イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2018年08月

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人気がないなあ。


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ドイツの逸名画家作「十字架降下」(16世紀前半)


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ニコロ・ピサーノ(ニコロ・デッラブルージャ)(ピサ、1470‐1536)の「サン・マッテオの祭壇画」
サン・マッテオ教会にありました。


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ピサの逸名画家作「磔刑」(15世紀後半)


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ドナテッロ(フィレンツェ、1386c‐1466)の「聖ルッソリオ」(1423以前)


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ミケロッツォ(フィレンツェ、1396‐1472)の「聖母子」(1430c)


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係員が暇そうに本を読んでいました。


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ベネデット・ブリオーニ(フィレンツェ、1459‐1521)の「聖母子」(15世紀末)


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ドメニコ・クレスティ通称イル・パッシニャーノ(タヴァルネッレ・ヴァル・ディ・ぺーザ、1559‐フィレンツェ、1638)の「聖人たち」(1596)
欠落した部分に「アダムとイヴ」があったそうです。
パッシニャーノの署名入りです。


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マゾリーノ・ダ・パニカーレ(パニカーレ、1383‐フィレンツェ、1447)の「聖パオロ」
ポリッティコの1パネルです。


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ポリッティコのどの部分にあったかを示してます。失われたパなるが多いことが分かります。


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次は彫刻の展示です。
フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノ(シエナ、1363‐1435)の「聖アントニオ・アバーテ」(15世紀初頭)


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フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノの「聖人(福音書記者聖ジョヴァンニ?)」(15世紀初頭)


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フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノの「聖母」(15世紀初頭)


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フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノの「受胎告知を受ける聖母」(1420‐30c)


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トッマーゾ・ピサーノ(ピサ、?‐1371)の「受胎告知される聖母」(1360‐71)


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アンドレア・ピサーノ(ポンテデッラ、1290‐オルヴィエート、1348)の「聖人」(14世紀前半)


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アンドレア・ピサーノの「聖人」(14世紀中頃)


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アンドレア・ピサーノの「受胎告知する大天使」(1345c)


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Maestro di Montefuscalliの「受胎告知される聖母」(14世紀末‐15世紀初頭)


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トスカーナの逸名彫刻家作「受胎告知される聖母」(14世紀末‐15世紀初頭)


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Taglia di Lupo di Francescoの「聖人」(14世紀)


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Taglia di Lupo di Francescoの「受胎告知する大天使」(14世紀)


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フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノの「聖人」(14世紀末)


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フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノの「聖人」(14世紀末)


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フランスの逸名彫刻家作「聖母子」(13世紀末)


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他の入館者は誰もいません。


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ティーノ・ディ・カマイーノ(シエナ、1285c‐ナポリ、1337c)の「聖母子」(1315c)


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エンリコ・ディ・テディーチェ(ピサで13世紀活動)の「聖母子」(13世紀中頃)


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下の階にある磔刑像の部屋が見えました。


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ピサの逸名画家作「聖母子」(12世紀)


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ピサの逸名画家作「聖母子」(13世紀)


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ピサの逸名画家作「聖母子」(13世紀)


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エンリコ・ディ・テディーチェ(ピサで13世紀活動)の「聖母子」(13世紀中頃)


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交唱唱歌集


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Maestro di Calciの「キリスト」(13世紀後半)


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フランス・リモージュの逸名画家作「彩色磔刑像」(12世紀)


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制作者情報不明の「聖人」(12世紀第4四半世紀)


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ジョヴァンニ・ピサーノ工房作「聖母子」(13‐14世紀)


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フィレンツェの逸名彫刻家作「ダヴィデ」(12世紀末‐13世紀初頭)


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ピサの逸名画家作「柱頭」(12世紀後半)


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ピサの逸名彫刻家作「説教壇」(13世紀前半)


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ピサの逸名彫刻家作「説教壇」(13世紀前半)


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展示室内の作品を見終わってサン・マッテオ修道院のキオストロに出ました。


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キオストロ回廊に雑多なものが展示されてます。


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展示物の説明板がありません。


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日がすっかり傾きました。


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外に出ました。
初期ルネサンス以前の作品が非常に充実しています。人気薄が信じられません。


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斜塔よりも断然価値があります。(個人の意見です)


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(おわり)

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ビッチ・ディ・ロレンツォ(フィレンツェ、1373‐1452)に帰属する「聖エウラリア」(15世紀)


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ビッチ・ディ・ロレンツォの「トリッティコ」(15世紀初頭)


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中央パネルの聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ピエトロ


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向かって左パネルは、聖アントニオ・アバーテと聖ロレンツォと聖ロドヴィーコ


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向かって右パネルは、聖フランチェスコとアレッサンドリアの聖カテリーナと大天使聖ミケーレ


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スピネッロ・アレティーノ(フィレンツェ、1350c‐アレッツォ、1410)の「玉座の聖母子」(14世紀後半)


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スピネッロ・アレティーノの「聖母戴冠と音楽天使たち」(14世紀後半)
ピサ大聖堂にありました。


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スピネッロ・アレティーノの「3聖人(洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ジャコモ、聖アントニオ・アバーテ)」(14世紀後半)
ピサ大聖堂にあったポリッティコの1パネルです。


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アントニオ・ヴェネツィアーノ(モンレアーレ、1543‐パレルモ、1593)の「聖母被昇天と天使たち」(14世紀後半)


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充実した展示です。


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アントニオ・ヴェネツィアーノの「聖ラニエーリの信心会」(1384‐87)
表裏両面に描かれている作品です。


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裏面


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トスカーナの逸名画家作「聖母子」(15世紀初頭)


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ロゼッロ・ディ・ヤコポ・フランキ(フィレンツェ、1376/1377-1456)の「玉座の聖母子と2天使と洗礼者聖ジョヴァンニと聖アントニオ・アバーテ」(15世紀初頭)


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アルヴァ―ロ・ディ・ピエトロ・ダ・エヴォーラ(ポルトガル、1411以前生まれ‐イタリア、1434以降没)の「聖母子と2天使」(1420‐30c)


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トゥリーノ・ヴァン二(サン・ジュリアーノ・テルメ、1348c‐ピサ、1438以降没)の「聖アゴスティーノ」(14世紀末‐15世紀初頭)


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トゥリーノ・ヴァンニの「福音書記者(特定できません)と聖アントニオ・アバーテ」(14世紀末‐15世紀初頭)
ポリッティコの1パネルです。同じポリッティコのパネルが幾つか展示されてますが、ポリッティコ自体の詳細は不明です。


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トゥリーノ・ヴァンニの追随者による「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(14世紀末‐15世紀初頭)


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トゥリーノ・ヴァンニの「聖バルトロメオと聖クリストフォロ」(14世紀末‐15世紀初頭)


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トゥリーノ・ヴァンニの「聖母子」(14世紀末‐15世紀初頭)


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トゥリーノ・ヴァンニの「キリストの洗礼」(14世紀末‐15世紀初頭)


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トゥリーノ・ヴァンニの「聖ブリジーダの幻視」(14世紀末‐15世紀初頭)


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ボルゲーゼ・ディ・ピエトロ(ピサ、1397‐1463c)の「聖ジローラモの2場面とピエタのキリスト」(15世紀)


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トゥリーノ・ヴァンニのポリッティコの2パネル(14世紀末‐15世紀初頭)
左は福音書記者聖ジョヴァンニと聖マルゲリータ、左は聖バルトロメオと聖ピエトロ


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詳細不明(説明板がありません)の「聖母子と2音楽天使」


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ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(ファブリアーノ、1360/1370c-ローマ、1427)の「聖母子」


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トゥリーノ・ヴァンニ・ディ・トゥリーノ・ダ・ピサの「磔刑のキリストを崇める寄進者ジュリアーノ・ダヴァンツァーティ」(1437)


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ベアート・アンジェリコ(ヴィッキオ、1395c‐ローマ、1455)の「ウミルタの聖母」(1423c)


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ベノッツォ・ゴッツォリ(スカンディッチ、1420/1421c-ピストイア、1497)の「聖母子と聖アンナのタベルナコロ」(1468c)


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ザノービ・マキアヴェッリ(ピサ、1418‐1479)の「聖会話」(15世紀)
ザノービの署名が入ってます。


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ドメニコ・ギルランダイオ(フィレンツェ、1449‐1494)と工房の「聖会話」(1478‐79)


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ドメニコ・ギルランダイオの「玉座の聖母子と4聖人(アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ステファノ、聖ロレンツォ、聖ドロテア)」(1478‐79)


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ダヴィド・ギルランダイオ(フィレンツェ、1452‐1525)の「聖セバスティアーノと聖ロッコ」(15世紀後半)


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詳細不明の壁上部のフレスコ画


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アンブロージョ・ダ・アスティ(トスカーナで16世紀初頭活動記録)の「祈るキリスト」(1514)
アンブロージョの署名が入ってます。


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「サン・ドメニコ教会のトリッティコ」
パネルによって制作者が異なります。


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向かって右は、ピサの逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(16世紀初頭)


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中央は、Maestro della Legenda di Santa Luciaの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(1485‐93)


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向かって右は、ピサの逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナと寄進者」(16世紀初頭)


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クエンティン・マッセイス(ロヴィーニオ、1466‐アンヴェルサ、1530)に帰属する「苦悩の聖母」(1520c)
(つづく)

P1850823チェッコ・ディ・ピエトロ(ルッカ?、1330c‐シエナ、1402c)の「サンタ・マリア修道院のポリッティコ」(1386)
チェッコ・ディ・ピエトロの署名が入った作品です。
各パネルの写真を載せておきます。


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中央部分


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左上の左から聖バルバラ、アレッサンドリアの聖カテリーナ
左下の左から聖ルチア、聖マルゲリータ


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右上の左から聖アガタ、聖オルソラ
右下の左から聖マルタ、聖アグネス


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プレデッラの左から順番に紹介します。


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テーマは聖人の殉教です。


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ヤコポ・ディ・ミケーレ(トスカーナ、1361‐1395記録)の「玉座の聖母子とマッダレーナ・マリアと聖マルゲリータ」(14世紀後半)
ヤコポ・ディ・ミケーレの署名が入ってます。


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チェッコ・ディ・ピエトロの「受胎告知と6聖人(左から聖ルドヴィーコ、聖バルトロメオ、聖ドメニコ、聖グリエルモ、洗礼者聖ジョヴァンニ、福音書記者聖ジョヴァンニ)」(1391)
チェッコ・ディ・ピエトロの署名が入ってます。


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バルナーバ・ダ・モデナ(モデナ、1328c‐1386c)の「聖母子」(14世紀後半)
バルナーバの名前が描き込まれてます。


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バルナーバ・ダ・モデナの「玉座の聖母子と天使たち」(14世紀後半)
バルナーバの名前が描き込まれてます。


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ルーカ・ディ・トンメ(シエナ、1330c‐1389)の「磔刑」(1366)
ルーカの名前が描き込まれてます。


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タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362c‐1422)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(14世紀末)
ポリッティコの一部とされてますが、そのポリッティコについては不明です。


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タッデオ・ディ・バルトロの「聖ピエトロ」、「聖パオロ」(14世紀末‐15世紀初頭)
ポリッティコの一部と考えられてますが、ポリッティコの詳細は殆ど分かってません。


