イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: ピエモンテ州

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奇抜な構造のサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会でした。


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サン・ジョルジョ・マルティーレ教会とサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会の構造的境界が外から見てもよく分かりません。


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2つの教会がある高台から下に下ります。


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サン・ジョルジョ通りを進みます。


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高台に来た時と同じ道を通るのは芸がありませんが、他の道が無さそうなので仕方がありません。


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ヴィスカ通りです。


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緩やかな下り坂になってます。


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写真中央の建物にフレスコ画があるのを発見!


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無原罪の聖母と天使?


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フレスコ下部に二人の男が横たわっているように見え、その意味が分からない!


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この道の先にウンベルト1世広場があります。


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昼休みの時間なので人出が少ないようです。


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この塔の名前が分かりません。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。


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道の先にウンベルト1世門が見えてます。


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ウンベルト1世広場に戻ってきました。


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イタリアらしい構造物


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ウンベルト1世の門を見ることにしました。


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門の彫刻


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門横に置かれている聖母子像


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アーチの壁


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アーチの天井


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アーチ天井に描かれたフレスコ画


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門前から振り返って見たヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。


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ウンベルト1世門を潜ります。


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ウンベルト1世門を潜り、サン・フィリッポ・ネリ教会前に出ます。


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1664年から1673年に建設されたサン・フィリッポ・ネリ教会です。


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ファサードに置かれている聖人像


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サン・フィリッポ・ネリ教会は閉まったままでした。


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サン・フィリッポ・ネリ教会の隣は、フィリッピ―ニ修道院だった建物で、1950年までトリノの神学校として使用されていました。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを更に進みます。


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この紋章は? 私には分かりません。


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建物の壁にフレスコ画を発見!


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これです。


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キエーリの案内板です。これとほぼ同じものを市庁舎で頂戴しました。


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サン・ドメニコ教会です。


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聖ドメニコがキエーリに訪問した際に建設した修道院が前身とされてますが、聖ドメニコがキエーリに来たことは事実ですが、修道院建設云々は伝説とされているようです。


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1326年に創建され、1381年に完成し、1388年に奉献されました。


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教会建設以前に修道院が建設されましたが、ナポレオンの抑圧令によって活動を停止しました。ナポレオンの失脚後、修道院の活動が再開されたものの、1855年に再び活動を停止して現在に至ってます。


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教会は修復改造を数度経て、17世紀に現在の姿になりました。


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ファサードのルネッタ上にフレスコ画があったと思います。


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サン・ドメニコ教会の鐘楼


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サン・ドメニコ教会の後陣


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サンティ・ベルナルディーノ・エ・ロッコ教会のクーポラがサン・ドメニコ教会前から見えました。


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サン・レオナルド教会です。


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12世紀に建設されました。
キリがないので、この辺で終わりにしましょう。


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(おわり)

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サン・ジョルジョ・マルティーレ教会です。


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高い丘のこの場所は絶好の防御、監視拠点とされ、5世紀にRoccaが築かれました。やがてRoccaに小さな礼拝堂が設けられましたが、それが前身とされてます。


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Roccaは拡張整備され城になりましたが、キエーリの軍事的な重要性が失われるとともに城は荒廃してしまいました。
14世紀にRoccaの遺跡の上にゴシック様式のサン・ジョルジョ・マルティーレ教会が建設されました。1412年の火災によって最初の建物は崩落消失してしまったので、1442年に再建されました。


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ベルナルド・アントニオ・ヴィット―ネ(トリノ、1704‐1770)の設計、建築監督によって1752年に建設されたファサードです。


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鐘楼は11‐12世紀に建設された城の塔を転用したものですが、1676年に現在の姿に改造されました。
サン・ジョルジョ・マルティーレ教会は美術作品が多いことで知られてますが、平日は扉が閉まっているので、中に入ることが出来ませんでした。
外部サイトから作品画像を拝借して、この教会の作品を紹介することにします。


5
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568‐モンカルヴォ、1625)の「聖母子と聖人たち(聖ジョルジョ、聖グリエルモ、聖ロッコ、聖セバスティアーノ)」(1601c)


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568‐モンカルヴォ、1625)の「キリストの復活」(1605)


7
18世紀の逸名画家作「聖ジュゼッペと聖人たち」(18世紀前半)


8
アゴスティーノ・マルキ―ジョの「聖ジョルジョ。マルティーレ」(18世紀中頃)


9
逸名画家作「バルトロメ・エステバン・ムリーリョ作『磔刑と聖フランチェスコ』のコピー画」(20世紀初め)


10
ジョヴァンニ・クローショ(ヴェルチェッリ、1583‐キエーリ、1625)の「聖母子と聖人たち」(1619)


11
オルソラ・マッダレーナ・カッチャ(モンカルヴォ、1596‐1676)の「聖家族と嬰児虐殺」(1630c)


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逸名画家作「大天使聖ミケーレ」(17世紀後半)


13
逸名画家作「コッレッジョ作『羊飼いの礼拝』のコピー画」(20世紀)


14
逸名画家作「ジュゼペ・リベラ作『この人を見よ』のコピー画」(20世紀)


15
ジョヴァンニ・マリア・モントゥーの「荊刑のキリスト」(1824)
グイド・レーニのコピー画と思います。


16
アントニオ・アンドリエッリの「無原罪の御宿リ」(17世紀後半)


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逸名画家作「聖母子」(17世紀)


18
逸名画家作「聖ロッコ」(17世紀)


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逸名画家作「磔刑と聖フランチェスコ」(1700)


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写真正面の建物に付属美術館があるようです。


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付属美術館は滅多に開館しないようです。


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ファサードに向かって右横にアーチがあります。


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アーチを潜ります。


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アーチのほぼ中間にサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会があります。


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写真左にサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会の入り口があります。


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ教会の扉が開いてました。


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中に入りました。
サン・ジョルジョ・マルティーレ教会のファサードと後陣の高さがかなり違うので、その間の空間を利用して15世紀初めに建設されたサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会です。


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フレスコ画で覆われてます。


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逸名画家によって描かれた「大天使の物語」(17世紀後半)


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「大天使の物語」


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「聖母子」のイコン


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「聖家族」のイコン


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568‐モンカルヴォ、1625)の「聖母子と大天使聖ミケーレと聖ジョルジョ」(1605)


20


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「祈るキリスト」のイコン


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「聖母子」のイコン


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アントニオ・アンドリエットに帰属する「聖母の誕生」(17世紀後半)


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逸名画家による「大天使聖ミケーレ」(17世紀後半)


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アントニオ・アンドリエットに帰属する「ご訪問」、「聖母被昇天」


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逸名画家作「大天使聖ミケーレ」(1639)


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逸名画家作「聖ルイージ・ゴンザーガ」(18世紀)


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逸名画家作「大天使聖ミケーレ」(17世紀後半)


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詳細不知


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逸名画家作「聖母被昇天」(18世紀)


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アントニオ・アンドリエットに帰属する「聖母の結婚」(17世紀後半)


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アントニオ・アンドリエットに帰属する「聖母の神殿奉献」(17世紀後半)


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アントニオ・アンドリエットに帰属する「無原罪の御宿リ」(17世紀後半)


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15世紀の磔刑像


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祭壇をもう一度見てから外に出ます。


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外に出ました。
(つづく)

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街角の「受胎告知」


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次は、街の高地にあるサン・ジョルジョ・マルティーレ教会です。


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一旦、ドゥオーモ広場に向かいます。


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昼食を食べたウンベルト1世広場からサン・ジョルジョ・マルティレ教会に行くには、ドゥオーモを経由した方が近道になるからです。


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写真左は参事会教会(ドゥオーモ)の修道院だった建物です。


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市庁舎で頂戴した地図を照らし合わせて、この建物しかないようです。


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これがあったので、探していた建物であることが確認されました。


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ドゥオーモのオラトリオとは、到底思えない、普通の建物です。18世紀に建設されましたが、私にはその経緯が全く分かりません。


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ドゥオーモの鐘楼です。


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バルボ通りを進みます。


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フレスコで装飾された建物があります。


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19世紀に建設されたモーリ家です。


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フレスコ画については全く知りません。


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写真ほぼ中央の桃色っぽい建物に聖母子があります。


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これです、聖母子の浮彫。


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昼食のビール、ワイン、水が効きました、早くもここでトイレ休憩です。水分の追加はどうかと思いましたが、已む無く量が少ないエスプレッソを一飲み。


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矢印に従って左折します。


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左折した理由は写真右の建物です。


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15世紀に建設されたPalazzo Ceppiです。


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15世紀中頃に描かれたジョヴァンニ・ファンティーニのフレスコ画が中にあります。


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Palazzo Ceppiの中は幾つかに区切られて、アパートになっているので中に入ることが出来ません。緩やかな坂道を上ります。


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振り返るとドゥオーモのクーポラが見えました。


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坂の上にサン・ジョルジョ・マルティーレ教会があります。


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右折してサン・ジョルジョ通りを入ります。


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丘の麓を回りながら道が続いてます。


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サン・ジョルジョ通りを進みます。


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丘上には10世紀に建設された城がありました。


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やがて城は不要となり、荒廃してしまいました。


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城の遺跡の上に小さな信仰の場が作られました。


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サン・ジョルジョ・マルティーレ教会が見えてきました。


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振り返るとドゥオーモの鐘楼が見えました。


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教会前の広場に出ました。広場は丘上にあるので、街のパノラマが楽しめます。


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ドゥオーモの鐘楼が見えてます。


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遠くに川が見えます。


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(つづく)

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引き続きキエーリのドゥオーモです。


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ファサードの中央扉上ルネッタの聖母子です。
ここにあるのは複製彫刻で、オリジナルの聖母子はドゥオーモの洗礼堂内に置かれてます。


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15世紀に制作された彫刻による装飾


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ファサードの右扉上ルネッタ上のフレスコ画


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ファサードの左扉上ルネッタ上のフレスコ画


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洗礼堂です。


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15世紀に建設されたゴシック様式の洗礼堂です。


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ファサードに向かって右側に洗礼堂があります。


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洗礼堂の後方に鐘楼があります。


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高さが50mあります。


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鐘楼の下部に2つの日時計があります。


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鐘楼は1329年、1365年、1492年に建設されました。


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左側壁


1
内部の見所は一か所だけでしょう。


3
この礼拝堂の多翼祭壇画と天井フレスコ画です。


2
多翼祭壇画


4
フレスコ画


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右側壁向かいに病院があります。


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Ospedale Maggiore


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ドゥオーモ至近にもう一つ教会があります。


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写真右横に教会があります。


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サンタ・ルチア教会です。


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初代の建物は、ゴシック様式で15世紀中頃に建設されました。


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現在の建物はバロック様式で1763年に再建されたものです。


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19世紀に新古典様式に改造されました。


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ドゥオーモのファサードに向かって左側に修道院だった建物があります。


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昼食を食べなくては。


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ウンベルト1世広場に行けば適当な店があるだろうと思いました。


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本格的に食べるつもりはないけれど、それなりの食事をしたいと思いました。


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ウンベルト1世広場に戻りました。


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写真左の店にしました。


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外に出ました。


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(つづく)

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カヴール広場です。花壇の先に建っているのはサン・ベルナルディーノ教会です。


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カヴール広場の端に建っているのはサンタントニオ・アバーテ教会です。


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1445年に完成した巡礼者のためのゴシック様式のサンタントニオ・アバーテ礼拝堂が前身です。
礼拝堂の横にサンタントニオ修道会の修道院が建設され、礼拝堂は拡張され同修道会の所有の教会となりました。後にイエズス会の所有となり、1767年にイエズス会によって再建された二代目の建物が現在の姿です。教会は後にサン・フランチェスコ会の所有となり現在に至ってます。


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次は市庁舎に向かいます。


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写真左はサンタ・マリア・アウジリアトリーチェ教会ですが、後で見ることにして市庁舎へと急ぎました。


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歴史的建造物が建ち並ぶVia Palazzo di Cittaです。


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市庁舎の門です。


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市庁舎の敷地内に入りました。


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市庁舎のロッジャの壁ルネッタ上に描かれたフレスコ画を見ます。


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フレスコ画の制作者や制作された時代等の詳細が分かりません。


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キエーリ市の紋章


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キエーリの地図を頂戴してから市庁舎を後にしました。


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Palazzo Bruniです。


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17世紀に建設され、1993年に修復復元されました。


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Via Palazzo di Cittaに面して教会が建ってます。


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先ほど、見るのを後回しにしたサンタ・マリア・アウジリアトリーチェ教会、聖母扶助教会です。


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サンタ・マリア・アウジリアトリーチェ教会は、1896年に建設された新しい教会です。


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この場所にはサンタ・テレーザ教会があり、それが取り壊され、建物が再建された際に奉献する聖人が変更され、教会の名称も現称に改称されたのです。


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サンタ・マリア・アウジリアトリーチェ教会に隣接して建っている建物は旧サンタ・テレーザ修道院で、現在は学校として使用されてます。


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Via Palazzo di Cittaの先にも教会があります。


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オルファネッリ教会です。


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会とも呼ばれてます。


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数千人の犠牲者を出した1630年のペスト禍後に、犠牲者の鎮魂のため、教会の建設が決定され、1726年から1726年に建設された教会兼孤児院です。ペストで両親を失った孤児を収容するために孤児院が創設されましたが、後には様々な理由によって孤児、或いは両親によって扶養されなくなった子供が収容されるようになりました。


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振り返って市役所方向のVia Palazzo di Cittaです。


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鐘楼が見えてきました。


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ドゥオーモの鐘楼です。


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ドゥオーモに行く前に突き当りに見えている建物を見ます。


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Via Palazzo di Cittaに面して建つPalazzo Tanaです。


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サンテ―ナのシニョーリ、エルコーレ・ターナが自身の住居として16世紀に建設したPalazzo Tanaです。


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Palazzo Tanaの最上階にイエズス会のサン・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂があります。


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Palazzo Tanaの入り口天井です。
現在、この建物は大学の学舎として使用されてます。


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この辺がキエーリの旧市街の中心でしょう。


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キエーリのドゥオーモ、サンタ・マリア・デッラ・スカラ参事会教会です。


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キエーリは、トリノ大司教区に属してます。


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ローマ時代に建設されたミネルヴァ神殿の遺跡の上に、4世紀から5世紀に建設された初期キリスト教のサンタ・マリア教会が前身です。


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1037年、ロマネスク様式で二代目の建物が再建されました。


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二代目の建物が老朽したので、1405年から1436年にかけてゴシック様式の三代目の建物が建設されましたが、その三代目の建物が現在の姿の原形です。1437年に奉献されました。


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その後、バロック様式に改造されました。


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現在の姿は19世紀後半に行われた改造後のもので、ファサードはゴシック様式に戻され、内部のバロック様式部分は新古典様式で改造されました。
(つづく)

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トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ駅から普通列車に乗車してキエーリ駅に向かいました。


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定時にキエーリ駅に到着しました。


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キエーリ Chieriは、人口36,958人のピエモンテ州トリノ県にあるコムーネです。


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キエーリ駅の駅舎です。


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駅前広場


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駅から旧市街に向かいます。


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Corso Luigi Cibrario


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キエーリは、繊維産業で発展しましたが、20世紀に入ると年を追うごとに競争力を失い、没落してしまいました。


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Via Cesare Battistiに入ります。


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Via Cesare Battistiには近代的なアパートが建ち並んでますが、この場所には元々繊維工場がありました。繊維産業の衰退によって工場が閉鎖されましたが、それらの工場を取り壊して、その跡地にアパートが建設されるとともに、道路が敷設されました。


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この辺は観光客には退屈極まりないと思いますが、肝心の観光客は殆どいません。


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駅から旧市街まで、かなり距離があります。


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写真左の若者が、私に向かってニーハオと挨拶してくれました。


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7月3日の暑い日でした。


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旧市街に行くのが意外大変で、炎天下、30分程歩いたので汗が吹き出しました。


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実は、この時、地図無しで歩いたので遠回りをしていたのです。


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個人住宅が多いエリアに入ってきました。


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古そうな建物を見かけるようになったので、そろそろ旧市街と思いました。


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旧市街のウンベルト1世広場です。


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L' Arco di Piazza Umberto Ⅰです。


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ウンベルト1世広場が現在のキエーリの中心地でしょう。


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キエーリは古代ローマ時代起源の街ですが、中世後期から繊維産業とワイン醸造で栄えました。繊維工場とワイン醸造所が城壁外に造られた関係で、広い城壁外に住宅が建てられました。城壁は拡張されなかったので、城壁外の市域が広くなったのです。


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カルロ・アルベルト通りです。こちらの街歩きは後回し。


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1580年に建設されたL' Arco di Piazza Umberto Ⅰは、1761年に倒壊したので、その後再建されました。
1837年に現在の姿にほぼ近い形状に改造され、1876年に時計が追加されました。何度も修復が繰り返されましたが、現在の姿は2001年から2002年にかけて行われた修復後のものです。
L' Arco di Piazza Umberto Ⅰを潜りました。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに入りました。


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サン・フィリッポ・ネリ教会です。


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1664年から1673年に建設されましたが、ファサードは18世紀に完成しました。


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サン・フィリッポ・ネリ教会の扉が閉まっていました。


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キエーリには、15世紀から20世紀にかけてピエモンテで最も繁栄したユダヤ人コミュニティがありました。


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正午を過ぎたので、教会巡りをしても中に入ることが出来ません。


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Piazzetta della Meridiana


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世の先に進んでも見どころが無さそうだったので、門の方に戻ることにしました。


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門を潜って広場に戻ります。


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ウンベルト1世広場に戻りました。


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ウンベルト1世門を潜っても、通りの名称は変わらずヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを北方向に進みます。


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通りの先に塔が見えてます。


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カヴール通りに向かいます。


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サン・ジョルジョ教会の鐘楼が見えました。


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突き当りに教会があります。


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サンタントニオ教会です。


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カヴール広場


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(つづく)

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1591年に建設されたCasa del Monte di Pietaです。


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フォッサーノに来た最大の目的がここでした。


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1905年に設立された銀行 Cassa di Risparmio di Fossano SpAの本社が使用してます。
銀行主導で設立された非営利団体Fondazione Cassa di Risparmio di Fossanoが所有するモンテ・ディ・ピエタコレクションが建物内で一般公開されてます。その他にフォッサーノやその近隣の教会から集められた作品やフォッサーノ市が所有する文書や遺跡などの展示されています。


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ガックリ、開いていませんでした。
銀行所有のコレクションを見るのは実に大変です。財団を移転させ、市立博物館にした方が良いと思いました。


1
ここで展示されている作品写真を掲載しておきます。(作品画像は財団のサイトから拝借しました)


2
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネの作品はないようです。


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モンテ・ディ・ピエタの博物館が閉まっていたので、特にやることがなくなりました。


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街一番の目抜き通りのローマ通りです。


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時間が余ってしまいました。仕方がないので、足の赴くままに適当に街歩きすることにしました。


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Piazza Beppe Manfredi


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ドゥオーモです。


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ガリバルディ通りの柱廊


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サン・パオロ通りに行くのは後回しにしました。


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ドゥオーモの後陣


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ガリバルディ通りを進みます。


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写真右は、18世紀に建設されたCasa di Marzoです。


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現在、小学校として建物が使用されてます。


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1861年3月27日通り Piazza 27 Marzo 1861です。通りの名称は歴史的事実に基づいてますが、地元の人は何と呼んでいるのか、不思議な広場名です。


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非常に興味深い広場です。


P1300682
広場に面して、17‐18世紀の建物が並んでますが、当時は路地に面して建ってました。


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写真右に塀が写ってますが、旧修道院の壁です。


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壁にフレスコ画があります。


P1300689
これを読んでよく分かりました。
旧サン・フランチェスコ修道院教会の壁です。


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修道院教会の建物が取り壊され、広場になりました。現在は、ごく一部の建物しか残されていない旧サン・フランチェスコ修道院教会です。


P1300685
はっきりと識別できるフレスコ画はこれだけですが、後世に描かれた比較的新しいものでしょう。


P1300684
1861年3月27日通りから見たCasa di Marzo、その先にあるドゥオーモです。


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サン・ジローラモ通りを進んでも見どころが無さそうです。


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バーヴァ・サン・パオロ通りを進みます。


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写真右奥の建物に注目です。


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Instituto Suore Domenicane 学校です。


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サン・ドメニコ教会の一部です。


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道に迷っても困るので、通って来た道を戻った方が良さそうです。


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暑くてへとへとです。


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観光客が殆どいない街です。


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鐘楼が見えたので、現在地が分かりホッとしました。


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ワインの集積地として発展したフォッサーノなので、夕食が楽しみです。


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夕食のレストランを探しました。


P1300702
市庁舎でフォッサーノの地図を頂戴しました。


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ローマ通りにあるレストランが良さそうでしたが、夕食は営業しないようでした。


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映画館だったと思います。


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明らかに教会の建物です。


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閉鎖された旧教会ですが、何という教会なのか分かりません。


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塔に上るためにカステッロに来ました。ところが、塔は修復工事のため、閉鎖されてました。


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サン・マルティーノ門です。


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門の聖母子のタベルナコロ


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サン・マルティーノ門を潜って城壁外に出ました。


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通りの突き当りが駅になります。キリがないので、この辺で終わりにします。
(おわり)

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付属美術館のような部屋です。聖具室でしょうか?


