イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2020年01月

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Cappella Ovetariです。


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礼拝堂のフレスコ画は1944年の米英軍の爆撃によって破壊崩落してしまいました。破壊された断片を集めて再構成・修復されたのです。


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖母被昇天」(1453‐57)


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詳細不明
マンテーニャの「聖母被昇天」の下台


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Cappella Ovetariのフレスコ画は、アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)、アンスイノ・ダ・フォルリ(パドヴァ、15世紀活動)、ボーノ・ダ・フェラーラ(パドヴァ、1451活動記録)の3人による「聖クリストフォロの物語」
このフレスコ画の制作については、資金難による注文主とマンテーニャのトラブルがあって、途中でマンテーニャが制作から降りてしまい、アンスイノ・ダ・フォルリとボーノ・ダ・フェラーラが参画するようになったようです。


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最上段はマンテーニャの作品です。


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ボーノ・ダ・フェラーラ(パドヴァ、1451活動記録)の「子供と聖クリストフォロ」


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アンスイノ・ダ・フォルリ(パドヴァ、15世紀活動)の「聖クリストフォロの説教」


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖クリストフォロの殉教と遺体の移送」


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖クリストフォロの遺体の移送」


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Cappella Ovetariのフレスコ画、アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖ジャコモの物語」


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フレスコ画があったと思われる壁龕


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聖水盤


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中央礼拝堂前から見たファサード裏側方向


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この礼拝堂の名称が分かりません。


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)の「キリストの鞭打ち」


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この礼拝堂の名称が分かりません。


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礼拝堂の祭壇


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)の「玉座の聖母子」


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礼拝堂の右壁の作品(詳細不明)


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横長の作品です。


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パオロ・ヴェネトの墓


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次の礼拝堂です。


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詳細不明の磔刑像


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制作者不明の「三位一体と聖アンドレアと2信者」


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詳細不明


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詳細不明


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次の礼拝堂です。


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詳細不明


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フレスコ断片が残されてます。


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Cappella Cortellieriの扉が閉まっていました。


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鉄格子の間からカメラを入れて撮りました。


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)の「聖人たち」のフレスコ断片


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)のフレスコ断片


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マドンナ・デル・ブオン・コンシーリオ(1467)


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詳細不明


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次の礼拝堂です。


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制作者不明の「黄金門での聖ジョアッキーノと聖アンナの邂逅」


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アンドリオーロ・ディ・サンティ別名アンドリオーロ・ダ・ヴェネツィア(ヴェネツィア、1320c‐1375c)とボニーノ・ダ・カルピオーネ(ロンバルド、1357‐1397活動)の「ウンベルティーノ・ダ・カッラーラの墓碑」(1345-51c)
19世紀初めに破壊されたサンタゴスティーノ教会にあったものです。


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外に出る前に、もう一度中央礼拝堂を見ました。


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外に出ました。


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(おわり)

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内陣中央に進みました。


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左側壁にマルコ・マントヴァの霊廟があります。


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右側に大きな礼拝堂があります。


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左側壁にフレスコ画が僅かに残ってます。


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)の作品の可能性があるとされる「磔刑」のフレスコ断片(14世紀)


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バルトロメオ・アンマンナティ(フィレンツェ、1511‐1592)の「マルコ・マントヴァ・べナビデスの霊廟」
マルコ・マントヴァ・べナビデス(パドヴァ、1489‐1582)は、パドヴァ大学で学んだ法律家で、同大学で教授を務めたほか美術品や古代文書の収集家としても有名です。


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詳細不明


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アントニオ・ガンバラの墓碑


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左壁の時計


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詳細不明


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後陣左にあるCappella Sanguinacciです。
サングィナッチ家の家族礼拝堂です。


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アンドリオーロ・デ・サンクティスの「聖母子」
彫刻の聖母子の後のフレスコ画は、ヤコポ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1355‐1443)の作品とされてます。


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パオロ・ディ・ヤコベッロ・マセーネ(ヴェネツィア、1350c‐1409)の「イラーリオ・サングィナッチの墓」


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サングィナッチ礼拝堂左壁のフレスコ画は、ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)によって1373年頃制作されました。


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)のフレスコ画


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サングィナッチ礼拝堂の右側壁にもフレスコ画があります。


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Maestoro del coro Scrovegni によるフレスコ画


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中央礼拝堂、Cappella Maggioreです。


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中央礼拝堂の祭壇、所謂主祭壇です。


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)とニッコロ・セミテコロ(ヴェネツィア、14世紀活動)の「彩色磔刑像」(1370)
ニッコロ・セミテコロはジョッテスキ画家でした。


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中央礼拝堂の左側壁です。


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ここではニコレット・セミテコロになってます。


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グアリエント・ディ・アルポ(ピエーヴェ・ディ・サッコ、1310‐1370)とニッコロ・セミテコロ(ヴェネツィア、14世紀活動)によるフレスコ画です。
ニッコロ・セミテコロは、グアリエント・ディ・アルポの助手の役目を果たしたようです。


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フレスコ画のテーマは、「聖ジャコモ、聖フィリッポ、聖アゴスティーノの物語」です。


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中央礼拝堂の右側壁です。


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グアリエント・ディ・アルポ(ピエーヴェ・ディ・サッコ、1310‐1370)の「聖母戴冠」


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後陣右の礼拝堂


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)に帰属するフレスコ画


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ドット礼拝堂です。


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詳細不明


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フランチェスコ・ドットの墓碑


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右側の礼拝堂
(つづく)

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エレミターニ教会、Chiesa degli Eremitaniです。


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エレミターニ教会のファサードです。
正式名称は、サンティ・フィリッポ・エ・ジャコモ・ミノーレ教会と言います。
エレミターニ教会の別称は、建築家フラ・ジョヴァンニ・デリ・エレミターニの設計によって建設されたので、建築家の名前に由来すると思われます。


011
エレミターニ教会の前身は、アレーナの敷地であった現在地にあったサンタ・マリア・デリ・カリタ教会とされてますが、その教会の詳細は殆ど分かっていないとされてます。


012
パドヴァ市の公費負担に基づき、建築家フラ・ジョヴァンニ・デリ・エレミターニの設計によって、1276年創建、1306年頃に完成した教会です。


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教会のファサードに向かって左側にあるのが併設された修道院の建物です。


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修道院だった建物は、現在、パドヴァ市立エレミターニ博物館として使用されてます。


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こちらも修道院だった建物です。


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1806年、エレミターニ教会修道院は、ナポレオンの教会抑圧令によって閉鎖されてしまいました。
1808年、教会の方は宗教活動が再開されましたが、修道院は宗教活動が再開されることなく兵舎に転用されました。修道院の方は、その後一度も宗教活動が再開されることなく現在に至ってます。


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ファサードの右側にある「トレンティーノの聖二コラ像」


085
ファサードに柱廊玄関があるのが特徴です。


015
右身廊の外観が少し新しく見えます。これは当然で、1944年3月11日、第二次世界大戦の米英軍の爆撃を受け、教会のファサード、天井、後陣が分bん的に破壊、教会内の2つの礼拝堂が完全に破壊されてしまいました。
少し新しく見えるのは、破壊箇所が戦後に修復されたからです。


3
爆撃によって破壊された教会です。



5
外部サイトから写真を拝借しました。
天井が完全に崩落したことが分かります。


019
南側、右身廊側に扉があります。


020
右身廊側扉の装飾は、ニコロ・バロンチェッリ(フィレンツェ、?‐フェラーラ、1453)によるものです。


016
第二次世界大戦の爆撃によって破壊され、戦後に修復された箇所。


017
後陣も戦後に大修復されました。


018
どの部分がオリジナルなのか、を考えながら拝観すると良いと思います。


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ファサード側に戻りました。


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ファサードの扉から中に入って拝観します。


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やはり少し新しく見えます。


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戦後に、元の姿に忠実に修復されたそうです。


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右側壁方向


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戦後に再建された天井


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ペトラルカの墓碑とヤコポ2世・ダ・カッラーラの墓


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ヤコポ2世・ダ・カッラーラは、パドヴァのシニョーレで1350年に没しました。


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制作者は、アンドリオーロ・デ・サンティ別名アンドリオーロ・ダ・ヴェネツィア(ヴェネツィア、1320c‐1375c)、14世紀中頃のヴェネツィアの逸名彫刻家2人、ボニーノ・ダ・カンピオーネ(ロンバルド、1357‐1397活動記録)です。


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ヤコポ2世・ダ・カッラーラの墓は、サンタゴスティーノ教会にありましたが、戦後に行われたエレミターニ教会の大修復工事の際、ここに移されたものです。


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Ave Regina Caelorum


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ステファノ・ダ・フェラーラ(フェラーラ、1357‐1397活動)の聖母子


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彫刻等の作品帰属が不明です。


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洗礼盤


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Ave Regina Caelorum


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(つづく)

438
次はサンタ・マリア・デル・カルミネ聖堂です。


439
14世紀に創建された教会ですが、現在の建物はロレンツォ・ダ・ボローニャ(15世紀前半‐1508?)の設計によって16‐20世紀に再建された二代目のものですが、初代の建物の一部を利用して建設されました。


444
1960年、当時の教皇ジョヴァンニ23世によってBasilica Minoreに格付けされました。


443
1335年の創建以来、2回の地震、そして第1次と第2次の世界大戦による爆撃、さらに1800年、新教皇就任時の花火が燃え移り消失するなど、大きな被害を5回受けた歴史があります。


319
ファサード前のペトラルカ広場に立っている像は、ペトラルカのものです。ペトラルカは、その生涯の終わり近くの1367年にパドヴァに移住して、1374年に没するまでパドヴァで過ごしました。


440
聖堂内に入ったらミサ中でした。


442
単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


441
祭壇画、フレスコ画などが沢山あります。


446
ミサ中なので、拝観を遠慮しました。


447
初代の建物にあった祭壇画などは市立美術館で見ることが出来ます。


477
一旦外に出て、隣接するScuola del Carmineを見ることにしました。カルミネ聖堂のファサードに向かって右側にあります。


475
Scuola del Carmineの入り口です。
当初、ここは洗礼堂になっていましたが、現在はカルミネ聖堂の礼拝堂となってます。


474
Scuola del Carmineの中に入りました。


473
壁の殆どはフレスコ画に覆われてます。



472
美術ファンにとっては絶好の楽しめる空間です。


449
祭壇


467
彫刻家アンドレア・トッレセッレ(18世紀前半活動)の代表作とも言える大理石の祭壇(1739)です。


468
大理石祭壇の中の聖母子は、ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)によって描かれました。


450
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「聖母被昇天」(1530)


453
ドメニコ・カンパニョーラ(ヴェネツィア、1500‐パドヴァ、1564)の「黄金門での聖ジョアッキーノと聖アンナの邂逅」(1520)


