イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: 教会巡り

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主祭壇


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主祭壇画は、フェデリーコ・ズッカリ(サンタンジェロ・イン・ヴァード、1539‐アンコーナ、1609))の「聖母被昇天」


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詳細不明の「磔刑像」


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後陣右の礼拝堂


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次の礼拝堂です。


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後陣右のクーポラ


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ニコロ・デッラ・タルシアの「サンターレの聖母」(1510‐12)


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アウグスト・ムッシーニ通称フラ・パオロ(レッジョ・エミリア、1870‐ローマ、1918)の作品


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カヴァリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568‐ローマ、1640)の「ご訪問」(1604)


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制作者不明の「受胎告知」


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主祭壇前から見た出入口


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説教壇


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次の礼拝堂


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詳細不明の「ロザリオの聖母」


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次の礼拝堂


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544‐1638)の「ピエタ」(1607)


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次の礼拝堂


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かなり有名な聖母子


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逸名画家作「サンティッシマの聖母」


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右側廊


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右側廊から見た中央方向


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誰の墓碑でしょうか?


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聖水盤


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フランチェスコ・フォンタネージによって描かれたフレスコ画(1770)


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クリプタに入りました。


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クリプタの壁にフレスコ画が残されてます。


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クリプタから内陣に戻りました。


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プロスペロ・ソガリ通称イル・クレメンテ(レッジョ・エミリア、1516‐1584)の「ランゴーネ司教の墓」(1566)


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アウグスト・ムッシーニ通称フラ・パオロ(レッジョ・エミリア、1870‐ローマ、1918)の「キリスト」


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外に出ました。
(おわり)

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レッジョ・エミリアの街の中心Piazza Prampoliniです。


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Piazza Prampoliniに面して建っているレッジョ・エミリア大聖堂です。


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レッジョ・エミリア=グスタッラ司教区の司教座教会 Cattedrale di Santa Maria Assunta です。


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伝承によれば、451年創建の初期キリスト教会がこの地にあり、それが前身とされてますが、その記録が残ってません。9世紀の文書にこの教会の存在が記されており、それ以前に建設されたことは確実です。
現在の教会の姿は、13世紀に再建されたロマネスク様式の建物を基本に、その後、次々に改造改修が行われましたが、1599年に一応の完成を見たルネサンス様式の建物です。


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外観の特徴は、ファサード上にある八角形の鐘楼です。
13世紀初めに完成した鐘楼ですが、完成間もなくの1228年に発生した大地震によって倒壊してしまったので、1268年に八角形の現在の姿に再建されたものです。
写真右端は、Torre del Bordelloです。


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鐘楼の金色の聖母子像は、バルトロメオ・スパーニ(レッジョ・エミリア、1468‐1539)によって1522年に制作されました。


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ドゥオーモの洗礼堂は、ファサードに向かって左側にあるドゥオーモに隣接する建物の左端にあります。


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ドゥオーモの洗礼堂


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洗礼堂扉上ルネッタ上の「キリストの洗礼」の浮彫


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サン・プロスペロ広場から見えるドゥオーモの後陣


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ドゥオーモのファサードに戻ります。
ファサードの扉上にある彫刻は、プロスペロ・ソガリ通称イル・クレメンテ(レッジョ・エミリア、1516‐1584)の「アダムとイヴ」(1584)です。


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ファサードの壁龕に4体の彫像がありますが、これらは街の4聖人のものです。4体の彫刻ともプロスペロ・ソガリ通称イル・クレメンテ(レッジョ・エミリア、1516‐1584)によって制作されました。
こちらは「聖グリサンテ像」です。


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「聖ヴェネリオ像」


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「聖ジョコンダ像」


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「聖ダリア像」


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メイン扉上にあったフレスコ画は、Museo Diocesanoに移されました。


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聖堂内に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、バロック様式の聖堂内部です。


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1832年の大地震によって大きな被害を受けたので、その後、大修復工事が行わマした。そのため、かなり修正が加えられた内部は新しく見えます。


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縦が73.3mあります。


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天井の装飾


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左側廊


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左側廊から見た身廊方向


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左第1礼拝堂


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Cappella dei Notaiの扉が閉まっていました。


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鉄柵の間にカメラを入れて撮りました。
「Madonna Tacoli」(1250c)


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次の礼拝堂です。


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ルイージ・アングィッソーラ(1479‐1553)の「玉座の聖母子と聖ジローラモとアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1520c)


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次の礼拝堂です。


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グイド・レーニの「大天使聖ミケーレ」に似てますが、制作者は不明のようです。


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「聖母被昇天と聖ジローラモと聖ピエトロ」


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ポマランチョ?の作品


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カルロ・ボノーニ(フェラーラ、1569‐1632)の「聖セバスティアーノ」


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左翼廊の礼拝堂


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オラツィオ・タラーミ(1624‐1708)の「嬰児虐殺」


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Cappella Santissimo


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右翼廊の礼拝堂


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詳細不明
(つづく)

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Cappella Ovetariです。


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礼拝堂のフレスコ画は1944年の米英軍の爆撃によって破壊崩落してしまいました。破壊された断片を集めて再構成・修復されたのです。


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖母被昇天」(1453‐57)


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詳細不明
マンテーニャの「聖母被昇天」の下台


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Cappella Ovetariのフレスコ画は、アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)、アンスイノ・ダ・フォルリ(パドヴァ、15世紀活動)、ボーノ・ダ・フェラーラ(パドヴァ、1451活動記録)の3人による「聖クリストフォロの物語」
このフレスコ画の制作については、資金難による注文主とマンテーニャのトラブルがあって、途中でマンテーニャが制作から降りてしまい、アンスイノ・ダ・フォルリとボーノ・ダ・フェラーラが参画するようになったようです。


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最上段はマンテーニャの作品です。


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ボーノ・ダ・フェラーラ(パドヴァ、1451活動記録)の「子供と聖クリストフォロ」


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アンスイノ・ダ・フォルリ(パドヴァ、15世紀活動)の「聖クリストフォロの説教」


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖クリストフォロの殉教と遺体の移送」


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖クリストフォロの遺体の移送」


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Cappella Ovetariのフレスコ画、アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「聖ジャコモの物語」


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フレスコ画があったと思われる壁龕


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聖水盤


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中央礼拝堂前から見たファサード裏側方向


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この礼拝堂の名称が分かりません。


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)の「キリストの鞭打ち」


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この礼拝堂の名称が分かりません。


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礼拝堂の祭壇


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)の「玉座の聖母子」


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礼拝堂の右壁の作品(詳細不明)


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横長の作品です。


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パオロ・ヴェネトの墓


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次の礼拝堂です。


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詳細不明の磔刑像


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制作者不明の「三位一体と聖アンドレアと2信者」


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詳細不明


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詳細不明


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次の礼拝堂です。


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詳細不明


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フレスコ断片が残されてます。


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Cappella Cortellieriの扉が閉まっていました。


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鉄格子の間からカメラを入れて撮りました。


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)の「聖人たち」のフレスコ断片


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)のフレスコ断片


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マドンナ・デル・ブオン・コンシーリオ(1467)


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詳細不明


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次の礼拝堂です。


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制作者不明の「黄金門での聖ジョアッキーノと聖アンナの邂逅」


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アンドリオーロ・ディ・サンティ別名アンドリオーロ・ダ・ヴェネツィア(ヴェネツィア、1320c‐1375c)とボニーノ・ダ・カルピオーネ(ロンバルド、1357‐1397活動)の「ウンベルティーノ・ダ・カッラーラの墓碑」(1345-51c)
19世紀初めに破壊されたサンタゴスティーノ教会にあったものです。


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外に出る前に、もう一度中央礼拝堂を見ました。


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外に出ました。


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(おわり)

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内陣中央に進みました。


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左側壁にマルコ・マントヴァの霊廟があります。


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右側に大きな礼拝堂があります。


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左側壁にフレスコ画が僅かに残ってます。


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)の作品の可能性があるとされる「磔刑」のフレスコ断片(14世紀)


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バルトロメオ・アンマンナティ(フィレンツェ、1511‐1592)の「マルコ・マントヴァ・べナビデスの霊廟」
マルコ・マントヴァ・べナビデス(パドヴァ、1489‐1582)は、パドヴァ大学で学んだ法律家で、同大学で教授を務めたほか美術品や古代文書の収集家としても有名です。


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詳細不明


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アントニオ・ガンバラの墓碑


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左壁の時計


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詳細不明


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後陣左にあるCappella Sanguinacciです。
サングィナッチ家の家族礼拝堂です。


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アンドリオーロ・デ・サンクティスの「聖母子」
彫刻の聖母子の後のフレスコ画は、ヤコポ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1355‐1443)の作品とされてます。


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パオロ・ディ・ヤコベッロ・マセーネ(ヴェネツィア、1350c‐1409)の「イラーリオ・サングィナッチの墓」


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サングィナッチ礼拝堂左壁のフレスコ画は、ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)によって1373年頃制作されました。


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ジュスト・デ・メナブロイ(フィレンツェ、1330c‐パドヴァ、1390c)のフレスコ画


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サングィナッチ礼拝堂の右側壁にもフレスコ画があります。


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Maestoro del coro Scrovegni によるフレスコ画


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中央礼拝堂、Cappella Maggioreです。


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中央礼拝堂の祭壇、所謂主祭壇です。


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)とニッコロ・セミテコロ(ヴェネツィア、14世紀活動)の「彩色磔刑像」(1370)
ニッコロ・セミテコロはジョッテスキ画家でした。


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中央礼拝堂の左側壁です。


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ここではニコレット・セミテコロになってます。


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グアリエント・ディ・アルポ(ピエーヴェ・ディ・サッコ、1310‐1370)とニッコロ・セミテコロ(ヴェネツィア、14世紀活動)によるフレスコ画です。
ニッコロ・セミテコロは、グアリエント・ディ・アルポの助手の役目を果たしたようです。


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フレスコ画のテーマは、「聖ジャコモ、聖フィリッポ、聖アゴスティーノの物語」です。


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中央礼拝堂の右側壁です。


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グアリエント・ディ・アルポ(ピエーヴェ・ディ・サッコ、1310‐1370)の「聖母戴冠」


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後陣右の礼拝堂


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アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)に帰属するフレスコ画


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ドット礼拝堂です。


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詳細不明


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フランチェスコ・ドットの墓碑


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右側の礼拝堂
(つづく)

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エレミターニ教会、Chiesa degli Eremitaniです。


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エレミターニ教会のファサードです。
正式名称は、サンティ・フィリッポ・エ・ジャコモ・ミノーレ教会と言います。
エレミターニ教会の別称は、建築家フラ・ジョヴァンニ・デリ・エレミターニの設計によって建設されたので、建築家の名前に由来すると思われます。


011
エレミターニ教会の前身は、アレーナの敷地であった現在地にあったサンタ・マリア・デリ・カリタ教会とされてますが、その教会の詳細は殆ど分かっていないとされてます。


012
パドヴァ市の公費負担に基づき、建築家フラ・ジョヴァンニ・デリ・エレミターニの設計によって、1276年創建、1306年頃に完成した教会です。


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教会のファサードに向かって左側にあるのが併設された修道院の建物です。


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修道院だった建物は、現在、パドヴァ市立エレミターニ博物館として使用されてます。


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こちらも修道院だった建物です。


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1806年、エレミターニ教会修道院は、ナポレオンの教会抑圧令によって閉鎖されてしまいました。
1808年、教会の方は宗教活動が再開されましたが、修道院は宗教活動が再開されることなく兵舎に転用されました。修道院の方は、その後一度も宗教活動が再開されることなく現在に至ってます。


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ファサードの右側にある「トレンティーノの聖二コラ像」


085
ファサードに柱廊玄関があるのが特徴です。


015
右身廊の外観が少し新しく見えます。これは当然で、1944年3月11日、第二次世界大戦の米英軍の爆撃を受け、教会のファサード、天井、後陣が分bん的に破壊、教会内の2つの礼拝堂が完全に破壊されてしまいました。
少し新しく見えるのは、破壊箇所が戦後に修復されたからです。


3
爆撃によって破壊された教会です。



5
外部サイトから写真を拝借しました。
天井が完全に崩落したことが分かります。


019
南側、右身廊側に扉があります。


020
右身廊側扉の装飾は、ニコロ・バロンチェッリ(フィレンツェ、?‐フェラーラ、1453)によるものです。


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第二次世界大戦の爆撃によって破壊され、戦後に修復された箇所。


017
後陣も戦後に大修復されました。


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どの部分がオリジナルなのか、を考えながら拝観すると良いと思います。


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ファサード側に戻りました。


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ファサードの扉から中に入って拝観します。


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やはり少し新しく見えます。


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戦後に、元の姿に忠実に修復されたそうです。


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右側壁方向


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戦後に再建された天井


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ペトラルカの墓碑とヤコポ2世・ダ・カッラーラの墓


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ヤコポ2世・ダ・カッラーラは、パドヴァのシニョーレで1350年に没しました。


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制作者は、アンドリオーロ・デ・サンティ別名アンドリオーロ・ダ・ヴェネツィア(ヴェネツィア、1320c‐1375c)、14世紀中頃のヴェネツィアの逸名彫刻家2人、ボニーノ・ダ・カンピオーネ(ロンバルド、1357‐1397活動記録)です。


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ヤコポ2世・ダ・カッラーラの墓は、サンタゴスティーノ教会にありましたが、戦後に行われたエレミターニ教会の大修復工事の際、ここに移されたものです。


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Ave Regina Caelorum


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ステファノ・ダ・フェラーラ(フェラーラ、1357‐1397活動)の聖母子


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彫刻等の作品帰属が不明です。


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洗礼盤


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Ave Regina Caelorum


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(つづく)

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第13場面はここにあります。


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第13場面:聖母マリアのもとに大天使ガブリエーレを遣わす神


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第14場面:聖母マリアに受胎告知する大天使ガブリエーレ


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第15場面:大天使ガブリエーレから受胎告知される聖母マリア


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第16場面:ご訪問


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第17場面:キリストのご誕生


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第18場面:マギの礼拝


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第19場面:キリストの神殿奉献


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第20場面:エジプトへの逃避


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第21場面:嬰児虐殺


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第22場面:教会博士との問答


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第23場面:キリストの洗礼


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第24場面:カナの結婚


P2800769
第25場面:ラザロの蘇生


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第26場面:キリストのエルサレム入城


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第27場面:寺院からの商人たちの追放


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第28場面:ユダの裏切り


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第29場面:最後の晩餐


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第30場面:弟子の足を洗うキリスト


P2800726
第31場面:ユダの接吻


P2800736
第32場面:カイファの前のキリスト


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第33場面:キリストの嘲笑


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第34場面:カルヴァリオへの上り


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第35場面:磔刑


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第36場面:嘆き


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第37場面:我に触れるな


P2800778
第38場面:キリストの昇天


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第39場面:聖霊降臨


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次は最下段に描かれた悪徳と美徳の寓意画です。


2
慎重
どうしたことか、「慎重」を撮り忘れてしまいました。仕方がないので、写真が解禁になった直後に携帯電話で撮った写真をアップしました。


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禁酒


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正義


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信仰


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慈悲


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希望
以上が美徳の寓意でした。以下は悪徳の寓意です。


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絶望


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羨望


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不貞


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不公平


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怒り


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Scostanza
Scostanzaの適当な日本語訳が思い浮かびません。


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愚かさ


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以上が全場面の紹介です。


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外に出ました。
梯子または脚立を使って、高い場所にある場面を正面から撮った全場面の写真がネットに載ってます。それにも拘らず、私の写真を敢えて載せたのは単に自己満足からで、他に何の意味もありません。自分のブログにアップさせる写真は、自分で撮った写真に限りたいと思ってます。(稀に例外がありますが)


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(おわり)

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内陣の右側壁が見て行きます。


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悪徳と美徳の寓意画がモノクロで14場面描かれてます。


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フレスコ画のテーマは、聖母の物語とキリストの生涯の物語です。


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聖母の物語には、聖母の両親である聖ジョアッキーノ(ヨアキム)と聖アンナのエピソードが含まれてます。


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ファサードの裏の壁、つまり西側の壁に最後の審判があります。


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ジョットが36‐38歳だった頃、礼拝堂のフレスコ画制作に従事したとされてます。


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キリストと12使徒


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フレスコ画の注文者であるエンリコ・デリ・スクロヴェーニが最後の審判の中に描き込まれてます。


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お分かりになるでしょうか?
スクロヴェーニ礼拝堂が描かれているので直ぐに分かります。


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写真左端下がエンリコ・デリ・スクロヴェーニで、スクロヴェーニ礼拝堂を捧げる姿として表現されてます。


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徳の寓意


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悪徳の寓意


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天井


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最後の審判に向かって右壁、つまり祭壇に向かって左側壁のフレスコ画に移ります。


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側壁のフレスコ画は、4段に描かれてます。


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最上段は、聖母の両親のエピソードを含む聖母の物語が描かれてます。


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上から2段目と3段目はキリストの物語が描かれてます。


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最下段に悪徳と美徳の寓意画が描かれてます。


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左側壁に礼拝堂があります。


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この祭壇画の制作者などの詳細が分かりません。


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P2800732
15‐20分の限られた時間内にどのように観るのか、が課題でしょう。


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ジョットには約40人の弟子や協力者がいて、ジョットと共にフレスコ画の制作に当たったとされてます。


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このような箇所は、弟子や協力者によって描かれたと思います。


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それでは、各場面を順番通り見て行くことにします。
最初は聖ジョアッキーノ(ヨアキム)の物語です。


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第1場面:聖ジョアッキーノ(ヨアキム)の神殿からの追放


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第2場面:羊飼いに身を寄せる聖ジョアッキーノ(ヨアキム)


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第3場面:聖アンナへの受胎告知


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第4場面:神に子羊を捧げる聖ジョアッキーノ(ヨアキム)


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第5場面:聖ジョアッキーノ(ヨアキム)の夢


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第6場面:黄金門での聖ジョアッキーノ(ヨアキム)と聖アンナの邂逅


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第7場面:聖母の誕生


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第8場面:聖母の神殿奉献


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第9場面:聖母の婿選び


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第10場面:聖母の求婚者の祈り


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第11場面:聖母の結婚


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第12場面:聖母の結婚の行列
(つづく)

