イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2018年03月

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次は第8室です。


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ジェンティーレ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432c‐1507)とジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430c‐1516)の「エジプトのアレッサンドリア広場での聖マルコの説教」(1507c)
大作です。


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チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459/1460-1517/1518)の「聖ピエトロ・マルティーレと聖二コラと聖ベネデット」


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)と弟子の「シエナの聖ベルナルディーノと天使たち」(1469)


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フランチェスコ・モローネ(ヴェローナ、1471‐1529)の「玉座の聖母子と聖ゼーノと聖ニコロ」


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バルトロメオ・モンターニャ(オルツィヌオーヴィ、1450c‐ヴィチェンツァ、1523)の「玉座の聖母子と聖人たち(聖アンドレア、聖モニカ、聖オルソラ、聖シジスモンド)と音楽天使たち」(1499)


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チーマ・ダ・コネリアーノの「玉座の聖ピエトロと洗礼者聖ジョヴァンニと聖パオロ」(1515‐16)


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チーマ・ダ・コネリアーノの「玉座の聖母子と聖人たち(聖セバスティアーノ、洗礼者聖ジョヴァンニ、マグダラのマリア、聖ロッコ)と同信会の人々」(1487‐88)


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フランチェスコ・ボンシニョーリ(ヴェローナ、1460c‐カルディエーロ、1519)の「キリストのモノグラムを持つ聖ルドヴィーコと聖フランチェスコ」


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アントニオ・ディ・パヴィア(1481‐1528活動記録)の「洗礼者聖ジョヴァンニと聖アゴスティーノと聖イヴォーネ」


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ジョヴァンニ・マンスエーティ(ヴェネツィア、1465c-?, 1526/1527)の「アニアヌスを洗礼する聖マルコ」(1518c)


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パルマ・イル・ヴェッキオ(セリーナ、1480c‐ヴェネツィア、1528)の「聖エレーナと聖コスタンティーノ、聖ロッコ、聖セバスティアーノ」(1520‐22)


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ミケーレ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1470c‐1536c)の「磔刑」(1501)
大作です。


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このオバサン、この場から暫く離れなかったのは何故?


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この場所を死守してました。


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次は第9室です。


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ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア、1480c‐ロレート、1556/1557)の「ピエタ」(1545)


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ジョヴァンニ・コンタリーニ(ヴェネツィア、1549‐1604)の「悔悛の聖ジローラモ」


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パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「キリストの洗礼と誘惑」(1582)


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パオロ・ヴェロネーゼの「最後の晩餐」(1581以降)


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パオロ・ヴェロネーゼの「シモーネ邸での晩餐」(1570c)
ブレラにはヴェネツィア派の傑作が揃ってます。


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ヤコポ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1510c‐1592)の「ペスト患者に訪れる聖ロッコ」


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パオロ・ヴェロネーゼの「ゲッセマネ園のキリスト」


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パドヴァニーノ(パドヴァ、1588‐ヴェネツィア、1649)の「ノルマン人に対するカルヌテージの勝利」


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ティントレット(ヴェネツィア、1519c‐1594)の「聖マルコの遺体の発見」


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548c‐1628)の「自画像」


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パオロ・ヴェロネーゼの「聖アントニオア・アバーテと聖コルネリオと聖チプリアーノ」


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ティントレットの「十字架を崇める聖エレーナと聖バルバラと聖アンドレアと聖マカーリオと寄進者」


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ティントレットの「幸運の寓意」


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ティントレットの「ピエタ」(1563c)


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第10室です。


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この部屋にはジョルジョ・モランディ、カルロ・カッラ、マリオ・シローニ、ジーノ・セヴェリーニ、フィリッポ・ティベルテッリ、ピカソなどの作品が展示されてます。
これらの作品は私の好みから外れるので、独断と偏見によって作品紹介を省略させていただきます。


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第11室です。


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この部屋も取っ付き難い作品がかなり多い。


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Maestro di San Martino alla Palma (フィレンツェ、14世紀第1四半世紀活動)の「トローサの聖ルドヴィーコ」


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Maestro della Misericordia (フィレンツェ、14世紀第3四半世紀活動)の「司教座の福音書記者」


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次は第12室です。


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ベルナルディーノ・フェッラーリ(ヴィジェーヴァノ、1490‐1524c)の「祈る2信者」


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「聖母子」(1510c)


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ジョヴァンニ・アゴスティーノ・ダ・ローディ(ローディ、1470c‐1519)の「聖ピエトロと福音書記者聖ジョヴァンニ」


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ジョヴァンニ・アゴスティーノ・ダ・ローディの「聖母子と天使」


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マルコ・ドッジョーノ(オッジョーノ、1475c‐ミラノ、1530c)とジョヴァンニ・アゴスティーノ・ダ・ローディの「キリストの洗礼」


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マルコ・ドッジョーノとジョヴァンニ・アゴスティーノ・ダ・ローディの「マギの礼拝」


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マルコ・ドッジョーノの「聖パオロ」
(つづく)

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この部屋も改装された部屋です。


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第5室です。


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ペルジーノ・サークルの無名画家の「聖母子」(1475c)


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ベノッツォ・ゴッツォリ(フィレンツェ、1420c‐ピストイア、1497)の「聖ドメニコとナポレオーネ・オルシーニ」(1461‐62)


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ベノッツォ・ゴッツォリの「ピエタのキリスト」(1450c)



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Maestro di Pratovecchio (フィレンツェ、1440‐1460c活動)の「聖母子」(1440‐50c)


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Pedreo Berruguete (1450c-1504)の「死せるキリストを支える2天使」(1480c)


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シニョレッリの作品です。


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ルーカ・シニョレッリ(コルトーナ、1450c‐1523)の「キリストの鞭打ち」(1482‐85c)


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ルーカ・シニョレッリの「授乳の聖母」(1482‐85c)


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ピエトロ・オリオーリ(シエナ、1458‐1496)の「聖母子と2天使」(1480c)


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フラ・カルネヴァーレ(ウルビーノ、1420/1425-1484)の「聖ピエトロ」(1455)


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次の部屋です。
マンテーニャの作品が部屋の真ん中にありますが、それを境に展示室番号が変わります。


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第6室


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ラッザーロ・バスティアーニの「聖ジローラモの物語」は修復中でした。


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アンドレア・プレヴィターリ(ベルガモ、1470c‐1528)の「キリストの変容」(1513)


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リベラーレ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1445c‐1527/1529)の「聖セバスティアーノ」(1480c)


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マルコ・バサイーティ(ヴェネツィア、1470c‐1530以降没)の「嘆き」


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「死せるキリスト」(1483c)


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アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1442/1453-1503/1505)の「祈るキリスト」(1498)


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ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483/1484-フェッラーラ、1539)の「キリストの変容」(1518)


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アンドレア・ソラーリオ(ミラノ、1465c‐1524)の「聖母子と聖ジュゼッペと聖シメオーネ」(1495)


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ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア、1480c‐ロレート、1556/1557)の「聖母被昇天」(1512)


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展示室番号が変わります。


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第7室


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ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア、1460c-1525/1526)の「寺院への聖母の出現」(1502‐04)


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ヴィットーレ・カルパッチョの「聖母の結婚」(1502‐04)


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チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459/1460-1517/1518)の「砂漠の聖ジローラモ」(1493‐94c)


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バルトロメオ・モンターニャ(オルツィヌオーヴィ、1450c‐ヴィチェンツァ、1523)の「砂漠の聖ジローラモ」(1500‐02)


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北イタリアで活動したスペイン?の無名画家の「光悦の聖フランチェスコがいる砂漠の聖ジローラモ」(1500‐05c)


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Johannes Hispanus (中央イタリア、北イタリアで15世紀後半から16世紀初頭に活動)の「聖グエッリエーロ」(1506c)


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1435c‐1516)の「聖母子」(1510)


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ヴィットーレ・カルパッチョの「聖ステファノの問答」(1514)


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ジローラモ・ダ・トレヴィーゾ(トレヴィーゾ、1450c‐1496)の「死せるキリストを支える2天使」


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ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子」(1460‐65c)


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ジョヴァンニ・ベッリーニの「ピエタ」(1460c)


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アンドレア・マンテーニャの「聖ルーカの多翼祭壇画」(1453‐55)
(つづく)

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この2年ほど行われていた展示室の改装と展示作品の見直しが漸く終わりました。恐らく現在の展示が暫く継続されると思います。
と言うことで、展示作品紹介の決定版と言うべきものを2017年10月時点で纏めてみました。


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ブレラ絵画館のような大美術館では、展示作品の見直しは必要に応じて適宜行うとの方針なので、決定版と言うべきものは存在しないと思います。
2009年に同美術館のブックショップで買い求めた展示作品リストが最早役に立たなくなったことは確かです。


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改装完成後に入館するのは、2017年10月が初めてでした。
作品鑑賞と写真を撮ることは両立しないので、旅の前半と後半で合わせて3回入館しました。展示作品数が膨大、しかも傑作が多いので、時間が必要です。


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1-A 室は団体客で一杯でした。


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団体客が去ったので礼拝堂に入りました。


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以前、この礼拝堂のフレスコ画はMaestro di Moccitoloとされていましたが、ジョヴァンニ・ダ・ミラノに変わっていたので驚きました。


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パラッツォ・ブレラに元々あった礼拝堂ではありません。
モンツァ郊外のLentate Sul SevesoにあるOratorio di Porto Moncchiroloのフレスコ画を剥がして、ここに移設したものです。


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廊下が第1室です。
廊下の壁に展示されている剥離フレスコ画が大幅に変わりました。以前はベルナルディーノ・ルイーノの作品が展示の中心でした。


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アルトベッロ・メローネ(クレモナ、1491c‐1543)の「羊飼いの礼拝」(1519‐20)


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ベルナルディーノ・カンピ(レッジョ・エミリア、1520‐1591)の「大衆に説教するキリスト」(1579‐80)


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シモーネ・ダ・コルベッタ(ロンバルディアで14世紀末に活動)の「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖オルソーラと聖ジョルジョと寄進者」(1382)


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ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1450c‐ミラノ、1523)の「聖母子と天使たち」(1488‐94c)


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ?、1482c‐ミラノ?、1532)の「ドリオーペとテヴァイアーノ」(1513‐14c)


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改装され一新した展示室です。


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第2室


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アンブロージョ・ロレンツェッティ(シエナ、1290c‐1348)の「聖母子」(1320‐23)


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小作品が3つ並んでます。
ジョヴァンニ・バロンツィオ(リミニ、1343c‐1364)の「聖コロンバの物語」(1345‐50c)


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ジョヴァンニ・ダ・ミラノ(カヴァルサッチョ、1346c‐フィレンツェ、1369c)の「玉座の祈るキリスト」(1360‐65)


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ベルナルド・ダッディ(フィレンツェ、1290c‐1348)の「聖ロレンツォ」(1340c)


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Maestro di San Verano (ピサ、13世紀第3四半世紀活動)の「聖ヴェラーノとその物語」(13世紀後半)


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次も新装された部屋です。


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第3室


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バルナーバ・ダ・モデナ(モデナで14世紀後半活動)の「羊飼いの礼拝」(1370年代末)


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ジョヴァンニ・ダ・ボローニャの「聖母子」(1370‐77)


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Maestro del Crocifisso di Pesaro (ヴェネツィアで14世紀末活動)の「聖母子」(1390c)


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ロレンツォ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1356‐1372c)の「多翼祭壇画」(1371c)


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中央パネル


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上段は聖アントニオ・アバーテ、洗礼者聖ジョヴァンニ
下段はアレッサンドリアの聖カテリーナ、聖二コラ


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上段は聖アンドレア、聖ヴィットーレ
下段は聖マルコ、聖ルチア


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14世紀のモデナの無名画家の「マギの礼拝」


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アンドレア・ディ・バルトロ(シエナ、1360/1365-1428)とジョルジョ・ディ・アンドレア(1410-1428c活動記録)の「聖母戴冠の多翼祭壇画」(1390cと1415c)


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祈るキリスト


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聖母戴冠


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アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖パオロ


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聖ピエトロ、多分聖アゴスティーノ


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ここも新装された部屋です。


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第4室


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アントニオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1420c‐ヴェネツィア、1483)とジョヴァンニ・ディ・アレマーニャ(ドイツ、1411‐パドヴァ、1450)の「プラーリアの多翼祭壇画」(1448c)


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ステファノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1375c‐1438以降没)の「マギの礼拝」(1435c)


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ニコロ・ディ・ピエトロ(ヴェネツィア、1394c‐1430c)の「聖母戴冠」(1400c)


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ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(ファブリアーノ、1375c‐ローマ、1427)の「磔刑」(1408c)


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ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1396‐1470)の「聖母子」(1448)


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ペレ・セッラ(1357‐1408/1409)の「受胎告知」


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マエストロ・ジョルジョの「聖マルコ」(1454)
(つづく)

美術館は教会と画廊に分かれており、後編は画廊です。
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教会と画廊はそれぞれ別の入り口から入ります。


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画廊は建物の二階(日本の)にあります。その一部は教会の上にあります。


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画廊の展示はナポリ派画家たちの作品が中心です。


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画廊展示室の入り口


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フランチェスコ・マリア・カゼッリ(ヴェローナで1640‐1660活動記録)の「金の子羊への礼拝」


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チェーザレ・フラカンツァーノ(1605‐1652)の「悪魔に取りつかれた人を救うキリスト」


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チェーザレ・フラカンツァーノの「ピエタ」


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フランチェスコ・アントニオ・アルトベッロ(ビトント、1637‐1695c)の「聖ジローラモ」


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マッティア・プレティーの「我に触れるな」


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マッティア・プレティーの「キリストから注文を受ける天使」


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マッティア・プレティーの「キリストを誘惑する悪魔」


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マッティア・プレティーの「ご訪問」


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マッティア・プレティーの「幼きキリストとパドヴァの聖アントニオ」


