イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: ウンブリア州

P2370159
次の部屋です。


P2370158
第7室です。


P2370161
聖ピエトロ


P2370162
ピエル・フランチェスコ・モーラは、カヴァリエール・ダルピーノの弟子で、風景画や風景が主体の宗教画が得意でした。フランチェスコ・アルバーニの協力者でもありました。


P2360961
作品があったサンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会です。


P2370164
聖パオロ


P2370165
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


P2370167
聖フェリーチェ司教


P2370168


P2370170
無原罪の聖母


P2370171
ノエル・キレリアーは、フランス、イギリスなどで活動したフランス人画家です。スペッロの隣のフォリーニョに作品が残されます。
サンタ・カテリーナ・ディ・ラペッキアーノ修道院にあった作品です。


18
フォリーニョとの国境近くにある旧サンタ・カテリーナ・ディ・ラペッキアーノ修道院教会です。


19
サンタ・カテリーナ・ディ・ラペッキアーノ修道院教会は、1476年から1484年にかけて建設されました。修道院は1826年に閉鎖され、教会は1912年に閉鎖され、現在は個人の住居として使用されてます。


P2370174
聖ルフィーノ


P2370173


P2370178
次の部屋です。


P2370177
第8室、最終展示室です。


P2370180
聖ボナヴェントゥーラと聖ベルナルディーノとトローサの聖ルドヴィーコ


P2370181
アンドレア・カマッセイは、ローマにいたドメニキーノに師事しました。後にピエトロ・ダ・コルトーナ工房に移りました。


P2370183
聖ピエトロ・マルティーレ


P2370184
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


P2370186
聖ジャコモ・マッジョーレ


P2370187
クリストフォロ・ダ・フォリーニョについては、全く知りません。


P2370189
聖フェリーチェの壺


P2370190


P2370192
ロザリオの聖母


P2370193
イル・ファンティーノは、ドーノ・ドーニの追随者でしたが、その通称から推察すれば小人症だったかも知れません。


P2370195
ロザリオの聖母


P2370196
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


P2370198
慈悲の聖母


P2370199
旧慈悲の聖母祈祷所にありました。


20
1348年から1359年にかけて建設された旧慈悲の聖母祈祷所です。


21
中にフレスコ画が残されてます。


P2370200


P2370201


P2370202


P2370204
聖セバスティアーノ


P2370205


P2370206
助祭聖人


P2370208


P2370209
聖体顕示台


P2370210


P2370211


P2370212
聖体顕示台


P2370212


P2370213
聖皿


P2370214
展示はこれで終わりです。


P2370215
外に出た。


P2370216
(おわり)

第4室の続きです。
P2370102
聖ジャコモ・マッジョーレ?


P2370104
サンタ・バルバラ教会にありました。


172
旧サンタ・バルバラ教会です。(写真再掲)


P2370106
聖ジュゼッペ・ダリマテア


P2370107
何処にあったのか、不明のようです。


P2370109
聖母子


P2370110
サンタ・マリア・デッラ・スペッラ聖域にありました。


16
サンタ・マリア・デッラ・スペッラ聖域です。山にあります。


17
雪中のサンタ・マリア・デッラ・スペッラ聖域です。


P2370111
聖ルチアの聖体拝領


P2370114
カミッロ・バガッツォッティは、マルケ滞在中のロレンツォ・ロットに師事したとされてます。ロットの弟子としては、他にドゥランテ・ノビーリがいます。


P2370116
次の部屋です。


P2370115
第5室です。


P2370117
聖人が描かれたパネルが並んでます。


P2370119
左から聖トンマーゾ、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ


P2370121
聖マッテオ、聖フィリッポ


P2370123
聖ピエトロ、キリスト、聖アンドレア


P2370125
聖ジャコモ・マッジョーレ、聖ジャコモ・ミノーレ


P2370127
聖バルトロメオ、聖シモーネ


P2370128
サンタ・マリ・マッジョーレ参事会教会にありました。


P2360859
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会です。


P2370130
次の部屋です。


P2370129
第6室です。


P2370131
入館者が殆どいません。


P2370133
天国


P2370134
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。
マルカントニオ・グレッキの画風形成の過程がよく分からないとされてますが、フランチェスコ・ヴァンニ(シエナ、1563‐1610)か、またはピエトロ・ソッリ(サン・グズメ、1556‐シエナ、1622)に師事したという説があります。
ヴェントゥーラ・サリンベーニ、クリストフォン・ロンカッリなどのシエナ派画家と密接な交流があったそうです。


P2370138
燭台


P2370139
Palazzo Comunaleにありました。


099
Palazzo Comunaleです。


P2370141
聖アントニオ・アバーテ


P2370142


P2370144


P2370145


P2370146
聖母子と聖人たち


P2370148
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


P2370150
聖母子と大天使聖ミケーレと聖フランチェスコ


P2370151
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


P2370153
聖フェリーチェと2天使


P2370154


P2370155
天上の聖母子と聖人たち


P2370157
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。
(つづく)

P2370043
次の部屋です。


P2370042
第2室です。


P2370044
多翼祭壇画です。


P2370062
中央パネルは、欠落しており、しかも現存していない可能性があります。


P2370047
イメージとして、聖母子の白黒写真を示したものです。
この写真の元となった剥離フレスコ画が第2室に展示されてます。


P2370049
向かって左:聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、聖イザヤ


P2370051
向かって右:聖ジョヴァンニ・バッティスタ、バーリの聖二コラ


P2370053
向かって左のクスピデ:受胎告知する大天使


P2370055
向かって右のクスピデ:受胎告知される聖母


P2370057
プレデッラの左から「ご誕生」


P2370058
「マギの礼拝」


P2370061
「キリストの神殿奉献」


P2370063
聖母子と聖ジローラモとシエナの聖ベルナルディーノ


P2370065
サン・ベルナルディーノ教会にありました。


P2370223
作品があった旧サン・ベルナルディーノ祈祷所です。現在は民有の住居です。


P2370067
フレスコで装飾された柱


P2370068
サン・ベルナルディーノ教会にありました。


P2370070
聖母子


P2370071
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


P2370073
次の部屋です。


P2370072
第3室です。


P2370076
ピエタの彫刻


P2370077
マドンナ・ディ・ヴィーコ教会、通称トンダ教会にありました。


14
1517年創建のマドンナ・ディ・ヴィーコ教会です。


15
マドンナ・ディ・ヴィーコ教会は、スペッロの西端のアッシジとの境界近くにあります。この周辺は、ペルージャとアッシジとの境界だったので、両都市間の係争に度々巻き込まれたそうです。


P2370083
ゴンファローネ表面の「聖十字架の奇跡」


P2370079
ゴンファローネ裏面の「慈悲の聖母」


P2370080
Oratorio della Croceにあったゴンファローネですが、この祈祷所について、私は分かりません。


P2370085
磔刑


P2370086
キリストの磔刑の場にいた聖人は、聖母、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、聖マリア・マッダレーナとされてます。
サンタ・マリア・ディ・ヴァッレグロリア修道院にありました。


168
城壁内西端にあるサンタ・マリア・ディ・ヴァッレグローリア修道院です。


P2370088
次の部屋です。


P2370087
第4室です。


P2370090
受胎告知


P2370091
サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


12
サンタ・マリア・イン・パテルノ教会です。(写真再掲)
この教会はフレスコ画の宝庫だったそうです。


P2370093
Figure femminili reggistemma


P2370094
サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


P2370096
両面に描かれてます。
聖バルバラの殉教


P2370098


P2370101
裏面の天上の聖バルバラ


P2370099
サンタ・バルバラ教会にありました。


172
旧サンタ・バルバラ教会です。
(つづく)

P2360985
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会の隣にある写真左手前の建物がPalazzo dei Canoniciです。


P2360982
写真右手前に2本の柱が写ってますが、その先にあるのがPalazzo dei Canoniciで、そこに市立絵画館があります。


P2360987
この建物は元々12世紀に建設された教会の一部で、宗教関係者などの住居を兼ねていましたが、ピントゥリッキオが一時住んでいたそうです。
1542年、ルネサンス様式に改修され、ほぼ現在の姿になりました。


P2360983
Palazzo dei Canoniciのルネッタ上のフレスコ画の痕跡


P2360986
Palazzo dei Canoniciの入り口です。


P2360990
市立絵画館の入り口です。
ここで一般公開されるようになったのは、1994年からです。


P2360991
市立絵画館はPalazzo dei Canoniciの1階(日本の2階)にあります。


P2360992
展示室は全部で8室あって、作品の制作された、ほぼ古い時代からの年代順に展示されてます。
また、展示作品の多くはスペッロの教会修道院から集められたもの、個人からの寄付によるものです。


P2360993
第1室です。


P2360995
聖母子


P2360996
隣のサンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にあった。


P2360998
聖母子


P2360999
サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


12
城壁外にあるサンタ・マリア・イン・パテルノ教会です。
1178年の文書にこの教会についての初めての記載があります。旧教会です。


P2370001
聖母子と聖アンナと聖ジャコモ


P2370003
サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


P2370005
聖母子


P2370006
サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。
この教会には、壁一杯に描かれたフレスコ画があったそうです。19世紀には既に宗教活動を停止して民有となりましたが、フレスコ画が貴重ということで公的機関が19世紀末に買い上げたそうです。建物を修復しても、その使用方法に困り、結局中のフレスコ画の主だった箇所を剥離させて保存することになりました。


P2370008
聖母子


P2370009
サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


P2370011
聖母子と信者たち


P2370012
サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


P2370015
玉座の聖母
幼きキリストを抱いていましたが、キリスト像が失われ、聖母だけになりました。


P2370016
サンタ・バルバラ教会にありました。


172
旧サンタ・バルバラ教会です。


P2370018
聖母子


P2370019
サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


P2370021
詳細不明の十字架
作品の説明板がありません。


P2370022
詳細不明の鐘
説明板がありません。


P2370024
死せるキリスト


P2370025
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


P2370026
十字架


P2370028
サン・ロレンツォ教会にありました。


P2360946
サン・ロレンツォ教会のファサード


P2370031
磔刑


P2370032
城壁外のサンティッシマ・トリニータ教会にありました。


13
12世紀に建設された旧サンティッシマ・トリニータ教会です。
一時、画家のマルカントニオ・グレッキが所有していたそうです。


P2370034
十字架


P2370035
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


P2370036
保護板があるので、写真写りが良くありません。


P2370038
磔刑


P2370040
聖母戴冠


P2370041
コーラ・ペトルッチョーリ(オルヴィエート、1360‐ペルージャ、1401)は、ウゴリーノ・ディ・ピレーテ・イラーロの弟子です。シエナ派の画風でした。
(つづく)

144
サン・セヴェリーノの塔です。


163
サン・セヴェリーノ教会付近の城壁は要塞化されてます。


145
カプチン会のサン・セヴェリーノ教会です。
創建は560年に遡ると考えられており、スペッロで最古の教会の一つです。


147
1180年に修道院が拡張され、現在の姿の原形はその拡張後のものです。


146
17世紀に修復されました。
19世紀初めに修道院が活動を停止しました。


162
ファサード前の柱廊


148
扉が開いていたので拝観しました。


149
単廊式、ラテン十字形の内部です。


150
ウンブリアの逸名画家作「大天使聖ミケーレ」(15世紀)


158
主祭壇画


151
主祭壇画中央の「キリストの復活」(詳細不知)


153
向かって左の「聖母の誕生」(詳細不知)


160
向かって右の「幼きキリストへの崇拝」(詳細不知)


156
「玉座の聖母子と聖フランチェスコと聖ジローラモ」(詳細不知)


157
「天上の聖母子と聖人たち」(詳細不知)



164
作品の制作者などの詳細が分からないのが残念です。


165
サン・セヴェリーノ教会横にあるPorta dell'Arceです。


166
この町角の聖母は新しいものでしょう。


167
Via Cappucciniを通って、町の西端にある教会に向かいます。


178
直ぐに教会の建物が見えてきます。


168
サンタ・マリア・ディ・ヴァッレグローリア修道院です。


177
560年に遡る女子修道院が前身です。
1236年、フランチェスコ会の修道院になりました。


169
修道院は農地などに転換され、縮小されてます。


170
町の西端の城壁と修道院の壁が共通になってます。


176
建物は崩壊の危機にあり、修復するにしても莫大な費用が見込まれてます。
その費用の捻出は困難な見通しで、活動停止は時間の問題とされてます。


171
修道院の城壁からの景観


172
サンタ・マリア・ディ・ヴァッレグローリア修道院の横に旧サンタ・バルバラ教会があります。


173
サンタ・バルバラ教会は、16世紀中頃に建設され、1571年に奉献式が執り行われました。


174
旧サンタ・バルバラ教会の後に塔があります。1239年頃に建設されたCassero del Pianelloの一部として建てられた塔です。


175
サンタ・マリア・ディ・ヴァッレグローリア修道院と旧サンタ・バルバラ教会の間にある、Porta Montanaraです。


179
旧市街の中心に向かう道を少し下ると、サン・ビアージョ祈祷所(オラトリオ)があります。


180
この辺に1430年から1460年に建設された病院がありましたが、病院の礼拝堂として併せて建設されました。


181
現在はサン・ロレンツォ教会の管理下に置かれてます。15世紀に描かれた、かなり痛みがあるフレスコ画があるようです。


182
写真左の建物は旧病院です。
旧市街の中心に向かって道を下ります。


183
Palazzo Preziosi


184
更に道を下ります。


185
町角のフレスコ画


186
ウンブリアらしい建物が並んでます。


189
Palazzo Comunaleのロッジャに戻りました。


188
ロッジャの中に入りました。


187



191
次はPorta Venereです。


192
Porta Venereは、町の南端にあります。


196
二本の塔の間にあるPorta Venereです。


198
紀元前1世紀のローマ時代に築かれた門です。ローマ時代に築かれた門がこれを含めて6つありました。


199
こちらのローマ時代のオリジナルの門のようです。


197
12角形の2本の塔は、Torri di Properzioと呼ばれてます。


200
門の城壁からの景観


201
風情がある建物です。


203
この後、市立絵画館、サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会などに行きましたが、重複するので、この辺で終わりにしましょう。


204
(おわり)

098
カヴール通りです。イタリア統一以前の通りの名称は?


100
町の中心、共和国広場です。


099
1270年に建設されたPalazzo Comunale 市庁舎です。町役場というべき?


101
詳細不知の「受胎告知」のフレスコ画


103
Fontana di Palazzo Comunale


102
Palazzo Comunaleのロッジャに入ります。


104
ロッジャにスペッロの遺跡からの発掘物が展示されてます。


105
説明板などがないので、展示物の具体的なことが分かりません。


106


107
旧フェリーチェ神学校だったPalazzo Rosiです。


108
Palazzo Rosiにオラトリオがあります。


126
目立たないので見逃すかも知れません。


125
Oratorio di San Giovanni Battistaの入り口です。


124
13世紀前半、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ女子修道院の礼拝堂だったとされてます。1348年の文書に礼拝堂の存在が最初に記載されました。
1643年、フェリーチェ神学校内に再建されました。


119
中に入りました。
単廊式、バロック様式です。スタッコ彫刻が目立ちます。


115
主祭壇は、逸名スタッコ彫刻家による「キリストの洗礼」(17世紀後半‐18世紀初め)です。


116
逸名彫刻家作「聖アンブロージョ」


117
逸名彫刻家作「聖アゴスティーノ」


118
詳細不知


120
説教壇


123


122
アンドレア・カマッセイ(ベヴァーニャ、1602‐ローマ、1649)の「アレッサンドリアの聖カテリーナとその生涯の物語」(17世紀前半)


121
マルカントニオ・グレッキ(スペッロ、17世紀前半活動)の「天上の聖母子と3聖人(聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖アポッロニア、聖カルロ・ボッロメオ)」(1613)


109
オラトリオの斜め前にサン・ロレンツォ教会があります。


110
この日は扉が閉まっていました。
1438年、シエナの聖ベルナルディーノがこの教会で説教をしたと伝えられてます。


111
それにしてもユニークなファサードです。


127
静かで誰もいない所が実に良い。


128
2月の町歩きは最高です。


129
サン・マルティーノ教会に向かってます。


130
花祭りの頃になれば、花一杯の小道になって観光客が訪れることでしょう。


131
ウンブリアらしい建物です。


132
緩い坂道を上り、更に坂を下れば目指す教会があります。


133
サン・マルティーノ教会が見えてきました。


134
13世紀に建設されたサン・マルティーノ教会です。


135
予想通り扉が閉まっていました。
15世紀初めに描かれたフレスコ画があるそうですが、見たことがありません。
所謂”貧しい教会”の範疇に入ってます。


136
サン・マルティーノ教会から少し進むと城壁沿いの道に出ます。そこからの景観です。


137
丘の上に築かれた町と実感できる光景です。


139
アウグストクスのアーチ通りを進みます。この先にアウグストクスのアーチがあります。


142
Arco di Augustusです。アウグストクスの時代よりも前に築かれた門です。


501
この付近は町の最高地点だそうです。


143
雪を抱いた山が見えます。
(つづく)

055
サンタンドレア教会です。
教会に関する最初の言及文書は1025年に遡ると言われてます。
1253年、教会はフランチェスコ会の所有となり、その後すぐに修道院の建設が始まったとされてます。


092
16世紀、17世紀、20世紀に改修工事が行われました。
併設の修道院は、1810年、ナポレオンによって閉鎖されました。その後、宗教活動を再開されることなく、建物は女児孤児院として使用されるようになりました。


093
教会の身廊と旧修道院だった建物


094
教会の後陣


095
教会ですが、一部要塞のような造りです。


056
この日、扉が開いてました。


057
中に入りましたが、点灯されておらず暗くて困りました。


060
それでも暗い中を目を凝らして拝観しました。


064
主祭壇と後陣


086
太陽が出てきたようで、多少明るくなりました。


069
Maestro Umbro-Giotescoの「彩色磔刑像」(13世紀末‐14世紀初め)
ジョッテスキ画家の作品です。


081
少し明るくなってきました。


083
単廊式、ラテン十字形の内部です。


084
左右の側壁に壁龕礼拝堂が設けられてます。


085
身廊天井


087
後陣のフレスコ画は20世紀初めに描かれた新しいものです。


072
後陣のフレスコ画は、べンヴェヌート・クリスポルディ(スペッロ、1886‐1923)の「12使徒」(1913)です。


073
後陣天井


074


088
聖体容器(15世紀後半)


058
Maestro di Santa Giuliana (?)のフレスコ画(14世紀)


059
コーラ・ペトルッチョーリ(オルヴィエート、1360‐ペルージャ、1401)周辺の逸名画かによるフレスコ画(14世紀後半)


061
トンマーゾ・コルボ(ウンブリア、1507‐1532活動記録)の「聖母子と聖アンナとバーリの聖二コラと聖ロッコ」(1532)


062
アッシェンスィドーニオ・スパッカ通称イル・ファンティーノ・ダ・ベヴァーニャ(ベヴァーニャ、1557‐1646)の追随者による「天上の聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖ルチア」(16世紀後半)


063
ドーノ・ドーニ(アッシジ、1500c‐1575)の「聖ジョアッキーノと聖アンナの出会い」(1565)


065
ピントゥリッキオの祭壇画は暗くてよく見えません。


066
これには困りました。


067
パドヴァの聖アントニオ礼拝堂(17世紀)


076
急に点灯されました。嬉しかった!


