イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: 街町村歩き

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サン・ロレンツォ教会はサン・ロレンツォ通りにあると思っていましたが、村を貫く目抜き通りのサン・レアリーノ通りにありました。


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この村に現存する5つの教会の中で、サン・ロレンツォ教会は最も新しい教会です。


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ネットで調べても、この教会について詳述している記事がありません。


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村役場で貰った資料によれば、18‐19世紀のフレスコ画と祭壇画があるそうです。


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併設されていた修道院でワイン醸造が行われていたそうです。18世紀創建の修道院でのワイン醸造はピンときません。


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修道院だった建物です。


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旧修道院だった建物はVilla Azzurraと呼ばれてます。イタリア代表チームと関係がある?


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Villa Azzurraの入り口


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この辺から建物が途絶えます。


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今、通ってきた道を振り返ったところです。


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村外れに出ました。


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急に視界が開けて田舎の風景になりました。


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横道に入りました。


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村外れにある、14世紀創建のサン・ピエトロ教会です。現在の建物は17世紀に再建された二代目のものです。


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少し戻って別の横道に入りましたが、見どころは何もなさそうです。


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村の見所は大体こんなところでしょう。


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更に歩いて一面のブドウ畑を見ても面白くないと判断して、戻ることにしました。


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爆撃の標的は何もない村です。空爆とは本当に気の毒です。


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住所表示板


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Vicolo del Castello


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城でもあるのか、と思って行ってみたのですが・・・・・


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新しい作品でしょうね。


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カステッロは単なる名称だったようで、城が見当たらなかったので、サン・レアリーノ通りに戻りました。


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忙しくあちこちの街を回る旅の途中に、このように、ノンビリ出来る日があっても良いと思います。


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サン・ジャコモ教会を通り過ぎました。


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時間が有り余っているので、ゆっくり進みました。


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日本人の私が珍しいのか、じろじろと見られることが多かった。


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観光に力を入れているようで、村役場で貰った案内パンフレットが非常に役立ちました。


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多分、時間が余るので、村の全容を見終わった後、サン・フランチェスコ教会にもう一度来ることにしました。


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村役場横のロッジャ


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サンタ・カテリーナ教会です。


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村の5つある教会全てが現役です。維持するのが大変に思えました。


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日本のような檀家制度みたいなものが教会にもある?


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夏至が終わったばかりなので、日差しが強烈でした。


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B&Bがある広場に戻りました。


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バールで一休みしました。


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街角の聖母子


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無原罪の聖母


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村の入り口から村外れまで見終わりました。


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フランチェスコ教会に戻りました。


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(おわり)

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1232年に建設されたサン・フランチェスコ教会修道院です。修道院の一部が村立美術館 Museo Civicoになってます。教会と美術館には、ボランティアの女子高校生が常駐しています。
美術館の開館は、午後のみ(午後3時頃から)で、入館無料です。


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サン・フランチェスコ教会のファサード前に立っている建物です。


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16世紀に建設されたサン・ベルナルディーノ祈祷所です。


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サン・フランチェスコ教会に入りました。


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美術館にも入館しました。


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予想以上の教会・美術館で、わざわざ来た甲斐がありました。


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サン・フランチェスコ教会と美術館に付いては、項を改めて詳しく触れる予定です。


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外に出ました。


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ガイドブックに載っておらず、「美しい村」にもリストアップされていない、ごく普通の村であるカッシーネに、このような教会・美術館があることにイタリアの奥深さを感じます。


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オラトリオは閉まったままでした。


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更に村歩きを続けます。


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広い面積の村で、人口が3千人弱なので、家が点在していると思いましたが、集落が続いていました。


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この辺は上り坂になってます。


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この辺は下り坂になってます。


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上り下りを2回繰り返しました。


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歴史的建造物です。


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Palazzo Zoppiです。


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大広間に15世紀のフレスコ画があるようですが、非公開です。


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古い建物と新しい建物が混在しています。


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新しい建物と古い建物が混在していますが、それには悲惨な村の歴史があります。
この村からあまり離れていないアレッサンドリアは軍都でした。第二次世界大戦中、アレッサンドリアは、大戦の初期には連合国の、中期から終戦まではドイツ軍の標的となり、度々爆撃を受けました。
アレッサンドリアの爆撃を終わり、基地に向かった航空機は余った爆弾を途中のカッシーネに落として、帰途についたのです。農村であるカッシーネが爆撃の標的になることは有り得ないのですが、軍都アレッサンドリアに近いことから、度々トバッチリを受けてしまったのです。
新しい建物は第二次世界大戦後に再建されたのです。


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サン・ジャコモ教会です。


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酷い落書き


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教会は現役ですが、併設の修道院は既に閉鎖されてます。


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村役場で貰った案内パンフレットによれば、作品がかなり残っているそうです。


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扉が閉まっていたので拝観出来ませんでした。


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こちらの通りは何もなさそうです。


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サン・レアリーノ通りに戻りました。


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サン・レアリーノ通りの先にブドウ畑とワイン醸造所があります。


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横道に入りました。


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横道の突き当りはブドウ畑です。


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再度サン・レアリーノ通りに戻りました。


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16世紀に建設されたパラッツォ・マルティーニです。


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写真左は16‐18世紀に建設されたパラッツォ・カドゥッチです。


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この一角は歴史的建造物が多い。


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カッシーネ村は観光に力を入れているようで、案内板が完備されてます。


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入口扉の装飾は16世紀のピエモンテの逸名彫刻家の作品です。


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この建物もパラッツォ・ピエトラサンタの一部です。


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横道のサン・ロレンツォ通りを進みました。


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サン・ロレンツォ通りには何もなさそうです。
(つづく)

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カッシーネ駅に到着しました。


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カッシーネは、人口2,932人(2017年8月31日現在)のピエモンテ州アレッサンドリア県にあるコムーネです。主要産業は農業で、ワイン醸造が盛んです。


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駅舎です。無人駅で、切符販売機もありません。
駅付近に切符を販売するバールなどがないので、車掌から直接切符を買うのが良いと思います。駅から10分ほど歩いた所にタバッキがあり、そこで列車の切符が買えますが、旅行者がそれを知るのは難しいと思います。(この日泊まったB&Bで聞いて初めて分かりました)


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チェントロ・ストーリコにある、この日のお宿に向かいます。


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ガリバルディ通りです。
馬の散歩道が歩道になっているので歩き難いです。馬がうまく歩けるように未舗装で砂が深くなってます。


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幹線道路を横切ります。


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この村に来ようと思った切っ掛けは、トリノの美術館でアレッサンドリアの画家フランチェスコ・サッシ(1912‐1993)が描いたカッシーネの風景画を見たからです。彼の作品に描かれた、中世の佇まいが色濃いカッシーネ村の風景に興味を持ち、村のことを調べたらサン・フランチェスコ教会と教会付属のMuseo Civicoが面白ろそうだったので、一度、是非、訪れたいと思うようになりました。


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チェントロ・ストーリコの入り口です。


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ワイン醸造が盛んと言うことで、周囲はブドウ畑と予想していましたが、畑がありません。家並みを外れた場所はブドウ畑が大きく広がっていますが、この時は知りませんでした。


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スティッカ通りとの交差点です。Google マップのコピーを持ちながらの移動ですが、B&Bへの正しい道を歩いているようです。


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橋を渡ります。


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橋の下は川でなく意外でした。


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初めて訪れるので緊張感がありました。ただ、ぶらぶら歩いても危険は全くありません。


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B&Bは広場の近くにあります。


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チェントロ・ストーリコに到着したようです。


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トロッティ通りを進みます。
カッシーネの宿泊設備はネットの予約サイトに載ってません。どうせ行くのならば、泊まってみたいと思い、ダメ元で村役場にメールしたら、返事が来て民宿みたいなB&Bを紹介されたのです。


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この道の先にB&Bがあると思っていたら違いました。


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写真右の建物がこの日のお宿です。完全な民宿で、村に用事で来た人が希望すれば泊まれるようになっているようです。この村では外食の夕食が難しいとの事なので、ハーフボード(1泊2食付き)にしました。


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大きな荷物を自室に入れ、身軽になって村歩きに出発しました。


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村役場に行って、カッシーネの地図を貰いたい。


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適当に歩いていたら行き止まりでした。冴えません。


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教会が見えてきたので、一安心です。


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9世紀創建のサンタ・カテリーナ教会です。


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現在の建物は17世紀に再建された二代目のものです。


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日曜日のミサの時だけ開くそうです。


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初代の建物にあった剥離フレスコ画があるらしい。それが楽しみでしたが平日では仕方がありません。


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教区教会ではないようです。


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教会前のサンタ・カテリーナ広場です。


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案内標識が完備されてます。


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Via Municipio


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イタリア人の携帯電話の会話が面白い。電話なのに、初めから最後まで途切れることなく喋っている人をよく見かけます。相手の会話を聞いているのでしょうか?相槌を入れずに只管喋っているだけ。


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道は緩い上り坂になってます。


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古い建物になってきました。


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サンタ・カテリーナ教会です。


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こんな村に来るとは俺は物好きだなあ、と思いながら歩きました。


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突き当りは村役場の建物です。


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この時は村役場とは知りませんでした。


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振り返ると坂を上って来たことが分かりました。


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サン・フランチェスコ教会です。


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Palazzo del Comune、村役場です。


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村役場で地図を頂きました。


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村役場とサン・フランチェスコ教会が面している広場が村の中心でしょう。
(つづく)

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時間潰しに外出しましたが、特に見るところがありません。


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ナポリまで列車に乗り続けるので、運動不足になりそうです。運動不足解消を目的にすれば、見どころがなくても困りません。


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サンタ・カテリーナ・ディ・ヴァルヴェルデ教会が開いていました。
アントネッロ・リッチョの作品を見てみようか、と思いました。


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入口扉上ルネッタの装飾
前述したように、この場所にローマ時代の異教寺院があり、4世紀頃、その建物を初期キリスト教会に転用したのが、この教会の前身です。


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鐘楼
1330年に最初の再建が行われ、二回目の再建が1693年だそうで、現在の建物は1926年から1932年に建設された3回目の再建のものであり、4代目の建物になります。


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3廊式、ラテン十字形、新古典様式の内部です。


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教会巡りをしましたが、1908年の大震災後、殆どの教会が再建された訳で、その費用捻出を考えると驚嘆せずにはいられません。


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左側廊


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右側廊


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天井


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クーポラ


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主祭壇


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主祭壇前から見た出入口方向


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詳細不明


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サルヴァトーレ・ルッソの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(1933)


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説教壇(18世紀)


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ドメニコ・スパダーロの「聖テレジーナ」(1932)


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ジョヴァンニ・ディ・ナターレの「聖グレゴリオ・マーニョ」(20世紀前半)


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アントネッロ・リッチョ(シチリアで16世紀活動)の「聖母子と聖人たち」(16世紀)


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アントネッロ・リッチョの作品ですが、以前、州立美術館で見たような気がします。


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外に出ました。


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時間がまだあります。


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ドゥオーモにやってきました。


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拝観しました。


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列車に乗るまでの時間配分を考慮して見て回りました。


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外に出ました。


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時間がまだ十分ありましたが、ホテルに戻る頃合です。


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インノチェンツォ・マンガ―ニの「Le Guattro Fontana」(1666)


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先ほど拝観したサンタ・カテリーナ・ディ・ヴァルヴェルデ教会です。


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州立美術館が予め開館しているのが分かれば、メッシーナに行きたいと思うのですが、若し休館となれば、完全な無駄足となるので逡巡しています。
職員のストなんて、年に数日に過ぎないと思うのですが・・・・・


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イタリアは、行ってみないと分からない、行ってみて初めて分かるのです。


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ホテルに戻りました。


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部屋のベランダからの眺め


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メッシーナの災害の歴史をひも解くと、大体150年周期くらいで地震が発生しています。直近では1908年、その前が1783年ですから、その間は125年でした。1908年の125年後は2033年です。そろそろ危ない時期に差し掛かっていると思います。


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チェックアウトを済ませて駅に向かいました。
ここは駅前のバスターミナルです。


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メッシーナ中央駅です。


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20分遅れ。又しても時間潰しです。


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結局、30分遅れで列車が到着しました。


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30分遅れで到着したシラクーザ始発の車両に乗ったのですが、この後、連結予定のパレルモ始発の列車が中々到着しませんでした。シラクーザ発の列車とパレルモ発の列車がメッシーナ中央駅で一つの列車になって出発するのですが、結局50分遅れで出発したのです。


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1本の列車となったICは、5分ほどで3分割されて連絡船内に入りました。


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連絡船は楽しいです。


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階段を上ってデッキに出ます。


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向かいの桟橋に停泊する連絡船


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出航しました。運悪く大粒の雨が降ってきました。


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(おわり)

P1540503マドンナ・ディ・モンタルト聖域(Santuario)が見えてます。


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1286年創建ですが、1908年の大震災で倒壊したので、1928年に再建された新しい建物の教会です。拝観する程ではないと判断して行きませんでした。


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ドゥオーモを見てしまうと、最早やることがありません。


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都市計画に基づく整然とした街並みです。


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教会などを紹介してきましたが、殆どの教会が1908年の大震災で被災して、その後に再建されたものです。


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真っ直ぐ伸びた道路。


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朝方の雨模様から、すっかり天気が回復して快晴になりました。


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カラヴァッジョ、アントネッロ・ダ・メッシーナの作品があるので、美術ファンにとってメッシーナは必訪ですが、それ以外に街の見所が乏しいので旅程作成が難しいと思います。


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サンタ・カテリーナ・ディ・ヴァルヴェルデ教会です。


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1908年の大震災によって倒壊したので、1926年から1932年に建て替えられた建物です。


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この日は拝観しませんでした。


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ところが、州立美術館が翌日も臨時休館であることが分かり、時間潰しのために結局拝観しました。


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活気がありません。


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あの教会に行っても仕方がない、何処に行っても事情は同じですから。


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シャッター街?


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お腹が空いたけどセルフサービスではね。


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山の方から黒い雲が出てきました。天気が安定していないようです。


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レストランがありません。


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やることがないので、思い切り飲んで食べて、あとは寝るだけと考えていましたが、肝心の食べるところが見つかりません。


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ドゥオーモ付近に戻れば、魚介料理の店があるのですが、ドゥオーモの方に戻る気がしません。


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閉まっている店ばっかり。


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仕方がありません。ホテルに戻って、併設のレストランで食べることにしました。


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駅近くに美味しい店がなさそうです。


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食事を終えて、自室のベランダで酔い覚ましです。


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先ほどの快晴は何処へやら、雨が降ってきました。


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昼寝をしてからベランダに出たら、日が差していました。


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翌朝です。


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天気が冴えないようです。


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気になるのは、州立美術館が果たして開館しているかどうかでした。


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若し休館ならば、お手上げです。やることがありませんから。


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もう一日、メッシーナで過ごすのは耐えられません。


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明るくなってきました。


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冴えないベランダ。
この後、州立美術館が休館の場合、どうするかを考えました。
開館しているならば、美術館でゆっくり過ごして、このホテルで予定通り、もう1泊する。
休館の場合は、ナポリに予定通り一日早く入ることにしました。
ナポリのホテルの予約状況や列車の予定などをPCでチェックしました。
朝食前にフロントで、州立美術館はこの日も臨時休館と伝えられたのです。バカヤロー
フロントと交渉して、ペナルティなしのこの日のチェックアウトを取り付けました。


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駅に行って、切符の予約変更をしました。


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変更した列車は10時過ぎのローマ・テルミニ駅のICでした。それまで時間があるので、時間潰しの街歩きをしました。
メッシーナのトラムです。


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トラムの終点はMuseo、州立美術館ですが、この日も休館だったので、終点まで乗ることはありませんでした。


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(つづく)

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サンタゴスティーノ通りの坂を上っていきました。


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サンタゴスティーノ通りに面して建つサン・フランチェスコ・ディ・メルカンティ教会です。


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この教会も1908年の大地震とその直後に襲った大津波によって倒壊したので、1930年に新築再建されました。


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通りは坂になってますが、大津波は坂を上って来た訳です。


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カルロ・ファルコニエーリの「ファルコニエーリのフォンターナ」(1842‐43)


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このフォンターナは別の広場にありましたが、1908年の大震災で若干の被害を受け、解体されて1957年まで州立美術館で展示されていましたが、同年、現在のこの広場 Piazza Basicoに移設されたそうです。


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Piazza Basicoを見下ろす建物です。


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階段を上ってクリスト・レ教会に向かいました。


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更に坂を上りました。


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大津波は、この場所まで駆け上がって来たそうです。


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1937年創建、バロック様式のクリスト・レ教会です。


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この場所にメッシーナ防衛のための堅固なモンタグリオーネ城がありました。


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美術的には見所がない教会なので、拝観しませんでした。


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坂を下りました。


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1930年に建設されたNuovo Oratorio della Paceです。


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この場所には、1608年に建設されたサン・ドメニコ教会がありましたが、1908年の大震災で完全に破壊されてしまいました。


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大震災後に築かれた通りと建物です。


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海抜何メートルならば、大津波に対して安全なのか、考えておかねばならないと思いながら、この辺を歩きました。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ3世のガッレリーアです。


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ファサードの方に行かないと、ガッレリーアとは分からないと思います。


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アントネッロ広場に面したヴィットリオ・エマヌエーレ3世のガッレリーアです。


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メッシーナ出身の建築家カミッロ・プグリシ・アレグラ(メッシーナ、1884‐ローマ、1961)の設計によって、1924年から1929年に建設されたヴィットリオ・エマヌエーレ3世のガッレリーアです。


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アントネッロ広場に面して建っている建物です。


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アントネッロ広場に面して建つ建物は大震災の復興の象徴として建てられたそうです。


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Palazzo dei Leoni


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ドゥオーモの鐘楼です。


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ドゥオーモ広場にやってきました。


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18世紀のメッシーナの彫刻家ジュゼッペ・ブチューティの「無原罪の御宿リ」(1758)
別の場所に置かれていましたが、1908年の大震災によって被害を受け、別の場所で保管されていましたが、1979年に復元されて、ドゥオーモ広場に置かれるようになりました。


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鐘楼は修復工事中でした。


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ドゥオーモ広場に面して建っている建物です。


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ドゥオーモ広場に面して建っている建物です。


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ジョヴァンニ・アンジェロ・モントルソーリ(フィレンツェ、1507‐1563)の「Fontana di Orione」(1553)
モントルソーリはミケランジェロの弟子です。


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ジョヴァンニ・アンジェロ・モントルソーリは、甥で弟子のマルティーノ・モンタニーニ・ディ・バルトロメオ通称マルティーノ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1505‐1562)と共にメッシーナを訪れ、地元の彫刻家の協力を得て短期間で完成したと言われてます。


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メッシーナのドゥオーモです。


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紀元前7世紀初めに、この場所にあった寺院が前身とされてます。それが初期キリスト教会として転用されたそうです。


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メッシーナがアラブによって占領された期間、モスクに転用されたそうです。


