イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2018年06月

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制作者不明の「ドメニキーノ作『聖ジローラモの聖体拝領』のコピー画」(17世紀)


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17世紀の無名画家の「カルヴァリオへの途」


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16世紀の無名画家の「マギの礼拝」(16世紀末)


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17世紀の無名画家の「聖ジュゼッペの工房」(17世紀初め)


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17世紀の無名画家の「聖ジュゼッペの工房」(17世紀)


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16世紀のヴェネトの無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀)


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17世紀の無名画家の「エジプトへの逃避途中の休息」(17世紀初め)


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17世紀の無名画家の「風景画」


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17世紀のドイツの無名画家の「風景画」


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フェリーチェ・ダミアーノ(サン・セヴェリーノ・マルケ、1560‐グッビオ、1608)の「カルヴァリオへの途」


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17世紀のエミリアの無名画家の「我に触れるな」(17世紀)


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17世紀の無名画家の「天上の聖トリアーデと聖人たち」(17世紀初め)


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17世紀のエミリアの無名画家の「聖会話」(17世紀)


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17世紀の無名画家の「奇跡の魚釣り」


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17世紀のエミリアの無名画家の「マッダレーナ」


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17世紀の無名画家の「風景画」


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ロレンツォ・パシネッリの領域の画家作「眠るマッダレーナ」(17世紀)


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ルティリオ・マネッティの模倣者作「エマオの晩餐」(17世紀)


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シモーネ・カンタリーニ・ダ・ペーザロ(ペーザロ、1612‐ヴェローナ、1648)の「アダムの原罪」


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17世紀の無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖アンナ」


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17世紀のエミリアの無名画家の「風景画」


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17世紀の無名画家の「風景画」


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17世紀のボローニャ派無名画家の「パドヴァの聖アントニオ」


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次の部屋です。


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Sala F


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17‐18世紀の作品が展示されていると思います。説明パンフレットがないので、適当に見て次の部屋に行きました。


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次の部屋です。


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Sala G


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重要な作品がないので、適当に見て終わりです。


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順路に従って地下に向かいました。


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ドゥカーレ宮とは直接関係がない展示物です。


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グッビオの遺跡からの発掘物が展示されてます。


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一旦中庭に戻りました。


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次は1階(日本の2階)です。


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1階の廊下です。


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廊下に絵画が展示されてます。


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16世紀のグッビオの無名画家の「授乳の聖母と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ウバルド」(16世紀)


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17世紀の無名画家の「井戸のサマリア女」


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フェリーチェ・ダミアーノの「聖霊降臨」(16世紀後半)


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フェリーチェ・ダミアーノの「聖母子と聖人たち(聖ルチア、聖フランチェスコ、聖ウバルド、聖キアーラ、アレッサンドリアの聖カテリーナ)」(1608)


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ジャチント・ボッカネーラ(レオネッサ、1666‐ペルージャ、1746)に帰属する「カーネーションの聖母」(1700‐10c)


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ベネデット・ヌッチ工房の「聖霊降臨」(1566)


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ルティリオ・マネッティの領域の「幼きキリスト」(17世紀初め)


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16世紀の無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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フェリーチェ・ダミアーノの「天使を養うキリスト」(1608)


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次の部屋です。


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Sala H


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エミリアの無名画家の「パオラの聖フランチェスコ」(17世紀)


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エミリアの無名画家の「聖ジローラモ」(17世紀)


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ヴェネトの無名画家の「シモーネ邸の晩餐におけるマッダレーナとキリスト」(18世紀初め)


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19世紀のカラヴァッジェスキ無名画家の「キリストとニコデモ」(19世紀後半)


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18世紀の無名画家の「聖ジョヴァンニ・ネポムチェーノに顕現する聖母子」(18世紀前半)


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地上階に戻りました。


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最後は現代の作品展示です。


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この辺の作品になると違和感ばかり。


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カインズホームやジョイフル本田の園芸コーナーと同じですね。


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苦手です。


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フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公の書斎が見所と思います。
持ち主が何度も変わり、それに伴って美術品や調度品などが売られてしまったようで、良い作品があまりないように思いました。


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外に出ると、正面がドゥオーモです。
(おわり)

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制作者不詳の「マギの礼拝」(16世紀後半)


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16世紀のグッビオの無名画家の「ご誕生」(16世紀後半)


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ヴィルジリオ・ヌッチ(グッビオ、1545c‐1621)の「羊飼いの礼拝」(17世紀初め)


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ヴィルジリオ・ヌッチの「ご誕生」(16世紀末)


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ベネデット・ヌッチ(グッビオ、1515c‐1587)の「聖マリア・マッダレーナ」(16世紀)


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16世紀前半のペルージャの無名画家の「ピエタ」(16世紀)


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ヴィルジリオ・ヌッチの「真の十字架」(16世紀)


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ベネデット・ヌッチの「十字架の発見」(16世紀中頃)


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15世紀中頃のフランドルの無名画家の「十字架降下」(15世紀前半)


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ベネデット・ヌッチの「聖ルチア」(1568)


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制作者不詳の「磔刑」(16世紀)


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次の部屋です。


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Sala E


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地元の作品展示が多いと思います。


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ベルナルディーノ・ガリアルディ(チッタ・ディ・カステッロ、1609‐1660)に帰属する「聖セバスティアーノの殉教」(17世紀)


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制作者不詳の「十字架を担ぐキリスト」(16世紀中頃)


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制作者不詳の「死せるキリストを支える天使」(16世紀末)


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ダニエーレ・ダ・ヴォルテッラの領域の「聖パオロの召命」(16世紀中頃)


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オラツィオ・ディ・ドメニコ・アルファーニの領域の「ピエタ」(16世紀後半)


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マルチェッロ・ヴェヌスティ(コモ、1512‐ローマ、1579)の「悲しみの聖母と死せるキリストを支える2天使」(16世紀)


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17世紀のエミリアの無名画家作「男の頭」(17世紀)


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制作者不詳の「慈愛」(16世紀)


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ヴィルジリオ・ヌッチの「悔悛の聖ジローラモ」(1581)


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ドメニコ・ベッカフーミの領域の「聖マリア・マッダレーナ」(16世紀)


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詳細不明


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ヴィルジリオ・ヌッチ?の「羊飼いの礼拝」(17世紀初め)


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ヴィルジリオ・ヌッチ?の「ロザリオの聖母」(16世紀末‐17世紀初め)


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17世紀の無名画家作「オリヴェターノ修道士の肖像」(17世紀前半)


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フェリーチェ・ダミアーノ(グッビオ、1560‐1608)の「聖母子と聖フランチェスコと聖キアーラ」(17世紀)


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フェリーチェ・ダミアーノの「磔刑」(17世紀末)


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16世紀の無名画家の「磔刑」(16世紀末)


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ピエトロ・パオロ・タンブリーニ(ウンブリア、16世紀後半活動)の「玉座の聖母子と聖ウバルドと聖フランチェスコ」(16世紀末‐17世紀初頭)
タンブリーニはフェデリーコ・バロッチの弟子です。


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制作者不詳の「フェデリーコ・バロッチ作『十字架降下』のコピー画」(16世紀)


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制作者不詳の「フェデリーコ・バロッチ作『死せるキリストの移送』のコピー画」(16世紀後半)


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17世紀の無名画家作「聖会話」(17世紀初め)


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ピエトロ・パオロ・タンブリーニの「本を読む聖母」(16世紀末‐17世紀初め)


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16世紀の無名画家作「聖母の誕生」(16世紀後半)


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制作者不詳の「フェデリーコ・バロッチ作『受胎告知』のコピー画」(16世紀)


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16世紀の無名画家の「光悦のマグダラのマリア」(16世紀)


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17世紀のカラヴァッジェスキ無名画家の「キリストの嘲笑」(17世紀)


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17世紀のローマの無名画家の「光悦のマグダラのマリア」(17世紀)


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17世紀の無名画家作「聖フランチェスカ・ロマーナ」


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17世紀のローマの無名画家の「マギの礼拝」(17世紀末)
(つづく)

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次の部屋です。


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Sala C、Salone di Corteです。


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この部屋から展示作品の説明パンフレットが完備されてます。


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16世紀の暖炉


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制作者不詳の「プットたちの遊び」(16世紀末‐17世紀初頭)


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フランチェスコ・アッレグリーニ(カンティアーノ?、1615/1620-グッビオ?、1679以降没)の「ダヴィデの勝利」(17世紀)


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17世紀のヴェネトの無名画家の「トビトの結婚晩餐」(17世紀)


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14世紀のウンブリアの親方(パルメリーノ・ディ・グイド?)の「玉座の聖母子と聖人たち」(14世紀前半)


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14世紀のウンブリアの親方(パルメリーノ・ディ・グイド?)の「2天使」(14世紀前半)


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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17世紀の無名画家の「Incontro tra Teti e Achille bambino, educato dal Centauro Chirone」(17世紀)


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17世紀のエミリアの無名画家の「ディアナの水浴」


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次の部屋です。


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Sala D


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かなりの数の絵画が展示されてます。


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中世の頃、グッビオで活動した画家たちの作品が並んでます。


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Maestro Umbro del Secolo XIVの「受胎告知」(1300‐10c)


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シモーネ・マルティーニの領域のシエナ派画家作「聖母子と聖ピエトロと聖パオロのトリッティコ」(14世紀)


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制作者不詳の「聖母子と聖ルチア」(15世紀初め)


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ベネデット・ヌッチ(グッビオ、1515c‐1587)の「玉座の聖母子と聖人たち(洗礼者聖ジョヴァンニ、聖アントニオ・アバーテ、聖セバスティアーノ、大天使聖ミケーレ)」(1566)


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ベネデット・ヌッチの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


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ベネデット・ヌッチの「玉座の聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコ」(16世紀)


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Maestro Senese del Secolo XIIIの「聖母子」(13世紀末)


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フェリーチェ・ダミアーノ(サン・セヴェリーノ・マルケ、1560‐グッビオ、1608)の「正義の死」(16世紀後半)


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フェリーチェ・ダミアーノの「正義の死」(16世紀後半)


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ヴェネト・クレタの無名画家作「十字架降下」(15世紀)


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ヴェネト・クレタの無名画家作「キリストの洗礼」(15世紀)


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マッテオ・ダ・グアルドの領域画家作」永遠なる父」(15世紀)


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ヴィットーレ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1440c‐フェルモ、1501/1502)の「ピエタのキリスト」(15世紀)


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ハンス・メムリンクの領域のフランドルの無名画家作「キリスト」(15世紀後半)


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16世紀のウンブリアの無名画家作「聖母子と2聖人」(16世紀初め)


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ベネデット・ヌッチの「受胎告知される聖母」(16世紀)


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ベネデット・ヌッチの「マグダラのマリアを許すキリスト」(16世紀)


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ベネデット・ヌッチの「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖ウバルド」(1560‐70c)


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ベネデット・ヌッチの「キリストを祝福する聖母」(16世紀)


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ベネデット・ヌッチの「聖母被昇天」(1541)


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フェリーチェ・ダミアーノの「聖母の家系樹」(16世紀)


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ベネデット・ヌッチ?の「聖家族と聖ウバルドと聖キアーラと聖ルチア」(16世紀)


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ベネデット・ヌッチ?の「最後の審判」(16世紀)


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ヴィルジリオ・ヌッチ(グッビオ、1545c‐1624)?の「最後の審判」(16世紀)


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ベネデット・ヌッチの「アンティオキアの聖マルゲリータ」(16世紀後半)


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ヴィルジリオ・ヌッチの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(16世紀)


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ベネデット・ヌッチの「聖バルバラ」(16世紀)


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フェデリーコ・ブルノーリ(グッビオ、1566‐1649)の「教会博士たちとキリスト」(17世紀)
(つづく)

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グッビオのドゥカーレ宮です。ここに博物館があります。
ドゥカーレ博物館に入館する人は予めグッビオの歴史を知っておくと良いと思います。


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ドゥカーレ宮殿は13世紀に建築されましたが、その後、改増築されて今の姿になりました。
1384年、グッビオはモンテフェルトロ家の支配下に置かれるようになりました。また、1443年から1631年まで、グッビオはウルビーノ領でした。


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1422年、グッビオ郊外のペトロイアで生まれたフェデリーコ・ダ・モンテフェルト公は、1474年、ドゥカーレ宮をルネサンス様式の住居に改増築するべくシエナの建築フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ(シエナ、1439‐1501)を起用しました。


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1480年、建物が完成しましたが、その2年後、ウルビーノ公フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロはフェッラーラで没してしまい、完成したドゥカーレ宮に居住したのはごく僅かの期間と言われてます。
フェデリーコの息子グイドバルドと、グイダバルドの妻エリザベッタ・ゴンザーガはドゥカーレ宮で過ごすのが好きで、ゲストハウスを増築するなど、ほぼ現在の規模の建物にしました。夏の離宮として定期的に訪れていたことが知られてます。


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博物館の入り口です。
グッビオの歴史などの理由によって、ドゥカーレ宮の持ち主が数回変わりましたが、1637年の持ち主が家具などを売却してしまい、博物館内で展示されている貴重なものは意外にも少なく、本物のレプリカである場合が結構多いということ頭に入れて入館すると良いと思います。


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Il cortile d'onore(名誉の中庭)


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中庭を経由して展示室内に入ります。


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旧礼拝堂です。


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ヴィルジーリオ・ヌッチの「玉座の聖母子と聖人たち(聖セバスティアーノ、聖ウバルド、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖フランチェスコ)」(1610c)


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次の部屋です。


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Sala A


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肖像画のギャラリーです。


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この部屋に展示されている肖像画についての説明プレート・パンフレット類がありません。


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説明プレートなどがない作品は、一般的に展示側が重要と見做していない場合が多いと思います。


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次の部屋です。


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ウルビーノのドゥカーレ宮殿にあるモンテフェルトロ公の書斎と同じですね。


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同じように見えるのは当然です。フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公の書斎でしたから。


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見事な寄せ木細工ですが、少々問題があります。


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これらの原画は恐らくPedro Berregueteによって描かれたと言われてます。


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シエナの建築家フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ(シエナ、1439‐1501)とフィレンツェで活躍した彫刻家ジュリアーノ・ダ・マイアーノ(マイアーノ、1432‐ナポリ、1490)によって制作されたそうです。


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少々問題があると書きましたが、その理由を述べましょう。


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1639年、デッラ・ローヴェレ家の末裔によって寄せ木細工は解体され売却されてしまいました。


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その後、持ち主が何度も変わり、転売が繰り返され、一部は散逸してしまいましたが、1939年、ニューヨークのメトロポリタン美術館が古美術市場から買い集めて、全部の寄せ木細工が揃うことになったのです。


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ここにあるものはメトロポリタン美術館にある本物から、2002年から2009年にかけて制作されたレプリカなのです。
オリジナルのものではありませんが、十分鑑賞に値するレプリカだと思います。


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この椅子もレプリカ?


