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ピロッタ宮殿に向かいました。


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Piazzale della Pace


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ピロッタ宮殿にパルマ国立美術館があります。


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ピロッタ宮殿は、パルマ、ピアチェンツァ、カストロの公爵だったオッタヴィオ・ファルネーゼ(ヴァレンターノ、1524‐ピアチェンツァ、1586)によって1580年に創建されました。


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オッタヴィオの死後、公爵を継承したアレッサンドロ・ファルネーゼ(ローマ、1545‐アラス、1592)によってピロッタ宮殿の建設が引き継がれました。アレッサンドロの死後、公爵となった、アレッサンドロの息子ラヌッチョ1世ファルネーゼ(パルマ、1569‐1622)に宮殿の建設が引き継がれましたが、1611年、建設工事が中断され、ルネサンス様式の宮殿は未完成のまま現在に至ってます。


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1611年に工事中断された時の姿が現在のものではありません。


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1944年5月、第二次世界大戦の爆撃によって、宮殿の一部が破壊されましたが、その部分を修復することなく、戦後に危険との理由で、破壊された部分を完全に破壊して安全にした後の姿が現在の姿です。


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2018年、公園と宮殿は工事中でした。


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ピロッタ宮殿に美術館がオープンしたのは、1760年でした。
古い資料になりますが、2015年の年間入館者は59,757人でした。


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パルマ国立美術館の展示の中心は、ルネサンス期にファルネーゼ家が収集した所謂ファルネーゼ・コレクションです。ファルネーゼ家では、特に第220代教皇パオロ3世ファルネーゼ(カニーノ、1468‐ローマ、1549)とパオロ3世の孫アレッサンドロ・ファルネーゼ・イル・ジョーヴァネ枢機卿(ヴァレンターノ、1520‐ローマ、1589)の2人が美術品の収集に熱心でした。


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宮殿の中に入ります。
残念ながら、ファルネーゼ・コレクションのお宝全部がここにあるわけではありません。コレクションの貴重な作品の大部分はカポディモンテ美術館に移されて、ピロッタ宮殿にあるのは、その残りカス?と言うべきでしょう。
ファルネーゼ・コレクションは、ローマのファルネーゼ宮(現フランス大使館)、カプラローラ(ヴィテルボの近く)のヴィラ・ファルネーゼ、パルマのピロッタ宮殿、ピアチェンツァのファルネーゼ宮殿に分散されていました。
17世紀中頃のパルマとピアチェンツァの公爵だったラヌッチョ2世ファルネーゼ(パルマ、1630‐1694)には、3人の男子がいました。先妻イサベッラ・デステとの間にできた長子で公世子のオドアルド2世(パルマ、1666‐1693)、後妻で先妻の妹エリザベッタとの間にできたフランチェスコ、アントニオがいました。
公世子のオドアルド2世は、ラヌッチョ2世の公爵在位中に死んでしまい、ラヌッチョの死後の公爵位は次男フランチェスコに引き継がれましたが、フランチェスコは子供に恵まれないまま1727年に死去してしまい、後継はアントニオとなりましたが、アントニオも子供に恵まれないまま1731年に死去してしまいました。
ラヌッチョ2世の公世子だったオドアルド2世には娘エリザベッタがいましたが、エリザベッタはスペイン王フェリペ5世の王妃でした。フェリペ5世とエリザベッタとの間に二人の息子カルロスとフィリッポがいました。
直系のファルネーゼ家はアントニオ・ファルネーゼ公爵の死を以って1731年に途絶え、ファルネーゼ・コレクションはスペイン王妃エリザベッタに引き継がれ、エリザベッタの息子カルロスがパルマ公になりました。
ところが、1734年、パルマ公のカルロスは、ナポリ公国王に叙せられ、カルロ3世となりましたが、その際、母エリザベッタから受け継いだファルネーゼ・コレクションもナポリに持って行ったのです。
新たにパルマ公になったのは、カルロスの弟フィリッポでしたが、ファルネーゼ・コレクション全部のナポリ移転に反対して、返還交渉を行い、コレクションの一部はパルマに戻されることになりました。
前述のように、1760年、パルマ公フィリッポによって、残されたファルネーゼ・コレクションを母体に一般に展示されることになりました。
ピロッタ宮殿に残されたファルネーゼ・コレクションは、更に問題が起きたのです。
1803年から1814年まで、パルマはナポレオンのフランスによって占領されてしまったのですが、同時にピロッタ宮殿にあった作品も戦利品としてパリに持ち去られてしまいました。
ナポレオンの失脚後、持ち去られた美術品の返還交渉が行われ、その大半はパルマに戻されましたが、一部はそのままパリに残され、現在、ルーヴル美術館で展示されてます。
ついでですが、カルロ3世によってナポリに移転されたファルネーゼ・コレクションの数々がナポリのカポディモンテ美術館の展示の根幹となってます。
ナポリにある傑作は、カポディモンテ美術館とカラヴァッジョが逃亡中にナポリで描いた作品になりますが、奇縁によってナポリの美術が面目が立ったと言えると思います。ファルネーゼが断絶せず、カラヴァッジョがローマで殺人を犯さなければ、ナポリの美術作品は悲惨な状況になっていたことでしょう。


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現在、ピロッタ宮殿には、パラティーナ図書館、ボドニアーノ美術館、国立考古学博物館、ファルネーゼ劇場、国立美術館があります。


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宮殿の中も工事中でした。


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展示室は1階(日本の2階)にあります。


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切符売り場です。


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国立美術館の出入り口です。
従来、ファルネーゼ劇場から美術館に入館し、この扉から出るのが普通でしたが、2018年には、劇場から美術館に行くことが出来なくなっていて、劇場から一旦切符売り場があるホールに出て、この扉から美術館に入館するようになっていました。


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写真右はファルネーゼ劇場への入り口です。2018年、この入り口は閉まっていました。


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図書館の入り口


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ホールの壁にあるフレスコ画の痕跡です。


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国立美術館とファルネーゼ劇場は、切符がセットになっています。先ずファルネーゼ劇場を見ることにしました。
前述のように、工事中のためか、劇場への何時もの扉が閉められ、その横に設けられた臨時?の出入り口から劇場に入りました。


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ファルネーゼ劇場です。


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パッラーディオ設計の、ヴィチェンツァにあるオリンピコ劇場を模して1618年に建設された木造劇場です。


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色々な公演が行われる現役の劇場です。


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残念ながら現在の劇場は1618年に建設されたオリジナルのものではありません。


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1618年に建設された劇場は、第二次世界大戦の爆撃によって消失してしまい、戦後にオリジナルの形に忠実に再建されたものが現在の劇場です。


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絵画と彫刻があります。


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舞台


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木組みの天井


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劇場の外の方に出ます。


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劇場の構造部


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戦災前の劇場を飾っていた彫刻が展示されてます。
ルーカ・レーティ(ライーノ、1598‐パルマ、1660)と協力者による「寓意的彫刻」(1618c)


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ルーカ・レーティ(ライーノ、1598‐パルマ、1660)と協力者による「寓意的彫像」(1618c)


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劇場の模型


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前の建物にあった焼失を免れた板絵


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同断


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船の模型が展示されてます。


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展示されている理由が分かりません?
ファルネーゼ・コレクション?


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消失した建物を飾っていた彫刻
吊り下げられた像は不気味です。


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舞台を上下させるもの


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劇場内に戻りました。


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劇場を出て、美術館に入館します。


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(つづく)