455
ジュリオ・カンパニョーラ(パドヴァ、1482c‐ヴェネツィア、1515c)の「聖母の神殿奉献」(1505‐07)
ジュリオ・カンパニョーラの養子がドメニコ・カンパニョーラです。


456
ジュリオ・カンパニョーラ(パドヴァ、1482c‐ヴェネツィア、1515c)の「聖母の誕生」(1505‐07)


459
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「マギの礼拝」(1530)


460
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「エジプトへの逃避」(1530)


461
ジュリオ・カンパニョーラ(パドヴァ、1482c‐ヴェネツィア、1515c)の「寺院内の聖母の暮らし」(1505‐07)


462
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「博士たちとの問答」(1530)


463
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「聖霊降臨」(1530)


464
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480‐1561)の「聖母の死」(1530)


465


466


480
外に出ました。


481
今回の旅におけるパドヴァの予定は大体終わりです。


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例によってスクロヴェーニ礼拝堂付近をぶらぶら歩きです。


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今回が私にとってのパドヴァの最終になるでしょう。


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何事も終わりがあるというものです。


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名残尽きません。


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ホテルに戻って、預けていた荷物を受け取って駅に向かいました。


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乗車予定の列車が遅れてます。


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パドヴァを後にしました。
(おわり)

378
スクロヴェーニ礼拝堂とエレミターニ市立美術館を見てから、2つの教会に行きます。


379
今迄で何処に最も多く行ったのか、と質問されたら、私の場合、スクロヴェーニ礼拝堂になります。一回15分の時間制限があるので、心行くまで鑑賞するとなると一回のパドヴァの旅で3回以上入らないと満ち足りた気分になりません。


381
Palazzo Moroni


382
先ずはサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会です。


383
この辺の通りの名称は?
ローマ通り?、ウンベルト1世通り?
同じ道なのに、ブロックによって3回も通りの名称が変わる場合があって、混乱してしまいます。


384
サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会に到着しました。


387
1372年創建、完成が1390年のゴシック様式の教会です。
19世紀に大掛かりな修復が行われましたが、創建時の姿を今もほぼ留めていると言われてます。


388
1510年に追加建設されたロッジャは、バルトロメオ・カンポロンゴの寄託によるものから、カンポロンゴのロッジャと呼ばれてます。


386
教会の入り口です。


389
中に入ったら葬儀のミサの真っ最中でした。参列者の大部分は平服でした。イタリアでは喪服を着て葬儀に出る人は少数派のようです。
流石に葬儀のミサ中に祭壇画などを見て回るのは不謹慎です。


393
所が外に出ようとしたら、葬儀が終わったのです。


402
ロッジャで最後の別れが行われたようで、葬儀の参列者は全員教会の外に出て、教会内には急に誰もいなくなったのです。


403
縦57m、横17mの単廊式、ゴシック様式の内部です。
左側壁側にカンポロンゴのロッジャがあります。


404
壁面の殆どがフレスコ画で覆われていましたが、経時劣化によって落剝が進んで、19世紀に行われた大掛かりな修復工事の際に一部を除いて塗り潰されたそうです。


405
Altale dell'Addolorata (1703-10)


427
聖母子の彫刻が非常に有名です。リナルディーノ・ディ・フランチャの作品(1379‐85)です。


420
主祭壇
後陣に置かれている祭壇画は、ルカ・フェラーリ通称ルカ・ディ・レッジョ(レッジョ・エミリア、1605‐パドヴァ、1654)の「セルヴィ教会の創設者に顕現する聖母」(1637)です。


421
ダーリオ・ヴァロターリ・イル・ヴェッキオ(ヴェローナ、1539‐1596)の「磔刑」


422
ドナテッロ(フィレンツェ、1386‐1466)の「十字架の奇跡」(1442‐45)ですが、肝心の磔刑像がありません。


429
教会のパンフレット


433
磔刑のキリスト像は修復のために取り外された?


435
ヤコポ・パリサーティ・ダ・モンタニャーナ(モンタニャーナ、1440/1443-パドヴァ、1499)の「ピエタ」


391
ジローラモ・テッサーリ別名ジローラモ・デル・サント(パドヴァ、1480-1561)の「聖母子と4聖人(聖ロッコ、聖アントニオ、聖ジョアッキーノ、聖アンナ)」


394
マッテオ・ギドーニ(フィレンツェ、1626-パドヴァ、1700)の「La Vergine salva un condannato alla ruota」


397
ルイ・ドリニー(パリ、1654-ヴェローナ、1742)の「聖霊降臨」


396
ピエトロ・ダミーニ(カステルフランコ・ヴェネト、1592-パドヴァ、1631)のフレスコ画


400
ルイ・ヴェルナンサル(パリ、1689c-1749)の「聖母の教育」


406
14世紀末のフレスコ画


407
15世紀の受胎告知


408
アレッサンドロ・マガンツァ(ヴィチェンツァ、1556-1630)の「聖エジーディオ・アバーテ」


412
ルイ・ヴェルナンサル(イタリア名ルドヴィーコ・ヴェルナンサル)(パリ、1689c-1749)の「聖ペッレグリーノ・ラツィオージの奇跡」(1727)


413
詳細不明


415
詳細不明


416


419


423
詳細不明のフレスコ画


424
24時間制時計のフレスコ


425
詳細不明


436
外に出ました。


437
(つづく)

380
さて、次はドゥオーモ本体です。


377
現在の建物は3代目のものです。


381
313年のミラノ勅令後に建てられた初期キリスト教会が前身です。しかし、その建物は、1117年の大地震によって倒壊してしまい、再建されたロマネスク様式の建物が2代目ですが、2代目の建物は経時劣化によって荒廃が進んだので、16世紀前半に2代目の建物を取り壊し、その上に新しい建物の建設が決定されました。
そうして、1551年創建、1754年に完成したルネサンス様式の3代目の建物が現在の姿です。


368
鐘楼は、紀元前49年建設のムニキピウムの遺構の上に建てられてます
ラテン語でMunicipium、イタリア語でMunicipioとは、ローマ皇帝または元老院から自治を認められた都市国家の形態の一つです。


382
聖堂内に入りました。


385
3廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


384
装飾が少なく、すっきりした感じがします。
礼拝堂の祭壇画などを見て回ります。


386
ディオニシオ・ガルディーニ(パドヴァ、1929‐2013)の「教皇聖ピオ10世」


388
アレッサンドロ・ガルヴァーノ(パドヴァ、18世紀活動)の「聖ロレンツォの殉教」


389
フェリーチェ・キエレギンの「聖ロレンツォ・ジュスティニアーニ」(1788)


391
パドヴァニーノ?の作品


394
パドヴァニーノ?の作品


396
Cappella Sacro Cuore


397
有名な奇跡の聖母ですが・・・・・・


398
残念ながら、14世紀に制作された複製画です。


399
ルカ・フェラーリ(レッジョ・エミリア、1605‐パドヴァ、1654)の「聖母被昇天」


401
フランチェスコ・ザハレッラ枢機卿の墓


402
グレゴリオ・ラッザリーニ(ヴェネツィア、1655‐ヴィッラボーナ・ヴェロネーゼ、1730)の「聖母戴冠」


405
フランチェスコ・ザネッラ(パドヴァ、1637‐1717)の「マギの礼拝」


406
Sacrestia dei Canonici


407
ジャン・ラウー(モンペリエ、1677‐パリ、1734)の「ご訪問」


408
ジャン・ラウー(モンペリエ、1677‐パリ、1734)の「受胎告知」


410
詳細不明


411
主祭壇と後陣


413
ジョヴァンニ・アントニオ・ペッレグリーニ(ヴェネツィア、1675‐1741)の「聖母子と聖ジュゼッペと聖チェザレオ」


414


417
Altare di San Gregorio Barbarigo
祭壇画は、ピエトロ・ダミーニ(カステルフランコ・ヴェネト、1592‐パドヴァ、1631)の「聖ジローラモ」


419
Cappella della Madonna dei Cechi
フランチェスコ・スクゥアルチョーネ(パドヴァ、1397‐1468)の「チェコの聖母」


420
外に出ました。


421
ドゥオーモ広場に面して建つPalazzo del Monte dei Pieta


422
この日の予定は終わりました。


424
パドヴァでお馴染みの場所を経て、駅前のホテルに戻ることにしました。


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438
(つづく)

328
歴史的建造物です。


330
ダンテ通りにあります。


329
1383年以前に建設されたCasa Rielloです。1383年に大修復された記録が残っており、それ以前に建てられたことが確実となってます。


331
柱廊上ルネッタにフレスコ画があります。


332
サン・ニコロ広場にやってきました。


333
広場に面して建つサン・ニコロ教会です。


335
10世紀頃に創建され、14世紀に完成しました。


361
17‐18世紀に行われた修復の際、中世の外観が変更されました。現在の姿は、その修復後のものではありません。


334
バロック様式の遺産の大部分を除去するために1966年から1971年に行われた再修復後の姿が現在の外観です。


363
鐘楼は19世紀に大修復されました。


337
中に入りました。


339
三廊式、ロマネスク様式の内部です。


338
左右非対称で、右側に翼廊がありますが、左側には翼廊がありません。


342
ジェラルディーノ・ダ・レッジョの「磔刑と聖ジョヴァンニ・バッティスタの物語」(1353‐1379)


345
ヤコポ・パリサーティ・ダ・モンタニャーナ(モンタニャーナ、1440‐パドヴァ、1499)に帰属する「玉座の聖母子と2聖人(聖リベラーレと特定できない聖人)」


348
ジャンドメニコ・ティエポロ(ヴェネツィア、1727‐1804)の「聖家族と聖フランチェスカ・ロマーナと聖エウロシャと聖女」(1777)


350
詳細不明


352


353


354


356


357


358


359


360


336
外に出ました。


362


364
サン・ニコロ教会では、残念ながらジョヴァンニ・ダ・ピサの作品を見逃したようです。
次はドゥオーモです。


365
ドゥオーモの後陣に出ました。


366
Basilica Cattedrale di Santa Maria Assunta


367
4世紀頃創建の古い教会です。現在の建物は、1522年に創建され、1754年に一応の完成を見た(今なお未完成)、恐らく4代目となるものです。


369


370


374
要塞のような造りの司教館


372


376
ドゥオーモのファサード側に出ました。


379
先ず洗礼堂を見ることにしました。当時,中は写真不可だったので写真がありません。


5s
外部サイトから拝借した、洗礼堂内の壁に描かれたフレスコ画の作品画像を載せておきます。


3s
ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1320/1330c-パドヴァ、1390/1391c)によって1375年から1376年に制作されたフレスコ画です。


2s


4s


1s


375
(つづく)