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レプリカですが、ここはフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公を偲ぶには絶好の場所でしょう。


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素晴らしい天井の装飾


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次は同じ部屋の壁にある絵画です。


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フレスコではないと思いますが、どうでしょうか?


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幾つかの絵画作品でお馴染みのフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公が描かれてます。


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勉強不足で申し訳ありませんが、この絵画についての詳細が分かりません。


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次の部屋です。


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この部屋も肖像画の展示です。


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Sala Aと同じく作品についての説明プレートなどがありません。


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ほかの部屋の絵画などについては、説明シートが完備されてます。


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この人は有名ですから説明板くらいは用意して欲しいものです。


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本物? それともレプリカ?


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(つづく)

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城壁内にある建物の中で最も高い場所にあるのがドゥオーモでしょう。


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9月20日通りを上って、見下ろしたところです。


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フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ通りに入りました。
ウルビーノ公として有名なフェデリーコですが、1422年にグッビオに生まれ、Signore di Gubbioでもありました。


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この道を真っすぐ進めばドゥオーモに出ます。


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ドゥカーレ宮が見えてきました。


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この建物は旧教会?


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Botte dei Canonici


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辺りを睥睨するかのような堂々たる建物です。


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右折します。


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細い道を挟んで、左の建物がドゥカーレ宮、右がドゥオーモです。


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司教区博物館の入り口だったと思います。以前に一度入館したことがありますが、現在は休館中?


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ドゥカーレ宮です。


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ドゥオーモ


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ドゥオーモは未だ開いていませんでした。


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ドゥカーレ宮博物館が開いていたので入館しました。


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展示物は多くありませんが、中々個性を感じさせる展示物が多く楽しめます。


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この博物館については項を改めて詳しく触れることにします。


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次はドゥオーモです。


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幸いにも扉が開いていました。


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拝観しました。


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高い場所にあるのと、近くに適当な駐車スペースが殆どないことが影響しているのか、信者の姿をあまり見かけないドゥオーモです。


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ドゥオーモについても別に取り上げることにします。


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ドゥオーモ横の道を真っすぐ進んでサンタ・マリア・ヌオーヴァ教会の方にも行きたいと思いましたが、午前中にMuseo Civicoを済ませておきたかったので断念。
グランデ広場に戻ることにしました。


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先ほど通ってきた同じ道を戻るのは芸がありませんが、時間短縮には已むを得ません。


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昼食でワインを飲むことになるので、ほろ酔い気分でMuseoに入館するのは控えたいと思っていました。


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下り道はやはり楽でした。


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何の建物だったか、失念。


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9月20日通り


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グランデ広場に戻ってきました。


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Museo Civicoに入館しました。


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考古学部門


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様々な展示物があります。


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Museo Civicoについては、項を改めて詳しく触れることにします。


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次は景観が楽しめる3階のロッジャです。


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グッビオは山の斜面に築かれた街であることが分かります。


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(つづく)

グッビオは、人口31,788人のウンブリア州ペルージャ県にあるコムーネで、この町から約1000人の騎士や兵士が第1次十字軍に従軍するなど中世初期の時代には大きく繁栄していました。
003
ペルージャのバスターミナルです。


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ペルージャからバスでグッビオに向かうことにしました。


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運行するバス会社が変わったのか、FSのロゴが付いたバスが配車されてきました。


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ほぼ定刻の午前9時前にグッビオのPiazza 40 Martiriに到着しました。写真の建物はティラトリのロッジャです。


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広場に面して建っているのはサン・フランチェスコ教会です。


005
殆どの見所があるのは丘上なので、一旦丘に行ってしまうと下に降りてこないと思い、大きな荷物を引っ張って拝観することにしました。


009
入口はファサード側にあります。


010
残念ながらミサ中でした。邪魔をするわけにいかないので早々に退散しました。ペルージャからグッビオの、観光客に優しい時間帯のバスに乗車すると、午前9時にグッビオに到着するのですが、この教会は毎朝9時からミサを行うようで、ゆっくりと拝観したことがありません。


011
その辺は仕方がないところです。


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この日のお宿に向かいました。


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レプッブリカ通り


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観光案内所に立ち寄ってMuseoや教会などの開館時間などを確認するとともに、地図を頂戴しました。


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公衆トイレに行くためにちょいと道草。


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教会前のこの建物にトイレがあります。


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サン・ジョヴァンニ(洗礼者の方)です。


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グッビオの最初の司教座教会でした。


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この教会は必見なので、午後に来ることにしました。


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教会の壁の目立たない場所に「キリストの洗礼」があります。


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見えているのはコンソーリ宮です。


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この日のお宿はコンソリ宮が建っているグランデ広場に面した建物にあります。


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幸いにも広場に通じるエレベーターがあります。


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道の途中の右にあるガリバルディ通りです。この道を真っすぐ進めばトリニータ教会に出ますが、大きな荷物があるので、これ以上の道草は禁物です。


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エレベーターがある所まで来るのに、かなり汗をかいてしまいました。


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エレベーターが動かない時は、コンソリ宮の下のバルダッシーニ通りから大回りすることになります。


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エレベーターがある建物


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無料です。


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エレベーターが稼働しているようで安心しました。前回、来た時は点検中で酷い目に遭いました。


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エレベーターを降りて建物の外に出ました。


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グランデ広場です。


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コンソーリ宮に市立博物館があります。


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赤っぽいパラソルがある所がこの日のお宿です。


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絶好の場所にあるホテルです。


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チェックインには早過ぎる時間でしたがチェックインが出来ましたが。しかし、部屋に入らず、大きな荷物を預かって貰い、直ぐに街歩きを始めました。
そうしたのは、午後1時くらいまでに美術館二つとドゥオーモに行きたかったからです。


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ポデスタ宮


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グランデ広場が街の中心です。


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広場からの景観を楽しみます。


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サン・ピエトロ教会


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先ほど、あの場所から上ってきました。


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Museo Civicoはまだ開いていません。ドゥオーモの方に向かいました。


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坂道を上ったり下りたりするので足腰が鍛えられます。


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(つづく)

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フィリッピーノ・リッピ(プラート、1457‐フィレンツェ、1504)の「獄中の聖ピエトロを訪れる聖パオロ」(1481‐82)
当初、ブランカッチ礼拝堂のフレスコ装飾はマゾリーノに依頼されましたが、1425年、マゾリーノはハンガリーに呼ばれ、1マゾリーノの助手だったマザッチョが残りの仕事を引き継ぎました。1427年若しくは1428年、マザッチョはマゾリーノと共にローマに赴きました。
ところがマザッチョはローマで急死してしまい、マゾリーノもブランカッチ礼拝堂の仕事に戻ることはせず、フレスコ画は未完のまま放置されたのです。
注文主のフェリーチェ・ブランカッチは反メディチでしたが、コジモ・ディ・メディチのフィレンツェ帰還によって、1436年に亡命を余儀なくされ、パトロン不在の状況ではフレスコ画どころではありませんでした。
1480年、ブランカッチ家は許されフィレンツェに戻りました。ブランカッチ礼拝堂のフレスコ画装飾の完成をフィリッピーノ・リッピに依頼したのです。


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この場面は当初マザッチョが描き、後にフィリッピーノ・リッピが完成させました。


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マザッチョとフィリッピーノ・リッピの「アンティオキアの王子を蘇生させる聖ピエトロ」(1424‐26、1489‐91)


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マザッチョの「司教座の聖ピエトロ」
異時同図法で描かれてます。


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フィリッピーノ・リッピの「牢獄から解放される聖ピエトロ」(1482‐85)


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フィリッピーノ・リッピの「聖ピエトロの逆さ磔」


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フィリッピーノ・リッピの「シモン・マグスと聖ピエトロと聖パオロ」


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マゾリーノとマザッチョの画風は明らかに違います。


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どの場面を誰が描いたかを予習しておくと、実際にフレスコ画を見た時の鑑賞感が違うと思います。


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前と同じ通路を通ってブランカッチ礼拝堂を後にしました。
次はアレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」です。


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キオストロ回廊に「最後の晩餐」の部屋があります。


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ここです。
以前はこの部屋でブランカッチ礼拝堂の説明ヴィデオを見るようになっていましたが、ヴィデオ放映はなくなったようです。


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アレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」(1582)


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猫が描かれてます。


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旧食堂にある作品です。


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次はキオストロ回廊の壁ルネッタに描かれたフレスコ画です。


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フレスコ画の保存状態はあまり良くない。


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これらのフレスコ画は、ジョヴァン・バッティスタ・ヴァンニ、ドメニコ・ベッティ―ニ、コジモ・ウリヴェッリ、ジョヴァン・バッティスタ・ギドーニなど7,8人の画家によって描かれたそうです。


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場面毎の制作者は分かっているようです。


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この辺は修復されたように思います。


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外に出ました。


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(おわり)

フィレンツェのサンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂の右翼廊にあるのがブランカッチ礼拝堂です。ルネサンス美術幕開けの傑作があることで有名です。
サンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂の続きとして書くのが良いと思いますが、敢えて礼拝堂を独立した記事として取り上げることにします。


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教会と修道院の配置図です。


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上の写真の10がブランカッチ礼拝堂です。


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修道院の方にある「ピエタ」


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ピエトロ・ネッリの「聖母から肩衣を受け取る聖シモーネ」


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ジュゼッペ・ファッブリーニの「パッツィの聖マリア・マッダレーナにヴェールを被せる聖母」


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この礼拝堂の横にブランカッチ礼拝堂があります。


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ブランカッチ礼拝堂です。
礼拝堂建築の歴史等についてはガイドブックなどにお任せをして、ここでは省略します。


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先に入場した人がいましたが、この人たちのガイドさんの説明が長くて、係員から注意されていました。


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礼拝堂の中に入るまで少し時間があったので、天井のフレスコ画を見ました。正面の壁、左右側壁のフレスコ画と比べると場違いな感じがします。


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ヴィンチェンツォ・メウッチ(フィレンツェ、1694‐1766)の「聖シモーネに肩衣を授与する聖母」(1746‐48)


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マザッチョ、マゾリーノ、フィリッピーノ・リッピと時代が異なるヴィンチェンツォ・メウッチが描いたフレスコ画ですから、「お呼びじゃない」と感じるのは仕方がないと思います。


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Maestoro della Madonna del Carmineの「ポポロの聖母」(1268)
サンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂の創建時に制作され、1436年からブランカッチ礼拝堂のこの場所にあったとされてます。


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以前、コッポ・ディ・マルコヴァルドまたはMaestro della Sant'Agataの作品とされていたことがありました。


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フレスコ画の主題は「聖ピエトロの生涯」です。何処から見ていくか、少し迷いますが、「聖ピエトロの物語」とは直接関係がないアダムとイヴから見ていくことにしました。


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マゾリーノ・ダ・パニカーレ(パニカーレ、1383c‐フィレンツェ、1440c)の「アダムとイヴの誘惑」(1425)
マゾリーノとマザッチョが描いた場面を明確に区別するのは難しいとされてますが、ブランカッチ礼拝堂のブックショップで買い求めた説明本の記述に従って書くことにします。


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マザッチョ(サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ、1401‐ローマ、1428)の「楽園からの追放」(1426‐27)


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「聖ピエトロの生涯」を順番通りに見ていきました。


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マザッチョの「銭の貢ぎ」(1425c)


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ルネサンス美術幕開けの傑作として有名です。


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マゾリーノの「聖ピエトロの説教」(1424‐25)


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マザッチョの「新改宗者の洗礼」(1425‐26c)


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この画面は異時同図法で描かれてます。


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マゾリーノの「足の悪い人を治す聖ピエトロ」


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マゾリーノの「タビタを蘇生させる聖ピエトロ」


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マザッチョの「施しをする聖ピエトロ」


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マザッチョの「自分の影で病人を治す聖ピエトロ」
(つづく)

308
1268年創建、14世紀初めに完成したロマネスク・ゴシック様式の建物が今でも一部残ってます。


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1328年から拡張工事が行われ、1476年に完成し、修道院を併設する現在の規模の大きさになりました。


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17世紀に行われた改修の際、内部はバロック様式に改められましたが、ファサードは未完成のまま現在に至ってます。
1771年に起きた火災によって大きな被害を受けてしまい、1775年から1782年にかけて大修復工事が行われました。被害を受けなかったファサードやブランカッチ礼拝堂などの一部を除いて、現在の姿はその大修復工事後のものです。


309
また、第二次世界大戦の爆撃、1966年のアルノ川の氾濫によっても大きな被害を受けてしまいました。
1954年、当時の教皇ピオ12世によってBasilica Minoreに格付けされました。


310
単廊式、ラテン十字形、ロココ様式の内部です。


312
縦85m、横15mの長方形ですが、左右に翼廊があります。


311
ブランカッチ礼拝堂は右翼廊にあります。


314
アントニオ・グイデッティの「死せるキリストへの哀悼」(18世紀)


316
ベルナルド・モラルディの「聖アレッシオの葬儀」(1570c)


317
ジョルジョ・ヴァザーリの「磔刑」(1560)


320
アウレリオ・ローミの「ご訪問」(1595c)


322
制作者不明の「聖母子」


324
フィレンツェの無名画家作「トビアスと大天使」


327
詳細不明


342
ジョヴァンニ・マリア・ブッテーリの「息子を治すためにキリストに援助を頼む農民」


344
フランチェスコ・カンバッチーニの「ご誕生」(1782c)


346
ベルナルド・ポッチェッティの「受胎告知」(1601‐02)


347
グレゴリオ・パガーニの「マギの礼拝」(1603)


350
ドメニコ・スタージの天井フレスコ画


352
ジュゼッペ・ロメイのクーポラのフレスコ画


330



353
私の好みから若干外れる作品ばかりです。


340


329
コルシーニ礼拝堂


336
ブランカッチ礼拝堂


354
ブランカッチ礼拝堂に行くため、一旦外に出ました。


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ファサードの右横にブランカッチ礼拝堂に向かう入り口があります。


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キオストロ


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キオストロ回廊の作品は後で見ることにしました。


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切符売り場


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切符売り場上にある剥離フレスコ


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キオストロ回廊にあったフレスコ画でしょうか?


