イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: ピエモンテ州

P2860108
聖杯(13世紀)


P2860109
ヴェルチェッリの金工家作「聖杯」(1879)


P2860113
ヴェルチェッリの金工家作「聖杯」(1854)


P2860116
イタリア製「聖杯」(20世紀)


P2860119


P2860120


P2860121
次の展示室です。


P2860122
意味不明な剥離フレスコ


P2860124


P2860126


P2860127


P2860128
次の部屋です。


P2860130
柱頭(3‐4世紀)


P2860133
柱頭(2‐3世紀)


P2860136


P2860137


P2860138


P2860139


P2860141


P2860143


P2860144


P2860146


P2860147


P2860149
聖人たち


P2860151


P2860152


P2860154
聖パオロ


P2860157
聖ジョヴァンニ・バッティスタ


P2860159
聖カルロ・ボッロメオの襟着


P2860162


P2860164


P2860165


P2860167
ヴェルチェッリの金工家作「聖フィリッポ・ネリ像」(18世紀末)


P2860169


P2860171


P2860172


P2860173


P2860175


P2860176


P2860178


P2860179


P2860181


P2860182


P2860184


P2860185


P2860186
階上に向かいました。


P2860187


P2860188
階上の部屋


P2860189
大司教のベッド


P2860193


P2860196
ジョヴァンニ・バッティスタ・チェリドーネ(ヴェルチェッリ、17世紀初め活動)の「玉座の聖母子と聖人たち」


P2860199
ロンバルドの逸名画家作「マギの礼拝」(17世紀)


P2860201
作品がありません。


P2860204
フランドルのタペストリ工房作「キリストの洗礼」(16世紀第2四半世紀)


P2860208
ジローラモ・ジョヴェノーネ(ヴェルチェッリ、1490‐1555)の「マギの礼拝」


P2860210
詳細不知


P2860211
絵画館部門は閉鎖されていました。


P2860212
外に出ました。
(おわり)

P2860215
ヴェルチェッリ大聖堂です。


P2860051
大聖堂の鐘楼です。


P2860050
鐘楼の後方に大司教館があります。


P2860052
大司教館にヴェルチェッリ大聖堂の宝物博物館 Museo del Tesoro del Duomo di Vercelliがあります。2000年に一般公開されるようになりました。


P2860053
大司教館の中庭を経由して博物館に入館します。


P2860054
3世紀から現在に至る宝石、家具、典礼品、タペストリ、絵画、本などが展示されてます。


P2860056
最初は本の展示です。


P2860055


P2860057
十字架の展示です。


P2860058


P2860059
磔刑の十字架(13世紀)


P2860061
絵巻物(12世紀末‐13世紀初め)


P2860062


P2860063


P2860066


P2860067
ボウルの数々


P2860068


P2860069


P2860070


P2860071


P2860072


P2860073


P2860075


P2860076


P2860078


P2860079


P2860081


P2860082


P2860084


P2860085
次の展示室です。


P2860086


P2860088
部屋のフレスコ画


P2860089


P2860090


P2860092


P2860093


P2860095


P2860097


P2860098


P2860099


P2860102


P2860103
(つづく)

P1000184
サン・パオロ教会から外に出ました。


P1000185
18世紀に建設されたPalazzo Avogadro della Motta e di Villanova


P1000187
18世紀に建設されたサン・ロレンツォ教会です。


P1000189
写真左はPalazzo Borgognaです。


P1000191
写真左はサンタ・マルゲリータ修道院です。


P1000192
サンタ・マルゲリータ修道院の入り口


P1000193
17‐18世紀に建設されました。


P1000194
緑地が多い街です。


P1000195


P1000196
Torre Vialardi


P1000200
修復の必要がある建物です。


P1000199
中に入ったことがありません。


P1000197


P1000201
小礼拝堂を見ておきます。


P1000204
小礼拝堂の祭壇


P1000203
聖母子の浮彫


P1000202
次はサンタ・アンナ教会です。


P1000205
サンタ・アンナ教会に行く前に写真のバールで一休み


P1000206


P1000207
サンタ・アンナ教会です。


P1000211
15世紀に建設されたルネサンス様式の教会です。


P1000208
中に15世紀に描かれたフレスコ画があるらしい。


P1000209
土曜日の夕方だけ開くようです。


P1000210
傷みが激しいファサードのフレスコ画


P1000212
Corso Liberta


P1000213
次はサント・スプリト教会です。


P1000214
17‐18世紀に建設されたサント・スプリト教会です。


P1000215
土曜日と日曜日だけ開くようで、この日は閉まっていました。


P1000216
教会巡りは効率が悪いのです。


P1000217
次はサン・ベルナルド教会です。


P1000218
今度は中の扉も開いていました。
1164年頃に建設されたロマネスク様式の教会です。


P1000220
中に入りました。


P1000221
三廊式、ロマネスク様式の内部です。


P1000222
資料が乏しく、祭壇画等の詳細が全く分かりません。


P1000223
詳細不知の聖母子


P1000224
詳細不知のフレスコ画


P1000225
主祭壇


P1000226
19世紀の後陣装飾


P1000227
後陣天井の装飾(19世紀)


P1000228
詳細不知のオルガン


P1000230
詳細不明の三位一体と聖ベルナルド


P1000231


P1000234


P1000235


P1000236
左側廊


P1000237
後陣


P1000238
ドゥオーモのクーポラが見えてます。


P1000311
街歩きを切り上げて次の目的地に向かいました。
(おわり)

P1000129
サンタ・カテリーナ教会です。


P1000132
1350年、サンタ・マリア・デッラ・ミゼリコルディア同信会によって建設された教会で、創建当時の名称はサンタ・マリア・デッラ・ミゼリコルディア教会でしたが、1382年にサンタ・カテリーナ教会と改称されました。


P1000131
左身廊側壁
現在の建物は18世紀前半に再建された二代目となるものです。


P1000130
ファサードの扉上に判別できないほど痛みがあるフレスコ画があります。


P1000143
ファサードのフレスコ画は初代の建物にあったもので、グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンカルヴォ、1568‐1625)によって描かれたそうです。


P1000133
中に入りました。


P1000138
主祭壇と後陣


P1000135
ピエル・フランチェスコ・グアーラ(カザーレ・モンフェッラート、1698‐ミラノ、1757)の「聖母子と光悦のアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1743)


P1000136
詳細不知


P1000139
ピエル・フランチェスコ・グアーラ(カザーレ・モンフェッラート、1698‐ミラノ、1757)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの説教」(1743)


P1000140
ピエル・フランチェスコ・グアーラ(カザーレ・モンフェッラート、1698‐ミラノ、1757)の「天国のカギを聖ピエトロに託すキリスト」(1743)


P1000137
ファサード裏に聖歌隊席があります。


P1000144
外に出ました。


P1000146
Piazza Palazzo Vecchio


P1000145
柱廊付きの建物は、14世紀に建設されたブロレットです。


P1000149
広場の中心にある噴水


P1000147
市の塔


P1000150
市の塔は修復中でした。


P1000151
次はドメニコ会の教会と旧修道院です。


P1000152
市庁舎近くとなると流石に人通りが多くなってきました。


P1000154
市庁舎


P1000155
ドメニコ会の旧サン・パオロ修道院だった建物が市役所として使用されてます。
次はサン・パオロ教会です。


P1000153
市庁舎に隣接して建っているサン・パオロ教会です。


P1000158
1229年、ドメニコ会によって、現在地に小さな教会が建てられ、後にその周囲に修道院が建設されました。
1420年に再建された二代目の建物がほぼ現在の姿となってます。


P1000156
1802年、サン・パオロ教会修道院はナポレオンによって活動が停止されてしまいました。


P1000157
1813年、ヴェルチェッリ市当局は、フランスから修道院だった建物を買収し、市庁舎に転用しました。
教会活動は、1820年に再開され現在に至ってます。


P1000159
中に入りました。


P1000161
1792年、建築家ジャコモ・ヴィンチェンツォ・カナヴァッリの設計によってバロック様式に改修されました。


P1000160
三廊式、ラテン十字形、一部バロック様式の内部です。
この教会は美術作品の宝庫とされていましたが、ナポレオンの占領時代にフランスに持ち去られた傑作がかなりあるそうです。しかし、一つも戻されていないようです。


P1000162
詳細不知


P1000163
詳細不知


P1000164
ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512‐ヴェルチェッリ、1578)の「十字架降下」


P1000165
ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512‐ヴェルチェッリ、1578)の「幼きリストへの崇拝」


P1000167


P1000169
無原罪の御宿リ礼拝堂


P1000168
制作者情報不詳の「聖トンマーゾの不信」


P1000170
主祭壇と後陣


P1000171
ロレートの聖母礼拝堂


P1000172
詳細不知


P1000173
サンタ・リータ礼拝堂


P1000175
ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512‐ヴェルチェッリ、1578)の「サン・パオロのポリッティコ」


P1000177
詳細不知


P1000178
詳細不知


P1000180
ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512‐ヴェルチェッリ、1578)の「グラツィエの聖母」


P1000181
詳細不知


P1000182
詳細不知


P1000183
主祭壇前から見た出入口方向
(つづく)

P1000078
サン・ベルナルディーノ教会の奥に、もう一つ教会があります。
17世紀に建設された旧・サン・ピエトロ・マルティーレ教会です。


P1000080
旧サン・ピエトロ・マルティーレ教会ファサードに描かれたフレスコ画


P1000082
写真右奥のTeatro Civicoに行きます。


P1000084
Teatro Civico
オペラ上演は暫時なしでした。


P1000085
劇場が面している道を更に進みます。


P1000086
観光客が余り足を運ばない街ですが、見所がそこそこあります。


P1000087
次はサンタ・マリア・マッジョーレ教会です。


P1000088
目指す教会の建物が見えてきました。


P1000089
イエズス会のサンタ・マリア・マッジョーレ教会です。


P1000091
10世紀に建設された、初代のサンタ・マリア・マッジョーレ教会は別の場所にありました。


P1000092
1578年、建物の荒廃が進み、大修復しても最早使用が難しいと判断され、再建が決まりました。しかし、中々実行に移されませんでした。
サンタ・マリア・マッジョーレ教会とは全く関係なく、現在地にフィリッポ・ユヴァラ(メッシーナ、1678‐マドリッド、1736)の設計によって、イエズス会によって1734年から1741年に完成した新古典様式の教会がありました。