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ドメニコ・モッセッロの「聖母から幼きキリストを渡される聖ジョヴェナーレ」
この画家の名前を初めて聞きました。


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18世紀のピエモンテの逸名画家作「キリストの洗礼」


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ジョヴァンニ・クラレット(ブリュッセル?、1599‐サヴィリアーノ、1679)の「最後の晩餐」(1646)


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詳細不知の聖人たち


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ジョヴァンニ・クラレット(ブリュッセル?、1599‐サヴィリアーノ、1679)の「聖ジョヴェナーレに顕現する聖母子」(1646)


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詳細不知の聖人たち


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聖具室?の祭壇


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詳細不知の聖人たち


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紋章の意味合いが分かりません。檀家?の紋章


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Presbiterioに置かれたオルガン


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ジュリオ・ボエット(トリノ、1894‐1967)の「受胎告知」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ビスカッラ(ニッツァ、1790‐トリノ、1851)の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


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Cappella del Corpus Domini
マリオ・ルドヴィーコ・クゥアリーニ(キエーリ、1736‐トリノ、1800)制作の祭壇(1786‐90)


P1300596
ルイージ・ペトラッツィ(1802‐1845)の「父なる神とエマオの晩餐」(1831)


P1300599
Cappella del Corpus Dominiのフレスコ画


P1300601
Cappella di San Carlo Borromeo


P1300604
ドメニコ・モリナーリ(トリノ、1721‐1793)の「聖カルロ・ボッロメオに顕現する聖母子」(1790c)


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Cappella del Beato Giovenale Ancina


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ジュゼッペ・ロッリーニ(イントラ、1842‐トリノ、1904)の「ベアート・アンチーナの説教」(1890)


P1300610
Cappella della San Rocco e Santa Brigida


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バルトロメオ・キエッキオの「天上の聖母子と聖ロッコと聖ブリジーダ」(1846)
この制作者については全く知りません。


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ピエモンテの逸名彫刻家作「聖水盤」(1548)


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Cappella della San Rocco e Santa Brigidaの天井装飾


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Cappella della San Rocco e Santa Brigidaのフレスコ画


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Cappella del Beato Oddino Barotti


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Cappella del Beato Oddino Barottiの天井


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Cappella del Beato Oddino Barottiのフレスコ画


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Cappella del Beato Oddino Barottiの祭壇(1761‐62)


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ジョヴァンニ・コマンディの「キリストの復活とベアート・オッディーノ」


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詳細不知


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ロッコ・コマネッディ(1744‐1819)の「聖心」(1793)


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詳細不知


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Cappella di Beata Vergine


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Cappella di Beata Vergineの天井装飾


P1300646
Cappella di San Michele


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ロッコ・コマネッディ(1744‐1819)の「大天使聖ミケーレ」(1795)


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比較的新しい時代の作品ばかりで、私の好みから外れるドゥオーモです。


P1300660
外に出ました。
(つづく)

P1300506
サリーチェ広場は修復工事中でした。


P1300508
図書館だけではなく、博物館にしても良いのでは、と思いました。


P1300509
カステッロにはあまり見どころが無いので、他の場所に行くことにしました。


P1300505
カステッロ広場からドゥオーモの鐘楼が見えました。


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カヴール通りを東に進みます。


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フォッサーノは、ストゥール川に隣接する丘の上に築かれたので、大雨でも洪水から免れることが出来ました。ストゥール川沿いの市町村で大きな被害を受けた1994年の大洪水でも無事でした。


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写真右の建物は19世紀に建設されました。


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ムラトーリ通り


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カヴール通りからドゥオーモに向かいます。


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フォッサーノの起源は古く、紀元前800年頃に既に集落があったことが分かっているそうです。


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ドゥオーモです。


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道を挟んでドゥオーモの向かいに建つPalazzo Comunaleです。


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Palazzo Comunaleは、16世紀に建設されました。当時は塔がありましたが、17世紀末の火災によって消失してしまいました。
現在のPalazzo Comunaleは、1784年に行われた改築後の姿です。


P1300663
フォッサーノ司教区の司教座聖堂 Cattedrale e Basilica Minore di Santa Maria e San Giovenaleです。街の守護聖人聖ジョヴェナーレに捧げられてます。


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創建時が明確にされてませんが、現聖堂地下の遺跡発掘によって、原始的な後期ロマネスク様式の建物の存在が確認されてます。
13世紀に再建されました。


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新古典様式の三代目となる現在の建物は、建築家マリオ・ルドヴィーコ・クゥアリーニ(キエーリ、1736‐トリノ、1800)の設計によって、1778年から1791年に建設されました。


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鐘楼は、二代目の建物のもので、1395年から1420年に建設されました。


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ファサード前に白雪姫と7人の小人が置かれていましたが、その意味が分かりません。


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聖堂内に入りました。


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18‐19世紀の比較的新しい作品ばかりです。


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三廊式、ラテン十字形、新古典様式の内部です。


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左右の側廊、翼廊、後陣に全部で10の礼拝堂があります。


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多くの壁がフレスコ画で装飾されてます。


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左側廊


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左側廊天井


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右側廊


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右側廊天井


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後陣


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主祭壇とPresbiterio


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主祭壇画は、ジュゼッペ・ロセッティの「聖母被昇天」(1818)


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後陣のフレスコ画は、パオロ・エミリオ・モルガーリ(トリノ、1815‐1882)によって描かれました。


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パオロ・エミリオ・モルガーリ(トリノ、1815‐1882)の「聖母被昇天」


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クーポラのフレスコ画は、ルイージ・ハルトマンとダヴィデ・オルト―リによって1852年に制作されました。


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パオロ・エミリオ・モルガーリ(トリノ、1815‐1882)による後陣フレスコ画


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パオロ・エミリオ・モルガーリ(トリノ、1815‐1882)の「聖母戴冠」


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サン・ジョヴェナーレ礼拝堂です。


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サン・ジョヴェナーレ礼拝堂のフレスコ画(詳細不知)


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詳細不知


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ビスカッラ(ニッツァ、1790‐トリノ、1851)の「天上の聖母子と聖ジョヴェナーレ」(1837)


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P1300555
マリオ・ルドヴィーコ・クゥアリーニキエーリ、1736-トリノ、1800)の礼拝堂祭壇(1786-90)
(つづく)

フォッサーノ Fossanoは、人口24,459人(2019年8月31日現在)のピエモンテ州クーネオ県にあるコムーネです。
P1300459
クーネオ駅です。


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クーネオ駅始発トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ駅行の普通列車でフォッサーノに向かいます。


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車内は空いてました。


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乗車20分ほどでフォッサーノ駅に到着しました。


P1300463
フォッサーノに来た理由ですが、フォッサーノ出身のアンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453‐ミラノ、1522/1523)という画家をご存知でしょうか?
ミラノやその周辺の街、パヴィア修道院などで活動した画家です。昨日までボッビオのサン・コロンバーノ修道院教会をやりましたが、そこに作品を残したベルナルディーノ・ランツァーニ(サン・コロンバーノ・アル・ランブロ、1460-1530c)はベルゴニョーネの一番弟子でした。
ベルゴニョーネ所縁の作品があるのではないか、と思い、フォッサーノに来た訳です。
ご参考までにミラノ、ブレラ絵画館にあるベルゴニョーネの作品写真を4点載せてみます。


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アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453-ミラノ、1522/1523)の「聖母子と音楽天使たち」(1488-94c)


P2890569
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453-ミラノ、1522/1523)の「羊飼いの礼拝」(1480-85)


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アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453-ミラノ、1522/1523)の「聖母子とシエナの聖カテリーナとパヴィア修道院修道士」(1488-94)


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アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453-ミラノ、1522/1523)の「聖母子」(1512-15)


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フォッサーノ駅の駅舎


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駅前広場


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駅前広場の噴水


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旧市街に向かいました。駅から旧市街の入り口あるカステッロまでは約400m、徒歩5分足らずで行けます。


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Corso Emanuele Filiberto


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強烈な日差しの6月30日の暑い日でした。


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この交差点を境に旧市街に向かう道路の名称が変わります。


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カヴール通りとなりました。


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街の東方に流れるストゥーラ・ディ・デモンテ川に注ぐ小川を越えます。


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カステッロが見えてきました。


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振り返って駅方向を撮った写真です。


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アカジャの王子の城 Castello dei Principe d' Acajaです。


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旧市街の高地にサヴォイア=アカイア家のフィリッポ1世(スーザ、1278-ピネローロ、1334)が建設させた城で、1324年に創建され、1332年に基本的な構造が完成しました。


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城壁内に入ってから城に入ります。


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サン・マルティーノ門です。


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市域が拡張されたフォッサーノの城壁は、1550年頃建設され、城壁周囲が約2,600mありました。城壁に4つの門が設けられましたが、現存するのはサン・マルティーノ門だけで、残りの3つの門は1850年頃に破壊されたそうです。また、その際、城壁も大部分が破壊されました。
サン・マルティーノ門が新しく見えるのは、2004年から2005年に大修復されたからです。


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サン・マルティーノ門はカステッロに隣接しています。


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サン・マルティーノ門を潜って城壁内に入ります。


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門の内側横にフレスコ画があります。


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ベルゴニョーネ作品の複製と思いましたが、全然違います。


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サルヴァトーレ・サチェルドーテ通り


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カヴール通りです。写真右はサリーチェ広場になります。


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1418年、サヴォイア=アカイア家は子孫が途絶え断絶してしまいました。それ以降、城はサヴォイア公爵家の所有となりました。


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城は15世紀に拡張整備され、幾つかの戦闘で難攻不落を誇りました。


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ミラノ公爵夫人ボナ・ディ・サヴォイア(アヴィリアーナ、1449-フォッサーノ、1503)が人生最後の未亡人生活を送った城でもあります。
ボナ・ディ・サヴォイアの夫は、ミラノのサント・ステファノ教会で暗殺された、ミラノ公爵ガレアッツォ・マリア・スフォルツァ(フェルモ、1444-ミラノ、1476)です。


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城の建物は、現在市立図書館として利用されてます。


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城への入り口に跳ね橋があったそうです。


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今はない、跳ね橋の下に空堀があります。


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中に入ります。


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中庭に出ました。


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夏至近くの日曜日に行われた祭りの旗が掲げられてました。


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フレスコ画でもあると思いましたが何もありません。


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図書館の入り口です。


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館内に入ったら、図書館利用者たちにジロッと凝視されてしまったので早々に退散。


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(つづく)

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旧サン・ジュゼッペ教会の続きです。


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鐘楼に上ります。


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1774年に完成した高さ64mの鐘楼です。


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エレベーターがないので、自分の足で上ります。


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この旧教会が博物館の扱いになっていることを知らない観光客が殆どのようで、何時も私一人です。鐘楼から見る絶景が楽しみです。


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鳩などの鳥の飛来防止のため、以前よりも金網の目が細かくなって、金網の間にカメラのレンズを入れて写真を撮ることが出来ないようになっていました。


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ドゥオーモ


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旧サン・フランチェスコ修道院


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カヴール通りの塔


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金網の写真ばかりでは詰まらないので、早々に退散しました。


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鐘楼の一部と教会の地下が博物館になってます。


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この時は、入館無料でしたが、今はどうでしょうか?


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前身のサンタントニオ教会だった部分


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ローマ時代の邸宅だった部分


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盗まれたピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の作品写真
盗まれた他の作品写真は残されていません。


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外に出ました。


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空が急に暗くなってきました。


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遠雷が聞こえてきました。


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ところが稲光と共に強烈な雷鳴が・・・・・ ビックリでした。


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雨が降ってきました。


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直ぐに雨が止みました。


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アルバにも寿司屋があります。日本人が握っている寿司屋は殆どなく、大半が中国、韓国などの東洋人が職人の寿司屋です。


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晴れてきたので中心街に戻りました。


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市庁舎


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市庁舎のロッジャ


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市庁舎内にマクリーノ・ダルバの「聖母戴冠」がありますが、見たことがありません。


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市庁舎のロッジャから見たドゥオーモ広場


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晴れて来たのは良いのですが、先ほど道路を濡らした俄雨が強烈な日差しで蒸発して、物凄い湿気でした。


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街角の聖母子


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Palazzo dei Conti Belli内に小さな美術館があります。


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休館でした。


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13世紀から15世紀に建設されたPalazzo Serralungaです。


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Palazzo Serralunga外壁のフレスコ画


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キリがないので、この辺で終わることにします。
(おわり)

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次はサン・ジュゼッペ教会です。


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写真右はサン・ジュゼッペ教会の一部です。


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鐘楼に上れると良いなあ、と思いながら、ファサード側に出ます。


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サン・ジュゼッペ教会の扉が開いていました。


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教会が建っている場所は、ローマ時代の邸宅の遺跡がありました。その遺跡の上に、13世紀第4四世紀に建設されたサンタントニオ教会が前身です。


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旧サンタントニオ教会を活動拠点にしていた巡礼者同信会は、17世紀前半、老朽化していた建物の再建を決めました。


P1310513
そうして1643年に創建され、1653年に完成したバロック胸式の建物が現在の姿の原形です。
1656年に献堂式が執り行われ、それを機に奉献する聖人が聖ジュゼッペに変更され、教会の名称も現称になりました。


P1310637
1859年と1939年の修復、改造を経て、現在の姿になりました。
巡礼者同信会の活動が1953年に停止され、それと共に教会としての機能も停止されました。1995年に建物の管理がアルバ市に移されるまで、建物は放置され、その間、貴重な絵画や彫刻が盗難に遭ってしまいました。
現在、教会はサン・ジュゼッペ文化センターに管理が委託され、博物館の扱いをされてます。


P1310640
1774年に完成した、高さ64mの鐘楼は一般公開され、上ることが出来ます。


P1310514
中に入りました。
単廊式、バロック様式の内部です。
多くの作品が盗まれてしまい、美術的に見るべき作品は数点しかありません。盗まれてしまった作品の代わりに、現代芸術家の作品が設置されてます。


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ヴィットーレ・デ・二コラ・ディ・ロカルノとカルロ・ポステルラによって、1720年に制作された天井フレスコ画


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「聖心を崇敬する聖ジュゼッペと聖ロッコ」(1720)


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主祭壇横の説教壇


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絵画とフレスコ画が多くあります。


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磔刑の礼拝堂


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クーポラ


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ミラノの逸名彫刻家作「磔刑像」(1709)
磔刑像の背後の絵画はガエターノ・ぺーシェ(ラ・スペツィア、1939‐)によって描かれました。
この磔刑像は、この教会にあったものではなく、元々の磔刑像は盗まれてしまったので、個人から寄付されたものです。その磔刑像にぺーシェの背景画が付け加えられました。


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制作者不明の「フランチェスコ・ピスト―ネ(ピエモンテ、17世紀活動)作『聖母子と聖人たち』のコピー画」


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出来が良いコピー画です。
オリジナルの作品は盗まれてしまいました。


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ガエターノ・ぺーシェ(ラ・スペツィア、1939‐)の「磔刑」


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サンティ・ジョヴァンニ・バッティスタ・エ・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂(1711‐1716)


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サンティ・ジョヴァンニ・バッティスタ・エ・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂天井の装飾


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シルヴィオ・ロッソ(クーネオ、1940‐)の「赤と金の祭壇画」(2009)
印象強烈な抽象的な祭壇画です。


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シルヴィオ・ロッソによるフレスコ画


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詳細不知


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Cappella Angelo Custode (1667-1691)
祭壇画は、カテリーナ・ベルゲーゼ(フォッサーノ、?‐)の「守護天使」


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カテリーナ・ベルゲーゼのフレスコ画


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Cappella dei Santi Pietro e Paolo


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マウリツィオ・リナウドの「十字架降下」


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エミリオ・プルノットの作品(2002)


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「ご誕生」(1755)
オペルティの作品が4点盗まれたそうです。


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「聖母の結婚」(1775)


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主祭壇


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セコンド・アントニオ・ボットの「聖ジュゼッペ」


P1310574
ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「父なる神」(1755)


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ヴィットーレ・デ・二コラ・ディ・ロカルノとカルロ・ポステルラによる後陣フレスコ画(1720)


P1310565
後陣の左右の側壁に4点の現代宗教画と思われる作品がありますが、私には制作者等の詳細が分かりません。


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次はアンジェロ・プローリオの「キリストの生涯の物語」です。


