イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2017年06月

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ミラノのスフォルツェスコ城 Castello Sforzesco です。


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この地には元々ミラノ要塞がありましたが、1360年、当時のミラノ領主ガレアッツォ・ヴィスコンティによって、ゴシック様式の城が創建されました。


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1460年、フランチェスコ・スフォルツァ公爵によって、城の拡大整備が行われることになり、1499年に完成したルネサンス様式の宮殿城塞がほぼ現在の姿の原形です。


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原形と書いたのには理由があります。
18世紀後半、ナポレオンの侵攻によって、ミラノはフランスの支配下に置かれましたが、1800年にナポレオンによって城の総解体が命じられました。


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その命令に基づき、解体工事が始められてしまいました。


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工事完了以前にナポレオンが失脚したので、危うく総解体を免れましたが、それでもかなりの部分が解体されてしまいました。


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現在の姿は、建築家ルーカ・ベルトラミによって1891年から1905年に元に復元されたものです。


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よく見ると壁の古さに違いがあることが分かります。新しそうに見える分は復元された箇所です。


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練兵場だった中庭です。


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ガレアッツォ・マリア・スフォルツァ(フェルモ、1444‐ミラノ、1476)の紋章
ガレアッツォはカテリーナ・スフォルツァの父です。


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博物館内で展示されていたミケランジェロの作品ですが、2015年頃から独立して、この場所で展示されるようになりました。


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切符売り場はここにはありません。


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2012年に修復されたLa Rocchetta です。


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回廊


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回廊の壁に描かれたフレスコ画


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ここにも博物館の入り口があります。


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古代ローマ関係などの考古学部門、エジプト関係、陶器、コイン、武具、絵画、彫刻などの幅広い展示がされてます。


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切符売り場に向かいました。


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壁に描かれた「慈悲の聖母」(作者不明)


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切符売り場の入り口


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切符売り場です。
この横から博物館に入館出来ますが、一旦外に出て、新しくできたミケランジェロの展示室を先に見ることにしました。


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ミケランジェロ作品の展示室入り口です。


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2015年にオープンしたと思いますが、恐らく同年に行われたミラノ万博に合わせたのでしょう。


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中に入りました。


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展示されている作品はこれだけです。


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ミケランジェロの「ロンダニーニのピエタ」です。遺作になった未完成の彫刻です。
殆ど目の見えなくなったミケランジェロが手探りで制作されたと言われてます。


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従来、ピエタの台座だった、これも併せて展示されてます。


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現在の場所に移設されて展示される前には、博物館内で、このようにして展示されていました。


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2014年10月に撮った写真


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独立した展示室の壁に描かれたフレスコ画


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博物館別館(ミケランジェロ作品が展示されている)から外に出ました。


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博物館本館に向かいました。


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Portico delle'elefante


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Maestro della Loggia degli Osii の「福音書記者聖ジョヴァンニ?」(1320c)


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フェッラーラ派?の無名画家の「象がいる風景」(1470c)


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展示が多岐に渡るので、展示作品紹介は私が好きな彫刻と絵画を中心にさせて頂きます。


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そのようにさせて頂くのは、写真整理が大変という勝手な理由からです。


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(つづく)

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ヴァラディエールの祭壇です。聖堂内に同名の祭壇が幾つもあります。


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アントニオ・コンチョ―リの「聖アンドレア・アヴェッリーノの死」(1792)


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ヴァラディエールの祭壇です。


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ジョヴァンニ・アルベルティの「ご訪問」(1597c)


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クーポラ


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これもヴァラディエールの祭壇です。


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ピエトロ・ラブルッツィの「スポレートのベアート・グレゴリオの顕現する天使」(1792)


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アルベルト・ソティーオの「彩色磔刑像」(1187)
リッピ、ピントゥリッキオのフレスコ画と並んで必見の作品です。


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詳細不明


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詳細不明


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サンティッシマ・イコーネ礼拝堂です。


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じっくり見たかった礼拝堂ですが、施錠されており、金網の間から写真を撮るのが精一杯でした。


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フェデリーコ・バルバロッサ所縁の17世紀に作られた礼拝堂です。


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1542年から1554年に作られたレリクィエ礼拝堂です。


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フランチェスコ・ナルディーニの「ご誕生」


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フランチェスコ・ナルディーニの「父なる神」と「受胎告知」


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天井画もフランチェスコ・ナルディーニの作品です。


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レリクィエ礼拝堂にある祭壇画の詳細が分かりません。


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ジョヴァンニ・アンドレア・ディ・セル・モスカートの彫刻


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ジョヴァンニ・アンドレア・ディ・セル・モスカートの彫刻


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ジョヴァンニ・アンドレア・ディ・セル・モスカートの彫刻


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ヴァラディエールの祭壇?


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詳細不明


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この祭壇画がお気に入りです。


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残念ながら詳細が分かりません。


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音楽礼拝堂です。


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聖職者席に描かれた聖人がこの礼拝堂の見どころです。


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この礼拝堂で時々小コンサートが行われるようです。


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派手な装飾が施されている天井です。


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この部分のフレスコ画は少し古そうに見えます。


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ヴァラディエールの祭壇です。


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ピエトロ・ラブルッツィの「大天使ミケーレ」


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「パドヴァの聖アントニオ」(1232)


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ヴァラディエールの祭壇です。


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アントニオ・カヴァッルッチ・ダ・セルモネータの「聖母の寺院への出現」(1790c)


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ヴァラディエールの祭壇です。(1792)


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ガエターノ・ガンドルフィまたは18世紀末のローマ派画家の「聖母子と聖アンドレアと聖フランチェスコとパドヴァの聖アントニオ」


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最後に右翼廊にあるフィリッポ・リッピの墓を見ました。
中央礼拝堂後陣の「聖母の生涯」のフレスコ画制作の途中の1469年10月9日、スポレートで没したフィリッポ・リッピは大聖堂に葬られました。


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アーニョロ・ポリツィア—ノ(モンテプルチャーノ、1454‐フィレンツェ、1494)によって制作されたリッピの墓です。


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外に出ました。


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あと何回ここに来ることが出来るだろう。


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(おわり)

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スポレート大聖堂、Cattedrale di Santa Maria Assunta です。
スポレートは単独の司教区でしたが、1821年、ノルチャ司教区と一緒になって、スポレート・ノルチャ大司教区となり、以来、大司教座が置かれる大司教座教会となってます。


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この地に建てられた初期キリスト教会が前身ですが、その建設時期などの詳細は明確になってません。僅かに9世紀に再建された記録が残されているだけですが、現在の建物が建設されるまでの間に幾度となく再建されたと推定されてます。


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1067年創建、1207年にファサードの完成を以て一応の建設が完了したロマネスク様式の建物が現在の姿の原型とされてます。奉献式は1198年の執り行われました。


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ロマネスク様式の鐘楼は創建時のものです。


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ロマネスク様式のファサードの大部分は創建時のものです。


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ファサード下部のルネサンス様式の柱廊は、後で追加されました。


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バラ窓が8つあります。


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ファサードのビザンチン様式のモザイクはソルテルノによって1207年に制作されました。


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キリストと聖母と福音書記者聖ジョヴァンニ


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現存するモザイクの左右にもモザイクがあったとされてます。


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1491年から1504年にかけて、アントニオ・バロッキの設計と工事監督によって追加された柱廊です。


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柱廊の内部


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聖堂内への出入り口横の柱


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扉上の彫刻


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三廊式、ラテン十字形の内部です。構造上はロマネスク様式ですが、17世紀にバロック様式に改装されたので、ややチグハグ感が否めません。


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床の装飾


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装飾が控えめな天井です。


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左側廊


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右側廊


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中央礼拝堂


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中央礼拝堂後陣のフレスコ画が有名です。


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1467年から1469年に制作されたフレスコ画はフィリッポ・リッピの遺作となりました。フィリッポの死後、弟子のフラ・ディアマンテや息子のフィリッピーノ・リッピが完成させました。
「聖母の死」


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「受胎告知」


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「ご誕生」


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「聖母戴冠」


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右側廊最初にあるコスタンティーノ・エローリ礼拝堂です。


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ピントゥリッキオによって1497年に制作されたフレスコ画です。


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聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ロレンツォ


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天井のフレスコ画はかなり剥離しています。


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次はアッスンタ礼拝堂です。


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「聖母の昇天」


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16世紀に作られた礼拝堂です。


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ジャコモ・サントロ、彼はヤコポ・シクーロとしての方が有名ですが、1524年頃にこの礼拝堂のフレスコ画を制作しました。


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ヤコポ・シクーロ(ジュリアーナ、1490‐リエーティ、1544)はシチリア出身でしたが、ノルチャからスポレートにかけて活動しました。


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(つづく)

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次の部屋です。


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第49室


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ポンぺオ・バトーニと工房の「トロイアからのエネアの脱出」(1743)


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Lorenzo Pecheus (Lione, 1729- Torino, 1821) の「Ercole affide Deianira al centauro Nesso 」


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ポンぺオ・バトーニと工房の作品です。画題が分かりません。


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ジョヴァン・バッティスタ・ティエポロの「エレシアに勝利するカップッチーニ修道会」


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Anton Raphael Megs (Aussig, 1728- Roma, 1779) の「聖ピエトロ」(1774‐75)


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ポンぺオ・バトーニの「教皇ピオ6世の肖像」(1775)


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ジュゼッペ・ボッターニ(クレモナ、1717‐マントヴァ、1784)の「アヴィーラの聖テレーザの幻視」(1780)


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Angelica Kauffmann (1741-1807) の「シビッラ」


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Angelica Kauffmann の「シビッラ」


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次の部屋です。


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第51室になります。第50室は欠番? 閉鎖中?


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Ludwig Guttenbrunn (1740-1819 )の「化粧室のヴィーナス」(1789)


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フランチェスコ・グアルディ(ヴェネツィア、1712‐1793)の「田舎のパラッツォがある景観」(1780‐85)


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フランチェスコ・グアルディの「ドーロ門」(1780‐85)


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Lorenzo Pecheux の「バレアーリ諸島王の息子ランベルトを洗礼するピエトロ・モリコーネ」(1784)


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Lorenzo Pecheux の「戦利品の奴隷」(1793)


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ジュゼッペ・マッツォーラ(インヴォツィオ・ディ・ヴァルドゥッジャ、1748‐ミラノ、1838)の「ぺレオとテーティの結婚」(1789)


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次の部屋です。


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第52室


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イグナツィオ・コッリーノ(トリノ、1724‐1793)とフィリッポ・コッリーノ(トリノ、1737c‐1800)の「マルコ・アウレリオの胸像」(1768)


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イグナツィオ・コッリーノとフィリッポ・コッリーノの「ヴェスパシアーノの胸像」(1768)


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イグナツィオ・コッリーノとフィリッポ・コッリーノの「ティートの胸像」(1767‐68)


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イグナツィオ・コッリーノとフィリッポ・コッリーノの「トライアーノの胸像」(1767)


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イグナツィオ・コッリーノとフィリッポ・コッリーノの「オッタヴィアーノ・アウグストの胸像」(1767)


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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Louise-Elisabeth Vigee Lebrun (Parigi, 1755-1842) の「マルゲリータ・ポルポラーティの肖像」(1792)


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Benigne Gagneraux (Diglione, 1756- Firenze, 1795) の「愛によって打ち負かされる軍隊」(1793)


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Jules-Cesar Denis van Loo (Parigi, 1743-1821) の「月夜の景観」


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Jules-Cesar Denis van Loo の「嵐の中のコッレーニョ城」


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Jules-Cesar Denis van Loo の「トリノ郊外の景観」


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Jules-Cesar Denis van Loo の「夕方の景観」


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Jules-Cesar Denis van Loo の「トリノ郊外の景観」


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ベルナルディーノ・ノッキ(ルッカ、1741-ローマ、1812)の「カミッロ・ボルゲーゼの肖像」(1798)


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次の部屋です。


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第53室です。最終展示室になります。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ビスカッラ(ニッツァ・マリッティマ、1790-トリノ、1851)の「カインの呵責」(1817)


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アブラハム・コスタンティン(ジネヴラ、1785-1855)の「ラッファエッロの『自画像』の複製画」


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ジョヴァンニ・ミリア—ラ(アレッサンドリア、1785-ミラノ、1837)の「ミラノのサン・ロレンツォ教会」


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アブラハム・コスタンティンの「セバスティアーノ・デル・ピオンボの『婦人の肖像』の複製画」


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アブラハム・コスタンティンの「ラッファエッロの『聖母子と聖ジョヴァンニーノ』の複製画」


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外に出ました。


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傑作秀作が溢れています。唯一の難点は興味がないオランダ・フランドル絵画の多さです。


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「興味がない」と書きましたが、実は、あれ程膨大な数の絵画が制作されていたのか、と言う点が不思議なので色々と調べている最中です。


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(おわり)



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次の部屋です。


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第43室


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Gaspar van Wittel detto Gaspare Vanvitelli(Amersfoort, 1647- Roma, 1736) の「ナポリ港の風景」


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Gaspar van Wittel detto Gaspare Vanvitelli  の「コロッセオの風景(1711)


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Gaspar van Wittel detto Gaspare Vanvitelli  の「コロッセオの風景」(1711)


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カナレット(ヴェネツィア、1697‐1768)の「ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿」


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Hendrik Frans van Lint (Anversa, 1684-Roma, 1763) と協力者の「聖体献上の光景」


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第44室


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Adrien Manglard (Lione, 1695- Roma, 1760)の「日没の風景」(1726)


