イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2017年10月

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昼食が終わり、いよいよ市立美術館です。


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外観の印象とあまりにもかけ離れた聖堂内部に対して、驚きを通り越して呆れてしまいました。元の姿を尊重して、それにできる限り近い形で修復するのが最近のやり方と思っていましたが・・・・・


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北に向かって真っすぐに約7,8分歩けば、市立美術館が置かれているカステッロに出ます。


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ヴィチェンツァのイコンの美術館を思い出させるインテーザ・サンパオロ銀行支店でした。


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イタリアの美術品で「個人所有」とされている中で、最も多いのが銀行所有だそうです。


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ヴィットリア広場


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中心部から少し外れただけで、辺りは落ち着いた雰囲気に変わります。


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ここもパヴィア大学です。


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サン・マッテオ病院だった建物が学舎として使用されてます。


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旧病院の会議室にガウデンツィオ・フェッラーリのフレスコ画があるらしい。


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病院内に設けられた礼拝堂にロンバルディアの画家たちによる作品があるようです。


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見ないで通り過ぎました。これから行く市立美術館の展示作品の多さは半端ではないので、ガツガツする必要がないのです。


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Museo Civicoに行けば、その街の繁栄度が大体分かるというものです。


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カステッロがある交差点に着きました。


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カステッロの周囲は公園になってます。


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ガレアッツォ・ヴィスコンティ2世によって、1360年から1366年にかけて建設されたカステッロです。


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現在、ここはパヴィア市立美術館として公開されてます。


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入館しました。


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この美術館を見るのは大変です。


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城そのものの見学に始まって、考古学部門、絵画部門、個人収集家が集めた絵画等の展示など、その範囲が多岐にわたる上に、展示作品数がとても多いのです。


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市立美術館については、項を改めて詳しく触れることにします。


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写真撮影が解禁されてから初めての入館でした。


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1階の考古学部門の展示


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2階に上りました。


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一回目は写真を撮ることに専念しました。


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写真を撮ることと鑑賞は両立しません。


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全ての展示室にもう一度行って、今度はカメラをカバンの中に入れて鑑賞に専念しました。


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これらの写真は鑑賞専念時のものではありません。


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全てが終わった時、日がすっかり傾いていました。


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参ったなあ、すっかり疲れたよ。


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約6時間、美術館にいました。


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こんなことは何時までも出来ません。


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(おわり)






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次はクリプタです。


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三人の聖人の遺体が安置されてます。


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クリプタの歴史は9‐12世紀に遡ると言われてます。


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中世以前、聖遺物が祭壇の下になければ聖体拝領が出来ないことになっていました。キリスト教の宗教活動の基本中の基本が聖体拝領ですから、各教会は聖遺物を必死で求めたのです。換言すれば、聖遺物がなければ教会自体が存在出来なったのです。
そのような事情から、聖遺物には妙なものや、現実にはありえないもの、果てはでっち上げたものなどが存在したのです。
キリストが十字架に架けられた時に使用された釘が、聖遺物として20本以上あるなんて有り得ない話ですが、それがまかり通るのが宗教なのでしょうね。


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聖人の遺体は聖遺物の最たるものです。それが三体もあるのですから、それだけでこの聖堂の重みを感じることが出来るというわけです。



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9世紀のフレスコ画


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内陣に戻りました。


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13世紀のフレスコ画


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12世紀のフレスコ画


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バルディーノ・ダ・スルソの「聖家族」(1476)


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パヴィアの無名画家の「聖母子と聖シーロ司教」


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アントニオ・マリア・モローゾの「ロザリオの聖母」(1714)


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ジョヴァンニ・サンティの「ピエタ」


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礼拝堂のフレスコ画はパヴィアの画家パオロ・バルボッティによって19世紀に描かれました。


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォの「聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコ」(1605)


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ベルナルディーノ・カーニのフレスコ画(16世紀)


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右側廊


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左側廊


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ピエトリ・ダ・プレマの「聖母子と聖アンナ」(17世紀)


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グリエルモ・カッチャの「聖ルチアの殉教」(16世紀)


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詳細不明


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「磔刑」(12世紀)


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ベルナルディーノ・チチェーリ(1650‐1718)の「磔刑」


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パヴィアで必見に教会を一つ挙げるとすれば、ここでしょうね。


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(おわり)


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サン・ミケーレ・マッジョーレ聖堂です。
7世紀のロンゴバルド王国の記録に、この教会の存在が記されていることから、6世紀頃には既に存在していたと推定されてます。
ロンゴバルド王の戴冠式が行われたことでも有名です。


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1004年、最初の建物は火災によって消失してしまいました。
現在の建物は、11世紀に再建され、1117年の地震による大きな被害を受けた箇所をさらに再建して、1155年に完成したロマネスク様式の建物が原型となってます。


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砂岩を使った重厚なファサード


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長い間の風化によって劣化したので、19世紀に大掛かりな修復が行われました。


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19世紀の修復はオリジナルな形を損なわないように工事が行われました。


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中央扉上の装飾


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写真手前のものがオリジナルです。


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向かって左の扉上の装飾


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向かって右の扉が通常開けられます。


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右扉上の装飾は19世紀に修復された箇所です。


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聖堂内部に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の内部です。


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19世紀に行われた修復の結果、新しくなった箇所がかなり認められます。


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後陣への立ち入りが禁止されてます。


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中央礼拝堂


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15世紀に描かれた後陣のフレスコ画「聖母戴冠」


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祭壇


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祭壇前飾りの箇所に描かれたフレスコ画


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クリプタが見えます。


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レーニョ・ディ・ジャコモとジョヴァンニ・アンジェロ・デル・マイーのの作品(15世紀)


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床のモザイク


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(つづく)



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サン・ミケーレ・マッジョーレ聖堂です。


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ロンゴバルド王の戴冠式が行われた歴史ある教会です。


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見どころが多い教会です。


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この聖堂については、後程、古寺巡礼で詳しく取り上げる予定です。


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クリプタ


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Casa della Canonica


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次はドゥオーモです。


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パヴィアに来たからには、ドゥオーモの前にサン・トッマーゾ教会に寄り道しないといけません。


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サン・トッマーゾ教会修道院は、すでに宗教活動を停止しています。サン・ミケーレ・マッジョーレ聖堂のすぐ近くにあります。


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この道の突き当りが教会です。


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修道院だった建物です。


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旧サン・トッマーゾ教会の後陣


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ファサード側に回ります。


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旧サン・トッマーゾ教会修道院はパヴィア大学の学舎として使用されてます。


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ヴィンチェンツォ・フォッパの作品がサン・トッマーゾ教会の祭壇を飾っていましたが、現在はカステッロのMuseo Civicoで展示されてます。


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教会修道院だった建物を使用しているイタリアの大学が多いですね。


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学生がいました。当然ですね。


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大学とともに発展したパヴィアです。


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パヴィア大学の偏差値は?


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こちらも修道院だった建物です。


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MITと比べて上? 下?


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ドゥオーモに向かいました。


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2012年、修復工事によって長らく閉鎖されていたドゥオーモが漸く工事終了したとの報道を知り、パヴィアに来たのですが、工事終了したものの奉献式前には一般非公開だったのです。


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工事終了後のドゥオーモを拝観するのは、この日が初めてでした。


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ドゥオーモのクーポラ


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ヴィットリア広場


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12世紀に建設されたブロレット


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ここで一休みしました。


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ファサード側に回ります。


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重厚なファサード


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中に入ってびっくり仰天!!


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何かも新しくなって、明るい堂内です。


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修復前と同じなのは祭壇を飾る祭壇画くらい?


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ドゥオーモについては、後で古寺巡礼で詳しく取り上げます。


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外観と全然合わない内部と思います。


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青空市が開催されていたドゥオーモ広場


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Museo Civicoで相当時間がかかりそうだったので、少し早かったけれど昼食を食べることにしました。


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(つづく)



パヴィアは、人口72,636人(2016年11月30日現在)のロンバルディア州パヴィア県の県都です。
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この日、ミラノ中央駅発アレッサンドリア行きの普通列車でパヴィアに向かいました。


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乗車約30分でパヴィア駅に到着しました。


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ミラノから近いので、ミラノからの日帰り遠足で十分ですが、見どころが多いのでじっくり見るためには泊まった方が良いと思います。


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ミラノ・コレクション開催期間中のミラノのホテル料金が馬鹿高くなるので、それを避ける意味もあってパヴィアに泊まることにしたのです。


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この日のお宿は駅から100mくらいのここです。
午前9時とチェックインには早過ぎる時間でしたが、前夜に空室があったようで、部屋に入室可能と言われました。しかし、荷物を預けただけで先を急ぎました。
市立美術館の展示作品の多さに対応する必要があるからです。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通り


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ミネルヴァ広場


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広場の中心に立つミネルヴァ像


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ミネルヴァ広場がチェントロの入り口です。


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学校だったと思います。


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ティチーノ川方向に向かいました。
大体の予定は、サン・テオドーロ教会、コぺルト橋、サン・ミケーレ教会、ドゥオーモ、昼食、カステッロ(市立美術館)、サン・ピエトロ教会を巡ることでした。修道院はパス


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先ず、サン・テオドーロ教会に行きました。


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サンタゴスティーノ教会です。
この教会は何時も閉まっているので拝観したことがありません。
大きな教会は別として、中小の教会では専任の聖職者がいることは稀です。一人の聖職者がいくつかの教会を兼任していることが多く、普段開かない教会が多くなるそうです。


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川に向かっているので、道は緩やかな下り坂になってます。


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ベルナルディーノ通りから左折してサンタ・マリゲリータ通りに入ります。


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サンタ・マルゲリータ通り


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4年振りのパヴィアなので、道を覚えているのか少々不安でしたが、全く大丈夫でした。


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あのフレスコ画も覚えていました。


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今のところ、認知症とは全く無縁です。これから、どうなるか分かりませんが。


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建物下をくぐると、Via Porta Pertusiと通りの名称が変わります。


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この建物の左手に進むとサン・テオドーロ教会があります。


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感だけを頼りにここまで来ましたが、間違っていませんでした。


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サン・テオドーロ教会の後陣です。


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古い歴史があるロマネスク様式の教会です。


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創建時は聖アグネスに奉献する教会でしたが、ティチーノ川で漁をする人々や船で生活する人々から信仰を集めたので、漁業の守護聖人である聖テオドーロに献ずる教会に改められ、それと同時に教会の名称も変更されたそうです。


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この教会については、古寺巡礼で改めて詳しく触れる予定です。


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美術ファンにとっては見逃せません。


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見どころが沢山あります。


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17世紀に建設されたCasa Sfondriniです。


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中庭を囲む柱廊の壁に描かれたフレスコ画が見たかったのですが、中庭に出る扉が施錠されていました。


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川に向かいました。


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川は教会のすぐ傍にあります。


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少し遠回りしてコぺルト橋に直接行くことにしました。


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右に進み、次の交差点を左に折れると橋に出ます。


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左手正面が橋です。


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コぺルト橋です。


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橋を渡りました。


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橋の上から見た上流方向


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下流方向


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橋の写真を撮るために川沿いの遊歩道を歩きました。


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この場所に最初に橋を架けられたのはアウグストクス帝時代のことでした。


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屋根付きの橋となったのは14世紀でした。


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14世紀の橋は、途中何度か修復されたものの、20世紀まで健在でしたが、1944年9月の連合国の爆撃によって崩落してしまいました。
現在の橋は、14世紀のオリジナルの設計図を基に戦後の1449年から1951年に再建されたものです。


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橋の見学は終わりです。


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Corso Strada Nuova


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この道を真っすぐ進むとCastello Visconteoに出ます。


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次はサン・ミケーレ教会です。


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(つづく)

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マルコ・ドッジョーノ(オッジョーノ、1475c‐ミラノ?、1530c)の「祈るキリスト」(1500c)


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ロレンツォ・ロットの「メルクリオ・ブーアの肖像」(1535c)


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ジャンピエトリーノ(ロンバルディアで16世紀中頃活動)の「授乳の聖母」(16世紀中頃)


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この人を見よ


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この画家は知りません。


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アンドレア・ソラーリオ(ミラノ、1465c‐1524)の「十字架を担ぐキリスト」(1524c)


