イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2019年04月

P2620929
ロレンツォ・ディ・ニッコロ・ディ・マルティーノ(フィレンツェ、1392‐1412記録)の「聖母子 クスピデ:救世主」(1390‐1400c)


P2620932
ジュリアーノ・ディ・シモーネ・リッチ(ルッカ、1387‐1397記録)の「玉座の聖母子と4天使と4聖人(アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ジョヴァン・バッティスタ、聖フランチェスコ、殉教聖人)」(1390‐1400c)


P2620934
次の展示コーナーです。


P2620935
ゆったりとした展示で、鑑賞し易い美術館です。


P2620938
Maestro di San Davino (ピサとルッカ、1397‐1420c活動)の「聖母子と4聖人」(15世紀第1四半世紀)
白い紙が貼られてますが、修復箇所を示していると思われます。


P2620940
中央の授乳の聖母


P2620942
聖ベネデット、聖ミケーレ


P2620943
聖ジョアッキーノ、聖人(特定できません)


P1240066
修復箇所を示す白い紙がない時の作品画像です。


P2620947
スピネッロ・ディ・ルーカ・スピネッリ通称スピネッロ・アレティーノ(アレッツォ、1350/1352c-1410)の「聖フィリッポ・アポストロと聖グリサンテ」(1380-85)


P2620949
スピネッロ・ディ・ルーカ・スピネッリ通称スピネッロ・アレティーノ(アレッツォ、1350/1352c-1410)の「聖ドーリアと聖ジャコモ・ミノーレ」(1380-85)


P2620952
ゲラルド・ディ・ヤコポ・スタルニーナ(トスカーナとスペイン、1387から記録-1409/1413没)の「聖母戴冠」(1400-10c)


P2620954
ジョヴァンニ・ダ・フィエゾレ通称ベアート・アンジェリコ(フィエゾレ、1395/1400c-ローマ、1455)の「ウミルタの聖母と聖人たち(聖ジョヴァン・バッティスタ、聖パオロ、聖ドメニコ、聖フランチェスコ)」(1425-30c)


P2620958
15世紀の逸名画家作「受難の聖母」(1450-60c)


P2620962
クレタ=ヴェネツィアで活動した逸名画家作「ピエタ」(17世紀前半)


P2620964
ジョヴァンニ・ディ・パオロ(シエナ、1398-1482)の「キリストと十字架を持つ聖人たち」


P2620967
次の展示コーナーです。


P2620968
Maestro di Barga (ルッカ、15世紀初め活動)の「聖母子と4聖人」(1400-10c)


P2620970
聖母子と2音楽天使


P2620973
聖ステファノ、聖ジュリアーノ


P2620975
聖ロレンツォ、聖アントニオ・アバーテ


P2620977
ボッティチェッリの領域(Ambito di)の「聖母被昇天と聖ベネデットと聖トッマーゾ・アポストロ、聖ジュリアーノ」(16世紀初め)


P2620980
ドメニコ・ディ・フランチェスコ通称ドメニコ・ディ・ミケリーノ(フィレンツェ、1417-1491)の「聖ヴィンチェンツォ・フェッレーリ」(1450-70c)


P2620983
ビッチ・ディ・ロレンツォ(フィレンツェ、1373-1452)の「聖母子と4天使」(1433)


P2620986
ネーリ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1419-1492)の「聖母子と4聖人(聖フランチェスコ、聖バルトロメオ、聖ジョヴァン・バッティスタ、聖ジャコモ・マッジョーレ)」(1440-50c)


P2620990
フラ・ディアマンテ(テッラヌオーヴァ・ブラッチョリーニ、1430-フィレンツェ、1498まで記録)?の「悔悛の聖ジローラモ」(1450-70c)


P2620993
フラ・ディアマンテ(テッラヌオーヴァ・ブラッチョリーニ、1430-フィレンツェ、1498まで記録)?の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1450-70c)


P2620996
ベルナルディーノ・ディ・クリストフォロ・カナーツィ通称ベルナルディーノ・ダ・レンディナーラ(レンディナーラ、1448c-フェラーラ、1506/1507)の「聖イラーリオの木製壁龕」(1494)


P2620997
迫力があります。


P2620995


P2620999
ベルナルディーノ・ディ・クリストフォロ・カナーツィ通称ベルナルディーノ・ダ・レンディナーラ(レンディナーラ、1448c-フェラーラ、1506/1507)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの木製壁龕」(1494)


P2630002
次の展示コーナーです。


P2630003
ヤコポ・ロスキ(パルマ、1425-カルピ、1504c)の「パルマの旧カルミネ教会の剥離フレスコ」(1460-70c)


P2630007
逸名画家作「玉座の聖母子と聖ロッコと聖セバスティアーノ」(15世紀末)


P2630009
Maestro di Roccabianca (パルマ、15世紀第3四半世紀活動)の「聖ロレンツォの逮捕」(1460-70c)


P2630012
Maestro di Roccabianca (パルマ、15世紀第3四半世紀活動)の「聖ロレンツォの殉教」(146-70c)


P2630013
Maestro di Roccabianca (パルマ、15世紀第3四半世紀活動)の「聖ロレンツォを慰める天使」(1460-70c)


P2630016
ヤコポ・ロスキ(パルマ、1425-カルピ、1504c)の「聖母子と天使たちと永遠なる父」(1471)


P2630021
ヤコポ・ロスキ(パルマ、1425-カルピ、1504c)の「ご訪問と2聖人」(1460-70c)


P2630024
ご訪問


P2630026
聖イラーリオ


P2630028
聖ジローラモ


P1240126
白い紙がない時の作品画像です。(以前、撮った写真)
(つづく)

P2620852
次の部屋です。


P2620853
逸名彫刻家作「Porta di San Bertoldo」(10世紀)


P2620855
ポー川流域の逸名彫刻作「墓の碑文断片」(13‐14世紀)


P2620858
ポー川流域の逸名彫刻家作「聖年の記念碑」(14世紀初頭)


P2620860
ポー川流域の逸名彫刻家作「ジラーレ(蔦や葉が絡まった装飾)の板」(9世紀前半)


P2620862
ポー川流域の逸名彫刻家作「聖人と4信者の三角小間」(12‐13世紀)


P2620864
ポー川流域の逸名彫刻家作「ドラゴンの柱頭」(12‐13世紀)


P2620866
エミリアの逸名彫刻家作「アカンサス模様の柱頭」(1110‐15c)


P2620868
エミリアの逸名彫刻家作「子ヤギをつかむグリフィン(架空の動物)の柱頭」(1110‐15c)


P2620870
ポー川流域の逸名彫刻家作「ライオンの頭のメンソラ(棚)」(13世紀後半)


P2620872
ポー川流域の逸名彫刻家作「猿の頭のメンソラ(棚)」(13世紀後半)


P2620874
ポー川流域の逸名彫刻家作「聖母子」(14世紀)


P2620876
ベネデット・アンテラミ(パルマ、1178‐1196記録)の「Lastra con la Majestas Domini」(1178)


P2620878
ポー川流域の逸名彫刻家作「アカンサス模様の柱頭」(12世紀第1四半世紀)


P2620880
エミリアの逸名彫刻家作「スフィンクスの柱頭」(12世紀第1四半世紀)


P2620882
エミリアの逸名彫刻家作「聖マルティーノの柱頭」(12世紀第1四半世紀)


P2620884
ポー川流域の逸名彫刻家作「聖母の物語の柱頭」(11‐12世紀)


P2620885
前の柱頭と同じものです。


P2620887
ポー川流域の逸名彫刻家作「セイレーン(人魚)とジラーレ(蔦や葉が絡まった模様)の柱頭」(12世紀前半)


P2620889
ポー川流域の逸名彫刻家作「ケンタウロスの棚」(12世紀前半)


P2620891
ポー川流域の逸名彫刻家作「フェルレーディの柱頭」(1226)


P2620893
ベネデット・アンテラミ(パルマ、1178‐1196記録)の「ソロモンの判決、アブサロムの死、シバの女王と騎乗のアブサロム、ソロモン王とシバの女王」(1178)


P2620894
前の写真と同じ柱頭です。


P2620896
ベネデット・アンテラミ(パルマ、1178‐1196記録)の「楽園追放、カインとアベルの犠牲、アベルの殺害」(1178)


P2620897
前の写真と同じ柱頭です。


P2620898
前の写真と同じ柱頭です。


P2620900
ベネデット・アンテラミ(パルマ、1178‐1196記録)の「アダムとイヴを楽園に導く神、イヴの誘惑、原罪、裸を恥じるアダムとイヴ」(1178)


P2620901
前の写真と同じ柱頭です。


P2620902
前の写真と同じ柱頭です。


P2620904
次は絵画の展示です。


P2620905
相変わらず入館者が多くありません。


P2620907
アーニョロ・ガッディ(フィレンツェ、1369から記録‐1396没)の「玉座の聖母子と天使たちと聖人たち(聖ドメニコ、聖ジョヴァン・バッティスタ、聖ピエトロ・マルティーレ、聖パオロ、聖ロレンツォ、アクイーノの聖トッマーゾ)と祈る修道女」(1375)


P2620911
ベルナルド・ダッディ(フィレンツェ、1320‐1348記録)の「聖母子と聖ピエトロと聖パオロ」(1320‐30c)


P2620914
パオロ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1333から記録‐1358/1362没)の「磔刑と聖母子と聖人たちのトリッティコ」(1330-40c)


P1240048
シモーネ・ディ・フィリッポ通称シモーネ・デ・クロ―チフィッシ(ボローニャ、1354から記録-1399没)の「聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ジャコモ、本を持った聖人(特定できていません)と聖ビアージョ、聖オルソラと聖ルイージ9世」(1390-1400c)


P1240061
ニッコロ・ディ・ピエトロ(フィレンツェ、1368-1414記録)の「聖母の死と聖母被昇天」(1370-90c)


P1240063
聖母被昇天


P1240062
聖母の死


P1240051
プッチョ・ディ・シモーネ(フィレンツェ、1347から記録-1360/1362没)の「聖人たち」(14世紀中頃)


P2620923


P2620926
(つづく)

P2620682
引き続きSaggi Accademiciです。
パルマ公爵のフィリッポ・ディ・ボルドーネ(ブルボン)によってAccademia Parmenese di Belle Artiが1752年に設立されました。
コンテストが行われ、第1位と第2位を受賞した作品が主に展示されてます。


P2620740
ジャック・アンリ・サブル(スイス、モルジュ、1749‐パリ、1803)の「パッランテの死」


P2620742
ヴィンチェンツォ・カンニツァーノ(レッジョ・カラブリア、1742‐1768)の「キリストの変容」


P2620745
パオロ・ボッローニ(ヴォゲーラ、1749‐1819)の「アルプス越えのハンニバル」


P2620747
アントワン・ギブリン(フランス、エクスアンプロヴァンス、1739‐1813)の「スカニアデル川で戦うアキレス」
アントワン・ギブリンの代表作です。


P2620749
ジョヴァンニ・バッティスタ・バグッティ(ローヴィオ、1744‐1823)の「ヘラクレスとデーイアネイラ」


P2620752
ガエターノ・トライ―ル(ヴェローナ、1761‐1810)の「ルキウス・アルビウスとウェスタの巫女」


P2620754
アントニオ・パケーラ(ヴェローナ、1749‐1791)の「ルキウス・アルビウスとウェスタの巫女」


P2620756
ピエール・ドゥ・ハラス(パリ、18世紀)の「ラートーナとディアナ」


P2620759
ヴィンチェンツォ・グアラーナ(ヴェネツィア、1753‐1815)の「ソフォニスバの死」


P2620761
ピエル・パオロ・ペッシーナ(ミラノ、18世紀)の「ソフォニスバの死」


P2620763
パオロ・ダルダーニ(ボローニャ、1725‐1789)の「Il Tevere predice ad Enea la grandezza di Roma」


P2620767
パオロ・ガッリノーニ(カラヴァッジョ、18世紀)の「シルヴィアの雌鹿の殺害」


P2620770
ジョヴァンニ・マルティーノ・ボーニ(ヴェネツィア、1753‐1810)の「シルヴィアの雌鹿の殺害」


P2620772
ヴィンチェンツォ・グアラーナ(ヴェネツィア、1753‐1815)の「パッランテの死」


P2620776
ヴィンチェンツォ・グアラーナ(ヴェネツィア、1753‐1815)の「エネアとマルスとヴィーナス」


P2620777
ジョヴァンニ・バッティスタ・ダーモン・オルトラーニ(ローマ、1750c‐1789以降没)の「エネアとマルスとヴィーナス」


P2620780
ビアージョ・マンフレディ(レッジョ・エミリア、18世紀)の「アンキーセースとシビッラ・デイフォベとエネア」


P2620783


P2620785
ジョヴァンニ・バッティスタ・タリアサッキ(フィデンツァ、1696‐カステルボスコ、1737)の「聖母子と聖人たち」


P2620788
ガエターノ・カッラーニ(パルマ、1736‐1809)の「ロンゴバルドのベアート・二コラとガスパーレ・デ・ボーノ」


P2620791
ジュゼッペ・ペローニ(パルマ、1710‐1776)の「天上の聖母子と聖人たち」


P2620794
ジュゼッペ・ペローニ(パルマ、1710‐1776)の「聖ルチオの殉教」


P2620797
ジュゼッペ・ペローニ(パルマ、1710‐1776)の「聖ルチアの殉教」


P2620800
ジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)の作品ですが、題名が分かりません。


P2620803
ジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)の「ドン・フィリッポ・ディ・ボルボ―ネ一家の肖像」


P2620807
ジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)に帰属する「公爵一家の肖像」


P2620809
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「マリア・ルイージの彫像」(1810‐14)


P2620811
ロラン・ぺシュー(リオン、1729‐トリノ、1821)の「ドン・フィリッポ・ディ・ボルボ―ネの肖像」


P2620815
ロラン・ぺシュー(リオン、1729‐トリノ、1821)の「ルイーズ・イサベッラの肖像」


P2620818
ロラン・ぺシュー(リオン、1729‐トリノ、1821)の「ドン・フェルディナンド・ディ・ボルボ―ネの肖像」


P2620822
ジャン・マルク・ナティエ(パリ、1685‐1766)の「ボルゴーニャ伯爵の肖像」


P2620823
ロラン・ぺシュー(リオン、1729‐トリノ、1821)の「ルイーザ・マリア・テレーザの肖像」


P2620827
ヨーハン・ゾファニー(フランクフルト・アム・マイン、1733‐ロンドン、1810)の「オーストリアのマリア・アマリア女公爵」


P2620829
ヨーハン・ゾファニー(フランクフルト・アム・マイン、1733‐ロンドン、1810)の「ドン・フェルディナンド・ディ・ボルボ―ネの肖像」


P2620832
ピエトロ・メルキオッレ・フェラーリ(シッサ、1735‐パルマ、1787)の「リボリオ・ベルトルッツィの肖像」


P2620836
詳細不明
説明プレートがありません。


P2620837
ピエトロ・メルキオッレ・フェラーリ(シッサ、1735‐パルマ、1787)の「ドゥ・ティロ―の肖像」


P2620841
ピエトロ・メルキオッレ・フェラーリ(シッサ、1735‐パルマ、1787)の「ドン・フェルディナンド・ディ・ボルボ―ネの肖像」


P2620844
ガブリエル・フランソワ・ドイエン(パリ、1726‐サンクトペテルブルク、1806)の「ヴィルジーニアの死」


P2620847
ピエトロ・メルキオッレ・フェラーリ(シッサ、1735‐パルマ、1787)の「桃源郷」


P2620850
ポンぺオ・バトーニ(ルッカ、1708‐パルマ、1787)の「テーティ―スとケンタウロスとアキレス」
(つづく)

P2620634
La Rocchettaの次の展示室です。


P2620635
天井の装飾


P2620637
アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖プラチドと聖フラヴィアの殉教」(1524c)


P2620639
制作者情報不詳の「グリエルモ・デッラ・ポルタ作『十字架降下』の複製」(16世紀?)