166
サンタ・ジュスティーナ聖堂です。
304年、パドヴァの聖ジュスティーナが殉教しましたが、彼女の墓に跡地に6世頃に建設された教会が前身です。
現在の建物は、1501年創建、1606年に奉献された3代目となるものです。
257代教皇ピオ10世(在位:1903‐1914年)によってBasilica Monoreに格付けされました。


171
聖堂内に入りました。


173
縦118.5m、横幅82mのイタリアで7番目に大きい教会です。


172
三廊式、ラテン十字形の内部です。
祭壇画を見て行きました。


176
ガスパーレ・ディツィアーニ(ベッルーノ、1689‐ヴェネツィア、1767)の「聖パオロの回心」


174
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「聖パオロの回心」


177
ピエトロ・リベリ(パドヴァ、1605‐ヴェネツィア、1687)の「光悦の聖ジェルトルデ」(1677‐78)


180
ヨハン・カール・ロート通称イル・カルロット(モナコ・ディ・バヴィエラ、1632‐ヴェネツィア、1698)の「聖ジェラルド・サグレドの殉教」(1678)


183
ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634‐1705)の「聖スコラスティカの死」(1674)


187
ヤコポ・パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1549‐1628)の「聖ベネデットと聖プラチドと聖マウロ」(1618)


192
アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)の「聖コズマと聖ダミアーノと天使」


193
ジョヴァンニ・バッティスタ・ビッソーニ(パドヴァ、1576‐1636)の「使徒たちの使命」


196
詳細不明


198
Il Corridoio dei Martiri


200
ピエトロ・ダミーニ(カステルフランコ・ヴェネト、1592‐パドヴァ、1631)の「殉教者の井戸の発見」


203
ジャコモ・チェルーティ(ミラノ、1698‐1767)によって描かれたフレスコ画


202
詳細不明


204
さながら小美術館のような聖堂です。


205


207


208


210
主祭壇
主祭壇画はパオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「聖ジュスティーナの殉教」(1572)


212
サン・ジュリアーノ礼拝堂


213
サン・ジュリアーノ礼拝堂天井のフレスコ画(詳細不明)


214
アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)の「聖コズマと聖ダミアーノの殉教」(1718)


217
セバスティアーノ・ガルヴァーノ(パドヴァ、16世紀末活動)の「嬰児虐殺」


220
バレンティン・ルフェーブル(ブリュッセル、1642‐ヴェネツィア、1682)の「聖マウロ」(1673)


223
ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634‐1705)の「聖プラチドの殉教」(1676)


226
アントニオ・ザンキ(エステ、1631‐ヴェネツィア、1722)の「聖ダニエーレの殉教」(1677)


227
カルロ・チニャ―リ?の作品


231
セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「聖グレゴリオ・マーニョ」(1700c)


234
カルロ・カリアーリ(ヴェローナ、1570‐1596活動)の「小聖ジャコモの殉教」(16世紀末)
キリがないので祭壇画の紹介はこの辺にしておきましょう。


165
外に出ました。


315
カルミネ教会に行くことにしました。


314
池のような川


316


317
川沿いの道を鐘楼を目印に進みました。


318
残念! カルミネ教会は閉まっていました。


319
ファサード前に立つペトラルカ像


321
拝観は後日の楽しみということで先を急ぎました。


323
ファサード前を流れるバッキリオーネ川


324
川に架かる橋の先に、13世紀に建設されたモリーノ門があります。


325
橋の中央にある聖母子像


326
モリーノ門を潜って旧城壁内に入りました。


327
古い建物が点在しています。
(つづく)

127
パドヴァ大学は、ボローニャ大学に次いでイタリアで2番目に古い大学だそうです。


128
サン・フランチェスコ通りには、余り見所がありません。


129
ということで、広場に戻ってきました。


130
ラジョーネ宮を挟んで2つの広場があります。


131


132


134


136
11世紀に創建されたサン・カンツィアーノ教会です。現在の建物は、1595年から1617年にかけて再建された二代目のものです。


138
次はサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会です。


139
ローマ通りを南に向かって進みます。


140
写真右の柱廊はサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会のものです。


141
サンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会のファサードが面した道は道幅が狭いので、ファサードの写真がうまく撮れません。


156
身廊横の柱廊です。


155



145
中に入ったらミサ中でした。


152
ミサの邪魔をしてはいけないので、拝観は後日に延期しました。


157
この辺で通りの名称がローマ通りからウンベルト1世通りに変わります。


158
1466年に建設された、ゴシック様式のCasa Olizignaniです。


159
ウンベルト1世通りを進むと塔が見えてきました。


160
12世紀に建設された、高さ35mのカポディリスタの塔です。要塞の役目をしていました。


161
Palazzo Capodilista


162
プラート・デッラ・ヴァッレに出ました。


163
プラート・デッラ・ヴァッレに面して建つPalazzo Liberty


237
プラート・デッラ・ヴァッレの堀


238
パドヴァで最も大きな教会であるサンタントニオ聖堂です。


239
生憎修復工事中でした。


243
ロマネスク・ゴシック様式の建物です。


240
拝観しましたが、聖堂内は写真不可でした。


1
サンタントニオ聖堂内にあるステファノ・ダ・フェッラーラの「ピラストロの聖母」(作品画像は外部サイトから拝借しました)


241
ファサードの横前に有名なガッタメラータ像があります。


244
ドナテッロの代表作です。


245
次はサン・ジョルジョ礼拝堂とサンタントニオ同信組合です。


247
ティツィアーノなどの傑作があるので、美術的には必見です。


248
中に入りましたが、ここも写真不可でした。


2
サンタントニオ同信組合にあるティツィアーノの「母の無罪を話す乳児」(作品画像は外部サイトから拝借しました)


249
スクロヴェーニ礼拝堂が写真OKになったのだから、サンタントニオ聖堂なども写真OKとなってもおかしくないと思いました。


250
次はサンタ・ジュスティーナ教会です。


251
南の方に戻りました。


236


164
サンタ・ジュスティーナ教会です。


167
サンタ・ジュスティーナ教会はプラート・デッラ・ヴァッレに面して建ってます。


168


170
サンタ・ジュスティーナ教会は写真OKです。


169
(つづく)

005
翌朝です。


006
例によって先ずスクロヴェーニ礼拝堂です。1回15分の制限時間内で満足できないので、その辺は仕方ない。


008
バッキリオーネ川の流れは緩やかです。


009
スクロヴェーニ礼拝堂と市立博物館の切符を分けて売って欲しい。


010
スクロヴェーニ礼拝堂と市立博物館の切符がセットになっているので、1日にスクロヴェーニ礼拝堂に数回拝観しようとすると、どうしても市立博物館の切符が重複、無駄になってしまいます。


011
次はエレミターニ教会です。


012
サンティ・フィリッポ・エ・ジャコモ教会とも呼ばれてます。


015
身廊側の扉が早く開く筈ですが、何故か閉まったままでした。


016
この教会が閉まったままとは考えられないので、暫時時間潰しです。


017
古い教会ですが、第二次世界大戦で爆撃され、大きな被害を受けたので、戦後に大修復された箇所が多い建物です。後陣は特に爆撃に被害が大きかったそうです。


019
戻ったら扉が開いていました。


020


022
拝観しました。


024
エレミターニ教会については、項を改めて詳しく触れる予定です。


082
古いフレスコ画が残されてます。


048


062


086
ファサード側の扉から外に出ました。


100
久し振りに旧市街に行ってみます。


101
見所が豊富な街ですが、スクロヴェーニ礼拝堂と市立博物館に時間がとられて、旧市街に来ることは少ないのです。


103
12世紀以前に建てられ、1286年に修復されたPorta Altinateです。


104
門の彫刻


106
Porta Altinateを潜りました。


105
中世の頃の城壁内に入りました。


107
夕方になるにつれ、人出が多くなってきました。


108
市庁舎に行ってみます。


109
特にやることがないので、単に歩いているだけでした。


110


111


112
Palazzo Moroni、現市庁舎です。


113


114
Torre degli Anziani


115
エルベ広場


116
ラジョーネ宮


118


119


120
シニョーリ広場


122


123
Loggia del Consiglio


124
Torre dell'Orologio


125
有翼のライオン像
(つづく)

P1950651
パドヴァは、人口211,007人(2018年11月30日現在)のヴェネト州パドヴァ県の県都です。


P1950650
パドヴァ駅に到着しました。


P1950611
駅舎と広い駅前広場


P1950609
この日のお宿は駅前のここです。前泊地がヴィチェンツァだったので、朝早い時間の到着でした。


P1950610
私にとってのパドヴァは、スクロヴェーニ礼拝堂に尽きます。そのため、旧市街に足を向けることが少ないので、交通便利な駅前ホテルがピッタリです。


P1950612
大きな荷物をホテルのフロントに預け、身軽になって早速スクロヴェーニ礼拝堂に向かいました。


440
駅前から旧市街に向かう路面電車がありますが、これが面白い。こんなに広い軌間の電車は勿論ありません。


441
路面電車の線路が1本なのです。車体の中央に1本の線路の上を走行する鉄輪があり、その左右にタイヤがあって、タイヤは道路の上を走るのです。


P1950615
ジュゼッペ・ガリバルディ大通り


P1950618
バッキリオーネ川の先に見えるのはカルミネ教会です。


P1950619
大学生の多くはトラムやバスに乗って学舎に向かうので、この辺を歩いている人はそんなに多くありません。


P1950620
ジュゼッペ・ガリバルディ像


P1950645
イタリア統一の英傑像は、北イタリアでは普通ですが、シチリアでは少ないのです。


P1950621
写真左にスクロヴェーニ礼拝堂があります。


P1950623
今回の旅でもやってきました。


P1950625
朝が早いので、観光客の姿は殆どありません。


P1950638
切符は予約制になってますが、朝早く来ると予約なしで切符を買うことが出来ます。


P1950627


P1950631


P1950632


P1950633
この日の最初の回の拝観者は私を含めて僅か4人でした。


P1950634
これだけ少ないと15分の予定が10分ほど延長してくれるかも知れないと淡い期待を抱いていましたが、次はグループ客が一杯来てしまい、15分で終わってしまいました。


P1950643
この日の午後の切符を予約していました。


P1950639
エレミターニ教会の拝観は翌日にすることにしました。


P2800642
次は市立博物館です。


P2800654
質と量の点で、市立博物館としては第一級の存在です。


P2800670


P2810072


P2810077
ジョヴァンニ・ベッリーニの作品


P2810172
ジョルジョーネ


P2810699
ジョット・ディ・ボンドーネ


P2810823
アンドレア・マンテーニャ


P2820118
ヤコポ・ティントレット


P2820125
パオロ・ヴェロネーゼ


P2820193
パルマ・イル・ジョーヴァネ


P2810549
見応えがあります。


P2810384
スクロヴェーニ礼拝堂の予約時間待ちのために入館する人が多いようですが、それでは勿体ないと思います。


P1950646
疲れました。


P1950647
一日目はこれで終わりです。


P1950648
(つづく)

