イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2017年07月

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市立絵画館のほぼ隣にあるのがドゥオーモです。


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9世紀に創建されたドゥオーモですが、現在の建物は1589年から1605年に再建された二代目のものです。


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三廊式、バロック様式の内部です。


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アルベルト・ピアッツァの「玉座の聖母子と聖ピエトロと福音書記者聖ジョヴァンニ」(1517)


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ドゥオーモについては、「古寺巡礼」で改めて取り上げる予定です。


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こちらは併設されている旧修道院のキオストロです。


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キオストロ回廊の壁にフレスコ画が描かれてます。保存状態が悪いのが残念ですが、それでも一部が残されてます。


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ジョヴァンニ・バリオーネ、ジョヴァンニ・ランフランコなどの作品があるので、美術ファンには嬉しい存在のドゥオーモでしょう。


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教会と旧修道院からお別れです。


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この辺が旧市街の中心でしょう。


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時間が経って、扉が開いたでしょうか?


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残念ながら閉まったままの扉でした。


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18世紀のジェノヴァの画家たちの祭壇画が中にあります。


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サヴォーナのような規模の街で、平日に開いているのはドゥオーモくらいが普通です。美術ファンにとって、教会巡りは然程効率が良い目的地とは言えないと思います。


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この通りに見所とされている建物があります。


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この建物です。ごく普通の近代的な建物です。


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見所とされている理由が分かりません。この標識と確かに合致しています。


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港の方に行ってみることにしました。


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第二次世界大戦の爆撃によって破壊され、戦後の新築された建物が多いサヴォーナです。通りの先に塔が見えますが、そこが海岸です。


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ここでジェラートを食べて一服しました。


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このフレスコ装飾は新しいと思います。


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海岸への入り口にあるサンタンドレア・アポストリ教会です。


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16世紀にイエズス会によって創建されました。


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現在の建物は18世紀に再建された二代目のものです。


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出来れば拝観したいと思っていましたが、扉が閉まったままでした。


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今年になってから教会巡りが億劫になりました。折角訪れても扉が閉まっていることが多く、兎も角効率が悪いのです。


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ポルティコの先が海岸です。


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サヴォーナ港です。
船の横に見える塔は、14世紀に建築されたTorre Leon Pancaldoです。


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ祈祷所です。


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中に17世紀に描かれたフレスコ画があるようです。


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1856年に建設されたCasa di Leon Pancaldoです。港にある塔と同じ名前が付けられてます。


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市庁舎


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次は要塞です。


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イタリアの空ですね。


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日本の空の色とはかなり違います。


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サン・ピエトロ教会です。


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1677年に建設されたバロック様式の教会です。


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中にドメニコ・ピオラの祭壇画などがあります。


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開いている教会が少ないですね。


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要塞にやって来ました。


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1542年から1544年に建設されたFortezza del Priamarです。
教会は閉まっていても要塞は開いていると思いました。中に人がいるのが見えました。扉も開いていました。


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ところが一般公開はされていませんでした。


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苔生してます。


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ローマ時代の遺跡です。


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ローマ時代の海の監視所兼砦だった場所に建設された要塞です。


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派手な造りの建物が要塞の前にありました。


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サヴォーナの見所は大体こんなところです。


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見所が多いとは言いかねるサヴォーナですが、月曜日に市立絵画館が開館しているので、私にとっては非常に有難い街です。


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サンティッシモ・ジョヴァンニ・バッティスタ、ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ・エ・ペトロニッラ祈祷所です。


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16世紀の創建ですが、現在の建物は1888年から1890年に再建されたものです。


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駅に向かいました。


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(おわり)






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次の部屋です。


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ニコロ・バラビーノ(ジェノヴァ、1832‐フィレンツェ、1891)の「慰めの聖母」(1859)


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ジュゼッペ・フラスケーリ(サヴォーナ、1809‐ジェノヴァ・セストリ、1886)の「トッマーゾ・サルヴィーニの肖像」(1884)


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ジュゼッペ・フラスケーリの「貧者を救済する聖パオラ・ロマーナ」(1859)


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ジュゼッペ・フラスケーリの「パオロとフランチェスカ」(1836)


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ジュゼッペ・フラスケーリの「ジャンチオットに驚くパオロとフランチェスカ」


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ジュゼッペ・フラスケーリの作品です。


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pappaとは、女衒とか売春婦のヒモと言う意味です。


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ジョヴァンニ・アゴスティーノ・ラッティー(サヴォーナ、1699‐ジェノヴァ、1775)の「サレスの聖フランチェスコに顕現する聖母」(1754)


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ジョヴァンニ・アゴスティーノ・ラッティーの「自画像」


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カルロ・ジュゼッペ・ラッティー(サヴォーナ、1737‐ジェノヴァ、1795)の「聖ピエトロの磔刑」


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パオロ・ジローラモ・ブルスコ(サヴォーナ、1742‐1820)の「自画像」(1810‐20c)


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パオロ・ジローラモ・ブルスコの『黄金時代』(1776)


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パオロ・ジローラモ・ブルスコの「ベアート・オッタヴィアーノと聖人たちと聖母子」(1770)


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パオロ・ジローラモ・ブルスコの「アレッサンドリアの聖カテリーナの遺骸の移送」(1790年代)


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カルロ・ジュゼッペ・ラッティーの「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」


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カルロ・ジュゼッペ・ラッティーの「ユダの接吻」


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カルロ・ジュゼッペ・ラッティーの「聖カテリーナの論争」


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カルロ・ジュゼッペ・ラッティーの「主よ、何処へ行かれるのですか?」


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抽象画の展示室


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ルーチョ・フォンターナ(ロザリオ・ディ・サンタ・ふぇ、1899‐ヴァレーゼ、1968)の作品(1937)


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展示室床の文様


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天井のフレスコ画


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ユニークですね。


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次はセラミック博物館の展示です。


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天井のフレスコ画


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フレスコ画の詳細は不明です。


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傷みがありますが、中々の作品です。


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詳細不明です。


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これで展示は終わりです。


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外に出ました。
(おわり)



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P1890340次の部屋です。


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ここではイコンが展示されてます。
イコンとは、通常正教会で用いられる聖書関連の板絵などを指すことが多いと思います。


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13世紀から17世紀のイコンが主に展示されています。


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作品の詳細は明らかにされてません。


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聖母子のイコンばかりです。


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私が行った美術館の中で、イコンの展示が最も揃っているのはヴィチェンツァにあるイコン美術館です。


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沢山ありますね。


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小型のイコン


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金属と絵画を組み合わせたイコン
銀製でしょうか?


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宝石を組み合わせたイコン


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イコンの紹介はこのくらいにしておきましょう。


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次の展示室です。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・メラーノ(ジェノヴァ、1632‐ピアチェンツァ、1698)の「エジプトへの逃避」


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エミリアの無名画家の「聖ジュゼッペの夢」(17世紀末)


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エミリアの無名画家の「聖母子」(17世紀末)


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ジョヴァンニ・ステファノ・ロバット(サヴォーナ、1652‐1733)の「聖セバスティアーノの殉教」


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ステファノ・マリアレニャーニ通称イル・レニャニーノ(ミラノ、1660‐1715)の「天上の寓意」


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ステファノ・マリアレニャーニ通称イル・レニャニーノの「聖フィリッポ・ネーリに顕現する聖母」


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バルトロメオ・グイドボーノ(サヴォーナ、1654‐トリノ、1709)の「春の寓意」


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バルトロメオ・グイドボーノの「受胎告知」


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バルトロメオ・ビスカイーノ(ジェノヴァ、1629‐1657)の「パリーデの判決」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐1684)の「バッカスとアリアドネとヴィーナス」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネの「ヴィーナスとマルスとウルカヌス」


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次の部屋です。


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近代・現代の作品が展示されてます。


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近代・現代の作品紹介は省略させて頂きます。
(つづく)




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ジョヴァンニ・マツォーネ工房の「サン・ジャコモの多翼祭壇画」(1493)
サヴォーナのサン・ジャコモ教会にありました。
作品は修復中でした。画面の所々に白い紙が貼られてますが、修復箇所を示しているのでしょう。


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受胎告知


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磔刑


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シエナの聖ベルナルディーノ


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聖ドメニコ


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聖アンブロージョ


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聖ジローラモ


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裾絵の聖人たち


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ロレンツォ・ファーゾロの「幼きキリストへの崇拝」(16世紀初め)


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次の展示室です。


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フラ・ジローラモ・ダ・ブレーシャ(1490‐1529記録)の「ご誕生と聖バルトロメオと聖フランチェスコと寄進者」(1519)


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ロレンツォ・ファーゾロの領域の「スポトルノのサンティッシマ・アンヌンツィアータの多翼祭壇画」(1500‐10c)
スポトルノ(リグーリア州サヴォーナ県にあるコムーネ)のサンティッシマ・アンヌンツィアータ教会にありました。


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聖母子と聖アンナ


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ピエタのキリスト


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


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聖ベルナルド


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聖マルゲリータ


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聖ルチア


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イタリア・フランドルの無名画家の「この人を見よ」(16世紀)
イタリアとフランドルで活動した無名画家と言う意味でしょう。


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Maestro Olandese(オランダの無名画家) の「授乳の聖母」(16世紀)


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リグーリアの無名画家の祭壇画(1530‐1550)


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聖母子と聖ピエトロと福音書記者聖ジョヴァンニ


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永遠なる父


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パオロ・ジローラモ・マルキアーノ(サヴォーナ、1535‐1628)の「マギの礼拝」(16世紀初頭)


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リグーリアの無名画家の「無原罪の御宿りと聖人たち」(16世紀)


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ロンバルドの無名画家の「マギの礼拝」(16世紀初め)


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ロンバルドの無名画家の「教会への出現」


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リグーリアの無名画家の「キリストの変容と聖人たち」(16世紀初め)


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ロンバルドの無名画家の「ピエタ」(15世紀末‐16世紀初め)


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次の部屋です。


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オラツィオ・デ・フェッラーリ(ヴォルトーリ、1606‐ジェノヴァ、1657)の「荊刑のキリスト」


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オラツィオ・デ・フェッラーリの「イサクの犠牲」


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ルチアーノ・ボルツォーネ(ジェノヴァ、1590‐1645)の「羊飼いの礼拝」


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Monticelli di Ongina の「聖アントニオの奇跡」(17世紀中頃)


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ジョアッキーノ・アッセレート(ジェノヴァ、1600c‐1649)の「ジャコッベにチュニックを見せるジュゼッペ」


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エミリアの無名画家の「聖ピエトロ」(17世紀前半)


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エミリアの無名画家の「聖パオロ」(17世紀前半)


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「クローチェの聖ジョヴァンニに顕現するキリスト」(1675)


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ヴァレーリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「ピエタ」


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ジョヴァンニ・アントニオ・デ・フェッラーリ(ジェノヴァ、1598以前‐1669)の作品


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これは何でしょうか?


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ドナート・ディ・バルディ(パヴィア、1405‐1451記録)の「磔刑」
(つづく)

サヴォーナは、リグーリア州サヴォーナ県の県都ですが、芸術文化活動が活発な街として知られてます。サヴォーナ絵画館は、多くの美術館や博物館が休館となる毎週月曜日でも開館しているので、美術ファンにとっては有難い存在です。
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サヴォーナのチェントロにある、1570年から1580年に建設されたPalazzo Gavotti です。


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Palazzo Gavottiに市立博物館が置かれてます。


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正式名称はMuseo d'Arte di Palazzo Gavotti といいます。


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博物館は、市立絵画館、Collezione Milani/Cardazzo、セラミック博物館の3部門から成ってます。


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今回は市立絵画館の展示作品を中心に紹介することにします。


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サヴォーナの紋章


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切符売り場


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展示室は1階(日本の2階)です。


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左の方に進みました。


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最初はCollezione Milani/ Cardazzo です。


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ここは現代作品の展示となってます。


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現代作品は私の好みではないので、足早に見て立ち去りました。


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ここからが市立絵画館の展示となります。


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デッラ・ローヴェレ家の家系図が最初に掲示されている理由がお分かりでしょうか。
ルネサンス期の名家とされるデッラ・ローヴェレ家は、サヴォーナ郊外に住んでいた貧しい一家でした。ヴァティカンのシスティーナ礼拝堂を建設した教皇シスト4世、旧名フランチェスコ・デッラ・ローヴェレ(1444‐1484)ですが、サヴォーナ郊外のチェッレ・リーグレの貧しい家に生まれ、やがて栄達して教皇になったのです。


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ヴァティカン絵画館にある、メロッツォ・ダ・フォルリの有名なフレスコ画をご参考までに載せておきましょう。
サヴォーナ絵画館に傑作があるのは、教皇シスト4世がサヴォーナ郊外の出身であることと無関係ではありません。


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制作者不明の「磔刑と聖ブリジーダと聖オノフリオ」(14世紀)
サヴォーナのサン・ブリジーダ教会にありました。


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目の不自由な人のために、手で触れて分かるようにした作品の複製?


