イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2020年07月

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ファエンツァのパリオは、毎年6月の第4日曜日に行われます。


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ファエンツァのパリオの歴史は、騎士による馬上槍試合が行われた1410年に遡ります。
近世になって長らく休止されていましたが、1959年に復活され現在まで続いてます。


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パリオは、旧市街の4チームとBorgo Durbeccoの計5チームで争われます。


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6月の夏至前後の週末は各地でお祭りが開催されます。しかし、この日がパリオの当日であることはホテルに到着して初めて知ったので、パリオの入場券の手配等を含めて全くの準備不足でした。


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ファサードが修復中のセルヴィ教会です。


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第二次世界大戦後、閉鎖されていましたが、何かに利用されることになり、修復されていたようです。


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修復工事後のファサードです。使用途は特に決まってないようです。


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旧セルヴィ教会からドゥオーモが見えます。


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セルヴィ教会から見える、柱廊がある建物はパードリ・セルヴィ―ティ修道院でした。


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旧修道院の建物は市立図書館として使用されてます。


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次はピオ12世の神学校です。


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神学校の柱廊です。


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Seminario Vecchio、ピオ12世の神学校の入り口です。キオストロに入ります。


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神学校の中庭です。


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1576年に発足したファエンツァ神学校が前身です。


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この神学校は、長らくロマーニャ文化の中心を担っていたことで高く評価されているそうです。


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神学校はドゥオーモと司教館の間にあります。


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神学校のタベルナコロ


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神学校の柱廊から外に出ました。


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司教館?


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詳細不知のフレスコ画


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ホテルに戻って昼寝をしました。


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昼寝をしていたら、外が騒がしいので目覚めました。
ホテル前の通りに出ると、パリオの出陣式の行進が始まってました。


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この日は大変暑い日で、恐らく猛暑日だったともいます。


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結構な厚着なので、行進は大変だったと思います。


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日向での行進なので、皆さん汗だらけ。


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この辺は日陰なので、何とかなりそうでした。


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ドゥオーモ横に救急車が数台待機していましたが、行進に参加していた子供が搬送されました。


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美女が選ばれると思いますが、それにしても美女ばかりで恐れ入りました。


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待機中のチーム


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ドゥオーモ前から市庁舎前まで行進が始まりました。


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(つづく)

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トゥオーモがまだ開いていたら拝観するつもりでした。


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ドゥオーモが開いていました。


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Basilica Minoreのファエンツァ大聖堂です。


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ここは何度も拝観しています。


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聖堂内に入ったらミサの真っ最中でした。


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ミサの邪魔にならないように祭壇画を見始めました。


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ミサが始まったばかりのようです。


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落ち着いて拝観出来そうにもありません。パリオのお祭り中にも拘らず熱心な信者がかなりいました。仕方がないので、外に出ます。


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外に出たら12時半頃。


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ドゥオーモのファサード前から撮ったリベルタ広場です。


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そろそろ昼食の時間です。


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Palazzo Laderchiです。


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博物館の開館時間を調べます。


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残念ながら、博物館はもう直ぐ閉まります。


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ドゥオーモのミサが終わるのを待って拝観するために、昼食は手早くピザで済ませました。


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昼食を済ませてドゥオーモに行くと、扉が閉まっていた!
それが分かっていれば、フルコースの昼食をゆっくり食べれば良かった。でも後の祭り。
仕方がないので、街歩きを続けることにしました。


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サン・フランチェスコ教会も閉まっていました。お昼過ぎなので閉まっているのは当然です。


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サン・フランチェスコ広場にある彫像は、アレッサンドロ・トンバ(ファエンツァ、1825-フィレンツェ、1864)の「エヴァンジェリスタ・トッリチェッリのモニュメント」(1864)です。
エヴァンジェリスタ・トッリチェッリ(ファエンツァ、1608-フィレンツェ、1647)は17世紀前半の物理学者、数学者です。


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ホテルに戻っても、やることがありません。


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時間潰しのため、街歩きを継続することに。


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Viale IV Nobembre
城壁を取り壊して作られた道路です。


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この辺は城壁内に当たります。


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比較的新しい建物が建ち並んでます。


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Via Naviglio


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写真右は郵便局です。


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郵便局の先、Via NavigliとVia Giovanni Battista Campidoriの交差点に建つPalazzo Fernianiです。


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18世紀半ばに建てられたPalazzo Fernianiの無原罪の聖母像


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Palazzo Fernianiのファサード


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18世紀の建物が建ち並んでます。


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ファエンツァが裕福であることを示す建物群。


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18世紀に建てられたPalazzo Bertoniです。


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開いていないと思いましたが教会を見ます。


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サント・ステファノ・ヴェテーレ教会です。


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ジュリアーノ・ダ・マイアーノの設計によって15世紀に建設されました。


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八角形のルネサンス様式の建物です。


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ホテルに戻って昼寝する以外なさそうです。


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中小都市では昼過ぎの過ごし方に苦労します。


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暑いので歩いている人が殆どいません。


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午後2時前です。


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祭りの前の静けさ漂う広場です。


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ロッジャが目立つポデスタ宮


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(つづく)

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ゴシック様式の逸名彫刻家作「竜を退治する聖ジョルジョ」(14世紀)


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ロマーニャの逸名画家作「祈るキリストと聖エジーディオと聖エウトロピオ司教」(13世紀)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ベナスキ(ベイナスキ)(フォッサーノまたはトリノ、1636-ナポリ、1688)の「聖ジュゼッペの変容」


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3点共に15世紀の国際ゴシック様式の逸名画家の作品とされてます。私が観た所、3点共に同じ画家による作品と思いました。


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聖ロッコ


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聖フランチェスコ


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聖ジョルジョ


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Maestro di San Pier Damianoの「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」、「聖ヴィトー」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・べルトゥッチ・イル・ヴェッキオ通称イル・ベルトゥッチ、別名ジョヴァンニ・バッティスタ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1495-1516生存確認)の「十字架を担ぐキリスト」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・べルトゥッチ・イル・ヴェッキオ通称イル・ベルトゥッチ、別名ジョヴァンニ・バッティスタ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1495-1516生存確認)の「キリストの埋葬」


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15世紀のヴェネトの逸名画家作「聖母子」


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バルトロメオ・ベッラーノ(パドヴァ、1437-1496)の「ピエタのキリストを支える2天使」
彫刻家でしたが、彼の珍しい絵画です。


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ピエトロ・バリオット(ファエンツァ、1481c-1533)の「永遠なる父」


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16世紀の逸名彫刻家作「まぐさ断片」


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17世紀の逸名画家作「グイド・レーニ作『聖母』のコピー画」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ランゲッティ(ジェノヴァ、1625-1676)の「盲目の物乞い」


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ロレンツォ・パシネッリ(ボローニャ、1629-1700)の「ソフォニスバ」


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ルティリオ・マネッティ(シエナ、1571-1639)の「聖家族」


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ロレンツォ・パシネッリ(ボローニャ、1629-1700)の「シビッラ」


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アントニオ・ザンキ(エステ、1631-ヴェネツィア、1722)の「井戸のレベッカ」


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エミリアの逸名画家作「聖バルトロメオ?」


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グイド・カニッチ(サンタルカンジェロ・ディ・ロマーニャ、1601-ウィーン、1663)の「聖フランチェスコ」


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ボローニャの逸名画家作「クレオパトラ」(17-18世紀)


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アレッサンドロ・アルビーニ(ボローニャ、1566-1646)の「聖ジローラモ」


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フランス・ポルビュス・ジュニア(アンヴェルサ、1569-パリ、1622)の「イギリスのカルロ1世の肖像」


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逸名画家作「シモン・ヴーエ作『愛人』のコピー画」(18世紀)


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ユストゥス・サステルマンス(アンヴェルサ、1597-フィレンツェ、1681)の「スェーデンのカルロ10世の肖像」


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逸名画家作「司法官の肖像」(17世紀末)


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ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581-ヴェネツィア、1644)の「ユディト」


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ジョヴァンニ・ベルナルド・カルボーネ(ジェノヴァ、1614-1683)の「少女の肖像」


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グイド・レーニ工房作「幼きキリストを抱く聖ジュゼッペ」(17世紀)


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逸名画家作「グイド・レーニ作『復活したキリスト』のコピー画」(17世紀)


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階段を下りました。


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カルロ・マジーニ(ファーノ、1720-1806)の静物画」


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アルカンジェロ・レサーニ(ローマ、1670-ラヴェンナ、1740)の「犬と籠」


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カルロ・マジーニ(ファーノ、1720-1806)の「静物画」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ルオッポーロ(ナポリ、1629-1693)の「静物画」


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ジュゼッペ・レッコ(ナポリ、1634、スペイン、アリカンテ、1695)の「静物画」


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グアルディ・フランチェスコ(ヴェネツィア、1712-カナレジョ、1793)の「花」


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外に出ました。
(おわり)

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ニコロ・パガネッリ(ファエンツァ、1638-1620)の「キリストの神殿奉献」


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マルコ・マルケッティ通称マルコ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1528c-1588)の「ファリサイ人の館のキリスト」
マルコ・ダ・ファエンツァは、出身地のファエンツァに加えて、ラヴェンナ、フィレンツェで活動した画家です。フィレンツェでは、ジョルジョ・ヴァザーリの下でヴェッキオ宮の装飾に参画したことで知られてます。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・べルトゥッチ・イル・ジョーヴァネ(ファエンツァ、1539-1614)の「聖母の誕生」
イル・ジョーヴァネは、ジョヴァンニ・バッティスタ・べルトゥッチ・イル・ヴェッキオ通称イル・ベルトゥッチ、別称ジョヴァンニ・バッティスタ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1495-1516生存確認)の孫です。叔父のヤコポ・ベルトゥッチ通称ヤコポーネ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1502-1579)に師事しましたが、叔父と共に1567年に異端の告発を受け、1569年に厳重叱責(軽微な罪)の有罪判決を受けた記録が残ってます。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ラメンギ通称バニャカヴァッロ・ジュニア(ボローニャ、1521-1601)の「聖霊降臨と聖ペトロニオと聖グレゴリオ・マーニョ」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・アルメニーニ(ファエンツァ、1530-1609)の「聖母被昇天」
ジョヴァンニ・バッティスタ・アルメニーニは、画家としてよりも美術史家、美術評論家としての方が有名です。美術理論の本を著作しました。