P2620641
アントニオ・ベガレッリ(モデナ、1499‐1565)の「聖ベネデットの頭像」(1558c)


P2620645
アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「死せるキリストへの嘆き」(1524c)


P2620647
次の部屋です。


P2620649
フランチェスコ・マッツォーラ通称イル・パルミジャニーノ(パルマ、1503‐カザールマッジョーレ、1540)の「トルコの女奴隷」(1532c)


P2620652
アレッサンドロ・マッツォーラ・べドリ(パルマ、1533‐1608)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノと2天使」(1567c)


P2620655
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500c‐パルマ、1569)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1515c)


P2620657
フランチェスコ・マッツォーラ通称イル・パルミジャニーノ(パルマ、1503‐カザールマッジョーレ、1540)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1524c)


P2620660
ジョルジョ・ガンディーニ・デル・グラーノ(パルマ、15世紀末生まれ‐1538没)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖エリザベッタと聖マリア・マッダレーナ」(1527c)


P2620665
フランチェスコ・マッツォーラ通称イル・パルミジャニーノ(パルマ、1503‐カザールマッジョーレ、1540)に帰属する「自画像」


P2620668
ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1492‐パルマ、1556)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1530c)


P2620670
La Rocchettaの部屋です。


P2620672
ジョルジョ・ガンディーニ・デル・グラーノ(パルマ、15世紀末生まれ‐1538没)の「聖家族と聖人たちと天使たち」(1534‐35)


P2620674
フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)の「聖母子と聖人たち」(1520‐30c)


P2620678
ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1492‐パルマ、1556)の「聖家族と聖バルバラと天使」(1534)


P2620680
ホールに戻りました。


P2620682
ファルネーゼ・コレクションとは関係ない作品が展示されてます。


P2620681
神話を題材した作品が多いのが特徴です。


P2620684
ガスパーレ・ランディ(ピアチェンツァ、1756‐1830)の「ウリッセとディオメーデ」


P2620686
ジャコモ・ベルジェル(サヴォイア、1754‐ナポリ、1822)の「プリアモス王の前のシノーネ」


P2620688
ピエール・マティアス・ゴディン(ブルージュ、1752‐1811)の「プリアモス王の前のシノーネ」


P2620691
ジュゼッペ・フォルナローリ(ピアチェンツァ、1770c‐ミラノ、1820)の「アキレスを認めるウリッセ」


P2620683
べノー・ぺシュー(ローマ、1779‐パリ、1831以降没)の「聖ピエトロの殉教」


P2620694
フランコ・カプーリ(ボローニャ、18世紀活動)の「聖ピエトロの殉教」


P2620697
カルロ・べヴィラクゥア(ヴェネツィア、1775‐1849)の「ポリッセーナを殺すピュロス」


P2620702
ジュゼッペ・パオレッティ(ヴェネツィア、18世紀活動)の「ソクラテスの死」


P2620705
アントニオ・コルシ(ローマ、1811記録)の「イカロスのために翼を作るダイダロス」


P2620707
アントワーヌ・ティスラン(19世紀初頭活動)の「イカロスのために翼を作るダイダロス」


P2620710
ビアージョ・マルティーニ(パルマ、1761‐1840)の「ソクラテスの死」


P2620712
アントンワン・ボレル・ロガート(パリ、1743‐1810)の「スティクス(嫌忌の川)にアキレスを浸けるテーティ―ス」


P2620714
アントンワン・ボレル・ロガート(パリ、1743‐1810)の「アレキサンダー大王の逸話」


P2620717
アレッサンドロ・アルベルガンティ(ヴェルセシアーノ?、18世紀活動)の「スティクスにアキレスを浸けるテーテュース」


P2620719
フィリッポ・ダエッリ(ミラノ、1750‐?)の「ダヴィデの逸話」


P2620722
アレッサンドロ・アルベルガンティ(ヴァルセシアーノ?、18世紀活動)の「Il flagello della peste invocata da David」


P2620724
ジュゼッペ・デナスデ(18世紀)の「アレキサンダーと医者フィリッポ」


P2620728
コスタンティン・ヴァンケの「アレキサンダーと医者フィリッポ」


P2620730
ジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)の「プロメテオを解放するヘラクレス」


P2620733
ヴィンチェンツォ・ヴァルドレ通称イル・ファエンツァ(ファエンツァ、1750c‐1800c)の「眠そうなセレーノ」


P2620735
ジュリアーノ・トラバッレージ(フィレンツェ、1727‐ミラノ、1812)の「ローマを解放するフリオ・カミッロ」


P2620737
ピエトロ・メルキオッレ・フェラーリ(シッサ、1735‐パルマ、1787)の「麻痺の奇跡」
(つづく)

P2620561
国立美術館に入館しました。
ファルネーゼ劇場から美術館に入る順路では、古い作品から新しいものへとほぼ年代順に見ることが出来ますが、従来の出口から中に入ったので、新しい作品から見ることになり、少し戸惑いました。


P2620573
19世紀の作品が並ぶホールです。


P2620562
胸像が並んでますが、作品の説明プレートがないので、それらの紹介を省略します。


P2620563
これは、パルマの人なら直ぐに分かる有名な作品ですが、作品の説明プレートがありません。
この作品がここにある理由もパルマ人ならば、直ぐに分かるそうです。
ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「マリー・ルイーズ女公爵の肖像」
マリー・ルイーズ(ウィーン、1791‐パルマ、1847)は、神聖ローマ帝国の皇帝フランツ1世の娘で、フランス皇帝ナポレオン1世の皇后でした。
1814年、ナポレオン戦争終結後のヨーロッパの秩序を定めたウィーン会議によって、マリー・ルイーズのパルマ公国統治が決定されました。女公爵在位は、1814年から1847年でした。
パルマに在住していたマリー・ルイーズは、パルマ所縁の画家、特にコレッジョとパルミジャニーノの作品収集に力を入れ、その結果、この美術館の作品拡充に資することになったのです。


P2620564
ジョゼフ・レベッル(ウィーン、1787‐ドレスデン、1828)の「時化」


P2620567
ジョゼフ・レベッル(ウィーン、1787‐ドレスデン、1828)の「月夜の時化のナポリ湾」


P2620569
ローマ時代の彫刻「ヘラクレス」(2世紀)


P2620571
ローマ時代の彫刻「ファウヌス(森の神)とバッカス」(2世紀)


P2620574
コレッジョとパルミジャニーノの作品を見ることに。


P2620575
「La Rocchetta」と呼ばれている場所です。
マリー・ルイーズ女公爵はコレクションを増やしましたが、ここをコレッジョ作品を主に展示する場所としたのです。


P2620577
作品が取り外されていました。


P2620578
アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「受胎告知」(1521‐25c)


P2620582
制作者情報不詳の「パルミジャニーノ作『聖母子と聖ジローラモとフェルトレのベアート・ベルナルディーノ』の複製画」(17世紀初頭)


P2620584
制作者情報不詳の「コレッジョ作『聖母子と聖マリア・マッダレーナと聖ルチア』の複製画」
何処かで見たことがある作品と思いました。オリジナルはミラノのブレラ絵画館にあります。


P2620589
アンニーバレ・カラッチ(ボローニャ、1560‐ローマ、1609)とアゴスティーノ・カラッチ(ボローニャ、1557‐パルマ、1602)の「コレッジョ作『天使たち』の複製画」(16世紀末)


P2620591
同断


P2620594
パスクゥアーレ・テスタ(パルマ、1524‐1587)工房作のキャビネット


P2620595
キャビネットの寄せ木細工


P2620596


P2620597


P2620599
開館日の平均入館者数は200人弱となってます。


P2620601
アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖母戴冠」(1522c)


P2620603
アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「エジプトへの逃避途中の休息」


P2620605


P2620608
次の部屋です。


P2620610
アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「ドゥオーモ・クーポラの聖母被昇天のシノピエ」


P2620612
アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「スカラの聖母」(1524c)


P2620615
アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖母子と聖ジローラモと聖マリア・マッダレーナ」


P2620618
La Rocchettaの廊下のような展示室です。


P2620619
パオロ・トスキ(パルマ、1788‐1854)の「Traduzione」
コレッジョとパルミジャニーノがパルマに残したフレスコ画のTraduzioneです。traduzioneは翻訳とか通訳と言う意味です。パオロがコレッジョとパルミジャニーノが残したフレスコ画を彼なりに理解して制作したコピー画のようなものでしょう。


P2620620
パオロ・トスキ(パルマ、1788‐1854)の「Traduzione」


P2620621
パオロ・トスキ(パルマ、1788‐1854)の「Traduzione」


P2620622
パオロ・トスキ(パルマ、1788‐1854)の「Traduzione」


P2620623
パオロ・トスキ(パルマ、1788‐1854)の「Traduzione」


P2620625
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「パオロ・トスキの肖像」


P2620626
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「パルミジャニーノ作『聖アガタ』の複製画」


P2620627
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「パルミジャニーノ作『聖ヴィターレ』の複製画」


P2620628
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「コレッジョ作『スカラの聖母』の複製画」


P2620629
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「コレッジョがサン・パオロの部屋に描いたフレスコ画の複製」


P2620630
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「コレッジョがサン・パオロの部屋に描いたフレスコ画の複製画」


P2620631
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「コレッジョがサン・パオロの部屋に描いたフレスコ画の複製画」


P2620632
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「コレッジョがサン・パオロの部屋に描いたフレスコ画の複製画」
(つづく)


P1230891
ピロッタ宮殿に向かいました。


P1230894
Piazzale della Pace


P1230893
ピロッタ宮殿にパルマ国立美術館があります。


P1230900
ピロッタ宮殿は、パルマ、ピアチェンツァ、カストロの公爵だったオッタヴィオ・ファルネーゼ(ヴァレンターノ、1524‐ピアチェンツァ、1586)によって1580年に創建されました。


P1230898
オッタヴィオの死後、公爵を継承したアレッサンドロ・ファルネーゼ(ローマ、1545‐アラス、1592)によってピロッタ宮殿の建設が引き継がれました。アレッサンドロの死後、公爵となった、アレッサンドロの息子ラヌッチョ1世ファルネーゼ(パルマ、1569‐1622)に宮殿の建設が引き継がれましたが、1611年、建設工事が中断され、ルネサンス様式の宮殿は未完成のまま現在に至ってます。


P1230899
1611年に工事中断された時の姿が現在のものではありません。


P1230903
1944年5月、第二次世界大戦の爆撃によって、宮殿の一部が破壊されましたが、その部分を修復することなく、戦後に危険との理由で、破壊された部分を完全に破壊して安全にした後の姿が現在の姿です。


P2620541
2018年、公園と宮殿は工事中でした。


P2620542
ピロッタ宮殿に美術館がオープンしたのは、1760年でした。
古い資料になりますが、2015年の年間入館者は59,757人でした。


P1240415
パルマ国立美術館の展示の中心は、ルネサンス期にファルネーゼ家が収集した所謂ファルネーゼ・コレクションです。ファルネーゼ家では、特に第220代教皇パオロ3世ファルネーゼ(カニーノ、1468‐ローマ、1549)とパオロ3世の孫アレッサンドロ・ファルネーゼ・イル・ジョーヴァネ枢機卿(ヴァレンターノ、1520‐ローマ、1589)の2人が美術品の収集に熱心でした。