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マッゾリーノ(フェッラーラ、1480c‐1528/1530)の「マギの礼拝」(1522c)


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次の部屋です。


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ガロファロ(ガロファロ、1476c‐フェッラーラ、1559)の「聖ピエトロを呼び出すキリスト」


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ガロファロの「嘆き」(1531c)


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ガロファロの「羊飼いの礼拝」(1510c以降)


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ガロファロの「聖パオロの回心」(1545)


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ガロファロに帰属する「聖母子」(1517c)


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ガロファロの「キリストの鞭打ち」(1540c)


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ガロファロの「聖家族」(16世紀前半)


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スカルセッリーノ(フェッラーラ、1550c‐1620)の「サルマーチェとエルマフロディト」(1585c)


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スカルセッリーノの「シモン・ファリセロ邸の晩餐」(1590‐95)


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スカルセッリーノの「嬰児虐殺」(16世紀末‐17世紀初頭)


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スカルセッリーノの「ヴィーナスの水浴」(1585c)


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スカルセッリーノの「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1592)


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マッゾリーノの「キリスト降誕」(1506‐10)


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ガロファロの追随者の「聖パオロの回心」(16世紀中頃)


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オルトラーノ(フェッラーラ、1485/1487c-1527以降没)の「十字架降下」(1520c)


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ガロファロの「カナの結婚」(1520c)


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マッゾリーノの「キリストと姦通女」


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ガロファロの追随者の「キリストと井戸のサマリア女」(16世紀中頃)


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マッゾリーノの「聖トッマーゾの不信」(1520‐21)


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次の部屋です。


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Paul Bril (1553/1554-1626) の「海港の風景」(1610)


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Johan Wilhelm Baur (1600c-1640/1641) の「ヴィッラ・ボルゲーゼ」(1636)


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マルチェッロ・プロヴェンツァーレ(チェント、1577‐ローマ、1639)の「教皇パオロ5世ボルゲーゼの肖像」(1621)


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マルチェッロ・プロヴェンツァーレの「オルフェオ」(1618)


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16世紀の無名彫刻家の「男の胸像」(16世紀)


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マルチェッロ・プロヴェンツァーレの「聖母子」(1600)


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ルドヴィーコ・レオーネ(ローマ、1575c‐1620)の「教皇パオロ5世ボルゲーゼの肖像」(17世紀初め)


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548c‐1628)の「天からのルシファーの追放」(1610‐15c)


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トスカーナの親方の「イサクの犠牲」(17世紀初頭)


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アントニオ・テンペスタ(フィレンツェ、1555c‐ローマ、1630)の「マギの礼拝」(1600‐20c)


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ヤン・ブリューゲル・イル・ヴェッキオ(1568‐1625)の「花」(1595)


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ローマ時代の彫刻(1世紀)
これで終わりです。
1階の作品を写真に撮るのが難しかったので、当初目指していた目論見とは違ったものになってしまいました。


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外に出ました。

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パルミジャニーノ(パルマ、1503‐カザーレマッジョーレ、1540)の「男の肖像」(1528‐30)


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ピエル・フランチェスコ・フォスキに帰属する「ソロモンの判決」(16世紀前半)


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ジローラモ・ダ・トレヴィーゾ・イル・ジョーヴァネ(トレヴィーゾ?、1498c‐ブルージュ、1544)の「微睡むヴィーナス」(1520‐30)


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次の部屋です。


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将来的にボルゲーゼ美術館からルーブル美術館に移された作品の特集をしてみたいと思います。


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フランチェスコ・フランチャ(ボローニャ、1450c‐1517)の「聖ステファノ」(1475)


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フランチャビージョ(サンタ・マリア・イン・ヴェルツァイア、1484‐フィレンツェ、1525)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1518)


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ジュリオ・ロマーノ風無名画家の「聖母」(1550c)


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ドメニコ・プリーゴ(フィレンツェ、1492‐1527)の「マグダラのマリア」(1526c)


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ドメニコ・プリーゴの「聖家族」(1526c)


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ジョヴァンニ・ディ・ロレンツォ・ラルチャーニ(フィレンツェ、1485‐1527)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1510‐25c)


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Alonso Berruguete (Paredes de Nava, 1486/1490- Toledo, 1561) の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖エリザベッタ」(1508‐14)


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フラ・バルトロメオとマリオット・アルベルティネッりの「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1511)


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フラ・バルトロメオ(フィレンツェ、1473‐1513)に帰属する「祈るキリスト」(1505c)


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フランチェスコ・ボンシニョーリに派生する「ペトラルカの肖像」(15世紀末)


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ベルナルディーノ・フンガイ(シエナ、1460‐1516)の「シエナの聖カテリーナの聖体拝領」(15世紀末)


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ロレンツォ・コスタの「この人を見よ」


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ドメニコ・プリーゴの「聖母子と二天使」(1512‐15)


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フランチェスコ・フランチャの「聖母子」(1510)


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フランチェスコ・フランチャの「聖フランチェスコ」(1510)


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ソドマ(ヴェルチェッリ、1477‐シエナ、1549)の「聖家族」(1525‐30)


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ドメニコ・ベッカフーミ(モンタぺルト、1486‐シエナ、1551)の「若者の頭」(1525‐30)


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制作者不詳の「レオナルド・ダ・ヴィンチ作『レダと白鳥』のコピー画」(16世紀)


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Maestro Lombardo の「聖ジローラモ」(16世紀初め)


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ジョヴァンニ・マンスエーティ(ヴェネツィア、1485‐1526c活動)の「男の肖像」(15世紀末)


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Maestro della Pala Sforzesca (ロンバルディアで1480c‐1510活動)の「女性の頭」(1500‐10c)


P2230844
ベルナルディーノ・リチーニオ(ヴェネツィア、1485‐1549以降没)の「婦人の肖像」


P2230847
フランドルの無名画家の「アルバ公爵トレドのフェルナンド・アルヴァレスの肖像」(16世紀後半)


P2230850


P2230851


P2230853


P2230854


P2230857
ソドマの「ピエタ」(1540c)


P2230860
制作者不詳の「フランチェスコ・メルツィ作『ラ・フローラ』のコピー画」(1530c)


P2230863
ベルナルディーノ・ルイーニの追随者の「聖アガタ」(16世紀初頭)
(つづく)

P2230696
第10室です。


P2230697
天井の装飾


P2230698


P2230703


P2230699
カラヴァッジョ、ベルニーニの作品がある1階を見ないで、2階のこの部屋に直行した人がかなりいることにビックリしました。
人の好みはそれぞれです。


P2230701
ピエル・フランチェスコ・フォスキ(フィレンツェ、1502‐1567)の「大天使ラッファエーレととビアス」(1545c)


P2230705
ミケーレ・ディ・リドルフォ・デル・ギルランダイオ(フィレンツェ、1503‐1577)の「ルクレツィア」(1565c)


P2230708
ブレーシャニーノ(ブレーシャとシエナで16世紀前半活動)の「ヴィーナスと二天使」(1520‐25)


P2230711
ブレーシャニーノの「アレッサンドリアの聖カテリーナに扮した女性の肖像」(16世紀初頭)


P2230713
ミケーレ・ディ・リドルフォ・デル・ギルランダイオの「レダ」(1565c)


P2230715


P2230718
ドメニキーノの「アレッサンドリアの聖カテリーナと天使」(1610c)
フィレンツェのウフィツィ美術館にあるパルミジャニーノの「聖母」を模して描かれた作品です。


P2230721
ルーカス・クラナッハ・イル・ヴェッキオ(1472‐1553)の「ヴィーナスと蜂の巣を持つキューピッド」(1531c)


P2230725
ドッソ・ドッシの追随者の「ダヴィデ」(17世紀)


P2230728
ルーカ・カンビアーソ(モネーリア、1527‐エル・エスコリアル、1585)の「休んでいるアモーレ」(1560‐65)


P2230733
ニコロ・デッラバーテ(モデナ、1509‐パリ、1571)の「婦人たちと騎士がいる風景」(1550‐52)


P2230736
ルーカ・カンビアーソの「ヴィーナスとアモーレ」(1560‐65)


P2230739
ジローラモ・ダ・カルピ(フェッラーラ、1501‐1556c)の「男の肖像」(16世紀中頃)


P2230742
レーリオ・オルシ(ノヴェッラーラ?、1511‐ノヴェッラーラ、1587)の「聖チェチリアと聖ヴァレリアーノ」(1570‐80c)


P2230745
ルドヴィーコ・カッラッチ(ボローニャ、1555‐1619)に帰属する「預言者と二天使」(16世紀末‐17世紀初め)


P2230748
ジローラモ・ダ・カルピの「魔法使いたちの行列」(1525c)


P2230751
ニコロ・デッラバーテの「女性の肖像」(16世紀中頃)


P2230754
コッレッジョ(コッレッジョ、1489c‐1534)の「ダナエ」(1530‐31)


P2230757
パルミジャニーノの追随者の「若者の肖像」(1520‐30c)
いつもより短いですが、今日は時間がないので、この辺で終わりにします。
(つづく)






P2230567
詳細不明


P2230568
シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿の時代はバロック絵画前期に当たり、バロック絵画や彫刻の収集は容易でしたが、その前の時代に当たるマニエリスム期の作品を集めるのは既に容易ではなく、かなり無理をして収集したと言われてます。


P2230569


P2230575
午後5時15分くらいでした。この部屋にはまだ入館者が現れていません。


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1階のカラヴァッジョとベルニーニの作品に時間を取られているのでしょう。


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Frans Francken il Giovane (Anversa, 1581-1642) の「骨董屋の工房」(1615‐20c)


P2230586
光るので角度を変えて撮りました。


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午後5時からの入館者が現れました。


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ヤコポ・バッサーノの「最後の晩餐」(1546‐48c)


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アントニオ・テンペスタ(フィレンツェ、1555c‐ローマ、1630)に帰属する「ペルセオとアンドロメダ」(1615c)


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午後5時から午後7時までの入館者はかなり少なくなりました。


P2230600
私が入館した時の感じでは、午前11時から午後1時までの枠が最も混雑していると思います。


P2230601
第9室です。


P2230604
ラッファエッロ・サンツィオ(ウルビーノ、1483‐ローマ、1520)の「一角獣を抱く貴婦人」(1506c)


P2230608
ぺリン・デル・ヴァーガ(フィレンツェ、1501‐ローマ、1547)の「聖家族」(1540c)


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足のトゲを抜く少年


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コピー彫刻です。


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彫刻が邪魔です。
リドルフォ・デル・ギルランダイオ(フィレンツェ、1483‐1561)の「若い男の肖像」(16世紀初め)


P2230617
制作者不詳の「ラッファエッロ作『教皇ジュリオ2世の肖像』のコピー画」(16世紀末)


P2230620
アンドレア・デル・サルト(フィレンツェ、1486‐1531)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1517‐18)


P2230623
ブロンズィーノ(フィレンツェ、1503‐1572)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1562c)


P2230626
ジュリオ・ロマーノ(ローマ、1492/1499-マントヴァ、1546)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1523c)


P2230631


P2230632


P2230633
ラッファエッロ・サンツィオの「男の肖像」(1502c)


P2230640
ラッファエッリーノ・デル・コッレ(ボルゴ・サン・セポルクロ、1490‐1566)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1530c)


P2230643


P2230644


P2230651
ヤコポ・デル・テデスコ(フィレンツェで15世紀末から16世紀初めに活動)に帰属する「幼きキリストへの崇拝」


P2230647
詳細不明


P2230654
ロレンツォ・ディ・クレディ(フィレンツェ、1457‐1536)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1488‐95)


P2230656
ボッティチェッリ(フィレンツェ、1445‐1510)と弟子の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと天使たち」(1488c)


P2230660
アンドレア・デル・サルトの裾絵?(1507‐09c)


P2230661
聖アポッロニア


P2230664
パドヴァの聖アントニオ


P2230666
ピエタ


P2230668
ウンゲリアの聖エリザベッタ


P2230670
聖マルゲリータ


P2230673
ラッファエッロ・サンツィオの「十字架降下」(1507)