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Adrien Manglard の「海港」


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マリア・ジョヴァンナ・バッティスタ・クレメンティ(トリノ、1690‐1761)の「サルデーニャ王カルロ・エマヌエーレ3世の肖像」(1734)


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Claudio Francesco Beaumont (Torino, 1694-1766) の「ジュノーネとエネア」


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Claudio Francesco Beaumont の「ヴィーナスとキューピッドの勝利」


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Claudio Francesco Beaumont の「エネアとディドーネ」


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次の部屋です。


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第45室


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コッラード・ジャクィント(モルフェッタ、1703‐ナポリ、1766)の「聖ジュゼッペの死」(1735‐38)


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セバスティアーノ・コンカ(ガエータ、1680‐ナポリ、1764)の「ゲッセマネ園のキリストの苦悩」(1748)


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ピエトロ・ドメニコ・オリヴェーロ(トリノ、1679‐1755)の「カルヴァリオへの途」


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Jan Frans van Bloemen (Anversa, 1662- Roma, 1749) とプラチド・コスタンツィ(ローマ、1702‐1759)の「ローマ郊外の落雷」


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Jan Frans van Bloemen とプラチド・コスタンツィの「ローマ郊外の風景」


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次の部屋です。


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第46室


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ポンぺオ・バトーニ(ルッカ、1708‐ローマ、1787)の「受胎告知を受ける聖母」(1741‐42)


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ルイージ・クレスピ(ボローニャ、1709‐1779)の「羊飼いの礼拝」(1742)


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Charles-Andre van Loo (Nizza, 1705- Parigi, 1765) の「フランチェスコ・ラタッテの肖像」(1744)


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ジュゼッペ・ノガーリ(ヴェネツィア、1701‐1763)の「肖像画」


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ジュゼッペ・ノガーリの「肖像画」


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ジュゼッペ・ノガーリの「肖像画」


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ジュゼッペ・ノガーリの「肖像画」


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次の部屋です。


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第47室


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Claudio Francesco Beaumont の「Mose e il serpente di Bronzo」(1743‐46)


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ベルナルド・ベッロット(ヴェネツィア、1721‐ヴァルサヴィア、1780)の「ポー川に架かるトリノの古い橋」


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ベルナルド・ベッロットの「トリノの王宮近くのポー川」


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Claudio Francesco Beaumont の「平和の勝利」(1748)


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フランチェスコ・ラデッテ(トリノ、1706‐1787)の「ピエタ」(1750‐60)


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次の部屋です。


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第48室


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ジュゼッペ・マリア・クレスピ(ボローニャ、1665‐1747)の「聖ジョヴァンニ・ネポムチェーノに告解するボヘミア王女」


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ベルナルディーノ・ガッリアーリ(ビエッラ、1707‐1794)の「バッカスとアリアドネの結婚」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・クロサート(ヴェネツィア、1697‐1758)とジローラモ・メンゴッツィ・コロンナ(フェッラーラ、1688‐ヴェローナ、1772)の「太陽の寺院」(1750)


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ベルナルディーノ・ガッリアーリの「フェトンテの落下」(1753)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・クロサートの「正直男を探すディオゲネス」
(つづく)



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次の部屋です。
この美術館は、相当な数のフランドル・オランダ絵画作品を展示しているのが特徴の一つです。
私はその分野が苦手なので、この辺の作品をアップするのに相当な忍耐が必要です。
驚くのは、1640年から1660年の20年間にオランダだけで制作され、売りに出された絵画の数が130万点以上だったことです。
当時のヨーロッパでは、制作される画題に順位づけが成されており、殆ど注文に基づいて制作される宗教画が最上位にありましたが、カルヴァン教義の教会では偶像崇拝禁止という訳で宗教画の注文は一切なかったと言っても過言ではないでしょう。
当時下位にランクされていた画題、つまり風俗画、風景画、静物画が多いのです。しかも130点以上もの作品が制作されたので、当然供給過剰だったのです。
一応、このような背景を頭に入れて鑑賞すると、理解が一層深まると思います。


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第36室


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Cornelis de Heem (Leida, 1631- Anversa, 1695) の「花の静物画」


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Abraham Brueghel (Anversa, 1631- Napoli, 1697) の「果物と花の静物画」(1673)


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Abraham Mignon (Francofortesul Meno, 1640- Utrecht, 1679) の「花の静物画」


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Caspar Pieter Verbruggen il vecchio (Anversa, 1635-1681) の「花と果実の静物画」


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Franz van Mieris il vecchio (Leida, 1635-1681) の「善き母」(1670)


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Peeter Gijsels (Anversa, 1621-1690) の「オランダの部屋のインテリア」(1679)


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Hendrick Schoock (Utrecht, 1630-1707) の「花の静物画」


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Godfried Schalcken (Made, 1643- L'Aia, 1706) の「Latona trasforma in rane i pastori della Licia 」(18世紀末)


P1910972
次の部屋です。


P1910971
第37室


P1910973
Adriaen van der Werff (Kralingen-Ambacht, 1659- Rotterdam, 1722) の「アベルの死」(1699)


P1910976
Jan Griffier I (Amsterdam, 1652 o 1658-Londra, 1718)の「スケーターがいる冬の景色」(1707‐10)


P1910979
Carel de Moor (Leida, 1656- Warmond, 1738) の「Pyramus e Tisbe」


P1910983
第39室です。第38室は欠番?


P1910984
フィリッポ・ラウーリ(ローマ、1623‐1694)とマリオ・デ・フィオーリ(ローマ、1603‐1673c)の領域の「アポロとダフネ」


P1910987
Charles Dauphin (Nancy, 1620- Totino, 1677) の「ニオベの虐殺」


P1910990
Charles Dauphin の「光悦の聖フランチェスコ」


P1910992
カルロ・マラッティ(アンコーナ、1625‐ローマ、1713)の「大天使ガブリエーレ」(1670‐74)


P1910994
カルロ・ドルチ派無名画家の「聖母」


P1910997
Daniel Seiter (Vienna, 1649- Torino, 1705)の「ピエタのキリストと天使たち」


P1920001
Pierre Mignard (Troyes, 1612- Parigi, 1695)の「砂漠の洗礼者聖ジョヴァンニ」(1689)


P1920004
次の部屋です。


P1920003
第40室


P1920006
アントン・マリア・ピオーラ(ジェノヴァ、1654‐1715)の「聖人たち」


P1920008
Francois de Troy (Parigi,1645-1730)の「ボルゴーニャのルイージ伯爵」(1696)


P1920011
アレッサンドロ・マニョースコ通称リッサンドリーノ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「修道士一行の旅」(1708)


P1920013
フランチェスコ・トレヴィサーニ(カポディストリア、1656‐ローマ、1746)の「予言者ダニエーレ」(17世紀末)


P1920016
次の部屋です。


P1920015
第41室


P1920018
フランチェスコ・ソリメーナ(アヴェッリーノ、1657‐ナポリ、1747)の「アマレチーティに対するダヴィデの勝利」(1721)


P1920021
フランチェスコ・ソリメーナの「ソロモン王の前のシバの女王」(1721)


P1920024
フランチェスコ・ソリメーナの「予言者デボーラ」(1723‐25)


P1920027
フランチェスコ・ソリメーナの「エルサレムの寺院からのエリオドーロの追放」


P1920030
次の部屋です。


P1920029
第42室


P1920031
セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)とマルコ・リッチ(ベッルーノ、1676‐ヴェネツィア、1730)の「偶像を崇拝するソロモン」


P1920033
セバスティアーノ・リッチの「アガルの離縁」(1724)


P1920036
セバスティアーノ・リッチとマルコ・リッチの「予言者ダニエーレの前のスザンナ」


P1920038
セバスティアーノ・リッチとマルコ・リッチの「岩山から水を引くモーゼ」


P1920041
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696‐マドリッド、1770)の「アウレリアーノの勝利」
(つづく)






P1910829
第30室の展示作品に移ります。


P1910830
Jan Roos (Amsterdam, 1591- Genova, 1638) の「紳士の肖像」


P1910833
フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607‐1665)の「ファラオの娘へのモーゼの手渡し」(1645)


P1910836
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称グレチェット(ジェノヴァ、1609‐マントヴァ、1664)の「バッカス祭」


P1910839
グエルチーノの「聖ゲルトルデと聖ルクレツィア」(1645)


P1910844
グエルチーノの「聖フランチェスカ・ロマーナ」(1656)


P1910847
ヴィンチェンツォ・マーロ(カンブライ、1606/1607-ローマ、1650/1651)の「聖母の昇天」(1640)


P1910850
グエルチーノの「授福の聖母」(1651)


P1910853
次の展示室は階上にあります。


P1910854


P1910856
3階の最初の部屋です。


P1910855
第31室


P1910857
Jan Miel (Beveren-Waas, 1599- Torino, 1663) の「聖フィリッポ・ネリに顕現する聖母子」(1659)


P1910861
グエルチーノの「この人を見よ」(1659)


P1910865
次の部屋です。


P1910864
第32室


P1910867
ピエトロ・デッラ・ヴェッキア(ヴィチェンツァ?、1602/1603-ヴェネツィア、1678)の「三美神」


P1910870
ピエル・フランチェスコ・モーラ(コルドレリオ、1612‐ローマ、1666)の「二人の男がいる風景」


P1910872
ボルゴニョーネ(1621‐1676)の「戦闘」


P1910874
Gaspard Dughet (Roma, 1615-1675) の「ローマ平原の滝」(1656‐57)


P1910878
Gaspard Dughet の「滝がある風景」(1660‐61)


P1910881
カルロ・チニャーニ(ボローニャ、1628‐フォルリ、1719)の「アドーネ」


P1910884
エヴァリスト・バスケニス(ベルガモ、1617‐1679)の「楽器の静物画」


P1910887
カルロ・チニャーニの「ヴィーナスとキューピッド」(1662‐65)


P1910890
次の部屋です。


P1910889
第33室


P1910891
Rembrandt van Rijn (Leida, 1606- Amsterdam, 1669) の「眠る老人の肖像」


P1910893
Nicolaes Eliasz Pickenoy (Amsterdam, 1588-1656c)の「レディの肖像」(1625)


P1910895
Pieter Neefs I (Anversa, 1578c-1657/1661) とFrans Francken II (Anversa, 1581-1642) の「ゴシック様式教会の内部」


P1910897
Pieter Fransz de Grebber (Haarleem, 1600c-1652/1653) の「ラザロの蘇生」(1632)


P1910899
Joris van Schooten (Leida, 1587-1651) の「若い女性の肖像」(1633)


P1910903
Peter Binoit (Colonia, 1593- Hanau, 1632 )の「果物とシーフード」(1632)


P1910905
Pieter Jansz Saenredam (Assendelft, 1597- Haarlem, 1665) の「Assendelft のサントドゥルフォ教会の内部」


P1910907
Paulus Potter (Enkhuizen, 1625- Amsterdam, 1654) の「牛がいる風景」


P1910909
David Teniers II (Anversa, 1610- Bruxelles, 1690) の「居酒屋」


P1910913
David Teniers II の「居酒屋」


P1910916
David Teniers II の「カード・プレイヤー」(1651)


P1910918
David Teniers II の「アンナ・ブリューゲルとダヴィド・ブリューゲルの肖像」(1644‐45)


P1910922
次の部屋です。


P1910921
第34室


P1910923
Jan Both (Utrecht, 1618/1622-1652) の「川と木と旅行者がいる風景」(1637)



P1910925
Gerrit Dou (Leida,1613-1675)の「天文学者の肖像(1650)


P1910927
Gaspard de Witle (Anversa, 1624-1681)の「田舎家」(1646‐50)


P1910929
Barent Fabritius (Middenbeemster, 1624- Amsterdam, 1673) の「エルカーナと彼のペニンナとアンナの二人の妻」(1655)


P1910931
Jacob van Ruisdael (Haarlem, 1628/1629- Amsterdam, 1682) の「羊飼いがいる風景」(1650)


P1910933
Gerrit Douの「ブドウの木がある窓にいる若い女性」(1662)


P1910935
Caspar Netscher (Heidelberg, 1639- L'Aia, 1684) の「ナイフ製造者」(1662)


P1910937
Pieter Neefs II (Anversa, 1620-1675) の「カトリック教会の内部」(1658)


P1910939
Franz van Mieris il vecchio (Leida, 1635-1681) の「若い男の肖像」(1659)


P1910942
次の部屋です。


P1910941
第35室


P1910943
Domenicus van Tol (Bodegraven, 1635‐Leida, 1676) の「シャボン玉で遊ぶ子供たち」


P1910945
Philips Wouwerman (Haarleem, 1619-1668) の「戦闘」(1665‐68)


P1910947
Jan Davidsz de Heem (Utrecht, 1606- Anversa, 1683/1684)の「果物と花の静物画」


P1910949
Jan Davidsz de Heem の「果物と花の静物画」
(つづく)

P1910705
次の部屋です。


P1910704
第23室


P1910708
フランチェスコ・カイロの「ルクレツィアの死」(1633‐35)


P1910711
ジュゼッペ・ヴェルミリオ(ミラノ?、1587c‐1635まで記録)の「キリストとサマリア女」(1626)


P1910714
フランチェスコ・カイロの「洗礼者聖ジョヴァンニの首とヘロデア」(1633‐35)
ヘロデアはサロメの母です。


P1910706
大部屋が仕切りで区切られてます。


P1910717
次の部屋です。


P1910716
第24室


P1910718
Jan Claret (?, 1599c- Savigliano, 1679) の「ノルチャの聖ベネデット」


P1910720
Maestro dei Santi Cassinesi (Savigliano, 16‐17世紀活動)の「聖カルロロマンノ」(1625‐35)
こんな聖人がいたんですか?