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拝観しました。


P1540458
ドゥオーモについては、項を改めて詳しく触れる予定です。


P1540465
メッシーナを襲った数々の地震や雷雨によって被害を受け続けていましたが、1908年に起きた最初の地震によって建物は完全に倒壊してしまいました。


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その後の長い修復を経て蘇ったのも束の間、今度は1943年6月13日、連合国の爆撃によって、被害を受けてしまいました。
現在の姿は1947年の修復後のものです。


P1540517
(つづく)

P1540337数少ない歴史的建造物を見ます。


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Porta Grazia di Antica Cittadella


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17世紀に建設されたスペイン要塞の入り口として16世紀末に建設された門で、その名称は要塞を築くために破壊された教会の名称に由来します。


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グロテスクな3つの大理石像がありますが、それ以外は石灰岩で出来てます。


P1540343
スペイン要塞は地震や戦争による爆撃によって殆ど残されていません。要塞はこの場所にはありません。
1961年、門は解体されて、現在の場所であるPiazza Casa Pia del Proveriに移され再構築されました。


P1540345
門は、サン・ルーカ・エヴァンジェリスタ教会から近い場所にあります。


P1540346
たらればの話になりますが、地震、津波、爆撃がなければ、シチリアで最も見所が多い街だったに違いありません。


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残念ながら、何の変哲もない都会の郊外といった雰囲気の所ばかりです。


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本来ならば、1128年創建のサン・ジュリアーノ教会はシチリアでも必見の教会だったに違いありません。


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1573年、ルネサンス様式で再建されましたが、初代の建物にあったフレスコ画や彫刻が残されていたそうです。


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1908年の大地震とその直後に襲った大津波によって、二代目の建物は完全に破壊してしまいました。
現在の建物は、1925年から1927年にかけて建設された3代目のものです。
残念ながら、美術的には拝観しても仕方がなさそうです。


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一見古そうに見えますが、20世紀前半の建造物です。


P1540354
海に近い、この辺は1908年の大津波によって廃墟と化したそうです。


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1915年に再建されたPalazzo del Governoです。


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ネプチューンの彫刻は、本来、海側から見ないといけません。しかし、道路を渡って海側に出てもねえ。


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ジョヴァンニ・アンジェロ・モルトリソーリ(フィレンツェ、1507‐1563)の「ネプチューンの泉」(1557)


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こちらは修道院だった建物です。


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535年創建、1588年に再建されたサン・ジョヴァンニ・ディ・マルタ教会です。


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サン・ジョヴァンニ・ディ・マルタ教会のファサード


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拝観したかった教会でしたが、扉が閉まっていました。


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1908年の大地震と大津波の凄さを想像しながら、この辺を歩きました。


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車は走っていないし、人通りも殆どありません。


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活気がありません。


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カヴール通り


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20世紀前半に流行した建築様式の建物


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一休みしたいと思いましたが、開いているバールがありません。


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街歩きしても楽しさを感じることがありません。


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現代自動車に技術指導に行った時、英語でやっていたら、技術者全員が日本語が分かるので日本語でやって欲しいと言われて驚きました。当時、三菱自動車の技術者が現代自動車に常駐していました。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世劇場


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要修復といった感じの劇場でした。


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丘上に建つクリスト・レ教会です。


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丘を上っていくか、迷いました。


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サンタ・エウストキア教会です。


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開いていましたが、美術的には見所がないと思います。


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隣接するのは、旧モンテヴェルジネ修道院です。


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拝観しないで素通りしました。


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この建物は学校だったと思います。


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次はPalazzo del Monte di Pietaです。


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16世紀後半から17世紀前半にメッシーナで活躍した建築家ナターレ・サスッチョ(メッシーナ、1561/1568-1619)によって1616年に建設されたPalazzo del Monte di Pietaです。


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1908年に大地震と大津波によって大きな被害を受けましたが、そのまま放置され、1979年に漸く復元されたそうです。
現在、文化的催事場として使用されてます。


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中庭があります。


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Palazzo del Monte di Pietaの中庭はコンサート会場などに使用されてます。


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(つづく)

メッシーナは、人口233,715人(2018年3月31日現在)のシチリア州メッシーナ県の県都です。
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シラクーザからメッシーナに向かいました。がら明きの車内でした。


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メッシーナ中央駅に到着しました。


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久し振り、凡そ4年振りのメッシーナです。


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シラクーザからの車中は雨天でしたが、メッシーナ駅に到着すると急に晴れてきました。


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先ず、お宿に向かいました。


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駅前は閑散としていました。


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駅近くのこのホテルに2泊の予定です。
メッシーナに来た目的はただ一つ、州立美術館に行くことでした。この日とその翌日、二回入館して傑作を十二分に楽しむ目論見です。
傑作に出会える喜びで心が弾み、一刻でも早く出会いたいとの思いで、ホテルからタクシーで美術館に向かいました。
タクシーを降り、美術館に通じる小さな坂を上りました。


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あれっ、扉が閉まってる!


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ガーン、本日休館!!!!!
建物の修復工事で休館はありますが、手書きですから、予定されていた休館ではなく、多分突発的な事由による休館だったのでしょう。


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この日は勿論開館日でした。
ショックでした。シチリアに来た主目的は、ここに入館することでしたから。
実は、この日のショックはそれ程でもなかったのです。翌日も入館する予定でしたから、「明日があるさ」と少し楽観してました。
結論を言えば、翌日も休館でした。理由は職員のストライキ?らしい。


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これがあるから、イタリアは行ってみるまで分からない、行ってみて初めて分かるのです。
わざわざ州立美術館に足を運んでも見ることが出来なかった傑作をここで触れておきましょう。


2
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ通称イル・カラヴァッジョ(ミラノ、1571‐ポルト・エルコレ、1610)の「ラザロの蘇生」


6
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ通称イル・カラヴァッジョ(ミラノ、1571‐ポルト・エルコレ、1610)の「羊飼いの礼拝」


1
アントネッロ・ダ・メッシーナ(メッシーナ、1430‐1479)の「サン・グレゴリオのポリッティコ」
メッシーナのサン・グレゴリオ教会にあった多翼祭壇画です。


4
アントネッロ・ダ・メッシーナ(メッシーナ、1430‐1479)の「聖母子」(1465‐70c)


5
マリオ・ミンニティ(シラクーザ、1577‐1640)の「ナイムの後家の奇跡」
これは傑作ではありません。マリオはローマ時代のカラヴァッジョの舎弟格でしたが、凡庸な画家でした。自分の才能の見切りをつけたのか、ローマでの活躍を諦めシチリアに戻り、シチリアではかなりの成功を収めました。シチリアの逃亡してきたカラヴァッジョの面倒をよく見て仕事の斡旋をしたのです。マリオの作品が4点ほど展示されてます。


3
マッティア・プレティ(タヴェルナ、1613‐マルタ、ヴァレッタ、1699)の「手紙の聖母」


7
アントネッロ・ガジーニ(パレルモ、1478‐1536)の「聖母子」


8
フランチェスコ・ラウラ―ナ(ヴィラナ、1430‐アヴィニョン、1502)の「聖母子」
こんなところでしょうか。


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返す返すも残念でした。


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振り返って美術館の方を恨めしい思いで見ました。


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メッシーナと言う街は、美術ファンにとって、魅力あるのは州立美術館だけと言っても過言ではないと思います。


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古代ギリシャの植民地時代、ポエニ戦争の舞台、ローマ時代、中世と古い歴史ある街で本来ならば見所が豊富である筈のメッシーナですが、美術的には全く退屈なのです。


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ジェズ・エ・マリア、アル・リンゴ教会


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16世紀創建の教会ですが、拝観する程の教会ではありません。


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メッシーナには不幸な歴史があって、20世紀に再建された街なのです。
1783年の大地震によって、大きな被害を受け、この時、カラヴァッジョの作品が数点失われたそうです。
また、1908年の大地震と津波によって、メッシーナで6万人の犠牲者を出し、多くの建物が倒壊したのです。さらに第二次世界大戦では、連合国の爆撃によって大被害を受けたのです。


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貴重な歴史的建造物が失われ、都市計画に基づいて復興された街なので、新しい建物ばかりなので、見どころに欠けるのです。


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ジュゼッペ・ガリバルディ通り


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他にやることがないので困りました。


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気を取り直して教会巡りをやることにしました。


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晴れてきたのが救いです。


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カヴール通り


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教会がありましたが、拝観する気が起きません。


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整然と区画整理されてます。


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味気ないです。


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時間がつぶれません。


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イタリアに行って最も退屈だったのが、この日でした。


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第二次世界大戦後に復興された一角です。


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サン・ルーカ・エヴァンジェリスタ教会


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あの教会は美術的には何もないので、素通りしました。


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(つづく)

P1090518昼食を食べ終わって外に出たら、午後4時近くになっていました。


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通りの向こうにピロッタ宮殿が見えました。


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旧サン・パオロ教会


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ストゥアルド絵画館に入館しました。


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旧サン・パオロ修道院に向かいました。尤もストゥアルド絵画館の展示室は旧サン・パオロ修道院の建物です。


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Museoになってます。


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中に入りました。


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この時、パルミジャニーノの特別展が開催されていました。他からの作品を展示していたので、写真禁止で写真がありません。


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読書と会話のクラブ


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一旦ホテルに戻ってトイレ休憩。


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ホテルで一休みしてから、サンティッシマ・トリニータ教会に向かいました。


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一旦・ガリバルディ通りに出てから、直ぐに右折します。


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右折すると、突き当りにサンティッシマ・トリニータ教会の鐘楼が見えます。


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サンティッシマ・トリニータ教会の扉が開いていました。


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1230年のパルマの記録に、この場所にドメニコ会教会の存在が記されており、12世紀末から13世紀初め頃に建設されたと推察されてます。


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1401年、巡礼者と貧困者のための巡礼宿と病院が増設されました。
現在の建物は、1743年に拡張増設工事着工、1813年に完成したバロック様式の二代目のものです。


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ファサードに向かって右の建物は旧病院で、そのルネッタにはインチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)のフレスコ画があります。


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中に入りました。


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三廊式の小さな教会です。


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左側廊


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翼廊がありません。


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右側廊


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主祭壇と後陣


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主祭壇の銀製の6聖人


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主祭壇に置かれた「祈るキリスト」のイコン


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主祭壇画はジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)の「天上の聖母子と聖人たち」


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詳細不明の磔刑像


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詳細不明


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インノチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)のフレスコ画


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詳細不明


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マルカントニオ・フランチェスキーニ(ボローニャ、1648‐1729)の「ピエタ」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「聖家族」


P1090594
詳細不明


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詳細不明


P1090599
詳細不明


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何処かで見たような気がしました。


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詳細不明


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祭壇前から見た出入口方向


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次はサン・フランチェスコ・デル・プラート教会です。


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古そうな民家です。


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通りの先にサン・フランチェスコ・デル・プラート教会があります。


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1222年創建、13世紀半ばに完成したゴシック様式のサン・フランチェスコ・デル・プラート教会です。


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ご覧のように扉が閉まっていました。
ナポレオンのイタリア侵攻によって、宗教活動の停止が命令され、その後、一度も宗教活動が再開されることなく現在に至ってます。


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堅固な造りから、ナポレオン時代から監獄に転用され、1993年まで刑務所となっていました。重罪犯用で、多くの死刑執行が行われた刑務所として、犯罪者から恐れられたそうです。


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中はフレスコ画の宝庫となっていて、2000年台前半に美術館として整備されることに決まりましたが、経済状態悪化のため、その実現は今のところ夢物語になりそうです。


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こちらはオペラ博物館です。


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この建物も旧サン・フランチェスコ・デル・プラート教会の一部でした。


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キオストロ


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キオストロの壁に描かれたフレスコ画


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パルマの街歩きはこんなところでしょう。


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(おわり)

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サンタ・ルチア教会を後にしました。


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パルマの教会は大体開いているので、教会巡りに絶好です。


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次は愈々サンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂です。


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1392年までに、この場所にステッカータ教会が建てられ、受胎告知される聖母同信会が置かれるようになりました。教会は巡礼地となって、主祭壇に置かれた「授乳の聖母」(現在も聖堂の主祭壇にあります)が信仰の象徴となりました。


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1521年、受胎告知される聖母同信会は、当時の建物を取り壊し、その上に規模の大きな建物の再建を決定しました。そうして、1521年に創建され、1539年に完成したルネサンス様式の建物が現在の姿のほぼ原形となってます。1539年に奉献式が執り行われました。
クーポラは、1525年から1527年にかけて建設されました。
17世紀に一部バロック様式に改修され、現在のルネサンス・バロック様式の建物になりました。


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扉が開いていました。
中に入ると、ミサ、洗礼式、結婚式、葬儀などが行われておらず、ゆっくりと拝観出来そうでした。


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単廊式、ギリシャ十字形、ルネサンス様式の内部です。


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左翼廊方向


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右翼廊方向


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主祭壇を見ます。


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主祭壇画は、14世紀の「Madonna allattante(授乳の聖母)」
巡礼者の信仰を集めた作品です。


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後陣ヴォルタのフレスコ画は、ジローラモ・フランチェスコ・マリア・マッツォーラ通称イル・パルミジャニーノ(パルマ、1503‐カザールマッジョーレ、1540)の「3人の賢明な処女と3人の愚かな処女」(1531‐39)


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マルカントニオ・フランチェスキーニ(ボローニャ、1648‐1729)の「天上の聖家族と聖ジョルジョ」(1718)


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ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500c‐パルマ、1569)の「救世主とパドヴァの聖アントニオと聖マリア・マッダレーナ」


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トッマーゾ・バンディーニ(フェリーノ、1807‐パルマ、1849)の「ピエタ」


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クーポラのフレスコ画は、ベルナルディーノ・ガッディ(パヴィア、1495/1496-クレモナ、1576)の「聖母被昇天」


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ジャンベッティ―ノ・チニャローリ(ヴェローナ、1706-1770)の「三位一体と聖人たち」


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17世紀のエミリアの逸名画家の「天上の聖母子と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタとバーリの聖二コラ」


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私には制作者等が分かりません。


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ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1492c-パルマ、1556)の「マギの礼拝」(1541)


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ヤン・ソーンス(オランダ、スヘルトーヘンボス、1547-パルマ、1611)の「聖家族」


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アウレリオ・バリーリ(パルマ、16世紀後半活動)の作品です。


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フランチェスコ・ライボリーニ通称イル・フランチャ(ボローニャ、1477-1517)の「玉座の聖母子と2聖人と3音楽天使」


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私には制作者等が分かりません。聖堂側は勿論分かっていると思います。


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詳細不明


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私には制作者等が分かりません。


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P1090345
詳細不明


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漆喰彫刻


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私には制作者等が分かりません。


P1090351
私には制作者等が分かりません。


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パルミジャニーノのフレスコ画をもう一度見ました。


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主祭壇をもう一見ました。


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外に出ました。


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ドゥオーモ広場に来ました。


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ドゥオーモのライオン像にご挨拶


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司教館


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キオストロに行ってみます。


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この下にMuseo Diocesanoがあります。


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キオストロにある井戸


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お腹が空きました。


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ここで食べました。
(つづく)

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イエズス会のサン・ロッコ教会です。
1528年創建、1598年に完成した教会と書いてあるのを目にしたことがありますが、正しくもあり、正しくないとは言えないものの正確ではないと言えそうです。


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ファサード前の道路が狭いので、ファサード全体の写真が撮れません。
現在のバロック様式の建物は、1737年に創建され、1754年に完成した二代目のものです。


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最初の建物の完成後、僅か140年足らずにして再建されるようになったのか、不思議に思い、あちこち調べましたが、その理由がまだ分かりません。


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1747年から1754年に建設された高さ50m超の鐘楼です。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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左右の側壁と翼廊に礼拝堂が設けられてます。


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比較的新しい祭壇画ばかりですが、現在まで名前が知られている画家たちの作品があるので、美術ファンにとって楽しい教会と言えるでしょう。


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天井の白いところは地震によって生じた亀裂の修復箇所です。


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主祭壇


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イエズス会の教会にしては稍々地味な感じがします。


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後陣とクーポラ


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主祭壇画は、フランチェスコ・スカラムッツァ(シッサ、1803‐パルマ、1886)の「ペストを治癒する聖ロッコに顕現する天上の聖母子」
聖ロッコはペストに対する守護聖人とされていて、ペスト禍に度々見舞われた中世において人々の崇敬の対象になっていました。


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1754年に制作されたパイプオルガン。当時のオルガン名工によって制作されたもので、今でも有名なオルガンとされてます。オルガンは私の好きな美術対象から外れるので、このオルガンについての詳しいことは省略です。


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詳細不明


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ジャチント・ブランディ(ローマ、1621‐1691)の「割礼」


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リオネッロ・スパーダ(ボローニャ、1576‐パルマ、1622)の「聖イグナツィオと十字架を手にするキリスト」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「聖母子と聖人たち」


P1090292
ピエトロ・ロターリ(ヴェローナ、1707‐サンクトペテルブルク、1762)の「聖イグナツィオ」


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ピエトロ・ロターリ(ヴェローナ、1707‐サンクトペテルブルク、1762)の「聖フランチェスコ・サヴェーリオ」


P1090294
詳細不明


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ジャチント・ブランディ(ローマ、1621‐1691)の「磔刑」


P1090271
詳細不明


P1090272
詳細不明


P1090273
詳細不明


P1090275
ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「聖ルイージ・ゴンザーガと聖スタニシャオ」


P1090276
詳細不明


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17世紀のパルマの逸名画家の作品


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詳細不明


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。
サン・ロッコ教会から至近にある旧教会に行きました。


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1177年の文書に教会の存在が記されているサンタンドレア教会です。


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1939年、教会としての活動をした停止した旧教会です。現在、美術展などの会場として使用されてます。この日は現代抽象画の特別展だったので、直ぐに出てきました。


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写真左が旧サンタンドレア旧教会で、鐘楼はサン・ロッコ教会のものです。


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街の中心の広場に戻ってきました。


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ガリバルディ広場に置かれていた彫刻です。如何にも現代のイタリア人が好きそうな彫刻です。
フェルナンド・ボテロの「Donna Distesa(横たわる女)」(2013)


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次はサンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂に行くつもりでした。


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サンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂に行く途中、サンタ・ルチア教会が開いていました。


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拝観することにしました。


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サンタ・ルチア教会については、(その4)で詳しく触れました。


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パルマの教会は何処でも外れがありません。美術的にですが。


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(つづく)

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サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会です。


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この場所に12世紀頃に建設されたサン・フランチェスコ修道院がありましたが、1546年、初代パルマ公爵ピエル・ルイージ・ファルネーゼは、修道院を取り壊し、その上に軍事施設の建設を決め、修道院は取り壊されました。


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ピエル・ルイージの息子で第二代パルマ公爵オッタヴィオ・ファルネーゼは、教会修道院の再建を決め、1566年創建、17世紀に完成したバロック様式の建物が現在の教会です。
修道院を取り壊して、再建に至る背景には、フランス、スペイン、教皇庁などがパルマの領有を巡って政治的軍事的に介入した歴史がありますが、その辺をここで触れることは止めて先を急ぎます。


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ファサード入口扉上の、ジョヴァンニ・バッティスタ・バルビエーリ(ヴァル・ディンテルヴィ、1625/1626-1691)による漆喰彫刻が有名です。