P2630485
宮殿の中に入ります。
残念ながら、ファルネーゼ・コレクションのお宝全部がここにあるわけではありません。コレクションの貴重な作品の大部分はカポディモンテ美術館に移されて、ピロッタ宮殿にあるのは、その残りカス?と言うべきでしょう。
ファルネーゼ・コレクションは、ローマのファルネーゼ宮(現フランス大使館)、カプラローラ(ヴィテルボの近く)のヴィラ・ファルネーゼ、パルマのピロッタ宮殿、ピアチェンツァのファルネーゼ宮殿に分散されていました。
17世紀中頃のパルマとピアチェンツァの公爵だったラヌッチョ2世ファルネーゼ(パルマ、1630‐1694)には、3人の男子がいました。先妻イサベッラ・デステとの間にできた長子で公世子のオドアルド2世(パルマ、1666‐1693)、後妻で先妻の妹エリザベッタとの間にできたフランチェスコ、アントニオがいました。
公世子のオドアルド2世は、ラヌッチョ2世の公爵在位中に死んでしまい、ラヌッチョの死後の公爵位は次男フランチェスコに引き継がれましたが、フランチェスコは子供に恵まれないまま1727年に死去してしまい、後継はアントニオとなりましたが、アントニオも子供に恵まれないまま1731年に死去してしまいました。
ラヌッチョ2世の公世子だったオドアルド2世には娘エリザベッタがいましたが、エリザベッタはスペイン王フェリペ5世の王妃でした。フェリペ5世とエリザベッタとの間に二人の息子カルロスとフィリッポがいました。
直系のファルネーゼ家はアントニオ・ファルネーゼ公爵の死を以って1731年に途絶え、ファルネーゼ・コレクションはスペイン王妃エリザベッタに引き継がれ、エリザベッタの息子カルロスがパルマ公になりました。
ところが、1734年、パルマ公のカルロスは、ナポリ公国王に叙せられ、カルロ3世となりましたが、その際、母エリザベッタから受け継いだファルネーゼ・コレクションもナポリに持って行ったのです。
新たにパルマ公になったのは、カルロスの弟フィリッポでしたが、ファルネーゼ・コレクション全部のナポリ移転に反対して、返還交渉を行い、コレクションの一部はパルマに戻されることになりました。
前述のように、1760年、パルマ公フィリッポによって、残されたファルネーゼ・コレクションを母体に一般に展示されることになりました。
ピロッタ宮殿に残されたファルネーゼ・コレクションは、更に問題が起きたのです。
1803年から1814年まで、パルマはナポレオンのフランスによって占領されてしまったのですが、同時にピロッタ宮殿にあった作品も戦利品としてパリに持ち去られてしまいました。
ナポレオンの失脚後、持ち去られた美術品の返還交渉が行われ、その大半はパルマに戻されましたが、一部はそのままパリに残され、現在、ルーヴル美術館で展示されてます。
ついでですが、カルロ3世によってナポリに移転されたファルネーゼ・コレクションの数々がナポリのカポディモンテ美術館の展示の根幹となってます。
ナポリにある傑作は、カポディモンテ美術館とカラヴァッジョが逃亡中にナポリで描いた作品になりますが、奇縁によってナポリの美術が面目が立ったと言えると思います。ファルネーゼが断絶せず、カラヴァッジョがローマで殺人を犯さなければ、ナポリの美術作品は悲惨な状況になっていたことでしょう。


P2620543
現在、ピロッタ宮殿には、パラティーナ図書館、ボドニアーノ美術館、国立考古学博物館、ファルネーゼ劇場、国立美術館があります。


P2620544
宮殿の中も工事中でした。


P1230908
展示室は1階(日本の2階)にあります。


P2620545
切符売り場です。


P1240412
国立美術館の出入り口です。
従来、ファルネーゼ劇場から美術館に入館し、この扉から出るのが普通でしたが、2018年には、劇場から美術館に行くことが出来なくなっていて、劇場から一旦切符売り場があるホールに出て、この扉から美術館に入館するようになっていました。


P1240411
写真右はファルネーゼ劇場への入り口です。2018年、この入り口は閉まっていました。


P1240409
図書館の入り口


P1240410
ホールの壁にあるフレスコ画の痕跡です。


P2620546
国立美術館とファルネーゼ劇場は、切符がセットになっています。先ずファルネーゼ劇場を見ることにしました。
前述のように、工事中のためか、劇場への何時もの扉が閉められ、その横に設けられた臨時?の出入り口から劇場に入りました。


P1230909
ファルネーゼ劇場です。


P1230911
パッラーディオ設計の、ヴィチェンツァにあるオリンピコ劇場を模して1618年に建設された木造劇場です。


P1230912
色々な公演が行われる現役の劇場です。


P1230913
残念ながら現在の劇場は1618年に建設されたオリジナルのものではありません。


P1230922
1618年に建設された劇場は、第二次世界大戦の爆撃によって消失してしまい、戦後にオリジナルの形に忠実に再建されたものが現在の劇場です。


P1230918
絵画と彫刻があります。


P1240405


P1240406


P1230917


P1230920
舞台


P1230923
木組みの天井


P1230924
劇場の外の方に出ます。


P1230927
劇場の構造部


P1230925
戦災前の劇場を飾っていた彫刻が展示されてます。
ルーカ・レーティ(ライーノ、1598‐パルマ、1660)と協力者による「寓意的彫刻」(1618c)


P1230937
ルーカ・レーティ(ライーノ、1598‐パルマ、1660)と協力者による「寓意的彫像」(1618c)


P1230928


P1230929
劇場の模型


P1230932
前の建物にあった焼失を免れた板絵


P1230933
同断


P1230934
船の模型が展示されてます。


P1230935
展示されている理由が分かりません?
ファルネーゼ・コレクション?


P1230936
消失した建物を飾っていた彫刻
吊り下げられた像は不気味です。


P1240402
舞台を上下させるもの


P1240403
劇場内に戻りました。


P1240404
劇場を出て、美術館に入館します。


P1240407
(つづく)

P1230327
パルマのドゥオーモ広場です。


P1230753
写真左端に教区博物館 Museo Diocesanoがあります。


P2610495
洗礼堂とのセット券で入館できます。


P1230326
ドゥオーモの対面にある建物はPalazzo Vescovileです。



P1230663
写真はPalazzo Vescovileの中庭です。


P1230664
博物館の入り口が別の建物にあるので、意外に思えますが、博物館はPalazzo Vescovileの中庭地下にあるのです。
早速入館しました。


P2610496
12世紀の聖水盤
ドゥオーモにありました。


P2610497
14世紀の大天使聖ミケーレ
ドゥオーモにありました。


P1230757
現在のドゥオーモの場所にあった初期キリスト教会の柱の一部


P1230758
Museo Diocesano 教区博物館なので、パルマ司教区に属する教会にあった作品などが展示されていると思いましたが、ドゥオーモのものばかりで、実態はドゥオーモ付属博物館でしょう。


P1230760
ドゥオーモの初代の建物にあったライオン像


P1230762
左は「ソロモン像」(高さ155cm)(1200‐10c)
右は「サバの女王」(高さ1200‐10c)
パルマ大聖堂洗礼堂にありました。


P1230765
手前の像は、「大天使聖ミケーレ」(高さ168cm)(1200‐10c)
パルマ大聖堂洗礼堂にありました。


P1230767
「大天使聖ミケーレ」(高さ175cm)(1200‐10c)
パルマ大聖堂洗礼堂にありました。


P1230769
アンテラミ派彫刻家による「ライオン像」(12世紀)
ドゥオーモにありました。


P1230771
アンテラミ派彫刻家による「ライオン像」(12世紀)
ドゥオーモにありました。


P1230773
左は、「預言者ダヴィデ」(1200‐10c)
右は、「預言者ナタン」(1200‐10c)
パルマ大聖堂洗礼堂にありました。


P1230776
「乞食にマントを与える聖マルティーノ」(12世紀)
ドゥオーモにありました。


P1230778
ドゥオーモにあった浮彫(12世紀)


P1230780
ドゥオーモにあった彫刻(12世紀)


P1230782
現在のドゥオーモが建っている場所にあった初期キリスト教会の床のモザイク


P1230783
同断


P1230784
同断


P1230785
初期キリスト教会の礎石


P1230786
ドゥオーモにあった幟(13世紀末)


P1230787
幟の先端部
これを掲げながら街を練り歩いたとされてます。


P1230788
図柄は、洗礼堂のクーポラのフレスコ画とほぼ同じです。


P1230789
2つの幟の先端、中部、下部と3枚の写真に分けて掲載してます。


P1230790
洗礼堂のクーポラのフレスコ画と同じと考えれば、制作者はグリスポロ・ディ・パルマ(パルマ、13世紀活動)とグリスポロ工房ということになりますが・・・・


P1230791


P1230792
幟ではなくて、洗礼堂クーポラのフレスコ画の原画のように思うのですが・・・・


P1230793


P1230794


P1230795


P1230796


P1230797


P1230798


P1230799


P1230800


P1230801


P1230802


P1230803


P1230804


P1230805


P1230806


P1230807
Mensola con Protomo Leonina(13世紀末‐14世紀初頭)
ドゥオーモの洗礼堂にありました。


P1230809
初期キリスト教会の床


P1230810
浮彫(12世紀)
ドゥオーモにありました。


P1230812
同断


P1230814
12世紀に制作されてもので、ドゥオーモにありました。


P1230825
外に出ました。

P1230752
洗礼堂から外に出て、次は教区博物館です。


P1230753
洗礼堂と教区博物館が共通券になってます。


P1230754
Museo Diocesanoは、通常、教区に属する教会や修道院から集められた作品が展示されてますが、パルマの場合、ドゥオーモにあった作品が展示の中心になっていて、実質的にドゥオーモ付属博物館となってます。


P1230761
入館しました。


P1230773
この種の博物館としては、展示が少ない方でしょう。


P1230785
パルマ教区博物館については、後程項を改めて詳しく触れます。


P2610530
外に出たら、辺りはすっかり夕方の佇まいでした。


P2610535
もう閉館間近なのでパス。


P2610536
イタリアのオペラ劇場は、月に6,7日の公演が普通です。


P2610537
この日だけでなく、翌日、翌々日も公演がありません。


P2610538
ピロッタ宮殿は、この日の翌日に行きました。この日は、もう夕方で時間がありません。


P2610539
ガリバルディ通りをてくてく歩いてホテルに戻りました。


P2610546
夕食はホテル併設のレストランで。


P2610541
結構気に入ってます。


P2610543
クラテッロ・ディ・ジベッロが美味!
私が食べたイタリア生ハムでは、クラテッロ・ディ・ジベッロが最も美味しいと思います。


P2610545
皿が大き過ぎ。


P2610547


P2610552
夜更けに外に出たけれど。


P2610553
直ぐに部屋に戻りました。


P2620538
翌日も快晴でした。


P2620539
ピロッタ宮殿に向かいました。


P2620540
公園は工事中でした。


P2620542
私にとって、パルマでの一番の見所はここです。


P2620543
パラティーナ図書館、ボドニアーノ博物館、ファルネーゼ劇場、国立美術館、国立考古学博物館がピロッタ宮殿にあります。


P2620544
宮殿の中も工事中でした。


P2620545
ファルネーゼ劇場と国立美術館はセットになってます。


P2620552
ファルネーゼ劇場です。


P2620555
以前は、劇場から美術館に行くようになっていましたが、今回は、劇場から一旦切符売り場のホールに出てから、従来、美術館の出口だった所から美術館に入館するようになっていました。


P2620647
作品の新しい時代のものから古い時代の作品を見て行くという、従来の逆の順路で見て行くことになりました。


P2620681
ファルネーゼ家のお宝収集作品は、直系相続人が絶えたことで、ナポリのカポディモンテに移されてしまい、その残りカス感が強いものの、それでも十分楽しめます。


P2620904
パルマ国立美術館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


P2630063


P2630085
レオナルド・ダ・ヴィンチの作品


P2630196
展示されている作品の数は、それほど多くはありません。


P2630483
国立考古学博物館も工事中でした。


P2630289
閉鎖されている部屋が数部屋あったと思います。


P2630330
興味深い展示ばかりで、時間をかけてゆっくりと見て回りました。


P2630300
国立考古学博物館も項を改めて詳しく触れる予定です。


P2630374
定番展示も数多くありました。


P2630376


P2630484
かなり時間が経ちました。


P2630486
すっかり日が傾きました。


P2630487
この日も充実した一日になり、満足でした。


P2630488
(つづく)

P1230704
ベネデット・アンテラミの彫刻があるアーチの下に16のニッチ(壁龕)があります。


P1230709
16のニッチのうち、13のニッチにフレスコ画が描かれてます。あとの3つのニッチが扉となってます。
ニッチに描かれたフレスコ画を見て行きます。これらのフレスコ画は13世紀から15世紀に制作されたものですが、作品帰属がはっきりしないものが多いようです。


P1230720
Maestro del 1302 (エミリアで14世紀前半活動)の「ジェラルド・ビアンキ司教のニッチ」


P2610431


P2610433
Maestro del 1302 (エミリアで14世紀前半活動)の「玉座の聖母子と天使と聖ジョヴァンニ・バッティスタとジェラルド・ビアンキ司教」


P1230724
次のニッチです。


P2610407


P2610409
ブオナミコ・ディ・マルティーノ通称ブッファルマッコ(フィレンツェ、1290c‐1340)の「竜を退治する聖ジョルジョ」(1330‐36)


P2610410
ブオナミコ・ディ・マルティーノ通称ブッファルマッコ(フィレンツェ、1290c‐1340)の「キリストの洗礼」、「聖ジョヴァン・バッティスタの斬首」(1330‐36)


P1230713
次のニッチです。


P2610459


P2610461
ベルトリーノ・ダ・ピアチェンツァの「玉座の聖母子と聖人たち」(14世紀)


P2610463
ベルトリーノ・ダ・ピアチェンツァのフレスコ画(14世紀)


P1230716
次のニッチです。


P2610455


P2610456
ニッコロ・ダ・レッジョの「玉座の聖母子と2聖人」(14世紀)


P1230718
祭壇


P1230719
祭壇の後にあるニッチです。


P2610437


P2610439
エセクトリ・デッラ・ヴォルタの「キリストの洗礼


P2610440
エセクトリ・デッラ・ヴォルタの「聖母子と4聖人」


P1230721


P1230722
次のニッチです。


P2610415


P2610417
14世紀のエミリアの逸名画家作「聖母戴冠」、「聖人たち」


P2610419
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230725
次のニッチです。


P2610398


P2610399
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610401


P2610403


P2610405


P1230726
次のニッチです。


P2610392


P2610394
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610396
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230727
次のニッチです。


P2610478


P2610480
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610481
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230728
次のニッチです。


P2610381


P2610382
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230729
次のニッチです。


P2610468


P2610470
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610472
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230716
次のニッチです。


P2610454


P2610456
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230717
次のニッチです。


P2610446


P2610449
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610451
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610425
これで大体見終わりました。


P1230327
(おわり)

P2610360
洗礼堂の中に入りました。


P1230712
7,8年前に、ここで実際に洗礼式が行われているのを見ました。観光客を立ちリ禁止して洗礼式が行われると聞いたことがありますが、その辺はどうなっているのでしょうか。