P1910722
Maestro dei Santi Cassinesi の「聖グイッレバルド」(1625‐35)
こんな聖人知りません。


P1910724
Maestro dei Santi Cassinesi の「聖ロタリオ」(1635)
この聖人も知りません。


P1910726
Maestro dei Santi Cassinesi の「聖ステファノ・モナコ(1625‐35)
彼らは本当に列聖された聖人でしょうか。ネットで調べても出てきません。


P1910728
Maestro dei Santi Cassinesi の「聖ラキシオ」(1625‐35)
街中で見かけるおっさんの顔を順々に適当に描いたとしか思えません。


P1910730
Maestro dei Santi Cassinesi の「San Winebaldo」(1625‐35)
ステファノ、アントニオ、ピエトロ、パオロ、シモーネ、ジローラモ、ベルナルド、バルトロメオ、二コラ、マルコなどではなくて、一般受けしない聖人を並べられても戸惑うだけでした。


P1910733
Matthias Stom (1600-1649)の「ペリシテ人に捕われるサムソン」
カラヴァッジェスキですね。


P1910735
Jan Claret とGiovenale Boetto (Fossano, 1604-1678) の「Santa Scolastica 」
この聖女は私が持っている聖人リストに入ってます。


P1910737
グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「カインとアベル」(1617‐18)


P1910742
26室 
第25室の写真を撮り忘れたか、または欠番?、一時閉鎖?


P1910745
ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582‐ローマ、1647)の「井戸のレベッカ」(1620)


P1910748
ジャンジャコモ・セメンティ(ボローニャ、1580‐ローマ、1636)の「クレオパトラの死」(1626‐27)


P1910750
ドメニキーノ(ボローニャ、1581‐ナポリ、1641)の「農業の寓意」(1625)


P1910754
ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577‐1631)の「聖パオロの殉教」(1619)


P1910756
第27室


P1910757
Francois du Quesnoy (Brexelles, 1597- Livorno, 1643) の「サヴォイアのマウロツィオ枢機卿の胸像」(1635)


P1910759
フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578‐1660)の「水」(1625‐28)


P1910762
フランチェスコ・アルバーニの「空気」(1625‐28)


P1910764
フランチェスコ・アルバーニの「大地」(1625‐28)


P1910765
フランチェスコ・アルバーニの「火」(1625‐28)


P1910769
次の部屋です。


P1910768
第28室


P1910772
グイド・レーニの「ルクレツィアの死」(1632)


P1910775
フランチェスコ・アルバーニの「Salmacide e Ermafrodito」(1633)


P1910778
フランチェスコ・アルバーニと工房の「Salmacide e Ermafrodito」


P1910782
グイド・レーニの「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1635)


P1910785
フランチェスコ・アルバーニと工房の「Salmacide e Ermafrodito」(1633)


P1910788
Nicolas Poussin (1594-1665) の「聖マルゲリータ」(1636‐39)


P1910792
次の部屋です。


P1910791
第29室


P1910793
Jacob Van Hulsdonck (Anversa, 1582-1647) の「果実」(1638)


P1910795
Antoon Van Dyck (Anversa, 1599- Londra, 1641) の「聖家族と聖エリザベッタと聖ジョヴァンニーノ」(1621‐25)


P1910799
Antoine Sallaert (Bruwelles, 1580/1585-1650 ) の「Processione delle fanciulle del Sablon a Bruxelles」


P1910802
ヤン・ブリューゲル・イル・ジョーヴァネ(Anversa, 1601-1678) の「ヴァニタス」(1631)


P1910805
Antoon Van Dyck と工房の作品です。
何が描かれているのか、私には理解不能です。


P1910808
Pieter Paul Rubens (1577-1640)の「Deianira tenteta della Furia」(1638)


P1910812
Pieter Paul Rubens の「エスぺリディ園のヘラクレス」(1638)


P1910815
Cornelis de Vos (Hulst, 1584- Anversa, 1651) の「10歳の若い娘の肖像」(1622)


P1910818
Antoon Van Dyck の「イサベッラ・クララ・エウジェニアの肖像」(1628)


P1910821
Antoon Van Dyck の「イギリス王チャールズ1世の3人の子供たち」(1635)


P1910824
Antoon Van Dyck の「サヴォイア・カリニャーノのトッマーゾ・フランチェスコ王子の肖像」(1635)


P1910827
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「高位聖職者の肖像」(1634‐35)
(つづく)

P1910553
次の部屋です。


P1910552
第15室


P1910555
ヤコポ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1510c‐1592)の「大きな市場」


P1910559
ヤコポ・バッサーノと工房の「鍛冶屋」(1584)


P1910564
レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1549‐ヴェネツィア、1622)の「小さな市場」


P1910567
フランチェスコ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1549‐ヴェネツィア、1592)の「サビーネ女の略奪」(1590)


P1910571
次の部屋です。


P1910570
第16室


P1910573
Giacomo Vighi detto l'Argenta (Argenta, 1510c- Torino, 1573) の「サヴォイア大公エマヌエーレ・フィリベルトの肖像」


P1910576
Giacomo Vighi detto l'Argenta の「子供の頃のカルロ・エマヌエーレの肖像」(1572)
10歳頃の肖像と言われてます。


P1910579
Jacob Van Schuppen (Fontainebleau, 1670- Vienna, 1751) の「サヴォイア王家エウジェニオ王子の肖像」(1718‐20)


P1910582
Horace Vernet (Parige, 1789-1863) の「サルデーニャ王カルロ・アルベルトの肖像」(1834)


P1910585
次の部屋です。


P1910584
第18室になります。第17室がありません。非常に注意して各展示室を回ったので、第17室を飛ばして第18室に行ったということは先ず考えられません。


P1910587
アウレリオ・ローミ(ピサ、1556‐1622)の「マギの礼拝」


P1910589
ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称チェラーノ(ノヴァーラ、1573‐ミラノ、1632)の「羊飼いの礼拝」(1592‐95)


P1910594
ヤン・ブリューゲル・イル・ヴェッキオ(ブリュッセル、1568‐アンヴェルサ、1625)の「朝の川の風景」(1603)


P1910597
Paul Brill (Anversa, 1554- Roma, 1626) の「Paesaggio con Mercurio e Batto」(1606)


P1910600
ジョヴァンニ・バリオーネ(ローマ、1566‐1643)の「聖ピエトロと鶏」(1606)


P1910603
ジョヴァンニ・バリオーネの「聖ピエトロと福音書記者聖ジョヴァンニ」(1608)


P1910607
ヤン・ブリューゲル・イル・ヴェッキオの「農民と馬車と牛がいる風景」(1613)


P1910609
Roelandt Savery (Courtray, 1576- Utrecht, 1639) の「馬車がある風景」(1606)


P1910613
デニス・カルヴァート(1540‐1619)の「羊飼いの礼拝」(1600)


P1910616
次の部屋です。


P1910615
第19室


P1910619
ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称チェラーノの「ミラノのサン・チェルソにある聖母像の前で祈る聖フランチェスコとベアート・カルロ・ボッロメオ」(1608)


P1910621
アンティヴェドゥート・グラマティカの「ティオルボ奏者」は貸し出し中でした。ティオルボは大型のリュートです。


P1910623
アントニオ・テンペスタ(フィレンツェ、1555‐ローマ、1630)の「アドーネの死」(1619)


P1910626
グリエルモ・カッチャ通称モンカルヴォ(アスティ、1568‐1625)の「キアラヴァッレの聖ベルナルド」


P1910629
グリエルモ・カッチャ通称モンカルヴォの「アブラモと3天使」(1618)


P1910632
オラツィオ・リミナルディ(ピサ、1593‐1630)の「ダヴィデ」


P1910635
Frans Francken II (Anversa, 1581-1642) とPaul Vredeman de Vries (Anversa, 1567- Amsterdam, 1630) の「会議室の祝宴」


P1910638
モラッツォーネ(モラッツォーナ、1573‐ピアチェンツァ?、1626)の「スーザ地方の寓意」


P1910641
ジョヴァンニ・バッティスタ・デッラ・ローヴェレ通称フィアッメンギーノ(ミラノ、1561c‐1630c)の「サルッツォ地方の寓意」


P1910645
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574‐ミラノ、1625)の「大天使ミケーレ」(1619‐23)


P1910648
アントニオ・テンペスタの「トリのカステッロ広場の騎馬試合」(1620)


P1910652
グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「浪費息子の帰還」


P1910656
次の部屋です。


P1910655
第20室


P1910658
Hendrick Terbrugghen (1588-1656) の「福音書記者聖ジョヴァンニ」(17世紀前半)


P1910661
Claude Vignon (Tours, 1593- Parigi, 1670) の「聖パオロ」


P1910664
Valentin de Boulogne (1591-1632) の「聖ジローラモ」(1618‐22)


P1910667
ニコロ・ムッゾ(カザーレ・モンフェッラート、1585/1590-1623/1627)の「カルヴァリオへの途」


P1910669
Jusepe de Ribera detto Spagnoletto (Jativa, 1591- Napoli, 1652) の「キリストの鞭打ち」


P1910672
次の部屋です。


P1910671
第21室


P1910674
グリエルモ・カッチャ通称モンカルヴォの「聖痕を受ける聖フランチェスコ」


P1910677
モラッツォーネの「聖家族と天使たち」(1620)


P1910681
ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称チェラーノの「聖母子と聖フランチェスコと聖ロレンツォと修道士」(1623)


P1910685
オラツィオ・ジェンティレスキ(ピサ、1563‐ロンドン、1639)の「受胎告知」(1623)


P1910688
次の部屋です。


P1910687
第22室


P1910690
タンツィオ・ダ・ヴァラッロ(ヴェルチェッリ、1580c‐ヴァラッロ、1633)の「聖ピエトロと聖マルコ」(1626)


P1910693
タンツィオ・ダ・ヴァラッロの「ヤコブとラケル」


P1910695
アンティヴェドゥート・グラマティカ(シエナ、1571c‐ローマ、1626)の「聖プラッセーデと聖プデンツィアーナ」(1620‐26)


P1910699
フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607‐1665)の「ゲッセマネ園の苦悩」(1635)


P1910702
フランチェスコ・カイロの「聖アグネスの殉教」(1633‐35)
(つづく)


P1910396
ポリドーロ・ダ・カラヴァッジョ(カラヴァッジョ、1499c‐メッシーナ、1543c)の「聖アルベルト・カルメリターノ」


P1910398
ジローラモ・ジョヴェノーネの「聖家族とオルタの聖ジュリオ」(1533)


P1910400


P1910404
バルナルディーノ・ラニーノ(ヴェルチェッリ?、1528‐1581記録)の「聖母子と聖アントニオ・アバーテと聖セバスティアーノと聖ロッコと洗礼者聖ジョヴァンニ」(1534)


P1910406
ソドマ(ヴェルチェッリ、1477‐シエナ、1549)の「ルクレツィアの死」(1515)


P1910408


P1910411
フェルモ・ステッラ(カラヴァッジョ、1510‐1562記録)の「聖母子と聖人たちの祭壇画」


P1910413
聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ジョルジョ


P1910414
裾絵の聖キアーラ


P1910415
聖ルチア


P1910416


P1910421
洗礼者聖ジョヴァンニの斬首


P1910422


P1910417
竜を退治する聖ジョルジョ


P1910418
聖バルバラ


P1910419
聖アポッロニア


P1910425
次の部屋です。


P1910423
第11室


P1910424
繁栄した王家が収集した作品は質が高いものばかりです。


P1910427
Dirck Jacobsz (Amsterdam, 1497c-1567) の「手紙を持つ男の肖像」


P1910430
ガウデンツィオ・フェッラーリ(ヴェルチェッリ、1475c-ミラノ、1546)の「キリストの埋葬」


P1910432
16世紀前半のフランドルの無名画家の「磔刑の三連画」


P1910435
ガウデンツィオ・フェッラーリの「玉座の聖母子と聖ボボーネと聖エリージョと音楽天使」(1534)


P1910438
Maestro delle Mezza Figure Femminili (アンヴェルサ?、16世紀)の「磔刑」


P1910441
リナルド・マントヴァーノ(マントヴァ、1529-1535記録)の作品


P1910443
「父なる神」


P1910445
「聖母被昇天」


P1910448
ガウデンツィオ・フェッラーリの「磔刑」


P1910453
ガウデンツィオ・フェッラーリの「死せるキリストへの哀悼」


P1910456
次の部屋です。


P1910455
第12室


P1910458
ブロンズィーノの「貴婦人の肖像」(1550‐55)は貸出中でした。


P1910461
オッタヴィアーノ・カーネ(トリノ、1495‐1576?)の「玉座の聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニとシエナの聖ベルナルディーノ」(1541‐42)


P1910465
ルーカ・カンビアーソ(1527‐1585)の「マギの礼拝」(1548‐1500)


P1910472
ダニエーレ・ダ・ヴォルテッラ(ヴォルテッラ、1509c‐ローマ、1566)の「洗礼者聖ジョヴァンニの斬首」(1551)


P1910475
オッタヴィアーノ・カーネの「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


P1910479
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「シモーネ邸の晩餐」(1555‐56)


P1910484
ベルナルディーノ・ラニーノの「死せるキリストへの哀悼」(1545)