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ルーカ・ジョルダーノの「聖ピエトロ」


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マッシモ・スタンツィオーネの「聖アポッロニア」


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マッシモ・スタンツィオーネの「幼きキリストとパドヴァの聖アントニオ」


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マッシモ・スタンツィオーネの「聖アグネス」


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17世紀のナポリ派無名画家の「グイド・レーニ作『聖ルーカ』と『福音書記者聖ジョヴァンニ』の複製画」


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ミサ中の教会が見えました。


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ナポリ派画家たちの作品が揃ってます。


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フランチェスコ・デ・ムーラの「十字架を崇める聖パオロ」


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フランチェスコ・デ・ムーラの「悔悛のマグダラのマリア」(1760c)


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フランチェスコ・デ・ムーラの「最後の晩餐」(1750c)


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フランチェスコ・デ・ムーラの「ご訪問」(1750c)


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フランチェスコ・デ・ムーラの「エジプトへの逃避途中の休息」(1751)


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ドメニコ・アントニオ・ヴァッカーロ(ナポリ、1678‐1745)の「天上の聖マルティーレ」


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フランチェスコ・デ・ムーラの「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1750c)


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フランチェスコ・デ・ムーラの「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1765c)


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フランチェスコ・デ・ムーラの「天上の聖母子と聖ローザと洗礼者聖ジョヴァンニ」(1720c)


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フランチェスコ・デ・ムーラの「嘆きの聖母」(1760‐70c)


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フランチェスコ・デ・ムーラの「荊刑のキリスト」(1760c)


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教会だけに行って画廊に足を運ばない人が結構いますね。


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ジローラモ・ダ・サレルノ(ナポリ、1514‐1521生存記録)の「マギの礼拝」


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ジョヴァンニ・バリオーネの「キリストの埋葬」
皮肉なことに、カラヴァッジョの作品があるところにバリオーネの作品を見かけることが多いですね。


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ファブリツィオ・サンタフェ―デと工房の「聖母子とベネデット会修道士」


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レオナルド・コッコランテ(ナポリ、1680‐1750)の「遺跡」


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ファブリツィオ・サンタフェ―デの「聖家族と聖ルチア」


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テオドーロ・デッリーコ(ナポリ、1574‐1606記録)の「プリタの聖母」


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アンドレア・ヴァッカーロ(ナポリ、1604‐1670)の「ピエタ」


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ジュゼッペ・ダ・リベラの「聖アントニオ・アバーテ」


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フランチェスコ・デ・ムーラの「アガルとイシマエル」(1737‐38)


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他に聖具類、聖職者の衣装、調度品などが展示されてます。


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ハープシコード


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フランチェスコ・デ・ムーラの「受胎告知」(1710c)


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ブロンズィーノの「エレオノーラ・ディ・トレドの肖像」
エレオノーラが老年になった頃の肖像画です。彼女が更に老いた頃の肖像画がルッカ―にあります。


eleonora
参考までに、エレオノーラが若かりし頃の肖像画がこれです。ブロンズィーノの作品で、フィレンツェのウフィツィ美術館にあります。
エレオノーラはナポリ副王の娘で、トスカーナ大公コジモ1世の妻でした。


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ファブリツィオ・サンタフェ―デの「武具の男の肖像」


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Maestro del Giudizio di Salomone (ローマで17世紀前半活動)の「聖ピエトロの拒否」


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Dirck van Baburen (1595c-1624)の「聖トッマーゾの不信」


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ポリドーロ・ダ・カラヴァッジョの作品


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ナポリの無名画家の「マルコ・ピーノ作『聖家族』のコピー画」


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ナポリの無名画家の「ルーカ・ジョルダーノ作『聖母子と聖ジョヴァンニーノ』のコピー画」


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ジョヴァン・ベルナルディーノ・アッゾフィーノ(ナポリ、1594‐1645記録)と工房の「羊飼いの礼拝」


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イル・チェラーノの「聖フランチェスコ」


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エンリコ・フィアッミンゴ(アムステルダム、1607c‐1684)の「聖ジローラモ」


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ナポリの画家たちは、ドメニキーノを殺したことから分かるようにかなり嫌なところがあります。


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(おわり)

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ピオ・モンテ・デッラ・ミゼリコルディアは、教会と画廊から成る美術館です。
前編は、カラヴァッジョの「慈悲の七つの行い」があるピオ・モンテ・デッラ・ミゼリコルディア教会です。
カプア―ナ城からダンテ駅へと通じるトリブナーリ通りです。


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如何にもナポリらしい、バイクや車が疾走する喧噪に満ち、道路上には犬の糞があちこちにある裏通りです。道路上のゴミ、糞に関して言えば、私が行った市町村の中でナポリは最悪で不衛生極まりない街です。ナポリの人たちの頭は相当にイカレテイルと思います。
2,3年前、ゴミ収集従事者のストライキ中にナポリに行ったことがありますが、街角のあちこちのゴミ山にたかる野良猫やネズミを見て、ペストに罹るのではないかと心配になりました。それでもナポリの人たちは平気なようで、ビックリしました。翌日、ゴミ山は更に大きくなり、翌々日はもっともっと高くなりました。ナポリ人、恐るべしです。


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通りに面して教会があります。


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外観が教会らしくないので、うっかりすると見過ごす可能性がありそうです。


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余談ですが、ナポリでは、大体このホテルに泊まることが多い。ホテル名のカラヴァッジョは、ホテルがカラヴァッジョ作品がある教会前の広場にあることに由来していると思います。

カラヴァッジョの「慈悲の7つの行い」があるピオ・モンテ・デッラ・ミゼリコルディア教会が美術館として公開されるようになったのは2005年頃だったと思いますが、それ以前は教会の扉が開いていることが少なくなく、カラヴァッジョ作品を鑑賞できるか否かは正に運次第でした。
ミサの時は開くことが分かり、このホテルに泊まり、扉が開くのを待っていたものでした。それでもナポリ滞在中に拝観できなかったことがありました。


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美術館になってくれて大歓迎です。


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ピオ・モンテ・デッラ・ミゼリコルディアは、プロテスタントに対抗するために、1601年8月に設立された慈善団体です。
団体の設立後、教会を建てることになり、1602年に創建され、1606年に完成したバロック様式のピオ・モンテ・デッラ・ミゼリコルディア教会です。


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ピオ・モンテ・デッラ・ミゼリコルディアのロッジャです。
教会は慈善団体の建物の一部に組み込まれています。


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建物図の写真右下が教会です。


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ロッジャの壁に「慈悲の7つの行い」の写真が掲げられてます。


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ミサ中は教会の中に入ることが出来ません。


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通りから建物の中に入ります。切符売り場は写真左側にあります。


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中庭


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中庭の彫刻


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中庭に出る右手前に教会への入り口があります。


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入って直ぐのところに「慈悲の聖母」の彫刻があります。


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中に入りました。


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八角形の内部です。7つの礼拝堂と主祭壇があります。


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この教会の存在をあまり知られていないようで、拝観者が多いということは先ずありませんが、時々、カラヴァッジョ作品ツアーのご一行が訪れます。


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クーポラ


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主祭壇


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主祭壇画は、カラヴァッジョの「慈悲の7つの行い」(1607)です。


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教会は1606年9月に完成しました。
新教会に相応しい主祭壇画の注文先を探していましたが、その翌月の1606年10月、ローマで殺人を犯し偶々ナポリに逃亡してきたカラヴァッジョに祭壇画が注文されました。


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そうして1607年1月に完成したのが、この「慈悲の7つの行い」でした。同信会が行っていた慈善事業を聖書の記述によって表現した傑作です。
作品制作料は400ドゥカートだったとの記録が残されてます。当時の1ドゥカートは今の約10万円説を採用すれば、画料は約4000万円!ということになります。

7つの礼拝堂には、それぞれ祭壇画が掲げられてます。


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バッティステッロの代表作です。


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「獄中からの聖ピエトロの解放」(1615)


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ルーカ・ジョルダーノの「十字架降下」(1671)


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ファブリツィオ・サンタフェ―デの「Tibithaを蘇生させる聖ピエトロ」(1611)


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床の中心にある模様


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ジョヴァン・ヴィンチェンツォ・フォルリの「善きサマリア人」(1607‐08)


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ファブリツィオ・サンタフェ―デの「マルタとマリアの家のキリスト」(1612)


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ジョヴァン・ベルナルド・アッゾリーノの「奴隷を開放する聖パオリーノ」(1626‐30)

祭壇画がもう1点ある筈ですが、ありませんでした。


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その作品がこれです。
ルーカ・ジョルダーノの「キリストと姦通女」
これと同じ作品がオークションに出品されていましたが、この教会にあったものでしょうか?
(作品画像は外部サイトから拝借しました)


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画廊の間越しから見えたカラヴァッジョの作品です。この時、ミサ中でした。


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(つづく)

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制作年が確実に分かっているカラヴァッジョ作品の中で、最後の作品とされている「聖ウルスラの殉教」(1610)が展示されているナポリのパラッツォ・セヴァロス・スティアーノ美術館です。


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ナポリのトレド通りです。
写真左の建物がパラッツォです。


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現在、この建物はナポリ銀行になってます。


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この建物に美術館が設けられたのは、2004年頃だったと思います。


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美術館の入り口です。
ミラノ、ヴィチェンツァにあるGallerie d'Italiaの一つです。


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最近、展示作品が徐々に多くなってきましたが、2013年頃までは、展示作品はカラヴァッジョの「聖ウルスラの殉教」だけと言っても過言ではありませんでした。それにも拘らずロシアなどに貸し出しをしてました。同作品が貸し出し中の時に入館したことがあり、その時は本当に参りました。
展示作品は恐らくナポリ銀行の所有物と思います。


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昨年秋から今年1月までミラノの王宮で開催されていた「デントロ・カラヴァッジョ展」にカラヴァッジョの「聖ウルスラの殉教」が貸し出されていました。同展から11月に取り外され、同じミラノのGallerie d'Italiaに移されましたが、2018年4月まで展示されるようです。


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ミラノのスカラ広場にあるGallerie d'Italiaです。カラヴァッジョの「聖ウルスラの殉教」の幟があります。


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入館しました。


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展示室に向かう廊下に彫刻が置かれてます。
ラッファエーレ・ベッリアッツィの「秋の寓意」(1870)


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展示室は日本の2階です。


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Maestro degli Annunci Al Pastoli (ナポリで17世紀前半活動)の「マギの礼拝」(1640‐40)


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Hendrick De Somer (1607-1656) の「父の視覚を治すトビア」(1635c)


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ボケ写真で申し訳ありません。
ナポリの無名画家の「キリストの服の先に賽子を投げつける兵士」(1635‐40)


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アンジェロ・カロセッリの「聖家族と聖フランチェスコ」(1610‐20)


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Louis Finson (ルイス・フィンソン)(ブルージュ、1578‐アムステルダム、1617)の「ユディト」(1607c)
2016年4月、フランス・トゥールーズ近郊の住宅の屋根裏で見つかった「ユディト」がカラヴァッジョ作の本物と言うニュースが流れました。屋根裏で見つかったのは2014年だったそうです。
その「ユディト」の写真を見た時、何処かで見たことがある作品だな、と思いました。記憶を頼りに撮った写真をチェックしたところ、この作品であることが分かりました。
カラヴァッジョが描いた「ユディト」が2作品あることは当時の文書に記載されており、「ユディト」2作品説は確実と思われてきました。
また、この作品を描いたルイス・フィンソンの遺言状に、カラヴァッジョの「ユディト」の複製画を制作したと書かれていたそうです。そのことから、この作品がカラヴァッジョ作品の複製画とされてきました。
屋根裏で見つかった「ユディト」の真贋鑑定のため、この作品は取り外されました。


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屋根裏で見つかったカラヴァッジョ作品かもしれない「ユディト」
作品画像は外部サイトから拝借しました。
屋根裏で見つかった「ユディト」とルイス・フィンソンの複製画は、ブレラ絵画館で2016年11月10日から2017年2月5日まで、2つ並べられて展示されました。
その後、屋根裏部屋で見つかった「ユディト」の真贋の結果がどうなったのか、気になりますが、未だそのニュースはないようです。


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アルテミジア・ジェンティレスキの「サムソンとデリラ」(1630‐38c)


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アルテミジア・ジェンティレスキの「水から生還したモーゼ」(1640c)


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フランチェスコ・グアリーニ(1611‐1652)の「聖ジョルジョ」(1645‐50c)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ルオッポーロ(ナポリ、1629‐1693)の「食材の静物画」(1665‐70c)


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フランチェスコ・ソリナーメの「アガルとイシマエル」(1690c)


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ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1722‐ローマ、1770)の「合奏」(1755‐60c)


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ジュゼッペ・レッコの「魚介の静物画」(1675‐80c)


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ガスパーレ・レッコの「パン、ビスケット、花の静物画」(1675‐80c)


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ガスパーレ・トラヴェルシの「秘密の手紙」(1755‐60c)


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バルダッサッレ・デ・カーロ(ナポリ、1689‐1750)の「花と花瓶」(1715)


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バルダッサッレ・デ・カーロの「花と花瓶」(1715)


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Gaspar Van Wittel の「ナヴォーナ広場の景観」(1688‐1721c)


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Gaspar Van Wittel の「ナポリのLargo di Palazzoの景観」(18世紀第1四半世紀)


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ドメニコ・モレッリ(ナポリ、1826‐1901)の「団扇を持つ女性」(1873)


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パオロ・ヴェトリ(エンナ、1855‐ナポリ、1937)の「博物館」(1875)


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ヴィンチェンツォ・ミリア―ロ(ナポリ、1858‐1938)の「ファルヴィア」(1887c)


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サルヴァトーレ・ポスティリオーネ(ナポリ、1861‐1906)の「Per una messa novella」