P2800704
第13場面はここにあります。


P2800793
第13場面:聖母マリアのもとに大天使ガブリエーレを遣わす神


P2810279
第14場面:聖母マリアに受胎告知する大天使ガブリエーレ


P2810313


P2800790
第15場面:大天使ガブリエーレから受胎告知される聖母マリア


P2810303


P2810305
第16場面:ご訪問


P2800710
第17場面:キリストのご誕生


P2800717
第18場面:マギの礼拝


P2800724
第19場面:キリストの神殿奉献


P2800734
第20場面:エジプトへの逃避


P2800740
第21場面:嬰児虐殺


P2800752
第22場面:教会博士との問答


P2800758
第23場面:キリストの洗礼


P2800764
第24場面:カナの結婚


P2800769
第25場面:ラザロの蘇生


P2800776
第26場面:キリストのエルサレム入城


P2800782
第27場面:寺院からの商人たちの追放


P2800786
第28場面:ユダの裏切り


P2800784
第29場面:最後の晩餐


P2800719
第30場面:弟子の足を洗うキリスト


P2800726
第31場面:ユダの接吻


P2800736
第32場面:カイファの前のキリスト


P2800742
第33場面:キリストの嘲笑


P2800754
第34場面:カルヴァリオへの上り


P2800760
第35場面:磔刑


P2800766
第36場面:嘆き


P2800772
第37場面:我に触れるな


P2800778
第38場面:キリストの昇天


P2800784
第39場面:聖霊降臨


P2810297
次は最下段に描かれた悪徳と美徳の寓意画です。


2
慎重
どうしたことか、「慎重」を撮り忘れてしまいました。仕方がないので、写真が解禁になった直後に携帯電話で撮った写真をアップしました。


P2810226



P2810230
禁酒


P2810236
正義


P2810240
信仰


P2810243
慈悲


P2810246
希望
以上が美徳の寓意でした。以下は悪徳の寓意です。


P2810249
絶望


P2810256
羨望


P2810259
不貞


P2810263
不公平


P2810266
怒り


P2810269
Scostanza
Scostanzaの適当な日本語訳が思い浮かびません。


P2810273
愚かさ


P2810285
以上が全場面の紹介です。


P2810217
外に出ました。
梯子または脚立を使って、高い場所にある場面を正面から撮った全場面の写真がネットに載ってます。それにも拘らず、私の写真を敢えて載せたのは単に自己満足からで、他に何の意味もありません。自分のブログにアップさせる写真は、自分で撮った写真に限りたいと思ってます。(稀に例外がありますが)


P2810323
(おわり)

P2810233
内陣の右側壁が見て行きます。


P2810243
悪徳と美徳の寓意画がモノクロで14場面描かれてます。


P2810241
フレスコ画のテーマは、聖母の物語とキリストの生涯の物語です。


P2810245
聖母の物語には、聖母の両親である聖ジョアッキーノ(ヨアキム)と聖アンナのエピソードが含まれてます。


P2810220
ファサードの裏の壁、つまり西側の壁に最後の審判があります。


P2810287
ジョットが36‐38歳だった頃、礼拝堂のフレスコ画制作に従事したとされてます。


P2480313
キリストと12使徒


P2800747


P2800748


P2480330
フレスコ画の注文者であるエンリコ・デリ・スクロヴェーニが最後の審判の中に描き込まれてます。


P2800744
お分かりになるでしょうか?
スクロヴェーニ礼拝堂が描かれているので直ぐに分かります。


P2810247
写真左端下がエンリコ・デリ・スクロヴェーニで、スクロヴェーニ礼拝堂を捧げる姿として表現されてます。


P2480331
徳の寓意


P2480332
悪徳の寓意


P2810299
天井


P2810248
最後の審判に向かって右壁、つまり祭壇に向かって左側壁のフレスコ画に移ります。


P2810251
側壁のフレスコ画は、4段に描かれてます。


P2810254
最上段は、聖母の両親のエピソードを含む聖母の物語が描かれてます。


P2810261
上から2段目と3段目はキリストの物語が描かれてます。


P2480302
最下段に悪徳と美徳の寓意画が描かれてます。


P2810264


P2810268


P2810272


P2810280
左側壁に礼拝堂があります。


P2810282
この祭壇画の制作者などの詳細が分かりません。


P2810223


P2800732
15‐20分の限られた時間内にどのように観るのか、が課題でしょう。


P2480336
ジョットには約40人の弟子や協力者がいて、ジョットと共にフレスコ画の制作に当たったとされてます。


P2480353
このような箇所は、弟子や協力者によって描かれたと思います。


P2480357


P2480358
それでは、各場面を順番通り見て行くことにします。
最初は聖ジョアッキーノ(ヨアキム)の物語です。


P2800708
第1場面:聖ジョアッキーノ(ヨアキム)の神殿からの追放


P2800716
第2場面:羊飼いに身を寄せる聖ジョアッキーノ(ヨアキム)


P2800722
第3場面:聖アンナへの受胎告知


P2800731
第4場面:神に子羊を捧げる聖ジョアッキーノ(ヨアキム)


P2800737
第5場面:聖ジョアッキーノ(ヨアキム)の夢


P2800743
第6場面:黄金門での聖ジョアッキーノ(ヨアキム)と聖アンナの邂逅


P2800750
第7場面:聖母の誕生


P2800756
第8場面:聖母の神殿奉献


P2800762
第9場面:聖母の婿選び


P2800767
第10場面:聖母の求婚者の祈り


P2800774
第11場面:聖母の結婚


P2800780
第12場面:聖母の結婚の行列
(つづく)

P2800625
スクロヴェーニ礼拝堂の内部のフレスコ画や彫刻は何時行っても変わりません。2019年4月とわざわざ書くまでもありませんが、気分の問題で2019年4月としました。
アレーナ市民公園は立ち入り禁止になっていました。


P2800804
礼拝堂のファサードの方に近付くことが出来ません。




P2800806
公園の扉の金網の間にカメラを入れて撮った写真です。


P2800630
本物志向なので、大塚美術館に行くことは絶対にないと思います。


093
2018年5月のことですが、このところ何回も訪れて、切符売り場の係員が私の顔を覚えていたのか、切符を買おうとすると、私が何も言わないうちにRidotto Scuoleの切符を渡してくれて、€5と言うではありませんか!
ビックリしました。何がどうなったのか、サッパリ分かりませんが、それ以降、切符売り場で渡される切符はRidotto Scuoleとなりました。
普通のRidottoは€8、一般は€13だったと思います。


P2800692
パドヴァに行けば、スクロヴェーニ礼拝堂に3回拝観することにしているので、定期券の変形?扱いでRidotto Scuoleになったかも知れません。


P2800693
入口の前で暫く待機します。


P2800692
少し早く行くと、空きがあれば、指定時間の前に中に入ることが出来ます。


P2800694
この日は、指定時間の前の回に入りました。


P2810218
例によって、ここでビデオを見ます。


P2800697
高校生の一行と一緒でした。


P2800696
ビデオを真面目に見ておくと、拝観の手助けになります。


P2800697
これからアップする写真は、6回に分けて拝観した時に撮ったものです。1回の拝観時間が僅か15‐20分なので、フレスコ画や彫刻などを鑑賞しながら、全部の場面の写真を撮ることは不可能との理由からです。


P2800727
礼拝堂内に入りました。


P2800699
先ずは祭壇と後陣から見て行きます。


P2800698
礼拝堂で宗教行事が行われることがないことから、普通の祭壇とは随分違った印象を受けます。


P2800795
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1248/1250c-シエナ、1315c)の「聖母子と2天使」


P2810291
ジョヴァンニ・ピサーノの彫刻の後にあるのは、エンリコ・デリ・スクロヴェーニ(ヴェネツィア、?-1336)の墓です。


1
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1248/1250c-シエナ、1315c)の「エンリコ・デリ・スクロヴェーニ像」


P2800701
後陣の天井のフレスコ


P2480295
後陣に目を向ける人が少ないように思います。


P2800794
後陣正面の壁


P2800700
後陣左側壁


P2800802
ジョット・ディ・ボンドーネ(フィレンツェ、1266/1267-1337c)の「聖母の死」(1305c)
スクロヴェーニ礼拝堂のフレスコ画は、ジョット・ディ・ボンドーネによって1305年頃に描かれました。


P2800801
後陣右側壁


P2810219
左右の側壁に聖職者席が設けられてます。


P2800702
後陣への立ち入りが禁止されているので、側壁に描かれたフレスコ画の写真はこのような状態になってしまいます。


P2480293


P2800797
聖母被昇天と聖母戴冠


P2800798
聖母の遺体の移送


P2800704
次はヴォルタです。


P2810301


P2810284
最上段は、全能者ハリストス(キリスト)


P2800793


P2810274


P2810283


P2810306
この場面の解釈が問題です。


P2800789
純潔の象徴とされるユリの花を大天使が手にしていれば、受胎告知となりますが、何も描かれていません。大天使が棕櫚を手にしていれば、聖母に対して死のお告げをする大天使となります。
受胎告知の場合、大天使はガブリエーレとなり、聖母への死のお告げをする大天使はミケーレとなります。


P2800791
受胎告知を受ける聖母、死のお告げを受ける聖母のどちらでしょうか?