P1000090
1775年、イエズス会はサンタ・マリア・マッジョーレ教会を所有することになりましたが、古い建物を取り壊して、現在地にある教会に移転する形(実際は交換した形態)にして、現称となったのです。
取り壊された旧サンタ・マリア・マッジョーレ教会はConcattedraleでBasilica Minoreでしたが、現在の教会がその格式を引き継いでいるかについては、私には分かりません。


P1000093
内部に入りました。


P1000095
左側壁


P1000094
右側壁


P1000106
天井の装飾


P1000096
詳細不知


P1000097
詳細不知


P1000098
ロレートの聖母


P1000100
主祭壇


P1000101
後陣の装飾


P1000104
詳細不知


P1000107
サンタ・マリア・マッジョーレ教会から外に出ると、カステッロが直ぐ傍にあります。


P1000108
カステッロについては既に触れました。


P1000109
城としての役目はナポレオン占領時代に終わりました。


P1000110
堅固な歴史的建造物は刑務所に転用されることが良くありますが、ここもその例外ではありません。


P1000111


P1000113
ヴェルチェッリは秀逸な美術館がある街として、もっと有名である筈と思います。


P1000114
市の塔


P1000115
塔の前に広場は青空市が開市でした。


P1000116
次はカヴール広場です。


P1000117
カヴール広場に来ました。


P1000120


P1000118
広場の中心に立つカヴール像


P1000119
広場の裏手にサン・ミケーレ教会があります。


P1000123
サン・ミケーレ教会です。


P1000124
広場から見える鐘楼はこの教会のもので、13世紀建設の以前の教会の鐘楼です。


P1000125


P1000127


P1000128


P1000126
(つづく)

P2860249
駅前広場を通り過ぎてホテルに戻ります。


P2860251
駅前広場の噴水


P2860252
未だ気温32℃


P2860253
ホテルに戻りました。


P2850998
ホテルのレストランで夕食です。


P2850999
レストランの方が本業で、ホテルはそのついでに営業と言った感じです。


P2860002


P2860003
ホテル自家製の生ハムが秀逸です。


P2860006


P2860009


P2860008


P2860010


P1000019
街歩きに出発です。


P1000021
Via Galileo Ferrariaです。
写真左はサンタンドレア聖堂です。


P1000022
15世紀中頃に建設されたSalone Dugentescoです。


P1000023
道路を挟んでSalone Dugentescoの向かいにあるのがサンタンドレア聖堂です。


P1000046
この建物は旧病院です。


P1000048


P1000049
建物の地上階に柱廊が設けられてます。


P1000053


P1000050
柱廊の扉上ルネッタに描かれたフレスコ画


P1000051
旧病院付属の教会でしょう。


P1000055
旧サンタ・クローチェ教会です。


P1000052
16世紀末に建設されました。


P1000054
旧サンタ・クローチェ教会の外壁に聖人の絵がありました。


P1000056


P1000057
通りを更に進みます。


P1000058
Palazzo Cantono di Ceva


P1000059
18世紀から19世紀にかけて建設されたPalazzo Cantono di Cevaです。


P1000061
一見古そうに見える教会です。


P1000063
1894年から1896年に建設されたSantuario della Madonna degli Infermiです。


P1000067
道路を挟んで、Santuario della Madonna degli Infermiの向かいにあるのがPalazzo Cantono di Cevaです。


P1000069
この辺一帯は昔も今も賑わいを見せる一角です。


P1000070
これも歴史的建造物です。


P1000071
15‐16世紀に建設されたPalazzo Arborio Biaminoは旧教会でもありました。


P1000068
写真左手前が後陣になります。


P1000064
現在、メルカトになっている建物です。


P1000065
メルカトの建物は、14世紀から15世紀に建設されたサン・マルコ教会でした。


P1000076
次はサン・ベルナルディーノ教会です。


P1000072
12世紀のサン・ベルナルディーノ教会です。


P1000077
扉が開いているように見えましたが、中扉が閉まっていました。


P1000074


P1000075
(つづく)

P1000274
ドゥオーモのファサード前から駅前まで広い公園があります。


P2860049
次はドゥオーモ宝物博物館です。


P2860050
鐘楼の後方に大司教館があります。


P2860051
12世紀に建設された鐘楼


P2860052
大司教館の宝物博物館への入り口です。


P2860053
大司教館の中庭から宝物博物館に入ります。


P2860054展示物は、最古のものは3世紀、最新のものは21世紀と約1800年間にわたる宝物、家具、タペストリ、絵画などです。


P2860059
宝物博物館については、項を改めて詳しく触れます。


P2860208
ジローラモ・ジョヴェノーネの「マギの礼拝」(1515)


P2860212
外に出ました。


P2860216
次はサンタンドレア聖堂です。


P2860217
入口があるファサード側に回ります。


P1000308
1219年創建、1227年に完成したゴシック様式のサンタンドレア聖堂 Basilica di Sant'Andreaです。Basilica Minoreに格付けされてます。


P1000310
シトー会建築様式の影響を受けていると言われてます、ファサード左右の2本の鐘楼が目立ちます。
1227年の完成以降、大きな修復改修が行われなかったので、ほぼ原形を保っているそうです。


P1000033
灰緑色の石を使ったファサード


P1000034
中央扉上ルネッタ上の浮彫は、ベネデット・アンテラミ(ヴァルデルテヴィ、1150c‐1230c)またはベネデット・アンテラミ派逸名彫刻家作の「磔刑の聖アンドレア」
ベネデット・アンテラミの作品ではないとする説が有力とされてます。


P1000035
ファサードに向かって左扉上ルネッタ上の浮彫は、「玉座の聖アンドレアに教会を捧げるグアーラ・ビッキエーリ」


P2860219
ファサードのバラ窓


P1000037
聖堂内に入りました。


P1000039
三廊式、ラテン十字形、ゴシック様式の内部です。


P1000038
装飾が少なく、すっきり感がします。


P2860223
交差ヴォールト


P2860226
左側廊


P2860227


P2860245
右側廊


P2860228
礼拝堂を見て行きます。


P2860229


P1000281
トンマーゾ・ガッロ修道院長の墓碑(14世紀前半)


P2860232
Maestro della Tomba di Tommaso Galloの「聖母戴冠と音楽天使たち」(14世紀中頃)


P2860234
Maestro della Tomba di Tommaso Galloの「玉座のトンマーゾ・ガッロ修道院長」(14世紀中頃)


P2860236
制作者不詳の彫刻
左からディオニージ・ロ・プセウド・アエロパギータ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖母子、トンマーゾ・ガッロ修道院長、聖アンドレア


P2860237
詳細不知


P2860238
詳細不知


P2860239
礼拝堂天井


P2860240
主祭壇と後陣


P2860241
後陣のフレスコ


P2860242
クーポラ


P2860244
詳細不知


P1000044
パオロ・ザッカの「聖職者席」(1511)


P1000045
ミサが始まりました。


P1000289
ミサの邪魔になるので、キオストロに出ることに。


P1000290
聖堂と修道院の全体模型


P1000291


P1000296
キオストロを回廊が囲んでます。


P1000297
回廊の壁にフレスコ画があったと思いますが、それが残されていません。


P1000298


P1000299


P1000300


P1000305


P1000304


P1000042
堂内に再び入りました。


P1000294
主祭壇前から見た出入口方向です。

P2860247
外に出ました。
(つづく)

P2860021
夕方の主な予定は、ドゥオーモの拝観とドゥオーモ博物館に入館すること、そしてサンタンドレア聖堂の拝観です。


P2860024
鉄道駅近くは金融機関が多いと思いました。


P2860026
「お好み焼き」と書かれた提灯がぶら下がっている店がありました。日本人がやっているとは限りません、日本語が分からない中国人や韓国人の店がイタリアでは多いようです。


P2860027
鐘楼はサン・ピエトロ・マルティーレ教会のものですが、写真右に顔を覗かせている教会に先ず行きます。


P2860028
サン・ベルナルド教会は閉まっていました。


P2860029
開いていれば、中々のフレスコ画があるので、拝観したかったのですが、淡い期待に終わりました。


P2860030
先ほど、鐘楼が見えていた教会です。


P2860032
機能を停止した旧教会なので、閉まっていて当然です。


P2860031
ファサードのフレスコ画


P2860033
15世紀に建設されたPalazzo Arborio Biamino


P2860034
サン・ベルナルド教会の後陣


P2860035
メルカト


P2860036
駅近くですが、この辺は歴史的建造物が多い。


P2860037
18世紀に建設されたPalazzo Cantono di Ceva


P2860041
サンタンドレア聖堂に向かいます。


P2860043
2本の鐘楼が目印です。


P2860046
サンタンドレア聖堂は扉が閉まっていました。この日は午後4時から開くことを確認してから、ドゥオーモを先に拝観することにしました。


P2860045
ドゥオーモは駅近くにあります。


P2860048
ドゥオーモにやってきました。


P2860215
サンテウセビオ大司教座聖堂 Basilica Cattedrale Metropolitana di Sant'Eusebioです。
1834年、教皇グレゴリオ16世によってBasilica Minoreに格付けされました。街の規模からすると格式が高い聖堂です。


P2860214
ヴェルチェッリの最初の司教である聖エウセビオ(サルデーニャ、283‐ヴェルチェッリ、371)の墓近くに、4世紀に建設された初期キリスト教会が前身です。
現在の建物は、ペッレグリーノ・ティバルディ(ピューリア、1527‐ミラノ、1596)の設計によって、1570年から1582年に建設されたルネサンス様式の建物が原形です。
18世紀初めに拡張改修されました。