P2230679
制作者不詳の「ラッファエッロ作『洗礼者聖ジョヴァンニ』のコピー画」(16世紀)


P2230682
ラッファエッリーノ・デル・コッレに帰属する「ラ・フォルナリーナ」(16世紀第2四半世紀)
勿論、ラッファエッロ作品のコピー画です。


P2230684
ペルジーノ(チッタ・デッラ・ピエーヴェ、1445/1446-フォンティニャーノ、1523)の「聖母子」(16世紀初め)


P2230686


P2230689
ペルジーノに帰属する「聖セバスティアーノ」(1490)


P2230693
フラ・バルトロメオ(フィレンツェ、1473‐1517)の「幼きキリストへの崇拝」(1495c)
(つづく)


P2230446
アゴスティーノ・カッラッチ(ボローニャ、1557‐パルマ、1602)の「シエナの聖カテリーナの光悦」(16世紀末)


P2230449
フェデリーコ・バロッチの「聖ジローラモ」(1598c)


P2230452
アンニーバレ・カッラッチの「聖家族」(1608‐09c)


P2230455
詳細不明


P2230456
ジョヴァン・バッティスタ・デッラ・ポルタ工房の作品です。


P2230458


P2230460
ドメニキーノの「ディアナの狩り」(1616‐17)


P2230465
ジョヴァンニ・ランフランコの「ノランディーノとルチーナ」(1619‐25)


P2230467
第20室です。


P2230469
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1427c‐1516)の「聖母子」(1510c)


P2230471
ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア、1480c‐ロレート、1516)の「聖母子とアンティオキアの聖イグナツィオと聖オノフリオ」(1508)


P2230473


P2230475
アントネッロ・ダ・メッシーナ(メッシーナ、1430c‐1479)の「男の肖像」(1474‐75)


P2230476


P2230479
パルマ・イル・ヴェッキオ(セリナルタ、1480‐ヴェネツィア、1528)の「聖会話と二寄進者」(1510‐20)


P2230483
マルコ・バサイーティ(ヴェネツィア、1470/1475-1530)の「アダム」(1504)


P2230486
ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア、1455c‐1526)の「婦人の肖像」(1495‐1500)


P2230488
ローマ時代の彫刻(196)


P2230491
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「魚に説教する聖アントニオ」(1580c)


P2230494
バルトロメオ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1430c‐1491)に帰属する「聖母子」(15世紀後半)


P2230497
パルマ・イル・ヴェッキオの「ルクレツィア」(1515c)


P2230499
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1490c‐ヴェネツィア、1576)の「キリストの鞭打ち」(1560c)


P2230503
ティツィアーノ・ヴェチェッリオの「キューピッドに目隠しをするヴィーナス」(1565c)


P2230506
ボニファチョ・デ・ピターティ(ヴェローナ、1487c‐ヴェネツィア、1553)の「キリストとツェベディ家の人々」(1600‐07c)


P2230507
パオロ・ヴェロネーゼの「洗礼者聖ジョヴァンニの説教」は修復中でした。そのあと、マドリッドに貸し出される予定と書かれていました。


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ジョルジョーネの作品ではありません。


P2230510


P2230512
パルマ・イル・ヴェッキオの「若い男の肖像」(1510)


P2230518
ティツィアーノの「聖愛と俗愛」(1514c)


P2230520
ローマ時代の彫刻です。


P2230521


P2230523
ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483c‐フェッラーラ、1539)に帰属する「ユディト」(1516c)


P2230526
ティツィアーノの「聖ドメニコ」(1565c)


P2230528
館内が静かになりました。


P2230529
入れ替え時間の5時前に退館を促す係員が来ました。


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バルトロメオ・モンターニャ(オルツィヌオーヴィ、1450c‐ヴィチェンツァ、1523)の「若かりし頃のキリスト」(1502c)


P2230534
マルコ・バサイーティの「イヴ」(1504)


P2230548
流石に誰もいなくなりました。


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先ほどまで混雑していたので、人気がある作品の写真を撮ることが出来ませんでした。


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僅かな間でしたが、独り占めしてゆっくりと鑑賞しました。


P2230557
連続する2コマの切符を買うのも中々良いと思いました。


P2230565


P2230566
(つづく)

P2230349
この辺は見やすい展示です。


P2230350
第17室の天井


P2230351
パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544‐1628)の「プロメテオ」


P2230355
カルロ・マラッタ(カメラーノ、1625‐ローマ、1713)の「聖家族」(17世紀末)


P2230357
カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1616‐1686)の「聖母子」(17世紀中頃)


P2230361
サッソフェッラートの「聖母子」は貸し出し中でした。


P2230363
ガスパーレ・ランディ(ピアチェンツァ、1756‐1830)の「自画像」(1806)


P2230366
ポンぺオ・バトーニ(ルッカ、1708‐ローマ、1787)の「聖母子」(1742c)


P2230369
コッラード・ジャクイント(モルフェッタ、1703‐ナポリ、1766)の「受胎告知」


P2230373
アントン・ヴァン・ダイクの模倣者の「アントン・ヴァン・ダイク作『磔刑』のコピー画」(17世紀前半)


P2230376
セバスティアーノ・コンカ(ガエータ、1680‐1764)の「聖ジョヴァンニ・ネポムチェーノに顕現する聖母子」(1732)


P2230378
カナレット(ヴェネツィア、1697‐1768)に帰属する「コロッセオ」(1742‐45)


P2230382
カナレットに帰属する「マッセンツィオのバジリカ」(1742‐45)


P2230384
ガスパーレ・ランディの「アントニオ・カノーヴァの肖像」(1806)


P2230386
次の部屋です。


P2230387
第18室


P2230388
天井


P2230389


P2230392
ピエル・フランチェスコ・モーラ(コモ、1612‐ローマ、1666)の「監獄から救出される聖ピエトロ」(1640‐50c)


P2230395
ジョヴァンニ・ベルナルド・カルボーネ(ジェノヴァ、1616‐1683)に帰属する「マルチェッロ・マルピーギの肖像」(1680)


P2230398
オッタヴィオ・レオーニ(ローマ、1578‐1630)に帰属する「マルチェッロ・プロヴェンツァーレの肖像」(1610‐20c)


P2230400
アンドレア・サッキ(ネットゥーノ、1599‐ローマ、1661)の「クレメンテ・メルリーニの肖像」(1630‐31)


P2230404
ルーベンス(1577‐1640)の「ピエタ」(1602c)


P2230408
ルーベンスの「スザンナの水浴」(1605‐07)


P2230410
次の部屋です。


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入館者が少ないのは、入れ替えの午後5時近くだからです。


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天井


P2230414
ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582‐ローマ、1647)の「ポテパルの妻とジュゼッペ」(1615c)


P2230417
ドメニキーノ(ボローニャ、1581‐ナポリ、1641)の「クーマのシビッラ」(1616‐17)


P2230420


P2230422
アントニオ・カッラッチ(ヴェネツィア、1589c‐ローマ、1618)の「ジョーヴェとジュノーネ」(1612c)


P2230426
フェデリーコ・バロッチ(ウルビーノ、1535‐1612)の「トロイアからのエネオの脱出」(1598)


P2230428
ジュリアーノ・ファネッリ(カッラーラ、1601‐ローマ、1653)の「ドメニコ・ジンナージ枢機卿の胸像」(1639)


P2230431
アンニーバレ・カッラッチ(ボローニャ、1560‐ローマ、1609)の「笑う若者」(1583‐85)


P2230434
ラヴィーニア・フォンターナ(ボローニャ、1552‐ローマ、1614)の「若者」(1606)


P2230437
フェーデ・ガリツィア(ミラノ、1578‐1630)の「ユディト」(1601)


P2230440
ゴッボ・ディ・カッラッチ(コルトーナ、1576c‐ローマ、1636)の「悪魔」(17世紀前半)


P2230443
ジョヴァン・バッティスタ・ヴィオーラ(ボローニャ、1576‐ローマ、1622)の「風景」(1613)
(つづく)

P2230210
アレッサンドロ・トゥルキ通称オルベットの「死せるキリスト」(1617c)


P2230212
ローマ時代の彫刻(2世紀)


P2230215
リオネッロ・スパーダ(ボローニャ、1576‐パルマ、1622)の「コンチェルト」(1615c)


P2230218
ガスパーレ・チェーリオ(ローマ、1571‐1640)の「フーリオ・カミッロの戦い」(1612以降)


P2230221
ピエトロ・ダ・コルトーナの「マルチェッロ・サッケッティの肖像」(1626c)


P2230223
Gerrit Van Honthorst (Utrecht. 1592-1656 )の「コンチェルト」(1623c)


P2230227
フランチェスコ・アルバーニの「ディアナの勝利」(1616‐17)


P2230230
ジョヴァン・フランチェスコ・グリマルディ(ボローニャ、1606‐ローマ、1680)の作品


P2230232
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「乳を飲ませる山羊」(1609?/1615)


P2230236
ジョヴァン・フランチェスコ・グリマルディの「漁師がいる風景」(1678)


P2230239
カッラッチ派画家の「キリストとサマリア女」(17世紀初め)


P2230242
フランチェスコ・アルバーニの「ヴィーナスとアドーネ」(1616‐17)


P2230245
ジョヴァン・フランチェスコ・グリマルディの作品


P2230247
第15室


P2230248
16世紀前半のロンバルディアとヴェネトの作品が主に展示されてます。


P2230250
スカルセッリーノ(フェッラーラ、1550c‐1620)の「ヴィーナスとアドーネ」(17世紀初め)


P2230253
ジローラモ・サヴォルド(ブレーシャ?、1480‐ヴェネツィア?、1548以降没)の「若い男」(1530c)


P2230256
ヤコポ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1510/1515-1629)の「羊飼いの礼拝」(1553‐54)


P2230259
ヤコポ・バッサーノの「羊」(1576c)


P2230261


P2230262


P2230264
ドッソ・ドッシの作品


P2230266
スカルセッリーノの作品


P2230268
ドッソ・ドッシの「聖母子」


P2230285
ジローラモ・サヴォルドの「トビアスと天使」(1530c)


P2230288
ベルナルディーノ・ルチーニオ(ヴェネツィア、1485‐1549以降没)の「家族の肖像」(1535)


P2230290
ドッソ・ドッシの「聖コズマと聖ダミアーノ」


P2230294
ヤコポ・バッサーノの「最後の晩餐」(1546‐48c)


P2230296
アレッサンドロ・アルガルディ(ボローニャ、1595‐ローマ、1654)の「眠り」(1635‐36)


P2230299
第16室


P2230303


P2230300
詳細不明


P2230301
カヴァリエール・ダルピーノの作品


P2230305
アレッサンドロ・アッローリ(フィレンツェ、1535‐1607)の「ブロンズィーノ作『コジモ1世の肖像』のコピー画」(1560)


P2230308
マルチェッロ・ヴェヌスティ(まっつぉ、1512‐ローマ、1579)の「死せるキリストと聖母と二天使」(1560‐70c)


P2230310
マルコ・ピーノ(コスタルピーノ、1517/1522-ナポリ、1579)の「聖ピエトロ」(16世紀後半)


P2230315
ヤコポ・ズッキ(フィレンツェ、1542c‐ローマ、1595/1596)の「アモールとプシケ」(1589)


P2230319
ジローラモ・シチョランテ(セルモネータ、1521‐ローマ、1575)の「聖パオロ」(16世紀後半)


P2230323
制作者不詳の「セバスティアーノ・デル・ピオンボ作『キリストの鞭打ち』のコピー画」(16世紀中頃)


P2230325
ヤコポ・ズッキの「アメリカ発見の寓意」(1585?)


P2230329
ヤコポ・ズッキの「創造の寓意」(1585?)