P2810303
聖母の物語がテーマになっているので、私は受胎告知だと思います。


P2800787
ヴォルタ左の「ユダの裏切り」


P2810310


P2810305
ヴォルタ右の「ご訪問」


P2810300
天井


P2810227
どのような順番で見て行ったら良いのか、迷う所です。


P2810229
(つづく)

P2890111
引き続き王立武器庫です。


P2890112


P2890113
詳細不明


P2890114
詳細不明


P2890115


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P2890127
詳細不明


P2890128


P2890129
日本の武具が展示されてます。


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窓越しに見えるカステッロ広場


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マダーマ宮


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P2890142
天井のフレスコ画


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P2890146


P2890143
どうやら見終わったようです。


P2890148
外に出ます。


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P2890156
外に出ました。


P2890158
サバウダ美術館の部分閉鎖にはガックリしました。


P2890160
(おわり)

P2890060
引き続き王立武器庫です。


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天井のフレスコ


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P2890109
(つづく)

P2890005
王立武器庫への順路を進みます。


P2890006
Cabinet "A La Chine"


P2890008
部屋の名称の由来となったキャビネット


P2890007
この部屋のフレスコ画は、クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1764)によって1735年に制作されました。


P2890010


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P2890014
彫刻の傑作があります。


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フランチェスコ・ベルトス(ヴェネト、ドーロ、1678‐1741)の作品


P2890016
フランチェスコ・ベルトス(ヴェネト、ドーロ、1678‐1741)の作品


P2890017
次の部屋です。


P2890023
この部屋のフレスコ画の制作者が分かりません。(私が分からないという意味です)


P2890022


P2890025
王立武器庫です。


P2890027
詳細不明


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P2890030


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天井のフレスコ


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P2890057


P2890058
(つづく)

P2880937
次はSala del Consiglioです。


P2880938
建築家フィリッポ・ユヴァッラの設計による部屋です。


P2880936
天井の絵画は。ヤン・ミエル(ベルギー、ベーフェレン、1599‐トリノ、1656)によって描かれました。


P2880940
次は、Camera da Letto di Carlo Albertoです。


P2880942
部屋の絵画は、ダニエル・セイタ―(ウィーン、1642/1647-トリノ、1705)によって描かれました。


P2880945
デフェンデンテ・フェラーリ(キヴァッソ、1490/1495-トリノ、1540)の「玉座の聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ナザーリオと寄進者」(1523)


P2880943
この浮彫は、目の不自由な人がこれに触ることによって、デフェンデンテ・フェラーリの作品を鑑賞できるように作られたものでしょう。


P2880948
次は、Sala della Colazioneです。


P2880949
天井の装飾


P2880950
近付いて観ることが出来ないようになってます。


P2880956
詳細不明


P2880959
詳細不明


P2880960
フランチェスコ・ラダッテの作品(1755)です。


P2880965
次はGalleria del Danielです。


P2880961
フレスコ画は、ダニエル・セイタ―(ウィーン、1642/1647-トリノ、1705)によって描かれました。


P2880962
部屋の名称は、フレスコ画の制作者に由来するのでしょう。


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P2880966
次の部屋です。


P2880968
フランチェスコ・ゴニン(トリノ、1808-ジャヴェーノ、1889)によって描かれたフレスコ画


P2880970
この部分はダニエル・セイタ―(ウィーン、1642/1647-トリノ、1705)によって描かれました。


P2880971


P2880972
次の部屋です。


P2880973
Sala dei Medaglioni


P2880974
建築家エミリオ・ストラムッチ(ローマ、1845-?、?)の設計によって19世紀後半に改修された部屋です。


P2880975
シモーネ・マルティネス(メッシーナ、1689-トリノ、1768)による彫刻


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ヤン・ミエル(ベルギー、ベーフェレン、1599-トリノ、1656)の「グラツィエの勝利」


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次はSala dell'Alcovaです。


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P2880987
天井の装飾


P2880988
この部屋は、アントン・ヴァン・ダイクの作品をはじめとして有名画家の作品があることで、美術ファンにとって必見でした。しかし、全てサバウダ美術館に移され、サバウダ美術館で展示されています。現在、この部屋にある作品はオリジナルの複製画です。


P2880991
次はSala da Balloです。


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ポンペイとエルコラーノの踊り手たちが描かれてます。


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フランチェスコ・ゴニン(トリノ、1808-ジャヴェーノ、1889)とカルロ・ベロージョ(ミラノ、1801-ベッラ―ジョ、1849)によって描かれた踊り手たち


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P2880998


P2880999


P2890001
床も見物とされてます。


P2890002


P2890003


P2890004
(つづく)

P2880873
順路に従ってPalazzo Realeを見て行きます。


P2880874
ロープが張られていて、近付いて観ることが出来ない部屋があります。


P2880875
Sala dei Corazzieri


P2880876
スタッコ彫刻とフレスコ画で装飾されてます。


P2880877


P2880879
フランチェスコ・アイエツ(ヴェネツィア、1791‐ミラノ、1882)の「エルサレムの十字軍兵士たちの熱望」


P2880880
フランチェスコ・ポデスティ(アンコーナ、1800‐ローマ、1895)の「ソロモンの判決」


P2880881
この部屋の絵画は前述の2点を除き、フランチェスコ・ゴニン(トリノ、1808‐じゃヴェーの、1889)によって描かれました。


P2880882


P2880883


P2880884
次の部屋です。


P2880887
Sala degli Staffieri


P2880886
天井の装飾


P2880896
アンジェロ・チニャローリ(トリノ、1730‐1800)による絵画


P2880890
セバスティアーノ・リッチによる絵画


P2880895
フランチェスコ・デ・ムーラ(ナポリ、1696‐1782)の作品


P2880892
タペストリは、アンジェロ・チニャローリ(トリノ、1730‐1800)の原画に基づきます。


P2880888
アンジェロ・チニャローリ(トリノ、1730‐1800)の原画に基づくタペストリ


P2880893


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P2880897
次はSala dei Paggiです。


P2880898
天井の装飾


P2880899
天井の絵画は、カルロ・アリエンティ(アルコレ、1801‐ボローニャ、1873)の作品です。


P2880901
カルロ・アリエンティ(アルコレ、1801‐ボローニャ、1873)の「フェデリーコ・バルバロッサのアレッサンドリアからの追放」


P2880903
フランチェスコ・ゴニン(トリノ、1808-ジャヴェーノ、1889)の作品


P2880905


P2880907
フランチェスコ・ゴニン(トリノ、1808、ジャヴェーノ、1889)の作品


P2880908
次の部屋です。


P2880910
Sala del Trono


P2880909
1788年に造られた玉座


P2880912
ヤン・ミエル(ベルギー、ベーフェレン、1599-トリノ、1656)による天井装飾


P2880915


P2880918
サヴォイア家の紋章


P2880919
次の部屋です。


P2880920
Sala delle Udiente Private


P2880923


P2880921


P2880924


P2880925


P2880926


P2880928
Sala delle Udiente Privateに礼拝堂が設けられてます。


P2880930
礼拝堂の祭壇画は、ペラージョ・パラージ(ボローニャ、1775-トリノ、1860)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1845)です。
(つづく)

P2880781
ロヒール・ファン・デア・ウエイデン(ベルギー、トゥールネ、1400‐ベルギー、ブリュッセル、1464)の「ご訪問」と「祈る信者」(1435c)


P2880783


P2880786
詳細不明


P2880787
次の部屋です。


P2880789
ピエモンテの逸名彫刻家作「マリゲリータ・ディ・ヴァロアの胸像」(1570c)


P2880791
ピエモンテの逸名彫刻家作「エマヌエーレ・フィリベルト・ディ・サヴォイアの胸像」(1570c)


P2880794
次の部屋です。


P2880795
様々なものが展示されてます。


P2880796
次の部屋ですが、部屋の番号表示がありません。


P2880797
この部屋の先は閉鎖されていました。


P2880798
閉鎖されている部屋が多過ぎ!
展示されている彫刻を見て回ります。


P2880800
ユリウス・カエサル像(1世紀前半)


P2880803
デモステネス像(210‐220c)
紀元前280‐279年に彫られたオリジナルの複製彫刻です。


P2880806
トラヤヌス帝の胸像(110、16世紀)
頭部分は110年の作品ですが、それ以外の部分は16世紀に制作されました。


P2880808
部屋のスタッコ装飾


P2880809


P2880810
逸名彫刻家作「狩りのディアナ」(18世紀)


P2880814
ポンぺオ・マーニョ?像
頭の部分は紀元前2世紀末‐紀元前1世紀中頃の作品ですが、頭以外の部分は16世紀後半のものです。


P2880817
ソクラテス(2世紀)


P2880820
キケロの胸像
頭部分は1世紀のもの、それ以外の部分は16世紀のもの


P2880823
フランドルの逸名画家作「ヤコポ・バッサーノ作『利己的な金持ちの饗宴』のコピー画」(17世紀第1四半世紀)


P2880826
ペプロフォロス像(1‐2世紀)


P2880829
アポロ像(2世紀中頃)


P2880831
次は廊下で展示されている彫刻です。


P2880832
メナデ像またはアルテミデ像(1世紀)
紀元前2‐1世紀に制作されたオリジナルのレプリカです。


P2880836
ヴェスコヴァリ・タイプのアテナ像(2世紀前半)
紀元前4世紀後半に制作されたギリシャ彫刻オリジナルの、2世紀前半に造られたレプリカです。


P2880839
クロークを纏ったエロス像(2世紀)


P2880841
ペプロフォロス像(1‐2世紀)
紀元前5世紀の造られたギリシャ彫刻を模倣して制作されたものです。模倣とレプリカの違いがよく分かりません。


P2880845
ナルキッソス像(1世紀)
紀元前5世紀のオリジナルの模倣作品です。


P2880848
若きハドリアヌス帝像(5世紀中頃)
2世紀に制作されたオリジナルのレプリカです。


P2880851
アスリート像(1世紀)


P2880854
ゼウス像(2世紀中頃)


P2880857
冬のホラ像(2世紀)


P2880859
廊下の横の部屋は閉鎖されていました。


P2880860
Palazzo Realeへと続く廊下です。


P2880862
詳細不明


P2880863
Palazzo Realeに入りました。


P2880864


P2880866
詳細不明


P2880867


P2880868


P2880869


P2880870
詳細不明


P2880871


P2880872
(つづく)

P2880680
ジュリアーノ・ブジャルディーニ(フィレンツェ、1476‐1554)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


P2880682


P2880685
アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)と工房の「聖母子と聖人たち」(1488以前)


P2880688
スキアヴォーネ(スカルドーナ、1433/1436-セベニーコ、1504)の「聖母子」


P2880692
ルドヴィーコ・マッツォーリ(フェラーラ、1480c-1528c)とガロファロ(フェラーラ?、1481-フェラーラ、1559)の「聖母子と聖人たち」


P2880694


P2880697
パオラ・ダ・ブレーシャ(ブレーシャ、1420/1430c-1486没)の「玉座の聖母子と聖人たちのポリッティコ」(1458)


P2880699
玉座の聖母子


P2880701
聖アメーリオ、聖ロレンツォ


P2880703
聖アルビーノ、聖アミーコ


P2880705
クスピデのピエタ


P2880707


P2880709


P2880710


P2880713


P2880716
次は廊下で展示されている作品です。


P2880717
アポロ?の胸像(紀元前1世紀)
頭部はオリジナルですが、頭部以外の部分は16世紀中頃に修復追加されたものです。


P2880719
パリの工場作の「アポロとディアナ」(1790-1800)


P2880723
アマッゾーネ(1世紀)
紀元前440-430年に制作されたアマッゾーネの複製彫刻(1世紀)です。16世紀中頃に修復が行われましたが、その修復後のアマッゾーネが展示されてます。


P2880726
アポロ?の胸像
1世紀に造られた、紀元前1世紀のオリジナルの複製です。


P2880728
アポロ?のトルソ(16世紀中頃)


P2880730
玉座の神(紀元前400-380)


P2880733
フェラーラの工房作の小刀(15世紀末-16世紀初め)


P2880736
アントワーヌ・デ・ロンヒ(サヴォイア、1446-1490活動)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタと信者」(1462)


P2880739
ジュゼッペ・ヴェルナッツァの作品


P2880742
踊る4女神(紀元前1世紀中頃)


P2880744
墓石断片(紀元前3世紀)


P2880745
踊る4人の女(1世紀中頃)


P2880749
煉瓦(紀元前2110-2093)


P2880751
煉瓦(紀元前634-562)


P2880753
煉瓦(紀元前634-562)


P2880755


P2880757
皇帝像(4世紀第3四半世紀)


P2880758
女像(3世紀後半)


P2880760


P2880765
石板断片(紀元前721-705)


P2880766
石板断片(紀元前721-705)


P2880767
石板断片(紀元前721-705)


P2880770
頭像の数々(紀元前6世紀末-紀元前5世紀)


P2880771
紀元前1世紀-紀元後1世紀?