P1910488
次の部屋です。


P1910487
第13室


P1910491
ジュゼッペ・ジョヴェノーネ・イル・ジョーヴァネ(ヴェルチェッリ、1524‐1608c)の「キリストの復活」


P1910495
ロレンツォ・サッバティーニ(ボローニャ、1530c‐ローマ、1576)の「地理の寓意」


P1910499
ベルナルディーノ・ラニーノの「死せるキリストへの哀悼」(1558)


P1910503
ソフォニスバ・アングィッソーラ(クレモナ、1535c‐パレルモ、1625)の「若きイサベッラ・クラ—ラ・エウジェニアの肖像」


P1910506
Bartholomeus Spranger (Anversa, 1546-Praga, 1611) の「最後の審判」(1570c)


P1910509
16世紀のピエモンテの無名彫刻家の「Margherita di Valois の胸像」


P1910511
16世紀のピエモンテの無名彫刻家の「Emanuele Filiberto の胸像」


P1910515
バルトロメオ・パッサロッティ(ボローニャ、1529‐1582)の「アンドロメダの解放」(1572‐75)


P1910519
ジローラモ・ラニーノ(ヴェルチェッリ、1555-1586/1589)とピエトロ・フランチェスコ・ラニーノ(ヴェルチェッリ、1550c1604/1609)の「聖パオロの召命」


P1910523
ジョヴァンニ・カラッカ(?、16世紀前半‐トリノ、1607)の「聖母子の前で祈る3人の武装した男たち」(1568)


P1910526
ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518‐1594)の「三位一体」(1561‐62)


P1910529
ブロンズィーノ(フィレンツェ、1503‐1572)と工房の「コジモ1世の肖像」


P1910534
ルーカ・カンビアーソの「ディアナとカッリスト」


P1910538
次の部屋です。


P1910537
第14室


P1910540
パオロ・ヴェロネーゼと工房の「ソロモン王の前のシバの女王」(1584)


P1910545
パオロ・ヴェロネーゼと工房の「モーゼの発見」(1582)


P1910550
アンドレア・セミーノ(ジェノヴァ、1526c‐1594)の「羊飼いの礼拝」(1584)

P1910289
階上の展示室に向かいました。


P1910291
階上の最初の部屋です。


P1910290
第8室


P1910293
ジョヴァンニ・アントニオ・ソリアーニ(フィレンツェ、1492‐1544)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1515‐20)


P1910296
デフェンデンテ・フェッラーリの「聖イーヴォのポリッティコ」(1500‐10c)


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貧者の嘆願を聞く聖イーヴォ


P1910300
聖家族


P1910301
聖グレゴリオ


P1910302
大天使ミケーレ


P1910303
シエナの聖カテリーナ


P1910304
テーマが不明とされてます。


P1910305
福音書記者聖ジョヴァンニ


P1910306
裾絵


P1910307
マグダラのマリアの物語が裾絵のテーマです。


P1910308


P1910309


P1910310


P1910311


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P1910315
次の部屋です。


P1910314
第9室


P1910317
Pedro Machuca (Toledo, 1485-1550) の「聖母子」(1517‐20)


P1910319
ガロファロ(フェッラーラ?、1481‐1559)の「教会博士との問答」(16世紀前半)


P1910320
問答しているのはキリストです。


P1910325
ジョヴァンニ・ジローラモ・サヴォルド(ブレーシャ、1480/1485c-ヴェネツィア、1548)の「羊飼いの礼拝」(1522‐23)


P1910329
デフェンデンテ・フェッラーリの「マギの礼拝とご誕生とピエタのキリスト」(1523)


P1910333
ジローラモ・ジョヴェノーネ(ヴェルチェッリ、1475c‐1533)の「聖母子と聖人たち(聖カテリーナ、聖ピエトロ、聖マルティ―レ、聖エウセビオ、マグダラのマリア)」


P1910336
エウセビオ・フェッラーリ(ヴェルチェッリ、1475c‐1533)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1522‐24)


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デフェンデンテ・フェッラーリの「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚の祭壇画」


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裾絵


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裾絵のテーマはアレッサンドリアの聖カテリーナの物語です。


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ガロファロの「聖母子」


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ルドヴィーコ・マッゾリーノ(フェッラーラ、1480c‐1528)とガロファロの「聖母子と聖人たち」


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裾絵の写真を撮るのを忘れました。


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デフェンデンテ・フェッラーリの「ポリッティコ」


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玉座の聖母子と2音楽天使


P1910362
聖バルバラと寄進者


P1910363
聖ミケーレ


P1910364
聖ヴァレリアーノ
これと対照に位置にあるパネルは欠落しています。


P1910365
裾絵


P1910366
裾絵のテーマはアレッサンドリアの聖カテリーナの物語です。


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P1910373
次の部屋です。


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第10室


P1910374


P1910376
Maestro dell'Annunciazione di Santa Rosalia (リグーリアまたはロンバルディアで16世紀に活動)の「受胎告知」
完成日が1524年3月25日と記されているそうです。


P1910380
ピエトロ・グラッモルセーオ(モンス?、1521‐1531記録)の「キリストの洗礼」(1523)


P1910382
ピエトロ・グラッモルセーオの「パドヴァの聖アントニオと護衛者」(1523)


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ピエトロ・グラッモルセーオの「聖母子と聖ピエトロ・マルティ―レ」(1525)


P1910389
デフェンデンテ・フェッラーリとプセウド・ジョヴェノーネ(ピエモンテで16世紀に活動)の「洗礼者聖ジョヴァンニと聖ジローラモと寄進者」(1528)


P1910393
ジョヴァンニ・ジローラモ・サヴォルドの「聖母子と聖ジローラモと聖フランチェスコ」(1524‐25)
(つづく)

P1910139
次の部屋です。


P1910137
第5室


P1910141
サンドロ・ボッティチェッリ工房の「聖母子」


P1910143
親方そっくりに描きますね、感心してしまいます。


P1910147
フランチェスコ・ボッティチーニ(フィレンツェ、1446‐1497)の「聖母戴冠と聖アゴスティーノと聖ベルナルドと聖ジローラモと聖ジュリアーノと二音楽天使と寄進者」


P1910150
ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1451/1456-ミラノ、1523?)の「聖アンブロージョの物語」


P1910152
「聖アンブロージョの聖別」


P1910154
「聖アゴスティーノと聖モニカの前での聖アンブロージョの説教」


P1910157
Maestro dell'Adorazione di Torino (15‐16世紀)の「マギの礼拝」(15世紀末‐16世紀初め)


P1910161
次の部屋です。


P1910160
第6室


P1910162



P1910164
アオスタ?の無名彫刻家の「聖母子」(15世紀末‐16世紀初め)


P1910166
ジョヴァンニ・カナヴェシオ(ピエモンテで1450‐1500活動)の「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(15世紀後半)


P1910169
玉座の聖母子


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聖ステファノ、聖ジャコモ・マッジョーレ


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アレッサンドリアの聖カテリーナ(上)、聖ルチア(下)


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マグダラのマリア


P1910174
聖ジローラモ、聖グレゴリオ


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洗礼者聖ジョヴァンニ、メントーネの聖ベルナルド


P1910179
聖パンタレオーネ(上)、聖ロレンツォ


P1910180
聖アントニオ・アバーテ


P1910184
ガンドルフィーノ・ダ・ロレート(アスティ、1493‐1518記録)の「聖母被昇天と聖人たちのポリッティコ」(1493)


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聖母被昇天


P1910188
聖アポッロニア、洗礼者聖ジョヴァンニ


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聖ボナヴェントゥーラ、福音書記者聖ジョヴァンニ


P1910190
聖母戴冠


P1910191
聖フランチェスコ、聖ルチア


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聖ルドヴィーコ、アレッサンドリアの聖カテリーナ


P1910196
ニコロ・コルソ(ピエーヴェ・ディ・ヴィーコ、1446c‐ジェノヴァ、1513)の「玉座の聖アンブロージョと二聖人」(1500‐1510c)


P1910197
聖アンブロージョ


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聖マルティーノ


P1910199
聖セバスティアーノ


P1910203
デフェンデンテ・フェッラーリ(キヴァッソ、1480/1485-1540)の「マギの礼拝」


P1910205
ジュリアーノ・ブジャルディーニ(フィレンツェ、1476‐1554)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1500‐1510c)


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父親が後ろの方に小さく描かれています。


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ジャン・ジャコモ・デ・アッラーディオ通称マクリーノ・ダルバ(アルバ、1495‐1528記録)の「聖人たちのポリッティコ」(1506)


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聖痕を受ける聖フランチェスコ


P1910216
聖ピエトロと聖ボナヴェントゥーラ


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ヴィテルボの聖ローザ、聖ロレンツォ、洗礼者聖ジョヴァンニ


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福音書記者聖ジョヴァンニ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、パドヴァの聖アントニオ


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トローザの聖ルイージ司教、聖パオロ


P1910226
ジャン・ジャコモ・デ・アッラーディオ通称マクリーノ・ダルバの「幼きキリストを崇拝する聖人たち」(1505)


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ガウデンツィオ・フェッラーリ(ヴェルチェッリ、1475c‐ミラノ、1546)の「ポリッティコの4パネル」(1508)


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寺院から追放される聖ジョアッキーノ


P1910234
聖母子と聖アンナと信者たち


P1910236
聖アンナの受胎


P1910239
父なる神


P1910243
次の部屋です。


P1910241
第7室


P1910244


P1910246
ソドマ(ヴェルチェッリ、1477‐シエナ、1549)の「聖母子と聖人たち」(1513)


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ソドマの「聖家族」(1513)


P1910255
Bernard Van Orley (1491/1492-1542)の「 Scena non identificata」
つまり何が描かれているのか分からないのです。
この作品は表裏に描かれてます。


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こちらが裏面
Bernard Van Orley の「聖母と福音書記者聖ジョヴァンニと寄進者」


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ベルゴニョーネの「聖母子」


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ベルゴニョーネが描いた聖母子では、これが最も良いと思います。


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ガウデンツィオ・フェッラーリの「聖ピエトロと寄進者」(1515‐20)


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フランチェスコ・フランチャ(ボローニャ、1450c‐1517)の「十字架降下」


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ガウデンツィオ・フェッラーリの「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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ジローラモ・ジョヴェノーネ(ヴェルチェッリ、1490c‐1555)の「聖母子と聖人たち」(1514)


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ペドロ・イスパーノ(スペイン、15世紀末‐16世紀第1四半世紀)の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1512‐16)


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(つづく)


P1900968
数年前まで、サバウダ美術館は、エジプト博物館と同じ科学アカデミー館にあったと思います。


P1900969
2012年に来た時は、確か現在の場所に美術館があったと思います。
当時、館内に展示されている作品の写真を撮ることが禁止されていたので、美術館に来てもカメラを取り出すことがなかったので、写真がないので移転時期については良く分かりません。
2013年の写真があり、その時は確かに現在地、つまり王宮、パラッツォ・リアーレの新ウイングに美術館がありました。


P1920210
2013年頃と比較すると、展示作品数が随分増えたと思います。


P1900971
サヴォイア王家の見事なコレクションを展示してますが、質が高い作品が非常に多く、特に北方ルネサンス作品の傑作が揃っているのが特徴でしょう。


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以前は、美術館だけの切符を買うことが可能でしたが、現在は、王宮にある美術館・博物館などに入館出来る共通券しか売ってくれなくなりました。


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2014年の美術館の年間入館者は277,858人でした。2016年の王宮共通券の年間販売数は314,195人分でした。


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作品はほぼ描かれた年代順に展示されてます。


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写真が解禁されてから館内係員が少なくなりました。


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バルナルド・ダッディ(フィレンツェ、1290c‐1348)の「聖母戴冠」


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バルナーバ・ダ・モデナ(モデナ、1361‐1386記録)の「聖母子」(1370)


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マリオット・ディ・ナルド(フィレンツェ、1394‐1424)の「四福音書記者」(1375‐78)


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ジャコモ・ピッテリオ(アレッサンドリア、14世紀末‐1428活動)の「聖母子と聖ジョヴァンニ・ヴィンチェンツォと聖ミケーレ」
向かって右に2つのパネルがあった筈です。


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15世紀のフランスの無名彫刻家の「助祭」


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15世紀のフランスの無名彫刻家の「助祭」


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Jan Van Eyck (1390c-1441) の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」


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ベアート・アンジェリコ(ヴェッキオ・ディ・ムジェッロ、1395/1400c-ローマ、1455)の「天使」


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ピサネッロ派?の無名画家の「マギの礼拝」(15世紀)


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Jacques Iverny (Avignone, 1410-1438 記録)の「聖母子と二聖人」


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中央パネル


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「聖ステファノ」


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「聖ルチア」


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裾絵


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ベアート・アンジェリコの「聖母子」


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デシデ—リオ・ダ・セッティニャーノ(セッティニャーノ、1430c‐フィレンツェ、1464)の「聖母子」


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パオロ・ダ・ブレーシャ(ブレーシャ、1420/1430c-1486)の「玉座の聖母子と聖人たち」


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聖アメリオ、聖ロレンツォ


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聖アルビーノ、聖アミーコ


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アポッロニオ・ディ・ジョヴァンニ工房とマルコ・デル・ブオーノ(フィレンツェ、1403c‐1480)の「愛の勝利」
裏面にも描かれてます。


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裏面の「紋章」


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Rogier Van Der Weyden (1399c-1464) と工房の「祈る寄進者とご訪問」