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スクロヴェーニ礼拝堂の内部のフレスコ画や彫刻は何時行っても変わりません。2019年4月とわざわざ書くまでもありませんが、気分の問題で2019年4月としました。
アレーナ市民公園は立ち入り禁止になっていました。


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礼拝堂のファサードの方に近付くことが出来ません。




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公園の扉の金網の間にカメラを入れて撮った写真です。


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本物志向なので、大塚美術館に行くことは絶対にないと思います。


093
2018年5月のことですが、このところ何回も訪れて、切符売り場の係員が私の顔を覚えていたのか、切符を買おうとすると、私が何も言わないうちにRidotto Scuoleの切符を渡してくれて、€5と言うではありませんか!
ビックリしました。何がどうなったのか、サッパリ分かりませんが、それ以降、切符売り場で渡される切符はRidotto Scuoleとなりました。
普通のRidottoは€8、一般は€13だったと思います。


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パドヴァに行けば、スクロヴェーニ礼拝堂に3回拝観することにしているので、定期券の変形?扱いでRidotto Scuoleになったかも知れません。


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入口の前で暫く待機します。


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少し早く行くと、空きがあれば、指定時間の前に中に入ることが出来ます。


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この日は、指定時間の前の回に入りました。


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例によって、ここでビデオを見ます。


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高校生の一行と一緒でした。


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ビデオを真面目に見ておくと、拝観の手助けになります。


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これからアップする写真は、6回に分けて拝観した時に撮ったものです。1回の拝観時間が僅か15‐20分なので、フレスコ画や彫刻などを鑑賞しながら、全部の場面の写真を撮ることは不可能との理由からです。


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礼拝堂内に入りました。


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先ずは祭壇と後陣から見て行きます。


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礼拝堂で宗教行事が行われることがないことから、普通の祭壇とは随分違った印象を受けます。


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ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1248/1250c-シエナ、1315c)の「聖母子と2天使」


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ジョヴァンニ・ピサーノの彫刻の後にあるのは、エンリコ・デリ・スクロヴェーニ(ヴェネツィア、?-1336)の墓です。


1
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1248/1250c-シエナ、1315c)の「エンリコ・デリ・スクロヴェーニ像」


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後陣の天井のフレスコ


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後陣に目を向ける人が少ないように思います。


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後陣正面の壁


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後陣左側壁


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ジョット・ディ・ボンドーネ(フィレンツェ、1266/1267-1337c)の「聖母の死」(1305c)
スクロヴェーニ礼拝堂のフレスコ画は、ジョット・ディ・ボンドーネによって1305年頃に描かれました。


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後陣右側壁


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左右の側壁に聖職者席が設けられてます。


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後陣への立ち入りが禁止されているので、側壁に描かれたフレスコ画の写真はこのような状態になってしまいます。


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聖母被昇天と聖母戴冠


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聖母の遺体の移送


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次はヴォルタです。


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最上段は、全能者ハリストス(キリスト)


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この場面の解釈が問題です。


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純潔の象徴とされるユリの花を大天使が手にしていれば、受胎告知となりますが、何も描かれていません。大天使が棕櫚を手にしていれば、聖母に対して死のお告げをする大天使となります。
受胎告知の場合、大天使はガブリエーレとなり、聖母への死のお告げをする大天使はミケーレとなります。


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受胎告知を受ける聖母、死のお告げを受ける聖母のどちらでしょうか?


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聖母の物語がテーマになっているので、私は受胎告知だと思います。


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ヴォルタ左の「ユダの裏切り」


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ヴォルタ右の「ご訪問」


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天井


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どのような順番で見て行ったら良いのか、迷う所です。


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(つづく)

P2850902
ピアチェンツァの9月20日通りです。写真右はサン・フランチェスコ教会です。


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9月20日通りの突き当りにドゥオーモがあります。


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ピアチェンツァ=ボッビオ司教区の司教座教会、Basilica Cattedrale di Santa Maria Assunta e Santa Giustinaです。教会の格付けはBasilica Minoreです。


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ピアチェンツァの最初の司教ピアチェンツァの聖ヴィットーレ(375年没)が司教を務めた初期キリスト教会が前身とされてます。546年、トティラ王のピアチェンツァ占領によって、初期キリスト教会は破壊されましたが、その後、サンタ・ジュスティーナ大聖堂が再建されました。しかし、1117年の大地震によって倒壊してしまいました。


036
現在のロマネスク様式の建物は、1122年から1233年に建設された3代目のものです。


2
高さ71mの鐘楼です。鐘楼上部の鉄檻に注目です。


3
15世紀後半、ミラノのルドヴィーコ・イル・モーロの指示によって作られた鉄檻です。見せしめのために罪人を晒したり、嘲笑の対象にすることが目的でした。


028
ファサードの左扉横のライオン像


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027
入口扉上の彫刻は、ウィリジェルモとニコロに師事したピアチェンツァの逸名彫刻家によるものです。(12世紀)


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詳細不明の入り口扉上ルネッタのフレスコ画


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バラ窓


4
入口扉横の彫刻はニッコロ・ダ・フェッラーラによって1122年に制作されました。名前と1122年が刻まれてます。


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柱を支える男の彫刻は、ロマネスクの傑作とされるもので、ウィリジェルモとニコロに師事したピアチェンツァの逸名彫刻家による作品です。


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壁龕の彫刻は失われました。


029
扉が開きました。


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三廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の聖堂内部です。


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25本の巨大な柱で建物を支えてます。


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聖堂の高さは32mあります。


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交差ヴォールト


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左側廊


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聖堂内の装飾はボローニャ派画家たちの作品が中心です。


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カミッロ・プロカッチーニ(パルマ、1551‐ミラノ、1629)の「聖母子」


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カミッロ・プロカッチーニ(パルマ、1551‐ミラノ、1629)の「慈悲の聖母」


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「慈悲の聖母」の上のフレスコ画の詳細は不明です。


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右側廊


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P1070551
詳細不明


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制作者情報不詳の「最後の晩餐」


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詳細不明


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逸名画家によるフレスコ画(16世紀初め)


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エリザベッタ・シラーニ(ボローニャ、1638‐1665)の「磔刑」


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逸名画家によるフレスコ画(16世紀初め)


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詳細不明


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ジョヴァンニ・バッティスタ・タリアサッキ(フィデンツァ、1697‐カンプレモルド・ソプラ、1737)の「ジットの聖母」


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主祭壇と後陣


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ピエル・フランチェスコ・マッズッケッリ通称イル・モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573‐ピアチェンツァ、1626)による後陣のフレスコ画


1
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称イル・グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)によるクーポラのフレスコ画


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ルドヴィーコ・カラッチ(ボローニャ、1555‐1619)のフレスコ画


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グイド・レーニ(ボローニャ、1575‐1642)の「聖ジローラモと天使」


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ロベルト・デ・ロンジェ(ブリュッセル、1646‐ピアチェンツァ、1709)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


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ルドヴィーコ・カラッチの作品


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ルドヴィーコ・カラッチの「キリスト」


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ルドヴィーコ・カラッチ(ボローニャ、1555‐1619)の「聖マルティーノと乞食」


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ロベルト・デ・ロンジェ(ブリュッセル、1646‐ピアチェンツァ、1709)の「聖フランチェスコ・サヴェーリオの死」


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クリプタへの階段


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祭壇前から見た出入口方向


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外に出る前にもう一度祭壇を見ました。


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外に出ました。
(おわり)

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ピアチェンツァのTeatro Municipaleです。


P1070474
ジュゼッペ・ヴェルディ通りの突き当りにサンタントニーノ聖堂があります。
写真右手前がTeatro Municipale、左の建物がPalazzo Anguissola Cimafava Roccaです。


P1070477
ピアチェンツァ最初の司教聖ヴィットーレによって、350年に創建され、375年に完成したロマネスク様式の教会です。教会の格付けはBasilica Minore、聖堂です。


P1070456
ピアチェンツァの守護聖人聖アントニーノ(?、3世紀後半‐トラヴォ、303)を奉献しており、聖アントニーノの聖遺物が聖堂内保存されてます。


P1070455
ファサードは、ニッコロ・ダ・フェッラーラの設計で、ニッコロの弟子によって7世紀に建設されました。


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八角形の鐘楼が聖堂の目印になってます。


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創建以来、一度も再建されてませんが、何度も修復、改修が行われました。現在の聖堂の外観は、1915年から1930年に行われた、ジュリオ・アラータの設計による改修後の姿です。


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ファサードの出入り口上ルネッタの紋章


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ファサード左横のブロンズ像は、ジョルジョ・グロッピ(1927‐)の「教皇グレゴリオ10世」(1998)です。
第184代ローマ教皇グレゴリオ10世(ピアチェンツァ、1210c‐アレッツォ、1276)は、ピアチェンツァ出身の唯一の教皇(在位:1271‐1276)です。


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扉が開きました。


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三廊式、ギリシャ十字形の聖堂内部です。


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建物の基本構造はロマネスク様式ですが、創建以来幾度となく改修された結果、ゴシック様式、バロック様式の混在が認められます。


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創建時は、木組みの梁天井でしたが、後にゴシック後期の典型的な交差ヴォールトに改められました。
祭壇画を見て行きます。


P1070492
詳細不明


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ロベルト・デ・ロンゲ(ブリュッセル、1646‐ピアチェンツァ、1709)の「民衆の聖母」


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ベルナルド・カステッロ(ジェノヴァ、1557‐1629)の「最後の晩餐」(1624)


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・フェッランテ(ボローニャ、1600c‐ピアチェンツァ、1653)の「天上の聖母子と聖人たち」


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ジョヴァンニ・マリア・デッレ・ピアーネ通称イル・モリナレット(ジェノヴァ、1660‐モンティチェッリ・ドンジーナ、1745)の「聖フランチェスカ・ロマーナ」


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右側廊


P1070506
詳細不明


P1070507
詳細不明


P1070508
詳細不明


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14世紀のフレスコ画


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主祭壇と後陣


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後陣のフレスコ画は、カミッロ・ガヴァセッティ(モデナ、1596‐パルマ、1630)によって1624年頃に制作されました。


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このフレスコ画は、カミッロ・ガヴァセッティの代表作とされてますが、後にこれを見たグエルチーノは凡作と評しました。


P1070514
詳細不明


P1070515
ロベルト・デ・ロンゲ(ブリュッセル、1646‐ピアチェンツァ、1709)の「聖アントニーノの殉教」


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ロベルト・デ・ロンゲ(ブリュッセル、1646‐ピアチェンツァ、1709)の「殉教した聖アントニーノ」


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左側の礼拝堂です。


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詳細不明


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15世紀のフレスコ画


P1070522
詳細不明


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15世紀のロマーニャの逸名画家によるフレスコ画


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ロベルト・デ・ロンゲの作品?


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ロベルト・デ・ロンゲの作品?


P1070529
詳細不明


P1070530
詳細不明


P1070531
左側廊


P1070532
ロンバルディアの逸名画家によって、11世紀半ばに描かれたフレスコ画


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聖堂の南側に位置する回廊付きの中庭に出ました。


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1483年に造られた中庭と回廊


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回廊の壁にフレスコ画が残されてます。


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聖堂内に戻ってから外に出ました。


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(おわり)

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ピアチェンツァ旧市街の中心カヴァッリ広場です。


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広場の東南に教会があります。


P2850894
13世紀後半の皇帝派の有力貴族ウンベルティーノ・ランディがパトロンになって、フランチェスコ会修道士によって1278年から1363年に建設されたロンバルディア・ゴシック様式のサン・フランチェスコ教会です。


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教会の建物の完成後、修道院が併設されました。修道院は14世紀後半にクラリッセ女子修道会の女子修道院になりました。


P2850901
18世紀末、ナポレオン軍の進駐によって、教会と修道院は活動が停止され、その建物は病院と倉庫に転用されましたが、1810年、教会に戻されました。
教会の格付けはBasilica Minoreです。


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ファサードの入り口扉上ルネッタ上の浮彫は、15世紀末のエミリアの逸名彫刻家による「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1480)です。


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教会前にある彫像は、彫刻家Cristoforo Marzaroli (1836-1871)のGian Domenico Romagnoliの大理石像(1867)です。クリストフォロの代表作と言われてます。
ジャン・ドメニコ(1761‐1835)は、18世紀後半から19世紀前半にかけてのイタリアに於いて活躍した哲学者、経済学者、法律家でした。


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道路沿いの身廊は店屋に利用されてます。


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詳細不明のタベルナコロ


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聖堂内に入ります。


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ボローニャのサン・フランチェスコ教会に模して設計された内部です。


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三廊式、ゴシック様式の内部です。


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天井


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左側廊の礼拝堂から見て行きます。


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カミッロ・プロカッチーニ(パルマ、1561‐ミラノ、1629)の「天上の聖母子とフランチェスコ会聖人たち」


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パドヴァの聖アントニオ礼拝堂


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詳細不明


P1070407
詳細不明


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フレスコ断片(15世紀)


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ドメニコ・リエーティの「嘆き」


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詳細不明の聖ピエトロと聖ジョヴァンニ・バッティスタのステンドグラス


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バルトロメオ・スケドーニ(モデナ、1578‐パルマ、1615)の「聖ロレンツォの殉教」


P1070412
詳細不明


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後陣のフレスコ画


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14‐15世紀に制作されたフレスコ画


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制作者は特定されてません。


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複数の画家によって制作されているようです。


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後陣


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主祭壇


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P1070425
ジュゼッペ・ヌヴォローネ(サン・ジミニャーノ、1619‐ミラノ、1703)の「聖霊降臨」


P1070426
詳細不明


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ジュゼッペ・バイ―ニの祭壇(1843)


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次の礼拝堂です。


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1702)の「父なる神」
カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネは、先に出てきたジュゼッペ・ヌヴォローネの実兄です。


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クーポラのフレスコ画


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クーポラのフレスコ画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・トロッティ通称イル・マロッゾ(クレモナ、1555‐パルマ、1619)の「聖母戴冠」(1597)です。


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P1070432


P1070433
ジョヴァン・バッティスタ・トロッティ通称イル・マロッゾ(クレモナ、1555‐パルマ、1619)の「受胎告知」


P1070431
詳細不明


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ベルナルド・カステッロ(ジェノヴァ、1557‐1629)の「ピエタ」(1580)


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13世紀に描かれたフレスコ画断片


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ファサードの裏に絵画があります。


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ベネデット・マルティーニの「パンと魚の増加の奇跡」


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主祭壇をもう一度見てから外に出ました。


P1070444
(おわり)

P1080216
詳細不明


P1080217
詳細不明


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17世紀後半のピアチェンツァの逸名画家作「聖母子ととパドヴァの聖アントニオ」


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主祭壇です。


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問題の主祭壇画です。 
ピエトロ・アントニオ・アヴァンツィーニ(ピアチェンツァ、1656‐1733)の「ラファエッロ・サンツィオ作『システィーナの聖母』の複製画」


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主祭壇画ですが、1513年には既にラファエッロの「システィーナの聖母」がありました。
ところが、1754年、ベネデット会修道士が金に目が眩んで、ポーランドのアウグストゥス3世に売却してしまったのです。現在、ラファエッロの作品はドレスデン国立絵画館にあります。
売却後は、代わりに複製画が置かれてます。


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主祭壇から見た出入口方向


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レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「聖バルバラの殉教」


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ヤコポ・オラツィオ・フェリナーティ(ヴェローナ、1524‐1606)の「羊飼いの礼拝」(1570c)


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ヤコポ・オラツィオ・フェリナーティ(ヴェローナ、1524‐1606)の「天上のキリストと聖母とパドヴァの聖アントニオ」


P1080232
詳細不明


P1080234
カミッロ・プロカッチーニ(パルマ、1561‐ミラノ、1629)の「嬰児虐殺」(1604‐05)


P1080236
ジャン・パオロ・カヴァーニャ(ベルガモ、1550‐1627)の「聖ロレンツォの逮捕」


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聖歌隊席の彫刻に注目です。


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ジオ・ピエトロ・パムビアンコ・ダ・コロルノとバルトロメオ・ダ・ブッセートによる木組み彫刻(1512‐14)


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ジョヴァン・アンジェロ・ボッローニ(クレモナ、1684‐ミラノ、1772)の「聖バルトロメオの殉教」


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左側廊


P1080245
詳細不明の燭台


P1080246
シモーネ・モスキーノ(オルヴィエート、1553‐パルマ、1610)のオーストリアのマーガレットの墓碑(1587‐17世紀初め)


P1080248
逸名彫刻家作「磔刑像」(17世紀)
サン・フェルモ教会にあったそうです。


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ピエトロ・ダ・コルトーナ(コルトーナ、1596‐ローマ、1669)の「聖ステファノの殉教」


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ピエトロ・ダ・コルトーナ(コルトーナ、1596‐ローマ、1669)の「十字架降下」


P1080256
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピットーニ(ヴェネツィア、1687‐1767)の「割礼」(1742c)


P1080257
ジョヴァンニ・バッティスタ・タリアサッキ(ボルゴ・サン・ドニーノ、1696‐カステルボスコ、1737)の「聖ゲルトルーデと聖マルゲリータの贖い」(1730c)


P1080259
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(パルマ、1500c‐1569)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P1080262
ステファノ・ランブリ(17世紀活動)の「受胎告知」(1649)


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P1080265
アントニオ・カンピ(クレモナ、1524‐1587)の「羊飼いの礼拝」(1570c)


P1080267
ジュゼッペ・ヌヴォローネ(サン・ジミニャーノ、1619‐ミラノ、1703)の「聖ジローラモと天使」(17世紀)


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左第2礼拝堂のフレスコ画は、アントニオ・カンピ(クレモナ、1524‐1587)の復活したキリスト」


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ベルナルディーノ・ザケッティ(レッジョ・エミリア、16世紀前半活動)によるクーポラのフレスコ画(1517)


P1080272


P1080273


P1080275
左側廊


P1080274
主祭壇をもう一度見ました。


P1080276
中庭に出ました。


P1080277
これを売るなんて、軽蔑すべき修道士です。


P1080178


P1080287
外に出ました。
(おわり)

