イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2019年03月

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ロザルバ・カッリエーラ(キオッジャ、1675‐ヴェネツィア、1757)の「Terra(大地)」
ロザルバ・カッリエーラは、パステルの肖像画で独自の画風を確立した女流画家です。


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制作者情報不詳の「ジャック・カロ(フランス、ナンシー、1592‐1635)作『強奪』の複製画」(17世紀)


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制作者情報不詳の「ジャック・カロ(フランス、ナンシー、1592‐1635)の『銃殺処刑される罪人』の複製画」(17世紀)


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制作者情報不詳の「ジャック・カロ(フランス、ナンシー、1592‐1635)作『広場での公開処刑』の複製画」(17世紀)


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ロザルバ・カッリエーラ(キオッジャ、1675‐ヴェネツィア、1757)の「Acqua(水)」


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ロザルバ・カッリエーラ(キオッジャ、1675‐ヴェネツィア、1757)の「Aria(大気)」
画題の意味がサッパリ分かりません。女性の肖像画でしょうに。


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制作者情報不詳の「ジャック・カロ(フランス、ナンシー、1592‐1635)作『囚人の護送』の複製画」(17世紀)


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制作者情報不詳の「ジャック・カロ(フランス、ナンシー、1592‐1635)作『処刑場』の複製画」(17世紀)


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制作者情報不詳の「ジャック・カロ(フランス、ナンシー、(1592‐1635)作『修道院の火災』の複製画」(17世紀)


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ロザルバ・カッリエーラ(キオッジャ、1675‐ヴェネツィア、1757)の「Fuoco(火)」


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17世紀のジェノヴァの逸名画家作「紳士の肖像」


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制作者情報不詳の「セバスティアーノ・デル・ピオンボ作『女の肖像』の複製画」(16世紀)
一瞬、本物?と思いました。


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ミケランジェロ・チェルクィオッツィ(ローマ、1602‐1660)の「アベルの死」


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ミケランジェロ・チェルクィオッツィ(ローマ、1602‐1660)の「気前の良い娘」


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カルロ・マラッタ(カメラーノ、1625‐ローマ、1713)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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フランチェスコ・トレヴィサーニ(カポディストリア、1656‐ローマ、1746)の「聖ステファノの殉教」


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ヤン・バプティスト・ファン・デル・メイレン(アントワープ、1664‐1736c)の「農民の反乱」


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詳細不明


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制作者情報不詳の「ジャック・カロ(フランス、ナンシー、1592‐1635)作『殺戮』の複製画」(17世紀)


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ヤン・バプティスト・ファン・デル・メイレン(アントワープ、1664‐1736c)の「村の強奪」


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ピエトロ・テネラーニ(トッラーノ・ディ・カッラーラ、1789‐ローマ、1869)の「漁の寓意」


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アンドレア・デル・サルト(フィレンツェ、1486‐1530)の「聖母子」


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フランチェスコ・トレヴィサーニ(カポディストリア、1656‐ローマ、1746)の「エサウ」


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フランチェスコ・トレヴィサーニ(カポディストリア、1656‐ローマ、1746)の「カインとアベル」


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ドメニコ・ガルジュリオ通称ミッコ・スパダーロ(ナポリ、1609‐1675)の「嬰児虐殺」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・サルヴィ通称サッソフェッラート(サッソフェッラート、1609‐1685)の「聖母子」


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ジュスト・スステルマンス(アンヴェルサ、1597‐フィレンツェ、1681)の「高貴な娘の肖像」


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バルテル・ブルイン(ケルン、1493‐1555)の「ベルナルディーノ・クレジオ枢機卿の肖像」


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ロッコ・マルコーニ(ヴェネツィア、1470‐1529)の「キリストと姦通女」


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カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1616‐1686)の「この人を見よ」


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カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1616‐1686)の「悔悛の聖マリア・マッダレーナ」


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ハンス・マラー・ツー・シュワズ(ドイツ、ウルム、1480‐1529)の「Wolfgang Tranvelderの肖像」


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ベネデット・ルーティ(フィレンツェ、1666‐ローマ、1724)の「若い女性の肖像」


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ベネデット・ルーティ(フィレンツェ、1666‐ローマ、1724)の「聖ジョヴァンニーノ」
アトリビュートが描かれていないので、聖ジョヴァンニーノにはとても見えなのですが・・・・・


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ベネデット・ルーティ(フィレンツェ、1666‐ローマ、1724)の「若者」


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ベネデット・ルーティ(フィレンツェ、1666‐ローマ、1724)の「女性の後ろ姿」


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ベネデット・ルーティ(フィレンツェ、1666‐ローマ、1724)の「ブドウを持つ幼児」


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ベネデット・ルーティ(フィレンツェ、1666‐ローマ、1724)の「若い女性の横顔」


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ベネデット・ルーティ(フィレンツェ、1666‐ローマ、1724)の「若い女性」


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ベネデット・ルーティ(フィレンツェ、1666‐ローマ、1724)の「若い女性の肖像」


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アゴスティーノ・マスッチ(ローマ、1691c‐1758)の「リマの聖リータ」


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ベネデット・ルーティ(フィレンツェ、1666‐ローマ、1724)の「聖女?」
(つづく)

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フランチェスコ・ソリメーナ(カナーレ・ディ・セリーノ、1657‐バッラ、1747)の「聖母子」


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フィリッポ・ラウーリ(ローマ、1623‐1694)の「聖家族とシエナの聖カテリーナ」


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ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリ(ヴィテルボ、1612‐ローマ、1662)の「羊飼いの礼拝」


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マッティア・プレティ(タヴェルナ、1613‐マルタ、ヴァレッタ、1699)の「聖バルトロメオの殉教」


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フランチェスコ・トレヴィサーニ(スロベニア、コペル、1656‐ローマ、1746)の「聖母子」


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ルドヴィーコ・カラッチ(ボローニャ、1555‐ローマ、1619)の「聖ステファノの殉教」


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ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリ(ヴィテルボ、1612‐ローマ、1662)の「マギの礼拝」


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ルイス・カーザン通称ルイージ・ジェンティーレ(ブリュッセル、1605‐ローマ、1667)の「モーゼの発見」


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ジョヴァンニ・ディ・サン・ジョヴァンニ(サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ、1592‐フィレンツェ、1636)の「農民の結婚式」


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ジョヴァン・フランチェスコ・バルビエーリ通称グエルチーノ(チェント、1599‐ボローニャ、1666)の「羊飼いの礼拝」


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マルテン・ファン・クリーフ(ベルギー、アントワープ、1527‐1580)の「農民の祭り」


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カルロ・マラッタ(カメラーノ、1625‐ローマ、1713)の「聖なる三位一体」


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エミーリオ・ラヴォナッツィ(ボローニャ、1580‐1660)の「聖バルトロメオの殉教」


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マルカントニオ・フランチェスキーニ(ボローニャ、1648‐1729)の「アドニスの死」


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グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「聖ジローラモ」


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ヤコポ・ヴィニャーノ(プラートヴェッキオ、1592‐フィレンツェ、1664)の「花嫁への服従」


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セバスティアーノ・コンカ(ガエータ、1680‐ナポリ、1764)の「マギの礼拝」


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ダフィット・テニールス(ブリュッセル、1610‐1690)の「農民たちの日常」


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16世紀のティツィアーノ派逸名画家作「スペインのフィリップ2世の肖像」


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アントニオ・アルベルティ(メッシーナ、1600‐1649)の「鬼」


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アンニーバレ・カラッチ(ボローニャ、1560‐ローマ、1609)の「砂漠の聖フランチェスコ」


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16世紀のエミリアの逸名画家作「キリストの埋葬」


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ヤコポ・ダ・ポンテ通称バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1515‐1592)の「羊飼いの礼拝」


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ドナート・クレティ(クレモナ、1671‐ボローニャ、1749)の「マギの礼拝」


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セバスティアーノ・ゲッツィ(コムナンツァ、1590‐1670)の「大天使ガブリエーレ」


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ピーテル・パウル・ルーベンス(ドイツ、ジーゲン、1577‐アンヴェルサ、1640)の「老人の肖像」


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グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「サロメ」


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オラツィオ・デ・フェラーリ(ヴォルトリ、1606‐ジェノヴァ、1657)の「この人を見よ」


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セバスティアーノ・ゲッツィ(コムナンツァ、1590‐1670)の「受胎告知される聖母」


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シピオーネ・プルツォーネ(ガエータ、1550‐ローマ、1598)の「ドメニコ・モローネ枢機卿の肖像」


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フランチェスコ・コッツァ(スティ―ロ、1605‐ローマ、1682)の「悔悛の聖マリア・マッダレーナ」」


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ボナヴェントゥーラ・ピーターズ(アントウェルペン、1614‐1657)の「時化」


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ボナヴェントゥーラ・ピーターズ(アントウェルペン、1614‐1657)の「難破」


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17世紀のグエルチーノ追随者作「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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カルロ・マラッタ(カメラーノ、1625‐ローマ、1713)の「聖アンドレアの殉教」


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17世紀の逸名画家作「グイド・レーニ作『この人を見よ』の複製画」


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16世紀の逸名画家作「フェデリーコ・バロッチ作『我に触れるな』の複製画」


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16世紀の逸名画家作「聖ジローラモ」


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ピエトロ・ディ・ジョヴァンニ・ボナッコルシ通称ぺリン・デル・ヴァーガ(フィレンツェ、1501‐ローマ、1547)の「アレッサンドロ・ファルネーゼ枢機卿の肖像」


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ピーテル・パウル・ルーベンス(ドイツ、ジーゲン、1577‐アンヴェルサ、1640)の「男の肖像」
保護のガラス板に、対面にある作品が写ってます。
(つづく)

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急にカラヴァッジョの作品が見たくなりました。


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ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ通称イル・カラヴァッジョ(ミラノ、1571‐ポルト・エルコレ、1610)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」
10分程見てから、元の展示室に戻りました。


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称イル・グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「この人を見よ」


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ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリ(ヴィテルボ、1610‐1662)の「受胎告知」


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アントニオ・マルツィア―レ・カラッチ(ヴェネツィア、1583‐ローマ、1618)の「聖母の誕生」


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ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582‐ローマ、1647)の「獄中の聖ピエトロを見舞う聖アガタ」


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チェーザリ・チェンナーリ(チェント、1637‐ボローニャ、1688)の「聖ジローラモの幻視」


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アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599‐ロンドン、1641)の「麦藁の聖母」


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ニコラス・ベルヘム(オランダ・ハールレム、1620‐アムス、1683)の「動物がいる風景」


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チェーザレ・チェンナーリ(チェント、1637‐ボローニャ、1688)の「慈悲」


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フェデリーコ・バロッチの追随者作「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


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パオロ・アネージ(ローマ、1697‐1773)の「アンツィオ港の風景」


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パオロ・アネージ(ローマ、1697‐1773)の「川の風景」


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クリスピン・ヴァン・デン・ブルーク(ベルギー、メヘレン、1523‐アンヴェルサ、1591)の「農民と馬」


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カルロ・マラッタ(カメラーノ、1625‐ローマ、1713)の「受胎告知する大天使ガブリエル」


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オラツィオ・ジェンティレスキ(ピサ、1563‐ロンドン、1639)の「聖母子」


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フェデリーコ・バロッチの追随者作「聖母」(16世紀)


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ヤン・ファン・スコーレル(オランダ、アルクマール、1495‐オランダ、ユトレヒト、1562)の「老女の肖像」


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グエルチーノ派画家作「キリストとサマリア女」(17世紀)


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バッチョ・デッラ・ポルタ通称フラ・バルトロメオ(サヴィニャーノ・ディ・プラート、1472‐フィレンツェ、1517)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


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フェデリーコ・バロッチの追随者作「聖ジュゼッペ」(16世紀)


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ヤン・ファン・スコーレルの追随者作「男の肖像」


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カルロ・マラッタ(カメラーノ、1625‐ローマ、1713)の「受胎告知される聖母」


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フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578‐1660)の「ヴィーナスとキューピッド」


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ジャン・ジョセッフォ・デル・ソーレ(ボローニャ、1654‐1719)の「夫と飲み交わすアルテミジア女王」


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ダフィット・テニールス(アントワープ、1610‐ブリュッセル、1690)の「神話の場面」


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アンドレア・デル・サルト(フィレンツェ、1486‐1530)の「聖母子」


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マルカントニオ・フランチェスキーニ(ボローニャ、1648‐1729)の「法悦のマリア・マッダレーナ」


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16世紀のパルマの逸名画家作「エジプトへの逃避途中の休息」


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フランチェスコ・フリーニ(フィレンツェ、1603‐1646)の「アンドロメダ」


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16世紀の逸名画家作「ラファエッロ作『教皇ジュリオ2世の肖像』のコピー画」


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パオロ・ヴェロネーゼ派逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(16世紀)


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ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582‐ローマ、1647)の「ご誕生」


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ジャン・ジョゼッフォ・デル・ソーレ(ボローニャ、1654‐1719)の「ルクレツィア」


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アンジェロ・カロセッリ(ローマ、1585‐1652)の「虚栄」


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17世紀のナポリの逸名画家作「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1616‐1686)の「聖母子」


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ジャコモ・コルテージ通称イル・ボルゴニョーネ(フランス、サンティポリット、1621‐ローマ、1676)


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カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1616‐1686)の「聖アグネス」


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カルロ・マラッタ(カメラーノ、1625‐ローマ、1713)の「エジプトへの逃避」


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ジョルジョ・ヴァザーリ(アレッツォ、1511‐フィレンツェ、1574)の「十字架を担ぐキリスト」


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カルロ・マラッタ(カメラーノ、1625‐ローマ、1713)の「女の肖像」


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グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「聖ジュゼッペ」


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サルヴァトール・ローザ(ナポリ、1615‐ローマ、1673)の「戦闘」
(つづく)

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制作者情報不詳の「踊るファウヌス(森の神)」(18世紀に制作されたブロンズ像)
古代ギリシャ彫刻のコピー作品です。


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ジョヴァン・バッティスタ・フォッジーニ(フィレンツェ、1652‐1725)の「オリツィアを強奪するボーレア」(ブロンズ像)


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制作者情報不詳の「Venere Mediciのコピー作品」(18世紀に制作されたブロンズ像)


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ミケランジェロ・チェルクィオッツィ(ローマ、1602‐1660)の「戦闘」
老眼の度が進んで、老眼鏡の度が合っていなかったようで、この時撮った写真はポンボケばかりでした。お詫びします。