P2860213
新古典様式のファサードは、18世紀から19世紀に再建されました。


P1000239
鐘楼は12世紀後半に建設されたもので、再建以前の建物で唯一現存しています。


P1000267
16世紀に建設された部分と18‐19世紀に建設された部分が混在していて、調和に欠ける感じがする外観です。


P1000269
1860年に建設されたクーポラ


P1000271
左翼廊


P1000270
ファサード側に戻ります。


P1000262
先ずファサード下の柱廊に入ります。


P1000242
芸術作品らしきものが見当たらない柱廊です。


P1000243
聖堂内に入りました。


P1000245
2012年に大改修された内部です。


P1000244
三廊式で、天井を支える2本組の列柱が特徴です。


P1000246
右側廊


P1000260
美術的な見所は主祭壇の十字架だけと言っても過言ではありません。


1
オットー美術の傑作「オットーの十字架」(10世紀末)


P1000247
詳細不知


P1000248
詳細不知


P1000249
詳細不知


P1000250
ピエル・フランチェスコ・グアーラ(カザーレ・モンフェッラート、1698‐ミラノ、1757)の「栄光の聖エウセビオ」


P1000252


P1000253
お宝芸術品は、付属博物館で見ることが出来ます。


P1000254
詳細不知


P1000255


P1000256
詳細不知


P1000258
フランチェスコ・グランディ(ローマ、1831‐1891)の「キリストの洗礼」


P1000259
詳細不知


P1000264
外に出ました。
(つづく)

P2850948
アントニオ・ボルゴーニャ通りに入りました。
写真手前右はこの街のシンボルというべき天使の塔 Torre dell'Angeloです。写真右端にサンタグネス・イン・フランチェスコ教会の鐘楼が建ってますが、その鐘楼下に写っている赤っぽい建物が美術館です。


P2850949
Epaminonda Ferreroが1836年に建設した新古典様式のPalazzo Ferreroです。


P2850952
1882年、アントニオ・ボルゴーニャが購入したので、Palazzo Borgognaと呼ばれてます。


P2850954
アントニオ・ジャコモ・フランチェスコ・ボルゴーニャ通称アントニオ・ボルゴーニャ(ストロッピアーナ、1822‐ヴェルチェッリ、1906)は、裕福な家に生まれた政治家で、活動的な慈善家でもありました。
1870年、若くして引退したアントニオは、予てから美術品収集に熱心でしたが、それにより一層拍車がかかって、イタリア国内は固よりヨーロッパ、アフリカ、東洋に旅をしながら、美術品の収集に努め、更にオークションで競り落とした美術品が収集品に加わりました。
アントニオの収集したコレクションは有名となり、その展示場所を探していましたが、1882年、現在美術館となっているパラッツォを購入しました。


P2850951
1899年、アントニオは、美術収集品全てを建物ごとヴェルチェッリ市に寄贈しましたが、その際、美術館を父であるフランチェスコ・ボルゴーニャ(1797‐1877)に捧げて、美術館をフランチェスコ・ボルゴーニャ美術館と命名すると共に、美術館を運営するための財団を作って財政基盤の安定に努めました。


P2850950
美術館の入り口です。
一般公開は1908年からで、1908年時点で約2000点の美術品が展示されていました。その後、財団によってピエモンテ各地の美術品が購入され、展示は更に充実したものになってます。
現在、ピエモンテ州ではサバウダ美術館に次いで2番目の美術館となってます。


3
中は写真不可です。
私の写真は一枚もありません。
しかし、それでは美術館紹介にならないので、美術館HPから作品画像を拝借して、紹介することにします。写真の版権等は美術館側が保持していることを承知の上で連載するので、作品画像はごく一部にします。それでも権利侵害であることは明らかですが。
質の高い作品が多数展示されているので、美術ファンがもっと訪問するべき美術館と思います。


4
Pittore della Passione di Cristoの「磔刑」(1450c)


5
ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512c‐ヴェルチェッリ、1583/1584c)の「最後の晩餐」


1
ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512c-ヴェルチェッリ、1583/1584c)の「聖会話」


2
ソドマ(ヴェルチェッリ、1477-シエナ、1549)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノと天使」


9
ジローラモ・ジョヴェノーネ(バレンゴ、1490c‐ヴェルチェッリ、1555)の「幼きキリストへの崇拝」(1510‐13c)


6
デフェンデンテ・フェッラーリ(キヴァッソ、1509-1535c活動)の「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(1520-25)


7
ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニ(フィレンツェ、1535-1591)の「アポロとミューズ」(1580-85)


10
ルドヴィーコ・カラッチ(ボローニャ、1555‐1619)の「アリアンナとバッカス」


8
アンジェリカ・カウフマン(スイス、1741-ローマ、1807)の「ドメニカ・ヴァルパートの肖像」(1791)


P2850955
外に出ました。
最初から最後まで入館者は私1人でした。勿体ないことです。
写真OKにすれば、各種媒体でのPRがされて、入館者がもっと多くなることでしょう。


P2850953
おわり

P2850963
Castello Viscoteoです。


P2850964
ミラノの君主で、ヴェルチェッリ領主であったマッテオ・ディ・ヴィスコンティ(インヴォーリオ、1250‐ミラノ、1322)によって1290年頃から工事が着工された城です。


P2850965
現在は裁判所など司法関係部署が使用してます。


P2850962
ナポレオンのイタリア侵攻時には、ナポレオン軍の司令部が置かれていました。


P2850966
裁判所の前は刑務所でした。


P2850967
暑い日だったので早々に退散します。


P2850968
Torre dell'Angeloが目立ちます。


P2850972
マッシモ・ダツェーリオ広場です。


P2850969
写真右の赤っぽい建物が刑務所だったとは信じられません。


P2850970
刑務所にしては普通の建物なので、重罪犯用ではないと思います。


P2850973
クローチェ・ディ・マルタ館


P2850974
カヴール広場に戻りました。


P2850975
カヴール広場で簡単な昼食を食べました。


P2850976
昼食後のこの時間ですから、サン・ミケーレ教会は閉まっていました。


P2850977
この通りの先にある、有名な塔を見に行きます。


P2850978
Torre degli Avogadro


P2850979
ヴェルチェッリ領主だったアヴォガドロ家によって、1266年8月19日から建設された塔です。


P2850980
この辺の一帯にアヴォガドロ家の屋敷がありました。


P2850981
ジュゼッペ・ヴェルディ通りです。


P2850983
通りの名称の由来は、通りの突き当りにオペラ劇場があるからです。


P2850984
1815年に開場した市立劇場です。伝統的な馬蹄形をしています。


P2850985
1923年、最初の建物は放火によって倒壊してしまいました。現在の建物は焼失後に再建されたもので、1929年に再開場されたそうです。


P2850986
ヴェルチェッリで最も大きな教会であるサンタンドレア聖堂に向かいます。


P2850987
サンタンドレア聖堂の鐘楼が見えてきました。


P2850988
サンタンドレア聖堂です。


P2850989
昼過ぎなので、当然扉が閉まっていました。


P2850990
夕方に再び来ることにしました。


P2850991
サンタンドレア聖堂のファサード前から見た駅前広場です。


P2850992
ガリレオ・フェッラーリス通り


P2850993
アヴォガドロの塔とサン・ピエトロ・マルティーレ教会の鐘楼


P2850994
何の建物でしょうか?


P2850995
一旦ホテルに戻って昼寝することにしました。


P2850996
ホテルに戻りました。


P2860015
窓が閉まっている部屋ばかりで、殆ど空室?


P2860014
1時間ほど昼寝をしてから、再び出発しました。


P2860016
桜並木です。


P2860017
サクランボ


P2860018
こちらの木のサクランボは美味しそう!


P2860019
採って食べる人がいないようですが、私は採って数粒食べました。甘くておいしかった。


P2860020
(つづく)

ヴェルチェッリは、人口46,035人(2018年12月31日現在)のピエモンテ州ヴェルチェッリ県の県都です。街の歴史は古く、紀元前600年頃、リグーリア人の一部族Libiciの首都でした。
1120年、都市国家として独立しましたが、その後、ミラノ、フランス、スペインの支配下に置かれました。18世紀にサヴォイア家に属し、イタリア統一を迎えました。
P2850925
駅に到着しました。
ミラノ~トリノを結ぶ幹線上にあり、RVが停車します。


P2860259
観光客をあまり見かけない街です。


P2860258
駅舎


P2860257
駅前広場から見えるサンタンドレア聖堂の鐘楼


P2860256
この日のお宿に向かいます。


P2850927
ホテルは、駅から徒歩5分の住宅街にあります。
ヴェルチェッリの宿泊先はかなり限られる上に郊外に点在しているので、交通の便を考えると選択肢は一つしかありません。


P2860255
この日のお宿です。レストランが併設されてます。


P2850930
朝の早い時間でしたが、部屋に入ることが出来ました。荷物を部屋に置いて身軽になったので、早速外出しました。


P2850931
チェントロ・ストーリコに向かう大通りは緑が一杯です。


P2850932
この街に来るのは4回目ですが、身の安全という点では心配不要と思います。


P2850933
旧市街の入り口というべき広場にやってきました。この場所に城門があったそうです。


P2850935
Piazza Pajetta


P2850936
広場の中心に立つ「将軍の制服のヴィットリオ・エマヌエーレ2世像」(1887)


P2850934
ヴェルチェッリに来た目的はMuseo Francesco Borgognaです。あまり知られていない絵画館ですが、所蔵作品は傑作揃いです。


P2850937
Corso Liberta


P2850938
913年創建のサンティッシモ・サルヴァトーレ教会です。現在の外観は18世紀に再建された二代目の建物です。扉が開いていましたが、美術的に魅力に欠けるので素通りしました。