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ロヒール・ヴァン・デア・ウェイデンは、ヤン・ファン・エイクと並ぶ初期フランドル絵画を代表する巨匠です。1436年に、当時居住していたブリュッセルの「市の画家」に任命されました。1450年頃、ローマに赴き、聖職者や貴族、画家たちと交流したことで、その名声はイタリアだけでなくヨーロッパに広がりました。
サバウダ美術館にある、この作品は彼の代表作とされてます。


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スキアヴォーネ(1433/1436-1504) の「聖母子」


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ハンス・メムリンク(1430/1446c-1494) の「キリストの受難」
ヴァザーリに拠れば、ハンス・メムリンクはファン・デア・ウェイデンの弟子との事です。19世紀末までは、ヤン・ファン・エイクと並ぶ初期フランドル絵画の巨匠とされていましたが、20世紀に入ると、甘美で保守的な趣の画風が評価を下げることになりましたが、人物を風景の中に取り入れるなど新しい写実表現によって、相違に満ちた画家として、その評価が回復されています。


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アントニオ・ポッライオーロ(フィレンツェ、1431‐ローマ、1498)とピエロ・ポッライオーロ(フィレンツェ、1441‐ローマ、1496)の「大天使ラッファエーレとトビオーロ」
これも有名な作品です。


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ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1396?‐1470?)と工房の「聖母の誕生」


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ヤコポ・ベッリーニと工房の「受胎告知」


P1910076
次の部屋です。


P1910077
第3室


P1910081
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1438/1440c-1516)と工房の「聖母子」


P1910084
ジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティ(カザーレ・モンフェッラート、1455c‐キヴァッソ、1526/1528)の「聖フランチェスコと聖セバスティアーノと洗礼者聖ジョヴァンニと聖アントニオ・アバーテと寄進者」


P1910087
ジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティの「聖バルバラとアレッサンドリアの聖カテリーナとマグダラのマリアとアンティオキアの聖マルゲリータ」


P1910091
Jean De Chetro (アオスタ、1430c‐1483)の「三位一体とマグダラのマリアと司教聖人」


P1910093
フィリッピーノ・リッピ(プラート、1457‐フィレンツェ、1504)の「3大天使とトビオーロ」


P1910098
Maestro del Polittico di Boston (ピエモンテで15世紀活動)の「聖マルティ―レ・グエッリエーロと聖シモーネと福音書記者聖ジョヴァンニと聖ポンツィーオと聖オノラート」


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ジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティの「マギの礼拝」


P1910106
次の部屋です。


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第4室


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ジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティの「玉座の聖母子と二聖人」


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聖ウバルド


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聖セバスティアーノ


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ロレンツォ・ディ・クレディ(フィレンツェ、1460‐1537)の「聖母子」


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ゲラルド・デル・フォーラ(フィレンツェ、1444/1445-1497)の「純潔の勝利」


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431-マントヴァ、1506)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノとアレッサンドリアの聖カテリーナとその他の聖人たち」(1488)


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ロレンツォ・ディ・クレディの「聖母子」


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P1910133
(つづく)


P1690062
古代ローマ時代、交易の中心地だったPiazza del Mercato です。


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メルカート広場からローマ劇場方面に行くことが出来るVia Arco di Druso です。


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Arco di Druso e Germanico です。


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Arco の左先が教会です。


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Arco を潜れば、写真右が教会です。


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Arco と教会の間の下方にローマ時代の遺跡が見えます。


1


2
教会はローマ時代の遺跡、ローマ神殿の上に建てられてます。


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サンタンサーノ教会は傾斜地に建ってます。


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1900年から1902年に行われた教会付近の発掘調査によって、教会はローマ時代の遺跡の上に建てられたことが分かりましたが、資金不足によって発掘作業が中止になったので、それ以上の詳しいことが分かりませんでした。


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それから50年以上経った1955年に発掘作業が再開され、1957年までの調査によって、紀元1世紀に建てられたローマ寺院を利用して、6世紀前半に建てられた初期キリスト教会Chiesa di Sant'Isacco e Marziale がこの教会の前身であることが分かりました。


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また、現在のクリプタは、初期キリスト教会を取り壊して、同じ場所に11世紀から12世紀に建てられたChiesa di Sant'Isacco であることが分かりました。
16世紀に、古い建物をクリプタにして、その上に新築されたのが、Chiesa dei Santissima Ansano e Isacco でした。教会の奉献する聖人に聖アントニオが加わり、教会は聖アンサーノと聖アントニオに、クリプタが聖イサクに変更されました。
現在の建物は、18世紀の終わりにアントニオ・ドッティの設計によって新古典様式で再建されたものです。それと共に奉献する聖人から聖アントニオが外されました。


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旧修道院の建物は住宅となってます。


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アントニオ・チムベッリの「聖母子と聖イサクと聖アンサーノ」のファサード彫刻


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単廊式、新古典様式の内部です。


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左側壁


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右側壁


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天井


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主祭壇


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後陣の装飾


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主祭壇画はアルキータ・リッチ・ダ・ウルビーノの「聖アンサーノの殉教」(17世紀)


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ピエタ礼拝堂


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アルカンジェロ・アクィリーニの「ピエタ」


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17世紀のローカル無名画家の「聖ロレンツォの殉教」


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ロンバルディ礼拝堂


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ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャの「聖母子」のフレスコ画


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再建前の建物にあったフレスコ画です。


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ピエトロ・ガリバルディの「無原罪の聖母」(1875)


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クリプタが開いていました。


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三廊式です。


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クリプタのフレスコ画は、ローマ派の影響を受けたスポレートの無名画家(恐らく複数人)によって11-12世紀に制作されました。


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聖イサクの石棺


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しかし、ここにあるのは複製品です。


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本物は国立スポレート公国博物館・アルボルノツィア城塞にあります。


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内陣に戻ります。


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出入り口


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もう一度祭壇を見てから外に出ました。


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(おわり)


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道路が碁盤の目のように交差するので、迷うことになく街歩きが出来ます。


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カリニャーノ広場


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広場に立っているのは、ヴィンチェンツォ・ジョヴァルティ(トリノ、1801‐パリ、1852)像です。


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ジョヴァルティは、司祭、哲学者、政治家です。サヴォイア王家の大臣を務めたことがあります。


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Palazzo Carigano


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この建物はMuseo Nazionale del Risorgimento Italiano になってます。


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Palazzo の反対側に行くことにしました。


029
サン・カルロ広場のこちら側の方が正式な出入り口でしょうか。


034


037
中庭


038
議事堂があります。


039
19世紀の歴史は私の好みから若干外れます。


040
ここで時間をかけてはいけません。後が仕えてますから。


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カステッロ広場に急ぎました。


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マダーマ宮の塔です。


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マダーマ宮


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辛うじて天気が持ってくれてます。


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トリノで最大の広場であるカステッロ広場です。


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車が通過したので、先ほどよりも多少マシな写真が撮れました。


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塔は威圧感があります。


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ピエトロ・カノーニカの「イタリアの騎士のモニュメント像」(1923)


054
オペラ劇場です。


057
馬蹄形ではなく、全座席が舞台に向いていて、観劇しやすいのが特徴です。


058
切符売り場


056
この日の公演はありません。


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ファサード側と塔がある方とでは、随分感じが違います。


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マダーマ宮に市立博物館が設置されてます。


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見どころが多いので、入館するかどうか迷いましたが、時間が余れば後で入館することにしました。しかし、時間が足りなくなって、この時は結局入館しませんでした。


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サルディニア軍のモニュメント


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王宮は後で見ることにしました。


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Palazzo della Regione


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サン・ロレンツォ教会が見えたので、止せば良いのに寄り道をしました。


068
時間がありません。


069
フラフラと引き込まれるように中に入ってしまいました。


070
バロック様式、ギリシャ十字形の内部です。


071


073


074


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次はドゥオーモです。


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聖骸布で有名なドゥオーモです。


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その聖骸布ですが、偽物と証明されました。


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偽物と分かっていても信じる人は救われるんですね。


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ドゥオーモです。


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拝観しました。


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後ほど、古寺巡礼で別に取り上げる予定です。


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次はサバウダ美術館です。


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切符売り場は王宮の方にあります。


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ここに切符売り場があれば良いのに。


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入館しました。


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展示作品が非常に多い美術館です。


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ここは後で別個に取り上げます。


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複製画


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(つづく)

155
トリノ駅に到着しました。


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駅舎が工事中でした。


005
工事前の姿がこちらです。優雅な駅舎です。


004
先ず、この日のお宿に向かいました。


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この日のお宿はここです。
王宮に向かって、駅の右横にあるのですが、駅舎工事のため、駅右横の出入り口が閉鎖されていたので、大変な大回りをさせられました。それが予め分かっていれば、このホテルを選ぶことはありませんでした。


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荷物を預けて身軽になったので、街歩きに出発しました。


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イタリアに行くと、雨男を自認してますが、正にピッタリの天気でした。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ大通りです。


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この時、トリノに1泊だけでサバウダ美術館とマダーマ宮博物館の2館に行くのが予定でした。


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カルロ・フェリーチェ広場を横目で見ながら王宮方面に向かいました。


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途中、サン・フィリッポ・ネリ教会に寄り道するつもりだったので、徒歩で向かいました。


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トリノで晴れたのは確か1日だけで、後は曇り、雨ばかりです。この日も雨でしたから、雨率は6割以上の私です。


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ラグランジェ広場です。


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広場に立っているのはルイージ・ラグランジェ(トリノ、1736‐パリ、1813)像です。フランス語では、ジョゼフ・ルイ・ラグランジュと呼ばれてます。
彼のことは理数系を学んだ方ならば常識です。18世紀、オイラーと並ぶ最大の数学者で、解析力学で有名です。オイラーの弟子兼共同研究者でした。
数学は楽しいですね。論理的思考力が得られるので、ボケ防止になります。


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ラグランジェ通り


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午前10時過ぎですが、薄暗い。


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前夜、雨が降ったので道路が未だ濡れてました。


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通りの左側にエジプトの像が見えました。


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これです。


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この像が置かれていたのは、エジプト博物館のPRのようです。


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小雨が落ちてきました。


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サン・フィリッポ・ネリ教会の鐘楼が見えてきました。


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開いていれば拝観するつもりでした。


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次の四つ角の右奥に教会があります。


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サン・フィリッポ・ネリ教会です。


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教会の歴史が書かれてます。


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1675年創建、1679年に完成しました。


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ところが完成後僅か27年後の1706年9月7日のトリノの戦いで被災して崩壊してしまいました。
現在の建物は、1715年から1730年にかけて再建された二代目のものです。
トリノに行く以上は、トリノの歴史を知ったほうが良いと思います。何も知らないで、歩いても勿論楽しめますが。
18世紀初めにスペイン王位の継承を巡って戦われたスペイン継承戦争の戦いの一つがトリノの戦いです。オーストリア・プロイセン・サヴォイア同盟軍がフランス軍に勝利して、フランス軍の包囲されて窮地に陥ったトリノを解放したのです。
戦いに敗れたフランス軍が撤退するにあたって、腹いせのために初代の教会の建物を爆破したという説があります。


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単廊式、ギリシャ十字形、後期バロック様式の内部です。


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左側壁


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主祭壇


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クーポラ


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主祭壇画ですが、何が描かれているのか判然としませんが、セバスティアーノ・コンカの「無原罪の聖母子と聖フィリッポ・ネリ」のようです。


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セバスティアーノ・コンカと工房の作品


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マッティア・フランチェスキーニの作品


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詳細不明


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マッティア・フランチェスキーニの作品


P1900795
詳細不明


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説教壇


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セバスティアーノ・コンカの作品があと2点ある筈ですが見当たりませんでした。


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外に出ました。


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道路を挟んで、教会の向かいにあるエジプト博物館です。


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エジプト関係の博物館としては、世界有数の規模を誇ります。


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エジプト関係の熱心なファンとは言い兼ねる私です。


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一度は入館する価値が十分にあると思います。この時はパス


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(つづく)

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スポレートのリベルタ広場です。


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広場の西の一角に、1世紀に建てられたローマ劇場があります。


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ローマ劇場を見下ろすように建っているのがサンタガタ教会修道院です。


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旧修道院だった建物に国立考古学博物館があります。


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旧サンタガタ修道院だった建物です。


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旧サンタガタ教会だった建物です。


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私が好きなルーカ・シニョレッリが1485年、サンタガタ教会のために祭壇画を制作した記録が残されてますが、現在、その作品は行方不明となっているようです。


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博物館の入り口です。


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入館しました。


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夏の間、古代ローマ劇場は現役のコンサート会場になります。


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古代ローマ劇場は1世紀に建設されたそうです。


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博物館の展示室が並んでます。
なお、サンタガタ修道院だった建物は女子刑務所として使用されていました。


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スポレート及びその近郊にあるエトルリア時代、古代ローマ時代の遺跡からの発掘物が展示の中心です。


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ワインなどを入れた壺


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碑文の説明板


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説明板にMuseo Civicoと記されてます。
この博物館の名称はMuseo Archeologico Nazionale di Spoleto です。国立博物館ですが、以前は市立博物館でした。


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市立から国立になった例は幾つかあります。例えば、ピサの国立サン・マッテオ美術館は、以前、市立サン・マッテオ美術館でした。


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壁に描かれたフレスコ画に見入ってしまいました。


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スポレートの無名画家の「最後の晩餐」(1558)
この部屋は修道院の食堂でした。


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膨大な数の展示物がある部屋


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一旦、回廊に出ました。


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サクランボが実ってました。


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甘くて美味しかった!