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この部屋の展示作品はこれだけです。


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部屋の照明は極端に落とされ、作品が目立つように工夫されてます。その証明の工夫によって、カラヴァッジョが逃避行の中で到達した晩年様式がよく分かるようになってます。


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カラヴァッジョの「聖ウルスラの殉教」(1610)
大勢の女性たちと一緒に巡礼していた聖ウルスラは、巡礼途中のケルンで、当時ケルンを占領したフン族のアッティラ王の弓矢を腹に受けて殉教した様子が描かれてます。


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ジェノヴァの貴族マルカントニオ・ドーリアの注文によって制作されて、1610年5月11日に完成したという記録が残ってます。


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カラヴァッジョの作品の中で最も暗く描かれ、逃避行中のカラヴァッジョの追い詰められた焦燥感を思わせる粗いタッチと薄塗りが目立ちます。
この美術館は大体空いていて、その上、展示自体が照明などの工夫によって、筆使いや薄塗りなどがじっくりと見ることが出来ます。
また、近年の修復の際、聖ウルスラの両手とアッティラ王の左手の間に「手」が描かれていることが分かりました。


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カラヴァッジョ作品が展示されている部屋のスタッコ装飾


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部屋の天井


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ルーカ・ジョルダーノの「無原罪の御宿リ」(1680年代)


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フランチェスコ・ディ・マリア(ナポリ、1623‐1690)の「キリストの祝福」(1658c)


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ルーカ・ジョルダーノの「エレーナの強奪」(1665c)


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フランチェスコ・デ・ムーラ(ナポリ、1696‐1784)の「ピエタの寓意」(1759)


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フランチェスコ・デ・ムーラの「公衆の安全としてのピエタの寓意」(1759)


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フランチェスコ・デ・ムーラの「教えとしてのピエタの寓意」(1759)


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フランチェスコ・デ・ムーラの「調和としてのピエタの寓意」(1759)


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展示室の展示作品は以上です。


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階段の天井


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壁の装飾


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パラッツォ内も見学できますが、美術館部分を除けば銀行なので、立ち入りが制限されている箇所が殆どです。


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アッティリオ・セルヴァの「エヴァ」(1929)


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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カラヴァッジョの作品の他にアルテミジア・ジェンティレスキの2作品が良かったと思います。


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(おわり)

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教区教会の周りは、ヴィテルボで最古の地区と言われてます。


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サンタ・マリア・ヌオーヴァ教区教会です。


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ローマ時代にこの地に建設された異教の寺院がありましたが、380年の記録によって、その存在が確認されてます。確実な記録が残されてませんが、6世紀頃にその異教の寺院が初期キリスト教会に転用されたと推察されてます。その初期キリスト教会がこの教区教会の前身とされてます。


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現在の教会の姿は、初期キリスト教会の建物を取り壊して、その上に1080年に創建され12世紀に完成したロマネスク様式の二代目の建物がその後3回に渡る補修工事によって若干変更されたものです。


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17世紀、18世紀、20世紀の3回補修工事が行われましたが、幸いなことに大掛かりな修復は一度も行われず、マイナーチェンジの補修に留まり、12世紀完成の姿はほぼ現在も留めていると言われてます。


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ファサードのルネッタ上のフレスコ画はその痕跡さえも残されていません。


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ファサード横に説教壇があります。


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1266年、教皇クレメンテ4世がこの説教壇から説教を行ったそうです。


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日が当たっていた方が見易いでしょうか?


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平日は開いている時間が長いので拝観しやすい教会です。


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鐘楼と中庭


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中に入ります。


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三廊式、ロマネスク様式の内部です。


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美術的には、ヴィテルボの数多くの教会の中で必見とされている教会です。


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このように説明プレートが完備されてます。


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貴重なフレスコ画が保存状態良く残されてます。


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左側廊


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左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。


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右側廊


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木組みの梁の天井


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中央通路


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主祭壇


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装飾がない後陣です。


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磔刑像が置かれているだけです。
祭壇画、フレスコ画を見て回りました。


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ヴィテルボ出身のジョヴァンニ・フランチェスコ・ザッキ・タヴァンツァラーノ通称ファンタスティコの「玉座の聖母子と聖バルトロメオと聖ロレンツォ」(1495‐1505c)


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フランチェスコ・ザッキ・ディ・アントニオ通称バッレッタ・ディ・ヴィテルボの「磔刑と聖人たち」(15世紀)


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トスカーナの無名画家の「モナルデスキ家のフレスコ画」(1293)
このフレスコ画が描かれた礼拝堂はヴィテルボの貴族モナルデスキ家の個人礼拝堂です。


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サーノ・ディ・ピエトロの「聖母子と天使たち」(15世紀)


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13世紀のローマの無名画家の「祈るキリストと聖母と福音書記者聖ジョヴァンニ」(13世紀前半)


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カルロ・カネストラーリ(1922‐1988)の「ピエタのタベルナコロ」(1958)


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詳細不明


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制作者不詳の1320年に制作されたフレスコ画断片


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玉座の聖母子と四聖人(14世紀)

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バッレッタ・ディ・ヴィテルボの「玉座の聖母子と聖人たち」(15世紀)


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ヴィテルボ出身のマッテオ・ジョヴァンネッティの「磔刑と聖人たち」(1340)


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パストゥーラ・ディ・ヴィテルボ(1450‐1516ヴィテルボで活動記録)の「聖ジローラモと洗礼者聖ジョヴァンニと聖ロレンツォ」(15世紀末)


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詳細不明


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制作者不詳の「パドヴァの聖アントニオ」


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20世紀の修復の際、新作された柱頭


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古い柱頭が見当たりません。


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創建時の柱頭がないか、熱心に探しました。


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この壁に最後の晩餐のフレスコ画があったそうです。


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聖水盤


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外に出ます。


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ドゥオーモよりも見所が多いと思います。


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(おわり)

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マルコ・ベネフィアルの「聖トランクィッリーノの洗礼」(1721‐25)


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光るので横から撮ってみました。


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ベアトリーチェ・ボッローニの「La Mortella」
彼女の作品の画題は凝っているので、日本語に訳してもよく分からない。そのまま掲載した方が良さそうです。


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ルドヴィーコ・マッツァンティの「聖なる家の引っ越し」(18世紀前半)


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無名画家の「聖ステファノと聖ロレンツォ」(15世紀?)


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この部屋は個展が主、宗教画が従になってます。


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彼女の作品に見慣れてくると、現代作品としては魅力あるものに感じてきました。


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この博物館内に空き部屋があるので、そこを使って彼女の作品だけを展示する個展の形態を何故取れないのか、不思議に思いました。


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「Le Lottatrici」


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詳細不明
彼女の個展のため、宗教画の説明板を取っ払ったようです。


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「Consuelo」
彼女が描くのは女性だけのようです。


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サマルカンダの女はシリーズになっているようで、番号が付けられてます。


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「サマルカンダの女5」


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「Portatrice D'Acqua」


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「サマルカンダの女7」


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詳細不明


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「サマルカンドの女4」


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「サマルカンダの女6」


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「ジュラルディーナと他の女たち」


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この作品には番号がありません。


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強いて番号を付ければ、1番になるでしょうね。1番の作品がありませんから。


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詳細不明


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「Le Appese」


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「Notturno」


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「サマルカンダの女2」


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「La Posa」


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詳細不明


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「Luce」


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「Nuovo Raccolto」


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階段に2つの作品があります。


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詳細不明


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詳細不明


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次の部屋です。


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現代画ですが、ベアトリーチェ・ボッローニの作品ではないと思います。


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エッチング、水彩画などが展示されてますが、すべて詳細不明です。


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天井の装飾


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この部屋から宗教美術のエリアになります。


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フランチェスコ・ナーニの「聖パオロ・アポストロ」


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フランチェスコ・ナーニの「ピオ2世」


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フランチェスコ・ナーニの「聖ルチア」


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次の部屋です。


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フランチェスコ・ナーニの「聖パオロ・アポストロ」


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フランチェスコ・ナーニの「天使」


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フランチェスコ・ナーニの「天使」


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フランチェスコ・ナーニの「ピオ11世」


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フランチェスコ・ナーニの作品


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詳細不明


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ドゥオーモの柱頭


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これは何ですか?奇妙奇天烈


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詳細不明
私には理解不能です。


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ヴィテルボの聖職者たちの肖像画です。


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定番の聖職者用衣装


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聖職者用衣装って、博物館でわざわざ展示する価値があるの?


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これを見たドラえもんが言いそうです。「こ~れがどうした」


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次の部屋は聖具類の展示です。


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高価そうなものばかりです。


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退屈極まりない展示


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ヴィテルボの高位聖職者像


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ヴィテルボで即位した教皇像がありましたが、撤去されてました。


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ミケランジェロの追随者の「磔刑」(16世紀末)
以前はミケランジェロの作品とされていました。


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金属加工品


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私の他には誰もいません。


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この展示内容では閑古鳥が鳴くのは当然です。


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詳細不明


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ローマ派無名画家の「カルボナーラの聖母」(12世紀末‐13世紀初頭)


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ドメニコ・コルヴィの「福音書記者聖ジョヴァンニ」(1749)


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べンヴェヌート・ディ・ジョヴァンニの「聖母子」(15世紀)


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バルトロメオ・カヴァロッツィの「聖母子」(1625)


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古いフレスコ画が僅かに残されてます。


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「サマルカンダの女8」


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今回の博物館は、ベアトリーチェ・ボッローニの作品が強烈な印象を残してくれました。
何処かで彼女の作品に出合うことがあれば、一目で彼女の作品と分かると思います。
(おわり)

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ドゥオーモのファサードと鐘楼の間に低い建物がありますが、そこが博物館の入り口です。
Museo del Colle del Duomoは2000年にオープンした比較的新しい博物館です。


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入り口横にBORRONIの看板が出ていました。それを見て一瞬嫌な感じがしたのですが、そのまま入館しました。結論を言えば、その嫌な感じが当たりでした。


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以前は、教皇の館 Palazzo dei Papi に行ってコンクラーヴェが行われた部屋などを見学できましたが、この日は見学はやっていないと言われました。この日だけの一時的な措置であることを望みます。


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切符売り場


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「ヴィテルボ病院のテリトリーを示す地図」(16世紀)


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ジョヴァンニ・ドゥプレの「Letizia Bonaparte Wyse (1804-1871)」


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ヴィンチェンツォ・ストリゲッリ・ダ・ヴィテルボ(1720c‐1786?)の「聖バルトロメオの殉教」
以前と比べるとかなり展示が違うことに気付きました。


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「洗礼者聖ジョヴァンニに下顎の発見を報告する碑文」(1376)
ドゥオーモにあったそうです。


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無名画家の「聖アンナの死」(17世紀)


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一旦、庭園のような場所を通り抜けます。


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ローマ時代の遺跡からの出土物が展示されてます。
ドゥオーモの横に博物館があるので、ドゥオーモ付属博物館と誤解していました。


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向こうに見える建物が展示室です。
ヴィテルボ司教区の祭壇画や聖具などの展示が主ですが、ドゥオーモとその近くから発掘されたものを展示する考古学部門が併設されてます。


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ローマ時代のアーチと彫刻


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ローマ時代のもの


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ドゥオーモとは無関係です。


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この博物館がヴィテルボ市立かどうか知りませんが、他のコムーネでお馴染みのMuseo Civicoとほぼ同じ形態の展示です。


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豊穣の女神


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AREA ARCHEOLOGICAと記されてます。


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柱頭(11世紀)


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祭壇天蓋(8‐9世紀)


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現代画が展示されているではありませんか、タマゲマシタ。
嫌な予感が当たりました。
古いものと現代絵画のコラボ! このような展示法、イタリア人って好きですね。


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遺跡からの発掘物


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セラミックとブロンズの展示(紀元前10世紀‐紀元前1世紀)


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あっりゃ~! これは何だ?