P2850939
この辺から道幅が少し狭くなります。


P2850940
自転車が多い。


P2850941
用事がないけれど、街の中心の広場に寄り道します。


P2850942
次の交差点を左折すれば、直ぐに広場です。


P2850943
カヴール広場です。
この街のシンボルLa Torre dell'Angeloが見えます。


P2850944
イタリア統一後、現称に改称されましたが、それ以前はマッジョーレ広場、またはメルカンティ広場と呼ばれていたそうです。


P2850945
広場の四方は歴史的建造物に囲まれてます。


P2850946
17世紀に建設されたサン・ロレンツォ教会です。


P2850947
目指すMuseoは直ぐ傍にあります。


P2850948
写真左に塔が見えますが、塔の下に見える赤い建物がMuseo Francesco Borgognaです。


P2850949
とうとうやってきました。


P2850950
入館しました。中は写真不可で、残念ながら私の写真は一枚もありません。


P2850952
MuseoのHP掲載の作品画像を拝借して、この美術館の紹介を項を改めてやることにしましょう。


1
Museoの所蔵作品です。
ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512‐ヴェルチェッリ、1578)の「聖会話」


2
ソドマ(ヴェルチェッリ、1477‐シエナ、1549)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノと天使」


P2850955
写真を撮ることが出来ませんでしたが、大満足で外に出ました。


P2850954
ここに再び来ることはもうあるまい、と思いながらMuseoを後にしました。


P2850956
サンタグネス・イン・サン・フランチェスコ教会です。


P2850957
拝観したかった教会ですが、Museoでたっぷり時間を使ったので、扉が閉まる時間になってしまいました。


P2850958


P2850959
Palazzo Arborio di Gattinara


P2850960
カステッロに向かいます。


P2850961
カステッロ
(つづく)

P1270966
ロンバルドの工芸家作「銀製聖具」(18世紀中頃)


P1270977
次の部屋です。


P1270996
司教座聖堂参事会の間(14世紀)


P1270979
17世紀のピエモンテの逸名画家の作品


P1270981
交唱唱歌集


P1270982
磔刑像が2つ展示されてます。


P1270983
16世紀のアレッサンドリアの逸名彫刻家作「磔刑像」


P1270985
15‐16世紀のアレッサンドリアの逸名彫刻家作「磔刑像」


P1270988
Maestro di Sant'Antonioのフレスコ画(15世紀)
この画家については全く存じ上げません。


P1270989
Maestro di Sant'Antonioのフレスコ画(15世紀)


P1270990
Maestro di Sant'Antonioのフレスコ画(15世紀)


P1270991
16世紀のアレッサンドリアの逸名彫刻家作「聖アントニオ・アバーテ」


P1270993
Maestro di Sant'Antonioのフレスコ画(15世紀)


P1270995
Maestro di Sant'Antonioのフレスコ画(15世紀)


P1270997
詳細不明


P1270998
詳細不明


P1270999
詳細不明


P1280003
教会に戻りました。


P1280004
Maestro di Sant'Antonioのフレスコ画(15世紀)


P1280006
詳細不明


P1280007


P1280008


P1280010
右側廊


P1280012
14世紀のアレッサンドリアの逸名画家のフレスコ画


P1280013
14世紀のアレッサンドリアの逸名画家のフレスコ画


P1280015
左側廊の第1礼拝堂


P1280016
第1礼拝堂天井


P1280018
詳細不明


P1280020
柱に描かれたフレスコ画


P1280021
左側壁第2礼拝堂


P1280022
左第2礼拝堂のスタッコ?


P1280023
左第3礼拝堂


P1280024
左第4礼拝堂


P1280025
左第4礼拝堂の天井  
フレスコ画の痕跡が認められます。


P1280027
右側壁の礼拝堂


P1280028


P1280029


P1280030
左側廊


P1280031
有名な画家や彫刻家の作品がありませんが、十分に鑑賞に値します。


P1280032


P1280033
詳細不明


P1280035
外に出ました。
(おわり)

P1270893
カッシーネのヴィットリオ・ヴェネト広場です。
広場に面して建っているのがサン・フランチェスコ教会です。


P1280038
1232年、フランチェスコ会修道士によって、この場所に小さな祠が建てられましたが、それが教会修道院の前身です。


P1270898
13世紀後半、カッシーネにおけるフランチェスコ会の活動が活発拡大するとともに、祠では手狭となったので、新たに建物を建設することが決められ、1291年創建、1327年に完成した、ロンバルディア・ゴシック様式のサン・フランチェスコ教会修道院です。
建物は現在に至るまでに2回修復されましたが、いずれも小規模なもので、現在の姿はほぼ創建時の姿をとどめています。
奉献式は、1327年に執り行われました。


P1280122
サン・フランチェスコ修道院は、1802年、ナポレオンの修道院抑圧政策によって閉鎖されましたが、1830年に活動が再開されました。一旦閉鎖されたことで多くの修道士が去り、修道院が再開されても散り散りになった修道士の多くが戻らず、その活動は低迷したままでした。
1858年、カッシーネ村が修道院の建物を買い取り、学校の校舎として使用することになりました。
2011年、修道院のキオストロ回廊にカッシーネ村立Museo di San Francesco "Paola Benzo Dapino"が設けられました。
カッシーネ村の他の教会にあった作品は僅か数点にしかすぎず、展示作品の殆どがサン・フランチェスコ教会修道院だったものです。
教会の入り口付近にボランティアの女子高校生が待機していて、入館希望者が現れると美術館入り口を開錠して、館内を点灯してくれます。入館無料です。


P1280039
サン・フランチェスコ教会修道院を取り囲んで、サン・ベルナルディーノ祈祷所、サンティッシマ・トリニータ教会、サンタントニオ・アバーテ祈祷所があります。
写真左はサン・ベルナルディーノ祈祷所で、祈祷所の後に灰色の鐘楼が写ってますが、サンティッシマ・トリニータ教会の鐘楼です。


P1270905
三廊式、ラテン十字形、ゴシック様式の教会内部です。


P1270908
左側廊方向


P1270907
右側廊方向


P1270906
中央ナヴァータ


P1270910
主祭壇


P1270911
後陣の交差ヴォールト


P1270912
教会と美術館は一体化されてます。


P1270914
先ず礼拝堂のフレスコ画を見ます。


P1270916
Maestro del Tomba Fissiragaによって15世紀に制作されたフレスコ画


P1270917
Maestro del Tomba Fissiragaは初めて聞く画家で、調べましたが分かりませんでした。


P1270919
Maestro del Tomba Fissiragaのフレスコ画(14世紀)


P1270920
Maestro del Tomba Fissiragaのフレスコ画(14世紀)


P1270921


P1270922


P1270922
ジョヴァンニ・モネーヴィ(ヴィソーネ、1637‐トリノ、1714)の「聖母子と聖マッテオと聖ボナヴェントゥーラ」(1712‐13)


P1270925
ピエモンテの逸名画家作の、「1532年にピエモンテの逸名画家によって制作された『聖母子と聖マッテオと聖ボナヴェントゥーラ』の複製画」(1713)


P1270927
これは何でしょうか?


P1270928
聖具保管庫?


P1270963
説明板がありません。


P1270929
この作品だけ説明プレートがあります。
ルキーノ・フェラーリ(カステラッツォ・ボルミダ、16世紀前半活動)の「聖母子と聖マッテオと聖ボナヴェントゥーラ」(1532)
聖マッテオは前の写真の右にあります。


P1270932
17世紀のピエモンテの逸名彫刻家作「この人を見よ」


P1270935
ジョルジョ・ソレーリ(ピエモンテ、16世紀後半活動)の「聖母子と聖フランチェスコと聖ビアージョと2信者」(1573c)


P1270937
ピエモンテの逸名画家(複数)たちによって描かれた「使徒」の油彩画(17‐18世紀)
全部で11作品ありますが、一部を除いて描かれた使徒が特定されてません。


P1270938


P1270940
聖バルトロメオ?


P1270941
聖マリア・マッダレーナ?


P1270943
聖パオロ?


P1270944


P1270945
聖ピエトロ


P1270946


P1270947


P1270948
聖アンドレア


P1270949


P1270952
詳細不明


P1270954
ピエトロ・ファンチェッリ(ボローニャ、1764‐ペーザロ、1850)の「カルヴァリオへの上り」(1796)


P1270955


P1270956


P1270957


P1270958


P1270959


P1270960


P1270961
(つづく)

P1280074
サン・ロレンツォ教会はサン・ロレンツォ通りにあると思っていましたが、村を貫く目抜き通りのサン・レアリーノ通りにありました。


P1280075
この村に現存する5つの教会の中で、サン・ロレンツォ教会は最も新しい教会です。


P1280085


P1280078
ネットで調べても、この教会について詳述している記事がありません。


P1280080
村役場で貰った資料によれば、18‐19世紀のフレスコ画と祭壇画があるそうです。


P1280083
併設されていた修道院でワイン醸造が行われていたそうです。18世紀創建の修道院でのワイン醸造はピンときません。


P1280088
修道院だった建物です。


P1280089
旧修道院だった建物はVilla Azzurraと呼ばれてます。イタリア代表チームと関係がある?


P1280097
Villa Azzurraの入り口


P1280091
この辺から建物が途絶えます。


P1280092
今、通ってきた道を振り返ったところです。


P1280094
村外れに出ました。


P1280093
急に視界が開けて田舎の風景になりました。


P1280087
横道に入りました。


P1280086
村外れにある、14世紀創建のサン・ピエトロ教会です。現在の建物は17世紀に再建された二代目のものです。


P1280099
少し戻って別の横道に入りましたが、見どころは何もなさそうです。


P1280096
村の見所は大体こんなところでしょう。


P1280098
更に歩いて一面のブドウ畑を見ても面白くないと判断して、戻ることにしました。


P1280101
爆撃の標的は何もない村です。空爆とは本当に気の毒です。


P1280102
住所表示板


P1280104
Vicolo del Castello


P1280106
城でもあるのか、と思って行ってみたのですが・・・・・


P1280108
新しい作品でしょうね。


P1280110
カステッロは単なる名称だったようで、城が見当たらなかったので、サン・レアリーノ通りに戻りました。


P1280112
忙しくあちこちの街を回る旅の途中に、このように、ノンビリ出来る日があっても良いと思います。


P1280113
サン・ジャコモ教会を通り過ぎました。


P1280114
時間が有り余っているので、ゆっくり進みました。


P1280117
日本人の私が珍しいのか、じろじろと見られることが多かった。


P1280120
観光に力を入れているようで、村役場で貰った案内パンフレットが非常に役立ちました。


P1280122
多分、時間が余るので、村の全容を見終わった後、サン・フランチェスコ教会にもう一度来ることにしました。


P1280123
村役場横のロッジャ


P1280133


P1280126


P1280128
サンタ・カテリーナ教会です。


P1280130
村の5つある教会全てが現役です。維持するのが大変に思えました。


P1280131
日本のような檀家制度みたいなものが教会にもある?