P1080164
ピアチェンツァのインペラトリーチェ・アンジルベンガ通りです。


P1080165
ボッセリ門です。


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門を潜るとサン・シスト通りに出ます。


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サン・シスト通りの突き当りに教会があります。


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教会の入り口に門があります。


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神聖ローマ帝国皇帝ルドヴィーコ2世の妻Engelberga d'Alasaziaによって、852年から874年に建設された教会が前身です。その後、修道院が建設され、エンゲルベルガ皇后は、大修道院長に任命されました。
中世の頃、この修道院に対して特権と特典が与えられ、大変な勢力でした。
1129年、修道院はポリローネのベネデット会の所有となりました。
1425年、ベネデット会派のカッシネージ修道会に引き継がれました。


P1080284
1622年に建設された門を潜って中庭に入ります。


P1080170
15世紀後半、建物が経時劣化したので、それを取り壊し、その上に新しい建物を建設することになり、1490年創建、1511年に完成したルネサンス様式の建物が現在の姿です。


P1080279
1591年に完成したファサードは、1755年に現在の姿に改装されました。


P1080172
中庭を囲んで回廊が設けられてます。


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ファサードに向かって右側の回廊


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ファサード前から見たサン・シスト通り


P1080283
旧修道院の建物


P1080278
修道院は、1810年に活動が停止され、兵舎として使用されました。その後、一度も宗教活動が行われることなく現在に至ってます。


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回廊の壁に修道士のフレスコ画が描かれてます。


P1080175


P1080176


P1080177


P1080173
これについては、後述します。


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中に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


P1080181
美術的に見所が豊富です。


P1080183
右側廊の礼拝堂から見て行きます。


P1080184
五廊式と間違えそうな造りです。


P1080185
ジュゼッペ・ランブーリに帰属する「キリストの洗礼」


P1080187
ジェルヴァシオ・ガッティ(クレモナ、1550‐1631)の「聖ベネデットと聖マウロをもてなすトティラ王」(1585c)


P1080189
16世紀の逸名画家作「聖ジュゼッペの死」
ベルナルド・カンピの作品説もあるようです。


P1080191
逸名彫刻家作「チントラの聖母」(16世紀)
サンタ・マリア・イン・ボルゲット教区教会にあったそうです。


P1080193
右側廊の第3礼拝堂です。


P1080195
第3礼拝堂のフレスコ画は、アントニオ・カンピ(クレモナ、1524‐1587)の「砂漠の聖ジローラモ」(1570c)


P1080197
セバスティアーノ・ノヴェッリの「聖母子と聖人たち」(1530)


P1080198
タッデオ・ズッカリ(ウルビーノ、1529‐ローマ、1566)に帰属する「キリストの埋葬」


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右側廊第4礼拝堂です。


P1080201
カミッロ・プロカッチーニ(パルマ、1561‐ミラノ、1629)の「天上の聖母子と聖トンマーゾと聖カルロ・ボッロメオと聖フランチェスコ」(1610)


P1080201
逸名画家作「聖家族とパドヴァの聖アントニオと聖マルゲリータ」


P1080207
詳細不明


P1080208
エミリオ・ビアンキの「聖エレーナ」(1575)


P1080209
フランチェスコ・ギットーニ(リッツォ―ロ、1855‐ピアチェンツァ、1928)の「ピエタ」


P1080213
パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1549‐1628)の「聖バルバラの殉教」


P1080215
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピットーニ(ヴェネツィア、1687‐1767)の「聖ロレンツォの殉教」(1741c)
(つづく)

P1000465
Cappella di Nuvoloniです。
祭壇画は、フェルモ・ギソーニ・ダ・カラヴァッジョ(カラヴァッジョ、1505‐マントヴァ、1575)の「磔刑」(1556)


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Cappella di Nuvoloniの左側壁のフレスコ画は、フェルモ・ギソーニ・ダ・カラヴァッジョ(カラヴァッジョ、1505‐マントヴァ、1575)に帰属する「Prospetto architettonico dipinto」(1570)


P1000466
Cappella di Nuvoloniの右側壁に描かれたフレスコ画は、フェルモ・ギソーニ・ダ・カラヴァッジョ(カラヴァッジョ、1505‐マントヴァ、1575)に帰属する「Prospetto architettonico dipinto」(1570)です。


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P1000473
サンティッシモ・サクラメント礼拝堂です。


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ルイージ・ニッコリ―ニの「聖アンドレアと聖ロレンツォ」(19世紀初め)


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サンティッシモ・サクラメント礼拝堂の左側壁に描かれたフェリーチェ・カンピ(マントヴァ、1746‐1817)の「エリコの陥落」(1804)


P1000475
サンティッシモ・サクラメント礼拝堂の右側壁に描かれたフェリーチェ・カンピ(マントヴァ、1746‐1817)の「饗宴の誘い」(1804)


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P1000482
間違った方向を示す案内 
矢印は左側を示さないとサンティッシモ・サクラメント礼拝堂に行きません。矢印の上には天井があります。


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サン・ロンジーノ礼拝堂です。


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これはコピー画です。本物は、ナポレオン軍によってフランスに持ち去られ、現在、ルーブル美術館で展示されてます。
制作者不明の「ジュリオ・ロマーノ作『ご誕生と聖ロンジーノと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ』のコピー画」


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サン・ロンジーノ礼拝堂の左側壁に描かれた、ジュリオ・ロマーノ(ローマ、1499c‐マントヴァ、1546)とリナルド・マントヴァーノ(マントヴァ、1502‐1540)の「キリストの聖血の発見」(1534)


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サン・ロンジーノ礼拝堂の右側壁に描かれた、ジュリオ・ロマーノ(ローマ、1499c‐マントヴァ、1546)とリナルド・マントヴァーノ(マントヴァ、1502‐1540)の「磔刑」(1534)


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サン・ロンジーノ礼拝堂の天井


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カッタネア礼拝堂


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カッタネア礼拝堂の左側壁に描かれた、イッポリート・アンドレアージ通称アンドレアジーノ(マントヴァ、1548‐1608)の「聖母の誕生」


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カッタネア礼拝堂の右側壁に描かれた、イッポリート・アンドレアージ通称アンドレアジーノ(マントヴァ、1548‐1608)の「聖母被昇天と聖母戴冠」


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サン・セバスティアーノ礼拝堂です。


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15世紀のロンバルドの逸名画家作「聖母子と聖ジローラモと聖エリザベッタと聖ジョヴァンニーノ」(1495)


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サン・セバスティアーノ礼拝堂の左側壁に描かれたリナルド・マントヴァーノ(マントヴァ、1502‐1540)の「聖セバスティアーノの殉教」


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サン・セバスティアーノ礼拝堂の右側壁に描かれたリナルド・マントヴァーノ(マントヴァ、1502‐1540)の「聖セバスティアーノの殉教」


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サン・セバスティアーノ礼拝堂の天井


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サン・アントニオ礼拝堂です。
祭壇画は、ジュリオ・チェーザレ・アッリヴァベーネ(マントヴァ、1806‐フィレンツェ、1896)の「パドヴァの聖アントニオ」(1846)


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サン・アントニオ礼拝堂の左側壁に描かれたベネデット・パーニ(ぺーシャ、1504‐マントヴァ、1578)の「煉獄と楽園」(1570)


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サン・アントニオ礼拝堂の右側壁に描かれたベネデット・パーニ(ぺーシャ、1504‐マントヴァ、1578)の「地獄」(1570)


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ジュゼッペ・ラゼッティ(マントヴァ、1801‐1888)の「ラザロの蘇生」


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P1000511


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外に出ます。


P1000512
見所が多い聖堂でした。


P2730621
(おわり)

P2730609
マントヴァの旧市街に入ると、鐘楼とクーポラが目立ちます。


P2730611
クーポラはサンタンドレア聖堂のものです。


P2750791
マントヴァで最大の教会です。Concattedraleであり、Basilica Minoreです。


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教会の歴史は古く、804年のキリストの聖血遺物の発見に関連しています。初代の建物は11世紀に建設されました。


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現在の建物は、マントヴァ公ルドヴィーコ3世ゴンザーガ(マントヴァ、1412‐1478)の指示により、建築家レオン・バッティスタ・アルベルティ(ジェノヴァ、1404‐ローマ、1472)を起用して、1460年に再建工事が着工されましたが、1472年のアルベルティの死によって工事が中断してしまいました。
その後、フランチェスコ・ゴンザーガ枢機卿は、建築家ルーカ・ファンチェッリ(セッティニャーノ、1430c‐マントヴァ、1502c)に工事を引き継がせることにして、1482年に中断していた工事が再開され、1488年に完成しました。


P2750790
1413年に建設された後期ゴシック様式の鐘楼


P1000627
クーポラは1732年に完成しました。


P1000630
身廊左側壁


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Facciata del vestibolo laterale


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レオン・バッティスタ・アルベルティ広場から見た聖堂の北側


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レオン・バッティスタ・アルベルティ広場に面した柱廊


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正面ファサードの方に戻ります。


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Arco centrale con lesena scanalate


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P1000623


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聖堂内に入りました。


P1000441
2012年5月20日と29日のエミリア大地震によって大きな被害を受け、後陣は長らく修復工事が行われていました。


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単廊式、ラテン十字形の内部です。


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広く明るい堂内です。


P2730617
天井


P1000444


P2730618
燭台の上部の精緻な装飾


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見所が沢山あります。


P2730620
作品帰属を調べるのが大変です。


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ジュゼッペ・ラゼッティ(マントヴァ、1801‐1888)の作品


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ジョルジョ・アンセルミ(カラヴェルナ、1723‐ヴェローナ、1797)の作品


P1000447
フェリーチェ・カンピ(マントヴァ、1746‐1817)の作品


P1000448
フェリーチェ・カンピ(マントヴァ、1746‐1817)の作品


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マンテーニャの作品です。


P1000450


1
どうも写真写りが悪い。


2
外部サイトから作品画像を拝借しました。


P1000451
サン・シルヴェストロ礼拝堂です。
祭壇画は、ロレンツォ・コスタ(イル・ヴェッキオ)(フェラーラ、1460‐マントヴァ、1535)の「聖母子と聖人たち(聖セバスティアーノ、聖シルヴェストロ、聖パオロ、聖ジローラモ、聖ロッコ)」(1525)


P1000452
ファブリツィオ・ぺルラの「キリストの復活」(1575)


P1000453
ファブリツィオ・ぺルラの「リンボへの降下」(1575)


P1000456
右第3礼拝堂


P1000457
Cappella dell'Immacolata


P1000458
ロレンツォ・コスタ・イル・ジョーヴァネ(マントヴァ、1537‐1583)の「マギの礼拝」


P1000460
ロレンツォ・コスタ・イル・ジョーヴァネ(マントヴァ、1537‐1583)の「羊飼いの礼拝」


P1000462
詳細不明の「聖フランチェスコ」


P1000463
詳細不明
(つづく)

P2730667
Cappella dell'Incoronata内にある礼拝堂です。


P2730669
詳細不明


P2730689
左側廊に戻ります。


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サン・ジローラモ礼拝堂です。


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フェリーチェ・カンピ(マントヴァ、1746‐1817)の「聖ジローラモ」(18世紀)


P2730693
次の礼拝堂に進みます。


P2730695
左側後陣にある、17世紀に建設されたサンティッシモ・サクラメント礼拝堂です。


P2730696
サンティッシモ・サクラメント礼拝堂の左側


P2730697
サンティッシモ・サクラメント礼拝堂の右側


P2730698
サンティッシモ・サクラメント礼拝堂のクーポラ


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クーポラのフレスコ画は、フェリーチェ・カンピ(マントヴァ、1746‐1817)の「信仰」(1799c)


P2730708
サンティッシモ・サクラメント礼拝堂の主祭壇画は、フェリーチェ・カンピ(マントヴァ、1746‐1817)の「聖ピエトロと聖アンドレアの召命」(1798)


P2730702
サンティッシモ・サクラメント礼拝堂にある、フェリーチェ・カンピ(マントヴァ、1746‐1817)の「聖アゴスティーノ」


P2730704
ドメニコ・ブルサソルツィ(ヴェローナ、1516‐1567)の「聖マルゲリータ」(1552)


P2730706
フェリーチェ・カンピ(マントヴァ、1746‐1817)の「聖グレゴリオ・マーニョ」


P2730710
フェリーチェ・カンピ(マントヴァ、1746‐1817)の「聖ジローラモ」(1803)


P2730711
パオロ・ファリナティ(ヴェローナ、1524‐1606)の「貧者を救う聖マルティーノ」(1552)


P2730712
フェリーチェ・カンピ(マントヴァ、1746‐1817)の「聖人」


P2740797
右側第2側廊


P2740799
右側廊の礼拝堂


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ベルナルディーノ・マルピッツィ(マントヴァ、1553‐1623)の「聖ドメニコの祭壇画」(1595‐99)


P2740804
サン・ジュゼッペ礼拝堂


P2740806
ニッコロ・リッチョリーニ(ローマ、1687‐1772)の「聖ジュゼッペの死」
ニッコロ・リッチョリーニは、ピエトロ・ダ・コルトーナの弟子です。


P2740810
中央礼拝堂


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中央礼拝堂後陣のフレスコ画は、アントニオ・マリア・ヴィアーニ(クレモナ、1550c‐1635c)の「三位一体」(1593)


P1000543
主祭壇画の詳細が分かりません。


P1000544
 

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守護聖人の祭壇


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ドメニコ・マリア・カヌーティ(ボローニャ、1625‐1684)の「守護聖人」(1670c)


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イトリアの聖母の祭壇


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アントニオ・マリア・ヴィアーニ(クレモナ、1550c‐1635c)の「イトリアの聖母」(1595c)


P2740826
右側の第1側廊


P2740828
私には制作者が分からない「アッシジの聖フランチェスコ」


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サンタ・キアーラ礼拝堂


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クレメンテ・ルッタ(パルマ、1685‐1767)に帰属する「聖母子とアッシジの聖フランチェスコの聖キアーラとパドヴァの聖アントニオ」(18世紀)


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説教壇


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私には制作者が分からない「聖カロルス」


P2740834
詳細不明


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右側第1礼拝堂です。


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グエルチーノ派の逸名画家作「聖エディージョの奇跡」


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P1000537
14世紀のフレスコ画


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P1000573


P2740849
外に出ました。
(おわり)

P2750727
マントヴァの中心ソルデッロ広場です。


P2740851
ソルデッロ広場に面して建つマントヴァ大聖堂、Cattedrale di San Pietro Apostoloです。


P2740848
教会の歴史は古く、マントヴァで最古の場所である、この地に3世紀頃にあった礼拝堂が前身とされてます。5‐6世紀の教会のモザイクの床がこの場所の遺跡から発見されたことから、その頃には初期キリスト教会が存在していたとされてます。


P1000581
現在の建物は、カノッサの屈辱で有名なトスカーナ女辺境伯マティルデ・ディ・カノッサ(カノッサ、1046?‐1115)によって、11‐12世紀に建設されたロマネスク様式の教会が元となってます。


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マントヴァのCondottieroフランチェスコ1世ゴンザーガ(マントヴァ、1366-カヴィアーナ、1407)によって、建物はほぼ現在の規模となりました。


P2750729
教会の外観はやはりファサードになりますが、現在、見ることが出来るのは、1756年から1761年に再建された後期バロック様式のものです。
フランチェスコ1世ゴンザーガ時代のファサードは、絵画によって分かります。


P2740186
この作品にファサードが描かれてます。
ドメニコ・モローネ(ヴェローナ、1442c‐1517)の「マントヴァからのボナコルシ家の追放」(1494)
ドゥカーレ宮殿博物館で見ることが出来ます。


P2750777
ロマネスク様式の鐘楼は、フランチェスコ1世ゴンザーガによって建物が拡大された時のものです。


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砂岩で出来た身廊横


P1000907
18世紀中頃に装飾されたファサードは、美術的な見所は乏しいように思います。


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聖堂内に入ります。


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観光客に対して寛容な教会なので、ミサの時以外は自由に見ることが出来ます。


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コリント式列柱が目立つ、5廊式、ラテン十字形の内部です。


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現在の内部は、16世紀中頃に行われた修復工事後の姿です。
1545年、ジュリオ・ロマーノ(ローマ、1499c‐マントヴァ、1546)によって着工された修復工事は、1546年のジュリオ・ロマーノの死によって中断の已む無きに至りました。
1549年、建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルターニ(マントヴァ、1516‐1576)に引き継がれ、1576年に完成したのです。ベルターニは、工事完成直後に没してしまいました。


P2730647
天井


P2730648
左側第1側廊


P2730649
左側第2側廊


P2730650
左側の礼拝堂から見て行きます。


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エルコーレ・ゴンザーガ枢機卿がジョヴァンニ・バッティスタ・ベルターニを起用して1552年に建設したサンタガタ(聖アガタ)礼拝堂です。


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イッポリート・コスタ(ボローニャ、1506‐1561)の「聖アガタの殉教」(16世紀中頃)
イッポリートはロレンツォ・コスタ(イル・ヴェッキオ)の息子です。


P1000563
エルコーレ・ゴンザーガ枢機卿がジョヴァンニ・バッティスタ・ベルターニを起用して1552年に建設したサンタ・スペチョーザ礼拝堂です。


P2730656
イッポリート・コスタ(ボローニャ、1506‐1561)とイッポリートの息子ロレンツォ・コスタ・イル・ジョーヴァネ(マントヴァ、1537‐1583)の「聖スペチョーザ」


P2730653
私には制作者が分からない「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2730658
私には制作者が分からない「聖アンドレア」


P2730661
私には制作者が分からない「聖アポッロニア」


P2730663
次に進みます。


P1000555


P2730664
突き当りがCappella dell'Incoronataです。


P2730665
Cappella dell'Incoronataです。


P2730666
ルドヴィーコ3世ゴンザーガ(マントヴァ、1412‐ゴイト、1478)が建築家ルーカ・ファンチェッリ(セッティニャーノ、1430c‐マントヴァ、1502c)を起用して、1482年に建築させたCappella dell'Incoronataです。


P2730673
クーポラ


P2730671
礼拝堂後陣の側壁にフレスコ画が描かれてます。


P2730672


P2730675
私には制作者が分からない「聖母の死」


P2730681
私には制作者が分からない「聖母被昇天」


P2730682
私には制作者が分からない「聖霊降臨」


P2730676
Cappella dell'Incoronataの主祭壇です。


P2730679
礼拝堂主祭壇画「誓いの聖母」


P2730684
Cappella dell'Incoronata内にある礼拝堂です。


P2730686
ロンバルドの逸名画家作「聖母子と聖レオナルド」(1482)