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Maestro di Santa Maria di Castello Crocifisso の領域の「彩色磔刑像」(14世紀前半)


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タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362/1363-1422)の「聖母子と4天使と寄進者」(1390‐1400c)


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ニコロ・ダ・ヴォルトーリの領域の「聖母子」(14世紀後半)


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15世紀前半の無名彫刻家の「磔刑像」(15世紀前半)
サヴォーナのサンタゴスティーノ教会にありました。


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リグーリア・ピエモンテの無名画家の「聖ロレンツォ」(1430‐40)


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Maestro del Martirio di Sant'Agata (15世紀第2四半世紀活動)の「トビアス」


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Maestro del Martirio di Sant'Agata の「ゲッセマネ園の使徒」


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Maestro del Martirio di Sant'Agata の「聖アガタの殉教」


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ヴィンチェンツォ・フォッパ(ブレーシャ、1456‐1516記録)の「聖母子と聖人たちの多翼祭壇画」


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詳しく書くと、本体部分だけがヴィンチェンツォ・フォッパの作品です。


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ピエタのキリスト


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洗礼者聖ジョヴァンニ


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聖ジローラモ


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裾絵の聖人たちはリグーリア・ロンバルディアの無名画家の作品(1490‐95c)です。


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ルーカ・バウド(ノヴァーラ、1481‐1510記録)の「幼きキリストを崇拝する聖母と天使」(1499)


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サヴォーナの見どころを記したもの


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非常に見易い展示です。


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問題は入館者が極端に少ないことでしょうか?


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15世紀の無名彫刻家の「聖母子」


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ジョヴァンニ・マツォーネ(アレッサンドリア、1453‐1510記録)の「磔刑」(1489)


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ジョヴァンニ・マツォーネの「磔刑」


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ジョヴァンニ・マツォーネの「サン・ジャコモの多翼祭壇画」(1473‐75c)
サヴォーナのサン・ジャコモ教会にありました。


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「ご誕生」


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「シエナの聖ベルナルディーノ」


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「パドヴァの聖アントニオ」


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「磔刑」


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「聖フランチェスコ」


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「聖ドメニコ」


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ロレンツォ・ファーゾロ(パヴィア、1463‐1516記録)の「聖ジョルジョ」


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サヴォーナのシスティーナ礼拝堂の20分の1の模型です。


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システィーナ礼拝堂は、ドゥオーモの修道院回廊にあります。


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システィーナ礼拝堂の入り口です。


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拝観は有料です。サヴォーナに来るのは大体月曜日、毎週月曜日はここは休館というわけです。


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(つづく)


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引き続きジュゼッピーナ・アンセルミ・ファイーナの作品です。


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展示室のフレスコ画


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「フローラ」(19世紀中頃)


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詳細不明


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「女性の肖像」(19世紀中頃)


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小作品の数々


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「女性の肖像」(19世紀中頃)


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「若い娘の肖像」(19世紀中頃)


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「女性の肖像」(19世紀中頃)


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部屋の装飾


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ファイーナ家の肖像画が並んでます。


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「自画像」(1847)


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「クレリア・ファイーナとエウジェニオ・ファイーナの肖像」(1848‐49)


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「エウジェニオ・ファイーナの肖像」(1855c)


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「クレリア・ファイーナの肖像」(1860c)


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「ジェンマ・ファイーナの肖像」(1855c)


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博物館の2階から撮りました。


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次は2階(日本の3階)の展示室です。


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階段の途中に置かれた壺


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2階から撮りました。


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エトルリア遺跡からの出土品(紀元前9-7世紀)


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エトルリア時代の絵画が展示されてます。


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紀元前4世紀のもの


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次は壺類の展示です。


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紀元前525‐500のもの


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紀元前5世紀のもの


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紀元前600年頃のもの


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紀元前525‐500年頃のもの


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紀元前320‐310年頃のもの


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紀元前330‐320年頃の壺


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紀元前330‐320年頃のもの


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キリがないので、この辺で終わりにします。


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外に出ました。


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(おわり)

サヴォーナは、人口61,345人(2016年1月1日現在)のリグーリア州サヴォーナ県の県都です。
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この日のサヴォーナは、ジェノヴァからの日帰り遠足でした。


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ジェノヴァPP駅からRVでサヴォーナ駅に向かいました。


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この日は月曜日でした。


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乗車した下り列車は空いてました。


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サヴォーナ駅に到着しました。


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サヴォーナの駅舎


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私の旅の目的は教会巡りと美術館・博物館に行くことです。大概の美術館や博物館が休館となる月曜日の過ごし方については、何時も腐心するところです。


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私が行きたいジェノヴァの美術館、博物館の全てが毎週月曜休館ですが、サヴォーナ市立美術館は月曜でも開館する、私にとっては非常に有難い存在なのです。


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5,6年前までは殆どの美術館・博物館は月曜休館でしたが、観光客の利便性を考えてくれたのか、近頃では月曜開館の所も出て来て、私としては嬉しい限りです。


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FS駅から街の中心まで約1㎞あります。その間、近代的な建物ばかりが目立ちます。


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教会があります。


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閉まっていました。


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一度だけ拝観したことがあります。


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芸術作品はなかったような・・・・・


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レティンブロ川です。


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川の水を見ることは滅多にありません。殆ど涸れ川です?海岸まで500mといったところでしょうか。


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近代的な建物が多い!


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イタリアでは裕福なコムーネとして知られてます。


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この辺から中心地になります。


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来る度に街が新しくなる気がします。


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ジェノヴァの裏道では基調を強いられることがありますが、サヴォーナは何処でも安心して歩くことが出来ます。


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この建物も漸く取り壊されることになりました。


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取り壊された建物は旧県庁舎でした。(2012年頃に撮った写真です)


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古い建物がありません。


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最も賑わいを見せるイタリア通りです。


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ドゥオーモが見えてきました。


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この辺が街の中心です。


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シスト広場


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広場に面して建つ市庁舎です。


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集合住宅と教会です。


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ビックリするほど近代的な教会です。閉まっていましたが、開いていたとしても拝観するつもりはありません。一度拝観したことがありますが、信仰の機能に特化していて芸術的に見る価値はゼロです。


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何はともあれ、市立博物館に向かいました。


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写真右の建物は学校だったと思います。


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博物館の開館は10時です。少し時間があるので、道草をすることにしました。


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右折すると教会があります。


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1ブロック先が教会です。


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サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会


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開いていました。中に入ったらミサ中でした。


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旧教会の建物


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10時5分前になったので博物館に向かいました。


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到着しました。


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博物館です。


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入館しました。


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あまり知られてませんが、ここのPinacoteca の展示が非常に良いのです。


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博物館は3部門から成ってます。


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タッデオ・ディ・バルトロの作品


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ヴィンチェンツォ・フォッパの作品


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博物館に付いては、稿を改めて詳しく触れることにします。


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(つづく)

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キウージ地区のエトルリア遺跡からの出土品


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展示室のフレスコ装飾


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紀元前6世紀頃の壺


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紀元前525‐500cの壺


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部屋のフレスコ装飾


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紀元前550‐540cの壺


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紀元前550‐540cの壺


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詳細不明


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天井


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次はジュゼッピーナ・アンセルミ・ファイーナ(トリノ、1818‐フィレンツェ、1872)の作品展示です。


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ジュゼッピーナは、その姓からお分かりのように、ファイーナ家の一員でここに住んだこともあります。


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「女性の肖像」(19世紀前半)


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「ラファエロの自画像の複製画」(19世紀中頃)


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彼女の手紙、デッサン、小作品など


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「女性の肖像」(19世紀中頃)


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「女性の肖像」(19世紀中頃)


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「男の肖像」(19世紀中頃)


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デッサン


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「マグダラのマリア」(19世紀中頃)


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(つづく)

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ドゥオーモの真向かいに建つファイーナ宮です。


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現在、ファイーナ宮に建っている場所には、13世紀に建てられた要塞がありましたが、17世紀に要塞を利用した家が建てられました。
19世紀第2四半世紀にクラウディオ・ファイーナ伯爵がその家を買い取り、その家の地下室だけをそのまま維持しながら、地上部分を取り壊し、1846年に新築されたのが現在のファイーナ宮です。


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博物館の前身は、クラウデイオ・ファイーナ伯爵の個人収集物を展示公開すようになった1864年に遡ります。


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1954年、ファイーナ宮の建物と収集物全てがオルヴィエート市の所有となり、オルヴィエート近郊のエトルリア時代の遺跡からの出土品が展示物に加わりました。
正式名称はクラウディオ・ファイーナ博物館・市立博物館となってます。


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博物館の入り口


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館内に入りました。


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切符売り場


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展示室の入り口


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クラウディオ・ファイーナ伯爵像


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市立考古学博物館の案内


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詳細不明ですが、エトルリア時代の彫刻でしょう。


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Museo Civico部分から見て回りました。


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エトルリア時代の遺跡からの発掘物


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ピエトラ・カンパーナの石棺


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トッレ・サン・セヴェーロの石棺(紀元前4世紀末)


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その裏面


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ラーモ・ディ・ぱがネッロP2150958
ラーモ・ディ・パガネッロ工房の「教皇ボニファチョ8世」(1297)


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ローマ時代の石棺(2世紀後半)


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オルヴィエート自治都市の碑文(1209)


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ラーモ・ディ・パガネッロ工房の「教皇ボニファチョ8世」(1297)


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首の部分は複製です。


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オルヴィエート自治都市の碑文(1209)の複製


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ネンフロの「ライオン像(紀元前5世紀)
ネンフロとはエトルリア人が彫刻に用いた溶結凝灰岩のことです。エトルリア遺跡の博物館でよく出てきますので、「ネンフロ」と言う単語を覚えておくと良いと思います。


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ネンフロの彫刻


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ネンフロの彫刻断片(紀元前6世紀末)


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ネンフロの彫刻


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ネンフロの彫刻


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研修室


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テラコッタ像(紀元前5世紀末)


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Museo Civico見学の継続を止めて階上に向かいました。


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詳細不明


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クラウディオ・ファイーナ伯爵のコレクション


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数多くのコイン・メダルのコレクション


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図書室?


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(つづく)


今回は、オルヴィエートの旧サンタゴスティーノ教会に設けられたドゥオーモ付属博物館別館を取り上げます。
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オルヴィエートのサン・ジョヴェナーレ広場です。


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サン・ジョヴェナーレ広場に面して建つ旧サンタゴスティーノ教会です。


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12世紀頃、この地に既にサンタ・ルチア教会があった記録がありますが、1264年、サンタ・ルチア教会を取り壊し、その上に新築されたゴシック様式の教会です。


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14世紀前半、アウグスティヌス修道会によって修道院が併設され、大規模な教会修道院として18世紀末まで存続しました。


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1481年に完成したファサード


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18世紀末、ナポレオン軍のイタリア侵攻によって、この教会修道院はナポレオン軍の駐屯地として占拠され、1810年に全ての宗教活動を停止しました。それ以降、一度も教会機能を復活することなく現在に至ってます。


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ファサードのルネッタ


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現在、この建物は、主にオルヴィエート大聖堂にあった彫刻を展示するドゥオーモ付属博物館別館として使用されてます。


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単廊式の内部です。


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1724年の修復工事の際、バロック様式に改修されました。


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1980年から1990年に行われた修復の際、殆どの壁が新しく塗り直され殺風景な感じがします。


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天井装飾なし

1980年、オルヴィエート・トーディ地区の歴史文化建造物の修復事業の一環として、この教会が取り上げられ、修復工事が開始され、1990年に工事完了、現在の姿になりました。


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16世紀に描かれたフレスコ画が僅かに残されてます。


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「聖アゴスティーノの生涯」


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フランチェスコ・モーキ(モンテヴァルキ、1580‐ローマ、1654)の「受胎告知」
大天使の方は1603‐1605年の制作


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聖母の方は1605‐1608年の制作
ドゥオーモの主祭壇にありました。


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サンタゴスティーノ教会の剥離フレスコ


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ラッファエッロ・シニバルディ・ダ・モンテルーポ(1504‐1566)の「聖ピエトロ」(1557以降)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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フランチェスコ・モスキーノ(1523‐1578)の「聖パオロ」(1556)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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イッポリート・スカルツァ(オルヴィエート、1532‐1617)の「斬首された洗礼者聖ジョヴァンニ?、又は死せるキリスト?」(1570‐80c)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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サンタゴスティーノ教会にあった剥離フレスコ