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別ウイングの展示室です。


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博物館を代表する作品です。


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修道院は遺跡の上に建てられてます。


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下の遺跡が見ることが出来ます。


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もう一度見てから外に出ました。


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(おわり)

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写真右は教会です。


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11世紀に建設されたサンタガタ教会です。


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宗教活動を停止した旧教会ですが、時々催事場として使用されてます。


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古いフレスコ画が一部残されているので、中に入りたいと思ってますが実現したことがありません。


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坂が多いので、水はけが非常に良い街です。


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日差しが出てきました。


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次はドゥオーモです。


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お気の毒に、先ほどの豪雨で商品がずぶ濡れになってしまったようです。


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雨除けに使用したビニールシートを後片付けする人たちを見かけました。


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サン・アンサーノ教会を通り過ぎました。


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芸がありませんが、来た時と同じ道を通ってドゥオーモに向かいました。


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水たまりが残っているので、車がくるとヒヤヒヤしながら通り過ぎるのを待ちます。何処の国にも妙な人がいるもので、水溜まりにわざわざ車輪を突っ込ませるような走り方をする車を見かけました。


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強い雨が降ってきたので、この店で暫し雨宿りをしました。


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5分ほどで雨が止んだので、街歩きを再開しました。


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未だ雷が鳴っていたので油断できません。


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この日の天気予報は午後から雷雨だったので、予報が見事に当たったというわけです。


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イタリア語の天気予報なので良く分かりませんが、TV画面だけを見て、アルプスから寒気が下りているので、晴れると直ぐに雷雨になり易いと勝手に解釈しました。


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ここも通り過ぎました。


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昼食を食べたオステリアです。


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夕方ですが観光客がいました。


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サンテウフェーミア聖堂の後陣を目にしながら階段を降りました。


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ドゥオーモに付いては、別に詳しく取り上げる予定です。


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見どころが沢山あります。


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有名なフレスコ画


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フィリッポ・リッピの墓


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外に出たら雨が止んでいました。


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これで観たい所は大体見たようです。


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青空が出て来たので一安心です。


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今度は徒歩でガリバルディ広場に戻ることにしました。


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6月なので、未だ明るいですが午後7時近くになってました。


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腰を下ろしたのは殆ど昼食の時だけだったので、流石に疲れました。


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あそこを見ている人は珍しい。


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この建物を見ていたのです。


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この付近は、ローマ時代のフォロがあった所で、この建物の下に初期キリスト教会があります。この時間は開いてませんが、公開されてます。


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道を下りました。


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振り返ったところ


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降りてきた階段


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サン・ニコロ教会


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この時間は閉まっています。


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スポレートでは比較的新しい教会です。


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メンターナ広場


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広場に面して別の教会が建ってますが、名前が分かりません。


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ここに来たら有名なフレスコ画を見ないのでは帰れません。


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あの建物にあります。


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スピネッロ・アレティーノに帰属する「聖母子と二聖人」(1376)


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維持保存が懸念されます。


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更に道を下ります。


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水捌けが良いので、道がもう乾きました。


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教会があります。


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写真右が教会です。


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ガリバルディ通りはもう直ぐです。


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時間があれば、もっと見たい所です。


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ガリバルディ通りに戻りました。


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また雨が降ってきました。


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広場に戻りました。


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広場の噴水


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ホテルの部屋のベランダからの眺め


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午前中に利用したエスカレーターが見えました。


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夜が更けてきました。


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翌朝です。


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(おわり)

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バルトロメオ・ダ・ミランダに帰属する「サンテウフェーミアのトリッティコ」(15世紀中頃)


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ヴェネツィアのマルコ・コンドゥルメルが1450年に注文した記録が残されてます。


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「昇天した聖母」


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「大司教聖ジョヴァンニ」


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「聖ルチア」


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裾絵


P1680788
テーマは「聖ルチアの生涯」


P1680791
制作者不詳の「聖母子」
トレヴィのサント・ステファノ・イン・ピッチーケ教会にありました。
トリッティコの中央パネルと考えられてます。残りの左右のパネルは行方不明です。


P1680795
Maestro di Cesi 派画家に帰属する「サンタ・マリア・ディ・ポンテの祭壇画」(14世紀初め)
チェッレート・ディ・スポレートのサンタ・マリア・ディ・ポンテ教会にありました。


P1680798
ドイツの工房の「磔刑」(15世紀末)


P1680801
Maestro della Madonna Strauss の「聖母子」(14世紀末‐15世紀初め)


P1680803
プレーチのサン・マルティーノ・イン・アベート教会にありました。


P1680807
次の部屋です。


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天井に描かれたフレスコ画


P1680811
ドメニコ・ベッカフーミの「幼きキリストへの崇拝」
セッラーノのサンタ・マリア・モンテサント教会にありました。


P1680815
ジョヴァンニ・アンドレア・デ・マジストリスの「受胎告知と聖会話」(1543)
セッラーノのサンタ・マリア・イン・モンテサント教会にありました。


P1680818
「聖家族と聖アンナと聖ジョヴァンニーノ」


P1680823
「受胎告知」


P1680825
フィリピーノ・リッピの「聖母子と聖人たち」(1485c)
プレーチのサン・モンターノ教会にありました。


P1680827
「玉座の聖母子と聖モンターノと聖バルトロメオ(右)」


P1680828
裾絵


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P1680832


P1680839
ネーリ・ディ・ビッチの「雪の聖母と聖セバスティアーノとバーリの聖二コラ」(1464c)
アベートのサン・マルティーノ教会にありました。


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次の部屋です。


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天井のフレスコ画


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P1680854


P1680846
制作者不詳の「彩色磔刑像」(15世紀)
フェレンティッロのサンタ・マリア教会にありました。


P1680851
14世紀前半のウンブリアの芸術家の「磔刑像」
ロッケッタ・イン・チェッレート・ディ・スポレートのサン・ジャコモ教会にありました。


P1680856
制作者不詳の「磔刑」(14世紀前半)
カンピ・ディ・ノルチャのサン・サルヴァトーレ教会にありました。


P1680861
これは少し複雑な作品です。磔刑像とそれを蓋にする構造になっている絵画の制作者が異なります。また、聖人ですが、表と裏の両面に描かれてます。


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ジョヴァンニ・ジャコモ・トビオーロ・ダ・ウルビーノの「磔刑」(1663)


P1680865
無名画家の「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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裏面の聖ピエトロ


P1680868
聖エミリアーノ


P1680974
裏面の聖パオロ


P1680874
次の部屋です。


P1680876
天井


P1680878
フランチェスコ・トレヴィサーニの「悔悛のマグダラのマリア」(18世紀初め)


P1680882
ジョヴァンニ・カテーナの「天使」(19世紀後半)


P1680886
フランチェスコ・ラグーザの「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1618)
スポレートのサンタ・カテリーナ教会にありました。


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P1680890
16世紀の無名画家の「サンタンドレア・イン・カンピのポリッティコ」
ノルチャのサンタンドレア・イン・カンピ教会にありました。


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中央の聖母子


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アレッサンドリアの聖カテリーナ、洗礼者聖ジョヴァンニ


P1680898
聖アンドレア、マグダラのマリア


P1680899
頭頂部の父なる神


P1680901


P1680900


P1680906
セバスティアーノ・コンカの「聖母の誕生」(1735c)


P1680912
16世紀の無名画家の「受胎告知」
ノルチャのサンタンナ教会にありました。


P1680920
アレッサンドロ・アルガルディの「聖フィリッポ・ネリ」(1650c)
スポレートのフィリッポ・ネリ教会にありました。


P1680922
ジャンロレンツォ・ベルニーニの「教皇ウルバーノ8世像」(1640‐44)
スポレートのドゥオーモにありました。


P1680927
スポレートの工房作のタベルナコロ(1625)


P1680928


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P1680930


P1680931


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P1680934


P1680938
次の部屋です。


P1680940
16世紀の無名画家の「マギの礼拝」


P1680943
詳細不明


P1680945
詳細不明


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14世紀に制作された十字架


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14世紀のもの


P1680953
15世紀のもの


P1680955
17世紀制作


P1680957
17世紀のもの


P1680959
16世紀末‐17世紀初頭に制作されたモノ


P1680961
15世紀の制作


P1680963
15世紀の制作


P1680967
十字架降下
サンテウフェーミア聖堂に入りました。


214
美術館の方から入ります。


215
三廊式、ロマネスク様式の内部です。


216
修復のため新しく見えます。


218
主祭壇


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サンテウフェーミア聖堂は修復され過ぎのように思いました。


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外に出ました。
(おわり)

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スポレート名物の有名な芸術作品です。私にはグロテスクなファッツ像、Fatsにしか見えません。英語でfatと言う単語がありますが、これにsを付けて複数形にすると fats、物凄く太った人になります。


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写真右の建物が大司教館です。


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大司教館の建物内にMuseo Diocesano 、教区美術館があります。


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大司教館の出入り口です。


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大司教館の出入り口上の壁に描かれたフレスコ画


211
ここから中に入りますが、その天井にもフレスコ画があります。


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これです。


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中に入ると大司教館の中庭に出ます。


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中庭に面して建っているのが、サンテウフェーミア教会です。この時、修復工事が行われていました。


221
以前に撮ったファサードの写真です。
12世紀に建設されたロマネスク様式の教会ですが、現在は教区教会の一部に組み入れられ、宗教活動は停止中です。


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ついでに教会の後陣の写真を載せておきましょう。


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後陣はドゥオーモ広場からよく見ることが出来ます。


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この突き当りが美術館の入り口です。


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入館しました。


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部屋の天井のフレスコ画


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無名画家の「彩色磔刑像」(12世紀末‐13世紀初め)
ヴァッロ・ディ・ネ—ラのサンタ・マリア教会にありました。


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Primo Maestro di Santa Chiara da Montefalco の「聖母子」(1315)
ヴァッロ・ディ・ネ—ラのサンタ・マリア教会にありました。


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14世紀のウンブリアの無名彫刻家の「聖クリスティーナ」
ガーゾのサンタ・クリスティーナ教会にありました。


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無名画家の「彩色磔刑像」(13世紀初頭)
ロッカタンブーロのサン・サルヴァトーレ教会にありました。


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15世紀のウンブリアの無名彫刻家の「聖アンドレア」
ノルチャのサンタンドレア・イン・カンピ教会にありました。


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この作品は展示されていませんでした。


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13世紀後半のウンブリア、恐らくスポレート出身の無名画家の「聖母子とキリストと聖マルティーノの生涯」


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13世紀のウンブリアの無名画家の「彩色磔刑像」(1241)
カンピ・ディ・ノルチャのサン・ビアージョ教会にありました。


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会議室でしょうか?


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アゴスティーノ・マルティ(1520‐1526記録)の「聖会話」(16世紀後半)
セッラーノのサンタ・マリア・イン・モンテサント教会にありました。


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ベルナルディーノ・ガリアルディの「割礼」(17世紀中頃)
トレヴィのマドンナ・デッレ・ラークリメ教会にありました。


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ヴィンチェンツォ・マネンティ(オルヴィ―ニオ、1600‐1674)の「ロザリオの聖母と聖ドメニコとシエナの聖カテリーナと教皇聖ピオ5世」(17世紀中頃)
ノルチャのサン・ベネデット教会にありました。


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カヴァリエ―ル・ダルピーノ(1568‐1640)の「キリストと洗礼者聖ジョヴァンニと聖ジュゼッペと大天使ミケーレ」
ノルチャのサン・二コラ教会にありました。


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17世紀後半の無名画家の「マギの礼拝」
スポレートのサン・フィリッポ・ネリ教会にありました。


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シモーネ・デ・マジストリス・ダ・カルダローラに帰属する「十字架降下」(16世紀末)
セッラーノのサンタ・マリア・イン・モンテサント教会にありました。


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次の部屋です。


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天井のフレスコ装飾


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ジョヴァンニ・スパラパーネとバルトロメオ・ディ・トッマーゾの「サンタンドレア・イン・カンピの多翼祭壇画」(15世紀後半)


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バルトロメオ・トッマーゾの「聖母子」
この多翼祭壇画はジョヴァンニ・スパラパーネが全てのパネルを描いたと考えられてます。後に、ジョヴァンニの描いた中央パネルの「聖母子」が取り外され、バルトロメオの彫刻に置き換えられたそうです。


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洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ピエトロ


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聖アンドレア、聖ベネデット


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父なる神


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4福音書記者


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Maestro di Gaglianvecchio に帰属する「モンテサントのサンタ・マリアのトリッティコ」(15世紀中頃)


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中央の「磔刑」


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洗礼者聖ジョヴァンニ


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聖ルチア


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バルトロメオ・ダ・ミランダに帰属する「サンタ・マリア・イン・ルビーノのトリッティコ」(15世紀中頃)
アクアスパルタのサンタ・マリア・イン・ルビーノ教会にありました。


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聖母子


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聖セバスティアーノ


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アレッサンドリアの聖カテリーナ
(つづく)

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市庁舎


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雷鳴が近くなってきました。


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雲行きが怪しい。


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とうとう雨が降ってきました。


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次はメルカート広場です。広場は直ぐ近くにあります。


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メルカート広場です。


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教会のようなファサードの建物です。


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Fontana di Piazza del Mercato


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フォンターナのフレスコ画


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13世紀の記録に、この地にフォンターナがあったことが記されています。現在のものは、1433年に再建された二代目です。