070
早速見に行きます。


071
ベルナルディーノ・ディ・ベット通称ピントゥリッキオ(ペルージャ、1454‐シエナ、1513)と協力者による「玉座の聖母子と聖アンドレア(左から)、聖ルドヴィーコ、聖フランチェスコ、聖ロレンツォと聖ジョヴァンニーノ」(1507‐08)
協力者としては、エウセビオ・ダ・サン・ジョルジョ(ペルージャ、1507から記録‐1550没)とジョヴァンニ・ディ・フランチェスコ・チャンベッラ通称イル・ファンタジア(ペルージャ、15世紀末‐16世紀前半活動)2人が明らかになってます。
エウセビオ・ダ・サン・ジョルジョはペルジーノの弟子です。


075
チェーザレ・セルメイ(チッタ・デッラ・ピエーヴェ、1581‐アッシジ、1668)の「ベアート・アンドレア・カッチョ―リのレッジョ・エミリアでの奇跡」(1610)


079
左翼廊


080
スポレートの逸名画家作「聖母子」(14世紀前半)


089
クーポラ


090


091


077
もう一度ピントゥリッキオの祭壇画を見ます。


078
隣のサンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会のピントゥリッキオのフレスコ画は写真不可ですが、非常に不可思議に思います。


096
中々良かった!


097
(つづく)

001
時は遡って、2013年2月のスペッロです。


002
建物などの写真を撮ったり、芸術作品などをゆっくり鑑賞するには、観光オフシーズンの2月が最適です。何せ空いてますから。


003
スペッロ駅の駅舎
しかし、中国人がイタリアに押し掛けるようになってからは、例え2月であっても旧正月の前後は彼らで席捲されることがあって、要注意です。
この日、スペッロ駅で下車したのは私を含めて3人でした。


004
写真右端に写っているワンちゃんが愛嬌良しで、暫し遊びました。


005
朝靄に煙る旧市街


007
丘上に築かれた町が多いウンブリア州です。
町の先、遠くに見える山頂は雪を抱いてました。


011
旧市街に向かう道路は工事中でした。


012
城壁


013
旧市街の入り口となっている、紀元前1世紀に建てられたPorta Consolareです。スペッロは、古代ローマの植民地として発展しました。


014
てっぺんに木が生えている塔は、Torri di Borgoと呼ばれてます。中世に建設されました。


015
門の下にローマ時代の遺跡があります。


018
ローマ時代の遺跡は、現在の地表よりも約2m低い位置にあります。


016
Porta Consolareの横に建つPalazzo Feliceです。


017
Porta Consolareの前の広場はケネディ広場と呼ばれてます。ケネディと名付けられている橋、通りなどがイタリアにありますが、アメリカ大統領のJ.F.ケネディとどのような関係があるのでしょうか?


019
自動車はPorta Consolareを通れないので、少し迂回して、この門から城壁内に入ります。
Porta Consolare近くにもう一つ門があります。


500
Portanaccioです。


P2360832
城壁内から見たPortanaccioです。


020
Porta Consolareを潜って城壁内に入りました。


021
花祭りと違って邪魔なものがありません。


023
Via Borgo San Sistoに寄り道します。


025
春になると花一杯になる通りです。


024
私以外の観光客がいなかった。


026
坂を上るにしたがって鐘楼が見えてきました。


027
咲いていたのはシクラメン、ゼラニウムくらいでした。


028
Oratorio di San Bernardinoだった建物です。


029
民家に転用されているそうですが、毎日後陣のフレスコ画を見ながら生活できて羨ましい。


030
旧サン・ミケーレ・アルカンジェロ教会です。


031
Cappella Tegaについては、(その4)で触れましたので省略します。


041
ドゥオーモに向かいます。


042
町一番の目抜き通りVia Consolareです。


043
ドゥオーモ、サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にやってきました。


044
残念ながらドゥオーモの扉が閉まっていました。


046
気になるコリント式柱2本


047
旧修道院だった建物


048
ドゥオーモのファサード前のマッテオッティ広場


049
市立絵画館の開館は午前10時半からですが、もう扉が開いていました。


051
静かなものです。


050
参事会教会の鐘楼


053


052
参事会教会向かいにあるサンタ・マッダレーナ教会です。


054
この通りは後で行きます。
(つづく)

P2360988
サンタンドレア教会の扉は閉まったままです。


P2360989
この町で2泊の予定でしたが、市立絵画館を見てしまうと、やることがないのを知って愕然。


P2370216
まだ1日半あります。


P2370217
花祭りの準備状況を見る以外にありません。


P2370218
残るはテガ礼拝堂くらいです。


P2370219
写真右は、Cappella Tega またはサンタンナ礼拝堂と呼ばれている礼拝堂です。


P2370220
この付近に聖アンナ友愛同信会の病院がありましたが、その病院付属の礼拝堂です。
建設された年は特定されてませんが、15世紀の公証書にこの礼拝堂の記載があります。
1895年から20世紀初頭にかけて、礼拝堂の建物は店として使用されていましたが、店の主人の一人である仕立屋ピエトロ・テガがフレスコ画を発見したことで、Cappella Tegaの呼称となりました。


036
礼拝堂の壁に描かれたフレスコ画が有名です。


037
今は閉じられているが、2017年の修復以前には側壁のガラス窓の一か所が開けられていて、そこから中を覗くことが出来ました。


P2370221
ガラス窓越しではフレスコ画が良く見えません。また、写真の方もガラスに向かいの景色が映ってしまって、良く撮れません。


032
2人の画家によってフレスコ画が描かれたことが分かってます。
天井部分のフレスコ画は、ピエトロ・ディ・ジョヴァンニ・マッツァフォルテ(フォリーニョ、1404‐1463)に帰属します。


035
フレスコ画は、逐次修復が行われているようで、撮った時期によってフレスコ画の状態が違います。


8
ピエトロ・ディ・ジョヴァンニ・マッツァフォルテ(フォリーニョ、1404‐1463)に帰属する「聖母子と聖アンナ」


038
保存状態があまり良くないと思います。


039
ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1430‐1502)の「磔刑」(1461)


9
最近の修復後の磔刑


10
この部分はニッコロ・アルンノの作品と特定されてます。


11


034


033


040
Cappella Tegaの番地です。


P2370222
道の突き当りに教会の建物があります。


P2370223
1444年に奉献式が執り行われた旧Oratorio di San Bernardinoです。
現在は民家となってます。


P2370224
ファサードのフレスコ画「聖ベルナルディーノ」


P2370226
このまま、この町にいても面白くないので、午後は何処に行こうかと考えていました。


P2370227



P2370228
花祭りの準備が着々と進んでます。


P2370229
ここはかなり具体的に準備してました。


P2370230
花で埋め尽くす設計図が用意されてます。


P2370232
成程こうやってやるのか、と感心しました。


P2370233
Porta Consolare


P2370234


P2370236
ここの準備はどうでしょうか。


P2370239
設計図が用意されてます。


P2370237
ケネディ広場


P2370238
まだ11時半です。昼食には少し早すぎます。


P2370240
詰まらないので、隣のフォリーニョに行くことにしました。


P2370241
駅に向かいました。


P2370242
駅は静かでした。


P2370243フォリーニョ行きの列車に乗りました。
(つづく)

P2360950
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会に戻ります。


P2360951
共和国広場


P2360956
徐々に観光客が増えてきました。この町の宿泊施設は非常に限られていますが、何処からやってきたのか不思議です。


P2360957
花祭りの準備が中々進みません。


P2360958
教会のファサード前に観光客が沢山いたのを見て、バールで一息入れながら空くのを待機。


P2360959
Pinacoteca CivicaがあるPalazzo dei Canonici


P2360961
少し空いてきました。
ジュノーネとヴェスタに捧げられた神殿がこの地にありましたが、、その上に建てられた教会です。創建された年が明らかになっていませんが、11世紀初めとされてます。1025年に奉献された記録が残されており、カマルドレ会のサン・シルヴェストロ・ディ・コレピーノ修道院の一部として建設された教会です。


P2360964
1159年、教区の所有教会となりました。13世紀後半に完成したロマネスク様式の教会です。


P2360962
ファサードの彫刻はベヴァーニャの彫刻家によって12世紀に制作されたものです。


P2360963
ファサードは、1644年に改修されており、改修後の姿を見ていることになります。


P2360965
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会の中に入りました。


P2360966
単廊式、ラテン十字形の内部です。


P2360967
1580年の火災によって内部の大部分が大きな被害を受けたので、古いものはあまり残ってません。


P2360969
フェリーチェ・リナルディの「聖母の誕生」(17世紀)


P2360970
バルトロメオ・ダ・ミランダ(ウンブリア、15世紀活動)の「聖母子」


7
ピエトロ・バンヌッチ通称ピエトロ・ペルジーノ(チッタ・デッラ・ピエーヴェ、1446‐フォンティニャーノ、1523)の「ピエタ」(1521)


P2360973
マルカントニオ・グレッキ(?‐1650)の「聖母被昇天」(17世紀)


P2360975
アンドレア・カマッセイの追随者作「聖母の結婚」(1671)


P2360977
詳細不知


P2360981
ピントゥリッキオのフレスコ画で有名なバリオーニ礼拝堂です。1580年の火災でも奇跡的に無傷でした。
礼拝堂は拝見有料で写真不可です。
仕方がないので、外部サイトから拝借したフレスコ画の作品画像を掲載します。


2
ベルナルディーノ・ディ・ベット通称ピントゥリッキオ(ペルージャ、1454‐シエナ、1513)の「ご誕生」(1501)
「マギの行列」も描かれてます。


3
ベルナルディーノ・ディ・ベット通称ピントゥリッキオ(ペルージャ、1454‐シエナ、1513)の「キリストと教会博士たちとの問答」(1501)
写真不可なのに、何故このような写真があるのか?


4
ベルナルディーノ・ディ・ベット通称ピントゥリッキオ(ペルージャ、1454‐シエナ、1513)の「受胎告知」(1501)
多分、その理由は「差別」でしょうね。


5
ピントゥリッキオによる礼拝堂天井のフレスコ画


6
ピントゥリッキオの自画像です。自負の現れで自画像を描いたのでしょう。


P2360976
出たり入ったりの人が多くて、とてもゆっくりと見てられない。


P2360984
外に出ました。


P2360985
美術鑑賞にはお祭り当日は不適です。


P2360982
次は絵画館です。


P2360983
市立絵画館があるPalazzo dei Canonici外壁入口上ルネッタのフレスコ画の痕跡


P2360986
市立絵画館の入り口


P2360987
コモ出身の建築家ドナート・ダ・コモによって1542年に建設されたPalazzo dei Canonici


P2360990
絵画館は1階(日本の2階)にあります。


P2360991
1994年に開館したスペッロ市立絵画館には、スペッロとその周囲の教会などから集められた作品や個人からの寄付作品が展示されてます。


P2360993
展示室は8室から成ってます。


P2370043
市立絵画館については、項を改めて詳しく触れることにします。


P2370073
入館者はちらほら。


P2370116
町の規模を考えると、出来の良い作品が並んでいると思います。


P2370130
美術ファンにとって、ここは必訪です。


P2370159
しかし、美術ファンは少ないのです。


P2370178
(つづく)

P2360865
絵画館は未だ開いていません。


P2360866
この辺はカヴール通り? 一本の道ですが、場所によって通りの名称が違います。


P2360867
マッテオッティ広場


P2360868
サンタンドレア教会は閉まっていました。


P2360873
拝観は後程


P2360869
Via Torri di Properzio


P2360870
案内標識が完備されてます。


P2360875
写真右がサンタンドレア教会です。


P2360876
城壁の方に行ってみます。


P2360877
サンタンドレア広場


P2360878
ウンブリアらしい建物が並んでます。


1
Rocca Baglioni


P2360879
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会の後陣


P2360880
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会の鐘楼


P2360881
城壁下の景観


P2360882
霞がかかった空


P2360884
次は共和国広場です。


P2360886
一旦カヴール通りに出ました。


P2360890
共和国広場にやってきました。


P2360889
時計がある建物はPalazzo Comunale 町役場です。


P2360955
時計の下に受胎告知のフレスコ画があります。


P2360954
Palazzo Comunaleの受胎告知


P2360891
Palazzo Comunaleにある、スペッロの紋章


P2360893
次はサン・ロレンツォ・マルティレ教会です。通りの左側に教会のファサードが写ってます。


P2360946
サン・ロレンツォ・マルティレ教会です。
教会建設の経緯や教会が建設された日時が諸説あって明確になっていないようです。
1120年創建、1127年創建、1191年から1198年に建設されたなど、諸説ありますが、12世紀に建設されたことは確かとされてます。
しかし、1228年に教皇グレゴリオ9世によって奉献されたという確実な記録が残されてます。


P2360948
ロマネスク様式のユニークなファサードが特徴です。


P2360947
ファサードの入り口周囲の装飾


P2360899
17世紀に大掛かりな修復が行われました。


P2360907
教会内に入りました。


P2360910
三廊式です。


P2360911
創建以来、修復改修が数度行われたので、創建時のロマネスク様式のものは殆ど残されていません。


P2360912
身廊天井


P2360900
左側廊の礼拝堂から見て行きます。


P2360902
ドーノ・ドーニ(アッシジ、1500c‐1575)の「聖母子と聖ジュゼッペと聖マルコ」(1530)


P2360903
左側廊


P2360904


P2360906
ペルージャの逸名画家作「キリストの洗礼」(16世紀後半)


P2360914
詳細不知


P2360916
詳細不知


P2360917
サン・フェリーチェ礼拝堂


P2360918
ジョヴァンニ・バッティスタ・バソッティの「聖フェリーチェの殉教」(1637)


P2360919
主祭壇


P2360921
フェーボ・ダ・モンテファルコ(ウンブリア、16世紀活動)とポンぺオ・ディ・ピエルジェンティーレ・コッキ(コルチャ―の、1490‐1552)の「聖ロレンツォの尋問」


P2360923
フェーボ・ダ・モンテファルコとポンぺオ・ディ・ピエルジェンティーレ・コッキの「聖ロレンツォの判決」


P2360925
フランチェスコ・ダ・カステッロ(ブリュッセル、1540‐ローマ、1621)の「キリストと聖母の煉獄の魂の栄光」(1599)


P2360926
マルカントニオ・グレッキ(?‐1650)の「聖フランチェスコと2天使」


P2360927
フランチェスコ・ダ・カステッロ(ブリュッセル、1540‐ローマ、1621)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」(1601)


P2360931
詳細不知


P2360932
三位一体礼拝堂(1874)


P2360933
フォリーニョの逸名画家作「聖ベルナルディーノ」(15世紀)


P2360936
入り口近くの右壁ニッチに描かれたフレスコ画


P2360938
マニエリスム逸名画家作「2天使」(16世紀)


P2360941
バルトロメオ・ダ・ミランダ(ウンブリア、15世紀活動)に帰属する「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1435)


P2360943
詳細不知


P2360944
右側廊


P2360945


P2360949
外に出た。
(つづく)

スペッロは、人口8,562人(2018年10月31日現在)のウンブリア州ペルージャ県にあるコムーネです。
P2360814
ペルージャ駅からフォリーニョ行きの普通列車に乗ってスペッロに向かいました。


P2360820
スペッロ駅に到着しました。


P2360819
止せば良いのに、わざわざ花祭り Infiorataが行われる週末にやってきました。


P2360821
駅舎 
無人駅です。


P2360822
駅から旧市街に向かう道です。
先ず、この日のお宿に向かいました。


P2360823
高速道路の下を潜ります。


P2360824
グリエルモ・マルコーニ通り


P2360825
旧市街が見えてきました。


P2360826
近くのコムーネと同じく丘上に築かれた町ですが、丘の高さが若干低いように思います。


P2360827
この日のお宿は、城壁外にありますが、城壁内に通じる門の直ぐ傍にあります。


P2360828
花祭りということで、青空市は専ら花屋さんの店。


P2360829
祭りの準備が進んでます。


P2360830
ケネディ広場


P2360831
Palazzo Felice


P2360833
門の向こうのアルベルゴに大きな荷物を預けて、身軽になって町歩きに出発しました。


P2360832
花祭りが開催される週末の土日2泊したのですが、花祭りの喧騒は趣味に合わないので、土曜の午後はフォリーニョへの日帰り遠足、日曜日はアンコーナへの日帰り遠足をしました。


P2360834
テントの下に下絵があって、それを色の異なる花で一杯にします。


P2360835
城壁内に入ります。


P2360838
Torri di Borgo


P2360837
Porta Consolare


P2360836
Via Consolareを進みます。


P2360839
車が通過できるように城壁を刳り抜いて出来たアーチ?