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ファビアーノ・ト—ティ(オルヴィエート、?‐1607)の「聖ブリツィオ」(1601)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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ファビアーノ・ト—ティとイッポリート・スカルツァの「聖アンドレア」(?‐1599)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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サンタゴスティーノ教会の剥離フレスコ


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イッポリート・スカルツァの「福音書記者聖ジョヴァンニ」(1588‐94)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カッチーニ(フィレンツェ、1556‐1612/1613)の「聖ジャコモ・マッジョーレ」(1589‐91)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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サンタゴスティーノ教会の剥離フレスコ


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ファビアーノ・ト—ティの「聖ロッコ」(1593)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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イッポリート・スカルツァの「聖トッマーゾ」(1587完成)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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サンタゴスティーノ教会の剥離フレスコ


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フランチェスコ・モスキーノとイッポリート・スカルツァの「聖セバスティアーノ」(1554‐57)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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フランチェスコ・モーキの「聖フィリッポ」(1609‐10)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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イッポリート・ブーツィ(1562‐1634)の「聖バルトロメオ」(1616‐17)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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ピエトロ・フランカヴィッラ(1553c‐1616)の「聖マッテオ」(1595‐1600)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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サンタゴスティーノ教会の剥離フレスコ


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ベルナルディーノ・カメッティ(1669‐1773)の「聖ジャコモ・ミノーレ」(1722)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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ジャンボローニャ(1529‐1608)の「聖マッテオ(未完)」(1595)
ジャンボローニャに発注された聖マッテオですが、制作の途中で放棄されてしまいました。


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サンタゴスティーノ教会の剥離フレスコ


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フランチェスコ・モーキの「聖タッデオ」(1631‐44)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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サンタゴスティーノ教会の剥離フレスコ


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ファビアーノ・ト—ティの「聖コスタンツォ」(1593‐98)
オルヴィエート大聖堂にありました。


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サンタゴスティーノ教会の剥離フレスコ


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ジョヴァン・バッティスタ・ドナーティの「ドゥオーモの鐘」(1770)


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ベルナルディーノ・カメッティの「聖シモーネ」(1722)


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外に出ました。


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ドゥオーモの彫刻をサンタゴスティーノ教会で見るとは、どうもしっくりきません。


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旧サンタゴスティーノ教会のドゥオーモ付属美術館別館は、入館有料ですが、ここには切符売り場がないので、入館希望者は無料で入館出来るようです。


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主にドゥオーモにあった彫刻が展示の中心です。


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別館に付いては、ドゥオーモ付属美術館で別に取り上げます。


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元々教会にあった祭壇画や彫刻があった筈ですが・・・・・


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後陣のフレスコ画


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ドゥオーモにあったものを別の教会だった建物で観るのは、シックリこないですね。


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次はサン・ジョヴェナーレ教会です。


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サンタゴスティーノ教会はサン・ジョヴェナーレ広場にあります。そのことから、サン・ジョヴェナーレ教会がサンタゴスティーノ教会の直ぐ傍にあることが分かります。


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サン・ジョヴェナーレ教会の身廊です。


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サン・ジョヴェナーレ教会です。


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フレスコ画が沢山あります。


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特に多いのが聖母子のフレスコ画です。


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この教会に付いては、既に古寺巡礼で取り上げました。(2016年9月)


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美術ファンは必訪の教会でしょう。


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歴史ある古い教会です。


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教会は城壁際にあります。


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城壁からの眺めが素晴らしい!


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中心地に戻ることにしました。


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この日、予定していた所は大体見ました。


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もう夕方です。


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サンタゴスティーノ教会を通り過ぎました。


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この道を真っ直ぐ進めば良いのです。ここで道を間違えては豆腐に頭をぶつける必要があります。


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サン・フランチェスコ教会


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サンタンドレア教会


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午後6時50分


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サン・ジュゼッペ教会です。


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教会の入り口付近の床


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正八角形、バロック様式の内部です。


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天井


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主祭壇


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主祭壇画はフィリッポ・ナルディーニの「聖家族と聖アンナ」(17世紀)


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外に出ました。


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ドゥオーモに戻ってきました。


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この時間のファサードは一見に値します。金のモザイクが夕日に照らされ、キラキラと輝くのです。


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ホテルに戻りました。
(つづく)

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ポポロ宮のフレスコ画が見たいのですが・・・・・


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幟が邪魔して良く見えません。


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こちらは落剝しています。


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下から覗き込むと何とか見えました。


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このホテルも良いです。


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教会だった建物です。


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元の教会の名前が分かりません。


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ポポロ宮です。


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ポポロ宮の裏側


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次は城壁沿いの公園です。


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旗は、この日の週末に行われるパリオのものです。


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旗の色は、街の地域毎に異なります。


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公園が見えてきました。


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城壁と言っても、30-40㎝の高さしかありません。


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城壁が低い訳は、凝灰岩の断崖絶壁が天然の城塞、城壁になっているからです。


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下を見下ろすと大きく絶景が広がってます。


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特急用の線路と在来線の線路が下を走ってます。


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特急は頻繁に走っていますが、在来線は来なかった!


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在来線に列車が来るのを待ちましたが、ダメでした。


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城壁沿いの道を暫く歩きましたが、特筆するものは何もありません。


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元に戻ることにしました。


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次はサンタゴスティーノ教会です。


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小さな町なので、勘を頼りに見当をつけて歩けば何とかなるだろう。


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それが高の括り過ぎでした。


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ポポロ広場と反対方向に歩いたつもりでしたが、ポポロ広場に出たのでビックリしました。


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16世紀に建設されたPalazzo Simoncelliです。


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教会はもう直ぐのハズでした。


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西に向かえば良い筈でしたが・・・・・


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行こうとしていたサンタゴスティーノ教会はすでに宗教活動を停止した旧教会です。


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旧教会の建物は、現在、ドゥオーモ付属美術館の別館になってます。


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別館では、主にドゥオーモにあった彫刻などが展示されてます。


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絵画などが展示されているドゥオーモの隣にあるソリアーノ宮では、作品を展示するスペースが足りないので、別館を設けたそうです。


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別館を設けるならば、ドゥオーモに近い場所にある建物にすべきと思うのですが、かなり距離があるサンタゴスティーノ教会に別館を設けたところに、イタリアらしさを感じます。


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教会はもう直ぐのハズですが・・・・・


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今にして思えば、ここを左折すべきでした。それを右折したのです。右折したことで物凄く良いことがあったのです。


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何が起きたと思いますか?


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なんとなんと小さく畳まれた€50札が道路に落ちていたんですよ。


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この場合、イタリアではどうするのか良く分からないので有難く頂戴しました。
ところで、私は非常に目が良いので、道路でお札やコインをよく見つけます。一回の旅で最低€10の臨時収入があります。


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ハッピーな気持ちでニャーと遊ぶことが出来ました。


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ポポロ広場から6,7分歩けば旧サンタゴスティーノ教会に着くはずですが、全然ダメ。


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どうやら道を間違えたようです。


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地図を取り出し、今いる通り名から自分の居場所を探したのですが、その通りが地図上で中々見つからない!


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イタリア人は、Via○○でも分かるようですが、それが不思議で仕方がありません。


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漸く見慣れた場所に着きました。


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道を間違えたことなど問題になりません。€50の臨時収入の実利が勝ります。


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今、これを書くためにオルヴィエートの地図を見ていますが、自分の馬鹿さ加減に愛想が尽きます。


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要すれば、ある区画を一周したのです。


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漸く到着したようです。


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やれやれです。


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つづく







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多孔性の石灰岩を利用した建物が目立ちます。


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車の場合、ZTLの標識を見逃すと、後で凄い罰金が。罰金の支払状況がパスポート・コントロールでも管理されているようで、酷い目に遭った知人がいます。


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13世紀に建設されたサン・フランチェスコ教会です。


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この時間は開いていないので、市立博物館を見てから再び来ることにしました。


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16世紀後半に建設されたPalazzo Sforza です。


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ドゥオーモはもう直ぐです。


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凝灰岩で出来た家の壁


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スグラフィート装飾の家が見えました。


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Palazzo Parretti


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色が異なる2つの層を壁に塗り、表の層面を削り取って下の層を出すことによって模様が出来上がります。


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ドゥオーモにやってきました。


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ドゥオーモのファサードの向かいにあるクラウディオ・ファイーナ市立博物館です。


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入館しました。


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展示は様々です。


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パラッツォ内のフレスコ装飾


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市立博物館に付いては、改めて後で取り上げます。


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ジョゼッピーナ・アンセルミ・ファイーナ(トリノ、1818‐フィレンツェ、1872)の特別展が行われていました。
彼女の苗字が示すように、彼女はこのパラッツォを建てたファイーナ家の末裔です。


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複製画です。


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ジョゼッピーナの自画像


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外に出ました。


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このホテルも中々良いですよ。


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Palazzo Parrettiを通り過ぎます。


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サン・フランチェスコ教会の後陣と鐘楼


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今度は開いているでしょうか?


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残念! 閉まっていました。


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最近は何時も閉まっています。もう何年も拝観したことがありません。


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同じ道を通るのは芸がありませんが、ポポロ広場に行くためには仕方がありません。


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次はポポロ広場です。


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広場に面して建つサン・ロッコ教会がどうなっているのか、それを確かめたいのです。


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このホテルに泊まったことがありません。


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広場は直ぐ傍です。


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ポポロ広場です。


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広場の半分は駐車場です。


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12世紀に建設されたポポロ宮です。


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オルヴィエートが自治都市だった時代、ポポロ宮はカピターノ(隊長)の家でした。


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サン・ロッコ教会です。


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長年、このままの状態で放置されてます。


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廃教会の道を歩んでいる?


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ルネッタの彫刻


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(つづく)





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ルーカ・ディ・ジョヴァンニの「聖水盤(1390)


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現在は使用されていません。


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洗礼盤


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ルーカ・ディ・ジョヴァンニが洗礼者ジョヴァンニ像の制作を開始したのが1390年で、その数年後に像は完成したのですが、洗礼盤は未完成のまま放置されていました。1406年、ピエトロ・ディ・ジョヴァンニとサーノ・ディ・マッテオによって制作が再開され、1407年に漸く完成した洗礼盤です。


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ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの「聖母子」(1425)
このフレスコ画を目にすると、あの修復は正しいかったのだろうか、と思います。


madonna
修復前のフレスコ画はこのような状態でした。
修復師ジュリオ・タルディーニの研究と修復によって、今の状態になったのですが、修復後のフレスコ画を初めて見た時、余りもの違いに本当に驚きました。
隣にあった聖人は取り除かれ、聖母子の位置が左から右に移動しています。聖人は後に描き加えられたので、除かれたそうです。
聖人が描かれたのが16世紀だそうです。聖母子プラス聖人の状態で修復すると言うのも一つの方法でしょう。


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ピエトロ・プッチョのフレスコ画(1357‐1364)


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マギの礼拝?