P2730688
(つづく)

P2740922
この礼拝堂の名称が分かりません。


P2740925
詳細不明の「聖フランチェスコ」


P2740926


P2740927
詳細不明の「救世主」


P2740928
制作者情報不明の「聖ジュゼッペと幼きキリスト」


P2740933
14世紀のフレスコ断片


P2740935


P2740937


P2740940
14世紀に描かれた「受胎告知」


P1000388


P1000391
制作者情報不明の「悔悛のマリア・マッダレーナ」


P1000393
詳細不明の「彩色磔刑像」


P1000394
詳細不明の「聖フランチェスコ」


P1000399
14世紀に描かれたフレスコ画


P1000400


P1000401


P1000402


P2740941
右側廊


P2740942


P2740943
マルカのサン・ジャコモ礼拝堂です。


P2740944
この礼拝堂の彫刻が必見です。


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左右の壁に彫刻が置かれてます。


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まず左壁の彫刻です。


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ジュンタ・ピサーノ派逸名彫刻家によって制作されました。


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右の壁の彫刻です。


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ジュンタ・ピサーノ派の逸名彫刻家による作品です。


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次はサン・ベルナルディーノ礼拝堂です。


P2740971
サン・ベルナルディーノ礼拝堂です。フレスコ画断片が残されてますが、ステファノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1379‐1451)によって制作されたものです。


P2740970


P2740974


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P2740976
聖体容器


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サン・ベルナルディーノ礼拝堂の出入り口

ゴンザーガ家の庇護を受けたサン・フランチェスコ教会には、かって多くの傑作が礼拝堂にありましたが、宗教活動が抑圧されていた時に取り外されてしまいました。現在、それらの作品は世界中の美術館で展示されてます。
6
その中の一つがアンドレア・マンテーニャの「シエナの聖ベルナルディーノ」です。現在、ミラノのブレラ絵画館にあります。


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主祭壇前から見た出入口


P1000651
(おわり)

P1000374
マントヴァのサン・フランチェスコ修道院教会です。


P1000942
確実な記録がないものの、生前、聖フランチェスコがマントヴァに訪れたとされてます。


P1000416
1232年、サン・フランチェスコ兄弟団にこの地が与えられ、礼拝堂が建てられた記録が残されてます。現在の建物は1304年に建設されました。


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マントヴァを治めたゴンザーガ家の霊廟が置かれたので、ゴンザーガ家の庇護を受けました。


5
サン・フランチェスコ教会に埋葬されたゴンザーガ家以外の有名人では「黒隊長のジョヴァンニ」が有名です。「黒隊長のジョヴァンニ」は、メディチ家弟脈のジョヴァンニ・イル・ポポラーノとルネサンスの女傑カテリーナ・スフォルツァの息子で、初代トスカーナ大公コジモ1世の父です。


P2740984
1782年、オーストリアによって教会活動が抑圧されました。1811年から兵器庫として使用されるようになりました。


P2740985
第二次世界大戦中の1944年、爆撃によって破壊されてしまい、戦後に修復されました。


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第二次世界大戦後の修復工事が完了してから、宗教活動が再開されました。


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2012年の地震によってかなりの被害を受け、修復工事が続けられてます。


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ファサードのバラ窓


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入口扉上ルネッタ上にフレスコ画があったと思いますが、全く残ってません。


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ファサード入口の柱頭


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鐘楼


P1000375
ファサード前に柱廊があります。


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柱廊の壁にある絵画です。


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ファサード横の扉から教会内に入ります。


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中に入りました。


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三廊式、ロマネスク・ゴシック様式の内部です。


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修復工事中の礼拝堂があります。


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天井


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左側廊


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14世紀に描かれたフレスコ画の断片が点在します。


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テラコッタ


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主祭壇


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私には詳細が分からない、主祭壇画の「磔刑」


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詳細不明の「聖母子像」


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次はCappella del Santissimo Sacramentoです。


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この礼拝堂でミサが行われる場合があります。


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礼拝堂の祭壇


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詳細不明の彩色磔刑像


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詳細不明の「聖キアーラの物語」


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礼拝堂の天井


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ゴンザーガ礼拝堂は修復中でした。


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ゴンザーガ礼拝堂は必見ですが、これではどうにもなりません。


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祭壇裏のフレスコ画が素晴らしいのですが・・・・・


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漸く作業が始まったばかりのようです。


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地震前はこのような状態でした。


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仕方がないので、セラフィーノ・デ・セラフィーニのフレスコ画は外部サイトから拝借した作品画像を載せておきましょう。


4
セラフィーノ・デ・セラフィーニ(モデナ、1323‐1393)の「教皇ボニファチョ8世から叙聖されるトゥルーズの聖ルイ」


3
セラフィーノ・デ・セラフィーニ(モデナ、1323‐1393)の「トゥルーズの聖ルイの死」
(後編へつづく)

037
中央礼拝堂後陣のフレスコ画を見ます。


020
Maestro di Sant'Abbondioと称するジョッテスキ逸名画家によって描かれた「キリストの受難の物語」(1325c)です。


021
コモに於ける美術関係の最大の見所とされているフレスコ画です。


022
観光客のグループがよく訪れてきます。


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場面毎に見て行きましょう。


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天井


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左から聖ピエトロ、聖マリア・マッダレーナ、祈るキリスト、聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖パオロ


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向かって左側


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受胎告知


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羊飼いの礼拝


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マギの礼拝


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キリストの鞭打ち、誘惑


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マギの夢


P2720250
キリストの洗礼


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エルサレム入城


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カルヴァリオへの上り


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磔刑


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中央部分


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羊飼いへの知らせ、神殿奉献(下)


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向かって右側


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エジプトへの逃避


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ヘロデ王の魔術


029
ユダの接吻


P2720271
十字架降下


P2720274
エジプトへの旅


P2720275
ヘロデ王の饗宴


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嬰児虐殺


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キリストの埋葬


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後陣右の第1礼拝堂


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詳細不明


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後陣右の第2礼拝堂


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聖母子(14世紀)


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右側壁にある祭壇画


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詳細不明


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身廊側壁上部


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フレスコ画の痕跡が認められます。


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中央礼拝堂前から見たファサード側出入口


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外に出ました。


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夏至近くの強烈な日差しが眩しかったのを覚えてます。


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(おわり)

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FS線下を走るレジーナ・テオドリンダ通りに面して聖堂があります。


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サンタッボンディオ聖堂です。


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コモの3代目司教聖アマンツィオ(イギリス・カンタベリー、4世紀後半‐コモ、450)は、ローマに旅を行い、聖ピエトロと聖パオロの聖遺物をコモに持ち帰り、その聖遺物を奉る教会、サンティ・ピエトロ・エ・パオロ教会をコモ城壁外の現在地に448年に建設しました。その教会が前身です。
死を前にした聖アマンツィオは、コモ司教の後継者として聖アッボンディオ(テッサロニキ、5世紀初め‐コモ、469c)を指名して、聖アッボンディオがコモの4代目司教になりました。


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818年、司教座が置かれるとともに、教会は聖アッボンディオに捧げられることになり、名称がサンタッボンディオ聖堂に改称されました。
10世紀後半、城壁内に新司教座教会が建設されることになり、現在のドゥオーモの一応の完成を見た1013年、司教座はサンタッボンディオ聖堂から新ドゥオーモに移されました。
その後、聖堂はベネデット会の所有となりました。


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ベネデット会は、従来の建物を取り壊し、その上に新しい建物の建設を決め、1050年創建、1095年に完成したロマネスク様式の建物が現在の姿の原形です。その後、何度も修復されましたが、元の姿をほぼ留めていると言われてます。


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また、ベネデット会によって大修道院が併設されましたが、1783年に修道院としての活動が停止されたまま、、神学校の学舎に転用され、現在はインスブリア大学法学部となってます。


007
鐘楼が二本あるのが特徴となってます。


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後陣


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身廊はサンタッボンディオ通りに面してます。


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身廊側にも出入り口があります。


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取り壊された以前の建物の見所は、コモ市立のPinacotecaで見ることが出来ます。


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ファサードの扉上ルネッタのフレスコ画は失われています。


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ロマネスク様式の柱頭


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聖堂内に入ります。


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翼廊がない、ロマネスク様式の内部です。


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左右に二本づつの側廊が設けられてます。


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つまり5廊式になってます。


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天井


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2本の左側廊


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2本の右側廊


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ファサード裏に聖歌隊席があります。


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聖歌隊席側壁に描かれたフレスコ画「聖母子と聖人たち」(14世紀)


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聖水盤


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聖水盤下の彫刻


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左側壁の祭壇画から見て行きます。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・レッキ(コモ、1600c‐1648)の「聖アッボンディオの奇跡」(1620‐30c)


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フレスコの断片が残されてます。


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14世紀の逸名画家によって描かれたフレスコ画


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後陣左のサンティッシモ・サクラメント礼拝堂です。


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コモ司教の聖エウビリオの遺体


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後陣左の第2礼拝堂です。


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中央礼拝堂


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主祭壇下の安置されている聖アッボンディオの遺体


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中央礼拝堂横に置かれた彫刻


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トンマーゾ・ロダーリ(マロッジャ、1460‐コモ、1525)の「聖アッボンディオ像」(1490)
(つづく)

P2450876後編は新ドゥオーモ、サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂です。


P2450826
旧ドゥオーモは、その周囲の地表の高さが経年と共に徐々に高くなることに伴い、16世紀後半には、その床の高さは地表よりも一段低い場所となってしまい、雨水の流入や高湿度の問題が深刻となったので、新しいドゥオーモの建物建設が検討されるようになりました。


029
そうして、新ドゥオーモの建設が1603年に決定され、1604年に初期キリスト教のバジリカが建っていた現在地に創建されました。
しかし、1630年にブレーシャで大流行したペストによる経済的な困窮と人口減少によって、工事が中断されてしまいました。17世紀末に漸く工事が再開されましたが、中々進捗しませんでした。


P2450823
18世紀にファサードの建設が始まり、1825年に完成しました。1825年のファサードの完成を持って、新ドゥオーモの建設が漸く終了したのです。


P2450877
高さ80mのクーポラは19世にに完成しました。


030
ファサードの入り口扉上の彫刻は、アントニオ・カレガリ(ブレーシャ、1699‐1777)の「アンジェロ・マリア・ケリーニ枢機卿の胸像」
ブレーシャ司教を務めたアンジェロ・マリア・ケリーニ枢機卿(ヴェネツィア、1680‐ブレーシャ、1755)は、進捗しなかった新ドゥオーモの建設に尽力しました。


P2450825
建築様式としては、後期バロック様式と新古典様式の折衷と考えられてます。


P2450829
三廊式、ギリシャ十字形の堂内です。


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左側壁


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右側廊


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彫刻の装飾が目を引きます。


P2450833
クーポラ


035
クーポラ周囲の彫刻は、カレガリ一族とジョヴァンニ・バッティスタ・カルボーニ(ブレーシャ、1729‐1790)によって制作されました。


038
聖マルコと聖マッテオの彫刻は、ジョヴァンニ・バッティスタ・カルボーニ(ブレーシャ、1729‐1790)によるものです。


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聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと聖ルーカは、カルガリ一族の作品です。


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ジョヴァンニ・アントニオ・エマヌエリ(ブレーシャ、1816‐ミラノ、1894)の「カルロ・ドメニコ・フェラーリ司教(ブレーシャ、1769‐1846)の墓」(1855)


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クラウディオ・ボッタ(マネルビオ、1891‐ミラノ、1958)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの銅像」


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ジローラモ・ロマーニ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484c‐1566c)の3作品、左から「聖母の誕生」、「聖母の結婚」、「ご訪問」です。


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左側の礼拝堂です。


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ジャコモ・ゾボーリ(モデナ、1681‐ローマ、1767)の「キリストの昇天」(1735)


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ジュゼッペ・ヌヴォローネ(サン・ジミニャーノ、1619‐1703)の「天上の聖母子と聖人たち」(1679)


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ジュゼッペ・ヌヴォローネ(サン・ジミニャーノ、1619‐1703)の「聖母の誕生」


039
左側廊突き当りの礼拝堂です。


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548/1550-1628)の「聖母被昇天と聖カルロと聖フランチェスコ」


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中央礼拝堂です。


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主祭壇画は、ジャコモ・ゾボーリ(モデナ、1681-ローマ、1767)の「聖母被昇天」(1735)


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ガスパーロ・カイラーノ(ミラノ?、1489以前生まれ-ブレーシャ?、1517以前没)の「聖アポッロニオの墓碑」(1508-10)


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右側廊


037
仕切りの前に移動しました。


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右側廊突き当りの礼拝堂です。


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ルイージ・バジレッティ(ブレーシャ、1780-1859)の「子供に天国への道を示す守護天使」


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サンティッシモ・サクラメント礼拝堂です。


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「イサクの犠牲」


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右側第1礼拝堂です。


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フランチェスコ・ジョルフィーノ(ヴェローナ、15世紀後半-16世紀前半)の「磔刑像」(1502)


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詳細不明


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ガエターノ・マッテオ・モンティ(ラヴェンナ、1776-ミラノ、1847)の「カブリオ・マリア・ナバ司教(バルザーノ、1758-ブレーシャ、1831)の墓」
カブリオはブレーシャ司教でした。


P2450872
外に出ました。
(おわり)

前編は旧ドゥオーモです。
P2460830
ブレーシャのドゥオーモ広場です。


018
写真手前の丸い建物が旧ドゥオーモ、その先にある建物が新ドゥオーモです。


P2460834
ロトンダとも言われる旧ドゥオーモ、ドゥオーモ・ヴェッキオです。


042
この場所には、ローマ時代の紀元前1世紀に建てられた公衆浴場がありましたが、その遺跡の上に、恐らく6世紀に建てられた初期キリスト教会が前身です。6世紀に建設された柱や床は、旧ドゥオーモのクリプタに一部残ってます。


019
最初の建物は8世紀の火災によって消失し、直ぐに再建されましたが、10世紀に取り壊されました。
現在の建物は、10世紀に創建されたものがクリプタとして残されてます。1095年のブレーシャ大火災によって大きな被害を受けたとされてます。16世紀末の大改修後の姿が現在の旧ドゥオーモとなってます。


P2450827
堂内に入ると分かりますが、聖堂内の床は、地表から一段低い場所にあります。聖堂内の床の高さは10世紀頃の地表と同じ高さにありました。
地表からの流水の侵入と湿気の問題が経年とともに徐々に深刻化するようになり、16世紀末に新ドゥオーモの建設が検討されるようになり、旧ドゥオーモの隣の場所に新ドゥオーモの建設工事が1604年に始まったのです。


P2450875
出入り口


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中に入りました。信者席がある床が、10世紀頃の地表の高さとほぼ同じとされてます。16世紀末の大改修工事によって、信者席よりも一段高い場所に礼拝堂が設けられるようになりました。


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円形のロトンダの天井


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ブレーシャ司教聖アポッロニオ像(13世紀)


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アンジェロ・ガンディーノ(ブレーシャ、1560‐1631)の「子供に天国への道を示す守護天使」(1605‐06)


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中央礼拝堂は工事中でした。


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観たい作品があるのですが、これではどうにもなりません。


023
工事前は観ることが出来ました。


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主祭壇画も修復中でした。


9
仕方がないので、外部サイトから拝借した主祭壇画の写真を載せておきます。
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c‐1554)の「聖母被昇天」(1524‐26)


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かなり大掛かりな修復工事です。


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ローマ時代の公衆浴場のモザイク(紀元前1世紀)を見ることが出来ます。


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サンティッシモ・サクラメント礼拝堂の扉が閉まっていましたが、柵の間にカメラを入れて写真を撮りました。


P2450887
中央は、パオロ・カイリーナ・イル・ヴェッキオ(ブレーシャ、1420/1430-1486)の「キリストの鞭打ち」
左は、アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「聖マルコ」
右は、モレットの「聖ルーカ」


P2450888
サンティッシモ・サクラモンテ礼拝堂のフレスコ画は、ジローラモ・ロマーニ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484c-1566c)によって描かれました。


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「エリアを慰める天使」


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アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)の「信者たちの寄宿舎の復活祭」


P2450899
右翼廊の礼拝堂の祭壇画です。
フランチェスコ・マッフェイ(ヴィチェンツァ、1605c-パドヴァ、1660)の「ドミナトーレ司教とパオロ司教とアナスタショ司教の遺体の移送」(1656)


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右翼廊の礼拝堂のフレスコ画は、トンマーゾ・サンドリーニ(ブレーシャ、1580-1630)とフランチェスコ・ジューニョ(ブレーシャ、1577-マントヴァ、1621)によって描かれました。


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フランチェスコ・マッフェイの作品


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フランチェスコ・マッフェイの作品


P2450900
クーポラのフレスコ画は、トンマーゾ・サンドリーニ(ブレーシャ、1580-1630)とフランチェスコ・ジューニョ(ブレーシャ、1577-マントヴァ、1621)によって描かれました。


P2450903


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サンタ・クローチ礼拝堂の扉が閉まっていました。


P2450913
この奥にドメニコ・デ・ドミニーチ葬儀モニュメントがありますが、これではどうにもなりません。
サンタ・クローチ礼拝堂の祭壇画を外部サイトから拝借した写真で載せておきましょう。


11
アントニオ・ガンディーノ(ブレーシャ、1560-1631)の「バビエーラのナーモの寄付」(1605-06)


12
グラツィオ・コッサリ(オルツィヌオーヴィ、1563-ブレーシャ、1629)の「子スタンティンへの十字架の幻影」(1605)


P2450909
ステンダリオがあります。


P2450910
詳細不明


P2450911
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c-1554)と弟子による「アブラハムとメルキゼデクの出会い」


P2450915
クリプタに進みます。


P2450916
6世紀の柱などが一部残されてます。


P2450917
大部分が8-9世紀に建設されたものです。


P2450918


P2450920


P2450921


P2450824
一旦外に出ました。次は新ドゥオーモです。
(つづく)

P2450720
駅近くからチェントロ・ストーリコに向かうCorso Martiri della Libertaです。


P2450721
Corso Martiri della Libertaに面して建つサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会です。