P2360840
花祭り前の土曜日の午前中ですが、既に観光客の人出が多い。


P2360841
坊や、何を見てるの? 


P2360842
サンタンジェロ通り


P2360843
塔の上に木が生えている!


P2360844
花祭り開催日は、古い建物や教会を巡るのは不向きと確信しました。
実は、アルベルゴを予約した時、花祭りの週末とは知りませんでした。


P2360845
緩い坂道です。


P2360846
今歩いた道を振り返って撮った写真。下絵がまだありません。


P2360848
この町に来たのは、これで3度目です。


P2360852
ボルゴ・サン・シスト通り


P2360847
次の目的地はサンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会、この町のドゥオーモです。


P2360853
突き当りに見える教会はサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会です。


P2360854
既に機能を停止した旧教会で、民有となってます。コムーネ発行の地図には教会名が記載されてません。それどころか教会の存在自体も書かれてません。


P2360856
私が秘かに命名したウンブリア様式(石積み)の建物に惹かれます。


P2360857
Largo San Veronica


P2360858
参事会教会はもう直ぐです。


P2360859
サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会のファサード前の観光客


P2360860
中に入りました。


P2360861
ピントゥリッキオのフレスコ画がある礼拝堂は、拝観有料となって方、すっかり博物館化しました。


P2360862
この時、団体客の一行が2組来たので、拝観を遠慮しました。


P2360863


P2360864
早々に退散しました。
(つづく)

P2360525
次の部屋です。


P2360526
セミナー室?


P2360527
部屋の天井


P2360528
トーディの近隣地図


P2360530


P2360531
ここから考古学部門の展示です。


P2360532


P2360533


P2360534
エトルリア族が使用していた陶器


P2360535


P2360536
a. C.=avanti Cristo =紀元前


P2360539


P2360540


P2360541


P2360542


P2360543


P2360544


P2360545


P2360547


P2360549


P2360550
多くのコイン
d. C.=depo Cristo=紀元後


P2360551


P2360552


P2360553


P2360555


P2360556
Museo Civico やMuseo Diocesanoの定番ともいえる展示です。


P2360557


P2360558


P2360559
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「聖アポッロニア」


P2360563
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「無原罪の御宿リと聖アポッリナーレ」


P2360566
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「受胎告知」


P2360569
逸名画家作「聖ジャコモ・マッジョーレ」(15世紀)


P2360572
これで終わりです。


P2360573


P2360574
セミナー室?に戻ってきました。


P2360575


P2360577


P2360578


P2360579
外に出ました。


P2360580
(おわり)

P2360421
次の展示コーナーです。


P2360428
詳細不明


P2360434
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「復活したキリストと聖人たち(聖ジローラモ、聖キアーラ、パドヴァの聖アントニオ、聖ロマーナ)」(1620‐30c)


P2360437
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)に帰属する「ディアナ」(1620‐40c)


P2360440
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「聖ピエトロ」(1610‐20c)


P2360445
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「天上の聖母子と大天使ミケーレと聖人たち(聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖アンドレア、聖ボナヴェントゥーラ)」


P2360448
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「天上の聖母とパドヴァの聖アントニオと聖オモボーノ」(1620‐30c)


P2360451
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「天上の聖母子と聖人たち(聖カッシアーノ、聖フォルトゥナート、シエナの聖ベルナルディーノ、聖カッリスト、聖セバスティアーノ)」


P2360453
次の展示コーナーです。


P2360454


P2360455
交唱聖歌集(1280‐90)


P2360457
ミサ司祭書(15世紀中頃)


P2360459
聖書(14世紀中頃)


P2360462
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「ストロンコーネのベアート・アントニオ・ヴィーチの死」


P2360467
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「聖母子と聖人たち(聖ジローラモ、聖ドメニコ、シエナの聖カテリーナ、聖フランチェスコ)」(1610-20c)


P2360470
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「聖母子と聖人たち(聖ジョヴァンニ・バッティスタ、大天使聖ミケーレ、聖フォルトゥナート、聖カルロ・ボッロメオ、聖フィリッポ・ネリ、聖ルーカ)」(1623c)


P2360473
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「天上の聖母子と聖人たち(聖フォルトゥナート、聖カッリスト、聖カッシアーノ、トーディの聖デ―ニャ、聖ロマーナ)」


P2360475
トーディの逸名画家作「聖テレツィアーノの奇跡」


P2360479
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c-1632以降没)の「聖フィリッポ・べニツィに顕現する聖母子」


P2360482
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c-1632以降没)の「フェデリーコ・バロッチ作『十字架降下』の複製画」


P2360484
次の展示コーナーです。


P2360486
ファッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562-1645)の「聖グレゴリオのミサ」(1595c)


P2360488
フェリーチェ・ダミアーニ(グッビオ、1575?-1609)の「フェデリーコ・バロッチ作『十字架降下』の複製画」


P2360492
逸名画家作「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1556)


P2360495
逸名画家作「聖母子と聖ジャコモと聖クリストフォロ」


P2360497
一周して元に戻った?


P2360498


P2360499
残されているフレスコ画


P2360500


P2360502
ロ・スパーニャ派逸名画家作「聖母子」


P2360505
ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャ(スペイン、1450-スポレート、1528)の「フェルトレのベアート・ベルナルディーノ」(1515c)


P2360508
かってロ・スパーニャの帰属作品とされていました。


P2360509
現在は逸名画家の作品とされている「三位一体」(16世紀前半)


P2360511
ロ・スパーニャの作品ですが、プレデッラが欠落しています。


P2360512
ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャ(スペイン、1450‐スポレート、1528)の「聖母戴冠と聖人たち」


P2360514
向かって左の聖人たち


P2360515
向かって右の聖人たち


P2360517
詳細不明の磔刑像


P2360518
プセウド・アンブロージョ・ディ・バルデーゼ(フィレンツェ、1352‐1429)の「4聖人」


P2360520
プセウド・アンブロージョ・ディ・バルデーゼ(フィレンツェ、1352‐1429)の「聖フォルトゥナートと聖ジャコモ・アポストロと信者」


P2360523
プセウド・アンブロージョ・ディ・バルデーゼ(フィレンツェ、1352-1429)の「聖二コラと聖フランチェスコと信者」
(つづく)

P2360335
次は絵画館 Pinacotecaですが、本や文書の展示があります。


P2360336
セクション番号の表示はありません。


P2360338
シルヴェストロ・ヴァレリ(ローマ、1814‐1902)の「聖母子」(1862)


P2360340
ルイージ・サバティーニ(トーディ、1840‐1895)の「聖母と聖アンナ」(1856‐61)


P2360342
アレッサンドロ・ズッケッティ(ペルージャ、1830‐トーディ、1898)の「聖母子」(1886)


P2360344
ルイージ・サバティーニ(トーディ、1840‐1895)の「慈愛」(1860)


P2360345
エリセオ・ファットリーニ(トーディ、1830‐1887)の「自画像」(1854)


P2360349
ヴィンチェンツォ・ジョヴァンニーニ(トーディ、1817‐ローマ、1903)の「酔ったシーレーノス(森の神)」


P2360351
ヴィンチェンツォ・ジョヴァンニーニ(トーディ、1817‐ローマ、1903)の「若い女性の肖像」
顔は違いますが、有名な作品そっくりです。


P2410501
有名な作品とはこれです。構図、衣装はほぼ同じ、違うのは顔だけです。
グイド・レーニの「ベアトリーチェ・チェンチ」です。この写真を探すのに意外に時間がかかりました。
ローマのバルベリーニ宮、国立古典絵画館にあります。


P2360353
ヴィンチェンツォ・ジョヴァンニーニ(トーディ、1817‐ローマ、1903)の「テスタッチョの祭り」(1848)


P2360355
ヴィンチェンツォ・ジョヴァンニーニ(トーディ、1817‐ローマ、1903)の「フォロ・ロマーノの景観」


P2360358
ルイージ・サバティーニ(トーディ、1840‐1895)の「ルクレツィアの死」


P2360360
エリセオ・ファットリーニ(トーディ、1830‐1887)の「自画像」(1864c)


P2360362
ルイージ・サバティーニ(トーディ、1840‐1895)の「バルトロメオ・ディ・アルヴィアーノのトーディ通過」


P2360363
ルイージ・サバティーニ(トーディ、1840‐1895)の「Brancaleone mostra a Fieramosca il cadavere di Gulielmo d'Asti」


P2360366


P2360367
「トーディのサン・フォルトゥナート教会に関する教皇アレサンドロ4世の文書」(1255)


P2360369


P2360371
ジャチント・ボッカネラ(レオネッサ、1666‐ペルージャ、1746)に帰属する「聖人たち(聖アゴスティーノ、聖モニカ、聖フィリッポ・べニツィ、ヴィッラノーヴァの聖トンマーゾ)」


P2360374
フランチェスコ・マンチーニ(サンタンジェロ・イン・ヴァード、1679‐ローマ、1758)に帰属する「聖家族と天使たち」


P2360377
「Commento di Girolamo ai Dodici Profeti」(18世紀初め)


P2360379
「Testamento del Cardinale Bentivenga Bentivegni」(1286)


P2360381
「Pontificale Romano」(13世紀後半)


P2360383
13世紀の本


P2360385
次の展示コーナー


P2360387
ジャチント・ボッカネラ(レオネッサ、1666‐ペルージャ、1746)の「パオラの聖フランチェスコ」


P2360390
ドメニコ・ペンティーニ(トーディ、1723‐1784)の「シエナの聖ベルナルディーノの奇跡」(18世紀中頃)


P2360393
ニッコロ・リッチョリーニ(ローマ、1687‐1772)の「聖母戴冠と聖人たち(聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、聖キアーラ、パドヴァの聖アントニオ、聖フランチェスコ)」(18世紀)


P2360396
ドメニコ・ペンティーニ(トーディ、1723‐1784)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」(18世紀中頃)


P2360399
ドメニコ・ペンティーニ(トーディ、1723‐1784)の「天上の聖母と聖セバスティアーノを介抱する女たち」(18世紀中頃)


P2360401
聖書(13世紀末‐14世紀初め)


P2360403
「Commenti alle Sentenze di Matteo d'Acquasparta」(13世紀)


P2360405
「寄進証明書」(1287)


P2360407
「Sigillo del Cardinale Matteo d'Acquasparta」


P2360409
「Scritti Teologici di Riccardo di San Vittore」(13世紀中頃)


P2360411
「聖アゴスティーノの説教」(13世紀)


P2360414
ウンブリアの逸名画家作「キリストの洗礼」(17世紀後半)


P2360416
ウンブリアの逸名画家作「魚に説教するパドヴァの聖アントニオ」(17世紀後半)


P2360419
ウンブリアの逸名画家作「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」(17世紀後半)


P2360422
サン・フォルトゥナート教会修道院所有の本目録(15世紀)


P2360424
サン・フォルトゥナート教会修道院所有の本目録(14世紀)


P2360426
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「サン・フォルトゥナート教会修道院の配置図」


P2360429
聖書(12世紀中頃)


P2360431
「Legenda Aurea di Jacopo da Varagine」(13世紀)
(つづく)

第5セクションの続きです。
P2360260
「パンドルフォ・サヴェッリの紋章が付いた盾」
パンドルフォ・サヴェッリは、1267年にトーディの執政官に就任しました。


P2360262
「ライオンの頭をしたフォンターナの口」(13世紀)


P2360264
16世紀の鉄兜


P2360266
チャルダ(薄い焼き菓子)を作る道具(16世紀)


P2360268
行進用十字架(14世紀前半)


P2360270
14世紀の壺


P2360272
プルーテオ断片(9世紀)


P2360274
犬の頭部彫刻(13世紀初頭)


P2360276
台座(8‐9世紀)


P2360278
コーニス断片(9世紀)


P2360280
次のセクションに進みます。


P2360281
第6セクション


P2360282
様々なものが展示されてます。


P2360283


P2360284
トーディのサンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ教会の模型


P2360285


P2360286
逸名画家作「騎士ジュゼッペ・ピセッリの肖像」(17世紀末)


P2360288
逸名画家作「ナポレオーネ・カミトーリの肖像」
ナポレオーネ・カミトーリは、1591年から1624年までペルージャ司教を務めていました。


P2360290
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)?の「ルーカ・アルベルト・ぺッティの肖像」


P2360292
逸名彫刻家作「紳士の胸像」(17世紀)


P2360295
「ポンペイ家の紋章とポンペイ家の家系図」


P2360298
詳細不明


P2360300
次のセクションに進みます。


P2360301
第7セクション


P2360299


P2360302


P2360303


P2360306
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「慈悲の1図」


P2360309
バルトロメオ・バルビアーニ(モンテプルチャーノ、1585/1590-1645)の「慈悲の第2図」


P2360311
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「慈悲の第3図」(1625)


P2360314
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「慈悲の第4図」(1625)


P2360316
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「慈悲の第5図」(1625)


P2360320
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「慈悲の第6図」(1625)


P2360322


P2360326
次のセクションに進みます。


P2360323
第8セクション


P2360324
制作者不明の「ジュゼッペ・コッキの肖像」


P2360327
ローマの逸名画家作「トンマーゾ・ストルッツィエーリ枢機卿の肖像」


P2360329
逸名画家作「ネーリ・コルシーニ枢機卿(1685‐1770)の肖像」


P2360331
ヴィンチェンツォ・ミリオーネ(カラーブリア、1735‐ローマ、1805)の「教皇ピオ6世の肖像」


P2360333
逸名画家作「トンマーゾ・マリア・ギリーニ枢機卿(アレッサンドリア、1718‐トリノ、1787)の肖像」
(つづく)

183
トーディの町の中心ポポロ広場です。


189
ポポロ広場の南端に3つの歴史的建造物があります。
写真左からカピターノ宮、ポポロ宮、プリオーリ宮です。


191
カピターノ宮とポポロ宮の最上階にトーディ町立美術館 Museo Civico di Todiがあります。
1871年にカピターノ宮の一部に美術館が設けられましたが、1997年に改装され現在の規模で再オープンしました。


251
パラッツォの入り口です。


252
2つの扉の右側から入ります。


253
町役場を経由して美術館に向かいます。


254
美術館の入り口


P2360191
入館しました。


P2360192
展示はセクションに分かれてます。


P2360193
紀元前2700年ごろ、ウンブリアに住んでいたウンブリア族に、1羽の鷲が現在のートーディの地に粗布を落として、町の建設を促し、それに基づきウンブリア族がトーディの町の建設を始めたという伝説から、羽を広げた鷲がトーディの旗や紋章になってます。


P2360194
トーディで使用された、コインやメダルを作る際に用いられた刻印


P2360195
トーディのシンボル「羽を広げた鷲」(18世紀)


P2360196
制作者不明の「ウンブリア族にトーディ建設の場所を示す鷲」(18世紀)


P2360197
羽を広げた鷲の背もたれがある椅子(18世紀)


P2360198
木彫りのトーディのトンド紋章(15世紀)


P2360200
第2セクション


P2360201
ブロンズ細工の展示


P2360202
次のセクションに進みます。


P2360203
第3セクションは碑文の展示です。


P2360204
紀元前2世紀のもの


P2360206
1世紀のもの


P2360209
フラウィウス朝の時代(69‐96)のもの


P2360212
次のセクションです。


P2360214
第4セクション


P2360213


P2360215
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「聖フォルトゥナートとゴート族の奇跡」


P2360218
マルチェッロ・ヴァレンティ―ニとジャコモ・ラウーロの「トーディの町(エッチング)」(1633)


P2360222
「サン・フォルトゥナート教会のプラケッタ(小さな彫り物)」(1327)
トーディのサン・フォルトゥナート教会にありました。


P2360226
「キリストと聖フォルトゥナートと聖カッシアーノ」(11‐12世紀)
説教壇の一部と考えられてます。
1993年にサン・フォルトゥナート教会の敷地内から発掘されたものです。


P2360228
ピエトロ・パオロ・センシ―ニ(トーディ、1555c‐1632以降没)の「天上の聖母子とトーディの町の模型の前の聖人たち(聖フランチェスコ聖カッリスト、聖フォルトゥナート、聖カッシアーノ、パドヴァの聖アントニオ)」(1592)


P2360232
トーディのサン・フォルトゥナート教会の祭壇前飾り(16世紀末)


P2360234
5聖人(聖カッシニャーノ、聖デ―ニャ、聖ロマーナ、聖カッリスト、聖フォルトナート)


P2360236
次のセクションに進みます。


P2360237
第5セクション


P2360239
ペルジーノの追随者作「救世主と聖ピエトロと聖パオロ」(15世紀後半)
トーディのサン・ニッコロ・デ・クリプティス教会にありました。


P2360242
15世紀後半の逸名画家作「シエナの聖ベルナルディーノ」(1480c)
トーディのサン・ニッコロ・デ・クリプティス教会にありました。


P2360245
15世紀の逸名画家作「聖母子」(15世紀)
トーディのサン・ニッコロ・デ・クリプティス教会にありました。


P2360247
ニッコロ・ディ・ヴァッヌッチョ(ウンブリア、1362‐1400生存確認)の「三位一体と聖アルナルド」(14‐15世紀)
トーディのサン・ニッコロ・デ・クリプティス教会にありました。


P2360250
15世紀の逸名画家作「聖アンサーノ」
トーディのサン・フォルトゥナート修道院にありました。


P2360254
ロッソ・ペルジーノに帰属する「サン・ニッコロ・デ・クリプティスの彫刻」(12世紀後半)
トーディのサン・ニッコロ・デ・クリプティス教会にありました。


P2360257
13世紀の逸名彫刻家作「天使の壁龕」(13世紀後半)
トーディのサン・フォルトゥナート教会にありました。
(つづく)

クリプタから内陣に戻りました。
P2360131
主祭壇


P2360134
ジュンタ・ピサーノの影響を受けたウンブリアの逸名画家作「彩色磔刑像」(1255‐65)