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アントン・ゴボウ(アントワープ、1616‐1698)の「屋外の食事」
アントン・ゴボウは、フランドルのバロック画家で、途中5年間ローマに滞在して制作しましたが、その間にローマで制作された作品です。


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アントン・ゴボウ(アントワープ、1616‐1698)の「軍隊の野営」


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ミケランジェロ・チェルクィオッツィ(ローマ、1602‐1660)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの説教」


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ハンス・ホフマン(ドイツ、ニュルンベルク、1530c‐プラハ、19591/1592)の「野兎」
ハンス・ホフマンは、ドイツのマニエリスム画家でデューラーの追随者でした。


P1570962
クリストフェル・ファン・デル・ラーン(ブリュッセル、1607-アントウェルペン、1651)の「解放」


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フランチェスコ・ソリメーナ(セリーノ、1657-ナポリ、1747)の「聖ピエトロ」


P1570967
アンドレア・ロカテッリ(ローマ、1695-1741)の「田舎の風景」


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ミケランジェロ・チェルクィオッツィ(ローマ、1602-1660)の「水飲み場」


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ドナート・クレティ(クレモナ、1671-ボローニャ、1749)の「ヤコブの夢」


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二コラ・プッサン(フランス、レ・ザンドリ,1594-ローマ、1665)の「オヴィーディオの勝利」


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グエルチーノの追随者作「苦悩」


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ルーカス・ファン・ウーデン(ベルギー、アントウェルペン、1595-1672)の「冬の風景」


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ミケランジェロ・チェルクィオッツィ(ローマ、1602-1660)の「目隠し遊び」


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フェデリーコ・バロッチ(ウルビーノ、1535-1612)の「自画像」


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次は2番目の部屋です。


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制作者情報不詳の「ベルニーニ作『ダヴィデ』の複製(ブロンズ)」(18世紀)


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ルイージ・ガルツィ(ピストイア、1638-ローマ、1721)の「モーゼの発見」


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フィリップス・ワウウェルマン(オランダ、ハールレム、1619-1668)の「猟師と馬」


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ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582-ローマ、1647)の「ユダとタマーラ」


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ヴィヴィアーノ・コダッツィ(ベルガモ、1604-ローマ、1670)の「建築物がある風景」


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ヤン・ミエル(ベルギー、ベーフェレン、1599-トリノ、1656)の「羊飼いの礼拝」


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ピエトロ・デ・ピエトーリ(ノヴァーラ、1655-ローマ、1716)の「聖家族と聖アンナ」


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アンドレア・ロカテッリ(ローマ、1695-1741)の「田舎の風景」


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ヤン・ミエル(ベルギー、ベーフェレン、1599-トリノ、1656)の「マギの礼拝」


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コルネリス・ファン・プーレンブルフ(オランダ、ユトレヒト、1594-1667)の「廃墟と羊飼い」


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カルロ・マラッタ(カメラーノ、1625-ローマ、1713)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


P1580012
シモーネ・カンタリーニ(ペーザロ、1612-ヴェローナ、1648)の「聖家族」


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フランツ・デ・モンパー(ベルギーアントウェルペン、1603-1660)の「冬の風景」


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Maestro del Giudizio di Simoneの「ピエトロの拒否」(17世紀)


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制作者情報不詳の「ルーベンス作『果敢な狩り』の複製画」(17世紀)


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サルヴァトール・ローザ(ナポリ、1615-ローマ、1673)の「プロメテウスの苦悩」


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17世紀のオランダの逸名画家作「聖ジョヴァンニ・バッティスタがいる風景」


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17世紀のオランダの逸名画家作「騎士がいる風景」


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フランチェスコ・コッツァ(スティ―ロ、1605-ローマ、1685)の「ピエタ」


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ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ(ジェノヴァ、1611c-1665)の「ヤコブの出発」


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グイド・ウバルド・アッバティーニ(チッタ・ディ・カステッロ、1600-ローマ、1656)の「教皇ウルバーノ8世の肖像」


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イッポリート・スカルセッラ通称スカルセッリーノ(フェラーラ、1550-1620)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


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フランツ・デ・モンパー(ベルギー、アントウェルペン、1603-1660)の「森の風景」
(つづく)

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テヴェレ川を渡ります。


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3世紀、ローマ皇帝アウレリアーノ帝によって建てられたPorta Settimianaです。


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門に描かれたフレスコ画は、傷みが激しく何が描かれているのか判然としません。


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門を潜って、ルンガラ通りに入りました。


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通りに入ると直ぐに、左手にコルシーニ宮が見えます。


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コルシーニ宮は、15世紀末、リア―リオ・デッラ・ローヴェレ枢機卿によって建てられました。リア―リオは、教皇シクストゥス4世デッラ・ローヴェレの甥です。


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コルシーニ宮に国立美術館 Galleria Nazionale d'Arte Antica in Palazzo Corsiniがあります。


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17世紀には、スェーデンのクリスティーナ女王が住んでいました。


171
コルシーニ宮の庭園です。


170
1736年、フィレンツェ貴族のネーリ・マリア・コルシーニ枢機卿がこの宮殿を購入し、当時の建築家フェルディナンド・フーガ(フィレンツェ、1699‐ナポリ、1782)を起用して、拡張再建させて、ほぼ現在の姿になりました。


166
ナポレオン軍によるイタリア占領時代には、ジュゼッペ・ボナパルトがこの宮殿を使用していました。


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コルシーニ宮の通りを隔てた向かい側にあるのが、ファルネジーナ荘(ファルネジーナ・キージ荘)です。


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シエナ貴族のアゴスティーノ・キージによって1510年から1520年に建設されましたが、16世紀末にはファルネーゼ家の所有になりました。


158
ラファエッロ、ジュリオ・ロマーノ、ソドマのフレスコ画があることで有名です。勿論、Museoとして一般公開されているので、コルシーニ美術館とセットで行くのが便利と思います。


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ルンガラ通りに面した美術館入館者用入り口です。


163
1883年、政治家で、この建物の所有者だったトッマーゾ・バルトロメオ・ピエル・フランチェスコ・メルキオッレ・マリア・コルシーニ(フィレンツェ、1835‐マンチャーノ、1919)が宮殿と収蔵品を国家に売却しました。
1883年、国立美術館として一般公開されるようになりました。
また、この宮殿にあった美術品の一部はバルベリーニ宮に移されました。


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通路に置かれたローマ時代の石棺


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美術館は1F(日本の2階)にあります。


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古い資料ですが、2015年の年間入館者は33,552人でした。開館日当たりの平均入館者数は100人強ですから、美術ファンは少ないのです。それに加えて、入館者の多くは校外学習の学生生徒の団体さんですから。


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階段の踊り場にある彫刻です。


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ここにも彫刻が置かれてます。


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立派な図書館があります。


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案内板があるので、迷うことはないと思います。


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入館しました。


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鑑賞するのが結構大変な美術館です。


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各展示室に、このような展示作品の説明シートが置いてあります。これを手に取って、参照しながら作品を見て行くのです。


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説明シートに図示されている場所に作品がなかったり、別の作品が展示されていたり、更に説明シートの記述自体が間違っていることがあったりするので、兎も角大変です。


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ジローラモ・シチョランテ・ダ・セルモネータ(セルモネータ、1521‐ローマ、1575)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


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ジュゼッペ・二コラ・ナシーニ(カステル・デル・ピアーノ、1657‐シエナ、1736)の「井戸のレベッカ」


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ガスパール・デュゲ(ローマ、1615‐1675)の「川の風景」


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ガスパール・デュゲ(ローマ、1615‐1675)の「泉の風景」


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制作者不明の「ぺリン・デル・ヴァーガ作『聖母子』のコピー画」


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ジュゼッペ・二コラ・ナシーニ(カステル・デル・ピアーノ、1657‐シエナ、1736)の「ジェトロの息子を解放するモーゼ」


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ガスパール・デュゲ(ローマ、1615‐1675)の「リナルドとアミルダがいる風景」


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モンス・ベルナルド(デンマーク、ヘルシンゲル、1624‐ローマ、1687)の「男の肖像」


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ジョヴァン・フランチェスコ・グリマルディ(ボローニャ、1606‐ローマ、1680)の「川の風景」


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ジョヴァン・フランチェスコ・グリマルディ(ボローニャ、1606‐ローマ、1680)の「川で水浴する風景」


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ジョヴァン・フランチェスコ・パッセーリ(ローマ、1610‐1679)の「羊飼いの風景」


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ジョヴァン・バッティスタ・ピアツェッタ(ヴェネツィア、1683‐1754)の「ユディト」


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ジョヴァンニ・ダ・フィエゾレ通称ベアート・アンジェリコ(ヴィッキオ、1395‐ローマ、1455)の「聖母被昇天のトリッティコ」


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アンドレア・ロカテッリ(ローマ、1695‐1741)の「湖岸の聖ピエトロ」


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クレシェンツィオ・オノフリ(ローマ、1632‐フィレンツェ、1698)の「足の裏のトゲを抜く農民」


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クレシェンツィオ・オノフリ(ローマ、1632‐フィレンツェ、1698)の「ディアナ」


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チーロ・フェッリ(ローマ、1632‐1689)の「ヤコブとラバーノの邂逅」


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ガスパール・デュゲ(ローマ、1615‐1675)の「Ercole cattura le cavalle di Diomede」


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ガスパール・デュゲ(ローマ、1615‐1675)の「オルフェオとエウリュディケ―」
エウリュディケ―はオルフェオの妻です。


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ガスパール・デュゲ(ローマ、1615‐1675)の「時化」


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ガスパール・デュゲ(ローマ、1615‐1675)の「エルコーレとアンテオ」


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アンドレア・ロカテッリ(ローマ、1695‐1741)の「漁をする人々がいる風景」


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クレシェンツィオ・オノフリ(ローマ、1632‐フィレンツェ、1698)の「虱を撮る農民がいる風景」


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クレシェンツィオ・オノフリ(ローマ、1632‐フィレンツェ、1698)の「ザンボーニャ奏者がいる風景」

このブログでは、記事の主題以外のことを書かないようにしてますが、今回は例外です。
この度の、イタリアの一帯一路に関する覚書調印には失望しました。大好きなイタリアでしたが、これではどうにもなりません。今後は少し距離をおきます。

(つづく)

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フランチェスコ・スコット(ジェノヴァ、1750c‐1826)の「磔刑」


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ジュゼッペ・イーゾラ(ジェノヴァ、1808‐1893)の磔刑礼拝堂の天井フレスコ画


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ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の祭壇画


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以上が左側廊の礼拝堂です。


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中央礼拝堂前から見た出入口方向です。


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中央礼拝堂と後陣


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後陣のフレスコ画は、ジュリオ・ベンソ(ぺーヴェ・ディ・テーコ、1592‐1668)の「受胎告知」、「聖母被昇天」


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クーポラのフレスコ画は、ジョヴァンニ・アンドレア・アンサルド(ヴォルトリ、1584‐ジェノヴァ、1638)によって描かれました。


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ジャコモ・アンドレア・ポンソネッリ(マッサ、1654‐ジェノヴァ、1735)の「磔刑像」


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中央礼拝堂の左右の側壁に祭壇画があります。


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左側壁は、ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「キリストの寺院への出現」


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右側壁は、ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「キリストの博士たちとの問答」


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中央礼拝堂のイコン


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中央礼拝堂のイコン


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ロレートの聖母の礼拝堂です。


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レオナルド・ミラーノ(コモ、1577‐ジェノヴァ、1637)の「ロレートの聖母」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「ポルタの聖サルヴァトーレの奇跡」


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ジョヴァンニ・アンドレア・アンサルド(ヴォルトリ、1584‐ジェノヴァ、1638)の右側廊クーポラのフレスコ画


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トマーゾ・クレリーチ(ジェノヴァ、1636‐1657)の「三大天使」


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トマーゾ・クレリーチ(ジェノヴァ、1636‐1657)の「聖ドメニコ・ソリアーノの行為」


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パドヴァの聖アントニオ礼拝堂の祭壇画は、トマーゾ・オルソリーノ(ランポニオ、1587‐ジェノヴァ、1675)の「パドヴァの聖アントニオ」


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ジャコモ・ポルタ(?、?‐ジェノヴァ、1662)の「祭壇」


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右側廊


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ジョヴァンニ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584‐ミラノ、1631)によって描かれた右側廊天井のフレスコ画


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同断


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1628‐1703)の「受胎告知」(1679)


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アンドレア・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1626‐1697)の「ご訪問」


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アンドレア・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1626‐1697)の「聖母の寺院への出現」


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説教壇


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603‐1684)の「アルカンターラの聖ピエトロ」


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アンドレア・マリア・ピオラ(ジェノヴァ、1654‐1715)の「聖母子と聖グレゴリオと聖オルソラ」


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ダニエーレ・クレスピ(ボスコ・アルシツィオ、1600‐ミラノ、1630)の「聖ジョヴァンナ」


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ジョヴァンニ・ベルナルド・カルボーネ(ジェノヴァ、1614‐1683)の「十字架の前で祈るフランスの聖ルイ9世」


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモン(トリノ、1694‐1766)の「聖ルイ9世の寄進」


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモン(トリノ、1694‐1766)の「ペスト患者と聖ルイ9世」


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ドメニコ・フィアセッラ(サルザーナ、1589‐ジェノヴァ、1669)の天井フレスコ画


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サン・ジョヴァンニ・バッティスタ礼拝堂です。


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詳細不明


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祭壇(詳細不明)


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1628‐1703)の「磔刑の前の聖ドメニコ」


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シモーネ・パッラビーノ(ジェノヴァ、1575c‐ミラノ、1620c)の「聖ディエゴの奇跡」


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17世紀中頃の逸名画家作「聖ボナヴェントゥーラの奇跡」


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ドメニコ・ピオラの追随者作「聖霊降臨」


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ジョヴァンニ・アンドレア・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1598‐1669)の「アガルとイスマエーレ」


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568‐1625)の「聖フランチェスコの誕生」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603‐1684)の礼拝堂天井のフレスコ画


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カルロ―ネ一族、ピオラ一族など画家一家の作品が多くて、作品を特定させるのが大変でした。


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ブログの書き手として時間が相当かかった記事でした。


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外に出ました。
(おわり)

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ジェノヴァのバルビ通りの先に教会の建物があります。


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Piazza del Nunziataに面して建つ教会です。


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Basilica di Santissima Annunziata del Vastato
ジェノヴァに、2つの受胎告知教会があるので、区別するためにdel Vastatoが付けられて呼称されてます。