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ブランカッチ礼拝堂の入り口です。

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次はCappella dell'Annunciazioneです。


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アンドレア・オルカーニャと弟子による「磔刑」(1340‐47)


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アンドレア・オルカーニャと弟子の「ご誕生」(1340‐47)


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ここに礼拝堂が4つあります。


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Cappella di Sant'Annaです。
ナルド・ディ・チョーネと弟子の「聖母の誕生」、「聖ドメニコ」


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ナルド・ディ・チョーネと弟子の「アクイーノの聖トッマーゾ」、「聖ジョアッキーノと聖アンナへの聖母誕生のお告げ」


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Cappella di Sant'Antonio Abateです。
フィレンツェの無名画家作「磔刑」(1337‐49)


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何が描かれているか判然としません。


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天井はかなり鮮明です。


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ナルド・ディ・チョーネの追随者の「聖ジュリアーノ」(14世紀後半)


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの「我に触れるな」(1498‐99)


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この壁にもフレスコ画があります。


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「ピエタのキリスト」


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誰の作品でしょうか?


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Cappella Ubriachi


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オルカーニャと彼の工房による聖人たちです。


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聖人たちは、以前、中央礼拝堂にあったそうです。


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詳細不明


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旧食堂です。現在は美術館の展示室になってます。



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食堂には最後の晩餐があることが多いようですが、ここにもあります。


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アレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」(1584)
この作品の制作者がフランチャビージョと言う説がありますが、フランチャビージョは1525年に没したので、この作品が描かれたとされる1584年にはこの世の人ではなかった訳ですが・・・・・
アレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」としては、フィレンツェのカルミネ教会旧食堂に描いたフレスコ画の方が有名です。


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ご参考までにアレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」のフレスコ画の写真を載せておきましょう。
サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂にはもう一つ「最後の晩餐」があった筈ですが、探したけれど見つかりませんでした。プラウティッラ・ネッリの作品です。彼女は確か修道女画家だったと思います。参考までに外部サイトから拝借した彼女の「最後の晩餐」の作品画像を載せておきます。


1280px-Plautilla_Nelli_-_The_Last_Supper_larger_version
その後の情報によれば、私が行った時、この「最後の晩餐」は修復作業中で非公開だったようです。


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パオロ・ウッチェロのフレスコ画


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この壁のフレスコ画は、アーニョ・ガッディ派画家によって「聖母子と4聖人」が先に描かれ、100年以上後になって、アレッサンドロ・アローリが「モーゼの物語」を描いたものです。


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先に描かれた聖母子と4聖人


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ベルナルド・ダッディの「玉座の聖母子と4聖人」(1344)


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玉座の聖母子


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聖ピエトロ、福音書記者聖ジョヴァンニ


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洗礼者聖ジョヴァンニ、聖マッテオ


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パオロ・ウッチェロの剥離フレスコ


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詳細不明


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詳細不明


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緑のキオストロ回廊に戻りました。


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パオロ・ウッチェロのフレスコ画をゆっくりと鑑賞しました。


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一旦壁から剥ぎ取って、後からこの場所に置いた剥離フレスコでしょう。


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作品が他にも沢山ありますが、長くなるので、この辺で終わることにします。


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見応えがあると言うよりも見所が多過ぎです。


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外に出ました。


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この聖堂にあった傑作が美術館に移されてます。


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閉館時間を過ぎました。


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(おわり)

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次は右側廊第3祭壇です。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニの「寺院へのキリストの出現」(1577)


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画面が光るので、少し別角度から撮りました。


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ステファノ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1310c‐1340c記録)の「アクイーノの聖トッマーゾ」


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オルカーニャの「寺院からの聖ジョアッキーノの追放」(上)、「黄金扉の邂逅」(1345)


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ナルド・ディ・チョーネの「ベアート・マウーロ」(1355‐60)


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次は右側廊第2祭壇です。


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ジョヴァン・バッティスタ・ナルディーニの「ご誕生」(1573)


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ヴィンチェンツォ・ダンティの「ベアート・ジョヴァンニ・ダ・サレルノの墓碑」(1571)


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ベルナルド・ロッセッリーノの「ベアータ・ヴィラ―ナ・デッレ・ボッティ―の墓碑」(1451)


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次は右側廊第1祭壇です。


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ステファノ・リッチの「イッポリート・ヴェントゥーリの墓碑」(1817)


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ステファノ・リッチの「マリア・アンナ・テスタルド・ヴェントゥーリの墓碑」(1817)


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ジローラモ・マッキエッティの「聖ロレンツォの殉教」(1573)


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聖水盤(1302)


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見たいものは以上で大体見たようです。


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説明プレートが完備しています。


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聖堂内からキオストロに出ました。


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キオストロが3つありますが、行ったのは「緑のキオストロ」です。


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キオストロ回廊のフレスコ画が見逃せません。


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フレスコ画の紹介をやっていると何時まで経っても終わらないので、二場面だけ紹介することにします。


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14世紀の無名画家作「ドメニコ会の樹」


6
パオロ・ウッチェロの「天国からの追放」(1430‐40c)


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次は礼拝堂です。


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Cappelleone degli Spagnoli


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アンドレア・ディ・ボナイウートの「磔刑」(1365‐67)
ここの壁のフレスコ画はアンドレア・ディ・ボナイウートによって1365年から1567年に制作されました。


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「キリストの復活」


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「教会の戦いと勝利」


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「アクイーノの聖トッマーゾの勝利」


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「聖霊降臨」


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(つづく)

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右翼廊第1礼拝堂、別名フィリッポ・ストロッツィ礼拝堂です。


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フレスコ画の修復中でした。


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修復後に撮った写真があるので、それらを載せましょう。


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祭壇の後にあるのは、ベネデット・ダ・マイアーノの「フィリッポ・ストロッツィの墓標」です。


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見所はフレスコ画ですが、礼拝堂の前にロープが張られていて、中に入ることが出来ないのでよく見えません。


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フィリッピーノ・リッピによって1489年から1502年にかけて制作されたフレスコ画です。


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次は右翼廊第2礼拝堂、バルディ家礼拝堂です。


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ピエル・フランチェスコ・シルヴァーニの「祭壇」(1669)


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天井


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ピエル・ダンディーニの「天上の聖ドメニコ」(1708)


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ジョルジョ・ヴァザーリの「ロザリオの聖母」(1569)


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壁のフレスコ画は、プセウド・ダルマシオの「聖グレゴリオ・マーニョの生涯」です。


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聖グレゴリオ・マーニョについて殆ど知りません。


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生涯における何が描かれているか分からないので、単に見ているだけです。


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ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの「聖グレゴリオ・マーニョ」(1285c)


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右翼廊第3礼拝堂、別名ルチェッライ家礼拝堂です。


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この日は中に入ることが出来ませんでした。


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Maestro della Santa Ceciliaのフレスコ画(1310c)


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右は「嬰児虐殺」


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天井


1
ニーノ・ピサーノの「聖母子」


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礼拝堂の中に入れた時に撮った写真です。
ジュリアーノ・ブジャルディーニの「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」(1530‐40c)


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Maestro della Santa Ceciliaの「嬰児虐殺」(1310c)


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次は右翼廊の壁にある作品です。


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20世紀前半のイタリアの工芸家作「プレセピオ」


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フィレンツェの無名画家作「ジュゼッペ・コスタンティノーポリ」(1440c)


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ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの弟子による「聖母子と2聖人」(1285c)


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こちらの写真の方が少しは鮮明?


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13世紀後半のフィレンツェの無名彫刻家作「アルドブランディ―ノ・カヴァルカンティの墓」(1280‐90)


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14世紀のフィレンツェの無名彫刻家作「テディーチェ・アリオッティの墓」(1336‐50c)


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次は右側廊の祭壇に移ります。


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右側廊第6祭壇です。


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チェーザレ・ゾッキの「アゴスティーノ・バウーザの胸像」(1904)


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ロモーロ・ディ・タッデオ・ダ・フィエーゾレの「ジョヴァンニ・バッティスタ・リカソーリの墓碑」(1592‐95)


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ドイツの彫刻家作「磔刑像」(1320‐40)


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ヤコポ・リゴッツィの「子供を蘇生させる聖ライモンド」(1630‐23)


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右側廊第5祭壇です。


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19世紀前半のフィレンツェの彫刻家作「コジモ・ロッシ・メイオッキの墓碑」(1820‐25)


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ヤコポ・コッピ通称イル・メーリオの「聖ヴィンチェンツォ・フェッレールの説教」(1573‐74)


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19世紀のフィレンツェの彫刻家作「ジュゼッペ・デル・ロッソの墓碑」(1820‐25)


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20世紀のイタリアの彫刻家作「ロザリオの聖母」(1938)


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右側廊第4祭壇です。


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シルヴィオ・コルシーニの「トッマーゾ・ミネルベッティの墓碑」(1530)


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16世紀のフィレンツェの彫刻家作「ルッジェーロ・ミネルベッティの墓」(16世紀前半)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニの「十字架降下」(1572)
(つづく)

P1790075鐘楼の礼拝堂のフレスコ「聖クリストフォロ」です。


P1790076
14世紀のフィレンツェの無名画家によって描かれましたが、それ以上の詳しいことが不明です。


P1790077
左側廊の最奥左壁に鐘楼の礼拝堂があります。


P1790078
写真を撮るのを忘れてしまいましたが、このフレスコ画の横に鐘楼に通じる螺旋階段があります。


P1790080
左翼廊第3礼拝堂、マントヴァのストロッツィ家礼拝堂です。
15世紀、ストロッツィ一族傍系がマントヴァに追放されましたが、追放されたストロッツィ家傍系個人礼拝堂なので、マントヴァのストロッツィ家礼拝堂と呼ばれてます。


P1790083
アンドレア・マンテーニャの「救世主と聖人たち」(1354‐57)


P1790086
救世主キリスト


P1790087
聖ミケーレ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖母、アクイーノの聖トッマーゾ


P1790096
聖ピエトロ、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖人(不明)、聖パオロ


P1790089
プレデッラ


P1790092


P1790094


P1790100
マントヴァのストロッツィ家礼拝堂のフレスコ画は、主にナルド・ディ・チョーネによって1360年に制作されました。ナルドの助手としてニッコロ・ディ・トッマーゾが制作に参加したと伝えられてます。


P1790106
地獄


P1790108
天国


P1790110


P1790112
礼拝堂の前にロープが張られて礼拝堂内に立ち入ることが出来ません。


P1790101
天井のフレスコ画はジョヴァンニ・デル・ビオンドによって制作されました。


P1790114
14世紀後半のフィレンツェ派無名画家のフレスコ画


P1790116


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次は左翼廊第2礼拝堂、ガッディ家礼拝堂です。


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礼拝堂前にロープが張れて礼拝堂内に立ち入ることが出来ません


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天井のフレスコ画は、アレッサンドロ・アローリの「聖ジローラモの物語」(1577)


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ブロンズィーノの「アルチシナゴーゴの娘を復活させるキリスト」(1570‐72)


P1790117
次は左翼廊第1礼拝堂、ゴンディの礼拝堂です。


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ヴォルタのフレスコ画「福音書記者たち」(1270‐80)


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この礼拝堂の見所は磔刑像です。


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フィリッポ・ブルネッレスキの「磔刑像」(1410‐15)


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中央礼拝堂、カペラ・マッジョーレです。別名であるトルナブオーニ礼拝堂の方が通りが良いようです。


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見事な祭壇ですが、エンリコ・ロモーリのデザインによってエジスト・ロッシが1858年から1861年にかけて制作した比較的新しいものです。


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ドメニコ・ギルランダイオと工房によるフレスコ画(1858‐61)が秀逸です。フレスコ画のテーマは「聖母の物語」と「洗礼者聖ジョヴァンニの物語」です。


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磔刑像はジャンボローニャ作品説があるものの、特定には至っていないようです。


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一見の価値があるステンドグラス


P1790161
私にとって、聖堂に来る目的はトルナブオーニ礼拝堂に描かれた美女を見るためです。


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「ご訪問」
トルナブオーニ家の女性たちが描き込まれてます。


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ジョヴァンナ・トルナブオーニです。
彼女がルネサンス期における最高の美女でしょう。(個人的な意見です←宣伝でよく見かけます)


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彼女の肖像画が別にあります。


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ドメニコ・ギルランダイオの「ジョヴァンナ・トルナブオーニの肖像」(1488)
マドリッドの国立ティッセン・ボルネミッサ美術館にあります。
外部サイトから拝借した作品画像


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ザッカリアでの天使の知らせ


P1790137
名前の賦課


P1790140
キリストの洗礼


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ヘロデの饗宴


P1790144
洗礼者聖ジョヴァンニの説教


P1790146
洗礼者聖ジョヴァンニの誕生


P1790155
アクイーノの聖トッマーゾの殉教


P1790157
私にはこの場面が分かりません。


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寄進者フランチェスカ・ピッティ


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寄進者ジョヴァンニ・トルナブオーニ


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聖母の誕生


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寺院からのジョアッキーノの追放


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この場面の右端に注目です。


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こちらを見ている男がドメニコ・ギルランダイオの肖像と言われてます。


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聖母の寺院への出現


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聖母の結婚


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嬰児虐殺


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マギの礼拝


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聖母の死と聖母被昇天


P1790181
受胎告知


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聖ドメニコ


P1790184
聖母戴冠
(つづく)

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ファサードの裏壁にある作品の続きから始めます。


P1780905
ピエトロ・ディ・ミニアートの「受胎告知」(1366‐1450)
完成まで84年もかかって少し変に思ったので、調べたら本当でした。


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17世紀のフィレンツェの彫刻家作「ベルナルド・ヴェッキエッティの墓石」(1655c)


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19世紀後半のフィレンツェの彫刻家作「ピエトロ・クレリーの墓石」(1870c)


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フィレンツェの墓製造職人作「ミケランジェロ・ジャンネッティ・ディ・バルガの墓石」(18世紀末)
次は左側廊の礼拝堂を見ていきます。


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左側廊第1礼拝堂にあるサンティ・ディ・ティートの「ラザロの蘇生」(1576)


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ジュゼッペ・スぺドーロの「フランチェスコ・フォンターニの墓」(1821)


