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駅から遠いのが難点ですが、それ以外は非常に良いと思います。お勧めのホテルです。ただし、ハイシーズンはお高いですね。


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午後からサイクロンが接近するとの天気予報でしたが、海は凪いでいました。


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しかし、流れの速い黒い雲に空は覆われたままでした。


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降り始めるのも時間の問題でした。


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サン・ジャコモ展望台やアレトゥーザの泉など他に行きたい所がありましたが、暴風雨の中、この辺をウロウロするのは嫌なので我慢しました。


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次は州立美術館です。


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一杯やりたかったけど我慢、我慢。


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昔、このホテルに泊まったことがありました。


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写真左先が美術館です。


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州立美術館です。


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展示作品が多いとは言えませんが、まずまずの作品が揃ってます。


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臨時休館に遭遇したことがありません。


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この街に来たならば、ここはやはり必訪でしょう。


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入館しました。


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中庭
この美術館の詳細については、別に改めて取り上げる予定です。


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アントネッロ・ダ・メッシーナの「受胎告知」
傷みがありますが、この美術館を代表する傑作です。


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マリオ・ミンニティの作品が数点展示されてます。


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1時間もあれば全作品の鑑賞が可能です。美術館を出たら、その直ぐ傍に教会があります。


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時間が許せば拝観したかった教会です。


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アッラ・バディア教会が10時に開くと思って予定を立てましたが、それが11時半近くになったので、予定が狂いました。


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是非行きたいと思っていた美術館と2つの教会に行くことが出来たので、満足でした。


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美術館の直ぐ傍にもう一つ教会があります。


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これです。


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見慣れないファサードの教会です。


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この時間は閉まっています。


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直ぐ傍というよりも美術館の向かいにあります。


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午前中といっても、実際は午後1時前でした。これで午前中の行動は終わりです。


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海の方にもう一度行きました。


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美術館の入館前と比べると風が強まりました。


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写真では違いが分かりませんが、先ほどよりも波が荒くなっていました。


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そろそろ昼飯時です。


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食べる前にカラヴァッジョ作品をもう一度見たくなりました。


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この建物は有名です。


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ファサード


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島の中心はこの辺りになります。


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バロックの建物が多いですね。


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ドゥオーモ広場に向かいました。


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ドゥオーモ


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先ほどよりも人出が多くなりました。


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「聖ルチアの殉教」をもう一度見て、もう思い残すことはありません。


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昼食です。


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ジャーン!! 休業でした。観光客は少ないし、天気予報が最悪なので、開店しても多くの客は期待できないと踏んだのか、臨時休業というわけです。
似たような店で食べました。


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昼食が終わって外に出たら、とうとう雨が落ちてきました。


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直ぐにどしゃ降りになりました。


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風も強くて傘が役立ちません。


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ずぶ濡れ状態でホテルに戻りました。それ以降はホテルに缶詰め。天気予報が当たって暴風雨となりました。
(おわり)

シラクーザ Siracusa は、人口122,086人(2016年6月30日現在)のシチリア州シラクーザ県の県都です。古代ギリシャの植民都市が起源の、3000年以上の歴史がある見どころが沢山の街です。
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駅に到着しました。


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駅舎です。
鉄道よりもバスが便利なシチリアにあって、シラクーザは寧ろ例外で鉄道の便もかなり良いと言えるでしょう。


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大きな荷物があっては観光どころではないので、荷物を預かってもらうためにこの日のお宿に向かいました。


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駅近くのこのホテルに泊まったことがありますが、オルティージャ島に行ったり来たりするには少々遠いので、この日はパス。


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この付近は閑散としていました。


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島に向かう道です。


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美術的には全く魅力を感じない教会が見えてきました。尤も閉まっていましたが。


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Via Nino Bixio


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ここがこの日のお宿でした。お値段はお高くなく、部屋も広い、静か、朝食が良しでした。


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午前10時頃でしたが、部屋に入ることが出来ました。荷物を部屋の中に入れ、身軽になったので早速町歩きに出発しました。


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この日の天気予報は最悪で、小さなサイクロンがシチリアの東を通過するので、午後から暴風雨になるとの事でした。


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幸いにも雨は未だ落ちておらず、無風でした。


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この雲行きから暴風雨になるのは時間の問題と覚悟しました。


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取り敢えずカラヴァッジョ作品があるサンタ・ルチア・アッラ・バディア教会、ドゥオーモ、州立美術館の3か所を優先することにしました。
時間があれば、サンタ・ルチア・アル・セポルクロ聖堂に足を伸ばしたいと考えていました。
ギリシャ神殿やネアポリ公園、考古学博物館、石切場などの方は多分無理だろうと思いました。


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橋を渡ります。


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島に来る車が多い!