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外壁が丸くなった箇所がありますが、そこに礼拝堂が設けられてます。


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教会の中に入れば、この部分の訳が理解できるでしょう。


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入口扉の装飾


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バロック様式の内部です。


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天井の形の通りで楕円形の教会です。


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主祭壇に向かって左側です。


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主祭壇に向かって右側です。


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主祭壇


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後陣のクーポラ


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主祭壇画は、フランチェスコ・ザガネッリ・ダ・コティニョーラ通称フランチェスコ・ダ・コティニョーラ(コティニョーラ、1475-ラヴェンナ、1532)の「聖母子と4聖人(聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ルチア、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、アッシジの聖フランチェスコ)」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・バルベリーニ(ヴァル・ディンテルヴィ、1625/1626-1691)の「コレッジョ作『受胎告知』のコピー画」(1681)
コレッジョの「受胎告知」のフレスコ画は、取り壊された教会修道院にありました。その剥離フレスコ画がパルマの国立美術館で展示されています。その作品画像を載せておきましょう。


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アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c-1534)の「受胎告知」(1524-25c)
パルマ国立美術館所蔵


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詳細不明


P1090213
アンドレア・スクテッラーリ(ヴィアダーナ、1578-1598記録)の「聖ジローラモ」


P1090214
アンドレア・スクテッラーリ(ヴィアダーナ、1578-1598記録)の「聖パオロと天使」


P1090216
詳細不明


P1090218
セバスティアーノ・ガレオッティ(フィレンツェ、1675-モンドヴィ、1746)の「聖母子と聖ボナヴェントゥーラ」


P1090221
プレセーペ礼拝堂


P1090222


P1090222


P1090223
P1090223
教会の周囲の景色が再現されてます。


P1090247
この場所でしょうね。


P1090226
ジローラモ・フランチェスコ・マリア・マッツォーラ通称イル・パルミジャニーノ(パルマ、1503-カザールマッジョーレ、1540)の「フェルトレのベアート・ベルナルディーノ」


P1090227
サクロ・クオーレ礼拝堂


P1090228
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティンティ(パルマ、1558-1604)に拠る礼拝堂の装飾


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ティンティ(パルマ、1558-1604)のフレスコ画


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パドヴァの聖アントニオ礼拝堂


P1090233
詳細不明


P1090235
アルカンターラのサン・ピエトロ礼拝堂


P1090236
イラリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657-ピアチェンツァ、1734)の「アルカンターラの聖ピエトロ」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ティンティ(パルマ、1558-1604)のフレスコ画


P1090243
詳細不明


P1090241
サン・フランチェスコ礼拝堂


P1090242
外に出る前に、もう一度祭壇を見ました。


P1090248
外に出ました。


P1090250
メッツォ橋を渡ってチェントロ・ストーリコに戻ります。


P1090255
この教会の名称が分かりません。


P1090256
次はサン・ロッコ教会です。


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この日は精力的に教会巡りをしました。


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突き当りを左折すればサン・ロッコ教会に出ます。


P1090259
サン・ロッコ教会です。
(つづく)

P1090153次はサン・バルトロメオ教会です。


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カルドゥッチ通りには青空市が立っていました。


P1090185
カルドゥッチ通りに面して建つサン・バルトロメオ教会です。


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830年頃のパルマの文書に、この場所に存在していた教会の記録が残されており、830年以前に建てられたとされてますが、恐らく7世紀頃には存在していたと推察されてます。
1180年、教会の横を流れるパルマ川の洪水によって大きな被害を受けてしまいました。その後、教会は、Chiesa di San Bertolomeo de Glareaと称されたように、修復されずに長い間放置されたままになっていました。glareaとは砂利と言う意味で、その名の通り、教会の建物は洪水の際の砂利と瓦礫に埋まっていたのでしょう。


P1090160
17世紀になると、教会の再興が決定され、1633年に再建工事が着工されました。1785年に一応の完成の運びとなりましたが、19世紀に改修が行われ、現在の姿になったのは全ての改修工事が完了した1851年にことでした。


P1090154
鐘楼と後陣
初代の建物の姿を模して設計されたので、後期ゴシック様式に似た格好の建物です。
鐘楼の一部に、7世紀頃の初代の建物の石が使用されているそうです。


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青空市のテントが邪魔して教会全体の写真が撮れません。


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ファサード左右の壁龕の彫刻は、アレッサンドロ・ボットーニとアウレリオ・ボットーニの兄弟による作品です。
こちらは「聖サビーナ像」


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聖バルトロメオ像


P1090163
扉が開いていたので拝観しました。


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単廊式、バロック様式の内部です。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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右側壁


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装飾が殆ど施されていない地味な天井です。


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主祭壇


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主祭壇画は、ジュゼッペ・ペローニ(パルマ、1710‐1776)の「聖バルトロメオの殉教」


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ジャコモ・スピチョッティ通称スピリト・ジェンティーレ(パルマ、1520‐1602)の「聖母子と聖人たち」
他の教会にあったものを、ここに移設したのでしょう。


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18世紀のパルマの逸名画家作「キリストの洗礼」


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詳細不明


P1090172
詳細不明


P1090173
詳細不明


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ジローラモ・マニャーニ(ボルゴ・サン・ドンニーノ、1815‐パルマ、1889)の「天上の聖母子と聖人たち」


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18世紀のエミリアの逸名画家作「聖母被昇天」


P1090180
詳細不明


P1090181
詳細不明


P1090182
詳細不明


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祭壇前から見た出入口方向


P1090187
外に出ました。


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パルマ川の方に進みました。


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メッツォ橋下の広場にも青空市が立ってました。


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パルマ川に架かるメッツォ橋です。


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橋の先にある教会を目指します。


P1090193
Torrenta Parma


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単純にパルマ川と思っていたら、わざわざTorrentaとなっていました。torrentaとは急流とか渓流という意味ですが、見た目、急流とか渓流ではないような感じです。


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どちらが上流でしょうか?


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川岸に建つ家々


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橋を渡って対岸に行きました。


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フィリッポ・コッリドーニ広場


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広場に立つのは、オッド・アリヴェンティ(1898‐1975)の「フィリッポ・コッリドーニのモニュメント」
フィリッポ・コッリドーニ(コッリドーニア、1887‐サン・マルティーノ・デル・カルソ、1915)は労働組合指導者、政治家、ジャーナリストでした。


P1090247
広場の横に教会があります。


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会です。


P1090199
(つづく)

(その8)はパルマのサン・ヴィターレ教会です。
P1090080
Palazzo Comunaleの隣にあるサン・ヴィターレ教会です。


P1090141
11世紀、現在のガリバルディ広場にサン・ヴィターレ教会が建設されました。


P1090138
1644年、サン・ヴィターレ教会は現在の場所に移転再建することが決められ、1651年に創建され1669年に完成したバロック様式の建物となりました。


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クーポラと鐘楼


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ファサードの左右に絵画が置かれてます。


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向かって右は聖ジョルジョ


P1090140
扉が開いていたので拝観しました。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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右側壁


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バロック様式の教会にしては、地味な方の天井装飾です。


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クーポラ


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主祭壇


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主祭壇に置かれた磔刑像(詳細不明)


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主祭壇画は、セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「聖ヴィターレと聖グレゴリオ・マーニョ」


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ジュゼッペ・ペローニ(パルマ、1710‐1776)によって描かれた後陣のフレスコ画


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ルーカ・レーティ(ライーノ、1598‐パルマ、1668)とドメニコ・レーティ(17世紀パルマで活動)の兄弟によって制作された漆喰彫刻


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グレゴリオ・マーニョ?


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ガエターノ・カッラーニ(パルマ、1736‐1809)の「聖母子と聖ヴィターレと聖パオロ」


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ルーカとドメニコのレーティ兄弟による漆喰彫刻


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ドメニコ・ポッツィ(スイス、ブルゼッラ、1745‐ミラノ、1796)の「聖母子と2聖人」


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「聖母子と聖ロッコと聖セバスティアーノ」


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「受胎告知」


P1090094
詳細不明


P1090096
詳細不明


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カッチオーリ(ブドリオ、1623‐ボローニャ、1685)の「聖母子と聖人たち」


P1090099
詳細不明


P1090100
詳細不明


P1090101
ルティーノ・バリッリ(パルマ、1883‐1961)の「祈る聖母」


P1090102
詳細不明


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ドンニーノ・ポッツィ(フォンタネッラート、1894‐パルマ、1946)の「キリストの復活」


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ドンニーノ・ポッツィ(フォンタネッラート、1894‐パルマ、1946)の「ピエタ」


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P1090109
詳細不明


P1090112
詳細不明


P1090125
クレメンテ・ルータ(パルマ、1685‐1767)の作品


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詳細不明


P1090129
詳細不明


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「聖母子と聖人たち」


P1090131
詳細不明


P1090132
詳細不明


P1090133
詳細不明


P1090134
詳細不明


P1090135
詳細不明


P1090136
詳細不明


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祭壇前から見た出入口方向


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ガエターノ・カッラーニ(パルマ、1736‐1806)の作品


P1090137
これで終わりです。


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外に出ました。


P1090144
(つづく)

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街歩きの起点は、この日もガリバルディ通りです。


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サンタ・テレーザ教区教会を素通りするのは気が引けます。


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一寸だけ拝観しました。


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パルマには、現役の教会が多いと思います。


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この付近を往復したのは、もう30回以上にもなります。


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朝靄の中のピロッタ宮殿


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前夜、ここでシモン・ボッカネグラを楽しみました。


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兵士のブロンズ像


P1090021
ホテルに戻ったのが午前1時過ぎ。ベッドに入ると、頭の中でアリアが流れて寝付けません。寝不足の朝を迎えました。終演を午後11時半を見込んで開演時間が決まるので、夕食をどうするかが頭を悩ませるところです。この劇場周辺のレストランは、オペラ開演の夜はオペラがはねた後でも営業しています。久し振りの真夜中の夕食は、胃がびっくりしたみたいで、朝飯を食べるどころではありませんでした。


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ブッセートのオペラはパルマ歌劇場の出張公演のようです。


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劇場の隣にある、1527年創建、1624年に完成したサンタレッサンドロ教会です。


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残念ながら扉が閉まっていました。


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鐘楼


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ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ、アレッサンドロ・ティアリーニ、セバスティアーノ・リッチなどの作品があるので、拝観したかったけれど、扉が閉まっていては仕方がありません。


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サンタレッサンドロ教会の向かいにあるサンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂に期待しました。


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聖堂は開いていました。


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中に入ったらミサ中でした。ミサを暫く見ていましたが、始まったばかりのようです。
聖体拝領してから信者同士で握手してミサが終わるのが普通ですが、それまでは時間がかかりそうでした。


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外に出たら、信者が続々と中に入って行くのを目にしました。


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パルミジャニーノ、ベルナルディーノ・ガッティなどのフレスコ画を見たかったけれど・・・・・


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この聖堂はミサの多いことで知られてます。


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ステッカータ広場


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広場に立つのは、パルミジャニーノのモニュメント


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この辺で、前日夜のオペラで歌った歌手を見かけました。


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街角の聖母子


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この辺の雰囲気が実に良いと思います。


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ガリバルディ広場


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Palazzo del Governatore


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これを撮っておくと後で役立ちます。


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ジュゼッペ・ガリバルディのモニュメント


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市庁舎前に立つコレッジョのモニュメント


P1090077
市庁舎のロッジャ


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市庁舎前にあるヘラクレスとアンテオのモニュメント
今日は時間がないので、この辺で終わりにさせてください。
(つづく)

P1090666
私には制作者等が分かりません。
引き続きサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ教会修道院です。


P1090668
私には制作者等が分かりません。


P1090673
私には制作者等が分かりません。


P1090674
私には制作者等が分かりません。


P1090675
私には制作者等が分かりません。


P1090677
私には制作者等が分かりません。


P1090679
私には制作者等が分かりません。


P1090680
アントニオ・ベガレッリ(モデナ、1499‐1565)の「聖フェリチータと聖ヴィターレ(息子)」


P1090681
アントニオ・ベガレッリ(モデナ、1499‐1565)の「聖ベネデット」


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詳細不明


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ジョヴァンニ・バッティスタ・メラーノ(ジェノヴァ1632‐ピアチェンツァ、1698)の「聖イラーリオとバーリの聖二コラに顕現する聖母子」


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主祭壇と後陣


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主祭壇画は、エミリオ・タルッフィ(1633‐1696)の「キリストの昇天」(1674)


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ルネッタのフレスコ画は、アレッサンドロ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1498c‐1534)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


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後陣のフレスコ画は、チェーザレ・アレトゥージ(モデナ、1549‐パルマ、1612)の「コレッジョ作『聖母戴冠』のコピー画」です。
これをコレッジョのフレスコ画と間違える方がいらっしゃいますが、チェーザレが描いたコピー画です。
本物はピロッタ宮殿の国立美術館にあります。


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アレッサンドロ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖母戴冠」(1522c)
パルマ国立美術館にあるコレッジョの作品です。


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クーポラのフレスコ画は、アレッサンドロ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタの死」(1520)


P1090695
私には制作者等が分かりません。


P1090694
私には制作者等が分かりません。


P1090693
私には制作者等が分かりません。


P1090697
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500c‐パルマ、1569)の「聖母子と聖ジャコモ」(1543‐45)


P1090698
私には制作者等が分かりません。


P1090699
アントニオ・ベガレッリ(モデナ、1499‐1565)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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アントニオ・ベガレッリ(モデナ、1499‐1565)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


P1090701
私には、この作品の詳細が分かりません。


P1090710
私には、この作品の詳細が分かりません。


P1090711
私には、この作品の詳細が分かりません。


P1090720
私には、この作品の詳細が分かりません。


P1090723


P1090725
私には、この作品の詳細が分かりません。


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主祭壇前から見た出入口方向


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ファサード裏にある作品です。


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外に出ました。


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次はサンティッシマ・トリニータ教会です。


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駅の方に向かいます。


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ガリバルディ通りに出ました。


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見慣れた風景です。


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右折すると教会の鐘楼が見えました。


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残念、サンティッシマ・トリニータ教会は閉まっていました。


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写真右の建物のルネッタを見て我慢します。


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インノチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)のフレスコ画


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この日の予定はこれで終わりです。


P1230886
(つづく)

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次はサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ修道院です。


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サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ修道院は、ドゥオーモの後にあります。


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突き当りの建物の浮彫は一見の価値があります。


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浮彫


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13世紀に建設された歴史的建造物ですが、現在はホテルになってます。ドゥオーモ広場から見ると、この建物はお馴染みでしょう。


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洗礼堂を経由します。


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洗礼堂は旧市街の中心であるので、どうしても一度の旅で何度も来てしまいます。


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傑作です。


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登録して、デポジットを払えば旅行者も使用可能でしょうか?


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ドゥオーモ広場


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13世紀に建設され、18世紀に改修されたPalazzo della Rosa Pratiは、現在ホテルになってます。この建物の裏側に浮彫があります。


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この辺のパルマが特に気に入ってます。


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サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ修道院が見えてきました。


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見たところが多いので、ついつい道草してしまいます。


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ドゥオーモの後陣


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サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ修道院です。
960年、ベネデット会修道士によって、この場所に建設されたサン・コロンバーノ祈祷所が前身です。後に修道院が併設されるとともに祈祷所だった建物は増築されて教会となって、パルマでは大組織の教会修道院になりました。


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教会修道院は、1477年に発生した火災によって大きな被害を受けたので再建されることになりました。


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15世紀後半、当時、パルマで実績がある建築家Bernardino Zaccagni(パルマ、1455‐1531)の設計と工事監督によって、1490年に創建、1519年に完成した盛期ルネサンス様式の二代目の建物が現在の姿となってます。
また、再建を機に奉献する聖人が聖コロンバーノから聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタに変更され、教会修道院の名称が現在の名前になりました。


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後期マニエリスム様式(初期バロック様式に近似)のファサードは、彫刻家・建築家シモーネ・モスキーノ(オルヴィエート、1553‐パルマ、1610)の設計によって、1604年から1607年に建設されました。
それで15世紀から17世紀に建設されたと記されているのです。


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写真正面は修道院のファサード、左はドゥオーモの後陣です。


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高さ75mの、パルマで最も高い鐘楼は、パルマの建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・マニャーニ(パルマ、1571‐1653)の設計によって1613年に建設されました。


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ファサードの壁龕に彫刻があります。


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無原罪の聖母


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聖プラチド


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聖スコラスティカ


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聖フェリチータと聖ヴィターレ


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聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ


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三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


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左側廊方向


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左側廊


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右側廊方向


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右側廊


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身廊天井
祭壇画、フレスコ画を見て行きます。


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ヤン・ソーンス(オランダ、スヘルトーヘンボス、1547‐パルマ、1611)の「聖母子と2聖人」


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ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1491/1492-パルマ、1556)の「聖ジローラモ」


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ジャコモ・ライボリーニ通称ジャコモ・フランチャ(ボローニャ、1484-1557)とジュリオ・ライボリーニ通称ジュリオ・フランチャ(ボローニャ、1487-1540)の「ご誕生」(1519)


P1090663
詳細不明


P1090665
クリストフォロ・カセッリ(パルマ、1460-1521)の「マギの礼拝」
(つづく)

P1230243
見えているのは、サンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂と歌劇場です。


P1230245
ステッカータ広場にやってきました、道路の向こうは広場の名称が変わってガリバルディ広場になります。


P1230247
広場に立つジュゼッペ・ガリバルディのモニュメント像


P1230248
時計塔がある建物はPalazzo del Governatore


P1090076
サン・ピエトロ教会に行ってみることに。


P1090071
955年の記録にサン・ピエトロ教会がこの地にあったことが記されているそうです。初代の建物を取り壊し、その上に新しいゴシック様式の建物が1418年から1492年にかけて再建されました。


P1090072
現在の新古典様式の建物は、1707年から1762年に建て替えられた三代目のものです。


P1090070
ファサードのスタッコはべニーニョ・ボッシ(アルチザーテ、1727‐パルマ、1800)の作品です。


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単廊式、新古典様式の内部です。翼廊がありません。


P1090056
左側壁


P1090057
右側壁


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クレメンテ・ルータ(パルマ、1685‐1767)の作品です。


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「聖ジュゼッペの死」


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べニーニョ・ボッシの作品です。


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べニーニョ・ボッシによるスタッコ装飾


P1090064
クーポラのフレスコ装飾はジョヴァンニ・アントニオ・ヴェッツァーニ(パルマで18世紀前半活動)によるものです。


P1090065
詳細不明の磔刑像です。


P1090066
主祭壇画


P1090067
アレッサンドロ・マッツォーラ(パルマ、1533‐1608)の「聖母子と2聖人」


P1090062
主祭壇前から見た出入口方向


P1090068
祭壇をもう一度見てから外に出ました。


P1090073
観光案内所でバスの時刻と発着場を確認しました。パルマ新駅のオープンによって、バスの発着場が変わりました。


P1230251
レプッブリカ通りです。見えているのはサン・ヴィターレ教会ですが、教会の扉が閉まっていました。


P1230257
次はサンタ・ルチア教会です。


P1230262
カヴール通りに戻りました。


P1230263
カヴール通りに面して建っているサンタ・アルチア教会です。


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サンタ・ルチア教会です。
1223年創建、1294年に奉献式が執り行われたサン・ミケーレ教会がこの場所にありましたが、そのサン・ミケーレ教会が現在のサンタ・ルチア教会の前身です。