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アンドレア・フェルッチ、シルヴィオ・コシーニ、マーゾ・ボスコーリの「アントニオ・スロッツィの墓」(1524)


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左側廊第2礼拝堂にある、ネーリ・ディ・ビッチの「受胎告知」(1455)


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アレッサンドロ・アローリの作品は修復中でした。
最近撮った修復後の写真を載せましょう。


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アレッサンドロ・アローリの「井戸のサマリア女」(1575)


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左側廊第3礼拝堂です。


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マザッチョの「三位一体」(1424‐25)


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マザッチョのフレスコ画下部


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説教壇


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説教壇の彫刻はアンドレア・カヴァルカンティ通称イル・ブッジャーノの作品です。


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「ご誕生」


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「寺院への出現」


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「聖母被昇天」


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非常に見どころが多い聖堂です。


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混乱してしまうので、順番通りに紹介しないといけないと思います。


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左側廊の礼拝堂に戻ります。


P1780962
左側廊の第4礼拝堂、別名サンティ・コズマ・エ・ダミアーノの礼拝堂です。


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ジョルジョ・ヴァザーリの「キリストの復活」(1568)


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ダヴィド・デル・ギルランダイオと弟子による「聖ルチアと寄進者」(1494)


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左側廊の第5礼拝堂です。
ドメニコ・アティッチャーティの「シエナの聖カテリーナのタベルナコロ」


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左側廊の第6礼拝堂にある、アレッサンドロ・アローリの「聖ジャチントの幻視」(1596)


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フィレンツェの彫刻家作「アンナ・パンドルフィーニの墓」(1802)


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次は左翼廊です。


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フィレンツェ派画家作「聖母戴冠と聖人たち」(1335‐40c)


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フィレンツェ派画家作の「大時計」(18世紀)


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布に覆われているアレッシオ・ストロッツィの墓


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手すりの下に墓とフレスコ画があります。


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アーニョロ・ガッディの「ピエタと聖人たち」(1375‐95)


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ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・デル・ティッチャの聖水盤(1443‐48)


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写真右端の入り口から聖具室に入りました。


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聖具室です。ここにブックショップがあります。


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ヤコポ・ヴィニャーリの「聖フランチェスコと聖ドメニコ」(1621‐22)


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マーゾ・ディ・バルトロメオの「磔刑」(1425‐50c)


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ヤコポ・ヴィニャーリの「聖ボナヴェントゥーラとアクイーノの聖トッマーゾ」


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの彩釉テラコッタ(1499)


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ピエル・ダンディーニの「男を蘇生させる聖ヴィンチェンツォ・フェッレール」(1700‐10c)


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ジョルジョ・ヴァザーリの「磔刑」(1567)


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グエッリーノ・ヴェネツィアーニのキャビネット(1734)


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ジョヴァンニ・ストラダーノの「キリストの洗礼」(1572)


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セバスティアーノ・ディ・ジョヴァンニ・ディ・ピエロ・ヴィーニの「聖パオロの変容」(1575)


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ジョヴァン・バッティスタ・ペリーニの「受胎告知の祭壇画」(1693)


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(つづく)

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フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅です。開設当時の駅舎は現在よりも聖堂近くにあり、元々その場所はサンタ・マリア・ノヴェッラ修道院の一部だったことが駅名の由来となっているそうです。


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駅広場を挟んで向かいにあるのがサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂です。


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拝観するにはファサード右のCimiteroに行かねばなりません。


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Via degli Avelli


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数あるフィレンツェの教会の中で、この聖堂は必訪と思います。


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壁龕に彫刻とフレスコ画があったと思いますが、その痕跡すらも残っていないようです。


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壁龕の下に紋章があります。


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サンタ・マリア・ノヴェッラ広場


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広場に面して建つサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂です。


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1049年に創建され、1094年に奉献されたサンタ・マリア・デッレ・ヴィーニェ教会がこの地にありましたが、その教会が前身です。創建当時、この地は城壁外のブドウ畑だったそうです。
1219年、ボローニャからフィレンツェに来た12人のドメニコ会修道士がいましたが、1221年にサンタ・マリア・デッレ・ヴィーニェ教会を本拠地にすることが許可されました。


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1242年、フィレンツェのドメニコ会が規模拡大のため建物の再建を決め、13世紀中頃から建設工事が始められ、14世紀半ばに完成しました。
建設途中の1279年に奉献式が執り行われましたが、正式な奉献は1420年となりました。


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14世紀半ばの建物の完成時、ファサードは工事未着工でしたが、15世紀にルチェッライ家によってレオン・バッティスタ・アルベルティにファサードの建築が依頼され、アルベルティの設計によって白色と緑色の大理石を組み合わせた美しいファサードが1470年に完成しました。


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ファサードに3つの扉がありますが、扉上ルネッタにフレスコ画があります。


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私にはルネッタのフレスコ画の詳細が分かりません。


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ファサードにも壁龕が設けられてます。


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壁龕の下に紋章があります。


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柱頭


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扉横の柱の彫刻


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一見庭に見えますが、Cimitero(墓地)です。ここに切符売り場があります。
2001年3月から拝観有料になりました。


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聖堂内部には墓地側から入ります。


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聖堂の構造図です。図の14が墓地です。


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三廊式、ゴシック様式の内部ですが、コジモ1世の命によりジョルジョ・ヴァザーリが1565年から1571年にかけて、内部の一部をルネサンス様式の改造しました。


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左右の側廊にそれぞれ6つの礼拝堂があります。


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全長99.2m、翼廊が最大61.54mあります。


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フィレンツェ式ゴシック様式とも言える独自性を感じさせる内部です。


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柱がアーチとクロス・ヴォールトを支えてます。


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中央礼拝堂の左右にそれぞれ3つの礼拝堂があります。


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ジョット・ディ・ボンドーネの「彩色磔刑像」(1290c)


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ジョットの「磔刑像」は、完成から1421年まで、現在の場所である身廊の最奥、高さ54mに置かれていましたが、1421年に取り外されてしまいました。2001年に元の場所に戻されたのです。


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身廊中央から見た中央礼拝堂


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左側廊方向


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右側廊方向


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ファサード方向


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説教壇


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ファサードのバラ窓裏にあるステンドグラスは、アンドレア・ディ・ボナイウーティの「聖母戴冠と天使たち」(1365‐67)


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ファサード裏扉上ルネッタ上のフレスコ画は、サンドロ・ボッティチェッリの「幼きキリストを崇拝する聖母」(1476‐78c)


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サンティ・ディ・ティートの「受胎告知」(1603)
(つづく)

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Presbiterioの続きです。


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ジョヴァンニ・フェッティ(フィレンツェ、1355‐1386記録)の「聖母子」(1380c)


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ギルランダイオ派無名画家作「幼きキリストを崇拝する聖母と聖ジュリアーノと聖フランチェスコ」(16世紀初め)


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ラファエッリーノ・デル・ガルボ(ヴァリアーノ、1466‐フィレンツェ、1524)に帰属する「聖ロレンツォと聖ステファノと聖レオナルド」


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クーポラのフレスコ画


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ヴィンチェンツォ・メウッチ(フィレンツェ、1694‐1766)の「栄光のフィレンツェの聖人たち」(1742)


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ヴァレリオ・チオーリ(セッティニャーノ、1529‐フィレンツェ、1599)に帰属する「磔刑像」


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ジローラモ・マッキエッティの「マギの礼拝」をよく見たら作品の写真であることが分かりました。


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作品は同じフィレンツェのストロッツィ宮で開催中の特別展に貸し出されていました。


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ピエトロ・ダンディーニ(フィレンツェ、1646‐1712)の「磔刑」


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ミケーレ・トシーニ通称ミケーレ・ディ・リドルフォ・デル・ギルランダイオ(フィレンツェ、1503‐1577)の「聖母被昇天」


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ニッコロ・ラーピ(フィレンツェ、1667c‐1732)の「聖ロレンツォ」


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ロッソ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1495‐フォンテーヌブロー、1540)の「聖母の結婚」


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ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリ(フィレンツェ、1551‐1640)の「聖セバスティアーノの殉教」


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聖堂内部の拝観はこれで終わりです。


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キオストロの方に向かいました。


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一旦外に出てキオストロに行きました。


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キオストロ


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キオストロ回廊


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案内板に従って順番に見ていくことに。


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コジモ・イル・ヴェッキオの遺言によって、コジモの墓の隣にあるドナテッロの墓です。


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コジモ・イル・ヴェッキオの墓


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コジモ・イル・ヴェッキオとヴェロッキオとの関係は、フィレンツェに行かれる方には常識ですから私の方から触れるのは止めておきます。


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以前は、これらの展示がなかったと思います。


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宝物庫です。


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宝物庫の壁にあるフレスコ画


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16世紀のフィレンツェの彫刻家作「聖ピエトロ」(1522)


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図書館は閉まっていました。


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拝観有料なので説明板などの整備がもう少し進むと良いと思いました。


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(おわり)

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4世紀頃に建設され、393年、フィレンツェの司教座教会として聖ロレンツォに奉献された記録がある初期キリスト教会が前身とされてます。


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その後、フィレンツェの司教座はサンタ・レパラータ聖堂(現在のフィレンツェ・ドゥオーモの前身)に移されてしまいました。
11世紀になると手狭になったので、1059年に拡張工事が行われ、ロマネスク様式の建物となり、1095年に再度奉献式が執り行われました。
15世紀初めに建物が更に手狭になったので、フィリッポ・ブルネッレスキの設計によって1418年、再度拡張工事が開始され、フィリッポの老齢化に伴いミケロッツォに引き継がれて、1461年に完成したルネサンス様式の建物が今日の姿の原形となってます。三度目となる奉献式は1461年に執り行われました。


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メディチ家出身の教皇レオ10世によってファサードのコンペが行われ、その結果、1518年にミケランジェロにファサード建設が委託され、ミケランジェロは木製模型を作成したものの工事には着手せず、ファサードは結局未完のまま現在に至ってます。


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歴代メディチ家の菩提寺です。


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メディチ家礼拝堂については既に取り上げたので、ここでは省略することにします。


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拝観は有料です。
三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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左側廊


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観光客が多い季節なので、拝観する人たちが結構いました。


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説明プレートなどがないので、詳しいガイドブックが必要でしょう。


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右側廊
右翼廊への観光客の立ち入りが制限されていました。


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聖堂内でも行儀の悪い振る舞いをする方がチラホラ。写真左端のお二人はキャキャ言いながら戯れておりました。


P2580566
格子天井


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ピエトロ・マルケシ―ニ通称イル・オルトラニーノ(ピストイア、1652‐1757)の「聖マッテオの召集」(1739c)


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フランチェスコ・コンティ(フィレンツェ、1681‐1760)の「磔刑」(1709)


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19世紀後半のフィレンツェの画家作「玉座の聖母子と聖ロレンツォと聖ザノービ」(1877)


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「磔刑と2聖人」
木製磔刑は17世紀中頃にドイツで制作されたもの。2聖人はロレンツォ・リッピ(フィレンツェ1606‐1665)によって制作されました。


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ジョヴァン・アントニオ・ソリアーニ(フィレンツェ、1492‐1544)の「聖アカツィオと磔刑」


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ピエトロ・アンニゴーニ(ミラノ、1910‐フィレンツェ、1988)の「工房のキリストと聖ジュゼッペ」(1964)


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ベルガモのセラッシ兄弟作のオルガン(1864‐65)


P2580584
説教壇


P2580585
ドナテッロ(フィレンツェ、1386‐1466)の「説教壇」(1460)
説教壇は内陣の左右にあって、こちらは主祭壇に向かって左にあります。


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ドナテッロ作の説教壇ですが、こちらは主祭壇に向かって右側にある方です。


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アーニョロ・ブロンズィーノ(モンティチェッリ、1503‐フィレンツェ、1572)の「聖ロレンツォの殉教」(1565‐69)


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P2580589
左翼廊


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マルテッリ礼拝堂にある、この作品は有名です。


P2580592
フィリッポ・リッピの「マルテッリの受胎告知」(1440)


P2580594
リッピが描いたのはメインパネルの受胎告知で、プレデッラはリッピの弟子フランチェスコ・ペッセリーノによって描かれました。プレデッラのテーマは「聖ニッコロの物語」です。


P2580591
マルテッリ礼拝堂の「磔刑」(15世紀)
制作者は不明のようです。


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ジュゼッペ・二コラ・ナシーニ(カステル・デル・ピアーノ、1657‐シエナ、1736)の「聖ジローラモと天使」


P2580598
私には詳細が分かりません。


P2580599
次の礼拝堂です。


P2580600
フランチェスコ・コンティ(フィレンツェ、1606‐1665)の「聖母子と聖人たち(聖ロレンツォ、聖ザノービ、聖アンブロージョ)」(1714)


P2580601
次はPresbiterioです。


P2580602
ドメニコ・ギルランダイオ工房の「タッディの祭壇画」


P2580603
玉座の聖アントニオ・アバーテと聖ロレンツォと聖ジュリアーノ


P2580605
ジョヴァンニ・ドゥプレの記念碑


P2580607
「天使に支えられる聖フランチェスコ」
私には制作者が分かりません。


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私には制作者などの詳細が分かりません。


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聖堂の方では分かっていると思います。


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後陣右側


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礼拝堂の天井


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この辺のところが分かりません。


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写真だけ載せおきましょう。


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(つづく)

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彫刻家としての、そして建築家としてのミケランジェロ・ブオナローティ(カプレーゼ、1475‐ローマ、1564)の最高傑作の一つが新聖具室でしょう。
世界芸術史上、最高の芸術家がミケランジェロでしょう。


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ヌムール公ジュリアーノ・デ・メディチ(フィレンツェ、1478‐1516)(ロレンツォ・イル・マニーフィコの三男)の墓碑


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ヌムール公ジュリアーノ・デ・メディチの彫像


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ウルビーノ公ロレンツォ・デ・メディチ(フィレンツェ、1492‐カレッジ、1519)(ピエル・イル・ファトゥオの息子)の墓碑
ピエル・イル・ファトゥオ(愚か者のピエロ)は、ロレンツォ・イル・マニーフィコの長男ですからウルビーノ公・ロレンツォ・デ・メディチはロレンツォ・イル・マニーフィコの孫という訳です。


