イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2019年07月

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サン・フランチェスコの回廊です。


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回廊の壁のルネッタにフレスコ画が描かれてます。


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修道院の入り口左側にサン・ベルナルディーノの回廊がありますが、そちらに足を向けませんでした。


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フレスコ画のテーマは、聖フランチェスコの生涯となってます。


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全部で約50場面描かれましたが、その殆どが残されてます。失われたのは数場面にしか過ぎないようです。


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ジャンバッティスタ・ロヴェダータ(ヴェローナ、?‐ヴェネツィア、1620)によって1605年頃に全場面が制作されました。


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近年、修復されたようで、以前よりも鮮明になりました。


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サン・フランチェスコの回廊から見た鐘楼


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サン・フランチェスコのキオストロ


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この辺の部屋で神学研究が行われました。


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(つづく)

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カステルヴェッキオからStradone Antonio Provoloを進んでサン・ベルナルディーノ教会に向かいました。


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サン・ベルナルディーノ教会修道院です。


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要塞としての機能を果たす高い壁が教会修道院を取り囲んで、その周囲延長は約600mに及びます。


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門から中に入りました。キオストロの先に教会のファサードが見えます。


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シエナの聖ベルナルディーノ(マッサ・マリッティマ、1380‐ラクイラ、1444)は、1422年から数年間、ヴェローナに留まり、2つの修道院を建設しましたが、1443年、再びヴェローナを訪れ慈善事業を行い、多くのヴェローナ市民から信仰を集めました。
死後6年の1450年、当時の教皇ニッコロ5世によって列聖されたのを機に、聖ベルナルディーノに献じる教会修道院の建設がヴェネツィア・ドージェのフランチェスコ・フォスカリ(ヴェネツィア、1373‐1457)によって承認、許可されました。それに基づき、1452年創建、1466年に完成したゴシック様式の教会です。奉献式は1453年に執り行われました。


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ファサードの入り口扉上の彫刻、「聖ベルナルディーノ」、「聖ボナヴェントゥーラ」、「聖アントニオ」、ルネッタの「聖痕を受ける聖フランチェスコ」は、17世紀に彫刻家ビアージョ・ファルチエーリによって制作されました。


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入口扉左側


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入口扉右側


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ファサードの右横扉上ルネッタのフレスコ画


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鐘楼


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サン・ベルナルディーノ教会修道院には3つの回廊があります。


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門から中に入り、教会のファサードに向かう中庭を取り囲む回廊があります。


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3つの回廊のうち、最も大きな回廊です。


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サンタントニオの回廊と呼ばれてます。


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回廊の床に修道士たちの墓石や慰霊碑などが並んでます。


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回廊壁のルネッタにフレスコ画が描かれてます。


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フレスコ画のテーマは、聖アントニオの生涯の物語と聖アントニオの奇跡です。


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これらのフレスコ画は、ヴェローナの画家パオロ・モランド通称イル・カヴァッツォーラ(ヴェローナ、1486c‐1522)によって1520年に制作されました。


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まあまあの保存状態でしょう。


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聖アントニオの生涯を殆ど不知なので、各場面の意味がよく分かりません。


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全部で36場面ありますが、紹介はこのくらいにしましょう。


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サン・フランチェスコの回廊に向かいます。


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サンタトニオ回廊とサン・フランチェスコ回廊を繋ぐ廊下の壁ルネッタにもフレスコ画が描かれてます。


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2つの回廊を結ぶ廊下とサン・フランチェスコの回廊のルネッタのフレスコ画は、ジャンバッティスタ・ロヴェダータ(ヴェローナ、?‐ヴェネツィア、1620)によって1605年頃に制作されました。


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フレスコ画のテーマは聖フランチェスコの生涯です。


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サン・フランチェスコの回廊に出ました。
(つづく)

2015年11月19日夜、閉館間近のカステルヴェッキオ美術館に3人組の盗賊が押し入り、17点の作品が盗まれました。盗まれた作品の殆どは傑作でしたが、他の傑作を差し置いてティントレット周辺の画家、ドメニコ・ティントレット工房の作品を含むティントレット父子関連の8作品が盗難にあったので、犯人はティントレットの熱狂的なファンだろう、そして17点の作品は多分戻らないだろうと思っていました。
ところが、2016年3月15日、この盗難に関与したとして15人が逮捕されたことから、17点の作品もいずれ戻るかも知れないとの光明が出てきました。
2016年5月6日、盗まれた全17作品がウクライナのオデッサ近郊で発見されたのです。やれやれ、安心しました。

さて、盗まれた作品ですが、盗まれた期間、美術館では、以下の写真のように、精巧な作品写真が展示されていました。
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ハンス・デ・ジョード(オランダ、ハーグ、1630‐ウィーン、1662以降没)の「港の風景」
臙脂色の地に作品写真が貼られ、作品写真の下にOpera trafugata il 19/11/2015と記されてました。


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ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555c)の「若きベネデット会修道士」
盗難にあって美術館はどうなっているだろうと心配になって、訪れた時に撮った写真です。
ノーフラッシュならば写真が解禁になって以来、館内の係員や警備員の数が著しく少なくなりましたが、この時は各展示室に係員が常駐している上に、私の行く先に警備員が付いてくる有様で、その変わりように驚きました。


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ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518‐1594)の「授乳の聖母」
trafugataはtrafugare(盗み出すの意味)の活用語です。


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ドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560‐1635)の「ヴェネツィア海軍提督の肖像」


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ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1396‐1470c)の「砂漠の聖ジローラモ」
この作品写真の下にOpera trafugata il 19/11/2015の記載がありません。記載がなくても臙脂色の地があれば、盗難作品の写真と分かるようにしたものと思われます。


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アントニオ・ピサーノ通称ピサネッロ(ピサ、1395‐ナポリ、1455c)の「ウズラの聖母」
この作品写真の下にもOpera trafugata il 19/11/2015の記載がありませんが、臙脂色の地が使用されていました。
盗難に遭った全17作品の写真の写真をアップしても無意味なので、この辺で止めておきましょう。


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盗まれた作品が全部戻ったとの報道に接して、非常に嬉しかったのですが、今後は何時行っても見ることが出来るとの安心感から、急いでいくこともあるまいと思ってしまい、久し振りのカステルヴェッキオ美術館となりました。


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城門上のフレスコ画


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中庭に小さな池があります。


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池に2羽の鴨がいました。もう1羽は池の端にいたので、写真に写ってません。


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入館しました。


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ピサネッロの作品は無事に戻って、何事もなかったかのように展示されていました。


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ピーテル・パウル・ルーベンス(ドイツ、ジーゲン、1577‐ベルギー、アントウェルペン、1640)の「貴婦人の肖像」
これも盗難にあった作品です。


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖家族と聖女」
作品が痛むことなく戻されていました。


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盗まれたカロートの2作品も無事でした。


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ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555c)の「子供の絵を持つ少年の肖像」
一度見たら忘れられない作品です。これが盗まれたと聞いた時には落胆しました。


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ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555c)の「若きドメニコ会修道士」


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無事に戻ったのを自分の目で確認できたので、安心して初めから見て行きました。


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14世紀のトスカーナの逸名彫刻家作「聖母子」


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14世紀のヴェローナの逸名彫刻家作「聖ジョルジョ?」


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14世紀のヴェネトの逸名彫刻家作「悲しみの聖母」


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彫刻の次に絵画の展示になります。


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作品が制作された時代順に展示されてます。


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13世紀末のヴェローナの逸名画家作「授乳の聖母」


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Maestro della Madonna della Misericordia (14世紀後半活動)の「聖グレゴリオと聖バルトロメオ」


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)の枠組みの「ボイのポリッティコ」


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ミケーレ・パンノニオ(ハンガリー、1400‐フェラーラ、1464c)の「聖母子」


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ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1400c‐1462c)の「授乳の聖母」


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ステファノ・ディ・ジョヴァンニ通称イル・サセッタ(シエナ、1392‐1450)またはミケリーノ・ダ・ベソッツォ(ベソッツォ、1370c‐1455c)の「バラ園の聖母」


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ジョヴァンニ・バディーレ(ヴェローナ、1379‐1451)の「聖母子」


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ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1396‐1470c)の「磔刑」


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カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1430/1437-マルケ、1495c)の「受難の聖母」


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ジュリオ・ライボリーニ通称イル・フランチャ(ボローニャ、1486c‐1557)?の「受胎告知」


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432c‐1516)の「聖母子」


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432c‐1516)の「聖母子」


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マルカントニオ・バッセッティ(ヴェローナ、1586‐1630)


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楽しかった、嬉しかった。


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(おわり)


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14世紀のヴェローナの逸名画家作「玉座の聖人」


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14世紀のヴェローナの逸名画家作「玉座の聖マルチェッロ」


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窓越しの景観


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ジュリエッタとは無関係と思える作品が並んでます。


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剥離フレスコ画が並んでます。


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16世紀のヴェローナの逸名画家作「高貴な女性の肖像」


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16世紀のヴェローナの逸名画家作「バルコニーの女」


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ベルナルディーノ・インディア(ヴェローナ、1528‐1590)の「花と果物のカンデラブラム」


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ベルナルディーノ・インディア(ヴェローナ、1528‐1590)の「花と果物のカンデラブラム」


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ベルナルディーノ・インディア(ヴェローナ、1528‐1590)の「花と果物のカンデラブラム」


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ベルナルディーノ・インディア(ヴェローナ、1528‐1590)の「花と果物のカンデラブラム」


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次の部屋に向かいます。


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ジュリエッタの寝室です。
実在しない人の寝室が実際にあるので、驚きました。


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壁に剥離フレスコ画があります。


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アントニオ・バディーレのサークル逸名画家作「聖母子」(15世紀中頃)


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暖炉


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ジュリエッタとロメオの衣装


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カッソーネ


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部屋のフレスコ装飾


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Maestro Veronese del 1326 の「三位一体」


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暖炉


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天井


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椅子でしょうか?