P1230266
16世紀後半、サン・ミケーレ教会の建物は老朽化のため荒廃してしまったので、それを取り壊し、その上に新しい建物が再建されることになりました。
そうして、1615年に創建され、17世紀後半に建物が完成しました。1697年に再建されたバロック様式の建物の奉献式が執り行われました、それを機に捧げる聖人が大天使ミケーレから聖ルチアに変更され、教会の名称がサンタ・ルチア教会と改称されました。


P1230265
ファサードはマウロ・オッディの設計です。ファサード・ニッチの彫像「聖ビアージョ」と「聖ルチア」はジャコモ・バルビエーリの作品です。


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単廊式、バロック様式のこじんまりした内部です。


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壁の殆どがフレスコ画で覆われてます。


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フィリッポ・マリア・ガレッティ(フィレンツェ、1638‐1714)によるフレスコ画


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クーポラのフレスコ画もフィリッポ・マリア・ガレッティ(フィレンツェ、1638‐1714)によって描かれました。


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聖母被昇天


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主祭壇


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主祭壇画は、セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「聖ビアージョから聖体拝領する聖ルチア」(1730)


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この作品はセバスティアーノ・リッチの代表作とされてます。


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アントニオ・リゴーリの「聖霊降臨」


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オルガン


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アントニオ・リゴーリの「天上の聖母子と聖パオロと聖フランチェスコ」


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セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「聖セバスティアーノと聖ロッコ」


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ジュリオ・チェーザレ・アミダーノ(パルマ、1572‐1629)の「聖母子と聖ルチアとシチリアの聖アガタ」


P1230295
詳細不明


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説教壇


P1230303
詳細不明


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ファサードの裏側の壁にもフレスコ画が描かれてます。


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外に出ます。


P1230308
(つづく)

P1230208
旧市街の中心部へと続くガリバルディ通りです。


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ガリバルディ通りに面して建つサンタ・テレーザ教会が開いていたので、拝観することにしました。


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Chiesa di Santa Teresa del Banbino Gesuが正式名称です。
1548年、現在の教会がある土地に建設されたOratorio del Rossiが前身です。1584年、Oratorioはサンティッシマ・トリニータ教会に組み入れられ、Chiesa della Trinita Nuovaと改称しました。
1647年、教会は増築されることになり、建築家ジローラモ・ライナルディ(ローマ、1570‐1665)の設計によってバロック様式で、ほぼ現在の規模の建物になりました。
更にクーポラが増設されることになり、ボローニャの建築家ステファノ・ロッリ(ボローニャ、1665c‐1714以降没)の設計によって、1685年から1693年にかけてクーポラが建設されました。
ファサードは、エルメスと・ピアッツァとドメニコ・レーティの設計によって、1862年から1864年にかけて建設されました。ファサードが完成した1864年の姿が現在のものです。


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入口扉上ルネッタの浮彫
20世紀後半までトリニータ・ヌオーヴァ教会と称していましたが、1973年、現在の名称に改称されました。
今でもトリニータ・ヌオーヴァと呼ぶ地元の人が多いようです。一部では、その前の名称であるOratorio del Rossiと呼ぶ人もいるそうです。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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1548年に創建されたので、古い祭壇画などがありませんが、名前が知られた画家たちの作品があるので、美術ファンにとっては拝観する価値があると思います。


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バロック様式の教会にしては、若干控えめな装飾と言えるでしょう。


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クーポラ


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17世紀にドメニコ・レーティによって制作されたスタッコ装飾


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創建時のオルガンが残されてます。


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「三位一体」(1822c)


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左側壁第3礼拝堂にある「ロレートの聖なる家」
制作者情報等不祥


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ジュリオ・チェーザレ・アミダ―ニ(パルマ、1566‐1630)の「聖母子と聖人たち」


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577‐1668)の「聖母子と聖ピエトロとパドヴァの聖アントニオ」


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ヴィンチェンツォ・カンピ(クレモナ、1536‐1591)の「磔刑」


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16世紀の磔刑像


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バルトロメオ・チェージ(ボローニャ、1556‐1629)の「聖母子と聖人たち」


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詳細不明


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詳細不明


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ドメニコ・レーティのスタッコ装飾


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制作者不明の「聖テレーザ」


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作者不明の「聖テレーザ」


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アンドレア・シラーニ(ボローニャ、1610‐1670)の「マギの礼拝」


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主祭壇前から見た出入口方向です。


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外に出ました。


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ピロッタ宮殿を横に見ながら南に進みました。


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この日も入館しました。


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作品の写真を撮ることと作品鑑賞は両立しないので、主な美術館には一回の旅で2回入館することにしてます。


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Piazzale della Pace


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広場に立つ兵士のブロンズ像


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ガリバルディ通り


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王立歌劇場


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サンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂の拝観は後回しです。


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カヴール通りに行くことに。


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Borgo Angelo Mazzo


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オペラを見るためには絶好な場所にあるホテルで、特に台所がある部屋が勧めです。ただ、オペラ公演日の宿泊代が高く設定されているので、商魂逞しいオーナーが気になる人にはお勧めしません。


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カヴール通り


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ステッカータ広場の観光案内所に向かいました。


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(つづく)

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洗礼堂から外に出て、次は教区博物館です。


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洗礼堂と教区博物館が共通券になってます。


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Museo Diocesanoは、通常、教区に属する教会や修道院から集められた作品が展示されてますが、パルマの場合、ドゥオーモにあった作品が展示の中心になっていて、実質的にドゥオーモ付属博物館となってます。


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入館しました。


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この種の博物館としては、展示が少ない方でしょう。


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パルマ教区博物館については、後程項を改めて詳しく触れます。


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外に出たら、辺りはすっかり夕方の佇まいでした。


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もう閉館間近なのでパス。


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イタリアのオペラ劇場は、月に6,7日の公演が普通です。


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この日だけでなく、翌日、翌々日も公演がありません。


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ピロッタ宮殿は、この日の翌日に行きました。この日は、もう夕方で時間がありません。


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ガリバルディ通りをてくてく歩いてホテルに戻りました。


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夕食はホテル併設のレストランで。


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結構気に入ってます。


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クラテッロ・ディ・ジベッロが美味!
私が食べたイタリア生ハムでは、クラテッロ・ディ・ジベッロが最も美味しいと思います。


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皿が大き過ぎ。


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夜更けに外に出たけれど。


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直ぐに部屋に戻りました。


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翌日も快晴でした。


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ピロッタ宮殿に向かいました。


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公園は工事中でした。


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私にとって、パルマでの一番の見所はここです。


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パラティーナ図書館、ボドニアーノ博物館、ファルネーゼ劇場、国立美術館、国立考古学博物館がピロッタ宮殿にあります。


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宮殿の中も工事中でした。


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ファルネーゼ劇場と国立美術館はセットになってます。


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ファルネーゼ劇場です。


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以前は、劇場から美術館に行くようになっていましたが、今回は、劇場から一旦切符売り場のホールに出てから、従来、美術館の出口だった所から美術館に入館するようになっていました。


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作品の新しい時代のものから古い時代の作品を見て行くという、従来の逆の順路で見て行くことになりました。


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ファルネーゼ家のお宝収集作品は、直系相続人が絶えたことで、ナポリのカポディモンテに移されてしまい、その残りカス感が強いものの、それでも十分楽しめます。


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パルマ国立美術館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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レオナルド・ダ・ヴィンチの作品


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展示されている作品の数は、それほど多くはありません。


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国立考古学博物館も工事中でした。


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閉鎖されている部屋が数部屋あったと思います。


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興味深い展示ばかりで、時間をかけてゆっくりと見て回りました。


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国立考古学博物館も項を改めて詳しく触れる予定です。


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定番展示も数多くありました。


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かなり時間が経ちました。


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すっかり日が傾きました。


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この日も充実した一日になり、満足でした。


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(つづく)

パルマは、人口196,475人(2018年3月31日現在)のエミリア・ロマーニャ州パルマ県の県都です。
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パルマ駅に到着しました。


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3,4年前に再建された駅舎です。駅至近のこの日のお宿に向かいました。


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オペラを見ることが滅多になくなったので、このところ、このホテルに泊まってます。


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荷物を預け身軽になったので、早速街歩きに出発しました。


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ガリバルディ通り、またはトレント通りを真っすぐ進めば、旧市街です。同じ通りですが、場所によって名称が異なるので、時々戸惑うことがあります。


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この辺ではガリバルディ通りになるでしょう。


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サンタ・テレーザ教会の拝観は後日にしてパス。


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Piazza della Pace
広場に面して建っているのはピロッタ宮殿です。


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ストゥアルド絵画館の開館時間を確認しました。それで後で入館することにしました。


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ドゥオーモ広場にやってきました。


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洗礼堂は後回し。


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先ずドゥオーモを拝観することにしました。


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堂内に入りました。


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クリプタ


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クーポラのフレスコ画


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日が当たって見難かった!


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ドゥオーモについては、項を改めて詳しく触れる予定です。


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見所が多いので目移りしてしまいます。


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説教壇


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味わい深い柱頭


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外に出ました。


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雲一つない秋晴れ


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Palazzo Vescovile


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絵画館の開館時間になったので、絵画館に向かいました。


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Monument della Vecchia Torre di San Paolo


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旧サン・パオロ教会


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ストゥアルド絵画館は、旧サン・パオロ教会修道院の建物にあります。
月曜日も開館しています。入館無料です。


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ジュゼッペ・ストゥアルド(パルマ、1790‐1834)の「自画像」
ジュゼッペ・ストゥアルドは、パルマ貴族の芸術家、美術品収集家です。彼が個人収集した美術品が展示されてます。


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絵画館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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収集家の品良い好みが伺えます。


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近代画が充実しています。


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次は洗礼堂の拝観です。


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日がすっかり傾きました。


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団体さんがいました。


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洗礼堂に入りました。外にいた団体さんは何故か中に入ってきません。


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洗礼堂については、後程項を改めて詳しく触れる予定です。


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近頃、長い間見上げるのが辛くなってきました。


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見上げないと鑑賞できないので、辛くなっても我慢の一手です。


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(つづく)

245
トレヴィのコムナーレ博物館です。


253
博物館はオリーブ、考古学。絵画などの部門に分かれてます。


261
展示作品数は少ないですが、傑作が幾つかあります。


266
コムナーレ博物館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


281
博物館として使用されている旧サン・フランチェスコ教会の建物です。


284
15世紀に建設されたモルト門を潜りました。


285
モルト門に描かれたフレスコ画(18世紀)です。制作者は不祥のようです。


287
モルト門を潜って、村の中心マッツィーニ広場に出ました。


286
広場に面して建つPalazzo Comunale、村役場です。13‐14世紀に建設されたそうです。


288
村役場の横にある「村の塔」です。13‐14世紀に建設された塔です。
次はペルジーノの作品が残るマドンナ・デッレ・ラクリメ教会です。


352
1485年に創建されたマドンナ・デッレ・ラクリメ教会です。


350
ペルジーノの「マギの礼拝」(1521)


351
制作者不明の「聖母子」(15世紀)
次はドゥオーモです。


289
細い道のベアート・プラチーダ通りの突き当りにドゥオーモがあります。


291
地元の人々からドゥオーモと呼ばれているサンテミリアーノ教会です。教区教会にも格付けされていないようです。


293
道幅が狭いので、ファサード全体の写真を撮るのが難しい教会です。


309
この場所に、既に3世頃には初期キリスト教会の存在を示す記録が残されているそうです。
12世紀、その初期キリスト教会を取り壊し、その上に建設されたロマネスク様式の教会が前身です。
15世紀、建物は拡張されることになり、それに伴いルネサンス様式に改造されました。
その後、地震、落雷、火災の被害を受け、建物が老朽化したので、19世紀後半に建築家ルーカ・カリミ―ニの設計によって、15世紀の改造後の姿を出来るだけ生かしながら、再建されました。


308
この部分だけ15世紀の改築のものです。


310
ファサードにある聖エミリアーノ像(13世紀)です。
聖エミリアーノは、トレヴィを含む司教区の最初の司教でしたが、304年、棄教を拒んでトレヴィ郊外で拷問の饐えに殉教したのです。この教会に聖エミリアーノの聖遺物が残されてます。
トレヴィの守護聖人になっています。


311
ドゥオーモの外壁にフレスコ画が残されてます。


312
15世紀のウンブリアの逸名画家の作品です。


292
扉が閉まっていたのでガックリしました。念のため、扉を押したら、扉が開きました。このようなこともあるのです、ビックリしました。


294
中に入りました。
1997年9月26日に発生したウンブリア・マルケ地震によって大きな被害を受け、大修復されたので柱が新しく見えます。


303
1997年のウンブリア・マルケ地震で、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂のフレスコ画が崩落してしまいました。


304
後陣


306
この中に聖エミリアーノの聖遺物(心臓)が収められているそうです。本当?


298
ロッコ・ダ・ヴィチェンツァと工房による「秘跡の祭壇」(1521)
秘跡の祭壇がドゥオーモの見所とされてます。


297
祭壇画もロッコ―ダ・ヴィチェンツァの作品ですが、傷みが激しくて何が描かれているのか判然としません。


300
アル・メランツィオに帰属する「聖母子」
初代の建物にあったフレスコ画で、15‐16世紀に制作されました。


302
ウンブリアの逸名画家作「玉座の聖母子と聖人たち」


301
一般的に地震や火災などの被害を受けた教会には、フレスコ画や祭壇画の傑作があまり残されていません。
この教会の傑作とされていた彫刻や祭壇画は、ナポレオンのイタリア侵攻の際に殆ど全部がフランスに持ち去られ、戻されていないのです。


305
詳細不明


295
開いていただけで幸運でした。


313
外に出ました。如何にもウンブリアらしい佇まいです。


314
壁にフレスコ画が描かれた民家があります。


315
前回見た時よりも痛みが進みました。


316
受胎告知ですね。


317
村の中心のマッツィーニ広場が最高地点のようで、後は下り坂ばかりのようです。


318
下り坂は楽でした。


319
あちこち歩きましたが、城壁沿いの道に出てしまいました。


320
もっと見て回るつもりでしたが、雨が降ってきました。


321
直ぐに雨が強くなってきたので、駅までの道のりを考えて駅に向かうことにしました。


322
振り返って旧市街を撮りました。


325


324
(おわり)

トレヴィは、人口8,372人(2017年1月1日現在)のウンブリア州ペルージャ県にあるコムーネです。「イタリアの最も美しい村」にリストアップされてます。
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トレヴィは、スポレート駅とフォリーニョ駅の間にあって、車窓から村の全容を見ることが出来ます。


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トレヴィを知ったのは、車窓からの眺めでした。


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高い丘の上にに築かれた村です。(車窓から撮った写真)


205
トレヴィ駅に到着しました。この日は、スポレートからの日帰り遠足でした。


206
トレヴィ駅の駅舎です。
無人駅で、券売機が1台ありますが、故障中のことがあって困ります。
待合室が開いているだけで、駅舎にバールはありません。トイレがありますが、入り口が施錠されているので使用できません。トイレの裏で用足しをしている男性を何度も見かけましたが、女性の方は不知です。


207
トレヴィは、ローマ・テルミニ~オルテ~スポレート~フォリーニョの幹線上にあって、RとRVが停車します。


208
防衛と対マラリアの観点から、高い場所に村が築かれたそうです。高い場所の方が蚊が少ないそうです。


210
駅横から丘上の向かうバスがありますが、バスの本数が少ない上に、この時は列車が大幅に遅れてバスに接続しなかったので、已む無く徒歩で旧市街に向かいました。


209
平坦な道が暫く続くので、景色が殆ど変わりません。


213
バスが通る道を避け、旧市街への近道である農道を通りました。


212
トレヴィは、オリーブ油の名産地として知られ、村の麓にオリーブ畑が広がってます。


211
旧市街に近付いてきました。


214
道の横から駅の方を見やると、かなり上ってきたことを実感しました。


215
オリーブ畑の先が旧市街です。


216
旧市街の南の出入り口であるサン・ファビアーノ門です。


217
サン・ファビアーノ門を潜り、旧市街に入りました。城壁沿いのサン・ファビアーノ通りを上ります。


219
道の右手にあった建物です。


220
サンタ・キアーラ女子修道院です。


221
18世紀に再建された建物です。初代の建物は14世紀に建設されました。


222
扉が開いていたので、中に入りましたが、大勢の尼僧がお祈りの真っ最中でした。
中に初代の建物が一部残されており、そこにジョット派画家に描かれたフレスコ画があるので、観たいと思いましたが、ミサ中なので見学を遠慮しました。


218
更に坂を上ります。


223
直ぐにサンタ・クローチェ教会があります。


225
17世紀に建設された教会です。


226
扉が閉まっていました。美術的には見るべき作品がないようです。


227
汗が噴き出すに違いない、真夏に歩くのは不適な道です。


228
足腰が衰えた老人はこの村で暮らすのが大変でしょうね。


229
写真では勾配がよく分からないと思いますが、この辺では息が上がって大変でした。


230
やがて道の峠を越えて、下り坂になりました。


231
駅が小さく見えました。川が旧市街を囲むように流れていることが分かりました。


232
車、人を見かけません。


233
Museo Civicoに向かってます。


234
女子修道院の尼僧さんたちを除けば、この村で初めて見かけた人です。


235
道は再び坂の上りになりました。


236
Museo Civicoは、旧市街の端にあるサン・フランチェスコ教会にあります。


237
ローマ帝政時代の1世紀に建設されたAntica Portaです。この門は旧市街の中心近くにあります。ローマ時代はこの門が旧市街の入り口だったそうで、ローマ時代の村は現在よりも格段に小さかったことが分かります。


238
門を潜ると視界が開けます。


239
天気が良ければ、絶景が楽しめます。


241
この日は曇り時々晴れの天気でした。


242
イタリアでは雨男なので、この日は天気に恵まれた方です。


243
サン・マルティーノ教会が見えました。
(つづく)

157
ホテルで一休みしてから、再び外出しました。


158
相変わらず雨模様です。


159
丘上に住宅が広がってます。


160
16世紀に建設されたPalazzo del Principe Doriaです。


163
地中海の各地などを結ぶ定期客船が発着する新港です。


162
丘の上にあるCastel d'Albertisが見えました。


166
海沿いの道を進みました。


167
Palazzo San Giorgioの方に向かってますが、この道を逆方向に進むと陸橋が崩落した場所に出ます。


168
サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ教会は何時ものように閉まっていました。


169
この時間でもメルカトが開いていたので果物を買いました。


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雨男なので、何時も雨天に恵まれてます。


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霧雨でしたが、風があるので直ぐに濡れてしまいます。


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地下鉄のプリンチペ駅


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丘上に行っても見どころがあまりありません。ジェノヴァ湾が一望できる絶景ポイントがありますが、この天気では行っても冴えないと思いました。


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PP駅の方に戻ることにしました。


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アンドレア・ドーリア通り


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駅前広場


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グランド・ホテル・サヴォイアもお勧めです。


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PP駅


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この時は、お宿を素通りしました。


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会に向かいました。


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この辺のホテルは部屋からの眺めが良いのですが、坂を上るのが大変なホテルがあります。(エレベーターがありますが、不便です)


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何回も通ったバルビ通り


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王宮


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時間が遅くて、この日も王宮博物館に入館出来ず、結局入館したのは、この日の翌日になってしまいました。


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ジェノヴァ、ボローニャは見所が豊富ですが、ガイドブックで大きく取り上げられないのは何故でしょうか?