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ウルビーノ公ロレンツォ・デ・メディチの彫像


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夕暮


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ロレンツォ・イル・マニーフィコとジュリアーノ・デ・メディチの墓
ジュリアーノは、ロレンツォの弟で、パッツィ家の反乱の際、フィレンツェ・ドゥオーモ内で殺害されました。
新聖具室には、ロレンツォ・イル・マニーフィコとジュリアーノ・デ・メディチの墓碑を含めて4つの墓碑制作が予定されていましたが、ミケランジェロは元々この仕事が大嫌いで、フィレンツェの政治状況(ミケランジェロはフィレンツェ共和制側に立って戦ったが破れ、メディチ家支配が復活しましたが、新聖具室の制作に再び従事することを条件に反旗を翻した罪が許されたのです)が気に染まない上に、ローマから新しい仕事を依頼されたことから、ローマに去ってしまい、ロレンツォ・イル・マニーフィコとジュリアーノ・デ・メディチの墓碑制作は着手されませんでした。


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ミケランジェロの「メディチの聖母」


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ジョヴァン・アンジェロ・ダ・モントルソーリの「聖コズマ」


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ラファエッロ・ダ・モンテルーポの「聖ダミアーノ」


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詳細不明


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ミケランジェロの素描


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ミケランジェロの素描


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君主の礼拝堂に戻りました。


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かなり新しいクーポラのフレスコ画


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ピエトロ・ベンヴェヌーティ(アレッツォ、1769‐フィレンツェ、1844)によって1828年から1837年にかけて制作されたクーポラのフレスコ画です。


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主祭壇


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君主の礼拝堂に置かれた石棺は、全て中は空です。


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メディチ家の人々の遺体は聖堂のクリプタに安置されてます。


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アレッサンドロ・アローリ(フィレンツェ、1535‐1607)の「フィレンツェの勝利の寓意」(1588‐89)


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フェリーチェ・パルマ(1583‐1625)の「悲しみの聖母」


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フェリーチェ・パルマの「聖ジョヴァンニ」


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ミケランジェロの傑作を観ることが出来て幸せでした。


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(おわり)

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フィレンツェのサン・ロレンツォ聖堂です。


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聖堂の後方にメディチ家礼拝堂があります。
メディチ家礼拝堂はサン・ロレンツォ聖堂の一部ですが、両方とも有料で、しかも別料金になっているので、このブログではそれぞれ別に取り上げることにします。


3
これは外部サイトから拝借したサン・ロレンツォ聖堂の構造平面図の写真です。
メディチ家礼拝堂とは、この図の2の新聖具室と3の君主の礼拝堂を合わせたものを指します。


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君主の礼拝堂です。
メディチ家礼拝堂建設の経緯等については、ここでは触れません。ガイドブックなどの記述にお任せしたいと思います。


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入口は君主の礼拝堂のここにあります。


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切符売り場から中に入ると「君主の礼拝堂」の下に出ます。


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16世紀のフィレンツェ派無名画家作「教皇ピオ5世によって戴冠されるトスカーナ大公コジモ1世」(16世紀末)
1569年3月5日にヴァティカンのシスティーナ礼拝堂で行われた戴冠の様子を描いた作品です。


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メディチ家系トスカーナ大公の家系図があります。
トスカーナ大公の初代コジモ1世から第7代大公のジャン・ガストーネまでメディチ家の大公が続きましたが、1737年にジャン・ガストーネが没すると、メディチ家は断絶してしまい、ジャン・ガストーネの遺言によってトスカーナ大公国はハプスブルク・ロートリンゲン家に継承されました。


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アルフォンゾ・ボニンセーニ(1910‐1994)の「アンナ・マリア・ルイーザ・デ・メディチ(1667‐1743)のブロンズ像」(1946)
アンナ・マリア・ルイーザはメディチ家最後の人となりましたが、フランチェスコ1世の娘マリア(マリー・ド・メディシス)がフランス王アンリ4世との間に生まれた娘たちがイギリス王、スペイン王に嫁いだことにより(二人の間に出来た息子がルイ13世)、メディチ家の血は現代のヨーロッパ王家にまで流れていると言われてます。


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聖具類が展示されてます。


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金銀で出来た高価なものばかりです。


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私にとっては重要な展示ではありません。


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適当に眺めただけで先を急ぎました。


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ミケランジェロの彫刻がある新聖具室に行くには、君主の礼拝堂を経由する必要があります。


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階段を上ります。


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君主の礼拝堂は修復工事中でした。


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この辺は後でゆっくり見ることにしました。


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高さ59mのクーポラ


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新聖具室に向かいました。


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新聖具室に行く途中にある彫刻は、シルヴィオ・コルシーニ(1495‐1547)の「軍事的トロフィー(未完)」(1534以前)です。
シルヴィオはミケランジェロの弟子です。新聖具室の建設を嫌々引き受けたミケランジェロの指示によって制作されたものですが、1534年ミケランジェロがフィレンツェを発ちローマに向かったことにより、シルヴィオもミケランジェロに従ってローマに赴くことになったので、そのまま未完で放置されました。
未完のトロフィーはもう一つあります。ミケランジェロが構想しながらも制作しなかった彫刻の両端に置かれる予定だったとされてます。


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シルヴィオ・コルシーニの「軍事的トロフィー(未完)」(1534以前)


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君主の礼拝堂の模型が置かれてます。


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新聖具室です。


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説明板


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祭壇です。
向かって右端の彫刻はシルヴィオ・コルシーニの作品、左端は18世紀にジローラモ・ティッチャーティによって制作されたものです。ブロンズの磔刑像はジャンボローニャの帰属作品とされてます。


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天井


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今日は時間がないので、この辺で終わることにします。ミケランジェロの彫刻については後編で触れることにします。


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(つづく)

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次の部屋です。


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第16室は、前の部屋から次の部屋に向かう通路の両端にロープが張られており、作品に近づいて鑑賞できないようになっていました。


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次は第17室です。


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ガエターノ・トレンタノーヴェ(フィレンツェ、1858‐1937)の「ヴィクトル・ユーゴーの彫像」


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フェデリーコ・アンドレオッティ(フィレンツェ、1847‐1930)の「ジュリア・ロザーイ・トリッカの肖像」(1891c)


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次の部屋です。


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第18室


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ジョヴァンニ・ファット―リ(リヴォルノ、1825‐フィレンツェ、1909)の「白馬」


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ジョヴァンニ・ファット―リの「騎兵隊の攻撃」(1873)


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ジョヴァンニ・ファット―リの「女性の肖像」


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ジョヴァンニ・ファット―リの「トスカーナ・マレンマ」


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次の部屋です。


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第20室


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ルッジェーロ・フォカルディ(フィレンツェ、1864‐クエルチャネッラ、1934)の「農民の人生」


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フランチェスコ・ジョーリ(ピサ、1846‐フィレンツェ、1922)の「花畑」(1896)


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エジスト・フェローニ(ラストラ・ア・シーニャ、1535‐1512)の「泉の傍で」(1879)


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エジスト・フェローニの「田園」(1881)


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ジョヴァンニ・ファット―リの「羊の川越え」


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ジョヴァンニ・ファット―リの「マレンマの市場」


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ジュゼッペ・ロッシ(フィレンツェ、1876‐1952)の「砂採作業者」


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窓が開いていたので、写真を撮りました。
サント・スピリト教会


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サンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂


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次の部屋です。


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第21室


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アドルフォ・トッマーゾ(リヴォルノ、1851‐フィレンツェ、1933)の「春」(1899c)


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次の部屋です。


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第22室


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アウグスト・リヴァルタ(アレッサンドリア、1837‐フィレンツェ、1925)の「返信」


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ルッジェーロ・フォカルディの「ボッチェ遊び」(1882)


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ルイージ・セッラ(ボローニャ、1846‐1888)の「カンティナーリのサン・カルロ教会」(1885)


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次は第23室です。


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オットー・ヴェルメーレン(ドイツ、1861‐1917)の「ティツィアーノ作品のコピー」
単純なコピー画ではありません。


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エドアルド・ジェッリ(サヴォーナ、1852‐1933)の「シニョーラ・ブルーノ・パリアーノの肖像」(1904)


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次の部屋です。


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第24室


P2600205
詳細不明


P2600207
次の部屋です。


P2600208
第25室


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オドアルド・ボッラーニ(ピサ、1833‐フィレンツェ、1905)の「1878年1月9日の書簡」


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ジョヴァンニ・ファット―リの「休息」


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次の部屋です。


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第26室


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エリザベス・チャップリン(フォンテーヌブロー、1890‐フィエーゾレ、1892)の「L'Ora di Studio」(1911c)


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ジョヴァンニ・ボルディーニ(フェッラーラ、1842‐パリ、1931)の「Signora in bianco」


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下のパラティーナ美術館と違って、展示空間に余裕がある、非常に見易い展示です。
ジョヴァンニ・ファット―リ、シルヴェストロ・レーガ、アントニオ・フォンタネージの作品が良かったと思います。アイエツの2作品も必見です。


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(おわり)

P2600091
次の部屋です。


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第11室


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ジョヴァンニ・ファット―リ(リヴォルノ、1825‐フィレンツェ、1909)の「マドンナ・デッラ・スコペルタの攻撃」
マドンナ・デッラ・スコペルタはロンバルディア州ブレーシャ県にある地名です。
ジョヴァンニはマッキアイオーリの代表的な画家です。


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ジョヴァンニ・ファット―リの「牧草地の豚」


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ジョヴァンニ・ファット―リの「休息」


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ジョヴァンニ・ファット―リの「牧草地の牛」


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シルヴェストロ・レーガ(モディリアーナ、1826‐フィレンツェ、1895)の「アトリエへの訪問」


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シルヴェストロ・レーガの「若い農婦」


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次の部屋です。


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第12室


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シルヴェストロ・レーガの「民謡を歌う女たち」


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有名な作品です。


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シルヴェストロ・レーガの「乳母の訪問」(1873)
3人の女性の表情が良く出ています。


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シルヴェストロ・レーガの「庭の散歩」


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シルヴェストロ・レーガの「春のバラ」


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シルヴェストロ・レーガの「蔓棚」


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レーガが大好きです。


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エンリコ・ファンファーニ(フィレンツェ、1847‐1861活動)の「ランツィのロッジャ」(1859)


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次の部屋です。


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第13室


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ジョヴァンニ・ファット―リの「マジェンタの戦いにおけるイタリア野営地」(1862)


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ジュゼッペ・モリッチ(フィレンツェ、1806‐1879)の作品


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アウグスト・リヴァルタ(アレッサンドリア、1835‐フィレンツェ、1925)の作品


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第14室です。


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ロドルフォ・モルガーリ(トリノ、1827‐1909)の「瀕死のラファエッロ」(1880)


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ジョヴァンニ・ファット―リの「クルックストン野営地におけるメアリー・スチュアート」(1859‐61)


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次の部屋です。


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第15室


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部屋の装飾


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ステファノ・ウッスィ(フィレンツェ、1822‐1901)の「アテネ伯爵の追放」


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エジスト・サッリ(フィリーネ・ヴァルダルノ、1837‐フィレンツェ、1901)の作品
(つづく)

今回からGalleria d'Arte Modernaです。
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美術館を巡っていくうちに、イタリアの近代美術も徐々に好きなっていきました。ブログの対象を13世紀頃から17世紀頃までにしていましたが、今回、初めて近代美術を取り上げることにしました。


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近代美術館は、ピッティ宮の2階(日本の3階)にあります。
18世紀末から20世紀前半までのトスカーナの絵画、彫刻が展示の中心です。展示されている作品の多くが好きという訳ではないので、主に私が好きな制作者の作品に絞って紹介することにしましょう。


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美術館の入り口です。


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第1室です。
展示作品はほぼ年代順に並べられています。


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ポンぺオ・ジローラモ・バトーニ(ルッカ、1708‐ローマ、1787)の「岐路のヘラクレス」
ポンぺオ・バトーニですが、普通は近代の画家としない場合が殆どと思います。


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ポンぺオ・ジローラモ・バトーニの「ヘラクレスと子供」


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ルイージ・ビエナイメ(カッラーラ、1795‐ローマ、1878)の「ゼピュロス(西風の神)」(1841)


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ガスパーレ・ランディ(ピアチェンツァ、1756‐1830)の「Le Marie al sepolcro」


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第2室です。
ロープが張られて、作品の前に立って鑑賞できないようになってます。


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アントニオ・カノーヴァ(1757‐1822)の「カリオペ(雄弁の女神)」


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第3室もロープが邪魔して、少し遠くから作品を見ることになってます。


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第4室もロープが張られています。ロープを張って入館者を阻止したい場所を設ける理由がよく分かりません。見せたくないならば、倉庫にでも保管すれば良いと思うのですが・・・・


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この部屋からロープ無しの普通の展示になります。


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第5室


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フランチェスコ・アイエツ(ヴェネツィア、1791‐ミラノ、1882)の「サムソン」


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フランチェスコ・アイエツの「Due Foscari」


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フランチェスコ・サバテッリ(フィレンツェ、1803‐ミラノ、1830)の「オイレオの息子アイアース」
アイアースはトロイア戦争で活躍した人です。


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エンリコ・ポッラストリーニ(リヴォルノ、1817‐フィレンツェ、1876)の「洪水の人命救助」


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サルヴィーノ・サルヴィーニ(リヴォルノ、1824‐アレッツォ、1899)の「La Ehma」


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フランチェスコ・コゲッティ(ベルガモ、1802‐ローマ、1875)の「十字架降下」


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次の部屋です。


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第6室


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オドアルド・ボッラーニ(ピサ、1833‐フィレンツェ、1905)の「中世」


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フィリッポ・パリッツィ(ヴァスト、1818‐ナポリ、1899)の「La famiglia reale di Napoli a caccia」


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オドアルド・ボッラーニの「聖テレーザの光悦」


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ジョヴァンニ・バスティアニーニ(1830‐1868)の「若い女性の胸像」


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次の部屋です。


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第7室


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アントニオ・チゼーリ(スイス、1821‐フィレンツェ、1891)の「ジョヴァンニ・ドゥプレの肖像」(1882‐86)


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次の部屋です。


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アリストデモ・コストーリ(フィレンツェ、1803‐1871)の「Meneceo」


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ピオ・フェーディ(ヴィテルボ、1816‐フィレンツェ、1892)の「聖セバスティアーノ」


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ソーニ・ジュゼッペ(クレモナ、1795‐ミラノ、1874)の「エリザベート皇后の肖像」


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次の部屋は肖像画だけの展示です。


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第8室


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見覚えがある顔はこれだけです。
ヴィトー・ダンコーナ(ダ・アンコーナ)(ペーザロ、1825‐フィレンツェ、1884)の「ロッシーニの肖像」