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577-1668)の「聖パオロの回心」


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ドナテッロ(フィレンツェ、1386-1466)の「聖ジローラモ」


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傑作、秀作の展示が続きます。


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ビアージョ・ダントニオ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1446-1516)の「玉座の聖母子と聖人たち」


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玉座の聖母子と2天使


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聖ドメニコと聖アンドレア


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聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと聖トンマーゾ


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ビアージョ・ダントニオ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1446-1516)の「玉座の聖母子と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタとパドヴァの聖アントニオ」


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ファエンツァのサン・フランチェスコ教会にありました。


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詳細不知


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ベアート・ジャコモ・フィリッポ・ベルトーニの顔がユニークです。そのため、この作品は何時見ても記憶に残ります。


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上記作品の説明プレート


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ビアージョ・ダントニオ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1446-1516)の「受胎告知」


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ベネデット・ダ・マイアーノ(マイアーノ、1442-フィレンツェ、1497)の「聖ジョヴァンニーノ」


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マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1460-1539)の作品です。


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永遠の父なる神


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玉座の聖母子と大天使聖ミケーレと聖ジャコモ


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アルフォンゾ・ロンバルディ(フェラーラ、1497-ボローニャ、1537)の「聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


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ベネデット・マリーニ(ファエンツァ、1590?-1627)の「天上の聖母子と聖ジョルジョと司教聖人(特定できないようです)」


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ベネデット・マリーニ(ファエンツァ、1590?-1627)の「エジプトへの逃避とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖フランチェスコ」


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ジョヴァンニ・ダ・リミニ(リミニ、1292?-1336?)の「聖母子と2天使と聖人たち(聖フランチェスコ、大天使聖ミケーレ、聖アゴスティーノ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖キアーラ)」


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上記作品の説明プレート


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彩色磔刑像


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上と下は違った画家の作品です。


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ミケーレ・ディ・マッテオ・ダ・ボローニャ(ボローニャ、1407?-1469/1470)の「ピエタのキリスト」


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ニッコロ・ディ・セーニャ(シエナ、?-1348)の「聖ベネデットと聖ガルガーノ」


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カルロ・パドヴァ―ニの「アントニオ・パドヴァ―ニの肖像」


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12世紀のロマーニャの逸名彫刻家による彫刻


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14世紀の逸名画家作「ポリッティコ」(14世紀前半)
(つづく)

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トスカーナの逸名工芸家作「カッソーネ」(15世紀)


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逸名彫刻家による浮彫です。


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トスカーナの逸名工芸家作「カッソーネ」(15世紀)


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ビアージョ・ダントニオ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1446-1516)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノとパドヴァの聖アントニオ」


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象牙細工のようです。


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ピエタのキリスト


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ロマーニャ銀行の所有です。


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銀行所有作品の多いことには驚くばかりです。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・べルトゥッチ・イル・ヴェッキオ通称イル・ベルトゥッチ、別称ジョヴァンニ・バッティスタ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1495-1516生存確認)の作品です。


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聖ジョヴァンニ・バッティスタ


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聖マリア・マッダレーナ


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ジョヴァンニ・バッティスタ・べルトゥッチ・イル・ヴェッキオ通称イル・ベルトゥッチ、別称ジョヴァンニ・バッティスタ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1495-1516生存確認)の「玉座の聖母子と4聖人(シエナの聖ベルナルディーノ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ、教皇聖チェレスティーノ、パドヴァの聖アントニオ)」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・べルトゥッチ・イル・ヴェッキオ通称イル・ベルトゥッチ、別称ジョヴァンニ・バッティスタ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1495-1516生存確認)の「聖母子と聖パオロ」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・べルトゥッチ・イル・ヴェッキオ通称イル・ベルトゥッチ、別称ジョヴァンニ・バッティスタ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1495-1516生存確認)の「ご誕生」


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ファエンツァのサン・ジュゼッペ教会にありました。


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ルカ・スカレッティ(1510-1538活動記録)の「キリストの洗礼」
ファエンツァ出身のルカ・スカレッティは、主にマントヴァで活動し、ジュリオ・ロマーノの下でテ離宮の装飾に従事した記録が残されてます。


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ボローニャの逸名画家作「キリストとサマリア女」(17世紀末)


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エルコーレ・プロカッチーニ・イル・ヴェッキオ(ボローニャ、1515-1595)の「聖母戴冠と4聖人(教皇聖チェレスティーノ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ルカ、聖ベネデット)」
エルコーレはカミッロ・プロカッチーニの父です。


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アントニオ・リベリ・ダ・ファエンツァ通称アントニオ・ディ・マッツォ―ネ(ファエンツァ、1457-1535)の「玉座の聖母子と聖人たち(聖ピエトロ、聖パオロ、聖ドメニコ、聖ルカ、聖マルコ)」
アントニオは、マルケで活動した建築家、画家でした。


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フェッラウ・フェンツォーニ(ファエンツァ、1562-1645)の「カルヴァリオでのキリストの受難」


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シジスモンド・フォスキ(ファエンツァ、1495c-1532)の「玉座の聖母子と聖人たち(聖パオロ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ベネデット、聖セバスティアーノ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖アポッロニア)」


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フェッラウ・フェンツォーニ(ファエンツァ、1562-1645)の「キリストの埋葬」


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ヤコポ・べルトゥッチ通称ヤコポーネ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1502-1579)の「十字架降下」
ヤコポ・ベルトゥッチですが、ジャコモ・べルトゥッチとも呼ばれていたようですが、その理由は不明です。
ヤコポ・ベルトゥッチは、ジョヴァンニ・バッティスタ・べルトゥッチ・イル・ヴェッキオ通称イル・ベルトゥッチの息子です。父のジョヴァンニ・バッティスタは、娘4人、息子4人の子宝の恵まれましたが、ヤコポはその4男でした。ラファエッロの協力者として主に活動しました。ヤコポの弟子にタッデオ・ズッカリがいました。


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フェッラウ・フェンツォーニ(ファエンツァ、1562-1645)の「ベテスダ池のキリスト」


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ヤコポ・ベルトゥッチ通称ヤコポーネ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1502-1579)の「聖母戴冠について議論する聖人たち(聖ベネデット、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、聖マッテオ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ、教皇聖チェレスティーノ)」


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ビアージョ・マンツォーニ(ファエンツァ、1629-1648生存確認)の「聖エウトロピオの殉教」


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フェッラウ・フェンツォーニ(ファエンツァ、1562-1645)の「聖母の死」


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ヤコポ・ベルトゥッチ通称ヤコポーネ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1502-1579)の作品です。


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永遠なる父


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聖母子と聖グレゴリオ・マーニョと聖マグローリオ


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フィリッポ・ベッリーニ(ウルビーノ、1550-マチェラータ、1604)の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」
フィリッポ・ベッリーニは、マルケやロマーニャで活動した画家で、アンコーナとマチェラータに数点の作品が残されてます。フェデリーコ・バロッチの強い影響を受けた画風でした。


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ボローニャの逸名画家作「聖家族と聖ジョヴァンニーノと天使」(17世紀末)


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577-1668)の「聖母子と聖人たち(聖マルティーノ、聖キアーラ、聖フランチェスコ、パドヴァの聖アントニオ)」
(つづく)

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ジローラモ・ライナルディ(ローマ、1570-1655)の設計によって、1621年から1646年に建設されたイエズス会のサンタ・マリア・ダッランジェロ教会です。


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教会に隣接してサンタ・マリア・ダッランジェロ修道院だった建物があります。


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旧修道院だった建物の中にファエンツァ市立絵画館があります。


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旧修道院のファエンツァ市所有の建物は、現在Palazzo degli Studiと呼ばれてます。


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10年ほど前は、こちらが絵画館の入り口でした。


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ファエンツァ市立絵画館は、1797年に開館しました。エミリア・ロマーニャ地方で最古の博物館・絵画館の一つです。ファエンツァ最古のMuseoです。


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現在の絵画館入口は教会のほぼ隣に設けられてます。
絵画館の総面積は約1,150㎡、展示室数が10、約200点の作品が展示されてます。


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現在、毎週月曜日が休館、火曜日から日曜日まで開館しています。
少し前までは、土曜日と日曜日の10:00-13:30と開館日時が限られていました。


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フェリーチェ・ボセッリ(ピアチェンツァ、1650-パルマ、1732)の「肉屋」
フェリーチェ・ボセッリは、ピアチェンツァ、パルマなどエミリア・ロマーニャ地方で活動した画家で、バロック時代の代表的な静物画画家でした。特に料理人、屠殺人、肉屋、食肉などを好んで描きました。
この作品はフェリーチェの代表作の一つです。
パルマ国立美術館、クレモナ市立アラ・ポンツォーネ美術館などにフェリーチェの作品があります。


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フェリーチェ・ボセッリの領域(Ambito)の「静物画」


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マルコ・パルメッツァーノの作品が並んでます。


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マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1460-1539)の「聖アゴスティーノ」
ファエンツァのサンタゴスティーノ教会にありました。


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マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1460-1539)の「聖アンブロージョ?」
ファエンツァのサンタゴスティーノ教会にありました。


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マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1460-1539)の「聖ジローラモ」
ファエンツァのサンタゴスティーノ教会にありました。


P1220177
マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1460-1539)の「大天使ラッファエーレとトビオーロ」
ファエンツァのサンタゴスティーノ教会にありました。


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階段横の壁に展示されているので、見難い作品です。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・べルトゥッチ・イル・ヴェッキオ通称イル・ベルトゥッチ、別称ジョヴァンニ・バッティスタ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1495-1516生存確認、1516没)の「聖母子と聖人たちのポリッティコ」
ファエンツァのサンティ・イッポリート・エ・ロレンツォ教会にありました。
彼の顔が猿に似ていたので、Il Bertucciの綽名で呼ばれました。彼は、ペルジーノやピントゥリッキオの影響が色濃い画風でした。


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聖母子と聖ジョヴァンニーノと天使たち


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聖イッポリートと聖ベネデット


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聖ロレンツォと聖ロムアルド


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永遠なる父なる神


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相当見難いです。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・べルトゥッチ・イル・ヴェッキオ通称イル・ベルトゥッチ、別称ジョヴァンニ・バッティスタ・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1495-1516生存確認、1516没)の「我に触れるな」
ファエンツァのサンティ・ピエトロ・エ・アンドレア教会にありました。