P2360135
後陣


P2360137
後陣に入ることが出来ません。


176
詳細不明


175
詳細不明


P2360136
アンジェロ・モレッティ―ニ(ペルージャ、1799‐1877)のオルガン


P2360138
右側廊


P2360143
後陣右の礼拝堂


P2360144
詳細不明


P2360145
ジャン二コラ・ディ・パオロ(ペルージャ、1478‐1544)の「聖母子と2聖人の祭壇画」


P2360147
ルネッタの死せるキリストとニコデモとアリマテアのジュゼッペ


P2360149
玉座の聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖ロッコ


P2360153
ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャ(スペイン、1450‐スポレート、1528)の「三位一体」(1515‐25)


P2360156


P2360159
キリストの洗礼


161
受胎告知


163


P2360160


P2360162
ロ・スパーニャ?のフレスコ画


P2360163
詳細不明


P2360164
右側廊


P2360166


P2360168
右側廊天井


P2360169
詳細不明


P2360170
14世紀のウンブリアの逸名彫刻家による柱頭


P2360171


P2360172
詳細不明


159


177


P2360173
外に出ました。
(おわり)

P2360076
次はクリプタです。


P2360075
幸いにも開いていました。


P2360077
13世紀のクリプタは、大聖堂付属美術館のような取り扱いがされてます。


P2360079
クリプタは有料(€2)です。


P2360078
中に入りました。


P2360080
初代の建物の柱などが展示されてます。尚、現在の建物は二代目。


P2360082
更に階段を下ります。


P2360083
クリプタです。


P2360084
クリプタが有料になってから信者の姿を見かけたことがありません。


P2360085
クリプタの祭壇


P2360087
「聖母子”Sedes Sapientiae"」(12世紀)
トーディのサンタ・マリア・イン・カムッチャ教会にありましたが、2004年にこの場所に移されました。
有名な作品です。


209
念のため、サンタ・マリア・イン・カムッチャ教会の写真を再掲しておきます。


P2360092
詳細不明


P2360094
ドゥオーモのファサードの壁龕にあった彫刻です。これがクリプタの最大の見所です。


P2360097
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)に帰属する「聖母子」(1270‐1350)
ジョヴァンニ・ピサーノ工房やジョヴァンニ・ピサーノ派逸名彫刻家の作品説もあります。


P2360099
ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1250c‐1315c)に帰属する「司教を導く天使」(1270‐1350)
ジョヴァンニ・ピサーノ工房やジョヴァンニ・ピサーノ派逸名彫刻家による作品説があります。


P2360100
ルベウス Rubeus(ウンブリア、13世紀活動)に帰属する「聖女」


P2360102


P2360103
詳細不明


P2360104
詳細不明


P2360107
詳細不明


P2360108
階段を上ります。


P2360109
墓石が並んでます。


P2360110
聖杯


P2360111


P2360112


P2360113


P2360114


P2360115


P2360116


P2360117


P2360118
燭台


P2360119


P2360120
「受胎告知」(17世紀)


P2360122
「この人を見よ」(17世紀)


P2360125
詳細不明


P2360126
更に進みます。


P2360130
これしかない。


P2360127
”付属美術館”はこれで終わりです。
(つづく)

336
トーディの町の中心ポポロ広場です。


P2360028
ポポロ広場の北端に建つトーディ大聖堂 Concattedrale di Santissima Annunziataです。
以前、トーディは独立した司教区だったので、トーディのドゥオーモは司教座教会でしたが、1986年に司教区再編によって、オルヴィエート=トーディ司教区に再編され、司教座はオルヴィエート大聖堂に置かれるようになったことから、トーディ・ドゥオーモはConcattedraleに格下げとなりました。


P2360030
この場所に、1150年以前に受胎告知に捧げられた教会の存在の記録が残されていますが、1190年に発生した火災によって消失崩落したので、再建されることになりました。
12世紀末に再建工事が開始され、14世紀に完成しました。その後、数回改修が行われたものの、小規模だったので、ファサードを除いて14世紀完成時のロマネスク・ゴシック様式の姿を現在もほぼ留めているとされてます。


145
13世紀の鐘楼が今でも残ってます。


P2360035
13世紀に建設されたファサードは、数回改造されましたが、16世紀初めに行われた最後の改造後の姿が現在のものとなってます。


P2360031
1515年から1523年にかけて制作されたバラ窓ですが、19世紀に修復されました。


P2360033
1517年から1523年に制作された、向かって左の窓


P2360032
向かって右の窓


P2360042
ファサード中央扉の装飾


P2360047
中央扉上ルネッタ
ここにはフレスコ画があったと思います。


P2360048
柱頭扉の木彫り彫刻は、アントニオ・ベンチヴェッニ(ペーザロとウルビーノで、1476、1518‐1530)活動記録)によって1521年に制作されました。


P2360049


P2360050


P2360046
ファサードの大理石柱の彫刻


P2360051


P2360036
左右の扉上ルネッタにもフレスコ画の痕跡さえもありません。


P2360037
紋章が幾つかあります。


P2360038
これらの紋章は、教皇、ファルネーゼ家のものです。


P2360040
ファルネーゼ家の紋章


P2360041


P2360043


P2360044


P2360045


P2360055
聖堂内に入りました。


P2360056
四廊式、ラテン十字形の内部です。


P2360057
右側に2つの廊下があります。


P2360059
壁、柱にフレスコ画がありません。
元々なかったのか、その辺が不明です。


151
木組みの天井


P2360060
左側廊から見て行きます。


P2360061


180
左側壁に5点の絵画が架かってます。


179


P2360073
5点の絵画は、16世紀末から17世紀初めにかけてのトーディ司教アンジェロ・チェージが注文したものです。


P2360063
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「聖母子と3聖人(聖アンブロージョ、聖アンドレア、聖ロッコ)」(1597‐99)


P2360066
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「無原罪の聖母と3聖人(聖ジャコモ・アポストロ、聖ジローラモ、聖トンマーゾ司教)」(1597‐99)


P2360068
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「3聖人(聖二コラ、聖セバスティアーノ、大天使聖ミケーレ)」(1597‐99)


P2360069
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「聖パオロの回心と聖ルーカ・エヴァンジェリスタと聖イジ―ディオ」(1597‐99)


P2360072
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562‐1645)の「3聖人(聖ルチア、聖マリア・マッダレーナ、聖レスティトゥータ」(1597‐99)


P2360074
詳細不明


P2360140
ファサードの裏にフレスコ画が描かれてます。


152
フェッラウ・フェンツォーニ・ダ・ファエンツァ通称イル・ファエンツォーネ(ファエンツァ、1562-1645)の「最後の審判」(1596)
ミケランジェロの「最後の審判」に触発されて制作されたと言われてます。


P2360142
(つづく)

P2360613
Cappella del Santissima Crocefisso


P2360614
15世紀のウンブリアの逸名画家作「パドヴァの聖アントニオ」


P2360616
14世紀前半のウンブリアの逸名画家作「ヘロデの饗宴」(1340c)


074


075
聖ジョヴァンニ・バッティスタの寺院への出現


P2360617


P2360620
次はロレートの聖母礼拝堂です。


P2360621
逸名画家作「マギの礼拝」(14世紀)


P2360624
逸名画家による14世紀のフレスコ画


079
後陣


P2360630
アントニオ・マッフェイ・ダ・グッビオ(グッビオ、1554から活動記録‐1601没)の「聖フォルトゥナート像」(1590)


P2360626
後陣の祭壇画
詳細不明の「磔刑」


P2360628
中央礼拝堂の祭壇


P2360631
聖人たちが描かれてますが、制作者や制作時期等が不明です。


P2360633
説教壇


081
ヤコポーネの墓がクリプタにあります。


082
ヤコポーネ・ダ・トーディ(トーディ、1236c‐コッラッツォーネ、1306)の墓
ヤコポーネは聖職者でしたが、中世の詩人として有名です。


083


P2360635
クリプタから内陣に戻りました。
Cappella Gregoriana


P2360636
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「聖母戴冠」


P2360638
二コラ・ヴァッヌッチョの「玉座の聖母子と聖人たち」(14世紀)


P2360640
二コラ・ヴァッヌッチョの「2聖人」(14世紀)


P2360642
次はアンヌンツィアータ礼拝堂です。


P2360643
17世紀のローマの逸名彫刻家によるスタッコ彫刻「マギの礼拝」


P2360644
17世紀のローマの逸名彫刻家によるスタッコ彫刻「羊飼いの礼拝」


087
次はパドヴァの聖アントニオ礼拝堂です。


P2360647
制作者不明の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀)
ラファエッロの影響を受けた?


P2360648
ジョッテスキ画家によるフレスコ画(14世紀)


P2360649
ジョッテスキ画家によるフレスコ画(14世紀)


P2360650


P2360651


P2360654
聖フランチェスコ礼拝堂の祭壇画「ロザリオの聖母」(詳細不明)


P2360656
次は大天使聖ミケーレ礼拝堂です。


P2360657
トンマーゾ・ディ・クリストフォロ通称マゾリーノ・ダ・パニカーレ(パニカーレ、1383‐フィレンツェ、1447)の「聖母子」(1432)


104
礼拝堂の中に入ることが出来ません。


100


101


106


107


108
詳細不明


110
詳細不明


P2360632
主祭壇前から見た出入口方向


P2350999
外に出ました。
(おわり)

P2350972
丘上に築かれた町トーディの最高地点に建つサン・フォルトゥナート教会がよく目立ちます。


P2350980
エトルリア時代のアクロポリスの区域にある教会です。


P2360011
この場所に初期キリスト教会があったとされてますが、その記録がないようです。その後、再建されましたが、創建時が不明とされます。再建されたロマネスク様式の教会は、1088年に聖フォルトゥナートに奉献された記録が残されてます。


P2360590
1198年、聖カッシアーノの祭壇を奉献するために、教皇インノチェンツォ3世がこの教会を訪れた記録が残されてます。


P2360589
1292年、ロマネスク様式からゴシック様式の建物に改造するための工事が開始されましたが、1348年のペスト禍によって工事が一旦中断されたものの、城壁の門を出入りする品物への2%課税しての資金調達によって、1405年に工事が再開しました。


057
ファサード下部は1436年に完成したものの、近隣のオルヴィエートなどとの戦いによって資金不足に陥り、結局、ファサード工事が再開されることなく、その上部は未完成のまま現在に至ってます。


P2360001
中央扉左側の彫刻


P2360003
中央扉右の彫刻


P2360004


P2360005


055
入口の左右にライオン像が置かれてます。


P2360006
エトルリア時代のライオン像と言われてます。


058
右側のライオン像


P2350998


P2350996


P2350997


056
ファサードの中央扉左右に受胎告知の彫刻があります。


P2350994
受胎告知する大天使


P2350995
受胎告知される聖母


P2360007
左扉上ルネッタ上のフレスコ画の痕跡


P2360002
中央扉上ルネッタにフレスコ画があったと思いますが、その痕跡さえもありません。向かって右扉上ルネッタのフレスコ画も全く残ってません。


059


P2350989


P2360585
チェントロ・ストーリコからは中々見えない鐘楼です。


P2360591
拝観します。


P2360592
中に入りました。


P2360593
三廊式、ゴシック様式の内部です。


P2360594
左右に合わせて13の礼拝堂が設けられてます。


P2360595


P2360596
左側廊


P2360597
左側壁の礼拝堂から見て行きます。


P2360598
聖母被昇天の礼拝堂です。


P2360599
聖母被昇天礼拝堂の装飾全てはアンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)によって1641年から1643年頃にかけて行われてました。


064


065


066


067


068


P2360601
アンドレア・ポリノーリ(トーディ、1586‐1648)の「聖母被昇天」


P2360604
受胎告知


P2360605
天上の聖家族


P2360606
聖パオロ


P2360608
キリストの神殿奉献


P2360610
聖母の神殿奉献


P2360612
聖ピエトロ
(つづく)

138
ポポロ広場は閑散としていました。


143
プリオーリ宮


191
カピターノ宮(左)とポポロ宮


145
時間潰しのためにドゥオーモを拝観します。


172


158


183
外に出ました。


186
Palazzo Vescovileに行ってみます。


188
行ってみたけれど、扉が閉まっていました。


194
ぶらぶら歩きを続けます。


195
バルトロメオ・ダルヴィアーノ広場


196
Porta Marzia


198
Porta Marziaは、トーディの最初に築かれた城壁に設けられた門です。


199
僅かに残された城壁の一部


200
ドナート・ブラマンテ科学高校


201
高校の入り口


203
典型的なウンブリアの家です。


205


206
両端の建物を支えてる?


207
このアーチの先の教会が楽しみです。


208
サンタ・マリア・イン・カムッチャ教会です。


209
残念ながら閉まっていました。
7‐8世紀に、この場所に教会の存在があったとされてます。現在の建物は13世紀に再建された二代目のものです。中に古いフレスコ画があります。


212
ファサード右ニッチは、二コラ・ディ・ヴァッヌッチョの「聖母子」(14世紀末)


213
詳細不明


214
詳細不明


215
身廊横の道を進みます。


216
道の先に教会があります。


217
サクロ・クオーレ教会


218
この教会も閉まっていました。


219
Porta della Catena


220
Arco di Sant'Antonioとも呼ばれてます。


222
Porta della Catenaを境に通りの名称がローマ通りからジャコモ・マッテオッティ通りに変わります。


224
ジャコモ・マッテオッティ通りから見たPorta della Catena


225
門にトーディのシンボル”鷲”の彫刻があります。


226
古い家並みが続きます。


227


228
ローマ通り


229
ここでトイレ休憩しました。


230
前日の昼食を食べたレストラン


244
レストランの手前に教会があります。


242
マドンナ・デル・カンピオーネ教会


243
1488年創建の旧サン・ボナヴェントゥーラ教会で、1796年に改築された教会です。1904年に火災に遭い、1930年に信者の募金によって、全面的に改装されましたが、それが現在の姿です。


241
扉が開いていました。


232
翼廊なしの単廊式の内部です。


234
主祭壇を飾る「聖家族」
これはオリジナルのコピーのコピーですが、オリジナルは行方不明です。
オリジナルは1837年に盗難に遭い、オリジナルの模写が残っていたので、オリジナルの複製画が1890年に制作されました。ところが、1904年の火災によって複製画も消失してしまいました。
火災前に撮られた複製画の写真を基に制作された、第二の複製画が今祭壇を飾っているのです。


237
詳細不明


245
外に出ました。


341
バスの出発時間が迫ってきました。


340
(おわり)

P2360660
トーディの町の創建は紀元前2700年頃と言われており、長い歴史があります。


P2360665
裏道に入りました。


P2360666
Porta Libera


P2360667
城壁外は何もないので、門を潜って城壁内に戻りました。


P2360668
お腹が空きました。食べなくては。


P2360670
ヤコポーネ広場の店で朝食を食べました。


P2360189
次はMuseo Civicoです。


P2360184
ガリバルディ像があるガリバルディ広場です。


P2360186
ガリバルディ広場からの景観


P2360188


P2360185
プリオーリ宮の塔を見ながらポポロ宮へと進みます。


P2360177
ポポロ宮の入り口


P2360282
展示の内容からMuseo Civicoはトーディ市立博物館と訳すべきでしょう。


P2360302


P2360385
絵画部門


P2360498
古い作品もあります。


P2360556
トーディ市立博物館については、後程項を改めて詳しく触れる予定です。


P2360579
博物館から外に出ました。


P2360580
ホテルに戻って昼寝をすることにしました。


046
朝食前に散歩に出ました。


047
晴れていましたが霞んでます。


049
イタリアの朝は夏でも涼しいのです。10時を過ぎる急激に気温が上昇します。


050
この辺を散歩して、丘上に築かれた町と改めて実感しました。


113
サン・フォルトゥナート教会に来てしまいました。


090
折角なので拝観しました。


111
狭いチェントロ・ストーリコなので、どうしても同じ場所に来てしまいます。


115
Via Augusto Ciuffelli


116
パラッツォ・パルティコラーレと言う建物です。particolareは独特とか、細部、特殊と言う意味なので、建物の名称の由来が分かりません。


118
ホテルの昼食の時間になりました。


119
ヤコポーネ広場にバスが駐車していました。


120
Teatro Comunale


121
出発はヤコポーネ広場発午後のバスなので、まだ時間が十分あります。


122
夕食を食べた所


123
Fonte Cesia


126
鷲が布を落としてトーディの町建設の場所を示したという伝説から、鷲が町の紋章となってます。


128
やるべきことは前日に全て完了したので、特にやることがありません。


129
Porta Marzia


130
ローマ通り


133
ガリバルディ通りに出ました。


134
朝よりも雲が多くなってきました。


135
霞が深くなってきました。


136
(つづく)

P2360018
ヤコポーネ広場です。


P2360016
ホテルはヤコポーネ広場の直ぐ傍にあります。


P2360015
コンソラツィオーネ広場行きのバスに乗ってしまい、無駄足を踏みましたが、教会巡りを午前中にやりたかったので、その辺は仕方がありません。


P2360019
町の中心ポポロ広場に向かいます。


P2360020
ポポロ広場は、この日のお宿から100mほどの距離にあります。


P2360021
広場は祭りの準備中?


P2360022
Museo Civicoが置かれているポポロ宮です。Museoは未だ開いてません。


P2360023
1213年から1228年にかけて建設されたポポロ宮です。


P2360024
この日の最高気温は40℃を超えました。


P2360026
広場の突き当りにドゥオーモがあります。


P2360027
1334年から1347年に建設されたプリオーリ宮です。


P2360029
少々疲れたので、ドゥオーモの拝観の前に、ここで一休みしました。


P2360030
ローマ時代フォロがあった場所にドゥオーモが建ってます。


P2360060
拝観しました。


P2360140
中々見応えがあります。


P2360146
ドゥオーモについては、後程項を改めて詳しく触れる予定です。


P2360083
クリプタにも入りました。


P2360173
ドゥオーモから外に出ました。


P2360174
広場で設営中の会場は何の催し物でしょうか?


P2360176
カルチェット(フットサル)用の会場らしい?