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この場所には、1228年に建てられた小さなサンタ・マリア・デル・プラート教会修道院がありましたが、1508年、教会修道院の建物はフランチェスコ会修道士の所有に変更されました。
フランチェスコ会は、譲渡された建物を取り壊し、その上に新しい建物の建設を決め、1520年に創建されましたが資金難のため、1537年に工事が中断され、シンプルで小さな建物のまま、活動していました。
1582年、工事が再開されましたが、資金難のため工事は遅々として進みませんでした。1591年、ロメッリーニ家が資金を負担することになり、彫刻家でもあり建築家であるタッデオ・カルロ―ネ(ローヴィオ、1543‐ジェノヴァ、1615)の工事監督によって、工事が再開され1615年に完成しました。


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新古典様式のファサードはジョヴァンニ・バッティスタ・レナスコとカルロ・バラビーノの設計、工事監督によるものです。


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身廊外観


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鐘楼がファサードの左右に二本設けられてます。


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第二次世界大戦の爆撃によって、大きな被害を受け、戦後に大修復された建物です。


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お布施を依頼してます。


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聖堂内に入りました。


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三廊式、バロック様式の内部です。


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縦54m×横33mの聖堂です。


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装飾が地味なのは柱くらいです。


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身廊天井のフレスコ画は、ジョヴァンニ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584‐ミラノ、1631)とジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)によって描かれました。


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場面毎に二人のうち誰によって描かれたのか特定されているそうです。


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その辺は、私にはあまり興味がありません。


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左側廊


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左右の側廊天井にもフレスコ画が描かれてます。


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左側廊にある礼拝堂から見て行きました。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「聖クレメンテの殉教」
サン・クレメンテ礼拝堂の中央祭壇画です。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「聖クレメンテの殉教」
サン・クレメンテ礼拝堂の右側壁にあります。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「聖クレメンテの苦痛」
サン・クレメンテ礼拝堂の左側壁にあります。


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左側廊第2礼拝堂です。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・パッジ(ジェノヴァ、1554‐1627)の「聖キアーラの変容」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐パロディ・リグーレ、1684c)の「洗礼する聖フランチェスコ・ソラーノ」


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クリスチャン・ラクロワ(フランス人、ジェノヴァで17世紀後半活動)の「磔刑」


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ルーカ・カンビアーソ(モネーリア、1527‐スペイン、エル・エスコリアル、1585)の「磔刑」


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「無原罪の聖母」


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左側廊天井のフレスコ画はジョヴァンニ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584‐ミラノ、1631)の作品です。


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「天上の聖母子と聖ディエゴ」


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左第5礼拝堂の天井フレスコ画はドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)によって描かれました。


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「聖ディエゴの説教」


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「フィリッポ2世の病気の息子を治す聖ディエゴ」


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左第6礼拝堂です。


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「聖フランチェスコ」(18世紀)


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左第6礼拝堂の天井フレスコ画はジョアッキーノ・アッセレート(ジェノヴァ、1600‐1649)の「聖母被昇天」


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左翼廊のクーポラ


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レオナルド・ミラーノ(コモ、1577‐ジェノヴァ、1637)の「聖母子と聖人たち」


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ルチアーノ・ボルツォーネ(ジェノヴァ、1590‐1645)の「聖母子と聖人たち」
(つづく)

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ジェノヴァのサン・ロレンツォ通りです。


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ドゥオーモの後方、Piazza Matteottiに面して建つジェズ教会です。


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ジェノヴァにおけるイエズス会の本拠地教会ですが、その名称はChiesa del Gesu e dei Santi Ambrogio e Andreaと言います。


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この地に6世紀頃に建設されたサンティ・アンブロージョ・エ・アンドレア教会がありましたが、宗教改革に危機感を抱いたジェノヴァ大司教区は、1552年、教会をイエズス会に譲渡、宗教活動をイエズス会に委ねました。
建物が再建されることになり、イエズス会信者で画家でもあり建築家でもあったジュゼッペ・ヴァレリアーニ(またはヴァレリアーノ)(ラクイラ、1526‐ナポリ、1596)の設計によって、1589年創建、1606年に完成したバロック様式の建物が現在見ることが出来る姿となってます。1598年に献堂式が行われました。


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クーポラと鐘楼


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ファサードにイエズス会の紋章があります。


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ミケーレ・ラモーニノ(ヴェラッツェ、1821‐ジェノヴァ、1881)の「聖アンブロージョ」


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ミケーレ・ラモーニノ(ヴァラッツェ、1821‐ジェノヴァ、1881)の「聖アンドレア」


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開いていたので拝観しました。


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三廊式、バロック様式の内部です。


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左側廊方向


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右側廊方向


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反宗教改革旗印のイエズス会教会らしい派手な装飾が特徴です。


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中央礼拝堂(主祭壇)


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主祭壇画は、ピーテル・パウル・ルーベンス(ドイツ、ジーゲン、1577‐ベルギー、アンヴェルサ、1640)の「割礼」(1608)


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ジュゼッペ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1599‐1624活動記録)の「聖パオロ」


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ジュゼッペ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1599‐1624活動記録)の「聖ピエトロ」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・メラーノ(ジェノヴァ、1632‐ピアチェンツァ、1698)の「嬰児虐殺」(1661)


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「エジプトへの逃避」


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ジョヴァンニ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584‐ミラノ、1631)のクーポラのフレスコ画(1624c)


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このフレスコ画もジョヴァンニ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584‐ミラノ、1631)によって1624年頃に描かれました。


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アンドレア・ポッツォ(トレント、1642‐ウィーン、1709)の「聖フランチェスコ・ボルジャ」


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ドメニコ・パッシニャーノ(タヴァルネッレ・ヴァル・ディ・ぺーザ、1559‐フィレンツェ、1638)の「キリストの洗礼」


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ピーテル・パウル・ルーベンス(ドイツ、ジーゲン、1577‐ベルギー、アンヴェルサ、1640)の「聖イグナツィオの奇跡」


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装飾過多ですね。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・パッジ(ジェノヴァ、1554‐1627)の「聖ステファノの殉教」


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サン・フランチェスコ・サヴェーリオ礼拝堂


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ドメニコ・グラッシの「聖フランチェスコ・サヴェーリオの説教」


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ドメニコ・フィアセッラ(サルザーナ、1589‐ジェノヴァ、1669)の「聖フランチェスコ・サヴェーリオの物語」


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ドメニコ・フィアセッラ(サルザーナ、1589‐ジェノヴァ、1669)の「聖フランチェスコ・サヴェーリオの物語」


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礼拝堂天井もドメニコ・フィアセッラ(サルザーナ、1589‐ジェノヴァ、1669)の「聖フランチェスコ・サヴェーリオの物語」です。


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説教壇


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説教壇


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グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「聖母被昇天」


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反射を避けて撮ってみました。


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アンドレア・ポッツォ(トレント、1642‐ウィーン、1709)の「無原罪の御宿リ」


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見所豊富です。


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オルガン


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シモン・ヴーエ(パリ、1590‐1649)の「磔刑」


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詳細不明


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ジョヴァンニ・アンドレア・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1598‐1669)の「テオドシス帝と聖アンブロージョ」


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派手派手です。


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美術ファンにとっては非常に見所が多いと思います。


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マッティア・トラヴェルソ(ジェノヴァ、1885‐1956)の「聖心」


P1900429
ベルナルド・ストロッツィの作品を探しましたが見つかりませんでした。


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外に出ました。

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右側廊


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右側廊


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後陣右側にあるノストラ・シニョーラ礼拝堂です。


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フェデリーコ・バロッチ(ウルビーノ、1535‐1612)の「磔刑」


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ロレンツォ・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1680‐1744)の「玉座の聖母子と聖スタニスラオと聖フランチェスコ・ボルジャ」


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天井のフレスコ画はジョヴァンニ・アンドレア・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1584/1590-ミラノ、1630)の「聖セバスティアーノの説教」


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これは有り難い。


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大理石の祭壇は、カルロ・バラビーノ(ジェノヴァ、1768-1835)とイグナツィオ・ペスキエーラ(ジェノヴァ、1777-1839)の「天使たち」(1830)


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15世紀の逸名画家作「聖母子」


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ステンドグラスも見事です。


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「聖母被昇天」(19世紀)


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グイド・ガレッティ(ロンドン、1893-ジェノヴァ、1977)の「幼きキリストと聖ジュゼッペ」


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ガエターノ・プレヴィアーティ(フェラーラ、1852-ラヴァ―ニャ、1930)の「聖母被昇天」(1905)


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扉上ルネッタのフレスコ画


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Maestro Costantinopolitano di San Salvatore in Choraの「聖母子と2聖人と2天使」(1312c)


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有名な彫刻です。


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15世紀の逸名彫刻家作「磔刑」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666-1724)の「天上のキリストと聖ジローラモと聖マリア・マッダレーナと聖人」


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ルーカ・カンビアーソ(モネーリア、1527-エル・エスコリアル、1585)の「聖ゴッタルド」


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入口扉上のフレスコ画


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Maestro Costantinopolitano di San Salvatore in Choraの「玉座のキリストと聖人たち」(1312c)


P1900170
詳細不明


P1900173
詳細不明


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サン・ジョヴァンニ礼拝堂


P1900178
クーポラ


P1900181
ドメニコ・ガジーニ・ダ・ビッソーネ(ビッソーネ、15世紀後半活動)と弟子のエリア・ガジーニの「祭壇」


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ドメニコ・ガジーニ・ダ・ビッソーネ(ビッソーネ、15世紀後半活動)とエリア・ガジーニの「聖ジョヴァンニ・バッティスタの生涯」


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アンドレア・コンドゥッチ通称イル・サンソヴィーノ(モンテ・サン・サヴィーノ、1467c-1529)の「聖母子」


P1900194
Museoに行きます。


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Museoの入り口


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高価でしょうね。


P1900198


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芸術性はあまり感じません。


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聖堂内に戻り、後陣左のレルカーリ礼拝堂の拝観です。


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礼拝堂祭壇


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ジャン・ジャコモ・デッラ・ポルタとグリエルモ・デッラ・ポルタとニコロ・ダ・コルテの「サンティ・ピエトロ・エ・パオロの祭壇」(1533-37)


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ガスパーレ・フォルラーニのオルガンのカヴァー絵(1554-55)


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天井のフレスコ画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・カステッロ通称イル・ベルガマスコ(カステッロ・ガンディーノ、1509-マドリッド、1569)の「聖母戴冠」(1564)と「聖母被昇天」(1564)


P1900223
詳細不明


P1900240
外に出ました。
(おわり)

P1900272
見応えがあるファサードです。


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ファサードの彫刻の作品帰属について、聖堂内に説明プレートがあります。


P1900165
これです。


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これがあるので助かります。


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次は身廊外観です。


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鐘楼を横から見たところです。


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サン・ロレンツォ通り側の出入り口


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ファサード側の向かって右の出入り口が開いていたので、聖堂内に入ります。


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三廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の内部です。


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左側廊方向


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左側廊


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左側廊からの眺め


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左側廊上部


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右側廊方向


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右側廊


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右側廊からの眺め


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天井
第二次世界大戦中の1941年2月9日、イギリス軍の爆撃によって、聖堂身廊天井が破壊され、天井のフレスコ画の殆どが落剝してしまいました。その後、天井は修復されましたが、僅かに残っていたフレスコは白く塗り潰されました。


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ジョルジョ・フィエスキの墓


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ジョヴァンニ・アンドレア・アンサンド(ヴォルトリ、1584‐ジェノヴァ、1638)によって、オルガンカヴァーとして描かれた「聖ロレンツォ」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・パッジ(ジェノヴァ、1554‐1627)に帰属する「受胎告知」


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ジョヴァンニ・ガジーニ(パレルモ、1470c‐?、?)の「ジョルジョ・フィエスキの墓碑」


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中央礼拝堂と後陣は修復作業中でした。


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後陣のフレスコ画、彫刻、ステンドグラスなどをゆっくり見たかった!


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ラッザーロ・ダヴァローネ(ジェノヴァ、1556‐1640)のフレスコ画(1622)


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ラッザーロ・タヴァローネ(ジェノヴァ、1556‐1640)の「最後の晩餐」


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後陣の彫刻を見たかったけれど、これではね。


P1900092
詳細不明


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説教壇


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校外学習の一行がやってきました。聖堂内に説明の声が良く響きます。
(つづく)

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ジェノヴァ市の中心サン・ロレンツォ通りです。


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サン・ロレンツォ通りを東に進むと、直ぐに大聖堂の鐘楼と、道の突き当りにあるジェズ教会が見えてきます。


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サン・ロレンツォ大司教座教会、Cattedrale Metropolitana di San Lorenzoです。
ジェノヴァ大司教区の大司教座が置かれています。


P1900270
3世紀中頃、この場所にキリスト教徒の墓地があり、信仰の場となっていました。5‐6世紀頃に教会が建設されましたが、それが現在の建物の前身です。
1007年、司教座が置かれ、Cattedraleに昇格しました。


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11世紀中頃、建物の老朽化と信者が多くなって手狭になったので、建物が再建されることになりました。
1098年に創建されたロマネスク様式の二代目の建物が、現在の姿の原形です。
1118年に奉献式が執り行われた後、1133年に大司教座が置かれるようになりました。


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1230年頃、ゴシック様式に改築されることになり、改築はファサードから始められ、ファサードは1307年から1312年の間に完成しました。


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白と黒の大理石による組み合わせ模様は、ジェノヴァ貴族の象徴とされていたものです。
ファサードの建築に従事した労働者はフランスから集められたそうです。


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当初、鐘楼はファサードの左右2本の建設が予定されていましたが、右だけが1552年に完成しました。高さが60mあります。
向かって左の鐘楼は、1477年にロッジャ部分まで建設が進みましたが、そのままで放置され未完成のまま、現在に至ってます。


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クーポラですが、1550年に工事が始められ、17世紀に完成しました。


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クーポラは暫く修復工事中です。


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ポータル上のフレスコ


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の作品(1210c)


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修復後のものでしょうね。


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1894年から1900年にかけて大規模な修復工事が行われました。


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ベネデット・アンテラミ、ベネデット・アンテラミ派彫刻家による作品


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ファサードの左右にライオン像があります。
カルロ・ルバット(ジェノヴァ、1810‐1891)の「ライオン像(左)」(1840)


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カルロ・ルバット(ジェノヴァ、1810‐1891)の「ライオン像(右)」(1840)


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聖母子


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聖ロレンツォ


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)またはベネデット・アンテラミ派彫刻家の「キリストと聖ロレンツォ」


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バラ窓


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扉横の彫刻


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扉横の柱に施された彫刻


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柱下部


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以上は中央扉の写真です。


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向かって右の扉です。


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ベネデット・アンテラミの彫刻


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(つづく)

157
ホテルで一休みしてから、再び外出しました。


158
相変わらず雨模様です。


159
丘上に住宅が広がってます。


160
16世紀に建設されたPalazzo del Principe Doriaです。


163
地中海の各地などを結ぶ定期客船が発着する新港です。


162
丘の上にあるCastel d'Albertisが見えました。


166
海沿いの道を進みました。


167
Palazzo San Giorgioの方に向かってますが、この道を逆方向に進むと陸橋が崩落した場所に出ます。


168
サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ教会は何時ものように閉まっていました。


169
この時間でもメルカトが開いていたので果物を買いました。


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雨男なので、何時も雨天に恵まれてます。


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霧雨でしたが、風があるので直ぐに濡れてしまいます。


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地下鉄のプリンチペ駅


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丘上に行っても見どころがあまりありません。ジェノヴァ湾が一望できる絶景ポイントがありますが、この天気では行っても冴えないと思いました。


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PP駅の方に戻ることにしました。


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アンドレア・ドーリア通り


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駅前広場


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グランド・ホテル・サヴォイアもお勧めです。


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PP駅


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この時は、お宿を素通りしました。


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会に向かいました。


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この辺のホテルは部屋からの眺めが良いのですが、坂を上るのが大変なホテルがあります。(エレベーターがありますが、不便です)


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何回も通ったバルビ通り


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王宮


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時間が遅くて、この日も王宮博物館に入館出来ず、結局入館したのは、この日の翌日になってしまいました。


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ジェノヴァ、ボローニャは見所が豊富ですが、ガイドブックで大きく取り上げられないのは何故でしょうか?