P2880775
ブロンズのドルフィン(1-2世紀)


P2880778
ブロンズの三脚台(2世紀後半)
(つづく)

P2880570
次の部屋です。


P2880571
第13室になります。


P2880573
アンドレア・セミーノ(ジェノヴァ、1526c‐1594)の「羊飼いの礼拝」(1584)


P2880575
クリストファノ・アローリ(フィレンツェ、1577‐1621)に帰属する「ヤコブの夢」


P2880579
デニス・カルヴァート(アンヴェルサ、1540‐ボローニャ、1619)の「羊飼いの礼拝」(1600c)


P2880582
アウレリオ・ローミ(ピサ、1556‐1622)の「マギの礼拝」


P2880586
ジョヴァンニ・コンタリーニ(ヴェネツィア、1549‐1605)に帰属する「ダナエと金のシャワー」


P2880589
ロレンツォ・サッバティーニ(ボローニャ、1530c‐ローマ、1576)の「地理の寓意」


P2880592
ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518‐1594)の「三位一体」(1561‐62c)


P2880595
制作者不詳の「ティツィアーノ作『エマオの晩餐』の複製画」(17世紀前半)


P2880598
アントニオ・カンピ(クレモナ、1523‐1587)の「カルヴァリオへの上り」


P2880601
アントニオ・カンピ(クレモナ、1523‐1587)の「キリストの復活」


P2880605
リナルド・マントヴァーノ(マントヴァ、1529‐1535消息)の「永遠なる父と天使たち」


P2880606
リナルド・マントヴァーノ(マントヴァ、1529‐1535消息)の「聖母被昇天」


P2880610
次の部屋です。


P2880611
第14室です。


P2880612
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)と工房の「モーゼ」(1582)


P2880617
ミネルヴァの胸像(紀元前2世紀中頃)


P2880624
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)と工房の「シバの女王とソロモン王」


P2880626
ランベルト・スストリス(アムステルダム、1515/1520-ヴェネツィア、1584)に帰属する4作品、パリデの判決、エレーナの強奪、ギリシャの犠牲、トロイの襲撃です。


P2880628
パリデの判決


P2880631
エレーナの強奪


P2880633
ギリシャの犠牲


P2880635
トロイの襲撃


P2880638
第15室は閉鎖されていました。


P2880639


P2880640
次の部屋です。


P2880641
第9室です。


P2880642
バルテル・ブリュイン・イル・ヴェッキオ(ケルン、1493-1555)に帰属する「49歳の男の肖像」(1542)


P2880645
バルテル・ブリュイン・イル・ヴェッキオ(ケルン、1493-1555)に帰属する「54歳の女の肖像」(1542)


P2880648
ヤン・ファン・エイク(ベルギー、マーサイク?、1390c-ブルージュ、1441)の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」


P2880650
右半分が光らないように角度を変えて撮ってみました。


P2880653
ハンス・メムリンク(ドイツ、ゼ―リンゲンシュタット、1430-ベルギー・ブルージュ、1494)の「キリストの受難」(1470c)


P2880655
次の部屋には展示室番号表示がありません。
全面的に閉鎖されていた0階(日本の1階)にあった作品を適当に選んで、特別に見せてやるとの思し召し?のようです。


P2880656
デジデリオ・ダ・セッティニャーノ(セッティニャーノ、1430c-フィレンツェ、1464)の「聖母子」


P2880662
ジョヴァンニ・ダ・フィエゾレ通称ベアート・アンジェリコ(ヴィッキオ・ディ・ムジェッロ、1395/1400c-ローマ、1455)の「聖母子」


P2880665
フィリッピーノ・リッピ(プラート、1457-フィレンツェ、1504)の「3大天使とトビオーロ」(1477-78)


P2880667
ロレンツォ・ディ・クレディ(フィレンツェ、1460-1537)の「聖母子」


P2880673
サンドロ・ボッティチェッリ(フィレンツェ、1445-1510)またはボッティチェッリ工房の「聖母子」
現在は、工房作の可能性が高いとされてます。


P2880677
アントニオ・ポッライオーロ(フィレンツェ、1431-ローマ、1498)とピエロ・ポッライオーロ(フィレンツェ、1441-ローマ、1496)の「大天使ラッファエーレとトビオーロ」(1465-70c)
(つづく)

P2880465
次の部屋です。


P1910768
第28室です。


P2880469
グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「カインとアベル」(1617‐18)


P2880472
二コラ・プッサン(フランス、レ・ザンドリ、1594‐ローマ、1665)の「聖マルゲリータ」(1636‐39)


P2880476
フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578‐1660)の「Salmacide e Ermafrodito」(1633c)


P2880478
フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578‐1660)と工房の「Salmacide abbraccia Ermafrodito」(1633c)


P2880482
グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1635c)


P2880487
フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578‐1660)と工房の「Salmacide abbraccia Ermafrodito」(1633以降)


P2880489
次の部屋です。


P2880490
第29室です。


P2880492
ヤン・ブリューゲル・イル・ジョーヴァネ(アンヴェルサ、1601‐1678)の「ヴァニタス」(1631c)


P2880496
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599‐ロンドン、1641)と工房の「Amarilli e Mirtillo」


P2880499
ダニエル・サイテンス・イル・ヴェッキオ(アンヴェルサ、1580c‐レイダ、1640)の「イギリス王チャールズ1世の肖像」


P2880502
アントニ・サラルト(ブリュッセル、1580/1585-1650)の「Processione delle fanciulle del Sablon a Bruxelles」


P2880506
ピーテル・パウル・ルーベンス(ジーゲン、1577-アンヴェルサ、1640)の「フリアによって魅惑されるディアニラ」(1638以降)


P2880509
コルネリス・ド・フォス(フルスト、1584-アンヴェルサ、1651)の「10歳の娘の肖像」(1622)


P2880512
ピーテル・パウル・ルーベンス(ジーゲン、1577-アンヴェルア、1640)の「ヘラクレス」(1638)


P2880514
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599-ロンドン、1641)の「イサベッラ・クララ・エウジェニアの肖像」(1628)


P2880518
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599-ロンドン、1641)の「イギリス王チャールズ1世の3人の子供たちの肖像」(1635)


P2880521
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599-ロンドン、1641)の「プリンス、トンマーゾ・フランチェスコ・ディ・サヴォイア・カリニャーノの騎馬像」(1635)


P2880524
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581-ヴェネツィア、1644)の「高位聖職者の肖像」(1634-35)


P2880526
次の部屋です。


P2880527
第30室になります。


P2880529
ジョヴァン・フランチェスコ・バリビエリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「この人を見よ」(1659c)


P2880531
ジョヴァン・フランチェスコ・バルビエリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「放蕩息子の帰還」(1617)


P2880536
ジョヴァン・フランチェスコ・バルビエリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「聖ジェントルデと聖ルクレツィア」(1645)


P2880539
ジョヴァン・フランチェスコ・バルビエリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「聖フランチェスカ・ロマーナ」(1656)


P2880541
ジョヴァン・フランチェスコ・バルビエリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「授福の聖母」(1651)


P2880544
ジョヴァン・フランチェスコ・バルビエリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「永遠なる父」(1640‐50)


P2880549
次の部屋です。


P2880547
第11室ですが・・・・・


P2880548
閉鎖されていました。


P2880550
次の部屋です。


P2880551
第12室です。


P2880553
ルカ・カンビアーゾ(モネーリア、1527‐エル・エスコリアル、1585)の「ディアナとカッリスト」(1570‐73c)


P2880557
ルカ・カンビアーゾ(モネーリア、1527‐エル・エスコリアル、1585)の「マギの礼拝」(1548‐50)


P2880560
アーニョロ・ディ・コジモ通称ブロンズィーノ(フィレンツェ、1503‐1572)の「高貴な女性の肖像」(1550‐55c)


P2880564
ダニエーレ・ダ・ヴォルテッラ(ヴォルテッラ、1509c‐ローマ、1566)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」(1551c)


P2880568
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「シモーネ邸の晩餐」(1555‐56)
(つづく)

P2880364
次の部屋です。


P1910655
第20室です。以前と比べると展示が変わりました。


P2880367
ジュゼッペ・ヴェルミーリオ(ミラノ?、1587c‐ミラノ、1635)の「聖ピエトロの後悔」


P2880370
アントニオ・デンリコ通称タンツィオ・ダ・ヴァラッロ(アラーニャ・ヴァルセージャ、1575‐ヴァラッロ、1633)の「聖ピエトロと聖マルコ」(1626)


P2880373
ニコロ・ムッソ(カザーレ・モンフェッラート、1585/1590-)1623/1627)の「カルヴァリオへの上り」(1610-15c)


P2880376
アントニオ・デンリコ通称タンツィオ・ダ・ヴァラッロ(アラーニャ・ヴァルセージャ、1575c-ヴァラッロ、1635)の「ヤコブとラケル」


P2880379
ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577-1631)の「聖パオロの殉教」(1619-21)


P2880381
次の部屋です。


P1910671
第21室になります。


P2880384
ジュゼペ・デ・リベラ通称スパーニョレット(スペイン・ハティバ、1591-ナポリ、1652)の「キリストの鞭打ち」(1620-30c)


P2880387
ジュゼッペ・ヴェルミーリオ(アレッサンドリア?、1587-アレッサンドリア、1635)の「井戸のサマリア女」(1626)


P2880389
次の部屋です。


P1910687
第22室です。


P2880392
オラツィオ・ジェンティレスキ(ピサ、1563-ロンドン、1639)の「受胎告知」(1623)


P2880397
アントン・ヴァン・ダイク(アンヴェルサ、1599-ロンドン、1641)の「聖セバスティアーノと天使」(1630c)