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会が見えてきました。


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光線の具合から聖堂内の美術品を見るには午前中の方が良いのですが、雨天なので、その辺はあまり影響ないと思いました。


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ジェノヴァ大学となっているPalazzo Belimbau


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今回は時間をかけてじっくりと拝観しました。


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勿論、少額ながら寄進しました。


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外が薄暗いにも関わらず、聖堂内は明るいのが意外でした。


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この教会については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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17世紀にジェノヴァで活動した画家たちの作品が数多くあります。


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外に出たら、弱弱しい日差しがありました。


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青空が出てきました。


170
青空はほんの束の間で、すぐに雨が降ってきました。


171
詳細不明


172
街角のタベルナコロを発見。


173
これです。


174
この辺のお店で食べようかと思いましたが、例のお店に行くことに。


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このお店です。(昼間に撮った写真)


192


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キリがないので、この辺で終わりにします。
(おわり)

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Via di Porta Soprana


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13世紀に建設されたPorta Soprana


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門を潜った先にコロンブスの家があります。


115
Porta di Sant'Andreaとも呼ばれてます。門の潜った先にサンタンドレア教会があったので、そう呼ばれているのでしょう。


113
門を潜りました。


112
城壁外から見える門は丸くなっていて、感じが違います。


114
城壁内から見える門の形が違うので、門が二つあると錯覚しそうになります。


111
Chiostro di Sant'Andrea


110
城壁外は若干緑があります。


106
コロンブスの家です。


108
コロンブスが少年時代を過ごした家と言うのが通説ですが、コロンブスとは無関係との説も根強いそうです。
ここはMuseoになってますが、お得感ゼロ、お損感十分と思います。一度入館して懲りたので、今回もパス。


104
ジェノヴァに来たからには、この辺に来るのは付き合いというものですが、メリットは足腰が鍛えられることくらい?


105
そろそろ昼食の時間です。
この通りのお店に入りましたが、値段だけが一流で、肝心のお味、サービスがイマゴ(イマイチではなく、イマニでもなく、イマサン、イマヨンでもありません)でした。


126
街角のタベルナコロ


127
次はサンタ・マリア・アッスンタ聖堂です。


128
上り坂の上に教会の建物が直ぐに見えてきます。


129
サンタ・マリア・アッスンタ・ディ・カリニャーノ聖堂です。Basilica minori


131
1552年創建のルネサンス様式の建物です。


133
ファサードの聖母被昇天


135
聖ピエトロ


136
聖パオロ


132
青空が出てきました。


134
聖堂は高台にあります。


139
海が見えました。


140
共同井戸?


141
日差しも出てきました。


142
サンタゴスティーノ教会


143
入口扉上ルネッタのフレスコ画はジョヴァンニ・バッティスタ・メラーノ(ジェノヴァ、1632‐ピアチェンツァ、1698)によって描かれました。


144
修道院が併設されていました。


145
旧サンタゴスティーノ修道院のキオストロ回廊


148
12世紀に建設されたサン・ドナート教会


147
サン・ドナート教会の身廊外観


146
サン・ドナート教会の古い鐘楼


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サン・ロレンツォ通りに戻りました。


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変わりやすい天気で、雨が降ってきました。


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雨が降っていなければ、もう少しぶらぶら歩きを続けていたと思います。


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Palazzo San Giorgio


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見慣れた光景です。


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傘を持っていても差さない人が多い。


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ガレー船


182


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一旦ホテルに戻ります。


P1900478
(つづく)

P1900010
Palazzo San Giorgioの見学です。


P1900012
ヴェルディのオペラ「シモン・ボッカネグラ」がお好きですか?
「シモン・ボッカネグラ」のオペラのモデルとなったジェノヴァの初代提督(ドージェ)がシモーネ・ボッカネグラ(?、?‐ジェノヴァ、1363没)と、この建物と直接関係ありませんが、シモーネ・ボッカネグラの叔父グリエルモ・ボッカネグラによって1260年に建設されたのがPalazzo San Giorgioです。


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ファサードのフレスコ画のうち、「竜を退治する聖ジョルジョ」の左下に描かれているのがシモーネ・ボッカネグラの肖像画と言われてます。


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ファサードのフレスコ画ですが、最初のものはラッザーロ・タヴァローネ(ジェノヴァ、1556‐1640)によって1606年から1608年に制作されたそうです。
しかし、この場所は海岸のすぐ傍にあるので、フレスコ画にとって最悪に近い環境です。
19世紀頃にはフレスコ画の落剝・退色が進み、その痕跡が分かる程度まで劣化したので、ルドヴィーコ・ポリアーギ(ミラノ、1857‐ヴァレーゼ、1950)によって、1912年から1914年に描き直されました。タヴァローネの原画を尊重しながらポリアーギが描いたと言われてますが、タヴァローネの原画はその痕跡程度しか判別できない状態だったので、本当のところは分からないようです。
現在、観ることが出来るフレスコ画がかなり鮮やかに見えますが、ルドヴィーコ・ポリアーギによって描かれたフレスコ画の傷みが激しかったので、フレスコ画の大修復が1987年から1990年に行われたからです。
潮風と海水の飛沫に直接晒される環境なので、フレスコ画が今度どれだけ持つのか心配です。


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竜を退治する聖ジョルジョ


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現在、Palazzo San Giorgioはジェノヴァ港湾局の本部になってます。


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市庁舎として建設されましたが、市庁舎として使用されたのは完成後僅か2年間だったそうです。


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堅固な建物なので刑務所として使用されていたことがあります。


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この付近の柱廊の柱に注目です。


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この柱です。


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古い柱


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Via San Lorenzoに入りました。ドゥオーモに向かいました。


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直ぐにドゥオーモの鐘楼が見えてきます。


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サン・ロレンツォ大聖堂


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見所が沢山あります。


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拝観しました。


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美術品ばかりです。


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大聖堂については、後程詳しく触れる予定です。


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美術ファンは必訪でしょうね。


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外に出ました。


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次はジェズ教会です。


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ジェズ教会はドゥオーモの後方にあります。


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マテオッティ広場


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広場の一部は駐車場になってます。


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ドゥカーレ宮


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ジェズ教会の拝観です。


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ジェズ教会も見どころが豊富です。


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ジェズ教会は、後程項を改めて詳しく触れる予定です。


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クーポラ


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ルーベンスの作品


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バロック期の作品が多い。


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外に出ました。


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比較邸新しい建物が多いところにやってきました。


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フェラーリ広場


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困ったことに雨が本降りになってきました。


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ゴッホ展に並ぶ人たち


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天気が悪くてウンザリ


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1912年‐1924年に建設されたPalazzo della Regione Liguria


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1906年‐1912年に建設されたPalazzo della Borsa


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雨が強くなったので、雨宿りを兼ねてドゥカーレ宮で一息入れました。


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ゴッホには興味がないので、ゴッホ展はパス


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(つづく)

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ジェノヴァの3日目です。


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先ずサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ・ディ・プレ教会です。


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残念! 扉が閉まっていました。


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開くことが稀な教会のようで、最近拝観したことがありません。


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教会巡りは効率が悪いのです、扉が開いていなければ、それで終わりですから。


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Museiになった?


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美術館や博物館にもなれば、大体当てにできます。当てにならない場合も結構ありますが・・・・・


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海岸沿いの道からドゥオーモ辺りまで行くと言うのが、この日の大体の予定です。


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低い黒い雲が立ち込めて、今にも泣きだしそうな空でした。


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痛みが激しいタベルナコロ


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Via Antonio Gramsci


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古い建物が多い一角です。


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市場です。


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果物を買いたかったけれど、ホテルを出発したばかりに荷物が重くなるのは避けたいところでした。


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その上は王宮です。


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道路が濡れていたので、明け方に降雨があったようでした。


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地下鉄がありますが、徒歩で行きます。


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1155年から1159年に建てられたPorta dei Vacca


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ジェノヴァ城壁の要塞でした。


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写真左の塔は20世紀後半に修復されたものです。


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引き続き海岸沿いの道を進みました。


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ガリバルディ通りに出る道です。


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かなり広い広場に出ました。


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Via al Ponte Calvi
初志貫徹で、この道には入らず。


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柱廊を進みました。


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風情があります。


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魅力的な道ですが、道草は禁物です。我慢しました。


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柱廊から広場に出ました。


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ジェノヴァ名物の水族館


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一回は入館する価値がある水族館です。


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数年前に入館したことがあるので、今回はパス。


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Piazza Caricamento


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13世紀に建設されたTorre dei Morchio o Morchi


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柱廊がある所は中世の城壁がありました。


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広場に立つのは、船会社を設立して大金持ちになり、イタリア海軍の創設者となったRaffaele Rubattino(ジェノヴァ、1810‐1881)像です。


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1257年から1260年に建設されたPalazzo San Giorgio


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波止場の方に行ってみることにしました。


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(つづく)

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この時の旅では、ジェノヴァに4泊しました。4泊では全然足りませんでした。


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主なところを丹念に見て回ろうと思ったら、多分1週間は必要でしょう。


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ジェノヴァの歴史をある程度知ってしまうと、必要な日数は確実に増えると思います。


005
王宮に立ち寄ることにしました。
この時、王宮のファサードの写真を撮るのをうっかり忘れてしまったので、夏に行った時の写真で代用します。


007
閉館時間間近なので、もう切符は売ってくれません。


006
それでも一寸だけ覗きました。


009
係員から今日は終わりましたと告げられ、早々に退散。


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全部を見ようとすると2,3時間は必要でしょう。


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中庭は未だ見学できます。


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夕方なので、人気が全くありません。


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ジェノヴァでは団体ツアーの一行を見かけることが非常に少ないと思います。


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中国人のツアーを見かけることがあっても、日本人のツアーを見かけることは滅多にありません。


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プリニョーレ駅付近には泊まったことがありません。


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中庭の敷石


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この彫刻については不知です。


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同断


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バルビ通りに戻りました。


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夕食にはまだ早すぎます。


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ホテルに戻って入浴しました。


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夕食の頃合になりました。外に出たら雨が止んでいました。


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PP駅を横目に見ながら、何時ものお店に向かいました。


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写真右のお店です。


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単なる塩焼きの魚として注文しました。
持参の醤油をかけて日本のように食べました。脂が乗ったイサキで美味でした。


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ほろ酔い気分でホテルに戻りました。


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これで一日目終了です。


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翌日は晴れ。


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この日はジェノヴァ観光をしませんでした。


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サヴォーナとアルベンガへの日帰り遠足をしました


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2日目の夜です。
このホテルを気に入ってます。


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例によって何時ものお店に向かいます。


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サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ教会です。


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この時間は扉が閉まっているので拝観が無理です。


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12世紀に建設された教会で、見どころが豊富です。


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PP駅のすぐ近くですが、この辺は緊張を強いられる場所です。


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今夜も来ました。


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少し食べた後の写真


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以上、全部で€15
ツーリスト・メニューではありません。すべてアラカルトで注文したもの。
私の体験した食堂で、最もコスパが高いお店がここです。


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お腹一杯


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夜の景色は何時も同じです。


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何時ものホテルと何時ものの食堂を往復するだけですから。


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何処の街に行っても、ほぼ同じに過ごしてます。


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2日目終了です。


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(つづく)

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オペラ座です。


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ここに来たのは、ネットで予約したので、切符を受け取るためです。


089
ネット予約した際に、pdfファイルの切符が添付されていて、そのコピーを持参すれば、そのまま入館できるところもあるのですが、ジェノヴァは依然として旧態依然のままでした。


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郷に入っては郷に従えですが、郷に入っても郷に従いたくない性分です。


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これで、この日の予定していたことは大体やり終えました。


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引き返すことにしました。


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同じ道を通って帰るのは気が利かないけれど、ジェノヴァの最大の見所がガリバルディ通りなので、それは納得です。


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イタリアの雨男なので、何時も雨に恵まれます。


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10月、11月、2月、3月、4月に雨が多いと思います。


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Palazzo Angelo Giovanni Spinola
正面扉は閉まっていましたが、その左下の通用口が開いていました。


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図々しく中に入ってロビーのフレスコ画を見ました。


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ラッザーロ・タヴァローネ(ジェノヴァ、1556‐1640)のフレスコ画でしょうか?


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銀行なので早々に退散しました。


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写真右の建物も開いていました。


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中に入りました。


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見たのはロビーだけです。


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1536年から1544年に建設されたPalazzo della Meridiana、別名Palazzo Gerolamo Grimaldiです。


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傘を差さない人がいますが、小降りではありません。


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Palazzo Gio Carlo Brignoleの入り口のテラモンが有名です。
ジェノヴァの彫刻家フィリッポ・パロディ(ジェノヴァ、1630‐1702)によって1671年に制作されました。


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ジェノヴァの街歩きでは、建物や建物に施された装飾を見るのが楽しくなります。


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突き当りを左折します。


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大きな通りに出ました。


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Via Paolo Emilia Benson


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ・デル・ヴァスタート教会が開いていました。この教会は美術作品が豊富なので立ち寄らないわけにはいきません。


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1520年、それまで、この場所にあったサンタ・マリア・デル・プラート教会を取り壊し、その上にフランチェスコ会によって建設された教会ですが、途中、工事が何度も中断され、完成は18世紀になってからでした。


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新古典様式のファサードは、1830年から1840年頃にかけて建設された比較的新しいものです。


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三廊式、ラテン十字形、マニエリスム様式の内部です。


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左側廊


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身廊天井のフレスコ画は、ジョヴァンニ・アンドレア・アルサンド、ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ、ジョヴァンニ・カルロ―ネ、ヴァレリオ・カステッロ、ドメニコ・ピオラなど8人の画家によって描かれたそうですが、誰がどの部分を描いたのか、私には分かりません。


023
ジョヴァンニ・アンドレア・デ・フェラーリ(ジェノヴァ、1598‐1669)の「アガルとイシマエル」


024
グリエルモ・カッチャ(モンタボーネ、1568‐モンカルヴォ、1625)の「羊飼いの礼拝と聖フランチェスコ」


025
ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「聖家族」


026
ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「サント・スプリトの下降」


027
ダニエーレ・クレスピ?の「聖ジョヴァンニ―ナ」


028
アントン・マリア・ピオラ(ジェノヴァ、1654‐1715)の「聖母子と聖グレゴリオ・マーニョと聖オルソラ」


029
ドメニコ・ピオラ(ジェノヴァ、1627‐1703)の「受胎告知」


030
ジョヴァンニ・アンドレア・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1639‐1697)の「ご訪問」


031
ストラーダ・ヌオーヴァ美術館で疲れてしまったので、適当なところで切り上げることにしました。


032
主祭壇


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主祭壇左側壁のフレスコ画は、ジュリオ・ベンソ(ピエーヴェ・ディ・テーコ、1592‐1668)の「キリストの寺院への出現」


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主祭壇右側壁のフレスコ画はジュリオ・ベンソ(ピエーヴェ・ディ・テーコ、1592‐1668)の「教会博士たちとの問答」


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PP駅の方に向かってます。


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(つづく)

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ストラーダ・ヌオーヴァ美術館は3館あるので、流石に疲れました。


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1559年から1565年に建設されたポデスタ宮、別名Palazzo Nicolosio Lomellinoです。


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ポデスタ宮でルチアーノ・ボルツォーネ(ジェノヴァ、1570‐1645)の特別展が開催中でしたが、ストラーダ・ヌオーヴァ美術館で目が疲れたのでパスしました。
肖像画が得意だったルチアーノですが、75歳の老齢ながらジェノヴァの受胎告知教会マドンナ・デリ・アンジェリ礼拝堂のフレスコ画制作に注力しました。あと数筆を入れれば完成と言うときに、梯子から転落して死去してしまいました。


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ポデスタ宮天井の装飾です。


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外壁の装飾にマッチしてしています。


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Palazzoを一つ一つ見て行くと時間がいくらあっても足りません。
内部のフレスコ画やスタッコ彫刻など見所が沢山ありますが、非公開のPalazzoが多いので、その辺には注意が必要です。


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この時間では遅いと思いましたが、ダメもとで国立美術館に行ってみることにしました。


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ガリバルディ通りから一本奥の道に入りました。


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目立たない場所に建つスピノーラ宮です。


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1593年、フランチェスコ・グリマルディによって建設されたスピノーラ宮です。


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この建物に国立美術館Galleria Nazionale di Palazzo Spinolaがあります。


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開館中!