155
1480年から1484年にかけて、ブレーシャではペストが大流行して、多くの犠牲者を出しました。


153
ペストに苦しんでいた市民は、この場所にあった建物の壁に描かれた聖母子のフレスコ画が奇跡的なご利益があるとの評判が立ち、そのフレスコ画を崇拝するようになりました。


154
1486年、ブレーシャの教会関係者は深い信仰を集めることになったフレスコ画がある場所に教会を建設することを決め、フレスコ画ある建物の買収交渉を開始しました。


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ルドヴィーコ・ベレッタの設計によって1487年創建、1490年に完成したルネサンス様式のサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会です。


P2450722
この教会の見所は何といってもファサードです。


P2450723
柱廊を含むファサードの設計は、ジョヴァンニ・アントニオ・アマデオ(パヴィア、1447c‐ミラノ、1522)によるものです。
ジョヴァンニ・アントニオ・アマデオの代表作は、ベルガモのコッレオーニ礼拝堂でしょう。


P2450725
ファサードの彫刻もジョヴァンニ・アントニオ・アマデオの作品です。


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第二次世界大戦の爆撃によって大きな被害を受けた教会ですが、ファサードだけは奇跡的に罹災を免れました。


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P2450728


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ファサード以外の部分は、爆撃によって大きな被害を受けたので、戦後に大修復されました。


P2450730
中に入りました。


P2450732
三廊式、ルネサンス様式の内部です。


P2450733
右側壁


P2450782
教会の構造図


P2450780
ペスト治癒の信仰を集めた聖母子のフレスコ画の写真


P2450792
主祭壇


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主祭壇に置かれたペスト治癒の信仰を集めた聖母子(15世紀)


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後陣


P2450735
クーポラ


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爆撃を免れた建設当時のオリジナルの場所


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左側廊


P2450737


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左側廊から見た中央礼拝堂


P2450807
右側廊


P2450808


P2450809


P2450740
祭壇画を見て行きます。


P2450744
グラツィオ・コッサ―リ(オルツィヌオーヴィ、1563‐1629)の「聖母の浄化」(1594)


P2450747
ピエトロ・マローネ(ブレーシャ、1548c‐1603)の「聖母被昇天」


P2450751
オッタヴィオ・アミゴーニ(ブレーシャ、1606‐1661以降没)の「無原罪の御宿リ」(1646)


P2450753
エンリコ・アルブリッチ(ヴィルミノーレ・ディ・スカルヴェ、1714‐1775)の「天国のカギを聖ピエトロに託すキリスト」(1754)


P2450754
エンリコ・アルブリッチ(ヴィルミノーレ・ディ・スカルヴェ、1714‐1775)の「ライ病の回復」


P2450756
パオロ・コスタの「磔刑」(1618)


P2450759
詳細不明


P2450762
詳細不明


P2450765
詳細不明


P2450767
詳細不明


P2450771
中央礼拝堂の左側壁に2点の祭壇画があります。


P2450774
トンマーゾ・ボーナ(ブレーシャ、1548‐1614)の「聖母の誕生」


P2450776
ピエトロ・マリア・バニャトーレ(ブレーシャ、1548c‐1627c)の「受胎告知」(1592)


P2450783
エンリコ・アルブリッチ(ヴィルミノーレ・ディ・スカルヴェ、1714‐1775)の「聖二コラの死」


P2450788
ジュゼッペ・ファッリ(ブレーシャ、1697‐1772)の「我に触れるな」


P2450791
詳細不明


P2450800


P2450802
ジュゼッペ・アリアッジ(ブレーシャ、1825‐1906)の「モレット作『聖母子と聖二コラ』の複製画」
モレットの作品は、元々この場所にありました。参考までにモレットの作品画像を載せておきましょう。


P2460752
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c‐1554)の「聖母子とバーリの聖二コラ」(1539)
現在、この作品はブレーシャのトージオ・マルティネンゴ美術館にあります。


P2450812
美術的に見所が豊富な教会です。


P2450813
外に出ました。

P1120403
聖水盤


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14‐15世紀の逸名画家によるフレスコ画


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P1120404
14世紀のヴェローナの逸名画家によるフレスコ画


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14世紀のヴェローナの逸名画家によるフレスコ画


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「最後の晩餐」(15世紀初め)


P1120409
詳細不明


P1120410
14世紀のヴェローナの逸名画家によるフレスコ画


P1120411
詳細不明の磔刑像


P1120415
入口扉上のルネッタにフレスコ画が残されてます。


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制作者情報不詳の「玉座の聖母子と4聖人と信者」


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二層に描かれたフレスコ画


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ファサード側の扉裏に置かれているブロンズ像


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11世紀頃の逸名金工家・彫刻家によって制作されたとされてます。


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ファサード側の扉として使用されていましたが、劣化防止と維持保存のため、現在は聖堂内に置かれてます。


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左右の扉の制作者が違うとされてます。


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聖水盤


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出入口


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ロレンツォ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1356‐1372記録)の「彩色磔刑像」


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聖ゼーノ?


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Altare Rinascimentale (1515-35)
祭壇画は、フランチェスコ・トルビード通称イル・モーロ(ヴェネツィア、1482‐ヴェローナ、1562)の「聖母子と4聖人(聖アンナ、聖ゼーノ、聖セバスティアーノ、聖クリストフォロ)」(1520c)


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Altare Rinacimentaleのフレスコ画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・デル・モーロ(ヴェローナ、1512‐ヴェネツィア、1573)に帰属するもので、1538年以降に制作されました。


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12‐15世紀に描かれたフレスコ画


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聖クリストフォロ(12世紀)


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ジョッテスキ画家による「聖母子」


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制作者不知の「カルヴァリオへの上り」


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立ち去る前に、マンテーニャの祭壇画をもう一度見ました。


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心行くまで鑑賞しました。


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大満足で外に出ました。


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外はすっかり夕暮時を迎えていました。


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(おわり)

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PresbiterioからChiesa plebanaと呼ばれるParte centraleに下りました。


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階段横の壁にもフレスコ画があります。


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フレスコ画の制作者は特定されていません。


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Presbiterioの下にクリプタがあります。


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Presbiterio先端の柵上に彫刻があります。


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12世紀から14世紀に制作された彫刻です。


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逸名彫刻家による作品です。


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これは何でしょうか?


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次はクリプタです。


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聖ゼーノの聖遺物が収められてます。


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クリプタに入りました。


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10世紀に遡るクリプタです。


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その後、13世紀と16世紀に改装され、現在に至ってます。


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聖ゼーノの遺体を収めた石棺がありますが、扉が施錠されていて中に入ることが出来ませんでした。


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壁や柱の所々にフレスコ画が残されてます。


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古そうな聖母子


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詳細不明


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クリプタのあちこちに石棺、墓がありますが、その多くは歴代のヴェローナ司教のものです。


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フレスコの痕跡


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クリプタのフレスコ画を紹介してます。


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聖ゼーノ


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修復された柱頭のような・・・・・


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ヴェローナの彫刻家アダミーノ・ダ・サン・ジョルジョの柱頭(1225)


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アダミーノ・ダ・サン・ジョルジョの柱頭(1225)


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クリプタでミサが行われることが多いようです。


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クリプタを後にしました。


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Parte centrale


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左側廊


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右側廊


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名前が付けられていない祭壇


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14‐15世紀のフレスコ画


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14‐15世紀のフレスコ画


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Altare Barocco (1621)
(つづく)

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聖堂内に入りました。


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3廊式、ロマネスク様式の内部ですが、少し複雑な構造をしています。


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フレスコ画が沢山あるので、美術ファンにとっては非常に魅力ある教会です。


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木造りの天井


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階段を上ります。


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Presbiterio(聖堂内陣、中央祭壇を含む部分)です。
階段下のChiesa plebana、Presbiterio、クリプタの3つの部分に分かれてます。


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何はともあれ、中央祭壇の祭壇画を見に行きます。


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これがお目当てです。


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431‐マントヴァ、1506)の「サン・ゼーノの祭壇画」(1457‐59)
1456年、当時のサン・ゼーノ修道院長グレゴリオ・コッレールによって発注された作品です。
残念なことに、プレデッラの「園の祈り」、「磔刑」、「キリストの復活」の3点はマンテーニャの真作ではなく、後に制作された本物の複製画なのです。
ナポレオンのイタリア侵攻によって、多くの傑作美術品がフランスに持ち去られましたが、この「サン・ゼーノの祭壇画」も1797年にフランス軍によって奪われてしまいました。
ナポレオン失脚後、この作品の返還交渉が行われましたが、何年も経って漸く返還されました。しかし、返されたのは上部のトリッティコだけで、何故かプレデッラ部分はフランスに奪われたままで返ってきませんでした。その後、何度も返還要求が出されたものの、フランス側は拒否を続け、今に至ってます。
已む無くプレデッラ部分の複製画制作がパオリーノ・カリアーリ(ヴェネツィア、1764‐1835)に発注され、パオリーノ・カリアーリ制作の「マンテーニャ作品の複製画」がプレデッラ部分に嵌め込まれたのです。
パオリーノ・カリアーリはパオロ・ヴェロネーゼの子孫と言われてます。
なお、プレデッラの「園の祈り」と「キリストの復活」はフランスのトゥール美術館、「磔刑」はルーヴル美術館にあります。


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上段中央


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上段左


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上段右


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プレデッラのパオリーノ・カリアーリ(ヴェネツィア、1764‐1835)の「マンテーニャ作『園の祈り』の複製画」


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「磔刑」(パオリーノの作品)


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「キリストの復活」(パオリーノの作品)
マンテーニャの祭壇画の裏に素晴らしい「聖ゼーノ」のフレスコ画があるのですが、一般の拝観者は祭壇画の背後に入ることが出来ないので、観ることが出来ません。


1
これが、そのフレスコ画の作品画像です。(外部サイトから拝借しました)
ヴェローナの逸名画家による「聖ゼーノ」(14世紀)


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ヴェローナの逸名画家たちによって13世紀から14世紀に描かれたフレスコ画


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Altare del Santissimo Sacrament


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Altare del Santissimo Sacramentの右壁は、聖堂で最古の部分(10世紀)の一部とされてます。


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14世紀のヴェローナの逸名画家によるフレスコ画


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中央祭壇左柱のフレスコ画


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後陣のフレスコ画


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後陣のフレスコ画は、アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)派の逸名画家によって描かれたとされてます。


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中央祭壇の左に有名な彫刻があります。


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13世紀の逸名彫刻家作「笑う聖ゼーノ像」


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13‐14世紀のヴェローナの逸名画家たちによって描かれたフレスコ画


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向かいの壁


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Presbiterioは終わりです。


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Presbiterioからバラ窓を見ました。
(つづく)

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ヴェローナ旧市街の北東方向の町外れです。鐘楼が見えてますが、サン・ゼーノ・マッジョーレ聖堂のものです。


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サン・プロコーロ教会(写真右)の先は、サン・ゼーノ広場です。


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サン・ゼーノ広場に面して建つサン・フェルモ・マッジョーレ聖堂です。
シェイクスピアの「ジュリエッタとロメオ」の結婚の場だったということで、観光客に比較的人気が高い教会です。


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第8代ヴェローナ司教でヴェローナの守護聖人聖ゼーノ(モーリタニア、300c‐ヴェローナ、372)(ヴェローナ司教在任362年‐372年)の死後に、現在の聖堂が建ってる場所に、4世紀後半に聖ゼーノの墓と聖ゼーノを奉る小さな教会が建てられましたが、それが前身とされてます。聖ゼーノは黒人だったという説が有力のようです。


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最初の建物は9世紀に破壊されたので、ピピン王と当時の司教によって二代目の建物が建てられましたが、10世紀初めにハンガリー人によって、二代目の建物も破壊されてしまいました。
967年、ドイツ皇帝オットー1世の資金援助によって3代目の建物が建てられましたが、ヴェローナを襲った1117年1月3日の大地震によって倒壊したので、修復と拡張工事が行われ、1138年に一応の完成を見ました。


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その後、ゴシック様式の屋根と後陣が再建され、1398年に完成しましたが、その完成後の建物が現在の姿となってます。
1973年、教皇パオロ6世によってBasilica Minoreに格付けされました。


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高さ62mの鐘楼は、1045年に創建され、1178年に完成しました。


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ファサード左に建っているのは、旧サン・ゼーノ修道院の塔です。


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要塞のような堅固な造りの塔です。


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ファサードを見ます。
彫刻家ブリオロート Brioloto(1189-1220存在確認)作とされる「運命の車輪」(12世紀末)と呼ばれるバラ窓です。


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柱廊扉上ルネッタ上の浮彫「悪を踏む聖ゼーノとヴェローナ貴族と市民」(12世紀)


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グリエルモ派彫刻家による浮彫でしょうか?


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入口扉左の彫刻は、グリエルモ・ダ・モデナ(モデナ、1099‐1120活動)の「キリストの物語」


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傑作です。


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入口扉右側の彫刻は、ニッコロ(1122‐1139活動)の「創世記」と「テオドリック王の狩り」です。


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右側も素晴らしい傑作です。


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ファサードの右側


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入口扉前の左右にライオン像があります。こちらは左側のライオン像です。


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右側のライオン像


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聖母子のフレスコ画


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聖堂内に入るには一旦キオストロ回廊に出ます。


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通常、ファサード側の扉が閉まっています。


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修道院の中庭を囲んで、修道院と聖堂を繋いでます。


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修道院は9世紀に建設されましたが、地震やアディジェ川の洪水などの天災、経年劣化のため、修復、拡張、再建を繰り返しました。


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修道院は、ナポレオンによって18世紀末にその活動が停止されました。


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回廊の壁にフレスコ画が描かれていましたが、一時期、殆ど残っていない状態でした。


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ところが1980年から行われた修復の際に、フレスコ画が発見されたのです。


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フレスコ画は12世紀から15世紀に制作されたそうです。


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回廊から見た聖堂


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キオストロ回廊から聖堂内に向かいました。


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(つづく)

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下教会から上教会に戻りました。
制作者不明の「磔刑像」(18世紀)


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Cappella Alighieriの祭壇画は既に紹介しました。


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Cappella della Passione


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ドメニコ・リッチョ通称イル・ブルサソルツィ別称ドメニコ・ブルサソルツィ(ヴェローナ、1516‐1567)の「磔刑」(1550c)


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Cappella della Passioneのスタッコ彫刻


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ドメニコ・ブルサソルツィの作品?


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ドメニコ・ブルサソルツィの作品?


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中央礼拝堂


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後陣のフレスコ画は、1320年頃にMaestro del Redentoreによって制作されました。


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Cappella di Sant'Antonio


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磔刑の祭壇画の左横は、リベラーレ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1445c‐1530)の「聖アントニオと聖アゴスティーノと聖ニコロ」


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P1120193
14世紀のヴェローナの逸名画家によるフレスコ画


P1120194
フレスコ画のテーマはパドヴァの聖アントニオの生涯です。


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1340年から1350年頃にかけて制作されました。


P1120196


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制作者不明のパドヴァの聖アントニオ像


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Transetto e Mausoleo della Torre


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14世紀のヴェローナの逸名画家によるフレスコ画


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フレスコ画のテーマは聖フランチェスコの生涯です。


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詳細不明


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Altare dei Marangoni (1608)


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祭壇画は、アレッサンドロ・トゥルキ通称ロルベット(L'Orbetto)(ヴェローナ、1578ローマ、1649)の「羊飼いの礼拝」(1608)


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Cappella della Madonna


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555)の「天上の聖母子と聖アンナと聖人たち」(1528)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・バルキ(マントヴァ、15940ヴェローナ、1650)の「十字架降下」


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Altare di San Nicola (1635)
ジョヴァンニ・バッティスタ・デル・モーロ(ヴェローナ、1512‐ヴェネツィア、1573)の「聖二コラと聖アゴスティーノと聖アントニオ・アバーテ」


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トゥローネ・ディ・マキシオ派逸名画家に帰属する「磔刑」(1363)


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ピサネッロのフレスコ画


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P1120223
ナンニ・ディ・バルトロ通称イル・ロッソ(フィレンツェ、1419‐1451活動)の「マウセレオ・ベンツォーニのモニュメント」(1426)


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外に出る前に、もう一度主祭壇を見ました。


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(おわり)

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マルティーノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、?‐1412)のフレスコ画


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Cappella Benzoniの入り口です。


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14世紀のヴェローナの逸名画家によるフレスコ画


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Cappella Brenzoniに入りました。


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Cappella Brenzoniの左壁


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アントニオ・ダ・メストレの彫刻(14世紀末)


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マルティーノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、?‐1412)のフレスコ画


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マルティーノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、?‐1412)のフレスコ画


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フランチェスコ・ボンシニョーリ(ヴェローナ、1460c‐カルディエーロ、1519)の「玉座の聖母子と聖ジョッベ(ヨブ)と司教聖人」(1484)


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Cappella Brenzoniの祭壇画は、アントニオ・エレネッティ(ヴェローナ、?‐1767)の「聖母子と聖フェルモと聖ルスティコ」


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詳細不明


P1120120
詳細不明


P1120125
詳細不明


P1120126
詳細不明


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ラッファエーレの祭壇です。


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フランチェスコ・トルビード通称イル・モーロ(ヴェネツィア、1486‐ヴェローナ、1562)の「聖母子と大天使ラッファエーレとトビアスと聖女」(1530)


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制作者不明の「嘆き」(16世紀初頭)


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Altare di San Francesco
祭壇画は、ジャンバッティスタ・べッロッティ(ヴェローナ、1667‐1730)の「聖母子と聖フランチェスコ」


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Cappella Alighieri
ジョヴァンニ・バッティスタ・デル・モーロ(ヴェローナ、1512‐ヴェネツィア、1573)の「聖母子と聖人たち」(1547)


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下教会に向かった。


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下教会への入り口です。


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下教会に通じる通路にある壁龕


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「玉座の聖母子と2聖人」(14世紀初め)
その下はアントニオ・ペラカーニの墓


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階段を下りて下教会に向かいました。


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Chiesa Inferiore


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1065年のロマネスクが味合うことが出来ます。


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ラテン十字形ですが、柱が天井を支える特殊な構造をしています。