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タッデオ・ディ・バルトロの「聖ドメニコのパンティネッラ」(1395‐97)
表と裏の両面に描かれてます。


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パンティネッラの裏面です。


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タッデオ・ディ・バルトロの「聖フランチェスコと聖ピエトロ」(14世紀末‐15世紀初頭)
次の「聖パオロとパドヴァの聖アントニオ」と共に、同じポリッティコの一部と考えられてます。


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タッデオ・ディ・バルトロの「サン・ミケーレ・イン・ボルゴ教会の祭壇画」(14世紀末)


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マルティーノ・ディ・バルトロメオ(ローマ、1389‐1434)の「サンタ・キアーラ病院のポリッティコ」(1403)
マルティーノの名前が描き込まれてます。


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中央の聖母子


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聖アントニオ・アバーテ、聖バルトロメオ


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洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ルチア


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父なる神


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アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ジャコモ


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聖ピエトロ、聖アガタ


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ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ダ・ナポリ(1402‐1405活動記録)の「磔刑と受胎告知」(15世紀初頭)


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マルティーノ・ディ・バルトロメオとジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ダ・ナポリの「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1404)


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マルティーノ・ディ・バルトロメオとジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ダ・ナポリの「サンタ・キアーラ病院のポリッティコ」(1402)


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玉座の聖母子


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聖アンブロージョ、洗礼者聖ジョヴァンニ


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福音書記者聖ジョヴァンニ、聖キアーラ


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アーニョロ・ガッディ(フィレンツェ、1350c‐1396)の「4聖人」(15世紀)
ポリッティコの一部と思います。


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ベルナルド・ダッディ(フィレンツェ、1280/1290c-1348)の「聖チェチリアの物語」(1330‐35)


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マルティーノ・ディ・バルトロメオとジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ダ・ナポリの「サン・ドメニコ修道院のポリッティコ」(1405)


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マッダレーナ・マリア、聖ドメニコ


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福音書記者聖ジョヴァンニ、聖ブリジーダ
(つづく)

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この作品を含めて、以下13点の彫刻は、全てジョヴァンニ・ピサーノ派の逸名彫刻家(ジョヴァンニ・ピサーノ工房所属の協力者や弟子、ジョヴァンニ・ピサーノの追随者など数人)によって、1320年頃から1340年にかけて制作された聖人像です。
これは「聖マッティア」


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聖バルトロメオ


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聖シモーネ


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聖マッテオ


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聖トッマーゾ


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聖ジャコモ・マッジョーレ


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祈るキリスト


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聖ピエトロ


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福音書記者聖ジョヴァンニ


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聖アンドレア


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聖ジャコモ・ミノーレ


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聖フィリッポ


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聖タッデオ


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ジョヴァンニ・ディ・バルドゥッチョ(ピサ、1290c‐1339以降没)の「聖母子」(1320‐40c)


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ジョヴァンニ・ピサーノの追随者作「天使」(1320‐40c)


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こうして見ると、普通の「聖母子と2天使」に見えます。
実は、聖母子と天使では制作された時期が大きく異なります。
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)の「聖母子」(1320‐30c)
2体の天使像は、ストルド・ロレンツィ(セッティニャーノ、1534‐ピサ、1583)の工房によって、16世紀後半又は17世紀初頭に制作されました。
ストルド・ロレンツィは、フィレンツェで学び、ジャンボローニャから強い影響を受けた彫刻家でした。


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ジョヴァンニ・ピサーノの追随者作「祈る天使」(1320‐40c)


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シエナの逸名彫刻家作「受胎告知される聖母」、「祈るキリスト」、「受胎告知する大天使」(1340c)


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次は絵画の展示室です。


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フランチェスコ・ネーリ・ダ・ヴォルテッラ(ピサ、1338‐1376活動)の「サンティ・カマルドレージのポリッティコの2つのパネル」(14世紀)
次の作品も同じです。
フランチェスコ・ネーリは、残された作品以外、その生涯については殆ど分かっていません。別名Francesco di Maestro Giottoとも呼ばれたフランチェスコは、ヴォルテッラに生まれ、フィレンツェで修業したあと、フィレンツェで短期間活動してからピサに移り、やがてピサ市民になりました。ピサの納骨堂に描いたフレスコ画が知られてます。


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フランチェスコ・ネーリ・ダ・ヴォルテッラの「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(14世紀)
各パネルの写真を載せておきます。


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授乳の聖母


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聖アントニオ、洗礼者聖ジョヴァンニ


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聖ステファノ、聖ジャコモ・マッジョーレ


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十字架を担ぐキリスト


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チェッコ・ディ・ピエトロ(ルッカ?、1330c‐シエナ、1402c)の「磔刑の祭壇画のプレデッラ」(14世紀後半)
裾絵の各場面の写真を載せておきます。


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預言者、聖ブリジーダ、洗礼者聖ジョヴァンニ


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磔刑


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聖アグネス


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大天使ミケーレ、ベアータ・グアルデスカ、預言者


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チェッコ・ディ・ピエトロの「ピエタのキリストと聖人たちの祭壇前飾り」(1377)


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チェッコ・ディ・ピエトロの「玉座の聖母子」(14世紀後半)
チェッコの署名入り作品です。


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チェッコ・ディ・ピエトロの「授乳の聖母」(14世紀後半)


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チェッコ・ディ・ピエトロの「祈る聖シモーネ」(1373)
(つづく)

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Maestro della Caritaの「3聖人」(14世紀前半)
各パネルの写真を載せておきます。


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聖ピエトロ


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聖ルチア


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洗礼者聖ジョヴァンニ


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Maestro della Caritaの「聖母子と聖フランチェスコと聖キアーラと天使たち」(14世紀前半)


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Maestro della Caritaの「聖母子」(14世紀前半)


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リッポ・メンミ(シエナ、1291‐1356)の「永遠なる父」


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リッポ・メンミの「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(14世紀前半)
各パネルの写真を掲載します。


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聖母子


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福音書記者聖ジョヴァンニ、聖マッテオ


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聖ステファノ、聖トッマーゾ


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預言者(誰なのか不明)、聖パオロ


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祈るキリスト


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聖ピエトロ、預言者(誰なのか不明)


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シモーネ・マルティーニ(シエナ、1284c‐1344)の「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(1319‐21)
シモーネの代表作の一つと言われてます。また、シモーネの署名が入っており、真作です。
「サンタ・カテリーナのポリッティコ」、または「ピサのポリッティコ」と言われてます。ピサのドメニコ会の教会だったサンタ・カテリーナ教会の主祭壇にありました。


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ご参考のために、外部サイトから拝借した、このポリッティコの画像を載せておきます。
私が撮った写真と見比べてください。違いがお分かりになるでしょうか?
パネル配置の場所が違うのです。
従来は、外部サイトから拝借した作品画像の配置とされてきましたが、近年の研究によって、制作された当時は、私が撮った写真の配置だったことが分かり、改められたのです。ポリッティコの移動や修復などの際、パネルが外され、再組み立ての際、オリジナルの配置と異なったままになっていたと推察されてます。



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各パネルの写真を載せておきます。
写真ではポリッティコの大きさがよく分かりませんが、縦95cm横340cmの大作です。


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左からマッダレーナ・マリア、聖ドメニコ、福音書記者聖ジョヴァンニ


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洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ピエトロ・マルティーレ、アレッサンドリアの聖カテリーナ


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画面に聖人の名前が書かれてます。


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プレデッラも聖人です。


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向かって左から分載しています。


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プレデッラ中央はピエタのキリスト


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プレデッラの右端


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次は彫刻の展示です。


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有能な彫刻家を輩出したピサです。ピサ芸術の真骨頂は彫刻に発揮されたと思います。


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彫刻だけの展示と思いきや、この絵画1点だけが彫刻の展示室に置かれていました。
ソドマ(ヴェルチェッリ、1477‐シエナ、1549)の「聖会話」(1542)
15世紀頃までは、聖人たちをパネル毎に描いたポリッティコ形式(トリッティコなどを含みます)が主流でしたが、15世紀末頃から16世紀になると、聖人たちを聖母子などと一緒に一枚の画面に描かれる、所謂聖会話形式の祭壇画が主流となりました。


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ニーノ・ピサーノ(ピサ、1315c‐1370c)の「ヴェットゥリーニの聖母」(1360‐70c)


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ニーノ・ピサーノの「授乳の聖母」(1346‐48)


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ニーノ・ピサーノと協力者による「聖母子」(1370年台)
次に紹介する2体の天使と共に「聖母子と2天使」になってます。


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ニーノ・ピサーノと協力者による「天使」(1370年台)


P1850717
ニーノ・ピサーノと協力者による「天使」(1370年台)


P1850720
ニーノ・ピサーノ工房作の「聖ピエトロ」、「聖パオロ」、「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1370年台)
(つづく)

P1850467
14世紀のトスカーナの逸名彫刻家作「聖ウルスラと弟子たち」(14世紀前半)


P1850470
14世紀前半のトスカーナの逸名彫刻家作「彩色磔刑像」(1320)


P1850474
Maestro di San Torpeの「彩色磔刑像」(13世紀末‐14世紀初頭)


P1850478
デオダート・オルランディ(ピサ、?‐1331以前没 1284‐1315活動記録)に帰属する「彩色磔刑像」(1290‐1300c)


P1850482
ピサの逸名画家作「聖母子」(13世紀末‐14世紀初頭)


P1850485
Maestro di San Torpeの「聖母子」(14世紀初頭)


P1850489
デオダート・オルランディの「玉座の聖母子」(14世紀初頭)
デオダートの署名が入ってます。


P1850494
デオダート・オルランディの「聖母子と4聖人」(1301)
デオダートの署名と制作年の1301入りの作品です。


P1850496
聖母子


P1850498
聖ドメニコ、聖ジャコモ


P1850502
聖ピエトロ、聖パオロ


P1850504
今の所、誰もいません。


P1850505
フランチェスコ・ディ・トライーノ(ピサ、?‐1331以降没 1315‐1348活動記録)の「聖ドメニコとその物語」(1344‐45)
フランチェスコの署名入り作品です。


P1850509
聖ドメニコ


P1850510
祈るキリスト


P1850514


P1850516


P1850519
メンモ・ディ・フィリプッチョ(シエナ、1250c‐サン・ジミニャーノ、1325c)の「聖母子」(14世紀初頭)


P1850524
ジョヴァンニ・ディ・二コラ(シエナで1326から記録、ピサで1363/1365没)の「玉座の聖母子と寄進者」(14世紀中頃)
ジョヴァンニはリッポ・メンミの弟子でした。


P1850533
14世紀後半のピサの逸名画家作「磔刑」
この作品は表と裏に描かれてます。磔刑が表です。


P1850527
裏面の「キリストの鞭打ち」
両面とも同じ画家によって描かれたとされてます。


P1850535
ジョヴァンニ・ディ・二コラの「ピサのサンタ・マリア修道院のポリッティコ」(14世紀中頃)
ジョヴァンニの署名入り作品です。


P1850540
聖母子


P1850542
聖ボーナ、洗礼者聖ジョヴァンニ


P1850545
マッダレーナ・マリア、聖バルトロメオ


P1850546
祈るキリスト


P1850549
聖ピエトロ、不明


P1850551


P1850554
ジョヴァンニ・ディ・二コラの「聖母子と聖人たち」(14世紀中頃)
ポリッティコの一部です。


P1850556
聖母子


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洗礼者聖ジョヴァンニ


P1850561
聖ピエトロ


P1850563
聖バルトロメオ


P1850568
リッポ・メンミ(シエナ、1291‐1356)の「聖アンドレア」(1325‐29)