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14世紀のヴェローナの逸名画家作「玉座の聖母子」


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ジュリエットへの手紙の投函ポスト


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2階(日本の3階)です。


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テラコッタ装飾(15世紀後半)


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暖炉


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2階からの風景


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ジュリエッタが生きていた時代?に使用されていた陶器


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15世紀のヴェローナの逸名画家作「玉座の聖母子」


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外に出ました。


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子供騙しのようなMuseoですが、偶に利巧が馬鹿になって実在しなかったジュリエッタの家なるものを楽しむのも一興でしょう。ヴェローナ観光の目玉として、このMuseoを作った関係者の努力が微笑ましく思います。


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(おわり)

ヴェローナ観光となれば、アレーナと「ロメオとジュリエット」となります。
ウイリアム・シェイクスピアが1595年頃に書いた戯曲「ロメオとジュリエット」を、ヴェローナ市当局が観光のために現実にしてしまった一環の一つがジュリエッタの家であり、Museoと思います。
ヴェローナに行ったことがないシェイクスピアがヴェローナを舞台にした戯曲を書いたのは、ルイージ・ダ・ポルトの著作(1531c)を原本にしたと言われてます。ルイージの著作にも原本があって、シエナを舞台にした悲恋物語という説があり、その説が正しいとすれば舞台をシエナからヴェローナに移して詩人の物語を著作したということになります。
実在しなかったジュリエッタGiulietta Cappelletti(Giulitta Capuleti)の家をこの場所Via Cappello 23にある建物にするには、かなりの努力が必要だったと思います。
中世のヴェローナの記録には、そもそもCappelletti家の存在記載がないそうです。
Via Cappello の周辺に大商人カッペッロ家の住居と家作があり、その一部が14世紀に病院として転用された建物が現在のジュリエッタの家になっているようです。
19世紀末に「ジュリエッタの家」になったのです。
このような事情から、このMuseoの紹介にはあまり気が進まないのですが、ヴェローナ観光の目玉であることは事実なので敢えて取り上げる次第です。
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エルベ広場です。
写真手前を逆方向に進みます。


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Via Cappelloを少し進みます。


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エルベ広場から僅かの距離にジュリエッタの家があります。


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写真左の煉瓦積みの建物がジュリエッタの家です。


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ジュリエッタの家の入り口です。


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入口から中庭に出るアーチの左右両壁に落書き用ボードが用意されてます。


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直ぐにボード一杯に書かれるので、数年毎にボードが交換されると聞いたことがありますが、真偽のほどは?


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中庭です。


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ジュリエッタ像


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男性も女性も触るジュリエッタ像の右乳房


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ジュリエッタ像の後壁


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愛の絆の鍵ということでしょうか?この場所に鍵をかけたカップルのうち、離別(婚)率はどのくらいになるのか、皮肉屋の私には気になる所です。


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ホテルだった時代もあったらしい?


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有名なバルコニーの下にMuseoの入り口があります。


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中に入った直ぐの所にもジュリエッタ像があります。こちらの方は右乳房に触るのは禁止です。


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制作者不明の「ウイリアム・シェイクスピア(ストラットフォード・アポン・エイボン、1564‐1616)の胸像」


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階上に向かいます。


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1階(日本の2階)の展示室です。


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「ロメオとジュリエット」に欠かせないバルコニー
バルコニーの経緯を知ると、このMuseoの性格が分かります。


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ヴェローナ産の大理石はこのような色をしてますが、バルコニー制作のための大理石は14世紀の遺跡から発掘され、1920年までカステルヴェッキオで保存されていました。それをこの場所に移して、新たにバルコーニ―を制作したのです。ご覧のように大理石を継ぎ合わせてバルコニーに仕上げた痕跡が認められます。
「ロメオとジュリエット」に合わせるために1920年に制作されたもので、何も有難がって見る必要がないと思います。
観光と商魂のため、ヴェローナ市当局はこのバルコニーを結婚式会場として貸し出しています。


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バルコニーから撮ったジュリエッタ像


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ガエターノ・キエリーチ(レッジョ・エミリア、1838‐1920)の「ジュリエッタとロメオ」(1850‐55)


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Georg Sigmund (1790‐1814以降没)とJohann Goitieb Facius (1750c-1802以降没)の「シェイクスピアのジュリエッタとロメオ、Act 4 Scene 3」(1789)(エッチング)


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同断


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J. P. Simon (1750-1810)の「シェイクスピアのジュリエッタとロメオ、Act 4 Scene 3)(エッチング)


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部屋の天井


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アンジェロ・ダッローカ・ビアンカ(ヴェローナ、1858‐1942)の「エルベ広場」


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詳細不明


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ヴィスカルド・カルトン(ヴェローナ、1867‐1928)の「L'Adeseto」


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展示としては冴えないと思います。


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Museoに入館する人は、中庭に来た人の20%くらいでしょうか?


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(つづく)

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ここは拝観しました。


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この教会の名前が分かりません。


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活動を停止した旧教会?


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サン・ゼーノ・マッジョーレ聖堂の鐘楼が見えてきました。


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勿論、この辺は城壁内ですが、郊外の雰囲気です。


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写真右はサン・プロコーロ教会ですが、写真左先の教会の名前が分かりません。2つの教会の間を進めばサン・ゼーノ広場に出ます。


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サン・ゼーノ・マッジョーレ聖堂です。


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ファサード側の扉は通常閉まっています。聖堂内に入るには、キオストロ回廊経由になります。


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サン・ゼーノ修道院の塔


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キオストロ


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キオストロ回廊


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聖堂内に入りました。


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美術的な見所が沢山あります。


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クリプタ


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サン・ゼーノ・マッジョーレ聖堂については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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外に出ました。


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夕暮を迎える時間になりました。


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サン・プロコーロ教会です。


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846年の記録に記載されている教会です。1117年の大地震によって倒壊したので、12世紀に再建された建物が現在の教会です。


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フレスコ画が残ってます。


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拝観したかったのですが、開いていないことが多いので、その辺は仕方がありません。


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歩き疲れました。この日はこれで終了です。


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日が落ちたら晴れてきました。


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ホテルに戻りました。


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この日は快晴でした。


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アディジェ川対岸の教会巡りをしたかったのですが、この日はミラノ泊りの上に朝寝坊をしたので、時間を十分とれず対岸は又の機会となりました。


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足が遠のくお店が並んでます。


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写真左先の建物に注目です。


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ローマやシエナなどでお馴染みです。


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この建物でコンサート(室内楽)を楽しんだことがあります。


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重厚な扉


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Via Quattoro Spade


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街角のフレスコ画


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又してもエルベ広場に来ました。


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サン・マルコの有翼のライオン像


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単なる散歩で、門を見たかったわけではありません。


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Largo Guido Gonella 1にある建物


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フレスコが描かれてます。


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同じところばかり


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サン・ジョヴァンニ・イン・フォロ教会に来てしまいました。


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今更切符やカードを買って教会巡りなどをするわけにもいかないので、お手軽な場所ばかりに行くことになります。


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キリがありません。この辺で切り上げましょう。


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(おわり)

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ヴェローナ市立図書館です。


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図書館の先の鐘楼はサン・セバスティアーノ教会のものです。この時の旅では行きそびれてしまいました。


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次はPorta Leoniです。


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見えているのはランベルティの塔です。


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ローマ時代のレオーニ門です。
元々は二重の大規模な城門ですが、現在レオーニ門として残されているのは市内側の左側通路の部分です。


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門を利用して建物があるという、少し珍妙な形をしています。
紀元前1世紀から1世紀に建設されたという説と、紀元前1世紀に建設され1世紀に改築されたという説があります。門自体として残っているのはこれだけですが、門の土台部分の遺跡が残されてます。


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古代ローマ時代の、この門の呼称は不明とされてます。
レオーニ門と呼ばれるようになったのは、15世紀に、この門の至近の場所で石棺が発掘されましたが、棺にライオンの彫刻があったので、それに因んでのこととされてます。


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レオーニ門の説明板とライオンが彫られていた棺の一部


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塔の土台部分の遺跡


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門と土台部分遺跡が少し離れているので、ローマ時代の門の規模がかなり大きかったと大体推察できます。


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門の遺跡の大部分は道路になってます。


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次はサン・フェルモ・マッジョーレ教会です。


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レオーニ門から教会までは、徒歩数分の距離です。


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サン・フェルモ・マッジョーレ教会は、アディジェ川の直ぐ傍にあります。


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サン・フェルモ・マッジョーレ教会の後陣です。


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大教会です。


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ファサードの方に回ります。


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ドガ―ナ通りを進みます。


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二重の門があります。この門の名前が分かりません。


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門と門の間にある、アレッサンドロ・ポンペイ(ヴェローナ、1705‐1772)の設計の建物


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もう一つの門を潜ります。


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サン・フェルモ・マッジョーレ教会のファサード


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中に入りました。


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上下の2つの教会を持つ二重構造をしています。


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見所が沢山ある教会です。


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二重構造の教会としては、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂がお馴染みです。


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下教会に行きます。


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クリプタとは違うようです。


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クリプタと下教会の違いがよく分かりません。


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サン・フェルモ・マッジョーレ教会については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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外に出ました。


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次はサン・ゼーノ教会です。


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サン・フェルモ・マッジョーレ教会からサン・ゼーノ教会まではかなり距離があり、チェントロ・ストーリコの中心を横断する形になります。


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市庁舎


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バスで行こうと思いましたが、途中で乗り換えが必要で、バスの行き先に自信が無かったので、徒歩で向かいました。


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エルベ通りに入ります。


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この道を何回行き来したことか!


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サン・ジョヴァンニ・イン・フォロ教会


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扉が閉まっていました。


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ルネッタのフレスコ画


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辛うじて太陽の姿が見えました。明日は好天を期待しよう。
(つづく)

それにしてもヴェローナは見所が豊富な街ですね。じっくり見ようとすると1週間は必要かも知れません。
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サンタナスターシア聖堂にやってきました。


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拝観有料なので、開いていることが多いので有難いですが、注意すべきは冬季の毎週月曜が休館?、拝観出来ません。地元の人も同じで終日扉が閉まってます。


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ヴェローナ最大の教会です。


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聖堂内に入りました。


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美術的に重要な作品が幾つもあります。


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有名な彫刻です。


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サンタナスターシア聖堂については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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人があまりいなかったので、ゆっくり拝観することが出来ました。


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外に出ました。


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ブラームスの交響曲第4番第1楽章の演奏が聞こえてきました。それもその筈です、この建物はヴェローナ音楽院ですから。学生が練習していたようです。


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次はドゥオーモです。


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ドゥオーモの鐘楼が見えてます。


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あの建物に「聖母子」がある!


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これです。
これがフィレンツェとなると、街角のタベルナコロも有名画家の作品となります。


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ドゥオーモ通りを真直ぐ進むと、突き当りがドゥオーモです。


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ドゥオーモ広場


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Biblioteca Capitolare
世界で最古の図書館の一つです。


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ヴェローナのドゥオーモです。
ファサードの扉は通常閉まっています。


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身廊側の扉が開いてます。


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聖堂内に入りました。


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美術的に見所が豊富です。


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ティツィアーノの「聖母被昇天」(1535)


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ドゥオーモについては、後程項を改めて詳しく触れる予定です。


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人がいなかったので、ゆっくりと拝観することが出来ました。


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外に出ました。


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ドゥオーモの鐘楼


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サン・ジョヴァンニ・イン・フォンテ教会の鐘楼です。


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Palazzo dei Vescovado


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司教館のファサードの彫刻


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司教館の敷地内に入りました。


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司教館の中には入りませんでした。


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司教館の敷地から外に出ました。
写真正面は教会でしょうか?