P2880400
ヤン・ファン・ビジラート(ユトレヒト、1597/1598-1671)の「聖家族」


P2880404
詳細不明


P2880405
次の部屋です。


P2880277
第23室は最初に見ました。


P2880409


P2880414
次の部屋です。


P2880415
第24室は現代作品の展示でした。現代作品は波長が合わないので、展示作品の紹介は省略させて頂きます。


P2880416
廊下の先は閉鎖されていました。


P2880417
第25室です。


P2880419
アントニオ・テンペスタ(フィレンツェ、1555-ローマ、1630)の「トリノのカステッロ広場での騎馬試合」


P2880422
17世紀のロンバルディアの逸名彫刻家作「エマヌエーレ・フィリベルト・ディ・サヴォイアの胸像」(1610-20c)


P2880424
17世紀のロンバルディアの逸名彫刻家作「カルロ・エマヌエーレ1世・ディ・サヴォイアの胸像」(1610-20c)


P2880428
トンマーゾ・カルロ―ネ(ローヴィオ・ディ・ルガーノ、17世紀初め生まれ-トリノ、1667没)の「ヴィットリオ・アメデオ1世・ディ・サヴォイアの胸像」(1634-35)


P2880431
トンマーゾ・カルロ―ネ(ローヴィオ・ディ・ルガーノ、17世紀初め生まれ-トリノ、1667没)の「ヴィットリオ・アメデオ1世・ディ・サヴォイアの胸像」(1634-35)


P2880434
次の部屋です。


P2880435
第26室です。


P2880436
ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582-ローマ、1647)の「井戸のレベッカとエリュゼル」


P2880440
ドメニコ・ザンビエリ通称ドメニキーノ(ボローニャ、1581-ナポリ、1641)の「農業、天文、建築の寓意」(1625c)


P2880443
ジャンジャコモ・セメンティ(ボローニャ、1580-ローマ、1636)の「クレオパトラの死」(1626-27c)


P2880446
グイド・レーニ(ボローニャ、1575-1642)の「ルクレツィアの死」(1632)


P2880448
次の部屋です。


P2880449
第27室です。


P2880451
フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578-1660)の「4元素の水」(1625-28)


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フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578-1660)の「4元素の空気」(1625-28)


P2880454
フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578-1660)の「4元素の土」(1625-28)


P2880456
フランチェスコ・アルバーニ(ボローニャ、1578-1660)の「4元素の火」(1625-28)


P2880463
フランソワ・デュケノイ(ブリュッセル、1597-リヴォルノ、1643)の「マウリツィオ・ディ・サヴォイア枢機卿の胸像」(1635)
(つづく)

サバウダ美術館の0階(日本の1階)の全展示室、1階(日本の2階)の数展示室が閉鎖されていた時がありました。見たい作品の多くが見ることが出来なくて落胆しました。その時の様子を番外編として取り上げます。通常のサバウダ美術館の展示作品数から言えば、その半分くらいしか展示されていませんでした。展示室の部分閉鎖をするにしても、せめて7,8割はオープンになっていれば落胆度も低かったと思います。
P2890163
カステッロ広場です。写真正面は王宮です。


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この日の前日に入館したマダーマ宮を通り過ぎました。


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王宮の中庭です。


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ここで何時もと様子が少し違うことに気付きました。切符売り場が何時もの場所にないのです。


P2890154
サバウダ美術館はこの扉から入館するようになっていました。


P2880275
階段を上ります。


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サバウダ美術館の門です。何時もはドゥオーモ近くのこちらの門から入館していました。


P1900971
サバウダ美術館の入り口ですが、こちらの扉は閉鎖されていました。


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P1920205
年代順に作品が展示されているので見易い美術館です。


P1920206
数年前の写真をいくら掲載しても詮無いことです。


P1900973
2016年2月18日のサバウダ美術館の展示作品全点の写真は、「トリノ、サバウダ美術館」として10回に分けて掲載させて頂いているので、ご興味のある方はそちらをご参照頂ければ幸いです。


P2880276
この日の順路における最初の部屋です。


P2880277
第23室です。


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アンティヴェドゥート・グラマティカ(ローマ、1569‐1626)の「エウテルペー」(1620)


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アンティヴェドゥート・グラマティカ(ローマ、1569‐1626)の「ポリュームニア」(1620)


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アンティヴェドゥート・グラマティカ(ローマ、1569‐1626)の「エウテルペー」


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アンティヴェドゥート・グラマティカ(ローマ、1569‐1626)の「ポリュームニア」


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インぺリアーレ・グラマティカ(ローマ、1599‐1634)の「カリオペ―」


P2880286
廊下に彫刻が展示されてますが、見るのは後回しにしました。


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地上階に行きましたが閉鎖されていました。


P2880289
次の部屋です。


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第18室です。


P2880290
クロード・ヴィニョン(トリノ、1593‐パリ、1670)の「聖パオロ」(1617)


P2880293
バレンティン・デ・ブロング(フランス、クロミエ、1591‐ローマ、1632)の「聖ジローラモ」(1618‐22)


P2880298
ジュゼッペ・デ・リベラ通称スパーニョレット(スペイン、ハティバ、1591‐ナポリ、1652)の「聖ジローラモ」


P2880300
ヘンドリック・テル・ブルッベン(オランダ、ハーグ、1588‐オランド、ユトレヒト、1656)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1620‐30c)


P2880304
マティアス・ストーマ―(オランダ、アーメルスフォールト、1600‐シチリア、1650?)の「捕縛されたサムソン」(1640‐50)


P2880306
オラツィオ・リミナルディ(ピサ、1593‐1631)の「ダヴィデ」(1610‐20)


P2880309
ルーカ・サルタレッロ(ジェノヴァ、1610‐ローマ、1640?)の「ホメーロス」


P2880313
アンティヴェドゥート・グラマティカ(ローマ、1569‐1626)の「聖プラッセ―デと聖プデンツィアーナ」(1615c)


P2880315
アンティヴェドゥート・グラマティカ(ローマ、1569‐1626)の「ティオルバ(大型のリュート)奏者」(1611c)


P2880319
ジョヴァンニ・バリオーネ(ローマ、1566‐1643)の「聖ピエトロと鶏」(1606)


P2880325
次の部屋です。


P1910615
第19室です。


P2880328
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568‐モンカルヴォ、1625)の「キアラヴァッレの聖ベルナルド」(1610c)


P2880331
ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称チェラーノ(ロマニャーノ・セーシャ、1573‐ミラノ、1632)の「ミラノのサン・チェルソにある聖母像を崇める聖フランチェスコとベアート・カルロ・ボロメオ」(1610以前)


P2880334
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568‐モンカルヴォ、1625)の「ポルツィウンコラの代祷」(1615‐18)


P2880337
ピエル・フランチェスコ・マッズケッリ通称モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573‐ピアチェンツァ?、1616)の「スーザ地方の寓意」(1608‐20)


P2880339
ジョヴァンニ・バッティスタ・デッラ・ローヴェレ通称フィアッメンギーノ(ミラノ、1561c‐1630c)の「サルッツォ地方の寓意」(1608)


P2880344
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574‐ミラノ、1625)の「聖家族」(1610‐20c)


P2880347
フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607‐1665)の「聖アグネスの殉教」(1630‐35)


P2880349
フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607‐1665)の「ヘロデア」(1630‐35)


P2880350
フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607‐1665)の「園の苦悩」(1630‐35)


P2880354
フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607‐1665)の「ルクレツィアの死」(1630‐35)


P2880357
17世紀のロンバルドの逸名画家作「聖バルトロメオの殉教」


P2880361
ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称チェラーノ(ロマニャーノ・セーシャ、1573‐ミラノ、1632)の「聖母子と聖フランチェスコと聖ロレンツォと修道士」


P2880363
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574‐ミラノ、1625)の「大天使ミケーレ」(1619‐23)
(つづく)

P2870468
陶器の欠片


P2870469


P2870470


P2870472
もう一度多翼祭壇画などを詳しく見て行くことにしました。
デフェンデンテ・フェラーリ(キヴァッソ、1480/1485-トリノ、1540)の「聖ジローラモの多翼祭壇画」(1530-35c)


P2870474
受胎告知する大天使


P2870476
受胎告知される聖母


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悔悛の聖ジローラモ


P2870481
聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ


P2870483
聖グエリエーロ、聖ジョルジョ


P2870484
裾絵の鞭打ち


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カルヴァリオへの上り


P2870491
磔刑


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嘆き


P2870495
キリストの埋葬


P2870498
Maestro dell'Incoronazione di Biella (16世紀第2四半世紀活動)の「磔刑のトリッティコ」(1533-40c)


P2870501
磔刑


P2870503
聖ジョヴァンニ・バッティスタ


P2870505
聖フランチェスコと寄進者


P2870508
ガンドルフィーノ・ダ・ロレート(アスティ、1493-1518記録)の「4聖人」(1495-1500)


P2870509
聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖フランチェスコ


P2870512
聖ステファノ、パドヴァの聖アントニオ


P2870514


P2870516
デフェンデンテ・フェラーリ(キヴァッソ、1480/1485-トリノ、1540)の「ポリッティコの2パネル」(1530c)


P2870518
聖ジョヴァンニ・バッティスタ


P2870520
聖イーヴォと2信者


P2870522
Maestro di Courmayeurの「聖人たちのポリッティコ」(1200-10)


P2870523
聖パンタレオーネ、聖ピエトロ


P2870526
聖母、キリスト、聖マリア・マッダレーナ


P2870527
聖パオロ、聖カテリーナ


P2870530
ピエトロ・ダ・アルバ(ピエトロ・ガッロ)(ジェノヴァ、1385-1389記録-1401没)の「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(14世紀第4四半世紀)


P2870533
クスピデの三位一体


P2870535
聖ジョヴァンニ・バッティスタ


P2870537
聖ジローラモ


P2870539
聖母子と聖ピエトロと聖パオロ


P2870540
パドヴァの聖アントニオ、聖カテリーナ


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バーリの聖二コラ、聖キアーラ


P2870545
聖痕を受ける聖フランチェスコ


P2870547
聖グレゴリオ、聖ステファノ


P2870548
聖マッテオ、聖マリア・マッダレーナ


P2860403
アントニオ・ダ・モンテレガーレ(リグーリア、1426-1435記録)の「ポリッティコ断片」(1435c)


P2870552


P2870554


P2870556


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P2870559


P2870561


P2870564


P2870566


P2870568


P2870572
Maestro di San Domenico di Chieriの「受胎告知、天使、聖人の柱頭」(1400c)


P2870573


P2870576


P2870577


P2870580
ピエモンテの造形家作「受胎告知」(1470c)