P1850572
Maestro di San Pietro a Quileの「4聖人」(14世紀前半)
各パネルの写真を載せておきましょう。


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


P1850576
大天使聖ミケーレ


P1850578
聖バルトロメオ


P1850580
聖ルチア


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大作ですが、作品の説明板がありません。


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詳細不明の聖母戴冠


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フランチェスコ・ディ・トライーノの「聖母子と4聖人」(14世紀前半)


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聖母子


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聖パオロ、洗礼者聖ジョヴァンニ


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聖チェチリア、聖ピエトロ


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フランチェスコ・ディ・トライーノの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(14世紀)


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フランチェスコ・ディ・トライーノの「磔刑の三幅祭壇画」(14世紀前半)


P1850610
フランチェスコ・ディ・トライーノの「聖母子と聖人たちの三幅祭壇画」(14世紀前半)
漸く入館者が現れました。
(つづく)

P1840999
ピサを流れるアルノ川です。


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アルノ川の堤防沿いの道、メディチェオ通りです。美術館はこの通りに面してます。


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Palazzo Mediciの後に美術館があります。


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サン・マッテオ教会です。


P1850348
1027年、ベネデット会によって建設されたサン・マッテオ教会です。12世紀に修道院が併設されました。


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ピサ・ロマネスク様式の身廊外壁です。


P1850341
サン・マッテオ修道院だった建物が国立美術館になってます。


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分かり易い場所にあるので、簡単に行くことが出来ます。


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現在は国立美術館ですが、20世紀末まではピサ市立美術館(Museo Civico)でした。


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切符売り場の入り口


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修道院のキオストロに向かう通路に置かれている、ローマ時代の石棺(3世紀)です。


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アルヴィーオ・ヴァリーニの「メレアグロス(ギリシャ神話に出てきます)」(1938‐40)


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アレッサンドロ・ランフレディーニの「ベノッツォ・ゴッツォーリ作品のコピー画」(19世紀後半)


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修道院の中庭


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キオストロ回廊を歩いて展示室に向かいます。


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中庭に置かれた彫刻


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展示室に向かう入り口です。


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展示室は2階(日本の)です。


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エンリコ・ディ・テディーチェ(ピサで13世紀活動)の「十字架降下」(13世紀中頃)


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13世紀後半のピサの逸名画家作「彩色磔刑像」


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Maestro di San Martino (ピサで13世紀末活動)の「聖母子」


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Maestro di San Martino の「祈るキリスト」(13世紀末)


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Maestro di San Martino の「玉座の聖アンナ」(13世紀末)
この画家の生涯については全く分かっておらず、残された作品があるだけです。


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Maestro di San Martino ?の「聖母子」(13世紀末)


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Maestro di San Martino の「授乳の聖母」(13世紀末)


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磔刑像が集められてます。


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部屋の壁上部に剥離フレスコが展示されてますが、観る側に対して配慮されていない展示法です。


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ラニエーリ・ディ・ウゴリーノ(ピサ、1280c‐1310c活動)の「彩色磔刑像」(13世紀末)


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12世紀初め頃のピサの逸名画家作「彩色磔刑像」(12世紀初頭)


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12世紀後半にローマとトスカーナで活動した逸名画家作「彩色磔刑像」


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13世紀前半にピサで活動したビザンチン様式逸名画家作「彩色磔刑像」(13世紀初頭)


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13世紀前半のトスカーナの逸名彫刻家作「司教聖人」
聖人は特定されてません。


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ジュンタ・ピサーノ(イタリア、1190/1200c-ピサ、1260c)に帰属する「彩色磔刑像」(13世紀前半)


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ジュンタ・ピサーノに帰属する「彩色磔刑像」(13世紀前半)


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ジュンタ・ピサーノの「彩色磔刑像」(13世紀)


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firmato(署名入り)と書かれてます。つまり、ジュンタ・ピサーノの真作です。


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ジュンタ・ピサーノの「彩色磔刑像」(13世紀中頃)


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ジュンタ・ピサーノの「彩色磔刑像」(13世紀中頃)


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ベリンギエーロ・べリンギエーリ(ヴォルテッラ、1175c‐ルッカ?、1235 o 1236)の「フチェッキオの磔刑」(1230‐35c)
この作品は有名です。


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ミケーレ・ディ・バルドゥイーノ(ピサ、1240‐1270c活動)の「彩色磔刑像」(13世紀後半)


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貴重な作品が沢山あります。


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ジュンタ・ピサーノの「聖フランチェスコの祭壇前飾り」(13世紀中頃)


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カヴァリエール・ボルゲーゼ(ルッカ、1560‐ローマ、1629)の「四聖人の祭壇画」(1615‐17)
カヴァリエールの17世紀の作品が、13世紀の作品が並んでいる展示室に展示されているので戸惑います。


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カヴァリエールの作品内に挿入されているのは、ピサで活動した逸名画家、恐らくMaestro di Calci の作品と思われている「アレッサンドリアの聖カテリーナの物語」(13世紀)
これが13世紀の作品なので、カヴァリエールの作品がここ場所に展示されていると思います。


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13世紀のヴェネツィアの逸名画家とガラス工芸家による「磔刑像」(13世紀)


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Maestro di Santa Marta の「祈るキリストとアレッサンドリアの聖カテリーナと聖母マリアと洗礼者聖ジョヴァンニと聖シルヴェストロ」(13世紀後半)
(つづく)

007
さて翌朝です。


008
城壁沿いにサン・パオロ・ア・リーパ・ダルノ教会に向かいました。


011
サン・パオロ・ア・リーパ・ダルノ教会です。


013
11‐12世紀に建設されたピサ・ロマネスク様式の代表的な教会です。残念ながら宗教活動を停止した旧教会のようです。


016
後陣の後にある八角形のサンタガタ礼拝堂です。この礼拝堂も活動を停止したような感じです。


017
周囲の雑草が刈られ、外壁に修復の痕跡が認められます。必要最小限度の維持管理はされているように思います。


018
アルノ川対岸にあるグリエルファの塔が見えます。


019
靄がかかった冴えない天気でした。


020
17世紀に建設されたサン・ベネデット教会


024
アルノ川沿いの道を進んで、サンタ・マリア・デッラ・スピーナ教会に向かいました。


025


026
直ぐに教会が見えてきました。


028
残念! 閉まってる!


029
開いている筈の時間でしたが、この辺は仕方がありません。でも、見どころの半分以上は外の彫刻ですから、開いていても開いていなくても大差なし。


030
ファサードのジョヴァンニ・ピサーノの「聖母子と2天使」


033
13‐14世紀のピサの彫刻家オールキャストによる彫刻装飾


034
何れコピー彫刻によって置き換えられると思います。


035
彫刻の作品帰属は殆ど判明しているようです。


036
中に入れなくても十分楽しめました。


038
次はサント・セポルクロ教会です。


093
サン・ベルナルド教会の後陣です。既に宗教活動を停止したようです。


095
この教会は分かりません。


097
近年は地図無しでも自由に歩けますが、一度裏道に入って迷子になったことがあります。


099
サント・セポルクロ教会です。
1113年の記録に、この教会の存在が記されているので、1113年以前に存在していたとされてます。


100
16世紀まで、建物の周囲に柱廊がありました。


101
鐘楼


104
1720年の修復の際、内部の一部がバロック様式に改造されました。


105
クーポラ


110
この辺はロマネスク様式です。


109


108
祭壇画が殆どありません。
15世紀のピサの逸名画家の作品説がありますが・・・・・


161
次はサン・マルティーノ教会です。


164
アルノ川沿いの道を左折すれば、サン・マルティーノ通りです。この通りの先に教会があります。


111
サン・マルティーノ教会です。


112
1067年のピサの記録に、この地にサン・マルティーノ・イン・グアッツォロング教会の存在が記されており、その教会が現教会の前身です。
その建物を取り壊して、1331年創建、1610年完成のゴシック様式とルネサンス様式の折衷した建物が現在の教会の姿の原形となってます。


114
向向かって右横に柱廊が設けられてます。


163
身廊側の出入り口が主に使用されてます。


115
拝観しました。


119
単廊式ですが、17世紀の際、一部バロック様式に改造され、ゴシック・ルネサンス・バロック様式が折衷した内部となってます。


120
木組みの梁の天井


118
左側壁


117
右側壁


139
主祭壇の下に聖ボーナ(ピサ、1156‐1207)の聖遺物が収められてます。


122
14世紀のフレスコ画です。
教会の壁の殆どはフレスコ画で覆われていましたが、経年劣化によって落剝が激しく、17世紀の内部改造の際、多くが塗り潰されたそうです。
当時、保存状態が良いと判断されたものが残されています。


123
チェッコ・ディ・ピエトロ(ピサ、1330‐1402)の「受胎告知」


126
エンリコ・ディ・テディーチェの「彩色磔刑像」(13世紀)


128
アウレリオ・ローミ(ピサ、1556‐1622)の「聖アンドレア」


130
チェッコ・ディ・ピエトロのフレスコ画


133
パルマ・イル・ジョーヴァネの「聖ベネデット」


142
オラツィオ・リミナルディ(ピサ、1594‐1631)の「聖ボーナの着衣式」


137
ドメニコ・パッシニャーノ(フィレンツェ、1560‐1638)の「聖母子と聖クリストフォロと聖フランチェスコ」


145
ヤコポ・リゴッツィ(ヴェローナ、1543‐1627)の「悔悛のマッダレーナ・マリア」


148
ジョヴァンニ・ソルド通称モーネ・ピサーノの「受胎告知」(17世紀)


150
17世紀のピサの逸名画家作「聖ボーナ」


153
ジョヴァンニ・ディ・二コラの「キリストの寺院への出現」(14世紀後半)


155
ジョヴァンニ・ディ・二コラの「マギの礼拝」


159
ジョヴァンニ・ディ・二コラの「ご誕生」


165
(つづく)

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ガリバルディ広場の後のレストランで昼食を食べました。


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前菜3点セット


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野菜不足にならないように


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ガリバルディ広場にあるガリバルディ像


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少し雲が出てきました。


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次は、サン・マッテオ国立美術館です。


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ビール小瓶と白ワインを飲んだので、ほろ酔い気分で歩きました。


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カイローリ広場


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この辺のアルノ川沿いの道はメディチェオ通りと称します。


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マッツィーニ広場


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Palazzo Medici


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旧サン・マッテオ教会


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サン・マッテオ国立美術館です。


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入館しました。


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傑作が揃ってます。


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しかし、不人気の極みで、他の入館者と遭遇することは滅多にありません。


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本美術館については、後程詳しく触れる予定です。


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美術ファンは必訪です。


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鑑賞しているうちに、随分と時間が経ちました。


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外に出ました。


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ピサに来てドゥオーモ広場に行かないことが多いのですが、この日は気分を変えて行ってみることに。


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午後5時少し前でした。


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ストレット通り


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サン・ミケーレ・イン・ボルゴ教会は、この日も閉まってました。最近、中に入れたことがありません。


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ファサードの有名な、ルーポ・ディ・フランチェスコの「タベルナコロ」と言いたいところがですが、これはコピー彫刻で、本物はサン・マッテオ国立美術館にあります。


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この辺で通りの名称が変わるようです。もうカルドゥッチ通りになった?