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次の部屋です。


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第9室


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エミリオ・ドンニーニ(1809‐1886)の「川が流れている村」


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アントニオ・フォンタネージ(レッジョ・エミリア、1818‐トリノ、1882)の「フィレンツェ、アルノ川の風景」
西洋絵画に興味を持つ日本人で、アントニオをご存じない方はいらっしゃらないと思います。まあ老婆心ながら少し触れてみましょう。
明治9年(1876年)、アントニオは日本人に西洋絵画を教授すべく明治政府から招聘を受け来日しました。その後間もなく勃発した西南戦争による明治政府の資金難とアントニオ自身の健康問題もあって、明治11年には帰国するのですが、その短い滞在にも拘らず明治初期の西洋画に大きな影響を与え、アントニオの指導を受けた画学生の中から有能な西洋画家が育ったのです。


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次の部屋です。


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第10室


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クリスティアーノ・バンティ(サンタ・クローチェ・スッラルノ、1824‐モンテムルロ、1904)の「Tre Contadine」
私には都会の娘たちが郊外に散歩に出たように見えます。


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クリスティアーノ・バンティの「Tre Contadine」
(つづく)

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2018年3月8日、パラティーナ美術館に入館しました。


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例年、この時期は空いていましたが、意外にも、この日は混雑していて、入館前のセキュリティチェックに数十人の行列が出来てました。


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雪、雨続きでうんざりでしたが、珍しく晴天となりました。


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この辺は何時も通りでしたが・・・・・


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最初の部屋がSale della Musicaとなっており、他の部屋に行けないようになってました。


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変に思ったので、美術館の案内図で再確認しました。


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閉鎖されている部屋が多いことが予想されました。


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結論を言えば、君主の居住部分を除けば、絵画が展示されている25展示室のうち、開いていたのは10展示室に過ぎなかったのです。


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この日、二番目の部屋がSala di Prometeoとなりました。


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フィリッポ・リッピの「バルトリーニのトンド」


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シニョレッリのトンドが何時もと同じ場所にありました。


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ピエロ・ディ・コジモの「女性の肖像」
カテリーナ・スフォルツァの肖像説もあるようです。


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この部屋の展示作品は以前と全く同じでした。


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開いていたのは、傑作を数多く展示する部屋ばかりです。


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閉まっていたのは、傑作が多いとは言えない部屋ばかりでした。


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Sala di Ulisse


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順路にあるとは言え、見たくもないナポレオンの浴場を見ることに。


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Sala dell'educazione di Giove


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カラヴァッジョの作品です。


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Sala dell'Iliade


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ミラノのデントロ・カラヴァッジョ展に貸し出されていた「マルタ騎士の肖像」が戻ってきました。
何時もならば、この作品はSala di Venereにある筈でしたが、Sala dell'Iliadeにありました。


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カラヴァッジョの作品ですが、一瞥もせずに通り過ぎる人が大半でした。気付かないのか、大したことがない作品と判断されたのか、その辺の理由が分かりません。
興味があったので、入館者の反応が見たかったので、暫く立ち止まって入館者の動きを眺めてみました。
この作品を見た人は13人のうち、わずか一人でした。


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作品を一瞥しただけで、ある程度分かる人向きの美術館であると思いました。


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Sala di Saturno


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Sala di Giove


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Sala di Marte


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Sala di Apollo


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Sala di Venere


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君主の居住部分にあった、カラヴァッジョの作品とされる「歯医者」がありませんでした。

なお、2018年5月25日に入館しましたが、この日は通常公開されている部屋のすべてに入ることが出来ました。展示作品ですが、重要作品の差し替えについては気づきませんでした。

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パラティーナ美術館の主要展示室を見て終わって、「君主の居室」部分に行こうとしたら、その途中で特別展が開催されていました。


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アントン・ラファエル・メングス(チェコ、1728‐ローマ、1779)は、新古典主義の先駆者となった画家で、ローマ、スペイン、ザクセンなどで活動しました。スペインのカルロ3世の宮廷画家でした。


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メングスの「ハプスブルグ・ロレーヌのピエトロ・レオパルドの肖像」(1770)
ピエトロはトスカーナ大公でしたが、後に皇帝レオポルド2世となりました。
ミラノのアンブロジアーナ美術館の所蔵です。


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メングスの「ハプスブルグ・ロレーヌ王家の肖像」(1770‐71)
ウフィツィ・パラティーナ美術館の所蔵です。


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メングスの「スペインのカルロ3世の肖像」(1767‐69c)
ピッティ宮の近代美術館の所蔵です。


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メングスは有名な画家ですが、知らない人もかなり多いようで、見ている人が意外にも少なかったと思います。


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ロレンツォ・ティエポロ(1736‐1776)の「ボルボンのマリア・ルイーザの肖像」(1763)


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Wilhem Berczy (1744-1813)の「トスカーナ大公ピエトロ・レオパルドの家族の肖像」(1781‐82)


P2590954
メングスの「マリア・テレーザ・ジュゼッパ・カルロッタ・ジョヴァンナの肖像」(1770‐71)
プラド美術館の所蔵です。


P2590956
メングスの「フランチェスコ・ディ・ハプスブルグ・ロレーヌ大公の肖像」
プラド美術館の所蔵です。


P2590958
メングスの「フェルディナンド大公とマリア・アンナの肖像」(1770‐71)
プラド美術館の所蔵です。


P2590960
メングスの「フェルディナンド大公とマリア・アンナの肖像」(1770‐71)
ウフィツィ・パラティーナ美術館の所蔵です。


P2590962
Johan Zoffany (1733-1810)の「ハプスブルグ・ロレーヌのフランチェスコ大公の肖像」(1775)
ウィーンの美術史美術館の所蔵です。


P2590964
メングスの「カルロッタ・ジョアクイ―ナの肖像」(1770‐71)
カルロッタは後のポルトガル女王です。
ウフィツィ美術館の所蔵です。


P2590966
メングスの「死せるキリストへの哀悼」(1779)
個人蔵の作品です。


P2590968
Johan Zoffanyの「自画像」(1773‐74c)
ウフィツィ美術館の所蔵です。


P2590970
アントン・ラファエル・メングスの「自画像」(1773)


P2590974
「君主の居室」に入りました。


P2590975
玉座


P2590976
居室の方にも絵画や彫刻があります。


P2590977
決められた場所しか立ち入りことが出来ないので、傑作や秀作が幾つかあるものの写真を撮るのが難しくなってます。


P2590978
レオナルド・ダ・ヴィンチのコピー画? 詳細不明です。


P2590979
カルロ・ドルチ?の「聖母子」


P2590980
ロレンツォ・デ・クレディ派無名画家の「幼きキリスト崇拝する聖母と聖ジョヴァンニーノと2天使」


P2590983
ボッティチェッリの作品


P2590984
アントニオ・フランキの「アンナ・マリア・ルイーザ・デ・メディチの肖像」


P2590987
ティツィアーノの「ジュリア・ヴァラーノの肖像」


1
外部サイトから拝借した作品画像


P2590989
ジョヴァンニ・ドメニコ・チェッリ―ニ(ペルージャ、1609‐ローマ、1681)の「聖家族と聖アンナ」


P2590997
カラヴァッジョの「歯医者」
美術館では単にカラヴァッジョの作品としてますが、一応帰属作品とされているのが普通です。帰属について様々な説が出されています。


2
外部サイトから拝借した作品画像


P2590996
ドメニコ・プリーゴの「マグダラのマリア」


P2600005
Cornelis de Baeilleur の「ルーベンス工房」


P2600006


P2600007
ラッタンツィオ・ガンバーラ(ブレーシャ、1530‐1575c)に帰属する「十字架降下」


P2600010
サンティ・ディ・ティートの「キリストの洗礼」


P2600012
詳細不明


P2600014
17世紀のフィレンツェ派無名画家の「悔悛のマグダラのマリア」


P2600015


P2600017
展示作品は玉石混交の上に、壁一面にびっしりと展示されているので、鑑賞し難い美術館と思います。
(おわり)

P2590873
次の部屋です。


P2590874
Sala di Venere


P2590883
部屋のフレスコ画は、ピエトロ・ダ・コルトーナ(コルトーナ、1596‐ローマ、1669)によって1641年から1642年にかけて制作されました。


P2590884
ユストゥス・サステルマンス追随者の「ジャチント・カルドゥッチの肖像」


P2590885
16世紀のエミリア派無名画家作「男の肖像」


P2590886
ピエトロ・ダ・コルトーナの「聖マルティーナ」


P2590887
ユストゥス・サステルマンス(アントワープ、1597‐フィレンツェ、1681)の「メディチ宮廷お抱えの猟師たちの肖像」(1637c)


P2590888
サルヴァトール・ローザ(ナポリ、1615‐ローマ、1673)の「船と港」(1641c)


P2590890
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1490c‐ヴェネツィア、1576)の「ラ・ベッラ」(1536c)


1
外部サイトから拝借した作品画像


P2590891
ボニファチョ・デ・ヴェロネーゼ(ボニファチョ・デ・ピターリ)(ヴェローナ、1487‐ヴェネツィア、1553)の「コスタンティーノ、聖エレーナ、聖ジョヴァンニーノがいる聖会話」(1510c)


P2590892
ティツィアーノの「ピエトロ・アレティーノの肖像」(1545)
この肖像画は有名です。


P2590893
Sala di Venereの壁Bの作品に移ります。


P2590895
マッテオ・ロッセッリ(フィレンツェ、1578‐1650)の「ダヴィデの勝利」(1620c)


P2590896
ピーテル・パウル・ルーベンス(1577‐1640)の「農場から帰る労働者がいる風景」(1627c)


2
外部サイトから拝借した作品画像


P2590897
ルティリオ・マネッティ(シエナ、1571‐1639)の「アルチーナ宮廷のルッジェーロ」(1624)


P2590898
フランチェスコ・バッサーノ(バッサーノ、1549‐ヴェネツィア、1592)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」(1590c)


P2590899
ジョヴァンニ・ビリヴェルト(フィレンツェ、1584‐1644)?の「アポロとマルシア」


P2590900
グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「アポロとマルシア」(1618c)


P2590901
ピーテル・パウル・ルーベンスの「フェアーチ島のウリッセ」(1630‐35c)


3
外部サイトから拝借した作品画像


P2590903
サルヴァトール・ローザの「日没の港」(1641c)
この作品から壁Cとなります。


P2590904
詳細不明の作品
この場所には、ティツィアーノの「教皇ジュリオ2世の肖像画(ラファエッロ作品のコピー)があった筈ですが、何故か取り外され、代わりにこの肖像画が展示されていました。しかし、説明シートに非記載なので、制作者名等が分かりません。


4
参考までにティツィアーノの作品画像を掲載しておきましょう。(外部サイトから拝借した作品画像)
ティツィアーノの「ラファエッロ作『教皇ジュリオ2世の肖像』(1511)のコピー画」(1545)
コピー画ですが、ティツィアーノが描くと感じが違います。


5
ついでに、ラファエッロの「教皇ジュリオ2世の肖像」(1511)の作品画像を掲載します。(外部サイトから拝借した作品画像) ロンドンのナショナル・ギャラリーにあります。
オリジナルはこれですが、ラファエッロと工房が制作したジュリオ2世の肖像画が他に2点あったと思います。


P2590906
ティツィアーノの「合奏」(1510c)


6
外部サイトから拝借した作品画像


P2590908
セバスティアーノ・デル・ピオンボ(ヴェネツィア、1485‐ローマ、1547)の「バッチョ・ヴァローリの肖像」(1531c)


P2590909
ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「ヴィーナスとヴルカーノ」(1550‐55c)


P2590910
17世紀のフランドルの無名画家作「ピエトロ・フランカヴィッラの肖像」(1610c)


P2590911
サルヴァトール・ローザの「虚偽の寓意」(1649c)


P2590913
バルトロメオ・パセロッティ(ボローニャ、1529‐1592)の「男の肖像」(1570c)


P2590914
Sala di Venereの壁Dの作品に移ります。


P2590916
ユストゥス・サステルマンスの「聖ウルスラに模したヴィットリア・デッラ・ローヴェレの肖像」(1637c)


P2590917
ユストゥス・サステルマンスに帰属する「子供の肖像」


P2590919
ユストゥス・サステルマンスの「幼少期のアレッサンドロ・ファルネーゼの肖像」(1639‐40)


P2590922
ティツィアーノに帰属する「この人を見よ」


P2590923
グエルチーノの「聖ジュゼッペ」


P2590925
16世紀のトスカーナの無名画家作「男の肖像」


P2590926
チゴリ(チゴリ、1559‐ローマ、1613)の「聖ピエトロと聖アンドレアの召命」(1607)


P2590928
ジョヴァンニ・ビリヴェルト(フィレンツェ、1584‐1644)の「聖イシドーロ・アグリコーラ」(1612‐15c)


P2590933
グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「聖ジュゼッペ」(1639‐40c)


P2590934
17世紀のシエナ派無名画家作「フランチェスコ・ヴァンニ作『アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚』のコピー画」


P2590936
フランチェスコ・クッラディ(フィレンツェ、1570‐1661)の「ナルキッソス」


P2590937
ルティリオ・マネッティ(シエナ、1571‐1639)の「聖マリア・マッダレーナの死」(1618‐20c)


P2590938
アントニオ・カノーヴァ(1757‐1822)の「ヴィーナス」(1804‐11)


7
カラヴァッジョの「アントニオ・マルテッリの肖像」(1608‐09)(外部サイトから拝借した作品画像)
この部屋にはカラヴァッジョのこの作品がありましたが、近ごろ展示されなくなったようです。もっとも、この時(2017年10月)はミラノで開催されたデントロ・カラヴァッジョ展に貸し出されていましたが。
(つづく)

P2590813
次の部屋です。


P2590816
Sala di Apollo


P2590814
1647年、この部屋のフレスコ装飾がピエトロ・ダ・コルトーナ(コルトーナ、1597‐ローマ、1669)に依頼されました。


P2590852
主要部分はピエトロ・ダ・コルトーナによって制作されましたが、未完のまま、10年ほど経ってしまいました。


P2590815
ピエトロの一番弟子で、後に後継者となったチーロ・フェッリ(ローマ、1634‐1689)によって1659年から1661年にかけて制作され漸く完成したのです。