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大作です。


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P1310589
(つづく)

P1310331
Piazza Pertinaceに面して建つサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教区教会です。アルバの街にある教会のうち、美術的に最も見所豊富な教会と思います。


P1310334
中世初期、ロンゴバルド時代の7,8世紀に建設された教会です。
建物が13世紀前半に再建され、1229年の文書に初めて記載されてから、教会の存在が定期的に言及がなされています。


P1310352
1556年、隣接する修道院がアゴスティーノ兄弟修道会の所有となり、1557年に教会の向きが180度変更されました。従来の後陣が入り口に、従来のファサードが後陣になったのです。


P1310339
13世紀に建設された二代目の建物が劣化したので、1627年から1630年にかけて三代目となる建物が建設されました。現存している建物は、この三代目が原形となってます。
1801年、ナポレオンの抑圧令によって、教会と修道院は閉鎖され、その建物は倉庫に転用されました。


P1310433
1821年、教会の活動が再開されましたが、修道院は再開されることなく、20世紀前半に破壊されました。
教会の方は、1884年から1890年に建築家Cesare Fantazziniの設計によって、現在の外観と教会内部に大改造されました。


P1310338
ファサードの「キリストの洗礼」は、内部にある主祭壇画を模して1939年に制作されました。


P1310335
ファサードの「授乳の聖母」は、中にあるバルナバ・ダ・モデナの作品を模して制作されたものです。


P1310434
同じ広場にあるローマ寺院の遺跡に訪れる観光客がかなりいますが、この教会を拝観する人は殆どいないようです。美術ファンは少ないのです。


P1310435
中に入りました。


P1310437
単廊式、バロック様式の内部です。


P1310436
19世紀後半に行われた改造のため、かなり新しく見えます。


P1310438
天井は、Cesare Fantazziniの設計によって、1884年から1890年に張り替えられました。


P1310439
Cesare Fantazziniのデザインによる格子天井


P1310444
バルナバ・ダ・モデナ(モデナ、1328‐ジェノヴァ、1386)の「授乳の聖母」(1377)
破壊されたアルバのサン・フランチェスコ教会にありましたが、破壊された際、この教会に移設されました。


P1310446
二代目の建物にあったフレスコ画の痕跡


P1310448
サンタゴスティーノ礼拝堂です。
礼拝堂祭壇画は、ニコロ・フォルミカの「カスチャの聖リータ」(1941)
ニコロ・フォルミカという画家については全く知りません。


P1310450
サンタゴスティーノ礼拝堂天井の装飾


P1310458
マクリーノ・ダルバ(d' Alba)(アルバ、1460/1465c-1520c)の「幼きキリストを崇拝する聖母と聖ジュゼッペとトレンティーノの聖二コラと聖アゴスティーノと音楽天使」


P1310454
アルバにあったアゴスティーノ会のサンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ修道院に併設されていたサン・バルトロメオ教会にありましたが、修道院閉鎖に伴い、この教会に移設された作品です。


P1310460
ジョヴァンニ・ステファノ・ダネディ(ドーネダ)通称イル・モンタルト(トレヴィーリオ、1612-ミラノ、1690)の「砂漠の聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P1310464
ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577-1631)に帰属する「エマオの晩餐」


P1310466
13世紀のロンバルディアの逸名画家作「三聖人」


P1310471
主祭壇画は、ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577-1631)の「キリストの洗礼」(1630c)


P1310473
後陣に掲げられた、パオロ・ガイダーノ(ポイリーノ、1861-トリノ、1916)の「聖母子とアヴィーラの聖テレーザとアッシジの聖フランチェスコ」(1887)


P1310475
ジュゼッペ・キアントーレ(クミアーノ、1747-トリノ、1824)の「聖ヤコブ」(1823)


P1310477


P1310487
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)に帰属する「玉座の聖母子と2聖人」(16世紀後半)
従来、マクリーノ・ダルバ派逸名画家の作品とされてきましたが、近年の研究によってイル・モンカルヴォの帰属作品とされるようになりました。


P1310489
キリストの聖心の礼拝堂です。


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ヴィルジリオ・アウダーニャ(トリノ、1903-1995)の「キリストの洗礼」


P1310493
詳細不知


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詳細不知


P1310497
洗礼に使用される聖水井戸


P1310502
詳細不知


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教会内部を再見しました。


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P1310500


P1310501


P1310482
ファサード裏にオルガンがあります。


P1310481
外に出ます。


P1310349
(つづく)

P1310305
次はサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。


P1310306
民家の壁にある、かなり古そうな天使の彫刻です。


P1310307
観光案内所でサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会は毎日開く教会と聞いたので、慌てる必要がありません。


P1310308
ここで困ったことが一つ。昼食のアルコールと冷たい水が効いて、要バールでのトイレ休憩。


P1310310
右折すればサン・ジュゼッペ教会に出ます。バールを探しましたが、意外にも見つからず。やはりドゥオーモ広場に戻れば何とかなると思いました。


P1310311
Casa Parrussaの塔が見えたので、通りの突き当りが中心街です。


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ドゥオーモ広場のバールで一休み。


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市庁舎


P1310315
カヴール通りからサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会に向かいました。


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通りから少し右に飛び出ている建物に塔があります。


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これです。


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13世紀の塔です。


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アルバの中心街で現存する塔は6本だそうです。


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中世に描かれた絵画に拠れば、20本以上の塔があったようです。


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14世紀に建設された市場だった建物です。


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この建物にも塔があったようです。


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中世の頃、建物の所有者の権力誇示のため、多くの塔が建設されましたが、勢力が衰えたり、失脚したりすると塔が破壊されたり、塔の高さを低くされたようです。


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Torre Parrussa


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カヴール通りを進み、次の交差点を左折すれば、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会がある広場に出ます。


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Piazza Pertinaceです。


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広場に面して現代的なアパートが建ってます。


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観光客をかなり見かけます。


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サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。この後、拝観しましたが、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会については、(その9)で纏めて取り上げます。


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Casa Marro


P1310346


P1310340
特に名前が付いていない建物です。


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Tempio Romanoの遺跡です。


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寺院は、紀元前29年から紀元後14年に建設されたそうです。


P1310344
アルバで残されているローマ時代の遺跡はこれだけ?


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P1310353
次はサン・フランチェスコ修道院です。


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サン・フランチェスコ修道院は街の北にあります。


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サン・フランチェスコ広場です。


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写真左がサン・フランチェスコ修道院だった建物です。


P1310360
18世紀末に修道院活動が停止され、その後、一度も活動が再開されることなく現在に至ってます。


P1310363
教会の建物は危険と判断されて現存してません。


P1310358
サン・フランチェスコ広場はアルバにおける中国人の拠点となってます。その中心が写真右のGRANATOの建物だそうです。


P1310361
中国人は順応力が高いので、イタリアは中国人に益々席捲されそうです。


P1310366
街の中心に戻ります。


P1310367
(つづく)

引き続きアルバのドゥオーモです。
P1310162
天使のモザイク(19世紀)


P1310163
サン・テオバルド礼拝堂です。


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サン・テオバルド礼拝堂の祭壇(1486‐1516)


P1310171
祭壇の彫刻は、アントニオ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、16世紀活動)と協力者による「聖母子と聖テオバルドと聖ロレンツォ」(1525)


P1310176
祭壇下の彫刻は、アントニオ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、16世紀活動)と協力者による「ピエタと受胎告知」(16世紀第1四半世紀)


P1310165
サン・テオバルド礼拝堂天井のフレスコ画は、ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖テオバルドの栄光」(1760)


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天井フレスコ画は、1999年から2000年に復元されたものです。
サン・テオバルド礼拝堂に4点の祭壇画があります。


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖母戴冠」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「三位一体とアルバの街を守護する聖ロレンツォ」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖テオバルドの奇跡」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「包囲されたアルバの街を救助する聖人たち」(1761)


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次は中央礼拝堂です。


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中央礼拝堂天井


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ベルナルディーノ・フォッサーノ(フォッサ―ティ)・ダ・コドーニョの「祭壇」(1512)


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聖歌隊席もベルナルディーノ・フォッサーノ・ダ・コドーニョの作品です。


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)の「聖ロレンツォの栄光」(1766)


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「聖ロレンツォの物語」(1871)の白黒フレスコ画が4点あります。
4点ともルイージ・ケルビーノ・ハルトマン(キアヴェンナ、1810c‐トリノ、1884)


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「聖ロレンツォの物語」(1871)


P1310206


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後陣のステンドグラス


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P1310198


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P1310202
Presbiterioから見た出入口


P1310203
Presbiterioから見た左側廊


P1310204
Presbiterioから見た右側廊


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Presbiterioに上ることが出来て幸運でした。


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右側廊の礼拝堂を見ます。


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「天使のモザイク」(19世紀)


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後陣右側にあるサンティッシマ・サクラメント礼拝堂です。


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1642年から1656年に改造して出来たバロック様式の礼拝堂です。


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サンティッシマ・サクラメント礼拝堂の天井フレスコ画は、フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「聖エリア」(1748)


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「聖母子を崇拝する聖エリージョ」(1746)


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「預言者エリセオ」


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716-1753)の「預言者エリアの奇跡」


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説教壇


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次は聖家族の礼拝堂です。


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聖家族の礼拝堂天井


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チェーザレ・ロッシの「三位一体と聖家族」(1875)


P1310236
「聖母子」(1826)
アルバのサン・ドメニコ教会から移設された作品です。


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「磔刑」(17世紀)
アルバのサン・ドメニコ教会から移設されたものです。


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マドンナ・デル・サクロクオーレ礼拝堂です。


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マドンナ・デル・サクロクオーレ礼拝堂の天井


P1310246
「聖心のマドンナ」(19世紀)


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アゴスティーノ・コットレンゴ(ブラ、1794‐1853)の「聖パレモネ・アバーテ」(1827)


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磔刑礼拝堂です。
「ブロンズの磔刑像」(19世紀)


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磔刑礼拝堂天井


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793/1794)の「聖ジュゼッペの死」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793/1794)の「聖母子と聖フィリッポ・ネリと聖グラート」


P1310261
詳細不知


P1310265
詳細不知


P1310244
ファサード裏にオルガンがあります。


P1310243
ルネサンス期以前の作品がなくてガックリでした。


P1310391
外に出ました。
(つづく)

P1310106
街の中心リソルジメント広場に面して建つドゥオーモです。アルバ司教区のサン・ロレンツォ司教座教会です。


P1310104
紀元1‐2世紀に建設された、ローマ時代の公共建物の遺跡の上に5世紀後半に建設された初期キリスト教会が前身です。6世紀初頭に書かれた初期キリスト教会の洗礼書が発見されているので、それは事実とされてます。
この教会についての公文書の記述としては、969年のオットー1世の文書及び998年のオットー3世の文書に言及されてます。
12世紀に拡大され、その際、ロマネスク様式の建物に改造されました。


P1310103
1483年、当時のアルバ司教が建物の危険性に懸念を示し、再建を決めました。拡大されたロマネスク様式の建物の一部を組み込んで、1486年創建、1517年に完成したゴシック様式の建物が現在の姿の原形です。


P1310109
1867年から二代目の建物の形状変更工事が行われました。現在のファサードは1878年に完成しました。


P1310270
後陣と鐘楼
鐘楼は、13世紀に建築され、1477年に現在の形状に改築されました。


P1310267
鐘楼に時計がついてます。


P1310096
右側外壁


P1310395
左側外壁


P1310381
ファサードを見ます。
1878年のネオ・ゴシック様式のファサードなので、見所が乏しいと言えると思います。


P1310115
ルイージ・コッキオ(ミラノ、19世紀後半活動)の「聖ロレンツォ」(1878)


P1310110
ファサードに四福音書記者の彫像があります。
カルロ・ドゥーシオの「聖ルカ」(1878)
牛は聖ルカのシンボルです。


P1310111
カルロ・ドゥーシオの「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1878)
鷲は福音書記者聖ヨハネのシンボルです。


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カルロ・ドゥーシオの「聖マルコ」(1878)
ライオンは聖マルコのシンボルです。


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カルロ・ドゥーシオの「聖マッテオ」(1878)
天使は聖マッテオのシンボルです。


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ファサード下にロッジャがあります。


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ファサードの左扉


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左扉上ルネッタの装飾


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中央扉上ルネッタの装飾


P1310122
中央扉の柱頭


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中央扉の柱頭


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柱廊出入り口の木製扉


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右扉


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中に入りました。


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三廊式、ラテン十字形の内部です。


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1867年から1874年にネオ・ゴシック様式に大幅に改築されました。


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左側廊


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左側廊から見た内陣


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右側廊


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右側廊から見た内陣


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身廊中央


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洗礼堂です。


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)に帰属する「キリストの洗礼」


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洗礼堂天井のフレスコ装飾


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ウーゴ・デッラピアーナ(アルバ、1975‐)の「洗礼盤」(1991)


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ロザリオの聖母の礼拝堂


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エンリコ・レッフォ(トリノ、1831‐1917)の「聖母子とグツマンの聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」(1888)


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セバスティアーノ・タリッコ(ケラスコ、1645‐トリノ、1710)に帰属する「聖母子を描く聖ルカ」


P1310150
ジョヴァンニ・ピッリの「嘆きの聖母」(1770)
ジョヴァンニ・ピッリの署名と日付入りの作品です。この画家は全く知りません。


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ロザリオの聖母の礼拝堂天井の装飾


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サン・ボ―ヴォ礼拝堂です。


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アンブロージョ・オリヴァ(トリノ、16世紀‐17世紀)の「聖アントニオ・アバーテ」(1591)


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アンブロージョ・オリヴァは、グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォの弟子です。


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P1310154
詳細不知


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グリエルモ・ルセッロの「磔刑と聖ボ―ヴォと聖テオバルドと聖カルロ・ボッロメオと聖ロッコ」(1630)


P1310157
(つづく)

P1310091
順路を考えれば、旧サン・ドメニコ教会からドゥオーモに向かうのが自然ですが、正午を過ぎてドゥオーモの扉が閉まるので、昼食を食べることにしました。


P1310094
Via Coppaです。


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コッパ通りの突き当りがドゥオーモです。


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ドゥオーモの右側壁に出ました。


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ドゥオーモのファサードが面しているリソルジメント広場です。


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別名ドゥオーモ広場と呼ばれてます。暑い日の日差しが苦手な私ですが、イタリア人を含むヨーロッパ人は総じて日差しが大好きです。


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ドゥオーモの扉が未だ開いてましたが、12時半に閉まるので拝観は夕方にすることにしました。


P1310098
広場に面して観光案内所があります。


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この当時、観光案内所は、午前9時から午後5時まで、途中昼休み無しで開いていました。中に入って地図を買い求めました。(無料の地図は説明不足なので、有料地図にしました)


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市庁舎です。リソルジメント広場が街の中心です。


P1310100
写真右の塔のある建物は、Casa Sineoです。建物の歴史は古く、12世紀後半に遡るとされてます。


P1310112
市庁舎の先に(写真右)塔が見えますが、塔は今は現存しないサンタ・マリア・ディ・カサノヴァ修道院の鐘楼です。鐘楼を組み込んで建物が建設されました。


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塔がある建物はCasa Parrussaです。よく見ると、もう一本塔があります。


P1310274
ドゥオーモ近くの店で昼食を食べることにしました。


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写真手前の店を選びました。


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白トリュフはシーズンではないので、勧められた料理をそのまま選びました。


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近年、昼食でワインを1本空けることは滅多になくなりました。夕食ならばワイン1本が普通ですが、昼食では身体に堪えます。


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昼食を食べながら、時々見ていたドゥオーモの鐘楼です。


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屋外が暑かったので、冷房が効いている店内で食べれば良かった、と後悔。


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腹ごなしのブラブラ歩きに出発。


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昼過ぎのこの時間は、教会の殆どが閉まっているので、特にやることがありません。


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ドゥオーモの周囲を足の赴くままに歩きました。


P1310271
先ほど昼食を楽しんだ一角に再び来てしまいました。


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趣を変えて裏通りに入りました。


P1310273
開いている店は食堂くらいで、殆どの店は昼休み中。


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サン・ジュゼッペ教会に行ってみることに。その昔、鐘楼が解放されていたことがありました。


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Via Manzoni


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写真左奥の建物がサン・ジュゼッペ教会です。


P1310289
サン・ジュゼッペ教会です。


P1310290
ファサードの方に回ります。


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高い鐘楼が目立ちます。
13世紀第4四半世紀に遡るサンタントニオ教会が前身です。


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高さ64mあるそうです。


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少し大回りしないとファサードの方に出られません。


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サン・ジュゼッペ教会です。ファサード前の小さな広場にレストランが出ています。


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ローマ時代の邸宅の遺跡の上に建設された教会です。


P1310304
17世紀前半、旧サンタントニオ教会を活動拠点にしていた巡礼者同信会 Confraternita dei Pellegirinoが建物の再建を決めました。


P1310299
そうして、1643年に創建され、1653年に完成したバロック様式の二代目の建物です。1656年に献堂式が執り行われましたが、それを機に教会名称が現称に改称されました。


P1310309
観光案内所で確認したところ、夕方遅くに開くかも知れないとの事だったので、夕方に再訪することにしました。鐘楼にも上れるようです。


P1310296
ドゥオーモの鐘楼が見えました。


P1310300
Via Alerino Como


P1310303
(つづく)

その3に引き続きサン・ドメニコ教会です。
P1300987
後陣左の礼拝堂です。


P1300989
礼拝堂の壁全面がフレスコ画で覆われていました。


P1300990
後陣左の礼拝堂の左側壁に描かれた「聖セバスティアーノの殉教」(15世紀第4四半世紀)


P1300991
ルネッタ上のフレスコ画断片(1310‐20c)


P1300993
「受胎告知」(14世紀末‐15世紀初頭)


P1300996
1310年から1320年頃に制作されたフレスコ画


P1300999


P1310001
「聖人たち」(15世紀第4四半世紀)


P1310003
「アレッサンドリアの聖カテリーナの物語」(15世紀初頭)


P1310004


P1310008
この日の翌日、演奏会が行われる予定でした。そのために座席が既に用意されていました。


P1310009
中央礼拝堂前から見た左側廊方向


P1310010
中央礼拝堂前から見た右側廊方向


P1310011
後陣右の礼拝堂です。
木彫りの「聖ドメニコ」(2000)


P1310014
「慈悲の聖母」(14‐15世紀)


P1310016
「祈る修道士」(14‐15世紀)


P1310017
詳細不知


P1310019
15世紀のフレスコ画


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1996年から1997年に修復された柱の白黒模様


P1310021
14‐15世紀のフレスコ


P1310022
右側壁のタベルナコロ(17‐18世紀)


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P1310024
右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)