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アントニオ・フェデリーギ(シエナ、1420c‐1490)の「ご訪問」(1451‐56)


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左翼廊の位置にある、1350年から1356年に建てられたCappella dei Corporale です。通常、ミサはこの礼拝堂で行われます。


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全ての壁面がフレスコ画で覆われてます。


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ウゴリーノ・ディ・ピエトロ・イラーリオ、ジョヴァンニ・ディ・メーオ、ジョヴァンニ・プッチョ・レオナルデッリの3人の画家によって、1357‐1364年に制作されました。


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リッポ・メンミの「慈悲の聖母」(1324)


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聖水盤


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制作者不明のフレスコ画


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15世紀のオルヴィエートの無名画家の「ピエタのキリスト」


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アントニオ・フェデリーギの「マギの礼拝」


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もう一つの聖水盤


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洗礼盤


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外に出ました。


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ここは必見です。
(おわり)




P2150028拝観は有料です。


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三廊式、ゴシック様式の内部です。


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左側廊


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創建以来、大規模な改造や改修が行われていません。そのため、創建時の姿を現在もほぼ留めていると言われてます。


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通常ミサは左翼廊の礼拝堂で行われているようです。


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右側廊


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大聖堂の模型が内陣に置かれてます。


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1320年代に作られた天井は、1886年から1891年に、原形を忠実に再現して再建されたそうです。


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白と暗緑色の縞模様は大理石ではありません。


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19世紀後半に塗料で縞模様に塗られました。


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バラ窓の内側


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イッポリート・スカルツァ(オルヴィエート、1532‐1617)の「ピエタ」(1579)


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主祭壇


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逆光でステンドグラスが写りません。
ジョヴァンニ・ディ・ボニーノの「ステンドグラス」(1328‐34)


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後陣の中央礼拝堂にフレスコ画があります。


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後陣への立ち入りが禁止されています。


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ウゴリーノ・ディ・プレーテ・イラーリオと、その協力者であるピエトロ・プッチーノなどによって、1370年に制作されました。テーマは「聖母の物語」となってます。
しかし、「受胎告知」と「ご訪問」の2場面は、15世紀末にアントニオ・デル・マッサーロによって描き直されたものです。


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次は、この大聖堂の最大の見どころであるサン・ブリツィオ礼拝堂です。


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以前は写真不可でしたが、今はOK(但しノーフラッシュ)となってます。


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礼拝堂の壁に描かれたフレスコ画が見どころです。


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壁という壁が装飾されてます。


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礼拝堂の祭壇


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この祭壇画の詳細が分かりません。


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聖堂側は分かっていると思いますが、私が調べた限りでは分かりません。


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サン・ブリツィオ礼拝堂のフレスコ画制作は、ベアート・アンジェリコと、ベノッツォ・ゴッツォーリなどの弟子によって、1447年からヴォールトの装飾から開始されました。
ベアート・アンジェリコと弟子の「審判者キリスト」です。


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ベアート・アンジェリコと弟子の「予言者たち」
ところが、ベアート・アンジェリコは、制作開始から間もない1447年に、教皇ニコラス5世からニッコリーネ礼拝堂の装飾を命じられ、ローマに立ち去りました。
礼拝堂装飾は、それから40年余の未完のまま放置されていましたが、1489年、ペルジーノに制作が依頼されました。しかし、ペルジーノは仕事に取り掛かりませんでした。
1499年、今度はルーカ・シニョレッリに仕事が依頼され、同年4月4日にフレスコ画制作が再開されたのです。ベアート・アンジェリコが制作した二場面の補筆から始められました。


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ここからルーカ・シニョレッリの作品になります。


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アンティクリストの説教


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黙示録


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肉体の復活
ミケランジェロがヴァチカン・システィーナ礼拝堂の最後の審判の制作を前に、この礼拝堂に描かれたルーカ・シニョレッリの人体表現を参考したと言われてます。


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地獄行きを宣告された人々


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天国行きを選ばれた人々


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天国、地獄に行った人々


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壁の周囲に詩人、文学者、哲学者が描かれてます。


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ダンテ


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この作品がルーカ・シニョレッリのドゥオーモにおける最後の仕事となりました。


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「ピエタ」(1503)


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何度来ても良い礼拝堂です。


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(つづく)

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オルヴィエート大聖堂です。
オルヴィエート・トーディ司教区の司教座教会で、正式名称はCattedrale di Santa Maria Assunta です。
1889年、教皇レオーネ3世によってBasilica Minoreに格付けされました。


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1290年、「ボルセーナの奇跡」の聖遺物を奉るために、教皇ニッコロ4世の指示によって創建されました。
最初、恐らくアルノルフォ・ディ・カンビオによってロマネスク様式の建物が設計されたと考えられてます。


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13世紀末、フラ・べヴィ—ニャ・ダ・ペルージャの主導によって、当時の有能な建築家ジョヴァンニ・ダ・ウグッチョーネが起用され、ジョヴァンニによってゴシック様式に設計が変更されました。
アルノルフォ・ディ・カンビオの設計が採用されなかった理由は不明のようです。


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創建から約300年後の1591年に、建築家イッポリート・スカルツァによって漸く完成したゴシック様式の建物です。


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技術の粋を集めたファサードです。


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ドゥオーモの建設に携わった建築家、美術家は数十人に上り、当時の一流だった人ばかりでした。


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左側の身廊、後陣


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左側


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ファサードが大きな見どころです。


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左側の身廊


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ファサードの建設は13世紀末に開始され、何世紀にもわたって、20人以上の芸術家が参加しました。最後は、1571年から1591年に建築を監督したイッポリート・スカルツァによって、1591年に完成しました。
20人以上の芸術家のうち、最も貢献したのは、ロレンツォ・マイターニです。その他に、ニーノ・ピサーノ(1347‐1348年に参加)、アンドレア・ピサーノ(1349年)、オルカーニャ(1354‐1380年参加)、ペトルッチョ・ディ・ベネデット・ダ・オルヴィエート(1372‐1388年参加)、アントニオ・フェデリーギ(1451‐1456年参加)、ミケーレ・サンミケーリ(ヴェローナ、1484‐1559)(1513年参加)、アントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ジョーヴァネ(フィレンツェ、1484‐テルに、1546)(1546年参加)などがいました。


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ロレンツォ・マイターニの彫刻


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禁断の木の実を食べるアダムとイヴ


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楽園追放


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付け柱の彫刻もマイターニの作品です。


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青銅の扉は、現代彫刻家エミリオ・グレコの作品(1965‐1970)です。
オリジナルの青銅扉は腐食のため現存してません。


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柱の装飾


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エジプトへの逃避


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マギの礼拝


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ご訪問


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受胎告知


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現在、ファサードに置かれている聖母子は複製品です。


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こちらが本物です。  
Maestro Sottile とウンブリア・シエナの無名彫刻家の作品です。ロレンツォ・マイターニ作説もあります。
隣のドゥオーモ付属美術館にあります。


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ブロンズの「予言者たちの像」
マイターニ作説が有力とされてます。


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精巧な造りのバラ窓


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バラ窓はオルカーニャの作品です。


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黄金色のモザイクが見事です。


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モザイクの制作は、1321年に開始され、16世紀に完成しました。
17世紀に落雷による被害を受け、17‐18世紀に修復されましたが、現在、見ることが出来るモザイクは修復後のものです。
中央先端の聖母戴冠とその下にある「聖母誕生」は、19世紀末に落雷の被害を受けたので、1891年に制作された新しいものです。


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聖母戴冠(1891)


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聖母誕生(1891)


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まばゆい黄金色のモザイクが最も映えるのは、夕陽に当たったときです。


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写真では、キラキラ感が出ませんね。


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晴れた日の夕方に是非見て頂きたいファサードです。


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陽が落ちました。


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後編は聖堂内部です。


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(つづく)

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オルヴィエートに、その名もオルヴィエートというDOCワインああります。
このワインは、紀元前7世紀頃にエトルリア人によって醸造され始められた、ウンブリアで最古のワインと言われてます。


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昼食に勿論オルヴィエートを飲みましたが、まろやかなやや甘口でした。


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Torre Polidori


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棟の向かいにある家です。


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この写真で位置がお分かりになるでしょうか?


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街角にあるフレスコ画と彫刻を探していました。


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漠然と歩いていたので、見つかりませんでしたが、漸くフレスコ画のある場所に来たようです。


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ここです。


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以前と比べると、チョット劣化が進んだような・・・・


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何が描かれているのか、一見しただけでは中々分かりません。


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こうやって街中を歩いていると、崖上に築かれたことなど、全く思い浮かびません。


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崖上に築かれた上に城壁に完全に囲まれた街の構造のせいか、非常に治安が良いと思います。


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中世の街並みがそのまま残ってます。


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ルーカ・シニョレッリの「マグダラのマリア」がオルヴィエートのMuseoのシンボルになってます。そのタテカンがありました。


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この建物はMuseoではありません。


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近くにMuseoが見当たりません。


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あのタテカンは何のため?


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上の道を通りました。


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この辺に絵画の修復工房があるのを思い出しました。


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しかし、具体的な場所までは覚えていません。


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この付近であることは間違いないと思いました。


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塔の近くに工房があることは覚えていましたが、高低差がある道がほぼ平行になっているので、具体的にどの道だったのかがサッパリ分からない。


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レップブリカ広場に戻ってしまいました。しかし、結果的に正解でした。


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写真右の建物は市庁舎です。


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何のことはない、昼食を食べたトラットリアがある、同じ通りに工房があったのです。


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赤い旗がある建物が工房です。


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攻防に入る前に聖母子を見学。


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絵画の修復工房です。女性が作業中でした。


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10分ほど話をすることが出来ました。
修復に使用する絵の具の調色が大変と言ってました。


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仕事の邪魔をしてはいけないので、暫く作業を見学してから退散しました。


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本当に楽しい一時でした。


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修復していたのはポマランチョの作品です。


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修復作業を簡単に見ることが出来るのが、イタリアの素晴らしいところです。


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次は市立考古学博物館です。


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オルヴィエートには、国立の考古学博物館もありますが、この日は市立の方に入館する予定でした。


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市立考古学博物館はドゥオーモの向かいにあります。


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同じ道を何度も歩いてはつまらないので、細い道を選びました。


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この工房も有名です。


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ここです。


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危うく、あのフレスコ画を見逃すところでした。


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写真写りが悪い!


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教会です。


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ファサード側に回りました。


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教会の名前が分かりませんが、危険・立ち入り禁止の表示があるので、活動を停止した旧教会でしょう。


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暑くなってきました。


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(つづく)

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次の部屋です。


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ウゴリーノ・ディ・ヴィエーリ(イタリア中部で活躍した彫金師)の「聖体布容れ」(1338)


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聖具類


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部屋のフレスコ画


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ラッファエッロ・シニバルディ・ダ・モンテルーポ(モンテルーポ・フィオレンティーノ、1504‐オルヴィエート、1566)の「大天使ミケーレ」(1560)


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ラッファエッロ・シニバルディ・ダ・モンテルーポの「竜を退治する大天使ミケーレ」


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ラッファエッロ・シニバルディ・ダ・モンテルーポの「竜を退治する大天使ミケーレ」


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ヤコポ・ダ・ボローニャ(ボローニャ、1465c‐ローマ、1516c)?の「聖母子と二聖人」(15世紀末‐16世紀初め)


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祈るキリストと二天使


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聖母子と聖ジョヴェナーレと聖サヴィーノ


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裾絵


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16世紀のヴェネトの無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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サンティ・ディ・ティート(ボルゴ・サン・セポルクロ、1536‐フィレンツェ、1603)の「砂漠の聖ジローラモ」


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詳細不明 シノピエ?


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ベネデット・ブリオーニ工房の「受胎告知する大天使」(16世紀初め)


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ルドヴィーコ・マッツァンティーの「聖母被昇天」


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ルドヴィーコ・マッツァンティーに帰属する「ジローラモ・クルツィオ・クレメンティーニ伯爵の肖像」(1716)


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18世紀のヴェネト・アドリア海の無名画家の「聖母子」


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17世紀後半から18世紀初めころのヴェネト・アドリア海の無名画家の「聖母子」


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詳細不明


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16世紀後半のヴェネト・クレタの無名画家の「磔刑」(16世紀末)


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アントニオ・ダ・ヴィテルボ通称イル・パストゥーラ(ヴィテルボ、1450c‐1516以降没)の「聖母子」(15世紀末)


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チェーザレ・ネッビアの「キリストの復活」(1584‐87)


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アミルカ―レ・ガレオッティ(オルヴィエート、1832‐1898以降没)の「自画像」(19世紀末)


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アミルカ―レ・ガレオッティの「アンドレイーノ・ガレオッティの肖像」(19世紀末)


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ジャコモ・ピエルッチ(オルヴィエートで17世紀第2四半世紀に活動)の「教会への聖母の出現」


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チェーザレ・フラカッシーニ(1838‐1868)の「オルヴィエートの解放」(1864)


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外に出ました。


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シモーネ・マルティーニ、ルーカ・シニョレッリ、スピネット・アレティーノなどの傑作に酔いしれました。
次は、旧サンタゴスティーノ教会にある博物館別館です。
(つづく)

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バルトロメオ・ダ・ミランダの「聖母子と2聖人(15世紀中頃)


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15世紀末から16世紀初めのペルージャの無名画家の「聖ピエトロ」、「聖パオロ」


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聖ピエトロ


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聖パオロ


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ピントゥリッキオ派無名画家の「聖二コラ」(1495以降)


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ピエロ・ディ・プッチョの領域の「聖ロムアルド」(14世紀末‐15世紀初め)


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ルーカ・シニョレッリ(コルトーナ、1450c‐1523)の「マグダラのマリア」(1504)


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この作品ですが、2012年、2013年頃に修復が行われました。以前と比べて随分感じが違います。


7magdale
修復前の作品です。
以前は写真不可なので、修復前の写真は別サイトから拝借しました。


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15世紀末の聖水盤


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ティツィアーノ派無名画家の「ヴィーナスとプシケ」(16世紀後半)


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ルーカ・シニョレッリの「自画像(左)とニッコロ・ダ―ニョロ・フランキの肖像」(1503?)