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入館しようと思いましたが時間切れでした。
国立美術館はガイド付きの決められた時間の入館制を採っており、この日の最終回受付は既に終了したとのことでした。閉館まで2時間あったので、ガイドなんかいらない、勝手に見たい、ガイドよりも俺の方が知っていると粘ったのですが、駄目の一点張りでした。


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切符売り場にあった、この墓碑だけはしっかり見ました。
15世紀後半のロンバルドの逸名彫刻家作「フランチェスコ・マリア・スピノーラの墓碑」


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国立美術館で見たかった作品はこれでした。
アントネッロ・ダ・メッシーナの「この人を見よ」


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イタリアで係員とやり取りしても、こちらの思う通りには絶対になりません。徒労に終わるだけです。
ダメなものはダメ、絶対にダメ。


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Palazzo Gentile


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相変わらずだのう。


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国立美術館の向かいにある建物です。


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16世紀に建設されたPalazzo di Pietro Spinola di San Luca


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小雨が降り続いてました。


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赤の宮殿はジェノヴァ市立図書館になってますが、図書館の入り口は裏通りにあります。


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この場所で街娼に声をかけられたのでビックリ仰天。


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危険を察知してガリバルディ通りに戻りました。


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1562年に建設されたPalazzo Baldassarre Lomellini


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1583年に建設されたPalazzo Giacomo e Lazzaro Spinola


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この建物には入ったことがありません。


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「Rolli」に掲載された邸宅が続きます。
1576年、ジェノヴァでは貴族の邸宅を賓客をもてなすために利用することが法制化されましたが、その対象となる邸宅リストをRolliと呼んだのです。


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1558年‐1576年に建設されたPalazzo Angelo Giovanni Spinola


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以前はドイツ銀行でしたが、今はアメリカン銀行となってます。


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中々先に進みません。


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Palazzo Franco Lercari(16世紀)


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Palazzo Tobia Pallavicini(16世紀)


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ガリバルディ通りの端に来ました。


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Palazzo Pantaleo Spinola(15世紀)


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Piazza delle Fontane Marone


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Palazzo Ayrolo Negrone(16世紀)


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突き当りを右折します。


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Palazzo Giacomo Spinola(15世紀)


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4月25日通りに入りました。


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(つづく)

ジェノヴァは、人口578,924人(2018年3月31日現在)のリグーリア州の州都であり、ジェノヴァ県の県都です。
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ジェノヴァPP駅に到着しました。


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ジェノヴァPP駅の駅舎


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先ず、この日のお宿に向かいます。


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駅前広場に立つコロンブス像
ジェノヴァ出身ながらポルトガル、スペインのために働き、現地人を虐殺、虐待など悪行の限りを尽くしたコロンブスを称えるジェノヴァの人々に合点がいきません。


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この日のお宿です。
ジェノヴァに来れば、満室でない限り必ずここに泊まります。駅前にあり、何かと便利です。値段も手ごろでしょう。


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チェックインを済ませて、外に出たら雨模様。傘を取りに自室に戻りました。


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駅前から続くバルビ通りには、見どころが沢山あります。


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バルビ通りの左側は高台になってます。


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高台の入り口サンタ・ブリジーダ門


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バルビ通りに戻ると、直ぐに王宮が見えてきます。


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この日はMuseo Palazzo Realeに入館しませんでした。
この建物は、ジェノヴァの大貴族バルビ家の大邸宅でしたが、1830年頃にサヴォイア王室の住居として使用されたので王宮と呼ばれてます。


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王宮の向かいに教会があります。


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17世紀に建設されたサンティ・ヴィットーレ・エ・カルロ教会です。
美術的には駄作凡作しかないので、素通りしました。


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通称大学宮殿と言われている建物です。


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この日は扉が閉まっていました。


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この通りも面白いですが、道草は禁物です。


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最上階のロッジャが目立ちます。


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教会も併設しています。


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17世紀に建設されたPalazzo Gio Agostino Balbi


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Palazzo Gio Agostino Balbiの先に教会が見えてきました。


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ・デル・ヴァスタート教会です。


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美術的には見所が多い教会と言えると思います。


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拝観を後回しにして先を急ぎました。


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教会前の広場です。「アンヌンツィアータ広場」と思っていたら、ヌンツィアータ広場なんですね。


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交通が激しい場所です。


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ナポリの船会社Flotta Lauroが所有していた建物なので、Palazzo Flotta Lauroと呼ばれていました。第二次世界大戦の爆撃によって完全に破壊されてしまい、戦後に元の形を忠実に再現する形で再建されました。
現在、Palazzo Nicolo Lomelliniと呼ばれてます。


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この日の目的はストラーダ・ヌオーヴァ美術館に入館することでした。


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パオロ・エミリオ・ベンサ通り


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雨の中、傘を差しながら写真を撮るのに難儀しました。


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右折します。


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Via Cairoli


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通りの名称が途中で変わりますが、この道を進めば美術館に出ます。


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ストラーダ・ヌオーヴァ美術館は、赤の宮殿、白の宮殿、トゥルシ宮の3つから成ってます。


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それら3つを一日で全部見ようとしています。尤も、この日は展示作品の写真を撮るのが目的で、鑑賞はこの日の2日後にやりました。


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展示作品の写真を撮ることと鑑賞は両立しません。


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美術館があるガリバルディ通りの入り口にやってきました。


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1536年から1554年に建設されたPalazzo Gerolamo Grimaldi


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1671年に建設されたPalazzo Gio Carlo Brignole


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ガリバルディ通りがジェノヴァ観光の中心でしょう。


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何度来ても飽きません。


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白の宮殿


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切符売り場はここにはありません。


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赤の宮殿


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道幅が狭いので、宮殿の全景がうまく撮れません。


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ストラーダ・ヌオーヴァ美術館の切符売り場
美術館については、後程詳しく触れます。
(つづく)

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9月20日門から城壁外に出て、城壁沿いの道に出ました。城壁の向こうに見えているのはサン・フランチェスコ教会です。


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SR10


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Via Cesare Battistiへと続く小さな門です。


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直ぐに教会が見えてきます。


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モンターニャの最古の教会とされる、12世紀に建設されたサンタントニオ・アバーテ教会です。


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残念ながら教会の扉が閉まっていました。


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Via Sant'Antonio


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城壁沿いの幹線道路SR10に戻りました。


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西の方角に進みました。


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Rocca degli Alberi


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Porta Legnagoに向かいました。


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小さな町なので、時間があると同じ場所に来てしまいます。


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この道の先にヴェローナがあります。


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歩道と車道に分かれてます。


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旧堀をまたぐ橋からの光景


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門を潜ります。


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Rocca degli Alberiに設けられた門がPorta Legnagoです。


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門が二重になっているので、写真では門の構造がよく分からないと思います。


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城壁内に戻りました。


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門の斜め前にある古い建物です。


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よく見ると新しい建物です。閉鎖されて久しい映画館の建物です。


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フィエラの準備が一段と進みました。


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写真右の建物は郵便局です。


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見えているのはサン・ベネデット教会です。


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景色に見慣れてきたので、そろそろウンザリ感が・・・・・


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ジョルジョーネのフレスコ画を見るために1泊するのはどうだったか・・・・・


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パドヴァから日帰りでエステとモンタニャーナに行くべきだったかも・・・・・


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Via Mura


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この道も午前中に通りました。


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バールに行って、同席した客と「EU経済におけるイタリア経済の今後」について議論しても始まりません。


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芸術論を戦わせたいと思いますが、そのようなイタリア人は町中に滅多にいません。


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既にオープンした出店がありました。


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2時間前にも、この門に来ました。


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成す術無し


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サン・フランチェスコ教会に行っても詮無きこと?


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L'ospedale di Nativita


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ファサードのルネッタ上の慈悲の聖母の彫刻


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広場に戻りました。


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ドゥオーモに行って、もう一度ジョルジョーネのフレスコ画を見よう!


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拝観しました。


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満足でした。


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この辺で終わりにしましょう。


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(おわり)

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城壁内に戻りました。


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Castel di San Zeno


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こちらの建物も城の一部だったようです。


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Via Guglielmo Marconi


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狭い旧市街なので、直ぐにドゥオーモに戻ってきてしまいます。


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教会入り口の左右によくある、ライオン像とはこちらの方は違うようです。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世広場に面して建つ、16世紀に建設された建物です。しかし、その名称が分かりません。


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ドゥオーモの後陣横を通り過ぎました。


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もう一か所ある筈のMuseo Civicoを地図を頼りに探しました。


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住所から判断すれば、この建物が市立博物館のようです。


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この銘板によって確認できました。確かにMuseo Civicoと記されてます。


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しかし、人気が全くしないし、建物が荒廃しています。


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どうやら博物館は永久的に閉鎖されたようで、建物を修復して再開館の可能性がないと思いました。


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立派な鐘楼が残ってます。
旧教会の建物を博物館に転用したわけですが、何という教会だったのか、調べましたが分かりません。


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北の方角に向かいました。


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ヴィチェンツァ門の塔が見えてきました。


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旧市街の北の出入り口ヴィチェンツァ門を潜って城壁外に出ました。


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城壁と砦が完全な形で残っているのが分かります。


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少し高い塔は北方面の監視塔です。


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城壁外にあると言う教会を住所を頼りに探しました。


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ヴィチェンツァ門から通じる、この道の先にはヴィチェンツァがあります。


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住所から判断すると、探していたのは、この教会のようです。


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1504年に建設されたマドンナ・ディ・フオーリ教会です。
女子修道士によって運営されている教会で、修道院が併設されていたそうです。


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ファサードのピエタの彫刻


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教会の横を小川が流れてます。


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教会から少し進むとモンタニャーナのカルチョの建物がありました。


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城壁外には、これ以上の見所がないと判断して、再び城壁内に戻ることにしました。


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旧市街はフィエラの準備中でした。


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城壁内に戻りました。


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先ほどよりもフィエラの準備がだいぶ進みました。


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16世紀に建てられたPalazzo Comunale


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現在もMunicipioです。


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少し早いですが、昼食を食べることに。


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この通路の先にレストランがあります。


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この店で食べました。


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レストランの壁に掲げられた絵画


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美味でした。


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ほろ酔い状態でぶらぶら歩きの再開です。


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午前中で主な見所を大体見てしまいました。


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写真右の建物に注目です。


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15世紀に建設された、ヴェネツィア・ゴシック様式のPalazzo Magnavin-Forattiです。


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(つづく)

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サン・フランチェスコ教会です。
教会建設の経緯が定かではありませんが、1238年の記録に、この場所に教会の存在記録が残されてます。


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1380年の記録に、この地にロマネスク様式の教会建設の記録が残されているので、14世紀中頃に再建されたと推定されてます。
現在の建物は、1429年に行われた増築の後の姿とされてます。


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ゴシック様式の鐘楼は増築に合わせて1429年に完成しました。


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ファサードのルネッタには何もありませんが、カルレット・カリアーリによって1580年頃に描かれたフレスコ画があったそうです。


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単廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の内部です。


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18世紀末のナポレオンの侵攻によって教会活動が停止され、その後のオーストリアの教会建物の接収によって軍の兵舎や倉庫の転用され、建物は荒廃してしまいました。


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オーストリア軍が撤退しても宗教活動は回復されず、1818年に建物の解体が提案されましたが、地元信者は納得せず、建物が修復され教会活動が再開され、1828年に教会活動再開の奉献式が執り行われました。


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この教会は傑作美術品が揃っていたことで有名でしたが、ジョルジョーネの作品を含む多くの作品がナポレオン軍とオーストリア軍によって奪われて、そのまま戻ることはありませんでした。
後陣や左右の側壁、天井にフレスコ画がありましたが、殆ど落剝してしまい、修復の際に全て塗り潰されて断片も残ってません。


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現在、この教会にある祭壇画などは、1828年の再奉献の際に、他の教会や信者個人などから贈呈されたものです。


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主祭壇


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主祭壇画はパルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548‐1628)の「天上の聖母子と聖人たち」


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パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1529‐ヴェネツィア、1588)の「聖母子と聖人たち」


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ガエターノ・カッリード(エステ、1727‐ヴェネツィア、1813)の「パドヴァの聖アントニオ」
ガエターノは有名なオルガン制作者でした。


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詳細不明


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詳細不明


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外に出ました。


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教会の後は城壁です。


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Via Cesare Battistiにある塔です。


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Via Mure Sud


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Via Cesare Bttistiの突き当りにある門(門の名称はないようです)を潜って城壁外に出ました。


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城壁外の、今は草地になっている部分は中世の頃は堀になっていて、城壁は堀で囲まれていたそうです。


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サン・フランチェスコ教会の鐘楼です。


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城壁内に戻りました。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世広場に再び。


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ドゥオーモ


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Palazzo delle Cassa di Risparmio


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城に向かいました。


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Via Carrareseの柱廊にあるフレスコ画が見逃せません。


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モンタニャーナの聖母子


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何年も前に開催されたジョルジョーネ展の案内がまだ残されています。


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Castel di San Zeno


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1242年、当時のパドヴァ領主エッツェリーノ・ダ・ロマーノによって建設された城です。


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ここに観光案内所があります。


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城にMuseo Civicoがありますが、考古学の展示なので入館しませんでした。


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城壁外に出ました。


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城壁外から見たパドヴァ門


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Villa Pisani


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この道の先はパドヴァです。


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城壁の外には見所がなさそうです。


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パドヴァ門を潜って城壁内に戻ります。


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(つづく)

モンタニャーナは、人口9,026人(2017年12月31日現在)のヴェネト州パドヴァ県にあるコムーネです。「最も美しい村」の一つですが、人口9千人強の自治体なので村よりも町の方が適当かと思います。
現在に至るまで完全に残されている長方形の城壁に囲まれた町で、中世そのものの佇まいを直に感じることが出来ます。
私がモンタニャーナに足を運ぶ理由は、ジョルジョ・バルバレッリ・ダ・カステルフランコ通称ジョルジョーネ(カステルフランコ・ヴェネト、1477/1478c-ヴェネツィア、1510)のフレスコ画(帰属作品)がドゥオーモにあり、それが見たいがためです。
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マントヴァ発の列車に乗り、モンタニャーナ駅で下車しました。


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列車はモンセリーチェに向けて直ぐに去っていきました。


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駅名が入った写真を載せておきましょう。


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駅舎と駅前広場


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駅からスパラート通りを真っすぐ進んで城壁に向かいました。


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スパラート通りには見所がありません。


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Porta XX Settembre
FS駅からチェントロに入るために新しく築かれた門です。


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城壁の向こうに見えているのはサン・フランチェスコ教会です。


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9月20日門を潜って城壁内に入り、この日のお宿に向かいました。


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途中の八百屋で道草


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日本のキノコの売り方とはかなり違います。


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ホテルの選択肢はあまりありません。


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この日のお宿です。レストランを併設しています。


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チェックインを済ませて早速町歩きに出発しました。


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城壁の全長は延べ2㎞ほどの小さな旧市街なので、時間をかけてゆっくりと見て回るつもりです。


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ホテルから、町の中心の広場まで30mほどの距離です。


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広場にあるドゥオーモです。


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開いていたので拝観しました。


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ファサード裏の左右の壁にジョルジョーネの帰属フレスコ画があります。


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これを見に来たのです。


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ドゥオーモについては後程詳しく触れる予定です。


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外に出ました。


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町の歴史は古く、3000年以上前に遡るとされてます。


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サン・ベネデット通り


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見えているのはサン・ベネデット教会の鐘楼です。


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サン・ベネデット旧教会です。


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1502年、モンタニャーナを訪れたベネデット会女子修道士たちによって16世紀に建設された教会です。現在の建物は1771年に再建された2代目のものです。


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1807年、イタリアの侵攻してきたナポレオンによって宗教活動が停止されてしまいました。ナポレオン軍の撤退後の1811年、建物は州立サン・ベネデット女子大学の校舎に転用されるようになりました。


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女子大学は閉鎖されているようで、人気が全くありません。


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モンタニャーナのコムーネ所有の建物になっているようですが、建物の荒廃が進んでいると思います。


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教会は過ぎればすぐに城壁に出ます。


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全周約2㎞の城壁に全部で24の砦が設けられてます。


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城壁前から、今通ってきた通りを振り返りました。


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城壁沿いにRocca degli Alberiに向かいました。


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Via Liceo


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Rocca degli Alberiです。


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パドヴァのシニョーラだったフランチェスコ1世・ダ・カッラーラがFranceschin de' Schiciに命じて建築させたRoccaです。


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1360年から1362年に建設されました。


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城壁外に出ませんでした。


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この日は収穫祭の準備をしていたようです。


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次はサン・フランチェスコ教会です。


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(つづく)

126
クレモナには、ストラディヴァリ像が幾つあるのでしょうか?


127
これもストラディヴァリ像でしょうね。


128
次はヴィオリーノ(ヴァイオリン)博物館です。


129
クレモナに来たならば、ヴィオリーノ博物館は必訪でしょう。


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マルコーニ広場です。


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2010年頃だったと思いますが、クレモナでヴァイオリンの名器を展示していたのは、アラ・ポンツォーネ市立博物館など3か所あったと思います。


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マルコーニ広場にあるストラディヴァリ像


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現代アートのオブジェも広場にあります。


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それまで3か所に分散して展示されていたヴァイオリンなどの名器を纏めて展示するようになった、ヴィオリーノ博物館です。


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入館しました。


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ヴィオリーノ博物館については、後程詳しく触れることにします。


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ヴァイオリンの名器は展示だけ見ても名器と分かりません。実際に演奏されないと分からないとの不満解消のために、設けられた演奏会場です。


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この日はフェデリーコ・グリエルモさんの演奏でした。


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素晴らしい音色の巧妙な演奏でした。


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外に出ました。非常に良かった!!


133
ぶらぶら歩きを始めました。


136
ポンキエッリ劇場です。


138
馬蹄形の劇場です。


143
次はサン・ジローラモ教会です。


144
サン・ジローラモ教会です。新しく塗装されたようで新しく見えますが、15世紀に建設されました。


146
中に入りました。


147
クーポラ


148
壁一面がフレスコで覆われてます。


149
華美で派手な教会は苦手です。


150
街角のフレスコ


151
裏通りに一歩踏み入れると、急に静寂さが訪れます。


159
音楽を学んでいると思われる若い日本人をよく見かけます。


201
次はサンタ・マルゲリータ教会です。


202
教会が見えてきました。


203
ジュリオ・カンピ(クレモナ、1502‐1572)に設計によって建設され、1547年に奉献されたChiesa delle Margherita e Pelagiaです。
ジュリオ・カンピは、画家が本業でしたが、建築家である彫刻家でもありました。


205
単廊式、マニエリスム様式の内部です。


206
この教会の見所はジュリオ・カンピによって描かれたフレスコ画です。


207
あまり知られてないようですが、この教会のフレスコ画がジュリオ・カンピの代表作と思います。


208


209


210


211
ジュリオ・カンピ工房にいた弟子たちも制作に参加していたと思います。


212


214
サンタ・マルゲリータ教会を拝観できたのは幸運でした。


215
写真左の建物に注目です。


216
15世紀に建設されたPalazzo Trecchi


217
次はサン・ルーカ教会です。


218
滅多に開かない教会なので、今日はどうか。


219
サン・ルーカ教会は閉まっていました。


220
若しや、すでに旧教会?