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アルティージャ島に着きました。


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遺跡です。


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アポロ神殿跡


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道草は禁物、是非見たい所を優先すべし。


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マッテオッティ通りはつまらない。


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コルソ通りを選びました。


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お気に入りの店です。


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通行人は地元の人ばかりでした。


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右側に教会があります。


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道幅が狭いので、ファサードの写真を撮るのが大変です。


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イエズス会の教会ですね。


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開いていたことがありません。


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拝観できなくても全く痛痒を感じません。


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右折すれば海です。午後からサイクロン、道草は禁物です。


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ドゥオーモ広場に来ました。


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ドゥオーモ


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サンタ・ルチア・アッラ・バディア教会はまだ閉まってる!


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バロック様式の重厚なファサードです。


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ドゥオーモを拝観しました。


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ドゥオーモについては、後日「古寺巡礼」で取り上げる予定です。


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重厚な柱


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外に出ました。


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10時に開くはずですが、教会は未だ閉まっていました。


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11時から開くとの由。紙を貼ることによって、頻繁に開く時間を変えているようです。以前は10時に開きました。


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15分ほど時間潰しが必要。


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司教館


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黒い雲が空を覆っています。


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11時になりましたが、未だ開きません。
仕方がないので、もう少し時間潰しをすることにしました。


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ドゥオーモ周囲を一周しました。


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ここまで来てカラヴァッジョ作品を見られなかったらどうしよう←私の独り言


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壁の黒さに呆れて建物を暫し凝視


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単に汚れているだけ?


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ガーン!!! 参ったよ、未だ閉まってる。
これはダメかもしれない。


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(つづく)

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

今年最初の投稿は、昨年末に引き続きサンセポルクロ市立美術館の後編です。
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美術館のベランダからの景色です。


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一休みするには最適な場所です。


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美術館のこちら側も修復工事が行われていました。


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一休み終了


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ピエロ・デッラ・フランチェスカの「聖ジュリアーノ」
と言いたい所ですが・・・・・ 実は違います。


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ピエロのフレスコ画作品だけを集めたコーナーが建設中でした。


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「キリストの復活」はありましたが、立ち入りが制限されていて近付いて見ることが出来ません。


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コーナーの外から見ようとしても、途中の壁が邪魔していました。


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これではどうしようもない。


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横から何とか見ることが出来ました。
その他のピエロの2点のフレスコ画は多分、このコーナーの奥の方にあると思うのですが。


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仕方がないので、外部サイトから作品画像を拝借します。ピエロ・デッラ・フランチェスカの「聖ジュリアーノ」


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ピエロ・デッラ・フランチェスカの「聖ルドヴィーコ」


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ピエロ・デッラ・フランチェスカの「キリストの復活」
今頃は工事が終わって、全部見ることが出来るのでしょうね。


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ミニバルド・イービ(ボルゴ・サン・セポルクロ、1475‐1548)の「聖ピエトロ」と「聖パオロ」


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「聖ピエトロ」


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「聖パオロ」


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ジュリアーノ・ダ・ピストイア(ピストイア、1480‐1529)の「救助の聖母」(1502)


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アンドレア・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1435‐1525)と工房の「聖母子」(1503)


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ポントルモ(1494‐1556)の「聖クインティーノ」


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ジョヴァン・バッティスタ・クンギ(サンセポルクロで16世紀に活動)の「受胎告知」(1547)


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16世紀の無名画家の「4聖人」


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「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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「聖セバスティアーノ」


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「十字架を手にするキリスト」


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「聖バルトロメオ」


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アンドレア・デッラ・ロッビア工房の「ご誕生」(1485)