P2360175
手前がPalazzo del Capitano、その隣がポポロ宮です。
Museo Civicoは午後に入館します。


P2360581
次はサン・フォルトゥナート教会です。


P2360583
同じ道を通って教会に行くのを避けるために、裏道を選びました。


P2360582
Via della Valle Inferiore


P2360585
直ぐに鐘楼が見えてきます。


P2360587
教会に行くには、やはり同じ道になってしまいます。


P2360586
Teatro Comunale


P2360588
この日のお宿を通り過ぎました。


P2360589
サン・フォルトゥナート教会が開いていました。


P2360592
早速中に入りました。


P2360596
美術的に見所が豊富な教会です。


P2360601
佳作が幾つかあります。


P2360598
サン・フォルトゥナート教会については、後程項を改めて詳しく触れる予定です。


P2360621


P2360663
外に出ました。


P2360661
(つづく)

トーディ Todi は、人口16,606人(2018年1月1日現在)のウンブリア州ペルージャ県のコムーネです。
024
ペルージャのバスターミナルです。


P2340361
この日、バスでペルージャからトーディに向かいました。


P2350953
ペルージャからトーディまでバスが1時間20分ほどかかります。


P2350956
トーディのコンソラツィオーネ広場に到着しました。ペルージャ発昼頃からの3便はチェントロ・ストーリコのヤコポーネ広場が終点ですが、それ以外の大部分の便は城壁外の、この広場が終点です。


P2350955
広場にぽつんと教会が建ってます。


P2350957
ドナート・ブラマンテ(フェルミニャーノ、1444‐ローマ、1514)の設計がありますが、ブラマンテの影響を受けた建築家コーラ・ディ・カプラローラの設計によって1508年に創建されたサンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ教会です。1518年に没したコーラに代わって、建築家ヤコポ・バロッツィ・ダ・ヴィニョーラ(ローマのジェズ教会などを建築)に建築監督が引き継がれ、1607年に完成しました。
後で拝観するのは、大変なので、扉が開いているのを幸いに拝観することにしました。


P2350959
中に入りました。


P2350960
ギリシャ十字形、ルネサンス様式の内部です。


P2350961
四方から採光される明るい内部です。


P2350962
クーポラ


P2350963
祭壇


P2350964
祭壇画はなく、彫刻主体の装飾です。


P2350965
聖人たちの彫刻があります。


P2350966
制作者等の詳しい情報は不知です。


P2350967


P2350968


P2350969
美術的には見所が乏しい教会と言えるでしょう。


P2350970
外に出ました。


P2350958
この日のお宿はチェントロ・ストーリコにあるので、歩いて上ります。


351
相当上る必要があります。


042
城壁の砦を超えて、城壁内に入ります。


044
かなり距離と高さがあります。


P2350973
大きな重い荷物を引き上げるのが大変です。


P2350971
かなり上ってきました。


P2350972
サン・フォルトゥナート教会まで上る必要があります。


P2350974
トーディに来る場合、普通バス利用となりますが、終点がヤコポーネ広場のバス乗車を強くお勧めします。


P2350975
日帰り遠足でトーディに来る場合、大きな荷物がないので、コンソラツィオーネ広場行きのバスでも苦にならないかも知れません。


P2350976
この辺から荷物を持って階段を上ります。


P2350977
途中、何回も一休みしました。


P2350978
景色は良いのですが、息は上がり、足腰が悲鳴を上げ、汗だらけ。


P2350979
あと一頑張りです。


P2350980
漸くサン・フォルトゥナート教会の横に出ました。


P2350981
参った、疲れました。


P2350982
建物の下を潜ればチェントロ・ストーリコです。


P2350983
サンタ・クローチェ通りに出ます。


P2350986
さらにサン・フォルトゥナート通りに出ます。


P2350987
午前中の有効利用を考えてペルージャ発午前8時前のバスに乗ったのですが、後悔し切りです。


P2350989
前回もコンソラツィオーネ広場終点のバスに乗ったのですが、その時はまだ若くて、急坂が気にならず、軽視していました。


P2350993
サン・フォルトゥナート教会は未だ閉まっていました。


P2350990
今度は坂を下ります。


P2350991
チェントロ・ストーリコで青空市が立つときは、バスはヤコポーネ広場に入りません。


P2350992
この日のお宿は、この建物の下の方にあります。


P2350999
中世そのもののトーディです。


P2360017
この日のお宿に到着しました。


P2360014
荷物をホテルに預けて、身軽になって町歩きに出発しました。
(つづく)

282
1258年創建のロマネスク様式のサン・フランチェスコ教会です。


281
奉献式が1285年に執り行われました。
建物の完成後、二回大修復が行われましたが、老朽化したので、17世紀半ばに再建されました。現在の姿は、再建された二代目の建物です。


283
鐘楼は13世紀に建設されました。


279
教会の入り口は閉まっています。
教会のことを述べてますが、サン・フランチェスコ教会修道院の建物が博物館として使用されている上に、サン・フランチェスコ教会自体が博物館の一部として組み込まれているからです。


280
教会の入り口上ルネッタに描かれたフレスコ画「聖母子と聖フランチェスコと聖キアーラ」
制作者は不明のようです。


245
この建物が博物館の入り口となってます。
サン・フランチェスコ教会修道院ですが、18世紀末のナポレオンのイタリア侵攻に伴い、宗教活動が縮小制限されると、急速に荒廃が進み、1810年には活動が停止され閉鎖されてしまいました。その後、宗教活動は一度も再開されることなく現在に至ってます。
1833年から1893年まで大学の学舎として使用されていました。
その後、建物はコムーネの所有となり、20世紀初頭に一部改造され、村民ホールや会議室などとして使用されるようになりました。


244
1980年に村民ホールや会議室としての使用が停止され、1997年にコムナーレ博物館がオープンしました。
Complesso Museale di San Francescoが正式名称です。その名前の通り、幾つかの博物館から成る複合博物館です。


354
先ず、教会に入りました。


353
有名なオルガン


246
教会の壁に描かれたフレスコ画は、Maestro di Fossaの「磔刑」


355
教会を経由して、旧修道院のキオストロを経て、博物館の方に入る順路になってます。


248
キオストロ回廊のルネッタに描かれたフレスコ画


250
考古学部門


251


252
絵画部分は熱心に見ました。
入館者は私一人だけだったと思います。


254
17世紀のウンブリアの逸名画家作「聖母子と聖マリア・マッダレーナとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


255
17世紀のウンブリアの逸名画家作「ロザリオの聖母」
肝心のロザリオの聖母部分はこの画面の上部にあるようですが、落剝してありません。


256
16世紀のウンブリアの逸名画家作「エマオの晩餐」


257
17世紀のウンブリアの逸名画家作「受胎告知」


258
トッマーゾ・マウリツィの「聖母被昇天」


260
ピントゥリッキオの「聖母子」


261
じっくりと鑑賞しました。


262
ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ通称ロ・スパーニャ(?、1450c‐スポレート、1528)の「サン・マルティーノの祭壇画」(1522)
トレヴィのサン・マルティーノ教会の主祭壇を飾っていた祭壇画です。


263
聖母戴冠
ロ・スパーニャの代表作です。


264
プレデッラ


265
裾絵の中央が欠落しています。


267
ロ・スパーニャの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(1520c)
トレヴィのマドンナ・デッラ・ラクリメ教会にありました。


269
ロ・スパーニャの「聖チェチリア」(1520c)
この作品もトレヴィのマドンナ・デッレ・ラクリメ教会にありました。


271
アレッサンドロ・トゥルキ通称ロルベット(オルベット)(ヴェローナ、1578‐ローマ、1649)の「聖母被昇天」(1630‐40c)
トレヴィのサンタントニオ教会にありました。


272
フランチェスコ・ナシーニ(カステル・デル・ピアーノ、1611‐1695)の追随者作「聖ヴィンチェンツォの奇跡」(1720‐30c)
トレヴィのサン・ドメニコ教会にありました。


273
17世紀のローマの逸名画家作「聖トッマーゾの不信」
トレヴィのサンティ・トッマーゾ・エ・ラザロ教会にありました。


274
ジョヴァンニ・ディ・コッラドゥッチョ(フォリーニョ、1404‐1430活動記録)の「サン・フランチェスコのポリッティコ」(1430c)
トレヴィのサン・フランチェスコ教会にありました。


275
詳細不明の「慈悲の聖母」
説明プレートがありません。


276
16世紀のウンブリアの逸名画家作「ピエタ」
トレヴィのマドンナ・デッレ・ラクリメ教会にありました。


277
制作者情報不詳の「祈る聖母」


247
写真館です。


253
オリーブ博物館


278
(おわり)

245
トレヴィのコムナーレ博物館です。


253
博物館はオリーブ、考古学。絵画などの部門に分かれてます。


261
展示作品数は少ないですが、傑作が幾つかあります。


266
コムナーレ博物館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


281
博物館として使用されている旧サン・フランチェスコ教会の建物です。


284
15世紀に建設されたモルト門を潜りました。


285
モルト門に描かれたフレスコ画(18世紀)です。制作者は不祥のようです。


287
モルト門を潜って、村の中心マッツィーニ広場に出ました。


286
広場に面して建つPalazzo Comunale、村役場です。13‐14世紀に建設されたそうです。


288
村役場の横にある「村の塔」です。13‐14世紀に建設された塔です。
次はペルジーノの作品が残るマドンナ・デッレ・ラクリメ教会です。


352
1485年に創建されたマドンナ・デッレ・ラクリメ教会です。


350
ペルジーノの「マギの礼拝」(1521)


351
制作者不明の「聖母子」(15世紀)
次はドゥオーモです。


289
細い道のベアート・プラチーダ通りの突き当りにドゥオーモがあります。


291
地元の人々からドゥオーモと呼ばれているサンテミリアーノ教会です。教区教会にも格付けされていないようです。


293
道幅が狭いので、ファサード全体の写真を撮るのが難しい教会です。


309
この場所に、既に3世頃には初期キリスト教会の存在を示す記録が残されているそうです。
12世紀、その初期キリスト教会を取り壊し、その上に建設されたロマネスク様式の教会が前身です。
15世紀、建物は拡張されることになり、それに伴いルネサンス様式に改造されました。
その後、地震、落雷、火災の被害を受け、建物が老朽化したので、19世紀後半に建築家ルーカ・カリミ―ニの設計によって、15世紀の改造後の姿を出来るだけ生かしながら、再建されました。


308
この部分だけ15世紀の改築のものです。


310
ファサードにある聖エミリアーノ像(13世紀)です。
聖エミリアーノは、トレヴィを含む司教区の最初の司教でしたが、304年、棄教を拒んでトレヴィ郊外で拷問の饐えに殉教したのです。この教会に聖エミリアーノの聖遺物が残されてます。
トレヴィの守護聖人になっています。


311
ドゥオーモの外壁にフレスコ画が残されてます。


312
15世紀のウンブリアの逸名画家の作品です。


292
扉が閉まっていたのでガックリしました。念のため、扉を押したら、扉が開きました。このようなこともあるのです、ビックリしました。


294
中に入りました。
1997年9月26日に発生したウンブリア・マルケ地震によって大きな被害を受け、大修復されたので柱が新しく見えます。


303
1997年のウンブリア・マルケ地震で、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂のフレスコ画が崩落してしまいました。


304
後陣


306
この中に聖エミリアーノの聖遺物(心臓)が収められているそうです。本当?


298
ロッコ・ダ・ヴィチェンツァと工房による「秘跡の祭壇」(1521)
秘跡の祭壇がドゥオーモの見所とされてます。


297
祭壇画もロッコ―ダ・ヴィチェンツァの作品ですが、傷みが激しくて何が描かれているのか判然としません。


300
アル・メランツィオに帰属する「聖母子」
初代の建物にあったフレスコ画で、15‐16世紀に制作されました。


302
ウンブリアの逸名画家作「玉座の聖母子と聖人たち」


301
一般的に地震や火災などの被害を受けた教会には、フレスコ画や祭壇画の傑作があまり残されていません。
この教会の傑作とされていた彫刻や祭壇画は、ナポレオンのイタリア侵攻の際に殆ど全部がフランスに持ち去られ、戻されていないのです。


305
詳細不明


295
開いていただけで幸運でした。


313
外に出ました。如何にもウンブリアらしい佇まいです。


314
壁にフレスコ画が描かれた民家があります。


315
前回見た時よりも痛みが進みました。


316
受胎告知ですね。


317
村の中心のマッツィーニ広場が最高地点のようで、後は下り坂ばかりのようです。


318
下り坂は楽でした。


319
あちこち歩きましたが、城壁沿いの道に出てしまいました。


320
もっと見て回るつもりでしたが、雨が降ってきました。


321
直ぐに雨が強くなってきたので、駅までの道のりを考えて駅に向かうことにしました。


322
振り返って旧市街を撮りました。


325


324
(おわり)

トレヴィは、人口8,372人(2017年1月1日現在)のウンブリア州ペルージャ県にあるコムーネです。「イタリアの最も美しい村」にリストアップされてます。
P2390667
トレヴィは、スポレート駅とフォリーニョ駅の間にあって、車窓から村の全容を見ることが出来ます。


P2100572
トレヴィを知ったのは、車窓からの眺めでした。


P2100573
高い丘の上にに築かれた村です。(車窓から撮った写真)


205
トレヴィ駅に到着しました。この日は、スポレートからの日帰り遠足でした。


206
トレヴィ駅の駅舎です。
無人駅で、券売機が1台ありますが、故障中のことがあって困ります。
待合室が開いているだけで、駅舎にバールはありません。トイレがありますが、入り口が施錠されているので使用できません。トイレの裏で用足しをしている男性を何度も見かけましたが、女性の方は不知です。


207
トレヴィは、ローマ・テルミニ~オルテ~スポレート~フォリーニョの幹線上にあって、RとRVが停車します。


208
防衛と対マラリアの観点から、高い場所に村が築かれたそうです。高い場所の方が蚊が少ないそうです。


210
駅横から丘上の向かうバスがありますが、バスの本数が少ない上に、この時は列車が大幅に遅れてバスに接続しなかったので、已む無く徒歩で旧市街に向かいました。


209
平坦な道が暫く続くので、景色が殆ど変わりません。


213
バスが通る道を避け、旧市街への近道である農道を通りました。


212
トレヴィは、オリーブ油の名産地として知られ、村の麓にオリーブ畑が広がってます。


211
旧市街に近付いてきました。


214
道の横から駅の方を見やると、かなり上ってきたことを実感しました。


215
オリーブ畑の先が旧市街です。


216
旧市街の南の出入り口であるサン・ファビアーノ門です。


217
サン・ファビアーノ門を潜り、旧市街に入りました。城壁沿いのサン・ファビアーノ通りを上ります。


219
道の右手にあった建物です。


220
サンタ・キアーラ女子修道院です。


221
18世紀に再建された建物です。初代の建物は14世紀に建設されました。


222
扉が開いていたので、中に入りましたが、大勢の尼僧がお祈りの真っ最中でした。
中に初代の建物が一部残されており、そこにジョット派画家に描かれたフレスコ画があるので、観たいと思いましたが、ミサ中なので見学を遠慮しました。


218
更に坂を上ります。


223
直ぐにサンタ・クローチェ教会があります。


225
17世紀に建設された教会です。


226
扉が閉まっていました。美術的には見るべき作品がないようです。


227
汗が噴き出すに違いない、真夏に歩くのは不適な道です。


228
足腰が衰えた老人はこの村で暮らすのが大変でしょうね。


229
写真では勾配がよく分からないと思いますが、この辺では息が上がって大変でした。


230
やがて道の峠を越えて、下り坂になりました。


231
駅が小さく見えました。川が旧市街を囲むように流れていることが分かりました。


232
車、人を見かけません。


233
Museo Civicoに向かってます。


234
女子修道院の尼僧さんたちを除けば、この村で初めて見かけた人です。


235
道は再び坂の上りになりました。


236
Museo Civicoは、旧市街の端にあるサン・フランチェスコ教会にあります。


237
ローマ帝政時代の1世紀に建設されたAntica Portaです。この門は旧市街の中心近くにあります。ローマ時代はこの門が旧市街の入り口だったそうで、ローマ時代の村は現在よりも格段に小さかったことが分かります。


238
門を潜ると視界が開けます。


239
天気が良ければ、絶景が楽しめます。


241
この日は曇り時々晴れの天気でした。


242
イタリアでは雨男なので、この日は天気に恵まれた方です。


243
サン・マルティーノ教会が見えました。
(つづく)


242
次はトリニータ教会です



241
トリニータ教会の扉が閉まっていました。
宗教活動にあまり興味がないイタリア人が増えているようです。熱心な信者数に比べて教会の数が多過ぎるようで、何処の街でも教会の維持運営に苦労しているそうです。そのため、毎日扉を開けて信者に開放している教会が減ってきています。また、一人の聖職者が幾つかの教会を兼務したりすることがあるので、扉を開けるのはミサの時だけという教会が多くなっています。


244
ガリバルディ通りに入ります。


246
1510年建設のサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会です。私がグッビオに来た時に開いていたことがありません。


247
次はサンタ・マリア・ヌオーヴァ教会です。


248
感を頼りに探し回りましたが、中々見つかりません。


249
地図持参ですが、地図を見ないという癖が抜けきれません。何とかなるだろう、そのうちに見つかるさ


253
漸く地図を見て、この通りに教会があることを確認しました。


254
小さな町だから迷うことはない、それはその通りですが目的の場所が見つからない場合が時々あります。


255
道草はいけません。


256
256
サンタ・マリア・ヌオーヴァ教会が見えてきました。


257
13世紀後半に建設された教会です。


261


258
宗教活動は既に停止され、Museoとして一般公開されてます。


260
Museoになっているのは、フレスコ画の傑作があるからです。


262
主祭壇


270


263
このフレスコ画が傑作とされてます。
写真不可の表示がありますが、ノーフラッシュならば写真可となってます。(係員に確認しました)


275
オッタヴィアーノ・ネッリ(グッビオ、1375c‐1444)の「Madonna del Belvedere」(1413)