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ベアトリーチェ・ボッローニ(フィレンツェ、1964‐)という女流画家の個展が行われていたのです。
彼女は陶芸家として芸術の道を進み、ファエンツァの陶芸博物館に彼女の作品が展示されるなど、陶芸家としてかなり有名になりましたが、次第に絵画に傾倒するようになり、現在は画家に転向したようです。
イタリア各地の他、アメリカなどの外国でも個展が開催されてます。


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柱頭(4世紀)


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この辺はヘラクレス神殿があった場所です。


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通路の下は発掘現場だったそうです。


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この辺からドゥオーモ付属博物館のような展示が始まります。


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初代のドゥオーモの建物の断片


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「窓の女」
彼女の個展をやるのならば、せめて彼女の作品だけを展示する部屋でやるべきと思いました。


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「Natevoli Aspettative」


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ドメニコ・コルヴィの「フランチェスコ・パチーニを導く聖ジャチンタ・マレスコッティ」(18世紀末)


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ルドヴィーコ・マッツァンティの「受胎告知」(1750c)


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「睡眠」
入館者が誰もいないのです。このような閑古鳥が鳴く環境で個展をやる意味があるのか疑問に思いました。


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ピエトロ・ヴァン二の「死せるキリスト」(1876)


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祭壇画などの常設展示作品を取り外して、彼女の作品を展示しています。


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美術館の展示は作品の年代順が良いと思います。


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ジュゼッペ・サンドリの「グイド・レーニ作『光悦のマグダラのマリア』の複製画」(1861‐64)


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18世紀の無名画家の「ヴィテルボの聖ローザ」


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フランチェスコ・ダントニオ・ザッキ通称イル・バッレッタの「聖マルコ」(1476以前)
(つづく)

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サン・ロレンツォ司教座教会です。


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丘上のこの地にエトルリア人によって建設されたヘラクレス神殿がありましたが、7世紀に神殿を初期キリスト教会に転用したのが、この聖堂の前身です。


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12世紀、初期キリスト教会だった建物を取り壊し、その上に新築されたロマネスク様式の建物が二代目です。二代目の建物の完成後の1192年、教皇チェレスティーノ3世によって司教座が置かれることになりました。
16世紀、フランチェスコ・ガンバラ枢機卿によって建物のファサードがルネサンス様式に改修されましたが、改修後の姿が現在に至ってます。


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この教会が有名なのは、13世紀に教皇庁が約30年間ヴィテルボに遷され、史上最長期間の教皇選出が行われて、コンクラーヴェと言う言葉を生んだからでしょう。
しかし、教皇庁が置かれた歴史があるにも拘らず教会としての格付けが低く、教皇ピオ12世によってBasilica Minoreに昇格したのが1940年でした。


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12世紀に建設された鐘楼がオリジナルの形で今も残されてます。


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ファサードに向かって右奥にある長い建物は1255年から1267年に建設された教皇の館 Palazzo dei Papiです。


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教皇の間に向かう階段です。


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奥の建物が司教館です。教皇庁が置かれていた時代、司教館に教皇庁がありました。


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教皇がここにいた時代、ロッジャから教皇がお出になり一般信者に祝福を与えたとされてます。また、ロッジャの部分は天井があったそうですが、1325年に崩落してしまい、その後修復されずに天井なしの状態で現在に至ってます。


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階段を上ってロッジャに行きました。


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ロッジャからの景色


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ロッジャにあるフォンターナ


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ロッジャから聖堂に戻ります。


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扉上の彫刻


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この扉の彫刻は新しいものでしょうね。


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聖堂内に入ります。


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三廊式の内部です。12世紀の二代目建物の創建以降、修復、改修の歴史を物語るロマネスク様式、ルネサンス様式、バロック様式が折衷しています。


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左側廊方向


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右側廊方向


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木組みの梁の天井


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天井の木に文字や模様が書かれているそうですが、この写真では分かりませんね。


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床模様も見どころとされてます。


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左側廊


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柱頭も見どころです。


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側廊の天井も木組みです。


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入口扉横にあるフレスコ画


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12世紀の無名画家の「玉座の聖母子」


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ジローラモ・ダ・クレモナの「貧者を助ける聖ロレンツォ」(1472)


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無名画家の「聖セバスティアーノの殉教」(13世紀)


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無名画家の「聖母子」(13世紀)


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イル・パストゥーラの「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(16世紀)


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フランチェスコ・ダ・アンコーナの代表作「洗礼盤」(1470)


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マルコ・ベネフィアル(1684‐1764)の「聖ロレンツォの殉教」(18世紀前半)


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マルコ・ベネフィアルの「貧者に施しを与える聖ロレンツォ」(18世紀前半)


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マルコ・ベネフィアルの「聖コムニオーネを導く聖ロレンツォ」(18世紀)


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詳細不明の「ピエタ」


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無名画家の「ベアート・ジャコモ・ダ・ヴィテルボ」


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ローマの無名画家の「聖ジローラモ」


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カルロ・マラッタ(1625‐1713)の「貧者に施しをする聖ロレンツォ」


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ジローラモ・ダ・クレモナの「祈るキリストと聖人たち」(15世紀後半)


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ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリの「聖家族と聖ベルナルディーノ」(17世紀中頃)


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ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリの「聖クリストフォロ」


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ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリの「聖ロッコ?」


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サンタ・ルチア礼拝堂


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クーポラに見えるように描かれた騙し絵


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パオロ・グイドッティの「聖母子と聖ルチア」(17世紀初め)


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教皇庁が置かれていた時代の教皇の墓のようです。


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次の礼拝堂です。
15世紀に描かれた聖ピエトロと聖パオロのフレスコ画


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12世紀の無名画家の「カルボナーラの聖母」


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横から撮ると光らない。


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主祭壇


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後陣


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次の礼拝堂です。


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礼拝堂のクーポラ


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ジョヴァンニ・マリア・モランディの「聖イラーリオと聖ヴァレンティーノ」


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フランチェスコ・フェルディナンドの「聖イラーリオの殉教」(1714)


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フランチェスコ・フェルディナンドの「聖ヴァレンティーノの殉教」(1714)


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右側廊


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外に出ました。


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鐘楼の横に建つ建物は13世紀に建設されたヴァレンティーノ・デッラ・パニョッタ邸です。
(おわり)

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広場の面白いものの紹介です。


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この日は2017年6月7日でした。
この記事がアップされるのは、今の予定では2018年3月20日なので、ほぼ1年前のことを今頃アップしてケシカランと怒られそうです。
これを書くと身も蓋もありませんが、これを書いているのは2017年8月2日なんです。いつ何時書けなくなる時が来ると思うので、せっせせっせと書き貯めてます。


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監視カメラがあります。


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イタリアは監視カメラが多いと思いますが、スリなどの犯罪検挙には利用してないと思います。スリの被害話の多さから推察すれば、スリって警察公認?と思えます。


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サン・ロレンツォ通りを進みました。
全然話が違いますが、税制は人頭税が最良と思ってます。最も理想的な税制と思います。(人頭税を支持する多くの説が出されてます) 基本的に富の再分配は嫌いです。


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この道を真っすぐ進めば(途中、ちょっと右に折れますが)、サン・ロレンツォ大聖堂に突き当たります。


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中世の色濃い町並みです。


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このレストランは明らかに教会だった建物ですね。
調べたら、1142年に建設されたサン・ビアージョ教会でした。1927年に宗教活動を停止して建物を売りに出したそうです。


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塔がある建物は14世紀中頃に建設されたPalazzo Chigiです。


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ジェズ広場にやってきました。


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残念! ジェズ教会(またはサン・シルヴェストロ教会)はこの日も閉まっていました。


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この教会は興味深いので拝観したかった。


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その理由がファサードに掲げられた碑文に書かれてます。
1271年3月13日の朝、グイドとシモーネのモンフォルテ兄弟が、彼らの父と兄弟を殺したエンリコ・ディ・コルノヴァーリアを教会内で殺したのです。
父と兄弟の敵討ちをしたという訳です。エンリコはモンフォルテ兄弟の親戚だったそうです。


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この日もルネッタに描かれたフレスコ画を見ただけで教会を後にしました。


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ジェズ広場にあるフォンターナ


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塔を見に行きました。


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11世紀から13世紀に建設されたボルゴニョーネの塔です。


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塔の歴史などが記されてます。


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暑いので、ここで一服しました。(タバコは吸ったことがありません)


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外階段がある建物はより中世ぽく見えます。


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サン・ロレンツォ通りを進みました。


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道草したかった道ですが過去の失敗を思い出して、我慢しました。


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右に折れました。


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道の突き当りにドゥオーモが見えます。


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写真右はファルネーゼ宮です。


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陸橋の上から撮りました。


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ファルネーゼ宮は以前、公開されていたと思いますが、近ごろは開いていたことがありません。


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この日も固く施錠されていました。おそらく非公開になったと思います。


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入口上に紋章があります。


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これもファルネーゼ家の紋章のようですが、見慣れた紋章とはかなり違います。


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サン・ロレンツォ大聖堂です。


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大聖堂の隣にあるMuseoも開館してました。


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一時期、教皇庁が置かれ、初めてのコンクラーヴェが行われた聖堂として有名です。大聖堂については、改めて別個に取り上げる予定です。


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Museoについても改めて取り上げます。


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Museoを出た後、適当にぶらぶら歩きました。


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開いていた教会に入りました。


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芸術作品と思われるものはありません。


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午後6時半を過ぎてます。


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(おわり)

お腹一杯になったので腹ごなしに歩きました。
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イタリア大通りを進みました。


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振り返ると正面にヴェルディ劇場が見えます。


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サン・エジーディオ教会の後陣です。


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教会の入り口は裏通りにありますが、この時間は開いてません。


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途中で寄り道しますが、ドゥオーモに向かって歩きました。


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戦没者慰霊堂のようです。


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1510年、時の教皇レオ10世の命によって建設されたサン・ジョヴァンニ・バッティスタ・デリ・アマルディア―ニ教会です。


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現在は宗教活動を停止した旧教会で、市立美術館の一部になっている他に様々な展示場として使用されているようです。


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バスターミナルになっているカドゥーティ広場


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ローマ通りをプレビシート広場の方に進みました。


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午後3時過ぎですが、夏至近くの日差しがまだまだ強烈でした。


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観光案内所で地図を買いました。€3.5


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ユニークな形をした、1320年に建設されたサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会です。


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美術好きにとって必見だそうですが、開いていることがありません。


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プレビシート広場に入ります。


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この広場が街の中心です。


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プリオーリ宮


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ポデスタ邸


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ポデスタ邸に時計塔があります。


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プリオーリ宮の庭園に行くことにしました。


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プリオーリ宮ロッジャの壁に描かれたフレスコ画


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庭園です。


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庭園にもフォンターナがあります。


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プリオーリ宮は低い丘の上に建ってます。


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谷の向こうに見えるのはトリニータ教会です。


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庭園から見たプリオーリ宮の内側


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壁の紋章


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庭園にもう一つフォンターナがありました。


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次はサンタンジェロ・イン・スパータ教会です。


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850年の文書に記録されている古い教会です。現在の建物は1078年に建設され、1145年に奉献式が執り行われたロマネスク様式のスパータ家所有だった教会が原形だそうです。


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その後、幾度となく修復され、18世紀に行われた全面改装の結果、ほぼ現在の姿になりました。しかし、1944年に爆撃され大きな被害を受けてしまい、戦後に大修復されました。


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ファサード横にあるベッラ・ガリア―ナの墓です。


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ベッラ・ガリア―ナはローマ時代の人でヴィテルボに縁があったので墓がここに置かれてますが、石棺は複製です。


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拝観しました。


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左右の側壁にそれぞれ3つの礼拝堂が設けられてます。


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第二次世界大戦後に大修復されたので新しく見える内部です。


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美術的には数点の見どころがあります。


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左第1礼拝堂


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左第2礼拝堂


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左第3礼拝堂


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詳細不明の「キリスト」


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礼拝堂アーチのフレスコ


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主祭壇


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後陣


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主祭壇画は、フィリッポ・カッパロッツィ通称ロ・スパーニョレットの「聖母子と聖人たち」(17世紀前半)


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左翼廊


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右翼廊


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「大天使ミケーレ」


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14世紀に制作された「磔刑像」


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ヴィテルボの無名画家の作品(17世紀)


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アンドレア・ディ・ジョヴァンニ(オルヴィエート、1378‐1424活動記録)の「聖母子」(14世紀末)


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外に出ます。


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(つづく)

2017年10月から約130日振りに再訪しました。
展示室や展示作品は殆ど同じだろうと思っていましたが、その点は予想通りほぼ同じであったものの、一部ではかなりの違いが認められました。
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例年、この時期は閑散期の筈ですが、フィレンツェは混雑していました。特に遅めの春節休みを過ごす中国人が多かったように思います。フィレンツェに限らず、ドイツ語を話す人たちを各地で多数見かけました。


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昨年と比べると、入館料がかなり値上がりしました。ウフィツィ美術館だけではなく、入館した殆どの美術館・博物館で入館料が高くなってます。
この現状を鑑みると、フィレンツェ・カードの€72で、72時間有効、行列スキップの優先入館権は非常に有利になったと思います。4つの美術館・博物館を入館すれば元を取れることになりますから。


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第1展示室が開いていました。


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第1展示室ですが、2010年頃までは開いていてギリシャ彫刻などを展示していたと思いますが、近年は扉が閉められ、実質の最初の展示室はジョットのマエスタがある第2室となっていました。2017年10月にも第1室は閉まっていました。
再オープンされた第1室には、ジョット以前の12世紀から13世紀の作品が展示されてます。
以下、第1室の展示作品です。


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フィレンツェの逸名画家(1250‐1275c活動)の「聖母子」(1250‐60c)


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Maestro della Maddalena (フィレンツェ、1260‐1290c活動)の「福音書記者聖ルーカ」(1280‐90c)


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Maestro del Bigallo (フィレンツェ、13世紀前半活動)の「玉座の聖母子と2天使」(1230c)


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Maestro della Croce 434 (ルッカ・フィレンツェで1230‐1250c活動)の「磔刑とキリストの受難」(1240c)


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メリオーレ(フィレンツェ、1250‐1280c活動)の「祈るキリストと4聖人(聖母、福音書記者聖ジョヴァンニ、聖ピエトロ、聖パオロ)」(1271)


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Maestro della Croce 434 の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1240‐50c)


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トスカーナの逸名画家(13世紀第1四半世紀に活動)の「聖母子と受胎告知」(1210‐15c)


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ボナヴェントゥーラ・ベルリンギエーリ(ルッカ、1228‐1274記録)の作品(1255c)


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聖母子と聖人たち


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磔刑とカルヴァリオへの途と十字架降下


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Maestro della Croce 432(ピサまたはフィレンツェで1150‐1200活動)の「磔刑」(1180‐1200c)


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入館して初めての部屋である第1室は、入館者のほぼ全員が入室していました。


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ジョットは相変わらず人気が高い。


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リッポ・ディ・べニヴィエーリの「聖母子」


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上記作品の説明プレートです。
「Firenze, attivo dal 1290 al 1330 circa 1350 circa- 1396」の意味が分かりません。


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階上の展示室や展示作品は前回とほぼ同じだったと思います。


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そうは言っても、前回と違って全作品の写真を撮っていないので、その辺の正確なことが分かりません。


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グループツアーの一行が立ち去った直後に撮った写真です。
これだけの人を蔑ろにして、グループツアーの一行がこの作品の前で20分も独占していました。お互い様、譲り合いの精神が全く欠如した態度に呆れました。


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連日の大雨でアルノ川の水量が多く、流れが何時もよりも速いと思いました。


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第41室は引き続き閉鎖されていました。


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階下の展示室では、カラヴァッジョ作品の展示方法が大きく変わったのが目立ちました。
ウフィツィ美術館には、カラヴァッジョ作品が3点あるのですが、従来は一つの展示室で3点を展示していましたが、今回、行ってみると、カラヴァッジョ作品の展示室が3室に増えて、各室にカラヴァッジョ作品が1点づつ展示され、他画家の関連作品が展示されるようになりました。