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12世紀から14世紀に描かれたフレスコ画が残ってます。


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下教会の祭壇


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柱に描かれたフレスコ画


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上教会に戻ります。
(つづく)

P2690434サン・フェルモ・マッジョーレ教会はアディジェ川の川岸にあります。


P1120048
レオーニ門の先に、既にサン・フェルモ・マッジョーレ教会の鐘楼が見えます。


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鐘楼を目指して道を進むと後陣に出ます。


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ドガ―ナ通りをアディジェ川に向かって進んで、ファサード側に出ます。


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教会の身廊側に出ました。


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左身廊側


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こちら側の扉は開いてません。


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左サイドポータルのルネッタ上のフレスコ画


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左サイドポータルの左壁にあるフレスコ画
フランチェスコ・モローネ(ヴェローナ、1471‐1529)の「聖母子と2聖人」(1523)


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柱頭


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ファサードがあるサン・フェルモ広場です。


P1120080
教会が建っている場所で、304年、聖フェルモと聖ラスティコが殉教したと伝えられてます。この場所に5‐6世紀に教会が建設されたとされてますが、8世紀の記録に教会の存在が初めて記されてます。


P1120078
2つの異なる建物を2層に重ねた構造の教会です。
最初にベネデット会によって1065年から1143年にかけて教会が建設されましたが、後にフランチェスコ会の管理教会となり、1261年から上の教会の建設が始まり、1350年に完成しました。


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アディジェ川の度重なる洪水によって被害を受けましたが、より大きな被害を受ける下の教会よりも上の教会が重要視されるようになり、1759年に下の教会の重要なものが上の教会に移されました。


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13世紀に完成した鐘楼


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後陣


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ファサード左側のアヴェンティーノ・フラカストーロのアルカ(柩)


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ヴェローナの名家フラカストーロ家出身のアヴェンティーノは、ヴェローナ領主のカングランデ1世デッラ・スカラの医者、友人でした。


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扉の右横にも墓らしきものがありますが、詳細不明のようです。


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正面扉上ルネッタ
何が描かれているのか、判然としないフレスコ画


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ライオン像(左)


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ライオン像(右)


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中に入ります。


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上の教会です。


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単廊式、ラテン十字形、ゴシック様式の内部です。


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右側壁


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トゥローネ・ディ・マキシオ(ヴェローナ、14世紀後半活動)の「磔刑」


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P1120096
14世紀のヴェローナの逸名画家によるフレスコ画


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アンジェラ・グアリエンティの墓(1564)
上部のフレスコ画は、Maestro del Redentoreの「4人のフランチェスコ会修道士の殉教」(1321)
下部のフレスコ画は、14世紀のヴェローナの逸名画家による「聖オノフリオと聖ドロテア」


P1120104
Cappella Nichesola


P1120100
サンテ・クレアーラ(ヴェローナ、1572‐1620)の「聖母子と4聖人」(16世紀)


P1120101
4聖人のうち、特定されているのは、聖ブランダーノと聖グレゴリオの2人だけのようです。


P1120105


P1120103
フレスコ画は、ドメニコ・リッチョ通称イル・ブルサソルツィ別称ドメニコ・ブルサソルツィ(ヴェローナ、1516‐1567)の「司教の殉教」


P1120106
天井


P1120107
アントニオ・ダ・メストレの「説教壇」(1396)


P1120109
説教壇周囲のフレスコ画と説教壇内部の「磔刑」は、マルティーノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、?‐1412)によって1396年に制作されました。
(つづく)

P1110842
Cappella Emilei


P1110843
ジャンベッティ―ノ・チニャローリ(ヴェローナ、1706‐1770)の「キリストの変容」(1741)


P1110846
Cappella Emileiのフレスコ画は、ジョヴァンニ・マリア・ファルコネット(ヴェローナ、1468‐パドヴァ、1535)によって制作されました。


P1110845


P1110847
アゴスティーノ・ヴァリエールのモニュメント


P1110851
ジョヴァンニ・バッティスタ・ブラートの「最後の晩餐」


P1110852
Cappella Mazzanti
Maestro Campionesiの「聖アガタの廟」(1353)


P1110853
オルガン左右の絵画は、フェリーチェ・ブルサソルツィ(ヴェローナ、1542‐1605)の作品です。


P1110868



P1110858
Cappella Maffei


P1110865
Cappella Maffei


P1110859
アゴスティーノ・ウゴリーノ(ヴェローナ、1758‐ヴェネツィア、1826)の「聖母子と聖人たち」(1794)


P1110861
その下にあるプレデッラは、ミケーレ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1470‐1540)の作品です。


P1110867
ジョヴァンニ・マリア・ファルコネット(ヴェローナ、1468‐パドヴァ、1535)のフレスコ画


P1110862
次は中央礼拝堂です。


P1110864
中に入ることが出来ません。


P1110893


P1110894
フランチェスコ・トルビード通称イル・モーロ(ヴェネツィア、1486‐ヴェローナ、1562)のフレスコ画


P1110855
後陣のフレスコ画「聖母被昇天」は、フランチェスコ・トルビード通称イル・モーロ(ヴェネツィア、1486‐ヴェローナ、1562)によって制作されました。


P1110856
イル・モーロは、ジュリオ・ロマーノによって触発されて制作したと言われてます。


P1110869
Cappella della "Madonna del Popolo"


P1110873
19世紀に制作されたフレスコ画


P1110874


P1110870
クーポラ


P1110876
1465年に建設されたCappella Cartolari


P1110892


P1110875
詳細不明


P1110879
ミケランジェロ・プルナーティ(ヴェローナ、1690‐1750)の「聖母子と聖ミケーレと聖ジョルジョと聖ジローラモ」


P1110878
Cappella Cartolariのフレスコ画の制作者ですが、私には分かりません。


P1110877


P1110881
今いるところの向かいの右側壁の礼拝堂です。


P1110882
向かい側のCappella Calcasoli


P1110883
次はCappella Abbazia-Lazzariです。


P1110891
Cappella Abbazia-Lazzari


P1110884
サンティ・プルナーティ(ヴェローナ、1652‐1728)の「救世主とトビアスと天使と聖人たち」


P1110889
Cappella Cartolari-Nichesola


P1110890


P1110887
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490-ヴェネツィア、1576)の「聖母被昇天」(1535-40)


P1110888
ティツィアーノがヴェローナで制作した唯一の作品です。


P1110896
外に出ました。


P1110900
(おわり)

P2690459
サンタナスターシア聖堂からドゥオーモに向かいました。ご覧のように、余り離れてません。(ランベルティの塔からの写真です)


P2690433
ドゥオーモの傍にアディジェ川が流れてます。


P1110940
高さ約75mの鐘楼が目立ちます。


P1110794
サンタナスターシア聖堂からドゥオーモに向かうと、直ぐにドゥオーモの鐘楼が見えてきます。


P1110798
ドゥオーモ通りを進めば、突き当りがドゥオーモの身廊側です。


P1110799
身廊側から聖堂内に入らないで、ファサード側のドゥオーモ広場に出ます。


P1110806
広場に面して建つBiblioteca Capitolare


P1110807
貴重な本を所蔵していることで有名な図書館です。


P1110801
ヴェローナのドゥオーモ、Cattedrale di Santa Maria Matricolareです。


P1110803
教会の歴史は古く、4世紀頃、この場所に存在していた初期キリスト教会が前身です。8‐9世紀頃に再建されましたが、ヴェローナを襲った1117年の大地震によって倒壊したので、再び建設されることになり、1120年創建、1187年に完成したロマネスク様式の建物が原形です。1187年、教皇ウルバーノ3世によって献堂されました。


P1110808
15世紀にゴシック様式に一部拡充改装され、ファサードは16世紀に完成しましたが、ファサード完成後の建物が現在の姿となってます。


P1110809
ファサードの柱廊玄関、ProtiroとFrontoneが特徴です。


P1110810
Frontoneの時計


P1110811
Protiroのルネッタ上の彫刻は、ニッコロ(1122‐1139活動)の「マギの礼拝」


P1110812
ファサードの彫刻


P1110813


P1110814
Portale principaleの左柱の彫刻


P1110815
Portale principaleの右柱の彫刻


P1110817


P1110818


P1110816


P1110820
柱廊玄関の左右に置かれたライオン像は、ニッコロ(1122‐1139活動)の作品です。


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向かって右側に置かれたライオン像


P1110821
詳細不明


P1110822
詳細不明


P1110908
サイド・ポータル


P1110909
フレスコ画は14世紀に制作されました。


P1110911
柱頭の彫刻


P1110910


P1110899
鐘楼の下部は12世紀のロマネスク様式のものですが、16世紀にサンミケーリ・ファジュオーリによってルネサンス様式で一応の完成を見ました。しかし、突端部は20世紀に手が加えられたものの、未完成で現在に至っています。


P1110895
サイド・ポータルから聖堂内に入りました。


P1110823
三廊式、ラテン十字形の内部です。


P1110825
ロマネスク様式の構造ですが、15世紀に改装されました。


P1110824
右側廊方向


P1110826
中央通路


P1110827
14世紀から16世紀頃の絵画や彫刻の宝庫とも言えます。


P1110828
Cappella Dionisi


P1110830
祭壇画は、アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)の「天上の聖母子と聖人たち」です。その前にある小さな彫刻はアンジェロ・サルトーリの「聖アルカディオの殉教」です。


P1110832
Cappella Dionisiのフレスコ画は、アントニオ・バディーレII(ヴェローナ、1424‐1507)の作品です。


P1110833


P1110836
Cappella Calcasoli


P1110838
ニコロ・ジョルフィーノ(ヴェローナ、1476‐1555)の「十字架降下と聖人たち(聖ロッコ、聖アントニオ・アバーテ、聖セバスティアーノ、聖バルトロメオ)」


P1110835
Cappella Calcasoliのフレスコ画は、ジョヴァンニ・マリア・ファルコネット(ヴェローナ、1468‐パドヴァ、1535)によって1503年に制作されました。


P1110841


P1110834
(つづく)

P1110729
Cappella Giustiの入り口です。


P1110730
Secondo Maestro di San Zeno?のフレスコ画


P1110731
パオロ・フェリナーティ(ヴェローナ、1524‐1606)の「十字架降下と聖ジャチントの奇跡」


P1110733
アレッサンドロ・トゥルキ通称オルベット(ヴェローナ、1578‐ローマ、1649)の「聖母被昇天と聖二コラと聖チェチリア」


P1110732
フランチェスコ・モローネ(ヴェローナ、1470‐1529)の「十字架降下と聖人たち」


P1110735
Cappella Giusti(1452)


P1110736
フェリーチェ・リッチョ(ヴェローナ、1542‐1605)の「天上の聖母子と聖人たち」(1598)


P1110740
詳細不明


P1110742
詳細不明


P1110744
アントニオ・バレストラの作品


P1110747
この祭壇画が中々良いと思います。


P1110748
詳細不明


P1110749
Secondo Maestro di San Zenoの作品


P1110751


P1110753
Cappella del Rosario (1585-1596)


P1110754
この祭壇画は既に見ました。


P1110755
「既に見ました」という表現は正しくありません。別の作品です。
制作者、制作年など詳細不明の「ロレンツォ・ヴェネツィアーノの作品のコピー画」
本物は、この聖堂内のペッレグリーニ礼拝堂の祭壇を飾ってます。


P1110759
ピエトロ・ベルナルディ(ヴェローナ、16世紀末‐17世紀初め活動)の「園の祈り」


P1110758
クラウディオ・リドルフォ(ヴェローナ、1560‐アンコーナ、1644)の「鞭打ち」


P1110761
バロック様式のCappella del Rosario


P1110762
クーポラ


P1110764
16世紀の聖歌隊席を利用したオルガン(1625)


P1110765
詳細不明の墓


P1110766
Altare Miniscalchi (1436)


P1110767
ニコロ・ジョルフィーノ(ヴェローナ、1476‐1555)の「聖霊降臨」


P1110768
ルネッタは、フランチェスコ・モローネ(ヴェローナ、1471‐1529)の作品です。


P1110771
左側廊


P1110773
Altare di San Raimondo di Penafortの祭壇画は、フェリーチェ・ブルサソルツィ(ヴェローナ、1542‐1605)とアレッサンドロ・トゥルキ(ヴェローナ、1578‐1649)の作品です。
フェリーチェ・ブルサソルツィが制作の途中で没したので、仕事を引き継いだアレッサンドロ・トゥルキが完成させました。


P1110775
Altare Faellaの祭壇画は、ニコロ・ジョルフィーノ(ヴェローナ、1476‐1555)の「救世主と聖エラズモと聖ジョルジョ」


P1110777
Altare Boldieriの彫刻の制作者は不明のようです。


P1110779
アントニオ・バディーレII(ヴェローナ、1424‐1507)の「聖母戴冠」


P1110781
詳細不明


P1110782
詳細不明


P1110784
外に出る前に、もう一度聖堂内を見回しました。


P1110786


P1110785


P1110640
外に出ました。


P1110792
(おわり)

P1110678
Cappella del Crocefisso


P1110679
磔刑礼拝堂横の壁のフレスコ画


P1110681
15世紀の逸名彫刻家作「磔刑像」(15世紀中頃)


P1110680
ジャネセッロ・フォルガリアの墓碑(1427)


P1110683
フレスコ断片


P1110684
Altare Centrego (1488-1502)


P1110685
祭壇画は、ジローラモ・ダイ・リブリ(ヴェローナ、1474‐1555)の「玉座の聖母子と聖トンマーゾと聖アゴスティーノと信者」


P1110690
Cappella Cavalli


P1110689
アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330‐ヴェローナ、1390c)のフレスコ


P1110688
ルネッタのフレスコ画は、ステファノ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1379c‐ヴェローナ、1438c)の作品(1412)
それ以外の多くは、マルティーノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、?‐1412)のフレスコ画です。


P1110687
詳細不明の祭壇


P1110692
Secondo Maestro di San Zeno?のフレスコ画


P1110693
Secondo Maestro di San Zeno?のフレスコ画


P1110694
Cappella Pellegrini


P1110695
ロレンツォ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1336‐1379)の「聖母子と聖ドメニコと聖ピエトロ・マルティーレとカングランデ2世デッラ・スカラとその妻エリザベッタ・ディ・バヴィエーラ」


10
ピサネッロ(ピサ、1395c‐1455c)の「聖ジョルジョと王女」


P1110696
ペッレグリーニ礼拝堂の天井


P1110697
アルティキエーロ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1330c‐ヴェローナ、1390c)のフレスコ画


P1110698
マルティーノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、?‐1412)のフレスコ画


P1110700
詳細不明


P1110701
ミケーレ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1385‐1455)のテラコッタ(1435)


P1110702
ミケーレ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1385‐1455)のテラコッタ(1435)


P1110703
中央礼拝堂


P1110705
トゥローネ・ディ・マキシオ(ヴェローナで14世紀後半活動)またはSecondo Maestro di San Zenoの「最後の審判」(1360c)


P1110706
ピエトロ・ディ・ニッコロ・ランベルティの「コルテシャ・セレーゴの記念碑(1429)


P1110709
聖ドメニコ(15世紀)


P1110710
聖ピエトロ・マルティーレ(15世紀)


CaP1110711
Cappella Lavagnoli


P1110713
ジョヴァンニ・マリア・ファルコネット(ヴェローナ、1468‐1535)に帰属するフレスコ画


P1110714


P1110715
ジョヴァンニ・マリア・ファルコネット(ヴェローナ、1468‐1535)に帰属するフレスコ画


P1110717
Cappella Salerni


P1110718
ステファノ・ダ・ゼ―ヴィオ(ゼ―ヴィオ、1379c‐1438c)のフレスコ画(15世紀前半)


P1110720
ボナヴェントゥーラ・ボニンセーニャのフレスコ画(15世紀前半)


P1110726
Secondo Maestro di San Zeno?のフレスコ画


P1110727
Secondo Maestro di San Zeno?のフレスコ画


P1110728
(つづく)

P2690431サンタナスターシア聖堂は、アディジェ川の曲がり角、ピエトラ橋近くにあります。


P1110637
ドメニコ会修道士によって、1290年創建、15世紀に一応の完成を見たゴシック様式の聖堂です。1471年に奉献式が行われました。


P1110644
ヴェローナで最大の教会です。


P1110639
ファサードは未完成のまま現在に至ってます。


P1110638
サンタナスターシア聖堂のファサードの向かって左側にあるのが、1283年創建のサン・ピエトロ・マルティーレ教会です。2つの教会の間にあるのは、グリエルモ・ダ・カステルバルコの墓です。


P1110787
サン・ピエトロ・マルティーレ教会の身廊
サンタナスターシア聖堂に戻ります。


P1110641
入口扉上のフレスコ画


P1110643
入口扉上の彫刻
左から受胎告知、ご誕生、マギの礼拝


P1110642
入口扉上の彫刻
左から、カルヴァリオへの上り、磔刑、キリストの復活


P1110788
ゴシック様式の入り口(1330年)


P1110789
入口扉左側の彫刻は、聖ピエトロ・マルティーレの殉教


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聖ピエトロ・マルティーレの殉教の下にある彫刻は、聖ピエトロ・マルティーレの救済


P1110939
高さ72mの鐘楼


P1110791
聖堂内に入ります。


P1110645
三廊式、ラテン十字形、ゴシック様式の内部です。


P1110647
左側廊方向


P1110646
右側廊方向


P1110648
天井の装飾


P1110653


P1110649
パオロ・オレフィーチェの聖水盤


P1110650
ガブリエーレ・カリアーリ(パオロ・ヴェロネーゼの父)の聖水盤


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床模様は、ピエトロ・ダ・ポルレッツァによるものです。(15世紀)


P1110652
私には、この作品の詳細が分かりません。


P1110654
同断


P1110655
ダネーゼ・カッタネオ・ダ・カッラーラ(コロンナータ、1509‐パドヴァ、1573)のAltare Fregoso


P1110657
サン・ヴィンチェンツォ・フェッレールの礼拝堂


P1110658
ピエトロ・ロターリ(ヴェローナ、1707‐サン・ピエトロブルゴ、1762)の「聖ヴィンチェンツォ・フェッレール」


P1110660


P1110661
Altare Bevilacqua- Lazise
祭壇彫刻はオラツィオ・マリナーリ(アンガラーノ、1643‐ヴィチェンツァ、1720)によるものです。