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サンタレーナ教会に行くのをうっかり忘れて、ドゥオーモ通りに出てサンタナスターシア聖堂に向かってしまいました。


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エヴァンジェリカ・ヴァルデーゼ教会です。


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日曜日午前中のミサの時しか開かない教会です。


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サンタナスターシア聖堂を通り過ぎます。


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そろそろ昼食時です。食べる店は決めていたので、そこに向かいます。


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価値過度のタベルナコロですが、劣化していて何が描かれているのは判然としません。


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ローマ時代の遺跡


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市庁舎を通り過ぎます。


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ロメオの家のオステリアで昼食を食べます。


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Osteria al Duca


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エルベ広場に来ました。来るつもりで来た訳ではありません。


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酔い覚ましにぶらぶら歩き


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(つづく)

7
サン・ジョヴァンニ・イン・フォロ教会に再びやってきました。ミサは終わったようです。
ローマ時代のフォロがあった場所にあるので、イン・フォロが付けられてます。
8世紀頃に存在していたという説がありますが、確たる証拠がありません。12世紀頃建設されたことは確かですが、創建年は不明です。


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鐘楼は14世紀のものです。


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1172年のヴェローナ大火によって、大きな被害を受けた証拠があります。


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1905年、教会の外壁が落下して、壁の中にあった墓が出てきたのです。


8
墓の上に、ピエタのキリストと2聖人のトリッティコに、1172年のヴェローナ火災を記した碑文があったのです。


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外壁のフレスコ画は、ドメニコ・リッチョ通称ドメニコ・ブルサソルチ(ヴェローナ、1516‐1567)の「ピエタのキリスト」
1905年、外壁が落下して、それまで埋もれていたフレスコ画が出てきました。


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入口扉上ルネッタのフレスコ画は、ニッコロ・ジョルフィーノ(ヴェローナ、1476‐1555)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェイスタ」


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外壁にある碑文


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入口扉上の彫刻は、ジローラモ・ジョルフィーノ(ヴェローナ、1446‐1535)の作品です。


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中に入りました。


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単廊式ですが、単純な形ではありません。左側に2つの礼拝堂がありますが、右側壁が道路に面しているので、スペースが限定された構造になってます。


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右側壁


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天井


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中央通路
20世紀の改装修復によって、ロマネスク感が殆どしない内部となってます。


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修復以前にあった扉のブロンズ彫刻


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詳細不明


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1917年制作のもの


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主祭壇


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後陣のフレスコ画はジョヴァンニ・バッティスタ・ロッシ(1730c‐1782)によって描かれました。


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後陣左側壁のフレスコ画


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後陣右側壁のフレスコ画


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1928年に制作された主祭壇


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アントニオ・ジャローラ通称カヴァリエール・コッパ(ヴェローナ、1567c‐1667c)の「無原罪の聖母と聖セバスティアーノと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


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マドンナ礼拝堂


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新しそうなフレスコ画


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マドンナ礼拝堂の天井


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マドンナ礼拝堂のロレートの聖母


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次はテレーザ礼拝堂です。


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1989年の作品です。


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1935年のモザイク


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1935年に制作されたモザイク


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1935年のモザイク


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1989年に制作されたもの


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テレーザ礼拝堂の天井


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1935年に制作されたモザイク
新しいものばかりです。


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階上に行きました。


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フォロの遺跡


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シノピエ?


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詳細不明の磔刑像


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教会の外側の方が見所豊富ですが、内部は新しいものばかりで期待外れでした。


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外に出ました。


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シニョーリア広場を経由して、スカラ家の廟、ロメオの家を通ってサンタナスタシア聖堂に向かいました。


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スカラ家の廟


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ロメオの家


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(つづく)

P1110375サンティ・アポストリ教区教会の横に古い建物があります。


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サンテ・テウテリア・エ・トスカ礼拝所(教会)です。


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5‐6世紀に既に存在していたとされてますが、確実な記録としては751年に創建、1160年奉献式が文書に記されているそうです。


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上の写真の後側の礼拝所の写真です。残念ながら開いていませんでした。


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sacelloとは礼拝所の意味です。


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次はサンテウフェミア教会です。


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サンティ・アポストリ教区教会からカヴール通りを少し進むと、直ぐにボルサーリ門が見えてきます。


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ボルサーリ門近くの建物の壁にあるフレスコ画が必見です。


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紀元前1世紀にポストゥミア街道のヴェローナ市街入り口に建てられたボルサーリ門です。
ポストゥミア街道は、紀元前148年に建設されたローマ街道で、ジェノヴァを起点に、ピアチェンツァ、クレモナを通り、クレモナの先カルヴァトーネで、ヴェローナに向かう街道とマントヴァ、アクイレイアに向かう街道の2つに分岐していました。
ローマ時代、この門はPorta Ioviaと呼ばれていましたが、中世の頃、この門で税が徴収されるようになり、徴税を表す単語bursariiが展じてPorta Borsariと称されるようになったそうです。


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現在の門は、265年に再建されたものです。


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この門の外側、現在のカヴール通り側は市外地とされていました。


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門を潜りました。


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横道のViccolo San Matteoの突き当りに教会のような建物があります。


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1105年の文書にその存在が初めて記載された旧サン・マッテオ教会です。現在はレストランになってます。教会好き、美術好きにお勧めです。(お味良し、値段そこそこ)


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Corso Porta Borsariに戻りました。


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見えている塔は、エルベ広場のガルデッロの塔です。


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Corso Porta Borsariを左折します。


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左折すれば、道の突き当りがサンテウフェミア教会です。


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身廊側に扉がありますが、ファサードの方に回ります。


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11‐12世紀頃に既に教会が存在していたと思われてますが、確実な記録が残されてません。
1275年創建、1331年奉献の記録が残されているサンテウフェミア教会です。


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美術的に見所が豊富な教会です。


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拝観しました。


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ゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式が混在する教会内部です。


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この教会については、後程項を改めて詳しく触れる予定です。


P1110495
教会横の道を進みます。


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旧サンテウフェミア修道院の入り口です。


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振り返りました。鐘楼はサンテウフェミア教会のものです。


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Corso Porta Borsariに戻りました。
次はサン・ジョヴァンニ・イン・フォロ教会です。サン・ジョヴァンニ・イン・フォロ教会はCorso Porta Borsariに面して建ってます。


P1110504
サン・ジョヴァンニ・イン・フォロ教会です。
中を覗いたら、ミサ中だったので、後で来ることにしました。


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どんよりとした曇り空でしたが、雲の隙間から日差しがこぼれることが何回かありました。


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エルベ広場で一息入れることにしました。


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エルベ広場にやってきました。


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ガルデッロ塔


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ランベルティの塔


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人出が何時もよりかなり少ないと思いました。


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出店もかなり少ないようです。


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Casa dei Mercanti


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建物の壁に描かれたフレスコ画を見て回りました。


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Palazzo Maffei前のサン・マルコの有翼のライオン像


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ヴェローナのマドンナ噴水


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カフェテリアで休憩しました。


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サン・ジョヴァンニ・イン・フォロ教会に戻ることにしました。


P1110567
(つづく)

P1110312
カヴール通りです。
この日、今にも雨が落ちてきそうな曇り空の寒い日でした。教会巡りを精力的に行う予定です。


P1110313
16世紀に建設されたPalazzo Bavilacquaです。


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ヴェローナのルネサンス建築家ミケーレ・サンミケーレ(ヴェローナ、1484‐1559)の設計によって建築されました。


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カヴール通りを挟んでPalazzo Bavilacquaの向かいにサン・ロレンツォ聖堂があります。


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道路側の扉は開いていましたが、聖堂の扉が閉まっていました。残念!


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ヴェローナの最古の教会の一つであるサン・ロレンツォ教会は、この地に4世紀に存在した初期キリスト教会が前身ですが、ヴェローナに壊滅的な被害をもたらした1117年の大地震によって倒壊したので、12世紀に再建されたそうです。


P1110317
現在の姿は、1877年に完了した修復工事後のものとされてます。
古いフレスコ画が残されているので、拝観したかった教会です。


3
見たかったフレスコ画です。(外部サイトから写真を拝借しました)


4


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サン・ロレンツォ聖堂至近にサンティ・アポストリ広場があります。
広場に立つのは、詩人で政治家でもあったアレッサンドロ・アレアルディ(ヴェローナ、1812‐1878)像です。


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広場に面して建っているのが、サンティ・アポストリ教区教会です。


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ヴェローナにおける最古の教会の一つで、5世紀に既に存在していた初期キリスト教会が前身とされてます。


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現在のロマネスク様式の建物は、1140年創建との記録が残されてますが、恐らく1117年の大地震によって初期キリスト教会の建物が倒壊したので、再建されることになったのでしょう。
1160年、1172年の2回火災に見舞われたので、相当な修復が行われたようです。1194年に献堂式が執り行われました。


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高さ約30mの鐘楼は1110年完成と言われ、1117年の大地震でも倒壊を免れたようです。
鐘楼の左右に2つの墓があります。


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こちらはZavarise家の墓(11世紀)です。


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墓の壁にある説明プレートは墓とは無関係です。


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鐘楼下にある、もう一つの墓です。


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鐘楼横にある「聖母子」のフレスコ画(12世紀)


5
ファサード側の扉が開くことは滅多にありません。


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身廊側の扉から中に入ります。


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単廊式、ロマネスク様式の内部です。


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二代目の建物の12世紀の創建時は、三廊式で翼廊もあったようですが、14世紀または16世紀の修復の際に単身廊に縮小されたそうです。


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1678年から1700年に行われ改装と修復の結果、現在の姿の原形となりましたが、第二次世界大戦の爆撃によって、大きな被害を受け、戦後に修復されました。現在の姿は、1984年と2009‐2012年の二度の修復を経た後のものです。


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何度も改装、修復が行われたので、古いフレスコ画は殆ど残されていません。1891年の修復の際、古いフレスコ画が発見されました。教会内には、その断片の一部があるだけで、残りは聖具室にあるようですが、聖具室は普段非公開なので見ることが出来ません。
第二次世界大戦後の修復の際、初期キリスト教会と再建された創建時の一部が発見されました。


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20世紀に修復された天井


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左側壁の礼拝堂から見て行きます。


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制作者不明の「磔刑像」(16世紀)


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アレッサンドロ・マルケシ―ニ(ヴェローナ、1663‐1738)の「聖母の結婚」


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12世紀のフレスコ断片


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この教会にある祭壇後の大部分が詳細不明です。
調べても私が分からないだけで、教会は支払い記録などによって分かっていると思います。


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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フェリーチェ・ブルサソルツィ(ヴェローナ、1539/1540-1605)の「マギの礼拝」


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17世紀の逸名彫刻家作「ピエタ」


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17世紀後半に造られた礼拝堂


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クーポラも17世紀に増築されました。


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ロマネスク様式の内部ではバロック様式の礼拝堂は稍々場違いな感じがします。


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後陣のフレスコ画(詳細不明)


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主祭壇画(詳細不明)


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アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666-1780)の「聖母被昇天」


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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オルランド・フラッコ(ヴェローナ、1527-1593)の「聖母子と2聖人」


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ファサードの裏側
ルネサンス後期以降の祭壇画が中心ですが、傑作はあまりないようです。
(つづく)

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雨と風で靴、靴下、ズボンがびしょ濡れになったので、一旦ホテルに戻って着替えるとともに靴を交換することにしました。


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両サイドの建物が風を遮ってくれたので、何とかなりました。


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ヴェローナの柱廊はあっても距離が短いのが玉に瑕です。柱廊でも傘を差している人がいるのは、風が強くて雨が吹き込んでくるからです。


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この辺で、この日、アレーナが無料と聞いたのです。


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観光客があまりいなかったので、景気づけのため、やけになって無料化?