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ピエトロ・ディ・二コラ・ダ・オルヴィエートに帰属する「聖母子」(15世紀中頃)


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法衣(15世紀末‐16世紀初頭)


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イッポリート・スカルツァ工房の「タベルナコロ」(17世紀初め)


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チェーザレ・ネッビア(オルヴィエート、1536‐1614)の「聖書の物語」、「予言者たち」(1563‐64)


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16世紀末から17世紀初めのオルヴィエートの無名画家の「足を洗うキリスト」


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16世紀末から17世紀初めのオルヴィエートの無名画家の「キリストと聖母の邂逅」


P2150486
16世紀末から17世紀初めのオルヴィエートの無名画家の「オリーブ園の祈り」


P2150490
チェーザレ・ネッビアの「キリストと使徒たち」(1611‐12)


P2150494
チェーザレ・ネッビアの領域の「最後の晩餐」(16世紀末‐17世紀初め)


P2150502
ジローラモ・ムツィアーノ(ブレーシャ、1532‐ローマ、1582)の「キリストの逮捕」(1584)


P2150506
ジローラモ・ムツィアーノの「鞭打ち」(1575)


P2150511
チェーザレ・ネッビアの「聖母の誕生」(1582)


P2150516
チェーザレ・ネッビアの「荊刑のキリスト」(1557)


P2150525
ロドヴィーコ・マツァンティー(1676‐1775)の「祈る聖母」(1713‐14)


P2150520
ジローラモ・ムツィアーノの「ヴェロニカ」(1557)


P2150527
詳細不明


P2150529
サッソフェッラート?


P2150531
チェーザレ・ネッビアの「磔刑」(1573‐74)


P2150535
チェーザレ・ネッビアの「カナの晩餐」(1569‐72)


P2150540
ポマランチョ(1517/1524c-1597以降没)の「ベテスダの池」(1565)


P2150544
ジローラモ・ムツィアーノの「ラザロの蘇生」(1556)
(つづく)

P2150931オルヴィエート大聖堂の横に建つソリアーノ宮です。


P2150651
13世紀末から14世紀にかけて建設されたソリアーノ宮です。


P2140988
ドゥオーモ付属博物館はソリアーノ宮にあります。
ドゥオーモ関連の展示物が最多を占めてますが、オルヴィエートの他の教会にあった作品も展示されており、その実態は教区教会博物館 Museo Diocesanoであると思います。


P2150244
入館しました。


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14世紀初めのオルヴィエートの無名画家の「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと福音書記者聖ジョヴァンニ」


P2150249
15世紀の無名画家の「洗礼者聖ジョヴァンニ」


P2150252
15世紀初めにウンブリア、シエナで活動した無名画家の「オリーブの聖母」


P2150255
14世紀第4四半世紀のオルヴィエートの無名画家の「マギの礼拝」


P2150258
ウゴリーノ・ディ・プレーテ・イラーリオ(オルヴィエート、1356‐1384記録)の「聖コロナータ」


P2150260
ウゴリーノ・ディ・プレーテ・イラーリオの「聖人」
聖人は特定されていません。


P2150263
アンドレア・ディ・ジョヴァンニ(オルヴィエート、1378‐1420記録)の「教会へのキリストの出現」


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アンドレア・ディ・ジョヴァンニの「ご誕生、マギの礼拝、三位一体」(15世紀初め)


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P2150273


P2150269
アンドレア・ディ・ジョヴァンニのフレスコ断片


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P2150275
オルヴィエートの無名画家の「受胎告知(15世紀初め)


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オルヴィエートのサンティ・アンドレア・エ。バルトロメオ参事会教会の床


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「プレーテオ(注:装飾のある仕切り)」(9世紀中頃)


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ピエトロ・ディ・二コラ・バローニ(オルヴィエート、1447‐1484記録)の「ピエタのキリストと聖ピエトロ・パレンツォと聖ファウスティーナ」(1468)


P2150291
15世紀初めのオルヴィエートの無名画家の「聖エレミータ」


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ピエトロ・ディ・二コラ・バローニの「聖母子」(15世紀後半)


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オルヴィエートの無名画家の「聖ジュリアーノ」(15世紀第2四半世紀)


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2階の展示室に向かいました。


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2階は傑作の宝庫です。


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ウンブリア・シエナの無名彫刻家とロレンツォ・マイターニの「聖母子と天使たち」(1325)


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傑作が目白押し


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アッレグレット・ヌーツィ(ファブリアーノ、1320c‐1376)に帰属する「聖バルトロメオ」(14世紀中頃)


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ウゴリーノ・ディ・ヴィエーリとヴィ—ヴァ・ディ・ランドの「聖サヴィーノの頭蓋骨箱(聖遺物箱)」(1340‐45)
オルヴィエートのサン・ジョヴェナーレ教会にあったものです。


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リッポ・ヴァンニの作品の可能性がある「聖母子と聖アグネスと聖パオロと聖ピエトロと聖ルチア」(14世紀中頃)
オルヴィエートのサン・フランチェスコ教会にありました。


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シモーネ・マルティーニ(シエナ、1284/1290-アヴィニョン、1344)の「聖母子と天使」(1322‐24c)
オルヴィエートのサン・フランチェスコ教会にありました。


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Terzo Maestro di Orvieto の「受胎告知」(1300‐1320c)


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Maestri Ebanisti Senesi の「Leggio e frammenti del coro del Duomo」(1330‐1370c)


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ピエトロ・ディ・プッチョに帰属する「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1390‐1400c)


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ピエロ・ディ・プッチョの「聖ジローラモ」(1388)


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ピエロ・ディプッチョの「聖アンブロージョ」


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スピネッロ・アレティーノ(1346‐1410)の「磔刑」(1390‐1400)


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シモーネ・マルティーニの「聖母子と4聖人」(1320‐21)
オルヴィエートのサン・ドメニコ教会にありました。


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マグダラのマリア


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聖ドメニコ


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聖ピエトロ


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聖母子


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聖パオロ
(つづく)


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青色の旗がある所がサンタンドレア教会です。


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柱廊は教会のものです。


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サンタンドレア教会と呼ばれていますが、正式名称はCollegiata dei Santi Andrea e Bartolomeo と言い、この街の宗教的活動の中心を担っていました。


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柱廊の一部は花屋になってます。


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現在、教会の建物が建っている場所は、エトルリア時代の神殿跡でした。6世紀頃、その上に初期キリスト教会が建てられました(オルヴィエートで最古と言われてます)が、それが前身です。


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現在のロマネスク様式の建物は、12世紀に再建された二代目のものです。


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12面体の鐘楼が印象的ですが、1926年に復元された比較的新しいものです。


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ファサードは、ヴィト―・ディ・マルコ・ダ・シエナによって設計されました。バラ窓はMaestro Vetrino の作品です。


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入口扉上ルネッタの彫刻は、アントニエッタ・パオロ・ポリアーニの「聖母子と聖アンドレアと聖バルトロメオ」(12世紀)です。


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三廊式、ロマネスク様式の内部です。


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左側廊


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右側廊


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16世紀初頭に崩落したので、その後に復元されたトラスの天井です。


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中央礼拝堂


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後陣の装飾


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主祭壇


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後陣左側の礼拝堂です。
フレスコは何が描かれているのか判別できません。


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16世紀のフレスコ画


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柱のフレスコ画


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アンジェロ・リーキ・ダ・オルヴィエートの「聖母子」


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説教壇


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チェーザレ・ネッビアの「受胎告知」


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16世紀のフレスコ画


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「聖アンドレア像」(14世紀)


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詳細不明


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見どころが多いクリプタは、通常、非公開です。


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外に出ました。


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そろそろ昼食時です。


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この辺に来たならば、行く店は決まったも同然です。


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某サイトで紹介されるようになってから、日本人に人気ですが、それ以前から評判の良い店で、オルヴィエートに来れば大体来ています。


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予約なしなので、開店直後に入りました。先客がいたので恐れ入りました。
この日は、日本人は私だけ。


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お腹一杯。


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(つづく)

今回は聖骸布で有名なトリノ大聖堂です。
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正式名称は、Cattedrale metropolitana di San Giovanni Battista と言います。トリノ大司教区の大司教座教会という訳です。


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大聖堂とサバウダ美術館にあるローマ劇場の遺跡です。


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大聖堂の建物が建っている場所に、古代ローマのローマ劇場がありましたが、その遺跡の上に3つの小さな初期キリスト教会が建てられ、聖域になっていましたが、それが現在の大聖堂の前身です。


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1490年から1492年に3つの小さな教会が取り壊され、アメデオ・デ・フランチェスコ・ディ・セッティニャーノの設計によって、1491年に創建され、1498年に完成したルネサンス様式の建物が現在の姿の原形となってます。
1505年に奉献式が執り行われました。
17世紀に一部バロック様式に改造されたので、現在はルネサンス様式とバロック様式が折衷した外観となってます。


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高さ約40mの鐘楼は、聖堂の建物の建設以前の1468年から1470年に建設されました。


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三廊式、ラテン十字形、ルネサンス・バロック様式の聖堂内部です。


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内陣中央から見た左側廊方向です。


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左側廊


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内陣中央から見た右側廊方向です。


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右側廊


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天井


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中央礼拝堂(主祭壇)


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後陣のフレスコ画は、バルトロメオ・ガラヴォーリア・ダ・クレシェンティーノ(1620‐1691)によって制作されました。


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クーポラ


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以前はデフェンデンテ・フェッラーリに帰属するとされていましたが、近年の鑑定技術の進歩によってフェッラーリ作は否定されて、現在はジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティ(カザーレ・モンフェッラート、1455c‐キヴァッソ、1528)の作品とされてます。


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洗礼盤


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クラウディオ・ダウフィンの「キリストの洗礼」


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詳細不明


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詳細不明


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ファサードの裏に「最後の晩餐」があります。


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ルイージ・ガ—ニャの「レオナルド・ダ・ヴィンチ作『最後の晩餐』の油彩複製画」


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バルトロメオ・カラヴォーリア・ダ・クレシェンティーノの「聖エジーディオ」
バルトロメオはグエルチーノの弟子です。


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バルトロメオ・カラヴォーリア・ダ・クレシェンティーノの「天上の聖母子と聖イッポリートと聖カッシアーノ」


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ジャコモ・ロッシニョーロ(1524‐1604)の「キリストの復活」


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グリエルミーノの作品(1920)です。


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聖骸布の礼拝堂です。


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近年に行われたDNA鑑定によって聖骸布説が全く否定される結果が出ましたが、それ以降も変わらずに崇拝の対象になってます。大変貴重な聖骸布ということで、普段はこのように非公開となってます。
何であろうと信ずる者にとっては聖骸布なのです。←こう書くと怒られそうです。


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マドンナ・グラツィエ礼拝堂です。


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この聖堂で最も貴重とされている祭壇画です。


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ジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティのPolittico della Campagnia del Calzolai (1498-1504)
当初、デフェンデンテ・フェッラーリの作品とされていましたが、それが近年までデフェンデンテ・フェッラーリとジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティの共作に変更されていました。それが、鑑定技術の進歩によって、ジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティの単独作品と帰属が変更されたのです。


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バルトロメオ・カラヴォーリア・ダ・クレシェンティーノの「天上のキリストと聖母子と大天使ミケーレと聖カルロ・ボッロメーオとベアート・アメデオ・ディ・サヴォイア」(1655)


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ジョヴァンニ・コマンドゥ・ダ・モント―ヴィの「ご誕生」(1795)


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サン・セコンド・マルティ―レ礼拝堂


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18世紀の無名彫刻家の作品


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サン・ジョヴァンニ・バッティスタ礼拝堂です。
ロドルフォ・モンガーリの「砂漠の洗礼者聖ジョヴァンニ」(1862)


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ジャン・アンドレア・カゼッラ・ダ・ルガーノのフレスコ画(17世紀前半)


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磔刑礼拝堂は信者以外の立ち入りが禁止されていました。


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ジョヴァンナ・ドルリエール・デ・ラ・バルメの「マンカ・エングレース家の墓」


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外に出ました。

オルヴィエートは、人口20,594人(2016年2月28日現在)のウンブリア州テル二県にあるコムーネで、凝灰岩に出来た崖上に築かれた街です。
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この日、ローマ・テルミニ駅始発のフィレンツェSMN駅行きRVに乗車しました。


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乗車約1時間でオルヴィエート駅に到着しました。


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FSの駅舎です。
オルヴィエート大聖堂に描かれたルーカ・シニョレッリの傑作フレスコ画を見るために、殆ど毎年訪れてます。