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P1310028
右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)


P1310029


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P1310032
右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)
タベルナコロの祭壇画が取り外されています。


P1310034
ファサード裏に三翼祭壇画があります。


P1310033
詳細不知


P1310036
タベルナコロ(17‐18世紀)


P1310037
右側廊


P1310038
左側廊


P1310040
ステファノ・キアントーネの「キリストと聖ドメニコと天使」(1827)


P1310042
教会の模型


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「聖フィロメナ」(19世紀)


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柱に描かれたフレスコ画(1340c)


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レオナルド・ビストルフィの「嘆き」(1915c)


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最近修復された天井フレスコ


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レオナルド・ルビーノ(1871‐1954)に帰属する「磔刑像」(20世紀前半)


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14世紀のフレスコ画が修復の際、発見されました。


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出入口


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外に出ます。


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サン・ドメニコ教会はこれで終わりです。
(つづく)

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サン・ドメニコ教会のファサードに出ます。


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サン・ドメニコ教会です。
ロマネスク様式からゴシック様式に移行する過渡期の初期ゴシック様式の教会です。


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この場所はローマ時代の住宅の遺跡がありました。


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13世紀後半、ドメニコ会修道士に土地が与えられ、教会と修道院の建設が認可され、1292年に教会の建設工事が開始されました。


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その後、修道院が併設されました。
しかし、教会と修道院の建物は、資金不足のため、不完全な状態のままでした。
1440年、第207代教皇エウジェニオ4世(ヴェネツィア、1383‐ローマ、1447 教皇在位:1431‐1447)が資金調達の途を開き、直ぐに建設工事が再開され、教会と修道院の建物は1474年に完成しました。


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17世紀後半から18世紀初頭にかけて、修復と改造工事が行われましたが、内部の側廊の礼拝堂がバロック様式に大規模に改造されました。
1801年、ナポレオンの抑圧令によって教会修道院は閉鎖されてしまいました。
教会と修道院の建物は放置されました。修道院だった建物は、19世紀後半から20世紀初めにかけて破壊され現存しません。
教会の建物は、1930年頃から修復工事が開始されました。1975年から本格的な工事が行われるようになり、危険な箇所が撤去され、補強工事が行われるなど、閉鎖時とはかなり異なる部分があるようです。
1985年には、音楽学校の演奏会場にするために、音響増幅システムや照明設備などが導入されました。
現在、建物はアルバ市が所有しており、引き続き音楽学校の演奏会場として使用されている他、文化イベント会場になってます。


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右側壁


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古いフレスコ画などが内部にあります。


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後陣


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ファサードを見ます。


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1996年から1998年にファサードの修復が行われましたが、新しく見える箇所はその際、オリジナルに似せて新造されたのです。


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入口扉上ルネッタ上のフレスコ画「聖母子と聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」(16世紀)


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フレスコ画の下の浮彫は創建時のものです。


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1991年に復元されたArco Trilobo


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1991年に復元された柱


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15世紀の浮彫


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柱頭


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近年、催事が行われない日でも中に入ることが出来ようになりました。


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中に入りました。


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三廊式、ゴシック様式構造の内部です。


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左右の側廊にある礼拝堂は17‐18世紀に改造されました。


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内部はフレスコ画の宝庫です。


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天井の本格的な修復は未着手です。


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ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1390‐カザーレ・モンフェッラート、1464)の指示によって1441年から1442年に描かれたフレスコ画


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アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖アポッロニア、聖アグネス、アンティオキアの聖マルゲリータ(1441‐42)


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この部分のフレスコ画もベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1390‐カザーレ・モンフェッラート、1464)の指示によって1441年から1442年に制作されました。


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演奏会場、催事場などに使用されているので、中央礼拝堂に祭壇がありません。


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18世紀に施された後陣の装飾


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ジョヴァンニ・ペロシーノ・ロンゴの「十字架降下」(1517)


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18世紀に施された後陣装飾


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20世紀後半に復元されたステンドグラス


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赤い部分に演奏会場用の装置が付けられるようです。


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シノピエ


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ジョヴァンニ・トゥルコットの「聖ドメニコと聖フランチェスコの邂逅」(1470c)


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15世紀末のフレスコ画


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15世紀に描かれたフレスコ画


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「ピエタ」(15世紀末)
(つづく)

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道を挟んで、サンタ・マリア・マッダレーナ教会の斜め前にサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ教区教会があります。


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1163年の文書に、この教会の存在が初めて記録されました。


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最初の建物は、1573年に大修復、改造されました。


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現在の建物は、建築家カルロ・フランチェスコ・ランゴーネ(1721‐1788)の設計、工事監督によって1760年から1762年に建設されました。


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鐘楼は1780年から1786年に建設されました。


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中に入りました。


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単身廊です。


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右側壁


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フェデーレ・フィナティ(ジェルミニャーガ、1856‐アルバ、1942)によって、1921年に復元された装飾です。


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スタッコもフェデーレ・フィナティの作品です。


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主祭壇


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主祭壇画は、クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)の「受胎告知を崇める聖コズマと聖ダミアーノ」(1761)です。


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「聖母子」のイコン


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聖具室の入り口


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「父なる神と聖家族と聖アンナと聖ジョアッキーノ」


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エミリオ・プルノットの「十字架降下」(1961)
エミリオ・プルノットについては全く知りません。


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詳細不知


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詳細不知


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フェデーレ・フィナティ?のフレスコ画


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出た。


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16世紀に再建されたPalazzo Mermetです。


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Via Luigi Paruzza


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Via Vincenzo Gioberti


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを市庁舎方向に進みます。


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通りの先に鐘楼が見えます。
写真右に市立考古学博物館などの入り口があります。


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市立考古学博物館などの入り口です。


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リソルジメント広場です。見えている鐘楼は、サンタ・マリア・マッダレーナ教会のものです。


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広場を取り囲む建物は、旧サンタ・マリア・マッダレーナ修道院です。広場は修道院のキオストロです。


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この時間は休館でした。


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考古学博物館はあまり興味がないし、絵画の展示がないので、休館でも問題無しでした。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに戻りました。


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サンタ・マリア・マッダレーナ修道院だった建物でしょう。


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Via Pietrino Belliにお勧めのレストランがあります。


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次の交差点を右折します。


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Via Mandelliに入りました。


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写真右は、サンタ・マリア・マッダレーナ修道院だった建物でしょう。
通りの突き当りはサン・ドメニコ教会です。


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サン・ドメニコ教会の後陣です。


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(つづく)

アルバは、人口31,503人(2019年1月31日現在)のピエモンテ州クーネオ県にあるコムーネで、白トリュフとワインで有名です。
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前泊地はクーネオでした。


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クーネオ始発トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ行きの普通列車は空いてました。


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途中のCavallermaggioreで乗り換えます。


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接続が5分しかなく、トリノ発アルバ行きの列車は定刻運転で、私が乗っていたトリノ行き列車が12分遅れていたので、イタリアのことだから接続は無理と覚悟していました。ところがアルバ行き列車が接続待ちをしてくれて、無事にアルバ行き列車に乗車することが出来ました。イタリアでは列車の接続待ちは稀で、何度か苦い経験をしました。


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何故かアルバ駅に定刻に到着しました。


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アルバ駅の駅舎です。


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先ず、この日のお宿に向かいました。


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Corso Fratelli Bandieraを進み、ホテルがあるローマ通りに行きます。


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鉄道駅から徒歩約5分で、この日のお宿に到着しました。レストランを併設しているホテルです。
このところ、専ら24時間フロント対応のホテルに泊まってます。B&Bなどアパート等では、鍵の受け渡し、鍵が開かない、電気が通電しない、エレベーターに閉じ込められた、トイレが流れない、シャワーのお湯が出ない等々の様々なトラブルに遭って、懲りました。


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チェックインを済ませてから外出しました。


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ローマ通りです。


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直ぐにサヴォーナ広場に着きました。


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昼前でしたが、既にワインを飲んでいる人がいました。


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7月1日は暑い日でした。アルバの夏は猛暑で有名です。


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サヴォーナ広場に立つ、アルトゥーロ・スタリアーノ(ナポリ、1867‐トリノ、1936)の「ジュゼッペ・コヴォーネ将軍のモニュメント」(1929)
ジュゼッペ・コヴォーネ将軍(アスティ、1825‐アルバ、1872)は、サヴォイア家の司令官でイタリア統一戦争で活躍しました。


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サヴォーナ広場からヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに入ります。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。塔が目立ちます。


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ヨーロッパ系の観光客が多かった。


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Torre di Palazzo Mermet
16世紀に再建された建物の塔です。建物の土台はローマ時代の建造物のようです。


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マッダレーナ教会が見えてます。


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夏休み中なので、子供連れが多かった。


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サンタ・マリア・マッダレーナ教会です。


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1252年の記録に、この場所に存在した礼拝堂が記載されてます。
ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1382/1390-カザーレ・モンフェッラート、1464)が1442年から修道院の建設を行い、1448年の完成を待って、建物をドメニコ会女子修道会に寄進して、サンタ・マリア・マッダレーナ修道院となりました。


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現在の建物は、カルロ・ジャチント・デッラ・ローヴェレ伯爵によって再建計画が推進され、起用された建築家ベルナルド・ヴィット―ネ(トリノ、1704-1770)によって、1731年創建、1749年に完成した後期バロック様式のものです。


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ファサードは、資金不足のため未完成のまま現在に至ってます。


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鐘楼は旧修道院の方にあります。


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中に入りました。


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楕円形、バロック様式の内部です。


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主祭壇を挟んで、左右に大きな聖職者席と礼拝堂があります。


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右側壁


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天井のフレスコ画は、ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690-1772)の「ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイアの賞揚」(1747-50)です。


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主祭壇


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ビスカッラ(ニッツァ、1790-トリノ、1851)の「聖マリア・マッダレーナ」(1825)


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聖職者席です。
ピエモンテの彫刻家による磔刑像(16世紀)があります。


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聖職者席の天井フレスコ画は、ジャコモ・ラーパによって1734年に描かれました。
ジャコモ・ラーパという画家については全く知りません。


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詳細不知


P1300857
詳細不知


P1300860
詳細不知


P1300851
主祭壇前から見た出入口です。


P1300868
外に出ました。
(つづく)

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パレストロ通りの中ほど、写真左に広場があります。


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オッティネッティ広場です。広場の奥からパレストロ通り方向を写した写真です。


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広場の三方を囲んで建っているサンタ・キアーラ修道院だった建物です。


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旧サンタ・キアーラ修道院の建物にイヴレア市立美術館 Museo Civico "Pier Francesco Garda"があります。


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旧修道院の柱廊に入りました。


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市立美術館は他の建物にありましたが、ピエル・アレッサンドロ・ガルダが収集した日本関係を含む東洋美術部門などを含む展示拡大を目的に、旧サンタ・キアーラ修道院の建物に市立美術館が2014年1月にオープンしました。


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柱廊のルネッタ上に僅かに残されたフレスコ画がありますが、痛みが激しく、何が描かれていたのかさえ分からない状態です。


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ピエモンテの逸名彫刻家作「聖マリア・マッダレーナ」(15世紀末-16世紀初頭)
初めは絵画、彫刻部門です。展示の中核は、イヴレアの富豪ルチア・グエルパ(1908-2003)の遺言によってイヴレア市に寄贈されたクロッフ・コレクションです。


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木彫り像「聖母子」(詳細不明)


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フランドル出身のジョルジョ・コッリーノ(1499と1506に活動記録)の「マギの礼拝」(1493)


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逸名画家作「聖母戴冠」(14世紀)


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ジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティ(カザーレ・モンフェッラート、1455c-キヴァッソ、1526/1528)の「マギの礼拝」(15世紀末)


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ジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティ(カザーレ・モンフェッラート、1455c-キヴァッソ、1526/1528)の「玉座の聖母子」(15世紀末)


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逸名彫刻家作「ニコデモ」(15世紀末-16世紀初頭)


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ジョヴァンニ・デル・ビオンド(プラートヴェッキオ、1356-フィレンツェ、1399)の「磔刑」(14世紀後半)


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ネーリ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1419-1492)の「聖母子と2天使」(15世紀中頃)


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フランスのカラヴァッジェスキ逸名画家、またはニコラス・レニエ―ル(モブージュ、1591-ヴェネツィア、1667)の枠組み(Cerchia)による「聖セバスティアーノ」(17世紀中頃)


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ジョルジョ・デ・キリコ(ギリシャ、ヴォロス、1888-ローマ、1978)の「桃」
この美術館で人気が高い作品です。


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ここで展示されている絵画、彫刻を遺贈したルチア・グエルパ(1908-2003)の書斎です。彼女の家の書斎をここに移設したのです。


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逸名画家作「山小屋」(19世紀中頃)
作品左下にドメニコ・モレッリの署名があるので、かっては、ドメニコ・モレッリ(ナポリ、1823-1901)の帰属作品とされていましたが、否定されてます。(署名が偽物と断定されたそうです)


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フィリッポ・パリッツィ(ヴァスト、1818-ナポリ、1899)の「家畜」(19世紀第4四半世紀)


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アンニーバレ・カラッチ(ボローニャ、1560-ローマ、1609)の「男の肖像」(1590-1600)
アンニーバレ・カラッチの代表作の一つがここにあります。これを見るためにイヴレアに来るのです。


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エウジェニオ・ガイズ(トリノ、1861-1938)の「沼」(1920c)


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ジョヴァンニ・カッパ・レゴラ(トリノ、1887-ヴェルバニア、1980)の「風景画」(1927)


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フィラデルフォ・シーマ(レヴィリアーニ、1849-フィレンツェ、1923)の「傲慢」(1878c)


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次は東洋美術部門です。
ピエル・アレッサンドロ・ガルダ(イヴレア、1791‐サモーネ、1880)が収集した約500点の作品を、1874年にイヴレア市に寄贈しました。この美術館の名称の由来になってます。


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日本関係の展示作品をここで紹介しても、あまり意味がないと思います。


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東洋美術品約500点のうち、日本のものが大半を占めます。


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皮肉なことに、日本の美術品を見るならば、日本ではなく海外の方が充実していると思います。


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特にボストン美術館に行くと、日本人の日本文化、芸術に対する軽視を痛感させられます。


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次は考古学部門です。


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Museo Civicoの定番と言うべき展示物が続きます。何処のコムーネでもほぼ同じような展示物。


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フレスコ断片


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ローマ時代のモザイク断片


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外に出ました。

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雨が強くなってきたので、これ以上あちこち歩く気がしなくなりました。


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市立美術館の時計が止まっていました。イタリアでは、駅の時計が狂っていることがあります。


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天気が良ければ、モーツァルト音楽会館に行きたかったけれど断念。


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先ほど拝観したサン・サルヴァトーレ教会です。


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雨天にも拘らず、夕方になるに従って人出が増えてきました。


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街一番の目抜き通りのパレストロ通りです。


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通りの先にサントゥルデリーコ教会が見えてきました。


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サンタ・マルタ広場です。


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サンタ・マルタ広場に面して建っている旧サンタ・マルタ教会です。
15世紀後半に建設されたサンタ・マルタ祈祷所が前身です。現在の建物は16世紀末に再建された二代目です。
1975年、教会としての機能が停止され、イヴレア市の所有となりました。その後、内部が改修され、現在は会議室等に使用されてます。


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パレストロ通りを進みます。


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少し遠回りになりますが、この道を進めばドゥオーモに行くことが出来ます。


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時計は午後4時過ぎを示していましたが、冬時間のままの時計表示でした。7月4日なので、実際は午後5時過ぎでした。


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サントゥルデリーコ教会です。ここも既に拝観しました。


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来た時と同じ道を通るのは気が利かないけれど、雨が嫌なので、その辺は仕方ない。


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パレストロ通りを更に進みます。


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サンタ・クローチェ教会です。ファサードの3点の彫刻が見物です。


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1616年から1622年に建設されました。


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中にフレスコ画があります。


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ファサードのピエタ


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父なる神


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既に活動を停止した旧教会で、建物は市所有となっており、展示場、会議室などに利用されてます。


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パレストロ通りに戻りました。


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靴下はぐっしょりと濡れ、靴の中はぐしゃぐしゃでした。


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道を下ってカヴール通りに出ます。


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トンネルの中で、雨に濡れた服をハンカチで拭いましたが、焼け石に水の状態でした。


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カヴール通りを横切る地下道を通って、カヴール通りの川沿いの歩道に出ます。


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カヴール通りの川沿いの歩道です。


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歩道から見たドーラ・バルテア川です。


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歩道から見た市庁舎の時計塔


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川を渡れば、ホテルはもう直ぐです。


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サン・マウリツィオ教会の鐘楼が見えましたが、行く気が起きません。


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風がなかったのがせめても救いでした。雨に加えて強風では敵いません。


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水量を増して流れが速くなったドーラ・バルテア川です。


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この年は冷夏で、天気が悪かった。


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カヴール通りを少し進んで、左折してドーラ・バルテア川に架かる橋を渡ります。


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サン・マウリツィオ教会が見えてます。


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鉄道橋


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滝に来ました。


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サン・グラート教会の鐘楼です。


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橋を渡りました。


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駅に通じるCorso Costantino Nigraに入りました。


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雨で散々でしたが、ほぼ目的を果たした街歩きでした。


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泊まる必要がなかったかもしれません。


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ホテルに戻りました。
(おわり)

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次はサン・サルヴァトーレ教会です。


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カステッロとドゥオーモがあった旧市街高地から道を下ります。


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ホテル学校のフェルディナンド・プラートです。観光立国のイタリアでは、ホテル学校が人気です。


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Via Madre Antonia Vernaを進みます。


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サン・ジュゼッペ祈祷所です。それにしても現代的な建物なので、驚きます。


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更に道を下ります。


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突き当りを右折すると、直ぐに広場があります。


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Piazza del Teatro
広場の名称は劇場があるからです。


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イヴレア市立劇場です。


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1833年から1834年に建設されたTeatro Civico "Giuseppe Giacosa"です。


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この場所にサンタゴスティーノ修道院があったそうです。


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ファサードに描かれたイヴレアの紋章


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雨が降り続いてました。劇場の直ぐ傍にサン・サルヴァトーレ教会があります。


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サン・サルヴァトーレ教会です。


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15世紀後半に創建され、16世紀中頃に完成しました。奉献式は1582年に行われたそうです。


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道幅が狭いので、正面からのファサード全体の写真がうまく撮れません。


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毎日開くようです。


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中に入りました。


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単廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


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雨天なので、薄暗い内部でした。


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天井にフレスコ画が描かれてます。


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主祭壇


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後陣にフレスコ画が描かれてます。


P1340104
主祭壇画は、17世紀のピエモンテの逸名画家による「受難のキリストと聖人たち」


P1340105


P1340108
詳細不知
この教会の作品についての詳細が分かりません。


P1340112
ロレートの聖母礼拝堂


P1340113
詳細不知のステンドグラス


P1340115
詳細不知


P1340120
詳細不知


P1340122
詳細不知


P1340127
詳細不知


P1340132
詳細不知


P1340130
ファサード裏にオルガンがあります。


P1340134
外に出ました。


P1340138


P1340137
次は市立美術館です。


P1340140
市立美術館がある広場です。写真左奥に市立美術館があります。


P1340142
市立美術館です。


P1340205
入館しました。


P1340165
市立美術館に付いては、項を改めて詳しく触れます。


P1340238
市立美術館から外に出たら、豪雨でした。
(つづく)

引き続きドゥオーモです。
P1340025
左側廊にある礼拝堂です。


P1330967
サン・サヴィーノ礼拝堂です。


P1330972
クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694-1766)の「聖母子と聖サヴィーノと聖ベッソと聖テゴーロ」(18世紀)


P1330975
カルロ・フランチェスコ・コグロッシ(トレヴィーリオ、1749-1789)の「聖サヴィーノの殉教」


P1330977
サン・サヴィーノ礼拝堂の天井画は、カルロ・フランチェスコ・コグロッシ(トレヴィーリオ、1749-1789)の「昇天したキリスト」


P1330981
カルロ・フランチェスコ・コグロッシ(トレヴィーリオ、1749-1789)の「聖ベッソの殉教」


P1330983
制作者情報不知の「聖母被昇天」


P1330986
グイド・レーニ作品のコピー画でしょうね。


P1330992
詳細不知


P1330995



P1330998
ジョヴァンニ・パレッラ司教(1437-1479)の墓


P1330999


P1340001


P1340002


P1340004
制作者情報不知の「キリストの洗礼」(18世紀)


P1340005
旧洗礼盤?