P1110663
同祭壇の装飾


P1110664
リベラーレ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1445c‐1530)のフレスコ画


P1110665
リベラーレ・ダ・ヴェローナのフレスコ画


P1110669


P1110668
Altare Pindemonte (1541)


P1110666
ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1546)の「聖マルティーノと乞食」


P1110671
リベラーレ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1445c‐1530)の「聖マリア・マッダレーナの昇天とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖トスカーナ」


P1110673
柱に描かれたフレスコ画


P1110677


P1110674
ジョヴァンニ・チェッフィス(17世紀後半活動)の「リマの聖ローザ」
(つづく)

P1110396ヴェローナのサンテウフェミア通りです。


P1110398
通りの突き当りにあるのがサンテウフェミア教会です。


P1110493
ファサード側に回りました。


P1110496
確実な記録が残されていないようですが、11世紀に小さな同名の教会が現在の場所にあったとされてます。


P1110488
現在の建物は、1275年創建、14世紀に完成したゴシック様式の二代目となるものです。1331年に奉献式が執り行われました。なお、ファサードはルネサンス様式です。


P1110490
聖エウフェミア像


P1110491
ファサードの装飾


P1110492
ファサードの向かって右側にある、ロマネスク様式の石棺


P1110498
右側外壁にも墓があります。


P1110499
カヴァルカン・デ・カヴァルカンティ(フィレンツェ、1220c‐ヴェローナ、1280c)の墓


P1110404
中に入りました。


P1110407
左側壁


P1110406
右側壁


P1110405
中央通路


P1110408
天井の装飾


P1110409
詳細不明


P1110411
ヤコポ・リゴッツィ(ヴェローナ、1547‐フィレンツェ、1627)の「三位一体と聖人たち」


P1110413
詳細不明


P1110414
詳細不明


P1110415
フランチェスコ・トルビード通称イル・モーロ(ヴェネツィア、1486‐ヴェローナ、1562)の「聖バルバラと聖アントニオ・アバーテと聖ロッコ」


P1110418
ドメニコ・ブルサソルツィ(ヴェローナ、1515‐1567)「天上の聖母子と聖人たち(聖アゴスティーノ、聖ロッコ、聖セバスティアーノ、聖モニカ)」


P1110420
ベネデット・カリアーリ(ヴェローナ、1538‐ヴェネツィア、1598)の「天上の聖家族と聖人たち」


P1110421
右側の第5礼拝堂


P1110422
アゴスティーノ・ウゴリーノ(ヴェローナ、1757‐1824)の「聖パオロと聖アントニオ・アバーテと聖オルソラ」


P1110426
右側の第6礼拝堂


P1110428
右側の第7礼拝堂


P1110427
ジャンベッティ―ノ・チニャローリ(ヴェローナ、1706‐1770)の「聖母子とヴィッラノーヴァの聖トンマーゾ」


P1110430
詳細不明


P1110433
マルティーノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、?‐1412)の「聖母戴冠」


P1110436
中央の「3大天使」は、ジョヴァン・フランチェスコ・カロートの作品のコピー画(制作者不明)です。本物はカステルヴェッキオ美術館で展示されてます。
その左右にある「聖アポッロニア」と「聖ルチア」は、ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1551)の作品(本物)です。


P1110438
14世紀のヴェローナの逸名画家によるフレスコ画


P1110439
ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555)のフレスコ画


P1110441
ジョヴァン・フランチェスコ・カロート(ヴェローナ、1480‐1555)の「トビオーロの物語」


P1110443
ステファノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1374c‐1436)のフレスコ画


P1110445
主祭壇と後陣


P1110446
後陣のフレスコ画


P1110447


P1110448


P1110451


P1110450


P1110452
オルガン


P1110454
オルガン下の装飾


P1110457


P1110458
詳細不明


P1110460
ディオニシオ・バッターリア(16世紀中頃活動)の「聖母と聖ジュリアーノと聖ジュリアーナ」


P1110463
ステファノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1374c‐1436)の「聖アゴスティーノの栄光」


P1110465
ステファノ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1374c‐1436)のフレスコ画


P1110466
クラウディオ・リドルフィ(ヴェローナ、1570‐コリナルド、1644)の「天上の聖母子と聖カルロと聖パオロと聖アントニオ・アバーテ」


P1110469
ベルナルディーノ・インディア(ヴェローナ、1528‐1590)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


P1110471
ルドヴィーコ・ドリニー(パリ、1654‐ヴェローナ、1742)の「聖クリストフォロ」


P1110474
14世紀後半の逸名彫刻家作「ピエタ」


P1110476
ドメニコ・ザンゴッティ(ぺスカンティーナ、1739‐ヴェローナ、1809)の「トレンティーノ聖二コラの生涯」


P1110479


P1110481
左側第1礼拝堂


P1110482
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称モレット・ダ・ブレーシャ(ブレーシャ、1498‐1554)の「天上の聖母子と聖オノフリオと聖アントニオ・アバーテ」


P1110484


P1110485
詳細不明


P1110486
詳細不明
美術的に大いに楽しめました。


P1110494
外に出ました。


P1110497
(おわり)

P1110229
引き継ぎサン・フランチェスコの回廊のフレスコ画です。


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フレスコ画のテーマは聖フランチェスコの生涯です。全部で約50点のフレスコ画が描かれたそうですが、保存状態が良く、その殆どが残ってます。


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ジャンバッティスタ・ロヴェダータ(ヴェローナ、?‐ヴェネツィア、1620)によって1605年頃制作されました。


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サン・フランチェスコの回廊から教会内に入ります。


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二身廊、ゴシック様式の内部です。


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縦75m、横17m、高さ21mの建物です。


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右側に側廊があります。


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サン・フランチェスコ礼拝堂です。


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サン・フランチェスコ礼拝堂の祭壇画は、アンジェロ・レッキア(ヴェローナ、1816‐1882)の「パオロ・モランド通称イル・カヴァッツォーラ(ヴェローナ、1486‐1522)の『天上の聖母子と聖フランチェスコと聖アントニオと聖人たち(1522)のコピー画」(1863)
本物はカステルヴェッキオ美術館にあります。


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カステルヴェッキオ美術館で展示されているパオロ・モランド通称イル・カヴァッツォーラ(ヴェローナ、1486‐1522)の作品です。


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サン・ベルナルディーノ教会のサン・フランチェスコ礼拝堂から取り外されてカステルヴェッキオ美術館で展示されることになりましたが、教会のオリジナルの場所には、この作品のコピー画が制作され展示されるようになりました。


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サン・フランチェスコ礼拝堂のフレスコ画は、ニッコロ・ジョルフィーノ(ヴェローナ、1476‐1555)によって1522年に描かれました。


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サン・フランチェスコ礼拝堂左側壁


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サン・フランチェスコ礼拝堂右側壁


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右側廊


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Cappella dei Banda


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バンダ礼拝堂の祭壇画は暗くて判然としませんが、フランチェスコ・ボンシニョーリ(ヴェローナ、1460c‐カルディエーロ、1519)の「聖母子と聖ジョルジョと聖ジローラモ」(1488)です。


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Cappella Canossa


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カノッサ礼拝堂の天井のフレスコ画は、ヴェローナの逸名画家によって1541年に制作されました。


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カノッサ礼拝堂の左側壁


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カノッサ礼拝堂の右側壁の作品(20世紀)


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Cappella Avanzi


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最上部はフランチェスコ・モローネ(ヴェローナ、1471‐1529)の作品(1498)です。


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中段は、パオロ・モランド通称イル・カヴァッツォーラ(ヴェローナ、1486‐1522)の「十字架降下、ゲッセマネ園の祈り、十字架を担ぐキリスト」(1517)


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マンテーニャの影響を受けた逸名彫刻家作「嘆き」


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Altare Rinacimentale


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ベルナルディーノ・インディア(ヴェローナ、1528‐1590)の「ご誕生」


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オルガン


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フランチェスコ・べナーリオ(ヴェローナ、1430c‐1492?)のトリッティコ(1462)


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聖水盤


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外に出ました。


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Monogramma di Cristo
聖ベルナルディーノが持ってるもの


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(おわり)

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サン・フランチェスコの回廊です。


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回廊の壁のルネッタにフレスコ画が描かれてます。


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修道院の入り口左側にサン・ベルナルディーノの回廊がありますが、そちらに足を向けませんでした。


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フレスコ画のテーマは、聖フランチェスコの生涯となってます。


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全部で約50場面描かれましたが、その殆どが残されてます。失われたのは数場面にしか過ぎないようです。


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ジャンバッティスタ・ロヴェダータ(ヴェローナ、?‐ヴェネツィア、1620)によって1605年頃に全場面が制作されました。


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近年、修復されたようで、以前よりも鮮明になりました。


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サン・フランチェスコの回廊から見た鐘楼


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サン・フランチェスコのキオストロ


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この辺の部屋で神学研究が行われました。


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(つづく)

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カステルヴェッキオからStradone Antonio Provoloを進んでサン・ベルナルディーノ教会に向かいました。


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サン・ベルナルディーノ教会修道院です。


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要塞としての機能を果たす高い壁が教会修道院を取り囲んで、その周囲延長は約600mに及びます。


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門から中に入りました。キオストロの先に教会のファサードが見えます。


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シエナの聖ベルナルディーノ(マッサ・マリッティマ、1380‐ラクイラ、1444)は、1422年から数年間、ヴェローナに留まり、2つの修道院を建設しましたが、1443年、再びヴェローナを訪れ慈善事業を行い、多くのヴェローナ市民から信仰を集めました。
死後6年の1450年、当時の教皇ニッコロ5世によって列聖されたのを機に、聖ベルナルディーノに献じる教会修道院の建設がヴェネツィア・ドージェのフランチェスコ・フォスカリ(ヴェネツィア、1373‐1457)によって承認、許可されました。それに基づき、1452年創建、1466年に完成したゴシック様式の教会です。奉献式は1453年に執り行われました。


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ファサードの入り口扉上の彫刻、「聖ベルナルディーノ」、「聖ボナヴェントゥーラ」、「聖アントニオ」、ルネッタの「聖痕を受ける聖フランチェスコ」は、17世紀に彫刻家ビアージョ・ファルチエーリによって制作されました。


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入口扉左側


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入口扉右側


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ファサードの右横扉上ルネッタのフレスコ画


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鐘楼


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サン・ベルナルディーノ教会修道院には3つの回廊があります。


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門から中に入り、教会のファサードに向かう中庭を取り囲む回廊があります。


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3つの回廊のうち、最も大きな回廊です。


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サンタントニオの回廊と呼ばれてます。


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回廊の床に修道士たちの墓石や慰霊碑などが並んでます。


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回廊壁のルネッタにフレスコ画が描かれてます。


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フレスコ画のテーマは、聖アントニオの生涯の物語と聖アントニオの奇跡です。


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これらのフレスコ画は、ヴェローナの画家パオロ・モランド通称イル・カヴァッツォーラ(ヴェローナ、1486c‐1522)によって1520年に制作されました。


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まあまあの保存状態でしょう。


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聖アントニオの生涯を殆ど不知なので、各場面の意味がよく分かりません。


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全部で36場面ありますが、紹介はこのくらいにしましょう。


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サン・フランチェスコの回廊に向かいます。


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サンタトニオ回廊とサン・フランチェスコ回廊を繋ぐ廊下の壁ルネッタにもフレスコ画が描かれてます。


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2つの回廊を結ぶ廊下とサン・フランチェスコの回廊のルネッタのフレスコ画は、ジャンバッティスタ・ロヴェダータ(ヴェローナ、?‐ヴェネツィア、1620)によって1605年頃に制作されました。


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フレスコ画のテーマは聖フランチェスコの生涯です。


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サン・フランチェスコの回廊に出ました。
(つづく)

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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「聖アポッロニア」


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


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聖母の礼拝堂


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詳細不明の「聖母子像」


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐1532)の「天使」


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「天使」


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詳細不明


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この礼拝堂は見逃せません。


P1090962
アンドレア・ダ・ミラノ(サロンノ、1475c‐1547c)の「最後の晩餐」(1531)


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木製彫刻の有名な作品です。


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アンドレア・ダ・ミラノの「最後の晩餐」がある礼拝堂の絵画は、アンドレア・ダ・ミラノの弟子グイド・オッジョーニの作品です。


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こちらもグイド・オッジョーニの作品です。


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アンドレア・ダ・ミラノ(サロンノ、1475c‐1547c)の「十字架降下」(1528)(木製彫刻)


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詳細不明


P1090986
円蓋が点灯されないので良く見えません。


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雨模様の夕方なので、これには参りました。
コインを入れて点灯する方式かと思いましたが、探しても、そのようなものがありません。


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ステンドグラスは点灯しなくてもよく見えます。


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急に点灯されました。


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円蓋に描かれたガウデンツィオ・フェッラーリ(ヴァルドゥッジャ,1475/1480c-ミラノ、1546)の「奏楽天使」(1535)
円蓋もベルナルディーノ・ルイーニに注文されていましたが、1532年に死去してしまい、そのままになっていましたが、1535年にガウデンツィオ・フェッラーリに出来るだけ早く仕上げるとの条件で注文され、僅か79日間で仕上げたそうです。


P1090994
79日間で仕上げたとは、とても思えません。丹念に描かれていると思います。


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上の写真のほぼ中央に聖母の木製彫刻がありますが、これはガウデンツィオ・フェッラーリの下絵に基づいてアンドレア・ダ・ミラノが彫ったものです。
また、円形のメダイオンが四隅に描かれてますが、ガウデンツィオ・フェッラーリが描くことになっていたものの未着手のまま、フェッラーリが1546年に没してしまいました。
四隅のメダイオンは、1547年にベルナルディーノ・ラニーノ(モルターラ、1512-ヴェルチェッリ、1578)によって描かれました。


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夕べのミサが始まるようです。


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旧修道院のキオストロに出ました。


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詳細不明


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キオストロ回廊のフレスコ画は見逃せません。


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c-ミラノ、1532)の「ご誕生」
キオストロ回廊の壁にフレスコ画が沢山描かれていたそうですが、現存するのはこれだけです。


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外に出ました。


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時間潰しが大変でしたが、来た甲斐がありました。


P1100016
(おわり)

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サロンノ駅から徒歩4,5分で聖域聖堂に着きます。


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Basilica Minore e Santuario della Beata Vergine dei Miracoliです。
1923年、教皇ピオ11世によってBasilica Minoreに格付けされました。


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1498年創建、1508年に完成したルネサンス様式で建築され、1502年、教皇アレクサンドル6世ボルジアによって奉献されました。


P1100007
その後、数度の増築改造を経て、1666年に完成したバロック様式の建物が現在の姿となってます。


P1100014
ファサードはペッレグリーノ・ティバルディ(ぷーリア、1527‐ミラノ、1596)の設計によって1596年から1612年に建設されました。


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ファサードの天井上の天使は、カルロ・ブッツィ(ヴァレーゼ、1585‐1658)の作品です。


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ペッレグリーノ・ティバルディ(プーリア、1527‐ミラノ、1596)によるファサードの装飾


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高さ47mの鐘楼は、パオロ・デッラ・ポルタの設計によって1511年から1516年に建設されました。


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12角形の円蓋は、ドナート・ブラマンテの弟子ジョヴァンニ・アントニオ・アマーデオ(パヴィア、1447‐ミラノ、1522)の設計です。


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ファサードの横に時計台があります。


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時計台がある建物は、聖堂の洗礼堂です。


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洗礼堂の入り口


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こちらは旧聖具室で、洗礼堂と繋がってます。


P1090834
聖域聖堂の見所の説明板があります。


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聖堂内に入りました。


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三廊式、ラテン十字形の内部です。


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左側廊


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美術的に非常に重要な聖堂です。


P1090958右側廊


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天井のフレスコ画


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後陣と円蓋のフレスコ画が特に素晴らしいと思います。


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主祭壇の下を通って後陣に出ます。


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「神殿での神学問答」(1531)


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「聖母の結婚」
ベルナルディーノ・ルイーニは、1520年から1532年まで、この聖堂内の装飾に従事しました。


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「神殿奉献」


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ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「マギの礼拝」
(つづく)


P1090999
側廊天井もフレスコ画で装飾されてます。

クリプタから内陣に戻りました。
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主祭壇


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ジュンタ・ピサーノの影響を受けたウンブリアの逸名画家作「彩色磔刑像」(1255‐65)


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後陣


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後陣に入ることが出来ません。


176
詳細不明


175
詳細不明


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アンジェロ・モレッティ―ニ(ペルージャ、1799‐1877)のオルガン


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右側廊


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後陣右の礼拝堂


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詳細不明


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ジャン二コラ・ディ・パオロ(ペルージャ、1478‐1544)の「聖母子と2聖人の祭壇画」


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ルネッタの死せるキリストとニコデモとアリマテアのジュゼッペ


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玉座の聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖ロッコ


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ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャ(スペイン、1450‐スポレート、1528)の「三位一体」(1515‐25)


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キリストの洗礼


161
受胎告知


163


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ロ・スパーニャ?のフレスコ画


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詳細不明


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右側廊


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右側廊天井


P2360169
詳細不明


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14世紀のウンブリアの逸名彫刻家による柱頭


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P2360172
詳細不明


159


177


P2360173
外に出ました。
(おわり)

P2360076
次はクリプタです。


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幸いにも開いていました。


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13世紀のクリプタは、大聖堂付属美術館のような取り扱いがされてます。


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クリプタは有料(€2)です。


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中に入りました。


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初代の建物の柱などが展示されてます。尚、現在の建物は二代目。


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更に階段を下ります。


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クリプタです。


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クリプタが有料になってから信者の姿を見かけたことがありません。


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クリプタの祭壇


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「聖母子”Sedes Sapientiae"」(12世紀)
トーディのサンタ・マリア・イン・カムッチャ教会にありましたが、2004年にこの場所に移されました。
有名な作品です。


209
念のため、サンタ・マリア・イン・カムッチャ教会の写真を再掲しておきます。


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詳細不明


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ドゥオーモのファサードの壁龕にあった彫刻です。これがクリプタの最大の見所です。


P2360097
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)に帰属する「聖母子」(1270‐1350)
ジョヴァンニ・ピサーノ工房やジョヴァンニ・ピサーノ派逸名彫刻家の作品説もあります。