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これは問題の作品です。中央部分が欠けてますね。これを見ると悲しくなります。


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マッテオ・ディ・ジョヴァンニの「聖ピエトロと聖パオロの多翼祭壇画」です。ここに欠落した中央パネルについて一応書かれていますが、詳細には触れられてません。


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欠落した中央パネルはこの作品です。
ピエロ・デッラ・フランチェスカの「キリストの洗礼」です。現在、ロンドンのナショナル・ギャラリーにあります。多翼祭壇画から外され、何故イギリスに渡ることになったのか、その理由に納得できません。約170年前に起きたことなので、今さら言っても始まりませんが言いたいです。


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サンセポルクロのサン・フランチェスコ教会です。


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あの多翼祭壇画はサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会の主祭壇を飾るために注文されました。


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現在は活動が停止された旧教会になってます。


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1807年、多翼祭壇画はこの教会から取り外され、ドゥオーモに移されました。そして、1857年、当時の司教がイギリス商人に僅か2万3000ポンドで「キリストの洗礼」だけを売ったのです。
何故売ったのか、その理由は今となっては分かりません。ドゥオーモやサンセポルクロ市当局は、その理由を多分知っているに違いないのですが、恥と思っているのでしょう、触れられたくないようです。


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「聖ピエトロ」
件の多翼祭壇画に戻します。


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左端の聖人たち


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「聖パオロ」
欠落したままで見せられるのは辛いものがあります。ドウセなら、残った全部をナショナル・ギャラリーに売却して、完全な形で観たいものです。


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右端の聖人たち


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裾絵です。


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裾絵のテーマは「洗礼者聖ジョヴァンニの生涯」です。


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この作品の前に立つと「キリストの洗礼」がある姿が中々浮かびません。


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ジョヴァンニ・デ・ヴェッキ(ボルゴ・サン・セポルクロ、1537‐ローマ、1615)の「聖母の寺院への出現」(1570‐80c)


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ラッファエッリーノ・デル・コッレの「キリストの寺院への出現」


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ジョヴァンニ・デ・ヴェッキの「聖母の誕生」(1570‐80c)


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サンティ・ディ・ティート(ボルゴ・サン・セポルクロ、1536‐1603)の「ビアンカ・カッペロの肖像」


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アントニオとレミージョのカンタガッリーナ兄弟の「最後の晩餐」


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サンティ・ディ・ティートの「ピエタのキリストと2天使」


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サンティ・ディ・ティートの「グラウコとシッラ」(1580‐90c)


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17世紀の無名画家の「聖フランチェスコ」


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アゴスティーノ・シャンペッリ(フィレンツェ、1565‐1630)の「偶像の撲滅」(1618)


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サンティ・ディ・ティートの「受胎告知」


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アンドレア・ポッツォ(トレント、1642‐ウィーン、1709)の「インドの女王を改宗させる聖フランチェスコ・サヴェーリオ」(1690)


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サンティ・ディ・ティートの「教皇聖クレメンテ」(1592)


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サンティ・ディ・ティートの「エジプトへの逃避途中の休息」


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サンティ・ディ・ティートの「トレンティーノの聖にココラ」(1588)
これで終わりのようです。
しかし、ルーカ・シニョレッリの作品が展示されてません。


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これもお目当てでした。
ルーカ・シニョレッリの「磔刑」です。


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この作品の裏面にもルーカの作品があるのです。


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ところがこの日の夕方、この教会に行ったのですが驚きました。


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何と何と、ルーカの作品が主祭壇にあるではないですか!!!


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サンセポルクロのサン・アントニオ・アバーテ教会の主祭壇画がルーカ・シニョレッリの「磔刑」だったのです。


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元々、この教会の主祭壇画でしたが、取り外されて市立美術館で展示されていましたが、何時の間にか元の場所に戻されていました。ビックリです。
流石に裏面を見ることは出来ないようでした。


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主要作品をもう一度見ました。


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同じように見えても美術館は行く度毎に違います。


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どのように変わっているのか、それを知るのも楽しみの一つです。


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楽しかった!!!!


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(おわり)

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