P1340007


P1340011
詳細不知


P1340014
ピエモンテの逸名画家作「聖ジュゼッペの死」(18世紀)


P1340015


P1340018
詳細不知


P1340028


P1340023
制作者情報不知の「磔刑」


P1340025


P1340026


P1330963
ファサード裏にオルガンがあります。


P1340044
外に出ました。


P1340032
ドゥオーモ広場に面して、もう一つ教会があります。サン・二コラ・ディ・トレンティーノ教会です。


P1340073
次はカステッロです。写真左の塔がカステッロのものです。写真右の鐘楼はドゥオーモのものです。


P1340055
カステッロです。
アオスタ渓谷に通じる道路を支配するために戦略的防御機能を目的に、サヴォイア家のアメデオ6世(シャンベリー、1334-サント・ステファノ・ディ・カンポバッソ、1383)によって、1358年に創建され、アメデオ6世の死後の1395年に完成したカステッロです。


P1340056
高い塀に囲まれてます。


P1340066
サヴォイア家の邸宅として使用されていましたが、外国支配などにより徐々に戦略的機能を失い、17世紀には殆ど使用されなくなったそうです。
1700年から刑務所として使用されるようになりましたが、それに伴い高い塀が築かれました。刑務所が閉鎖されたのは1970年のことでした。


P1340057
4本の塔があります。


P1340068
現在、カステッロは国有資産となってますが、その運営管理はトリノ県に委託されてます。


P1340064
一般公開は、特別な機会に限定されており、通常はカステッロの中に入ることが出来ません。


P1340069
カステッロとドゥオーモは同じ標高に建ってます。


P1340058
司教館です。


P1340059
ドゥオーモ広場からの眺望です。


P1340061
写真左端は市庁舎の時計塔です。


P1340063
何処の教会の後陣と鐘楼でしょうか?


P1340074
雨は小康状態でした。


P1340075
(つづく)

P1330926
写真右がローマ劇場の遺跡です。


P1330924
劇場の壁だった場所です。


P1330929
一見しただけでは、劇場の遺跡とはとても思えません。


P1330925
紀元後1世紀に建設されたそうです。


P1330928
これだけ見ても劇場だったとは想像がつきません。


P1330931
劇場の土台、壁を組み込んだ建物が建ってます。


P1330932
次はドゥオーモです。


P1330927
一旦、道を下ります。


P1330935
長い階段を上ります。ドゥオーモは旧市街の最も高い場所にあります。ドゥオーモ近くにカステッロがあります。


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階段を上り切った先に門があり。その門を潜ればドゥオーモの身廊横に出ます。


P1330937
イヴレアのドゥオーモ、Cattedrale di Santa Maria Assuntaです。イヴレアには古くから司教座が置かれていました。


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左翼廊外壁にフレスコ画があります。


P1330939
日時計でしょうか?


P1330940
ファサード側に回ります。


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教会の歴史は古く、この場所にギリシャ神殿がありましたが、ローマ時代にギリシャ神殿の一部を利用して劇場が建設されました。
4世紀頃、ギリシャ神殿とローマ時代の劇場は初期キリスト教会に転用されました。その初期キリスト教会が現ドゥオーモの前身です。


P1340047
10世紀、当時の司教によって、建物を再建して規模拡大することが決められ、初期キリスト教会が取り壊されました。
そうして、969年に創建され、1005年に完成したロマネスク様式の二代目の建物が、現在のドゥオーモの原形となってます。


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再建された建物は、13世紀、15世紀、16世紀、18世紀の4回に渡って改修、改造が行われました。


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創建時のロマネスク様式のファサードは、1516年にブラマンテ・スタイルのルネサンス様式に改造されました。
現在の新古典様式のファサードは1854年の改造工事によるものです。


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ファサードの装飾を見て行きます。


P1340034
19世紀の柱頭


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イヴレアの守護聖人の聖サヴィーノ像


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受胎告知


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聖パオロ


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新しい物ばかりで魅力に欠けます。


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12世紀に建設された鐘楼です。


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扉が開いていたので拝観しました。


P1330949
中に入りました。


P1330951
三廊式、ラテン十字形、後期バロック様式の内部です。


P1330950
改修と改造の結果、古いものが殆ど残されていません。


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左側廊


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左側廊から信者席を見たところです。


P1340006
右側廊


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天井


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ピエモンテの逸名画家による身廊天井のフレスコ画(18世紀中頃)


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P1330960
ピエモンテの逸名画家によるクーポラの装飾(18世紀中頃)


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主祭壇と後陣


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18世紀半ばに再制作された主祭壇


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主祭壇画は、カルロ・フランチェスコ・コグロッシ(トレヴィーリオ、1749-1789)の「聖母被昇天」


P1330966
後陣は立ち入り禁止なので、写真がうまく撮れません。これもカルロ・フランチェスコ・コグロッシ(トレヴィーリオ、1749-1789)の作品です。
(つづく)

P1330853
Piazza Ferruccio Nazionaleの端向こうに教会があります。


P1330855
Chiesa di Sant' Ulderico、聖ウルデリーコ教会です。


P1330916
971年に創建されましたが、完成後100年以内に取り壊されました。その理由は不明です。


P1330910
11世紀前半にロマネスク様式で再建されました。18世紀に現在の姿に改造されました。


P1330857
ファサードの右側が少し奇妙に見えると思います。
18世紀に行われた改造の際、11世紀前半に建設された鐘楼がファサードに組み込まれたのです。その際、鐘楼の上部はファサードの高さに合わせるべく切り取られたそうです。


P1330917
ファサード最上部の彫刻は、エンリコ・カルマッシ(ラ・スペツィア、1897-トリノ、1975)の「聖ウルデリーコ像」です。


P1330911
アリッツァート・ケッキーニの「救世主」(1973)


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この辺は18世紀のものです。


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組み込まれた鐘楼以外に古いものがありません。


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拝観します。


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中に入りました。


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単廊式です。18世紀にバロック様式に改造された内部です。


P1330860
フレスコ画、祭壇画がありますが、比較的新しいものが殆どです。


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主祭壇と後陣


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1766年に制作された主祭壇


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P1330864
ジョヴァンニ・シルヴェストロ・ディ・モンタナ―ロ(モンタナ―ロ、1860-トリノ、1958)によって制作された後陣のフレスコ画


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ピエトロ・フィエッタ・ディ・イヴレア(イヴレア、1883-1960)によるクーポラのフレスコ画


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ジョヴァンニ・ストルノ―ネ(イヴレア、1848-1917)の原画による浮彫「聖ウルデリーコの奇跡」(1897)


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主祭壇は、ピエモンテの逸名画家作「三位一体と聖母と聖人たち」(18世紀)


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ジョヴァンニ・ストルノ―ネ(イヴレア、1848-1917)の「救世主」(1898)


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ジョヴァンニ・ストルノ―ネ(イヴレア、1848-1917)の「無原罪の聖母」(1898)


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セバスティアーノ・コンカ(ガエータ、1680-ナポリ、1764)の「ご誕生」


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18世紀前半のピエモンテの逸名画家作「聖フランチェスコ・ザビエルに顕現する聖母子」(1730c)


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ジョヴァンニ・ストルノ―ネ(イヴレア、1848-1917)の「聖母の教育」


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ジョヴァンニ・ストルノ―ネ(イヴレア、1848-1917)の「ご訪問」


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ファサード裏のステンドグラス


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。


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パレストロ通りを進みます。


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次はローマ時代に建設されたローマ劇場の遺跡です。


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この道を真直ぐ進めばローマ劇場に出ます。


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P1330923
(つづく)

イヴレアは、人口23,442人(2018年12月31日現在)のピエモンテ州トリノ県にあるコムーネで、ドーラ・バルテア川と5つの湖から成る絶景が見所です。
紀元前10世紀頃に遡る歴史ある街です。ローマ時代には、アルプスを越えて侵入する異民族に対する砦として発展しました。また、19世紀以降、オリベッティの城下町として有名です。
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キヴァッソ駅からイヴレア駅行普通列車でイヴレアに向かいました。


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車中はかなり空いてました。


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イヴレア駅に到着しました。


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イヴレア駅の駅舎です。キヴァッソからイヴレアへの列車は定時運転だったのですが、実はキヴァッソ到着が遅れて、予定していた列車に乗れず、一本遅い列車に乗ったのです。


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駅前広場です。


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列車の遅れで昼食を食べ損ねたので、駅横のビュッフェで簡単に済ませることにしました。


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仕方なくジャンクフードを食べました。お腹が空いてましたが、不味くて半分残してしまいました。


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Corso Costantino Nigraを通って、この日のお宿に向かいました。


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雨が降り続いてます。


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イヴレアの旧市街はドーラ・バルテア川の川向うにありますが、この日のお宿は川の手前にあります。
この時、雨はまだ小降りでした。


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この日のお宿が見えてきました。


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各国の国旗を掲げている建物が、この日のお宿です。レストランを併設しています。


P1340271
ホテルの自室から見たドーラ・バルテア川です。水量と川の流れの速さが異常です。


P1330818
イタリア人が好きそうな手のオブジェです。
ホテルの部屋で10分ほど過ごしてから街歩きに出発しました。


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旧市街に向かうべくCorso Costantino Nigraを進みました。


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突き当りを右折します。


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普通の道路に見えますが、ドーラ・バルテア川の橋です。


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橋の上から見たヴェッキオ橋です。


P1330826
ローマ時代の紀元前1世紀に架けられたヴェッキオ橋ですが、この辺は川幅が狭く、流れが急になってます。そのため、大水になると崩壊と再建を何度も繰り返された橋です。
今でも川幅が狭いのですが、1830年から川幅の拡幅工事が行われ、1840年頃に架けなおされたヴェッキオ橋が現在の姿です。


P1330827
ヴェッキオ橋の反対側に架かっている鉄道橋です。


P1330828
鉄道橋の先に旧市街があります。
写真の右方向に駅と、この日のホテルがあります。


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崖上にサン・マウリツィオ教会があります。


P1330830
崖の途中から滝が流れています。


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カヴール通りを市庁舎がある中心街に進みます。


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写っている鐘楼はサン・マウリツィオ教会のものです。


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元々、この辺の川幅が広いのですが、雨続きのため、川の中州の殆どが水中に没していました。


P1330834
7月初旬でしたが、雨天続きの冷夏でした。


P1330838
先ほど渡ってきたCorso Costantino Nigraの橋です。橋の名前が分かりません。
写っている鐘楼はサン・グラート教会のものです。


P1330835
ペッローネ広場です。


P1330839
広場の名称は、広場の中心にあるエットーレ・ペッローネ・ディ・サン・マルティーノ将軍(トリノ、1789-ノヴァーラ、1849)のモニュメントがあることに由来します。
エットーレ・ペッローネ将軍は政治家、愛国者でした。


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雨が強くなってきました。


P1330840
カヴール通りを進んで市庁舎がある広場に向かいました。時計塔が写ってますが、市庁舎の時計塔です。


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雨のため、靴下まで濡れてきました。


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写真右の緑地はフェッランド広場です。


P1330843
ピエトロ・ルーカ通りの先に教会がありますが、強雨のため拝観する気が失せました。


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市庁舎に近付くと何故か金融機関の建物が多くなってきます。


P1330847
振り返って撮った写真


P1330849
雨を避けて柱廊を進みました。柱廊が有難いと思いました。


P1330850
ピアーヴェ通りです。通りの先にTempio Valdeseがありますが、拝観する気力が湧きません。


P1330851
Piazza Ferruccio Nazionaleです。


P1330852
広場の名称は、1944年に、この広場で絞首刑されたパルチザンに由来するそうです。


P1330856
Piazza Ferruccio Nazionaleに面して市庁舎が建ってます。


P1330854
市庁舎が建っている場所にデブルゴ病院がありましたが、1750年頃には荒廃して使用されなくなっていました。その病院を取り壊して、1758年から1761年に建設された市庁舎です。


P1330914
(つづく)

P2880203
パオロ・アッリ(アスティ、1868-1939)の「レオネット・オットレンギの肖像」(19世紀第4四半世紀)
パオロ・アッリはミケランジェロ・ピッタトーレの弟子です。


P2880207
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「エリア・モイーゼ・クラヴァの肖像」(1863)


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ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「エリア・モイーゼ・クラヴァの妻の肖像」(1865)


P2880212
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ラッファエーレ・デベネデッティの肖像」(1867)


P2880215
次の部屋です。


P2880217
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「パオリーナ・モンド・タリッコの肖像」(1915c)


P2880220
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「女性の肖像」(1912)


P2880222
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「年輩の男の肖像」(1914)


P2880226
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「年輩の女性の肖像」(1915)


P2880228
レオナルド・ビストルフィ(カザーレ・モンフェッラート、1859-トリノ、1933)の「磔刑」(1901以降)


P2880231
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「静物画」(1912)


P2880233
パオロ・アッリ(アスティ、1868-1939)の「ジュゼッペ・マンツォーネの肖像」(1906)


P2880235
ジュゼッペ・マンツォーネ(アスティ、1887-トリノ、1983)の「老婆の肖像」(1910)


P2880237
ジョヴァンニ・ロヴェーロ(アスティ、1885-サヴォーナ、1971)の「母と子供」(1912)


P2880239
ジョヴァンニ・ロヴェーロ(アスティ、1885-サヴォーナ、1971)の「若い女性と子供」(1910)


P2880241
ルイージ・オネッティ(1876-1968)の「リンダ・ロベッキ・オネッティの肖像」(1916)


P2880243
ルイージ・オネッティ(1876-1968)の「ジャチンタ・キオッティ・オネッティの肖像」(1914)


P2880245
アンドレア・ピスタリーノ(アレッサンドリア、1897-トリノ、1960)の「私の母」(1926c)


P2880247
中2階の展示室に向かいます。


P2880248
作品紹介を省略させて頂きます。


P2880249
作品紹介を省略させて頂きます。


P2880250
作品紹介を省略させて頂きます。


P1290396
カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1551-ミラノ、1629)の「キリストの洗礼」(1595-1600c)


P1290397
ジャコモ・パラヴィチーノ(チーヴォ、1660-ミラノ、1729)の「羊飼いの礼拝」


P1290398
パオロ・パガーニ(ヴァルソルダ、1665-ミラノ、1716)の「聖家族」(1705-10c)


P1290399
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603-パローディ・リーグレ、1684)の「聖体拝領の勝利と聖チェチリア」


P1290400
ジョヴァンニ・パオロ・チェルヴェット(ジェノヴァ、1630-1657)の「三位一体と聖人たち」(1652c)


P1290401
ジョヴァンニ・バッティスタ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、1603-パローディ・リーグレ、1684)の「聖体拝領の勝利と偶像崇拝」(1670-80)


P1290531
グリエルモ・カッチャ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)の「ロザリオの聖母」


P1290532
裾絵


P1290533


P1290534


P1290525
フラーヴィオ・エヴァン・マルティノッティ(モンテマーニョ、1636-1694)の「アヴィーラの聖テレーザと聖ジョヴァンニ・デッラ・クローチェ」(1680-85c)


P1290528
ジョヴァンニ・バルトロメオ・カラヴォーリア(トリノ、1615c-1691)の「聖家族と聖ジョアッキーノと聖アンナ」(1662-63)


P1290537
バルトロメオ・ペリッツァ(アスティ、1597-1622)の「ロザリオの聖母と聖人たちと信者たち」(1590-96c)


P1290540
バルトロメオ・ペリッツァ(アスティ、1597-1622)?の「使徒たちの問答」(1590-1600c)


P1290543
ジョヴァンニ・バルトロメオ・カラヴォーリア(トリノ、1615c-1691)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1663-67)


P1290546
アンドレア・ポッツォ(トレント、1642-ウィーン、1709)の「聖フランチェスコ・ザヴィエルの死」(1675-76)


P1290549
ピエトロ・パオリーニ(ルッカ、1603-1681)の「オロパのベアータ・ヴェルジネと聖エレーナと聖エウセビオとジャコモ・ゴリア司教」(1650-52)


P1290423
ジョヴァンニ・カリアーニの「スザンナを弁護するダニエーレ」(1625-30c)


P1290426
ハンス・メムリンク(ゼ―リンゲンシュタット、1430-ブルージュ、1494)の「キリストの鞭打ち」
これで終わりです。


P2880252
外に出ました。
(おわり)

P2880105
ピエモンテの逸名画家作「塙の中のシュラウド」(18世紀前半)


P2880108
オクタヴィアヌス・モンフォルト(ピエモンテ、1646-1696消息)の「果物と野菜の静物画」(17世紀中頃)


P2880109
オクタヴィアヌス・モンフォルト(ピエモンテ、1646-1696消息)の「果物と花とロブスターの静物画」(17世紀中頃)


P2880112
オクタヴィアヌス・モンフォルト(ピエモンテ、1646-1696消息)の「果物と花の静物画」(17世紀中頃)


P2880113
オクタヴィアヌス・モンフォルト(ピエモンテ、1646-1696消息)の「果物と野菜とロブスターの静物画」(17世紀中頃)