P1280134
夏至が終わったばかりなので、日差しが強烈でした。


P1280136
B&Bがある広場に戻りました。


P1280137
バールで一休みしました。


P1280139
街角の聖母子


P1280151
無原罪の聖母


P1280140


P1280142


P1280143
村の入り口から村外れまで見終わりました。


P1280125
フランチェスコ教会に戻りました。


P1280124
(おわり)

P1270898
1232年に建設されたサン・フランチェスコ教会修道院です。修道院の一部が村立美術館 Museo Civicoになってます。教会と美術館には、ボランティアの女子高校生が常駐しています。
美術館の開館は、午後のみ(午後3時頃から)で、入館無料です。


P1270899
サン・フランチェスコ教会のファサード前に立っている建物です。


P1270900
16世紀に建設されたサン・ベルナルディーノ祈祷所です。


P1270905
サン・フランチェスコ教会に入りました。


P1270922


P1270977
美術館にも入館しました。


P1280016
予想以上の教会・美術館で、わざわざ来た甲斐がありました。


P1280031
サン・フランチェスコ教会と美術館に付いては、項を改めて詳しく触れる予定です。


P1280036
外に出ました。


P1280035
ガイドブックに載っておらず、「美しい村」にもリストアップされていない、ごく普通の村であるカッシーネに、このような教会・美術館があることにイタリアの奥深さを感じます。


P1280039
オラトリオは閉まったままでした。


P1280040
更に村歩きを続けます。


P1280041
広い面積の村で、人口が3千人弱なので、家が点在していると思いましたが、集落が続いていました。


P1280042
この辺は上り坂になってます。


P1280043
この辺は下り坂になってます。


P1280044
上り下りを2回繰り返しました。


P1280046
歴史的建造物です。


P1280048
Palazzo Zoppiです。


P1280047
大広間に15世紀のフレスコ画があるようですが、非公開です。


P1280049
古い建物と新しい建物が混在しています。


P1280050
新しい建物と古い建物が混在していますが、それには悲惨な村の歴史があります。
この村からあまり離れていないアレッサンドリアは軍都でした。第二次世界大戦中、アレッサンドリアは、大戦の初期には連合国の、中期から終戦まではドイツ軍の標的となり、度々爆撃を受けました。
アレッサンドリアの爆撃を終わり、基地に向かった航空機は余った爆弾を途中のカッシーネに落として、帰途についたのです。農村であるカッシーネが爆撃の標的になることは有り得ないのですが、軍都アレッサンドリアに近いことから、度々トバッチリを受けてしまったのです。
新しい建物は第二次世界大戦後に再建されたのです。


P1280051
サン・ジャコモ教会です。


P1280054
酷い落書き


P1280057
教会は現役ですが、併設の修道院は既に閉鎖されてます。


P1280053
村役場で貰った案内パンフレットによれば、作品がかなり残っているそうです。


P1280052
扉が閉まっていたので拝観出来ませんでした。


P1280056
こちらの通りは何もなさそうです。


P1280059
サン・レアリーノ通りに戻りました。


P1280060
サン・レアリーノ通りの先にブドウ畑とワイン醸造所があります。


P1280062
横道に入りました。


P1280063
横道の突き当りはブドウ畑です。


P1280064
再度サン・レアリーノ通りに戻りました。


P1280065
16世紀に建設されたパラッツォ・マルティーニです。


P1280066
写真左は16‐18世紀に建設されたパラッツォ・カドゥッチです。


P1280068
この一角は歴史的建造物が多い。


P1280070
カッシーネ村は観光に力を入れているようで、案内板が完備されてます。


P1280069
入口扉の装飾は16世紀のピエモンテの逸名彫刻家の作品です。


P1280073
この建物もパラッツォ・ピエトラサンタの一部です。


P1280072
横道のサン・ロレンツォ通りを進みました。


P1280067
サン・ロレンツォ通りには何もなさそうです。
(つづく)

P1270841
カッシーネ駅に到着しました。


P1270842
カッシーネは、人口2,932人(2017年8月31日現在)のピエモンテ州アレッサンドリア県にあるコムーネです。主要産業は農業で、ワイン醸造が盛んです。


P1270844
駅舎です。無人駅で、切符販売機もありません。
駅付近に切符を販売するバールなどがないので、車掌から直接切符を買うのが良いと思います。駅から10分ほど歩いた所にタバッキがあり、そこで列車の切符が買えますが、旅行者がそれを知るのは難しいと思います。(この日泊まったB&Bで聞いて初めて分かりました)


P1270845
チェントロ・ストーリコにある、この日のお宿に向かいます。


P1270847
ガリバルディ通りです。
馬の散歩道が歩道になっているので歩き難いです。馬がうまく歩けるように未舗装で砂が深くなってます。


P1270848
幹線道路を横切ります。


P1270849
この村に来ようと思った切っ掛けは、トリノの美術館でアレッサンドリアの画家フランチェスコ・サッシ(1912‐1993)が描いたカッシーネの風景画を見たからです。彼の作品に描かれた、中世の佇まいが色濃いカッシーネ村の風景に興味を持ち、村のことを調べたらサン・フランチェスコ教会と教会付属のMuseo Civicoが面白ろそうだったので、一度、是非、訪れたいと思うようになりました。


P1270850
チェントロ・ストーリコの入り口です。


P1270852
ワイン醸造が盛んと言うことで、周囲はブドウ畑と予想していましたが、畑がありません。家並みを外れた場所はブドウ畑が大きく広がっていますが、この時は知りませんでした。


P1270853
スティッカ通りとの交差点です。Google マップのコピーを持ちながらの移動ですが、B&Bへの正しい道を歩いているようです。


P1270854
橋を渡ります。


P1270855
橋の下は川でなく意外でした。


P1270856
初めて訪れるので緊張感がありました。ただ、ぶらぶら歩いても危険は全くありません。


P1270857
B&Bは広場の近くにあります。


P1270858
チェントロ・ストーリコに到着したようです。


P1270859
トロッティ通りを進みます。
カッシーネの宿泊設備はネットの予約サイトに載ってません。どうせ行くのならば、泊まってみたいと思い、ダメ元で村役場にメールしたら、返事が来て民宿みたいなB&Bを紹介されたのです。


P1270860
この道の先にB&Bがあると思っていたら違いました。


P1270861
写真右の建物がこの日のお宿です。完全な民宿で、村に用事で来た人が希望すれば泊まれるようになっているようです。この村では外食の夕食が難しいとの事なので、ハーフボード(1泊2食付き)にしました。


P1270862
大きな荷物を自室に入れ、身軽になって村歩きに出発しました。


P1270863
村役場に行って、カッシーネの地図を貰いたい。


P1270864
適当に歩いていたら行き止まりでした。冴えません。


P1270866
教会が見えてきたので、一安心です。


P1270870
9世紀創建のサンタ・カテリーナ教会です。


P1270872
現在の建物は17世紀に再建された二代目のものです。


P1270874
日曜日のミサの時だけ開くそうです。


P1270875
初代の建物にあった剥離フレスコ画があるらしい。それが楽しみでしたが平日では仕方がありません。


P1270876
教区教会ではないようです。


P1270867
教会前のサンタ・カテリーナ広場です。


P1270877
案内標識が完備されてます。


P1270878
Via Municipio


P1270879
イタリア人の携帯電話の会話が面白い。電話なのに、初めから最後まで途切れることなく喋っている人をよく見かけます。相手の会話を聞いているのでしょうか?相槌を入れずに只管喋っているだけ。


P1270880
道は緩い上り坂になってます。


P1270882
古い建物になってきました。


P1270883
サンタ・カテリーナ教会です。


P1270885
こんな村に来るとは俺は物好きだなあ、と思いながら歩きました。


P1270884
突き当りは村役場の建物です。


P1270886
この時は村役場とは知りませんでした。


P1270889
振り返ると坂を上って来たことが分かりました。


P1270891
サン・フランチェスコ教会です。


P1270890


P1270892
Palazzo del Comune、村役場です。


P1280037
村役場で地図を頂きました。


P1270893
村役場とサン・フランチェスコ教会が面している広場が村の中心でしょう。
(つづく)

P1350712
第16礼拝堂です。


P1350713
ファサードにフレスコ画がありますが、太陽と風雨に晒されて落剝、退色が認められます。


P1350714
頑丈な鉄柵と金網=中にテラコッタ、ですね。フレスコ画がメインの礼拝堂には、中に入ることが出来ます。


P1350716
ここは頑丈な鉄柵があるので、テラコッタがあります。


P1350717
テラコッタ制作は彫刻家ディオニ―ジ・ブッソーラによるもの


P1350718
ステファノ・マリーア・レニャーニ通称レニャニーノが制作したフレスコ画


P1350721
この礼拝堂は、他の礼拝堂と違う点があります。


P1350723
Cappella Nuovaです。
第1礼拝堂から第20礼拝堂までは17世紀末までの約100年の間に建設されました。この礼拝堂はそれから約1世紀後の18世紀末に建設が始められました。
1810年、ナポレオンが宗教活動を制限する布告を出しましたが、この礼拝堂もそのあおりを受けて、建物自体は何とか完成しましたが、中の装飾は未完のままに放置されました。


P1350725
見どころはありません。


P1350728
延々と進めてはキリがないので、一挙に飛ばして先に進めることにしましょう。


P1350729
次は第6礼拝堂です。


P1350730
建物の四隅と取り囲む柱廊が特徴です。


P1350732
ここもテラコッタと彫刻が見どころです。「ここも」というよりも全礼拝堂に言えます。


P1350734
彫刻家クリストフォロ・プレスティナーリが1617年ー1618年にかけて制作したテラコッタ
クリストフォロが制作したテラコッタ像の数が足りないとの理由で、1662年にディオニ―ジ・ブッソーラが制作したテラコッタが追加されました。