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会が見えてきました。


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光線の具合から聖堂内の美術品を見るには午前中の方が良いのですが、雨天なので、その辺はあまり影響ないと思いました。


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ジェノヴァ大学となっているPalazzo Belimbau


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今回は時間をかけてじっくりと拝観しました。


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勿論、少額ながら寄進しました。


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外が薄暗いにも関わらず、聖堂内は明るいのが意外でした。


P1900541
この教会については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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17世紀にジェノヴァで活動した画家たちの作品が数多くあります。


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外に出たら、弱弱しい日差しがありました。


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青空が出てきました。


170
青空はほんの束の間で、すぐに雨が降ってきました。


171
詳細不明


172
街角のタベルナコロを発見。


173
これです。


174
この辺のお店で食べようかと思いましたが、例のお店に行くことに。


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このお店です。(昼間に撮った写真)


192


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キリがないので、この辺で終わりにします。
(おわり)

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Via di Porta Soprana


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13世紀に建設されたPorta Soprana


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門を潜った先にコロンブスの家があります。


115
Porta di Sant'Andreaとも呼ばれてます。門の潜った先にサンタンドレア教会があったので、そう呼ばれているのでしょう。


113
門を潜りました。


112
城壁外から見える門は丸くなっていて、感じが違います。


114
城壁内から見える門の形が違うので、門が二つあると錯覚しそうになります。


111
Chiostro di Sant'Andrea


110
城壁外は若干緑があります。


106
コロンブスの家です。


108
コロンブスが少年時代を過ごした家と言うのが通説ですが、コロンブスとは無関係との説も根強いそうです。
ここはMuseoになってますが、お得感ゼロ、お損感十分と思います。一度入館して懲りたので、今回もパス。


104
ジェノヴァに来たからには、この辺に来るのは付き合いというものですが、メリットは足腰が鍛えられることくらい?


105
そろそろ昼食の時間です。
この通りのお店に入りましたが、値段だけが一流で、肝心のお味、サービスがイマゴ(イマイチではなく、イマニでもなく、イマサン、イマヨンでもありません)でした。


126
街角のタベルナコロ


127
次はサンタ・マリア・アッスンタ聖堂です。


128
上り坂の上に教会の建物が直ぐに見えてきます。


129
サンタ・マリア・アッスンタ・ディ・カリニャーノ聖堂です。Basilica minori


131
1552年創建のルネサンス様式の建物です。


133
ファサードの聖母被昇天


135
聖ピエトロ


136
聖パオロ


132
青空が出てきました。


134
聖堂は高台にあります。


139
海が見えました。


140
共同井戸?


141
日差しも出てきました。


142
サンタゴスティーノ教会


143
入口扉上ルネッタのフレスコ画はジョヴァンニ・バッティスタ・メラーノ(ジェノヴァ、1632‐ピアチェンツァ、1698)によって描かれました。


144
修道院が併設されていました。


145
旧サンタゴスティーノ修道院のキオストロ回廊


148
12世紀に建設されたサン・ドナート教会


147
サン・ドナート教会の身廊外観


146
サン・ドナート教会の古い鐘楼


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サン・ロレンツォ通りに戻りました。


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変わりやすい天気で、雨が降ってきました。


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雨が降っていなければ、もう少しぶらぶら歩きを続けていたと思います。


P1900468


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Palazzo San Giorgio


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見慣れた光景です。


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傘を持っていても差さない人が多い。


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ガレー船


182


P1900477
一旦ホテルに戻ります。


P1900478
(つづく)

P1900010
Palazzo San Giorgioの見学です。


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ヴェルディのオペラ「シモン・ボッカネグラ」がお好きですか?
「シモン・ボッカネグラ」のオペラのモデルとなったジェノヴァの初代提督(ドージェ)がシモーネ・ボッカネグラ(?、?‐ジェノヴァ、1363没)と、この建物と直接関係ありませんが、シモーネ・ボッカネグラの叔父グリエルモ・ボッカネグラによって1260年に建設されたのがPalazzo San Giorgioです。


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ファサードのフレスコ画のうち、「竜を退治する聖ジョルジョ」の左下に描かれているのがシモーネ・ボッカネグラの肖像画と言われてます。


P1900015
ファサードのフレスコ画ですが、最初のものはラッザーロ・タヴァローネ(ジェノヴァ、1556‐1640)によって1606年から1608年に制作されたそうです。
しかし、この場所は海岸のすぐ傍にあるので、フレスコ画にとって最悪に近い環境です。
19世紀頃にはフレスコ画の落剝・退色が進み、その痕跡が分かる程度まで劣化したので、ルドヴィーコ・ポリアーギ(ミラノ、1857‐ヴァレーゼ、1950)によって、1912年から1914年に描き直されました。タヴァローネの原画を尊重しながらポリアーギが描いたと言われてますが、タヴァローネの原画はその痕跡程度しか判別できない状態だったので、本当のところは分からないようです。
現在、観ることが出来るフレスコ画がかなり鮮やかに見えますが、ルドヴィーコ・ポリアーギによって描かれたフレスコ画の傷みが激しかったので、フレスコ画の大修復が1987年から1990年に行われたからです。
潮風と海水の飛沫に直接晒される環境なので、フレスコ画が今度どれだけ持つのか心配です。


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竜を退治する聖ジョルジョ


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現在、Palazzo San Giorgioはジェノヴァ港湾局の本部になってます。


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市庁舎として建設されましたが、市庁舎として使用されたのは完成後僅か2年間だったそうです。


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堅固な建物なので刑務所として使用されていたことがあります。


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この付近の柱廊の柱に注目です。


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この柱です。


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古い柱


P1900029


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Via San Lorenzoに入りました。ドゥオーモに向かいました。


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直ぐにドゥオーモの鐘楼が見えてきます。


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サン・ロレンツォ大聖堂


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見所が沢山あります。


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拝観しました。


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美術品ばかりです。


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大聖堂については、後程詳しく触れる予定です。


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美術ファンは必訪でしょうね。


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外に出ました。


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次はジェズ教会です。


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ジェズ教会はドゥオーモの後方にあります。


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マテオッティ広場


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広場の一部は駐車場になってます。


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ドゥカーレ宮


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ジェズ教会の拝観です。


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ジェズ教会も見どころが豊富です。


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ジェズ教会は、後程項を改めて詳しく触れる予定です。


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クーポラ


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ルーベンスの作品


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バロック期の作品が多い。


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外に出ました。


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比較邸新しい建物が多いところにやってきました。


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フェラーリ広場


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困ったことに雨が本降りになってきました。


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ゴッホ展に並ぶ人たち


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天気が悪くてウンザリ


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1912年‐1924年に建設されたPalazzo della Regione Liguria


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1906年‐1912年に建設されたPalazzo della Borsa


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雨が強くなったので、雨宿りを兼ねてドゥカーレ宮で一息入れました。


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ゴッホには興味がないので、ゴッホ展はパス


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(つづく)

P1890958
ジェノヴァの3日目です。


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先ずサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ・ディ・プレ教会です。


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残念! 扉が閉まっていました。


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開くことが稀な教会のようで、最近拝観したことがありません。


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教会巡りは効率が悪いのです、扉が開いていなければ、それで終わりですから。


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Museiになった?


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美術館や博物館にもなれば、大体当てにできます。当てにならない場合も結構ありますが・・・・・


P1890965
海岸沿いの道からドゥオーモ辺りまで行くと言うのが、この日の大体の予定です。


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低い黒い雲が立ち込めて、今にも泣きだしそうな空でした。


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痛みが激しいタベルナコロ


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Via Antonio Gramsci


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古い建物が多い一角です。


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市場です。


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果物を買いたかったけれど、ホテルを出発したばかりに荷物が重くなるのは避けたいところでした。


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その上は王宮です。


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道路が濡れていたので、明け方に降雨があったようでした。


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地下鉄がありますが、徒歩で行きます。


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1155年から1159年に建てられたPorta dei Vacca


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ジェノヴァ城壁の要塞でした。


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写真左の塔は20世紀後半に修復されたものです。


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引き続き海岸沿いの道を進みました。


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ガリバルディ通りに出る道です。


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かなり広い広場に出ました。


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Via al Ponte Calvi
初志貫徹で、この道には入らず。


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柱廊を進みました。


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風情があります。


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魅力的な道ですが、道草は禁物です。我慢しました。


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柱廊から広場に出ました。


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ジェノヴァ名物の水族館


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一回は入館する価値がある水族館です。


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数年前に入館したことがあるので、今回はパス。


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Piazza Caricamento


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13世紀に建設されたTorre dei Morchio o Morchi


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柱廊がある所は中世の城壁がありました。


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広場に立つのは、船会社を設立して大金持ちになり、イタリア海軍の創設者となったRaffaele Rubattino(ジェノヴァ、1810‐1881)像です。


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1257年から1260年に建設されたPalazzo San Giorgio


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波止場の方に行ってみることにしました。


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P1900006
(つづく)

P1880789
この時の旅では、ジェノヴァに4泊しました。4泊では全然足りませんでした。


P1880794
主なところを丹念に見て回ろうと思ったら、多分1週間は必要でしょう。


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ジェノヴァの歴史をある程度知ってしまうと、必要な日数は確実に増えると思います。


005
王宮に立ち寄ることにしました。
この時、王宮のファサードの写真を撮るのをうっかり忘れてしまったので、夏に行った時の写真で代用します。


007
閉館時間間近なので、もう切符は売ってくれません。


006
それでも一寸だけ覗きました。


009
係員から今日は終わりましたと告げられ、早々に退散。


008
全部を見ようとすると2,3時間は必要でしょう。


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中庭は未だ見学できます。


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夕方なので、人気が全くありません。


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ジェノヴァでは団体ツアーの一行を見かけることが非常に少ないと思います。


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中国人のツアーを見かけることがあっても、日本人のツアーを見かけることは滅多にありません。


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プリニョーレ駅付近には泊まったことがありません。


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中庭の敷石


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この彫刻については不知です。


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同断


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バルビ通りに戻りました。


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夕食にはまだ早すぎます。


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ホテルに戻って入浴しました。


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夕食の頃合になりました。外に出たら雨が止んでいました。


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PP駅を横目に見ながら、何時ものお店に向かいました。


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写真右のお店です。


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単なる塩焼きの魚として注文しました。
持参の醤油をかけて日本のように食べました。脂が乗ったイサキで美味でした。


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ほろ酔い気分でホテルに戻りました。


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これで一日目終了です。


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翌日は晴れ。


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この日はジェノヴァ観光をしませんでした。


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サヴォーナとアルベンガへの日帰り遠足をしました


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2日目の夜です。
このホテルを気に入ってます。


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例によって何時ものお店に向かいます。


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サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ教会です。


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この時間は扉が閉まっているので拝観が無理です。


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12世紀に建設された教会で、見どころが豊富です。


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PP駅のすぐ近くですが、この辺は緊張を強いられる場所です。


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今夜も来ました。


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少し食べた後の写真


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以上、全部で€15
ツーリスト・メニューではありません。すべてアラカルトで注文したもの。
私の体験した食堂で、最もコスパが高いお店がここです。


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お腹一杯


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夜の景色は何時も同じです。


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何時ものホテルと何時ものの食堂を往復するだけですから。


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何処の街に行っても、ほぼ同じに過ごしてます。


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2日目終了です。


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(つづく)

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オペラ座です。


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ここに来たのは、ネットで予約したので、切符を受け取るためです。


089
ネット予約した際に、pdfファイルの切符が添付されていて、そのコピーを持参すれば、そのまま入館できるところもあるのですが、ジェノヴァは依然として旧態依然のままでした。


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郷に入っては郷に従えですが、郷に入っても郷に従いたくない性分です。


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これで、この日の予定していたことは大体やり終えました。


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引き返すことにしました。


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同じ道を通って帰るのは気が利かないけれど、ジェノヴァの最大の見所がガリバルディ通りなので、それは納得です。


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イタリアの雨男なので、何時も雨に恵まれます。


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10月、11月、2月、3月、4月に雨が多いと思います。


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Palazzo Angelo Giovanni Spinola
正面扉は閉まっていましたが、その左下の通用口が開いていました。


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図々しく中に入ってロビーのフレスコ画を見ました。


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ラッザーロ・タヴァローネ(ジェノヴァ、1556‐1640)のフレスコ画でしょうか?