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FS駅舎対面にフニコラーレの駅があります。


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フニコラーレに乗りました。


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中間地点で下り列車とすれ違います。


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崖上のフニコラーレ駅前に待機していたドゥオーモ広場行バスに乗り込みました。フニコラーレの切符でバスに乗ることが出来ます。ただし、切符の有効時間制限があります。


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ドゥオーモ広場に到着しました。
この日のお宿に向かいました。


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この日のお宿はここです。


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この日のお宿ですが、写真右端に写っているのがドゥオーモのファサードなので、その位置関係がお分かりになると思います。評判が良いホテルですが、部屋数が少ないので、観光シーズンになると予約が取りにくいようです。しかし、オルヴィエートに泊まるならば、ここが第1候補です、お勧めします。
チェントロの更に中心にあるので、何処に行くにせよ何かと便利です。


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チェックインを済ませ、荷物を自室に置き、身軽になったので、早速外出しました。


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オルヴィエートで行きたい所の大部分がホテルの周囲に集中しているので、急ぐ必要が全然ありません。


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この日の週末に祭りが行われるようでした。


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問題は早く到着し過ぎたことで、開いている所がないのです。


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ブラブラと付近を散策しながら、最も早く開くドゥオーモが開くのを待ちました。


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武装警官?がMuseo Civicoの前で警備していました。
2時間後、Museo Civicoの建物の写真を撮った時、彼等の姿が写真に写ってしまったのですが、それに気が付いた警官から写真の消去要請を受けました。その写真を消去したら、今度は俺たちは写真に写らないように横にいるので、建物の写真を撮れと言われました。
同じことは、ヴァチカンのピエトロ大寺院の前でも経験があります。
皆さん、武装警官が警備中の時は、彼らの姿、特に顔の映り込みに注意して写真を撮った方が良さそうです。


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ここもまだ開いてません。


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9時17分です。大聖堂が開くのは午前9時半です。


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10分余の時間を潰すのが結構大変でした。


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身廊側の出入り口は、地元の信者さん用です。


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ドゥオーモが開きました。
拝観は有料です。付属美術館などとの共通券を買いました。


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以前は写真不可でしたが、今は可能です。
ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂のフレスコ画制作の参考にしたルーカ・シニョレッリのフレスコ画です。


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ドゥオーモに付いては、古寺巡礼で改めて取り上げます。


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傑作です。


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見どころが豊富です。


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外に出ました。


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次は付属美術館です。


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付属美術館は傑作揃いです。


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付属美術館は後で別に取り上げます。


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十二分に楽しむことが出来ました。


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交通が便利な場所にあるので、日帰りの観光客が多いようです。


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未だ11時半です。


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一旦ホテルに戻ってトイレ休憩です。


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ホテルの自室からの眺め


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ホテルで一休みしてから、再び外へ。


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Museoは13時に一旦休館になるので、この時間に入館するのは時間が不足です。


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15時から開館するので、Museoは午後に入館することにしました。


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サンタンドレア教会に向かいました。


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有名な観光地なので混雑していました。


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最も賑わうカヴール通りです。


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何の旗でしょうか?勿論、お祭り用であることは分かりますが・・・・・


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モーロの塔です。上ることが出来、上からの眺めが最高ですが、この時はパスしました。
元々ジョギングが好きで、非常勤になってからはイタリアの街歩きに備えて毎朝2時間の散歩を心がけていましたが、それがアダになりました。ひざの軟骨がすり減って、膝へのヒアルロン酸注入が欠かせなくなりました。整形外科医に拠れば、ジョギング好き、散歩好きは特にひざの軟骨すり減りが要注意だそうです。人間の身体には限界があるので、すり減る限度内に運動を留めるべきとの事です。過度は良くないのです。


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去年までは膝に留まっていた体の不具合が腰にも同様の現象が起きて、医者通いをしています。


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と言うことで、私のイタリア旅行は終わりに近づいてます。


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このお店は有名です。


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イノシシのサラミが絶品です。


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ナデナデすると尻尾を振って喜んでいた愛想の良いワンちゃんでしたが、カメラを向けると何故か、この態度に。一転して不愛想、私を無視するので笑ってしまいました。


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(つづく)

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次は王宮です。


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雨が止みました。


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これは王宮の建物ですが、入り口は別の場所にあります。


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柱廊のあちこちに彫刻があります。


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入り口


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王宮に付いては、別に改めて触れることにします。


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時間がいくらあっても足りません。


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見どころが豊富です。


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じっくり見ていたら、時間が経ってしまいました。


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外に出たら、本降りの雨でした。


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他に見たい所がありましたが、そろそろ切り上げ時のようです。


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サバウダ美術館と王宮を写真を撮りながら見て回ったので、流石に疲れました。


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もう夕方です。マダーマ宮の市立博物館は次回の楽しみにすることにしました。


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展示作品数が多いので、私の場合、最低でも3時間は必要です。


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早めに切り上げてホテルに向かうことにしました。


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ポルティコがあるので、それほど濡れないで駅の方に向かうことができます。


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途中サン・カルロ広場にある2つの教会に行くつもりでした。


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今秋、トリノに行きたいと思ってますが、どうなることやら。


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出来ればカラヴァッジョ展に行きたいと思ってます。


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この街の豊かさが感じられる通りです。


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雨が全く気になりません。


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サン・カルロ広場にやってきました。


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双子の教会として有名です。


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双子の教会としてすぐに思い出されるのは、ローマ・ポポロ広場にあるサンタ・マリア・デイ・ミラコーリ教会とサンタ・マリア・イン・モンテサント教会です。


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振り返れば、王宮が見えます。


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広場の中心に立つのは、カルロ・マロケッティ(1805-1867)制作の「「エマヌエル・フィリベルトの騎馬像」(1837)です。


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向かって左に建つのはサンタ・クリスティーナ教会です。


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1620年、建築家カルロ・ディ・カステッラモンテによって設計されましたが、ゴタゴタが続き、1639年に漸く着工されました。ところが着工からわずか1年後の1640年、カルロが没してしまい、カルロの息子アメデオに引き継がれました。ファサードは未完成のまま一応工事が完了して、1685年に奉献式が執り行われました。
ファサードは、フィリッポ・ユヴァッラの設計によって、1715年から1718年にかけて建設されました。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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左側壁


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右側壁


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天井の装飾


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アントニオ・ドメニコ・トリーヴァ(1526-1699)のフレスコ画


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主祭壇


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アントニオ・ドメニコ・トリーヴァによる後陣のフレスコ画


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主祭壇画(詳細不明)


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説教壇


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詳細不明


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出入り口


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外に出ました。


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次は、隣にあるサン・カルロ教会です。


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正式にはサン・カルロ・ボッロメオ教会と言います。ミラノ大司教だった聖カルロ・ボッロメオを奉献しています。
1618年創建、ファサードが1834年に完成したバロック様式の建物です。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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左側壁


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右側壁


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天井


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主祭壇


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・アンドレア・カセッラの「聖骸布を崇める聖カルロ・ボッロメオ」


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ジョヴァンニ・アンドレア・カセッラの「ペスト患者を癒す聖カルロ・ボッロメオ」


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詳細不明


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外に出たら、小雨になっていました。


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たった1泊では見る所が限定されてしまいます。


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キリがないので、この辺で終わりにします。


P1920657
(おわり)






P1630987
アントニオ・ソラーリオ(ヴェネツィア?、1502‐1514記録)の「聖母子と聖ピエトロと聖フランチェスコ」(1514c)


P1630989
バルトロメオ・チンカーニ通称モンターニャ(ブレーシャ、1449c‐ヴィチェンツァ、1523)の「聖母子」(1480‐90)


P1630990
バルトロメオ・モンターニャと呼ばれるのが普通でしょうか?


P1630998
カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1430/1435- マルケ、1494/1495)の「聖バルトロメオ」(1472)、「福音書記者聖ジョヴァンニ」(1472)


P1640001
コッレッジョ(コッレッジョ、1489c‐1534)の「読む男の肖像」(1517‐23)


P1640004
コッレッジョの「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1514‐19)


P1640006


P1640009
ブロンズィーノ(フィレンツェ、1503‐1572)の「ロレンツォ・レンツィの肖像」(1527‐28)


P1640012
ルチア・アングイッソーラ(クレモナ、1537/1538c- 1565c) の「自画像」(1557)


P1640014
エウローパ・アングイッソーラ(クレモナ、1557‐1578記録)に帰属する「リヴィア・デ・ランキの肖像」(16世紀第3四半世紀)


P1640018
16世紀第3四半世紀のクレモナの無名画家の「幼児の肖像」


P1640021
ジョヴァン・バッティスタ・トロッティ通称マロッゾ(クレモナ、1556‐パルマ、1619)の「羊飼いの礼拝」(1580c)


P1640024
カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1558‐ミラノ、1629)の「聖アグネスの殉教」(1590‐92)


P1640027
フェーデ・ガリツィア(ミラノ?、1578‐ミラノ、1630)の「ゲッセマネ園のキリスト」(16世紀末)


P1640030
ペッレグリーノ・ティバルディ(コモ、1527‐ミラノ、1630)の「聖ジョルジョ」(1558‐61)


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ペッレグリーノ・ティバルディの「アンティオキアの聖マルゲリータ」(1558‐61)


P1640036
ベルナルディーノ・カンピ(レッジョ・エミリア、1521‐1591)の「磔刑」(1584‐91)


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ベルナルディーノ・カンピの「リンカーンの聖ウーゴとフェノーリオのベアート・グリエルモ」(1576)


P1640041
ベルナルディーノ・カンピの「グルノーブルの聖ウーゴと聖ブルーノ」(1576)


P1640045
ジョヴァンニ・ダ・モンテ(クレマ、1557‐1583記録)の「荊刑のキリスト」(1565‐70c)


P1640048
アウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530c‐1593)の「聖ヴィンチェンツォの殉教(1587以前)


P1640052
アントニオ・カンピ(クレモナ、1523‐ミラノ、1587)の「聖セバスティアーノの殉教」(1575)


P1640054
エネア・サルメッジャ(?、1565c‐ベルガモ、1626)の「天上の聖母子と聖アンブロージョと聖カルロ・ボッロメーオ」(1603)


P1640058
エネア・サルメッジャの「天上の聖母子と聖ロッコとと聖フランチェスコと聖セバスティアーノ」(1604)


P1640061
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574‐ミラノ、1625)の「ユディト」(1620c)


P1640064
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「聖家族」(1615‐19)


P1640067
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「マギの礼拝」(1625)


P1640070
ジュゼッペ・ヴェルミーリオ(ミラノ?、1587‐?、1635以降没)の「聖セバスティアーノ」(1621c)


P1640073
ジュゼッペ・ヴェルミーリオの「イサクの犠牲」(1621以前)


P1640075
ダニエーレ・クレスピ(ミラノ?、1597c‐ミラノ、1630)の「聖ステファノの殉教」(1622以降)


P1640079
ダニエーレ・クレスピの「羊飼いの礼拝」(1623‐25)


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ダニエーレ・クレスピの「外科医の肖像」(1625以前)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称チェラーノ(ノヴァーラ、1573‐ミラノ、1632)の「死に行く人に顕現する聖フランチェスコ」(1610‐20)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称チェラーノの「大天使ミケーレ」(1605‐10)


P1640091
グリエルモ・カッチャ通称モンカルヴォ(モンタボーネ、1568?‐モンカルヴォ、1625)の「聖母子」(1615c)


P1640093
ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア、1480‐ロレート、1556)の「若い男の肖像」(1524‐27)


P1640096
ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518‐1594)の「財務執政官ヤコポ・ソランツォの肖像」(1550‐51c)


P1640098
絵画の展示が終わりました。


P1640099


P1640100
エジプト関係の展示


P1640101


P1640102


P1640103


P1640123
非常に良かった!
レオナルド・ダ・ヴィンチの影響力の強さを改めて認識しました。


P1640126
(おわり)




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15世紀第4四半世紀のロンバルドの無名画家の「アレッサンドリアの聖カテリーナの物語」(1490‐1500c)


P1630892
ベルナルディーノ・ゼナーレ(トレヴィーリオ、1450c‐ミラノ、1526)の領域の「鞭打ち」(1515‐20)


P1630898
15世紀第4四半世紀のロンバルドの無名画家の「聖キアーラ」(1490c)


P1630901
15世紀第4四半世紀のロンバルドの無名画家の「聖エジーディオとトレンティーノの聖二コラ」(1490‐1500c)


P1630903
フランチェスコ・デ・タッティ(ヴェレーゼ、1512‐1527記録)の「ボストのポリッティコ」(1517)


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玉座の聖母子と二音楽天使


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洗礼者聖ジョヴァンニ、大天使ミケーレ


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聖クリストフォロ、聖ロッコ


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裾絵
鞭打ち


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カルヴァリオへの途


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キリストの埋葬


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磔刑


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アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ジローラモ