P2230331
ヤコピーノ・デル・コンテ(フィレンツェ、1510‐ローマ、1598)に帰属する「マルチェッロ・チェルヴィーニ枢機卿の肖像」(16世紀中頃)


P2230335
マルコ・ピーノの「キリストの復活」(1569‐76)


P2230338
ペッレグリーノ・ティバルディ(プーリア・ディ・ヴァルソルダ、1527‐ミラノ、1596)の「幼きキリストへの崇拝」(1548)


P2230341
ジョルジョ・ヴァザーリ(アレッツォ、1511‐フィレンツェ、1574)の「キリスト降誕」(1546)


P2230344
ヤコピーノ・デル・コンテに帰属する「クレオパトラ」(16世紀第2四半世紀)


P2230347
ヤコピーノ・デル・コンテの「ヴィットリア・ファルネーゼの肖像」(1546)
(つづく)

P2230109
第2室の天井装飾です。


P2230110
イタリア美術好きで、パリの凱旋門に行く人はまさかいないでしょうね。


P2230111
ナポレオンのイタリア侵攻の最大の目的は、イタリア美術品の強奪でした。
19世紀初め、ナポレオンはボルゲーゼ美術館の作品を奪い取ってルーブル美術館に移してしまいました。
それと並行して、ナポレオンの妹ポーリーヌを、当時のボルゲーゼ家当主カミッロ・フィリッポ・ボルゲーゼの妻に送り込み、ボルゲーゼ家所有美術品保有の正当性の裏付けをするとともに、さらにボルゲーゼ家ヴィッラなどにある美術品の買い取りをカミッロに要求したのです。
ところが、カミッロはどうしようもない男で、ナポレオン崇拝者になったのです。
この辺のところは有名な話ですから、私が改めて触れることはしませんが、ナポレオンの没落後、ルーブルに移された美術品の返還交渉が行われ、戻ったものもあり、戻らなかったものも多数に上ります。
ボルゲーゼ美術館の展示作品は凄いものがありますが、現在、ルーブルにあるものが若し今でもボルゲーゼ美術館にあったらと考えることがあります。
パリの凱旋門はナポレオンのために建てられたもので、イタリア美術品流出の象徴であると思います。


P2230113
バッティステッロ・カラッチョロ(ナポリ、1578‐1635)の「ダヴィデ」(1612)


P2230115
詳細不明


P2230117
ルティリオ・マネッティ(シエナ、1571‐1639)の「アンドロメダを助けるペルセウス」(1610‐13c)


P2230121
詳細不明


P2230123
アンニーバレ・カッラッチ(ボローニャ、1560‐ローマ、1609)の「牢獄のサムソン」(1594c)


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詳細不明


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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「ダヴィデ」(1623‐24)


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第1室の天井装飾


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アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「パオリーナ・ボルゲーゼ・ボナパルテ」(1805‐08)


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カミッロ・フィリッポ・ボルゲーゼの妻でナポレオンの妹だったポーリーヌ像です。カノーヴァの代表作ですが、彼女は気に入りません。唾を吐いたらつまみ出されそうですが、唾を吐きたい気持ちを堪えます。


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ピエトロ・バラッチ(ローマ、1700‐1773)の「教皇クレメンテ12世コルシーニ像」(1730‐40)


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2階に向かいました。


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2階に向かう途中にトイレがあります。


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第14室、別名ランフランコの回廊と呼ばれてます。


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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「ルイ14世騎馬像の修作(テラコッタ)」(1669‐70)


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グイド・レーニ(カルヴェンツァーノ、1575‐ボローニャ、1642)の「掟を示すモーゼ」(17世紀初め)


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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「教皇パオロ5世ボルゲーゼ像」(1618)


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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「成熟期の自画像」(1630‐35c)


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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「青年期の自画像」(1623c)


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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「少年期の自画像」(1638c)
当時は勿論写真が無かったので、少年時代の自分の姿を思い出して描いた作品です。


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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿の彫像」


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フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578‐1660)の「ウルカヌスとヴィーナス」(1616‐17)


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フランチェスコ・アルバーニの「ヴィーナスの整髪」(1616‐17)


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グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「気前が良い子供」(1627‐28c)


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サルヴァトール・ローザ(ナポリ、1615‐ローマ、1673)の「戦闘」(17世紀)


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ピエトロ・ダ・コルトーナ(コルトーナ、1596‐ローマ、1669)の「ジュリオ・サッチェッティ枢機卿の肖像」(1626‐27)


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ジョヴァン・フランチェスコ・グエッリエーリ(フォッソンブローネ、1589‐ペーザロ、1657)の「ロットと娘たち」(1617)


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ジャックスステッラ(リオン、1596‐パリ、1657)の「ユディト」(1612c)


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ローマ時代の彫刻(2世紀)


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アレッサンドロ・トゥルキ通称オルベット(ヴェローナ、1578c‐ローマ、1649)の「ラザロの蘇生」


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パスクゥアール・オッティーノ(ヴェローナ、1578‐1630)の「ラザロの蘇生」(1614c)


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マルカントニオ・パッセロッティ(ヴェローナ、1586‐1630)の「死せるキリスト」(1613‐16)


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16世紀末のローマの無名画家の「祈る聖ジローラモ」
(つづく)

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第6室です。


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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(ナポリ、1598‐ローマ、1680)の「エネアとアンキーゼ」(1618‐20)


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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「真実(La Verita)」(1645‐52c)


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連続4時間ありましたが、傑作の前に立つと鑑賞しないわけにはいきません。写真を撮ることが優先で、鑑賞は3週間後に改めてという目論見はあえなく潰えました。


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この辺の鑑賞をしないで先を急ぐ必要があります。


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部屋の装飾


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天井の油彩画?


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ローマ時代のモザイク(200‐300)


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かなりの数の彫刻や絵画がありますが、説明板がありません。


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説明板がない作品は重要ではない?


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第4室、別名皇帝のギャラリーと呼ばれてます。ローマ皇帝像が揃っているので、そのように呼ばれてます。


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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「プルートとプロセルピーナ」(1621‐22)


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ジョヴァンニ・アントニオ・ホウドン(1741‐1828)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1766‐67)


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フェデリーコ・ズッカリ(サンタジェロ・イン・ヴァード、1540/1541-アンコーナ、1609)の「死せるキリストと天使たち」(1567c)


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カヴァリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568‐ローマ、1640)の「洗礼者聖ジョヴァンニの斬首」(1602‐10c)


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カヴァリエール・ダルピーノの「エジプトへの逃避」(1595以降)


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ヴェントゥーラ・サリンベーニ(シエナ、1568‐1613)の「聖母子」


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カヴァリエール・ダルピーノの「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1602‐07c)


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ドッソ・ドッシの傑作です。


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ドッソ・ドッシ(ドッソマントヴァーノ、1490c‐フェッラーラ、1542)の「アポロとダフネ」(1522c)


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ベルニーニの傑作です。


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天井の装飾


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主に1階が彫刻、2階が絵画の展示です。


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ローマ時代の彫刻(紀元前1世紀)


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(つづく)


イタリアでも有数の美術館であるボルゲーゼ美術館を取り上げたいとずっと考えていましたが、果たせずに今日まで来てしまいました。
完全予約制でしかも2時間という時間制限があるので焦ってしまって、写真を撮ることと鑑賞が両立しなかったのがその理由です。
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ピンチャーナ門です。


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2017年6月の旅はアリタリア利用のローマ往復でした。
到着の翌日、午後3時から午後5時までの2時間と午後5時から午後7時までの2時間、合計4時間を作品の写真を撮ることに充てることにしました。
鑑賞は、帰国便出発の前日午前9時から午前11時の2時間に行うことにしました。


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ボルゲーゼ公園を通って宮殿に向かいました。


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非常に暑い日でしたが、木陰があるのが嬉しかった!


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美術館の歴史などはガイドブックに任せます。


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写真を撮ることに集中しようと思いましたが、やはり、それは無理でした。
見たい作品の前では足を止めてじっくりと鑑賞してしまいました。


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全展示作品の写真を撮ろうと意気込んでいましたが、あえなく潰えてしまいました。
しかし、それまでに撮った写真と合わせれば、不完全ながらも記事をアップできそうと判断して、ここに載せる次第です。


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2時間毎の完全入れ替え制ですが、係員が来て退館を促される際、次の時間の切符を見せれば、一旦外に出ることなく、そのまま鑑賞を継続できます。つまり、連続して4時間館内にいることが出来ます。


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第1室です。


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ゆっくり見たいところですが、そうも行きません。


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モザイク


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天井のフレスコ画


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混雑する前にカラヴァッジョ作品が展示されている第8室に行かねばなりません。


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第8室です。


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幸いにもまだ誰もいません。珍しいことです。


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ここには、カラヴァッジョの作品が6作品あるのですが、全部揃っていました。トリノでカラヴァッジョ展が行われているので、1つや2つは貸し出し中と思っていました。


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ミケランジェロ・メリージ通称カラヴァッジョ(ミラノ、1571‐ポルト・エルコレ、1610)の「バッカスに扮した自画像」


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カラヴァッジョの「果物籠を持つ少年」


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カラヴァッジョの「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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カラヴァッジョの「ゴリアテの首を持つダヴィデ」


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ゴリアテはカラヴァッジョの自画像です。


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カラヴァッジョの「聖ジローラモ」


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カラヴァッジョの「蛇の聖母」


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カヴァリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568‐ローマ、1640)の「キリストの逮捕」(1598c)


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「ソロモンの判決」


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ジョヴァンニ・バリオーネ(ローマ、1566‐1644)の「ユディト」(1608)


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ローマ時代の彫刻


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「キリストの逮捕」


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ベルナルディーノ・チェーザリ(アルピーノ、1571‐ローマ、1622)の「ディアーナとアクタイオーン」(1601‐03)


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カヴァリエール・ダルピーノの「エウロパの強奪」(1603‐06)


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天井の装飾


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カラヴァッジョの部屋に30分ほどいました。


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次の部屋です。


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ローマ時代の彫刻


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あと3時間半です。


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結構焦ってました。


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説明シートが置いてあります。これと突き合わせながら作品を見ておくべきですが・・・・・


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ローマ時代の彫刻


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ローマ時代のモザイク


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(つづく)

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ソーレ通りです。


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写真右の建物に聖母子があります。


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これです。


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狭いチェントロなので、あちこち歩いただけでは時間が中々つぶれません。


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ホテルに戻ろうかと思いましたが、レストランの開店まで15分ほどなので、中途半端です。


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先ほど、ガリバルディ広場から潜ってきた門です。


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この記事がアップされる頃はイタリア旅行中です。


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実は、イタリアから帰国してまだ5日しか経ってません。


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このブログサイトの予約機能を使って、せっせせっせと書き貯めしています。


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道路が濡れてますが雨が降ったわけではありません。先ほど、清掃車が通ったのです。
2017年6月の旅行中は、連日40度前後の快晴でした。


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グリエルモ・マルコーニ通りです。


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このトンネルから通りの名称が変わります。


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旗がありますが、この日から10日後に行われる祭り用です。夏至前後の週末は、各コムーネのお祭り集中日です。


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オスクゥーラ広場です。見えているのは城壁です。


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自製の来年カレンダーに使用予定の写真。


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午後7時過ぎの日差しです。


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この門を潜って城壁外に出ました。


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宗教美術館の入館が目的だったのでチェントロに泊まりましたが、近くのアグリの方が変化に富んだ滞在になります。


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今度はこちらの門を潜りました。


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直ぐに同じところに出てしまいます。


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門が多い村です。


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同じ門ではありません。


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城壁外に出ても特に何もありません。


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城壁内に戻りました。


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レストランが開く時間になりました。


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この日は、アルベルゴ・ローマのレストランにしました。


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外の席の方が人気がありますが、暑いのでクーラーが効いた室内の席に座りました。


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外はまだ30度以上だったと思います。


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ホテルでもらった10%割引券が役立ちました。


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外の席はほぼ満席でした。


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まだ日が照っていました。


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午前3時起床の朝型人間なので、夏のヨーロッパの夜が遅いのが辛いのです。


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劇場が開いていて、オーケストラの演奏が聞こえてきました。


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芸術薫るブオンコンヴェントでした。


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午後9時前の日差しです。


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そろそろ寝る時刻です。


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教区教会は閉まっていました。


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この時計は動いてます。


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オラトリオ


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この美術館は非常に良かった!


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扉が少し開いていました。


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中に誰かいたようです。


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もう一回ここに来るのは無理でしょうね。


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ホテルに戻りました。


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(おわり)




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二階(日本の3階)に向かいました。


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二階の展示室は一つだけです。


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第7室に入ります。


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第7室


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詳細不明の「受胎告知」
説明プレートがありません。


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中央の欠落部分に「聖母子」があった?