P1220211


P1220200
ヴィンチェンツォ・オノフリの彫刻です。


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ヴィンチェンツォ・オノフリ(ボローニャ、1493-1524活動記録)の「シエナの聖ベルナルディーノ」
ヴィンチェンツォ・オノフリの代表作は、ボローニャのサン・ペトロニオ聖堂にあります。


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ヴィンチェンツォ・オノフリ(ボローニャ、1493-1524活動記録)の「聖ピエトロ・マルティーレ」


P1220213
次の部屋です。


P1220212
暖炉ですが、元からこの部屋にあったものではありません。


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デジデリオ・ダ・セッティニャーノ(セッティニャーノ、1428-フィレンツェ、1464)の「暖炉」
ファエンツァのPalazzo Manfrediにありました。


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15世紀末のロマーニャの逸名画家作「ピエタのキリスト」
ロマーニャ銀行の所有作品です。


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ビアージョ・ダントニオ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1446-1516)の「ピエタのキリスト」
ロマーニャ銀行の所有です。


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角度を変えて撮ってみました。


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浮彫です。


P1220228
(つづく)

P1220121
ファエンツァのパリオは馬上槍試合です。
シエナのパリオが有名なので、パリオは競馬と思われがちですが、パリオにはレガッタ、旗振りなど種々の形式があります。


P1220124
ポポロ広場です。


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Corso Giuseppe Mazzini


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市庁舎です。


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Palazzo del Podesta


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14世紀末に建設されたPalazzo del Podestaです。


P1220136
パリオの準備が進んでいました。市庁舎とポポロ広場でパリオの出陣式が行われます。


P1220139
Via Evangelista Torricelli


P1220138
ベージュ色の建物は、17世紀に建設されたPalazzo Milzettiです。


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博物館として利用されてます。


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新古典の時代とはいつ頃?


P1220143
Via Severoli
この通りの先にあるPinacoteca Comunaleがお目当てです。絵画館は週末の午前中しか開いていないので、焦ってました。


P1220144
19世紀に建設されたCasa Valentiです。


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ファエンツェでかなり有名なCasa Valentiです。


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歴史的建造物が建ち並んでいるVia Severoliです。


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16世紀に建設されたPalazzo Pasoliniです。


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写真左がPalazzo Pasolini


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絵画館は直ぐ傍にあります。


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街角のタベルナコロ
酷い落書きが気になります。


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市立絵画館の建物です。以前はこの扉が入り口となっていました。


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土曜日と日曜日の午前中(この時は午後1時半まで)しか開館していません。この絵画館の開館日に合わせて旅程を策定した次第です。


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現在の絵画館の入り口は教会の横になってます。


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写真右は絵画館になっている建物ですが、イエズス会の修道院だった建物です。


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サンタ・マリア・デッランジェロ教会です。


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教会のファサード横にある、絵画館の現在の入り口です。


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旧修道院の建物


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旧修道院の庭


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入館します。


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1796年に設立された市立絵画館です。


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市立絵画館については、項を改めて詳しく触れることにします。


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外に出ました。


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外に出たら、教会の扉が開いていました。


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早速中に入りましたが、ミサの真っ最中でした。しかも始まったばかりのようです。


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ミサの邪魔をするわけに行かないので、直ぐに外に出ました。


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1621年から1646年にかけて建設されたバロック様式の教会です。


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ファサードが一見古そうに見えますが、意外にも比較的新しい教会です。


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教会と修道院は一体化されて建てられてます。


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教会の拝観を諦めました。


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お腹が空いてきました。


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絵画館に入館するために、かなり急いで移動したので少し疲れました。


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ポポロ広場に戻って昼食をたべることにしました。


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市の塔が見えます。
(つづく)

ファエンツァは、人口58,787人(2019年5月31日現在)のエミリア・ロマーニャ州ラヴェンナ県にあるコムーネで、陶器生産で有名です。
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ファエンツァ駅に到着しました。


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ミラノ~ピアチェンツァ~ボローニャ~リミニ~アンコーナの鉄道幹線上にあるので、交通が便利です。


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ファエンツァ駅の駅舎


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先ず、この日のお宿に向かいました。


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Viale Alfredo Baccarini


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この日のお宿は、駅から徒歩10-15分の旧市街のほぼ中心にあります。


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この日の前日が夏至でした。強烈な日差しの暑い日でしたが、街路樹が日差しを遮ってくれて日陰を選んで歩けば何とかなりました。


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写真左は陶器博物館の建物です。


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陶器博物館のオブジェ?


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陶器製造用の道具でしょうか?


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陶器博物館の入り口です。


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一度入館したことがありますが、二度入る所ではないと思ってます。尤も、この時は大きな荷物を引いてホテルに向かう途中なので、入館どころではなかった。


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ツタが絡まった建物


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陶器博物館を通り過ぎれば、旧市街の入り口に出ます。しかし、陶器博物館が建っている場所は城壁内に当たります。


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新しい建物が並んでます。ファエンツァは、第二次世界大戦中にドイツ軍の爆撃を受け、市域の3分の2が消失しました。この辺の新しい建物は恐らく戦後に建設されたものでしょう。


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旧市街です。
ルネサンス期の建物と新古典様式の建物が並んでます。


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何度も来ているので道に迷うことはありません。


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並木道が終わり、少し歩いただけでしたが汗が噴き出してきました。


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突き当りを右折すれば、ホテルがあるガリバルディ通りに出ます。


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ジュゼッペ・ガリバルディ通り


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ホテルの受付で知らされるまで、この日がパリオが行われる日とは知りませんでした。


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塔が見えてきました。塔がある広場が街の中心です。


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左側に陶器の土産物を売る店があります。


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陶器は重いので、旅の前半で買うのは躊躇います。


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この日のお宿に着きました。ここで2泊します。


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ドゥオーモの直ぐ傍にあります。この街で真面な宿泊場所はここしかないと思います。


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予約した時、シングルしか空いていませんでした。
パリオが行われる日と告げられ、ホテルの混雑に納得です。


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ホテルロビー天井の装飾


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シングルルームを予約した筈ですが、入室して予想外に広い部屋だったのでビックリ。


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荷物を部屋に置き、トイレを済ませてから直ぐに外に出ました。


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1780年に建設されたPalazzo Laberchiです。市所有の建物は、イタリア統一博物館など各種博物館として利用されてます。


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ファエンツァのドゥオーモ


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リベルタ広場


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ドゥオーモの拝観は後ですることにしました。


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市の塔


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17世紀に制作されたFontana Monumentale


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Fontanaはドゥオーモの横にあります。


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道路を境に広場の名称がリベルタ広場からポポロ広場に代わります。
写真右は市庁舎です。


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ポポロ広場のこちら側の建物はPalazzo del Podestaです。


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リベルタ広場


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ポポロ広場


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(つづく)

142
次はヴィジェーヴァノのドゥオーモ、サンタンブロージョ大聖堂です。


137
963年と967年の文書に、この場所にあった教会が記載されてます。


136
現在の建物は、最後のミラノ公爵フランチェスコ2世・スフォルツァ(ミラノ、1495-ヴィジェーヴァノ、1535)の命によって、1532年に創建されたもので、1606年に一応の完成を見たものです。設計者はアントニオ・ダ・ロナーテ(ロナーテ・ポッツォ―ロ、1456/1457-ミラノ、1541c)でした。


240
バロック様式のファサードは、ヴィジェーヴァノ司教ファン・カラミュエル・イ・ロブコヴィッツ(マドリッド、1606-ヴィジェーヴァノ、1682)の設計によって、17世紀後半に建設されました。
スペイン出身のファン・カラミュエル・イ・ロブコヴィッツ司教は、数学者でもあり、建築にも通じていました。
鐘楼は、14世紀に建設された市の塔がそのまま教会の塔に転用されて現在に至ってます。


244
聖堂内に入りました。


241
三廊式、ラテン十字形、マニエリスム様式の内部です。


242
19世紀に行われた装飾が目立ちます。


245
チェーザレ・マーニ(ミラノ、1492-1534)の「磔刑」


248
フェルディナンド・ガッティ通称イル・ソイアーロ(パヴィア、1495c-クレモナ、1575)の「復活したキリスト」


249
詳細不知


251
詳細不知


253
フランチェスコ・ゴニン(トリノ、1808-ジャヴェーノ、1889)による装飾


254
主祭壇


255
アレッサンドロ・サンクィリコ(ミラノ、1777-1849)による後陣フレスコ画(1828-30)


256
クーポラ


259
詳細不知


257
詳細不知


261
ロンバルドの逸名画家作「磔刑と聖マリア・マッダレーナ」(16世紀)


263
詳細不知


265
ベルナルディーノ・フェラーリ(ヴィジェーヴァノ、1495-1524)の「天上の聖母子と聖人たち」


268
ロンバルドの逸名画家作「ポリッティコ」(16世紀)


270
チェーザレ・マーニ(ミラノ、1492-1534)の「聖母子と聖人たち」


271
詳細不知


273


274
詳細不知


275
詳細不知


276
詳細不知


277
右側廊


278
フェルディナンド・ポルタ(ミラノ、1689-1767)の「キリストの洗礼」


280


281


279


282
ベルナルディーノ・フェラーリ(ヴィジェーヴァノ、1495-1524)の「サンティ・ジャコモ・エ・クリストフォロ礼拝堂の多翼祭壇画」(1510)


285
詳細不知


286
詳細不知


287


289
フランチェスコ・ゴニンによる天井フレスコ画


290
クリプタ


291
詳細不知


288
主祭壇をもう一度見てから外に出ました。
(おわり)

186
次はサンタ・マリア・デッレ・ネーヴィ教会です。


187
サンタ・マリア・デッレ・ネーヴィ教会が見えてます。


189
15世紀に、この場所に建設されたサンタ・マリア・デイ・ペッシ教会が前身です。
ヴィジェーヴァノを流れるティチーノ川から獲れた魚を商う魚市場がこの場所にありました。教会名にPesciが付く由来です。


190
現在の建物は、1559年から1606年にかけて、死の同信会によって建設された二代目となるものです。


188
初代の建物にあった、15世紀に描かれた「聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコ」の祭壇画が見ものとされてます。