P1350733
フレスコは、ジョヴァンニ・バッティスタとジョヴァンニ・マウーロのデッラ・ローヴェレ兄弟通称フラッミンギーニによって1616年頃に制作されました。


P1350735
この礼拝堂のフレスコ画は秀作と思います。


P1350739
柱廊の壁と天井にもフレスコ画があります。


P1350742
オルタ湖の水温が低いので、短時間の水泳は可能ですが長い時間の水遊びが無理と合って、長期滞在の観光客は他にやることがあまりありません。
そのような背景から、ここを訪れる観光客が多い反面、聖山の趣きは薄れ完全に観光地化したようで、礼拝堂で祈りをささげる人は皆無でした。


P1350743
1612年に建設された第5礼拝堂です。


P1350745
各礼拝堂のコンセプトはそれぞれ違いますが、聖フランチェスコの生涯のエピソードやフランチェスコ修道会がテーマとなってます。


P1350748
クリストフォロ・プレスティナーリ制作の彩色テラコッタ(1615)


P1350746
ジョヴァンニ・バッティスタ・デッラ・ローヴェレ制作のフレスコ画(1615)


P1350749
ファサードにもフレスコが施されてます。


P1350751
ジョヴァンニ・バッティスタ・デッラ・ローヴェレが描いた柱廊天井のフレスコ画(1615‐16)


P1350754
次は第4礼拝堂です。


P1350755
建物の構造は、先に見た第5礼拝堂に似てます。1609年から1629年に建設されました。


P1350760
今まで見てきた礼拝堂と違いは、保護の金網の目が細かくて、カメラのレンズ部分を金網の間に入れることが出来ませんでした。
クリストフォロ・プレスティナーリ制作の彩色テラコッタ(1610‐16)


P1350759
礼拝堂全てのフレスコ画はフラッミンギーニ(デッラ・ローヴェレ兄弟)の制作によるもの


P1350761
金網が邪魔して良く見えません。


P1350762
次は第3礼拝堂です。


P1350778
1596年に建設された第3礼拝堂です。ここは中に入ることが出来ます。


P1350774
クリストフォロ・プレスティナーリ制作の彩色テラコッタ


P1350766
中に入ることが出来たのでフレスコ画の各場面をじっくり見ることが出来ました。


P1350767
フラッミンギーニ(デッラ・ローヴェレ兄弟)制作のフレスコ画です。


P1350768
最近修復が行われたように見えます。


P1350769


P1350770


P1350773


P1350779
次は第2礼拝堂です。


P1350783
1606年から1609年に建設された第2礼拝堂も他の礼拝堂と大同小異です。


P1350791
この部分のフレスコ画はフランチェスコ・ジャノ—リの制作によるもの(1681)


P1350787
ジョヴァンニ・バッティスタ・デッラ・ローヴェレ制作のフレスコ画


P1350792
礼拝堂内部の天井はデッラ・ローヴェレ兄弟の制作


P1350797
テラコッタとフレスコ画が見事にマッチしています。


P1350799
相当な資金力があったこそ可能になった計画なんですね。


P1350802
最後は第1礼拝堂です。


P1350811
1592年に建てられた第1礼拝堂ですが、ファサードは19世紀に完成しました。


P1350829
外壁にフレスコ画の痕跡が認められます。


P1350815
17世紀初頭に制作されたクリストフォロ・プレスティナーリの彩色テラコッタ


P1350825
17世紀初頭に制作されたジャコモ・フィリッポ・モンティのフレスコ画


P1350826
第1礼拝堂に隣接して土産物屋兼案内所があります。


P1350803
下を見下ろすと絶景が広がってます。


P1350804
美術的には上級者ファン向けですが、それとは無関係に気楽に訪れるのが良いと思います。


P1350807
晴れ渡った日に行くのが最適でしょうね。
(おわり)

P1350650
本場の礼拝堂巡りです。各礼拝堂に番号が付けられているので、番号順に巡るのもアリと思いましたが、番号自体、古い建物から新しい建物へと順番に番号が振られている訳ではないので、足の向くままに巡りました。


P1350653
第20礼拝堂です。


P1350658
中はテラコッタ像とフレスコ画で一杯です。床にテラコッタ像が並べられ、壁や天井などにフレスコ画という形式が20ある礼拝堂の基本となってます。


P1350663
ご覧のようにテラコッタ像の前に頑丈な鉄柵が置かれ、それが邪魔になって良く見えません。写真は鉄柵の隙間にカメラのレンズ部分だけを入れて撮らねばなりません。


P1350655
テラコッタは、彫刻家ディオニ―ジ・ブッソーラと弟子たちの作品です。


P1350656
テラコッタのテーマは「教皇グレゴリオ9世の謁見」


P1350657
壁一面にフレスコ装飾が施されてます。


P1350661
アントニオ・ブスカ・ダ・ミラノ(1625‐1686)のフレスコ画


P1350660
最近行われた修復によって色鮮やかに蘇りました。


P1350665
隣にある第20礼拝堂付属の小礼拝堂の扉が閉まっていました。


P1350666
広大な聖山に礼拝堂が点在しています。案内板に従ってプレセーピの見学です。


P1350668
ここは礼拝堂ではありません。


P1350669
規模の大きなものです。


P1350670
イタリア人は宗教ジオラマ?や宗教人形?が好きですね。


P1350671
ここは常設展示でしょうか?


P1350675
午前中は雨模様でしたが、午後になって天気が回復してきました。
ヴァラッロのサクロ・モンテに行ったことがありますが、ヴァレーゼの方は未だです。このようなものを作った熱意や資金力に驚きます。或る意味で宗教は怖いと思います。


P1350676
次は第19礼拝堂と第18礼拝堂です。


P1350674
サクロ・モンテの観光案内所で買い求めたガイドブックがあるので、こうして何とか書けますが、それがなければお手上げです。


P1350677
第18礼拝堂の入り口です。


P1350679
ここもテラコッタとフレスコ画です。


P1350680
テラコッタは、ジョヴァンニ・デ・エンリコの作品です。


P1350681
フレスコ画は詳細不明です。


P1350682
階段を上って2階に行きました。


P1350683
2階が第19礼拝堂になってます。


P1350684
1階が第18礼拝堂、2階が第19礼拝堂の二重構造は、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の下聖堂と上聖堂を模して1591年に建設されました。


P1350686
鉄柵が邪魔して、良く見えないし、写真もうまく撮れません。


P1350687
第19礼拝堂は美術的に見どころとされてます。
17世紀後半の代表的な彫刻家ジュゼッペ・リスナーティが制作したテラコッタ


P1350689
礼拝堂内の全ての石像もジュゼッペ・ルスナーティの制作です。


P1350690
アントニオ・ブスカ・ダ・ミラノのフレスコ画


P1350692
面白そうな礼拝堂の前にあります。


P1350693
井戸です。
サクロ・モンテにある教会、礼拝堂全ての聖水はこの井戸から運ばれたそうです。


P1350694
若者たちの歓声やらロックの騒音が聞こえました。聖山なので相応しくないと思いますが、止める気配がありません。ここは、今や完全に観光地ですね。


P1350695
急に静かになりました。恐らく誰かが注意したのでしょう。


P1350698
少し高い所から湖が見えます。


P1350696
次は第17礼拝堂です。


P1350699
その形状から別名ロトンダと呼ばれてます。


P1350700
17世紀中ごろに建設されました。


P1350703
鉄柵の模様が細かくて、写真撮影防止に最適でした。


P1350705
ディオニ―ジ・ブッソーラが1661年から1665年にかけて制作したテラコッタ


P1350706
第17礼拝堂のフレスコ画は比較的よく知られてます。


P1350707
カルロ・フランチェスコとジュゼッペのヌヴォローネ兄弟が1660年から1662年にかけて制作したフレスコ画です。


P1350708
こんな調子で各礼拝堂について書いていたらキリがありません。


P1350709
ペースを上げて、次の(その3)でこの項を終わりにしたい。


P1350710
(つづく)

P1350548
オルタ・サン・ジュリオのサンタ・マリア・アッスンタ教会のファサード前を右に行くと、サクロ・モンテに向かうことが出来ます。


P1350550
Sacro Monte、聖山の名称の通りで坂を上ります。


P1350552
道はオルタ湖を見下ろしながら山へと続いてます。


P1350553
祠が道の両側に点在してます。


P1350556
「神域に来たのだ」という感じがします。


P1350561
中ほどにオルタ・サン・ジュリオの墓地があります。


P1350562
墓地に教会があり、その中にジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニのフレスコ画があるのですが、入り口の扉が閉まっていました。


P1350568
サクロ・モンテの門が見えてきました。


P1350569
宗教改革によって教会の堕落を攻撃されたカトリック側は、反宗教改革の一環として宗教活動の自浄を図ります。その具体策の一つとしてサクロ・モンテと呼ぶ祈りの場所が建てられることになりました。


P1350570
サクロ・モンテの最初の場所として、ヴァラッロ、ヴァレーゼと共にオルタが選ばれました。


P1350571
オルタのサクロ・モンテの具体的な計画は、フラチェスコ会のPadre Cleto da Castelletto Tocinoの主導のもとにフランチェスコ会修道士によって推進されました。従って、ここはアッシジの聖フランチェスコに奉献する場なのです。


P1350572
礼拝堂の拝観は後回しにして、先ず教会に向かいました。

最初の礼拝堂の建設が始まったのが1590年でした。当初の計画では32の礼拝堂建設が予定されてましたが、約100年経って20の礼拝堂が完成した所で、サクロ・モンテ活動意欲の低下と資金難によって中断され、そのまま現在に至ってます。


P1350578
こちらの礼拝堂の拝観も後回し。

20の礼拝堂の他に、一つの教会と、観光客向けの展示場として建設された新礼拝堂があります。


P1350581
サンティ・デイ・フランチェスコ・エ・二コラオ教会です。


P1350592
9世紀、この地に建てられたサン・二コラオ教会が前身です。教会の存在は10世紀中ごろの記録に記載されてます。12-13世紀にロマネスク様式で再建されました。
現在の建物は、フランチェスコ会のPadre Cleto da Castelletto Tocinoの命により、1602年に創建され、1607年に完成した三代目のものです。アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の下聖堂を模して建設されました。