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もう一度見ても詰まらないことには変わりがないと思いましたが、折角なので無料の恩恵に与ることにしました。


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野外オペラ場だけあって、トイレが充実していることに感心しました。


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濡れついでに、風をもろともせずに外に出ました。


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無料とはいえ、この悪天では流石に人出が少なかった。前日と比べての人出のギャップに驚きました。


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一旦観衆席の下に入り、階段を上って上の方に行きました。


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アレーナから見たブラ広場


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ランベルティの塔


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閑散としていました。


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下に下ります。


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詳細不明のフレスコ画


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外に出ました。


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雨が止む気配がありません。


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例によって聖母子のフレスコ画を見ます。


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ブラ広場に立つヴィットリオ・エマヌエーレ2世像


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Palazzo della Gran Guardia


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Palazzo dei Mutilati
この後、ホテルに戻りました。


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靴、靴下、ズボンを変えてホテルを再出発しました。これが出来るのはブラ広場手前のホテルだからです。


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午後は、雨と風を避ける意味で、歩き回らずにカステルヴェッキオ美術館でゆっくりすることにしました。靴とズボンの替えがもうないので、その辺は仕方がありません。


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昼食後、カステルヴェッキオにやってきました。


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入館しました。


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この日は鑑賞が中心です。


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カングランデの騎馬像(14世紀)
この騎馬像は、サンタ・マリア・アンティカ教会ファサードの扉上にあるカングランデの墓にありました。現在、アンティカ教会ファサードにあるカングランデの騎馬像は、これのコピー作品です。


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風雨にも拘らず外に出ました。


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カステルヴェッキオから見たスカリジェロ橋


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外に出たら、すっかり薄暗くなっていました。


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(つづく)

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クレーンがあるので、修復工事中のため閉鎖との嫌な予感がしました。


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こちらの扉が閉まっていました。これでは嫌な予感がほぼ的中です。


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かなり痛みがあるルネッタのフレスコ画


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サン・ゼーノ・イン・オラトリオ教会は閉まっていました。


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創建が何時か分からない初代の建物は、ヴェローナを襲った1117年1月3日に起きた大地震のために倒壊したので、12世紀に再建されたロマネスク様式の二代目の建物が現在の姿となってます。


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古いフレスコ画を見たかったのですが、扉が閉まっていては仕方ありません。


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アディジェ川近くにあるので、幾度となく洪水に見舞われた教会です。


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ファサードのフレスコ画


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ファサードの丸窓


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外観だけ見て回りました。


1


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2
サン・ゼーノ・イン・オラトリオ教会の主祭壇(外部サイトから拝借した写真)


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再び雨が降り始めました。


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アディジェ川沿いの道を通ってカステルヴェッキオに戻りました。


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雨がかなり強くなってきました。


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雨宿リのため、美術館に入館したいところですが、運悪くこの日の美術館は午後からの開館でした。


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カステルベッキオ入口上のフレスコ画


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道路を渡って広場に行きます。


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Piazzetta Castelvecchio
稍々場違いな感じがする門です。この門がある理由を知れば、場違いな感じが首肯できると思います。


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1世紀中頃に建設されたArco dei Gaviです。アレーナを始めローマ時代の遺跡や建築物をあちこちで見ることが出来るヴェローナですが、Arco dei Gaviはヴェローナの別の場所にありました。
ところが、1805年、交通の邪魔になるとの理由でナポレオンによって破壊されてしまいましたが、Arcoは部材毎に解体され、別の場所で保存されたようです。
1932年に、この場所に移され再建されたのです。


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広場から見たスカリジェロ橋


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広場から見たヴィット―リア橋


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スカリジェッロ橋を渡って対岸に行ってみることにしました。


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1354年から1356年に建設されたカステルヴェッキオです。


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カステルヴェッキオの中を歩いて橋に向かいます。


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橋は城の一部となっているので、要塞のようです。


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皇帝派を示すグエルフィ狭間


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スカリジェロ橋を渡ります。


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雨続きのため、水量が多く流れが急になっていました。


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橋上から撮った写真


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対岸は公園になってます。Piazza Arsenale


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対岸から見たカステルヴェッキオ


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対岸沿いを歩いてヴィット―リオ橋を渡る予定でしたが、強い雨のため断念。


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スカリジェロ橋を渡って戻ることにしました。


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天気が良ければなあ(嘆息)


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(つづく)

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1666年創建、1750年に完成したバロック様式のサンタ・テレーザ・デリ・スカルツィ教会です。
ドメニコ会修道院が併設されていましたが、後にカルメル会修道女の修道院となり、それに伴いアビラの聖テレーザを奉献する教会となって、教会名称が現在のものとなったそうです。


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修道院はナポレオンによって、1806年に閉鎖され、二度と活動を行うことがありませんでした。


P1100969
修道院だった建物は、1883年以降刑務所として使用されましたが、第二次世界大戦の爆撃によって破壊されてしまい、消失したそうです。


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ファサードの3体の彫刻は、フランチェスコ・ゾッピ(ヴェローナ、1733c‐1799)の「アビラの聖テレーザ」です。


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フランチェスコ・ゾッピ(ヴェローナ、1733c‐1799)の「アビラの聖テレーザ」


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フランチェスコ・ゾッピ(ヴェローナ、1733c‐1799)の「アビラの聖テレーザ」


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中に入りました。


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バロック様式、ギリシャ十字形の内部です。


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側壁が丸みを帯びてます。


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主祭壇を見ます。


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主祭壇画は、アントニオ・パレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)の「天上の父なる神と受胎告知」


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天気が悪いのと、採光が良くないので作品がよく分かりません。


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制作者不明の「十字架降下」


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アントニオ・パレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)の「ご誕生」


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外に出ました。
「十字架降下」が秀作と思いましたが、制作者が分からないのが残念です。


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教会から直ぐの距離にカステルヴェッキオがあります。


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カステルヴェッキオに寄らずに、この近くにある2つの教会巡りが優先です。


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雨が降り続いてますが、霧雨になってきました。


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写真では分かりませんが、霧雨でも風が強いのでかなり濡れてしまいました。


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Stradone Porta Palio


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Palazzo Orti Manara


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金融機関が使用しているようです。


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サン・ベルナルディーノ教会にやってきました。


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キオストロ回廊の壁に描かれたフレスコ画が見逃せません。


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サン・ベルナルディーノ教会については、項を改めて詳しく触れることにします。


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教会内部も見所豊富です。


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有名な多翼祭壇画


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久し振りに来ましたが感動しました。


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ファサード・ルネッタのフレスコ画


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サン・ベルナルディーノ教会の高い塀


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塀の横を通って、サン・ゼーノ教会に向かいました。


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嬉しいことに雨が止みました。


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サン・ベルナルディーノ教会からサン・ゼーノ・イン・オラトリオ教会は、徒歩で5分ほどです。


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一旦Stradone Porta Palioに出て、カステルヴェッキオを経由します。


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この教会の名前が分かりません。


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サンタ・テレーザ・デリ・スカルツィ教会を横目にしながらカステルヴェッキオへ。


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同じ道を行ったり来たり


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アディジェ川沿いの道を進みました。


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サン・ゼーノ教会の鐘楼が見えてきました。
(つづく)

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カステルヴェッキオにやってきました。


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カステルヴェッキオ前の広場に立つカヴール像


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ヴェローナに来れば、必ずカステルヴェッキオ美術館に入ります。ヴェローナに来る主目的がそうですから。


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入口上のフレスコ画


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2015年11月19日夜、盗賊が美術館に押し入り、17作品が盗まれました。心配になって、2016年2月に美術館に来ましたが、その時は、盗難作品の精巧な写真が展示されていました。


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2016年、犯人が逮捕され、17作品はウクライナで発見され、その後、無事に作品が美術館に戻されました。


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入館しました。


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カステルヴェッキオ美術館に付いては、項を改めて触れる予定です。


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盗まれた作品に再会することが出来ました。


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これも盗まれた作品


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無事戻って良かった、良かった。


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美術館から見たアディジェ川


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スカリジェロ橋


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もう夕方です。


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地上階に下りました。


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多少疲れ気味なので、無理をしないで翌日にゆっくりと鑑賞することにしました。


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先ほどと違って、夕暮を迎えて趣が異なります。


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美術館は午後7時過ぎまで開館しています。
閉館直前の時間に作品が強奪されましたが、それに懲りたようで外が薄暗くなるとともに格段に警備員が増え警戒が厳重になりました。


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午後6時過ぎです。


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出直すのが億劫なので、ホテルに戻らず、このまま夕食を食べることにしました。


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午後6時半から営業する店があるのです。


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ブラ広場近くのお店です。


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入店しました。


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撮っていない料理もあります。


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食べ終わってから写真を撮っていないのに気付いても、もう手遅れ。


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手頃なお値段で美味しかった。


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良い時間に戻ってくることが出来ました。


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シェークスピア像


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本館の方が良かったけど。


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翌朝です。残念ながら天気が良くありません。


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バスで一旦駅に向かい、パリオ門の方から街歩きを始めました。


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ポルタ・ヌオーヴァ駅近くにあるParrocchia Cuore Immacolato di Mariaです。1950年から1952年にかけて建設された新しい教会です。


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パリオ門です。


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この付近は城壁が残ってます。


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1550年から1561年にかけて建設されたパリオ門です。


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先ほどから前が降ってきました。天気予報が当たりました。


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パリオ門からStradone Porta Palioに入りました。


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直ぐにサンタ・テレーザ・デリ・スカルツィ教会があります。
(つづく)

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教会は依然として閉まっていました。この教会については、以前に拝観した時の写真を使って紹介します。


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サンタ・マリア・アンティカ教会です。
7世紀頃、この地に教会が建設されましたが、その建物は1117年の地震によって倒壊してしまい、修復不可の状態となったので、初代建物があった場所の上に再建されることになり、1185年に創建されたロマネスク様式の建物が現在の姿の原形です。


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この教会は、実質的に1260年から1387年にヴァローナを支配したスカラ家の家族礼拝堂となっていました。