P2610376
洗礼盤


P2610362
クーポラは、16本のコストローネ(肋材)から成る傘状になってます。


P2610363
クーポラの全面がフレスコ画で覆われてます。


P2610368
フレスコ画は、6つの同心円から成っており、テーマ毎に1つの同心円のフレスコ画が描かれてます。


P2610370
中心に近い赤色の同心円は、永遠の愛の赤い空を表現しているそうです。


P2610372
クーポラの中心から2番目の同心円に菱形が描かれてます。その菱形の中に星が描かれていて、その星はエルサレム上空に輝いているものとされてます。


P2610485
中心から3番目の同心円には、16本のコストローネで分けられた16の壁面に、12人の使途と4人の福音書記者が描かれてます。


P2610486
4番目の同心円には、キリストが描かれ、その左に聖母、キリストの右に聖ジョヴァンニ・バッティスタ、その他の壁面に13人の預言者が描かれてます。


P2610487
5番目の同心円には、聖ジョヴァン・バッティスタの生涯が12場面と4人の聖人が描かれてます。


P2610489
6番目の同心円には、アブラモ、自然の4要素(水、空気、土、火)、春夏秋冬の四季、聖母の生涯のエピソードが描かれてます。


P2610493
クーポラのフレスコ画は、グリスポロ・ディ・パルマ(パルマ、13世紀活動)とグリスポロ工房によって13世紀末に制作されました。


P1230737
フレスコ画の全場面の写真を撮ろうと思いましたが、見上げるのが辛くて直ぐに断念しました。


P1230731
上ばかり見ていると首が痛くなるし、やがて気持ち悪くなりました。


P1230732


P1230736


P1230742
制作するのが大変だったことでしょう。


P1230743


P1230745


P1230746


P1230749


P1230710


P2610494
クーポラのフレスコ画はこのくらいで終わりにします。


P2610490
クーポラのフレスコ画の下に2層からなるギャラリーがあります。


P2610491
ギャラリーに何もないところが多いですが、ここに彫刻が置かれていたそうです。


P1230705
彫刻が置かれている場所があります。これらの彫刻は貴重な傑作とされてます。


P2610373
これらの彫刻を順を追って紹介しましょう。


P2610453
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の傑作です。一部、アンテラミ工房の手が入っていると推察されてます。
左から、1月 水瓶座、2月 魚座


P2610421
左から3月 牡羊座、4月 牡牛座、5月 双子座


P2610423
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の作品


P2610427
左の彫像は詳細不明です。
その右は、ベネデット・アンテラミの6月 蟹座、7月 獅子座


P2610435
左から8月 乙女座、真ん中は詳細不明、その右は9月 天秤座


P2610443
左から10月 蠍座、11月 射手座、12月 山羊座


P1230738


P1230711


P2610406
ギャラリーの説教壇


P1230706
3つの扉上ルネッタに彫刻があります。


P2610413
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「エジプトへの逃避」


P2610465
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「キリストの寺院への出現」


P2610389


P2610390
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「アルピコルドを弾くダヴィデ」
(つづく)

P2600395
次はパルマ大聖堂の洗礼堂 Battistero di San Giovanniです。


P2600396
12世紀後半から13世紀前半に活動した彫刻家であり、建築家でもあったベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の設計によって、1196年に創建され、1216年に一応の完成をみたゴシック様式の建物で、最終的な完成は1270年とされてます。
ロマネスク様式からゴシック様式へと変わる過渡期におけるゴシック様式の建物です。


P2600830
八角形、五連窓の四層構造の上にブランド・アーチを持つ、高さ35mの建物です。


P1230320
ブラインド・アーチの上に8本の尖塔がありますが、高さと形状は不均一となってます。


P1230324
先ず、外側の彫刻などを見て行きます。


P2610358
入口扉が3つありますが、正面扉 Portale della Madonnaから見て行きました。


P2610500
Portale della Madonna上ルネッタの彫刻は、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「マギの礼拝」です。


P2610502
正面扉の柱


P1230680


P1230681


P2610503
正面扉、向かって右側の柱


P1230682


P1230684


P1230685


P1230686


P2610504
柱頭


P2610505
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房による彫刻


P2610506
ゾオーフォロ(zooforo 人獣帯状装飾)と呼ばれている彫刻が75あります。


P2610507
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1210c)と工房によってズオーフォロが作られました。


P2610508
柱頭


P2610509
殆どがオリジナルのものです。


P2610510


P1230689


P2610511
柱頭


P2610512
Zooforo


P2610513


P2610514
Portale del Giudizio上ルネッタは、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「最後の審判」


P2610515
Portale del Giudizioの左


P2610516
Portale del Giudizioの右


P2610517


P2610518
人獣帯状装飾


P2610519


P2610520
Zooforo


P2610521


P2610523
3つ目の扉Portale delle Vitaです。


P2610522
ルネッタの彫刻は、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「バラハムの伝説」


P2610524


P2610525


P2610526


P2610527


P2610528


P2610529


P2610530
横を見ました。


P2610531


P2610532


P2610533


P2610534
外側は大体見たようです。


P1230674
(つづく)

引き続き交差ヴォールトのナヴァータに描かれたフレスコ画です。
P2600748
主祭壇から内陣二番目の交差ヴォールトから再開します。


P2600750
旧約聖書からの場面が描かれてます。


P2600751
クゥアドリーフォラ(四連窓)の上部はキリストの物語が描かれてます。


P2600753
四連窓の下部は聖人たちと予言者が描かれてます。


P2600755
交差ヴォールト天井のフレスコ画は、アレッサンドロ・マッツォーラ・べドリ(パルマ、1533‐1608)によって1571年から1574年に制作されたものです。


P2600756
逆光です。


P2600757
キリストの昇天


P2600759


P2600761
次です。


P2600763
ナヴァータのフレスコ画は、ラッタンツィオ・ガンバラ(ブレーシャ、1530‐1574)が、ベルナルディーノ・ガッティ通称イル・ソジャロ(パヴィア、1495/1496-クレモナ、1576)の協力を得て制作されました。


P2600765
イル・ソジャロの協力の詳細については分かりません。


P2600767


P2600768
次です。


P2600769


P2600771
最後の晩餐


P2600772


P2600774
次です。


P2600775


P2600778
十字架昇架


P2600779


P2600781
次です。


P2600783


P2600784
キリストの復活


P2600787
これでナヴァータのフレスコ画は終わりです。


P2600788
中央礼拝堂をもう一度見ました。


P2600789
次はファサードの裏の壁に描かれたフレスコ画です。


P2600790
ラッタンツィオ・ガンバラ(ブレーシャ、1530-1574)の「キリストの昇天」


P2600792
カルロ・カルヴィとグイド・モンタナーリのステンドグラス(1954)
従来のステンドグラス経時劣化によって欠落したので、1954年に新たに制作されたものです。


P2600793


P2600796


P2600798


P2600799


P2600800


P2600801


P2600803


P2600805


P2600806


P2600809
これで終わりですが、コンソルツィオ礼拝堂のクリストフォロ・カセッリの作品がなかったように思います。


1
見当たらなかったクリストフォロ・カセッリ通称イル・テンペレッロ(パルマ、1460c‐1521)の「玉座の聖母子と聖イラーリオと聖ジョヴァンニ・バッティスタと音楽天使」(1499)
(外部サイトから作品画像を拝借しました)


P2600831
外に出ました。

P2600689
ベルニエーリ礼拝堂の中に入って拝観したかったのですが、鉄扉が閉まっていました。


P2600687
鉄格子の間からカメラを入れて写真を撮りました。


P2600692
チーマ・ダ・コネリアーノの領域(Ambito)の「ご訪問」(15末‐16世紀初頭)
Ambito di Tizianoと書かれている作品をティツィアーノの作品と間違えないようにしましょう。P2600702



P2600693
フレスコ画は、バルトリーノ・デ・グロッシ(パルマ、15世紀初頭に活動)によって描かれました。


P2600694
「聖セバスティアーノの物語」


P2600695
15世紀末のパルマの逸名彫刻家作「聖ジローラモ・ベルニエーリの聖櫃」


P2600697
右側廊


P2600698
右側廊交差ヴォールト天井のフレスコ画は、アレッサンドロ・マッツォーラ・べドリ(パルマ、1533‐1608)によって1571年から1574年に制作されました。


P2600699
次は、交差ヴォールトのナヴァータ上に描かれたフレスコ画を左ナヴァータから見て行きましょう。


P2600700
ファサードに近い方から主祭壇の方に向かって順番に見て行きます。


P2600701
交差ヴォールト天井のフレスコ画はアレッサンドロ・マッツォーラ・べドリ(パルマ、1533‐1608)によって描かれました。


P2600702
ナヴァータのフレスコ画は、ラッタンツィオ・ガンバラ(ブレーシャ、1530‐1608)がベルナルディーノ・ガッティ通称イル・ソジャロ(パヴィア、1495/1496-クレモナ、1576)の協力を得て、1567年から1573年に制作されました。


P2600703
受胎告知


P2600704


P2600705
上段が旧約聖書、中段がキリストの物語、下段が預言者、聖人たちとなってます。


P2600706


P2600709
羊飼いの礼拝


P2600711


P2600712
パオロ・フローニの「説教壇」(1613)


P2600713


P2600714


P2600715
クゥアドリーフォラ(四連窓 quadrifora)の上部は割礼


P2600718
クゥアドリーフォラの下部


P2600719
次です。


P2600720


P2600722
嬰児虐殺


P2600724


P2600726
次です。


P2600728


P2600729
博士たちとの問答


P2600732


P2600733
次です。


P2600736
キリストの洗礼


P2600737


P2600739
オルガン


P2600740
中央礼拝堂と後陣


P2600741
フレスコ画は、ジローラモ・マッツォーラ・ベドリの「最後の審判」(1538‐44)
アルベルト・ディ・モンフェオーロ・ダ・カッラーラの聖体容器(1486‐88)


P2600743
交差ヴォールト・ナヴァータの右側のフレスコ画に移ります。


P2600744


P2600746
寺院からの商人たちの追放


P2600747
(つづく)

P2600610
チェントーニ礼拝堂です。


P2600612
逆光です。


P2600614
チェントーニ礼拝堂の祭壇画は、アレッサンドロ・アラルディ(パルマ、1460c‐1528)の「玉座の聖母子と聖アントニオ・アバーテと聖パオロと寄進者ルドヴィーコ・チェントーニ」(1516)です。


P2600616
フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)の「磔刑」(153‐31)


P2600622
詳細不明


P2600623
詳細不明


P2600625
フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)の「キリストの受難」(1530‐31)


P2600628


P2600630


P2600631


P2600619
天井のフレスコ画もフランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)によって1530‐31年に制作されました。


P2600633
次の礼拝堂です。


P2600635
Cappella del Comuneです。


P2600640
コムーネ礼拝堂の祭壇画は、ミケランジェロ・アンセルミ(パルマ、1491c‐ルッカ、1555c)の「聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコと聖オラーリオと聖ビアージョ」(1526c)です。


P2600642
詳細不明


P2600643
コムーネ礼拝堂の壁一面にフレスコ画が描かれてます。


P2600644
バルトリーノ・デ・グロッシ(パルマで15世紀初めから中頃活動)と工房に帰属する「聖セバスティアーノと聖ファビアーノの生涯のエピソード」(1450c)


P2600645
こちらの壁は聖ファビアーノの物語でしょうか?


P2600647


P2600649


P2600650


P2600651


P2600652


P2600653
聖セバスティアーノ


P2600654
こちらの壁は聖セバスティアーノの物語でしょう。


P2600656


P2600657


P2600659


P2600661


P2600664


P2600666
聖ロッコ?


P2600667
カドゥーティ礼拝堂です。今日ではバイアルディ礼拝堂と呼ばれることが多いようです。


P2600667
扉が閉まっていますが、見どころが乏しいので、その理由が分かりません。


P2600671
古いフレスコ画が落剝したので、その残渣を塗り潰し、20世紀に新たに制作されたフレスコ画です。


P2600670
ビアージョ・ビアゲッティによって1920年に制作されたフレスコ画


P2600673
ビアージョ・ビアゲッティと言う画家は全く知りません。


P2600674
サン・マルティーノ礼拝堂です。


P2600676
この礼拝堂の装飾も新しい。


P2600677
礼拝堂の壁全面にフレスコ画が描かれてます。


P2600678
ジローラモ・マニャーニのフレスコ画(1881‐82)


P2600680
18世紀末から19世紀初めにパルマで活動した逸名彫刻家作「聖ジュゼッペと幼きキリスト」(18世紀末)


P2600683


P2600684


P2600686
(つづく)

P2600549
右翼廊のサン・パオロ礼拝堂です。


P2600552
オラツィオ・サマッチーニ(フィデンツァ、1770‐パルマ、1845)による天井装飾です。


P2600551
サン・パオロ礼拝堂のフレスコ画は、ポンポニオ・アレグリ(コレッジョ、1521‐パルマ、1845)の「シナイ山のモーゼ」(1560‐62)


P2600558
大聖堂で買い求めたガイドブックがあるので、作品帰属を書くのが容易です。


P2600559
アントニオ・プレシャーニの「聖パオロの回心」
サン・パオロ礼拝堂の祭壇画です。


P2600562
詳細不明


P2600564
詳細不明


P2600565
次はマドンナ・デッレ・ネ―ヴェ礼拝堂です。


P2600566
カティーノのフレスコ画は、クリストフォロ・カセッリ(パルマ、1460‐1521)の「父なる神」(1505‐06)


P2600567
金が使われてます。


P2600568
詳細不明の「無原罪の聖母」


P2600569
クリストフォロ・カセッリ(パルマ、1460‐1521)の「死せるキリストを支える2天使」(1507)


P2600571
バルトロメオ・モンティーニの墓碑


P2600572
この上にチーマ・ダ・コネリアーノの「玉座の聖母子と聖人たち」がありましたが、取り外され、現在はピロッタ宮殿のパルマ国立美術館にあります。


P2600573
バルトロメオ・モンティーニの墓(1507)