191
扉が閉まっていたのは仕方がないと思いました。


192
道の突き当りに新しそうな教会があります。


194
19世紀末に建設されたManostero Suore Sacrametineです。女子修道院です。


197
徐々に涼しくなってきました。


199
Palazzo Merulaです。


198
17世紀にドメニコ会によって建設されたサンタ・マリア・アッスンタ女子修道院だった建物です。


200
中に入るとキオストロ回廊に出ます。


201
ナポレオンのイタリア侵攻に伴う教会活動抑止策に基づき、修道院活動が停止され、1805年に州所有物件となりました。
1809年に孤児院として使用されるようになり、その後、孤児院を併設した市民病院となりました。


202
キオストロ回廊に置かれている彫刻


203
外に出ました。


204
サンティグナツィオ・ディ・ロヨラ教会です。


205
1694年から1708年にかけて建設されました。


206


207


208
扉が閉まっていました。


209
カステッロが開く時間になりました。


210
カステッロ自体には殆ど見所がないようですが、ヴィジェーヴァノに来たからには入らなくては。


211
結論を言えば、見所はなしでした。


1-2


1-3


1-4


212
外に出ました。通りの先にサン・フランチェスコ教会が見えてます。


232
サン・フランチェスコ教会です。


1-1
1397年に建設されました。


231
15世紀中頃に拡張され、現在の姿になりました。


230
ファサード前の「鳥に説教する聖フランチェスコ」の泉


233
ファサード横の小礼拝堂


234
ドゥカーレ広場に戻ります。


213


214
ドゥオーモが開く時間です。


235
扉が開きました。


236
広場の床の模様


238
レオナルド・ダ・ヴィンチ考案と言われてます。


237


239
(つづく)

152
通りの突き当りに教会があります。


153
1363年に建設されたサン・ピエトロ・マルティーレ教会です。


155
現在のロンバルド・ゴシック様式の外観は、1446年から1480年にかけて拡大改造された後のものです。


158
中に15世紀のフレスコ画や16世紀の祭壇画「受胎告知」などがありますが、扉が閉まっていたので拝観出来ず。


156
入口扉上ルネッタの詳細不知の「殉教した聖ピエトロ・マルティーレを悼む修道士たち」


157
サン・ピエトロ・マルティーレ教会ファサード前のベアート・マッテオ広場です。


159
この門からスフォルツェスコ城内に入ります。


161
門を潜って城内に入りました。写真は城内から見た潜ってきた門です。


160
カステッロの中庭です。ブラマンテの塔が目立ちます。


164
中庭は公園として一般開放されてます。


162
ロンゴバルド時代の7世紀から10世紀に建設した城が基になってます。


163
その後、城はミラノ僭主のルキーノ・ヴィスコンティ(ミラノ、1287-1349)とミラノ公爵ルドヴィーコ・イル・モーロ(ミラノ、1452-フランス、ロシュ、1508)によって拡大整備されました。
現在の姿は、イル・モーロの命によって1492年から1494年にかけて建設されたものが中心となってます。


165
城内に入ってみました。


166
フレスコ画がありました。


167
ここはMuseo Civicoの出口でした。


215
城ですが、1535年、スフォルツァ家によるミラノ支配が終わると、ヴィジェーヴァノ城はスペインの支配下に置かれました。その後、オーストリア軍の駐屯地になりましたが、歴史の変遷によって、サルデーニャ軍、イタリア軍の軍事基地となり、1968年まで軍の駐屯地として使用されました。


216
現在は市立博物館などとして公開されてます。


218
ここから城内に入ります。


217
絵画館、靴博物館、工業製品博物館の3部門から成ってます。


219
城内の回廊


220
入館無料でした。


221
ベルナルディーノ・フェラーリ(ヴィジェーヴァノ、1495-1524)の「玉座の聖母子とと聖ピエトロと聖アンブロージョ」(1515)


223
ロンバルドの逸名画家作「聖母子と聖人たち」


225
ロンバルドの逸名画家作「ご誕生」


226
フェルディナンド・ポルタ(ミラノ、1687-1763)の「キリストの洗礼」


228
靴博物館は一見に値します。


168
一旦、ドゥカーレ宮殿に戻りました。


169
ドゥオーモの扉が未だ閉まってます。


170
もう一度城外に出ます。


171
Corso Vittorio Emanuele II


172
写真右はMunicipioです。


173
1474年に建設された病院が前身です。


174
病院の建物が一部取り壊され、1768年から1771年に改築された建物です。


175
Palazzo Civico 市庁舎です。


177
市庁舎の中庭


178
ここでヴィジェーヴァノの地図を頂戴しました。


179
非常に親切な応対をしてくれた職員に感謝です。


176
市庁舎から簡単にドゥオーモに行けます。


180
市庁舎から至近の場所に教会があります。


182
1323年創建のサン・ディオニージ教会です。


181
14世紀のフレスコ画が中にあるそうですが、拝観したことがありません。


183
市立劇場です。


185


184
(つづく)

ヴィジェーヴァノは、人口63,420人(2018年11月30日現在)のロンバルディア州パヴィア県にあるコムーネです。ミラノの支配下に置かれていた中世の頃、靴産業が興り、現在でも数多くの靴を製造してます。
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ミラノのFSターミナル駅の中で最も冴えないミラノ・ポルタ・ジェノヴァ駅です。この駅始発の普通列車に乗ってヴィジェーヴァノ駅に向かいました。


106
乗車約25分ほどでヴィジェーヴァノ駅に到着しました。


107
駅舎


108


109
駅から街の中心へと通じるカイローリ通りです。


110
カイローリ通りは右にカーブしています。


111
通りの突き当りが街の中心の入り口です。


112
写真右の建物に注目です。


114
Palazzo Saporiti


117
1828年に建設されました。


113
現在、Palazzo Saporitiはベネデット・カイローリ高校の校舎として使用されてます。


116
Palazzo Saporitiの別の入り口


118
日本の夏のような蒸し暑い日でした。


119
サン・ジョルジョ・イン・ストラータ教会です。


121
城壁の一部として10世紀に創建されました。


120
現在の建物は14世紀に再建された二代目となるものです。


122
旧市街の入り口です。


123
ヴィスコンティ城です。


124
Porta di Via XX Settembre


125
門を潜れば、9月20日通りに出ます。


126
現在の門は14世紀に建設されました。


129
門を潜って、9月20日通り側から見た門です。


127
9月20日通りを進みました。


128
雷鳴が聞こえてきたので、この時は天気の急変を心配していました。結局、降ることはなかった。


130
街角のタベルナコロ


131
街の中心の広場に入ります。


132
ドゥカーレ広場


133
ミラノの支配者ルドヴィーコ・イル・モーロ(ミラノ、1452-フランス、ロシュ、1508)の命により、1492年に建設が開始され1494年に完成したドゥカーレ広場です。


134
ブラマンテの塔


135
巷間、レオナルド・ダ・ヴィンチ設計とされているドゥカーレ広場です。


138
縦134m、横幅48mの広場です。


139


140


142
広場の端に建つのは、サンタンブロージョ司教座教会、ヴィジェーヴァノのドゥオーモです。


137
この時間は未だ開いてません。拝観は後程。


143


144
広場に立つ聖ジョヴァンニ・ネポムチェーノ像


145
外壁はフレスコで装飾されてます。


146
高さ約56mの1196年に遡るブラマンテの塔です。イル・モーロの命によって改造されたものが現存の塔です。
この日は、塔に上ることが出来ませんでした。


147
ドゥカーレ広場からポポロ通りに出ました。


149
通りの先に教会があります。


148
サンタ・マリア・デル・ポポロ教会です。


151
平日は閉まってます。


150
(つづく)

P1820252
ミラノ中央駅に到着しました。


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約25分遅れの到着でしたが、このくらいの遅れはイタリアでは許容範囲?


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この日のお宿に向かいました。


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今回は写真左のホテルです。


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チェックインを済ませて夕食に出ました。


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5月末なので、まだ十分明るい。


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中央駅西側の店にしました。


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近頃気に入っている店です。


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駅近くでは良い方の店になります。


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お腹一杯になりました。


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この日はこれで終わりです。


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翌日です。
例によってトラムで旧市街へ。


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Porta Nuova


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サン・フランチェスコ・ディ・パオラ教会


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ポルディ・ペッツォーリ美術館に行きます。


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入館しました。


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この後、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂の最後の晩餐を見ました。


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後は大体同じなので省略です。


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中央駅近くにある教会です。


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サン・カミッロ・デ・レッリス教会です。


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20世紀初めに建設された新しい教会です。


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中に入りました。


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拝観するのは、初めてです。


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三廊式、ラテン十字形の内部です。


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後陣


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1923年制作の祭壇


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右側廊


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聖ジュゼッペの死(1935)


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主祭壇


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説教壇


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左側廊


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出入り口


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外に出ました。


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帰国日を迎えました。


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近頃では帰国日を待ちわびてます。


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マルペンサ空港に到着しました。


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機内食が好きではないので、ここで食べてから搭乗します。


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直ぐに混雑してきました。


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(おわり)

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雪のミラノです。


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トラムに乗って旧市街へ。


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天気予報が雨だったので安心していたら、夜が明けたら雪景色でした。


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スフォルツェスコ城に向かいます。


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雪のミラノを経験するのは11年振りです。


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積雪は2,3㎝くらい?


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人が多く通る所は雪が解けていました。


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ミラノの積雪は大したことがありませんでしたが、北イタリアからローマにかけての降雪はかなり酷くて、鉄道の大幅遅れや運休がありました。


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移動日でなくて良かった!