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教会入り口左前にスカラ家の廟があります。


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教会入り口上に、ヴェローナ君主カングランデ1世デッラ・スカラ(ヴェローナ、1291‐トレヴィーゾ、1329)の墓があります。階段の紋章はスカラ家の紋章です。
ファサード扉上にある墓というのは極めて珍しいと思います。


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扉が開いていたので拝観しました。


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三廊式、ロマネスク様式の内部です。


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1630年頃、内部はバロック様式に改装されましたが、19世紀末に行われた修復の際、ロマネスク様式の元の姿に戻されたそうです。


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右側壁


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天井


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制作者情報不明の「ピエタ」


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詳細不明


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14世紀初め頃の装飾


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14世紀初頭のフレスコ画


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主祭壇


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制作者情報不明の「アンドレア・マンテーニャ作『死せるキリスト』のコピー画」
このコピー画がここにある理由が分かりません。マンテーニャの「死せるキリスト」は、マントヴァのサンタンドレア聖堂のマンテーニャ記念碑の下に掲げる目的でマンテーニャ自身で用意した作品なので、この教会とは無関係ですから。


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もう一度祭壇を見てから外に出ました。


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一旦、ホテルに戻り、 チェックインを済ませて、預けた荷物を自室に入れることにしました。


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再びエルベ広場へ


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エルベ広場に面した建物に描かれたフレスコ画を見て行きました。


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Casa dei Mercanti


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ヴィスコンティの石柱


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マッツィーニ通り


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ブラ広場に向かいます。


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アレーナ周辺は相変わらず混雑していました。


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ブラ広場の先にあるPalazzo Barbieri


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ホテルに戻りました。


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部屋に入りました。


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再び外出しました。


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カステルヴェッキオに向かいました。


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日が傾いて少し寒くなってきました。


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(つづく)

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ラジョーネ宮からシニョーリ広場に入りました。


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Palazzo del Podesta


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ミケーレ・サンミケーレ(ヴェローナ、1484‐1559)のPortale di Sanmichele


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Loggia del Consiglio


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シニョーリ広場に立つダンテ像


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フィレンツェを追われたダンテは、ヴェローナで亡命生活を送り、「新曲」の一部を書いたそうです。


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この門の彫刻もミケーレ・サンミケーレの作品でしょうか?


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シニョーリ広場から見たランベルティの塔


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ラジョーネ宮の有翼のライオン像


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Palazzo del Capitanoが修復中だったので、修復工事前の以前の写真を使います。


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14世紀に建設されたPalazzo del Capitano


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Palazzo del Capitanoの中庭に入りました。


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Palazzo di Consignorioとも呼ばれてます。


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ミケーレ・サンミケーレ(ヴェローナ、1484‐1559)作の可能性が高いとされている門です。


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詳細不明


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Palazzo di Consignorioのロッジャの天井


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次はスカラ家の廟です。


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スカラ家の廟


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ヴェローナの君主たちの墓碑として建てられたスカラ家の廟です。


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ヴェローナ君主マスティーの2世デッラ・スカラ(ヴェローナ、1306‐1351)の墓です。


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私には墓の制作者が分かりません。


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写真右横の鐘楼はサンタ・マリア・アンティカ教会のものです。


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こちらはヴェローナ君主カンシニョーリオ・デッラ・スカラ(ヴェローナ、1340‐1375)の墓です。


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カンシニョーリオ・デッラ・スカラは、マスティーノ2世デッラ・スカラの息子です。


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カンシニョーリオ・デッラ・スカラの墓は彫刻家ボニーノ・ダ・カンピオーネ(カンピオーネ、1325c‐1397c)の作品です。


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スカラ家の廟の後にサンタ・マリア・アンティカ教会があります。


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教会が開いていなかったので、ロメオの家に行くことにしました。


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Palazzo del Podestaの横を進みます。


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右折すると直ぐにロメオの家があります。


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ロメオの家は現在非公開です。


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幅の狭い道に面しているので、ロメオの家全体の写真を撮るのが難しいようです。


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ロメオの家の1Fはオステリア


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外観を見るだけ


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狭間の形で、どちらの派かが分かります。


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教皇派の狭間


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さて、サンタ・マリア・アンティカ教会が開いているでしょうか?


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(つづく)

引き続きエルベ広場です。
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Colonna Antica


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17世紀に建設されたバロック様式のPalazzo Maffei


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Palazzo Maffei屋上の彫刻


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Palazzo Maffeiの塔は、高さ44mの13世紀に建設されたTorre delGardello


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Domus Nova


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Casa Mazzanti


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このフレスコ画は見逃せません。


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ジュリオ・ロマーノの弟子アルベルト・カヴァッリによって1540年頃に描かれたフレスコ画です。


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エルベ広場を見るだけでも結構時間がかかります。


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ランベルティの塔に上ることにしました。


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若気の至りで階段を上ったこともありますが、今は自重してエレベーターを利用しました。追加料金€1が必要です。


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天気が良く、風も無かったので塔を上るには絶好です。


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エルベ広場


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サンタナスターシア教会


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アディジェ川


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ドゥオーモ


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サン・フェルモ・マッジョーレ教会


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サン・トンマーゾ・ベケット教会


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アレーナ


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カステルヴェッキオ


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サンテウフェミア教会


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Casa dei Mercanti


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この日、教会巡りをしませんでした。


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シニョーリ広場


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Palazzo Poste Verona


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ランベルティの塔の鐘


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塔からの景観を十分堪能できました。


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下に下りました。


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1193年創建のラジョーネ宮です。


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今も現役の市庁舎です。


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優雅な感じがするロッジャ


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ロッジャから見たランベルティの塔


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ラジョーネ宮の所々にフレスコ画が残されてます。


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フレスコ画の制作者の帰属が分かりません。


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フレスコ画や祭壇画をブログにアップする場合には、作品帰属を明示するべきと考えてます。この場合は、調べても分からないのです。


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(つづく)

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次はジュリエッタの家です。


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マッツィーニ通りは何時も賑わってます。


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ランベルティの塔が見えてます。ハートのネオンサインが如何にもヴェローナを思わせます。


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この通りは歩行者天国になっているようで車が通りません。


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壁にフレスコ画が描かれている建物をよく見ます。


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写真左はHotel Auroraだったと思います。


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旧教会?


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突き当り左はエルベ広場です。


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ランベルティの塔は後で上るつもりです。


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Via Cappello


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ジュリエッタの家にやってきました。


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ここは私の趣味ではありませんが、ヴェローナ・カードを保持してるし、夫婦の平和もあるので、来ました。


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趣味ではありませんが、ヴェローナに来れば大体ここに来ています。


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ジュリエッタの像の後の壁が見ものです。


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ジュリエッタの家博物館に入館します。


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館内にもジュリエッタ像があります。こちらの方は、乳房に触れるのは禁止です。
博物館内にあるのが本物で、館外にあるのはコピー彫刻と相場が決まってますが、この場合はどうなんでしょうか?


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シェークスピアのブロンズ胸像


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ジュリエッタの家博物館については、項を改めて詳しく触れることにします。


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バルコニーから撮りました。


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面白い博物館とは言えませんが、ヴェローナに行った以上は一度は行く価値があると思います。しかし、館外のジュリエッタの乳房を触っても、入館しない人が非常に多いようです。


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外に出ました。


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次はエルベ広場です。


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Piazza delle Erbe
Erbeは固有名詞ではなく、erba=野菜の意で、中世の頃、この広場では野菜だけが売れていたことから、広場の名称となったのです。


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ランベルティの塔と市庁舎


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ヴェローナの名物広場でしょうね。


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屋台の土産物屋が出ています。ここで買いたいと言われたので付き合いました。


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1301年に建設されたCasa dei Mercanti


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Domus Mercatorumとも呼ばれてます。


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ここで一休みしました。


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ヴェローナのマドンナのフォンターナ


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サン・マルコの有翼のライオン像


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1405年から1797年まで、ヴェローナはヴェネツィア共和国領でした。


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(つづく)

ヴェローナは、人口258,507人(2018年5月31日現在)のヴェネト州ヴェローナ県の県都です。
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ヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅に到着しました。


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このところ毎年来ています。


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ヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅の駅舎


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この日はパドヴァから着きました。


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この日のお宿はブラ広場手前にあります。


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嬉しいことに快晴なので、バスに乗らず徒歩でお宿に向かいました。


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駅近くで僅かに残る城壁


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駅名の元となったヌオーヴァ門


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ヌオーヴァ門は1532年から1540年に建設されました。


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城壁は交通に不便との理由で破壊撤去されました。


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Corso Porta Nuova


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駅から、この日のお宿まで約1㎞、徒歩で15分ほどかかります。


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歩いた方がヴェローナを肌で感じることが出来ます。


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この日のお宿が見えてきました。


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この日のお宿です。しかし、ここには泊まりませんでした。通りを挟んだ向かいの建物の部屋になってしまい、朝食の都度、交通の激しい道路を横断して、こちらの建物に来ました。何度も泊まっていますが、別の建物になったは初めてです。


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荷物を預けて身軽になって街歩きに出発しました。


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Portoni della Bra


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ヴィスコンティの壁と言われる塔


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お宿はブラ広場に近いので便利です。


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ブラ広場に入りました。


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ヴェローナは観光客に大人気で、訪れる観光客の数はイタリアで4番目だそうです。


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優れた美術品が多いので、ヴェローナが大好きです。


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しかし、あのヴェローナに於けるロメオとジュリエットは苦手中の苦手です。
シェークスピア好きならば、ヴェローナではなくロンドンやストラットフォード・アポン・エイボンに行くべきでしょう。


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アレーナが見えてきました。


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あの建物のフレスコ画がお気に入りです。


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これです。


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ブラ広場に立つヴィットリオ・エマヌエーレ2世像


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久し振りにアレーナに入ってみることにしました。


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夏の野外オペラが有名です。


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ヴェローナ・オペラの水準は非常に高いと思います。しかし、観るならばアレーナではなくオペラ座がお勧めです。


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有名歌手がアレーナの野外オペラに出演したのですが、夏のバカンス中だったのか酷い出来でガックリしたことがあります。マイクを使ってのオペラは好みではありません。


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切符売り場
ヴェローナ・カードを買えば気になりませんが、アレーナだけの切符が馬鹿高いのでビックリしました。


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中に入りました。


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入ったところで何もなし


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やることがありません。


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コスパの点では、最悪?