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銀行なので早々に退散しました。


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写真右の建物も開いていました。


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中に入りました。


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見たのはロビーだけです。


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1536年から1544年に建設されたPalazzo della Meridiana、別名Palazzo Gerolamo Grimaldiです。


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傘を差さない人がいますが、小降りではありません。


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Palazzo Gio Carlo Brignoleの入り口のテラモンが有名です。
ジェノヴァの彫刻家フィリッポ・パロディ(ジェノヴァ、1630‐1702)によって1671年に制作されました。


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ジェノヴァの街歩きでは、建物や建物に施された装飾を見るのが楽しくなります。


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突き当りを左折します。


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大きな通りに出ました。


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Via Paolo Emilia Benson


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ・デル・ヴァスタート教会が開いていました。この教会は美術作品が豊富なので立ち寄らないわけにはいきません。


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1520年、それまで、この場所にあったサンタ・マリア・デル・プラート教会を取り壊し、その上にフランチェスコ会によって建設された教会ですが、途中、工事が何度も中断され、完成は18世紀になってからでした。


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新古典様式のファサードは、1830年から1840年頃にかけて建設された比較的新しいものです。


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三廊式、ラテン十字形、マニエリスム様式の内部です。


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左側廊


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身廊天井のフレスコ画は、ジョヴァンニ・アンドレア・アルサンド、ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ、ジョヴァンニ・カルロ―ネ、ヴァレリオ・カステッロ、ドメニコ・ピオラなど8人の画家によって描かれたそうですが、誰がどの部分を描いたのか、私には分かりません。


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ジョヴァンニ・アンドレア・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1598‐1669)の「アガルとイシマエル」


024
グリエルモ・カッチャ(モンタボーネ、1568‐モンカルヴォ、1625)の「羊飼いの礼拝と聖フランチェスコ」


025
ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「聖家族」


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「サント・スプリトの下降」


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ダニエーレ・クレスピ?の「聖ジョヴァンニ―ナ」


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アントン・マリア・ピオラ(ジェノヴァ、1654‐1715)の「聖母子と聖グレゴリオ・マーニョと聖オルソラ」


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「受胎告知」


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ジョヴァンニ・アンドレア・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1639‐1697)の「ご訪問」


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ストラーダ・ヌオーヴァ美術館で疲れてしまったので、適当なところで切り上げることにしました。


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主祭壇


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主祭壇左側壁のフレスコ画は、ジュリオ・ベンソ(ピエーヴェ・ディ・テーコ、1592‐1668)の「キリストの寺院への出現」


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主祭壇右側壁のフレスコ画はジュリオ・ベンソ(ピエーヴェ・ディ・テーコ、1592‐1668)の「教会博士たちとの問答」


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PP駅の方に向かってます。


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(つづく)

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ストラーダ・ヌオーヴァ美術館は3館あるので、流石に疲れました。


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1559年から1565年に建設されたポデスタ宮、別名Palazzo Nicolosio Lomellinoです。


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ポデスタ宮でルチアーノ・ボルツォーネ(ジェノヴァ、1570‐1645)の特別展が開催中でしたが、ストラーダ・ヌオーヴァ美術館で目が疲れたのでパスしました。
肖像画が得意だったルチアーノですが、75歳の老齢ながらジェノヴァの受胎告知教会マドンナ・デリ・アンジェリ礼拝堂のフレスコ画制作に注力しました。あと数筆を入れれば完成と言うときに、梯子から転落して死去してしまいました。


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ポデスタ宮天井の装飾です。


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外壁の装飾にマッチしてしています。


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Palazzoを一つ一つ見て行くと時間がいくらあっても足りません。
内部のフレスコ画やスタッコ彫刻など見所が沢山ありますが、非公開のPalazzoが多いので、その辺には注意が必要です。


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この時間では遅いと思いましたが、ダメもとで国立美術館に行ってみることにしました。


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ガリバルディ通りから一本奥の道に入りました。


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目立たない場所に建つスピノーラ宮です。


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1593年、フランチェスコ・グリマルディによって建設されたスピノーラ宮です。


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この建物に国立美術館Galleria Nazionale di Palazzo Spinolaがあります。


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開館中!


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入館しようと思いましたが時間切れでした。
国立美術館はガイド付きの決められた時間の入館制を採っており、この日の最終回受付は既に終了したとのことでした。閉館まで2時間あったので、ガイドなんかいらない、勝手に見たい、ガイドよりも俺の方が知っていると粘ったのですが、駄目の一点張りでした。


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切符売り場にあった、この墓碑だけはしっかり見ました。
15世紀後半のロンバルドの逸名彫刻家作「フランチェスコ・マリア・スピノーラの墓碑」


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国立美術館で見たかった作品はこれでした。
アントネッロ・ダ・メッシーナの「この人を見よ」


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イタリアで係員とやり取りしても、こちらの思う通りには絶対になりません。徒労に終わるだけです。
ダメなものはダメ、絶対にダメ。


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Palazzo Gentile


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相変わらずだのう。


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国立美術館の向かいにある建物です。


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16世紀に建設されたPalazzo di Pietro Spinola di San Luca


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小雨が降り続いてました。


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赤の宮殿はジェノヴァ市立図書館になってますが、図書館の入り口は裏通りにあります。


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この場所で街娼に声をかけられたのでビックリ仰天。


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危険を察知してガリバルディ通りに戻りました。


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1562年に建設されたPalazzo Baldassarre Lomellini


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1583年に建設されたPalazzo Giacomo e Lazzaro Spinola


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この建物には入ったことがありません。


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「Rolli」に掲載された邸宅が続きます。
1576年、ジェノヴァでは貴族の邸宅を賓客をもてなすために利用することが法制化されましたが、その対象となる邸宅リストをRolliと呼んだのです。


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1558年‐1576年に建設されたPalazzo Angelo Giovanni Spinola


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以前はドイツ銀行でしたが、今はアメリカン銀行となってます。


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中々先に進みません。


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Palazzo Franco Lercari(16世紀)


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Palazzo Tobia Pallavicini(16世紀)


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ガリバルディ通りの端に来ました。


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Palazzo Pantaleo Spinola(15世紀)


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Piazza delle Fontane Marone


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Palazzo Ayrolo Negrone(16世紀)


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突き当りを右折します。


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Palazzo Giacomo Spinola(15世紀)


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4月25日通りに入りました。


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(つづく)

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金属製の容器などが展示されている部屋です。


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トゥルシ宮内の博物館の案内が金属製容器を展示する部屋にありました。これを置くのは第22室がベストと思いました。
展示室番号は白の宮殿からの継続として表示されているようです。


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訪問者のことなんぞは、あまり考えてないからでしょう。


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この部屋から絵画の展示になります。


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ドメニコ・パロディ(ジェノヴァ、1668‐1740)の「高貴な女性の肖像」


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バルトロメオ・グイドボーノ(サヴォーナ、1654‐トリノ、1709)の「アガルの絶縁」


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バルトロメオ・グイドボーノ(サヴォーナ、1654‐トリノ、1709)の「聖マルゲリータの幻視」


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グレゴリオ・デ・フェラーリ(ポルト・マウリツィオ、1647‐ジェノヴァ、1709)の「砂漠の聖ジローラモ」


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グレゴリオ・デ・フェラーリ(ポルト・マウリツィオ、1647‐ジェノヴァ、1709)の「砂漠の聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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グレゴリオ・デ・フェラーリ(ポルト・マウリツィオ、1647‐ジェノヴァ、1709)の「井戸のサマリア女」


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グレゴリオ・デ・フェラーリ(ポルト・マウリツィオ、1647‐ジェノヴァ、1709)の「我に触れるな」


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ロレンツォ・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1680‐1744)の「トビアスと天使」
ロレンツォ・デ・フェラーリは、グレゴリオ・デ・フェラーリを父に、ドメニコ・ピオラの娘マルゲリータ・ピオラを母に持つ、画家の良血です。


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グレゴリオ・デ・フェラーリ(ポルト・マウリツィオ、1647‐ジェノヴァ、1709)の「モーゼの奇跡」


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グレゴリオ・デ・フェラーリ(ポルト・マウリツィオ、1647‐ジェノヴァ、1709)の「エジプトへの逃避途中の休息」


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次の部屋です。


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第23室です。


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ジョヴァンニ・マリア・デッレピアーネ通称イル・ムリナレット(ジェノヴァ、1660‐モンティチェッリ・ドンジーナ、1745)の「ジェノヴァ総督フランチェスコ・マリア・インぺリアーレの肖像」


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ドメニコ・パロディ(ジェノヴァ、1668‐1740)の「高貴な女性の肖像」


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アレッサンドロ・マニャースコ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「兵士」


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アレッサンドロ・マニャースコ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「兵士」


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アレッサンドロ・マニャースコ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「ゲッセマネ園のキリスト」


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アレッサンドロ・マニャースコ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「法悦の聖フランチェスコ」


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アレッサンドロ・マニャースコ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「高貴な男の肖像」


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ジョヴァンニ・マリア・デッレピアーネ通称イル・ムリナレット(ジェノヴァ、1660‐モンティチェッリ・ドンジーナ、1745)の「赤い服を着た男の肖像」


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アレッサンドロ・マニャースコ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「奇行」


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アレッサンドロ・マニャースコ(ジェノヴァ、1667‐1749)の「奇行」


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アントン・フォン・マロン(ウィーン、1733‐ローマ、1806)の「ジェノヴァ共和国総督のミケランジェロ・カンビアーソの肖像」(1792)


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アントン・フォン・マロン(ウィーン、1733‐ローマ、1806)の「アンナ・ピエーリ・ブリニョーレ=サーレの肖像」


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ヘンドリック・フランス・ヴァン・リント(アンヴェルサ、1694‐ローマ、1762)の「風景」


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カルロ・アントニオ・タヴェッラ(ミラノ、1668‐ジェノヴァ、1738)の「風景」


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カルロ・アントニオ・タヴェッラ(ミラノ、1668‐ジェノヴァ、1738)の「風景」


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ジャン=バティスト・ティアチェ(フランス、ルーアン、1737‐フィレンツェ?、1790)の「ティヴォリの滝」


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二コラ・ランクレ(パリ、1690‐1743)の「庭園のダンス」


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ミケーレ・プランケール(パルマ、1796‐1848)の「テミストクレス(紀元前6‐5世紀のアテネの政治家・軍人)の説得」


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フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1709‐1769)の「画家・彫刻家・建築家」


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ジョヴァンニ・ダヴィド(カベッラ・リグーレ、、1743‐ジェノヴァ、1790)に帰属する「カフェの女の肖像」


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外に出ました。
(おわり)

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次はタペストリの間です。


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トゥルシ宮の展示内容は博物館でしょうね。


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床の装飾


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タペストリのテーマはアレキサンダー大王の逸話です。


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17世紀中頃にブリュッセルで織られたそうです。


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ルーベンスの追随画家によってタペストリの原画が描かれたそうです。


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タペストリの饐えたような臭いが気になります。


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天井と壁に施された豪華な装飾が見ものです。


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次はリグーリア・セラミックの展示です。


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陶器は博物館の定番ともいえる展示です。


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絵画や彫刻と違い、陶器は同じようなものを幾つも製造可能な再現性に勝るので、芸術品として見た場合、その価値はどうなんだろうと思います。


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沢山あります。


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イタリアの博物館に少なからず行ってますが、陶器類の展示を熱心に見ている人を見かけたことがありません。


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楽器類の展示は人気が高いと思います。


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薬草から薬にする過程の展示です。


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次はメダルやコインの展示室です。


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ローマ時代から19世紀までの2000年以上の間に造られたコインやメダルがほぼ時代順に展示されてます。


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金貨が少ない。


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コインの展示が膨大です。


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まだまだ続きます。


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貨幣やコインが好きなので、熱心に見ました。


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(つづく)

ストラーダ・ヌオーヴァ美術館の最後は、ドリア・トゥルシ宮、または単にトゥルシ宮です。
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ドリア・トゥルシ宮、またはトゥルシ宮は、後になっての名称です。
ジェノヴァ貴族のニッコロ・グリマルディの注文によって、ジェノヴァの建築家だったドメニコとジョヴァンニのポンツェッロ兄弟の設計及び建築工事監督によって、1565年に完成した建物です。
そのため、Palazzo di Nicolo Grimardiが建築当時からの名称で、現在でも、そのように呼ばれることがあります。


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1597年、この建物はジョヴァンニ・アンドレア・ドリアに売却され、ドリア家邸宅となりましたが、その後、更にカルロ・トゥルシ公爵に売却され、トゥルシ家の所有となりました。
ドリア家、トゥルシ家の所有だったので、ドリア・トゥルシ宮と呼ばれるようになりました。


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1848年、建物はトゥルシ家によってジェノヴァ市当局に売却されました。民間最後の所有者がトゥルシ家だったので、単にトゥルシ宮と称されることになりました。


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建物を所有することになったジェノヴァ市は、1848年から市庁舎として使用を開始し、現在も市庁舎となってます。


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2004年、市庁舎内にストラーダ・ヌオーヴァ美術館の一部が置かれるようになりました。


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市庁舎の入り口からトゥルシ宮に入りました。


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Museoとして公開されている1階(日本の2階)に向かいます。


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トゥルシ宮内のMuseoは、白の宮殿からも入ることが出来ます。


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最初にトゥルシ宮を見てから白の宮殿に行くのが良いか、その逆に白の宮殿からトゥルシ宮に行くかは、自分の好みで決めるよりありません。
美術ファンは白の宮殿から回ることをお勧めします。パガニーニ好きの方は断然トゥルシ宮を先にすべきでしょう。


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白の宮殿1階の庭園からトゥルシ宮に行くこと出来ます。


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白の宮殿の庭と接しているのがトゥルシ宮です。


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この彫刻に向かって右側に出入り口があります。


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開いている所がトゥルシ宮への入り口です。
この時は誰もいませんでしたが、入り口付近に係員がいることが多いので、迷うことはないと思います。


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トゥルシ宮の中庭回廊に出ました。


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写真正面の階段を上ります。


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Museoへの行き方を示す赤の表示があります。


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赤の矢印に従って進みます。


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1階(日本の2階)に出ました。


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部屋が沢山ありますが、赤の矢印がない部屋に入るのは避けるのが無難です。


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壁一杯フレスコ画で覆われた部屋がありますが、通常非公開です。


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最初の部屋は「パガニーニの部屋」です。トゥルシ宮のMuseoは美術館ではなく博物館と訳した方が良いと思います。
ニッコロ・パガニーニ(ジェノヴァ、1782‐ニース、1840)の所有したヴァイオリンや彼が作曲した楽譜、彼所縁の品々を展示する部屋です。
パガニーニはヴァイオリン演奏の超絶技法で悪魔とまで言われたヴァイオリン演奏家です。勿論、作曲家としても有名ですが。


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バルトロメオ・ジュゼッペ・グアルネーリ通称イル・ジェズが1743年に制作したヴァイオリンです。「カノン」と呼ばれてます。
パガニーニが愛用したヴァイオリンです。


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1802年、賭博に目がなかったパガニーニですが、その日は負け続けで、所持金全部ばかりか、演奏会で使用する予定のヴァイオリンまで賭博のために換金したものの、全て取られてしまって、演奏会で演奏するヴァイオンがないと言う状態に陥ってしまいました。