P2600574


P2600576
エルコーレ・プロカッチーニ・イル・ヴェッキオ(ボローニャ、1515‐1595)の「兵士」(1560‐62)


P2600577
お目当ての作品です。
パルマ大聖堂で必見の作品を1点挙げるとすれば、これになると思います。


P2600578


P2600579
ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「十字架降下」(1178)


P2600581
日光が変に当たって、作品が見難くて困りました。


P2600588


P2600583


P2600584


P2600585


P2600587


P2600589


P2600590
傑作は何度見ても見飽きることがありません。


P2600591


P2600594


P2600595
右側廊の柱頭


P2600596



P2600597
サンタガタ礼拝堂の扉が閉まっていました。


P2600600
鉄格子の間にカメラを入れて写真を撮りました。


P2600601
サンタガタ礼拝堂の祭壇を飾るベルナルド・ガッティ通称イル・ソジャロ(パヴィア、1495/1496-クレモナ、1576)の「磔刑と聖マリア・マッダレーナと聖アガタとウベルティの聖ベルナルドと天使」(1566-74)
ベルナルド・ガッティの代表作です。彼の代表作がパルマ大聖堂にあることはあまり知られていないと思います。


P2600598
サンタガタ礼拝堂のフレスコ画は、セバスティアーノ・ガレオッティ(フィレンツェ、1675-モンドヴィ、1746)とペッレグリーノ・スパッジャーリ(ミラノ、1728-1750記録)の二人によって、1717年から1719年に制作されました。


P2600604
フレスコ画のテーマは「天上の聖ジョヴァンニ・アバーテ」


P2600605
ジョヴァンニ・フランチェスコ・カリッシーミ家の墓」(1520-47)


P2600606
詳細不明


P2600607
詳細不明


P2600608
かなり傷んでます。


P2600609
聖水盤
(つづく)

クリプタの続きです。
P2600479
詳細不明


P2600480
ベルトリーノ・デ・グロッシ(パルマ、1425‐1462記録)工房によって描かれたフレスコ画


P2600481
クリプタの礼拝堂


P2600482
クリプタの礼拝堂


P2600483
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500‐1569)の「ウベルティの聖ベルナルディーノの墓」(1544)


P2600484
クリプタの拝観が終わりました。


P2600485
内陣に戻りました。


P2600486
左側の礼拝堂を見て回りました。


P2600488
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「磔刑と聖人たち」(1753)


P2600489
左翼廊天井


P2600490
詳細不明


P2600491
左翼廊の礼拝堂を見ます。


P2600492


P2600493
これがあると助かります。


P2600497
アッスンタ礼拝堂です。


P2600498
アッスンタ礼拝堂のフレスコ画は、ミケランジェロ・アンセルミ(パルマ、1492‐ルッカ、1554)によって1548年に制作されました。


P2600499
ミケランジェロ・アンセルミのフレスコ画


P2600500
同断


P2600506
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティンティ(パルマ、1558‐1617)の「聖母被昇天」(1589‐91)


P2600507
次はサン・フェルモ礼拝堂です。


P2600512
アントニオ・パシーニ(フィデンツァ、1770‐パルマ、1845)の「キリストの埋葬」(1815)


P2600509
サン・フェルモ礼拝堂のフレスコ画です。
オラツィオ・サマッチーニ(ボローニャ、1532‐1577)の「モーゼの奇跡」(1570‐76)


P2600514
サン・フェルモ礼拝堂にある彫刻(詳細不明)


P2600516
サン・フェルモ礼拝堂にある彫刻(詳細不明)


P2600518
説教壇


P2600520
クーポラ


P2600521
クーポラのフレスコ画が傑作として有名です。


P2600522
四隅は4福音書記者


P2600545
アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ通称コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖母被昇天」(1526‐30)


P2600543
コレッジョの代表作です。


P2600528
制作は危険と隣り合わせでしょうね。


P2600523
次は後陣の礼拝堂です。


P2600534


P2600536


P2600526
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500‐1569)の「最後の審判」(1538‐44)


P2600538


P2600527
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリによるフレスコ画


P2600524
アントニオ・ギデッティの祭壇の装飾彫刻(1766)


P2600537


P2600539
詳細不明


P2600530
後陣の礼拝堂


P2600531


P2600532
中央礼拝堂前から見た出入口方向


P2600533


P2600541
オルガン


P2600540
青銅製の祭壇(12‐13世紀)
(つづく)

P2600413
サン・セヴェーレ礼拝堂です。


P2600415
詳細不明


P2600417
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「天使たちと聖人たちと磔刑」


P2600419
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「聖ルチアと聖アグネスと聖アポッロニア」


P2600422
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「聖パスクゥアーレ・バイロン」


P2600424
詳細不明


P2600426
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」


P2600427
詳細不明


P2600428
扉が閉まっていたサン・マルティーノ礼拝堂です。


P2600429
鉄柵の間にカメラを入れて写真を撮りました。


P2600432
16世紀後半のパルマの逸名画家作「聖母子」(16世紀第3四半世紀)


P2600434
サン・マルティーノ礼拝堂の天井フレスコ画です。


P2600435
サン・マルティーノ礼拝堂のフレスコ画は、セバスティアーノ・ガレオッティ(フィレンツェ、1675‐モンドヴィ、1719)によって1719年に描かれました。


P2600436
セバスティアーノ・ガレオッティの「天上の聖母と天使たち」(1719)


P2600437


P2600439


P2600440
ピエル・ルイージ・パッラヴィンチーノの「威厳の聖母と天使たち」(1966)


P2600441
1423年から1426年に建設されたヴァレーリ礼拝堂です。
扉が閉まっていました。


P2600444
この礼拝堂は壁一面に描かれたフレスコ画が必見ですが、鉄扉が邪魔して写真がうまく撮れません。


P2600435
鉄格子にカメラを入れて写真を撮りました。


P2600445
ベルトリーノ・デ・グロッシ(パルマ、1425‐1462記録)と工房によって制作されたフレスコ画です。ジョヴァンニ・ダ・モデナのスタイルで描かれたそうです。


P2600446
フレスコ画のテーマは、この礼拝堂の注文主であるクリストフォロ・ヴァレーリの家族とキリストの物語となってます。


P2600447
クリストフォロ・ヴァレーリはパルマの有力政治家でしたが、政争に敗れてパルマから追放されてしまいました。追放後に彼の家族を思って、このフレスコ画を注文したそうです。


P2600448


P2600450


P2600451


P2600452
制作者情報不詳の「磔刑像」(15世紀)


P2600453
他の信者がいなかったので、クリプタに入ることにしました。信者以外は立ち入りが禁止されてます。


P2600454
クリプタです。


P2600455
規模の大きなクリプタです。


P2600457
クリプタの礼拝堂の祭壇画、フレスコ画などを見て回りました。


P2600458
ミケランジェロ・アンセルミ(パルマ、1492‐ルッカ、1554)の「家族に顕現する聖アグネス」(1526)


P2600460
次のクリプタ礼拝堂です。


P2600463
アレッサンドロ・アラルディ(パルマ、1460c‐1528)の「聖母の結婚」(1519)


P2600465
クリプタの壁にフレスコ画の断片が残されてます。


P2600464
ベルトリーノ・デ・グロッシ工房によって制作されたフレスコ画


P2600466


P2600467
クリプタにある礼拝堂です。


P2600468
詳細不明のフレスコ画


P2600470
アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)の「聖イラーリオ」(1733)


P2600471
詳細不明


P2600472
詳細不明


P2600474
ベルトリーノ・デ・グロッシ工房によって制作されたフレスコ画


P2600478
同断


P2600476
(つづく)

今回は、ロマネスク様式建築物の代表作の一つであり、ルネサンス様式の内部装飾が見所のパルマ大聖堂です。
P2610357
ドゥオーモ通りからドゥオーモ広場に向かいました。


P2600395
ドゥオーモ広場にやってきました。


P2600397
パルマ大聖堂、Cattedrale di Santa Maria Assuntaです。1834年、教皇グレゴリオ16世によってBasilica Minoreに格付けされました。


P2600813
現在のドゥオーモが建っている場所に既に初期キリスト教会がありました。
9世紀頃、パルマ司教だったグイボルド(?、820c‐パルマ、895)司教は、初期キリスト教会を取り壊し、その上に新しい建物の建設を決め、新しい建物の奉献式が890年に行われました。
しかし、1055年、または1058年に起きた火災によって、建物が消失してしまったので、1061年頃から再建作業が開始されました。二代目の建物の奉献式が、1106年、第160代教皇パスクゥアーレ2世(ブレダ、1050c‐ローマ、1118)によって執り行われました。


P2600814
その後、地震に見舞われ、途中修復工事が行われた結果、二代目の建物は当初予定よりも遅れて1170年頃に一応完成しました。


P2600812
現在の姿の原形は、13世紀のものです。


P2600826
高さ63mのゴシック様式の鐘楼は、オビッツィオ・サンヴィターレの設計によって、1284年から1294年に再建された二代目のものです。


P1230330
鐘楼は、ご覧のように長い間、修復工事が行われていました。
2009年10月21日の深夜から翌22日の未明にかけて、パルマは大雷雨に見舞われ、その際の落雷によって鐘楼は火災が発生して大きな被害を受けてしまいました。そのため、修復工事が行われ、2015年9月19日に工事が完了するまで、ご覧のような状態の姿だったのです。


P1230334
鐘楼の横に洗礼堂が建ってます。


P2600396
洗礼堂は、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の設計によって1196年から1216年頃に建設されました。
洗礼堂については、別に取り上げることにします。


P2600815
ジャンボノ・ダ・ビッソーニのプロテュルムのライオン(1281)


P2600819
ライオン像は左右で一対です。


P2600817
ロマネスクの彫刻


P2600818


P2600820
柱頭の彫刻


P2600821


P2600822


P2600824


P2600825


P2600829


P1230348


P1230345


P1230342
ルチーノ・ピアンキーノの門(1491)


P1230351


P1230352



P1230354
聖堂内に入りました。


P2600399
三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


P2600400
右側廊方向


P2600401
天井


P2600402
聖堂内の構造図


P2600403
これがあると助かります。


P2600404


P2600405
アレッサンドロ・アラルディ(パルマ、1460c‐1528)の「聖家族とドメニコ・ダ・イーモラ司教」(1496)


P2600406
礼拝堂を順番に見て行きます。


P2600407
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「ご訪問」


P2600409
見所が豊富です。


P2600410
詳細不明


P2600411
左側廊


P2600412
(つづく)

第15室の続きです。
P2610268
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「旅人と羊飼いがいる風景」


P2610271
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「戦闘」


P2610274
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノの領域(Ambito)の「戦闘」


P2610276
イラリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「騎兵がいる風景」


P2610279
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「騎兵戦」


P2610282
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「騎兵戦」


P2610286
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「騎兵戦」


P2610288
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「水浴するニンフ」


P2610292
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「合奏」


P2610295
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「ニンフとプットたち」


P2610297
次の部屋です。


P2610298
第16室になります。


P2610299
イグナツィオ・ステルン(オーストリア、1679‐ローマ、1748)の「磔刑像を手に瞑想する聖ブルノーネ」


P2610302
アントニオ・ムリエ通称イル・テンペスタ(オランダ、ハールレム、1637‐ミラノ、1701)の「パリーデの判決」


P2610306
アントニオ・ムリエ通称イル・テンペスタ(オランダ、ハールレム、1637‐ミラノ、1701)の「ヴィーナスとアドーネ」


P2610309
クロード・ロレイン(フランス、シャマーニュ、1600‐ローマ、1682)の「幸福な出来事」


P2610311
18世紀後半のヴェネトの逸名画家作「カナレット作『ドーロのブレンタ川』の複製画」


P2610315
ジャコモ・アントニオ・ボーニ(ボローニャ、1688‐ジェノヴァ、1766)の「漁師がいる風景」


P2610317
フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「天上の聖母子と聖ジョルジョと聖マルコと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


P2610321
フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「聖ジュゼッペの死」


P2610325
フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「パオラの聖フランチェスコの奇跡」


P2610328
フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「教皇聖グレゴリオと聖人たち」


P2610331
フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「十字架の発見と聖エレーナ」


P2610333
劇場?