P1350577
ロマネスク様式の鐘楼は12-13世紀の二代目の建物にあったものです。


P1350593
教会の礼拝堂です。閉まっていました。


P1350594
ファサードのルネッタ上のフレスコ画


P1350596
単廊式、変形ギリシャ十字形、バロック様式の内部です。


P1350598
左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


P1350597
観光客が次々と現れます。静謐な宗教空間とは言い難く、何時もざわざわしています。


P1350599
20ある礼拝堂でミサが行われることは少なく、ミサは通常、この教会で行われます。聖職者はサン・ジュリオ島にある聖堂と兼務しているようです。


P1350601
主祭壇画は、アントニオ・ブスカ・ダ・ミラノ(ミラノ、1625‐1686)の「聖フェリーチェに顕現する聖母子」
美術ファンの見どころはこの1点だけかと思います。


P1350618
ジョヴァンニ・バッティスタ・カンタルーピ・ダ・ミアーシモ(ミアーシモ、1732‐1780)の「パドヴァの聖アントニオとフランチェスコ会の聖人たち」


P1350622
17世紀後半から18世紀初頭のロンバルディアの逸名画家による「天上の聖母とフランチェスコ会修道士たち」


P1350611
詳細不明の「ピエタ」(19世紀中ごろ)


P1350637
ジョヴァンニ・ナルディーニ・ダ・ミラノの彫刻(1926)


P1350640
サクロ・モンテの見どころは礼拝堂でしょうね。


P1350638
教会内に入らなくても、この教会はお勧めです。


P1350584
ファサード前がオルタ湖とサン・ジュリオ島の絶景ポイントなのです。ここに来る価値は十分あります。

P1350588


P1350589


P1350643
(つづく)

P1350416
オルタ・サン・ジュリオは、人口1185人(2015年12月31日現在)のピエモンテ州ノヴァーラ県にあるコムーネです。風光明媚なオルタ湖畔にあり、観光客で賑ってます。
P1350420
村の中心マリオ・モッタ広場です。広場から丘に向かう道があります。
P1350427
広場から丘へと向かうカイレ・アルベルトレッティ通りです。
P1350433
通りの突き当りに教会が見えますが、あれがサンタ・マリア・アッスンタ教会です。
P1350438
振り返ればオルタ湖が見えます。
P1350444
1217年の記録に、この教会の存在が記されてます。12世紀後半の建設とされてます。
現在の建物は、1485年に再建されたロマネスク様式の二代目となるものです。1560年に教区教会に昇格し、現在でも教区教会で、この村のドゥオーモです。
司教座が置かれない町や村では、その区域の教会を統括する教区教会が最も権威が高い教会となり。通常ドゥオーモと称されてます。
P1350448
バロック様式の黄色のファサードは、建築家カルロ・ニグラの設計によって、1941年に再建された比較的新しいものです。新しいのはファサードだけで、それ以外のところはオリジナルのロマネスク様式がそのまま残されてます。
P1350527
ファサードのフレスコ画
P1350526
ファサードてっぺんにある彫刻
P1350530
顔を覗かせている後期ロマネスク様式の鐘楼は、1505年に完成しました。
P1350450
三廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の内部です。
P1350452
左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。
P1350451
観光客をよく見かけます。
P1350453
必見の祭壇画やフレスコ画が揃っていて、小さな村の教区教会とはとても思えないほどです。
P1350454
主祭壇と後陣
P1350459
主祭壇画はフェルモ・ステッラ・ダ・カラヴァッジョ(カラヴァッジョ、1490c‐1562c)の「聖母被昇天」(1530c)
カラヴァッジョ出身の画家としては、何といってもミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョが最も有名ですが、この二人の他にポリドーロ・ダ・カラヴァッジョなど後世まで名が残る画家が出たのは、恐らく偶然ではないと思います。
P1350519
主祭壇上のフレスコ画「聖母戴冠」は、モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573‐ピアチェンツァ、1626)によって1615年頃に描かれました。
P1350456
モラッツォーネの「聖母戴冠」の上部、クーポラに描かれたフレスコ画はモラッツォーネの作品ではありません。
P1350467
アントニオとロッコのFratelli Orgiazza da Varalloによって描かれました。
P1350455
写りが悪くて申し訳ないですが、後陣のフレスコ画は、モラッツォーネの影響を受けたノヴァーラの逸名画家によって、1700‐01年に描かれました。
P1350480
「ソロモン」のフレスコ画(1753)は、地元の画家ルーカ・ロセッティ・ダ・オルタ(オルタ・サン・ジュリオ、1708‐1770)によって描かれました。
他にもルーカ・ロセッティの作品があります。
P1350464
ルーカ・ロセッティの「聖母子と天使たち」
P1350470
ルーカ・ロセッティの「聖母の死」
P1350473
17世紀のピエモンテの逸名画家による「キリストの鞭打ち」
P1350476
詳細不明
P1350478
制作者不明の「無原罪の御宿り像」(1783) それ囲む「天使たち」はカルロ・グロッシが1922年に制作したテンペラ画です。
P1350482
左側廊にある礼拝堂です。
P1350483
イル・ベレッタによるフレスコ画(18世紀)
P1350481
同じ礼拝堂の天井
P1350486
ガウデンツィオ・フェッラーリの「最後の晩餐」
P1350508
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「聖母の結婚」
P1350511
タンツィオ・ラヴァッロの「キリストの洗礼」
P1350500
18世紀のロンバルディアの逸名画家による「ご訪問」
P1350492
予め調べて行くと鑑賞が楽しくなります。
P1350517
有名画家の作品が数点あることを事前に知っておれば良いのですが、何も知らないで拝観しては、よほどの鑑賞眼が備わった人でない限り、無理というものです。
P1350518
詳細不明
P1350490
P1350520
P1350521
外に出ました。(ファサード前から見た景観)
P1350540
(おわり)

カザーレ・モンフェッラート大聖堂の後編は、付属の大聖堂宝物博物館 Museo del Tesoro del Duomoです。
P1280542
大聖堂身廊出入口を経て後陣に向かいます。
P1280651
後陣に隣接して博物館の入り口があります。
P1280545
入館無料です。土日は常時開館してますが、平日の開館は不定期と思っていた方が腹が立たないと思います。夏場は毎日開いていますが、冬季は土日の開館と思っていた方が無難でしょう。
P1280548
12世紀の聖人の彫刻
聖人は「聖エヴァーシオ」の可能性がありますが特定されてません。
P1280550
16世紀のフランスの逸名彫刻家による「リュートプランド像」
リュートプランド Liutprando(690c-744) はランゴバルド王で、8世紀中ごろに大聖堂の前身であるサン・ロレンツォ教会を建てました。
P1280552
16世紀のフランスの逸名彫刻家による「テオドリンダ像」
テオドリンダもサン・ロレンツォ教会建立に尽力しました。
P1280554
14世紀前半のロンバルディアの逸名彫刻家による「アレッサンドリアの聖カテリーナ像」
14世紀前半から17世紀後半まで、ファサードにありました。
P1280556
12世紀のモザイクです。
P1280558
12世紀のモザイク
P1280560
15世紀のロンバルディアの逸名彫刻家による「アレッサンドリアの聖カテリーナ」
P1280562
12世紀のモザイク「魚屋」
P1280564
これらのモザイクは、創建時の内陣の床と壁にあったそうです。
P1280566
12世紀のモザイク「男とイノシシ」
P1280568
P1280570
P1280572
博物館の最大の見どころはモザイクと言われてます。
P1280574
「アブラハムの戦闘」
P1280576
「軍の兵士による虐殺」
P1280578
聖具類
P1280579
「大理石棺」(18世紀第4四半世紀)
P1280582
17世紀のカザーレの逸名画家による「合奏」
P1280585
博物館として公開されている建物内にある個人礼拝堂です。個人礼拝堂はもう一つあります。
P1280586
礼拝堂のクーポラ
P1280587
礼拝堂内の聖職者席
P1280588
聖職者席上方にある彫刻
P1280589
ジョルジョ・アルベリーニ(アレッサンドリア、1576c‐カザーレ・モンフェッラート、1625)の「聖母子と聖ベルナルディーノと聖カルロ」(1610)
P1280592
ピエル・アントニオ・セッラの「キリストの証人」(18世紀前半)
P1280601
聖具の宝物
P1280603
純銀製
P1280605
ガウデンツィオ・フェッラーリの「キリストの洗礼」(1534)
有名画家の作品はこの1点だけです。
P1280606
ジョルジョ・アルベリーニの「聖オルソラ」(1615)
P1280607
ジョルジョ・アルベリーニの「聖アエヴァーシオ」(1615以前)
P1280613
1593年に織られたもの。ヴェールに使用されたそうです。
P1280615
1603年に織られたヴェール
P1280620
ピエモンテの逸名画家による「聖母子と聖人たち」(1628)
祭壇画が沢山展示されてますが、秀作が少ないので、作品紹介はこの辺で終わりンしましょう。
P1280629
もう一つの個人礼拝堂
P1280540
外に出ました。良かったのはモザイクとガウデンツィオ・フェッラーリの祭壇画でした。
P1280547
(おわり)