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困っていたパガニーニに対して、それを知った「カノン」の所有者は「このヴァイオリンを演奏会で使用したらどうか」と申し入れ、パガニーニはその申し出を受け入れ、「カノン」で演奏会に臨み、大成功を収めたのです。
「カノン」の所有者は、パガニーニが一生「カノン」を使用することを条件に「カノン」をパガニーニに寄贈したのです。
「カノン」という名称は、そのヴァイオリンが奏でる音の大きさに感心したパガニーニが名付けたとされてます。
「カノン」は、パガニーニの遺言によって、1851年、ジェノヴァ市に寄贈されました。


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バルトロメオ・ジュゼッペ・グアルネーリ通称イル・ジェズはクレモナの名工です。
クレモナのヴィオリーナ博物館に彼の作品が展示されてます。


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シェリング、クライスラー、ハイフェッツなどがイル・ジェズのヴァイオリンを愛用しました。


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以上3枚の写真はクレモナのヴィオリーナ博物館で撮りました。


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パガニーニが愛用したヴァイオリンがもう一つ展示されてます。


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フランスのヴァイオリン名工によって制作されたヴァイオリンです。
このヴァイオリンは、パガニーニの遺言によって、パガニーニの弟子カミッロ・シヴォーリに遺贈されましたが、カミッロの死後に、カミッロの遺族によってジェノヴァ市に寄贈されました。


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パガニーニ夫人像?
この彫像がこの部屋にある理由が分からないし、誰の彫像なのかさえも分かりません。


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パガニーニゆかりの品々


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床の装飾
(つづく)

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次の部屋です。


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ドメニコ・ピオラの作品が並んでいる第21室です。


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1628‐1703)の「聖マリア・マッダレーナ」


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1628‐1703)の「古き良き時代を強制するアテナイオン」


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1628‐1703)の「アレッサンドロの寛容」


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1628‐1703)とアントン・マリア・ピオラ(ジェノヴァ、1654‐1715)の「エジプトへの逃避途中の休息」
アントン・マリア・ピオラはドメニコ・ピオラの息子ですが、その技量は父には遠く及びませんでした。


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1628‐1703)の「ホルタのベアート・サルヴァトーレの奇跡」


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ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1628‐1703)の「ジェノヴァのサン・ルーカ教会クーポラのフレスコ画の下絵(聖母戴冠)」


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次はパオロ・ジローラモ・ピオラの作品が並ぶ第22室です。


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「慈悲の寓意」
パオロ・ジローラモ・ピオラはドメニコ・ピオラの息子です。ドメニコ・ピオラには8人の子供がいましたが、画業を志した息子のうち、最も優れていたのがパオロ・ジローラモです。老いてしまった父に代わり、17世紀末以降のジェノヴァ画壇の中心はパオロ・ジローラモ・ピオラとなりました。


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「川の神」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「アイネイアースに出現するヴィーナス」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「アポロとムーサ」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「発明」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「模倣」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「信義と賢明」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)に帰属する「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「アグネスを見よ」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「悔悛と潔白」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「エジプトへの逃避途中の休息」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「エステルとアハシュエロス(エステルの夫)」


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パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)の「ディアーナ(月の女神)とエンデュミオーン(ギリシャ神話に出てきます)」


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ドメニコ・プリーゴ(フィレンツェ、1492‐1527)の「クレオパトラ」


P1880499
ドメニコ・アルファーニ(ペルージャ、1480c‐1553以降没)の「男の肖像」


P1880502
ジョルジョ・ヴァザーリ(アレッツォ、1511‐フィレンツェ、1574)の「フィレンツェの男の肖像」


P1880505
展示は以上で終わりです。


P1880504
次はトゥルシ宮です。
トゥルシ宮に続きます。白の宮殿はこれで終わりです。

P1880361
次の部屋です。


P1880360
第19室には、オランダ黄金時代の画家たちの作品が展示されてます。
オランダ絵画の質は高いのですが、驚くことに、1640年から1660年の20年間だけで、オランダだけで130万点以上の絵画が制作されたのです。当然、供給過剰となり、作品の質に対する正当な報酬は期待薄で、多くの画家たちは貧困に喘いだのです。


P1880363
ウィレム・ヴァン・ミエリス(オランダ、ライデン、1662‐1747)の「貴重の認識」


P1880366
ヤン・ステーン(オランダ、ライデン、1626c‐1679)の「復活祭の花」


P1880369
ヤン・ステーン(オランダ、ライデン、1626c‐1679)の「居酒屋」


P1880371
アールト・ファン・デア・ネール(アムステルダム、1603‐1677)の「風景画」


P1880374
ヤーコブ・ファン・ロイスダール(ハールレム、1628c‐1682)の「風景画」


P1880377
ニコラス・マース(オランダ、ドルトレヒト、1634‐アムステルダム、1693)の「男の肖像」


P1880380
ヨース・デ・モンペル(アンヴェルサ、1584‐1635)の「モンターニャの風景」


P1880382
ダフィット・テニールス・イル・ジョーヴァネ(アンヴェルサ、1610‐ブリュッセル、1690)の「用心棒」


P1880386
コルネリス・デ・ワール(アンヴェルサ、1592‐ローマ、1667)の「兵士たちの野営」


P1880389
ヤン・ヴィルデンス(アンヴェルサ、1586‐1653)とコルネリス・デ・ワール(アンヴェルサ、1592‐ローマ、1667)の「街路樹のある風景」


P1880392
コルネリス・デ・ワール(アンヴェルサ、1592‐ローマ、1667)の「病人の診察」


P1880395
ルーカス・デ・ワール(アンヴェルサ、1591‐1661)の「乞食」


P1880398
コルネリス・デ・ワール(アンヴェルサ、1592‐ローマ、1667)の「囚人の診察」


P1880401
次の部屋です。


P1880400
第20室


P1880402
主にヴァレリオ・カステッロの作品が展示されてます。


P1880403
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「Mose' Bambino e La Prova dei Carboni Ardenti」
モーゼについては興味がないので、何が描かれているのか分かりません。


P1880407
ステファノ・マニャースコ(ジェノヴァ、1635‐1672)の「マギの礼拝」
ステファノ・マニャースコの代表作と言われている傑作です。


P1880410
ステファノ・マニャースコ(ジェノヴァ、1635‐1672)の「聖家族と天使たち」


P1880413
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「シモーネ邸の饗宴」


P1880417
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「ダヴィデ」


P1880420
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「ヴェールの聖母」


P1880424
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「フランスの聖ルイ9世の施し」


P1880427
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「聖ロレンツォの殉教」


P1880431
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「聖ズィータの奇跡」


P1880435
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「エジプトへの逃避」


P1880513
少し疲れたので、庭園に出て一休みしました。


P1880507
向かいにある赤の宮殿


P1880506
(つづく)

P1880238
次の部屋です。


P1880237
第15室になります。


P1880239


P1880241
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(セヴィリア、1618‐1682)の「エジプトへの逃避」
甘美な聖母が印象的なムリーリョですが、修道院のフレスコ画制作中に梯子から墜落して死去しました。


P1880246
フランシスコ・デ・スルバラン(スペイン、フェンテ・デ・カントス、1598‐マドリッド、1664)の「聖ボナヴェントゥーラの臨終聖餐」


P1880249
フランシスコ・デ・スルバラン(スペイン、フェンテ・デ・カントス、1598‐マドリッド、1664)の「聖エウフェミア」


P1880252
フランシスコ・デ・スルバラン(スペイン、フェンテ・デ・カントス、1598‐マドリッド、1664)の「聖オルソーラ」
これは有名な作品です。


P1880256
ジュゼペ・デ・リベラ(スペイン、シャティバ、1591‐ナポリ、1652)と協力者による「天使から認可を受ける聖フランチェスコ」 


P1880259
次の部屋です。革製の椅子の座り心地が良いので、寛いで鑑賞できます。


P1880258
第16室
白の宮殿は、北方画家たちの作品が充実しているのが特徴です。


P1880261
ヨース・ファン・クレーフェ(アンヴェルサ、1485c‐1540)の「聖母子」
ヨース・ファン・クレーフェの代表作の一つです。


P1880265
Maestro di San Giovanni Evangelistaの「最後の晩餐」(15世紀末)
ジェノヴァの受胎告知教会にあった祭壇画です。1882年に取り外されて白の宮殿で展示されるようになりました。


P1880269
Maestro di San Giovanni Evangelistaの「聖コッパ・アッヴェレナータの奇跡」(15世紀末)
この作品もジェノヴァの受胎告知教会にありましたが、1882年に取り外されて、白の宮殿に置かれるようになりました。
次の2つの作品、「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと天使」と「聖ドルンアーナの復活」も同じで、ジェノヴァの受胎告知教会から白の宮殿に、1882年に移されました。


P1880272
Maestro di San Giovanni Evangelistaの「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと天使」


P1880275
Maestro di San Giovanni Evangelistaの「聖ドルンアーナの復活」(15世紀末)


P1880279
ヤン・プロヴォスト(ベルギー、モンス、1465‐ブルッヘ、1529)の「受胎告知」


P1880283
ヤン・プロヴォスト(ベルギー、モンス、1465‐ブルッヘ、1529)の「ウンゲリアの聖エリザベッタ」


P1880286
ヤン・プロヴォスト(ベルギー、モンス、1465‐ブルッヘ、1529)の「聖ピエトロ」


P1880288
ヘラルト・ダヴィド(オランダ、アウデクーテル、1460c‐ベルギー、ブルッヘ、1523)の「チェルヴァーラのポリッティコ」


P1880290
磔刑


P1880293
聖母子


P1880295
聖ジローラモ


P1880298
聖ベネデット


P1880301
ハンス・メムリンク(ドイツ、ゼ―リンゲンシュタット、1435/1440-ベルギー、ブルッヘ、1494)の「祈るキリスト」


P1880311
次の部屋です。


P1880310
第17室


P1880312
ヤン・ファン・スコーレル(オランダ、スコーレル、1495-オランダ、ユトレヒト、1592)の「聖家族」


P1880316
16世紀のフランドルの逸名画家作「ラファエロ作『ヴェロの聖母』のコピー画」


P1880319
ヤン・マサイス(アンヴェルサ、1509c-1575c)の「聖母子」


P1880322
小さな肖像画


P1880324
コルネイユ・デ・リオン(オランダ、デン・ハーグ、1500-フランス、リオン、1575)の「男の肖像」


P1880327
ヤン・マサイス(アンヴェルサ、1509c-1575c)の「La Carita」


P1880330
ピーテル・アールツェン(アムステルダム、1508-1575)の「女料理人」(1559)


P1880333
ヨアヒム・ブーケラ―ル(アンヴェルサ、1533c-1574c)の「市場」


P1880336
ピーテル・クック・ファン・アールスト(ベルギー、アールスト、1502-ブリュッセル、1550)の「マギの礼拝と受胎告知とエジプトへの逃避途中の休息のトリッティコ」


P1880340
次の部屋です。


P1880339
第18室


P1880342
ジャコモ・レージ(リエージ?、1600c-ミラノ、1640)の「市場」


P1880345
ヤン・ルース(アンヴェルサ、1591-ジェノヴァ、1638)の「果物と野菜の静物画」


P1880348
ヤン・ルース(アンヴェルサ、1591-ジェノヴァ、1638)の「シーレーノス(森の神)の収穫」


P1880352
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599-ロンドン、1641)の「ヴェルトゥム(豊穣の神)とポモーナ」


P1880355
ピーテル・パウル・ルーベンス(ドイツ、ジーゲン、1577-アンヴェルサ、1640)の「ヴィーナスとマルス」


P1880358
ギリアム・ヴァン・デイネン(アンヴェルサ、1575-ブリュッセル、1618以降没)の「ジェノヴァの貴婦人の肖像」
(つづく)

P1880120
次の部屋です。


P1880121
第10室は廊下です。


P1880122
ジュリオ・ベンソ(ピエーヴェ・ディ・テーコ、1592‐1668)の「カルヴァリオへの上り」


P1880126
ジュリオ・ベンソ(ピエーヴェ・ディ・テーコ、1592‐1668)の「キリストのエルサレム入城」


P1880129
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐1680)の「聖シーロとバジリスク(蛇の王とされる架空の動物)」


P1880131
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603‐1680)の「聖シーロとバジリスク」


P1880135
次の部屋です。


P1880134
第11室


P1880137
ジョヴァンニ・アンドレア・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1598‐1669)の「公正の寓意」


P1880140
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「聖ヴァレリアーノと聖ティブルツィオの首を持つ聖チェチリア」
ベルナルドが描く、独特の女性の顔です。少しアホ気に見える?