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コロッセオの方が見所豊富と思います。


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これを読んで俄か勉強です。


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イタリア語の方は読めなくはないけれど辞書が必要です。


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アレーナ入場は、ヴェローナ・カードのオマケと思えば腹が立ちません。


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外に出ました。


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アレーナ付近の彫刻が見所です。


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これです。


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お腹が空いたので、このお店でピザを食べました。


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(つづく)

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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「聖アポッロニア」


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


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聖母の礼拝堂


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詳細不明の「聖母子像」


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐1532)の「天使」


P1090976
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「天使」


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詳細不明


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この礼拝堂は見逃せません。


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アンドレア・ダ・ミラノ(サロンノ、1475c‐1547c)の「最後の晩餐」(1531)


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木製彫刻の有名な作品です。


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アンドレア・ダ・ミラノの「最後の晩餐」がある礼拝堂の絵画は、アンドレア・ダ・ミラノの弟子グイド・オッジョーニの作品です。


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こちらもグイド・オッジョーニの作品です。


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アンドレア・ダ・ミラノ(サロンノ、1475c‐1547c)の「十字架降下」(1528)(木製彫刻)


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詳細不明


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円蓋が点灯されないので良く見えません。


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雨模様の夕方なので、これには参りました。
コインを入れて点灯する方式かと思いましたが、探しても、そのようなものがありません。


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ステンドグラスは点灯しなくてもよく見えます。


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急に点灯されました。


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円蓋に描かれたガウデンツィオ・フェッラーリ(ヴァルドゥッジャ,1475/1480c-ミラノ、1546)の「奏楽天使」(1535)
円蓋もベルナルディーノ・ルイーニに注文されていましたが、1532年に死去してしまい、そのままになっていましたが、1535年にガウデンツィオ・フェッラーリに出来るだけ早く仕上げるとの条件で注文され、僅か79日間で仕上げたそうです。


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79日間で仕上げたとは、とても思えません。丹念に描かれていると思います。


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上の写真のほぼ中央に聖母の木製彫刻がありますが、これはガウデンツィオ・フェッラーリの下絵に基づいてアンドレア・ダ・ミラノが彫ったものです。
また、円形のメダイオンが四隅に描かれてますが、ガウデンツィオ・フェッラーリが描くことになっていたものの未着手のまま、フェッラーリが1546年に没してしまいました。
四隅のメダイオンは、1547年にベルナルディーノ・ラニーノ(モルターラ、1512-ヴェルチェッリ、1578)によって描かれました。


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夕べのミサが始まるようです。


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旧修道院のキオストロに出ました。


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詳細不明


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キオストロ回廊のフレスコ画は見逃せません。


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c-ミラノ、1532)の「ご誕生」
キオストロ回廊の壁にフレスコ画が沢山描かれていたそうですが、現存するのはこれだけです。


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外に出ました。


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時間潰しが大変でしたが、来た甲斐がありました。


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(おわり)

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サロンノ駅から徒歩4,5分で聖域聖堂に着きます。


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Basilica Minore e Santuario della Beata Vergine dei Miracoliです。
1923年、教皇ピオ11世によってBasilica Minoreに格付けされました。


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1498年創建、1508年に完成したルネサンス様式で建築され、1502年、教皇アレクサンドル6世ボルジアによって奉献されました。


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その後、数度の増築改造を経て、1666年に完成したバロック様式の建物が現在の姿となってます。


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ファサードはペッレグリーノ・ティバルディ(ぷーリア、1527‐ミラノ、1596)の設計によって1596年から1612年に建設されました。


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ファサードの天井上の天使は、カルロ・ブッツィ(ヴァレーゼ、1585‐1658)の作品です。


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ペッレグリーノ・ティバルディ(プーリア、1527‐ミラノ、1596)によるファサードの装飾


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高さ47mの鐘楼は、パオロ・デッラ・ポルタの設計によって1511年から1516年に建設されました。


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12角形の円蓋は、ドナート・ブラマンテの弟子ジョヴァンニ・アントニオ・アマーデオ(パヴィア、1447‐ミラノ、1522)の設計です。


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ファサードの横に時計台があります。


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時計台がある建物は、聖堂の洗礼堂です。


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洗礼堂の入り口


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こちらは旧聖具室で、洗礼堂と繋がってます。


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聖域聖堂の見所の説明板があります。


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聖堂内に入りました。


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三廊式、ラテン十字形の内部です。


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左側廊


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美術的に非常に重要な聖堂です。


P1090958右側廊


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天井のフレスコ画


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後陣と円蓋のフレスコ画が特に素晴らしいと思います。


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主祭壇の下を通って後陣に出ます。


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「神殿での神学問答」(1531)


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「聖母の結婚」
ベルナルディーノ・ルイーニは、1520年から1532年まで、この聖堂内の装飾に従事しました。


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「神殿奉献」


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「マギの礼拝」
(つづく)


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側廊天井もフレスコ画で装飾されてます。

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漸く雨が上がりました。


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メルカト広場


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午後2時過ぎですが、もう夕方の雰囲気です。


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インディペンデンツァ広場


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広場のタベルナコロ


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単に歩き回るだけでは詰まらない。


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もう一つあるタベルナコロ


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19世紀に建設されたCasa Pompeoです。


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壁に浮彫があるので、近付いて観ました。


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Pompeo家の人々と紋章でしょうか?


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こんなことになるのだったら、ミラノを遅い電車で立てばよかったと思いましたが、後の祭りです。


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サロンノ旧市街に残っている最古の建物が、16世紀に建てられたPalazzo Visconti です。


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この建物内に、18世紀にミラノで活躍した画家ジョヴァンニ・アントニオ・クゥッキ(ビエッラ、1690‐ミラノ、1771)のフレスコ画があったのですが・・・・・


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ジョヴァンニ・アントニオ・クゥッキは、神話を主題に幻想的に描く新古典様式の画家で、特にフレスコ画を得意にしてました。
Palazzo Visconti は長らく裁判所として使用されていましたが、2007年9月末に起きた火災によって内部が消失、その際、ジョヴァンニ・アントニオ・クゥッキのフレスコ画も落剝消失してしまいました。
この建物は、修復されずに放置されているようです。


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犬の落し物がない、清潔な道です。


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サン・ジャコモ教会です。


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美術的には見所が全くない教会です。


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サン・ジャコモ教会の隣は映画館です。


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サン・ジャコモ教会から少し歩くと病院です。


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病院の隣にサンタントニオ祈祷所があります。


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14世紀創建の祈祷所ですが、見た感じでは、創建時の建物ではなく、後に改築されたものと思います。


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中に入りました。


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小さくても円蓋があります。


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どうやら町の見所はマドンナ・デル・ミラコーリ聖域聖堂だけのようです。


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時間潰しが大変です。


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鐘楼はサンティ・ピエトロ・エ・パオロ教会のものです。


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バールで一休みしました。


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Piazza Riconoscenza


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広場の中心に立っているのは、「感謝の像」です。


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時間が中々つぶれません。


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まだ2時半前です。


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あと30分時間潰しが必要です。


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アパートの壁にあったガリバルディ像


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学校ですね。


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私以外に観光客はいません。


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収穫祭?に出席予定の牛が待機中でした。


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牛のエサ?


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マドンナ・デル・ミラコーリ聖域聖堂が開く時間になりました。


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長かった。


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サン・フランチェスコ教会の鐘楼


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鉄道線路の下を潜りました。


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再びやってきました。


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聖堂内に入りました。


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このフレスコ画を見たかったのです。来た甲斐がありました。


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マドンナ・デル・ミラコーリ聖域聖堂については、項を改めて詳しく触れることにします。


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(おわり)

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サロンノは、人口39,323人(2017年2月28日現在)のロンバルディア州ヴァレーゼ県にあるコムーネです。
ミラノ中央駅からマルペンサ空港行きの列車に乗って、サロンノに向かいました。


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ミラノ・ノルド・カドルナ駅とミラノ・ポルタ・ガリバルディ駅始発の列車でもサロンノに来ることが出来ます。と言うよりも中央駅よりも列車が頻発しているので、その方が便利です。


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サロンノ駅の駅舎



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乗車約30分でサロンノ駅に到着しました。


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駅前のCorso Italia


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サン・フランチェスコ教会です。


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急に雨が強く降ってきたので、雨宿りのために一旦駅に戻ります。教会から駅まで約80mです。


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15分ほどで雨が小降りになったので、駅横のベルナルディーノ・ルイーニ通りを通って、この日の目的地に向かいました。


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直ぐのお目当ての教会の鐘楼が見えてきました。


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公園を素通りします。


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公園横の歩道を進んで、この日のお目当ての教会に向かいました。


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駅から徒歩4,5分でマドンナ・デル・ミラコーリ聖域聖堂に着きました。


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扉が閉まっていました。午後のこの時間は閉まっていると思っていたので、予想通りでした。午後の開く時間を確認しました。その時間に再び来ることにして、その時間までチェントロ・ストーリコで時間潰し。


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聖堂前は郊外の住宅地といった雰囲気です。


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Collegio Arcivescovile Castelli、学校です。


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サロンノは、工業都市ですが、ミラノに近いのでミラノに通勤通学するミラノのベッドタウンでもあるので、日中は閑散としてます。


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Trenordの線路の下を潜ります。


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サロンノは鉄道の要衝なので、線路数が多いのです。


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Viale Rimembranzeの下を潜り、Corso Italiaを進みました。


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日中の昼過ぎは特に閑散としています。


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雨が降り続いてました。


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1297年奉献のサン・フランチェスコ教会を拝観したかったのですが、土曜日夕方と日曜日朝のミサ以外には開かないとの情報を知ったので、扉が閉まっていたのは想定内です。


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サン・フランチェスコ教会の鐘楼とクーポラ


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昼下がりのお休み中なので、シャッター通りとなってます。


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昼休み無しの通し営業や日曜日営業でも実施すれば、経済成長がより期待できると思うのですが・・・・・


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横道は更に静寂でした。


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この通りを進めばチェントロ・ストーリコに出ます。


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雨天なので、柱廊が有難い。


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収穫祭?の準備中?


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旧市街と言っても新しい街並みです。


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街並みが新しいのは、19世紀に行われた都市計画によって、近代的な街作りが行われたからです。一部の教会を除いて、歴史的建造物を含めて古い建物を取り壊し、真っ直ぐな道路を作り、新しい建物を作って全面的に新改造されたのです。


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雨天のせいか、準備が進んでいないようです。


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見所がありません。


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聖域聖堂以外に見どころがない!!!


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それでも歩き回って見所を探しました。


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マドンナ・デル・ミラコーリ聖域聖堂が開く時間になるまで、兎も角時間潰しです。


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通りの先に見えているのは、1783年に完成したサンティ・ピエトロ・エ・パオロ教区教会です。


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午後2時前なので、扉が閉まっているのは当然ですが、夕方に来ても閉まっていました。


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美術的な見所があまりない教会です。


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ファサードのピエタ


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聖パオロ


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聖ピエトロ


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リベルタ広場


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(つづく)

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次の部屋です。


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セミナー室?