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聖フランチェスコ、パドヴァの聖アントニオ


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P1630925
アゴスティーノ・ブスティ通称バンバイア(?、1483‐ミラノ、1548)の「聖母子(1522)


P1630930
バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティ—ノ(ミラノ、1480‐1530記録)の「嘆き」(1515‐20)


P1630933
バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティ—ノの「我に触れるな」(1490‐95c)


P1630936
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ?、1480c‐ミラノ、1532)の「ヘラクレスとアトラス」(1513‐15)


P1630940
アンドレア・ソラーリオ(ミラノ、1465c‐1524)の「女性の肖像」(1505‐07)


P1630943
ベルナルディーノ・デ・コンティ(ヴァレーゼ、1480c‐ミラノ、1523以降没)の「聖母子」(1495‐1500c)


P1630946
ジャンピエトリーノ(ミラノ、1495c‐1549記録)の「マグダラのマリア」(1520‐30)


P1630949
ベルナルディーノ・ルイーニの「聖母子」(1516c)


P1630952


P1630954
15世紀末から16世紀初めのロンバルドの無名画家の「祈るキリスト」(1510c)


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P1630959
15世紀第4四半世紀のヴェネトの無名画家の「聖母子」(15世紀末)


P1630962
ジローラモ・ガリッツィ・ダ・サンタクローチェ(サンタ・クローチェ、1480/1483‐ヴェネツィア、1556)の「三位一体」(1533)


P1630966
フィリッポ・リッピ(フィレンツェ、1407以前生まれ‐スポレート、1469)の「トリヴルツィオの聖母」(1430‐32)


P1630970
アントネッロ・ダ・メッシーナ(メッシーナ、1430c‐1479)の「聖ベネデット」(1470c)


P1630974
ロレンツォ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1356‐1372記録)の「キリストの復活」(1371)


P1630976
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432‐1516)の「聖母子」(1460‐65)


P1630979


P1630981
アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖グレゴリオ・マーニョと聖ベネデットと聖ジローラモ」(1497)


P1630982
(つづく)

P1630739
一部重複がありますが、ご容赦願います。
マエストロ・ディ・トロニャーノ(15世紀第4四半世紀活動)?の「十字架降下」(1476‐91)


P1630743
マエストロ・ディ・トロニャーノの「羊飼いの礼拝」(1481以降)


P1630746
15世紀前半のロンバルドの無名画家の「マギの礼拝」(1440c)


P1630749
ミケリーノ・ダ・ベソッツォ(ベソッツォ、1388‐1445記録)のサークルの「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ピエトロ・マルティ―レ」(1430c)


P1630753
ベネデット・ベンボ(クレモナ、1462‐1493記録)の「トルキア—ラのポリッティコ」(1462)


P1630755
中央パネル


P1630757
向かって左の聖アントニオ・アバーテ、聖ニコメーダ


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向かって右のアレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ピエトロ・マルティ―レ


P1630759
裾絵


P1630760


P1630763


P1630765
アンブロージョ・ベヴェラクゥア(ミラノ、1458‐1476記録)の「聖母子」(1495‐99)


P1630766


P1630770
ザネット・ブガット(ミラノ、1458‐1476記録)に帰属する「ガレアッツォ・マリア・スフォルツァの肖像」(1474‐76)


P1630772


P1630774バルダッサッレ・デステ(レッジョ・エミリア、1432‐1504記録)の「ボルソ・デステの肖像」(1469‐71)


P1630776


P1630778
15世紀第3四半世紀に活動したロンバルドの無名画家の「ボーナ・ディ・サヴォイアと殉教聖女」(1471‐72)


P1630780


P1630783
メダル


P1630784
ヴィンチェンツォ・フォッパ(ブレーシャ、1430c‐1516)の「聖母子」(1475c)


P1630786


P1630790
フォッパの作品が並んでます。


P1630791
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖母子」


P1630793


P1630798
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖テオドーロ」(1470‐75?)


P1630801
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖アゴスティーノ」(1470‐75?」


P1630806
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖セバスティアーノの殉教」(1490‐1500)


P1630809
ヴィンチェンツォ・フォッパの「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1488‐89c)


P1630812
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1488‐89c)


P1630815
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖人の頭」(1460‐64)


P1630817
フランドルの無名画家の「男の肖像」(15世紀第4四半世紀)


P1630818


P1630821
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ボルゴニョーネ(ミラノ?、1443c‐ミラノ、1523)の「聖ロッコ」(1505‐10)


P1630824
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ボルゴニョーネの「聖ジローラモ」(1510c)


P1630828
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ボルゴニョーネの「聖ベネデットの施し」(1490)


P1630830
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ボルゴニョーネの「ピエタのキリストと二天使」(1488‐90)


P1630834
Maestro della Para Sforzesca (ロンバルディア、15世紀第4四半世紀活動)の「五使徒」(1499c)


P1630837
マルコ・ドッジョーノ(ミラノ?、1465‐1470c、ミラノ、1524)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと天使」(1510c)


P1630839
マルコはレオナルド・ダ・ヴィンチの弟子でした。


P1630842
プセウド・ボルトラッフィオ(16世紀第1四半世紀活動)の「聖ゲルヴァ—ソと聖ベルナルドと信者たち」(1510‐15)
 
プセウドとは「偽」との意味です。ボルトラッフィオ(本もの)もいるので混同しますが、混同を避けるために、もう一方をプセウドとしたのです。


P1630847
プセウド・ボルトラッフィオの「玉座の聖母子」(1510‐15)


P1630850
プセウド・ボルトラッフィオの「聖セバスティアーノと聖ロッコと信者たち」(1510‐15)


P1630854
ジローラモ・ジョヴェノーネ(ヴェルチェッリ、1486/1487-1555)の「聖デフェデンテと聖アポッロニアと信者」(1508)


P1630857
ジローラモ・ジョヴェノーネの「聖ドロテアと聖ルチアと信者」(1508)


P1630860
ベルナルディーノ・ブティノーネ(トレヴィーリオ、1473‐1510記録)の「キリストの物語と受難」(1490‐1500c)


P1630861


P1630862


P1630863


P1630866
16世紀第1四半世紀のロンバルドの無名画家の「玉座の聖母子と聖セバスティアーノと聖ジローラモ」(1510c)


P1630870
15世紀第4四半世紀のパヴィアの無名画家の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」と「シエナの聖ベルナルディーノ」(1480‐90)


P1630874
15世紀第4四半世紀のロンバルドの無名画家の「パドヴァの聖アントニオ」(1490‐1500)


P1630877
15世紀第4四半世紀のロンバルドの無名画家の「聖ジュゼッペ」(1495‐1500)


P1630880
マルコ・ドッジョーノの「カナの晩餐」(1519‐22)


P1630884
チェーザレ・ダ・セスト(セスト・カレンデ、1477‐ミラノ、1523)の「聖ロッコの多翼祭壇画」(1523)


P1630885
チェーザレもレオナルド・ダ・ヴィンチの弟子でした。


P1630886
(つづく)










P1630614良く分からない展示


P1630615


P1630618


P1630621
次の部屋です。


P1630622
壁という壁がフレスコ画で覆われてます。


P1630624
この城に描かれたものではなく、何処かから移設したフレスコ画です。


P1630625
調べたところ、Maniera di Nicolo da Varallo の作品であることが分かりました。
Manieraとは、流儀とか方法という意味です。つまり、二コラ・ダ・ヴァラッロの流儀で描かれたわけで、制作者は二コラ・ダ・ヴァラッロの追随者か模倣者でしょう。


P1630626
このフレスコ画は、Castello Roccabianca にあったものと分かりました。


P1630627
ロッカビアンカは、エミリア・ロマーニャ州パルマ県にあるコムーネです。


43010_Roccabianca_PR,_Italy_-_panoramio_(11)
ロッカビアンカ城です。(外部サイトから写真を拝借しました)
この城にあったフレスコ画という訳です。


P1630632
次の部屋です。


P1630633
これらのフレスコ画も他の場所にあったものを移設したそうです。


P1630635
サン・アントニオ教会のキオストロ回廊に描かれた「エヴァの創造」のフレスコ画で、ベルナルディーノ・ルイーニに帰属するそうです。


P1630642


P1630644


P1630638
ジャコモ・ダ・ミラノ?の「キリストの埋葬」(15世紀第3四半世紀)


P1630648
フラテッリ・デ・ドナーティ工房の「幼きキリストへの崇拝」(1495c)


P1630651
ジョヴァン・アンジェロ・デル・マイーノの「ニコデモ」(1518c)


P1630654
フラテッリ・デ・ドナーティ工房の「羊飼いの礼拝」(1495‐1500)


P1630656
フラテッリ・デ・ドナーティの「聖ドメニコの奇跡」(1495‐1500)


P1630660


P1630661


P1630663
フランスの親方の「磔刑」(12-13世紀)


P1630666
ウンブリアの親方の「死せるキリスト」(13世紀中頃)


P1630669
フランドルのタペストリ工房の「ラザロの蘇生」(1515‐20)


P1630672
ジョヴァンニ・ザベリアーナとレオナルド・ダ・ヴェローナの「聖母子」(1499)


P1630677
ピエトロ・ブッソーロとウンブリアの親方の「聖人たちの壁端柱」(15世紀末‐16世紀初め)


P1630679
ジョヴァンニ・アンジェリとティブルツィオ?の「ピエタ」(1520c)


P1630683
フラテッリ・デ・ドナーティ工房の「幼きキリストへの崇拝」(1500‐10c)


P1630686
ジョヴァン・アンジェロ・デル・マイーノの「磔刑」(16世紀初め)


P1630689
アオスタの親方の「聖母子」(15世紀)


P1630693


P1630695
Maestro del Compianti の「嘆き」(1515c)


P1630697
フラテッリ・デ・ドナーティの「羊飼いの礼拝」(15世紀末)


P1630701
ミラノの工房の「受胎告知」(1500‐10c)


P1630705
アンドレア・ダ・サロンノの「父なる神」(1530‐35)


P1630708
ロンバルディアの親方の「斬首された洗礼者聖ジョヴァンニ」(16世紀初め)


P1630710
次の部屋です。


P1630711


P1630713


P1630715
ドイツの工房作の「小箱」(17世紀)


P1630717
Jodoco Hondio di Anversa の「地球儀」(1601)


P1630720


P1630721
ヴェネトの工房作の「キャビネット」(16世紀末)


P1630725
アンヴェルサの工房作の「キャビネット」(17世紀中頃)


P1630727


P1630729
ミラノの工房作の「キャビネット」(1613)


P1630731
ジェノヴァの工房作の「キャビネット」(17世紀初め)


P1630733


P1630736
目ぼしい作品がありません。


P1630737


P1630738
(つづく)



P1500822
ジャチント・ジミニャーニ(ピストイア、1606‐ローマ、1681)の「ウラーニア」(1652c)
ウラーニアはギリシャ神話の天文の女神です。ギリシャ神話に出てくるものは元々興味がないこともあって全て苦手です。
ギリシャ出身の人たちと一緒に仕事をしたことがありますが、議論好き、口だけが達者だけで、やるのは半端仕事ばかりで本当に困りました。何せ約束を守らないのが取り柄ですから。


P1500824
Jacob Ferdinand Voet (Anversa, 1639- Parigi, 1689) の「マッザリーノ公爵夫人オルテンシア・マンチーニの肖像」(1676‐80)


P1500826
17世紀中頃のロンバルディアの無名画家の「スピネット歌手」(1650c)
スピネットはチェンバロの一種で小型のものを差します。


P1500828
Jusepe de Ribera, detto Spagnpletto (Jativa, 1591- Napoli, 1652) に帰属する「聖エレミータ」(1650c)


P1500830
ジョヴァンニ・ステファノ・ドネーダ通称モンタルトの「ヴィーナスとアドーネ」(1650c)


P1500833
ジョヴァンニ・ステファノ・ドネーダ通称モンタルトの「放置されたディドーネ」(1640c)


P1500835
ジョヴァンニ・ステファノ・ドネーダ通称モンタルトの「アポロとマルシア」(1665c)


P1500838
ジョヴァンニ・ステファノ・ドネーダ通称モンタルトの「斬首された洗礼者聖ジョヴァンニの首を差し出すヘロデア」
ヘロデアはサロメの母です。


P1500840
ルイージ・アミダーニ(パルマ、1591‐1629以降没)の「アポロとマルシア」(1630c)


P1500842
カナレット(ヴェネツィア、1697‐1768)の「ヴェネツィアの風景」(1742)