P2610334
第17室


P2610335
次の部屋です。この部屋から展示作品全点の紹介を控えます。(興味がないから)


P2610336
第18室


P2610338
エンリコ・バンディーニ(パルマ、1807‐1888)の「彫刻家トッマーゾ・バンディーニ」(1830c)


P2610341
ベルナルディーノ・リッカルディ(パルマ、1814‐ローマ、1854)の「嘆きの聖母」(1839)


P2610344
ジョヴァンニ・リッコ(パルマ、1817‐1873)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1840)


P2610347
ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「十字架を担ぐ聖ジョヴァンニ」(1816c)


P2610349
次の部屋です。


P2610350
第19室


P2610351
次の部屋です。


P2610352


P2610353
第20室


P2610354
第21室で終わりです。


P2610355
外に出ました。
アンニーバレ・カラッチ、ラヴィーニア・フォンターナ、ジョヴァンニ・ランフランコの作品などが印象に残りました。
(おわり)

P2610156
次の部屋です。


P2610157
第13室になります。


P2610159
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称イル・グエルチーノの領域(Ambito)の「苦しみのキリスト」(17世紀)


P2610162
18世紀の逸名画家作「聖母の神殿奉献」


P2610165
バルトロメオ・マンフレディ(オスティアーノ、1587‐ローマ、1622)に帰属する「男の頭」


P2610168
テオフィリ・ビグー通称マエストロ・キャンドルライト(フランス、アルル、1579‐アヴィニョン、1650)の「聖母の頭」


P2610171
バルトロメオ・マンフレディ(オスティアーノ、1587‐ローマ、1622)に帰属する「男の頭」


P2610174
ジュゼッペ・チェーザリ通称カヴァリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568‐ローマ、1640)の「キリストの頭」


P2610177
ジュゼッペ・チェーザリ通称カヴァリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568‐ローマ、1640)の「兵士の頭」


P2610179
17世紀にローマで活動したフランス人逸名画家作「羊飼いの礼拝」(17世紀後半)


P2610182
18世紀のエミリアの逸名画家作「聖チェチリア」


P2610184
パルマの家具工房作「箪笥」(18世紀初め)


P2610187
アンドレア・ランツァーニ(ミラノ、1641‐1712)の「エジプトへの逃避途中の休息」


P2610190
制作者情報不詳の「ティツィアーノ作『救世主』の複製画」


P2610193
ベネデット・ジェンナーリ(チェント、1633‐ボローニャ、1715)の「聖アグネス」


P2610195
17世紀前半のフィレンツェの逸名画家作「純潔の寓意」


P2610200
17世紀のエミリアの逸名画家作「グイド・レーニ作『悲しみの聖母』の複製画」


P2610203
18世紀のトスカーナの逸名画家作「グイド・レーニ作『鳩の聖母』の複製画」


P2610206
17世紀のエミリアの逸名画家作「グイド・レーニ作『聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ』の複製画」


P2610209
フィレンツェの逸名画家作「謙虚の寓意」(17世紀前半)


P2610211
ジョヴァン・フランチェスコ・フェランテ(ボローニャ、1600‐ピアチェンツァ、1653)の「聖アンドレア・アヴェッリーノ」


P2610214
次の部屋です。


P2610215
第14室


P2610217
ジョヴァン・バッティスタ・ガウッリ通称イル・バチッチョ(ジェノヴァ、1639‐ローマ、1709)の「光悦の聖イグナツィオ」


P2610220
アレッサンドロ・マリ(トリノ、1650‐マドリッド、1707)の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2610223
アレッサンドロ・マリ(トリノ、1650‐マドリッド、1707)の「パドヴァの聖アントニオ」


P2610226
アレッサンドロ・マリ(トリノ、1650‐マドリッド、1707)の「聖チェチリア」


P2610229
制作者情報不詳の「ティツィアーノ作『カルロ5世の肖像』の複製画」


P2610231
ジョヴァンニ・ボッラ(パルマ、1650‐1735)の「聖家族」


P2610235
アントニオ・モロ(アントニス・モル)(オランダ、ユトレヒト、1517‐ベルギー、アントウェルペン、1577)の「パルマ=ピアチェンツァ公爵夫人、マルゲリータ・デ・オーストリアの肖像」


P2610238
フランス・デニス(アントワープ、1610‐マントヴァ、1670)の「ラヌッチョ2世の肖像」(1662)


P2610241
フランス・デニス(アントワープ、1610‐マントヴァ、1670)に帰属する「イサベッラ・デステ」(1664‐66)


P2610243
次の部屋です。


P2610244
第15室


P2610246
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1609‐マントヴァ、1664)の「雄鶏、七面鳥、ネズミ」


P2610249
フェリーチェ・ボセッリ(ピアチェンツァ、1650‐パルマ、1732)の「野菜、果物、肉の静物画」


P2610252
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1609‐マントヴァ、1664)の「猫、亀、鳥の静物画」


P2610255
フェリーチェ・ボセッリ(ピアチェンツァ、1650‐パルマ、1732)の「野菜、果物、肉の静物画」


P2610258
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「サティーロ、ニンフ、プットたち」


P2610261
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「サティーロとニンフとプットたちの遊び」


P2610265
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「プット、サティーロ、ニンフ」
(つづく)

P2610059
次の部屋です。


P2610060
第10室になります。


P2610062
エルコーレ・デッラバーテ(モデナ、1562‐1613)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


P2610065
アントニオ・マリア・ヴィアーニの領域(Ambito)の「三位一体」(17世紀前半)


P2610068
パルマの逸名画家作「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1600‐10c)


P2610071
ジョヴァンバッティスタ・ザノリーニ(フィデンツァ、1593‐1599存在確認)の「聖母子とパドヴァの聖アントニオとオリヴェート会修道士聖人」


P2610073
バルトロメ・エステバン・ムリーリョの領域(Ambito)の「幼きキリスト」(18世紀後半)


P2610077
16世紀初頭のエミリアの逸名画家作「マールテン・デ・フォス作『聖家族と天使たち』の複製画」


P2610080
バルトロメ・エステバン・ムリーリョの領域(Ambito)の「聖ジョヴァンニーノ」(18世紀後半)


P2610083
ジョヴァンバッティスタ・ターリアサッキ(フィデンツァ、1696‐カンプレモルド・ソプラ、1737)の「聖ジョヴァンニーノ」


P2610086
フランス・フランケン2世・イル・ジョーヴァネ(17世紀後半活動)の「羊飼いの礼拝」


P2610089
16世紀後半のフランドルの逸名画家作「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P2610093
フェラーラの逸名画家作「我に触れるな」(1590‐1600)


P2610095
フェラーラの逸名画家作「ピエタ」(1590‐1600)


P2610098
次の部屋です。


P2610105
第11室


P2610099
ここは、旧サン・パオロ修道院の台所でした。


P2610100


P2610101


P2610102


P2610103


P2610104


P2610106
17世紀中頃のパルマの家具工芸工房作「クローゼット」


P2610108
次の部屋です。


P2610109
第12室


P2610111
フランチェスコ・ストリンガ(モデナ、1635‐1709)の「天上の聖母子と天使たち」


P2610114
カルロ・ボノーネ(フェラーラ、1569‐1632)の「永遠なる父の頭」


P2610117
ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582‐ローマ、1647)の「聖ブルノーネ」


P2610119
カルロ・ボノーネ(フェラーラ、1569‐1632)の「聖人の頭」


P2610123
18世紀のヴェネトの逸名画家作「聖母被昇天」


P2610127
ジョヴァンニ・マウロ・デッラ・ローヴェレ通称フィアッミンギーノ(ミラノ、1575‐1640)の「寓意的場面」


P2610130
ジョヴァンニ・アントニオ・ファゾーロ(マンデッロ・デル・ラーリオ、1530‐ヴィチェンツァ、1572)の「男の頭」


P2610133
ジョヴァンニ・アントニオ・ファーゾロ(マンデッロ・デル・ラーリオ、1530‐ヴィチェンツァ、1572)の「女の頭」


P2610138
17世紀前半のエミリアの逸名画家作「聖母子」


P2610140
17世紀のパルマの逸名画家作「バルトロメオ・スケドーニ作『キリストの埋葬』の複製画」


P2610145
バルトロメオ・スケドーニ(モデナ、1578‐パルマ、1615)の「聖エリザベッタの施し」


P2610148
シスト・バルダロッキオ(パルマ、1585‐ローマ、1585c)の「聖母」


P2610150
ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582‐ローマ、1647)の「聖オッタヴィオの殉教」


P2610153
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「聖ジャコモを洗礼する聖ピエトロ」
(つづく)

P2600919
次の部屋です。


P2600920
第6室になります。


P2600921
ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1492c‐パルマ、1556)の「聖母戴冠のステンダルド(旗)」


P2600922


P2600925
制作者情報不詳の「ヤン・ファン・エイク作『戴冠した聖母』のコピー画」


P2600928
フィリッポ・リッピの追随者作「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(16世紀前半)


P2600930
ロンバルドの逸名画家作「聖母子」(1500‐20c)


P2600934
ロレンツォ・レオンブルーノ(マントヴァ、1477‐1537)に帰属する「聖母子」


P2600938
アントニオ・ベガレッリの領域(Ambito)の「聖母の頭像」(16世紀)


P2600942
ジャコモ・ライボリーニ通称ジャコモ・フランチャ(ボローニャ、1486c‐1540)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P2600944
17世紀前半のトスカーナの逸名画家作「この人を見よ」


P2600948
ジャコモ・ライボリーニ通称ジャコモ・フランチャ(ボローニャ、1486c‐1540)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


P2600951
トスカーナの逸名画家作「この人を見よ」(1500‐10c)


P2600954
ローマの逸名画家作「ラファエッロ・サンツィオ作『キューピッドの頭』の複製画」(16世紀前半)


P2600957
15世紀末のジェノヴァの逸名画家作「聖家族」


P2600959
15世紀末の逸名画家作「タッデオ・ズッカリ作『死せるキリストへの哀悼』の複製画」


P2600963
フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖フランチェスコとベネデット会修道士聖人」


P2600966
コレッジョの追随者作「園のキリスト」(16世紀前半)


P2600968
次の部屋です。


P2600969
第7室


P2600972


P2600973
16世紀末のパルマの逸名画家の素描


P2600976
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500c‐パルマ、1569)の「祭壇画の下絵」


P2600982
17世紀のエミリアの逸名画家作「聖母被昇天」


P2600986
17世紀末のエミリアの逸名画家作「コレッジョ作『聖アントニオ』の複製画」


P2600988
ジョヴァンニ・ジョゼッフォ・ダル・ソーレの領域画家作「グイド・レーニ作『無原罪の聖母』の複製画」(17世紀後半)


P2600993
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500c‐パルマ、1569)の「男の肖像」


P2600996
フランチェスコ・ロンギ(ラヴェンナ、1544‐1618)の「聖母の頭」


P2600998
インノチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)の「使徒の頭」


P2610002
次の部屋です。


P2610003
第8室


P2610005
アンニーバレ・カラッチ(ボローニャ、1560‐ローマ、1609)の「キリストとカナン人」


P2610009
17世紀初頭のボローニャの逸名画家作「ルドヴィーコ・カラッチ作『キリストの逮捕』の複製画」


P2610012
ヤン・ソーンス(オランダ、スヘルトーヘンボス、、1547‐パルマ、1611)の「この人を見よ」


P2610014
17世紀のイタリアの逸名画家作「聖ロッコ」(1647)


P2610018
ラヴィーニア・フォンターナ(ボローニャ、1552‐ローマ、1714)の「ユディト」


P2610021
次の部屋です。


P2610022
第9室


P2610023
17世紀後半の逸名画家作「聖フィリッポ・ネリ」


P2610026
17世紀後半の逸名画家作「聖フィリッポ・ネリ」


P2610030
ドメニキーノ(ボローニャ、1581‐ナポリ、1634)の「聖ドメニコの頭」


P2610033
ピエル・アントニオ・ベルナベイ(17世紀初め活動)の「死せるキリストへの哀悼」


P2610035
17世紀のパルマの逸名画家作「聖フランチェスコ」


P2610038
16世紀初めのエミリアの逸名画家作「十字架降下」


P2610041
17世紀のパルマの逸名彫刻家作「フランチェスコ・ダ・メーダの胸像」


P2610044


P2610045


P2610049
ピエル・アントニオ・ベルナベイ(パルマ、1567‐1630)の「磔刑」


P2610055
18世紀のパルマの逸名画家作「聖フィリッポ・ネリ」
(つづく)

P2600834
Monument della Veccia Torre di San Paoloが見えてます。その塔は旧サン・パオロ教会修道院の鐘楼でした。


P2600838
旧サン・パオロ教会です。
サン・パオロ教会修道院は、985年、この場所に建設されました。現在の建物は、1584年に建設された二代目のものです。
その後、教会の名称がサン・ルドヴィーコ教会に変更されました。
1810年、当時のパルマ司教によって教会は閉鎖されました。


P2600840
閉鎖されてから、建物は学校として使用されていました。


P2600836
学校としての使用が中止され、2002年、ストゥアルド絵画館がオープンしました。こちらは旧修道院だった建物です。


P2600837
絵画館の入り口です。
絵画館は、主に旧修道院東側の建物にあります。


P2600841
入館しました。
毎週火曜日が休館です。入館無料です。(無料にしておくのが勿体ないと思います)


P2600842


P2600843


P2600845


P2600844
展示室に進みます。


P2600846
第2室です。
守備塔の発掘調査の過程で、発掘されたものが展示されてます。


P2600847


P2600849


P2600850
ストゥアルド絵画館は、ジュゼッペ・ストゥアルドが個人集した美術品が主に展示されてます。


P2600851
ジュゼッペ・ストゥアルド(パルマ、1790‐1834)に帰属する「自画像」
彼は眼病を患ったので、アイパッチをしていたそうです。


P2600853
アントニオ・イラリオーリ(チサーノ・ベルガモスコ、1825‐1883以降没)の「ジュゼッペ・ストゥアルドの胸像」


P2600855
ルイージ・ヴィゴッティ(パルマ、1807‐1861)の「ジュゼッペ・ストゥアルドの肖像」
エッチングです。


P2600860
次の部屋です。


P2600857
第3室です。


P2600859
部屋のフレスコの説明でしょうか。


P2600861


P2600862


P2600865


P2600863


P2600867


P2600869
ニコロ・ディ・トッマーゾ(フィレンツェ、1348‐1375存在確認)の「死せるキリストへの哀悼」


P2600870


P2600873
Maestro della Misericordia(フィレンツェ、1350c‐1375c存在確認)の「玉座の聖母子」


P2600876
次の部屋です。


P2600877
第4室です。


P2600879
15世紀のエミリアの逸名画家作「聖母子」


P2600883
ビッチ・ディ・ロレンツォ(フィレンツェ、1373‐アレッツォ、1452)の「聖トッマーゾと聖ジョヴァンニ・バッティスタ」、「聖ジャコモ・ミノーレとバーリの聖二コラ」


P2600892
コレッジョの領域(Ambito di Correggio)の「聖ピエトロ?」(16世紀初頭)
サン・パオロ修道院にあったフレスコ画の剥離断片です。


P2600895
ジョヴァンニ・ディ・フランチェスコ(アレッツォ、1412 o 1428-フィレンツェ、1458)に帰属する「十字架を担ぐキリスト」


P2600898
次の部屋です。


P2600899
第5室になります。


P2600900
12世紀のギリシャのビザンチン様式逸名画家作「聖母子と2天使」


P2600905
パオロ・ディ・ジョヴァンニ・フェイ(シエナ、1340c‐1411)に帰属する「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P2600908
ピエトロ・ディ・ジョヴァンニ・ディ・アンブロージョ(シエナ、1409c‐1449存在確認)の「キリストのエルサレム入城」


P2600910
16世紀のエミリアの逸名彫刻家作「キリスト」(16世紀初頭)


P2600913
Maestro della Elle(フィレンツェ=クレタ、16世紀後半活動)の「羊飼いの礼拝」


P2600916
16世紀末のヴェネト=クレタの逸名画家作「キリストの復活」
(つづく)

パルマは、人口196,475人(2018年3月31日現在)のエミリア・ロマーニャ州パルマ県の県都です。
P2630489
パルマ駅に到着しました。


P2600387
3,4年前に再建された駅舎です。駅至近のこの日のお宿に向かいました。


P2600389
オペラを見ることが滅多になくなったので、このところ、このホテルに泊まってます。


P2600388
荷物を預け身軽になったので、早速街歩きに出発しました。


P2600390
ガリバルディ通り、またはトレント通りを真っすぐ進めば、旧市街です。同じ通りですが、場所によって名称が異なるので、時々戸惑うことがあります。


P2600391
この辺ではガリバルディ通りになるでしょう。


P2600392
サンタ・テレーザ教会の拝観は後日にしてパス。


P2600393
Piazza della Pace
広場に面して建っているのはピロッタ宮殿です。


P2600394
ストゥアルド絵画館の開館時間を確認しました。それで後で入館することにしました。


P2600395
ドゥオーモ広場にやってきました。


P2600396
洗礼堂は後回し。


P2600397
先ずドゥオーモを拝観することにしました。


P2600398
堂内に入りました。


P2600403


P2600454
クリプタ


P2600545
クーポラのフレスコ画


P2600586
日が当たって見難かった!