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キリがないので、この辺で終わりにしましょう。


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(おわり)

サンタゴスティーノ教会の続きです。
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主祭壇と後陣


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後陣のフレスコ画はボニファチョ・ベンボ(ブレーシャ、1447‐ミラノ、1477)の作品です。


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主祭壇画はアンドレア・マイナルディ通称キアヴェギーノ(クレモナ、1590‐1613活動)の作品です。


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詳細不明の「聖母子」


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アントニオ・カンピ(クレモナ、1522‐1587)?の「マギの礼拝」


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ペルジーノ(チッタ・デッラ・ピエーヴェ、1446‐フォンティニャーノ、1523)の「聖母子と2聖人」(1494)


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制作者不明の「受胎告知」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・バルベリーニの「磔刑」(1666)


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右側廊


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「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


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ジュリオ・カンピ?の「キリストの洗礼」


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カンピ工房作「キリストの洗礼」


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カンピ工房の「天上の聖母子と聖人たち」


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ベルナルディーノ・カンピ?の「聖ジョアッキーノと聖アンナの邂逅」


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カンピ工房の「復活したキリスト」


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カンピ工房の「ご誕生」


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詳細不明の「聖母子」


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詳細不明の「ピエタ」


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ボニファチョ・ベンボの「聖母子」


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ベルナルディーノ・カンピ?の「聖霊降臨」


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詳細不明


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外に出ました。


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そろそろ昼食時です。


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この店で食べました。


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午後は市立美術館に行くので、ワインは控えました。


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腹八分目、適量の昼食でした。


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アラ・ポンツォーネ市立博物館に向かいました。


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駅の方に少し戻ります。


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写真左の建物が市立博物館です。


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入館しました。


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市立博物館については、後程詳しく取り上げます。


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カラヴァッジョの作品


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外に出ました。
(つづく)

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次はサンティ・マルチェッリ―ノ・エ・ピエトロ教会です。


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教会はアミリカーレ・ポンキエッリ通りにあります。


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美術鑑賞の上では、教会巡りは非常に効率が悪いのです。


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扉が閉まっていて中に入れなければ、どうにもなりません。開いていても、ミサ、葬儀、結婚式などで拝観を遠慮する場合が結構あります。


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夏場に設けられているワンちゃんの水飲み場。


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写真左は校舎です。
イエズス会によって、サンティ・マルチェッリ・エ・ピエトロ教会と一緒に建設された大学の建物です。


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サンティ・マルチェッリ・エ・ピエトロ教会のファサード


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1602年に創建されたバロック様式の建物です。1607年に奉献式が執り行われました。


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建築家フランチェスコ・ビガッロの設計で建設された建物とのことですが、フランチェスコのことを調べても殆ど分かりませんでした。


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身廊側の扉から中に入りました。


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単廊式、バロック様式の内部です。


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左右に短い翼廊があります。


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右側壁


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ファサード方向


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主祭壇


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後陣の装飾


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主祭壇画はジェルヴァーシオ・ガッティ(クレモナ、1550‐1631)の作品です。


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詳細不明


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詳細不明


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アンジェロ・マッサロッティの「幼きキリストと聖ジュゼッペ」


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詳細不明


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詳細不明


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外に出ました。


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次はサンタゴスティーノ教会ですが、もう同教会の鐘楼が見えてます。


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後陣


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美術的に見所が幾つかある教会です。


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サンタゴスティーノ広場


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1200年頃、この地にサン・トッマーゾ教会とサン・ジャコモ教会が隣接して建っていたそうです。その2つの教会を統合して新しい教会を建設することになり、2つの教会を取り壊し、その上に建てることになりました。そうして、1339年に創建され、1345年に完成した建物はサンタゴスティーノ教会となって、1345年に奉献式が執り行われました。


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教会が面している広場が狭いので、大きなファサードを正面から撮るのは難しい。


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ロンバルド・ゴシック様式のファサード


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扉が開いていました。


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三廊式の内部です。ゴシック様式の構造ですが、17‐18世紀に行われた改修を経てバロック様式に一部改められました。


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左側廊方向


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右側廊方向


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天井


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出入口方向
途中ですが、今日は時間がないので、この辺で一旦切ることにします。
(つづく)

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ドゥオーモの堂内に入りました。


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三廊式、ラテン十字形の内部です。


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右方向


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天井の装飾


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中央礼拝堂


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ボッカッチョ・ボッカッチーノ(フェラーラ、1467‐クレモナ、1525)の「天上のキリストと4聖人」(1506‐07)


P1660161
主祭壇画の「聖母被昇天」


P1660163
ファサードの裏にある作品から見て行きます。


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ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483‐フェラーラ、1539)の「磔刑」(1520‐21c)


P1660166
ベルナルディーノ・ガッティ通称イル・ソイアーロ(パヴィア、1495‐クレモナ、1576)の「キリストの復活」(1529)


P1660168
ベルナルディーノ・ガッティ通称イル・ソイアーロ?の「嘆き」


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ポルデノーネの「聖母子と聖フィリッポと聖ジャコモと寄進者」(1522)


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聖オモボーノの聖遺物


P1660176
サン・フェルモ礼拝堂


P1660178
ルーカ・カッタパーネ(16世紀に活動)の「磔刑」(1593)


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ジェルヴァージオ・ガッティ(クレモナ、1643‐1710)の「ご訪問」(16世紀末)


P1660185
ジャコモ・ベルテージ(クレモナ、1643‐1710)の「磔刑」(17世紀後半)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・トロッティ通称イル・マロッゾ(クレモナ、1555‐パルマ、1619)の「受胎告知」(1594)


P1660192
ジョヴァンニ・アンジェロ・ボッローニ(クレモナ、1684‐ミラノ、1772)の「天上の聖ベネデット」(1747)


P1660194


085
左右の柱の上


086
テーマは聖母の物語のようです。


090


093
ボッカッチョ・ボッカッチーノの「磔刑」


094


095
ジュリオ・カンピ(クレモナ、1502‐1572)の「キリストの洗礼」


097
詳細不明の「聖母子」


098


P1660205
外に出ました。


P1660204
市庁舎のロッジャにあるモニュメント


P1660202
ヴァイオリン工房


P1660206
午前中のうちに出来るだけ教会巡りをやっておきたいと考えていました。


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Largo Boccaccino?


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Piazza Pace?


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Via Beltrami


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Piazza Stradivari


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P1660213
有名なブロンズ像


P1660214
クレモナに来たことを実感させる広場です。


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(つづく)

クレモナは、人口72,077人(2017年12月31日現在)のロンバルディア州クレモナ県の県都です。
005
クレモナ駅に到着しました。


007
駅舎


006
駅前広場のガリバルディ像


009
駅からチェントロまで1㎞弱あります。


011
チェントロに向かってVia Palestroを徒歩で進みました。


012
12世紀に建設されたサンティ・ジャコモ・エ・ヴィンチェンツォ教会です。


013
案内板には単にサン・ヴィンチェンツォ教会と記されていました。珍しく開いていたので拝観しました。



014
三廊式、ロマネスク・バロック様式の内部です。17世紀の行われた修復の際、バロック様式に改修されました。


016
右側廊


018
詳細不明


020
左側廊


015
ゲルヴァシオ・ガッティの「受胎告知」


019
フランチェスコ・ボッカッチーノの「聖ヴィンチェンツォに顕現する聖母子」


022
教会の左側にある建物です。


023
クレモナの女流画家ソフォニスバ・アングイッソーラの名前が記されてます。


021
教会の向かいにあるPalazzo Stanga Trecco


025
ちょっとだけ道草しました。


028
Palazzo Stanga Treccoの入り口


026
中に入りましたが、キオストロ回廊を見ただけで退散しました。


024
大きな荷物があっては身動きできません。


029
この日のお宿に向かいました。


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ローマ広場近くの裏通りに入りました。


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写真右の小さなホテルにチェックインしました。


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先ず、ドゥオーモに向かいました。ホテルからドゥオーモまでは200m足らずです。


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ドゥオーモのファサードが見えてます。


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Piazza del Comune


104
ドゥオーモの洗礼堂


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Palazzo Comune


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この広場がクレモナの中心です。


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サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂です。
ドゥオーモについては、後程詳しく取り上げる予定です。


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1107年創建、1491年に完成しました。1190年に奉献式が執り行われました。


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トスカーナの彫刻家作「聖母子と聖イメリオと聖オモボーノ」(1310)


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バラ窓


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ジョヴァンニ・ボーノ(?、?‐1442)の「ライオン像」


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ジョヴァンニ・ボーノの「ライオン像」


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ロマネスクの彫刻


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最近、このような彫刻に対して稚拙感を抱くようになりました。


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Transetto nord


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高さ111mのトラッツォ


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P1660201
(つづく)

P1140376
次はサン・ドメニコ教会です。


P1140378
1729年から1730年にかけて建設されたPalazzo dell'Accademia del Semplici


P1140383
プラートは繊維工業が盛んですが、安い労働力を求めて中国人、韓国人を多数雇用しました。そのため、東洋系のショップを数多く見かけるようになりました。


P1140386
サン・ドメニコ広場


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1281年創建のサン・ドメニコ教会修道院です。


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内部に古いフレスコ画が残されてます。


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彫刻があったと思わせる身廊外壁の壁龕です。


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残念ながら、サン・ドメニコ教会は閉まってました。


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このところ閉まっているのが普通なので、あまり期待していませんでした。


P1140398
旧修道院のMuseoが閉まっていました。ガックリ。
2012‐2013に行われた特別展の案内が、2017年にもあるなんて不可思議でした。


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サンティ・ヴィンチェンツォ・エ・カテリーナ聖堂です。


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ヴィンチェンツォ・エ・カテリーナ聖堂も閉まっていました。


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次はミゼリコルディア教会です。


P1140429
ミゼリコルディア教会も閉まってました。
ここにはブロンズィーノ、アレッサンドロ・アローリなどの祭壇画があるので、残念です。


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開かない教会ばかり。
次はサンタゴスティーノ教会です。


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サンタゴスティーノ教会は、ポルタ・アル・セッラーリオ駅近くにあります。


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ドゥオーモが見えてきました。


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ドゥオーモ広場を横切りました。


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この日のお宿を素通り。


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駅の方に進みます。


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サンタゴスティーノ教会の鐘楼が見えてきました。


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ファサードの方に回ります。


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サンタゴスティーノ教会です。
扉が開いているのを見てホッとしました。


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1271年、この地に小さな礼拝堂と小さな修道院が建設されました。14世紀中頃には手狭となったので、再建されることになり、14世紀末に創建され、1440年に完成したルネサンス様式の建物が現在の教会の姿です。


P1140533
鐘楼


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恐らくフレスコ画があったと思われるルネッタ


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ファサードの丸窓


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入口扉の彫刻


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三廊式、ルネサンス様式の内部です。


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名の知られた画家たちの祭壇画が10点以上あります。


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左側廊


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この教会が開いていたことで、何とか教会巡りの目的が果たせそう。


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右側廊


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P1140451
シモーネ・ピニョーニ(フィレンツェ、1611‐1698)の「トレンティーノの聖二コラと聖人たちと音楽天使たち」(1655c)


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有名な「キリストの洗礼」のコピー画


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ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリ(フィレンツェ、1551‐1640)の「無原罪の御宿リ」(17世紀)


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トッマーゾ・ディ・ピエロ(プラート、1464‐1529)の「ロレートの聖母」(16世紀)


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アストルフォ・ペトラッツィ(シエナ、1583‐1665)の「天上のキリストと聖人たち」(1638)


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ピエトロ・ペザッティ(リヴォルノ、1829‐1890)の「聖家族」(19世紀)


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14世紀の逸名画家作「聖母子と聖アゴスティーノと聖マルゲリータ」(14世紀中頃)


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主祭壇


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ジョヴァンニ・ビゼッリ(フィレンツェ、1556‐1612)の「聖アゴスティーノの洗礼」(1603)


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マッテオ・ベルティーニの「天上の聖母子と聖アゴスティーノ」(1603)


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チゴリ工房の「チントラの聖母」(16世紀)


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詳細不明


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ラファエッロ・ヴァンニ(シエナ、1590‐1657)の「三位一体と聖アゴスティーノ」(17世紀中頃)


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ロレンツォ・リッピ(フィレンツェ、1606‐1664)の「聖トッマーゾの施し」(1660)


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ジョヴァン・バッティスタ・ナルディーニ(フィレンツェ、1535‐1591)の「慰めの聖母と聖アゴスティーノと聖モニカ」(16世紀)


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制作者情報不詳の「磔刑像」(17世紀末‐18世紀初め)


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詳細不明のフレスコ画


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第2日はこれで終わりです。


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(おわり)

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皇帝の城近くにもう一つ教会があります。


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1926年創建のOratorio di Sant'Annaです。


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ルネッタ上の「ピエタのキリスト」のテラコッタ


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フレスコ画の痕跡?


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扉が開いていたので拝観しました。


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天井


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単廊式、ネオゴシック様式の内部です。


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美術的には見所がありません。


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教会には例外が幾つもあって、見逃せない古い作品がある場合が時々あるので、こうして丹念に見ておくのです。


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次はサン・フランチェスコ教会です。


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イタリア人好みのヘンテコなオブジェ。


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1680年に建設されたマドンナ・デル・ジーリオ聖域は閉まっていました。


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サン・フランチェスコ教会はすぐ近くにありますが、少し遠回りをしました。


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遠周りの理由は、この日の夕食の店に予約するためです。


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街角のタベルナコロ


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夕食を食べたトラットリアが写ってます。


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プラートでは、この辺の街並みが気に入ってます。


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サン・フランチェスコ教会の身廊横に青空市が立ってました。


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サン・フランチェスコ広場


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サン・フランチェスコ広場にあるFontana dei Delfini


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サン・フランチェスコ教会は閉まっていました。


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拝観したかった教会です。


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ルネッタ上の「無原罪の御宿リ」


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外観をじっくりと鑑賞しました。


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教会巡りを旅の主目的にしてはいけません。扉が閉まっていれば、それで終わってしまいますから。


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この時間(午後4時頃)まで青空市が立っているのは珍しい。


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次はアルベルティ美術館です。


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美術館がある建物が見えてきました。


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美術館に行く前に街角のタベルナコロを見ます。


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現在、ここにあるのはコピー画です。


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ニッコロ・ディ・ピエトロ・ジェリーニの本物は取り外され、プラート市立美術館に所蔵されてます。


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アルベルティ美術館がある、13世紀に建設されたPalazzo degli Albertiです。


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美術館は、入館無料ですが、予約必須ですが、電話を何回架けても、メールで数回問い合わせをしても音沙汰無しだったので、状況確認のために来たのです。


P1140350
扉が閉まっていました。
今となっては、扉が閉まっていた理由が分かります。今後、アルベルティ美術館が再オープンされる見込みは殆どないと思います。
1870年、Cassa di Risparmio di Pratoは、他の場所にあった本部をこの建物に移しました。Cassa di Risparmio di Pratoは長年に渡って購入した美術品がありましたが、やがて、この建物の1階(日本の2階)で美術品を公開するようになりました。
所有者変更の理由が私には分かりませんが、Palazzoと美術館はBanca Popolare di Vicenzaの所有となりました。しかし、従前と同じ条件で美術館は一般公開されていました。
ところが、2014年頃だったと思いますが、Palazzoの扉が固く閉じられ、銀行業務が行われているとは、とても思えないような無人、無照明の状態になっていました。
その後、Banca Popolare di Vicenzaの経営不振が伝えられ、さらに銀行清算中と新聞に出るようになりました。
美術館の展示作品は約50点ほどだったと思いますが、傑作が幾つかあって、見逃せない美術館の一つでした。
ご参考までに、この美術館で展示されていた作品画像を幾つか載せておきましょう。


3
カラヴァッジョ(ミラノ、1571‐ポルト・エルコレ、1610)の「荊刑のキリスト」(1604c)
2017年‐2018年にミラノで開催されたデントロ・カラヴァッジョ展に出展されていました。


4
マリオット・ディ・ナルド(フィレンツェ、1365c‐1424)の「ポリッティコ」(1424)


5
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1433c‐1516)の「磔刑」(1505)


6
フィリッポ・リッピ(フィレンツェ、1406‐スポレート、1469)の「聖母子」


7
フランチェスコ・フリーニ(フィレンツェ、1603‐1646)の「ダヴィデ」


8
ジョヴァンニ・ビルヴェルト(フィレンツェ、1585‐1644)の「アンジェリカとルッジェーロ」


9
ジュスト・サステルマンス(アンヴェルサ、1597‐フィレンツェ、1681)の「フローラに扮したヴィットリア・デッレ・ローヴェレの肖像」
この他にマッテオ・ロッセッリ、ヤコポ・ヴィニャーリ、カルロ・ドルチ、サンティ・ディ・ティートなどの作品があります。


P1140351
(つづく)

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カルチェリ聖堂 Basilica di Santa Maria delle Carceriにやってきました。


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フィレンツェのロレンツォ・イル・マニーフィコがお気に入りの建築家ジュリアーノ・ダ・サンガッロに指示して作らせた教会です。創建が1486年、完成が1495年のルネサンス様式の建物です。


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扉が開いていたので拝観しました。


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ギリシャ十字形、ルネサンス様式の内部です。


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床の模様


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主祭壇
ルネサンスに描かれた祭壇画に見えますが、かなり新しいものです。


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アントニオ・マリーニ(プラート、1788‐フィレンツェ、1861)の「天上の天使たちと信者たちと聖人たち(聖ジョアッキーノ、聖アンナ、聖ジュゼッペ、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ)」(1844‐47)
その下の作品は19世紀のものではありません。


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フィレンツェ派?の逸名画家作「聖母子と聖レオナルドと聖ステファノ」(14世紀)


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次の礼拝堂です。


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ミケーレ・デッレ・コロンベ(16世紀中頃‐後半活動‐1580c没)の「ご訪問」(16世紀後半)


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ミケーレ・デッレ・コロンベの「幼きキリストへの崇拝」(16世紀後半)


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聖水盤


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アンドレア・デッラ・ロッビアの「聖マッテオ」


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アンドレア・デッラ・ロッビアの「聖ルーカ」


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アンドレア・デッラ・ロッビアによる装飾


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カルチェリ聖堂の横後方にあるのが皇帝の城です。


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神聖ローマ帝国皇帝フェデリーコ2世によって13世紀に建てられました。


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この日は入りませんでした。


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あの教会は拝観の必要がありません。


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Monumento ai caduti


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Piazza delle Carceri


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面白そうな建物が・・・・・


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一見、古そうに見えましたが・・・・・


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ファサードの彫刻がロマネスク風ですが・・・・・


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これを見てガックリ!
1913年から1919年に建設されたPalazzo della Pubblica Assistenzaと言うことが分かりました。


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これを見れば、新しい建物であることは一目瞭然でした。


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市立美術館が開く時刻が迫ってきました。


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旧サン・ジョヴァンニ教会


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市立美術館に向かいます。


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来た時と同じ道を戻りました。


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修復工事のために長らく休館となっていた市立美術館です。


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切符売り場


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修復工事後、非常に見易くなりました。


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美術館については、後程詳しく取り上げます。


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質が高い作品が並んでます。


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プレトリオ宮からの眺め


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大満足で外に出ました。
(つづく)

プラートは、人口193,325人(2017年12月31日現在)のトスカーナ州プラート県の県都です。
プラートは、フィレンツェとの2つの苦い歴史があります。
フィレンツェの拡大を脅威に感じたプラートは、1326年に然程関係が強固ではなかったナポリを頼り、ナポリ王をプラートのシニョーリにしてナポリ属下になったのですが、そのナポリが何と、17,500フィレンツェ金貨でプラートをフィレンツェに売却してしまい、プラートはフィレンツェの支配下に置かれるようになったのです。他力本願は良くないという典型的な例です。
もう一つの苦い歴史は特に有名ですから、私が改めて触れる必要がないと思います。
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プラート・ポルタ・アル・セッラリオ駅に到着しました。


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プラート中央駅がありますが、旧市街に行く場合、この駅の方が遥かに便利です。


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ポルタ・アル・セッラリオ駅からマグノルフィ通りを300mほど歩けばドゥオーモ広場ですから。


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先ず、この日のお宿に向かいました。ホテルがこの写真に写ってます。


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この日のお宿は、ドゥオーモ広場入り口にある、このホテルです。


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チェックインを済ませて、早速街歩きに出発です。しかし、もう夕方近くなので、ドゥオーモとドゥオーモ付属美術館を見るだけで、この日は終わりそうです。


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ドゥオーモ広場


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あの道を進めば、市庁舎と美術館がある広場に出ますが、この日は無理そうです。


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ドゥオーモ


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説教壇は複製で、本物は付属美術館にあります。


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拝観しました。


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フィリッポ・リッピのフレスコ画がある後陣は、付属美術館の扱いです。


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一旦、聖堂の外に出て美術館の切符を買います。以前は、付属美術館の入り口はここでした。


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現在は鐘楼の下に切符売り場と美術館の入り口があります。


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切符売り場はここです。


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切符を買って、再び聖堂内に。


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大聖堂と付属美術館については、後程詳しく触れる予定です。


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美術ファンには必見と思います。


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外に出ました。


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この日はこれで終わりです。


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翌朝です。


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保護のガラ版に周囲が写って、何が何だか分かりません。


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その下の銘板にフランチェスコ・フェッルッチとありました。私が知るフランチェスコ・フェッルッチ(フィレンツェ、1489‐ガヴィナーナ、1530)とは、フィレンツェの傭兵隊長のことなのですが、このタベルナコロは聖母子の絵画のように見えました。


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ドゥオーモは、この日の午前中はパス。


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市庁舎に向かいました。


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Via Giuseppe Mazzoni


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市立美術館


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開館時間を確認しました。開館まで時間があることが分かりました。


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市庁舎


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Piazza del Comune


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広場にある噴水は、フェルディナンド・タッカ(フィレンツェ、1619‐1686)のFontana del Bacchino(1659-65)です。


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13‐14世紀に建設されたPalazzo Pretorioは市立美術館として使用されてます。


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広場に立つ像があります。


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制作者不明のフランチェスコ・ディ・マルコ・ダディーニ(フランチェスコ・ダディーニ)(プラート、1335‐1410)像
フランチェスコはプラートの商人です。商売のため、ヨーロッパ各地を旅しましたが、その間、数多くの手紙を書きました。それらの手紙が当時の商業史料として重要とされており、ダディーニ古文書館で保存、一般公開されてます。


P2010440
観光案内所に立ち寄って、地図、資料などを頂戴しました。


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Palazzo Buonamici


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16世紀に建設されたPalazzo Novellucci


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市の所有建物で、官庁関係のオフィスとして使用されてます。


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塔があります。


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12世紀のTorre degli Ammannati


P2010448
(つづく)

P1640386
夕方近くなって空が晴れ渡るようになりました。


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次はサンタレッサンドロ・イン・クローチェ教会です。


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10世紀創建の古い歴史があるサンタレッサンドロ・イン・クローチェ教会ですが、その後何度も再建され、現在の建物は、1737年工事着工、1923年に完成しました。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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現存する作品は多くありませんが、昔は数多くの作品を有する教会として有名だったそうです。


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右側壁


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約100点の絵画、彫刻があったそうですが、ロレンツォ・ロットの作品を含む多くの作品が売却され、現在、世界中の美術館で展示されています。


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主祭壇


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後陣の装飾


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残された作品のうち、最も有名なのが出入口上部にある作品です。


1
ジョヴァン・バッティスタ・モローニの「聖母戴冠」(1576)


2
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピットーニの「聖母子と聖人たち」(1746)


3
ジョヴァン・バッティスタ・パローディの「聖カルロ・ボッロメオ」


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残念ながら古い作品が残ってません。


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次はサン・ベルナルディーノ教会です。


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教会が見えてます。果たして開いているか!