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この作品で終わりです。


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展示されている作品の多くがこの教区教会にあったのです。


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ドゥッチョ、ピエトロ・ロレンツェッティ、サーノ・ディ・ピエトロ、マッテオ・ディ・ジョヴァンニなどの作品に圧倒されました。
(おわり)

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聖母子の裏面に描かれているものです。


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このように展示されてます。


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後ろの方に回りました。


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ピエタの裏面です。


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宗教美術館の定番展示品です。


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第6室に入ります。


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第6室です。


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フレスコ装飾


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聖具類の展示


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(つづく)

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第3室です。


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マッテオ・ディ・ジョヴァンニの作品があります。


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グイドゥッチョ・コッツァレッリ(シエナ、1450‐1516)の「聖母子と二天使」
グイドゥッチョは、マッテオ・ジョヴァンニの弟子で協力者でした。彼の代表作がピティリアーノのドゥオーモにあります。


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この部屋は不可思議極まりない。


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フレスコ装飾がなされてます。


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第1室に向かうことが出来ます。


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浴槽が置かれてます。


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トイレはありません。


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第4室に入ります。


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第4室です。


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この作品は貸し出されていました。


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第5室に入ります。


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第5室です。


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タベルナコロ


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作品がありません。


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この作品がありません。
(つづく)


ブオンコンヴェント村にある小美術館ですが、その作品の質は一級です。
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ブオンコンヴェントのローマ通りです。この通りに見どころが集中しています。


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時計塔の先に旗がある建物がありますが、そこが美術館です。


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Palazzo Ricci Sociniです。


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1926年、この建物に美術館が置かれました。


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ブオンコンヴェントの教会から集められた作品が展示されてます。場所柄もあってシエナ派画家たちの作品が主体ですが、それらの質は第一級のもので、そのことから、この村の繁栄振りが分かります。


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切符売り場


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美術館の名称は、Museo d'Arte Sacra della Val d'Arbiaです。アルビア川渓谷の宗教美術館という意味です。ブオンコンヴェント村はアルビア川渓谷にあります。


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第1室です。


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今回は、展示作品の説明プレートの写真をそのままアップすることにします。
イヤーホーンガイドもありますが、私はしたことがありません。イヤーホーンガイドの説明ぐらいは知っているので、邪魔になるだけです。


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勿論、真作です。
この建物の隣にある教区教会にありました。


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第1室のフレスコ画


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このようなものをピエトロ・ロレンツェッティが作っていたのですね。


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次は第2室です。


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第2室


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良い作品ばかりですね。


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(つづく)

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Porta Seneseです。シエナ門というわけです。


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門を潜って城壁外に出ました。


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村の全景です。


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南側の城壁の一部が取り除かれていましたが、それ以外の城壁は残されてます。


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城壁外を流れるオンブローネ川です。


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ブオンコンヴェントは、アルビア川渓谷にある村です。


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糸杉は遠くから見ると風情がありますが、近くで見ると意外に冴えません。


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トスカーナですね。


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チェントロに戻ります。


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ここは劇場です。


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見えて居る鐘楼は教区教会のものです。


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ガリバルディ広場です。


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広場の半分は駐車場になってます。


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この辺も劇場です。小さな村でもかなりの規模の劇場があることに感嘆します。


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もう夕方です。


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レストランが開く時間までぶらぶら歩きをしながら時間つぶしです。


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この門から城壁内に戻りました。


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空き地のベンチで夕涼みをしている方々が10数人いましたが、カメラを向けるのを控えました。


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日が沈むと急に涼しくなるイタリアですが、夏至近くで日没が遅いので涼しくなりません。


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この時間でも30度は超えていたと思います。


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外階段の建物は風情があります。


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(つづく)

ブオンコンヴェントは、人口3,173人(2015年12月31日現在)のトスカーナ州シエナ県にあるコムーネで、「イタリアで最も美しい村」の一つになってます。
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モンテプルチャーノのバスターミナルです。
この日は2017年6月9日で、猛暑日でした。


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モンテプルチャーノ13:45発ブオンコンヴェント行きのバスに乗車しました。


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終点のFS駅前でバスを降りました。


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FSのシエナ~グロッセート支線に駅があります。


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翌朝、鉄道でシエナに向かうので、駅の自販機で切符を買いました。


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先ず、この日のお宿に向かいました。


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ブオンコンヴェントに来た目的は美術館に行くことなので、駅近くのホテルを選びました。


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この日のお宿です。


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チェックインを済ませて、早速外に出ました。


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今年の6月は連日猛暑日が続き、午後の早い時間に外出するのは控えた方が良いと言われてました。美術館ならば大丈夫だろうと思って、道草せずに直接美術館に向かいました。


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城壁と一体化された建物です。小さなながらも城壁に囲まれた村です。


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チェントロを貫くローマ通りです。


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40度近い中を歩いている観光客がいました。(私も観光客ですが)


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写真左側のお店はまあまあのお味です。


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市庁舎(村役場?)


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壁に紋章がある建物はPalazzo Pretorioです。


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Torre del Palazzo Pretorio


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旗がある建物が美術館です。


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開いていたので安心しました。


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夏場の金土日に開館しています。


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Museo d'Arte Sacra della Val d'Arbiaです。
メールで開館日時を確認したら、珍しく返事が来たので、この開館日時に合わせて旅程を組みました。


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ここの展示は秀逸です。
展示作品数は多いと言えませんが、どの作品も鑑賞に値するものばかりです。


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この美術館については、後程、詳しく取り上げます。


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トスカーナの小美術館、恐るべしです。


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傑作の数々を堪能して外に出ました。
写真右側奥に教会があります。


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サンティ・ピエトロ・エ・パオロ教区教会です。


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1103年創建の古い教会ですが、現在の建物は1703年に建設された三代目のものです。


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1723年に完成した鐘楼です。


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拝観しました。


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三廊式、バロック様式の内部です。


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左側廊方向


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左側廊


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右側廊方向


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右側廊


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主祭壇


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後陣のステンドグラス


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ステファノ・ヴォルピ(シエナ、1594‐1630)の「ロザリオの奇跡と聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」
中央の欠落部分は聖母子だった可能性が高いと思います。


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シエナ派無名画家の「天上の聖母子と聖人たち」


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小礼拝堂


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シエナ派無名画家の「ピエタのキリスト」


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シエナ派無名画家の「最後の晩餐」


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ピエトロ・ディ・フランチェスコ・オリオーリ(シエナ、1458‐1496)の「玉座の聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ピエトロと聖パオロと聖セバスティアーノ」


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前回とは違った形で展示されてます。


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マッテオ・ディ・ジョヴァンニ(ボルゴ・サン・セポルクロ、1430c‐シエナ、1497)の「玉座の聖母子と二天使」(1450c)


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二代目の建物にあったフレスコ画


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サーノ・ディ・ピエトロの「聖母戴冠」


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詳細不明


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祭壇前から見た出入口方向です。


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外に出ました。


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(つづく)


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カターニアの個性が十分感じられる博物館でした。


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夕方になりましたが、サン・セバスティアーノ教会の扉は閉じられたままでした。


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次はドゥオーモです。


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ここに来たからには、ドゥオーモの前にサンタ・マリア・デッリンティリッツォ教会を覗いてみたくなりました。


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身廊が見えてきました。


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さて、扉が開いているでしょうか?


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やはり閉まっていました。


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信心深いシチリア人が多いと聞いてますが、教会にも思い切り落書きする人がいるようです。
日本人は宗教性が薄いですが、それでも神社仏閣への落書きをあまり見たことがありません。


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次を右折すれば、道の突き当りがドゥオーモです。


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右折しました。


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扉が開いていました。


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Cattedrale metropolitana di Sant'Agataです。カターニア大司教区の大司教座教会です。


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1078年創建、1093年に完成した初代の建物は、1169年の大地震とその後に起きた火災によって倒壊消失してしまいました。12‐13世紀に再建された二代目の建物は、1693年の大地震によって倒壊してしまいました。現在のバロック様式の建物は、18世紀に完成した三代目のものです。


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ファサードの「聖ピエトロ」


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「聖パオロ」


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青銅製の扉


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三廊式、バロック様式の内部です。


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内陣中央から左側廊方向を見たところです。


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左側廊


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内陣中央から見た右側廊方向です。


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右側廊


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主祭壇


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後陣の装飾


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後陣のフレスコ画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・コッラディーニの「聖アガタの戴冠」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・コッラディーニの「父なる神」


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クーポラ
祭壇画を見て回りました。


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アンドレア・スッパの「聖ベリッロを祝福する聖ピエトロ」


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フィリッポ・パラディーニの「聖アガタの殉教」(1605)


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グリエルモ・ボッレマンスの「聖アントニオ・アバーテ」(1740)


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ジョヴァンニ・トゥッカーリの「グラツィエの聖母と聖ガエターノと聖フィリッポ・ネリ」(1726)


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ジュゼッペ・グアルナッチャの「パオラの聖フランチェスコ」(18世紀)


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ジローラモ・ラ・マンナの「竜を退治する聖ジョルジョ」(1624)


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ジョヴァンニ・トゥッカーリ(1667‐1743)の「キリストの洗礼」


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グリエルモ・ボッレマンスの「聖ファブロニア」(1735)


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グリエルモ・ボッレマンスの「聖ロザリア」(1736)


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グリエルモ・ボッレマンスの「パドヴァの聖アントニオ」(1738)


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ピエトロ・アッバデッサの「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1693)


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エマヌエーレ・ディ・ジョヴァンニの「コッレデントリーチェ」(20世紀初め)


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フィラデルフォ・フィケーラ作の墓碑


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古いものがありませんが十分に楽しんで鑑賞できました。


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主祭壇前から見た出入口


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外に出ました。


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教会の下にテルメがあります。


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見たいところは大体見たようです。


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ノルマンスタイルの後陣


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鐘楼


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身廊側にも出入り口があります。
ホテルに戻ることにしました。


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1741年に建設されたPalazzo Valle


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歴史的建造物です。


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キリがないので、この辺で終わりにしましょう。


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(おわり)

299
フランチェスコ・バッサーノ・イル・ヴェッキオの「洗礼者聖ジョヴァンニ」、「聖ピエトロ」


300
ヴェネトの無名画家の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


302
ヴェネトの無名画家の「女性の肖像」


304
フランチェスコ・モンテメッツァーノ(ヴェローナ、1555‐ヴェネツィア、1602以降没)の「この人を見よ」


306
デニス・カルヴァートの「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


307
パルマ・イル・ジョーヴァネの「死せるキリストを支える天使」


310
パルマ・イル・ジョーヴァネの「キリストと教会博士の問答」


312
ジローラモ・ダ・サンタクローチェの「聖マッテオの召命」


314
アンドレア・スキアヴォーネの「聖トッマーゾの不信」


316
バルトロメオ・スケドーニの「マギの礼拝」


317
制作者不明の「ペルジーノ作『十字架降下』のコピー画」


318
バルバーラ・ロンギ(ラヴェンナ、1552‐1638)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


320
ティツィアーノ工房の「ニコロ・ゼンの肖像」


321
ヴィンチェンツォ・カテーナの「ジョヴァンニ・ノヴェッロの肖像」


322
フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネ(バッサーノ・デル・グラッパ、1549‐ヴェネツィア、1592)の「園の祈り」
フランチェスコ・イル・ジョーヴァネは、ヤコポ・バッサーノの長男で、四人いた息子の長兄でした。父ヤコポの下で修業し、3人の弟と一緒に父の工房で働いていたが、工房支店をヴェネツィアに創設することになり、1574年、その責任者としてヴェネツィアに移住するとともに自立しました。
ところが、1580年代に病気がちとなり、やがて躁鬱症も患うようになりました。
1592年、父ヤコポが死去すると、バッサーノ・デル・グラッパにあった父の工房を引き継ぎました。しかし、父の工房を引き継ぎ、ヴェネツィアの工房支店の2つの経営に従事してから僅か数か月後に自殺したのです。


324
フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネの「最後の晩餐」


326
フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネの「羊飼いの礼拝」(1580‐85)