P2600582


P2600691
ドゥオーモについては、項を改めて詳しく触れる予定です。


P2600696
見所が多いので目移りしてしまいます。


P2600712
説教壇


P2600805
味わい深い柱頭


P2600814
外に出ました。


P2600832
雲一つない秋晴れ


P2600810
Palazzo Vescovile


P2600833
絵画館の開館時間になったので、絵画館に向かいました。


P2600835
Monument della Vecchia Torre di San Paolo


P2600838
旧サン・パオロ教会


P2600837
ストゥアルド絵画館は、旧サン・パオロ教会修道院の建物にあります。
月曜日も開館しています。入館無料です。


P2600851
ジュゼッペ・ストゥアルド(パルマ、1790‐1834)の「自画像」
ジュゼッペ・ストゥアルドは、パルマ貴族の芸術家、美術品収集家です。彼が個人収集した美術品が展示されてます。


P2600850


P2600886
絵画館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


P2610002
収集家の品良い好みが伺えます。


P2610351
近代画が充実しています。


P2610355
次は洗礼堂の拝観です。


P2610357
日がすっかり傾きました。


P2610359
団体さんがいました。


P2610360
洗礼堂に入りました。外にいた団体さんは何故か中に入ってきません。


P2610363
洗礼堂については、後程項を改めて詳しく触れる予定です。


P2610380
近頃、長い間見上げるのが辛くなってきました。


P2610386
見上げないと鑑賞できないので、辛くなっても我慢の一手です。


P2610390
(つづく)

282
1258年創建のロマネスク様式のサン・フランチェスコ教会です。


281
奉献式が1285年に執り行われました。
建物の完成後、二回大修復が行われましたが、老朽化したので、17世紀半ばに再建されました。現在の姿は、再建された二代目の建物です。


283
鐘楼は13世紀に建設されました。


279
教会の入り口は閉まっています。
教会のことを述べてますが、サン・フランチェスコ教会修道院の建物が博物館として使用されている上に、サン・フランチェスコ教会自体が博物館の一部として組み込まれているからです。


280
教会の入り口上ルネッタに描かれたフレスコ画「聖母子と聖フランチェスコと聖キアーラ」
制作者は不明のようです。


245
この建物が博物館の入り口となってます。
サン・フランチェスコ教会修道院ですが、18世紀末のナポレオンのイタリア侵攻に伴い、宗教活動が縮小制限されると、急速に荒廃が進み、1810年には活動が停止され閉鎖されてしまいました。その後、宗教活動は一度も再開されることなく現在に至ってます。
1833年から1893年まで大学の学舎として使用されていました。
その後、建物はコムーネの所有となり、20世紀初頭に一部改造され、村民ホールや会議室などとして使用されるようになりました。


244
1980年に村民ホールや会議室としての使用が停止され、1997年にコムナーレ博物館がオープンしました。
Complesso Museale di San Francescoが正式名称です。その名前の通り、幾つかの博物館から成る複合博物館です。


354
先ず、教会に入りました。


353
有名なオルガン


246
教会の壁に描かれたフレスコ画は、Maestro di Fossaの「磔刑」


355
教会を経由して、旧修道院のキオストロを経て、博物館の方に入る順路になってます。


248
キオストロ回廊のルネッタに描かれたフレスコ画


250
考古学部門


251


252
絵画部分は熱心に見ました。
入館者は私一人だけだったと思います。


254
17世紀のウンブリアの逸名画家作「聖母子と聖マリア・マッダレーナとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


255
17世紀のウンブリアの逸名画家作「ロザリオの聖母」
肝心のロザリオの聖母部分はこの画面の上部にあるようですが、落剝してありません。


256
16世紀のウンブリアの逸名画家作「エマオの晩餐」


257
17世紀のウンブリアの逸名画家作「受胎告知」


258
トッマーゾ・マウリツィの「聖母被昇天」


260
ピントゥリッキオの「聖母子」


261
じっくりと鑑賞しました。


262
ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャ(?、1450c‐スポレート、1528)の「サン・マルティーノの祭壇画」(1522)
トレヴィのサン・マルティーノ教会の主祭壇を飾っていた祭壇画です。


263
聖母戴冠
ロ・スパーニャの代表作です。


264
プレデッラ


265
裾絵の中央が欠落しています。


267
ロ・スパーニャの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(1520c)
トレヴィのマドンナ・デッラ・ラクリメ教会にありました。


269
ロ・スパーニャの「聖チェチリア」(1520c)
この作品もトレヴィのマドンナ・デッレ・ラクリメ教会にありました。


271
アレッサンドロ・トゥルキ通称ロルベット(オルベット)(ヴェローナ、1578‐ローマ、1649)の「聖母被昇天」(1630‐40c)
トレヴィのサンタントニオ教会にありました。


272
フランチェスコ・ナシーニ(カステル・デル・ピアーノ、1611‐1695)の追随者作「聖ヴィンチェンツォの奇跡」(1720‐30c)
トレヴィのサン・ドメニコ教会にありました。


273
17世紀のローマの逸名画家作「聖トッマーゾの不信」
トレヴィのサンティ・トッマーゾ・エ・ラザロ教会にありました。


274
ジョヴァンニ・ディ・コッラドゥッチョ(フォリーニョ、1404‐1430活動記録)の「サン・フランチェスコのポリッティコ」(1430c)
トレヴィのサン・フランチェスコ教会にありました。


275
詳細不明の「慈悲の聖母」
説明プレートがありません。


276
16世紀のウンブリアの逸名画家作「ピエタ」
トレヴィのマドンナ・デッレ・ラクリメ教会にありました。


277
制作者情報不詳の「祈る聖母」


247
写真館です。


253
オリーブ博物館


278
(おわり)

245
トレヴィのコムナーレ博物館です。


253
博物館はオリーブ、考古学。絵画などの部門に分かれてます。


261
展示作品数は少ないですが、傑作が幾つかあります。


266
コムナーレ博物館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


281
博物館として使用されている旧サン・フランチェスコ教会の建物です。


284
15世紀に建設されたモルト門を潜りました。


285
モルト門に描かれたフレスコ画(18世紀)です。制作者は不祥のようです。


287
モルト門を潜って、村の中心マッツィーニ広場に出ました。


286
広場に面して建つPalazzo Comunale、村役場です。13‐14世紀に建設されたそうです。


288
村役場の横にある「村の塔」です。13‐14世紀に建設された塔です。
次はペルジーノの作品が残るマドンナ・デッレ・ラクリメ教会です。


352
1485年に創建されたマドンナ・デッレ・ラクリメ教会です。


350
ペルジーノの「マギの礼拝」(1521)


351
制作者不明の「聖母子」(15世紀)
次はドゥオーモです。


289
細い道のベアート・プラチーダ通りの突き当りにドゥオーモがあります。


291
地元の人々からドゥオーモと呼ばれているサンテミリアーノ教会です。教区教会にも格付けされていないようです。


293
道幅が狭いので、ファサード全体の写真を撮るのが難しい教会です。


309
この場所に、既に3世頃には初期キリスト教会の存在を示す記録が残されているそうです。
12世紀、その初期キリスト教会を取り壊し、その上に建設されたロマネスク様式の教会が前身です。
15世紀、建物は拡張されることになり、それに伴いルネサンス様式に改造されました。
その後、地震、落雷、火災の被害を受け、建物が老朽化したので、19世紀後半に建築家ルーカ・カリミ―ニの設計によって、15世紀の改造後の姿を出来るだけ生かしながら、再建されました。


308
この部分だけ15世紀の改築のものです。


310
ファサードにある聖エミリアーノ像(13世紀)です。
聖エミリアーノは、トレヴィを含む司教区の最初の司教でしたが、304年、棄教を拒んでトレヴィ郊外で拷問の饐えに殉教したのです。この教会に聖エミリアーノの聖遺物が残されてます。
トレヴィの守護聖人になっています。


311
ドゥオーモの外壁にフレスコ画が残されてます。


312
15世紀のウンブリアの逸名画家の作品です。


292
扉が閉まっていたのでガックリしました。念のため、扉を押したら、扉が開きました。このようなこともあるのです、ビックリしました。


294
中に入りました。
1997年9月26日に発生したウンブリア・マルケ地震によって大きな被害を受け、大修復されたので柱が新しく見えます。


303
1997年のウンブリア・マルケ地震で、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂のフレスコ画が崩落してしまいました。


304
後陣


306
この中に聖エミリアーノの聖遺物(心臓)が収められているそうです。本当?


298
ロッコ・ダ・ヴィチェンツァと工房による「秘跡の祭壇」(1521)
秘跡の祭壇がドゥオーモの見所とされてます。


297
祭壇画もロッコ―ダ・ヴィチェンツァの作品ですが、傷みが激しくて何が描かれているのか判然としません。


300
アル・メランツィオに帰属する「聖母子」
初代の建物にあったフレスコ画で、15‐16世紀に制作されました。


302
ウンブリアの逸名画家作「玉座の聖母子と聖人たち」


301
一般的に地震や火災などの被害を受けた教会には、フレスコ画や祭壇画の傑作があまり残されていません。
この教会の傑作とされていた彫刻や祭壇画は、ナポレオンのイタリア侵攻の際に殆ど全部がフランスに持ち去られ、戻されていないのです。


305
詳細不明


295
開いていただけで幸運でした。


313
外に出ました。如何にもウンブリアらしい佇まいです。


314
壁にフレスコ画が描かれた民家があります。


315
前回見た時よりも痛みが進みました。


316
受胎告知ですね。


317
村の中心のマッツィーニ広場が最高地点のようで、後は下り坂ばかりのようです。


318
下り坂は楽でした。


319
あちこち歩きましたが、城壁沿いの道に出てしまいました。


320
もっと見て回るつもりでしたが、雨が降ってきました。


321
直ぐに雨が強くなってきたので、駅までの道のりを考えて駅に向かうことにしました。


322
振り返って旧市街を撮りました。


325


324
(おわり)

トレヴィは、人口8,372人(2017年1月1日現在)のウンブリア州ペルージャ県にあるコムーネです。「イタリアの最も美しい村」にリストアップされてます。
P2390667
トレヴィは、スポレート駅とフォリーニョ駅の間にあって、車窓から村の全容を見ることが出来ます。


P2100572
トレヴィを知ったのは、車窓からの眺めでした。


P2100573
高い丘の上にに築かれた村です。(車窓から撮った写真)


205
トレヴィ駅に到着しました。この日は、スポレートからの日帰り遠足でした。


206
トレヴィ駅の駅舎です。
無人駅で、券売機が1台ありますが、故障中のことがあって困ります。
待合室が開いているだけで、駅舎にバールはありません。トイレがありますが、入り口が施錠されているので使用できません。トイレの裏で用足しをしている男性を何度も見かけましたが、女性の方は不知です。


207
トレヴィは、ローマ・テルミニ~オルテ~スポレート~フォリーニョの幹線上にあって、RとRVが停車します。


208
防衛と対マラリアの観点から、高い場所に村が築かれたそうです。高い場所の方が蚊が少ないそうです。


210
駅横から丘上の向かうバスがありますが、バスの本数が少ない上に、この時は列車が大幅に遅れてバスに接続しなかったので、已む無く徒歩で旧市街に向かいました。


209
平坦な道が暫く続くので、景色が殆ど変わりません。


213
バスが通る道を避け、旧市街への近道である農道を通りました。


212
トレヴィは、オリーブ油の名産地として知られ、村の麓にオリーブ畑が広がってます。


211
旧市街に近付いてきました。


214
道の横から駅の方を見やると、かなり上ってきたことを実感しました。


215
オリーブ畑の先が旧市街です。


216
旧市街の南の出入り口であるサン・ファビアーノ門です。


217
サン・ファビアーノ門を潜り、旧市街に入りました。城壁沿いのサン・ファビアーノ通りを上ります。


219
道の右手にあった建物です。


220
サンタ・キアーラ女子修道院です。


221
18世紀に再建された建物です。初代の建物は14世紀に建設されました。


222
扉が開いていたので、中に入りましたが、大勢の尼僧がお祈りの真っ最中でした。
中に初代の建物が一部残されており、そこにジョット派画家に描かれたフレスコ画があるので、観たいと思いましたが、ミサ中なので見学を遠慮しました。


218
更に坂を上ります。


223
直ぐにサンタ・クローチェ教会があります。


225
17世紀に建設された教会です。


226
扉が閉まっていました。美術的には見るべき作品がないようです。


227
汗が噴き出すに違いない、真夏に歩くのは不適な道です。


228
足腰が衰えた老人はこの村で暮らすのが大変でしょうね。


229
写真では勾配がよく分からないと思いますが、この辺では息が上がって大変でした。


230
やがて道の峠を越えて、下り坂になりました。


231
駅が小さく見えました。川が旧市街を囲むように流れていることが分かりました。


232
車、人を見かけません。


233
Museo Civicoに向かってます。


234
女子修道院の尼僧さんたちを除けば、この村で初めて見かけた人です。


235
道は再び坂の上りになりました。


236
Museo Civicoは、旧市街の端にあるサン・フランチェスコ教会にあります。


237
ローマ帝政時代の1世紀に建設されたAntica Portaです。この門は旧市街の中心近くにあります。ローマ時代はこの門が旧市街の入り口だったそうで、ローマ時代の村は現在よりも格段に小さかったことが分かります。