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カラヴァッジョの「メドゥーサ」が展示されている第96室の展示作品です。


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第96室の展示作品


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展示室と展示作品が2017年10月の時よりも多くなりました。
一度に全部を見るのは至難の業です。


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今の所、第99室が最終展示室となってますが、これ以上増えたら大変です。


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ヴェリータ門から城壁内に入りました。


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次は門の近くにあるサン・ジョヴァンニ・イン・ツォッコーリ教会です。


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身廊側の扉が開いてました。


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身廊前のダンテ広場にもフォンターナがあります。


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中に素晴らしい多翼祭壇画があります。


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1037年に建設されたサン・ジョヴァンニ・イン・ツォッコーリ教会です。


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長い年月の間にファサードが徐々に前傾するようになったので、二本のアーチで補強して前傾を支えてます。


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ファサードの大部分は創建時の姿を今も留めてますが、それ以外の部分はその後に行われた修復工事による比較的新しいものです。
特に第二次世界大戦の爆撃によって大きな被害を受けた箇所は戦後に修復されました。


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ファサードの扉上ルネッタに描かれた「福音書記者聖ジョヴァンニ」のフレスコ画


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中に入りました。


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三廊式、ロマネスク様式の内部です。


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通常、ファサード側と身廊側の二か所が開いてます。


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木組みの梁の天井


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左側廊


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側壁や柱にあったフレスコ画は全く残されていません。


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右側廊


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主祭壇


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後陣は、戦争の爆撃によって崩落したので戦後に再建された新しいものです。


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フランチェスコ・ダントニオ・ダ・ヴィテルボ通称イル・バッレッタの多翼祭壇画(1441)
この教会の唯一の見どころと言ってよい作品です。


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玉座の聖母子


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聖ピエトロ、洗礼者聖ジョヴァンニ


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福音書記者聖ジョヴァンニ、聖パオロ


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裾絵


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主祭壇前から見たファサード側出入口


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外に出ました。


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今まで困っていましたが、何とか持ちこたえてくれていたカメラのSDHCカードの転送スピードが極端に遅くなってきました。


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こちらに来る前、ローマのホテルで新しいメモリーカードを入れましたが、それの調子が悪くなったのです。グレード10なのに情けない。


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常時、予備のメモリーカードを持っている筈ですが、今朝交換したばかりの32GBの容量がなくなることはないと油断して予備のカードを持っていなかったのです。


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仕方がないので、メモリーカードを取りにホテルに戻ることにしました。


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教会を出た以降の写真はカメラのメモリに撮ったものです。


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ジーリオ通り


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1076年創建のサンタ・マリア・イン・ポッジョ教会です。


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教会前にあるFontana della Crocetta (16世紀)


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サン・ロッコ通り


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サンタ・ローザ教会が見えてきました。


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サンタ・ローザ教会の後陣


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ホテルに戻りました。


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サン・マルコ教会


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この時間は開いてません。


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メモリーカードの不具合でホテルに戻ることになり、時間を損したので、予定外のこのお店で昼食にしました。


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かなりお高く、味は今八でした。


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イマイチではなく、イマニでもなく、イマサンでなく、今八。


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(つづく)

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次の部屋に入ります。


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第4室です。主に石棺が展示されてます。他人のお墓なんぞ見る気がしませんが、イタリアでも日本でも墓の展示が大好きなのは趣味が悪いと思ってます。


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石棺(前3世紀末‐前2世紀)


P2240305
石棺(前3世紀末‐前2世紀)
棺に入っていた遺体は?


P2240307
石棺(前3世紀末‐前2世紀)


P2240309
ローマ時代のもの


P2240310
墓石(紀元前3世紀)


P2240311
墓石(紀元前3世紀)


P2240314
次の展示コーナーです。


P2240313
ここも未だ第4室です。


P2240315


P2240316
石棺(紀元前23‐18)
誰の墓だったのか特定されています。その没年が分かっているので石棺の制作年が大体分かるそうです。


P2240318
石棺(紀元前67)


P2240320


P2240322
石棺


P2240324
石棺


P2240327
次の部屋です。


P2240326
第5室です。


P2240328
女性像(紀元前1世紀末‐1世紀初め)


P2240330
リヴィア?像(1世紀)


P2240332
男の頭像(紀元前2世紀‐紀元前1世紀)


P2240334
ディアナ?(紀元前1世紀後半)


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P2240337


P2240339
次の部屋です。


P2240340
メダルとコイン


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P2240343
種々雑多な展示


P2240344
写真の展示


P2240345
次の部屋です。


P2240346
第10室になります。


P2240347


P2240348


P2240349


P2240350
エッチング


P2240351
セミナー室です。


P2240353
ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリの「エジプトへの逃避途中の休息」(17世紀)


P2240356
17世紀の無名画家の「教皇インノチェンツォ10世の肖像」(1644‐1655)


P2240359
ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリの「エルコーレとオンファーレ」


P2240361
アンジェロ・プッチャーティ(プッチャッティ)の「聖家族と聖カリオと聖フィリッポ・ネリ」(17世紀後半)


P2240365
ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリの「受胎告知」(17世紀)


P2240369
チェーザレ・ネッビアに帰属する「聖セバスティアーノ」(16世紀末‐17世紀初め)


P2240371
マルコ・ベネフィアルの「聖マリア・エジツィアカの死」(1720‐30)
こんな聖人がいるんだ。


P2240374
アントニオ・ゲパルディに帰属する「聖家族を崇める聖人たち」(1667‐70)


P2240378
ジュリオ・ピエリーノ・ダメリアに帰属する「聖ヴィンチェンツォ」(16世紀後半)


P2240381
ドメニコ・コルヴィの「ポリッセーナの犠牲」


P2240385
18世紀の無名画家の「フラ・ジョヴァンニ・ナンニの肖像」


P2240388
ドメニコ・コルヴィに帰属する「聖クリスピーナ」(18世紀)


P2240391
ミケーレ・キスレーリの「教皇ピオ5世」


P2240392


P2240395
ルドヴィーコ・マッツァンティの「寺院への出現」(18世紀)


P2240398
ルドヴィーコ・マッツァンティの「聖母の誕生」(18世紀)


P2240401
サルヴァトール・ローザの「聖トッマーゾの不信」(18世紀)


P2240405
アンティヴェドゥート・グラッマティカの「寺院への出現」(17世紀)


P2240409
18世紀の無名画家の「バーリの聖二コラ」


P2240412
ジュゼッペ・ルスカの「ジョヴァン・バッティスタ・ブッシ枢機卿の肖像」(1714)


P2240419
アントニオ・アンジェロ・ボニファッツィ(ヴィテルボ、1627‐ローマ、1699)の「聖レオナルドの説教のステンダリオ」(17世紀)


P2240416
上の裏面です。
アントニオ・アンジェロ・ボニファッツィの「天上の聖レオナルド」(17世紀)


P2240427
これで終わりです。


P2240428
ヴィターレ・ダ・ボローニャ、イル・パストゥーラの作品が良かったと思いました。
ロンドン・ナショナル・ギャラリーから来ていたマンテーニャの作品が見ることが出来て良かった。


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墓ばっかり


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P2240432


P2240444
(おわり)

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コスタンティーノ・ディ・ヤコポ・ゼッリ(ヴィテルボ、1509‐1524消息)の「十字架降下」(16世紀)


P2240252
サーノ・ディ・ピエトロ(シエナ、1406‐1481)の「シエナの聖ベルナルディーノ」(15世紀中頃)


P2240256
フランチェスコ・ダントニオ通称イル・バッレッタ(ヴィテルボ、1430から消息‐1476没)の「玉座の聖母子」


P2240260
ピエトロ・ダ・コルトーナの「羊飼いの礼拝」


P2240265
アントニアッツォ・ロマーノの「聖母子」(1497)


P2240268
パンクラツィオ・ディ・アントネッロ・ダ・カルヴィ(カルヴィ、1467‐1513消息)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1477c)


P2240272
アンドレア・ジョヴァンニ(オルヴィエート、1378‐1417消息)とアントニオ・デル・マッサ―ロ通称イル・パストゥーラ(ヴィテルボ、1478‐1513消息)の「聖母子と天使とケルビーニ」(15世紀)


P2240277
アントニオ・デル・マッサ―ロ通称イル・パストゥーラの「羊飼いの礼拝」(15世紀後半)


P2240281
アンドレア・マンテーニャの「聖母子とマグダラのマリアと洗礼者聖ジョヴァンニ」(1490‐1505)
ロンドンのナショナル・ギャラリーから貸し出されていた作品です。


P2240283
これで2階の第8室は終わりです。


P2240284
1階のキオストロ回廊に戻りました。


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展示室番号の表示がありませんが第1室でしょう。


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P2240291
1階の室内に入りました。


P2240292
第2室です。


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P2240295
次の部屋です。


P2240294
第3室


P2240296
エトルリア時代の壺


P2240297


P2240298


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今日は時間がないので、短いですがこの辺で終わりにします。


P2240300
(つづく)

P2240439
ヴィテルボのサンタ・マリア・デッラ・ヴェリタ教会です。


P2240443
教会に隣接する、12世紀に建設された修道院の建物が市立美術館です。


P2240440
写真のピンクぽい色の建物が旧修道院です。


P2240087
市立美術館の入り口です。


P2240165
美術館は1955年にオープンしました。


P2240166
切符売り場


P2240167
旧修道院のキオストロ回廊


P2240169
回廊にはエトルリア時代からローマ時代の遺跡からの発掘物などが展示されてます。


P2240171
2階の絵画彫刻部門から見ることにしました。


P2240176
2階の展示室です。


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第8室になります。


P2240172
パスクゥアーレ・ロマーノ(ローマ、1286から活動記録)の「スフィンクス」(1286)


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制作者不詳の「ライオン像」(13世紀)


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パストゥーラ派無名画家の「聖母子」(16世紀中頃)


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マンテーニャの作品が貸し出し展示されていました。


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ヴィターレ・ダ・ボローニャ(ボローニャ、1330‐1359生存確認)の「聖母子と枢機卿と司教聖人」(14世紀中頃)


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ドイツの無名金属工芸家の「ライオンの形をした水差し」(ブロンズ)(13世紀前半)


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制作者不詳の「聖母子」(13世紀中頃)


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「ライオン像」(13世紀末)


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大理石の碑文(13世紀)


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ローマ派無名画家の「聖母子と天使」(13世紀)


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詳細不明の「マギの礼拝」


P2240202


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P2240206


P2240206
ロープが張られていたので、近付いて作品を見ることが出来ません。


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セバスティアーノ・デル・ピオンボの「キリストの鞭打ち」


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セバスティアーノ・デル・ピオンボの「マギの礼拝」


P2240211
セバスティアーノ・デル・ピオンボの「聖母被昇天」


P2240214
展示方法に疑問あり、でした。
有名なセバスティアーノ・デル・ピオンボの「ピエタ」は貸し出し中でした。


pieta
見ることが出来なかったセバスティアーノ・デル・ピオンボの「ピエタ」


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第8室のこちらは特別展だったようです。


P2240219
広い第8室です。


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アンドレア・デッラ・ロッビア派の無名彩釉テラコッタ家の「聖母子と2天使」(1515c)


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アンドレア・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1435‐1525)の「ジョヴァンニ・バッティスタ・アルマディーニの胸像(テラコッタ)」(1510)


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アントニアッツォ・ロマーノ(ローマ、1464‐1508活動記録)の「聖母子」(15世紀)


P2240233
ヴィテルボの無名画家の「聖ルチアと聖アンサーノとシエナの聖ベルナルディーノ」(15世紀)


P2240237
フランチェスコ・ダントニオ・ザッキ通称イル・バッレッタ(?‐1473以降没)の「玉座の聖母子」(15世紀中頃)


P2240242
アントニオ・デル・マッサ―ロ通称イル・パストゥーラ(ヴィテルボ、1478‐1513活動記録)の「聖母子と天使たち」(1492‐97c)
(つづく)

P2240075
この先にあるサン・マルコ門に向かいました。


P2240076
13世紀に造られたサン・マルコ門です。


P2240077
門手前の壁に描かれた騙し絵


P2240080
門を潜って城壁外に出ました。


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城壁外の城壁沿いの道を進みます。


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市立美術館は城壁沿いも道に面して建ってます。


P2240084
この門の名前を知りません。


P2240085
Porta della Veritaです。道路を隔てた門の向かいに市立美術館があります。


P2240086
教会の隣が市立美術館です。


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サンタ・マリア・デッラ・ヴェリタ教会です。


P2240443
市立美術館になっている建物は旧修道院です。


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教会の扉が開いていたので拝観しました。修道院だった建物は美術館に転用されてますが、教会の方は宗教活動を行っている現役?の教会です。


P2240091
文書に残された記録がありませんが、12世紀後半にはこの地に教会があったと伝えられてます。


P2240092
現在の建物は1350年頃に建設されたものです。単廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の内部です。


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木組みの梁の天井


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14世紀頃の剥離フレスコ


P2240097
詳細不明


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ペルージャ?の無名画家の「大天使ミケーレ」(16世紀)


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マルコ・ザッパの「ピエタ」(2013)


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ペルージャの無名画家の「玉座の聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖アントニオ・アバーテ」(1611)


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左翼廊


P2240106
右翼廊


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主祭壇


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見分けがつかない古いフレスコ画


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パストゥーラ派画家によるフレスコ画(15世紀末‐16世紀初め)


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聖痕を受ける聖フランチェスコ


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三位一体


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「三聖人(聖セバスティアーノ、聖ファビアーノ教皇、聖ロッコ)」


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制作者不明の「聖母子」(16世紀)


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制作者不明の「司教と天使たち」(16世紀)