P2590826
ユストゥス・サステルマンス(アントワープ、1597‐フィレンツェ、1681)の「幼少の頃のフランチェスコ・マリア・デ・メディチの肖像」(1663c)


P2590827
制作者不明の「アンドレア・デル・サルト作『バッチョ・バンディネッリ?の肖像』のコピー画」
1797年に購入されピッティ・コレクション所蔵となりましたが、購入時はアンドレア・デル・サルトの自画像(真筆)とされていたそうです。


P2590829
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1490c‐ヴェネツィア、1576)の「聖マリア・マッダレーナ」(1530c)


1
外部サイトから拝借した作品画像
ティツィアーノの代表作の一つです。


P2590830
詳細不明 説明板がありませんでした。
この場所には、ティツィアーノ工房作「慈悲の聖母」があったと思いますが、それが取り外され代わりに展示されていました。


P2590831
アンドレア・デル・サルト(フィレンツェ、1486‐1530)の「ブラッチの聖家族」(1523c)
ザノービ・ブラッチのために描かれたことが画題の由来となってます。


3
外部サイトから拝借した作品画像


P2590832
ティツィアーノの「イギリス人の肖像」(1525c)


P2590833
アンドレア・デル・サイトの「ルーコのピエタ」は修復のため、展示されていませんでした。


2
これがアンドレア・デル・サルトの「ルーコのピエタ」(1523‐24)です。
外部サイトから拝借した作品画像


P2590834
ガロファロ工房の「アウグストとシビッラ」(1537以降)


P2590835
ドッソ・ドッシ(トラムスキオ、1486c‐フェッラーラ、1542)の「ニンフとサティーロ」(1508‐12)


P2590836
ルドヴィーコ・マッツォーリ(フェッラーラ、1480c‐1530)の「キリストと姦通女」(1526c)


P2590837
Gaspar de Crayer (1584-1669)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1665c)


P2590838
ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「ヴィンチェンツォ・ゼーノの肖像」(1565c)


P2590839
Sala di Apolloの壁Bの作品に移ります。


P2590840
シモーネ・カンタリーニ(ペーザロ、1612‐ボローニャ、1648)の「聖アンドレア」(1640‐50c)


P2590841
ドッソ・ドッシの「洗礼者聖ジョヴァンニ」


P2590843
アレッサンドロ・ヴィターリ(ウルビーノ、1580‐1650)の「乳児期のフェデリーコ・ウバルド(1605‐1623)の肖像」(1605c)
アレッサンドロはフェデリーコ・バロッチの追随者でした。


P2590844
ジローラモ・デンティ(ヴェネツィア?、1525から記録‐1572以前没)の「聖家族とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖マリア・マッダレーナ」(1550c)


P2590845
チゴリ(チゴリ、1559‐ローマ、1613)の「十字架降下」(1600‐08)


P2590846
グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「トビタを蘇生させる聖ピエトロ」(1618c)


P2590847
カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1617‐1686)の「ディオゲネス(ギリシャの哲学者)」(1640‐49)


P2590849
ユストゥス・サステルマンスの「ヴィットリア・デッラ・ローヴェレの肖像」(1640c)
醜女を多少増しに描かねばならなかった宮廷画家は辛いですね。


P2590850
ティベリオ・ティーティ(フィレンツェ、1578‐1637)の「乳児の頃のレオポルド・デ・メディチの肖像」(1617)


P2590851
Sala di Apolloの壁Cの作品に移ります。


P2590853
ニッコロ・カッサーノ(ヴェネツィア、1659‐ロンドン?、1713)の「ドイツ兵士の肖像」(1691)


P2590855
アンドレア・デル・サルトの「メディチの聖家族」(1529)


4
外部サイトから拝借した作品画像


P2590856
クリストファノ・アローリ(フィレンツェ、1577‐1621)の「聖ジュリアーノのホスピタリティ」(1612‐18c)


P2590857
ジョヴァンニ・バッティスタ・ランゲッティ(ジェノヴァ、1625‐ヴェネツィア、1676)の「男の肖像」


P2590858
クリストファノ・アローリの「男の肖像」(1600‐05c)


P2590859
ピーテル・パウル・ルーベンス(1577‐1640)の「ガスパール・ストッペの肖像」(1606‐07)
ガスパールはオランダの哲学者で、1598年からローマに移住しましたが、ローマにいた時に描かれた肖像画とされてます。


P2590860
グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「クレオパトラ」(1640)


P2590861
ヤコポ・ピストイア(ベルガモ、1500c‐ヴェネツィア?、1572以降没)の「エマオの晩餐」(1570‐72c)


P2590862
この場所にヤコポ・リゴッツィの「ユディト」があったと思います。


P2590863
制作者不明の「フェルディナンド2世デ・メディチの肖像」
この場所にはルーベンスの作品があった筈です。


5
これがルーベンスの作品ですが、何故か取り外されていました。
外部サイトから拝借した作品画像


P2590864
アントン・ヴァン・ダイク派無名画家の「チャールズ1世とエンリエッタ・マリアの肖像」


P2590865
Sala di Apolloの壁Dの作品に移ります。


P2590866
カルロ・ドルチの「福音書記者聖ジョヴァンニ」(1671c)


P2590867
Cornelis de Vos (1585c-1651)の「女性の肖像」(1624c)


P2590868
制作者不明の「セバスティアーノ・デル・ピオンボ作『この人を見よ』のコピー画」
1685年にコジモ3世がこの作品を購入した時には、セバスティアーノの真作とされていました。オリジナルの作品は失われてます。


P2590869
カルロ・マラッタ(カメリーノ、1625‐ローマ、1713)の「フィリッポ・ネリに顕現する聖母子」(1670c)


P2590870
カルロ・ドルチの「聖カシミーロ」(1670‐71)


P2590871
Jacob Ferdinand Voet (アントワープ、1639‐パリ、1700)の「オリンピア・アルドブランディーニの肖像」(1665‐70c)


P2590872
ユストゥス・サステルマンスの「カヴァリエール・ブランドリーニ?の肖像」(1640‐50c)
(つづく)

Sala di Gioveの続きです。
P2590760
次はSala di Gioveの壁Dの作品です。


P2590761
制作者不明の「グイド・レーニ作『聖エリザベッタ』のコピー画」
グイドの作品はアメリアにありますが、見たことがありません。


P2590762
制作者不明の「フランチェスコ・バロッチ作『祈るキリスト』のコピー画」


P2590763
17世紀のフィレンツェ派無名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2590764
ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582‐ローマ、1647)の「光悦のコルトーナの聖マルゲリータ」(1622)


P2590765
16世紀のヴェネツィア派無名画家の「男の肖像」


P2590766
バルトロメオ・スケドーニ(モデナ、1578‐パルマ、1615)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1609c)


P2590767
17世紀のフィレンツェ派無名画家の「聖アガタ」


P2590768
次の部屋です。


P2590770
Sala di Marte


P2590769
部屋のフレスコ画は、ピエトロ・ダ・コルトーナ(コルトーナ、1596‐ローマ、1669)によって1643年から1647年に描かれました。


P2590778


P2590779
チゴリ(チゴリ、1559‐ローマ、1613)の「悔悛の聖マリア・マッダレーナ」(1600c)


P2590780
グエルチーノ工房の「聖セバスティアーノ」


P2590781
アンドレア・デル・サルトの「フィレンツェ、1486‐1530)の「受胎告知と大天使ミケーレと聖ゴデンツォ」(1515c)


P2590782
Pieter van Mol (アントワープ、1599‐パリ、1650)の「光悦の聖フランチェスコ」


P2590783
Bartolome Esteban Murillo (1617-1682)の「聖母子」(1650‐55c)
ムリーリョは聖母子の名手ですね。天井やクーポラのフレスコ画を描くのは危険ですが、ムリーリョは制作中に足場から転落して死去したのです。


1
外部サイトから拝借した作品画像


P2590784
ヴェントゥーラ・サリンベーニ(シエナ、1568‐1613)の「聖家族と聖エリザベッタと聖ジョヴァンニーノ」(1608)


2
外部サイトから拝借した作品画像  こちらの方も鮮明ではありません。


P2590786
ピーテル・パウル・ルーベンス(1577‐1640)の「四哲学者」(1612c)


3
外部サイトから拝借した作品画像


P2590787
Jan van den Hoecke (アントワープ、1611‐ブリュッセル?、1657)の「聖母子と聖エリザベッタと聖ジョヴァンニーノ」


P2590788
バルトロメ・エステバン・ムリーリョの「ロザリオの聖母」(1648‐50c)


4
外部サイトから拝借した作品画像


P2590789
Sala di Marteの壁Bの作品に移ります。


P2590790
フラ・バルトロメオ(フィレンツェ、1473‐1517)の「聖家族と聖エリザベッタと聖ジョヴァンニーノ」(1516c)


5
外部サイトから拝借した作品画像


P2590791
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「男の肖像」(1550‐60c)


6
外部サイトから拝借した作品画像


P2590792
ピーテル・パウル・ルーベンスの「戦争の結果」(1638)


7
7
外部サイトから拝借した作品画像


P2590793
アンドレア・デル・サルト(フィレンツェ、1486‐1530)の「ジュゼッペの子供時代の物語」(1515)


8
外部サイトから拝借した作品画像


P2590794
アンドレア・デル・サルトの「ファラオの湯名を解釈するジュゼッペ」(1515)


9
外部サイトから拝借した作品画像


P2590795
ドメニコ・プリーゴ(フィレンツェ、1492‐1527)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1512‐15c)


P2590796
ティツィアーノ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1490c‐ヴェネツィア、1576)の「イッポリート・デ・メディチの肖像」(1532)


10
外部サイトから拝借した作品画像


P2590798
チゴリの「イサクの犠牲」(1606‐07c)


P2590799
ティツィアーノ工房の「アンドレア・ヴェサーリオの肖像」(1545c)


P2590800
Adriaen van der Werff (1659-1722)の「ジョン・チャーチル、マールボロ―伯爵の肖像」(1705)


P2590801
アントン・ヴァン・ダイク(アントワープ、1599‐ロンドン、1641)の「グイド・べンティヴォーリオ枢機卿の肖像」(1622‐23)


11
外部サイトから拝借した作品画像


P2590802
制作者不明の「グイド・レーニ作『涙の聖ピエトロ』のコピー画」


P2590803
ティントレット(ヴェネツィア、1519‐1594)の「アルヴィーゼ・コルナーロの肖像」(1665c)


12
外部サイトから拝借した作品画像


P2590804
グイド・カニャッチ(サンタンジェロ・ディ・ロマーニャ、1601‐ウィーン、1663)の「天使たちに運ばれる聖マリア・マッダレーナ」((1650‐58c)


P2590805
カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1617‐1686)の「聖マルゲリータに扮した女性の肖像」(1664)


P2590806
アンティヴェドゥート・デッラ・グラマティカ(シエナ、1590‐ローマ、1649)の「シモン・ヴ―エ作『占い師』のコピー画」(1617c)


13
こちらがシモン・ヴーエの「占い師」です。ローマ・バルベリーニ宮の国立古典絵画館にあります。
外部サイトから拝借した作品画像


P2590807
ブロンズィーノ(フィレンツェ、1503‐1573)の「ルーカ・マルティーニの肖像」(1554‐56c)


P2590808
壁Dには2作品が展示されてます。


P2590810
ルーカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634‐1705)の「無原罪の御宿リ」(1689c)


P2590812
ジョヴァンニ・アンドレア・シラーニ(ボローニャ、1610‐1670)の「井戸のレベッカ」(1640c)
(つづく)


P2590695
Sala di Saturnoの壁Dに移ります。


P2590697
グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「聖セバスティアーノ」(1652)


P2590699
アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577‐1668)の「アベルの死を悼むアダムとイヴ」(1630‐40c)


P2590701
次の部屋です。


P2590702
Sala di Giove


P2590712
部屋のフレスコ画は、ピエトロ・ダ・コルトーナ(コルトーナ、1596‐ローマ、1669)によって1642年から1644年に制作されました。


P2590714
ヴィンチェンツォ・コンサーニ(ルッカ、1818‐フィレンツェ、1887)の「ラ・ヴィットリア」


P2590717
グエルチーノと工房の「白鳥の聖母」


P2590718
グエルチーノの「聖家族」(1615‐16c)


P2590719
ペルジーノ(チッタ・デッラ・ピエーヴェ、1448c‐フォンティニャーノ、1523)の「サッコの聖母」(1495‐1500c)


1
外部サイトから拝借した作品画像


P2590720
カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1616‐1686)の「涙の聖ピエトロ」(1660c)


P2590721
ルーベンス工房の「ニンフとサティーリ」


P2590722
フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578‐1660)の「聖家族と2天使」


P2590723
アンドレア・デル・サルト(フィレンツェ、1486‐1539)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1523)


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外部サイトから拝借した作品画像


P2590726
フラ・バルトロメオ(フィレンツェ、1473‐1517)の「死せるキリストへの哀悼」(1511c)


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外部サイトから拝借した作品画像


P2590727
フランチェスコ・アルバーニの「聖母に顕現する復活したキリスト」(1650‐60c)


P2590728
フランチェスコ・サルヴィアーティ(フィレンツェ、1510‐ローマ、1563)の「Tre Parche」(1550c)


4
外部サイトから拝借した作品画像
こちらは単色に近い写真になってます。


P2590729
チゴリ(チゴリ、1599‐ローマ、1613)の「男の肖像」(1594c)


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チェーザレ・ジェンナーリ(チェント、1637‐ボローニャ、1688)の「聖家族」(1674)


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ブロンズィーノ(フィレンツェ、1503‐1572)の「グイドバルド2世デッラ・ローヴェレの肖像」(1531‐32)


P2590732
Sala di Gioveの壁Bの作品に移ります。


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ユストゥス・サステルマンス(アントワープ、1597‐フィレンツェ、1681)の「レオニドの肖像」(1620‐30c)


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カルロ・ドルチの「男の肖像」


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ユストゥス・サステルマンス工房の「ガリレオ・ガリレイの肖像」(1640c)


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フラ・バルトロメオの「聖マルコ」(1515)


5
外部サイトから拝借した作品画像


P2590738
アンドレア・デル・サルトの「サン・ガッロの受胎告知」(1513‐14c)
フィレンツェのサン・ガッロ教会にありました。


6
外部サイトから拝借した作品画像


P2590739
アンドレア・デル・サルトの「ポッピの祭壇画(天上の聖母と聖人たち)」(1530c)
ポッピのサン・フェデーレ修道院にありました。


7
外部サイトから拝借した作品画像


P2590740
ユストゥス・サステルマンスの「トルコの衣装を着たフェルディナンド2世デ・メディチの肖像」(1640‐42c)