328
レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「死せるキリストを支える二天使」
レアンドロは、ヤコポの次男で、父から画家としての手ほどきを受けた後、長兄のフランチェスコから多くを学びました。
1588年までにヴェネツィアに移住して、フランチェスコが責任者を務めるヴェネツィアの工房支店を手伝いました。父ヤコポが1592年に死去すると、バッサーノとヴェネツィアの2つの工房は長兄フランチェスコに引き継がれましたが、同年、フランチェスコが自殺すると、レアンドロが2つの工房を引き継ぎました。
肖像画を得意にし、ヴェネツィア共和国関係の仕事を多くこなすようになり、やがて騎士に任じられるようになりました。当時のヴェネツィアにあって、ティントレットと仕事をうまく分け合う存在となりました。
当初は父の模倣の平凡な画風でしたが、ヴェネツィア派の影響を受けるとともにヴェネツィア政府関係の仕事をこなすうちに次第に腕を上げ、渋みのある明るい色彩ときちんとした構図を採用した独自の画風を確立したのです。


329
レアンドロ・バッサーノの「寺院への出現」


332
レアンドロ・バッサーノの「玉座の聖母子と聖クレメンテと聖バッシアーノ」


333
ジローラモ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1566‐ヴェネツィア、1621)の「聖母子と聖ロッコと聖セバスティアーノ」
ジローラモは、父ヤコポの四人の息子の末っ子でした。父の工房で助手を務めることが多く、工房時代の彼自身の作品は残されていません。父の死後、工房から独立して仕事をするようになりましたが、父の模倣と陳腐な構図の過度な繰り返しを行ったので、次第に仕事を得ることが難しくなったのです。


335
ジローラモ・バッサーノの「天上の聖母子と聖マルティーノと聖ルチア」


337
ジローラモ・バッサーノの「福音書記者聖ジョヴァンニを崇めるロドヴィーコ・タバリーノ」


338
フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネの「男の肖像」


340
レアンドロ・バッサーノ工房の「聖ステファノの殉教」


342
レアンドロ・バッサーノの「カルヴァリオへの途」


343
レアンドロ・バッサーノの「クリストフォロ・コンポステッラの肖像」


344
フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネの「金持ちたち」


345
フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネの「マルタ騎士の肖像」


346
ジャンバッティスタ・ピアツェッタの「洗礼者聖ジョヴァンニ」


347
フランチェスコ・マッフェイの「聖母子」


348
パドヴァニーノの「公正」


350
ピエル・フランチェスコ・カイロの「荊刑のキリスト」


351
カリオ・ロートの「サムソンとデリラ」


353
ジュリオ・カルピオーネの「聖パオロ」、「聖グレゴリオ・マーニョ」


355
アルテミジア・ジェンティレスキの「スザンナの水浴」


358
ヴィチェンティーノの「三位一体」


360
ヴェネトの無名画家の「聖フランチェスコの幻視」


362
レアンドロ・バッサーノの「聖母子と二聖人」


363
レアンドロ・バッサーノの「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


365
レアンドロ・バッサーノの「玉座の聖母子と聖フランチェスコと聖キアーラ」


367
彫刻も展示されてます。


368
ローマ時代の古い彫刻もあります。


369
ロベルト・ロベルティ(バッサーノ・デル・グラッパ、1786‐1837)の「風景画」(1807)
ロベルトの風景画が数点展示されてます。


370
ロベルト・ロベルティの「風景画」(1810)


371
ロベルト・ロベルティの「風景画」(1814)


372
ロベルト・ロベルティの「風景画」(1816)


373
宝飾品?


376
外に出ました。


014
最後に広場にあるフランチェスコ・バッサーノ像を見ました。


012
(おわり)

002
バッサーノ・デル・グラッパは、人口43,372人(2015年12月31日現在)のヴェネト州ヴィチェンツァ県にあるコムーネです。


004
名産のグラッパ酒、白アスパラガス、陶器などで有名です。


163
芸術面では、ルネサンス期にバッサーノ・デル・グラッパ、ヴェネツィアなどで活躍したバッサーノ一族の出身地として有名です。


174
バッサーノ一族の作品はヴェネツィアにありますが、美術館や教会に分散しています。


179
バッサーノ一族の作品が最も揃っているのが、バッサーノ・デル・グラッパの市立美術館です。


149
早速美術館に向かいました。


028
サン・フランチェスコ教会です。


033
サン・フランチェスコ教会のファサード横に市立美術館の入り口があります。


034
ここです。しかし、開館時間にも拘らず扉が閉まっていました。


031
折角来たのに、休館はないよと思って周りを見たら、教会後陣の先に入り口が移動したと書いてありました。


030
開館していると分かってホッとしました。


036
ついでに教会のフレスコ画を見ました。


037


222
後陣に向かいました。


023
この先です。


375
建物を新設したようです。


374
ここが美術館の入り口です。
従来は旧サン・フランチェスコ修道院の建物が美術館として使用されていましたが、その横に建物を新築して規模の拡大を図ったそうです。
さらにビックリしたのは、入館無料となったことです。老人だけ無料ではなく、全員無料です。


225
フランチェスコ・ダ・ポンテ通称フランチェスコ・バッサーノ・イル・ヴェッキオ(ヴィチェンツァ、1475c‐バッサーノ・デル・グラッパ、1530)の「死せるキリストへの哀悼」(1531‐32)
フランチェスコ・バッサーノ・イル・ヴェッキオは、バッサーノ一族の工房の創始者ですが、孫で画家のフランチェスコと区別するために、祖父のフランチェスコはイル・ヴェッキオと呼び、孫の方はイル・ジョーヴァネをつけるのが普通です。
フランチェスコ・イル・ヴェッキオは、ヴェネツィアで修業し、ジョヴァンニ・ベッリーニ追随者でしたが、ベッリーニ工房で修業した記録がなく、ジョヴァンニとは無関係だったようです。ベッリーニ工房で修業した画家に師事したか、ジョヴァンニ・ベッリーニの作品を見ることによって追随者になったとされてます。


227
ダーリオ・ダ・トレヴィーゾ(ポルデノーネ、1420c‐コネリアーノ、1498以降没)の「慈悲の聖母と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ベルナルディーノと寄進者」(1460‐70)


230
バッティスタ・ダ・ヴィチェンツァに帰属する「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


232
ルーカ・ディ・ヴィチェンツァ(ヴィチェンツァで14世紀に活動)の「四聖人」


233
制作者不詳の「キリストの洗礼」


234
近隣の教会や修道院、病院などにあった剥離フレスコが展示されてます。


235
バルトロメオ・ヴィヴァリーニの「救世主」


238
アントニオ・ヴィヴァリーニの「聖アポロニアの殉教」


240
アントニオ・ヴィヴァリーニの「ピエタのキリストと聖二コラと聖アンドレア」


242
グアリエント・ディ・アルポの「磔刑」(1332)


245
ミケーレ・ジャンボノの「聖母子」(1440c)


247
ヴェネトの無名画家の「聖家族」(15世紀)


249
ベルナルディーノ・ザガネッリの「磔刑」


251
ヤコポ・バッサーノの「天上の聖母子と聖アポロニアと聖アガタ」
ヤコポ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1510‐1592)は、フランチェスコ・バッサーノ・イル・ヴェッキオの息子で、父から画家として手ほどきを受けた後、1530年代初めにヴェネツィアに赴き、ボニファツィオ・デ・ピターリに師事して、ヴェネツィアで仕事をしました。
1539年、父が死去したので、父が残した工房を引き継ぐために故郷のバッサーノ・デル・グラッパに戻りました。
彼の四人の息子全員が画家になり、ヴェネツィアにも工房支店を出して、二つの工房は非常に繫栄しました。
ヴェネツィア派の影響を基本に、ラッファエッロやマニエリスム画家らを研究して、独自の様式を確立して、17世紀イタリア絵画の先駆者とされてます。


252
ヤコポ・バッサーノの「園の祈り」


255
ヤコポ・バッサーノの「天国」


256
ヤコポ・バッサーノの「割礼」


258
ヤコポ・バッサーノの「3聖人」


261
ヤコポ・バッサーノの「聖ルチッーラを洗礼する聖ヴァレンティーノ」(1575)


263
ヤコポ・バッサーノの「聖母子と聖モーロと聖ロッコ」(1576)


264
ヤコポ・バッサーノの「羊飼いの礼拝」(1568)


266
ヤコポ・バッサーノの「水飲み場の聖ラケル」


269
ヤコポ・バッサーノの「聖霊降臨」


271
ヤコポ・バッサーノの「砂漠の洗礼者聖ジョヴァンニ」


273
ヤコポ・バッサーノの「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」


275
ヤコポ・バッサーノの「聖母子と聖フランチェスコと聖バッシアーノ」


277
ヤコポ・バッサーノの「聖オルソーラと聖ヴァレンティーノと聖ジュゼッペ」(1542‐43)


278
ヤコポ・バッサーノの「幼きキリストを抱く聖アンナと聖ジローラモと聖フランチェスコ」(1541)


280
ヤコポ・バッサーノの「聖母子と聖人たち」


282
ヤコポ・バッサーノの「エジプトへの逃避」(1534)


284
ヤコポ・バッサーノの「スザンナの水浴」(1535)


286
ピエトロ・デリ・インガッナーティ(ヴェネツィアで16世紀活動)の「聖母子」


289
ルーカ・アントニオ・ブサッティー(1530‐1550記録)の「聖母子と聖人たち」


291
フィリッポ・ディ・ヴェローナの「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


292
ボニファチョ・デ・ピターリ(ヴェローナ、1487‐ヴェネツィア、1553)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


295
ジャンピエトロ・シルヴィオ(ヴェネツィアで16世紀活動)の「ピエタのキリスト」


297
ヴェネトの無名画家の「聖セバスティアーノ」(16世紀)
(つづく)





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シエナの無名画家の「玉座の聖母子」(14世紀末)


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ヴェッキエッタ工房の「聖アンドレア」(15世紀)


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ピエトロ・ディ・ドメニコ(シエナ、1457‐1502)の「ピエタのキリストと2聖人」


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アンドレア・ディ・ニッコロ(シエナ、1440‐1514c)の「ピエタのキリスト」(15世紀末)


P1050896
フィレンツェ派無名画家の「聖母子と聖オノフリオ」(15世紀後半)


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フィレンツェ派無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(15世紀)


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トスカーナの無名画家の「聖母子とシエナの聖カテリーナとアレッサンドリアの聖カテリーナ」(16世紀初め)


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チゴリの「ピエタ」(1599c)


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ジローラモ・ディ・べンヴェヌート(シエナ、1470‐1524)の「聖母子と聖ジローラモとシエナの聖ベルナルディーノ」(16世紀初め)


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ネロッチョ・ディ・バルトロメオ・ランディ工房の「聖母子とマグダラのマリアと聖ジローラモ」(15世紀末)


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サセッタ(シエナ、1423‐1450記録)の「聖母子」(1440‐50c)


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硝子板に反射するので別方向から撮ってみました。


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サーノ・ディ・ピエトロ(シエナ、1406‐1481)と工房の「聖母子」(15世紀後半)


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シエナの無名彫刻家の「聖フランチェスコ」(16世紀)


P1050918
トスカーナの無名彫刻家の「聖フランチェスコ」(16‐17世紀)


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バルトロメオ・ネローニ(シエナ、1505‐1571)の「ピエタ」
この作品を含めて四部作になってます。以下3点もバルトロメオの作品です。


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「聖ゲラルド」


P1050922
「祈る聖母」


P1050923
「聖フランチェスコ」


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17世紀の無名画家の「アンドレア・デル・サルト作『聖家族』のコピー画」


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16世紀のトスカーナの無名画家の「聖母子とシエナの聖カテリーナと聖ルチア」


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セバスティアーノ・フェッリ工房の「聖母子ととアレッサンドリアの聖カテリーナと聖カルロ・ボッロメオ」(17世紀前半)


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ジョヴァン・バッティスタ・パッジ(ジェノヴァ、1554‐1627)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


P1050935
シエナの無名画家の「斬首された洗礼者聖ジョヴァンニの首」(17世紀末‐18世紀初め)
この作品を含めて四連画となってます。以下3点の写真も同じ画家の作品です。