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この広場はローマ時代の交易の中心地でした。


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広場に面して建つ建物の壁に描かれたフレスコ画です。


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雨が小降りになりました。
実は、この後、雨が止み、日が差して来たのですが、更に30分経つと大雷雨になったのです。


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雷雲が来て、10分ほど経つと雷雲が去り、晴れてくる、それを3回繰り返して、その後に来た雷雨は本当に凄いものでした。


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日が差してきました。


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急に強い雨が降ったので、テントの中の商品が濡れていました。


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次はモンテローネ門です。


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これはモンテローネ門ではありません。


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23年に建設されたArco di Druso e Germanico です。


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以前、偶然見かけたブログで、これをモンテローネ門と間違えていました。


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この出店のテントは、3回目までの雷雨では大丈夫でしたが、最後の大雷雨の風雨で吹き飛ばされてしまったのです。


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モンテローネ門はこちらです。


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紀元前241年に建てられた、古代スポレートの城壁の門です。


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Arco di Druso e Germanico の方が見場が良いので、間違えるのも無理からぬものがあります。


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次はサンタンサーノ教会です。


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教会は観光客に人気でした。


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この教会については、別に詳しく触れることにします。


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外に出ました。


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次はリベルタ広場です。


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このアーチを潜れば広場に出ます。


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リベルタ広場です。


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市庁舎からリベルタ広場、ローマ劇場までの一帯がスポレートで最も古いと言われてます。


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Palazzo Ancajani


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この銘板ではPalazzo Ancaiani と記されてます。どちらも正しい。


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時計がある建物はPalazetto Ancajani


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次は考古学博物館です。


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博物館はローマ劇場のところにあります。


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考古学博物館の入り口は裏通りの広場前にあります。


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青い旗のある所が博物館の入り口です。


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ここです。


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博物館の前にある広場です。


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入館しました。


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博物館に付いては、後で詳しく触れることにします。


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外に出ようとしたら、大雷雨。30分ほど雨宿りを余儀なくされました。


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(つづく)










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城塞は毎日公開されてますが、博物館の方は毎週月曜日が休館となってます。月曜日に来たことがありませんが、城塞部分と博物館の区分が良く分かりません。何せ一体化していますので。


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天井の紋章


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Maestro di San Alo の「彩色磔刑像」
この親方に付いて、全くの不知です。


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Maestro di San Alo の「キリストと聖人たち」


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詳細不明


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Maestro di San Alo の「磔刑」
裏面にも描かれています。


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裏面も「磔刑」です。


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壁一面にフレスコ画が描かれていたようです。


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ウンブリアの無名彫刻家の「聖母子(14世紀初め)


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スポレートの無名画家の「祭壇前飾り」(14世紀前半)


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ウンブリアの無名彫刻家の「聖母」(14世紀中頃)


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次の部屋です。


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ウンブリアの無名画家の「聖母子」(14世紀前半)


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ウンブリアの無名彫刻家の「馬上の騎士」(13世紀末‐14世紀初め)


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ウンブリアの無名彫刻家の「馬上の騎士」(13世紀末‐14世紀初め)


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ウンブリアの無名彫刻家の「聖ポンツィアーノ」(14世紀前半)


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次の部屋です。


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無名彫刻家の「アーキトレーブ」(1463)
スポレートのドゥオーモにありました。


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ウンブリアの無名彫刻家の「横臥している男の像」(15世紀前半)


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ニコロ・アルンノ(フォリーニョ、1454-1502)の「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエのトリッティコ」(1475c)


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普通、聖母子は中央パネルになりますが、ここでは違います。


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ニコラ・ディ・ウリッセ・ダ・シエナに帰属する「サン・エウティツィオのポリッティコ」(1463-77)
残念ながら中央パネルが欠落しています。


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聖プラチード、聖スペース


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聖ベネデット、聖フィオレンツィオ


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4福音書記者


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次の部屋です。


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アントネッロ・デ・サリバ(メッシーナ、1480‐1495記録)の「モンテサントの祭壇画」(1494)


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サリバはアントネッロ・ダ・メッシーナの甥でした。御覧のように腕前は普通でしたが、それでも食べるのに困らないような画家だったと思います。ところが、時々、叔父であるアントネッロ・ダ・メッシーナの名前を騙って作品を制作したのです。更に悪いことには、アントネッロ・ダ・メッシーナ作品の複製画を手掛けたので、作品帰属をめぐって混乱が生じてます。


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ヤコポ・ヴィンチオーリ(スポレート、1444‐1495記録)の作品(15世紀第4四半世紀)です。


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恐らく多翼祭壇画の一部と思われます。


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スポレートのサン・シモーネ教会にありました。


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洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ピエトロ


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ヤコポ・ヴィンチオーリ?の「聖母子と聖人たち」(15世紀第4四半世紀)


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展示室からロッジャに出ました。


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すっかり良い天気になりました。


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2階ロッジャからの眺め


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1階に戻りました。


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博物館の外に出ました。


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(おわり)

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再び2階ロッジャのフレスコ画に戻ります。今度は先ほどと別翼のロッジャです。


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各紋章がどの家のものか分かりませんが、この城塞に関係した家の紋章です。


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ロッジャのフレスコ画は以上で終わりです。


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博物館の展示に戻ります。


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スポレートのサン・ニッコロ・デ・マッルッビア教会にあった碑文(1172)


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スポレートのバーリ橋にあった碑文(1155)
バーリ橋が何処にあるのか分かりません。


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紋章?


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上記フレスコ画の説明プレート


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「福音書記者聖ルーカのシンボル」(13世紀)
スポレートのドゥオーモにあった彫刻


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「ライオン像」(12世紀後半)
スポレートのサン・ニコロ教会にあった彫刻


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アレッツォの無名彫刻家の「スポレートのサン・ニコロ教会プルターレのルネッタ」(13世紀後半)


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Maestro delle Palazze の「キリストの嘲笑」(13世紀末)


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Maestro delle Palazze の「最後の晩餐」(13世紀末)


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13世紀末の無名彫刻家による「牡鹿に飛びかかるライオン」


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Maestro delle Palazze の「最後の審判」(13世紀末)


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Maestro delle Palazze の「磔刑」(13世紀末)


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Maestro delle Palazze の「聖母子と二聖人」(13世紀末)


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Maestro delle Palazze の「磔刑」(13世紀末)


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Maestro di Cesi (1308‐1315記録)の「彩色磔刑像」(14世紀第1四半世紀)


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ウンブリアの無名画家の「彩色磔刑像」(12世紀末)


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無名彫刻家の「聖ビアージョの殉教」(12世紀末‐13世紀初め)


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ウンブリアの無名画家の「彩色磔刑像」(13世紀第3四半世紀)
スポレートのステッラ修道院にありました。


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ウンブリアの無名彫刻家による「柱頭」(14世紀前半)
(つづく)

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博物館と城塞の続きです。


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色々なものが展示されてます。


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スポレートのサンタガタ修道院にあった柱頭(8世紀)


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スポレートのサンタガタ修道院にあった柱頭(8世紀)


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柱頭(8世紀末‐9世紀初め)


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部屋の壁に残されたフレスコ断片


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何が描かれていたのか判然としません。


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仮に塗り潰されても然したる影響がありません。


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聖人たちの彫刻(9世紀)
スポレートのサンティッシマ・アポストリ教会にありました。


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装飾がある仕切り(9世紀)


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装飾が施された石板(9世紀前半)


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「髭がある男の頭像」(9世紀)


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柱頭(9世紀)


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装飾が施された石板(9世紀)


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装飾が施された石板(9世紀)
スポレートのサンティッシマ・アポストリ教会にあったもの


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二階に向かいました。


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階段の踊り場にあるフレスコ


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2階のロッジャの壁に描かれたフレスコ画を見ました。


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これらの制作者が私には分かりません。


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私が「制作者不明」と書くときは、世間一般的に誰も分からない時を示してます。


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この博物館関係者は誰が描いたのか知っていて、私だけが知らない場合があります。


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ここに付いては、私だけが知らないと思います。


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ロッジャからの景色が素晴らしい!


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これで二階ロッジャの片方のフレスコ画の紹介を終わります。


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次はCamera Pintaです。


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この部屋のフレスコ画は特に有名です。


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この博物館・城塞の最大の見どころはCamera Pintaと言われてます。


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この部屋のフレスコ画の制作者が記されてます。


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これでCamera Pintaのフレスコ画の終わりです。


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(つづく)

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昼食時です。


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ドゥオーモを見下ろす、ここで食べることにしました。正午過ぎなので、まだ席が埋まっていませんが、大体満席になります。


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下を見下ろせば、このような光景です。この景色を見ながら食べることが出来ます。


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午後の予定を考えて、水代わりのビールだけにしました。酒類の味を評価できるという点では以前と全く同じですが、量を飲むという点ではもうダメになりました。数年前まで750mlのワイン1本を毎食楽しんだものですが、今では昼食か夕食に375ml瓶1本が適量となりました。


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昼食なので軽く食べました。


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シメのドルチェは殆ど食べたことがありません。
小さい頃、祖母から男の子は女子供が食べるような甘いお菓子を食べてはいけない、と教育されたので、それが何となく今でも引きずっているからです。
祖母の母は、藩主家に繋がる家老の娘でした。そのため、祖母は非常に気位が高く、車は馬車の代わりで、車を運転するのは馬丁の使用人の仕事で、使用人の仕事を奪うことになるので私には車の運転はしてはいけない、と言ってました。


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ここに来ると、何時も気になります。


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これです。(写真左端)
頭と足がない太った人間像です。現代彫刻の傑作?とされてます。←激しく不同意します。


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この時間は閉まっているドゥオーモの拝観を後回しにするのが自然です。


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次はMuseo Diocesanoです。


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写真左がMuseoです。


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ここです。


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入口扉上の壁に描かれたフレスコ


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旧サンテウフェーミア聖堂です。ここはMuseoの一部になっています。


212
入館しました。


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Museoについては、後ほど詳しく触れることにします。


215
旧聖堂の内部


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非常に見応えがあります。


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外に出ました。


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水飲み場で給水しました。


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遠雷が聞こえてきました。


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次はローマ時代の家です。


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遠来の音がしきりに聞こえていましたが、空の半分はまだ青空でした。ローマ時代の家は市庁舎の下にあります。


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カリグラ帝治世の1世紀ころに建設された家です。


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無料で公開されてます。


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入口


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中に入りました。


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15世紀、ブランカレオーニ家の邸宅(現市庁舎)を建てるときに、この家の存在は知られていたそうですが、発掘作業が行われないまま建設工事が行われ、途中邸宅の火災などもあって、ローマ時代の家の存在自体が忘れられてしまったそうです。


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床のモザイク


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1885年から1886年にかけて、考古学者がこの家を再発見しました。


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発掘作業がすぐに始められましたが、資金難のため作業は何度も中断され、1914年になって、ようやくその全貌が明らかにされました。


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土砂に埋もれていましたが、家は建設当時の姿を損ねることなく、ほぼ完全な姿を留めているそうです。


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この時代の住居は日本には全く残ってません。


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この時代、我々のご先祖様は縦穴式住居に住んでいました。何たる違いでしょう。


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発掘物


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このようなものを見るために私はイタリアに行くのです。


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市庁舎


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フレスコ装飾が壁に施されます。


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このモニュメントも苦手だなあ。


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(つづく)

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スポレートのサンテリオ丘に建つアルボルノツィア—ナ要塞です。


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教皇庁がアヴィニョンにあった頃の教皇インノチェンツォ4世(1282‐1362)が、当時教皇領の重要な拠点だったスポレートの防御を図ったことがこの城塞を築く切っ掛けとなりました。


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教皇はスペイン出身のエジーディオ・アルボルノツォ枢機卿にスポレート要塞の建築を命じました。その名に基づき、グッビオの建築家マッテオ・ガッタポーニの設計と工事監督により、1363年から1367年に建築されたのがアルボルノツィアーナ城塞です。


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高い城壁で囲まれた城塞には6本の防御塔があります。


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16世紀になると、城塞としての重要性が失われ、18世紀には公的な建築物となりました。
1812年から1982年まで、城塞は刑務所として使用されました。


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20世紀末に、建物は博物館として転用されることになり、国立スポレート公国博物館は2007年にオープンしたのです。


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スポレート周辺の遺跡からの発掘物、教会や修道院から運ばれた彫刻や祭壇画など864,190点の厖大な展示物が、総面積1,241平方メートルの展示室に展示されてます。
また、城塞内の部屋や回廊に施されたフレスコ画などの装飾が大きな見どころとなってます。


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博物館の入り口です。
尚、2015年の年間入館者は36,309人でした。


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切符を購入して中に入ると、この中庭Corte d'onore に出ます。


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中庭を囲む回廊の2階に描かれたフレスコ画が見どころですが、それを見るのは後回しにして1階部分を先に見ました。


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教皇グレゴリオ13世の紋章


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Corte d'onore を囲む回廊は、建築家ベルナルディーノ・ロッセッリーノ(セッティニャーノ、1409‐フィレンツェ、1464)の設計と工事監督によって15世紀中頃に建設されました。


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この向こうにも中庭にあるのですが、中庭と中庭を結ぶ通路の壁に描かれたフレスコ画が見どころです。


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壁一面にフレスコ画が描かれてます。


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中庭は2つあり、こちらの方は城塞に詰める兵士たちが利用しました。


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兵士たちの中庭は装飾などが全くない実用的なものでした。


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Corte d'onore に面した展示室に入りました。