238
門を潜ると視界が開けます。


239
天気が良ければ、絶景が楽しめます。


241
この日は曇り時々晴れの天気でした。


242
イタリアでは雨男なので、この日は天気に恵まれた方です。


243
サン・マルティーノ教会が見えました。
(つづく)

P1580509
アブラハム・ブリューゲル(アントワープ、1631‐ナポリ、1697)の「秋と冬」


P1580512
ジュゼペ・デ・リベラ通称ロ・スパーニョレット(スペイン、1591‐ナポリ、1652)の「アドニスの死」


P1580514
マッティア・プレティ(タヴェルナ、1613‐マルタ、ヴァレッタ、1699)の「銭の貢ぎ」


P1580516
ルーカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634‐1705)の「キリストのエルサレム入城」


P1580518
フランチェスコ・トレヴィサーニ(スロベニア、コペル、1656‐ローマ、1746)の「聖マリア・マッダレーナ」


P1580519
マッシモ・スタンツィオーネ(オルタ・ディ・アテッラ、1585‐ナポリ、1658c)の「薔薇の聖母」


P1580525
ニコラス・トゥルニエ(フランス、モンペリアル、1590‐トゥールーズ、1639)の「Sinite parvuolos」


P1580527
ジェラルド・シーガー(アントワープ、1591‐1651)の「ユディト」
ジェラルド・シーガーは、テネリズムのカラヴァッジェスキ画家です。


P1580530
シモン・ヴーエ(パリ、1590‐1649)の「サロメ」


P1580532
ジュゼッペ・チェーザリ通称カヴァリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568‐ローマ、1640)の「ラザロの蘇生」


P1580534
15世紀のウンブリアの逸名画家作「聖母子」


P1580536
フランチェスコ・ライボリーニ通称イル・フランチャ(ボローニャ、1450‐1517)の「竜を退治する聖ジョルジョ」


P1580538
ジョヴァンニ・ダ・ミラノ(カヴァルサッチョ、1325c‐1370c)の「玉座の聖母子と聖人たちとキリストの物語」


P1580539
15世紀のフィレンツェ派逸名画家作「玉座の聖母子」


P1580542
ニッコロ・ディ・ピエトロ(ヴェネツィア、1394‐1427記録)の「聖人たち」


P1580543
ニッコロ・ディ・ピエトロ(ヴェネツィア、1394‐1427記録)の「聖人たち」


P1580546
14世紀のフィレンツェ派逸名画家作「聖母子と聖ジローラモと聖フランチェスコ」


P1580549
アンドレア・ディ・チョーネ通称オルカーニャ(フィレンツェ、1343‐1368記録)の「聖母戴冠」


P1580553
Maestro di San Vendiana(フィレンツェ、1370‐1400活動記録)の「トリッティコ」


P1580555
14世紀のフィレンツェ派逸名画家作の「トリッティコ」


P1580556
ジョン・ギブソン(コンウェイ、1790‐ローマ、1866)の「プシケを支える天使」


P1580561
カラヴァッジョの作品が展示されている部屋に来ました。


P1580566
ヨハン・ハインリッヒ・シェーンフェルト(オーストリア、ビベラッハ・アン・デア・リース、1609‐ドイツ、アウグスブルク、1684)の「獄中の聖ピエトロを救出する天使」


P1580568
制作者情報不詳の「アントン・ヴァン・ダイク作『荊刑のキリスト』の複製画」


P1580569
部屋の天井装飾


P1580571


P1580575
アゴスティーノ・マスッチ(ローマ、1691‐1768)の「グイド・レーニ作『聖アンドレア・コルシーニ』の複製画」


P1580577
ジャコモ・ソーポリ(モデナ、1682‐ローマ、1759)の「パオリの聖ヴィンチェンツォの説教」


P1580582
マルコ・ヴェネファアル(ローマ、1684‐1764)の「聖カテリーナ・フィエスキの幻視」


P1580584
アゴスティーノ・マスッチ(ローマ、1691‐1768)の「法悦のリッチの聖カテリーナ」


P1580588
ピエトロ・パオロ・クリストファーニ(ローマ、1685‐1734)の「教皇クレメンテ7世コルシーニとネーリ・マリア・コルシーニ枢機卿の肖像」


P1580592
ピエル・レオーネ・ゲッツィ(ローマ、1674‐1755)の「聖ジュリアーナ・ファルコニエーリの死」


P1580594
扉の装飾


P1580595
部屋の天井装飾


P1580596


P1580599
退館しました。


P1580600
カラヴァッジョ、グイド・レーニなどの作品が秀逸でした。


P1580601


P1580602


P1580603
外に出ました。


P1580604
カラヴァッジョの作品は貸し出されることがあるので、要注意です。


P1580605
(おわり)

P1580419
ローマの逸名彫刻家作「テヴェレの化身」(16世紀末‐17世紀初頭)


P1580421
シピオーネ・プルツォーネ(ガエータ、1550‐ローマ、1598)の「ジャコモ・サヴェッリ枢機卿の肖像」


P1580422
シモーネ・カンタリーニ(ペーザロ、1612‐ヴェローナ、1648)の「アントニオ・バルベリーニ枢機卿の肖像」


P1580423
サルヴァトール・ローザ(ナポリ、1615‐ローマ、1673)の「灯台」


P1580427
ジュスト・スステルマンス(アンヴェルサ、1597‐フィレンツェ、1681)の「コジモ3世・デ・メディチの肖像」


P1580429
17世紀のフランスの逸名画家作「紳士の肖像」


P1580431
16世紀のフィレンツェの逸名画家作「高貴な幼児たちの肖像」


P1580433
バルトロメオ・パッセロッティ(ボローニャ、1529‐ローマ、1592)の「紳士の肖像」


P1580435
17世紀のエミリアの逸名画家作「聖ジョヴァンニーノ」


P1580437
オッタヴィオ・レオーニ(ローマ、1578‐1630)の「紳士の肖像」


P1580438
クロード・ルフェーブル(フォンテーヌブロー、1632‐パリ、1675)の「紳士の肖像」


P1580443
ジョヴァン・バッティスタ・サルヴィ通称サッソフェッラート(サッソフェッラート、1609‐ローマ、1685)の「聖母子」


P1580445
アゴスティーノ・カラッチ(ボローニャ、1557‐パルマ、1602)の「騎士の肖像」


P1580447
サルヴァトール・ローザ(ナポリ、1615‐ローマ、1673)の「風景」


P1580448
シモーネ・カンタリーニ(ペーザロ、1612‐ヴェローナ、1648)の「自画像」


P1580451
サルヴァトール・ローザ(ナポリ、1615‐ローマ、1673)の「風景」


P1580456
16世紀のローマの逸名画家作「女性の肖像」


P1580458
17世紀のボローニャの逸名画家作「修道女の肖像」


P1580460
フランス・ポルビュス・イル・ジョーヴァネ(アントウェルペン、1569‐パリ、1622)の「紳士の肖像」


P1580461
17世紀のローマの逸名彫刻家作「幼児の争い」


P1580463
フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607‐1665)の「ルイージ・スカラムッチャの肖像」


P1580466
ヤン・フランス・ヴァン・ブルーメン(アントウェルペン、1662‐1748c)の「司祭の肖像」


P1580467


P1580470
アントニオ・アッレグリ通称コレッジョ(コレッジョ、1489‐1534)の「聖アントニオ・アバーテ」


P1580473
16世紀のヴェネトの逸名画家作「紳士の肖像」


P1580476
フランチェスコ・コッツァ(スティ―ロ、1605‐ローマ、1682)の「ピエタ」


P1580480
マルチェッロ・ヴェヌスティ(マッツォ・ディ・ヴァルテッリーナ、1510‐ローマ、1579)の「受胎告知」


P1580483
アブラハム・ブリューゲル(アントワープ、1631‐ナポリ、1697)の「春と夏」


P1580486
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(スペイン、セビリア、1617‐1682)の「聖母子」


P1580488
マルコ・デ・カーロ(17世紀後半活動)の「魚貝の静物画」


P1580490
Christian Berentz (ハンブルグ、1658‐ローマ、1722)の「朝食の静物画」


P1580492
Christian Berents (ハンブルグ、1658-ローマ、1722)の「静物画」


P1580494
クリスチャン・べレンツ(ハンブルグ、1658‐ローマ、1722)の「静物画」


P1580496
ポンぺオ・バトーニ(ルッカ、1708‐ローマ、1787)の「ご誕生」


P1580498
クリスチャン・べレンツ(ハンブルグ、1658‐ローマ、1722)の「鳥」


P1580500
マキシミリアン・プフェイラー(18世紀)の「果物」


P1580502
クリスチャン・べレンツ(ハンブルグ、1658‐ローマ、1722)の「野菜と果物」


P1580504
クリスチャン・べレンツ(ハンブルグ、1658‐ローマ、1722)の「果物」


P1580506
クリスチャン・べレンツ(ハンブルグ、1658‐ローマ、1722)の「静物画」
(つづく)

P1580366
もう少し入館者が多くなると良いと思ってます。


P1580328
チェーザレ・チェンナーリ(チェント、1637‐ボローニャ、1688)の「ユースティティア(正義の女神)」


P1580330
シャルル・ルイ・クレリソ(パリ、1721‐1820)の「パンテオン前のローマの儀式」


P1580332
リベラ派逸名画家作「聖ジローラモ」(17世紀)


P1580333
ジャン・パオロ・パンニーニ(ピアチェンツァ、1691‐ローマ、1765)の「廃墟と羊飼い」


P1580335
二コラ・プッサン派逸名画家作「風刺の風景」


P1580338
バルトロメオ・スケドーニ(モデナ、1578‐パルマ、1615)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


P1580340
パンドルフォ・レスキ(ダンツィカ、1643‐フィレンツェ、1699)の「滝がある風景」


P1580342
ジャン・パオロ・パンニーニ(ピアチェンツァ、1691‐ローマ、1765)の「温泉がある廃墟」


P1580345
フィレンツェ派逸名画家作「聖母子と聖アンナと聖ジョヴァンニーノ」(16世紀)


P1580349
フィリッポ・ラウーリ(ローマ、1623‐1694)の「光悦の聖フランチェスコ」


P1580350
アンジェロ・カロセッリ(ローマ、1585‐1652)の「聖母子」


P1580353
17世紀の逸名画家作「パルマ・イル・ジョーヴァネ作『聖セバスティアーノ』の複製画」


P1580355
ジュスタス・ヴァン・エグモント(オランダ、ライデン、1601‐ベルギー、アントウェルペン、1674)の「スェーデンのクリスティーナ女王」


P1580357
カルロ・マラッタ(カメラーノ、1625‐ローマ、1713)の「井戸のレベッカ」


P1580359
ピーター・ニーフス・イル・ジョーヴァネ(アンヴェルサ、1620‐1675以降没)の「アンヴェルサ大聖堂の聖堂内部」


P1580361
Jacob Van Steverden(ローマで17世紀活動)の「果物売り」


P1580363
ピーター・ニーフス・イル・ジョーヴァネ(アンヴェルサ、1620‐1675以降没)の「アンヴェルサ大聖堂の聖堂内部」


P1580364
展示室天井のフレスコ画


P1580365
フレスコ画の詳細は持ち合わせていません。


P1580367


P1580368


P1580373
ミケランジェロ・チェルクゥオッツィ(ローマ、1602‐1660)の「キノコ採り」


P1580374
シャルル・ルイ・クレリソ(パリ、1721‐1820)の「ローマ時代の建築物での儀式」


P1580377
ミケランジェロ・チェルクゥオッツィ(ローマ、1602‐1660)の「森の猟師」


P1580379
16世紀のトスカーナの逸名画家作「十字架降下」


P1580381
テオドール・ロンバウト(アンヴェルサ、1597‐1637)の「合奏」


P1580383
ヤコポ・バッサーノの追随逸名画家作「羊飼いの礼拝」(16世紀)


P1580385
16世紀の逸名画家作「パルミジャニーノ作『聖家族と聖ジョヴァンニーノと聖マリア・マッダレーナ』の複製画」


P1580387
マルチェッロ・ヴェヌスティ(マッツォ・ディ・ヴァルテッリーナ、1510‐ローマ、1579)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


P1580389
ジュスト・スステルマンス(アンヴェルサ、1597‐フィレンツェ、1681)の「フィデス(信義の女神)に扮したヴィットリア・デッラ・ローヴェレの肖像」


P1580391
17世紀の逸名画家作「ジョヴァンニ・ランフランコ作『聖マリア・マッダレーナの昇天』の複製画」


P1580395
グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「嘆きの聖母」


P1580397
グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「荊刑のキリスト」


P1580398
グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


P1580404
ジョヴァン・バッティスタ・ガウッリ(ジェノヴァ、1639‐ローマ、1709)の「ネーリ・コルシーニ枢機卿の肖像」


P1580406
アレッサンドロ・アローリ(フィレンツェ、1535‐1607)の「トスカーナ大公フェルディナンド・デ・メディチの肖像」


P1580408
ヤーコブ・デ・ハーシュ(ユトレヒト、1656‐アムステルダム、1701)の「漁師がいる湾」


P1580410
ピエトロ・ファケッティ(マントヴァ、1535‐ローマ、1616以降没)の「ミケーレ・ベレッティの肖像」


P1580412
サルヴァトール・ローザ(ナポリ、1615‐ローマ、1673)の「海岸にある廃墟」


P1580414
ピエル・フランチェスコ・ディ・ヤコポ・フォスキ(フィレンツェ、1502‐1567)の「ピエトロ・ストロッツィ?の肖像」


P1580415
フランチェスコ・ディ・クリストファーノ通称フランチャビージョ(フィレンツェ、1484‐1525)の「紳士の肖像」


P1580418
ヤーコブ・デ・ハーシュ(ユトレヒト、1656‐アムステルダム、1701)の「漁師がいる湾」
(つづく)

↑このページのトップヘ