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城内に入りました。


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完全な雪景色


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ミケランジェロの「ロンダニーニのピエタ」を見ます。


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市立博物館の本館に入りました。
天井のフレスコ画


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昼食は、博物館内のカフェテリアで簡単に済ますことにしました。


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足元が悪いので、レストランに行く気がしませんでした。


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昼過ぎになって、雪が融けてきました。


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雪の日の噴水はより一層寒さを感じさせます。


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タクシーでブレラ絵画館に向かいました。


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ブレラ絵画館に入館しました。


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館内は改修、模様替えの真っ最中でした。


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半分の展示室が閉鎖されていました。


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ジョヴァンニ・ベッリーニ


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アンドレア・マンテーニャ


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エルコーレ・デ・ロベルティ


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雪のため、入館者が数えるほどです。これだけ人を余り見かけなかったブレラ絵画館は初めてです。


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カラヴァッジョ


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シルヴェストロ・レーガ


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夕方になって雪が強くなってきました。


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悪天でしたが十分楽しみました。
(つづく)

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成田空港です。


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夏時間でも少しづつ出発時間が変わってます。


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マルペンサ空港に到着しました。


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中央駅行きにバスは非常に空いていました。これだけ空いていたのは初めてです。


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今回のホテルはここです。


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着いた日は寝るだけです。


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翌朝です。


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この時のミラノは、デントロ・カラヴァッジョ展がお目当てでした。


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特別展が開催されている王宮に向かいました。


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デントロ・カラヴァッジョ展については、既に取り上げました。


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朝一番に入館出来るように予約していました。


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特別展の入り口


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意外にも館内は空いていました。
中は写真不可でした。展示されていた作品の私が撮った写真を載せておきます。


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帰路にも特別展を見ます。


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旅の初日なので、重そうなガイドブックを買うのを控えました。


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ブックショップ天井の装飾


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中に1時間半いたことになります。


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帰路に2回見るので、初日は無理をしないで立ち去ります。


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次はMuseo Diocesanoです。


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ティチネーゼ門の手前でトラムを下車しました。


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サンテウストルジョ聖堂が見えます。


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聖堂の後方に向かいます。


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Museo Diocesano


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ムゼオの入り口


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サンテウストルジョ修道院だった建物がMuseo Diocesanoになってます。


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入館しました。


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Museo Diocesanoについては、既に取り上げました。


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展示作品の差し替えは殆ど行われていないようです。


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規模の大きいMuseo Diocesanoです。


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フランチェスコ・アイエツの作品


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外に出ました。
(つづく)

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アリタリア便でミラノに向かいます。


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イタリア好きの方々にはあまり評価されていないアリタリア航空のようです。
最短の時間で荷物と共に無事に往復出来れば満足なので、アリタリアを利用してます。


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マルペンサ空港に到着しました。


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JALは、馴染み客をFクラスに無条件でアップグレードしていることが分かったので、それ以降乗らないことにしました。潰れるわけです。


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しかし、最近のCクラスのサービス向上が顕著です。一昔前のFクラスよりも今のCクラスの方が断然上です。


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確かミラノ万博を機に、ミラノ中央駅のマルペンサ空港行きバスターミナルが変わりました。


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駅西側のホテルは不案内で泊まったことがありません。


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相変わらず駅東側のホテルを利用してます。


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鉄道もありますが一回しか利用したことがありません。


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駅の東側に行きます。


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この時は、写真右のホテルにしました。


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チェックイン後、少し外に出ましたが、近くを散策しただけで大人しくホテルに戻って寝ました。


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翌日です。


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時差で中々寝られず、寝入ったのが明け方でした。思わず寝過ごしてしまいました。


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午前の教会巡りを止めて、ホテルから直接ブレラ絵画館に行きました。


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この時は、ペルジーノの「聖母の結婚」が200年振りにフランスからイタリアに里帰りして、ペルジーノの弟子ラファエッロの「聖母の結婚」と同展示室で展示されていました。それが見所でした。


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何時もと同じでした。


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この時までは、いつもと同じで・・・・・


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ジャーン!!! スタッフミーティングのため、12:45から15:15まで途中休館のお達しです。
この時の時間は、11:30頃でした。


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館内で最短でも5,6時間は必要なので困りました。


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イタリアは、これだから困ります。


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仕方がないので、長い長い昼食を食べながら時間潰しをすることに。


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午後3時頃に戻ったら入館待ちの行列が出来ていました。


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切符売り場に行ったら、中は模様替えの真っ最中でした。


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何時もの出口から展示室に入るようになっていました。


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この辺は空いている筈ですが、この日は人気がありました。


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何時もなら古い作品から時代順に見るようになっていますが、新しい作品から見て行ったので戸惑いました。


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観たい作品がかなり取り外されていました。


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混雑している展示室が逆に空いていました。


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修復作業中の作品


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ペルジーノとラファエッロの「聖母の結婚」が展示されていました。


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ラファエッロの「聖母の結婚」


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ペルジーノの「聖母の結婚」


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殆どの人が見ていなかった「聖母の結婚」も同じ部屋に展示されていました。


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ペルージャのドゥオーモから貸し出されていました。


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カラヴァッジョの「エマオの晩餐」がなかった!


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カラヴァッジョ作品の代わりに展示されていた作品です。


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見ることが出来たのは、普段の半分以下でした。


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閉鎖されていた部屋が10室以上ありました。


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午後7時近くになると流石に空いてます。


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外に出ました。


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7時近くになりました。


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日が傾きました。


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冴えないブレラ絵画館となりました。


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サン・ジュゼッペ教会はもう閉まっていました。

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この日の公演はありません。


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(つづく)

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ミラノ大学を通り過ぎます。


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次はサン・ナザーロ・マッジョーレ聖堂です。


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15世紀の建物


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サン・ナザーロ・マッジョーレ聖堂に戻ってきました。聖堂内に入るには、こちらのトリヴルツィオ礼拝堂の入り口を利用します。


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ミラノ司教聖アンブロージョの指示によって、382年創建、386年に完成した初期キリスト教会で、386年に奉献された時はBasilica Apostolorumと呼ばれていました。
395年または396年に聖ナザーロの聖遺物(遺体)が教会に移されると、何時しかサン・ナザーロ聖堂と呼ばれるようになったそうです。


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1075年3月30日に発生した火災によって壊滅的な被害を受けたので、11世紀後半にロマネスク様式に再建された建物が現在の姿の原形となってます。
トリヴルツィオ礼拝堂は、バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティーノ(ベルガモ、1465c-ミラノ、1530)の設計によって16世紀初頭に建設されました。


1
サンタ・カテリーナ礼拝堂は、アントニオ・ダ・ロナーテ(ロナーテ・ポッツォ―ロ、1456/1457-ミラノ、1541c)の設計によって16世紀前半に建設されました。


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後陣


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トリヴルツィオ礼拝堂ファサードの碑文


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トリヴルツィオ礼拝堂ファサード上の浮彫


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聖堂の構造図


16


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トリヴルツィオ礼拝堂の天井


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聖堂本堂に入りました。


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単廊式、ラテン十字形の内部です。


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最古のラテン十字形教会と言われてます。


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ダニエーレ・クレスピ(ブスト・アルシツィオ、1598-ミラノ、1630)の「受胎告知」


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カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1551-ミラノ、1629)の「キリストの神殿奉献」


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逸名画家作「聖母子と聖マトロニアーノ」(15-16世紀)


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制作者情報不知の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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詳細不知


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逸名画家作「我に触れるな」(14世紀)


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ベルナルディーノ・ラニーノ(モルダウ、1512-ヴェルチェッリ、1578)の「最後の晩餐」


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左側壁の礼拝堂


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15世紀のフレスコ


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15世紀のフレスコ


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15世紀のプレセーペ


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カルロ・ジュゼッペ・メルロ(ミラノ、1690-1760)のAltare di Sant' Ulderico


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詳細不知


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詳細不知


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サンタ・カテリーナ礼拝堂


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ベルナルディーノ・ラニーノ(モルダウ、1512-ヴェルチェッリ、1578)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの生涯の物語」(1548-49)


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もう一度見ました。


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制作者情報不知の「ご訪問」


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トリヴルツィオ礼拝堂の出入口方向


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外に出ました。


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ゆっくり見ることが出来て満足しました。


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教会巡りは運です。


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(つづく)

引き続きサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂です。
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聖アンナの生涯の物語です。


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私には、フェデリーコ・ビアンキの作品に思えます。


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作品の制作者について調べましたが確実な所が分かりません。


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出入口方向


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外に出ました。
鐘楼の前にある低い塔は、1642年に倒壊した鐘楼の残骸です。


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次は、サント・ステファノ広場でサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂に隣接して建つサン・ベルナルディーノ・アッレ・オッサ教会です。


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納骨堂で有名なサン・ベルナルディーノ・アッレ・オッサ教会です。


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1127年、教会が建っている場所近くにサン・バルナバ・イン・ブローロ病院が建設されました。また、1150年にサント・ステファノ・マッジョーレ複合施設の一つとしてサント・ステファノ病院が建設されましたが、それと同時にサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂の敷地内に墓地が設けられました。


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しかし、ペストの流行があって、墓地は直ぐに一杯になってしまい、1210年に、現在地に死者の遺骨を収容する建物が建設されました。その納骨堂を含む小さな教会が1269年に建設されましたが、それが前身です。


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1642年、サント・ステファノ・マッジョーレ聖堂の鐘楼が倒壊したのですが、倒壊した鐘楼がサン・ベルナルディーノ・アッレ・オッサ教会の建物に直撃して破壊されてしまいました。1679年に二代目の再建されました。


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しかし、二代目の建物は、1712年の火災によって消失してしまいました。
カルロ・ジュゼッペ・メルロ(ミラノ、1690-1760)の設計によって、1776年に完成したファサードを持つ建物が現在の姿です。


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教会内部に入りました。


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八角形、バロック様式の内部です。


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クーポラ


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先ず納骨堂に向かいました。


15
不気味な感じがするので、直ぐに納骨堂を後にしました。


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主祭壇


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シンプルな後陣の装飾です。


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主祭壇画は、謎の画家”アマデイ”の「聖母子」


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ジローラモ・ロットリーニ修道院長作「パラビアーゴの戦いの間に祈る聖アンブロージョ」


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詳細不知


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ジローラモ・ロットリーニ修道院長作「ペスト患者に聖体拝領させる聖カルロ・ボッロメオ」


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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外に出ました。
(つづく)

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サント・ステファノ広場に建つサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂です。


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417年に創建されたサン・ザッカリア教会が前身です。奉献する聖人が聖ステファノに変更されると共に教会名称も改められましたが、その時期はよく分かっていないようです。


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1070年、初代の建物は火災によって消失したので、1075年、ロマネスク様式で再建されました。二代目の建物が現在の姿の原形です。