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サン・ベルナルディーノ・イン・ピーニョロ教会は、残念ながらこの日も閉まっていました。
傑作が見たかった!!!


4
傑作と言うのが、ロレンツォ・ロットの「玉座の聖母子と聖人たち」(1521)です。


P1640385
最近、閉まっていることが多く、これで3連敗です。


P1640373
教会の拝観ほど厄介なモノはありません。ベルガモは、それでも見るべき教会が多く、全ての教会が閉まっていて拝観できないということは有り得ないので、それが救いです。


P1640376
県庁舎
教会はバッサの中心地にあります。


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ドニゼッティ劇場


P1640283
オペラが盛んな町です。


P1640284
バッサの中心にやってきました。


P1640285
サン・バルトロメオ教会が見えてます。


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サンティ・バルトロメオ・エ・ステファノ教会が正式な名称です。


P1640371
1613年工事着工、1642年に完成したルネサンス様式の建物です。


P1640291
単廊式、バロック様式の内部です。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


P1640293
右側壁


P1640296
縦が60m、横が14mあります。


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マッティア・ボルトローニ(カンダ、1695‐ベルガモ、1750)によって1749年に制作されたフレスコ画


P1640316
後陣天井のフレスコ画もマッティア・ボルトローニによって描かれました。


P1640300
主祭壇


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ロレンツォ・ロットの「マルティネンゴの祭壇画」(1516)


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マッティア・ボルトローニのフレスコ画


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マッティア・ボルトローニのフレスコ画


P1640321
フランチェスコ・コッペッラの祭壇画(18世紀)


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ジュゼッペ・オレッリの「聖ステファノの説教」(18世紀)


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ジュゼッペ・オレッリの「聖ステファノの殉教」(18世紀)


P1640329
詳細不明


P1640331
カルロ・サリスの「聖ヴィンチェンツォ・フェレ―リの奇跡」(1748)


P1640336
ジュゼッペ・オレッリの「シエナの聖カテリーナ」(18世紀)


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ジュゼッペ・パッジの「シエナの聖カテリーナ」(18世紀)


P1640343
ジュゼッペ・パッジの「シエナの聖カテリーナの聖体拝領」(18世紀)


P1640345
ピエトロ・リッチ通称イル・ルッゲーゼの「聖ライモンド」(1641)


P1640346
マウロ・ピチェナルディの「聖母の結婚」(18世紀)


P1640349
エネア・ダルピーノ通称イル・サルメッジャの「ロザリオのベアータ・ヴェルジネ」


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マウロ・ピチェナルディの「割礼」(18世紀)


P1640355
マウロ・ピチェナルディの「聖ヴィンチェンツォの奇跡」(18世紀)


P1640359
ピエトロ・ダミアーニ・ダ・カステルフランコ(1592‐1651)の「天上の聖母子と2聖人」


P1640362
詳細不明


P1640281
外に出ました。


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ドニゼッティ像


P1640279
これで大体見終わりました。


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サンタ・マリア・インマコラータ・デッレ・グラツィエ教会


P1640275
バッサを見てからアルタのホテルに戻るのが面倒に思いました。


P1640276
(おわり)

P1640910
更にアルタを回りました。


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ミラノに近いベルガモですが、ヴェネツィア共和国の最前線の拠点だったことに意外感を覚えます。


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共同洗濯場


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ベルガモはドニゼッティの生まれ故郷です。


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ルネサンス期はヴェネツィア共和国の一部でしたが、ベルガモの歴史は複雑です。


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ロンバルディア同盟の一員だった時代があるし、ミラノのヴィスコンティ家の支配下に置かれた時代もあるベルガモです。


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次は、この日もカッラーラ美術館です。


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前日は作品の写真を撮ることを重点になったので、作品鑑賞が疎かになりました。


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城塞


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サンタゴスティーノ門


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門を潜りました。


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サンタンドレア教区教会


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ヴェネツィア共和国の有翼のライオン像


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入館しました。


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ゆっくりと鑑賞できました。


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次はバッサの教会巡りです。


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バッサは19世紀に都市計画によって生まれた町とされてますが、古い教会が幾つかあります。


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美術的に見どころが多いサント・スピリト教会です。


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創建は1311年ですが、16世紀初めに再建されることになり、1530年工事着工、1740年に完成したルネサンス様式の二代目の建物が現在の姿です。


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単廊式、ルネサンス様式の内部です。


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左側壁


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右側壁


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アンドレア・プレヴィタリ(ベルガモ、1480c‐1528)の「洗礼者聖ジョヴァンニとバーリの聖二コラと聖バルトロメオと聖ジュゼッペと聖ジャコモ」(1515)


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アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(1453c‐1523)の「ポリッティコ」(1507)


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16世紀のロンバルディア?の逸名画家作「聖母子」


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シピオーネ・ピアッツァ・ダ・ローディの「聖母子と2聖人」(16世紀)


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アントニオ・ファント―ニ・ロシャーノの主祭壇(1511)
祭壇下の彫刻が傑作です。


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アンドレア・プレヴィターリの「ポリッティコ」(1525)


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ロレンツォ・ロットの「サント・スピリトの祭壇画」(1521)
これは本物の写真です。写真なんぞ止めて、本物の複製画を飾った方が良いと思いますが、多分適当な複製画がないのでしょう。前回は作品の修復のため、今回は作品の貸し出しのため観ることが出来ませんでした。


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ドメニコ・ヴィアーニとアントニオ・ロッシ・ダ・ソローニャの「聖アントニオの奇跡」(17世紀)


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ジュリオ・カルピノーニの「十字架降下」


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美術的に中々面白い教会です。


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P1640398
外に出ました。


P1640397
(つづく)

P1640721
次はサン・パンクラツィオ教会です。


P1640722
アルタの目抜き通りであるコッレオーニ通りです。


P1640723
写真左に教会が写ってます。


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サン・パンクラツィオ教会です。
888年の記録にその存在が記されている教会です。現在の建物は1280年に創建され、1442年に拡大され、16世紀に完成した二代目のものです。


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教会の前に1549年に造られた「Boccio di Giacinto」と呼ばれるフォンターナがあります。


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ポータル上の浮彫は、ジョヴァンニ・バッティスタ・カニアーニの「聖母子と聖パンクラツィオと司教聖人」(13世紀末‐14世紀初め)です。
ルネッタのフレスコ画「三位一体と聖セバスティアーノと聖ベルナルディーノ」(13世紀末‐14世紀初め)の制作者が不祥です。


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単廊式の小さな内部です。


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左側壁


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右側壁


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有名画家たちの作品があるので、美術ファンにとって見逃せない教会です。


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主祭壇


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フランチェスコ・テルツィによって描かれた後陣のフレスコ画


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無原罪礼拝堂


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クリストファノ・アローリ(フィレンツェ、1577‐1621)の「無原罪の聖母と聖人たち」


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ベアータ・ヴェルジネ礼拝堂


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マルカントニオ・チェザレオの「ピエタ」(17世紀)


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Cappella dei diecimila Martiri


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ジョヴァン・バッティスタ・モローニの「磔刑」


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モローニの作品


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モローニの作品


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ヤコピーノ・シピオーニの「玉座の聖母子と2聖人」


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エルマンノ・ストロイッフィの「ロザリオの聖母と聖人たち」
この他にパルマ・イル・ジョーヴァネの作品がある筈ですが見つからない!


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外に出ます。


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結構楽しめました。


P1640786
坂を下りました。


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ベルガモに泊まるとき、アルタにするのか、バッサにするのか、迷うところです。
カッラーラ美術館やロレンツォ・ロットの作品巡りを主体にするならば、バッサの方が良いと思いました。


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頭で支える、定番の構図です。


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霧が消えて晴れてきました。


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サンタンドレア教区教会は閉まっていました。


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この日もサン・ミケーレ・アル・ポッツォ・ビアンコ教会を拝観します。


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前日に拝観したばかりですが、再び来たのには訳があります。


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中に入りました。


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情報通りクリプタが開いていました。


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滅多に開かないクリプタです。


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クリプタのフレスコ画を見るのは久し振りです。


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内陣に戻りました。


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折角来たので、じっくりと拝観しました。


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ロレンツォ・ロットが描いたのは向かって左の礼拝堂です。


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クリプタに入ることが出来て嬉しかった。


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教会の名称の由来となったフォンターナです。


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P1640901
(つづく)

P1640655
次はサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂です。


P1640556
写真左がサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂で、右がコッレオーニ礼拝堂です。


P1640555
コッレオーニ礼拝堂は、サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂の礼拝堂と思っていたら、どうやら違うようです。


P1640554
こちらがサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂です。
8世紀頃、当時の記録にこの教会の存在が既に記されているそうです。
1185年に創建されたロマネスク様式の建物が現在の姿の原形です。


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入口の向かって左にあるライオン像


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右側のライオン像


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入口天井の装飾


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入り口横の柱の装飾


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後陣


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後陣の装飾


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フレスコ画が残ってます。


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拝観しました。


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17世紀にバロック様式に改装された内部です。


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左側壁方向


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右側壁方向


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説教壇


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アントニオ・ボセッリ(サン・ジョヴァンニ・ビアンコ、1475c‐1536)の「オーニッサンティの祭壇画」(1574)


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1342年から1347年に描かれたフレスコ画


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「人生の樹木」(1342‐1347)


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フランチェスコ・バッサーノ・イル・ジョーヴァネの「最後の晩餐」(1584)


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14世紀にジョットの影響を受けた画家によって描かれたフレスコ画


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「最後の晩餐」(1347)


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ジャン・パオロ・ロルモ(ベルガモ、1550c‐1595)の「天上の聖母子とと聖ロッコと聖セバスティアーノ」(1576)


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次はコッレオーニ礼拝堂です。


P1640568
中は写真不可です。


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外に出ました。


P1640707
ドゥオーモ博物館は開いていませんでした。
(つづく)

P2450666
ホテルに併設されたレストランで夕食です。


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自分で食べたものをブログに載せるのは恥ずかしいし、下卑てると思います。


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写真を撮ってますが、載せるのは時々です。


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これがお腹に応えました。


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腹ごなしに外に出ました。ベルガモのアルタですが、昼間は混雑していますが、夕方近くなると人出が減り、夜になると観光客の姿を見かけなくなります。アルタの宿泊施設が限られているのも、その一因でしょう。


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珍しく日の丸の旗がありました。


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良く見るとG7とEUの旗です。


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この建物でG7の会合が行われた?


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何もすることがないので、ホテルに戻って寝ました。


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翌朝です。


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先ず、ドゥオーモの拝観です。しかし、写真はサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂の後陣です。


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ドゥオーモよりもサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂に近い場所にある洗礼堂ですが、ドゥオーモの洗礼堂です。


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サンタレッサンドロ大聖堂です。
この場所にローマ時代の遺跡が発見されてますが、その遺跡は初期キリスト教会と考えられてます。778年の文書に教会の存在が記録されてますが、それが二代目の建物と考えられてます。
現在の建物は15世紀半ばに再建された3代目ですが、1561年、ヴェネツィア共和国によって城壁の建設が決定されましたが、それに伴い3代目の建物の大部分が取り壊されてしまいました。その後、大修復・増築され、19世紀に漸く完成しました。
外部は新古典様式、内部がバロック様式となってます。


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外部の見所は特にないと思います。


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柱廊天上に描かれたフレスコ画はジョヴァン・バッティスタ・モローニによって描かれたそうですが、殆どが落剝しています。


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単廊式、ラテン十字形の内部です。


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左側壁


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右側壁


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中央礼拝堂


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主祭壇の中央下部にあるのは聖アレッサンドロの壺です。


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後陣の装飾


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クーポラのフレスコ画は、フランチェスコ・コゲッティ(ベルガモ、1802‐ローマ、1875)によって1825年から1828年に描かれたそうです。


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フランチェスコ・モンティの「聖ジョヴァンニ司教の殉教」


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エネア・サルメッジャ通称ダルピーノ(ネンブロ、1575c‐ベルガモ、1626)の「聖家族とパドヴァの聖アントニオ」


P1640598


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サンティ・フェルモ、ルスティコ・エ・プロコーロの祭壇


P1640602
サンティ・ヴィンチェンツォ・エ・ジョヴァンニ礼拝堂(18世紀)


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カルロ・チェレーザの「天上の聖ヴィンチェンツォ」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ピットゥーニの「聖ロレンツォの殉教」


P1640612
詳細不明


P1640615
セバスティアーノ・リッチの「聖フェルモ、聖ルスティコ、聖プロコーロ」


P1640618


P1640626
ラファエッロ・ダルピーノの「磔刑」


P1640627


P1640630
アンドレア・プレヴィターリの「玉座の聖ベネデットと2聖人」


P1640631
詳細不明


P1640634
詳細不明


P1640636


P1640639
ジョヴァン・バッティスタ・モローニの「天上の聖母子と2聖人」


P1640642
Cappella dell'Eucarestia


P1640645


P1640647


P1640648


P1640651
詳細不明


P1640587
外に出ます。


P1640654
(つづく)

P2440050
要塞には行きません。


P2440052
サンタゴスティーノ教会の修復が終わっていました。


P2440053
ナポレオンのイタリア侵攻によって、1797年に宗教活動を停止してから、その機能を一度も回復することなく現在に至ってます。兵舎や催事場など様々に用途に使用されていましたが、現在はベルガモ大学のホールに改造されてます。


P2440054
サンタゴスティーノ門


P2440055
門を潜って城壁外に出ました。


P2440056
次はカッラーラ美術館です。


P2440057
街角の聖母子


P2440058
Via San Tomasoを進めばカッラーラ美術館に出ます。


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道路工事のため先に進めません。


P2440060
カッラーラ広場に入れません。嫌な予感!!


P2440061
「嫌な予感」は杞憂に終わりました。開館していたので安心しました。


P2440063
午前11時20分。頑張るぞ!!
今の体力では、立ち通しで作品を見て回るのは5時間が限度です。


P2440064
切符売り場の壁


P2440065


P2440074
入館しました。


P2440154
カッラーラ美術館については、明日から詳しく取り上げます。


P2440464
イタリアで有数の美術館ですが、それにも拘らず入館者は数えるほど。
世の中、美術ファンは少ないのです。


P2440573
この日は、鑑賞にほぼ専念しました。


P2450640
外に出たのは午後4時5分でした。4時間45分かかりました。


P2450641
近現代美術ギャラリーに行きたかったけれど、もう体力の限界です、諦めました。
この翌日、全展示作品の写真を撮るためにカッラーラ美術館に再訪しましたが、5時間以上かかってしまい、結局、近現代美術ギャラリーに行けませんでした。


P2450642
ホテルに戻ることにしました。


P2450644
上り坂です。


P2450645
カッラーラ美術館が旅の目的だったので、バッサに泊まれば良かったと後悔。


P2450646
夕方ですが、意外にも混んでいました。


P1640726
サン・パンクラツィオ教会です。


P2450647
開いていました。


P2450648
1474年に完成した時はルネサンス様式でしたが、17世紀の改修の際、一部バロック様式に変更されたので、両様式の折衷した建物です。


P1640728


P1640729
単廊式の内部です。


P1640731
左側壁


P1640730
右側壁


P1640732
天井


P1640733
中央礼拝堂


P1640735
アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)による後陣のフレスコ画


P1640739
無原罪の礼拝堂


P1640741
クリストファノ・アローリ(フィレンツェ、1577‐1621)の「無原罪の聖母と聖人たち」


P1640743


P1640745
マドンナ礼拝堂


P1640746
ジョヴァンニ・ブリーナの「聖母子」


P1640748


P1640750


P1640752


P1640774


P1640777
フランチェスコ・テルツィの「天上の聖母子と聖人たち」


P1640771


P1640772
ジャン・パオロ・カヴァーニャ(ベルガモ、1550c‐1627)の「玉座の聖母子と2聖人」


P1640759
十万殉教者礼拝堂


P1640761
ジョヴァンニ・バッティスタ・モローニ(アルビーノ、1522‐1578)の「磔刑」


P1640763
詳細不明


P1640765
詳細不明


P1640755


P1640757
マルカントニオ・チェーザレオの「ピエタ」


P1640766


P1640768
パルマ・イル・ジョーヴァネに帰属する「ロザリオの聖母」


P1640782
外に出ます。


P1640783
ファサード前にある「Boccio di Giacinto」(1549)と呼ばれているフォンターナ


P1640784
(つづく)

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