P2880117
シピオーネ・チニャローリ(ミラノ、1715-トリノ、1766)の「湖の風景」(1740c)


P2880120
1階(日本の2階)は終わりです。2階(日本の3階)に向かいます。


P2880121
エレベーターに乗らず階段を上りました。


P2880122
中2階がありますが、この階段では中2階に行けないようです。


P2880123
かなり戸惑う展示室です。


P2880124
フランチェスコ・アイエツ(ヴェネツィア、1791-ミラノ、1882)の「ルツ」(1853以降)


P2880126
紙に描かれた水彩画です。


P2880129
ジョヴァンニ・ミリアーラ(アレッサンドリア、1785-ミラノ、1837)の「アスティ・ドゥオーモ側面の景観」(1830-40c)


P2880131
次の部屋です。
アスティが生んだ19世紀の天才画家ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の作品が展示されてます。


P2880133
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「自画像」(1845c)


P2880134


P2880135
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「母の肖像」


P2880138
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「父セバスティアーノの肖像」(1852)


P2880140
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「寓意」(1848)


P2880144
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「静物画」(1850)


P2880148
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「バルバラ・グリエル三ネッティ・ポルチェッリの肖像」(1856)


P2880151
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「セバスティアーノ・ポルチェッリの肖像」(1856)


P2880154
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「フィリッポ・ブランビッラの肖像」(1860)


P2880157
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「カテリーナ・ベッカーロ・ブランビッラの肖像」(1860)


P2880160
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ステファノ・ボスキエーロの肖像」(1873)


P2880163
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ジュゼッペ・タリッコの肖像」(1895)


P2880166
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ・フェッラ―ロの肖像」(1880)


P2880168
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「マルチェッリ―ナ・ソルバ・マルティンの肖像」(1890)


P2880171
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「マリア・テルツゥオーロ・ヴォリオーロ」(1888)


P2880174
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ジョヴァンニ・マッテオ・パルミエーロの肖像」(1879)


P2880177
ミケランジェロ・ピッタトーレの作品が続きます。


P2880179
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「トラステヴェレの男の肖像」(1853-55)


P2880182
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「聖ピエトロ」(1852-55)


P2880185
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ジュゼッペ・ピコッティの肖像」(1859)


P2880188
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「ドメニカ・ジェルビの肖像」(1877)


P2880190
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「窓の女」(1870-80)


P2880194
ルドルフ・レーマン(1819-1905)の「ミケランジェロ・ピッタトーレの肖像」(1874)


P2880197
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「乞食としての自画像」(1894)


P2880199
ミケランジェロ・ピッタトーレ(アスティ、1825-1903)の「Via Crucis」(19世紀末)


P2880200


P2880201
(つづく)

P2880006
次の部屋です。


P2880008
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。


P2880010
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。


P2880014
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。
題名は全部違いますが、私の目には同じ作品にしか見えないので、題名は省略です。


P2880016
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。
ブレませんね。


P2880005
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。
趣が多少違います。


P2880015
詳細不知


P2880018
ピエモンテ製の「輿」(18世紀後半)


P2880020
次の部屋です。


P2880022
制作者情報不知の天井のスタッコ彫刻とフレスコ画


P2880023
詳細不知


P2880026
詳細不知


P2880027
ピエモンテ製のテーブルと椅子(18世紀)


P2880030
オーガー・ルーカス(パリ、1685-1765)の「詩の寓意」


P2880033
オーガー・ルーカス(パリ、1685-1765)の「香り」


P2880040
ロンバルド製「整理箪笥」(18世紀第2四半世紀)


P2880038
アウグスト・ケルフルト(ドイツ、1696-ウィーン、1761)の「狩猟中の休息」


P2880042
アウグスト・ケルフルト(ドイツ、1696-ウィーン、1761)の「騎馬の婦人がいる風景」


P2880044
次の部屋です。


P2880046
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の「目の見える人」(1972-73)


P2880048
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の「Senza titolo」(1979)


P2880050
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。


P2880051
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。


P2880052
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の作品です。


P2880054
次は、Sala delle Grandi Tele 大きなキャンバス絵の間です。


P2880056
ロンバルドの逸名画家作「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(17世紀後半)


P2880057
光るので角度を変えて撮ってみました。


P2880060
ピエトロ・ラヴェーリア(パリ、1625-アスティ、1675)とジョヴァンニ・アントニオ・ラヴェーリア(アスティ、1658-1710以降没)の「ブルボア川沿いのキリストと使徒たち」(1671c)
ジョヴァンニ・アントニオはピエトロの息子です。


P2880063
ジャン・カルロ・アリベルティ(カネッリ、1670-アスティ、1727)の「聖アンナと聖カルロ・ボッロメオと聖クリスティーナ」(1716-17)


P2880066
ロンバルドの逸名画家作「エジプトへの逃避途中の休息」(18世紀初め)


P2880070
ロンバルドの逸名画家作「聖ジュゼッペの死」(18世紀初め)


P2880072
オルソラ・マッダレーナ・カッチャ(モンカルヴォ、1600c-1676)の「救世主」(17世紀中頃)


P2880076
次の部屋です。


P2880077
Alcova (壁の奥に造った寝室)


P2880078
スタッコ彫刻(1684)


P2880081


P2880082


P2880083


P2880080
天井のフレスコ画は、アナクレート・ラレット(グラ―ナ、1874-アスティ、1950)の「愛によって戴冠したフローラ」(1939)


P2880084
逸名画家作「セレーネとエンディミオン」(17世紀後半)


P2880085
貴重品箱(17世紀後半)


P2880088
コルネリス・デ・ワール(アンヴェルサ、1592-ローマ、1667)工房作「狩猟中の休息」(17世紀第2四半世紀)


P2880091
ジェノヴァの逸名画家作「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(17世紀中頃)


P2880094
ジョヴァンニ・バッティスタ・カステッロ(ジェノヴァ、1547c-1639)の「キリストの洗礼」(1625)


P2880096
ヴェネトの逸名画家作「磔刑と聖マリア・マッダレーナ」(16世紀末)


P2880097


P2880100
クレタ=ヴェネツィアの逸名画家作「マギの礼拝」(18世紀)


P2880102
(つづく)

P2870926
次の部屋です。


P2870952
Sala dello Zodiaco


P2870928
天井のフレスコ画


P2870929
サルヴァトーレ・ビアンキ(ヴェラーテ、1653-1727)の「時間の寓意」


P2870930


P2870931
ピエモンテの工芸家と画家による「暖炉」(18世紀)


P2870936
ピエモンテ製「ソファー」(18世紀中頃)


P2870939
ピエモンテの逸名画家作「貴婦人の肖像」(18世紀第2四半世紀)


P2870941
ピエモンテの逸名画家作「貴婦人の肖像」(18世紀第2四半世紀)


P2870945
ピエモンテの逸名画家作「ビアージョ・アルファッショ・グリマルディ伯爵の肖像」(18世紀第1四半世紀)


P2870946
ピエモンテの逸名画家作「フランチェスカ・デ・リザランツゥの肖像」(18世紀第1四半世紀)


P2870951
ピエモンテの工芸家作「壁のテーブル」(17世紀末)


P2870953
マリア・ジョヴァンナ・バッティスタ・クレメンティ通称ラ・クレメンティ―ナ(トリノ、1692-1761)の「ジュゼッペ・ジョヴァンニ・アルファッショ・グリマルディ伯爵の肖像」(1745)


P2870957
マリア・ジョヴァンナ・バッティスタ・クレメンティ通称ラ・クレメンティ―ナ(トリノ、1692-1761)の「ヴィットリア・マリア・エリザベッタ・ガゼッリ・ディ・セルヴィの肖像」(1745)


P2870962
ヨハン・スターバス(アムステルダム、1679-ストックホルム、1724)の「騎乗のルイ14世」(17世紀末-18世紀初頭)


P2870965
フランドルの逸名画家作「ジョヴァンニ・バッティスタ・デ・リザランツゥの肖像」(17世紀初頭)


P2870967
次の部屋です。


P2870972
Galleria Mazzetti


P2870968
天井のフレスコ画


P2870969
ジュゼッペ・アントニオ・カッチョ―リ(ボローニャ、1672-1740)の「栄光のマゼッティ家」(1728)


P2870970
ジュゼッペ・アントニオ・カッチョ―リ(ボローニャ、1672-1740)の「ライオンが引く戦車に乗ったピエモンテ王子」(1728)


P2870971
詳細不知


P2870975
ピエモンテの逸名画家作「マリア・テレーザ・ディ・サヴォイアの肖像」(1817)


P2870977
ピエモンテの逸名画家作「マリア・ベアトリーチェ・ディ・サヴォイアの肖像」(1817以降)


P2870979
ピエモンテの逸名画家作「ヴィットリオ・エマヌエーレ1世の肖像」(1817以降)


P2870981
ピエモンテの逸名画家作「マリア・テレーザ・ディ・オーストリア・エステの肖像」(1817以降)


P2870982
制作者情報不知の「ジョヴァンニ・バッティスタ・マッゼッティ伯爵の胸像」


P2870984
次の部屋です。


P2870985
紋章の間


P2870986
1935年に描かれたアスティ県のコムーネの紋章


P2870987


P2870988
1937年、アスティ貯蓄銀行によって修復された装飾


P2870990
オッタヴィオ・バウッサーノ(アスティ、1898-1970)の「14世紀半ばのアスティ」


P2870992


P2870991


P2880001


P2880002
ヴァレリオ・カステッロの傑作が2点展示されてます。


P2870995
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624-1659)の「エレーナの強奪」(1650-59)


P2870998
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624-1659)の「ルクレツィアの死」(1650c)


P2880004
(つづく)

P2870837
次の部屋です。


P2870838
イタリア製婦人服(17世紀第3四半世紀)


P2870840
イタリア製燕尾服(1780-90)


P2870842


P2870843
ブリュッセル製綴れ織り布(16世紀中頃)


P2870846
次の部屋です。


P2870847
ボンツァニーゴの間です。
彫刻家、キャビネット制作者、象牙細工者、家具職人だったジュゼッペ・マリア・ボンツァニーゴ(アスティ、1745-トリノ、1820)が制作した作品が展示されている部屋です。


P2870849
ラッファエッロ作品コピーを組み込んだ記念碑(1808)


P2870851


P2870852


P2870853


P2870854


P2870855
次の部屋です。


P2870856
陶器の展示です。


P2870858


P2870860


P2870862
次はSala del Polittico di San Martino Alfieriです。
Maestro di San Martino Alfieriによって1503年から1504年に描かれた多翼祭壇画のパネルが展示されてます。多翼祭壇画は既に各パネルに分解されて、行方不明のパネルが数点あります。


P2870864
Maestro di San Martino Alfieriの「聖母戴冠」(1503-04)


P2870867
Maestro di San Martino Alfieriの「聖職者たちと信者たち」(1503-04)


P2870872
Maestro di San Martino Alfieriの「ご誕生」(1503-04)


P2870874
Maestro di San Martino Alfieriの「修道女たちと信者たち」(1503-04)


P2870880
Maestro di San Martino Alfieriの「受胎告知される聖母」(1503-04)


P2870882
Maestro di San Martino Alfieriの「ご訪問」(1503-04)


P2870883
Maestro di San Martino Alfieriの「一般の寄進者たち」(1503-04)


P2870886
Maestro di San Martino Alfieriの「聖母被昇天」(1503-04)


P2870890
次はSala dei Ritratti 肖像画の間です。


P2870891
床に置かれた敷布


P2870892
天井のスタッコ彫刻とフレスコ画


P2870893
制作者情報不知の「ヴィーナスとアモーレ」


P2870896
ピエモンテの逸名画家作「ジュゼッペ・アミーコ伯爵の肖像」(1730-40)


P2870900
ジョヴァンニ・エンリコ・ヴェイマー(ジェノヴァ、1665-1738)の「ジェノヴァ執政長官の肖像」(17世紀末-18世紀初頭)


P2870903
ピエモンテの職人作「鏡」(18世紀中頃)


P2870906
フランスの逸名画家作「ルイージ・カミッロ・ゴルティエーリ修道院長の肖像」(19世紀初頭)


P2870910
アデオダート・マラテスタ(モデナ、1806-1891)の「トンプソン卿の肖像」(1847)


P2870913
ソフィア・ジョルダーノ(トリノ、1778-1829)の「ジャチント・ヴィナイの肖像」(1813)


P2870916
ダヴィド・リヒター(ストックホルム、1662-ウィーン、1735)の「女性の肖像」(1720-30)


P2870919
ジョアッキーノ・アッセレート派逸名画家作「Nicolo Zoagliの肖像」(1640-49)


P2870920
ジェノヴァの逸名画家作「Vincenzo Zoagliの肖像」(17世紀中頃)
(つづく)

P2870758
歴史的建造物が建ち並ぶ、アスティ随一の目抜き通りCorso Vittorio Alfieriです。


P1290567
Torre dei Comentiniです。道を挟んで、塔の向かいにPalazzo Mazzettiがあります。


P2870762
写真右の建物がPalazzo Mazzettiです。


P1290393
Palazzo Mazzettiの端にアスティ市立美術館があります。


P1290390
Palazzo Mazzettiはアスティの貴族Mazzetti家によって1442年に建設された邸宅兼要塞です。


P2870763
Palazzo Mazzettiが建設された当時のアスティは政情不安定だったので、要塞の機能を備えた邸宅でしたが、時代を経るにつれて政情が徐々に安定するようになりました。それに伴い、Palazzoは堅固な構えが不必要となったので、17世紀に要塞機能が廃され、増設改修拡張されました。
現在の姿は、1751年に完了した増設改修拡張後のものです。


P1290395
市立美術館の入り口です。
1937年、建物はアスティ貯蓄銀行の所有となり、同銀行が修復工事を行いました。工事完了後の1940年、同銀行からの管理運営依頼に基づき、アスティ市立美術館がオープンしました。


P2870765
入館しました。


P2870766
美術館は中2階を含めて4フロアから成ってます。


P2870767
切符売り場近くの地上階に置かれた彫刻(詳細不知)


P2870768
階段を上ります。


P2870769
階段の踊り場に置かれた彫刻(詳細不知)


P2870770
階段の踊り場に置かれた彫刻(詳細不知)


P1290555
詳細不知


P1290552
展示室への入り口です。


P2870773
展示室に入室しました。


P2870777


P2870775
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の「布地」(1978)


P2870779
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の「地図」(1985)


P2870780
アリギエーロ・ボエッティ(トリノ、1940-ローマ、1994)の「地図」(1989)


P2870782
ジャコモ・グロッソ(トリノ、1860-1938)の「La Femme(毒婦?)」(1895)


P2870785
次の部屋です。


P2870786


P2870789
ロレンツォ・デッレアーニ(ポッローネ、1840-トリノ、1908)の「巡礼」


P2870792
ジョヴァンニ・ミケーレ・グラネリ(トリノ、1708-1762)の「聖フィリッポ・ネリとカンタリーチェの聖フェリーチェの邂逅と大道芸人」(1754)


P2870795
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピットーニ(ヴェネツィア、1687-1767)と工房の「聖バルトロメオの殉教」(1735以降)


P2870798
ジョヴァンニ・ミケーレ・グラネリ(トリノ、1708-1762)の「寺院から商人たちを追放するキリスト」(1756)


P2870801
ジョヴァンニ・ミケーレ・グラネリ(トリノ、1708-1762)の「カナの晩餐」(1756)


P2870803
次の部屋です。日本のものが展示されてます。


P2870804
江戸時代の鎧(18世紀末-19世紀初頭)


P2870806
明治時代の有田焼(19世紀末-20世紀初頭)


P2870808
明治時代の有田焼(19世紀末-20世紀初頭)


P2870810
ジュゼッペ・マンツォーニ(アスティ、1887-1983)の「海軍少将エンリコ・セコンド・グリエルミネッティの肖像」
この部屋の日本関係の展示作品は、この人が収集したもので、彼の遺言によってアスティ市に寄贈されたものです。


P2870813
日本のもの


P2870815
有田焼(18世紀)


P2870814


P2870817
次の部屋です。


P2870818


P2870820
フランチェスコ・フェリーチェ・プレデッジョ(トリノ、18世紀前半活動)の「シセラを殺すヤエル」


P2870823
ピエモンテの逸名画家作「ご訪問」(17世紀末-18世紀初頭)


P2870824
フランチェスコ・フェリーチェ・プレデッジョ(トリノ、18世紀前半活動)の「ホロフェルネスの首を持つユディト」


P2870826
ジョヴァンニ・フェリーチェ・ラメッリ(アスティ、1668-ローマ、1741)の「老人の肖像」(18世紀第1四半世紀)


P2870830


P2870833
ピエトロ・ラヴェーリア(パリ、1625-アスティ、1675)の「リマの聖ローザと聖人たち」(17世紀後半)


P2870835
グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568?-モンカルヴォ、1625)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1609-15)
(つづく)

P1290915
昼食を食べた店があるローマ広場です。


P1290917
Torre dei Comentini


P1290918
写真右の建物はアスティ貯蓄銀行です。


P1290919
アスティの目抜き通りCorso Vittorio Alfieriです。


P1290923
夕方になると人出が急増するイタリアの街ですが、未だ午後4時過ぎなので混雑とは程遠い状態です。


P1290927
振り返って市立美術館の方向を撮った写真です。


P1290929
この日に開いている教会は少なそうなので、これ以上教会巡りをしても意味があるとは思えません。


P1290933
次を左折すればTorre Troyanaです。


P1290940
Teatro Comunale Vittorio Alfieri


P1290941
この日の公演はありません。


P1290959
ホテルに戻ることにしました。


P2870649
4年後、アスティに来ました。


P2870650
近頃、新たに(初めて)訪れるコムーネは皆無になりました。


P2870651
この日のお宿に向かいました。


P2870652
今回のお宿はカヴール通りに面した、写真右のホテルにしました。


P2870653
行く所は前回とほぼ同じで、塔と教会巡りと市立美術館が目的です。


P2870654
サン・パオロ広場です。写真左にサン・パオロ教区教会があります。


P2870655
サン・パオロ教区教会の扉が開いてました。早速拝観しました。


P2870657
既に紹介したので、拝観の様子は省略です。


P2870656
街の中心、サン・セコンド広場に向かいます。


P2870658
Torre dei Guttuari


P2870660
旧エルベ広場です。
16世紀、塔は約半分に切り取られましたが、1898年の現在の姿に復元されました。


P2870661
ギベルティ党のグットゥアーリ家が塔を含んだ邸宅を12世紀から13世紀に建設しました。邸宅は現存してません。


P2870663
街の中心、サン・セコンド広場です。


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赤地に白十字の旗が目立ちます。


P2870665
赤地に白十字はアスティの旗です。


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サン・セコンド参事会教会です。


P2870717
拝観しました。


P2870675
市庁舎


P2870674
次は市立美術館です。


P2870755
突き当りが目抜き通りのCorso Vittorio Alfieriです。


P2870756
Corso Vittorio Alfieriに出ました。少し進めば市立美術館です。


P2870758
Torre dei Comentiniの先が市立美術館です。


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ローマ広場


P2870762
市立美術館があるPalazzo Mazzettiです。


P2880251
入館しました。


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P2880008


P2870763
外に出ました。


P2880265
繰り返しになるので、この辺で止めておきましょう。


P2880267
(おわり)

