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1232年に建設されたサン・フランチェスコ教会修道院です。修道院の一部が村立美術館 Museo Civicoになってます。教会と美術館には、ボランティアの女子高校生が常駐しています。
美術館の開館は、午後のみ(午後3時頃から)で、入館無料です。


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サン・フランチェスコ教会のファサード前に立っている建物です。


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16世紀に建設されたサン・ベルナルディーノ祈祷所です。


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サン・フランチェスコ教会に入りました。


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美術館にも入館しました。


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予想以上の教会・美術館で、わざわざ来た甲斐がありました。


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サン・フランチェスコ教会と美術館に付いては、項を改めて詳しく触れる予定です。


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外に出ました。


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ガイドブックに載っておらず、「美しい村」にもリストアップされていない、ごく普通の村であるカッシーネに、このような教会・美術館があることにイタリアの奥深さを感じます。


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オラトリオは閉まったままでした。


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更に村歩きを続けます。


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広い面積の村で、人口が3千人弱なので、家が点在していると思いましたが、集落が続いていました。


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この辺は上り坂になってます。


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この辺は下り坂になってます。


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上り下りを2回繰り返しました。


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歴史的建造物です。


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Palazzo Zoppiです。


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大広間に15世紀のフレスコ画があるようですが、非公開です。


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古い建物と新しい建物が混在しています。


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新しい建物と古い建物が混在していますが、それには悲惨な村の歴史があります。
この村からあまり離れていないアレッサンドリアは軍都でした。第二次世界大戦中、アレッサンドリアは、大戦の初期には連合国の、中期から終戦まではドイツ軍の標的となり、度々爆撃を受けました。
アレッサンドリアの爆撃を終わり、基地に向かった航空機は余った爆弾を途中のカッシーネに落として、帰途についたのです。農村であるカッシーネが爆撃の標的になることは有り得ないのですが、軍都アレッサンドリアに近いことから、度々トバッチリを受けてしまったのです。
新しい建物は第二次世界大戦後に再建されたのです。


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サン・ジャコモ教会です。


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酷い落書き


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教会は現役ですが、併設の修道院は既に閉鎖されてます。


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村役場で貰った案内パンフレットによれば、作品がかなり残っているそうです。


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扉が閉まっていたので拝観出来ませんでした。


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こちらの通りは何もなさそうです。


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サン・レアリーノ通りに戻りました。


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サン・レアリーノ通りの先にブドウ畑とワイン醸造所があります。


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横道に入りました。


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横道の突き当りはブドウ畑です。


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再度サン・レアリーノ通りに戻りました。


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16世紀に建設されたパラッツォ・マルティーニです。


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写真左は16‐18世紀に建設されたパラッツォ・カドゥッチです。


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この一角は歴史的建造物が多い。


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カッシーネ村は観光に力を入れているようで、案内板が完備されてます。


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入口扉の装飾は16世紀のピエモンテの逸名彫刻家の作品です。


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この建物もパラッツォ・ピエトラサンタの一部です。


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横道のサン・ロレンツォ通りを進みました。


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サン・ロレンツォ通りには何もなさそうです。
(つづく)