276


268
左側壁のフレスコ画は、メッロ・ダ・グッビオ(グッビオ、1330‐1360c活動記録)に帰属する「聖アントニオ・アバーテ」


266
右側壁のフレスコ画は、サン・セヴェリーノ・マルケ出身のサリンベーニ兄弟による帰属作品とされてます。


267


265


271


274



277
教会美術ファンにとっては必見でしょう。


279
次はサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。


280
その前に昼食です。


281
午後1時半を回って、ガラ空きとなったトラットリアでゆっくりと食事を楽しみました。


282
ワインを1本飲んだので酩酊状態


283
フランスでのビジネスランチでは各自750mlのワイン1本を飲むのが普通です。会社と食堂の往復は車で、食事後の午後はフルに働いても平気なフランス人に驚かされました。


284
ヨーロッパの会社の食堂での昼食で、ワインの小瓶1本やビールを飲むのが当たり前です。


318
318
道を下ります。


319
日本人の中にはアルコールを受け付けない方がいらっしゃいますが、欧米人とのビジネスで苦労されていると思います。
私の知る限り、何処の国の料理も酒をうまく飲むため、酒に合わせるために発展した経緯があります。


321
コンソーリ宮の下にある道です。


322
教会の前に来ました。


323
保護硝子板に写っているのはサン・フランチェスコ教会です。


325
サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会の扉が開いていました。


360
13世紀に創建され、14世紀に完成した、グッビオ最初の司教座教会です。
ファサードはロマネスク様式、鐘楼はゴシック様式です。


327
単廊式、ロマネスク様式ですが、二度にわたる大掛かりな修復によって、殆どの壁は白く塗り直されました。


328
一部残されている貴重なフレスコ画です。
左は14世紀に描かれた「アレッサンドリアの聖カテリーナ」、右は15世紀の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」です。制作者は不明です。


329
アンドレア・コモーディ(1560‐1638)に帰属する「ペスト禍の終結を祈願する聖カルロ・ボッロメオ」


331
1828年に描かれた新しいフレスコ画です。


332
アンニーバレ・ベーニ(1764‐1845)とアンニーバレの協力者アレッサンドロ・アレッサンドリーニの2人によって制作されました。


334


338


340
ジョヴァンニ・マリア・バルダッシーニ(1537‐1601)の「聖ピエトロと聖アンドレアの召命」(1574)


346


348
カミッラ・フィリッチ(グッビオ、1771‐1848)の「受胎告知」


350
ペルジーノ派無名画家作「キリストの洗礼」


353
353
ベネデット・ヌッチの「聖ルチア」


354
ベネデット・ヌッチの「聖ルチア」


357
詳細不明


358
初代の司教座教会ですから、もう少し古い作品が残っていると良かったと思いました。


361
キリがないので、この辺で終わりにしましょう。
(おわり)


171
1251年創建、1294年に完成したロマネスク様式のサンタゴスティーノ教会です。ファサードが新しく見えますが、それは18世紀に再建されたからです。


170
ファサードの横にあるのが修道院です。修復が何度も行われた修道院ですが、その外観は創建時の姿を今も留めていると言われてます。


172
案内に従って、先ずプレセーペを見ることにしました。


173
プレセーペは修道院に向かう廊下の一角にあります。


174
修道院の中庭


175
キオストロ回廊がありません。


176
鐘楼


177
プレセーペの入り口


178
1977年に造られたプレセーペですが、2003年に一部造り直されたそうです。


179


180


181


182


183


186
この扉からプレセーペから教会の中に入ることが出来ます。


187
単廊式、ロマネスク様式の内部です。


189
16世紀に8つのアーチによって天井を支える構造に改造されました。
祭壇画、フレスコ画を見て回りました。


191
制作者不詳の「聖セバスティアーノの殉教」


192
ヴィルジリオ・ヌッチ(グッビオ、1542/1545-1621)に帰属する「十字架降下」


195
オッタヴィアーノ・ネッリ(グッビオ、1375‐1444)と工房の「聖母子と聖人たち」


198
198
フェリーチェ・ダミアーノ(グッビオ、1530c‐1608)の「聖アゴスティーノの洗礼」(1594)


200
ジョヴァンニ・バッティスタ・ミケリーニ(グッビオ、1606/1613-1679)に帰属する「トレンティーノの聖二コラ」


202
オッタヴィアーノ・ネッリの「3聖人」


203


205
制作者不詳の「聖母子」
少し新しい作品のように思います。


206
ヴィルジリオ・ヌッチに帰属する「玉座の聖母子と聖アゴスティーノと聖フランチェスコと寄進者」


210
ヴィルジリオ・ヌッチの「井戸のサマリア女」


221
主祭壇と後陣


222
素晴らしい後陣のフレスコ画です。
オッタヴィアーノ・ネッリの「最後の審判」


220
中央礼拝堂のフレスコ画はオッタヴィアーノ・ネッリによって15世紀初頭に制作されました。


219
天井


218
フレスコ画のテーマは「聖アゴスティーノの生涯」です。


217
全26画面から成ってます。


216
216


215


214


212
教会内部のすべて壁にフレスコ画が描かれていたそうですが、残されているのはごく一部となってしまったそうです。


224
224
無名画家作「羊飼いの礼拝」(17世紀初め)


227
ヴィルジリオ・ヌッチに帰属する「聖母被昇天と聖人たち(聖ジローラモ、聖アゴスティーノ、聖モニカ、聖フランチェスコ」(16世紀)


230
中央の枠内は無名画家作「Madonna di Soccorso」(1485)
その周りの聖人はピエランジェロ・バジ―リ(グッビオ、1567から記録‐1604没)の作品と帰属されてます。


233
ジョヴァンニ・マリ・バルダッシーニ(グッビオ、1537から記録‐1601没)の「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニとアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1595)


236
フェリーチェ・ダミアーノの「磔刑」(1609)


240地元グッビオで活躍した画家たちの質の高い作品が光る教会です。
(おわり)

P2350247
Via della Zeccaです。


P2350250
バルジェッロ宮に向かいました。


P2350251
外階段がある家は風情があるので、見入ってしまいます。


P2350253
典型的なウンブリアの建物です。


P2350256
バルジェッロ宮にやってきました。


P2350273
Fontana del Bergello o dei Mattiですが、Fontana del Bargelloとも呼ばれているようです。


P2350257
1302年に建設されたゴシック様式のバルジェッロ宮です。


P2350259
バルジェッロ宮は石弓博物館になってますが、午前中の開館時間(13時まで)が終わったので、午後に来て欲しい(15時から)と言われてしまいました。


P2350260
入館したことがありますが、石弓の威力に圧倒されました。殺傷力の点で、日本の弓矢よりも比較にならないくらい強力です。


P2350262
次はカミニャーノ川です。


P2350263
写真左に堤防らしきものが写ってます。


P2350264
ビックリしました。水がありません。


P2350265
カミニャーノ川の堤防です。


P2350266
上流の方?(下流かも知れません)を見に行きました。


P2350267
川は完全に干上がってました。2017年は極端な少雨だったと聞いてましたが、これほど酷いとは思いませんでした。


P2350272
P2350272
以前、川に来た時は大雨の後だったので、川幅一杯の急流でした。


P2350269
そう言えば、ローマのホテルでバスタブに水を張るのはどうかと検討されたとの記事を見たことを思い出しました。


P2350270
ドゥオーモから市立博物館に戻ったので、もう一度ドゥオーモの方に向かいました。


069
ドゥオーモは既に昨日紹介しました。


071
ドゥオーモの身廊横の道を上りました。


140
ドゥオーモ付近は高い場所にあるので、そこからの景観が見事です。


143
トリニータ教会? サン・ピエトロ教会? どちらでしょうか?


142
オリーブ畑が広がってます。


144
コンソーリ宮が見えてます。


147
Via del Monteを先に進んでもオリーブ畑があるだけなので、下の方に戻ることにしました。


149
今にして思えば、メッシーナのシチリア州立美術館、レッジョ・ディ・カラーブリアの国立博物館、バーリの県立美術館、ローディの市立博物館などに再訪して展示作品の写真を撮っておくべきだったと思います。


150
9月20日通り?


151
司教館でしょうか?


152
もう一度坂を上ってサンタントニオ修道院に行くのは気が進みません。


153
町の西端に来ました。


154
Arco di San Marziale


155
Arcoの前にあるのがサン・マルツィア―レ教会です。


156
12世紀に創建されたロマネスク様式の教会です。


157
扉が開いていたので拝観しました。美術的には、この教会の見所は一つだけでしょう。


159
ベネデット・ヌッチ(グッビオ、1515‐1596以降没)の「玉座の聖母子と聖人たち」(1553)


161
左側に側廊がありますが、右側にはありません。


162


164
Arcoを潜ってダンテ通りに出ました。


163
ダンテ通り


165
次はサンタゴスティーノ門です。


166
直ぐに門が見えてきました。


167


168
サンタゴスティーノ門


239
門を潜って城壁外に出ました。


170
門外直ぐの所にあるサンタゴスティーノ教会です。美術的にグッビオでは見逃せない教会でしょう。


176
サンタゴスティーノ教会については改めて詳しく触れることにします。
(つづく)

P2340443
グッビオのドゥオーモ、Cattedrale dei Santi Mariano e Giacomoです。


P2340449
ジョヴァンニ・ダ・グッビオの設計によって1194年に創建され、1229年に完成したロマネスク様式の建物でした。手狭になったので、14世紀前半に規模の拡大が決定され、1336年に拡大工事が着工され、1350年に完成したゴシック様式の建物が今の姿の原形です。


P2340448
その後、16世紀と18世紀に改造され後期バロック様式の建物に変身しましたが、1913年から1918年にかけて行われた修復工事によって先のゴシック様式に戻されました。しかし、18世紀に改造された後期バロック様式の姿を一部に留めてます。


P2340446
ファサードはピエトロ・ガブリレッリの設計によって1326年から1345年にかけて建造されました。


P2340444


P2340445


P2340447


P2340450
ドゥカーレ宮との間に距離があまりないので、ファサードの完全な写真を撮るのが難しい。


135
身廊外観


138
鐘楼


P2340824
開いていたので拝観しました。


P2340826
10本のアーチで天井を支える構造になってます。単廊式、ゴシック様式の内部です。


P2340827
左側壁


P2340828
右側壁


P2340829
天井


077
ヴィルジリオ・ヌッチ(グッビオ、1542/1545-1621)の「ユダの接吻」(1575)


080
ヴィルジリオ・ヌッチの「キリストの復活」(1588)


083
ヴィルジリオ・ヌッチの「聖パオロの回心」(1596)


086
ジュリアーノ・プレスッティ別称ジュリアーノ・ダ・ファーノ(ファーノ、1490‐アンコーナ、1554)の「ご誕生」(1513‐21)


087


088


091
ジュリアーノ・プレスッティの「マッダレーナの栄光」(1521)


092


093


096
シニバルド・イービ(ペルージャ、1475c‐1550c)の「玉座の聖母子と聖ウバルドと聖セバスティアーノ」(1507)


097


098


100
詳細不明


101
ベネデット・ヌッチ(グッビオ、1515‐1596以降没)の「聖ウバルド」


103
後陣への立ち入りが禁止されていました。


105


106


111
ヴィルジリオ・ヌッチの「受胎告知」(1618c)


114
ベネデット・ヌッチの「聖母子と聖人たち」(1571)


117
ドーノ・ドーニ(アッシジ、1500c‐1575)の「十字架を担ぐキリスト」(1564c)


120
ベネデット・ヌッチの「聖トッマーゾの不信」(1589)


123
フランチェスコ・アッレグリーニ(ローマ、1624‐1684)のフレスコ画


126
ドーノ・ドーニの「ピエタ」(16世紀)


130
ピエランジェロ・バジ―リ(グッビオ、1550以降生まれ‐1604)の「聖バルトロメオ」


133
ヴィルジリオ・ヌッチの「無原罪の御宿リ」(1584c)


139
(おわり)

P2350119
次の部屋です。


P2350120


P2350121
制作者不詳の「マエスタ」(13世紀末)


P2350124
制作者不詳の「磔刑像」(13世紀)


P2350127
プセウド・パルメルッチの「聖母子」(14世紀)


P2350129
14世紀の無名画家作「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖アントニオ・アバーテのトリッティコ」
家庭用に作られたものでしょう。


P2350133
プッチョ・カパンナの追随者の「行列用十字架」(14世紀中頃)


P2350136
制作者不詳の「聖遺物入れのタベルナコロ」(14世紀前半)


P2350138


P2350140
制作者不詳の「十字架と紋章」(13世紀末‐14世紀初め)


P2350148
Maestro di San Francesco al Prato o Bottega del Maestro Espressionista di Santa Chiaraの「聖母子と聖人たちのポリッティコ」(14世紀第2四半世紀)


P2350150
クスピデの磔刑


P2350152
聖ピエトロ・マルティーレ、マグダラのマリア、聖フランチェスコ


P2350154
司教聖人、聖ディアコーノ、聖アンドレア


P2350156
聖母子


P2350158
洗礼者聖ジョヴァンニ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖アントニオ・アバーテ


P2350160
聖バルトロメオ、聖ステファノ、司教聖人


P2350164
メッロ・ダ・グッビオ、またはプセウド・パルメルッチに帰属する「聖母子」(14世紀)


P2350166
ザニーノ・ディ・ピエトロ別称ジョヴァンニ・ダ・フランチャ(ボローニャ、1389から記録‐ヴェネツィア、1448c)の「聖人」
聖人は特定できていないようです。


P2350170
プセウド・パルメルッチ(グッビオ、1280c‐1349c)の「聖母子と聖人たち(聖ウバルド、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖マリアーノ、聖ジャコモ)のポリッティコ」(14世紀第2四半世紀)


P2350172
クスピデの磔刑


P2350173
天使、聖アグネス


P2350175
アレッサンドリアの聖カテリーナ、天使


P2350177
玉座の聖母子


P2350180
聖マリアーノ、聖ウバルド


P2350181
洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ジャコモ


P2350184
次の部屋です。


P2350185



P2350188
北欧の無名画家作「ピエタ」(15‐16世紀)


P2350191
ヤコポ・べーディ(グッビオ、1435‐1475記録)の「慈悲の聖母」(15世紀中頃)


P2350194
制作者不詳の「ピエタ」(15世紀)


P2350197
メッロ・ダ・グッビオ(グッビオ、1350‐1375c活動)の「聖クリストフォロ」(14世紀中頃)


P2350200
メッロ・ダ・グッビオの「聖母子」(1360‐70c)


P2350203
メッロ・ダ・グッビオの「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1360‐70c)


P2350205
カッソーネ(15世紀)


P2350208
2階のロッジャに出ました。ここからの眺めが楽しめます。


P2350209
山の麓の街です。


P2350211
グランデ広場


P2350213
サン・ピエトロ教会が見えます。


P2350217
写真手前の鐘楼はサン・ジョヴァンニ教会のものです。


P2350218
サン・フランチェスコ教会


P2350220


P2350221


P2350224


P2350225


P2350227


P2350235


P2350238
下の方に下りていきました。


P2350239
ローマ時代の武器


P2350240


P2350241


P2350242
イタリア統一戦争時のもの


P2350243


P2350244
見終わりました。


P2350245
作品の帰属叙述法が変だと思いました。


P2350246
(おわり)

P2350028
ヴィルジリオ・ヌッチの「グイドバルド2世・デッラ・ローヴェレ」


P2350030
ヴィルジリオ・ヌッチの「フランチェスコ・マリア・デッラ・ローヴェレ」


P2350026
詳細不明


P2350033
アウグスト・ストッポローニ(サン・セヴェリーノ・マルケ、1855‐ローマ、1936)の「リヴィア・ピッチ―ニ・ストッポローニの肖像」(19世紀)


P2350035
詳細不明の家具


P2350037
17世紀の無名画家作「トロメイの聖ベネデット」


P2350040
18世紀の無名画家作「田舎の風景」


P2350042
16世紀の無名画家作「光悦の聖フランチェスコ」


P2350046
17世紀の無名画家作「光悦の聖フランチェスコ」


P2350048
カラッチ派無名画家作「ディアナの水浴」(17世紀前半)


P2350051
ボローニャ派無名画家作「裸の男」(17世紀)


P2350055
フィレンツェ派無名画家作「La donna adultera」(16世紀)


P2350057
カラッチ派無名画家の「エジプトへの逃避途中の休息」(17世紀)


P2350061
17世紀の無名画家作「聖家族」


P2350064
フィレンツェ派無名画家作「キリストの説教」(16世紀)


P2350067
制作者不明の「ルーカ・カンビアーソ(モネーリア、1527‐スペイン、1585)作『ラケーレの死』のコピー画」(18世紀)


P2350070
17世紀のエミリアの無名画家作「パリーデの判決」


P2350073
ルティリオ・マネッティ(シエナ、1571‐1639)の「エジプトへの逃避」(1634)


P2350076
シモン・ヴーエに帰属する「聖クレシェンティーノ」(17世紀)


P2350078
制作者不明の「ベルナルディーノ・ルイーニ作『聖母子』のコピー画」(16世紀末‐17世紀初め)


P2350082
カルロ・チニャーニ(ボローニャ、1628‐フォルリ、1719)に帰属する「聖母子」(17世紀後半)


P2350085
ヴェネトの無名画家作「バルダッサッレの饗宴」(16世紀)


P2350087
16世紀の無名画家作「ラザロの蘇生」


P2350091
17世紀のエミリアの無名画家作「弟子の足を洗うキリスト」


P2350097
次の部屋です。


P2350098
時代が古い作品が展示されてます。


P2350100
パルメリーノ・ディ・グイド、またはマリーノ・ディ・エレモシーナに帰属する「聖母子と2天使」(14世紀初め)


P2350103
制作者不明の「聖ヴィンチェンツォ・フェッレール」(15世紀半ば)


P2350105


P2350106


P2350107
制作者情報不明の「聖母戴冠と聖アゴスティーノと聖モニカ」(15世紀後半)


P2350111
ジローラモ・ジェンガ、またはティモテオ・ヴィティーに帰属する「我に触れるな、聖フランチェスコと聖キアーラ」(16世紀前半)


P2350114
無名画家作「彩色磔刑像」(13世紀末‐14世紀初め)


P2350117
マッテオ・バルドゥッチ、またはアミーコ・アスペルティーニに帰属する「バッカス祭」(16世紀前半)
(つづく)

P2340902
絵画部門です。


P2340903
地元グッビオで活動した画家たちの作品が展示の中心です。


P2340905
オルランド・メルリーニ(グッビオ、?‐1510)に帰属する「玉座の聖母子と聖ロッコとグツマンの聖ドメニコ」


P2340908
16世紀の無名画家作「慈悲の聖母」


P2340911
16世紀前半のウンブリアの無名画家の「援助の聖母と聖フランチェスコと聖ドメニコ」(16世紀)


P2340914
16世紀の無名画家作「聖パオロ」


P2340917
16世紀のローマの無名画家作「三人の音楽師」


P2340919
無名画家作「Scena storica」


P2340926
フランチェスコ・シニョレッリ(コルトーナ、1490/1495-1553)の「無原罪の御宿リ」(1527以降)
フランチェスコはルーカ・シニョレッリの甥です。


P2340930
これは何でしょうか?