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1594年、フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿(当時は大司教)によって建物が改造されました。その改造の一環としてファサードも17世紀半ばに再建されました。


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1642年に鐘楼が倒壊したので、ジローラモ・クゥアドリオ(ルガーノ、1625-ミラノ、1679)の設計によって17世紀後半に再建された鐘楼が現在目にしています。


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ファサードの装飾


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この教会は2つの事柄によってかなり有名となってます。
1476年12月26日、ミラノ公爵ガレアッツォ・マリア・スフォルツァ(フェルモ、1444-ミラノ、1476)がこの教会で部下によって暗殺されました。ガレアッツォは酷薄苛烈な性格で、パアハラの権化でしたから、殺されるのは当然だったと思います。
もう一つは、1571年9月30日、ミケランジェロ・メリージ通称カラヴァッジョ(ミラノ、1571-ポルト・エンコレ、1610)がこの教会で洗礼を受けたのです。
それまで画家カラヴァッジョの生誕地としてミラノ説、カラヴァッジョ説の2つがあって、確定していませんしたが、2007年2月、ミラノのMuseo Diocesanoの保存文書の中からカラヴァッジョの洗礼記録が発見され、カラヴァッジョのミラノ生まれが確定したのです。


13
ガレアッツォ・マリア・スフォルツァの暗殺を記述した聖堂にある碑文


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聖堂内に入りました。


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三廊式


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右側廊方向


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天井の装飾


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主祭壇


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天蓋


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主祭壇の磔刑像


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詳細不知


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説教壇


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詳細不知


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フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607-1665)に帰属する「聖ステファノ」


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左側廊の礼拝堂


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礼拝堂天井


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フェデリーコ・ビアンキ(マスナーゴ、1635-ミラノ、1719)の「聖母子と聖アンナ」


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詳細不知


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右側廊


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ジョヴァンニ・マウロ・デッラ・ローヴェレ通称イル・フィアッメンギーノ(ミラノ、1575-1640)の「ご誕生」


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ロンバルドの逸名画家作「キリストの神殿奉献」(17世紀)


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ロンバルドの逸名画家作「マギの礼拝」(17世紀)


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逸名画家作「ピエタ」


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フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607-1665)に帰属する「聖ステファノの殉教」


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詳細不知


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詳細不知


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左側廊


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左側廊天井


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詳細不知


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詳細不知


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聖体容器


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聖水盤


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詳細不知


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ロマネスクの浮彫(12世紀)


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16世紀の逸名画家作「聖アンブロージョ」


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逸名彫刻家作の「磔刑」(15世紀)


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右側廊


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


P1630243
詳細不知


P1630248
詳細不知


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詳細不知


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Cappella Trivulzio


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カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1551-ミラノ、1629)の「天上のキリストと聖ステファノ」


14
(つづく)

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地下鉄でミッソーリ駅に着きました。


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サン・ナザーロ・マッジョーレ聖堂に向かいました。


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ありゃ、あれは何だ?


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サン・ナザーロ・マッジョーレ聖堂の左翼廊付近が修復中のようです。


3
普段はこのような外観です。


2
左翼廊


1
サンタ・カテリーナ礼拝堂


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聖堂の入り口があるトリヴルツィオ礼拝堂に回ります。


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トリヴルツィオ礼拝堂のファサードです。


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安心しました、扉が開いてます。


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聖堂の中に入ろうとしましたが、ミサ中でした。これでは拝観するわけにはいきません。


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入り口横の壁にあるフレスコ断片


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ミサが終わる時間にもう一度来ることにして、サン・ナザーロ・マッジョーレ聖堂を後にしました。


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ミラノ大学の方に行くことにしました。


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写真右は旧マッジョーレ病院です。


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ミラノは自転車シェアが盛んです。


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初代ミラノ公爵フランチェスコ・スフォルツァ(サン・ミニアート、1401-ミラノ、1466)によって1456年に創建されました。


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設計者は、アントニオ・ディ・ピエトロ・アヴェリーノ通称イル・フィアレーテ(フィレンツェ、1400c-ローマ、1469)でした。


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創建以来、幾度か増設され完成まで約200年を要しました。


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1943年8月15日夜から早朝にかけて、ドイツ軍による爆撃に大きな被害を受けました。その後、修復工事が行われましたが、新しく見える部分は再建された箇所です。


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1939年まで病院でした。1958年、ミラノ大学の本部として建物が使用されることになり、現在に至ってます。


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入口のファサードは、フランチェスコ・マリア・リチーニ(ミラノ、1584-1658)の設計によるもので、17世紀に建設されました。


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次はサンタントニオ・アバーテ教会です。


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サンタントニオ・アバーテ教会の鐘楼が見えてます。
ファサードの方に回ります。


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サンタントニオ・アバーテ教会のファサードが見えてます。


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聖アンブロージョ司教の時代、4世紀に建設されたTempioが前身とされてます。
1272年以降に再建されました。


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15世紀に建設された鐘楼


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17-18世紀に現在の姿に改造されました。


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ファサードの彫刻


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見逃せない作品が幾つかあります。


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扉が閉まっていたのが残念でした。
外部サイトから作品画像を拝借して、教会内にある作品を幾つか紹介させて頂きます。


4
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「受胎告知」


5
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「エジプトへの逃避」


6
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「ご訪問」


7
ルドヴィーコ・カラッチ(ボローニャ、1555-1619)の「羊飼いの礼拝」


8
ピエル・フランチェスコ・マッツゥッケッリ通称通称イル・モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573-ピアチェンツァ、1626)の「マギの礼拝」


9
ジョヴァン・バッティスタ・トロッティ通称イル・マロッゾ(クレモナ、1555-パルマ、1612)の「キリストの昇天」


10
ベルナルディーノ・カンピ(レッジョ・エミリア、1522-1591)の「聖チェチリア」


11
ジョヴァンニ・バッティスタ・カンピ通称イル・チェラーノ(ロマニャーノ・セーシャ、1573-ミラノ、1632)の「聖ガエターノ」


12
ジョヴァンニ・アンブロージョ・フィジーノ(ミラノ、1540-1608)の「聖母の誕生」


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次はサント・ステファノ聖堂です。


P1630156
(つづく)

P1520058
成田空港は雨でした。


P1520057
アリタリア航空でミラノに向かいました。


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機内は退屈です。


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映画は見ません。見るのはフライト情報だけです。


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もう直ぐミラノです。


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マルペンサ空港に到着しました。


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予定よりも早く到着しました。


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荷物が出てきません。


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バスでミラノ中央駅に到着しました。


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ホテルは何時もの所でした。


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朝です。


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この日の朝、パレルモに飛びます。


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リナ―テ空港に向かいました。


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バスは空いていました。


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リナ―テ空港に到着しました。


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荷物預けとセキュリティ・チェックに問題がありました。


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問題の原因は、日本語の搭乗券でした。イタリア人には理解不能ですから。


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イタリア国内便の搭乗券は、日本語ではなくイタリア語又は英語表記が良いと思いました。


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搭乗口は2か所。


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ミラノを離れました。


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この回の旅行の最終目的地がミラノでした。フィレンツェからミラノ中央駅に到着しました。


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ホテルに向かいます。


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ミラノ・コレクションの開催週間だったので、何時もの中央駅近く(このホテルも近いですが)のホテルが満室でした。この時はここに泊まりました。


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チェックインを済ませて街歩きに出発しました。


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ミラノ・ポルタ・ジェノヴァ駅


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ポルタ・ジェノヴァ駅の駅舎


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駅前広場


P1630057
トラム・ターミナルがあって便利です。


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(つづく)

サン・シンプリチャーノ聖堂の続きです。
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17世紀の逸名彫刻家作「磔刑像」


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ジローラモ・キニョーリの「聖マウロの奇跡」


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アレッサンドロ・ブランビッラの「聖マウロの物語」(1891)


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アレッサンドロ・ブランビッラの「聖マウロの物語」(1891)


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15世紀のフレスコ画


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エミリオ・カヴェナーギ(カラヴァッジョ、1852-ミラノ、1876)の「四福音書記者」


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エミリオ・カヴェナーギ(カラヴァッジョ、1852-ミラノ、1876)の「四福音書記者」


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右側廊


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詳細不知


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詳細不知


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大部分の照明が消されてしまいました。


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説教壇


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右翼廊の礼拝堂


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14世紀のフレスコ画


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14世紀のフレスコ画


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ファサード裏にオルガンがあります。


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外に出ました。


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トラムで中央駅に戻りました。


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トラムに乗車中に雷雨となりました。


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止んだかと思うと直ぐに雷雨に。


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夕食のために外出しました。


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スコールを繰り返すので遠出を諦めて中央駅近くの店でお茶を濁します。


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この店は閉店して今はありません。ここで食べました。


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食べ終わって外に出ると青空が出てきました。


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翌朝です。


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帰国日の朝なので、適当に買い物へ。


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トラムで中心街へ


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ミラノと暫しのお別れです。


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バスでマルペンサ空港へ


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マルペンサ空港は雨でした。


P1360216
(つづく)

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次はサン・シンプリチャーノ聖堂です。


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ガリバルディ通りを進みます。


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この建物は何でしょうか?