P1880143
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「天上の聖テレーザ」


P1880146
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「悔悛の聖マリア・マッダレーナ」


P1880150
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「音楽」
例の表情、顔つきです。


P1880154
ジョヴァンニ・アンドレア・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1598‐1669)の「音楽の寓意」


P1880157
ジョヴァンニ・アンドレア・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1598‐1669)の「聖母子と聖人たち(聖フランチェスコ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖カルロ・ボッロメオ、特定できない聖人)」
私にはアレッサンドリアの聖カテリーナが描かれているのか、よく分かりません。


P1880159
シニバルド・スコルツァ(ヴォルタッジョ、1589‐ジェノヴァ、1631)の「風景画」


P1880162
シニバルド・スコルツァ(ヴォルタッジョ、1589‐ジェノヴァ、1631)の「羊飼い」


P1880164
アントニオ・トラーヴィ通称イル・セストーリ(セストーリ・ポネンテ、1608‐1665)の「井戸のレベッカ」


P1880167
アントニオ・トラーヴィ通称イル・セストーリ(セストーリ・ポネンテ、1608‐1665)の「猟師がいる廃墟の風景」


P1880169
アントニオ・トラーヴィ通称イル・セストーリ(セストーリ・ポネンテ、1608‐1665)の「羊飼いの礼拝」


P1880172
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1608/1610-マントヴァ,1663/1665)の「ノエの犠牲」


P1880174
アントン・マリア・ヴァッサッーロ(ジェノヴァ、1617/1618-ミラノ、1660)の「エジプトへの逃避」


P1880176
アントン・マリア・ヴァッサッーロ(ジェノヴァ、1617/1618-ミラノ、1660)の「神話のシーン」


P1880183
次は第12室です。


P1880185
ジョアッキーノ・アッセレート(ジェノヴァ、1600-1649)の「聖ステファノの殉教」


P1880188
ジョアッキーノ・アッセレート(ジェノヴァ、1600-1649)の「燃える髪のセルウィウス・トゥッリウス」
セルウィウス・トゥッリウスは王政ローマ時代の第6代王で、燃える髪の伝説があります。


P1880191
ジョアッキーノ・アッセレート(ジェノヴァ、1600-1649)の「荊刑のキリスト」


P1880194
ジョアッキーノ・アッセレート(ジェノヴァ、1600-1649)の「聖フランチェスコと音楽天使」


P1880196
ジョアッキーノ・アッセレート(ジェノヴァ、1600-1649)の「小カト―の自死」
マルクス・ポルキウス・カトー・ウティケンシス(紀元前95-紀元前46)は、元老院派の中心人物で、反元老院のカエサルの政敵でした。
有名な紀元前46年のタプススの戦いによって、元老院派はカエサル軍に敗れ、勝利したカエサルは小カト―に降伏を迫りましたが、小カト―はこれを拒否して刀剣を自分の身体に突き刺しました。それを見ていた小カト―の奴隷は、小カト―を介抱し医者を呼んで傷口を縫合させますが、やがて一人になった小カト―は傷口を開いて、腸を引き出して自死したのです。
絵画の鑑賞は、その絵画が意味することを知ることが前提となります。


P1880200
ジョアッキーノ・アッセレート(ジェノヴァ、1600-1649)の「法悦の聖フランチェスコ」


P1880203
シルヴェストロ・キエーザ(ジェノヴァ、1623-1657)の「ライ病の子供を治すベアート・ジョアッキーノ・ピッコロミーニ」


P1880209
次の部屋です。


P1880178
第14室になります。
西洋では13は忌避されている数字のせいでしょうか、第13室が欠番になっている博物館、美術館、ホテルなどがあります。白の宮殿美術館では第13室が見当たりません。


P1880179
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1608/1610-マントヴァ、1663/1665)の「動物の習作」


P1880181
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1608/1610-マントヴァ、1663/1665)の「動物の習作」


P1880211
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603-パロディ・リグーレ、1683/1684)の「トビアスの魚」


P1880214
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603-パロディ・リグーレ、1683/1684)の「音楽天使」


P1880217
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603-パロディ・リグーレ、1683/1684)の「天上の聖女たち」


P1880220
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルローネ(ジェノヴァ、1603-パロディ・リグーレ、1683/1684)の「父タビトの目を治すトビアス」


P1880223
アントン・マリア・ヴァッサッーロ(ジェノヴァ、1617/1618-ミラノ、1660)の「悔悛の聖マリア・マッダレーナ」


P1880226
オラツィオ・デ・フェラーリ(ヴォルトリ、1605-ジェノヴァ、1657)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」


P1880229
オラツィオ・デ・フェラーリ(ヴォルトリ、1605-ジェノヴァ、1657)の「盲人の治療」


P1880232
オラツィオ・デ・フェラーリ(ヴォルトリ、1605-ジェノヴァ、1657)の「キリストと姦通女」


P1880235
アントン・マリア・ヴァッサッーロ(ジェノヴァ、1617/1618-ミラノ、1660)の「静物画」
(つづく)

P1880033
次は白の宮殿です。


P1880721
白の宮殿は、道路を挟んで、赤の宮殿の斜め向かいにあります。


P1880763
10年ほど前は、もう少し白かったと思いますが、この辺は修復の際の外壁の磨き方と関係があるのかも知れません。
白の宮殿は、1530年から1540年にかけて、ジェノヴァ有数の貴族だったルーカ・グリマルディによって建設された邸宅です。
その後、1658年と1711年に、所有者が変わりました。


P1880025
この絵画は、マッテオ・ピカッソによって描かれた「マリーア・ブリニョーレ=サーレ・ダ・フェラーリ(ジェノヴァ、1811‐パリ、1888)の肖像」(1829)ですが、マリーアはブリニョーレ=サーレ公爵夫人で、同家最後の相続人でした。マリーアは赤の宮殿で生まれました。
マリーアの遺言によって、マリアの死後、白の宮殿と宮殿にあった全てのものがジェノヴァ市当局に遺贈されました。
なお、マリーアの肖像画は赤の宮殿にあります。また、赤の宮殿と宮殿内にあったものは、マリーアによって生前にジェノヴァ市当局に寄贈されたのです。


P1870440
1892年、白の宮殿は美術館として一般公開されるようになりました。
白の宮殿美術館は通称で、正式名称はGalleria di Brignole-Sale de Ferrariと言います。


P1870439
ストラーダ・ヌオーヴァ美術館は、赤の宮殿、白の宮殿、トゥルシ宮の3つから成りますが、展示されている作品の質と言う点では、この白の宮殿が最も勝ると思います。


P1880038
入館しました。
ピエッレ・フランクゥエヴィッレ通称ピエトロ・フランカヴィッラ(フランス・カンブレ―、1553‐パリ、1615)の「ユピテル」


P1880040
詳細不明


P1880042
最初の展示室にある作品です。
ランベルト・サストリス(アムステルダム、1515c‐1584)の「ピエタと天使たち」


P1880045
パオロ・カリアーリ通称イル・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「磔刑」


P1880048
次の展示室に移動しました。


P1880047
部屋によって、このような表示があります。展示室番号の表示はあったりなかったりです。


P1880050
ヤコポ・ニグレティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548‐1628)の「キリストとサマリア女」


P1880053
ヤコポ・ニグレティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548‐1628)の「キリストと姦通女」


P1880056
パオロ・カリアーリ通称パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「スザンナの水浴」


P1880058
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498‐1554)の「聖母子」
作品を一瞥しただけでモレットの作品と分かります。モレットらしさ?が非常に出ています。


P1880063
次の部屋です。


P1880062
第8室になります。
この部屋まで7つの部屋があったとは思えません。恐らく5室ほど閉鎖されていたのではないでしょうか?


P1880064
カラヴァッジョの作品が目立ちます。


P1880067
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ通称イル・カラヴァッジョ(ミラノ、1571‐ポルト・エルコレ、1610)の「この人を見よ」


P1880065
日本に来ていましたね。


P1880072
ピエル・フランチェスコ・マッツゥッケッリ通称モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573‐ピアチェンツァ?、1626)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」


P1880077
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574‐ミラノ、1625)の「砂漠の聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P1880080
ジョヴァン・バッティスタ・クレスピ通称イル・チェラーノ(チェラーノ、1565/1570-ミラノ、1632)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」


P1880087
ヘンデリック・ファン・ソマー(ベルギー・ローケレン、1607-ナポリ、1656)の「聖ジローラモ」


P1880091
ルチアーノ・ボルツォーネ(ジェノヴァ、1590-1645)の「キリストの洗礼」


P1880094
マティアス・ストーマ―(オランダ・アメルスフォールト、1600-シチリア、1655没)の「サロメ」


P1880098
ジュゼッペ・ヴェルミーリオ(アレッサンドリア、1585c-1635c)の「イサクの犠牲」


P1880100
次の部屋に、このような説明プレートがありますが、展示されているのは1作品だけです。


P1880102
ルーカ・カンビアーソ(モネーリア、1527-エル・エスコリアル、1585)の「父の肖像画を描く自画像」


P1880104
1階(日本の2階)の展示が終わりです。


P1880105
一旦、1階のテラスに出て一休みしました。小雨が止んでいました。


P1880106
道路を挟んで、向かいに建つ赤の宮殿です。


P1880108
2階(日本の3階)の展示室に向かいました。


P1880109
階段の先にフィリッピーノ・リッピの作品が見えます。


P1880111
フィリッピーノ・リッピ(プラート、1457-フィレンツェ、1504)の「フランチェスコ・ロメッリーニの祭壇画」


P1880112
聖母子と2天使


P1880114
聖セバスティアーノと聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖フランチェスコ


P1880116


P1880118


P1880119
(つづく)

P1870945
次の部屋です。絵画作品の展示がありません。


P1870943
第22室になります。


P1870946
天井のフレスコ画は地元ジェノヴァの画家ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)によって描かれました。


P1870944
この銘板が助かります。


P1870947
次は第23室と表記されてますが、ベランダの通路です。


P1870949
見所は、パオロ・ジローラモ・ピオラ(ジェノヴァ、1666‐1724)によって描かれたフレスコ画です。


P1870948
パオロ・ジローラモ・ピオラはドメニコ・ピオラの息子です。


P1870953
次の部屋です。


P1870950
第24室になります。


P1870952
天井のフレスコ画は、ジョヴァンニ・アンドレア・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1639‐1697)によって描かれました。


P1870954
壁のフレスコ画は、インぺリアーレ・ボッティーノ(ポルト・マウリツィオ、1689‐1725活動)によって描かれました。


P1870955
壁の油彩画はジョヴァンニ・アンドレア・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1639‐1697)の作品ですが、画題が分かりません。


P1870956
壁の油彩画はジョヴァンニ・アンドレア・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1639‐1697)の作品(画題不明)


P1870958
赤の宮殿内の礼拝堂です。


P1870959
礼拝堂のフレスコ画はドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)によって描かれました。


P1870970
次の部屋です。部屋番号が表示されてません。


P1870960
ジョヴァンニ・バッティスタ・キアッペ(ノーヴィ・リグーレ、1721 o 1722-1766)の「リドルフォ・ブリニョーレ=サーレの肖像」
リドルフォは、1762年から1764年までジェノヴァ総督を務めました。


P1870962
カルロ・アントニオ・タヴェッラ(ミラノ、1668‐ジェノヴァ、1738)の「グロッポーリの風景」


P1870964
ヤコポ・アントニオ・ボーニ(ボローニャ、1688‐ジェノヴァ、1766)の「ジョヴァンニ・フランチェスコ・ブリニョーレ=サーレの肖像」
ジョヴァンニ・フランチェスコは、1635年から1637年までジェノヴァ総督の地位にありました。


P1870968
ヤコポ・アントニオ・ボーニ(ボローニャ、1688‐ジェノヴァ、1766)の「ジョヴァンニ・フランチェスコ2世・ブリニョーレ=サーレの肖像」
ジョヴァンニ・フランチェスコ2世は、1746年から1748年までジェノヴァ総督でした。


P1870972
16世紀のヴェネトの逸名画家作「悔悛の聖マリア・マッダレーナ」


P1870975
ヴェネツィアの逸名画家作「紳士の肖像」(16世紀末‐17世紀初頭)


P1870978
ヴェネツィア派逸名画家作「聖会話」(16世紀末‐17世紀初頭)


P1870981
17世紀のフランスの逸名画家作「悔悛の聖マリア・マッダレーナ」


P1870985
ヴァレンティン・ルフェーブル(ブリュッセル、1642‐1680c)に帰属する「聖ジュスティーナの殉教」


P1870989
18世紀の逸名画家作「レオナルド・ダ・ヴィンチ作『聖ジョヴァンニ・バッティスタ』の複製画」


P1870991
ラッザーロ・カルヴィ(ジェノヴァ、1512‐1587?)の「聖母子と聖フランチェスコ」


P1870995
ベルナルド・カステッロ(ジェノヴァ、1557‐1629)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


P1870999
チェーザレ・コルテ(ジェノヴァ、1550‐1613)の「聖母子」


P1880003
ウスタシュ・ル・スュール(パリ、1617‐1655)の「魚の肝を焼くトビアス」


P1880006
カルロ・アントニオ・タヴェッラ(ミラノ、1668‐ジェノヴァ、1738)の「池と森がある風景」


P1880009
カルロ・アントニオ・タヴェッラ(ミラノ、1668‐ジェノヴァ、1738)の「湖の風景」


P1880011
シジスモンド・ベッティ(フィレンツェ、1699‐1765)の「リドルフォ・ブリニョーレ=サーレの肖像」(1739)


P1880014
アントン・フォン・マロン(ウィーン、1733‐ローマ、1808)の「アンナ・ピエーリ・ブリニョーレ=サーレの肖像」(1792)


P1880017
カルロ・アントニオ・タヴェッラ(ミラノ、1668‐ジェノヴァ、1738)の「田園の風景」


P1880019
シジスモンド・ベッティ(フィレンツェ、1699‐1765)の「ベッリ―ナ・ロメッリーニ・ブリニョーレ=サーレの肖像」(1739)


P1880021
アントン・フォン・マロン(ウィーン、1733‐ローマ、1808)の「駐イタリアのスェーデン大使ゲオルグ・ワンゲルの肖像」(1792)


P1880023
第29室の展示は1作品だけです。


P1880025
マッテオ・ピカッソ(レッコ、1794‐ジェノヴァ、1879)の「マリーア・ブリニョーレ=サーレ・デ・フェラーリの肖像」(1829)


P1880027
以上で終わりです。
グイド・レーニ、グエルチーノのボローニャ派絵画が良いと思いました。


P1880029
外に出て、白の宮殿に向かいました。
これで赤の宮殿を終わり、白の宮殿に続きます。

第33室の続きです。
P1870857
トマーゾ・オルソリーノ(ランポニオ、1587?‐ジェノヴァ、1675)の「イルカとプット」


P1870859
詳細不明の燭台


P1870861
詳細不明


P1870863
詳細不明


P1870864
トマーゾ・オルソリーノ(ランポニオ、1587?‐ジェノヴァ、1675)の「イルカとプット」


P1870869
次の部屋です。


P1870866
第33室の隣が第19室なので、当惑しました。


P1870868
天井のフレスコ画はグレゴリオ・デ・フェラーリ(ポルト・マウリツィオ、1647‐ジェノヴァ、1726)によって制作されました。


P1870873


P1870867


P1870871
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599‐ロンドン、1641)の「十字架を担ぐキリスト」


P1870875
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599‐ロンドン、1641)の「アントン・ジュリオ・ブリニョーレ=サーレの肖像」(1627)



P1870878
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599‐ロンドン、1641)の「パオラ・アドルノ・ブリニョーレ=サーレの肖像」(1627)


P1870880
次の部屋に移動しました。この部屋で始めて入館者を見かけることが出来ました。
展示室番号が未表示でしたが、この部屋の隣両室が第19室、第21室なので、この部屋は第20室と判断するのが至当でしょう。


P1870881
天井のフレスコ画はグレゴリオ・デ・フェラーリ(ポルト・マウリツィオ、1647‐ジェノヴァ、1726)の作品です。


P1870883
グレゴリオ・デ・フェラーリ(ポルト・マウリツィオ、1647‐ジェノヴァ、1726)の「天上フレスコの下絵」


P1870886
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599‐ロンドン、1641)の「ジェロニーマ・サーレ=ブリニョーレとその娘アウレリアの肖像」(1627)


P1870889
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599‐ロンドン、1641)の「モネタのキリスト」


P1870891
詳細不明


P1870893
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599‐ロンドン、1641)の「プッチ家の紳士とその息子の肖像」