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カルドゥッチ通りの先にローマ遺跡があります。


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城壁に出ました。


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ルッカ門


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ルッカ門手前の道を左折すれば、斜塔が見えます。


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到着しました。


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ピサを訪れる観光客のうち、9割以上がこの広場に来るだけで他を訪れないそうです。


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ドゥオーモの後陣


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鐘楼


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こちらの建物が修復中でした。
ピサに限らず、修復中の建物の写真を見ると、何時頃行ったのか大体分かります。


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洗礼堂


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ドゥオーモ


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大司教座教会


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もうすぐ扉が閉まります。


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ホテルに戻ることにしました。


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(つづく)

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メッツァ橋を渡りました。


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次は旧王宮博物館です。


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橋を渡ってアルノ川に対岸に出ました。


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アルノ川沿いのパチノッティ通りです。


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対岸にサンタ・マリア・デッラ・スピーナ教会が見えてます。


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写真右手前はサン・ミケーレ・イン・ボルゴ教会です。


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Palazzo Upezzinghi


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Palazzo Vitelli


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ピサで最古の広場の一つであるカッラーラ広場です。


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広場にある「フェルディナンド1世・デ・メディチのモニュメント」
ジャンボローニャによるデザインに基づき、フランス人彫刻家ピエトロ・フランカヴィッラ(1548c‐1616)によって制作された彫刻です。
ピエトロはジャンボローニャ工房で仕事をしていました。
このモニュメントは別の場所にありましたが、1872年に現在地に移設されました。


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広場に面した、この建物のことが分かりません。


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サン・二コラ教会の鐘楼


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アーチを潜ってパチノッティ通りに出ます。


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旧王宮、Palazzo Realeです。


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旧王宮博物館として一般公開されてます。


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入館しました。


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博物館については、後程詳しく触れる予定です。


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非常に展示物が多い博物館です。


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入館者が極端に少ないのは何故でしょうか?


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時間が結構かかりました。


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もう昼食時ですが、食べる前に教会を一つ見ておきたいと思いました。


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この教会です。


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1061年、シジスモンド家によって建てられたロマネスク様式の教会です。外観は、今でも創建時の姿をほぼ留めていると言われてます。


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平日は終日開いているので、拝観しやすい教会です。


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三廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の内部です。
しかし、1675年の火災によって消失した部分はバロック様式で修復されました。


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左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。


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天井


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主祭壇


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クーポラにフレスコ画が描かれてます。


259
シエナの画家ルティーリオ・ディ・ロレンツォ・マネッティ(1571‐1639)によって17世紀前半に制作されたフレスコ画です。
祭壇画を見て回りました。


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577‐1668)の「信者の前の聖ブリジーダ」


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クレメンテ・ボッチェルディ通称イル・クレメントーネ(ジェノヴァ、1620‐ピサ、1658)の「天上の聖母と聖カルロ・ボッロメオ」


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詳細不明


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詳細不明


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ヴェントゥーラ・サリンベーニ(シエナ、1568‐1613)の「受胎告知」


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ヴェントゥーラ・サリンベーニの「羊飼いの礼拝」


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ラニエーリ・ボルゲッティ(ピサ、1609‐1642活動記録)の「聖バルトロメオと聖パオロ」


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シエナの画家によって制作された「磔刑像」(1150c)


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アウレリオ・ローミ(ピサ、1556‐1622)の「マギの礼拝」


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アレッサンドロ・ティアリーニの「聖ブリジーダの物語」


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アレッサンドロ・ティアリーニの「聖ブリジーダの物語」


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16世紀のトスカーナの逸名画家作「聖フレディアーノ」


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祭壇前から見た出入口


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外に出ました。


P1850316
(つづく)

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ピサは、人口90,408人(2017年9月30日現在)のトスカーナ州ピサ県の県都です。


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ピサ中央駅に到着しました。


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駅舎


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駅前広場


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駅至近の、この日のお宿に向かいました。


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荷物を預かって頂き、身軽になることが出来ました。


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早速街歩きに出発しました。


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イタリア通り


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ピサに行って、斜塔だけしか行かないのは勿体ないと思います。


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ピサ大学の学生が多い。


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サンタ・マリア・デル・カルミネ教会です。


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1324年、1328年完成の煉瓦造り、ゴシック様式の建物ですが、長年の風化によって老朽化したので、18世紀の修復工事の際、ネオ・ゴシック様式に改造されました。


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そのため、建築が14世紀から18世紀と記されてます。


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ファサードが少々新しく見えますが、1835年に改造されて今の姿になったからです。


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ファサード前にニコラ・ピサーノ(ピサ、1215/1220-1278-1284)像があります。
当時、イタリア随一の彫刻家だった二コラの彫像がピサにあるのは当然で首肯できますが、この教会前にある理由が分かりません。二コラの死後に創建されたカルミネ教会ですから、彼の作品とは無縁ですし、彼がこの教会に埋葬されたことは有り得ないし、二コラとの所縁があるとは思えません。


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ファサード側出入り口扉横の左右のニッチに、カッラーラの逸名彫刻家によって、1697年に制作された彫像が置かれてます。こちらは「聖エーリア」


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「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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身廊外壁


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18‐19世紀の改造によって新ゴシック様式、単廊式の内部となってます。


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木製梁の天井


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左側壁


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右側壁


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中央礼拝堂(主祭壇)
ナポレオンのイタリア侵攻前には、ここにマザッチョの素晴らしい多翼祭壇画(1425)が置かれていました。
この祭壇画は取り外され、パネル毎に分解されてしまい、現在は、ロンドン・ナショナル・ギャラリー、ベルリン国立美術館、ナポリのカポディモンテ美術館などで分解されたパネルが展示されてます。


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分解された多翼祭壇画の中央パネル、マザッチョの「玉座の聖母子」(1425)です。
ロンドン・ナショナル・ギャラリーにあります。


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後陣に見たい作品があるのですが、立ち入りが禁止されてます。
礼拝堂の祭壇画を見て回りました。


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アンドレア・ボスコーリ(フィレンツェ、1560c‐ローマ、1608)の「受胎告知」(1593)


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グレシェンツィオ・ガンバレッリ(シエナで17世紀活動)の「アヴィーラの聖テレーザの幻視と聖テレーザの物語」(1622)


P1060428
バッチョ・チアルピ(ルッカ、1574‐ローマ、1654)の「聖エーリア」、「聖エリーセオ」


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フランチェスコ・クッラーディ(フィレンツェ、1570‐1661)の「聖アンドレア・コルシーニに顕現する聖母」(1629)


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ラニエーリ・ボルゲッティ(ピサ、1609‐1642活動記録)の「栄光のアヴィーラの聖テレーザ」


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アウレリオ・ローミ(ピサ、1556‐1622)の「聖母被昇天」(1590c)


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17世紀の逸名画家作「聖セバスティアーノ」


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アレッサンドロ・アローリ(フィレンツェ、1535‐1607)の「キリストの昇天」(1581)


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ドメニコ・ボンジュウティ(?、?‐ピサ、1582)の「聖母と聖アルベルトと聖アンジェロと寄進者」(1577)


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ジローラモ・マッキエッティ(フィレンツェ、1535‐1592)の「磔刑」(1581)


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18世紀の逸名彫刻家作「磔刑像」


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バッチョ・ローミ(フィレンツェ、1540c‐ピサ又はルッカ、1581)の「聖母子と聖人たち(聖バルバラ、洗礼者聖ジョヴァンニ、パドヴァの聖アントニオ、聖マルゲリータ)」(1576)


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説教壇


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ここにあった祭壇画が取り外されていました。


059
取り外されていたのは、サンティ・ディ・ティート(ボルゴ・サン・セポルクロ、1536‐フィレンツェ、1603)の「聖母被昇天」(1579)


057
ジョヴァンニ・アントニオ・ソリアーニ(フィレンツェ、1492‐1544)の「聖母子と聖ピエトロと洗礼者聖ジョヴァンニ」


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外に出ました。
美術的に見どころが多い教会でした。


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この日は快晴でした。


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市庁舎の一部


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アルノ川


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(つづく)

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アンドレア・ドンドゥッチ通称イル・マステッレッタ(ボローニャ、1575‐1655)の「寓話のシーン」(17世紀第1四半世紀)


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バルトロメオ・パッサロッティ(ボローニャ、1528‐1593)の「植物学者の肖像」(1570c)


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バルトロメオ・パッサロッティの「高貴な男の肖像」(1570c)


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アンドレア・ドンドゥッチ通称イル・マステッレッタの「浅瀬の船」(17世紀第1四半世紀)


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アンドレア・ドンドゥッチ通称イル・マステッレッタの「行軍する兵士たち」(17世紀第1四半世紀)


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マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1459‐1539)の「カルヴァリオへの途と永遠なる父」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・アレオッティ通称ラルジェルタ(フェッラーラで16世紀初めに活動)の「聖母子」(16世紀初頭)


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パルミジャニーノ(パルマ、1503‐カザルマッジョーレ、1540)に帰属する「3人の頭」(1529‐31c)


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シジスモンド・フォスキ(ファエンツァ、1520‐1532/1536生存確認)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1522c)


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15世紀末のウンブリアの逸名画家作「聖母子」


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ニコロ・トルニオーリ(シエナ、1598‐ローマ、1651)の「天文学者たち」(1645)


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カルロ・チニャーニ(ボローニャ、1628‐フォルリ、1719)の「春」(1660‐70c)


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ピエル・フランチェスコ・モーラ(コルドレリオ、1612‐ローマ、1666)の「バッカス」(1655‐60c)


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ニコロ・デッラバーテ(モデナ、1509c‐フォンテーヌブロー、1571)の「イノシシ狩りの光景」(1550‐60c)


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チーロ・フェッリ(ローマ、1634‐1689)の「ウェスタの巫女」(1666‐67c)


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ヤン・ブリューゲル・イル・ヴェッキオ(ブリュッセル、1568‐アンヴェルサ、1625)の「風車がある風景」(1607)


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ドメニコ・マリア・ムラトーリ(ヴェンドラーナ、1662c‐ローマ、1744)の「クレオパトラの死」(1706)


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ドメニコ・マリア・ムラトーリの「マルカントニオの死」(1702)


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ニコロ・トルニオーリの「アベルを殺すカイン」(1651)


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フランチェスコ・ソリメーナ(カナーレ・ディ・セリーノ、1657‐バッラ、1747)の「Borea rapisce Orythia」(1699c)


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ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリ(ヴィテルボ、1612‐1662)の「Borea rapisce Orythia」(1640c)


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ラザーロ・バルディ(ピストイア、1624‐ローマ、1703)の「アポロとミューズ」(1680‐85c)


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アンドレア・ドンドゥッチ通称イル・マステッレッタに帰属する「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1600c)