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その答えはこれです。


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サン・シンプリチャーノ聖堂はもう直ぐです。


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パレルモ通りとの交差点


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次を左折すれば聖堂前の道路があります。


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サン・シンプリチャーノ聖堂です。


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4世紀第4四半世紀、ミラノ司教聖アンブロージョ(トーリア、339/340-ミラノ、397)によって異教の墓地だった現在地に建設された初期キリスト教会です。
聖アンブロージョは、聖シンプリチャーノ(べヴェラ―テ・ディ・ブリヴィオ、320c-ミラノ、401)をミラノ司教後継者に指名しました。401年、ミラノ大司教となった聖シンプリチャーノが没し、聖遺物となった聖シンプリチャーノの遺体はこの聖堂内に埋葬されましたが、それと共に教会の名称が現称に改称されました。


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建物は590年から615年にかけて拡大改造されました。
9世紀、ベネデット会の所有教会となり、教会に隣接して大修道院が建設されました。
教会は、11世紀から13世紀に、さらに15世紀に改造され、16世紀に増築されました。


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ローマ時代後期のアーチに支えられた身廊右側


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ネオ・ロマネスク様式のファサードは、1870年に再建された、比較的新しいものです。


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修道院の建物


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ファサードの、向かって右扉上ルネッタのモザイク


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中央扉上ルネッタ


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ファサードの左扉上ルネッタのモザイク


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聖堂内に入りました。


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1840年、現在の姿のように改装された内部です。


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三廊式、ラテン十字形


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交差ヴォールト


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右側廊


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右側廊からの眺め


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主祭壇


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詳細不知


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後陣のフレスコ画が見所です。


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アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ボルゴニョーネ(フォッサーノ、1453c-ミラノ、1523)の「聖母戴冠」


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アウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530-1592)の「聖プラチドと聖マウロ司教」(1588)
アウレリオは、ベルナルディーノ・ルイーニの4男です。


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詳細不知


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16世紀のロンバルドの逸名画家作「十字架降下」


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無原罪の礼拝堂(19世紀)


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アレッサンドロ・ブランビッラの「ユディト」(19世紀)


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アレッサンドロ・ブランビッラの「デボラ」(19世紀)


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カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1561-ミラノ、1629)の「聖母の結婚」


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左側廊


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サン・ベネデット礼拝堂


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エネア・サルメッジャ(ベルガモ、1558-1626)の「子供を蘇生させる聖ベネデット」(1619)


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サン・ベネデット礼拝堂天井のフレスコ画
(つづく)

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ドゥオーモ広場に来たのはドゥオーモの拝観が目的ではありません。


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王宮で開催されているレオナルド・ダ・ヴィンチ展が目的です。


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完成作品が少ないレオナルド・ダ・ヴィンチ展の開催は、手稿や手稿に記された工夫の模型などを展示してお茶を濁すのが普通ですが、この時はミラノ万博の目玉となっていたので、完成作品がある程度揃っていたので大変な人気でした。


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あれっ、行列がない!!


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この一か月前にもレオナルド・ダ・ヴィンチ展に入ったのですが、その時は予約なしでした。ドゥオーモ近くまで長蛇の列で酷い目に遭いました。
それに懲りて、今回は予約して来たのです。


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拍子抜けしました。


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外に出ました。館内人数の定員制と採っていたのでしょう、中の混雑は一か月前と殆ど同じでした。


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ミラノ万博開催を機に、ドゥオーモは拝観有料に転じました。


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大した金額ではないけれど、無料で自由に拝観出来たことを思い出し、有料化に抵抗感があって、有料化以降一度も拝観したことがありません。


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夏至間近の観光シーズンにしては、全般的に人出が少なめでした。


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ドゥオーモのファサードを見ました。


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(つづく)

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以前、写真券を買えば写真OKだったアンブロジアーナ美術館ですが、多くの美術館や博物館で写真が解禁された2014年6月頃から何故か写真券制度がなくなって、写真不可となり、多分現在に至っていると思います。
展示室内は写真不可ですが、展示室に向かう途中の階段の壁などのある作品は写真OKのようです。


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制作者情報不知の「フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿の肖像」
フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿はアンブロジアーナ図書館の設立者です。


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パウル(ポール)・ブリル(アンヴェルサ、1554-ローマ、1626)の「アヌビスがいる風景」


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パウル(ポール)・ブリル(アンヴェルサ、1554-ローマ、1626)の「ムティウスがいる風景」


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ジャコモ・モラーリア(ミラノ、1791-1860)とポンぺオ・マルケージ(サルトリオ、1789-ミラノ、1858)とアントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757-ヴェネツィア、1822)の「ジュゼッペ・ボッシのモニュメント」
ジュゼッペ・ボッシ(ブスト・アルシツィオ、1777-ミラノ、1815)は、画家、評論家、美術収集家でした。


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階段途中や壁の作品を見ます。


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有名なラオコーン
16世紀に制作された複製です。


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ミケランジェロのピエタがここにある、と叫んでいたイタリア人少年がいました。
16世紀に制作された複製です。非常に出来が良いので見る価値ありです。


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アントニオ・ブスカの作品


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ダニエーレ・クレスピ(ブスト・アルシツィオ、1597/1600-ミラノ、1630)の「聖母子とアッシジの聖フランチェスコと聖カルロ・ボッロメオ」


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この時も展示室内は写真不可でした。


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赤煉瓦の部分は隣接するサン・セポルクロ教会です。


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頼み込んだら、遠くからならば良いと撮らせてもらったカラヴァッジョの「果物籠」


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外に出ました。


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フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿像


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アンブロジアーナ図書館に隣接して教会が建ってます。順序は逆で、教会に隣接して図書館の建物が建設されたのです。


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サン・セポルクロ教会です。


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1030年創建の教会です。現存する建物は、何度も改造されて創建時の姿とは全く違うとされてます。


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1099年、ロンバルド十字軍が聖地エルサレムを奪回したことの祝福として、1100年に拡大改造されました。


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1578年、聖カルロ・ボッロメオによって設立されたOblati dei Santi Ambrogio e Carlo(信心会)の教会になりました。


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1605年、フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿によって、教会の隣と後ろにアンブロジアーナ図書館が建設されると共に、教会内部がバロック様式に改修されました。


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1713年から1719年にかけて、ファサードがバロック様式に改修されました。現在のネオ・ロマネスク様式のファサードは、元に姿に戻そうとして1894年から1897年にかけて再建されたものです。
2本の鐘楼は、12世紀のオリジナルのものです。


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中に入りました。


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1713年から1719年にバロック様式から新古典様式に改修された内部です。


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古い作品は美術館に移されました。


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1030年創建の痕跡は全くありません。


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天井のフレスコ画


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詳細不知


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609-1702)の「聖母子と2聖人」


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5


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。


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ドゥオーモ広場に向かいます。


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(つづく)

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ミラノ市立博物館の本館(スフォルツァ城内)です。


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ミラノ市立博物館については既に2回取り上げました。
毎年、複数回入館してますが、毎回少しづつ展示内容が違います。


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ベネデット・ベンボ


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アンブロージョ・べヴィラクゥア


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バルダッサッレ・デステ


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ヴィンチェンツォ・フォッパ


P1630791
ヴィンチェンツォ・フォッパ


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ヴィンチェンツォ・フォッパ


P1630806
ヴィンチェンツォ・フォッパ


P1630808
ヴィンチェンツォ・フォッパ


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アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称イル・ベルゴニョーネ


P1630824
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称イル・ベルゴニョーネ


P1630826
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称イル・ベルゴニョーネ


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マルコ・ドッジョーノ


P1630860
ベルナルディーノ・ブティ―ノーネ


P1630867
ロンバルドの逸名画家


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マルコ・ドッジョーノ


P1630884
チェーザ・ダ・セスト


P1630895
ベルナルド・ゼナレ


P1630926
アゴスティーノ・ブスティ通称バンバイア


P1630930
ブラマンティーノ


P1630940
アンドレア・ソラーリオ


P1630944
べルナルディーノ・デ・コンティ


P1630946
ジャンピエトリーノ


P1630952
ベルナルディーノ・ルイーニ


P1630966
フィリッポ・リッピ


P1630970
アントネッロ・ダ・メッシーナ


P1630977
ジョヴァンニ・ベッリーニ


P1630983
マンテーニャ


P1630998
カルロ・クリヴェッリ


P1640004
コレッジョ


P1640093
ロレンツォ・ロット


P1640096
ティントレット


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幅広い展示です。


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外に出ました。


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次はアンブロジアーナ美術館です。


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徒歩で美術館に向かいました。


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ミラノ万博は、この時点では不人気でした。


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万博期間中のホテル代が高過ぎたのも、はじめ不人気だった理由の一つだったと思います。


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それで途中からホテル代を値下げしたら万博に客足が伸びたようです。


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終盤近くなって万博の大行列の報道に接して驚きました。


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振り返って写真を撮りました。


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ドゥオーモが写ってます。


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アンブロジアーナ美術館に着きました。
(つづく)

引き続きサンタ・マリア・インコロナータ教会です。
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告解室?


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詳細不知の磔刑像


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アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称イル・ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453c-ミラノ、1523)に帰属する「Cristo sotto il torchio」


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礼拝堂天井のフレスコ


P1360007
詳細不知


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チーロ・フェッリ(ローマ、1634-1689)の「トレンティーノの聖二コラの物語」


P1360013
チーロ・フェッリ(ローマ、1634-1689)の「トレンティーノの聖二コラの物語」


P1360016
チーロ・フェッリ(ローマ、1634-1689)の「トレンティーノの聖二コラの物語」


P1360020
詳細不知


P1360023
制作者情報不知の「聖カルロ・ボッロメオと聖フィリッポ・ネリとサレスの聖フランチェスコ」


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制作者情報不知の「磔刑」


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P1360031
説教壇


P1360032
制作者情報不知の「最後の晩餐」


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詳細不知のフレスコ断片


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詳細不知


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オリジナルのサンタ・マリア・インコロナータ教会の主祭壇です。


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詳細不知


P1360048
詳細不知


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外に出る前に、もう一度ボルゴニョーネのフレスコ画を見ました。


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外に出ました。


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トラムで移動します。


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トラムを乗り継いでノルド駅に着きました。


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スフォルツァ城に向かいます。


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この時、ミラノ万博が開催されたばかりでした。奇妙なオブジェはミラノ万博用のものでしょう。


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毎年入館しているミラノ市立博物館に入館するために来ました。


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スフォルツァ家の紋章


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万博の切符売り場だったような・・・・・


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如何にもイタリア人が好みそうな・・・・・


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ミラノ万博は、閉幕近くになると大人気でしたが、開幕したばかりの時は全くの不人気でガラガラでした。


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城内に入りました。


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恐らくミラノ万博開催を記念して新設されたと思われるミケランジェロの「ロンダニーニのピエタ」展時専用設備。


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入館するには市立博物館の切符が必要です。


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切符売り場の入り口


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切符を買いました。

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入館します。


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ミケランジェロの遺作となった未完の「ロンダニーニのピエタ」


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(つづく)

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成田空港から出発です。
定刻の出発時間が表示されていました。ところが、ところが、でした。


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遅れてウンザリ。


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マルペンサ空港に到着しました。


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バスで中央駅へ。


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この日のミラノは雨でした。


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中央駅横のバスターミナルに到着。
初夏だったので日没前に到着予定でしたが、イタリアからの成田到着便が遅れた影響で3時間遅れのマルペンサ到着となりました。