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ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)に帰属する「司教を導く天使」(1270‐1350)
ジョヴァンニ・ピサーノ工房やジョヴァンニ・ピサーノ派逸名彫刻家による作品説があります。


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ルベウス Rubeus(ウンブリア、13世紀活動)に帰属する「聖女」


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P2360103
詳細不明


P2360104
詳細不明


P2360107
詳細不明


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階段を上ります。


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墓石が並んでます。


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聖杯


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燭台


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「受胎告知」(17世紀)


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「この人を見よ」(17世紀)


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詳細不明


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更に進みます。


P2360130
これしかない。


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”付属美術館”はこれで終わりです。
(つづく)

336
トーディの町の中心ポポロ広場です。


P2360028
ポポロ広場の北端に建つトーディ大聖堂 Concattedrale di Santissima Annunziataです。
以前、トーディは独立した司教区だったので、トーディのドゥオーモは司教座教会でしたが、1986年に司教区再編によって、オルヴィエート=トーディ司教区に再編され、司教座はオルヴィエート大聖堂に置かれるようになったことから、トーディ・ドゥオーモはConcattedraleに格下げとなりました。


P2360030
この場所に、1150年以前に受胎告知に捧げられた教会の存在の記録が残されていますが、1190年に発生した火災によって消失崩落したので、再建されることになりました。
12世紀末に再建工事が開始され、14世紀に完成しました。その後、数回改修が行われたものの、小規模だったので、ファサードを除いて14世紀完成時のロマネスク・ゴシック様式の姿を現在もほぼ留めているとされてます。


145
13世紀の鐘楼が今でも残ってます。


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13世紀に建設されたファサードは、数回改造されましたが、16世紀初めに行われた最後の改造後の姿が現在のものとなってます。


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1515年から1523年にかけて制作されたバラ窓ですが、19世紀に修復されました。


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1517年から1523年に制作された、向かって左の窓


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向かって右の窓


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ファサード中央扉の装飾


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中央扉上ルネッタ
ここにはフレスコ画があったと思います。


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柱頭扉の木彫り彫刻は、アントニオ・ベンチヴェッニ(ペーザロとウルビーノで、1476、1518‐1530)活動記録)によって1521年に制作されました。


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ファサードの大理石柱の彫刻


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左右の扉上ルネッタにもフレスコ画の痕跡さえもありません。


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紋章が幾つかあります。


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これらの紋章は、教皇、ファルネーゼ家のものです。


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ファルネーゼ家の紋章


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聖堂内に入りました。


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四廊式、ラテン十字形の内部です。


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右側に2つの廊下があります。


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壁、柱にフレスコ画がありません。
元々なかったのか、その辺が不明です。


151
木組みの天井


P2360060
左側廊から見て行きます。


P2360061


180
左側壁に5点の絵画が架かってます。


179


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5点の絵画は、16世紀末から17世紀初めにかけてのトーディ司教アンジェロ・チェージが注文したものです。


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フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「聖母子と3聖人(聖アンブロージョ、聖アンドレア、聖ロッコ)」(1597‐99)


P2360066
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「無原罪の聖母と3聖人(聖ジャコモ・アポストロ、聖ジローラモ、聖トンマーゾ司教)」(1597‐99)


P2360068
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「3聖人(聖二コラ、聖セバスティアーノ、大天使聖ミケーレ)」(1597‐99)


P2360069
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「聖パオロの回心と聖ルーカ・エヴァンジェリスタと聖イジ―ディオ」(1597‐99)


P2360072
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「3聖人(聖ルチア、聖マリア・マッダレーナ、聖レスティトゥータ」(1597‐99)


P2360074
詳細不明


P2360140
ファサードの裏にフレスコ画が描かれてます。


152
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562-1645)の「最後の審判」(1596)
ミケランジェロの「最後の審判」に触発されて制作されたと言われてます。


P2360142
(つづく)

P2360613
Cappella del Santissima Crocefisso


P2360614
15世紀のウンブリアの逸名画家作「パドヴァの聖アントニオ」


P2360616
14世紀前半のウンブリアの逸名画家作「ヘロデの饗宴」(1340c)


074


075
聖ジョヴァンニ・バッティスタの寺院への出現


P2360617


P2360620
次はロレートの聖母礼拝堂です。


P2360621
逸名画家作「マギの礼拝」(14世紀)


P2360624
逸名画家による14世紀のフレスコ画


079
後陣


P2360630
アントニオ・マッフェイ・ダ・グッビオ(グッビオ、1554から活動記録‐1601没)の「聖フォルトゥナート像」(1590)


P2360626
後陣の祭壇画
詳細不明の「磔刑」


P2360628
中央礼拝堂の祭壇


P2360631
聖人たちが描かれてますが、制作者や制作時期等が不明です。


P2360633
説教壇


081
ヤコポーネの墓がクリプタにあります。


082
ヤコポーネ・ダ・トーディ(トーディ、1236c‐コッラッツォーネ、1306)の墓
ヤコポーネは聖職者でしたが、中世の詩人として有名です。


083


P2360635
クリプタから内陣に戻りました。
Cappella Gregoriana


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アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「聖母戴冠」


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二コラ・ヴァッヌッチョの「玉座の聖母子と聖人たち」(14世紀)


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二コラ・ヴァッヌッチョの「2聖人」(14世紀)


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次はアンヌンツィアータ礼拝堂です。


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17世紀のローマの逸名彫刻家によるスタッコ彫刻「マギの礼拝」


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17世紀のローマの逸名彫刻家によるスタッコ彫刻「羊飼いの礼拝」


087
次はパドヴァの聖アントニオ礼拝堂です。


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制作者不明の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀)
ラファエッロの影響を受けた?


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ジョッテスキ画家によるフレスコ画(14世紀)


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ジョッテスキ画家によるフレスコ画(14世紀)


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聖フランチェスコ礼拝堂の祭壇画「ロザリオの聖母」(詳細不明)


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次は大天使聖ミケーレ礼拝堂です。


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トンマーゾ・ディ・クリストフォロ通称マゾリーノ・ダ・パニカーレ(パニカーレ、1383‐フィレンツェ、1447)の「聖母子」(1432)


104
礼拝堂の中に入ることが出来ません。


100


101


106


107


108
詳細不明


110
詳細不明


P2360632
主祭壇前から見た出入口方向


P2350999
外に出ました。
(おわり)

P2350972
丘上に築かれた町トーディの最高地点に建つサン・フォルトゥナート教会がよく目立ちます。


P2350980
エトルリア時代のアクロポリスの区域にある教会です。


P2360011
この場所に初期キリスト教会があったとされてますが、その記録がないようです。その後、再建されましたが、創建時が不明とされます。再建されたロマネスク様式の教会は、1088年に聖フォルトゥナートに奉献された記録が残されてます。


P2360590
1198年、聖カッシアーノの祭壇を奉献するために、教皇インノチェンツォ3世がこの教会を訪れた記録が残されてます。


P2360589
1292年、ロマネスク様式からゴシック様式の建物に改造するための工事が開始されましたが、1348年のペスト禍によって工事が一旦中断されたものの、城壁の門を出入りする品物への2%課税しての資金調達によって、1405年に工事が再開しました。


057
ファサード下部は1436年に完成したものの、近隣のオルヴィエートなどとの戦いによって資金不足に陥り、結局、ファサード工事が再開されることなく、その上部は未完成のまま現在に至ってます。


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中央扉左側の彫刻


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中央扉右の彫刻


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入口の左右にライオン像が置かれてます。


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エトルリア時代のライオン像と言われてます。


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右側のライオン像


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ファサードの中央扉左右に受胎告知の彫刻があります。


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受胎告知する大天使


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受胎告知される聖母


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左扉上ルネッタ上のフレスコ画の痕跡


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中央扉上ルネッタにフレスコ画があったと思いますが、その痕跡さえもありません。向かって右扉上ルネッタのフレスコ画も全く残ってません。


059


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チェントロ・ストーリコからは中々見えない鐘楼です。


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拝観します。


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中に入りました。


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三廊式、ゴシック様式の内部です。


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左右に合わせて13の礼拝堂が設けられてます。


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左側廊


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左側壁の礼拝堂から見て行きます。


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聖母被昇天の礼拝堂です。


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聖母被昇天礼拝堂の装飾全てはアンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)によって1641年から1643年頃にかけて行われてました。


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アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「聖母被昇天」


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受胎告知


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天上の聖家族


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聖パオロ


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キリストの神殿奉献


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聖母の神殿奉献


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聖ピエトロ
(つづく)

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メッシーナのドゥオーモ、Basilica Cattedrale Metropolitana della Madonna della Letteraです。


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メッシーナ=リパーリ=サンタ・ルチア・デル・メーラ大司教区の大司教座が置かれている教会です。
1947年、当時の教皇ピオ12世によってBasilica Minoreに昇格しました。


P1540511
紀元前7世初め、この場所にTempio di Nettunoがあった記録があり、後に初期キリスト教会に転用されたとされてます。
教会独自の建物は530年に建設されました。アラブによって支配された約200年間はモスクに転用されました。
その後、地震、火災、落雷などによって幾度となく被害受けた建物は、再建、修復を繰り返した歴史があります。


P1540507
1908年12月28日の夜に起きたメッシーナ地震の最初の大きな揺れによって、完全に崩壊してしまい、震災の後に再建された建物がほぼ現在の姿となってます。
1943年6月13日、連合国の空襲によって大きな被害を受けてしまい、戦後に修復された後の姿を現在見ることが出来るのです。
ファサードは、彫刻や外壁、モザイクなどの殆どは失われたオリジナルの忠実な複製となってます。


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高さ60mの鐘楼は、1908年の大震災によって倒壊してしまい、その後にオリジナルの形に再建されたものです。
マルティーノ・モンタニーニ・ディ・バルトロメオ通称マルティーノ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1505‐1562)によって再建された鐘楼が現在の姿の原形です。
1559年、再建された鐘楼は落雷と落雷による火災によって消失してしまい、1564年に再建されました。
その後、1693年、1783年、1863年の地震によって大きな被害を受け、大修復されました。


P1540676
鐘楼の時計は、1933年、Ungerer di Strasburgoによって作られました。


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時計は天文時計、からくり時計から成ってます。


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ゴシック様式の入り口横彫刻のオリジナルは、アントニオ・バボッチョ・ダ・ピペルノ(プリヴェルノ、1351‐1435)の作品(1412)です。1908年の大震災後に制作されたオリジナルの忠実な複製です。


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同断


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中央扉上ルネッタの彫刻は、ジョヴァン・バッティスタ・マッツォ―ロ(カッラーラ、?‐1550)の「聖母子」(1534)の、1908年の大震災後に制作された複製です。
その背後に描かれたフレスコ画は、レッテリオ・スッバ(メッシーナ、1787‐1868)によって大震災後に制作されました。フレスコ画のオリジナルは、ポリドーロ・カルダーラ・ダ・カラヴァッジョ通称ポリドーロ・ダ・カラヴァッジョ(カラヴァッジョ、1499/1500c-メッシーナ、1543c)によって描かれました。


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聖母戴冠を含む彫刻のオリジナルは、ピエトロ・ダ・ボニターテ(ロンバルディア、15世紀生まれ‐シチリア、16世紀没)によって1464年から1477年に制作されました。現在のものは、オリジナルの忠実な複製彫刻です。


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右扉上ルネッタのオリジナルは、ポリドーロ・ダ・カラヴァッジョによって制作されました。


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中に入りました。


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ごく一部を除いて、1908年の大震災後に、倒壊前の姿を忠実に再現再建された内部です。


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縦92m、横30.5mの大きさです。


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内陣の高さは25mあります。


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1908年の大震災後のモザイク


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主祭壇


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中央礼拝堂と後陣
主祭壇の聖母子は14世紀のものです。


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中央礼拝堂後陣のモザイク「万能のキリスト」は、14世紀制作のオリジナルを忠実に再現したもので、ジュリオ・アリスティーデ・サルトリオ(ローマ、1860-1932)によって1930年に制作されました。


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説教壇


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右側廊


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後陣右にある聖プラチド礼拝堂です。


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インノチェンツォ・マンガーニ(フィレンツェ、1606-パル三、1678)の「チブレオ」(17世紀)


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復元されたモザイク


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後陣右の礼拝堂は修復工事中でした。


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復元された柱頭


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左右の側壁にニッチがあり、それぞれのニッチに彫刻が置かれてます。
全ての彫刻は、1908年の大震災の後に、20世紀前半の彫刻家によってオリジナルの形に復元されたものです。
これは、ニコロ・リケーロの「被昇天の聖母」


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「聖パオロ」
ニッチの彫刻全てのオリジナルの制作者、複製彫刻の制作者が分かってますが、ここでは省略します。


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「聖ジャコモ・マッジョーレ」


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「聖トッマーゾ」


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「聖ジャコモ・ミノーレ」


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「聖マッテオ」


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「聖タッデオ」


P1540483
「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P1540485
以上は右側壁ニッチの彫刻でした。
左側壁ニッチに移ります。


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左側廊


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「聖ヴィットリオ・デ・アンジェリカ」
右側壁の他ニッチの彫刻は省略します。


P1540460
外に出ます。


P1540436
(おわり)

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ベネデット・アンテラミの彫刻があるアーチの下に16のニッチ(壁龕)があります。


P1230709
16のニッチのうち、13のニッチにフレスコ画が描かれてます。あとの3つのニッチが扉となってます。
ニッチに描かれたフレスコ画を見て行きます。これらのフレスコ画は13世紀から15世紀に制作されたものですが、作品帰属がはっきりしないものが多いようです。


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Maestro del 1302 (エミリアで14世紀前半活動)の「ジェラルド・ビアンキ司教のニッチ」


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Maestro del 1302 (エミリアで14世紀前半活動)の「玉座の聖母子と天使と聖ジョヴァンニ・バッティスタとジェラルド・ビアンキ司教」


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次のニッチです。


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P2610409
ブオナミコ・ディ・マルティーノ通称ブッファルマッコ(フィレンツェ、1290c‐1340)の「竜を退治する聖ジョルジョ」(1330‐36)


P2610410
ブオナミコ・ディ・マルティーノ通称ブッファルマッコ(フィレンツェ、1290c‐1340)の「キリストの洗礼」、「聖ジョヴァン・バッティスタの斬首」(1330‐36)


P1230713
次のニッチです。


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ベルトリーノ・ダ・ピアチェンツァの「玉座の聖母子と聖人たち」(14世紀)


P2610463
ベルトリーノ・ダ・ピアチェンツァのフレスコ画(14世紀)


P1230716
次のニッチです。


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ニッコロ・ダ・レッジョの「玉座の聖母子と2聖人」(14世紀)


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祭壇


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祭壇の後にあるニッチです。


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P2610439
エセクトリ・デッラ・ヴォルタの「キリストの洗礼


P2610440
エセクトリ・デッラ・ヴォルタの「聖母子と4聖人」


P1230721


P1230722
次のニッチです。


P2610415


P2610417
14世紀のエミリアの逸名画家作「聖母戴冠」、「聖人たち」


P2610419
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230725
次のニッチです。


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P2610399
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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次のニッチです。


P2610392


P2610394
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610396
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230727
次のニッチです。


P2610478


P2610480
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610481
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230728
次のニッチです。


P2610381


P2610382
14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230729
次のニッチです。


P2610468


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15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610472
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230716
次のニッチです。


P2610454


P2610456
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P1230717
次のニッチです。


P2610446


P2610449
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610451
15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


P2610425
これで大体見終わりました。


P1230327
(おわり)

P2610360
洗礼堂の中に入りました。


P1230712
7,8年前に、ここで実際に洗礼式が行われているのを見ました。観光客を立ちリ禁止して洗礼式が行われると聞いたことがありますが、その辺はどうなっているのでしょうか。


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洗礼盤


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クーポラは、16本のコストローネ(肋材)から成る傘状になってます。


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クーポラの全面がフレスコ画で覆われてます。


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フレスコ画は、6つの同心円から成っており、テーマ毎に1つの同心円のフレスコ画が描かれてます。


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中心に近い赤色の同心円は、永遠の愛の赤い空を表現しているそうです。


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クーポラの中心から2番目の同心円に菱形が描かれてます。その菱形の中に星が描かれていて、その星はエルサレム上空に輝いているものとされてます。


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中心から3番目の同心円には、16本のコストローネで分けられた16の壁面に、12人の使途と4人の福音書記者が描かれてます。


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4番目の同心円には、キリストが描かれ、その左に聖母、キリストの右に聖ジョヴァンニ・バッティスタ、その他の壁面に13人の預言者が描かれてます。


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5番目の同心円には、聖ジョヴァン・バッティスタの生涯が12場面と4人の聖人が描かれてます。


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6番目の同心円には、アブラモ、自然の4要素(水、空気、土、火)、春夏秋冬の四季、聖母の生涯のエピソードが描かれてます。


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クーポラのフレスコ画は、グリスポロ・ディ・パルマ(パルマ、13世紀活動)とグリスポロ工房によって13世紀末に制作されました。


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フレスコ画の全場面の写真を撮ろうと思いましたが、見上げるのが辛くて直ぐに断念しました。


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上ばかり見ていると首が痛くなるし、やがて気持ち悪くなりました。


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制作するのが大変だったことでしょう。


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クーポラのフレスコ画はこのくらいで終わりにします。


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クーポラのフレスコ画の下に2層からなるギャラリーがあります。


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ギャラリーに何もないところが多いですが、ここに彫刻が置かれていたそうです。


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彫刻が置かれている場所があります。これらの彫刻は貴重な傑作とされてます。


P2610373
これらの彫刻を順を追って紹介しましょう。


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の傑作です。一部、アンテラミ工房の手が入っていると推察されてます。
左から、1月 水瓶座、2月 魚座


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左から3月 牡羊座、4月 牡牛座、5月 双子座


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の作品


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左の彫像は詳細不明です。
その右は、ベネデット・アンテラミの6月 蟹座、7月 獅子座


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左から8月 乙女座、真ん中は詳細不明、その右は9月 天秤座


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左から10月 蠍座、11月 射手座、12月 山羊座


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ギャラリーの説教壇


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3つの扉上ルネッタに彫刻があります。


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「エジプトへの逃避」


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「キリストの寺院への出現」


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「アルピコルドを弾くダヴィデ」
(つづく)

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