P1290857
次はサン・ジュゼッペ聖域です。


P1290858
Via Giosue Carducciにある中学校です。


P1290859
サン・ジュゼッペ聖域があるカイローリ広場に向かいます。


P1290860
通りの先に教会の建物があります。


P1290861
Piazza Fratelli Cairoliです。


P1290863
Santuario Oblati di San Giuseppeです。


P1290865
1727年に、この地に建設された女子修道院教会が前身です。19世紀にネオ・ゴシック様式に再建された建物です。


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ファサードにある「幼きキリストを抱く聖ジュゼッペ」(19世紀)


P1290894
ファサードの入り口上ルネッタの装飾


P1290869
扉が閉まっていましたが、中に必見の作品がないので問題がありません。


P1290867
広場にあるウンベルト1世のモニュメント


P1290868
写真右にPalazzo Alfieriが見えます。


P1290871
通りの先に塔と教会が見えます。


P1290872
Torre Rossa とサンタ・カテリーナ教会です。


P1290875
塔は三層構造になっていて、最下層は紀元前1世紀に建設された城壁の監視塔です。真ん中の第二層は、10世紀に建設された初代のサン・セコンド教会の鐘楼として11世紀に追加されました。最上部の第三層は18世紀に増設されました。教会の建物は刑務所に転用され、塔は囚人たちの監視塔になりました。


P1290876
塔の高さは約24mあります。


P1290874
16角形、ロマネスク様式の塔です。


P1290877
サンタ・カテリーナ教会のファサードの方に回ります。


P1290878
写真左はサンタ・カテリーナ教会です。写真右の壁にフレスコ画があります。


P1290879
そのフレスコ画です。


P1290880
僅かに残されている城壁です。アスティの城壁は大部分が取り払われ、道路になってます。


P1290881
サンタ・カテリーナ教会です。


P1290882
サン・セコンド修道院教会が前身ですが、1732年に取り壊され、現在のバロック様式の建物は1766年から1773年に建設されました。


P1290886
1929年、フランチェスコ会の所有となりました。


P1290885
クーポラの高さは35mです。


P1290887
Corso Vittorio Alfieriを中心部に向かって進みます。


P1290888
写っている塔は(写真手前の)Torre Troyanaです。


P1290889


P1290896
道路が濡れてますが雨が降ったのではなくて、散水清掃車が通ったからです。


P1290900
Torre dei Nattaです。


P1290898


P1290899
写真正面の建物の右側に塔があります。


P1290901
写真右の塔です。


P1290902
13世紀に建設されたTorre De Deregibusです。


P1290904
高さ27mの塔です。


P1290903
アスティの貴族De Regibus家の邸宅の塔として建設されました。その邸宅は現存しません。


P1290905


P1290906
Corso Vittorio Alfieriをローマ広場方向に進みます。


P1290908
振り返って撮った写真です。


P1290907
Torre Comentinaが見えます。


P1290909


P1290910
写真左の建物はPalazzo Mazzettiです。


P1290911
この日の午前中に入館した市立美術館です。


P1290912
Stemma Comentina


P1290914


P1290913
(つづく)

P1290767
左側廊


P1290768
左側廊の天井にもフレスコ画があります。


P1290769
カルロ・インノチェンツォ・カルローニ(スカリア・ディンテルヴィ1687-1775)のフレスコ画


P1290771
「マギの礼拝」でしょうか?


P1290774
主祭壇


P1290775
フランチェスコ・ファッブリカ(ミラノ、1710-1740消息)とピエトロ・アントニオ・ポッツィ(18世紀前半活動)と18世紀前半のボローニャの逸名画家による中央礼拝堂後陣のフレスコ画


P1290776


P1290778


P1290781
後陣にもオルガン(18世紀)があります。


P1290780


P1290783
右側廊


P1290785
制作者情報不知の「聖母子」(15世紀)


P1290786


P1290787
詳細不知の「天使」


P1290788
詳細不知の「天使」


P1290789
カルロ・インノチェンツォ・カルローニ(スカリア・ディンテルヴィ、1687-1775)の「聖母被昇天」


P1290795
ロッコ・コマネッディ(ポルレッツァ、1744-1819)がこの作品の制作に参加したかどうかについては明確になっていないようです。


P1290790
詳細不知


P1290791
詳細不知


P1290792
詳細不知


P1290793
詳細不知


P1290797
Cappella Genealogia della Vergine


P1290799
ガンドルフィーノ・ダ・ロレート別称ガンドルフィーノ・ダスティ(アスティ、1493-1518記録)の「聖母の系譜」


P1290801
詳細不知


P1290802
詳細不知


P1290803
フランチェスコ・ファッブリカ(ミラノ、1710-1740消息)、ピエトロ・アントニオ・ポッツィ(18世紀前半活動)、ボローニャの逸名画家によって制作されたフレスコ画


P1290806
3人の画家のうち、誰が制作したかについては不明のようです。


P1290808


P1290810
制作者情報不知のフレスコ画(15世紀)


P1290813
詳細不知


P1290814


P1290815


P1290816


P1290817


P1290818


P1290819


P1290820


P1290821
右側廊


P1290832


P1290823
詳細不知


P1290824


P1290825


P1290826


P1290827
聖水盤


P1290829
左側廊


P1290830


P1290673
外に出ました。
(つづく)

P1290856
引き続きアスティ―のドゥオーモです。


P1290658
右側の入り口から聖堂内に入ります。


P1290690
中に入りました。


P1290693
三廊式、ゴシック様式の内部です。


P1290692
翼廊がありません。


P1290694
ファサード側の扉は通常閉まってます。


P1290696
ファサード裏側にフレスコ画が描かれてます。


P1290695
フランチェスコ・ファッブリカ(ミラノ、1710-1740消息)、ピエトロ・アントニオ・ポッツィ(18世紀前半活動)、18世紀前半のボローニャ出身の逸名画家によって、18世紀前半に制作されたフレスコ画です。


P1290697
フレスコ画各場面の作品帰属は明確になっていないようです。


P1290698


P1290700


P1290699
洗礼盤


P1290706
17-18世紀の逸名画家作「聖母子と聖人たち」(1694)


P1290710
P1290710
左側廊


P1290711
天井一杯に描かれたフレスコ画


P1290712
詳細不知


P1290713
カルロ・インノチェンツォ・カルローニ?のフレスコ画でしょうか。


P1290714
聖水盤


P1290715
テラコッタ彫刻の「嘆き」(1502)


P1290716
私には制作者が分かりません。


P1290718


P1290719
フレスコ画の制作者が不明です。


P1290720


P1290721


P1290722
ガンドルフィーノ・ダ・ロレート別称ガンドルフィーノ・ダスティ(アスティ、1493-1518記録)の「聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタと聖ピエトロと聖パオロと寄進者オベルティーノ・ソラーロ」(1516)


P1290724



P1290730
詳細不知のフレスコ画


P1290731


P1290732


P1290733


P1290734


P1290737
詳細不知の「十字架降下」


P1290739
ガンドルフィーノ・ダ・ロレート別称ガンドルフィーノ・ダスティ(アスティ、1493-1518記録)の「聖母の結婚」(1510-12)


P1290747
詳細不知


P1290751
カルロ・インノチェンツォ・カルローニ(スカリア・ディンテルヴィ、1687-1775)とロッコ・コマネッディ(ポルレッツァ、1744-1819)のフレスコ画


P1290753
詳細不知


P1290755
詳細不知


P1290757
詳細不知


P1290760
詳細不知


P1290763
礼拝堂の名称が分かりません。


P1290764
詳細不知のフレスコ画


P1290765


P1290766
1768年に制作されたオルガン
(つづく)

P1290647
ドゥオーモにやってきました。


P1290648
先ず教区博物館に入館する予定でしたが・・・・・


P1290649
残念ながら旧サン・ジョヴァンニ教会の扉が閉まっていました。旧教会の建物が教区博物館として利用されてます。
アスティの最初の司教座教会がサン・ジョヴァンニ教会でした。


P1290650
今、通ってきたVia Cattedraleです。


P1290651
ドゥオーモの鐘楼です。


P1290654
ファサードの方に回ります。


P1290852
ドゥオーモ広場です。


P1290842
ファサードの方にやってきました。


P1290838
アスティ司教区の司教座教会 Cattedrale di Santa Maria Assnta e San Gottardoです。


P1290840
5-6世紀に建設された初期キリスト教会が前身で、旧サン・ジョヴァンニ教会(現在は教区博物館)が建っている場所にありました。
1070年に起きた火災によって、建物の一部が消失したので、その直後に二代目の建物が再建され、1095年に奉献式が行われました。
現在のロンバルド・ゴシック様式の建物は、1266年創建、1470年に完成した三代目のものです。


P1290844
ファサードの中央扉


P1290845
中央扉左柱の柱頭


P1290847


P1290848
ファサードに向かって右扉


P1290849


P1290850
ファサードに向かって右扉の柱頭


P1290837
ファサードに向かって右側外壁を見ます。


P1290835
ファサードの扉は何時も閉まってます。聖堂内に入るには、写真右端の扉を利用します。


P1290834
右側壁の扉を見ます。


P1290662
Antiporta Pellettaです。


P1290661
アスティの名家で大金持ちPelletta家の当主Gerolamo Pellettaの寄進によって1300年から1320年頃に制作されました。


P1290663
Antiporta Pellettaのルネッタのフレスコ画


P1290677
ピエタのキリスト


P1290678
受胎告知する大天使


P1290679
受胎告知される聖母


P1290680
右側壁扉天井


P1290664
聖母被昇天


P1290665
聖パオロ


P1290666
聖ピエトロ


P1290853
聖ジローラモと聖ビアージョ


P1290667


P1290669


P1290670


P1290671


P1290674


P1290675


P1290676


P1290683
20世紀に修復された木製扉


P1290684


P1290685


P1290688


P1290689


P1290660
1266年に遡る鐘楼ですが、18世紀に現在の姿に改造されました。


P1290655
鐘楼の下部に日時計があります。


P1290657


P1290659
日時計


P1290854
(つづく)

P1290592
昼食を食べ終わって、ローマ広場からCorso Vittorio Alfieriに戻りました。


P1290593
Corso Vittorio Alfieriを左折してVia Mosignor Umberto Rossiに入りました。


P1290594
写真左はアルガノン庭園です。


P1290595
街歩きをすると、その街の貧富が大体分かります。アスティは豊かです。


P1290596
通りの先に見えている塔はTorre Troyanaです。


P1290597
Palazzo Seminario Vescovileです。


P1290598
Palazzo Seminario Vescovileの建物は、現在図書館として使用されてます。扉が閉まっていました。


P1290604
建築家ベネデット・アルフィエーリ(ローマ、1699-トリノ、1767)の設計によって建設されたバロック様式の神学校です。


P1290602
旧神学校の入り口です。


P1290605
この付近に塔があった筈だが、中々見つかりません。観光案内所で貰った地図がカバンの中にありますが、大体見ないので自分のいる場所が分からない。


P1290607
このオステリアがあったので、自分のいる場所が分かりました。塔は直ぐ傍です。このオステリアはお勧めです。


P1290608
探していたTorre Solaroです。


P1290613
1350年頃に建設されたゴシック様式のTorre Solaroです。


P1290610
塔の名称は、塔がソラーロ家邸宅の一部として建設されたことに由来します。


P1290611
Torre Solaroに接して建っている州立高等学校です。ソラーロ家邸宅は現存してません。


P1290615
写真右はPalazzo Catenaです。


P1290616
次はドゥオーモです。


P1290618
広場にやってきました。


P1290621
Piazza Alberto Castiglianoです。


P1290620
アルベルト・カスティリアーノ広場からドゥオーモの鐘楼が見えます。


P1290623
写真右の建物の向こう側(同じ建物の一つ先の通りに面した方)にMuseo Civico di San Anastasioがあります。


P1290626
道の先にドゥオーモがあります。


P1290627
写真右の建物がよく分かりません。


P1290628
フレスコでファサードを作った?(詳細不知)


P1290630
ドゥオーモの鐘楼が見えてます。


P1290629
突き当りを左折します。


P1290632
Via Cattedrale


P1290634
この先に塔があります。


P1290633
ナッタ通りです。


P1290635
塔が多いですね。


P1290639
11世紀に建てられたTorre dei Natta です。


P1290637
塔の名称はナッタ家邸宅にあることに由来しますが、塔が建設された時にはナッタ家はアスティとは無縁で、別の家の所有だったとされてます。


P1290638
ナッタ家が所有することになったのは17世紀頃と言われてます。


P1290640
ドゥオーモ周辺は見所が豊富です。


P1290641
昼食のワインが効いてます。


P1290642
トイレに行きたくなったので、バールを探しました。これがないのですよ。


P1290643
この紋章の意味が分かりません。パリオの地区分け?


P1290644
この建物に見惚れてしまいました。


P1290645
騙し絵の窓です。本物の窓が少なく、多くが騙し絵です。


P1290646
(つづく)

P1290365
サン・マルティーノ教会にやってきました。


P1290368
ドゥオーモ、サン・セコンド参事会教会に次いで、アスティで3番目の重要な教会とされてます。


P1290366
886年の文書に初めて本教会の存在が記載されてます。
1168年、アゴスティーノ会の所有になり、直ぐに修道院が併設されました。建物の経時劣化のため、1696年に初代の建物が取り壊され、再建工事が直ちに開始され、1738年に完成したバロック様式の二代目の建物が現在の姿となってます。


P1290385
14世紀に建設された鐘楼は初代の建物にあったもので、現在も使用されてます。


P1290373
ファサードの彫刻:聖マルティーノ


P1290374
聖ジャコモ


P1290384
聖フィリッポ


P1290378
教会で結婚式が行われます。


P1290375
拝観を諦めました。


P1290379
サン・マルティーノ教会の向かいにあるサン・ミケーレ教会です。


P1290381
サン・ミケーレ教会のファサードにある浮彫


P1290382
教会の入り口扉が開いてましたが、鉄扉が施錠されていました。何故か犬が・・・・・


P1290387
2連敗です。


P1290372
早々に退散しました。


P1290386
次は市立美術館です。


P1290388
サン・マルティーノ通りを進みます。


P1290389
道の突き当りが市立美術館が置かれているPalazzo Mazzettiです。


P1290390
アスティ市立美術館です。


P2870765
入館しました。


P2870803
アスティ市立美術館に付いては、項を改めて詳しく触れます。


P2870862
展示作品が多いですが、それらの質は中位くらいでしょうか。


P2880250
現代の作品も展示されてます。


P1290556
市立美術館から外に出ました。


P1290557
写真左はイタリア統一市立博物館です。


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イタリア統一関係の博物館は何処も似たり寄ったりです。


P1290558
入館するつもりはなかったけれど、中庭くらいは見ても良い。


P1290563
アスティのMuseoは充実してます。17世紀中頃に建設されたバロック様式の建物です。


P1290564
Palazzo Ottolenghiの中庭


P1290559
Corso Vittorio Alfieriの先に塔が見えます。


P1290566
13世紀に建設されたTorre dei Comentiniです。


P1290567
高さが38.55mあります。


P1290568
塔の隣にサン・ベルナルディーノ教会があったので、Torre di San Bernardinoとも呼ばれてます。


P1290582
Torre dei Comentiniがある建物のように見えるので、誤解されてます。


P1290575
Torre dei Comentiniを囲んで、1897年に建設されたネオ・ゴシック様式のPalazzo Medici dei Vascelloです。よく見ると塔にマッチせず、どこかチグハグに見えます。


P1290572
Palazzo Medici del Vascelloが面しているローマ広場です。


P1290577
ローマ広場の中央にモニュメントがあります。


P1290583
1898年に制作されたイタリア統一のモニュメントです。


P1290570


P1290574


P1290591
そろそろ昼食時です。


P1290589
Palazzo Medici del Vascelloの一角にあるレストランで昼食にしました。


P1290586


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P1290584


P1290587


P1290588


P1290590
(つづく)

P1290315
サン・ロッコ教会が見えてます。


P1290316
ファサードの方に向かいます。


P1290317
サン・ロッコ教会のファサードです。


P1290326
サン・セコンド参事会教会で活動したサン・ロッコ友愛会 Confraternita di San Roccoでしたが、自前の活動拠点を持ちたいと考え、現在のサン・ロッコ教会近くに1637年に小さな教会を建設しました。友愛会信者が増加したので、小さな教会に隣接した土地を購入し、そこに新しい建物を建設することになりました。
17世紀末に創建され、1720年に完成したのが現在のサン・ロッコ教会の建物です。


P1290322
裕福なサン・ロッコ友愛会なので、教会の中には見るべき作品があります。


P1290321
扉が閉まっていましたが、それは当然です。


P1290328
2012年の地震によって被害を受けたので、立ち入り禁止となってます。要修復なのですが、資金難のため工事が未着工となってます。


P1290320
時計は正確でした。


P1290323
友愛会の建物に碑文があります。


P1290324
友愛会の会員の戦死者リストです。


P1290327
次はサン・ジュゼッペ教会です。


P1290329
この通りの先に広場があり、広場に面して教会があります。


P1290330
サン・ジュゼッペ広場です。


P1290331
旧サン・ジュゼッペ教会です。
1647年に完成したバロック様式の教会です。19世紀に教会活動が停止され、その後、一度も宗教活動が再開されることなく現在に至ってます。
1923年、ファシスト民兵の兵舎に転用され、その後、消防署などとして使用されてからアスティ市の所有となっており、現在は展示場などになってます。
ここに来たのは、ベルナルド・ストロッツィ特別展が開催されているという情報があったからですが、がさネタでした。