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右翼廊です。


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制作者不明の「聖母子」(1591)


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ルドヴィーコ・マッツァンティの「無原罪の御宿リ」


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詳細不明の「聖母子」


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礼拝堂の天井


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主祭壇前から見た出入口方向


P2240145
サン・ジローラモ礼拝堂


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マッツァトスタ礼拝堂は施錠されていて中に入ることが出来ませんでした。


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ロレンツォ・ダ・ヴィテルボによって描かれたフレスコ画で礼拝堂が装飾されてます。


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聖母の結婚


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金網の網の間のカメラを入れて何とか撮った写真です。


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サクロ・クオーレ礼拝堂


P2240160
14世紀のフレスコ画


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次は市立美術館です。


P2240165
前回、臨時休館だったので約5年振りです。


P2240219
市立美術館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


P2240216
何たることか! 一番の見どころの作品がロープが張られていたので、近づいてみることが出来ません。


P2240427
(つづく)

P2230998
ヴィテルボには主要な鉄道駅が3駅ありますが、この日はヴィテルボ・ポルタ・フィオレンティーノ駅に到着しました。


P2230999
駅舎


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大きな荷物があっては身動きがままならなので、荷物を預かって貰うために先ずこの日のお宿に向かいました。


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ヴィテルボは城壁に囲まれた街です。


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こちらの門から城壁内に入りました。


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この日も暑かった。勿論猛暑日でした。


P2240006
この日のお宿です。前回もこのホテルに泊まりました。


P2240007
荷物を自室に置いて身軽になったので、早速街歩きに出発しました。


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ヴィテルボに来た最大の目的は市立美術館に入館することでした。
前回の旅では、市立美術館は臨時休館(恐らく美術館職員のストライキだったと思います)だったので、何とか念願を果たしたいと思ったのです。


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有名なオペラ劇場(この日は公演なし)


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この街に来たならば、サンタ・ローザ教会に行くのが自然と言うものです。


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教会の横に聖ローザが過ごした家があるという、ヴィテルボの由緒正しき教会です。


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扉が開いていたので拝観することに。


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新しく見えるのは、19世紀半ばに再建された建物だからです。


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創建は13世紀でしたが、1632年に再建されました。従って現在の建物は再再建の3代目となります。


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三廊式、新古典様式の内部


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左右の翼廊があります。


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1913年に建設されたクーポラ


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ジョヴァン・ミケーレ・ウィトメール(1802‐1880)の「天上の聖母子と聖人たち」


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右翼廊


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詳細不明のロレートの聖母


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この多翼祭壇画が必見です。


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フランチェスコ・ダントニオ・ザッキ・ダ・ヴィテルボ(ヴィテルボ、1439から記録‐1476?没)のポリッティコ


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玉座の聖母子
白い紙のようなものは修復用?


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聖ローザ


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


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慈悲の聖母


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受胎告知する大天使


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受胎告知される聖母


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裾絵中央


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左から聖パオロ、聖ロレンツォ、聖ルチア


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左から聖ビアージョ、聖フランチェスコ、聖バルトロメオ


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左端絵は上から洗礼者聖ジョヴァンニ、聖アントニオ・アバーテ、聖マルゲリータ


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右端絵は上からマグダラのマリア、トローサの聖ルドヴィーコ、アッシジの聖キアーラ


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これがないと聖人を区別するのが難しい。


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ヴィンチェンツォ・ポンターニの「聖ジュゼッペの死」(19世紀前半)


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主祭壇


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磔刑像(18世紀)


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後陣天井


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主祭壇画はフランチェスコ・ポデスキの「聖ローザ」


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詳細不明


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左翼廊


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取り壊された建物にあったベノッツォ・ゴッツォリのフレスコ画やルネサンス期の祭壇画は市立美術館で見ることが出来ます。


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17世紀に制作された磔刑像


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外に出ました。


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(つづく)

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気になっているお店が見えてきました。


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ここです。


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料理学校ですが、食材も販売しているようです。
前回の旅で、この前を通ったら美味しそうな匂いがしたので、学校の入り口で中を覗いたところ、今出来たばかりだから良かったら食べていきませんか、と声をかけられたのです。


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もう6時近くですが、日差しが強かった。


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普段ならば、6時近くにもなれば人出が多くなるはずですが、夏至近くは夜が遅くなるようで、人の姿がまばらでした。


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Piazza Baios


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次はサンタ・カテリーナ教会です。


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先ほどは市立美術館に急ぐため、拝観しなかった教会です。


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サンタ・カテリーナ教会です。


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教会の扉は何時も閉まってます。


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サンタ・カテリーナ教会の横にあるのはOratorio della Compagnia della Croceです。オラトリオの扉が開いてますが、サンタ・カテリーナ教会へはオラトリオから入ることになってます。


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ロマネスク様式の構造をしてますが、18世紀の修復の際、現在の形に変更されました。


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新しいものに見える磔刑像


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


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美術的に必見の作品はありません。


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フィレンツェの無名画家の「玉座の聖母子と4聖人」(18世紀)


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ベルナルディーノ・メイの「天上の聖母子と4聖人」


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次はオラトリオです。


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祭壇のテラコッタが有名です。


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ザッカリア・サッキの「死せるキリストへの哀悼」


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天井はクーポラに見えるようにした騙し絵です。


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外に出ました。


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共同洗濯場を横で見ながら先に進みました。


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17世紀に建設されたPalazzo Apolloni


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市庁舎


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次はドゥオーモです。


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カステッロ通り


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ドゥオーモにやってきました。
今度はゆっくりと拝観します。


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フィリッポ・タルキアーニの「キリストの復活」


P2310265
ジョヴァンニ・オダッツィの「天上の聖母子と2聖人」


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バルトロメオ・キアーリの「聖母被昇天」


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オッタヴィオ・ヴァンニーニの「最後の晩餐」


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ジョヴァンニ・パオロ・メイキオッリの「授乳の聖母」


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右翼廊


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ルティリオ・マネッティの「ご誕生」


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ピエトロ・タッカ作の祭壇


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説教壇


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P2310286


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アストルフォ・ペトラッツィの「聖家族」


P2310282
フランチェスコ・ナジーニの「聖パオロの回心」


P2310283
フランチェスコ・ナジーニの「聖パオロの逆さ磔」


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ヴィンチェンツォ・ダンディーニの「マギの礼拝」


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詳細不明


P2310293
詳細不明


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外に出ました。


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アルタで見たかった所には大体行ったようです。


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バッサに下りることにしました。


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使用中止のエレベーター


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日が傾いたのと、下り坂なので楽でした。


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急坂です。


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バッサに下りました。
夕方にサンタゴスティーノ教会を拝観しましたが、それは省略します。


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(おわり)

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次の展示室です。
この部屋ではサン・ピエトロ女学校にあった作品が展示されてます。


P2310107
ジャンボローニャのサークルに属するフィレンツェの無名彫刻家の「洗礼者聖ジョヴァンニの首」(17世紀初め)


P2310109
17世紀の無名画家の「聖テレーザ?」


P2310113
17世紀の無名画家の「聖フランチェスコ・サヴェーリオ」


P2310116
17世紀前半の無名画家の「獄中からの聖ピエトロの解放」


P2310119
ドン・ジョヴァン・ピエトロ・ベニーニ(フィレンツェ、1676‐1737まで生存確認)の「祈るキリスト」(18世紀第2四半世紀)


P2310122
デッラ・ロッビア工房の「この人を見よ」(16世紀第1四半世紀)


P2310125
マリオ・バラッシ(フィレンツェ、1604‐1667)の「聖チェチリア」(1630‐40c)


P2310128
17世紀の無名画家の「聖ドナート司教?」(1677)


P2310132
17世紀末のトスカーナの工房作の「祭壇前飾り」


P2310135
アントニオ・プッチネッリ(カステルフランコ・ディ・ソット、1822‐フィレンツェ、1897)の「聖母被昇天と聖ピエトロと聖アゴスティーノ」(1859)


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次の部屋です。


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この部屋が最終展示室だったと思います。


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ジョヴァン・パオロ・メルキオッリ(ローマ、1664‐1745)の「ヴェロニカ」(1690‐1700c)


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フィレンツェの無名画家?の「聖フィリッポ・ネリに顕現する聖母子」(17世紀末)


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17世紀末のトスカーナの無名画家の「聖母子と2教皇聖人」


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バルトロメオ・カヴァロッツィ(ヴィテルボ、1590c‐ローマ、1625)の「大天使聖ミケーレとアンティオキアの聖イグナツィオ」(1610‐20c)


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ジョヴァン・バッティスタ・パッジ(ジェノヴァ、1554‐1627)の「嬰児虐殺」(1604以前)


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トスカーナの無名画家の「聖ロレンツォの殉教」(1620‐40c)


P2310164
ドン・ジョヴァン・ピエトロ・ベニーニの「パオラの聖フランチェスコ」(1717)


P2310167
ピエル・ダンディーニ(フィレンツェ、1646‐1712)の「大天使ミケーレ」(17世紀後半‐18世紀初頭)


P2310169
ヴァレリオ・スパーダ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1613‐フィレンツェ、1688)の「ヴィーナスの庭園」(1661)
エッチングです。


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ヴァレリオ・スパーダの「フィレンツェ・プラート門近くの景観(エッチング)」(1650c)


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ヴァレリオ・スパーダの作品(エッチング)


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ヴァレリオ・スパーダの作品(エッチング)


P2310184


P2310186
これで終わりのようです。


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旧修道院のキオストロ回廊だった?


P2310190
回廊の壁にあったもの


P2310188
この美術館の最高作品を一つ挙げるとすれば、Maestro di Badia a Isolaの「マエスタ」にします。
勿論、高名なところではセーニャ・ディ・ボナヴェントゥーラの「聖母子」が断然良かったと思いました。


P2310194
地元の画家の作品にも感銘を受けました。特にコッレ・ディ・ヴァル・デルザの市長で画家でもあったアントニオ・サルヴェッティの作品が興味深いものがありました。


P2310214
(おわり)

P2310004
次の展示室です。


P2310005
この部屋はアントニオ・サルヴェッティの作品が並べられてます。


P2310006
アントニオ・サルヴェッティは画家、彫刻家でしたが、コッレ・ディ・ヴァル・デルザの市長を務めたり、サンタゴスティーノ教会の鐘楼を設計するなどしました。


P2310007
Museo Civicoとなっている展示室とMuseo Diocesanoとなっている展示室が混在しています。


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アントニオ・サルヴェッティ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1854‐1931)の「聖グレゴリオと聖アルベルトに顕現する聖母」(1889)


P2310012
アントニオ・サルヴェッティの「私の父モデストの肖像」(1895)


P2310014
アントニオ・サルヴェッティの「服喪の女性」(1880‐90c)


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17世紀の木工職人親方の「箪笥」


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アントニオ・サルヴェッティの「自画像」(1925)


P2310024
アントニオ・サルヴェッティの「読書する女性」(1911)


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アントニオ・サルヴェッティの「ポンチーナと呼ばれるアルフォンザ・パッツァ―リの肖像」(1923)


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アントニオ・サルヴェッティの「読書」(1894)


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アントニオ・サルヴェッティの「花と花瓶」(1919)


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アントニオ・サルヴェッティの「魚の静物画」(1931)


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アントニオ・サルヴェッティの「林の中」(1892‐93)


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アントニオ・サルヴェッティの「カモーニカ谷のパスパルド」(1889)


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アントニオ・サルヴェッティの「エルザ」(1890)


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アントニオ・サルヴェッティの「サピア要塞」


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アントニオ・サルヴェッティの「エルザの夏」(1894)


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アントニオ・サルヴェッティの「犬」(1916)


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アントニオ・サルヴェッティの「女の頭」


P2310059
次の部屋です。


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エンリコ・カメニス(コモ、1866‐コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1904)の「コッレ・ディ・ヴァル・デルザの風景」(19世紀末‐20世紀初頭)


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フェッルッチョ・マンガネッリ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1883‐1968)の「公園」(1914)


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ニッコロ・カッニッチ(フィレンツェ、1846‐1906)の「日没」(19世紀末‐20世紀初頭)


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17世紀のトスカーナ工房作「小キャビネット」


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ヴィットリオ・メオーニ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1859‐1937)の「薄暮」


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17世紀のトスカーナ工房制作の「小キャビネット」


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ヴィットリオ・メオーニの「コッレ・ディ・ヴァル・デルザの風景」


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ヴィットリオ・メオーニの「アベトーネ」
アベトーネは地名(トスカーナのコムーネ)です。


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アントニオ・プッチネッリ(カステルフランコ・ディ・ソット、1822‐フィレンツェ、1897)の「男の肖像」(1880‐90)


P2310085
アダモ・ルケリーニ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1881‐1920以前没)の「父の肖像」(1914)
写真のように見えますが油彩画です。


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ミーノ・マッカーリ(シエナ、1898‐ローマ、1989)の「トスカーナの町」(1924)
トスカーナの町が画題となってますが、コッレ・ディ・ヴァル・デルザです。
ブラウン・インク画です。


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ミーノ・マッカーリの「風景」(1923)


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ミーノ・マッカーリの「我妻アンナ」(1947)
エッチングです。


P2310096
次の部屋です。


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ここから現代画の展示です。


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有名画家の作品が2点ありますが私の趣味から外れます。


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ルネサンス期にはレオナルド・ダ・ヴィンチの作品さえも現代画だった訳で、現代画を毛嫌いしてはいけないと思うのですが・・・・・


P2310102
現代画が好きな方にお任せします。


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(つづく)

P2300870
アストルフォ・ペトラッツィ(シエナ、1580‐1653)の「羊飼いの礼拝」(17世紀第4四半世紀)


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セバスティアーノ・フォッリ(シエナ、1569‐1621)の「慈悲の聖母」(1605)


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ステファノ・ヴォルピ(シエナ、1606から活動記録‐1642没)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1600‐10c)


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フランチェスコ・バルタリーニ(シエナ、1569‐1609)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1600‐10c)


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展示作品の制作年代を示している?