P1280453
カザーレ・モンフェッラート Casale Monferrato は、人口34,437人(2015年12月31日現在)のピエモンテ州アレッサンドリア県にあるコムーネです。ポー川南岸にあるフェッラート丘陵の中心地で、古くからワイン醸造が盛んです。
P1280462
ドゥオーモ通りの突き当りに大聖堂があります。
P1280536
8世紀前半、ロンゴバルド王Liutprando (690-Pavia?,744)が現在地に建設した小さなサン・ロレンツォ教会が前身です。
11世紀後半、建物が再建されることになり、12世紀初頭に完成したロマネスク様式の建物が現在の姿の原形です。1107年、教皇パスクアーレ2世によって献堂式が執り行われ、聖エヴァーシオに奉献されました。
P1280463
1215年、ヴェルチェッリとの戦争で、ミラノ、アスティ、アレッサンドリア、ヴェルチェッリの同盟軍の攻撃を受け、カザーレの町は大きな被害を受けましたが、その際、この教会の後陣が破壊されました。13世紀中ごろには修復工事によって元の姿に戻されました。
1474年、カザーレは独立した司教区に昇格し、それに伴い、この教会に司教座が置かれましたが、それを機に建物が増築されました。
P1280464
非対称の高さの違う二本の鐘楼が特徴です。
15世紀の増築されたロマネスク様式の建物は17世紀にバロック様式に改修されましたが、1857年から1861年の修復工事の際、現在のロマネスク・リバイバルと言うべき姿に戻され現在に至ってます。
P1280544
身廊外観
P1280465
ファサードのルネッタ上に浮彫
P1280535
中に入ると、今は珍しくなった、広いアトリウムがあります。
P1280534
創建当時、アトリウム・ロマネスク様式の教会は珍しくなかったそうです。
P1280533
新しく見えるアトリウムは、1995年から2007年に行われた改装の際、オリジナルの形に戻されたものだそうです。
P1280537
アトリウムから聖堂内陣への出入り口
P1280527
五廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式(ロマネスク・リバイバル)の内部です。
P1280470
大規模な構造です。
P1280525
左側壁に面した側廊
P1280495
複雑な構造なので、写真でそれを伝えることは中々困難です。
P1280467
右側に側廊が二本あるのが分かるでしょうか?
P1280476
右側廊から見た身廊中央方向
P1280471
1107年に奉献された当時の姿は何処にあるのでしょうか?
P1280530
クーポラの装飾
P1280501
後陣のフレスコ画はコンスタンティーノ・セレーノによって1860年ー1861年に制作されました。
P1280503
聖人たちと天使たちの一部はモザイクとの事ですが、じっくり眺めたものの、どの部分がモザイクなのか分かりませんでした。
P1280498
主祭壇上の「磔刑像」は1403年、ファチーノ・カーネによって制作されたものです。古い物はこれだけです。
P1280499
19世紀に制作されたステンドグラス
P1280520
祭壇画も19世紀のものが殆どです。
P1280522
実は、聖堂内部には芸術的に価値の高いものが殆どありません。
P1280480
後陣の外にMuseo del Tesoro del Duomoが隣接されていて、お宝は全てMuseoに移されてます。
P1280482
P1280486
P1280509
P1280475
P1280492
P1280493
P1280515
P1280531
説教壇
P1280513
P1280514
聖堂からアトリウムへの出入り口
P1280538
一旦外に出てMuseoに向かいました。
後編はMuseoの展示作品の紹介です。
(つづく)


古寺巡礼ならぬ新寺巡礼?の大聖堂でした。勿論、教会の歴史は古く5世紀に遡ります。
P1340455
ビエッラは、丘上のピアッツォ地区と丘下(平地)のリオーネ・ボルゴ地区に二分されます。ビエッラ大聖堂はリオーネ・ボルゴにあります。(写真はドゥオーモ広場と市庁舎)
P1340549
写真右がドゥオーモです。
P1340453
正式名称は、Cattedrale di Santa Maria Assunta e Santo Stefanoで、ビエッラ単独で司教区となっており司教座教会です。
新しく見えるのは、18-19世紀に改造された、この教会四代目となる建物ですから当然です。
P1340548
確実な記録が残されていませんが、5世紀頃にこの地にあったとされる初期キリスト教会が前身です。
二代目となるロマネスク様式の建物は11世紀に建築されましたが、当時の建物で唯一現存しているのが洗礼堂です。当時の名称はサンタ・マリア・マッジョーレ教会でした。
P1340553
鐘楼の前に立つレンガ造りの建物が11世紀に建設されたロマネスク様式の洗礼堂です。見えている鐘楼はドゥオーモのものではありません。
P1340447
洗礼堂は市庁舎とドゥオーモの後陣の間にあります。
P1340556
古寺らしい雰囲気の洗礼堂を見れば、期待させるに十分な聖堂内ですが・・・・・
P1340557
ハト防止の金網が邪魔して良く見えない浮彫ですが、11世紀のものと言われてます。しかし、幾度となく修復されたので、殆ど原形を留めていないと思います。
P1340554
後陣と身廊
1399年、二代目の建物が老朽化したので、再建されることになり、1402年に創建され15世紀前半に完成したのが三代目の建物です。
P1340456
1772年、ビエッラは単独の司教区となり、司教座がこの教会に置かれましたが、手狭だったので、当時の建築家イグナツィオ・アントニオ・ジュリオの設計によって1803年に完成したネオゴシック様式の建物が現在の姿の原形になってます。
P1340550
ファサード前に柱廊が設けられてます。
P1340541
1826年、フェリーチェ・マランドーロの設計と建築監督により完成した柱廊です。
P1340536
柱廊の、この部分の彫刻は三代目の建物にあったそうです。
P1340538
こちらの方は19世紀のもの
P1340539
うーん、柱頭もイマイチですね。イマハチでしょうか。
P1340540
見るに値する彫刻は無さそう?
P1340457
三廊式、ラテン十字形、ネオゴシック様式の聖堂内部です。
P1340459
左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。
P1340493
左側廊
P1340494
左側廊から見た内陣方向
P1340458
ビエッラに来たのは、この時、二度目でした。初めての旅で洗礼堂を見て、その時、拝観できなかった聖堂内部に入りたいとの思いで、今回訪れたのですが、聖堂内に入ってから直ぐに期待外れと感じました。
P1340485
右側廊
P1340486
右側廊から見た内陣方向
P1340460
聖堂内部のスタッコもどきの浮彫装飾は1784年から86年にかけてジョヴァンニーノ・カッリアーリによって施されました。
P1340463
主祭壇と後陣
P1340465
主祭壇画は、18世紀のピエモンテの逸名画家による「磔刑」
P1340467
ジュゼッペ・アントニオ・グローモの「最後の晩餐」
P1340469
ジュゼッペによる単色のフレスコ画
P1340475
詳細不明の単色フレスコ画
P1340476
三代目の建物の増築によって四代目の建物が出来たので、三代目の建物にあった祭壇画やフレスコ画が残されていると期待して来ました。
P1340477
礼拝堂の装飾はジョヴァンニーノ・ガッリアーリの手になるものです。彫刻のように見える像はだまし絵のスタッコ版ともいえるものです。
P1340478
これもジョヴァンニーノの作品
P1340479
詳細不明
P1340481
ジュリオ・ダ・トリノの「栄光の聖母子と聖人たち」(17世紀)
P1340483
ジョヴァンニーノ・ガッリアーリの装飾
P1340484
これもガッリアーリの作品
P1340521
頂いた資料によれば、ゴシックからルネサンスの作品は美術館で公開の予定とのことでした。しかし、具体的に何処で、という記述がありません。Museo Civico、Museo Diocesanoもこの街にはありません。
P1340462
主祭壇前から見た出入口方向です。
P1340450
この日の午前中、洗礼堂が開いていたのです。洗礼式中だったのでご遠慮したのですが、入っておけば良かったと思いました。洗礼式は一般の人でも出席可能ですから。
P1340558
実際に行ってみないと分からないが今回の結論でした。

ビエッラ Biella は、アルプスの麓に位置する人口44,662人(2016年5月31日現在)のピエモンテ州ビエッラ県の県都で、古くから織物産業で栄えてます。
P1340754
街は丘を境に二分されており、教会はピアッツォ Piazzo と呼ばれる丘上にあります。写真はサン・ジャコモ広場です。
P1340722
サン・ジャコモ広場の隅の1番地に教会はあります。
P1340746
10世紀頃にこの地に既に教会があったと推察されてますが、確実な記録がありません。1160年にウーゴ・ディ・セッサ司教がピアッツォでミサを行った記録があり、恐らくこの教会で執り行ったものと考えられてますが、記録がありません。
教会の存在が初めて記録されているのが1180年の文書で、そこにウーゴ・ディ・セッサ司教がこの教会で聖体拝領を執り行ったと記されてます。
その後、同司教によって再建されることになり、1227年に完成したゴシック様式の建物が、現在の姿の原形となってます。奉献は1227年に行われました。
P1340723
ファサード前の切妻型ポーチは17世紀に追加されました。
P1340747
鐘楼は、1227年の再建時には後陣横にありましたが、18世紀に現在の位置に再建されたものです。
P1340745
入り口横に置かれた、年代を感じさせる銘板です。
P1340743
切妻型ポーチの天井に施されたフレスコ
P1340724
三廊式、ラテン十字形、ロマネスク・ゴシック様式の内部です。
P1340726
左右の側廊に礼拝堂が設けられてます。
P1340725
壁の多くにフレスコ装飾が施されてますが、創建時の13世紀のフレスコ画は殆ど残されていません。
P1340732
現在、見ることが出来るフレスコ画は17-19世紀に塗り直されたものです。
P1340733
後陣天井のフレスコ装飾は1862年のものです。
P1340729
主祭壇画を見ようと目を凝らしましたが、良く見えませんでした。
P1340731
主祭壇画はボニフォルテ・オルドーニの作品(16世紀)です。
P1340728
ピエモンテの逸名画家による「貧者を救う聖ジャコモに顕現する聖母」(17世紀)
P1340735
ボケ写真で申し訳ありません。ダニエーレ・デ・ボーシスの「聖母子と聖人たち」(1497)
P1340736
17世紀に作られた木製の礼拝堂
P1340740
何時頃制作されたか不明のステンドグラス
P1340742
創建時のフレスコ画が残されているとの情報があったので、随分探しましたが見つかりませんでした。
P1340752
写真右手前の建物は教会付属の旧病院です。
P1340756
附属病院の開設は1201年でした。現在の建物は1780年に再建された二代目のものです。
P1340758
旧病院柱廊の壁に施されたフレスコ
P1340760
13世紀初頭のフレスコ画と言われてます。
P1340766
外観が創建時のままで古くても、中に入ると、その後の修復の結果新しいという教会が多いですが、正にこの教会がそうでした。

↑このページのトップヘ