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駅至近のミケランジェロがこの日のお宿です。


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ホテル近くのスーパーに買い物に。


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予定では、レストランに行く予定でしたが、飛行機が遅れたので叶わず。


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翌朝です。


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かなり寒い雨の一日となりました。


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この後、バガッティ・ヴァルセッキ博物館とボスキ・ディ・ステファノ邸美術館に行きました。写真不可だったの紹介を省略させて頂きます。


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ミラノ到着から25日後、帰路のミラノです。


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天気に恵まれました。


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今まであまり拝観に恵まれなかった教会巡りをしました。


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今回は、サンタ・マリア・インコロナータ教会です。


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ガリバルディ通りに面して建つサンタ・マリア・インコロナータ教会、正式には教区教会です。


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珍しい二重ファサードが目立ちます。


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ミラノ自治都市時代に建設されたサンタ・マリア・ディ・ガルニャーノ教会が前身です。


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1400年、アゴスティーノ会修道士によって、サンタ・マリア・ディ・ガルニャーノ教会に隣接して、修道院が建設されました。
1451年、教会の名称がサンタ・マリア・インコロナータ教会に改称されました。
写真左側は後期ゴシック様式のサンタ・マリア・インコロナータ教会で、ミラノ公爵フランチェスコ1世・スフォルツァ(サン・ミニアート、1401-ミラノ、1466)によって1450年から1460年にかけて再建されました。
写真右側は、トレンティーノの聖二コラを奉献するサン・二コラ・ダ・トレンティーノ新教会で、ミラノ公爵フランチェスコ1世・スフォルツァの妻ビアンカ・マリア・ヴィスコンティ(セッティ―モ・パヴェ―ゼ、1425-クレモナ、1468)によって1460年に建設されました。
1468年、2つの教会は合併され、合併後の名称は左側のサンタ・マリア・インコロナータ教会がそのまま引き継がれました。


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鐘楼


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旧サン・二コラ・ダ・トレンティーノ教会の右側壁の礼拝堂
1654年と1827年に大改造され、現在の姿と異なる外観でしたが、1900年に中世の姿に戻す改造工事が行われ、現在の姿となりました。


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ファサードのStemma Visconteo


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右側の旧サン・二コラ・ダ・トレンティーノ教会の入り口扉上ルネッタ上の「トレンティーノの聖二コラ像」


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左側入口扉上ルネッタ上の「戴冠した聖母像」


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扉が開く時間に来ました。


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中に入りました。


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当たり前ですが、中も二重構造になっていました。


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左側のオリジナルのサンタ・マリア・インコロナータ教会です。


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その右側に旧サン・二コラ・ダ・トレンティーノ教会があります。


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左側壁


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旧サン・二コラ・ダ・トレンティーノ教会


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右側壁


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ロレンツォ・ギベルティ派逸名金工家作「右後陣の磔刑像」(16世紀)


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バロックの逸名画家作「トレンティーノの聖二コラの生涯」(17世紀)


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右後陣の天井


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詳細不知の「聖家族」


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15世紀のフレスコ画 上はアレッサンドリアの聖カテリーナ、下はモンテファルコの聖キアーラ


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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(つづく)

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この時の旅はこれで終了です。


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ホテルに戻り、荷物を受け取り、空港に行って搭乗するだけです。


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靴下と靴が濡れたので、替える必要がありそうでした。


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ホテルに預けた荷物の中に、靴がもう一足あるので靴の方は問題なしでした。


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ところが靴下の方に問題がありました。


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帰国日に合わせて、肌着や靴下の洗濯を止めていたので、替えの靴下がない!


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靴下の洗濯は簡単なので、ホテルでやっておけば良かったのですが、後の祭りです。


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ズボラな性格なもので、洗濯は必要最小限度にしていたのが仇になりました。


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靴下を買うために街歩きを少々継続です。


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靴下を売っている店を探しました。


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ミラノの中心街には紳士用靴下を売っていそうな店が中々ない。


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婦人用下着や靴下を売っている店には入りましたが、紳士用は扱っていない!


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参りました。


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旅をしていると色々なことが起こります。


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中央駅の店で買うことが出来ました。


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イタリアでは爪切りを買うのが大変だったことを覚えてます。


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旅の途中で、持参していた爪切りが分解してしまい、爪が伸びたので爪切りが必要になったのです。


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スーパーに行ってもないし、100円ショップのイタリア版の店に行っても扱っていなかった。


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ドイツならば、ヘンケルの刃物類を扱っている店で簡単に買えますが・・・・・


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フィレンツェの金物屋で買うことが出来ました。


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出発まで、あと4時間です。


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余裕をもって空港に行きたいので、そろそろ切り上げの時間になりました。


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中央駅に行けば、靴下が買えるだろうと楽観視していました。


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地下鉄で中央駅に向かいました。


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駅のショップで靴下を買うのに意外に苦戦して時間がかかってしまいました。


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ラウンジで少しゆっくりしたかったのですが叶わず。


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小さな飛行機です。


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(つづく)

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トリノ通りに戻りました。


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次はサン・ジョルジョ・アル・パラッツォ教会です。


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教会が建っている小さな広場にやってきました。


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サン・ジョルジョ・アル・パラッツォ教会です。


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750年、または751年、ロンゴバルドのフリウリ公爵ラチス(後のイタリア王)によって創建されました。


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12世紀に再建されました。


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1158年と1201年の文書に、この教会の存在が記されているそうです。


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16世紀以降、3回に渡る大改修を受け、現在の外観となりました。


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ファサードは、フランチェスコ・クローチェ(ミラノ、1696-1773)の設計によって1774年に完成しました。


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アルフォンゾ・パッロッケッティの設計によって19世紀末に建設された新古典様式のクーポラと鐘楼です。


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ファサードの装飾


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中に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、ネオ・バロック様式の内部です。


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1800年と1821年にルイージ・カニョーラ(ミラノ、1762-インヴェリーゴ、1833)によって大改修された内部です。


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天井


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左側廊


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右側廊


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詳細不知


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ガウデンツィオ・フェラーリ(ヴァルドゥッジャ、1475/1480-ミラノ、1546)の「聖ジローラモ」


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19世紀末に建設されたクーポラ


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ピエル・フランチェスコ・マッツゥッケッリ通称イル・モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573-ピアチェンツァ、1626)の「聖ジョルジョの殉教」


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詳細不知


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ピエル・フランチェスコ・マッツゥッケッリ通称イル・モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573-ピアチェンツァ、1626)の「マギの礼拝」


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詳細不知


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雨天のためか、暗くてよく見えません。


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詳細不知


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この教会の最大の見所、Cappella della Passioneです。


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礼拝堂のフレスコ画は、ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c-ミラノ、1532)によって1516年に制作されました。


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嘆き


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荊刑のキリスト


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磔刑


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この人を見よ


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キリストの鞭打ち


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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主祭壇


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ベルナルディーノ・ルイーニ作説がある後陣のフレスコ画


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ジョヴァンニ・ステファノ・ダネーディ通称イル・モンタルト(トレヴィーリオ、1612-ミラノ、1690)の「幼きキリストへの崇拝」


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ジョヴァンニ・ステファノ・ダネーディ通称イル・モンタルト(トレヴィーリオ、1612-ミラノ、1690)の「割礼」


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後陣は立ち入り禁止なのでよく見えません。


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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ウンベルト・マリニャーニの「聖カルロ・ボッロメオ」(1926)


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ダニエーレ・クレスピ(ブスト・アルシツィオ、1598-ミラノ、1630)の「ロザリオの聖母」


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ジュゼッペ・メラーニ(ピサ、1673-1747)の「聖カルロ・ボッロメオに顕現するキリスト」


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。
(つづく)

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次はサン・セバスティアーノ市立寺院です。


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サン・セバスティアーノ市立寺院です。
この場所に初期キリスト教のサン・トランクィッリーノ教会がありました。


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16世紀後半、ミラノを襲ったペスト禍収拾を奉献するために、1576年、当時のミラノ司教聖カルロ・ボッロメオの主導によって、ペッレグリーノ・ティバルディ(ピューリア、1527-ミラノ、1596)の設計、ミラノ自治体の費用負担によって、1577年から1616年にかけて建設されました。
ペッレグリーノ・ティバルディは建設の途中で体調を崩したので、建築家ジュゼッペ・メーダ(1534-1599)に建設工事が引き継がれましたが、メーダも1599年に没してしまい、メーダの後を引き継いだファビオ・マンゴーネ(カラヴァッジョ、1587-ミラノ、1629)が完成させたのです。


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クーポラは、ピエトロ・アントニオ・バルカ(ミラノ、1586c-1639c)によって1616年-1617年に建設されました。


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他の教会と違って、今なおミラノ市が所有してます。


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ファサードの装飾


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扉が開いていました。


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中に入りました。


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ほぼ円形の内部です。


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マニエリスム様式の内部です。


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クーポラのフレスコ画は、アゴスティーノ・コメーリオ(ロカーテ、1784-1829)によって描かれました。


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コメーリオは未完成で没したので、ラザーロ・パシーニ(レッジョ・エミリア、1861-ミラノ、1949)によって完成されたフレスコ画です。


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詳細不知
見慣れた作品がありますが、私見では、オリジナルではないようで、恐らく複製画でしょう。


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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ベネデット・カッチャトーリ(カッラーラ、1794-1871)の「ピエタ」


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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外に出ました。


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雨がかなり強くなってきました。


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次はサント・セポルクロ教会です。教会はアンブロジアーナ図書館の隣にあります。


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まだ8時を過ぎたばかりです。


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アンブロジアーナ美術館です。


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開館は午前10時からです。


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帰国の日に入館するわけにはいきません。


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少し大回りしてアンブロジアーナ図書館に向かいました。


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Via dell Ambrosiana


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アンブロジアーナ図書館です。


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図書館と教会がくっついてます。


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サント・セポルクロ教会です。


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鐘楼が2本あります。


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この日の朝は開いている筈ですが、来てみると扉が閉まっていました。


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「行ってみないと分からない、行ってみて初めて分かる」 今回もこれでした。


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トリノ通りに戻ります。


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嬉しいことに雨が少し小降りになりました。


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(つづく)

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