P2340932
ジョヴァン・バッティスタ・ミケリーニ(フォリーニョ、1604‐1655)の「ピエタと聖クリスピーノと聖ウバルド」(1649‐50)


P2340935
フラミニア・マカリージとガスパーレ・ペッリーノのフレスコ画


P2340937
フラミニオ・マルケージとガスパーレ・ペッリーノのフレスコ画


P2340939
詳細不明の家具


P2340942
フラミニオ・マルケージとガスパーレ・ペッリーノのフレスコ画


P2340944
ルーカントニオ・ブサーティ(パルマ、1470c‐ヴェネツィア、1518 o 1539)の「十字架降下」(16世紀)


P2340946
無名画家作「ご訪問」(16世紀)


P2340949
ヴェネトの無名画家作「聖家族」(16世紀)


P2340953
フラミニオ・マルケージとガスパーレ・ペッリーノのフレスコ画


P2340956
ヴィルジリオ・ヌッチ(グッビオ、1545‐1621)の「ラザロの蘇生」(1580)


P2340958
漸く入館者が現れました。


P2340959
ベネデット・ヌッチ(グッビオ、1515‐1587)の「サント・スプリトの祭壇画」(1563)
グッビオの旧サント・スプリト教会にあった祭壇画です。


P2340963
永遠の父なる神


P2340965
聖霊降臨


P2340966
聖ステファノ


P2340967


P2340968
聖ウバルド


P2340971
洗礼者聖ジョヴァンニ


P2340973
聖ウバルド


P2340975
アレッサンドリアの聖カテリーナ


P2340977
聖ウバルド


P2340980
シニバルド・イービ(ペルージャ、1475c‐1550c)の「慈悲の聖母と聖ウバルドのゴンファローネ」(1503)


P2340983
慈悲の聖母


P2340984
ゴンファローネとは旗と言う意味ですが、ここでは表裏両面に描かれていることを意味します。


P2340986
聖ウバルド


P2340990
フェリーチェ・ダミアーニ(グッビオ、1581‐1609活動記録)の「天上のキリストと聖母と聖ウバルドと、聖フランチェスコとグッビオの人々」(16世紀末)


P2340993
グッビオの無名画家作「十字架降下」(16世紀)


P2340996
アントニオ・ゲラルディ(リエーティ、1638‐ローマ、1702)の「芸術の寓意」(1660‐1700c)


P2340998
オラツィオ・ボヴァレッリの「モンテフェルトロとデッラ・ローヴェレの紋章」(1601)


P2350001
16世紀の無名画家作「ご訪問」(1583)


P2350003
額縁に注目です。


P2350004
フェリーチェ・ダミアーニ工房の「三位一体と聖人たち」(16世紀末‐17世紀初め)


P2350009
額縁に注目です。


P2350007
フェリーチェ・ダミアーニ工房の「寺院のキリスト」(16世紀後半)


P2350012
次の部屋です。


P2350013
部屋番号等の表示がありません。


P2350014
詳細不明


P2350016
詳細不明


P2350019
フェデリーコ・ブルノーリ(グッビオ、1566‐1649)の「Il patto di pace tra San Francesco e il Lupo」(1612)


P2350021
ベネデット・ヌッチまたはジョヴァンニ・マリア・バルダッシーニに帰属する「聖母の系統樹」(1570)


P2350023
無名画家作「聖ベネデットと2天使」
(つづく)

322
グッビオの高台にコンソーリ宮(執政官宮殿)です。


058
グッビオの建築家マッテオ・ディ・ジョヴァンニ・ガッタポーニ(グッビオ、1300c‐1383)とオルヴィエートの建築家アンジェロ・ダ・オルヴィエート(オルヴィエート、?‐1352)の設計によって1332年から1349年に建設されたコンソーリ宮です。


P2340836
コンソーリ宮はグランデ広場に面して建ってます。


031
中世の時代、この建物はグッビオ政治の中心でした。


291
この建物に1901年からMuseo Civocoが置かれてます。


292
Museo Civicoの入り口はバルダッスィーニ通りの方にあります。


294
中に入りました。
Museoは、考古学部門、セラミック部門、絵画部門からなってます。


P2340838
中に入ると、先ず、このフレスコ画が目に入ります。


296
グッビオの無名画家の「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ウバルド」(1350c)


P2340841


P2340840
初めは考古学部門の展示です。


P2340842
グッビオの遺跡からの発掘物が展示されてます。


P2340843


P2340844
考古学部門の展示はどうしても墓関係が中心になってます。


P2340845
ミケランジェロのメディチ家礼拝堂の墓碑を除いて、私は他人の墓にあまり興味がありません。


P2340846
古代の展示は墓が中心になるのは、何処の国でも同じです。日本では天皇陵がその好例です。


P2340847
墓石


P2340848
我家の墓も3000年後に遺跡になったりして・・・・・


P2340850
オルランド・メルリーニの「聖ウバルドと聖アゴスティーノ」(1503c)
殆ど落剝したフレスコ画


P2340851


P2340852


P2340854
グランデ広場の模型


P2340855


P2340856


P2340857


P2340858
墓標


P2340859
石棺でしょうね。


P2340860


P2340861


P2340862


P2340863


P2340864


P2340865


P2340867
この辺からの展示に興味が出てきました。


P2340868
14世紀の無名画家による「聖母子」
グッビオのサン・ベネデット教会にあったフレスコ画です。


P2340873
グイドゥッチョ・パルメルッチまたはメッロ・ダ・グッビオの「コンソーリのマエスタ」(1350c)
コンソーリ宮内の礼拝堂にあったフレスコ画


P2340875
地上階を見下ろしたところです。


P2340876
次は階上の展示室です。


P2340877


P2340878



P2340879
Museo Civicoの定番ともいえる展示です。


P2340880


P2340881
陶器類はどの町でも制作さていたようです。


P2340882


P2340883
日本製陶器も展示されてます。


P2340884


P2340885


P2340886


P2340888
次の部屋に向かいます。


P2340889
入館者は私一人でした。


P2340890
陶器の展示は面白いとは言えないので、入館者がいないのは無理からぬところがあります。


P2340891


P2340892


P2340893


P2340894


P2340896
アルド・アーヨの「アダムとイヴ」(1930c)


P2340898
アルド・アーヨの「人魚」(1930‐40c)


P2340900
現代のセラミック製芸術品


P2340901
2階の展示室に向かいました。
(つづく)

P2340716
制作者不明の「ドメニキーノ作『聖ジローラモの聖体拝領』のコピー画」(17世紀)


P2340718
17世紀の無名画家の「カルヴァリオへの途」


P2340719
16世紀の無名画家の「マギの礼拝」(16世紀末)


P2340722
17世紀の無名画家の「聖ジュゼッペの工房」(17世紀初め)


P2340724
17世紀の無名画家の「聖ジュゼッペの工房」(17世紀)


P2340726
16世紀のヴェネトの無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀)


P2340728
17世紀の無名画家の「エジプトへの逃避途中の休息」(17世紀初め)


P2340730
17世紀の無名画家の「風景画」


P2340731
17世紀のドイツの無名画家の「風景画」


P2340733
フェリーチェ・ダミアーノ(サン・セヴェリーノ・マルケ、1560‐グッビオ、1608)の「カルヴァリオへの途」


P2340735
17世紀のエミリアの無名画家の「我に触れるな」(17世紀)


P2340737
17世紀の無名画家の「天上の聖トリアーデと聖人たち」(17世紀初め)


P2340739
17世紀のエミリアの無名画家の「聖会話」(17世紀)


P2340741
17世紀の無名画家の「奇跡の魚釣り」


P2340742
17世紀のエミリアの無名画家の「マッダレーナ」


P2340745
17世紀の無名画家の「風景画」


P2340747
ロレンツォ・パシネッリの領域の画家作「眠るマッダレーナ」(17世紀)


P2340749
ルティリオ・マネッティの模倣者作「エマオの晩餐」(17世紀)


P2340751
シモーネ・カンタリーニ・ダ・ペーザロ(ペーザロ、1612‐ヴェローナ、1648)の「アダムの原罪」


P2340752
17世紀の無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖アンナ」


P2340755
17世紀のエミリアの無名画家の「風景画」


P2340756
17世紀の無名画家の「風景画」


P2340759
17世紀のボローニャ派無名画家の「パドヴァの聖アントニオ」


P2340760
次の部屋です。


P2340762
Sala F


P2340761
17‐18世紀の作品が展示されていると思います。説明パンフレットがないので、適当に見て次の部屋に行きました。


P2340764
次の部屋です。


P2340765
Sala G


P2340763
重要な作品がないので、適当に見て終わりです。


P2340766
順路に従って地下に向かいました。


P2340768


P2340770


P2340771


P2340772


P2340773
ドゥカーレ宮とは直接関係がない展示物です。


P2340774
グッビオの遺跡からの発掘物が展示されてます。


P2340775
一旦中庭に戻りました。


P2340776
次は1階(日本の2階)です。


P2340778
1階の廊下です。


P2340779
廊下に絵画が展示されてます。


P2340783
16世紀のグッビオの無名画家の「授乳の聖母と洗礼者聖ジョヴァンニと聖ウバルド」(16世紀)


P2340785
17世紀の無名画家の「井戸のサマリア女」


P2340787
フェリーチェ・ダミアーノの「聖霊降臨」(16世紀後半)


P2340789
フェリーチェ・ダミアーノの「聖母子と聖人たち(聖ルチア、聖フランチェスコ、聖ウバルド、聖キアーラ、アレッサンドリアの聖カテリーナ)」(1608)


P2340791
ジャチント・ボッカネーラ(レオネッサ、1666‐ペルージャ、1746)に帰属する「カーネーションの聖母」(1700‐10c)


P2340793
ベネデット・ヌッチ工房の「聖霊降臨」(1566)


P2340795
ルティリオ・マネッティの領域の「幼きキリスト」(17世紀初め)


P2340796
16世紀の無名画家の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


P2340799
フェリーチェ・ダミアーノの「天使を養うキリスト」(1608)


P2340801
次の部屋です。


P2340800
Sala H


P2340804
エミリアの無名画家の「パオラの聖フランチェスコ」(17世紀)


P2340807
エミリアの無名画家の「聖ジローラモ」(17世紀)


P2340809
ヴェネトの無名画家の「シモーネ邸の晩餐におけるマッダレーナとキリスト」(18世紀初め)


P2340810
19世紀のカラヴァッジェスキ無名画家の「キリストとニコデモ」(19世紀後半)


P2340813
18世紀の無名画家の「聖ジョヴァンニ・ネポムチェーノに顕現する聖母子」(18世紀前半)


P2340814
地上階に戻りました。


P2340816


P2340818
最後は現代の作品展示です。


P2340819
この辺の作品になると違和感ばかり。


P2340820


P2340821
カインズホームやジョイフル本田の園芸コーナーと同じですね。


P2340822
苦手です。


P2340823
フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公の書斎が見所と思います。
持ち主が何度も変わり、それに伴って美術品や調度品などが売られてしまったようで、良い作品があまりないように思いました。


P2340448
外に出ると、正面がドゥオーモです。
(おわり)

P2340621
制作者不詳の「マギの礼拝」(16世紀後半)


P2340624
16世紀のグッビオの無名画家の「ご誕生」(16世紀後半)


P2340626
ヴィルジリオ・ヌッチ(グッビオ、1545c‐1621)の「羊飼いの礼拝」(17世紀初め)


P2340628
ヴィルジリオ・ヌッチの「ご誕生」(16世紀末)


P2340630
ベネデット・ヌッチ(グッビオ、1515c‐1587)の「聖マリア・マッダレーナ」(16世紀)


P2340632
16世紀前半のペルージャの無名画家の「ピエタ」(16世紀)


P2340634
ヴィルジリオ・ヌッチの「真の十字架」(16世紀)


P2340636
ベネデット・ヌッチの「十字架の発見」(16世紀中頃)


P2340638
15世紀中頃のフランドルの無名画家の「十字架降下」(15世紀前半)


P2340640
ベネデット・ヌッチの「聖ルチア」(1568)


P2340642
制作者不詳の「磔刑」(16世紀)


P2340643
次の部屋です。


P2340644
Sala E


P2340654
地元の作品展示が多いと思います。


P2340655
ベルナルディーノ・ガリアルディ(チッタ・ディ・カステッロ、1609‐1660)に帰属する「聖セバスティアーノの殉教」(17世紀)


P2340657
制作者不詳の「十字架を担ぐキリスト」(16世紀中頃)


P2340659
制作者不詳の「死せるキリストを支える天使」(16世紀末)


P2340661
ダニエーレ・ダ・ヴォルテッラの領域の「聖パオロの召命」(16世紀中頃)


P2340663
オラツィオ・ディ・ドメニコ・アルファーニの領域の「ピエタ」(16世紀後半)


P2340665
マルチェッロ・ヴェヌスティ(コモ、1512‐ローマ、1579)の「悲しみの聖母と死せるキリストを支える2天使」(16世紀)


P2340667
17世紀のエミリアの無名画家作「男の頭」(17世紀)


P2340669
制作者不詳の「慈愛」(16世紀)


P2340671
ヴィルジリオ・ヌッチの「悔悛の聖ジローラモ」(1581)


P2340673
ドメニコ・ベッカフーミの領域の「聖マリア・マッダレーナ」(16世紀)


P2340675
詳細不明


P2340677
ヴィルジリオ・ヌッチ?の「羊飼いの礼拝」(17世紀初め)


P2340679
ヴィルジリオ・ヌッチ?の「ロザリオの聖母」(16世紀末‐17世紀初め)


P2340681
17世紀の無名画家作「オリヴェターノ修道士の肖像」(17世紀前半)


P2340683
フェリーチェ・ダミアーノ(グッビオ、1560‐1608)の「聖母子と聖フランチェスコと聖キアーラ」(17世紀)


P2340685
フェリーチェ・ダミアーノの「磔刑」(17世紀末)


P2340686
16世紀の無名画家の「磔刑」(16世紀末)


P2340689
ピエトロ・パオロ・タンブリーニ(ウンブリア、16世紀後半活動)の「玉座の聖母子と聖ウバルドと聖フランチェスコ」(16世紀末‐17世紀初頭)
タンブリーニはフェデリーコ・バロッチの弟子です。


P2340691
制作者不詳の「フェデリーコ・バロッチ作『十字架降下』のコピー画」(16世紀)


P2340694
制作者不詳の「フェデリーコ・バロッチ作『死せるキリストの移送』のコピー画」(16世紀後半)


P2340696
17世紀の無名画家作「聖会話」(17世紀初め)


P2340699
ピエトロ・パオロ・タンブリーニの「本を読む聖母」(16世紀末‐17世紀初め)


P2340700
16世紀の無名画家作「聖母の誕生」(16世紀後半)


P2340703
制作者不詳の「フェデリーコ・バロッチ作『受胎告知』のコピー画」(16世紀)


P2340705
16世紀の無名画家の「光悦のマグダラのマリア」(16世紀)


P2340707
17世紀のカラヴァッジェスキ無名画家の「キリストの嘲笑」(17世紀)


P2340708
17世紀のローマの無名画家の「光悦のマグダラのマリア」(17世紀)


P2340712
17世紀の無名画家作「聖フランチェスカ・ロマーナ」


P2340713
17世紀のローマの無名画家の「マギの礼拝」(17世紀末)
(つづく)

P2340500
次の部屋です。


P2340501
Sala C、Salone di Corteです。


P2340502
この部屋から展示作品の説明パンフレットが完備されてます。


P2340503
16世紀の暖炉


P2340504
制作者不詳の「プットたちの遊び」(16世紀末‐17世紀初頭)


P2340508
フランチェスコ・アッレグリーニ(カンティアーノ?、1615/1620-グッビオ?、1679以降没)の「ダヴィデの勝利」(17世紀)


P2340511
17世紀のヴェネトの無名画家の「トビトの結婚晩餐」(17世紀)


P2340514
14世紀のウンブリアの親方(パルメリーノ・ディ・グイド?)の「玉座の聖母子と聖人たち」(14世紀前半)


P2340517
14世紀のウンブリアの親方(パルメリーノ・ディ・グイド?)の「2天使」(14世紀前半)


P2340519
詳細不明


P2340521
詳細不明


P2340522
詳細不明


P2340524
17世紀の無名画家の「Incontro tra Teti e Achille bambino, educato dal Centauro Chirone」(17世紀)


P2340526
17世紀のエミリアの無名画家の「ディアナの水浴」


P2340528
次の部屋です。


P2340532
Sala D


P2340531


P2340529
かなりの数の絵画が展示されてます。


P2340530
中世の頃、グッビオで活動した画家たちの作品が並んでます。


P2340563
Maestro Umbro del Secolo XIVの「受胎告知」(1300‐10c)


P2340565
シモーネ・マルティーニの領域のシエナ派画家作「聖母子と聖ピエトロと聖パオロのトリッティコ」(14世紀)


P2340567
制作者不詳の「聖母子と聖ルチア」(15世紀初め)


P2340569
ベネデット・ヌッチ(グッビオ、1515c‐1587)の「玉座の聖母子と聖人たち(洗礼者聖ジョヴァンニ、聖アントニオ・アバーテ、聖セバスティアーノ、大天使聖ミケーレ)」(1566)