P1290332
サン・ジュゼッペ広場から見えるクーポラ。何処の教会のクーポラなのか、分かりません。


P1290337
サン・ジュゼッペ広場から見えるサン・ロッコ教会です。


P1290339
日時計のある建物です。


P1290338
Casa Roeroの日時計


P1290340
Via San Martino


P1290341
写真左の建物にフレスコ画があります。


P1290342
これです。詳細不明のフレスコ画


P1290344
次はPalazzo Gazzelliです。


P1290345
Via Quintino SellaにPalazzo Gazzelliがあります。


P1290346
写真右にある建物がPalazzo Gazzelliです。


P1290348
Palazzo Gazzelliには塔があります。


P1290349
13世紀後半に建設されたPalazzo Gazzelliです。


P1290351
塔は修復されてますが、13世紀後半のオリジナルです。


P1290350
建物は18世紀前半に現在の姿に改造されました。


P1290352


P1290354
Casa dei Roero di Cortanzeです。


P1290355
13世紀に建設されました。


P1290353
美術的に必見の作品が中に数点ありますが、個人の邸宅で非公開となってます。


P1290356


P1290358
サン・マルティーノ通りを進みます。


P1290357
すぐにサン・マルティーノ教会のクーポラが見えます。


P1290361
振り返って撮った写真


P1290359
次はサン・マルティーノ教会です。


P1290360
中世の建物が多く、美術的に優れた作品が幾つかあるので、美術ファンがもう少し訪れても良いと思います。


P1290362
ワインが有名ですが、ワインショップは少ないようです。


P1290363
昼間から試飲させる店があまりありません。


P1290364
(つづく)

P1300022
サン・パオロ教区教会です。


P1290247



P1300019
1292年に記録にサン・パオロ教会の存在が初めて記載されました。


P1290284
写真の建物は1292年に初めて記録された教会のものとされてます。


P1290287
大改修されて面影がありませんが、写真左のアウトレットのお店が初代の教会建物のファサードです。


P1290288
1381年、教区教会になりました。


P1290246
1787年から1794年に再建されたバロック様式の建物が現在の教会の姿です。


P1290277
見所が乏しいファサードです。


P1300025
ファサードに向かって左側の入り口から中に入ります。


P1290248
中に入りました。間もなくミサが行われるようです。


P1290250
八角形、バロック様式の内部です。


P1290249
右側壁


P1290251
クーポラのフレスコ画は、カルロ・ゴルツィオ・ダ・モンカルヴォによって制作されました。この画家については全く知りません。


P1290260
バロック様式の教会らしく派手な装飾です。


P1290252
ヴィンチェンツォ・カヴァッレ―リによる後陣のフレスコ画


P1290257
ヴィンチェンツォ・カヴァッレ―リについては、全く知りません。


P1290255
祭壇画が多いですが、その殆どの作品帰属が分かりません。


P1290259


P1290265
制作者情報不知の「マギの礼拝」(19世紀)


P1290271
制作者情報不知の「ご訪問」


P1290272


P1290273


P1290274
詳細不知
ミサが始まりました。


P1290292
ミサが始まったので外に出ました。


P1290289
カヴール通りです。


P1290290
Chiesa della Confraternita della Santissima Trinita e Sant' Evasioに行こうと思いましたが、扉が閉まっていました。


P1290286
次はPalazzo dei Catenaです。


P1290293
サン・パオロ教区教会の前を通り過ぎます。


P1290294
9月20日通りを進みます。


P1290296
Palazzo dei Catenaが見えてきました。


P1290299
13世紀末から14世紀初めに建設されたPalazzo dei Catenaです。


P1290300


P1290301
新たに塗装されて新しく見えますが、17世紀に建設された建物です。


P1290302
人通りが殆どありません。


P1290304
18世紀に建設された建物です。


P1290305
次はサン・ロッコ教会です。


P1290307
写真左の建物は教会に見えませんが、旧教会です。


P1290308
アルフィエーリ家の墓があるようです。


P1290310
9月20日通りを更に進みます。


P1290311
写真右にフレスコ画がある建物があります。


P1290312
この一角です。


P1290313


P1290314
(つづく)

引き続きサン・セコンド参事会教会です。
P2870721
制作者情報不知の「磔刑」


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ヴィスコンティ派逸名画家作「三位一体」(15世紀初め)


P2870725
制作者情報不知のフレスコ画(15世紀初め)


P2870727
制作者情報不知のフレスコ画(15世紀初め)


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制作者情報不知の「聖セコンド」(15世紀初め)


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右側廊の礼拝堂


P2870733
詳細不知


P2870735
詳細不知


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サン・ジョヴァンニ礼拝堂


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サン・セコンド礼拝堂


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サン・セコンド礼拝堂の天井


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制作者情報不知のフレスコ画


P2870745


P2870747
詳細不知


P2870750
制作者情報不知の「聖セコンドに顕現するキリスト」


P1290117
ガンドルフィーノ・ダ・ロレート別称ガンドルフィーノ・ダスティ(1493-1518活動記録)の「ロレートの聖母と聖セコンドと聖人」


P1290125


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外に出る前に主祭壇をもう一度見ました。


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外に出ました。


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市庁舎の後方にサン・セコンド参事会教会の鐘楼がよく見えました。


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未だ午前10時です。


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保険会社の建物


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街角のフレスコ画を見に行きます。


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Via Stefano Incisa


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レストラン・フランチェーゼの後方に街角のフレスコ画があります。なお、フランチェーゼはお勧めするには二の足を踏みます。


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塔のある建物が見えます。


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塔のある建物はPalazzo dei Guttuariです。


P1290241
1235年に完成したTorre dei Guttuariです。


P1290240
Guttuari家が建設した邸宅の塔とされていましたが、1260年から1270年のアスティの公的文書を詳細に調査した結果、従来の説は覆され、2つの家の邸宅の境界に2つの家の資金によって塔が建設されたそうです。


P1290231
塔はPiazza Statutoに面して建ってます。


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落ち着いた雰囲気の広場で、公園になってます。


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広場のベンチで一休みしました。


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広場の先に教会が見えます。


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サン・パオロ教区教会です。


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人が次々と教会の中に入って行きます。


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間もなくミサが行われるのでしょう。


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ファサードに向かって左側の建物は修道院でしょう。


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鐘楼


P1290285
ファサードの左側壁側にも教会の扉があります。
(つづく)

P1290983
次は、サン・セコンド参事会教会 Collegiata di San Secondoです。


P1290210
聖セコンド(?、1世紀-アスティ、119)は、アスティの貴族出身のローマ軍将校(他説が幾つもあって聖セコンドの生涯はよく分かっていないようです)でしたが、キリスト教に帰依し、棄教を迫られましたが、それを拒否して、現在の参事会教会が建っている場所で斬首され殉教しました。アスティの守護聖人です。
聖セコンドの聖遺物を祀るために教会が建設されました。教会の最古の記録は880年の文書だそうです。聖セコンドの聖遺物は異民族の侵入の際、ドゥオーモに移されましたが、1597年に本教会に戻されました。


P1290227
現在の建物の原形は、1256年に建設されたロマネスク様式の建物です。15世紀前半に拡張工事が行われ、ゴシック様式に改造されて1440年に完成した建物が現在の姿です。


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1462年に完成したファサードです。


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13世紀に建設されたロマネスク様式の鐘楼が今でも現役ですが、少し分かり難い場所にあります。


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ファサードに向かって右側壁外観です。


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左側です。


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後陣


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ファサードを見ます。


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ファサードの聖セコンド像


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ファサードの丸窓


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メイン扉上ルネッタの彫刻とフレスコ画


P2870754
フレスコ画が塗り潰されていました。
フレスコ画が残っていた写真は2016年に撮りましたが、2018年に行った時には塗り潰されていました。日光と風雨に晒されるという、フレスコ画には悪条件ですが、フレスコ画を修復しないで塗り潰すとは!


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入口の装飾が地味です。


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拝観します。


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中に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、ゴシック様式の内部です。


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右側壁方向


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ゴシック様式らしく高い天井です。


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左側廊


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左側廊から見た身廊中央方向


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ファサード裏にあるオルガンと聖歌隊席です。
左側廊の礼拝堂から見て回りました。


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16世紀の逸名画家作「父なる神とご誕生と聖人たち」


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ガンドルフィーノ・ダ・ロレート別称ガンドルフィーノ・ダスティ(1493-1518活動記録)の「多翼祭壇画」
ガンドルフィーノ・ダ・ロレートは、アスティ、アレッサンドリア、モンフェッラートで活動した記録が残っている画家で、ガンドルフィーノの父がアスティ出身でした。


P2870688
Cappella dei Crocefisso


P2870693
この教会にある作品の殆どについて、その作品帰属が分かりません。私が分からないだけで、地元は多分分かっていると思います。


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詳細不知


P2870692
詳細不知


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詳細不知


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左側廊の礼拝堂


P2870698
詳細不知


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詳細不知


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制作者情報不知の「聖セコンド」


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ピエタの礼拝堂


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制作者情報不知の「アスティの街(フレスコ)」


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制作者情報不知の「ピエタ」


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後陣左の礼拝堂


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制作者情報不知の「天上の聖母子と聖人たち」


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制作者情報不知の「聖セコンドの殉教」


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主祭壇


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右側廊


P2870720
(つづく)

アスティは、人口76,026人(2018年12月31日現在)のピエモンテ州アスティ県の県都です。特産のワインで有名です。
P1290053
アスティ駅に到着しました。


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アスティ駅の駅舎


P1290055
かなり広い駅前広場です。


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鉄道駅の横にバスターミナルがあります。


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駅近くに大駐車場があります。


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パリオが行われるCampo del Palioです。アスティのパリオは競馬です。競馬のパリオはシエナが有名ですが、シエナのカンポ広場と比べると、この広場は広いので、競馬としてはアスティの方が迫力があります。


P1290060
この日のお宿に向かいます。


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駅から徒歩6,7分でホテルに着きます。


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Parco della Resistenza


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この日のお宿です。


P1290961
全ての部屋に無料ワインが1本ついてます。これがあったので、自ずと部屋飲み、部屋で食事となります。


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部屋で一休みしてから街歩きに出発しました。


P1290065
Piazza Vittorio Alfieriです。


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写真左の建物はアスティ県の県事務所です。


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県事務所の端に観光案内所があります。


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観光案内所に立ち寄って、アスティの地図を頂戴しました。


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県事務所の受付です。


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Mercato


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塔を見に行きます。
中世の頃、約150本の塔があったアスティですが、現存するのは12本です。


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Corso Vittorio Alfieriです。


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雨で道路が濡れているのではなく、清掃車が散水しながら通ったためです。


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塔が見えてきました。


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Torre Troyana、またはTorre dell' Orologioと呼ばれてます。


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12世紀末に建設された塔がある建物がありました。アスティの貴族が建設したようですが、具体的なことは不明とされてます。塔は未完成でした。
13世紀前半、ピエモンテの銀行家トロ―ジャ家(後にトロヤ家と改称)が未完成の塔を含む家を購入して1260年から1280年に完成させた塔です。高さ44m、一辺5.9mの正方形の塔です。


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ここでは高さ38mとされてます。


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今、通ってきたVia Cesare Battistiです。


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メディチ広場です。


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広場の名称メディチは、フィレンツェのメディチ家と無関係です。


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フレスコ装飾がある建物です。


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広場の中心にある噴水が広場の名称に由来します。


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1890年、エンジニアのLuigi Medici del Vascelloが噴水を寄贈したいと考え、1908年に設計を行い、彫刻家マテルノ・ギリバルディによって制作されました。


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ルイージ・メディチ設計、マテルノ・ギリバルディが制作した噴水


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商工会議所の建物です。


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次はサン・セコンド聖堂です。


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メディチ広場から聖堂がある広場まで、徒歩3,4分でしょうか。


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パリオ疲れなのか、閉まっている店がかなりありました。


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Corso Vittorio Alfieriを通過します。


P1290101
この街で最も賑わう通りです。


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Piazza San Secondoです。


P1290103
毎年9月第4日曜日にパリオが行われます。この時は、パリオが既に終わって、広場の片づけが行われていました。


P1290211
市庁舎です。


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ベネデット・アルフィエーリ(ローマ、1699-トリノ、1767)の設計によって18世紀に建設された市庁舎です。


P1290216
市庁舎の隣にサン・セコンド聖堂があります。


P1290105
(つづく)

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聖杯(13世紀)


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ヴェルチェッリの金工家作「聖杯」(1879)


P2860113
ヴェルチェッリの金工家作「聖杯」(1854)


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イタリア製「聖杯」(20世紀)


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次の展示室です。


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意味不明な剥離フレスコ


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次の部屋です。


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柱頭(3‐4世紀)


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柱頭(2‐3世紀)


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聖人たち


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聖パオロ


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聖ジョヴァンニ・バッティスタ


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聖カルロ・ボッロメオの襟着


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ヴェルチェッリの金工家作「聖フィリッポ・ネリ像」(18世紀末)


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階上に向かいました。


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階上の部屋


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大司教のベッド


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ジョヴァンニ・バッティスタ・チェリドーネ(ヴェルチェッリ、17世紀初め活動)の「玉座の聖母子と聖人たち」


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ロンバルドの逸名画家作「マギの礼拝」(17世紀)


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作品がありません。


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フランドルのタペストリ工房作「キリストの洗礼」(16世紀第2四半世紀)


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ジローラモ・ジョヴェノーネ(ヴェルチェッリ、1490‐1555)の「マギの礼拝」


P2860210
詳細不知


P2860211
絵画館部門は閉鎖されていました。


P2860212
外に出ました。
(おわり)

P2860215
ヴェルチェッリ大聖堂です。


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大聖堂の鐘楼です。


P2860050
鐘楼の後方に大司教館があります。


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大司教館にヴェルチェッリ大聖堂の宝物博物館 Museo del Tesoro del Duomo di Vercelliがあります。2000年に一般公開されるようになりました。


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大司教館の中庭を経由して博物館に入館します。


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3世紀から現在に至る宝石、家具、典礼品、タペストリ、絵画、本などが展示されてます。


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最初は本の展示です。


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十字架の展示です。


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磔刑の十字架(13世紀)


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絵巻物(12世紀末‐13世紀初め)


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ボウルの数々


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次の展示室です。


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部屋のフレスコ画


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P2860103
(つづく)

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サン・パオロ教会から外に出ました。


P1000185
18世紀に建設されたPalazzo Avogadro della Motta e di Villanova


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18世紀に建設されたサン・ロレンツォ教会です。


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写真左はPalazzo Borgognaです。


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写真左はサンタ・マルゲリータ修道院です。


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サンタ・マルゲリータ修道院の入り口


P1000193
17‐18世紀に建設されました。


P1000194
緑地が多い街です。


P1000195


P1000196
Torre Vialardi


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修復の必要がある建物です。


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中に入ったことがありません。


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小礼拝堂を見ておきます。


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小礼拝堂の祭壇


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聖母子の浮彫


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次はサンタ・アンナ教会です。


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サンタ・アンナ教会に行く前に写真のバールで一休み


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サンタ・アンナ教会です。


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15世紀に建設されたルネサンス様式の教会です。


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中に15世紀に描かれたフレスコ画があるらしい。


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土曜日の夕方だけ開くようです。


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傷みが激しいファサードのフレスコ画


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Corso Liberta


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次はサント・スプリト教会です。


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17‐18世紀に建設されたサント・スプリト教会です。


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土曜日と日曜日だけ開くようで、この日は閉まっていました。


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教会巡りは効率が悪いのです。


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次はサン・ベルナルド教会です。


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今度は中の扉も開いていました。
1164年頃に建設されたロマネスク様式の教会です。


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中に入りました。


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三廊式、ロマネスク様式の内部です。


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資料が乏しく、祭壇画等の詳細が全く分かりません。


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詳細不知の聖母子


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詳細不知のフレスコ画


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主祭壇


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19世紀の後陣装飾


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後陣天井の装飾(19世紀)


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詳細不知のオルガン


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詳細不明の三位一体と聖ベルナルド


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左側廊


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後陣


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ドゥオーモのクーポラが見えてます。


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街歩きを切り上げて次の目的地に向かいました。
(おわり)

P1000129
サンタ・カテリーナ教会です。


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1350年、サンタ・マリア・デッラ・ミゼリコルディア同信会によって建設された教会で、創建当時の名称はサンタ・マリア・デッラ・ミゼリコルディア教会でしたが、1382年にサンタ・カテリーナ教会と改称されました。


P1000131
左身廊側壁
現在の建物は18世紀前半に再建された二代目となるものです。


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ファサードの扉上に判別できないほど痛みがあるフレスコ画があります。


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ファサードのフレスコ画は初代の建物にあったもので、グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンカルヴォ、1568‐1625)によって描かれたそうです。


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中に入りました。


P1000138
主祭壇と後陣


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ピエル・フランチェスコ・グアーラ(カザーレ・モンフェッラート、1698‐ミラノ、1757)の「聖母子と光悦のアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1743)


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詳細不知


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ピエル・フランチェスコ・グアーラ(カザーレ・モンフェッラート、1698‐ミラノ、1757)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの説教」(1743)


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ピエル・フランチェスコ・グアーラ(カザーレ・モンフェッラート、1698‐ミラノ、1757)の「天国のカギを聖ピエトロに託すキリスト」(1743)


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ファサード裏に聖歌隊席があります。


P1000144
外に出ました。


P1000146
Piazza Palazzo Vecchio


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柱廊付きの建物は、14世紀に建設されたブロレットです。


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広場の中心にある噴水


P1000147
市の塔


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市の塔は修復中でした。


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次はドメニコ会の教会と旧修道院です。


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市庁舎近くとなると流石に人通りが多くなってきました。


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市庁舎


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ドメニコ会の旧サン・パオロ修道院だった建物が市役所として使用されてます。
次はサン・パオロ教会です。


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市庁舎に隣接して建っているサン・パオロ教会です。


P1000158
1229年、ドメニコ会によって、現在地に小さな教会が建てられ、後にその周囲に修道院が建設されました。
1420年に再建された二代目の建物がほぼ現在の姿となってます。


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1802年、サン・パオロ教会修道院はナポレオンによって活動が停止されてしまいました。


P1000157
1813年、ヴェルチェッリ市当局は、フランスから修道院だった建物を買収し、市庁舎に転用しました。
教会活動は、1820年に再開され現在に至ってます。


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中に入りました。


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1792年、建築家ジャコモ・ヴィンチェンツォ・カナヴァッリの設計によってバロック様式に改修されました。


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三廊式、ラテン十字形、一部バロック様式の内部です。
この教会は美術作品の宝庫とされていましたが、ナポレオンの占領時代にフランスに持ち去られた傑作がかなりあるそうです。しかし、一つも戻されていないようです。


P1000162
詳細不知


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詳細不知


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ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512‐ヴェルチェッリ、1578)の「十字架降下」


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ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512‐ヴェルチェッリ、1578)の「幼きリストへの崇拝」


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無原罪の御宿リ礼拝堂


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制作者情報不詳の「聖トンマーゾの不信」


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主祭壇と後陣


P1000171
ロレートの聖母礼拝堂


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詳細不知


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サンタ・リータ礼拝堂


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ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512‐ヴェルチェッリ、1578)の「サン・パオロのポリッティコ」


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詳細不知


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詳細不知


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ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512‐ヴェルチェッリ、1578)の「グラツィエの聖母」


P1000181
詳細不知


P1000182
詳細不知


P1000183
主祭壇前から見た出入口方向
(つづく)

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