P2590741
制作者不明の「アンニーバレ・カラッチ作『聖母子と聖ジョヴァンニーノ』のコピー画」


P2590742
ヤコポ・ヴィニャーリ(プラートヴェッキオ、1592‐フィレンツェ、1664)の「光悦の聖フランチェスコ」(1620c)


P2590743
16世紀のアウグスブルグの無名画家作「ヤコビーナ・ウンゲルテルの肖像」(1556c)


P2590744
アンドレア・デル・ヴェロッキオ(フィレンツェ、1435‐ヴェネツィア、1488)の「聖ジローラモ」(1460‐70c)


P2590746
ドメニコ・エ・ヴァローレ・カシーニ(フィレンツェで17世紀前半に活動)の「シモーネ・パカヌッチの肖像」


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グエルチーノの「モーゼ」(1620‐30c)


P2590748
詳細不明
この場所には、ルーベンスの「籠の聖母」があった筈ですが、この作品と差し替えられていました。


8
ルーベンスの「籠の聖母」(1615)
外部サイトから拝借した作品画像


P2590749
ボルゴニョーネの作品は修復中でした。


P2590750
オラツィオ・ジェンティレスキ(ピサ、1563‐ロンドン、1639)の「聖アグネス」(1633c)


P2590753
ラファエッロ・サンツィオの「ヴェールの女の肖像」(1515c)


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外部サイトから拝借した作品画像


P2590754
ニッコロ・カッサーナ(ヴェネツィア、1659‐ロンドン?、1713)の「サルヴァトール・ローザ作『弾劾の共謀』のコピー画」


10
こちらがサルヴァトール・ローザの作品(1663)です。
フィレンツェのパラッツォ・マルテッリ美術館にあります。
外部サイトから拝借した作品画像


P2590755
Frans Pourbus il Giovane(アントワープ、1569‐パリ、1622)の「男の肖像」(1600‐09c)


P2590756
パリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500‐ヴェネツィア、1571)の「女の肖像」(1550‐55c)


P2590758
ジョルジョーネ(カステルフランコ・ヴェネト、1476/1478c-ヴェネツィア、1510)の「三世代の男たち」(1500c)
ジョルジョーネの作品帰属を巡って幾つかの説があるようです。


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外部サイトから拝借した作品画像
(つづく)

次はSala dell'Iliadの壁Dの展示作品です。
P2590631
ロッソ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1494‐フォンテーヌブロー、1540)の「デイの祭壇画」(1522)


1
外部サイトから拝借した作品画像


P2590632
制作者不明の「ティツィアーノ作『バッカスとアリアンナ』のコピー画」


2
ティツィアーノの「バッカスとアリアンナ」(1520‐23c)
本物はロンドンのナショナル・ギャラリーにあります。
外部サイトから拝借した作品画像


P2590633
ドメニキーノ(ボローニャ、1581‐ナポリ、1641)の「聖マリア・マッダレーナ」(1620‐30c)


P2590634
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「寺院への出現」


P2590635
次の部屋です。


P2590636
Sala di Saturno
ラファエッロの作品があるので人気が高い部屋です。


P2590663
部屋のフレスコ画は、チーロ・フェッリ(ローマ、1634‐1689)によって1663年から1665年に制作されました。


P2590664
チーロはピエトロ・ダ・コルトーナの一番弟子で、ピエトロの後継者でした。


P2590645
ユストゥス・サステルマンス(アントワープ、1597‐フィレンツェ、1681)の「アンナ・デ・メディチの肖像」(1635c)


P2590646
フィレンツェ?の無名画家の「芸術家の肖像」(17世紀)


P2590647
カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1617‐1686)の「ヴィットリア・デッラ・ローヴェレの肖像」(1680c)


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セバスティアーノ・デル・ピオンボ(ヴェネツィア、1485‐ローマ、1547)の「聖アガタの殉教」(1520)


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ユストゥス・サステルマンスの「パンドルフォ・リカソーリの肖像」(1630c)


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ヤコポ・バッサーノ(バッサーノ、1510c‐1592)の「アダムとイヴ」(1560c)


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ラファエッロ・サンツィオ(ウルビーノ、1483‐ローマ、1520)の「大公の聖母」(1505‐06c)


3
外部サイトから拝借した作品画像


P2590654
アンドレア・デル・サルト(フィレンツェ、1486‐1530)の「三位一体についての議論」(1517c)


4
外部サイトから拝借した作品画像


P2590655
グエルチーノ工房の「涙の聖ピエトロ」(17世紀中頃)


P2590656
ソドマ工房の「この人を見よ」(17世紀中頃)


P2590658
この場所にはアンニーバレ・カラッチの「男の肖像画」がある筈でしたが、代わりにこの作品が展示されていました。


P2590659
ドメニコ・プリーゴ(フィレンツェ、1492‐1527)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1525c)


P2590662
ラファエッロ・サンツィオの「トッマーゾ・インギラーミの肖像」(1510c)


5
外部サイトから拝借した作品画像


P2590667
ラファエッロ・サンツィオの「バルダッキーノの聖母」(1507‐08)


6
外部サイトから拝借した作品画像


P2590669
ラファエッロ・サンツィオの「アーニョロ・ドーニの肖像」(1505)


7
外部サイトから拝借した作品画像


P2590670
ドーニ夫妻の肖像画の間に展示されていた作品です。
この場所にはラファエッロの「エゼキエルの幻視」があるのが普通ですが、この日は見当たりませんでした。


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ご参考までにラファエッロ・サンツィオの「エゼキエルの幻視」(1516‐18)の作品画像(外部サイトから拝借)を載せておきましょう。


P2590672
ラファエッロ・サンツィオの「マッダレーナ・ストロッツィ・ドーニの肖像」(1505)


9
外部サイトから拝借した作品画像


P2590673
ペルジーノ(チッタ・デッラ・ピエーヴェ、1448c‐フォンティニャーノ、1523)の「嘆き」(1495)


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外部サイトから拝借した作品画像


P2590675
フラ・バルトロメオ(フィレンツェ、1473‐1517)の「救世主と福音書記者たち」(1516)


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外部サイトから拝借した作品画像


P2590676
ユストゥス・サステルマンスの「聖母」


P2590677
ボニファチョ・デ・ピターティ(ヴェローナ、1487‐ヴェネツィア、1553)の「モーゼ」(1540c)


P2590678
フェデリーコ・バロッチ工房の「男の肖像」


P2590679
次はSala di Saturnoの壁Cです。


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16世紀のフィレンツェ派無名画家作「女性の肖像」(1580‐90c)


P2590681
ピエル・フランチェスコ・モーラ(コルドレーリオ、1612‐ローマ、1666)の「詩人」


P2590683
ラファエッロ・サンツィオ?の「ベルナルド・ビッピエーナ枢機卿の肖像」
近年の研究によって、弟子の手が多く入っていることが分かり、ラファエッロの作品説が揺らいでいるそうです。


11
外部サイトから拝借した作品画像


P2590684
アンドレア・スキアヴォーネ(ザーラ?、1510c‐ヴェネツィア、1553)の「カインとアベル」(1542c)


P2590685
カルロ・ドルチの「リマの聖ローザ」(1668)


P2590687
ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリ(フィレンツェ、1551‐1641)の「ジョヴァン・バッティスタ・ガンベッティの肖像」(1594)


P2590688
ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニのサークル画家の「聖母子」(17世紀前半)


P2590690
ラファエッロ・サンツィオの「椅子の聖母」(1513‐14c)


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外部サイトから拝借した作品画像


P2590691
アンドレア・デル・サルトの「受胎告知」(1528)


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外部サイトから拝借した作品画像


P2590692
オルランド・フラッコ(ヴェローナ、1527c‐1591c)の「女の肖像」


P2590693
ペルジーノ工房の「聖母子と2聖人」(1490‐1500)


P2590694
フランチェスコ・モンテメッツァーノ(ヴェローナ、1555‐ヴェネツィア、1602)の「女性の肖像」
1675年、レオポルド・デ・メディチ枢機卿がこの作品を買った際には、この女性はパオロ・ヴェロネーゼの妻とされていたそうです。
(つづく)

傑作が多い一方、凡作も比較的多いと思います。
P2590561
次の部屋です。


P2590562
Sala dell'Iliad


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ヤコポ・バッサーノ工房の「Parabola dei seminabre di zizzania」


P2590571
バッティスタ・フランコ通称イル・セモレイ(ウーディネ、1510c‐ヴェネツィア、1580)の「モンテムルロの戦い」(1537c)


P2590572
Frans Francken II (アントワープ、1581‐1642)の「カルヴァリオへの途」


P2590573
アンニーバレ・カラッチ(ボローニャ、1560‐ローマ、1609)の「天上のキリスト」(1597‐98c)


P2590574
Frans Pourbus il Giovane(アントワープ、1569‐パリ、1622)の「フランスのヘンリエッタ・マリアの肖像」(1612c)


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Frans Pourbus il Giovaneの「エレオノーラ・ゴンザーガの肖像」(1603)


1
ご参考までにエレオノーラ・ゴンザーガの大人になってからの肖像画を掲載しましょう。
(作品画像は外部サイトから拝借しました)


P2590577
Jan Cornelisz Vermeyen (1500c-1553)の「男の肖像」(1530c)


P2590579
ラファエッロ・サンツィオ(ウルビーノ、1483‐ローマ、1520)の「女性(妊婦)の肖像」(1506‐07c)


2
外部サイトから拝借した作品画像


P2590580
アンドレア・デル・サルト(フィレンツェ、1486‐1530)の「パッセリーニの聖母被昇天」(1526)


7
外部サイトから拝借した作品画像


P2590582
Frans Pourbus il Giovaneの「フランスのクリスティーナの肖像」(1612c)
クリスティーナはフランスのアンリ4世とマリア・デ・メディチの娘です。


P2590583
16世紀の北イタリア無名画家作「男の肖像」


P2590584
ユストゥス・サステルマンス(アントワープ、1597‐フィレンツェ、1681)の「ドメニコ・クレスティ通称イル・パッシニャーノの肖像」(1635c)
パッシニャーノは画家です。


P2590585
リドルフォ・デル・ギルランダイオ(フィレンツェ、1483‐1561)の「女性の肖像」(1509)


P2590587
ニッコロ・ソッジ(フィレンツェ、1479‐1552)の「玉座の聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖エウスタキオ?」(1510c)


P2590588
カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1617‐1686)の「福音書記者聖ジョヴァンニ」(1671)


P2590589
ジローラモ・ダ・カルピ(フェッラーラ、1501‐1554)の「オノフリオ・バルトサーニ・サリンベーニの肖像」(1524c)


P2590590
ユストゥス・サステルマンスの「マティアス・デ・メディチの肖像」(1660c)


P2590592
制作者不明の「ティツィアーノ作『教皇パオロ3世の肖像』のコピー画」(16世紀末)


P2590593
ティツィアーノ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1490c‐ヴェネツィア、1576)の「男の肖像」(1540‐50c)


P2590594
フェデリーコ・バロッチ(ウルビーノ、1535c‐1616)の「コレッジョ作『聖ジローラモの聖母』のコピー画」


3
こちらがコレッジョの「聖ジローラモの聖母」(1528c)です。パルマの国立美術館にあります。
(外部サイトから拝借した作品画像)


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シピオーネ・プルツォーネ(ガエータ、1544‐ローマ、1598)の「女性の肖像」(1595?)


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シピオーネ・プルツォーネの「女性の肖像」(1570c)


P2590597
ユストゥス・サステルマンスの「フェルディナンド2世の肖像」(1623)


P2590598
カルロ・ドルチの「モーゼ」(1645c)


P2590600
P2590600
フラ・バルトロメオ(フィレンツェ、1473‐1517)の「ピッティの祭壇画」(1512)


4
外部サイトから拝借した作品画像


P2590601
クリストファノ・デッラルティッシモ(フィレンツェ、1525c‐1605)の「フランチェスコ1世・デ・メディチの肖像
1562c)


P2590602
シピオーネ・プルツォーネの「女性の肖像」(1595c)


P2590603
ユストゥス・サステルマンスの「エレオノーラ・ゴンザーガの肖像」(1623)
彼女の肖像画は幾つあるのでしょうか?


P2590604
リドルフォ・デル・ギルランダイオ(フィレンツェ、1483‐1561)の「宝石商の肖像」(1515‐17c)


P2590605
ジョヴァンニ・ビリヴェルト(フィレンツェ、1584‐1644)の「トビアスの贈り物を拒絶する大天使ラッファエーレ」(1612)


P2590607
アルテミジア・ジェンティレスキ(ローマ、1593‐ナポリ、1652/1653)の「聖マリア・マッダレーナ」(1620c)


5
外部サイトから拝借した作品画像


P2590608
ティツィアーノと工房の「フィリップ2世の肖像」(1550c)


P2590610
ヤコポとフランチェスコのバッサーノ工房の「マルタとマリアの邸宅のキリスト」(16世紀)


P2590611
ユストゥス・サステルマンスの「レオポルド・デ・メディチの肖像」(1660c)


P2590613
アルテミジア・ジェンティレスキの「ユディト」(1613‐18c)


6
外部サイトから拝借した作品画像


P2590615
詳細不明


P2590617
ヴェネツィア派?無名画家作「男の肖像」(16世紀)


P2590618
Frans Pourbus il Giovane?の「マリア・デ・メディチの肖像」(1610c)


P2590619
アンドレア・デル・サルト(フィレンツェ、1486‐1530)の「聖母子」(1528‐30)


P2590621
アンドレア・デル・サルトの「パンチャティキの聖母被昇天」(1522c)


8
外部サイトから拝借した作品画像


P2590624
ユストゥス・サステルマンスの「ヴァルデマーロ・クリスティアーノの肖像」(1638‐39)


P2590626
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「キリストの洗礼」(1580c)


P2590627
フランチェスコ・バッサーノ(バッサーノ、1549‐ヴェネツィア、1592)の「園の苦悩」(1580‐90c)


P2590628
ユストゥス・サステルマンスの「フェルディナンド2世デ・メディチの肖像」(1635c)


P2590629
ディエゴ・ヴェラスケス(1599‐1660)?の「フィリッポ4世の肖像」
(つづく)

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