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ルイージ・ガルツィの追随者の「春の寓意」(1704以前)


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グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「ディドーネの死」(1631)


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ジョヴァン・バッティスタ・ガウッリ通称イル・バチッチャ(ジェノヴァ、1639‐ローマ、1709)の「イエスの名の勝利」(1676‐79c)


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ルイージ・ガルツィの追随者の「小春日和の寓意」(1704以前)


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セバスティアーノ・コンカ(ガエータ、1680‐ナポリ、1764)の「画家と彫刻家の寓意」(1707‐13c)


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ラヴィーニア・フォンターナ(ボローニャ、1552‐ローマ、1614)に帰属する「若い貴婦人の肖像」(1577‐79c)


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フランチェスコ・トレヴィサーニ(カポディストリア、1656‐ローマ、1746)の「マルカントニオとクレオパトラ」(1702)


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セバスティアーノ・コンカの「音楽と詩情の寓意」(1707‐13c)


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ジョヴァンニ・カンタリーニ(ペーザロ、1612‐ヴェローナ、1648)の「聖家族」(1640‐48c)


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フランチェスコ・フリーニ(フィレンツェ、1604‐1646)の「聖ルチア」


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各展示室上部にフレスコ画がありますが、何れも詳細不明です。


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第2展示室


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第1展示室


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外に出ました。
(おわり)

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スパーダ宮はもう直ぐです。


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Palazzo Spadaです。
この建物は、1927年からConsiglio di Stato (国務院)として使用されているので、警備が厳重です。しかし、警官などに絵画館に入館したいと言えば、中に入れてもらえます。


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1540年、ジローラモ・レカナティ・カポディフェッロ枢機卿が建てました。


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1632年、ベルナルディーノ・スパーダ枢機卿が買収し、スパーダ家の所有となりました。それ以降、スパーダ宮と呼ばれるようになりました。
また、それを機に、フランチェスコ・ボッロミーニに依頼して、建物の一部をバロック様式に改修させたのです。


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こちらは中庭に面した方の建物です。


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建物の外壁はスタッコ彫刻と彫像によって装飾されてます。


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バロックのゴテゴテ感を強く感じる外壁装飾です。


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遠近法を好んだスパーダ枢機卿がボッロミーニの発注して作らせた遠近法の間です。
遠近法の間と呼ばれてますが、部屋ではなく通路のような建物です。端から端までの実際の長さ(9m)の4倍に見えると言われてます。


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この日は警備の関係で、遠近法の間に入ることが出来ませんでした。


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以前は毎週月曜日が休館でしたが、2014年頃だったと思いますが休館日が変更され、毎週月曜日は開館、毎週火曜日が休館となりました。


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中庭にあるオレンジの木


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中に入って左側に絵画館があります。


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絵画館の入り口


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トイレは絵画館内にはありません。トイレは絵画館の入り口の先ロッジャにあります。


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展示室は階上にあります。


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展示室の入り口です。
展示室は4室あり、スパーダ枢機卿が収集した作品が展示されてます。主に17世紀のバロック絵画が展示の中心です。


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ジュゼッペ・キアーリ(ローマ、1654‐1727)の「バッカスとアリアドネ」
この美術館は、兎にも角にも鑑賞が大変です。壁と言う壁一面が作品で覆われ、それもランダムに展示されてます。


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上の作品の横に6番の表示があります。


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展示作品リストの小冊子が置いてあり、小冊子に書いている6番を見ると、制作者名と画題が分かる仕組みです。
このシステムがうまく機能していれば、問題がありませんが、番号と作品が一致しない場合があるのです。作品を見れば、完全な風景画ですが、小冊子にギリシャ神話のエピソードの画題となっているのです。
それに加えて、作品の周りに番号がなかったり、番号だけがあって作品がない場合があるのです。
このブログでは、出来るだけ多くの作品を紹介したい、出来れば展示全作品の紹介を基本にしてますが、この絵画館だけは例外で、逸名画家の作品や詳細不明の作品、不合理な展示作品などについては紹介を省略させて頂きます。


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オルソラ・マッダレーナ・カッチャ(モンカルヴォ、1596‐アスティ―、1676)の「2天使に支えられる聖フランチェスコ」(1616‐20c)


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ジョヴァンニ・ドメニコ・チェッリ―ニ(ペルージャ、1609‐ローマ、1681)の「ゴリアテの首を持つダヴィデ」(1649)


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ドメニキーノ(ボローニャ、1581‐ナポリ、1641)の「パオロ・スパーダの肖像」


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ジュゼッペ・キアーリの「アポロとダフネ」(1695)


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ラザーロ・バルディ(ピストイア、1624c‐ローマ、1703)の「ボレアスとオレイテュイア」(17世紀末)


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グイド・レーニ(カルヴェンツァーノ、1575‐ボローニャ、1642)の「聖ジローラモ」(16世紀末‐17世紀初頭)


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グイド・レーニの「ベルナルディーノ・スパーダ枢機卿の肖像」(1631)


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グイド・レーニに帰属する「リーパ・グランデの奴隷」(1613c)
リーパ・グランデは、テヴェレ川岸の地名です。


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アルテミジア・ジェンティレスキ(ローマ、1593‐ナポリ、1652)の「聖母子」(1609‐12)


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オラツィオ・ジェンティレスキ(ピサ、1563‐ロンドン、1639)の「ダヴィデ」(1615‐20)


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グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「ベルナルディーノ・スパーダ枢機卿の肖像」(1631)


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レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「紳士の肖像」


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ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1480c‐ヴェネツィア、1576)の「音楽家の肖像」(1515c)


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バルトロメオ・パッサロッティ(ボローニャ、1528‐1593)の「ダヴィデ」(1570c)


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プロスペロ・フォンターナ(ボローニャ、1512‐1597)の「星占い師」(1575c)
(つづく)

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次はチーマの家です。


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チーマ通り


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外壁にフレスコ画が描かれた建物


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この種の建物が多い街です。


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チーマの家が見えてます。


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チーマ・ダ・コネリアーノの生家です。Museoとして公開されてます。
ヴェネツィアに大工房を構えて仕事をすることが多かったチーマですが、年に数回、この家に戻って仕事をすることもあったと言われてます。


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この日は閉まっていました。


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土日と祝日の夕方しか開館しません。


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開館日時に合わせて旅程を組むほどのMuseoではないと思います。


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9月20日通りに戻りました。


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旧市街のメイン通りが9月20日通りと思います。


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16世紀に建設された建物


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歴史的建造物


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柱頭が壁の一部に組み込まれてます。


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この建物も歴史があります。


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16世紀に建設されました。


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特別展など文化的な催しが行われてます。


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常設展示は現代作品だったと思うので、この日は入館しませんでした。


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外壁にフレスコ画が描かれた建物


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この日のお宿は写真左にありますが、素通りしました。


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教会でしょうか?


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さらに進めば門に出ます。


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門が見えてきました。


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道の左側に古めかしい教会があります。


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宗教活動は既に中止したようです。


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中に幼児たちが描いた絵がありました。


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モンティカーノ門


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門の横にある監視塔


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ヴェネツィア領だったことを示す有翼のライオン像


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門を潜りました。


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門の内壁に描かれたフレスコ画は、経年劣化のため何が描かれているのか判然としません。


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城壁外に出ました。


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イル・ポルデノーネによって描かれたとされているフレスコ画


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元の道に戻りました。


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城壁の殆どが取り壊されたコネリアーノですが、僅かに残されてます。サン・ポーロ門付近に城壁が今でもあります。


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サン・ポーロ門を潜りました。


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城壁


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この後、トレヴィーゾへの日帰り遠足に出発しました。
(おわり)

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オーストリアの逸名画家作「紳士の肖像」(19世紀)


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ヴェネトの逸名画家作「甲冑を身につけた男の肖像」(16世紀)


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イタリア製甲冑(19世紀)


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イタリア製?の甲冑(16世紀)


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詳細不明


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次の部屋です。


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この部屋にも紋章があります。


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ジョヴァン・バッティスタ・ピット―ニ(ヴェネツィア、1687‐1767)の「パオラの聖フランチェスコ」(1745c)


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ガスパーレ・ディツィアーニ(ベッルーノ、1689‐ヴェネツィア、1767)の「磔刑」


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ジョヴァンニ・セガーラ(ムラーノ、1662‐ヴェネツィア、1717)の「ソフォニスバの死」


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ジョヴァンニ・セガーラの「シモン・マーゴの落下」(1755c)


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マルコ・セバスティアーノ・ジャンピッコーリ(1737‐1809)とピエトロ・アントニオ・ノヴェッリ(1729‐1804)の「コネリアーノの景観」(1740‐82)


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制作者不明の「コネリアーノの景観」(1850c)


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3階(日本の)に向かいました。


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イタリアの逸名彫刻家作「磔刑像」(15世紀)


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ジャコモ・モリナーロ(17世紀に活動)の「聖母子」(1610)


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15世紀のヴェネトの逸名画家の「聖母子と天使たちと寄進者」


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ダーリオ・ダ・トレヴィーゾ(1420c‐1498以前没)の「玉座の聖母子」(1466‐1498以前)


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16世紀のフリウリの逸名画家作「聖母子と聖ロッコと聖人(特定できないようです)」


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ピエトロ・ダ・サン・ヴィトー工房の「聖母子と聖ロッコと聖セバスティアーノ」


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上に行きます。


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4階(日本の)の部屋です。塔に上ってます。


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ここにも紋章があります。


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考古学部門の展示


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考古学部門の展示は何処の博物館でも似たようなものです。


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更に塔を上りました。


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5階(日本の)の展示室です。目ぼしい作品がないので紹介省略です。


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上に上りました。


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6階(日本の)にある作品です。


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階段を上りました。


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7階(日本の)の部屋です。


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チーマ・ダ・コネリアーノ関連の部屋です。


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塔の上に出ようと思いましたが、扉が閉まっていました。


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前に塔の上に上ったことがあるので、その時の写真を載せておきます。


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カステッロは、コネリアーノの丘上にあり、塔の上は街の最高点なので、街の全景を見渡すことが出来ます。


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駅とドゥオーモ


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階段を下りていきました。


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外に出ました。


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チーマ・ダ・コネリアーノの「受胎告知」、ジュゼペ・デ・リベラの「聖ジローラモ」、バッティスタ・ダ・サラーノのフレスコ画などが印象に残ります。


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(おわり)

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ジョヴァンニ・ディ・フランチャ(15世紀)の「ヴィンコーリのサン・ピエトロ祈祷所のフレスコ画」(1464c)


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祈るキリストと聖母と洗礼者聖ジョヴァンニ


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天国のカギを聖ピエトロに託すキリスト


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聖ピエトロの磔刑


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ローマ時代の石碑(4‐5世紀)


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イル・ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483‐フェッラーラ、1539)のフレスコ画


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聖母子


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マッダレーナ・マリアと聖トッマーゾ・ベケット


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アゴスティーノ会聖人、アレッサンドリアの聖カテリーナ


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次の部屋です。


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中世の頃のカステッロ模型


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残っている建物が少ないことが分かります。


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壁の紋章


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バッティスタ・ダ・サラーノ(ヴェネトで16世紀に活動)の「玉座の聖母子と聖人たち」(1532)


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ヴェネトの逸名画家作「装飾断片」(15世紀)


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ヴェネトの逸名彫刻家作「カロネッリ家の紋章」(15世紀末‐16世紀初め)


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ヴェネトの逸名彫刻家作「聖マルコのライオンと2つの紋章」(1542)


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ヴェネトの逸名彫刻家作「碑文」(1722)


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剥離フレスコ


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バッティスタ・ダ・サラーノの「三位一体」(1532以前)


P2480971
バッティスタ・ダ・サラーノの「竜を退治する聖ジョルジョ」(1532以前)


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バッティスタ・ダ・サラーノの「最後の晩餐」(1532以前)


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碑文(15世紀)


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「トレヴィーリオの碑文」(1598c)


P2480984
詳細不明


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「トレヴィーリオの碑文」(1506?)