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「石棺」(5世紀末‐6世紀初め)
スポレートのサンティッシマ・アポストり教会にありました。


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「ルーチェ・バエビーオ・サビーノの石棺」(4世紀末‐5世紀初め)


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「ブオン・パストーレの石棺」(4世紀後半)


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「テラコッタ製の棺」(6世紀)
スポレートのサン・ピエトロ教会にありました。


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「テラコッタ製棺」(6世紀)
スポレートのサン・ピエトロ教会にありました。


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「テラコッタ製棺」(6世紀)
スポレートのサン・ピエトロ教会にありました。


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遺跡からの発掘物


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石碑の数々


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「墓碑」(4世紀末‐5世紀初め)
スポレートのサンティッシマ・アポストリ教会にありました。


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「スペース司教の墓碑」(5世紀後半)
スポレートのサンティッシマ・アポストリ教会にありました。


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展示室のフレスコ画


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スポレートのサン・マルコ教会のモザイク(6世紀前半)


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スポレートのサン・マルコ教会のモザイク(6世紀前半)


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スポレートのサン・マルコ教会のモザイク(6世紀前半)


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監視員が厳しく仕事をしてました。


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13世紀の無名彫刻家の「聖イサクの石棺」
モンテルーコ・ディ・スポレートのサン・ジュリアーノ教会にありました。


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15世紀の無名彫刻家の「ベアート・グレゴリオの石棺」(15世紀第4四半世紀)


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スポレートのドゥオーモにありました。


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次の部屋


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フラミニア街道の敷石


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遺跡からの発掘物


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(つづく)

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エスカレーターに乗りました。


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次のエスカレーターまで、このような通路が設けられてます。


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エスカレーターと次のエスカレーターの間から見る景色が素晴らしいのです。見えているのはサン・ポンツィアーノ教会です。


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サン・ポンツィアーノ教会の向こうにサン・サルヴァトーレ教会が見えました。


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更に上りました。


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FS駅が見えました。


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エスカレーターの途中でドゥオーモに出ることが出来ますが、エスカレーターの終点まで一挙に上りました。


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エスカレーターの終点はアルボルノツィア—ノ城塞です。


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この後、徐々に晴れてきましたが、この時は未だ靄がかかっていました。


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城塞は高い所にあるので、ここからの眺めが最高です。


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ここまで歩て上ってくるのはかなり大変です。


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エスカレーター利用がお勧めです。勿論無料です。


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塔の橋が見えました。


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橋の向こうは何もありませんが、一応後で渡ることにしていました。


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先ずはアルボルノツィア—ノ要塞の見学です。


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要塞は国立スポレート公国博物館になってます。


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美術ファンにとって、この博物館がスポレートの最大の見どころでしょう。


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博物館に付いては、後で別個に詳しく取り上げます。


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博物館の外に出ました。


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依然として城塞の敷地内です。


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城塞には6つの塔があります。


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見えているのはサン・ピエトロ聖堂です。


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遠いので行く気になれません。


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次は塔の橋を渡ることです。


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城塞の門を潜って橋に向かうので遠回りになります。


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門まで下ります。


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門を潜りました。


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門の向こう側に出ました。


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こちらは城壁の門です。


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更に下りました。


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城塞の城壁です。


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この先の門を潜らないと城塞外に出られません。


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城塞の外に出ました。


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奇妙な形をしたモニュメント


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大回りをして城塞の下に来ました。


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いよいよ塔の橋を渡ります。


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橋の向こうにある建物


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ここから渡ります。


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渡りましたが、何もありません。


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橋の向こうから見た城塞


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中に入ることが出来ません。


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何のために橋を渡ったの?  自問しました。


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泉がありました。


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直ぐに戻ることにしました。


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サン・シモーネ教会です。


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久し振りに拝観したかった。


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扉の前のトリノ糞の堆積量が多かったので、旧教会になった可能性があるかも知れません。


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チョットだけ有名な泉があります。


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これです。


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モービル・オイル・イタリアがこの泉の修復費用を負担したそうです。


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この下にドゥオーモがあります。


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(つづく)

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ガリバルディ広場の端に聖堂があります。


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スポレートの司祭を務めていた聖グレゴリオは、棄教を迫る拷問を受けたものの屈せず、304年12月24日に殉教しましたが、その墓の上の現在地に建てられた初期キリスト教会が前身です。


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聖グレゴリオを奉るサン・グレゴリ教会がスポレートに2つあるので、区別するためにマッジョーレの名称が加えられてます。


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現在の建物の原型は、1079年創建、12世紀前半に完成した二代目のものです。奉献式は1146年に執り行われました。
また、柱廊付きのファサードは、1342年に建設されました。


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修復工事によって、外観が何度か変更されましたが、1907年の修復の際、それまでのバロック様式から元の姿であるロンバルディア・ロマネスク様式に戻されました。
しかし、第二次世界大戦の爆撃によって大きな被害を受けたので、戦後に15世紀頃の姿に再度変更されたものが現在の外観となってます。
なお、小バジリカの教区教会です。


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ファサードの壁龕にある聖グレゴリオ像


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ファサードのフレスコ画


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誰の聖人像でしょうか?


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判別が難しいフレスコ画


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鉄扉からファサード下の柱廊に入りました。


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Cappella degli Innocenti


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セバスティアーノ・コンカによるフレスコ画(1744)


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「嬰児虐殺」


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三廊式、ロマネスク様式の聖堂内部です。


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左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。


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所々に剥離フレスコ画が残されてます。


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主祭壇


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詳細不明の「彩色磔刑像」


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後陣の壁に描かれた聖人たちのフレスコ画(12世紀)


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後陣側壁のフレスコ画


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壁の殆どと柱にフレスコ画があったと推定されてます。


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フレスコ画の下の碑文に注目です。


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奉献式に付いての記述です。


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柱に描かれた「玉座の聖母子」


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フレスコ画の制作者は不明です。


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その下にある碑文が重要です。


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創建の記述です。


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左側廊


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右側廊


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聖水盤


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次はクリプタです。


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聖グレゴリオの墓がある筈ですが、分かりませんでした。


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クリプタから内陣に戻りました。


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外に出ました。

(おわり)

スポレートは、人口38,218人(2015年12月31日現在)のウンブリア州ペルージャ県にあるコムーネです。
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この日は、アンコーナから列車でスポレートに向かいました。


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列車はローマ行の一番列車だったからでしょうか、非常に空いてました。


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列車は定時にスポレート駅に到着しました。


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駅舎


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チェントロに向かうバスがありますが、この日は徒歩で向かいました。


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駅からチェントロまで約1㎞、徒歩15分くらいの距離です。


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列車内で座り続けていたので、歩くのが楽しみでした。


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ベンチが置かれている歩道を進みました。


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先ず、この日のお宿に向かいました。


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青銅器時代から続く古い歴史を持つ街です。


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カステッロが段々近づいてきました。


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フラミニア街道に入りました。


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今も昔も通りの名前が変わっていません。


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テッスィーノ川に架かるローマ橋を渡りました。


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チェントロの入り口ガリバルディ門です。


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第二次世界大戦の爆撃によって古い門が破壊されたので、1947年に新たに建設された門です。


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門を潜り、ガリバルディ広場に入りました。


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サン・グレゴリオ・マッジョーレ聖堂の鐘楼が見えました。


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広場にある、この日のお宿です。
このホテルに泊まるのは初めてです。スポレートに来れば、必ず泊まっていたホテルがどうしても予約できなかったので、已む無くここにしました。


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荷物をホテルに預け、身軽になったので、街歩きに出発しました。


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見どころが豊富なので、効率良く見て回るには時間配分が大切です。


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気になっていた予約できなかったホテルの状況確認をすることに。


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そのホテルはガリバルディ通りにあります。


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この四つ星ホテルです。扉が閉まっていました。休業中のようです。


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現在は予約可能なので、この時は工事が行われていたのでしょう。この時は、経営状態が悪くなったので、閉鎖に追い込まれたのだろうと思っていました。(失礼)


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広場に戻りました。


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この後、サン・グレゴリオ・マッジョーレ聖堂を拝観しました。


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この聖堂に付いては、古寺巡礼で別に取り上げる予定です。


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拝観が終わりました。次はカステッロの方に向かうことにしました。


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この通りを上って行けば、ドゥオーモやカステッロに向かうエスカレーターに出ることが出来ます。


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通りの左側の建物の裏にローマ劇場の遺跡があります。


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マドンナ・デッラ・ステッラ教会です。


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古い歴史ある教会ですが、再建された建物内には魅力ある芸術作品が無いので、閉まっていても気になりません。


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時間が厳しいので道草はダメです。


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クラクションを鳴らしながら走ってくる車がありました。


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クラシックカーの車列です。


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次から次へと車がきます。


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何の大会なのか分かりません。


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100台くらいは通ったと思います。


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よく見ると同じモデルの車のようです。


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車列の終わりのようです。


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全車通過しました。後から分かったのですが、ドゥオーモ広場に全車集結したそうです。


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写真左は旧マドンナ・デッラ・ステッラ修道院だった建物です。


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施錠されて中に入ることが出来ませんでした。キオストロ回廊の壁に描かれた素晴らしいフレスコ画があります。


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暫くしても一般の車が全然来ないことに気付きました。交通規制が行われたようです。


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教会が見えてきました。


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扉が開いているように見えたので、近づきましたが閉まっていました。


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出来れば拝観したかった教会です。


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教会の拝観は運次第ですから、出来なくても仕方がありません。


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道は上り坂になってます。


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エスカレータ―は直ぐ傍にあります。


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多分、機能を停止した旧教会でしょう。


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城壁外に出ました。


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(つづく)

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モンテロッソ・アル・マーレは、5つの村の西端にある、人口1,464人のリグーリア州ラ・スぺツィア県にあるコムーネです。


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ヴェルナッツァ、レヴァントなどの分離集落があります。


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トンネルを通ってチェントロに向かいました。


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日差しは一瞬だったようで、黒い雲に空が覆われてきました。


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風が強くなると共に海が荒れてきました。


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FSの鉄道橋が海岸とチェントロの間にあります。


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見えている時計塔は、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教区教会の鐘楼です。


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断崖絶壁が多く海水浴に不適な場所ばかりのチンクエ・テッレにあって、この砂浜一帯は海水浴場になってます。


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Torre Aurora


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鉄道橋を潜りチェントロに入りました。


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ガリバルディ広場


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昼食後の昼休みの時間なので、気怠い雰囲気が漂う広場です。


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友人にDINKSがいますが、若いころから海外旅行にバンバン出かけ、国内に別荘を構えるなど派手な生活しています。子供がいないので、使える金が多いからできる訳です。考えてみれば、子供の養育には随分お金がかかりましたが、その費用がなければ私にもそのような生活ができたわけです。でも、子供がいて良かったとつくづく感じる昨今です。


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美術ファンにとって、チンクエ・テッレは殆ど見どころがないので、少々退屈でしょうね。


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私は、美術関係については全く期待していませんでしたが、海が荒れて、期待していた新鮮な魚料理を食べることが出来なかったのが残念でした。


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広場の中心に立つガリバルディ像


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次はサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。


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写真左手前がサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。


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13世紀に創建され、14世紀初めに完成したゴシック様式の教会です。


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奉献は1304年に行われました。黒と白の大理石を組み合わせたファサードは1307年に完成しました。


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バラ窓


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ルネッタ上の「キリストの洗礼」のフレスコ画


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鐘楼は、17世紀の地震によって倒壊したので、18世紀に再建されたものです。


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中に入りました。


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アンバランス!


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13-14世紀に建設されたにしては調和を欠いてます。


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17世紀に一旦バロック様式に改装されました。


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ところが1963年から1964年に行われた改修の際、元のゴシック様式に戻されました。そのため、バロック様式が一部残るネオ・ゴシック様式の内部なので、しっくりしないのです。


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1743年に制作された主祭壇


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18世紀の無名彫刻家の「ピエタ」


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ルーカ・カンビアーソの「ロザリオの聖母」(16世紀)


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17世紀のジェノヴァ派無名画家の「磔刑」


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ルーカ・カンビアーソ派芸術家の「ロザリオの聖母」(16世紀)


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左側廊


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右側廊


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残念ながら優れた美術作品がないようです。


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フレスコ画があったと思いますが、すべて塗りつぶされたようで真に味気ない教会です。


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外に出たら、小雨が降っていました。


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まだ傘を差すほどではありません。


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ところが雨が急に強くなったのです。そうやら運が尽きたようです。


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次はサンタ・クローチェ祈祷所です。


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見えてきました。


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15世紀末に創建され、16世紀前半に完成したサンタ・クローチェ祈祷所です。


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17世紀に現在の黒と白の大理石を使った縞模様のファサードが完成したそうです。


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派手な感じがする内部です。


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左側壁


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右側壁


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主祭壇


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後陣の装飾


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外に出たら土砂降り


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あの下で雨宿りをしたのですが、雨が弱まる気配がありません。


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街歩きはもう無理です。


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この下に一時避難


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リオマッジョーレに戻ることにしました。


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濡れたついでに街歩きを再開。


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小さなチェントロなので、これでほぼ全部見たことになります。


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教会の身廊横を通ってガリバルディ広場に行きました。


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駅に向かう前にバールで一服しました。


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この上にサン・フランチェスコ教会がありますがパス。


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雨に濡れずに済むトンネルが有難かった!


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向こうの半島は雨で煙っていました。


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駅に着きました。


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(おわり)

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