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「砂漠の洗礼者聖ジョヴァンニ」


P1050937
「ピエタのキリスト」


P1050938
「聖母と四信者」


P1050940
17世紀の無名画家の「チゴリ作『聖ステファノの殉教』のコピー画」


P1050942


P1050943


P1050946
ジャチント・ジミニャーノ(ピストイア、1606‐ローマ、1681)の「カルミネの聖母と聖人たち」(1648)


P1050947
シエナの無名画家の「フランチェスコ・ヴァンニ作『シエナの聖カテリーナ』のコピー画」(17世紀)
以下3点も同じ画家によるフランチェスコ・ヴァンニ作品の複製画です。


P1050948
「大天使聖ミケーレ」


P1050949
「ピエタのキリスト」


P1050950
「聖母被昇天と二信者」


P1050952
シエナの無名画家の「ジャコッベを祝福するイサク」(17世紀末)


P1050954
制作者不明の「磔刑」(18世紀)


P1050956
小作品が数点あります。


P1050957
ジョヴァンニ・アントニオ・マッツォーリ(シエナ、1639‐1714)の「キリストの復活」(1692)


P1050959
トッマーゾ・レーディ(シエナ、1602‐1657)の「父なる神」(1648‐49)


P1050961
バルトロメオ・マッツォーリ(シエナ、1674‐1748)の「天使」(1708‐09)


P1050963
ジョヴァンニ・アントニオ・マッツォーリの「ケルビーニ」(1708‐09)


P1050965
法衣


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P1050967
聖具類


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彩色楽譜


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考古学部門展示が混在しています。


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ライオン像は教会にあったものでしょう。


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場違いのような展示物です。


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アントニオ・サルヴェッティ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1854‐1931)の「アントニオ・カンペッリの肖像」
アントニオ・カンペッリはこの博物館の館長です。


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制作者不明の「聖母子」(15‐16世紀)


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ロレンツォ・ディ・クリストファノ・ルスティーチ(シエナ、1596‐1638)の「磔刑」(1627)


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中々見応えがありました。


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(おわり)



P1050681グロッセートは、人口82,269人(2016年9月30日現在)のトスカーナ州グロッセート県の県都です。トスカーナ州南部とラツィオ州北西部の、いわゆるマレンマ地方の中心都市です。


P1050755
グロッセートのチェントロにあるサン・フランチェスコ教会です。


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サン・フランチェスコ教会の鐘楼と後陣です。写真右手前に写っている建物に博物館があります。


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神学校だった建物です。


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この建物が博物館です。


P1050459
簡単にマレンマ博物館と書きましたが、正式名称は御覧の通りです。マレンマ博物館の芸術部門と教区博物館は一体化して展示されています。


P1050455
紙に記されて開館時間が表示されてますが、このような場合、要注意です。紙にタイプしたものは、変更が簡単ですから。


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博物館が面している広場にある像は、13世紀の散文作家アンドレア・ダ・グロッセートのものです。


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入館しました。


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最初は考古学部門です。


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ヴォルテッラからキウージまでの遺跡からの発掘物が展示されてます。


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エトルリアの遺跡から発掘物が古いものからほぼ年代順に新しいものへと展示されてます。


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各地の博物館の考古学部門を見ているうちに、説明文を見なくても大体分かるようになってきました。


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彫刻断片


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エトルリア時代の壺


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エトルリア関係の紹介はこの辺で終わりにします。


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次はローマ時代のものです。


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ローマ時代のものも、古いものからほぼ年代順に展示されています。
誰の頭像か、特定されてません。(紀元前4世紀)


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ローマ時代の頭像(紀元前1世紀)


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特定されていない頭像


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誰なのか、特定されていません。(紀元前1世紀)


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ゲルマニクス?像(20‐50c)


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紀元前1世紀


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ローマ時代の住居


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古代ローマ時代と言っても、約800年の長さです。


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この博物館の考古学部門は非常に充実しています。


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絵画・彫刻部門の作品紹介に移ります。


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アレッサンドロ・カソラーリ(メンサーノ、1552‐シエナ、1606)の「磔刑」(1583)


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アストルフォ・ペトラッツィ(シエナ、1580‐1653)の「光悦の聖ジローラモ」


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17世紀の無名画家の「祈るキリスト」


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ベルナルディーノ・メイ(シエナ、1612‐ローマ、1676)の「聖チェチリア」


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16世紀末の無名画家の「この人を見よ」


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17世紀の無名画家の「悔悛の聖ジローラモ」


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17世紀の無名画家の「ドメニコ・ベッカフーミ作『悔悛の聖ジローラモ』のコピー画」


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左右の制作者が異なります。
向かって左は、Maestro dell'Osservanzaの「聖ジローラモ」(1450‐60c)
向かって右は、サーノ・ディ・ピエトロの「聖アントニオ・アバーテ」


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サンティ・ディ・ティートの「聖母子と聖エリザベッタと聖ジョヴァンニーノ」(1601)


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19世紀の無名画家の「聖ロレンツォ」


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ルイージ・カルツィ(ピストイア、1638‐ローマ、1721)の「聖ピオ5世」(1712)


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17世紀後半のシエナの無名画家の「キリストの鞭打ち」


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18世紀の無名画家の「羊飼いの礼拝」


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18世紀のボローニャ派無名画家の「アガルとイシマエル」


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18世紀のボローニャ派無名画家の「井戸のレベッカ」


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シエナの無名画家の「聖母子」(16世紀)


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17‐18世紀の無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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17‐18世紀の無名画家の「マギの礼拝」


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16世紀の無名彫刻家の「受胎告知を受ける聖母」


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グイド・ダ・シエナと工房の「最後の審判」(13世紀)


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ウゴリーノ・ダ・ネーリオの「大天使聖ミケーレ」(14世紀)


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バルトロメオ・ブルガリーニ(シエナ、1337‐1378記録)の「玉座の聖母子」(1370c)


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シエナの無名画家の「磔刑」(14世紀前半)


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シモーネ・マルティーニ工房の「聖母子」(14世紀前半)


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シエナ派無名画家の「聖母子」(14世紀末‐15世紀初め)


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ジョヴァンニ・ディ・二コラに帰属する「聖母子」(14世紀)


P1050886
シエナの無名彫刻家の「磔刑」(15世紀初め)
(つづく)


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市立博物館の続きです。


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「乗馬のレリーフ断片」(2世紀)


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次の展示室です。


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ミケーレ・ダヴィーニアの「新しい日」(2013)


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「横臥する若い女性」(14世紀末‐15世紀初め)
墓石です。


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「高貴な男の墓石」(16世紀初め)


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次の部屋です。


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ニコロ・モラレスの作品(2016)


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ミケーレ・ラピサルディ(カターニア、1822‐1886)の「シチリア晩鐘戦争」
1282年、フランス・アンジュー家支配に対するシチリア人の反乱を描いた作品です。
外国人支配に対する反乱も当然ありましたが、その一方で外国人支配を歓迎するシチリア人もいたのです。


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熱心に見ている人がいました。


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趣味ではないなあ。


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ルイージ・チタレッリの「子豚」(2012)


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抽象画も展示されてます。


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次の部屋です。


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制作者不明の「祈るキリスト」(14‐15世紀)


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制作者不明の「小礼拝堂の聖女」(14世紀)
カターニアのサンタ・マリア・ディ・ヌオーヴァルーチェ修道院にありました。


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制作者不明の「祭壇前飾り」(14世紀)
カターニアのサンタ・マリア・ディ・ヌオーヴァルーチェ修道院にありました。


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「聖アガタの戴冠」(15世紀)の複製彫刻
カターニア・ドゥオーモにあった彫刻のコピーです。


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「石棺断片」(14世紀)


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「グラヴィーナ家の石棺断片」(15世紀)


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「アラゴン家紋章」(14世紀)
カターニアのサンタ・マリア・ディ・ヌオーヴァルーチェ教会にありました。


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次の部屋です。


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「La Carita」(18世紀)
教皇ウルバーノ8世の墓碑です。


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展示作品数が非常に多い博物館です。


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カターニア産の陶器


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現代の絵皿作品


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イタリア中部の無名画家の「マギの礼拝」(16世紀末‐17世紀初め)


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Simone de Wobreckの「マギの礼拝」(1585)


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「洗礼盤」(13世紀後半)
カターニアの教会(どの教会にあったのか、具体的には不明)にありました。


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この作品にビックリ!!


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ダニエーレ・フランツェッラの「Pensiero stupendo」(2007)


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これにもビックリ!!


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芸術は深遠なり


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アントニオ・カーリの「ビスカーリ皇太子イグナツイオ・パテルノ・カステッロの彫像」(19世紀)


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自然災害によるカターニアの苦難歴史が垣間見える展示でした。


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城の中庭


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彫刻や建造物の柱などは自然災害に遭っても、その断片が残ります。板やキャンバスに描かれた絵画はほとんど残りません。


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現代や近代の作品が展示の中心になるのは当然です。


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どの家の紋章?


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城外に出ました。


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(つづく)


ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノという画家をご存知でしょうか。彼が描いた、ウフィツィ美術館にある「マギの礼拝」が有名です。
ジェンティーレの出身地がファブリアーノです。
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これがジェンティーレの作品です。






009
ファブリアーノは、人口31,255人(2016年7月31日現在)のマルケ州アンコーナ県にあるコムーネです。
周囲を山に囲まれた町で、古くから林業で栄えました。水彩画などを楽しむ方々には、同地名産の画用紙「ファブリアーノ」でお馴染みでしょう。


140
ファブリアーノには、14世紀から15世紀にかけて国際ゴシック様式を学ぶ美術学校が設置され、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノを筆頭に優れた画家を輩出し、イタリア美術史上、重要な町となってます。
その美術学校で学んだ画家たちの貴重な作品が展示されているのが、ファブリアーノ市立絵画館です。


141
写真左の壁は司教館のものです。
アーチを潜ってドゥオーモ広場に出ます。


128
ドゥオーモ広場


059
ドゥオーモです。


127
1456年に建設された後期ゴシック様式の司教館です。


126
ところが、司教館として建設されたものの、司教に一度も使用されずに、建物はすぐに病院に転用されたのです。


130
Ospedale di Santa Maria del Buon Gesuがその病院の名称です。


142
病院は20世紀初めまで存続しました。


143
司教館として建てられ、旧病院だった建物に絵画館が置かれてます。


146
ここから中に入ります。


144
毎週月曜日と日曜日午後が休館です。


145
入口扉上ルネッタ上に描かれたアンドレア・ボスコーリ(フィレンツェ、1560c‐1607)のフレスコ画(1602c)


147
建物を入って直ぐのところにある、Maestro di Staffoloの「聖母」(1460)


148
切符売り場


149
旧病院の中庭


150
中庭を囲む柱廊の壁にフレスコ画があったと思います。


151
井戸の向こうに展示室への扉があります。


152
展示室は階上です。


153
第1展示室


154
アッレグレット・ヌーツィ(1315‐1373)の「聖母子」
アッレフレッロは、ファブリアーノ出身で地元で修業したとされてます。その画風は国際ゴシック様式を基礎としながらもジョットの影響を受けたもので、ジョッテスキ画家の一人とされてます。


156
アッレグレット・ヌーツィの「聖アントニオ・アバーテと福音書記者聖ジョヴァンニ」
この美術館にアッレグレットの作品が数点展示されてます。


158
アッレグレット・ヌーツィの「聖母子と4聖人」


160
アッレグレット・ヌーツィの「トレンティーノの聖二コラと聖ステファノと聖アゴスティーノ」


161
アッレグレット・ヌーツィの「聖母子と2聖人」(フレスコ)


163
プッチョ・ディ・シモーネ(1346‐1358活動記録)の「聖アントニオ・アバーテと寄進者たち」
プッチョはフィレンツェでベルナルド・ダッディに師事したとされてます。


164
次の部屋です。


165
フランチェスクッチョ・ディ・チェッコ・ゲッシの「聖母子と4聖人」
フランチェスクッチョは、14世紀後半にファーノ、ファブリアーノ、アスコリ・ピチェーノなどマルケ州各地で活動した画家で、その画風はアッレグレット・ヌーツィの影響を大きく受けたものでした。