P2480989
「ヴェネトの建築物の一部」(1616?‐1774)


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ヴェネトの逸名彫刻家作「聖マルコのライオン」(16‐18世紀)


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2階(日本の)に向かいました。


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竈?


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この部屋の壁にも紋章があります。


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ヴェネトの逸名画家作「アントニオ・フォスカリーニの肖像」(16世紀)


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オーストリア製(18‐19世紀?)


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イタリア製?(17世紀)


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19世紀のイタリア製鎧
(つづく)

P2480820
カステッロは丘上にあります。


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10世紀に建設が開始され、14世紀から16世紀にかけて拡張整備されたカステッロです。


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カステッロのTorre della Campanaです。
カステッロの創建と共にこの地に教会が一緒に建設されました。11世紀、その教会が教区教会、ドゥオーモとなりましたが、高い丘にあって不便なこと、カステッロの規模拡大の邪魔になること、コネリアーノの人口増に対応するには小さな教会過ぎる等の理由によって、カステッロの教区教会を取り壊して、教区教会の新造が決定されました。そうして建設されたのが現在のドゥオーモです。
この塔は、取り壊された教区教会の鐘楼でした。それを改造して塔にしたものです。


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カステッロの門です。


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カステッロは、1946年から市立博物館として使用されてます。


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この案内の通りに開館します。イタリアの地方に行くと、行ってみないと分からない、行ってみて初めて分かる、と言う突発的休館の博物館、美術館がありますが、その点では、コネリアーノ市立博物館は信頼できると思います。


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扉が開いてました。


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気懸かりは塔に上れるかどうかでした。


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何故か入り口横に移動式大砲が置かれてます。


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入館しました。最初は絵画部門です。


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展示作品は少ないです。


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入館者も少ないです。


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チーマ・ダ・コネリアーノ工房の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1517c)、「聖タッデオ」(1517c)


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1550c‐1628)の「聖ピエトロに天国の鍵を渡すキリスト」(1614‐16)


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チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459/1460-1517/1518)の「受胎告知」


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ドメニコ・カプリオーロ(ヴェネツィア、1494‐トレヴィーゾ、1528)の「聖家族と洗礼者聖ジョヴァンニ」


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リナルド・マントヴァーノ(マントヴァ、1527‐1539活動記録)に帰属する「磔刑」(16世紀前半)


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16世紀のナポリの逸名画家作「マギの礼拝」


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ミケランジェロ・アンセルミ(パルマ、1492c‐ルッカ、1555c)の「ご誕生」


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パオロ・デ・マッテイス(ピアノ・ヴァトラーレ、1662‐ナポリ、1728)の「ヴィーナスとアドーネ」


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ジュゼペ・デ・リベラ通称ロ・スパーニョレット(スペイン、1591‐ナポリ、1652)の「聖ジローラモ」


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アンドレア・ブルストロン(ベッルーノ、1662‐1732)の「栄光のパドヴァの聖アントニオ」


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次の壁です。


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ヴェネト・クレタ派逸名画家作「磔刑」(16世紀)


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16世紀のナポリの逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


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16世紀のトスカーナの逸名画家作「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」
アンドレア・デル・サルト風です。


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ジローラモ・ダ・トレヴィーゾ・イル・ジョーヴァネ(トレヴィーゾ、1497‐フランス、1544)の「玉座の聖母子と聖ジュゼッペと司教聖人」


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ポッツォセッラ―ト(アンヴェルサ、1550‐トレヴィーゾ、1605c)の「受胎告知」


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ジャンボローニャ(フランス、1529‐フィレンツェ、1608)?の「馬」


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フランチェスコ・ダ・ミラノ(トレヴィーゾ、1502‐1548活動記録)の「聖会話」(1520c)


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アルトゥール・マルティーニ(1889‐1947)の「聖ジェンナーロと戦士」


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イタリア中部の逸名画家作「磔刑」(16世紀)


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ヤコポ・アミゴーニ(ヴェネツィア、1682c‐マドリッド、1752)の「聖母の結婚」


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フランチェスコ・ピット―ニ(ヴェネツィア、1650c‐1724以降没)の「エステルとアッスエーロ」


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17世紀のナポリの逸名画家作「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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17世紀のナポリの逸名画家作「モーゼ」
ヴェネトの小都市の美術館にしては、ナポリの画家たちの作品が多いと思います。何故でしょうか?


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17世紀のパルマの逸名画家作「聖母子」
(つづく)

塔の上に登れませんでしたP2480815
カステッロに通じるCalle Madonna delle Neveです。


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勾配がきつい坂道なので、歩くと直ぐに汗ばんできました。加齢とともに足腰が弱る一方の身にとって、このようなことはそろそろ止めにしなければ。


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左右を城壁に囲まれたような道です。


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Oratorio Madonna della Neveは閉まっていました。


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カステッロの下に出ました。


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カステッロ広場


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12世紀に建設されたChiesa di Sant'Orsolaです。私が来るときは、何時も閉まってます。


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広場からの景観


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カステッロの門


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カステッロはMuseo Civicoになってます。


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入館しました。


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市立博物館については、項を改めて詳しく触れることにします。


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チーマ・ダ・コネリアーノの「受胎告知」


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考古学部門


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塔の上に登れませんでした。


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それでも中々楽しめました。


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少し霞がかかってきました。


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上れなかった塔は、教区教会の鐘楼を転用したものです。


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カフェテリア兼リストランテで一休みしました。


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市立博物館が終わったら、カステッロではやることがありません。


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下に下りることにしました。


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写真左奥に先ほど上ってきた道があります。


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同じ道を下るのは芸がありませんが、下への近道なので仕方がありません。


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Oratorio Madonna della Neveです。


204
今度は開いていました。


197



203
拝観しました。


198
祭壇


199
オラトリオの見所は創建時に描かれたフレスコ画です。


200
中央の「授乳する聖母」は、15世紀にトレヴィーゾで活動した画家ジョヴァンニ・アントニオ・ダ・メスキオの作品です。
それ以外は、コネリアーノの画家フランチェスコ・べカルッツィによって描かれました。


202
詳細不明


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目的を果たしたカステッロ往復でした。
(つづく)

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コネリアーノ大聖堂、Parrocchia del Duomo di Santa Maria Annunziata e San Leonardoです。


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11世紀に建設された教区教会がカステッロにありましたが、丘上なので不便で手狭と言うことで、14世紀に教区教会をこの地に移すことが決定され、14世紀創建、16世紀に完成したロマネスク・ゴシック様式の教区教会です。奉献は1491年に執り行われました。


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ファサードの壁に描かれたフレスコ画とファサード前のロッジャが特徴です。


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ファサードのフレスコ画は、16世紀前半にフランチェスコ・ベッカルッツィ(コネリアーノ、1492/1493-1562)によって描かれました。フランチェスコはチーマ・ダ・コネリアーノの弟子です。


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フレスコ画のテーマは、このドゥオーモの名称の通りで、聖母マリアと聖レオナルドのエピソードです。


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日光と風雨に直接晒される環境にも拘らず、フレスコ画の保存状態はかなり良好と言えるでしょう。


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ロッジャに入りました。


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ロッジャの壁の一部にフレスコ画が残されてます。


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フランチェスコ・ベッカルッツィのフレスコ画


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柱頭


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1497年に建設された鐘楼


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入口


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入口扉上ルネッタのフレスコ画もフランチェスコ・ベッカルッツィによって描かれました。


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三廊式、ロマネスク・ゴシック様式の内部です。


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左側廊方向


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左側廊


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一部の壁を除いて白く塗り潰された?


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右側廊方向


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右側廊


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天井


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天井の装飾


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主祭壇


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主祭壇画は、チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459/1460-1518)の「玉座の聖母子と聖人たち(洗礼者聖ジョヴァンニ、バーリの聖二コラ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖アポロニア、聖フランチェスコ、聖ピエトロ)と音楽天使たち」(1492)


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後陣に入って撮った写真


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544‐1628)と弟子による「アレッサンドリアの聖カテリーナの洗礼」(1585c)


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フランチェスコ・フリジメリーカ・イル・ヴェッキオ(カンポサンピエトロ、1570c‐ベッルーノ、1651以降没)の「キリストの洗礼」


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ジョバッタ・カレール(カヴァリエール・ディ・モッタ・ディ・リヴェンツァ、1800‐1868)の「キリストの洗礼」


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ジャコモ・コッレート・ディ・アルテン(コネリアーノで15世紀末活動)とデシデリオ・ダ・フェルトレ(1467‐1493活動記録)の「聖ステファノ」


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17世紀末の逸名画家作「聖セバスティアーノを治癒介抱する女たち」


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制作者情報なしの「天使」


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イル・ポッツォセッラ―ト(アンヴェルサ、1550c‐トレヴィーゾ、1604/1605)の「受胎告知」


301
16世紀末のヴェネトの逸名画家作「割礼」


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フランチェスコ・べカルッツィ(コネリアーノ、1492/1493-1562)の「聖痕を受ける聖フランチェスコと聖人たち」


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ジュゼッペ・モドーロ(1913‐1987)の「パドヴァの聖アントニオとベアート・オンガロの邂逅」


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ジャコモ・コッレート・ディ・アルテンとデシデリオ・ダ・フェルトレの「聖ロレンツォ」


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フランチェスコ・べカルッツィの「聖マルコと聖レオナルドとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


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マルコ・カサグランデ(1804‐1880)の「聖レオナルド」(1858)


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制作者情報なしの「天使」


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。

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コネリアーノは、人口35,023人(2017年9月30日現在)のヴェネト州トレヴィーゾ県にあるコムーネです。


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コネリアーノ駅に到着しました。前泊地はヴェネツィアでした。


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駅舎は工事中でした。


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駅前から見たカステッロ方向です。快晴でした。


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先ず、この日のお宿に向かいました。午前9時ころなので、チェックインは無理ですが、大きな荷物を預かって頂いて身軽になりたかった。


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プロセッコの産地として有名なコネリアーノですが、来た目的はプロセッコではありません。勿論、夕食で飲みましたが。


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この日のお宿です。


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中々良いお宿で、お勧めです。外壁に描かれたフレスコ画に見とれてしまいます。


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歴史的建造物のホテルです。


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荷物を預かって貰い身軽になって、早速街歩きに出発しました。


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チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459/1460-1517/1518)が大好きなので、再訪した次第です。


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この日の予定は、午前中はコネリアーノでチーマの作品があるドゥオーモとカステッロに行き、午後はトレヴィーゾへの日帰り遠足でした。カステッロに市立美術館が置かれており、チーマの作品があります。


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Teatro Accademia


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レオナルドの「受胎告知」の聖母があるのは何故?