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レジナルド・ビランチーニ(ぺーシャ、1820‐フィレンツェ、1907)の「アルノルフォ・ディ・カンビオ像」


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17世紀前半のフィレンツェの無名画家のロレンツォ・ウシンバルディ執政官の肖像」(1620‐30c)


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ロレンツォ・ガンベライ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザで17世紀初めに活動)の「ウシンバルド・ウシンバルディ司教の肖像」(1600‐10c)


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ロレンツォ・ガンベライの「ピエトロ・ウシンバルディ司教の肖像」(1610c)


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フェリーチェ・パルマ(マッサ、1583‐1625)の「ロレンツォ・ウシンバルディの胸像」(1610‐20c)


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トスカーナの無名彫刻家の「トスカーナのレオポルド2世像」(1830c)


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ジュゼッペ・アントニオ・ファッブリーニ(フィレンツェ、1748‐1795まで生存確認)の「ピエトロ・レオポルド大公の肖像」(1770‐80c)


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この表示はあてになりません。


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ジュゼッペ・アントニオ・ファッブリーニの「マリア・ルイザ・ボルボーネ大公夫人の肖像」’1770‐80c)


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アストルフォ・ペトラッツィの「コジモ・デッラ・ゲラルデスカ司教の肖像」(1730c)


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こんな古帽子を展示するなんて・・・・・


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19世紀末の無名彫刻家の「ステファノ・マッソン像」


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アントニオ・サルヴェッティ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1854‐1931)の「自画像」(1925)


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ティート・サッロッキ(シエナ、1824‐1900)の「ピエトロ・ビンビ像」(1888)


P2300928
ミーノ・マッカーリ(シエナ、1898‐ローマ、1989)の「自画像」(1947)


P2300931
オットーネ・ローザイ(フィレンツェ、1895‐イヴレア、1957)の「ロマーノ・ビレンキの肖像」(1957)


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Walter Fusi (Udine, 1924- Colle di Val d'Elsa, 2013) の「自画像」(1953)


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展示方法に戸惑います。


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トスカーナの無名彫刻家の「天使」(17世紀前半)


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15世紀のトスカーナの無名彫刻家の「聖母子」


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ローマの無名画家の「悪魔を退治する大天使聖ミケーレ」(17世紀末)


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ローマの無名画家の「福音書記者聖ジョヴァンニ」(17世紀末)


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ニッコロ・ベッティ(フィレンツェ、1571‐1617)の「磔刑のキリストとマグダラのマリア」(1590‐1600c)


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ジョヴァンニ・ブリーニ(フィレンツェ、1559から生存記録‐ピサ、1599)の「聖母子」(1580c)


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アンニーバレ・マッツゥオーリ(シエナ、1663‐1743)の「受難物を持つ天使たち」(17世紀末‐18世紀初頭)


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アレッサンドロ・カソラーニ(メンサーノ、1552/1553-シエナ、1607)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1603)


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オッタヴィオ・ヴァンニーニ(フィレンツェ、1585‐1666)の「聖バルトロメオ」(1610c)


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シモーネ・ピニョーニのサークルの「聖母被昇天」(17世紀中頃)


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トスカーナの無名彫刻家の「天使」(17世紀前半)


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聖具類


P2300982
アントニオ・サルヴェッティ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、1854‐1931)の「聖グレゴリオと聖アルベルトに顕現する聖母」(1890)


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ジェンナーロ・ランディ(トスカーナで18世紀末‐19世紀初頭活動)の「コッレ・ディ・ヴァル・デルザのドゥオーモを加護する聖母」(1800)


P2300991
アントニオ・ダ・コッレ(サン・ジミニャーノ、1469から記録)の「木製キャビネット」(15世紀中頃)


P2300993
聖具類


P2300996
ロ・スパダリーノ(ローマ、1585‐1651/1653)の「コスタンティーノ帝を洗礼する聖シルヴェストロ」(1640‐50c)


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フランチェスコ・ロッセッリ(フィレンツェ、1570‐1608記録)の「聖礼典の議論」(1584)
(つづく)

P2300726
ジョヴァンニ・マリア・トロサーニの「ピエタのキリストと福音書記者聖ジョヴァンニとアレッサンドリアの聖カテリーナと聖バルトロメオとマグダラのマリア」(1537)


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ジローラモ・ジェンガ(ウルビーノ、1476c‐1551)の「聖母子」(1500‐10c)


P2300736
ジョヴァンニ・マリア・トロサーニの「マギの礼拝」(1522)


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「聖母子」(1470‐90c)


P2300740
グイドッチョ・コッツァレッリ(シエナ、1450‐1516)の「聖母子と聖セバスティアーノとシエナの聖ベルナルディーノ」(1490‐1500c)


P2300747
ヴェントゥーラ・ディ・モーロ(フィレンツェ、1416‐1446存在確認)の「パドゥーレ(ポッジボンジ)のサン・ミケーレ教会の祭壇画」(1420‐30c)


P2300748
祈る父なる神


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受胎告知する大天使


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受胎告知される聖母


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聖母子


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聖クレメンテ教皇


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聖バルトロメオ


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上から聖ジャコモ・マッジョーレ、聖フィーナ


P2300763
上から聖ピエトロ・マルティーレ、聖マルゲリータ


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15世紀中頃の金工家による「聖杯と聖体皿」


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プセウド・アンブロージョ・ディ・バルデーゼ(フィレンツェで15世紀初めに活動)の「チェッダ(ポッジボンジ)のサン・ピエトロ教会のトリッティコ」(1410‐20c)


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聖母子と二寄進者


P2300774
聖フランチェスコと聖ピエトロ


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聖パオロと聖アゴスティーノ


P2300779
次の部屋です。


P2300778


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非常に見易い展示です。


P2300783
Maestro di Badia a Isola (シエナ、13世紀末‐14世紀初め活動)の「マエスタ」(1290‐1300c)


P2300787
6世紀の金属加工工房の「ガロニャーノの宝物」(銀製)(6世紀)


P2300790
15世紀の工房作
コッレ・ディ・ヴァル・デルザのドゥオーモにありました。


P2300792


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マルコ・ロマーノ(13世紀末‐14世紀初めに活動)の「磔刑」


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ステファノ・ヴォルピ(シエナ、16060から記録‐1642没)の「聖母」(1630‐50c)


P2300798
ステファノ・ヴォルピの「福音書記者聖ジョヴァンニ」(1630‐50c)


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チェンニーノ・チェンニーニ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザ、14世紀末‐15世紀初頭活動)の「聖母の誕生」


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セーニャ・ディ・ボナヴェントゥーラ(シエナ、1298‐1311存在確認)の「聖母子」(1310‐20c)


P2300812
次の部屋です。


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バキアッカ(ボルゴ・サン・ロレンツォ、1494‐フィレンツェ、1557)の「聖二コラと聖セバスティアーノと聖ロッコ」(1540‐60c)


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カルロ・ポルテッリ(ローロ・ジュッフェンナ、1538から活動記録‐フィレンツェ、1574c)に帰属する「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1560‐80c)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニ(フィエーゾレ、1537c‐フィレンツェ、1591)の「ピエタのキリストと聖人たち(福音書記者聖ジョヴァンニ、マグダラのマリア、聖フランチェスコ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、ウンゲリアの聖エリザベッタ)」(1578)


P2300827
アルカンジェロ・サリンベーニ(シエナ、1561から記録‐1580没)の「受胎告知」(1574)


P2300831
ドナート・マスカーニ通称フラ・アルセーニオ(フィレンツェ、1579‐1636)の「ロザリオの聖母」(1599)


P2300834
イル・ポッピ(ぽっぴ、1544c‐フィレンツェ、1597)の「トスカーナ大公の紋章」(1580‐90c)


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16世紀末のフィレンツェの無名画家の「コッレ・ディ・ヴァル・デルザの町を祝福する聖ジュゼッペ」


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シモーネ・フェッリ・ダ・ポッジボンジ(1568から存在記録、トスカーナで1600以降没)の「聖母子と聖人たち」
(1581)


P2300844
16世紀末のフィレンツェの無名画家の「コッレ・ディ・ヴァル・デルザの町を洗礼する聖マルツィア―レ」


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チゴリ(チゴリ、1559‐ローマ、1613)の「十字架降下」(1599‐1600)


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シモーネ・フェッリ・ダ・ポッジボンジに帰属する「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」
シエナ国立絵画館にありました。


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フランチェスコ・ロッセッリ(フィレンツェ、1570‐1608記録)の「2つの椅子」(16世紀第4四半世紀)


P2300859
16世紀末のトスカーナの無名彫刻家の「グロテスクなマスク」


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ベルナルディーノ・メイ(シエナ、1612‐ローマ、1676)の「受胎告知」(1640‐50c)


P2300867
17世紀中頃のシエナの無名画家の「受胎告知」
(つづく)

P2300661
Via Graccoです。Porta Nuovaが見えてますが、その手前に市立美術館があります。


P2300663
写真左の建物が美術館です。
Museo San Pietro Civico e Diocesanoが正式名称ですが、長くなるので簡単に市立美術館とさせて頂きました。


P2310214
美術館となっている建物は旧サン・ピエトロ教会・修道院でした。


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旧サン・ピエトロ教会です。
この美術館の新設オープンを私が知ったのは2017年春でした。どうしても見たかったので、2017年6月の旅程に組み入れました。


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以前、市立美術館はドゥオーモ近くのプリオーリ宮に置かれていました。


P2310306
今でも壁にMuseo Civicoと記されてます。3年前、入館するためにここに来た時、無断?休館となっていたので変に思っていました。


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美術館の入り口


P2300665
建物自体は古いですが、外観も内装も真新しくなりました。


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切符売り場


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以前と比べれば雲泥の差で、格段に整備充実した美術館になりました。


P2300669
しかし、変わらないのが入館者の少なさです。この日、他の入館者の姿を見かけませんでした。
相当な費用をかけて充実した美術館に一新された訳ですが、それが入館者増には繋がっていないようで心配になります。


P2300668
最初の展示室です。
なお展示室番号の表示はありません。


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14世紀の工房作?の「泉の頭部」


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コッレ・ディ・ヴァル・デルザのサン・サルヴァトーレ教区教会にあった柱頭が展示されてます。


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コッレの工房作{柱頭」(12世紀)
以下同じです。


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次の部屋です。
Walter Fusiのコレクションが展示されてます。


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現代でも普通の作品は良いのですが、抽象的なものは苦手です。


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「現代の普通の作品」とは何ぞやですが・・・・・


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抽象画への価値観が共有できません。


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抽象画を展示する部屋が幾つかあり、忍耐強く見て回りましたが、展示作品の紹介は省略させていただきます。


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次の部屋です。


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作家でジャーナリストだったロマーノ・ビアンキが個人収集した収集物が展示されてます。


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蔵書が展示されてます。


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古い絵画はありません。


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抽象画が殆どなかったのが救いでした。


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この部屋もロマーノ・ビアンキの収集物の展示です。


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この部屋には抽象的な作品がありました。


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セミナー室になっているようです。


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この部屋も興味薄です。


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外は酷暑でしたが、展示室内は冷房が効いて快適でした。


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しかし、入館者は私一人ですから過分過ぎるおもてなしでした。


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文化に対する姿勢に頭が下がります。


P2300700
1階の展示室紹介はこのぐらいで終わりにします。


P2300701
2階に向かいました。


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新築の建物のように見え、修道院だったとはとても思えません。


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2階も広大です。


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何も展示されていない部屋が幾つかりました。将来、さらに展示が増える可能性が高いと思います。


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Museo Diocesanoに入りました。


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2階最初の展示室です。


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天井


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ニッコロ・ディ・セル・ソッツォ(シエナ、1320‐1363存在確認)の「聖母子」(1335‐1365)
この作品は、以前、フィレンツェのウフィツィ美術館にありました。


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ルーカ・ディ・トンメ(シエナ、1355‐1389存在確認)の「聖母子」(1370‐90c)


P2300717
ロレンツォ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1370‐1427存在確認)の「聖母子と聖人たち(聖ロレンツォ、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖アントニオ・アバーテ、聖ニッコロ)」(1480‐90c)


P2300720
ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1444/1445-1497まで記録)の「聖母子と聖人たち」(1470‐1500c)


P2300723
ジョヴァンニ・マリア・トレサーニ(コッレ・ディ・ヴァル・デルザで16世紀前半に活動)の「寺院への出現」(1510‐20c)
(つづく)

P2300624
写真左はPalazzo Luci


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この建物の後にBastione di Sapiaがあります。


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これです。


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Palazzo Campana


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旧市街の中でこの辺は特に古い方になります。


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パラッツォのアーチを潜ります。


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アーチを出たところから通りの名称がVia Campanaに変わります。


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振り返って見たPalazzo Campana


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Palazzoの歴史などを書いても自己満足に終わりそうなので止めておきましょう。


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陸橋から見えるサン・フランチェスコ教会修道院です。


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この通りにバスが走ってます。


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写真右の旗が掲げられている建物はPalazzo Comunaleです。


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フィレンツェの支配下だったことを示すメディチ家の紋章があります。


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Municipio


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写真右の建物はPalazzo Ceramelli


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現在、ホテルになってます。
アルタに泊まるなら、このホテルがお勧めですが、アルタへのエレベーターが故障中の時は困るでしょうね。


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ホテル横はカテリーナ広場です。


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広場に昔使用されていた共同洗濯場があります。


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サンタ・カテリーナ教会が開いていましたがパス。


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写真右はPalazzo Alessi


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日陰が有難かった!