166
フランチェスクッチョ・ディ・チェッコ・ゲッシの「授乳の聖母」
ファブリアーノのサンタ・ルチア教会にあった祭壇画です。


167
フランチェスクッチョ・ディ・チェッコ・ゲッシの「天使」
この絵画館では、ファブリアーノとその周辺にある教会から集められた剥離フレスコ画が多数展示されてます。


168
Maestro di Fossato(ウンブリアで14世紀後半から15世紀前半に活動)の「磔刑と聖人たち」


169
Maestro di San Vescondo(1415-1430活動記録)の「聖母子と聖アゴスティーノと聖ヴェレコンド」
この画家の作品がヴァチカン絵画館(聖母子と聖人たち)やボローニャ国立絵画館(ピエタ)などにあります。


170
Maestro di Staffoloの「幼きキリストを崇める聖母と洗礼者聖ジョヴァンニとアレッサンドリアの聖カテリーナ」
この画家はジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの追随者でした。


172
アントニオ・ダ・ファブリアーノの「聖母の死」
アントニオは、ファブリアーノ出身で、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノに一時期師事して、ジェンティーレの助手を務めていました。


173
マルケの無名画家の「聖母子」


174
ウンブリア・マルケの無名画家の「聖母子と聖人たち」


175
ビッチ・ディ・ロレンツォの「玉座の聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ジャコモ・マッジョーレ」


177
無名画家の「玉座の聖母子と聖人たち」


178
無名画家の「聖セバスティアーノ」


179
無名画家の「聖アグネス」


182
ベルナルディーノ・ディ・マリオット(ペルージャ、1497‐1566活動記録)の「聖母子」(1497)


183
制作者不詳の「聖母子」


184
制作者不詳の「聖母子」(14世紀)
ファブリアーノの教会にありました。


185
ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの追随者の「聖セバスティアーノ」


186
制作者不詳の「ファブリアーノの安寧を祈る二修道女」


187
フィリッポ・ダ・ヴェローナの「聖母子と聖ピエトロとバーリの聖二コラ」(1514)


189
制作者不詳の「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニとトレンティーノの聖二コラ」


193
ヴァランツィオ・ダ・カメリーノの「聖母子と聖パオロと聖ピエトロ」


194
メインパネル


195
裾絵の受胎告知する大天使ガブリエーレ


197
受胎告知される聖母


199
制作者不詳の「天上の聖母子と聖人たち」


201
制作者不詳の「聖母子と聖パオロとトレンティーノの聖二コラ」


202
ジャコモ・ナルディーニの「聖母子と聖人たち」


204
タペストリの展示


205


206
シモーネ・ダ・マジストリス(カルドナーラ、1538‐1611c)の「羊飼いの礼拝」


208
アンドレア・ボスコーリ(フィレンツェ、1560‐1606)の「ご誕生」(1600)


209
16世紀後半の無名画家の「聖母子と聖人たちと天使たち」


211
詳細不明の「最後の審判」


212
フランチェスコ・ポデスティ(アンコーナ、1800、ローマ、1895)の「天上界」


213
現代画が多数展示されてます。


214
近代から現代の作品紹介は省略させていただきます。


215


216
ドゥオーモの扉が閉まっていました。


218
(おわり)

P1530535
次は市立博物館です。


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Museo Civicoはウルシーノ城にあります。


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城は、チェントロの南西方向、サン・フランチェスコ教会から約400m離れてます。


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大した距離でもなく、急ぐ必要がないので、のんびりと歩きました。


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柱廊付きの建物が並んでます。


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突き当り右に行けば城に出ます。


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カターニアでは19世紀の建物も歴史的建造物になるようです。日本と同じですね。


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他のコムーネでは19世紀の建物なんぞ、歴史的建造物にして貰えません。


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着きました。


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ホーエンシュタウフェン家のフリードリッヒ2世の命によって、1239年から1250年にかけて建設されたウルシーノ城です。


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城の内部は市立博物館になってます。


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城前の広場、Piazza Federico di Sveviaに面して建つ教会は、18世紀に再建されたサン・セバスティアーノ教会です。


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南国らしい佇まいの公園です。


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博物館は午後3時に再度開館されます。


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度重なる自然災害にも拘らず原形を保つ堅固な造りの城です。


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午後3時を待って中に入りました。


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入館無料だったと思います。


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近代から現代までの作品が展示の中心です。


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彫刻には古いものがありますが、絵画には古いものがあまりありません。これは明らかに自然災害による影響でしょう。


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カルメロ・コメスの「無題」(1938c)


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トパーツィア・アッリアータの「自画像」(1932c)


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彫刻は古いものが主体です。


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「アポロ(頭部欠落)」(1世紀)


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「トルソ」(1世紀)


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「ヘラクレス」(2世紀)


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天井


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この辺の作品紹介は省略です。


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次の部屋です。


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入館無料が入館者像に繋がっていないようです。時が経つのを待つならば教会よりも、ここの方が良いと思います。


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ツボですね。


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「石棺」(1世紀末‐2世紀初め)


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「壺」(紀元前430‐420)


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「壺」(紀元前4世紀)


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古い壺と対照的な現代画


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「頭像」(紀元前5世紀初め)


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城の暖炉


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「アフリカの寓意のモザイク」(2世紀)


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部屋の天井


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この穴は何のため?


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(つづく)

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チェゼーナは、人口96,758人(2016年1月1日現在)のエミリア・ロマーニャ州フォルリ・チェゼーナ県の県都です。
エトルリア人起源の古い町ですが、紀元前3世紀にローマの軍門に下り、エミリア街道の軍事都市として繁栄しました。
中世のころはマラテスタ家の支配地となり、同家の衰退後は教皇領となりました。


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チェゼーナのドゥオーモ


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市立絵画館はチェントロの中心から少し外れた場所にあります。


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サン・ビアージョ教会修道院に向かいました。


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着きました。


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教会修道院だった建物は、現在、チェゼーナ市の文化センターとして使用されてます。


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9世紀頃に既に教会の存在が記された記録が残されてます。初代の建物が老朽化したので、14世紀後半に既存の建物を取り壊し、その上に新しい建物の再建が決定され、1394年創建、1486年に完成した二代目の建物が今に見る姿となってます。


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18世紀末、ナポレオンのイタリア侵攻に伴い、この教会修道院はその宗教活動が禁止され、フランス軍に接収され駐屯地となりました。
ナポレオンの失脚後、教会修道院は元に戻され、一旦はその活動が再開されましたが、聖職者の多くが戻らず、結局、1801年に全ての宗教活動が停止され、廃教会修道院となりました。


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19世紀後半、建物はチェゼーナ市当局の所有となり、様々な用途に使用されていました。
1950年代にチェゼーナの絵画館、博物館、図書館、音楽会館、催事場などからなる文化センターとして生まれ変わり、現在に至ってます。


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絵画館は階上にあります。


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入館しました。


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15世紀のロマーニャの無名画家の「聖母子と大天使ラッファエーレととビアス」


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Maestro di Castrocaroの「聖母子」(15世紀)


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アントニオ・アレオッティ(アルジェンタとチェゼーナで1496‐1527活動記録)の「聖クリストフォロと聖セバスティアーノと聖ロッコ」


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Maestro di Baldraccani (チェゼーナで1480‐1510活動記録)の「ロヴェレッラ枢機卿の肖像」


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ジローラモ・マルケージ・ダ・コティニョーラ(コティニョーラ、1490c‐ボローニャ、1559c)の「聖グレゴリオ・マーニョと寄進者」


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バルトロメオ・コーダ(リミニで1524‐1563活動記録)の「キリストと姦通女」


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フランチェスコ・フランチャの「寺院への出現」


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シピオーネ・サッコ「教会のキリストと聖人たち」


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ジローラモ・フォラボスコ(パドヴァ、1604‐1679)の「アルテミジア」


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クリストフォロ・セッラ(チェゼーナ、1600‐1689)の「アタナシオ・ムサーキの肖像」


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ジョヴァン・バッティスタ・ラッザーニの「トッマーゾ・ダ・カルタジローネの肖像」


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ジョヴァン・バッティスタ・ラッザーニ(チェゼーナ、1603‐1666)の「チントラの聖母と光悦の聖グリアーノ」


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サッソフェッラートの「受胎告知される聖母」


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ガスパーレ・サッキの「十字架降下」


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サッソフェッラートの「受胎告知される聖母」


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クリストフォロ・セッラの「聖フィリッポ・アポストロと聖フランチェスカ・ロマーナ」


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サッソフェッラートの「祈る聖母」


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サッソフェッラートの「聖母子」


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サッソフェッラートの「祈る聖母」


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アンドレア・マイナルディ(1652‐1735)の「祈る聖フランチェスコ」


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16世紀末の無名画家の「磔刑」


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ジョヴァン・バッティスタ・ペルトゥッチ・イル・ジョーヴァネ(ファエンツァ、1539‐1614)の「十字架降下」


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フランチェスコ・ロンギ(ラヴェンナ、1544‐1618)に帰属する「チェゼーナのニッコロ・マシーニの肖像」


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バルトロメオ・パッセロッティ(ボローニャ、1529‐1592)に帰属する「若い音楽家の肖像」


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16世紀の無名画家の「救世主」


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アントニオ・アレオッティ(アルジェンタ、1495‐1527記録)の「玉座の聖母子と聖アントニオ・アバーテと大天使ミケーレ」


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ビティーノ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァで1398‐1427活動記録)工房の「梨の聖母」


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15世紀後半のロマーニャの無名画家の「聖ビアージョ」


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Maestro di Castrocaro(15世紀中頃活動)の「受胎告知される聖母」


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Maestro di Castrocaroの聖ビアージョ」


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Maestro di Castrocaroの「授乳の聖母」


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コスタンティーノ・グイディ(チェゼーナ、1832‐1899)の「リスボンに入る聖ヴィンチェンツォ・フェッラーリ」(上)と「餓死寸前の男を蘇生させる聖ヴィンチェンツォ・フェッラーリ」


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エネア・ペローニ(チェゼーナ、1810‐1844)の「チェゼーナに入る教皇ピオ7世」


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アントニオ・ピオ(チェゼーナ、1809‐1871)の「羊飼いの少年」


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ヴィンチェンツォ・バルダッチ(チェゼーナ、1802‐1813活動)の「ナポレオンの肖像」


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ヴィンチェンツォ・バルダッチの「エットーレの葬儀」


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ジュゼッペ・ミラーニ(フォンタネッラート、1716‐チェゼーナ、1798)の「聖母戴冠」


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ジュゼッペ・ミラーニの「天上の聖母」


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ジュゼッペ・ミラーニの「聖ルイージ・ゴンザーガに顕現する聖母子」


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ジュゼッペ・ミラーニの「アウレリオ・ロヴェレッラの肖像」


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フランチェスコ・アンドレイーニ(チェゼーナ、1697‐1751)の{La Carita」


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17世紀の無名画家の「グイド・レーニ作『聖母子と聖フランチェスコとパドヴァの聖アントニオ』のコピー画」


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バルトロメオ・ゲッナーリ(チェント、1594‐ボローニャ、1661)の「聖母子とカンタリーチェの聖フェリーチェ」


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ジャンバッティスタ・ピアツェッタ(ヴェネツィア、1682‐1754)の「生贄にされるイフィジェニーア」


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トデスキーニの「男と猫」


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フランチェスコ・アンドレイーニの「フランチェスコ・ロッカテッリ枢機卿の肖像」


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アゴスティーノ・プラケージ(チェゼーナ、1734‐1780)の「カルロ・バンディ枢機卿の肖像」


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以下の写真は、ジュゼッペ・ミラーニ(フォンタネッラート、1716‐チェゼーナ、1798)がチェゼーナのマドンナ・デル・モンテ聖堂のクーポラのために制作したものです。


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アントニオ・ピオの「吟詠詩人から詩を聞くマリア・ストゥアルダ」


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ヴィンチェンツォ・バルダッチの「瀕死のフィロッテーテ」


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19世紀後半から現代までの作品が数多く展示されてます。


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近代から現代の作品紹介は省略させていただきます。


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外に出ました。


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(おわり)

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