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部屋の天井


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トーディの近隣地図


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ここから考古学部門の展示です。


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エトルリア族が使用していた陶器


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a. C.=avanti Cristo =紀元前


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多くのコイン
d. C.=depo Cristo=紀元後


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Museo Civico やMuseo Diocesanoの定番ともいえる展示です。


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ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「聖アポッロニア」


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ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「無原罪の御宿リと聖アポッリナーレ」


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ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「受胎告知」


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逸名画家作「聖ジャコモ・マッジョーレ」(15世紀)


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これで終わりです。


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セミナー室?に戻ってきました。


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P2360578


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外に出ました。


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(おわり)

P2360421
次の展示コーナーです。


P2360428
詳細不明


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アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「復活したキリストと聖人たち(聖ジローラモ、聖キアーラ、パドヴァの聖アントニオ、聖ロマーナ)」(1620‐30c)


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アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)に帰属する「ディアナ」(1620‐40c)


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アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「聖ピエトロ」(1610‐20c)


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アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「天上の聖母子と大天使ミケーレと聖人たち(聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖アンドレア、聖ボナヴェントゥーラ)」


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アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「天上の聖母とパドヴァの聖アントニオと聖オモボーノ」(1620‐30c)


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アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「天上の聖母子と聖人たち(聖カッシアーノ、聖フォルトゥナート、シエナの聖ベルナルディーノ、聖カッリスト、聖セバスティアーノ)」


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次の展示コーナーです。


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交唱聖歌集(1280‐90)


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ミサ司祭書(15世紀中頃)


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聖書(14世紀中頃)


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バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「ストロンコーネのベアート・アントニオ・ヴィーチの死」


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バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「聖母子と聖人たち(聖ジローラモ、聖ドメニコ、シエナの聖カテリーナ、聖フランチェスコ)」(1610-20c)


P2360470
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「聖母子と聖人たち(聖ジョヴァンニ・バッティスタ、大天使聖ミケーレ、聖フォルトゥナート、聖カルロ・ボッロメオ、聖フィリッポ・ネリ、聖ルーカ)」(1623c)


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バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「天上の聖母子と聖人たち(聖フォルトゥナート、聖カッリスト、聖カッシアーノ、トーディの聖デ―ニャ、聖ロマーナ)」


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トーディの逸名画家作「聖テレツィアーノの奇跡」


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ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c-1632以降没)の「聖フィリッポ・べニツィに顕現する聖母子」


P2360482
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c-1632以降没)の「フェデリーコ・バロッチ作『十字架降下』の複製画」


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次の展示コーナーです。


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ファッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562-1645)の「聖グレゴリオのミサ」(1595c)


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フェリーチェ・ダミアーニ(グッビオ、1575?-1609)の「フェデリーコ・バロッチ作『十字架降下』の複製画」


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逸名画家作「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1556)


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逸名画家作「聖母子と聖ジャコモと聖クリストフォロ」


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一周して元に戻った?


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残されているフレスコ画


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ロ・スパーニャ派逸名画家作「聖母子」


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ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャ(スペイン、1450-スポレート、1528)の「フェルトレのベアート・ベルナルディーノ」(1515c)


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かってロ・スパーニャの帰属作品とされていました。


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現在は逸名画家の作品とされている「三位一体」(16世紀前半)


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ロ・スパーニャの作品ですが、プレデッラが欠落しています。


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ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャ(スペイン、1450‐スポレート、1528)の「聖母戴冠と聖人たち」


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向かって左の聖人たち


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向かって右の聖人たち


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詳細不明の磔刑像


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プセウド・アンブロージョ・ディ・バルデーゼ(フィレンツェ、1352‐1429)の「4聖人」


P2360520
プセウド・アンブロージョ・ディ・バルデーゼ(フィレンツェ、1352‐1429)の「聖フォルトゥナートと聖ジャコモ・アポストロと信者」


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プセウド・アンブロージョ・ディ・バルデーゼ(フィレンツェ、1352-1429)の「聖二コラと聖フランチェスコと信者」
(つづく)

P2360335
次は絵画館 Pinacotecaですが、本や文書の展示があります。


P2360336
セクション番号の表示はありません。


P2360338
シルヴェストロ・ヴァレリ(ローマ、1814‐1902)の「聖母子」(1862)


P2360340
ルイージ・サバティーニ(トーディ、1840‐1895)の「聖母と聖アンナ」(1856‐61)


P2360342
アレッサンドロ・ズッケッティ(ペルージャ、1830‐トーディ、1898)の「聖母子」(1886)


P2360344
ルイージ・サバティーニ(トーディ、1840‐1895)の「慈愛」(1860)


P2360345
エリセオ・ファットリーニ(トーディ、1830‐1887)の「自画像」(1854)


P2360349
ヴィンチェンツォ・ジョヴァンニーニ(トーディ、1817‐ローマ、1903)の「酔ったシーレーノス(森の神)」


P2360351
ヴィンチェンツォ・ジョヴァンニーニ(トーディ、1817‐ローマ、1903)の「若い女性の肖像」
顔は違いますが、有名な作品そっくりです。


P2410501
有名な作品とはこれです。構図、衣装はほぼ同じ、違うのは顔だけです。
グイド・レーニの「ベアトリーチェ・チェンチ」です。この写真を探すのに意外に時間がかかりました。
ローマのバルベリーニ宮、国立古典絵画館にあります。


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ヴィンチェンツォ・ジョヴァンニーニ(トーディ、1817‐ローマ、1903)の「テスタッチョの祭り」(1848)


P2360355
ヴィンチェンツォ・ジョヴァンニーニ(トーディ、1817‐ローマ、1903)の「フォロ・ロマーノの景観」


P2360358
ルイージ・サバティーニ(トーディ、1840‐1895)の「ルクレツィアの死」


P2360360
エリセオ・ファットリーニ(トーディ、1830‐1887)の「自画像」(1864c)


P2360362
ルイージ・サバティーニ(トーディ、1840‐1895)の「バルトロメオ・ディ・アルヴィアーノのトーディ通過」


P2360363
ルイージ・サバティーニ(トーディ、1840‐1895)の「Brancaleone mostra a Fieramosca il cadavere di Gulielmo d'Asti」


P2360366


P2360367
「トーディのサン・フォルトゥナート教会に関する教皇アレサンドロ4世の文書」(1255)


P2360369


P2360371
ジャチント・ボッカネラ(レオネッサ、1666‐ペルージャ、1746)に帰属する「聖人たち(聖アゴスティーノ、聖モニカ、聖フィリッポ・べニツィ、ヴィッラノーヴァの聖トンマーゾ)」


P2360374
フランチェスコ・マンチーニ(サンタンジェロ・イン・ヴァード、1679‐ローマ、1758)に帰属する「聖家族と天使たち」


P2360377
「Commento di Girolamo ai Dodici Profeti」(18世紀初め)


P2360379
「Testamento del Cardinale Bentivenga Bentivegni」(1286)


P2360381
「Pontificale Romano」(13世紀後半)


P2360383
13世紀の本


P2360385
次の展示コーナー


P2360387
ジャチント・ボッカネラ(レオネッサ、1666‐ペルージャ、1746)の「パオラの聖フランチェスコ」


P2360390
ドメニコ・ペンティーニ(トーディ、1723‐1784)の「シエナの聖ベルナルディーノの奇跡」(18世紀中頃)


P2360393
ニッコロ・リッチョリーニ(ローマ、1687‐1772)の「聖母戴冠と聖人たち(聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、聖キアーラ、パドヴァの聖アントニオ、聖フランチェスコ)」(18世紀)


P2360396
ドメニコ・ペンティーニ(トーディ、1723‐1784)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」(18世紀中頃)


P2360399
ドメニコ・ペンティーニ(トーディ、1723‐1784)の「天上の聖母と聖セバスティアーノを介抱する女たち」(18世紀中頃)


P2360401
聖書(13世紀末‐14世紀初め)


P2360403
「Commenti alle Sentenze di Matteo d'Acquasparta」(13世紀)


P2360405
「寄進証明書」(1287)


P2360407
「Sigillo del Cardinale Matteo d'Acquasparta」


P2360409
「Scritti Teologici di Riccardo di San Vittore」(13世紀中頃)


P2360411
「聖アゴスティーノの説教」(13世紀)


P2360414
ウンブリアの逸名画家作「キリストの洗礼」(17世紀後半)


P2360416
ウンブリアの逸名画家作「魚に説教するパドヴァの聖アントニオ」(17世紀後半)


P2360419
ウンブリアの逸名画家作「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」(17世紀後半)


P2360422
サン・フォルトゥナート教会修道院所有の本目録(15世紀)


P2360424
サン・フォルトゥナート教会修道院所有の本目録(14世紀)


P2360426
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「サン・フォルトゥナート教会修道院の配置図」


P2360429
聖書(12世紀中頃)


P2360431
「Legenda Aurea di Jacopo da Varagine」(13世紀)
(つづく)

第5セクションの続きです。
P2360260
「パンドルフォ・サヴェッリの紋章が付いた盾」
パンドルフォ・サヴェッリは、1267年にトーディの執政官に就任しました。


P2360262
「ライオンの頭をしたフォンターナの口」(13世紀)


P2360264
16世紀の鉄兜


P2360266
チャルダ(薄い焼き菓子)を作る道具(16世紀)


P2360268
行進用十字架(14世紀前半)


P2360270
14世紀の壺


P2360272
プルーテオ断片(9世紀)


P2360274
犬の頭部彫刻(13世紀初頭)


P2360276
台座(8‐9世紀)


P2360278
コーニス断片(9世紀)


P2360280
次のセクションに進みます。


P2360281
第6セクション


P2360282
様々なものが展示されてます。


P2360283


P2360284
トーディのサンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ教会の模型


P2360285


P2360286
逸名画家作「騎士ジュゼッペ・ピセッリの肖像」(17世紀末)


P2360288
逸名画家作「ナポレオーネ・カミトーリの肖像」
ナポレオーネ・カミトーリは、1591年から1624年までペルージャ司教を務めていました。


P2360290
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)?の「ルーカ・アルベルト・ぺッティの肖像」


P2360292
逸名彫刻家作「紳士の胸像」(17世紀)


P2360295
「ポンペイ家の紋章とポンペイ家の家系図」


P2360298
詳細不明


P2360300
次のセクションに進みます。


P2360301
第7セクション


P2360299


P2360302


P2360303


P2360306
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「慈悲の1図」


P2360309
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「慈悲の第2図」


P2360311
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「慈悲の第3図」(1625)


P2360314
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「慈悲の第4図」(1625)


P2360316
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「慈悲の第5図」(1625)


P2360320
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「慈悲の第6図」(1625)


P2360322


P2360326
次のセクションに進みます。


P2360323
第8セクション


P2360324
制作者不明の「ジュゼッペ・コッキの肖像」


P2360327
ローマの逸名画家作「トンマーゾ・ストルッツィエーリ枢機卿の肖像」


P2360329
逸名画家作「ネーリ・コルシーニ枢機卿(1685‐1770)の肖像」


P2360331
ヴィンチェンツォ・ミリオーネ(カラーブリア、1735‐ローマ、1805)の「教皇ピオ6世の肖像」


P2360333
逸名画家作「トンマーゾ・マリア・ギリーニ枢機卿(アレッサンドリア、1718‐トリノ、1787)の肖像」
(つづく)