P2870585
マクリーノ・ダルバ(アルバ、1495-1513消息)の「玉座の聖母子と聖人たちと寄進者」(1495)


P2870588
玉座の聖母子


P2870590
聖人、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、寄進者


P2870592
聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ドメニコ、寄進者


P2870596
これで終わりです。


P2870597
外に出た。
(おわり)

P2870347
地下1階の続きです。


P2870349
金貨(1‐11世紀)


P2870352
印章(紀元前1世紀‐紀元後5世紀)


P2870355
印章(紀元前3世紀‐紀元後7世紀)


P2870357
金の宝飾品(3‐5世紀)


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首飾りと腕輪(5世紀初め‐6世紀)


P2870369
Crocetta(十字印)(5‐6世紀初め)


P2870372
留め金(バックル)(500‐20c)


P2870375
銀製匙(5世紀)


P2870378
お玉(5‐6世紀初め)


P2870381
「Nettaorecchi」(4世紀後半‐5世紀初め)


P2870383
金などの宝飾品


P2870386
詳細不明


P2870387
詳細不明


P2870390
ペルシャ製カバー(5‐6世紀)


P2870392


P2870393
次の展示コーナーです。


P2870416


P2870395
柱頭(8‐9世紀)


P2870398
円柱(9‐10世紀)


P2870401
板の断片(8世紀後半)


P2870404
板の断片(8世紀後半)


P2870407
コーニス断片(9世紀前半)


P2870410
板断片(820‐30)


P2870414


P2870415


P2870418
フランス又はスペインで制作された門(7世紀末‐8世紀前半)


P2870421
柵(820‐30c)


P2870423
柵(820‐30c)


P2870427


P2870429
ティベリウスの頭像(1世紀)


P2870432
ローマの石碑の装飾(1世紀)


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地上階に戻ります。


P2870455
Sala Terrecotte


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ピエトロ・パオロ・オリヴィエ―リ(ローマ、1551‐1599)の「砂漠の聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1590c)


P2870438
ルネサンス期のピエモンテの造形家のテラコッタ(16世紀初め)


P2870442
アオスタの造形家作のテラコッタ(1480‐1500c)


P2870445
ピエモンテの造形家作「聖ジャコモ、ピエタ、2紋章」(1445‐1500)


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ピエモンテの造形家作「窓」(15世紀後半)


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ピエモンテの造形家作「Formello con fiori e frutti」(15世紀後半)


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アルバの造形家作のコーニス断片(1470‐80)


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ピエモンテの造形家作「Formello」(14世紀末‐15世紀初め)


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ロンバルド=ピエモンテの造形家作「Formello」(15世紀後半)


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部屋の天井


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ロンバルドの逸名画家作の「人物像」(15世紀末)
(つづく)

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トリノのサン・ピエトロ・ディ・チェッレ・プレッソ・トロファレッロ教会の後陣(12世紀)


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ピエモンテの彫刻家作「柱頭」(1450‐75c)


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円柱(11世紀)


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次の展示コーナーです。


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ピエモンテの彫刻家作「オディロン・メルコエウルの石棺」(1160‐70)


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ロンバルドの彫刻家作「洗礼盤」(1150c)


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ロンバルドの画家作「サンタ・マリア・アド・アクゥイ司教座教会のフレスコ断片」(1067?)


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ロンバルドの画家作「サンタ・マリア・アド・アクゥイ司教座教会のフレスコ断片」(1067?)


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ピエモンテ=ロンバルドの彫刻家(Maestranza di Rivolta?)作の「柱頭」(1130c)


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Maestro di Rivoltaの「柱頭」(1130c)


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アルナルドゥスの彫刻断片(12世紀前半)


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ピエモンテの彫刻家作「柱頭」(1130‐40c)


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ピエモンテの彫刻家作「ヴァッレ・ディ・スーザのサンティ・ピエトロ・エ・アンドレア修道院ルネッタ:マエスタのキリストと聖ピエトロと聖アンドレア」(1150c)


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ピエモンテの彫刻家(ドロネロ?)作「柱頭」(1450‐75c)


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ピエモンテの彫刻家(ドロネロ?)作「柱頭」(1450‐75c)


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ピエモンテの彫刻家(ドロネロ?)作「柱頭」(1450‐75c)


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ピエモンテの彫刻家(ドロネロ?)作「柱頭」(1450‐75c)


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ヴェネツィアの彫刻家作「鷲と兎の盃」(12世紀後半)


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ピエモンテの彫刻家作「聖水盤」(1130‐40)


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ロンバルド=ピエモンテの彫刻家作「柱頭」(12世紀中頃)


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ピエモンテの彫刻家作「聖母子」(13世紀)


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ピエモンテの彫刻家作「柱頭」(13世紀前半)


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ピエモンテの彫刻家作「聖ジェネージオの殉教」(12世紀末‐13世紀初頭)


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次の展示コーナーです。


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ここでも陶器類の展示です。


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(つづく)

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2階(日本の3階)の展示室から塔に行きました。


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澄み切った好天の日ならば、塔からの絶景が楽しめます。


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生憎曇天でした。


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カステッロ広場


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モーレ・アントネッリアーナ


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全ての座席が舞台に向かっていて、見易いレッジョ劇場です。


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地上階に下りて庭園に行きました。


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先ほどまでいた塔です。


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次は地下1階の展示室です。


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マダーマ宮とカステッロの境


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中に入りました。


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ピエモンテの彫刻家作「容量測定器」(15世紀末)


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ピエモンテの彫刻家作「容量測定器」(15世紀末)


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Maestro dei capitelli di Sant'Orsoの「柱頭」(1132c)


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Maestro dei capitelli di Sant'Orsoの「柱頭」(1132c)


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Maestro dei capitelli di Sant'Orsoの「柱頭」(1132c)


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Maestro dei capitelli di Sant'Orsoの「柱頭」(1132c)


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ピエモンテのモザイク(1120‐30c)


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ピエモンテの彫刻家作「柱頭」(1250c)


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ピエモンテ=ロンバルドの彫刻家の「柱頭」(12世紀前半)


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ピエモンテの彫刻家作「柱頭」(1250c)
(つづく)

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2階(日本の3階)に向かいました。


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2階です。


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2階最初の部屋です。


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象牙細工物の展示です。


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象牙で出来た聖母子(18世紀)


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次はステンドグラスの展示です。


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イル・ド・フランス地域圏(パリを中心とした地域)で制作された「聖人たちのトンド」(1140‐45)
19世紀中頃に修復されました。


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ヴァルセージアで制作された「聖母子」(1600‐25)
ヴェルチェッリ近くのアラーニャ・ヴァルセージアにあるサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会にあったステンドグラスです。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ・タパレッリ・ダゼーリオ侯爵が収集したムラーノ製のガラス細工が展示されてます。
彼は政治家でした。


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詳細不明


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次の部屋です。


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セラミック類が展示されてます。


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金属加工品の展示


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窓越しの景色


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陶器類の展示が続きます。


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聖書


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次は香水の展示です。


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(つづく)

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
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ジャコモ・アントニオ・クルランド(?、1683‐トリノ、1737)に帰属する「ヴィットリオ・アマデオ2世サヴォイアの肖像」(1725c)


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ロレンツォ・デュフォール(?、?‐トリノ、1702)の「マリア・ジョヴァンナ・バッティスタの肖像」


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エスプリ・グランジャン(シャンベリーで活動、サヴォイア家の宮廷画家を1642年から1659年まで務める)の「カルロ・エマヌエーレ・パラヴィチーノの肖像」(1649‐50)


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詳細不明


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ピエトロ・ピサ(トリノ、18世紀中頃活動)の「カルロ・ロベルト・タッパレッリ・ディ・マニャースコの肖像」(1756)


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コンスタンティン・ネットシェ―(ハーグ、1683‐?、1723)の「ピエル・ロベルト・タッパレッリ・ダゼーリオの肖像」(1700‐10c)


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コンスタンティン・ネットシェ―の「タッパレッリ・ダゼーリオ公爵夫人の肖像」(1700‐10c)


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次の部屋です。


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Camera delle Guardie


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1708年から1715年に制作されたスタッコ装飾


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天井のスタッコ装飾


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絵画修復のプロセスが説明されてます。


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絵画修復の例として取り上げられた作品です。


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ローマの逸名画家作「聖母子」(16世紀前半)
ローマのサン・ジャコモ・スコッサカヴェッリ教会にありました。


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絵画修復の説明コーナーのため、取り外された作品が幾つかありました。


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絵画修復の説明コーナーがあるので、作品の写真をうまく撮ることが出来ません。


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マッティアス・ストーマ―(アーメルスフォールト、1600c‐シチリア、1650/1652以降没)の「羊飼いの礼拝」(17世紀第2四半世紀)
マッティアス・ストーマ―はカラヴァッジェスキ画家として有名です。


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アントニオ・デンリコ通称タンツィオ・ダ・ヴァラッロ(アラーニャ・ヴァルセージャ、1580c-ヴァラッロ、1633)の「羊飼いの礼拝と聖カルロ・ボッロメオ」(1627-29c)


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グリエルモ・カイロ(カザーレ・モンフェッラート、1656?-1682)の「羊飼いの礼拝」(1671)


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「アブラハムと3天使」(1620c)


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ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「聖ルフィーナの殉教」(1625c)


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バルトロメオ・バッサンテ(ブリンディシ、1618?-ナポリ、1650)の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(1640c)


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バルトロメオ・カラヴォーリア(クレチェンティーノ、1620c-トリノ、1691)の「聖母子とパドヴァの聖アントニオ」(1650-60)


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オラツィオ・ジェンティレスキ(ピサ、1563-ロンドン、1639)の「聖母被昇天」(1600-05c)


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オラツィオ・ジェンティレスキ(ピサ、1563-ロンドン、1639)の「聖ジローラモ」(1610c)


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次の部屋です。


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小作品が並んでます。


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フレスコ断片が残されてます。


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作品リストが部屋にないので、お手上げです。


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多数の作品


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この部屋にもフレスコ断片があります。


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次はカフェテリアです。


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カフェテリアの天井


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カフェテリアで簡単な昼食を食べることにしました。


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美術館内のカフェテリアを度々利用しています。


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作品を見ながらの昼食は中々良いものです。


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ヴィットリオ・アメデオ・ラポス(トリノ、1729-1800)の「寺院からの商人たちの追放」(1760)


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ヴィットリオ・アメデオ・チニャローリ(トリノ、1730-1800)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノと曲芸師」(1753c)


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ヴィットリオ・アメデオ・チニャローリ(トリノ、1730-1800)と協力者の「オステリア」(1763c)


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ヴィットリオ・アメデオ・チニャローリ(トリノ、1730-1800)の「ピクニック」(1753c)
(つづく)

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