ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581-ヴェネツィア、1644)の「ベレーニチェ」
アントニオ・カルネオ(コンコルディア・サジッターリア、1637-ポルトグアーロ、1692)の「聖母子と聖マルコとヴェネツィア副官」(1677)
アントニオ・カルネオ(コンコルディア・サジッターリア、1637-ポルトグアーロ、1692)の「聖家族とヴェネツィア副官」(1670c)
フィリッポ・パロディ(ジェノヴァ、1630-1702)の「フラ・パオロ・サルピ」(17世紀末)
ヨハン・カール・ロート(モナコ、1632-ヴェネツィア、1698)の領域(Ambito di)の「クレオパトラ」(1680c)
アントニオ・カルネオ(コンコルディア・サジッターリア、1637-ポルトグアーロ、1692)の「ジョヴァンニ・ジラルディの肖像」(1676-77)
アントニオ・カルネオ(コンコルディア・サジッターリア、1637-ポルトグアーロ、1692)の「フェルディナンド・ディ・プランペロの肖像」(1668)
17世紀中頃のジェノヴァの逸名画家作「貴婦人の肖像」(1660-70c)
ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634-1705)の「男の肖像」(1660-70c)
ジュゼペ・デ・リベラ通称ロ・スパーニョレット(スペイン、ハティヴァ、1591-ナポリ、1652)の「黒服を着た貴婦人の肖像」(1630-40c)
ヴィットーレ・ギスランディ通称フラ・ガルガリオ(ベルガモ、1656-ミラノ、1743)の「ドメニコ会修道士の肖像」(1720c)
セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635-ヴェネツィア、1719)の「自画像」(1686)
セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635-ヴェネツィア、1719)の「自画像」(1675)
セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635-ヴェネツィア、1719)の「ベネデット・マンジッリの肖像」(1665)
ジェノヴァの逸名画家作「紳士の肖像」(17世紀第2四半世紀)
ジェノヴァの逸名画家作「紳士の肖像」(17世紀第2四半世紀)
ジェノヴァの逸名画家作「紳士の肖像」(17世紀第2四半世紀)
次の部屋です。
第9室になります。
ピエトロ・リッチ(ルッカ、1606-ウーディネ、1675)の「聖テレーザの光悦」(1670-75)
ジュゼッペ・レッコ(ナポリ、1634-アリカンテ、1695)の領域(Ambito di)の「魚の静物画」
パオロ・パオレッティ(パドヴァ、1671-ウーディネ、1735)の「静物画」(18世紀初め)
パオロ・パオレッティ(パドヴァ、1671-ウディネ、1735)の「静物画」(18世紀初め)
カンディ―ド・ヴィタリ(ボローニャ、1680-1753)の「静物画」
カンディード・ヴィタリ(ボローニャ、1680-1753)の「静物画」
ジョヴァンニ・コーリ(ルッカ、1636-1686)とフィリッポ・ゲラルディ(ルッカ、1643-1704)の「美徳を奨励するミネルヴァ」
ジョヴァンニ・コーリ(ルッカ、1636-1686)とフィリッポ・ゲラルディ(ルッカ、1643-1704)の「ミネルヴァの犠牲」
ジョヴァンバッティスタ・ランゲッティ(ジェノヴァ、1635?-ヴェネツィア、1676)の「ゼノクラテスを誘惑する遊女」(17世紀中頃)
次の部屋です。
第10室になります。
フランチェスコ・マッジョット(ヴェネツィア、1750-1805)とウルデリコ・モーロ(プリオーラ、1737-1804)の「コンタレーナ広場の風景」(1771以降)
ヨゼフ・ヘインツ・イル・ジョーヴァネ(アウグスタ、1600c-ヴェネツィア、1678)に帰属する「ウーディネの地図」(1650-60)
フランチェスコ・マッジョット(ヴェネツィア、1750-1805)とウルデリコ・モーロ(プリオーラ、1737‐1804)の「プッブリコ宮ロッジャの風景」(1771以降)
ファウスト・アントニオ―リ(ベルガモ、1822‐ウーディネ、1882)の「コンタレーナ広場の風景」(1866)
次の部屋(恐らく第11室?)は閉まっていました。
ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696‐マドリッド、1770)の「サレスの聖フランチェスコ」(1732‐33c)
ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696‐マドリッド、1770)の「守護天使」(1732‐33c)
(つづく)
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