P1870896
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599‐ロンドン、1641)の「フィリッポ・スピノーラ・ディ・タッサローロの肖像」


P1870900
次の部屋です。


P1870898
第21室


P1870901
天井フレスコ画はドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)によって描かれました。


P1870899


P1870903
プロスペーロ・フォンターナ(ボローニャ、1512‐1597)の「ジョヴァン・マリア・チオッキ・デル・モンテ枢機卿の肖像」
教皇ジュリオ3世の枢機卿時代の肖像画です。


P1870906
16世紀の逸名画家作「ティツィアーノ作『スペイン王フィリッポ2世の肖像』の複製画」


P1870909
ヤコポ・ダ・ポンテ通称バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1510‐1592)とバッサーノ工房の「火の寓意」


P1870912
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1609‐マントヴァ、1644)の「アブラハム一家の旅」


P1870915
グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「福音書記者聖マルコ」


P1870919
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581/1582-ヴェネツィア、1644)の「磔刑像を崇める聖フランチェスコ」


P1870921
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称イル・グエルチーノ(チェント、1591-ボローニャ、1666)の聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと聖バルトロメオ」(1661)


P1870924
ジョヴァンニ・バッティスタ・ガウッリ通称イル・バチッチョ(ジェノヴァ、1639-ローマ、1709)の「幼きキリスト」


P1870928
グイド・レーニ(ボローニャ、1575-1642)の「祈る聖母」


P1870931
ジローラモ・ダ・ポンテ通称ジローラモ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1566-ヴェネツィア、1621)の「羊飼いの礼拝」


P1870934
ボニファチョ・デ・ピターティ通称ボニファチョ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1487c-ヴェネツィア、1553)の「マギの礼拝」


P1870936
グイド・レーニ(ボローニャ、1575-1642)の「救世主キリスト」


P1870941
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1519-1594)の枠組みの「男の肖像」
(つづく)

P1870795
次の展示室に移動します。


P1870796
第16室になります。


P1870797
コルネリス・デ・ワール(アンヴェルサ、1592‐ローマ、1667)の「小銃を持った歩兵と騎兵の戦闘」


P1870801
Jan Wildens (Anversa, 1586-1653)の「9月 狩猟」


P1870804
Jan Wildens (Anversa, 1586-1653)の「6月 池」


P1870808
Jan Wildens (Anversa, 1586-1653)の「7月 草刈」(1614)


P1870810
Jan Wildens (Anversa, 1586-1653)の「8月 収穫」
1階(日本の2階)の展示はこれで終わりです。


P1870813
2階(日本の3階)に向かいます。


P1870820
階段の左右の壁に作品が展示されてます。


P1870818


P1870814
ピエトロ・パルトロニエーリ(ミランドラ、1673‐1741)の「遺跡」
ミランドラはエミリア・ロマーニャ州モデナ県にあるコムーネです。


P1870816
ピエトロ・パルトロニエーリ(ミランドラ、1673‐1741)の「古い教会」


P1870819
階段踊り場にある彫刻(詳細不明)


P1870821
ピエトロ・パルトロニエーリ(ミランドラ、1673‐1741)の「廃墟」


P1870823
ピエトロ・パルトロニエーリ(ミランドラ、1673‐1741)の「川辺の廃墟」


P1870825
2階(日本の3階)の最初の展示室です。


P1870831
部屋番号は一挙に飛んで第31室です。同じフロアに第21室があるので、戸惑います。この辺はイタリア流と割り切ってあまり気にしないことです。


P1870826
天井のフレスコ画(詳細不明)


P1870828
詳細不明の3点の作品が展示されてます。


P1870829
作品の説明板がありません。


P1870830


P1870832
次の部屋に進みます。写っているのは係員です。


P1870833
第32室です。


P1870835
調度品を含めて部屋の設計はドメニコ・パローティによるもの(1735c)です。


P1870836


P1870837
ジャコモ・ボーニによって描かれたフレスコ画


P1870838
天井のフレスコ画


P1870834
これがあるので助かります。


P1870839
イアサント・リゴー(フランス・ペルピニャン、1659‐パリ、1743)の「バッティ―ナ・レッジ・ブリニョーレ=サーレの肖像」(1739)


P1870841
イアサント・リゴー(フランス・ペルピニャン、1659‐パリ、1743)の「ジョヴァンニ・フランチェスコ2世ブリニョーレ=サーレの肖像」(1739)


P1870845
次の部屋です。


P1870843
第33室です。


P1870846
床の装飾


P1870847
ドメニコ・パローディの天井フレスコ画


P1870848
バルトロメオ・グイドボーノによる壁のフレスコ画


P1870850


P1870844
これによって制作者が分かります。
しかし、次の3点の絵画が分かりません。


P1870851
説明板がありません。


P1870852
詳細不明


P1870853
詳細不明


P1870854
グレゴリオ・デ・フェラーリ(ポルト・マウリツィオ、1647‐ジェノヴァ、1726)の「アポロの勝利」
(つづく)

P1870674
次の展示室です。


P1870673
第11室


P1870675
アゴスティーノ・ブオナミーチ通称アゴスティーノ・タッシ(ペルージャ、1566c‐ローマ、1644)の「聖オルソーラの乗船」


P1870680
オラツィオ・ジェンティレスキ(ピサ、1563‐ロンドン、1639)の「聖母子」
アゴスティーノ・タッシの作品の横にわざわざオラツィオ・ジェンティレスキの作品を並べるとは、驚きを禁じえません。
アゴスティーノ・タッシとオラツィオ・ジェンティレスキは互いに親友でした。オラツィオがロンドンに旅発つ前に、娘アルテミジアをアゴスティーノに託したのです。アゴスティーノは、アルテミジアに熱心に絵を教えるうちに、アルテミジアを強姦したのです。それを知った父オラツィオは烈火のごとく怒り、アゴスティーノを強姦罪で訴え、アゴスティーノは有罪となりました。
アルテミジア・ジェンティレスキは女流画家として大成し、現在ではカラヴァッジェスキ画家の第一人者と言われてます。


P2840464
参考までにアルテミジア・ジェンティレスキの傑作「ホロフェルネスの首を斬るユディト」を載せておきましょう。(ウフィツィ美術館にあります)
アゴスティーノを終生恨んだアルテミジアは、ホロフェルネスの顔として師匠アゴスティーノ・タッシの顔を描いたと言われてます。
少し脱線しました。元に戻りましょう。


P1870684
ジョヴァンニ・ランフランコ(テレンツォ、1582‐ローマ、1647)の「キリストの復活」


P1870686
ジョヴァンニ・バッティスタ・ベイナスキ(フォッサーノ、1636‐ナポリ、1688)の「聖ピエトロ」


P1870691
ジョヴァンニ・アントニオ・ガッリ通称ロ・スパダリーノ(?、1580c‐ローマ、1650以降没)の「聖フランチェスカ・ロマーナ」


P1870694
ガスパール・デュゲ(ローマ、1615‐1675)の「風景」


P1870698
ルイージ・ミラドーリ通称イル・ジェノヴェスィーノ(ジェノヴァ、1605c‐クレモナ、1656c)の「リュート奏者」


P1870700
目線の先に作品が置かれているので非常に見易い。
それにしても入館者が少な過ぎです。


P1870702
アレッサンドロ・マッティア・ダ・ファルネーゼ(ファルネーゼ、1635‐1679以降没)の「ペスト患者を治癒させる聖ロッコ」


P1870713
次の展示室です。


P1870704
第12室


P1870707
カルロ・ドルチ(フィレンツェ、1616‐1686)の「ゲッセマネ園の祈り」


P1870709
ジョヴァンニ・バッティスタ・サルヴィ通称イル・サッソフェッラート(サッソフェッラート、1605‐ローマ、1685)の「聖母子」


P1870714
絵画の方はジャチント・ブランディ(ポル、1621‐ローマ、1691)の「聖ジローラモ」ですが、それ以外は不明です。


P1870719
アンドレア・サッキ(ネットゥーノ、1599‐ローマ、1661)の「ダイダロスとイカロス」


P1870723
カルロ・マラッティ(カメラーノ、1625‐ローマ、1713)の「エジプトへの逃避途中の休息」(1680)


P1870726
ジェイコブ・フェルディナンド・フート(アンヴェルサ、1639‐パリ?、1700)の「貴婦人の肖像」


P1870730
17世紀後半のローマの逸名画家作「紳士の肖像」


P1870732
次は第13室です。


P1870734
ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(ベルギー・トゥルネ、1400c‐ブリュッセル、1464)作の「十字架降下」の複製画


P1870738
ヨース・ファン・クレーフェ(アンヴェルサ、1485c‐1540)の枠組みの「悔悛の聖ジローラモ」


P1870742
フランス・ポルビュス・イル・ヴェッキオ(ブルージュ、1545‐アンヴェルサ、1581)の「Viglius Von Ayttaの肖像」


P1870746
アルブレヒト・デューラー(ニュルンベルク、1471‐1528)の「若い男の肖像」(1506)


P1870749
ウィレム・キー(オランダ・ブレダ、1510/1520「アンヴェルサ、1568)?の「女性の肖像」


P1870753
ヘラルト・ダヴィド(オランダ・アウデワーテル、1460c-ベルギー・ブルッヘ、1523)の「聖母子とミルク粥」
彼の代表作です。


P1870755
ヤン・サンダース・ファン・ヘメッセン(ベルギー・ヘーミクセム、1500c-オランダ・ハールレム、1565c)の「祈る聖ジローラモ」


P1870759
次は第14室です。


P1870762
Jan Wildens (Anversa, 1586-1653)の「1月 スケートをする人々」


P1870764
Jan Wildens (Anversa, 1586-1653)の「4月」


P1870768
Jan Wildens (Anversa, 1586-1653)の「5月」


P1870772
アルバート・カイプ(オランダ・ドルトレヒト、1620-1691)の「兎がいる風景」(1689)


P1870776
アブラハム・テニールス(アンヴェルサ、1629-1670)の「パイプ煙草に火を点ける男」


P1870779
アブラハム・テニールス(アンヴェルサ、1629-1670)の「オステリアの光景」


P1870782
ヘンドリック・アーフェルカンプ(アムステルダム、1585-オランダ・カンペン、1634)の「冬の遊びの光景」


P1870785
へンドリック・アーフェルカンプ(アムステルダム、1585-オランダ・カンペン、1634)の「氷上で遊ぶ光景」


P1870787
次は第15室です。


P1870789
Jan Wildens (Anversa, 1586-1653)の「11月 海」


P1870793
階段が邪魔です。


P1870792
ジャン・ルース(アンヴェルサ、1591-ジェノヴァ、1638)の「羊飼い」
(つづく)

P1870559
第5室です。


P1870562
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称イル・グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「小カト(マルクス・ポルキウス・カト・ウティケンシス)の自死」(1641)
この作品は、小カトの人となり生涯を知らないと意味が分からないと思います。カエサルが小カトに降伏を迫りましたが、小カトはそれを拒否して自死を選びました。
小カトがいるのですから、大カトも当然いました。小カトは大カトの曾孫でした。
小カトは歴史上の有名な人物です。ご興味のある方は「小カト」を検索すれば、すぐに出てくると思います。


P1870566
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称イル・グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)とバルトロメオ・ジェンナーリ(チェント、1594‐ボローニャ、1661)の「寺院から商人たちを追放するキリスト」


P1870570
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称イル・グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「永遠の父と天使」(1620)


P1870574
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称イル・グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「クレオパトラの死」(1648)


P1870576
次は第6室です。


P1870579
マッティア・プレティー(タヴェルナ、1613‐マルタ・ヴァレッタ、1699)の「使徒たちの不信」


P1870581
キャビネット(詳細不明)


P1870583
マッティア・プレティー(タヴェルナ、1613‐マルタ・ヴァレッタ、1699)の「ラザロの蘇生」


P1870587
マッティア・プレティー(タヴェルナ、1613‐マルタ・ヴァレッタ、1699)の「オリンドとソフロニアを救出するクロリンダ」
この作品もクロリンダの逸話を知らないと理解が難しいでしょう。ドラクロアが描いた同じ主題の傑作が有名です。


Delacroix98
ドラクロワの「オリンドとスフロニアを救出するクロリンダ」
ご参考までにドラクロワの傑作(ミュンヘン、ノイエ・ピナコテーク所蔵)画像を載せておきます。


P1870592
フランチェスコ・フラカンツァーノ(モノポーリ、1612‐ナポリ、1656)の「音楽家の肖像」


P1870623
ベルナルド・ストロッツィの作品が並んでいる第7室です。


P1870628



P1870596
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「授乳の聖母と天使たち」


P1870600
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「聖パオロ」


P1870603
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


P1870607
ルーカ・カンビアーソ(モネーリア、1527‐エル・エスコリアル、1585)の「聖母子と聖アンナと聖ジョヴァンニーノ」


P1870612
ルーカ・カンビアーソ(モネーリア、1527‐エル・エスコリアル、1585)の「十字架降下」


P1870616
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「聖フランチェスコ」


P1870621
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「聖トッマーゾの不信」


P1870625
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「女料理人」
ベルナルドの代表作です。


P1870629
第8室は、ベランダ兼通路で、作品が展示されてません。


P1870630


P1870631


P1870632


P1870634
次の展示室です。


P1870633
第9室


P1870637
シニバルド・スコルツァ(ヴァルタッジョ、1589‐ジェノヴァ、1631)の「ノエの犠牲」


P1870639
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1609‐マントヴァ、1664)の「ノアの箱舟に乗船する動物たち」


P1870643
シニバルド・スコルツァ(ヴォルタッジョ、1589‐ジェノヴァ、1631)の「ロトのアブラハムの別れ」


P1870647
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1609‐マントヴァ、1664)の「磔刑」


P1870651
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1609‐マントヴァ、1664)の「ご誕生」


P1870654
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1609‐マントヴァ、1664)の「羊の逃走」


P1870660
次の部屋です。


P1870656
第10室


P1870658
ドメニコ・フィアセッラ(サルザーナ、1589‐ジェノヴァ、1669)の「アブラハム一家」


P1870663
ペッレグリーノ・ピオラ通称イル・ペッレグロ(ジェノヴァ、1617‐1640)の「聖バルバラ」


P1870666
ペッレグリーノ・ピオラ通称イル・ペッレグロ(ジェノヴァ、1617‐1640)の「ファルファッラの聖家族」


P1870670
ジョヴァンニ・ベルナルド・カルボーネ(ジェノヴァ、1616‐1683)の「眠る幼きキリスト」
(つづく)

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