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ジョヴァンニ・バッティスタ・チーマ広場
チーマ・ダ・コネリアーノは通称で、ジョヴァンニ・バッティスタ・チーマが本名です。


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市庁舎


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最初に行くのはドゥオーモです。


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歴史的建造物


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写真右の20mほどにドゥオーモがあります。


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鐘楼はドゥオーモのものです。


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ファサードのフレスコ画とロッジャが特徴です。


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ドゥオーモは項を改めて触れることにします。


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拝観しました。


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主祭壇画はチーマ・ダ・コネリアーノの作品です。


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次はカステッロです。


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アカデミア劇場横の道を進みました。


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Via Accademia


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外壁とロッジャに描かれたフレスコ画は見逃せません。


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創建当時、この建物は壁と言う壁がフレスコ画で覆われていたそうです。


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道草はこれくらいにしないと、予定が狂ってしまいます。


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この道を上ります。
(つづく)

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屋外に出ました。


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そこには小さな日本庭園がありました。


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庭園の一角に茶室があります。


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茶室は甘楽庵と名付けられてます。


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この説明文に拠れば、群馬県甘楽町とチェルタルドは姉妹都市協定を締結していて、協定締結10周年を記念して、1993年に甘楽町がこの茶室を贈呈したそうです。


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茶用水を汲むための井戸


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再び建物の中に入りました。


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今度は1階(日本の2階)の部屋です。


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階段の横壁の紋章とフレスコ画


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2階の最初の部屋


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「玉座の聖母子」(1495)


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「古いフレスコ画と現代画のコラボの展示が、中世の部屋の雰囲気に見事にマッチしている」とのお達しです。


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全然マッチしていない!!!
しかし、イタリアで流行している展示法です。


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フレスコの痕跡が残る壁


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何が描かれていたのか判然としません。


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ヴァカリオ・フランチェスコ・ピッティによって描かれたフレスコ画(1520‐40c)


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ヴァカリオ・フランチェスコ・ピッティの「マッダレーナ・マリア」(1522)


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以前、14‐15世紀の板絵が展示されていましたが消えていました。


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ヴァカリオ・フランチェスコ・ピッティのフレスコ画


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次の部屋です。


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古いフレスコ画と現代画が見事にバランスを欠いた雰囲気ぶち壊しの展示法(個人の意見です)


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ヴァカリオ・フランチェスコ・ピッティの「磔刑」(1533)


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15世紀のトスカーナの逸名画家作「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1424)


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トッマーゾ・ダ・ネーリの「玉座の聖母子と聖ジローラモと聖フランチェスコ」(1702)


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トッマーゾ・ディ・ネーリのフレスコ画?


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これで2階の部屋は終わりです。


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部屋から2階のロッジャに移りました。


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15世紀のトスカーナの逸名画家作「死せるキリストを支える二天使」


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(おわり)

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次の部屋です。
ここはプレトーリオ宮内の礼拝堂でしょうか?


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天井のフレスコ


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この部分にフレスコの痕跡が認められますが、ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノによって描かれたそうです。


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フレスコ技法で描かれた紋章


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祭壇?


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建物の外に出て、壁に掲げられた紋章を見て回りました。


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メディチ家の紋章(彩釉テラコッタ)


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次の部屋です。


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微かに痕跡が認められるピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノのフレスコ画


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チェルタルドは玉葱の産地?


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パラッツォの外に出ました。


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物々しい建物です。


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城壁の下は断崖絶壁です。


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Palazzo Vicariale


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写真右からパラッツォの中に入りました。


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この先は牢獄です。


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独房


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独房のトイレ


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同じ造りの別の独房


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トイレの穴が深い!


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囚人によって壁に刻まれた文字


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拷問室。拷問に使用された道具などは撤去されていました。


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下に下りました。


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チェルタルドの大きさと人口を考えると、独房の数が多いと思いました。


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犯罪者や政治犯が多かった? それも為政者が苛政を布いた?


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長居をしたくない場所でした。
(つづく)

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チェルタルド・アルトのメイン通りであるボッカッチョ通りです。


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ボッカッチョ通りの突き当りに建っているのがプレトーリオ宮です。


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チェルタルドの貴族アルベルティ家の屋敷がこの地にありましたが、廃墟になっていました。12世紀後半に、廃墟の上に再建されたアルベルティ家の住居がプレトーリオ宮の前身です。


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13世紀から14世紀前半にかけて、チェルタルド支配の中心とするべく増築整備され、それに伴い建物名称がプレトーリオ宮と改称されました。
その後、チェルタルドはフィレンツェの支配下に置かれるようになり、フィレンツェから派遣された執政官がプレトーリオ宮で政務を執行するようになりました。
プレトーリオ宮には法廷や刑務所も置かれ、中庭で処刑が行われました。


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ロッジャは1455年に建造されました。


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外壁に沢山の紋章が、ロッジャにはフレスコの紋章などがあります。


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ロッジャから見たボッカッチョ通り


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入館しました。


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入口から最初の部屋に入ると、ご覧のように沢山の紋章が迎えてくれます。


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フレスコは紋章だけではありません。


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一旦、中庭に出ます。


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数は少なかったそうですが、斬首などの処刑も行われた中庭です。


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中庭に面した壁にも紋章があります。


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Sala delle Udienzeです。


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様々なものが展示されてます。


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フレスコ画もあります。


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1445/1445-1497以降没)の「ピエタ」(1484)
ピエル・フランチェスコは、フィレンツェの画家バルトロメオ・ディ・ドナートの息子でした。父に画業の手ほどきを受けた後、ベノッツォ・ゴッツォーリに師事して、ベノッツォ工房でベノッツォの協力者となりました。
1483年、ピエル・フランチェスコはチェルタルド当局からプレトーリオ宮のフレスコ装飾を依頼されたのです。


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「聖トッマーゾの不信」(1490)
これらのフレスコ画はピエル・フランチェスコの代表作とされてます。
彼の描いたフレスコ画の殆どは落剝してしまい、一部しか残されてません。


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遺跡からの発掘物


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(つづく)

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チェルタルドのアルトのメイン通りボッカッチョ通りです。


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1375年12月21日、ジョヴァンニ・ボッカッチョが没したCasa del Boccaccioです。この家が博物館として公開されてます。
ボッカッチョは、1313年に生まれましたが、その生地については3説あるものの、生地を特定する資料が見つからないので不明とされてます。
3説のうち、最も有力とされているのはフィレンツェです。父がフィレンツェの商人であり、フィレンツェに定住していたので、それも当然です。
2番目の説はパリ生まれ説です。ジョヴァンニは、名もなきフランス女性の私生児として生まれましたが、身ごもった母が出身地のパリに戻って出産したとされてます。また、父はジョヴァンニが生まれると直ぐに自分の息子として認知したそうです。
3番目の説がチェルタルドです。チェルタルドに行くと、地元贔屓のせいでしょうか、チェルタルド生まれとしています。


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扉が閉まってますが、ここが博物館の入り口ではありません。


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赤と白の旗の下が博物館の入り口です。


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以前は博物館の切符売り場が観光案内所を兼ねていましたが、今は違うようです。


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2014年に撮った写真には観光案内所のマークが付いていました。


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博物館から塔に上ることが出来ます。


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入館しました。


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ボッカッチョ所縁の品、ボッカッチョが生存した時代に使用されていたもの、ボッカッチョの著作やそれらの訳本などが展示されてます。


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デカメロンの訳本を昔読んだことがあるくらいで、ボッカッチョについては何も知りません。


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元々ボッカッチョの興味がないが、チェルタルドに来たからには入館するのが付き合いと言うもの、というスタンスです。


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制作者情報不明の「ボッカッチョの肖像」


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誰のことを描いたフレスコ画でしょうか? ボッカッチョ? ダンテ?


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説明ビデオを見るコーナー


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図書館があります。


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世界中から集められたボッカッチョの訳本やボッカッチョに関する評論本などがあります。


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日本語の本もあります。


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ボッカッチョのメダル


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制作者情報不明の「著作するボッカッチョ」


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塔に上りました。


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高さはそれほどでもありませんが、絶景が楽しめます。


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塔に出ました。


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外に出ました。
(おわり)

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プセウド・アンブロージョ・ディ・バルデーゼ(リッポ・ダンドレア?)(15世紀前半活動)の「聖母子」(1420‐30c)


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16世紀のトスカーナの逸名画家(ラファエッロ・ピチネッリ?)の「玉座の聖母子と聖フランチェスコと聖アントニオ・アバーテと寄進者」(1522)


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ベルナルディーノ・ポチェッティの追随者作「割礼」(1590‐1600c)


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作品が光るので別角度から撮りました。


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次は第4室です。


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肖像画が並んでます。


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詳細不明


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ジュリオ・ピニャッティ(モデナ、1684/1681-1751)の「学者の肖像」(1727)


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スペインの逸名画家作「紳士の肖像」(16世紀末‐17世紀初め)


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スペインの逸名画家作「紳士の肖像」(16世紀末‐17世紀初め)


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スペインの逸名画家作「紳士の肖像」(17世紀末‐18世紀初頭)


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スペインの逸名画家作「紳士の肖像」(16世紀末‐17世紀初め)


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スペインの逸名画家作「紳士の肖像」(16世紀末‐17世紀初め)


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次は第5室です。


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旧修道院のキオストロ回廊を経由します。


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回廊の壁にフレスコ画の痕跡が見つかりません。


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第5室は2階(日本の)にあります。


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重要な作品はなさそうです。


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適当に寄せ集めした?


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19世紀の古写真です。


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この辺の展示に付き合うのが苦痛です。


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ベアータ・ジュリアの着衣


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フレスコの痕跡?


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1階の回廊に戻りました。


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次は地下の展示室です。


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修道士が食料保存やワイン製造していたそうです。


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見なくても良さそうな場所です。


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見るべきは1階の2部屋くらいでしょうか。


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ある意味で忍耐強い人向けの美術館です。


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(おわり)

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次の部屋です。


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第3室になります。


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銀製の聖具類が展示の中心です。


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Museo Diocesanoの定番展示ですね。


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金で出来た部分もあるようです。


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「10分の1税」の成果?


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次は絵画部門です。


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この美術館で最も重要な作品が展示されてます。


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重厚な木製天井


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チェンニ・ディ・フランチェスコ(1369‐1415c活動)の「聖母子」(1405‐10c)


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チェンニ・ディ・フランチェスコの「聖マルティーノとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


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Maestro del Bigallo (フィレンツェで1220‐1250c活動)の「玉座の聖母子と二聖人」


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ウゴリーノ・ディ・ネーリオ(1310‐1340c活動)の「聖母子と聖人たち」


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聖母子


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祈るキリスト


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聖フランチェスコ


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マッダレーナ・マリア


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聖ピエトロ


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聖ロモーロ


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裾絵は欠落のようです。


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メリオーレ(フィレンツェで1260‐1280c活動)の「玉座の聖母子と2天使」(1270‐75c)


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チェンニ・ディ・フランチェスコの「磔刑と聖ミニアート?とアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1385‐90c)


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プッチョ・ディ・シモーネ(フィレンツェ、1343/1346-1562c活動)の「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(1357?)