183
トーディの町の中心ポポロ広場です。


189
ポポロ広場の南端に3つの歴史的建造物があります。
写真左からカピターノ宮、ポポロ宮、プリオーリ宮です。


191
カピターノ宮とポポロ宮の最上階にトーディ町立美術館 Museo Civico di Todiがあります。
1871年にカピターノ宮の一部に美術館が設けられましたが、1997年に改装され現在の規模で再オープンしました。


251
パラッツォの入り口です。


252
2つの扉の右側から入ります。


253
町役場を経由して美術館に向かいます。


254
美術館の入り口


P2360191
入館しました。


P2360192
展示はセクションに分かれてます。


P2360193
紀元前2700年ごろ、ウンブリアに住んでいたウンブリア族に、1羽の鷲が現在のートーディの地に粗布を落として、町の建設を促し、それに基づきウンブリア族がトーディの町の建設を始めたという伝説から、羽を広げた鷲がトーディの旗や紋章になってます。


P2360194
トーディで使用された、コインやメダルを作る際に用いられた刻印


P2360195
トーディのシンボル「羽を広げた鷲」(18世紀)


P2360196
制作者不明の「ウンブリア族にトーディ建設の場所を示す鷲」(18世紀)


P2360197
羽を広げた鷲の背もたれがある椅子(18世紀)


P2360198
木彫りのトーディのトンド紋章(15世紀)


P2360200
第2セクション


P2360201
ブロンズ細工の展示


P2360202
次のセクションに進みます。


P2360203
第3セクションは碑文の展示です。


P2360204
紀元前2世紀のもの


P2360206
1世紀のもの


P2360209
フラウィウス朝の時代(69‐96)のもの


P2360212
次のセクションです。


P2360214
第4セクション


P2360213


P2360215
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「聖フォルトゥナートとゴート族の奇跡」


P2360218
マルチェッロ・ヴァレンティ―ニとジャコモ・ラウーロの「トーディの町(エッチング)」(1633)


P2360222
「サン・フォルトゥナート教会のプラケッタ(小さな彫り物)」(1327)
トーディのサン・フォルトゥナート教会にありました。


P2360226
「キリストと聖フォルトゥナートと聖カッシアーノ」(11‐12世紀)
説教壇の一部と考えられてます。
1993年にサン・フォルトゥナート教会の敷地内から発掘されたものです。


P2360228
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「天上の聖母子とトーディの町の模型の前の聖人たち(聖フランチェスコ聖カッリスト、聖フォルトゥナート、聖カッシアーノ、パドヴァの聖アントニオ)」(1592)


P2360232
トーディのサン・フォルトゥナート教会の祭壇前飾り(16世紀末)


P2360234
5聖人(聖カッシニャーノ、聖デ―ニャ、聖ロマーナ、聖カッリスト、聖フォルトナート)


P2360236
次のセクションに進みます。


P2360237
第5セクション


P2360239
ペルジーノの追随者作「救世主と聖ピエトロと聖パオロ」(15世紀後半)
トーディのサン・ニッコロ・デ・クリプティス教会にありました。


P2360242
15世紀後半の逸名画家作「シエナの聖ベルナルディーノ」(1480c)
トーディのサン・ニッコロ・デ・クリプティス教会にありました。


P2360245
15世紀の逸名画家作「聖母子」(15世紀)
トーディのサン・ニッコロ・デ・クリプティス教会にありました。


P2360247
ニッコロ・ディ・ヴァッヌッチョ(ウンブリア、1362‐1400生存確認)の「三位一体と聖アルナルド」(14‐15世紀)
トーディのサン・ニッコロ・デ・クリプティス教会にありました。


P2360250
15世紀の逸名画家作「聖アンサーノ」
トーディのサン・フォルトゥナート修道院にありました。


P2360254
ロッソ・ペルジーノに帰属する「サン・ニッコロ・デ・クリプティスの彫刻」(12世紀後半)
トーディのサン・ニッコロ・デ・クリプティス教会にありました。


P2360257
13世紀の逸名彫刻家作「天使の壁龕」(13世紀後半)
トーディのサン・フォルトゥナート教会にありました。
(つづく)

クリプタから内陣に戻りました。
P2360131
主祭壇


P2360134
ジュンタ・ピサーノの影響を受けたウンブリアの逸名画家作「彩色磔刑像」(1255‐65)


P2360135
後陣


P2360137
後陣に入ることが出来ません。


176
詳細不明


175
詳細不明


P2360136
アンジェロ・モレッティ―ニ(ペルージャ、1799‐1877)のオルガン


P2360138
右側廊


P2360143
後陣右の礼拝堂


P2360144
詳細不明


P2360145
ジャン二コラ・ディ・パオロ(ペルージャ、1478‐1544)の「聖母子と2聖人の祭壇画」


P2360147
ルネッタの死せるキリストとニコデモとアリマテアのジュゼッペ


P2360149
玉座の聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖ロッコ


P2360153
ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャ(スペイン、1450‐スポレート、1528)の「三位一体」(1515‐25)


P2360156


P2360159
キリストの洗礼


161
受胎告知


163


P2360160


P2360162
ロ・スパーニャ?のフレスコ画


P2360163
詳細不明


P2360164
右側廊


P2360166


P2360168
右側廊天井


P2360169
詳細不明


P2360170
14世紀のウンブリアの逸名彫刻家による柱頭


P2360171


P2360172
詳細不明


159


177


P2360173
外に出ました。
(おわり)

P2360076
次はクリプタです。


P2360075
幸いにも開いていました。


P2360077
13世紀のクリプタは、大聖堂付属美術館のような取り扱いがされてます。


P2360079
クリプタは有料(€2)です。


P2360078
中に入りました。


P2360080
初代の建物の柱などが展示されてます。尚、現在の建物は二代目。


P2360082
更に階段を下ります。


P2360083
クリプタです。


P2360084
クリプタが有料になってから信者の姿を見かけたことがありません。


P2360085
クリプタの祭壇


P2360087
「聖母子”Sedes Sapientiae"」(12世紀)
トーディのサンタ・マリア・イン・カムッチャ教会にありましたが、2004年にこの場所に移されました。
有名な作品です。


209
念のため、サンタ・マリア・イン・カムッチャ教会の写真を再掲しておきます。


P2360092
詳細不明


P2360094
ドゥオーモのファサードの壁龕にあった彫刻です。これがクリプタの最大の見所です。


P2360097
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)に帰属する「聖母子」(1270‐1350)
ジョヴァンニ・ピサーノ工房やジョヴァンニ・ピサーノ派逸名彫刻家の作品説もあります。


P2360099
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)に帰属する「司教を導く天使」(1270‐1350)
ジョヴァンニ・ピサーノ工房やジョヴァンニ・ピサーノ派逸名彫刻家による作品説があります。


P2360100
ルベウス Rubeus(ウンブリア、13世紀活動)に帰属する「聖女」


P2360102


P2360103
詳細不明


P2360104
詳細不明


P2360107
詳細不明


P2360108
階段を上ります。


P2360109
墓石が並んでます。


P2360110
聖杯


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P2360112


P2360113


P2360114


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P2360116


P2360117


P2360118
燭台


P2360119


P2360120
「受胎告知」(17世紀)


P2360122
「この人を見よ」(17世紀)


P2360125
詳細不明


P2360126
更に進みます。


P2360130
これしかない。


P2360127
”付属美術館”はこれで終わりです。
(つづく)

336
トーディの町の中心ポポロ広場です。


P2360028
ポポロ広場の北端に建つトーディ大聖堂 Concattedrale di Santissima Annunziataです。
以前、トーディは独立した司教区だったので、トーディのドゥオーモは司教座教会でしたが、1986年に司教区再編によって、オルヴィエート=トーディ司教区に再編され、司教座はオルヴィエート大聖堂に置かれるようになったことから、トーディ・ドゥオーモはConcattedraleに格下げとなりました。


P2360030
この場所に、1150年以前に受胎告知に捧げられた教会の存在の記録が残されていますが、1190年に発生した火災によって消失崩落したので、再建されることになりました。
12世紀末に再建工事が開始され、14世紀に完成しました。その後、数回改修が行われたものの、小規模だったので、ファサードを除いて14世紀完成時のロマネスク・ゴシック様式の姿を現在もほぼ留めているとされてます。


145
13世紀の鐘楼が今でも残ってます。


P2360035
13世紀に建設されたファサードは、数回改造されましたが、16世紀初めに行われた最後の改造後の姿が現在のものとなってます。


P2360031
1515年から1523年にかけて制作されたバラ窓ですが、19世紀に修復されました。


P2360033
1517年から1523年に制作された、向かって左の窓


P2360032
向かって右の窓


P2360042
ファサード中央扉の装飾


P2360047
中央扉上ルネッタ
ここにはフレスコ画があったと思います。


P2360048
柱頭扉の木彫り彫刻は、アントニオ・ベンチヴェッニ(ペーザロとウルビーノで、1476、1518‐1530)活動記録)によって1521年に制作されました。


P2360049


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P2360046
ファサードの大理石柱の彫刻


P2360051


P2360036
左右の扉上ルネッタにもフレスコ画の痕跡さえもありません。


P2360037
紋章が幾つかあります。


P2360038
これらの紋章は、教皇、ファルネーゼ家のものです。


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ファルネーゼ家の紋章


P2360041


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P2360045


P2360055
聖堂内に入りました。


P2360056
四廊式、ラテン十字形の内部です。


P2360057
右側に2つの廊下があります。


P2360059
壁、柱にフレスコ画がありません。
元々なかったのか、その辺が不明です。


151
木組みの天井


P2360060
左側廊から見て行きます。


P2360061


180
左側壁に5点の絵画が架かってます。


179


P2360073
5点の絵画は、16世紀末から17世紀初めにかけてのトーディ司教アンジェロ・チェージが注文したものです。


P2360063
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「聖母子と3聖人(聖アンブロージョ、聖アンドレア、聖ロッコ)」(1597‐99)


P2360066
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「無原罪の聖母と3聖人(聖ジャコモ・アポストロ、聖ジローラモ、聖トンマーゾ司教)」(1597‐99)


P2360068
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「3聖人(聖二コラ、聖セバスティアーノ、大天使聖ミケーレ)」(1597‐99)


P2360069
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「聖パオロの回心と聖ルーカ・エヴァンジェリスタと聖イジ―ディオ」(1597‐99)


P2360072
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「3聖人(聖ルチア、聖マリア・マッダレーナ、聖レスティトゥータ」(1597‐99)


P2360074
詳細不明


P2360140
ファサードの裏にフレスコ画が描かれてます。


152
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562-1645)の「最後の審判」(1596)
ミケランジェロの「最後の審判」に触発されて制作されたと言われてます。


P2360142
(つづく)

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