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市立美術館はもう直ぐです。


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Piazza Baios


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左側の道を進みました。


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写真右は旧サン・ロレンツォ病院


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市立美術館 Museo San Pietro Civico e Diocesanoに着きました。


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旧サン・ピエトロ教会修道院の建物を美術館に改造したので、美術館の名称にサン・ピエトロが付けられているのです。


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美術館について、明日から項を改めて詳しく触れます。


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新装開館ですね。


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外に出ました。


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城壁の先端Porta Nuovaです。


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門を潜って城壁外に出ました。


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堅固な城壁です。


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城壁外は見所がないので、直ぐに城壁内に戻りました。


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同じ道を通って元に戻るのは気が利かない限りですが、他の選択肢がありません。


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(つづく)

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アルタを縦貫するカステッロ通りです。


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見えているのはサンタ・マリア・イン・カノーニカ教会です。


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教会の前のカノーニカ広場


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塔のような建物はアルノルフォ・ディ・カンビオの生家です。


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生家の前にあるアルノルフォ・ディ・カンビオ像


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扉が開いていたので拝観することに。


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1183年の文書にこの教会の存在が記されており、それ以前の創建とされてます。


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美術的に数点の見どころがあります。


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ファサードのルネッタ上にフレスコ画があったと思いますが、その痕跡さえもありません。


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単廊式、ロマネスク様式の内部です。


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左側壁


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右側壁


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アレッソ・ディ・ベノッツォ(フィレンツェ、1473‐1528)の「聖アントニオ・アバーテ」(15世紀)
アレッソはベノッツォ・ゴッツォリの息子です。ベノッツォには他にジローラモとフランチェスコの息子がおり、息子3人と共にフレスコ画などを制作しました。


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詳細不明


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詳細不明


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1444/1445-1497以降没)の「祈る父なる神」(15世紀)


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主祭壇画はピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの作品(15世紀)です。


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「聖母子と聖人たち(洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ロレンツォ、聖マルコ、聖二コラ)」


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美術館に移設せずに、教会のオリジナルの場所で見ることが出来て良かったと思いました。


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夏の間、日中この教会は開いているようです。


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この道を下れば城壁沿いの道に出ますが、道草はしません。


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写真左はプリオーリ宮です。


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スグラフィート装飾の壁


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プリオーリ宮に観光案内所があるので、地図を頂戴するとともに移転した市立美術館の開館時間を確認しました。


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以前、市立美術館はこの建物に置かれていましたが、別の建物に移転することになり、長期間閉鎖されていました。


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街角の聖母子


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見えてきた鐘楼はドゥオーモのものです。


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ドゥオーモの扉が開いていたので簡単に拝観することに。


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三廊式の内部です。


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中堅画家たちの作品があります。


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ジョヴァンニ・オダッティ(ローマ、1663‐1731)の「聖母の結婚」


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フィリッポ・タルキアーニ(フィレンツェ、1576‐1645)の「キリストの復活」


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ディフェーボ・ブルバリーニ(シエナ、1619‐1680)の「我に触れるな」


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ディフェーボ・ブルバリーニの「聖トッマーゾの不信」


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市立美術館に早く行きたいので・・・・・


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帰りに時間があれば再び拝観することにしました。


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何事も優先順位をつけて行動することが肝心です。


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ドゥオーモ広場


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暑くて大変でした。


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この道を真っすぐ進めば美術館に出ます。


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(つづく)

コッレ・ディ・ヴァル・デルザ Colle di Val d'Elsa は、人口21,604人(2017年6月30日現在)のトスカーナ州シエナ県にあるコムーネで、近年ではクリスタル・ガラス工芸品の生産が盛んです。(世界の15%を生産)
町の名称はエルザ渓谷の丘と言う意味で、町の近くにエルザ川が流れています。
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バスターミナルに到着しました。
フィレンツェ~シエナ線、シエナ~サンジミニャーノ線などのバス路線の途中にあるので、比較的簡単に行くことが出来ます。


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町はバスターミナルがある平地のバッサと高台のアルタに分かれてます。


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バッサの中心アルノルフォ・ディ・カンビオ広場です。


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広場中央にある噴水が涼しげに見えました。しかし、この日の正午過ぎの気温は37,38度くらいあったと思われます。
2017年6月のイタリアは猛暑で、旅行中に40度超えの日も数日ありました。


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先ずバッサにある、この日のお宿に向かいました。


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雲一つない快晴で、夏至近くの日差しが強烈でした。


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見所が多い町にも拘わらず観光客の姿をあまり見ることがないのが不思議です。


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町の主要産業の生産品などを展示するMuseo del Cristalloの向かいにあるホテルがこの日のお宿です。


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2年前もこのホテルに泊まりました。


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昼食時です。


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前回も入ったこのお店にしました。


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暑いのでビールを飲みましたが写真がない!


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お腹が満たされたので町歩きに出発です。


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Via del Fossi


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サンタゴスティーノ教会の後陣


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1305年に創建されたゴシック様式の教会です。


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サンタゴスティーノ広場


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この日の夜、拝観しました。


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昔神学校だった建物?


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アルタに行きますが、ホテルにチェックインとした時、アルタへのエレベーターが故障と聞かされヘナヘナとなりました。


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昼食を食べれば元気が出るだろうと思ったのですが・・・・・


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その元気でアルタまで徒歩で上ろうとしたのですが、元気が出ません。何せ猛暑ですから。
でも仕方がありません。


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アルタへのバスがありますが、午後1時から3時まで1本しかありません。


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ガリバルディ通り


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バッサとアルタの高低差はどのくらいでしょうか?


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この先にエレベーターがあるのですが・・・・・


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大回りをして城壁沿いを上ることになります。


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この道を上りました。


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振り返りました。
かなりの坂を上ってきたことが分かります。


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灼熱の太陽の下、地元の人が足取りも軽やかにスイスイと坂を上っていきました。


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暑かった!


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城壁です。


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エレベーターが見えてきました。


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これが動いていたらなあ。


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汗びっしょり


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アルタの入り口です。
体力を温存したかったのですが、ママになりません。


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Torre del Arnolfo di Cambio


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(つづく)

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2017年10月、スクロヴェーニ礼拝堂は修復工事中でした。
ここには毎年行っているので、修復前の写真を載せましょう。


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1303年創建、1305年に完成した礼拝堂です。建築の経緯についてはガイドブック載っているので、ここでは省略します。


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ここが有名なのは西洋美術史上最も重要とされているジョット・ディ・ボンドーネのフレスコ画があるからです。


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長らく礼拝堂内は写真厳禁とされてきましたが、2016年夏ころに写真OKになったことを知りました。
ジョットのフレスコ画の全場面は既に色々なサイトで公開されているので、わざわざ自分で写真を撮ることに然程の意味がないものの、単なる自己満足のためにジョットの傑作鑑賞を二の次にして写真を撮るために礼拝堂に行った次第です。


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礼拝堂への入口です。拝観は1回25人の定員制で、15‐20分の総入れ替えとなってます。15分になるか、20分になるのかは、当日の混雑状況によります。


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ここは文化財保護のため、ビデオを見ながら15分ほどここで待機して拝観者の微細塵と温度調整が行われます。


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内部に入りました。


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礼拝堂祭壇の彫刻は、ジョヴァンニ・ピサーノの「聖母子と2天使」
エンリコ・デッリ・スクロヴェーニの墓もあります。


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後陣


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フレスコ画のテーマは、「聖母の生涯」と「キリストの生涯」です。


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この日は1回だけの拝観でした。15‐20分では十分に鑑賞できないので、通常2回拝観することにしてましたが、この日は意外に混雑していて都合の良い時間に予約できませんでした。


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この日の拝観時間は15分だったと思います。


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死せるキリストへの哀悼


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エジプトへの逃避


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寺院へのキリストの出現


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ファサード裏


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最後の審判


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徳の寓意


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悪徳の寓意


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嬰児虐殺


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磔刑


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キリストの洗礼


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博士たちとの問答


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カルヴァリオへの途


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聖母の誕生


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キリストを謁見するカイファ


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キリストの鞭打ち


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ドーロ門の聖アンナと聖ジョアッキーノの邂逅


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ジョアッキーノの夢


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羨望


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ユダの接吻


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寺院への出現


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聖人たち


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ラザロの蘇生


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我に触れるな


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マギの礼拝
最上段画面の写真を撮るのが難しいですね。


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弟子の足を洗うキリスト


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聖母の結婚


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キリストのエルサレム入城


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キリストの昇天


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神殿清め


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聖霊降臨


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浮気


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ご誕生


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最後の晩餐


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天井


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25人の定員制ですが、狭い場所にいるので、聖母の生涯、キリストの生涯に順番通りに写真を撮るのは難しいと思います。


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どうしても鑑賞してしまうので、一回の拝観で撮れる写真はこの辺が限界でしょうね。


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ジョアッキーノと羊飼い


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受胎告知される聖母


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カナの晩餐


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外に出されました。
(おわり)

今回は、モンテファルコのサンタ・ゴスティーノ教会です。
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マンマに教えられた通り、サンタゴスティーノ教会が開いてました。


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旧サン・フランチェスコ教会と並んでこの町で必見の教会でしょう。


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1279年から1285年に建設されたロマネスク様式の教会です。


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創建以来大がかりな修復や改修工事が行われていません。


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右側に側廊があるので、珍しい二廊式の内部です。


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木組みの梁の天井


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この教会の見どころはフレスコ画です。


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シエナ派の影響を受けたウンブリアの無名画家の「授乳の聖母」(15世紀初頭)


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ジョヴァンニ・ディ・カッラドゥッチョ(フォリーニョ、1404‐1437記録)の「慈悲の聖母」(15世紀前半)


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この礼拝堂のフレスコ画はウンブリアの無名画家によって14世紀後半に描かれました。


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詳細不明の「受胎告知」


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詳細不明


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アンブロージョ・ロレンツェッティに帰属する「聖母戴冠」(14世紀前半)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カポラーリに帰属する「聖母子と聖ジャコモと福音書記者聖ジョヴァンニ」(1522)


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ウゴリーノ・ディ・ジスベルト(フォリーニョ、1479‐1500活動)の「聖母子と聖アゴスティーノとベアート・アンジェリコ・ダ・フォリーニョ」(15世紀第4四半世紀)


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15世紀のウンブリアの無名画家の「磔刑」


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15世紀のウンブリアの無名画家の「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナ」


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詳細不明


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詳細不明


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14世紀のウンブリアの無名画家の「聖母子」


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何が描かれているのか分かりません。


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主祭壇と後陣


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「磔刑像」(16世紀)


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15世紀のウンブリアの無名画家によって描かれたフレスコ画


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15世紀のウンブリアの無名画家によって描かれたフレスコ画


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サンタグネスの礼拝堂


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14世紀のウンブリアの無名画家によって描かれたフレスコ画(14世紀末)


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かなり落剝してます。


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「受胎告知する大天使」


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17世紀の無名画家の「聖アグネス」


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後陣への立ち入りが可能であることが分かりました。


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聖歌隊席の上に置かれていました。


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ユニークです。


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この礼拝堂のフレスコ画は殆ど落剝してます。


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「あれっ、何処かで見たような・・・・」
Cappella della Madonna Perpetuo Soccorso


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直ぐに思い出すことが出来ました。
先ほど、市立美術館のサン・フランチェスコ教会で見たベノッツォ・ゴッツォリのフレスコ画と同じです。


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これです。
ベノッツォ・ゴッツォーリのフレスコ画の写真を再掲します。


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サンタゴスティーノ教会のフレスコ画は、多分ヤコポ・ヴィンチオーリ・ダ・スポレートによって描かれたとされてます。また、時代的にこちらの方はベノッツォ・ゴッツォリ作品の複製と考えられてます。


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複製のフレスコ画が制作した理由は不明のようです。


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制作者不明


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この部分はフランチェスコ・メランツィオによって描かれたそうです。


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詳細不明の礼拝堂


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サンタ・キアーラ・ダ・モンテファルコの礼拝堂


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制作者不明の「聖キアーラ・ダ・モンテファルコ」


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次の礼拝堂です。


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右側廊


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フレスコ画が沢山あって十分楽しめました。


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聖水盤


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そろそろフォリーニョ行きのバスの時間です。


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サンタゴスティーノ門のフレスコ画をもう一度見ました。


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バスの発車時刻まで2分しかありません。


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乗り遅れると次のバスは夕方なので焦りました。サンタゴスティーノ教会でゆっくりし過ぎました。


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所がバスは15分遅れ!


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バスターミナルから撮った写真
(おわり)

旧サン・フランチェスコ教会の続きです。
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右側廊です。


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右側の礼拝堂などを見ていきました。


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(シエナの)サン・ベルナルディーノの礼拝堂です。


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フレスコ画は、ヤコポ・ヴィンチオーリ・ダ・スポレートによって1461年に制作されました。
ヤコポはベノッツォ・ゴッツォリの影響を受けた画風でした。


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聖ジローラモ


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磔刑


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シエナの聖ベルナルディーノの物語


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シエナの聖ベルナルディーノ


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


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祈るキリスト


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聖母子


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モンテファルコの聖キアーラ


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詳細不明の「聖母子」


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この辺は説明プレートがないのでお手上げです。


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次の礼拝堂です。


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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ジョヴァンニ・コッラドゥッチョと工房の「祈りキリストと4福音書記者」(1420‐30c)


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私にはこの礼拝堂のことがよく分かりません。勿論、市立美術館の方では分かっていると思います。


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Maestro del Crocifisso di Montefalco の「彩色磔刑像」(13世紀末‐14世紀初頭)


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次は聖ジローラモの礼拝堂です。


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ベノッツォ・ゴッツォリが1452年に制作したフレスコ画です。


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小美術館ですがサン・フランチェスコ教会のフレスコ画が秀逸でした。


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ウンブリアを代表する美術館一つと思います。


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特筆すべきは月曜日に開館していることです。


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出口は入口と兼用です。


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有難いことに避暑にもなりました。


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外に出ました。
(おわり)

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