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(つづく)

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チェルタルドのアルトにあるサンティ・ヤコポ・エ・フィリッポ教区教会です。


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教会の横に旧修道院Convento degli Agostinianiの建物がありますが、そこが美術館になってます。


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入館しました。
ここが第1展示室です。


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開館は2001年6月でした。チェルタルドとその周辺にある教会や修道院などから集められた祭壇画、彫刻、聖具類などを展示しています。


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展示室が全部で7室となってますが、展示室番号がない部屋や廊下にも展示されてます。


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トスカーナの逸名金属加工芸術家作「聖母子」(16世紀末‐17世紀初め)


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ベルナルディーノ・モナルディ(フィレンツェ、1588‐1614存在確認)の「ロザリオの聖母と聖人たち」


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17世紀後半のフィレンツェの逸名画家作「三位一体を崇める聖マルティーノとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


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17世紀後半のフィレンツェの逸名画家作「ロザリオの聖母と聖人たち(洗礼者聖ジョヴァンニ、福音書記者聖ジョヴァンニ、パドヴァの聖アントニオ、聖ドメニコ)」


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17世紀前半のフィレンツェの逸名画家作「聖母子と聖アントニオ・アバーテと聖フランチェスコ」


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17世紀前半の逸名画家作「受胎告知」(1620c)


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17世紀前半のシエナの逸名画家作「聖母子と聖人たち」(1630c)


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トスカーナの逸名彫刻家作「天使」(18世紀第4四半世紀)


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トスカーナの逸名彫刻家作「天使」(18世紀第4四半世紀)


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アドリアーノ・ハフナー(フィレンツェ、1713‐1768存在確認)の「磔刑像」(1761)


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アドリアーノ・ハフナーの「燭台」(1761)


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アドリアーノ・ハフナーの「燭台」(1761)


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チーロ・フェッリ(ローマ、1634/1635-1689)の「モーゼ」(1653)


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17世紀中頃のシエナの逸名彫刻家作「サン・ファコンドの聖ジョヴァンニ」


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17世紀中頃のシエナの逸名彫刻家作「トレンティーノの聖二コラ」


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次は第2室です。


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聖職者の衣装などが展示されてます。


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通路にエッチング作品が展示されます。


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(つづく)

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リヴェッリーノ門です。


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門を潜りました。
門の外は絶景ポイントになってます。


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門の外は急坂になっており、門との距離が短すぎて、門の写真をうまく撮ることが出来ません。


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門の前で撮ったリヴェッリーノ通り


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城壁沿いの通りを進みました。


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ヴァルドラッカ通り


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見えているのはサン・ジミニャーノ?


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ソーレ門の方に向かいました。


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ヴァルドラッカ通りです。


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ソーレ門


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ソーレ門外に出ました。


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ソーレ門外からリヴェッリーノ門が見えます。


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左の道を進みました。


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これで大体チェントロを一周したことになります。


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カステッロ通り


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振り返ってソーレ門方向を見ました。


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リヴェッリーノ門が見えました。


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同じ所をぐるぐると回ってしまいます。


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違った道を通ったつもりでしたが・・・・・


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直ぐに城壁沿いの道に戻ってしまいます。


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先ほどと同じ場所に出てしまいました。


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それだけ狭いということです、仕方ありません。


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ボッカッチョ通り


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ソーレ門


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場


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振出しに戻ってしまいました。


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彩釉テラコッタがあります。


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あとは何処を歩いてもほぼ同じ景色となります。


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ホテルに戻って一休みしました。
(おわり)

P2290623
次はMuseo d'Arte Sacraです。


P2290343
美術館は教区教会の隣にあります。


P2290405
旧Convento degli Agostinianiだった建物に美術館が置かれてます。


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入館しました。


P2290501
この美術館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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旧修道院のキオストロ回廊


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美術館から外に出て、一旦城壁外に出ました。


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旧修道院の建物


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城壁兼用の建物が並んでます。


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城壁の外に出ても見どころが全くないので、直ぐに城壁内に戻りました。


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ボッカッチョ通りに戻りました。


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次はプレトリオ宮です。


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Vicolo dell'Osteriaです。道草したいと思いましたが、ぐっと堪えました。


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歩いても、主要な見所間が目の鼻の先の距離なので運動になりません。


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未だ教区教会の後陣ですから。


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12世紀の終わりに建設されたプレトリオ宮です。


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プレトリオ宮は、市立博物館になってます。この時間は昼休み中でしたが、後程入館しました。面倒なので、入館した時の写真を載せておきましょう。


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市立博物館については、後日項を改めて詳しく触れることにします。


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市立博物館から外に出ました。
プレトリオ宮のロッジャ前からボッカッチョ通りの方向を撮った写真です。


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次はリヴェッリーノ門です。


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サンティ・トッマーゾ・エ・プロスペロ教会です。宗教活動を停止した旧教会ですが、現在、建物は市所有となっており、市立博物館の一部になってます。
しかし、公開される日が限られているのか、この日も扉が閉まっていました。(市立博物館になってから、教会への入り口は身廊となってます。身廊側の出入り口は通りに面してません)


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Via Rivellino


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この先を下れば門に出ます。


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門が見えてます。
道の左は城壁で、大きく視界が広がってます。


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遠くに見えた町は何処でしょうか?


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トスカーナ名物の糸杉


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(つづく)

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ホテル併設のレストランがありますが、そうやらホテルと別の経営になったようです。


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今、気が付きましたが、2014年には壁にツタが絡まっていたのですね。


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ツタが絡まった外壁の方が風情がありますね。


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狭い旧市街の目抜き通りジョヴァンニ・ボッカッチョ通りです。


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ホテル横のVia della Renaを歩くことにしました。


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この付近は最も新しい建物で築500年だそうです。日本の家屋と比べると、その耐久性の長さに、ただただ恐れ入るよりありません


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もう突き当りです。その下は城壁の崖です。


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Via Fondaccioに入れば、直ぐに広場に出ます。


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場です。


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広場の先は城壁の崖に出ます。


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13世紀に建設されたPalazzo Stiozzi Ridolfiです。


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実はちょっと一周しただけです。広場からホテルまで、たった15mくらい?ですから。


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この建物は非公開です。


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騙し絵の窓です。


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小さな旧市街なので、半日もあれば全部を見ることが出来ます。しかし、夕暮、夜、朝の風情を満喫するには1泊するのが良いと思います。


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次はボッカッチョ博物館です。


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ボッカッチョの生地については、パリ、フィレンツェ、チェルタルドの三説があって、今なお明らかになってませんが、この建物に住み没したことから、博物館になってます。


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チェルタルドに来たならば、この博物館に一度は入館したいものです。


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博物館の入り口


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入館しました。


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ボッカッチョ博物館については、項を改めて詳しく触れることにします。


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博物館から塔に上ることが出来ます。


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塔からの眺め


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外に出ました。


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次は教区教会です。


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ボッカッチョ博物館から数メートルの距離に教会があります。


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サンティ・ヤコポ・エ・フィリッポ教区教会です。ボッカッチョの墓があります。


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12世紀後半、小さな村だったチェルタルドが今、見ることが出来る姿に要塞化されましたが、その際、一緒に建設されたロマネスク様式の教会です。
創建以来、何度も修復工事が行われましたが、小規模の修復に留まったので、今でもほぼ創建時の姿をとどめているそうです。


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単廊式、ロマネスク様式の内部です。


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左側壁


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木組みの梁の天井


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主祭壇と後陣


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後陣の「ペトロニャーノの磔刑像」(1240‐45)


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの工房の「タベルナコロ」(彩釉テラコッタ)


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詳細不明


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア工房の「雪の聖母と聖バルトロメオと聖ドメニコ」(1520c)


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア工房作のタベルナコロ


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・ルスティチの「ジョヴァンニ・ボッカッチョ像」(1503)


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あのフレスコ画は見逃せません。


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メンモ・ディ・フィリップッチョ(シエナ、1250c‐サン・ジミニャーノ、1325c)の「玉座の聖母子と聖ヤコポと聖ピエトロ」(1315‐20c)
この作品はメンモの代表作であるだけでなく、初期シエナ派絵画を代表する傑作です。


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前には無かった祭壇画です。
フィレンツェの逸名画家作「祈るベアータ・ジュリア」


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ボッカッチョの墓


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出入口


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教会の外に出ました。
(つづく)

チェルタルドは、人口16,004人(2017年6月30日現在)のトスカーナ州フィレンツェ県にあるコムーネで、中世の詩人、散文作家であるジョヴァンニ・ボッカッチョ所縁の地として有名です。
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チェルタルド駅に到着しました。


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やや古風な感じがする駅舎です。


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チェルタルドの見所は丘上にあります。


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丘下には見所が殆どありません。


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しかし、そうは言っても一旦丘上に上ったら、帰る時以外に丘下に下りてくることはないと思い、丘下にあるドゥオーモと市庁舎くらいは見ておくことにしました。


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ドゥオーモです。


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広場に立っている「ジョヴァンニ・ボッカッチョ像」です。


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サン・トッマーゾ・アポストロ教会です。地元の人たちはドゥオーモと呼んでますが、教会の格付けは低いのです。


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丘上に聖トッマーゾに捧げる、サンティ・トッマーゾ・エ・プロスペロ教会がありましたが、丘上で不便なことと、建物の老朽化のため、丘下のこの地に新造されたのが、この教会です。
1840年創建、完成は1876年でした。奉献式は1885年に執り行われました。


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三廊式、新古典様式の内部です。


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左側廊方向


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右側廊方向


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装飾が殆どない、すっきりした天井です。


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主祭壇


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後陣のフレスコ画


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クーポラ


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14世紀に制作された磔刑像


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後陣の左右の側壁にトリッティコが置かれてます。


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古風な形式の祭壇画ですが、ブルーノ・ブラマンティによって1937年から1945年に制作された新しいトリッティコです。


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ブルーノ・ブラマンティのトリッティコ


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詳細不明


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ステンドグラスも詳細不明です。


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ブルーノ・ブラマンティのポリッティコ


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左側廊


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右側廊


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14世紀の磔刑像とブルーノ・ブラマンティの3作品が見所でしょう。


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ドゥオーモの隣に市庁舎があります。


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市庁舎前に催事場が設営中でした。


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丘下はこれで終わりです。


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丘上に向かいました。


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丘上に行くにはフニコラーレに乗るのが普通です。


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フニコラーレの丘下の駅です。


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丘下では観光客の姿を見かけませんでしたが、フニコラーレに先客がいました。


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チェルタルドに来たならば、泊まるのは丘上にあるホテルです。


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上ってきました。


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丘上のフニコラーレ駅


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丘上(アルトと呼ばれてます)の入り口アルベルティ門です。


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門を潜れば、中世の世界に足を踏み入れることになります。


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城壁内から見たアルベルティ門です。


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この日のお宿は、門から7,8mの道の左にあります。


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この日のお宿です。


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お勧めです。


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チェックインして部屋に入りました。部屋の窓からと写真です。(撮ったのは夕方です)


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町歩きに出かけました。
(つづく)

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