P1500845
カナレットの「ヴェネツィアの風景」(1742)


P1500848
セバスティアーノ・リッチとマルコ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「聖アントニオの誘惑」(1694‐96)


P1500850
パオロ・パガーニ(コモ、1655‐ミラノ、1716)の「聖家族とパドヴァの聖アントニオ」(1714c)


P1500852
15世紀前半のロンバルディアの無名画家の「マギの礼拝」(1440c)


P1500854
ミケリーノ・ダ・ベソッツォ(ヴァレーゼ、1388‐1445活動)のサークル画家の「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ピエトロ・マルティ―レ」(1430c)


P1500857
ベネデット・ベンボ(クレモナ、1462‐1493記録)の「トルキア—ラの多翼祭壇画」(1462)


P1500858


P1500859
聖アントニオ・アバーテ、聖ニコメーデ


P1500860
アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ピエトロ・マルティ―レ


P1500861
裾絵


P1500862


P1500863


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アンブロージョ・ベヴィラクゥア(ミラノ、1481‐1512記録)の「聖母子」(1495‐99)


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マエストロ・ディ・トロニャーノ(15世紀第4四半世紀活動)?の「十字架降下」(1476‐91)


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マエストロ・ディ・トロニャーノ?の「カルヴァリオへの途」(1476‐91)


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マエストロ・ディ・トロニャーノの「羊飼いの礼拝」(1481以降)


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ザネット・ブガット(ミラノ、1458‐1476記録)に帰属する「ガレアッツォ・マリア・スフォルツァの肖像」(1474‐76)


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バルダッサッレ・デステ(レッジョ・エミリア、1432‐1504記録)の領域の「ボルソ・デステの肖像」(1469‐71)


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15世紀第3四半世紀のロンバルディアの無名画家の「ボーナ・ディ・サヴォイアと殉教聖女」(1471‐72)


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一旦外に出て、切符売り場近くの地下にあるトイレに行きました。


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絵画館がある2階に向かいました。


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最初の部屋です。


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17世紀に造られたキャビネット


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詳細不明のフレスコ画


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ロンバルディア工房の「聖ジョルジョのカッソーネ」


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ロンバルディア工房の「トレ・ドゥーキのカッソーネ」(1479‐94)


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詳細不明のフレスコ画


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ロンバルディア工房の「ルクレツィアのカッソーネ」(15世紀第3四半世紀)


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ヴェネトの工房の「田舎の風景のカッソーネ」(15世紀末)


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ヴェネトの工房の「テーブルトップ」(15世紀後半)


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ジャコモ・ダ・カッターロの「祈る聖母」(1462)


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詳細不明


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15世紀のイタリアの工房の「強固な箱」(15世紀)
(つづく)

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ジョヴァンニ・ダ・モンテ(クレモナ、1557‐1583記録)に帰属する「キリストの嘲笑」(1565‐70c)


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アーニョロ・アッローリ通称ブロンズィーノ(フィレンツェ、1503‐1572)の「ロレンツォ・レンツィの肖像」(1527‐28)


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ルチア・アングイッソーラ(クレモナ、1537/1538c-1565c)の「自画像」(1557)


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エウローパ・アングイッソーラ(クレモナ、1557‐1578記録)の「リヴィア・デ・ランキの肖像(16世紀第3四半世紀)


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ジョヴァン・バッティスタ・トロッティ通称マロッゾ(クレモナ、1556‐パルマ、1619)の「聖キアーラと聖フランチェスコがいる羊飼いの礼拝」(1580c)


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カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1558‐ミラノ、1629)の「聖アグネスの殉教」(1590‐92)


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フェーデ・ガリツィア(ミラノ?、1578‐ミラノ、1630)の「ゲッセマネ園のキリスト」(1599c)


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ペッレグリーノ・ティバルディ(コモ、1527‐ミラノ、1596)の「聖ジョルジョ」(1558‐61)


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ペッレグリーノ・ティバルディの『アンティオキアの聖マルゲリータ』(1558‐61)


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アントニオ・アッレーグリ通称コッレッジョ(コッレッジョ、1489c‐1534)の「聖母子」(1514‐19)


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アントニオ・アッレーグリ通称コッレッジョの「読む男の肖像」(1517‐23)


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エネア・サルメッジャ(?、1565c‐ベルガモ、1626)の「天上の聖母子と聖ロッコと聖フランチェスコと聖セバスティアーノ」(1604)


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エネア・サルメッジャの「天上の聖母子と聖アンブロージョと聖カルロ・ボッロメオ」(1603)


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574‐ミラノ、1603)の「ユディト」(1620c)


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「聖家族」(1615‐19)


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Hans (Johann)  Rottenhammer (Monaco, 1564- Augusta, 1625) の「悪天使を退治する大天使ミケーレ」(1605‐10)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称チェラーノ(ノヴァーラ、1573‐ミラノ、1632)の「大天使ミケーレ」(1605‐10)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称チェラーノの「死せる者に顕現する聖フランチェスコ」(1610‐20)


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ダニエーレ・クレスピ(ミラノ?、1597‐ミラノ、1630)の「外科医エネア・フィオラヴァンティの肖像」(1625以降)


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ダニエーレ・クレスピの「羊飼いの礼拝」(1623‐25)


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ダニエーレ・クレスピの「聖ステファノの殉教」(1622以降)


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ジュゼッペ・ヴェルミーリオ(ミラノ?、1587‐?、1635以降没)の「イサクの犠牲」(1621以降)


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「マギの礼拝」(1625)


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ジュゼッペ・ヴェルミーリオの「聖セバスティアーノ」(1621c)


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ピエル・フランチェスコ・マッズッケッリ通称モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573‐1616)の「天使」(1614以降)


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グリエルモ・カッチャ通称モンカルヴォ(モンタボーネ、1568?‐モンカルヴォ、1625)の「聖母子(1615c)


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ピエル・フランチェスコ・マッズッケッリ通称モラッツォーネの「La fucina di Vulcano」(1599以降)


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ピエル・フランチェスコ・マッズッケッリ通称モラッツォーネの「聖ロッコ(1608c)


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ルイージ・アミダーニ(パルマ、1591‐1629以降没)の「聖カルロ・ボッロメオ」(1630c)


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パオロ・カミッロ・ランドリアーニ通称ドゥキーノ(ポンテ・イン・ヴァルテッリーナ、1562c‐ミラノ、1618)の「聖アンブロージョ」(1600‐10c)


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グリエルモ・カッチャ通称モンカルヴォの「聖ジローラモと天使」(1610‐20)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称チェラーノの「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1605以降)


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「受難の道具を受け取るコスタンティーノ」(1620)


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「聖セバスティアーノ」(1610‐20)


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「聖バルナバ」(1606c)


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フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607‐1665)の「詩人の肖像」(1645c)


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フランチェスコ・カイロの「聖クリスティーナ」(1638以降)


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フランチェスコ・カイロの「ゲッセマネ園の祈り」(1633‐35)


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フランチェスコ・カイロの「光悦の聖フランチェスコ」(1633‐35)


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「無原罪の御宿り」(1636‐40)


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネの「聖ジュゼッペと幼きキリスト」(1638c)


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネの「パドヴァの聖アントニオ」(1643c)


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネの「聖母子」(1645‐50)


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネの「チェファーロとプロクリ」(1645‐50)


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネの「高位聖職者の肖像」(1650‐60)


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ジョヴァンニ・ステファノ・ドネーダ通称モンタルト(トレヴィーリオ、1612‐ミラノ、1690)のゼッカの貨幣鋳造所と聖母子と聖エリージョ」(1640c)


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ヴァレーリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「洗礼者聖ジョヴァンニの斬首」(1645c)


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シモーネ・デル・ティントーレ(ルッカ、1630‐1708)の「花、果実、野菜の静物画」(1650c)


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シモーネ・デル・ティントーレの「静物画」(1650c)


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アレッサンドロ・トゥルキ通称オルベット(ヴェローナ、1578‐ローマ、1644)の「死せるキリストと天使」(1617c)


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カルロ・チェレーザ(サン・ジョヴァンニ・ビアンコ、1607‐ベルガモ、1679)の「アンジェリーカ・デ・アレッサンドリの肖像」(1643)


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ジローラモ・フォラボスコ(ヴェネツィア、1605‐1679)の「聖母子」(1660以前)
(つづく)


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Maestro delle Sculture di Vibildone の「聖母子」(14世紀中頃)


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天井の装飾


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制作者不明の「聖母子」(14世紀末)


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ジュゼッペ・メーダの「聖アンブロージョのミラノ・コムーネの旗」(1565‐66)


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ブリュッセルのGillam van Cortenberg 工房の「ノエの物語のタペストリ」(17世紀前半)


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ミラノ公爵の紋章


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スフォルツァ家の紋章


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ヤコピーノ・ダ・トラダーテの「聖母子」(15世紀初頭)


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15世紀中頃のロンバルディアの無名彫刻家の「聖母子」


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フランチェスコ・ナポレターノ(ナポリ、1470c?‐ヴェネツィア、1501)の「聖母子」(1495c)
レオナルド・ダ・ヴィンチの作品に見えませんか?
一時期、この作品はレオナルドの作品とされていました。
フランチェスコは、1490年、レオナルドに師事したレオナルデスキ画家です。


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15世紀中頃のロンバルディアの無名彫刻家の「聖母子」


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アゴスティーノ・ブスティ(1480/83-1548)の「詩人ランチーノ・クルツィオの墓」(1513)


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フランチェスコ・ダ・ポンテ通称バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1549‐ヴェネツィア、1592)と工房の「キリストの鞭打ち」(1583)


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フランチェスコ・ダ・ポンテ通称バッサーノの「荊刑のキリスト」(1583)


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カルロ・カリアーリ(ヴェネツィア、1570‐1596)の「聖ジュリアーナの殉教」(1595)


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レアンドロ・ダ・ポンテ通称バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「男の肖像」(1600‐10c)


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ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518‐1594)の「財務執政官ヤコポ・ソランツォの肖像」(1550‐51c)


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ジョヴァン・バッティスタ・モローニ(ベルガモ、1520c‐1578)の「ジョルジョ・パッソの肖像」(1569)


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ジローラモ・ダ・ロマーノ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484c‐1559以降没)の「玉座の聖母子と聖フランチェスコとパドヴァの聖アントニオと寄進者」(1528‐29c)


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称モレット(ブレーシャ、1498‐1554)の「パドヴァの聖アントニオ」(1530c)


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ジョヴァンニ・カリアーニ(ヴェネツィア、1485c‐1547以降没)の「ロットと彼の娘たち」(1540c)


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ジョヴァンニ・カリアーニの「信心深い女の肖像」(1530‐35)


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ベルナルディーノ・リチーノ(ベルガモ、1485c‐ヴェネツィア、1550c)の「愛する人の遺影を手にする女の肖像」’1525‐28)


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432c‐1516)の「男の肖像」(15世紀末)


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ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア、1480‐ロレート、1556)の「若い男の肖像」(1524‐27)


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アントニオ・サッキエンセ(ポルデノーネ、?-コモ、1576)の「犬と一緒の紳士の肖像」(1530)


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アゴスティーノ・ガレアッツィ(ブレーシャ、1523c‐1576/1579)の「ジョヴァン・フランチェスコ・オルシーニの肖像」(1545c)


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称モレットの「予言者ジュレミーア(エレミア)」(1542‐45)


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称モレットの「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1542‐45)


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称モレットの「聖オルソーラと信徒たち」(1537)


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ジョヴァン・バッティスタ・モローニの「バルトロメオ・コッレオーニの肖像」(1566‐69)


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ジョヴァン・バッティスタ・モローニの「ヴェローナの聖ピエトロの殉教」(1555‐60)


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ヤコポ・ティントレットの「Testa virile」(1546‐48)


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ドメニコ・ロブスティ(ヴェネツィア、1560‐1635)の「男の肖像」(1580‐90)


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ティツィアーノ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1489-ヴェネツィア、1576)の「ガブリエル・デ・ルエツ・ダラモン大使の肖像」(1541‐42)


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アウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530c‐1593)の「聖ヴィンチェンツォの殉教」(1587以前)


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アントニオ・カンピ(クレモナ、1523‐ミラノ、1587)の「聖セバスティアーノの殉教」(1575)


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ベルナルディーノ・カンピ(レッジョ・エミリア、1521‐1591)の「グルノーブルの聖ウーゴと聖ブルーノ」(1576)


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ベルナルディーノ・カンピの「リンカーンの聖ウーゴとフェノーリオのベアート・グリエルモ」(1576)


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ベルナルディーノ・カンピの「磔刑」(1584‐91)
(つづく)

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