P2340571
ベネデット・ヌッチの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2340573
ベネデット・ヌッチの「玉座の聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコ」(16世紀)


P2340575
Maestro Senese del Secolo XIIIの「聖母子」(13世紀末)


P2340577
フェリーチェ・ダミアーノ(サン・セヴェリーノ・マルケ、1560‐グッビオ、1608)の「正義の死」(16世紀後半)


P2340579
フェリーチェ・ダミアーノの「正義の死」(16世紀後半)


P2340583
ヴェネト・クレタの無名画家作「十字架降下」(15世紀)


P2340584
ヴェネト・クレタの無名画家作「キリストの洗礼」(15世紀)


P2340597
マッテオ・ダ・グアルドの領域画家作」永遠なる父」(15世紀)


P2340589
ヴィットーレ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1440c‐フェルモ、1501/1502)の「ピエタのキリスト」(15世紀)


P2340591
ハンス・メムリンクの領域のフランドルの無名画家作「キリスト」(15世紀後半)


P2340593
16世紀のウンブリアの無名画家作「聖母子と2聖人」(16世紀初め)


P2340595
ベネデット・ヌッチの「受胎告知される聖母」(16世紀)


P2340597
ベネデット・ヌッチの「マグダラのマリアを許すキリスト」(16世紀)


P2340599
ベネデット・ヌッチの「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖ウバルド」(1560‐70c)


P2340601
ベネデット・ヌッチの「キリストを祝福する聖母」(16世紀)


P2340603
ベネデット・ヌッチの「聖母被昇天」(1541)


P2340605
フェリーチェ・ダミアーノの「聖母の家系樹」(16世紀)


P2340607
ベネデット・ヌッチ?の「聖家族と聖ウバルドと聖キアーラと聖ルチア」(16世紀)


P2340609
ベネデット・ヌッチ?の「最後の審判」(16世紀)


P2340611
ヴィルジリオ・ヌッチ(グッビオ、1545c‐1624)?の「最後の審判」(16世紀)


P2340613
ベネデット・ヌッチの「アンティオキアの聖マルゲリータ」(16世紀後半)


P2340616
ヴィルジリオ・ヌッチの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(16世紀)


P2340618
ベネデット・ヌッチの「聖バルバラ」(16世紀)


P2340620
フェデリーコ・ブルノーリ(グッビオ、1566‐1649)の「教会博士たちとキリスト」(17世紀)
(つづく)

P2340440
グッビオのドゥカーレ宮です。ここに博物館があります。
ドゥカーレ博物館に入館する人は予めグッビオの歴史を知っておくと良いと思います。


P2340441
ドゥカーレ宮殿は13世紀に建築されましたが、その後、改増築されて今の姿になりました。
1384年、グッビオはモンテフェルトロ家の支配下に置かれるようになりました。また、1443年から1631年まで、グッビオはウルビーノ領でした。


P2340452
1422年、グッビオ郊外のペトロイアで生まれたフェデリーコ・ダ・モンテフェルト公は、1474年、ドゥカーレ宮をルネサンス様式の住居に改増築するべくシエナの建築フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ(シエナ、1439‐1501)を起用しました。


P2340450
1480年、建物が完成しましたが、その2年後、ウルビーノ公フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロはフェッラーラで没してしまい、完成したドゥカーレ宮に居住したのはごく僅かの期間と言われてます。
フェデリーコの息子グイドバルドと、グイダバルドの妻エリザベッタ・ゴンザーガはドゥカーレ宮で過ごすのが好きで、ゲストハウスを増築するなど、ほぼ現在の規模の建物にしました。夏の離宮として定期的に訪れていたことが知られてます。


P2340442
博物館の入り口です。
グッビオの歴史などの理由によって、ドゥカーレ宮の持ち主が数回変わりましたが、1637年の持ち主が家具などを売却してしまい、博物館内で展示されている貴重なものは意外にも少なく、本物のレプリカである場合が結構多いということ頭に入れて入館すると良いと思います。


P2340453
Il cortile d'onore(名誉の中庭)


P2340454
中庭を経由して展示室内に入ります。


P2340456
旧礼拝堂です。


P2340457


P2340455
ヴィルジーリオ・ヌッチの「玉座の聖母子と聖人たち(聖セバスティアーノ、聖ウバルド、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖フランチェスコ)」(1610c)


P2340458
次の部屋です。


P2340462
Sala A


P2340463
肖像画のギャラリーです。


P2340461
この部屋に展示されている肖像画についての説明プレート・パンフレット類がありません。


P2340460
説明プレートなどがない作品は、一般的に展示側が重要と見做していない場合が多いと思います。


P2340459


P2340464


P2340466
次の部屋です。


P2340467
ウルビーノのドゥカーレ宮殿にあるモンテフェルトロ公の書斎と同じですね。


P2340487
同じように見えるのは当然です。フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公の書斎でしたから。


P2340473
見事な寄せ木細工ですが、少々問題があります。


P2340474
これらの原画は恐らくPedro Berregueteによって描かれたと言われてます。


P2340475
シエナの建築家フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ(シエナ、1439‐1501)とフィレンツェで活躍した彫刻家ジュリアーノ・ダ・マイアーノ(マイアーノ、1432‐ナポリ、1490)によって制作されたそうです。


P2340476
少々問題があると書きましたが、その理由を述べましょう。


P2340477
1639年、デッラ・ローヴェレ家の末裔によって寄せ木細工は解体され売却されてしまいました。


P2340478
その後、持ち主が何度も変わり、転売が繰り返され、一部は散逸してしまいましたが、1939年、ニューヨークのメトロポリタン美術館が古美術市場から買い集めて、全部の寄せ木細工が揃うことになったのです。


P2340479
ここにあるものはメトロポリタン美術館にある本物から、2002年から2009年にかけて制作されたレプリカなのです。
オリジナルのものではありませんが、十分鑑賞に値するレプリカだと思います。


P2340480
この椅子もレプリカ?


P2340481
レプリカですが、ここはフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公を偲ぶには絶好の場所でしょう。


P2340483


P2340469
素晴らしい天井の装飾


P2340468
次は同じ部屋の壁にある絵画です。


P2340471
フレスコではないと思いますが、どうでしょうか?


P2340472
幾つかの絵画作品でお馴染みのフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公が描かれてます。


P2340486
勉強不足で申し訳ありませんが、この絵画についての詳細が分かりません。


P2340489
次の部屋です。


P2340493



P2340490
この部屋も肖像画の展示です。


P2340492
Sala Aと同じく作品についての説明プレートなどがありません。


P2340495
ほかの部屋の絵画などについては、説明シートが完備されてます。


P2340496
この人は有名ですから説明板くらいは用意して欲しいものです。


P2340497


P2340498
本物? それともレプリカ?


P2340499
(つづく)

P2340418
城壁内にある建物の中で最も高い場所にあるのがドゥオーモでしょう。


P2340420
9月20日通りを上って、見下ろしたところです。


P2340423
フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ通りに入りました。
ウルビーノ公として有名なフェデリーコですが、1422年にグッビオに生まれ、Signore di Gubbioでもありました。


P2340426
この道を真っすぐ進めばドゥオーモに出ます。


P2340428
ドゥカーレ宮が見えてきました。


P2340429
この建物は旧教会?


P2340432
Botte dei Canonici


P2340433


P2340434
辺りを睥睨するかのような堂々たる建物です。


P2340436
右折します。


P2340437
細い道を挟んで、左の建物がドゥカーレ宮、右がドゥオーモです。


P2340438
司教区博物館の入り口だったと思います。以前に一度入館したことがありますが、現在は休館中?


P2340440
ドゥカーレ宮です。


P2340443
ドゥオーモ


P2340449
ドゥオーモは未だ開いていませんでした。


P2340442
ドゥカーレ宮博物館が開いていたので入館しました。


P2340529
展示物は多くありませんが、中々個性を感じさせる展示物が多く楽しめます。


P2340643
この博物館については項を改めて詳しく触れることにします。


P2340637


P2340823
次はドゥオーモです。


P2340824
幸いにも扉が開いていました。


P2340825
拝観しました。


P2340827
高い場所にあるのと、近くに適当な駐車スペースが殆どないことが影響しているのか、信者の姿をあまり見かけないドゥオーモです。


P2340829
ドゥオーモについても別に取り上げることにします。


P2340451
ドゥオーモ横の道を真っすぐ進んでサンタ・マリア・ヌオーヴァ教会の方にも行きたいと思いましたが、午前中にMuseo Civicoを済ませておきたかったので断念。
グランデ広場に戻ることにしました。


P2340830
先ほど通ってきた同じ道を戻るのは芸がありませんが、時間短縮には已むを得ません。


P2340831
昼食でワインを飲むことになるので、ほろ酔い気分でMuseoに入館するのは控えたいと思っていました。


P2340832
下り道はやはり楽でした。


P2340833
何の建物だったか、失念。


P2340835
9月20日通り


P2340837
グランデ広場に戻ってきました。


P2340836
Museo Civicoに入館しました。


P2340840
考古学部門


P2340857
様々な展示物があります。


P2350098
Museo Civicoについては、項を改めて詳しく触れることにします。


P2350184


P2350194


P2350208
次は景観が楽しめる3階のロッジャです。


P2350209
グッビオは山の斜面に築かれた街であることが分かります。


P2350211


P2350218


P2350221


P2350224


P2350227


P2350236
(つづく)

グッビオは、人口31,788人のウンブリア州ペルージャ県にあるコムーネで、この町から約1000人の騎士や兵士が第1次十字軍に従軍するなど中世初期の時代には大きく繁栄していました。
003
ペルージャのバスターミナルです。


P2340361
ペルージャからバスでグッビオに向かうことにしました。


P2340362
運行するバス会社が変わったのか、FSのロゴが付いたバスが配車されてきました。


P2340364
ほぼ定刻の午前9時前にグッビオのPiazza 40 Martiriに到着しました。写真の建物はティラトリのロッジャです。


P2340363
広場に面して建っているのはサン・フランチェスコ教会です。


005
殆どの見所があるのは丘上なので、一旦丘に行ってしまうと下に降りてこないと思い、大きな荷物を引っ張って拝観することにしました。


009
入口はファサード側にあります。


010
残念ながらミサ中でした。邪魔をするわけにいかないので早々に退散しました。ペルージャからグッビオの、観光客に優しい時間帯のバスに乗車すると、午前9時にグッビオに到着するのですが、この教会は毎朝9時からミサを行うようで、ゆっくりと拝観したことがありません。


011
その辺は仕方がないところです。


P2340365
この日のお宿に向かいました。


P2340368
レプッブリカ通り


P2340370
観光案内所に立ち寄ってMuseoや教会などの開館時間などを確認するとともに、地図を頂戴しました。


P2340371
公衆トイレに行くためにちょいと道草。


P2340376
教会前のこの建物にトイレがあります。


P2340372
サン・ジョヴァンニ(洗礼者の方)です。


P2340375
グッビオの最初の司教座教会でした。


P2340380
この教会は必見なので、午後に来ることにしました。


P2340374
教会の壁の目立たない場所に「キリストの洗礼」があります。


P2340373
見えているのはコンソーリ宮です。


P2340377
この日のお宿はコンソリ宮が建っているグランデ広場に面した建物にあります。


P2340383
幸いにも広場に通じるエレベーターがあります。


P2340384
道の途中の右にあるガリバルディ通りです。この道を真っすぐ進めばトリニータ教会に出ますが、大きな荷物があるので、これ以上の道草は禁物です。


P2340386
エレベーターがある所まで来るのに、かなり汗をかいてしまいました。


P2340389
エレベーターが動かない時は、コンソリ宮の下のバルダッシーニ通りから大回りすることになります。


P2340388
エレベーターがある建物


P2340390
無料です。


P2340392
エレベーターが稼働しているようで安心しました。前回、来た時は点検中で酷い目に遭いました。


P2340397
エレベーターを降りて建物の外に出ました。


P2340393
グランデ広場です。


P2340408
コンソーリ宮に市立博物館があります。


P2340394


P2340401
赤っぽいパラソルがある所がこの日のお宿です。


P2340404
絶好の場所にあるホテルです。


P2340406
チェックインには早過ぎる時間でしたがチェックインが出来ましたが。しかし、部屋に入らず、大きな荷物を預かって貰い、直ぐに街歩きを始めました。
そうしたのは、午後1時くらいまでに美術館二つとドゥオーモに行きたかったからです。


P2340402
ポデスタ宮


P2340403
グランデ広場が街の中心です。


P2340410
広場からの景観を楽しみます。


P2340400


P2340399
サン・ピエトロ教会


P2340398
先ほど、あの場所から上ってきました。


P2340396
Museo Civicoはまだ開いていません。ドゥオーモの方に向かいました。


P2340415


P2340412
坂道を上ったり下りたりするので足腰が鍛えられます。


P2340413
(つづく)

今回は、モンテファルコのサンタ・ゴスティーノ教会です。
P2390135
マンマに教えられた通り、サンタゴスティーノ教会が開いてました。


P2390136
旧サン・フランチェスコ教会と並んでこの町で必見の教会でしょう。


P2390137
1279年から1285年に建設されたロマネスク様式の教会です。


P2390138
創建以来大がかりな修復や改修工事が行われていません。


P2390139
右側に側廊があるので、珍しい二廊式の内部です。


P2390141
木組みの梁の天井


P2390143
この教会の見どころはフレスコ画です。


P2390146
シエナ派の影響を受けたウンブリアの無名画家の「授乳の聖母」(15世紀初頭)


P2390150
ジョヴァンニ・ディ・カッラドゥッチョ(フォリーニョ、1404‐1437記録)の「慈悲の聖母」(15世紀前半)


P2390154
この礼拝堂のフレスコ画はウンブリアの無名画家によって14世紀後半に描かれました。


P2390156
詳細不明の「受胎告知」


P2390158


P2390160
詳細不明


P2390162


P2390164
アンブロージョ・ロレンツェッティに帰属する「聖母戴冠」(14世紀前半)


P2390167
ジョヴァンニ・バッティスタ・カポラーリに帰属する「聖母子と聖ジャコモと福音書記者聖ジョヴァンニ」(1522)


P2390168


P2390173
ウゴリーノ・ディ・ジスベルト(フォリーニョ、1479‐1500活動)の「聖母子と聖アゴスティーノとベアート・アンジェリコ・ダ・フォリーニョ」(15世紀第4四半世紀)


P2390178
15世紀のウンブリアの無名画家の「磔刑」


P2390176
15世紀のウンブリアの無名画家の「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2390180
詳細不明


P2390181
詳細不明


P2390183
14世紀のウンブリアの無名画家の「聖母子」


P2390185
何が描かれているのか分かりません。


P2390186
主祭壇と後陣


P2390188


P2390187
「磔刑像」(16世紀)


P2390190
15世紀のウンブリアの無名画家によって描かれたフレスコ画


P2390193
15世紀のウンブリアの無名画家によって描かれたフレスコ画


P2390194
サンタグネスの礼拝堂


P2390197
14世紀のウンブリアの無名画家によって描かれたフレスコ画(14世紀末)


P2390199
かなり落剝してます。


P2390201
「受胎告知する大天使」


P2390203
17世紀の無名画家の「聖アグネス」


P2390205
後陣への立ち入りが可能であることが分かりました。


P2390206
聖歌隊席の上に置かれていました。


P2390207
ユニークです。


P2390208


P2390209


P2390211
この礼拝堂のフレスコ画は殆ど落剝してます。


P2390215
「あれっ、何処かで見たような・・・・」
Cappella della Madonna Perpetuo Soccorso


P2390218
直ぐに思い出すことが出来ました。
先ほど、市立美術館のサン・フランチェスコ教会で見たベノッツォ・ゴッツォリのフレスコ画と同じです。


P2390609
これです。
ベノッツォ・ゴッツォーリのフレスコ画の写真を再掲します。


P2390219
サンタゴスティーノ教会のフレスコ画は、多分ヤコポ・ヴィンチオーリ・ダ・スポレートによって描かれたとされてます。また、時代的にこちらの方はベノッツォ・ゴッツォリ作品の複製と考えられてます。


P2390216
複製のフレスコ画が制作した理由は不明のようです。


P2390224
制作者不明


P2390225
この部分はフランチェスコ・メランツィオによって描かれたそうです。


P2390227


P2390228


P2390232
詳細不明の礼拝堂


P2390239
サンタ・キアーラ・ダ・モンテファルコの礼拝堂


P2390241
制作者不明の「聖キアーラ・ダ・モンテファルコ」


P2390243



P2390238
次の礼拝堂です。


P2390247
右側廊


P2390248
フレスコ画が沢山あって十分楽しめました。


P2390251


P2390252
聖水盤


P2390647
そろそろフォリーニョ行きのバスの時間です。


P2390649
サンタゴスティーノ門のフレスコ画をもう一度見ました。


P2390652


P2390653
バスの発車時刻まで2分しかありません。


P2390654
乗り遅れると次のバスは夕方なので焦りました。サンタゴスティーノ教会でゆっくりし過ぎました。


P2390657
所がバスは15分遅れ!


P2390656
バスターミナルから撮った写真
(おわり)

旧サン・フランチェスコ教会の続きです。
P2390629
右側廊です。


P2390636
右側の礼拝堂などを見ていきました。


P2390638
(シエナの)サン・ベルナルディーノの礼拝堂です。


P2390601
フレスコ画は、ヤコポ・ヴィンチオーリ・ダ・スポレートによって1461年に制作されました。
ヤコポはベノッツォ・ゴッツォリの影響を受けた画風でした。


P2390602
聖ジローラモ


P2390603
磔刑


P2390604
シエナの聖ベルナルディーノの物語


P2390605


P2390607


P2390596
シエナの聖ベルナルディーノ


P2390597
アレッサンドリアの聖カテリーナ


P2390598
祈るキリスト


P2390599
聖母子


P2390600
モンテファルコの聖キアーラ


P2390548
詳細不明の「聖母子」


P2390550
この辺は説明プレートがないのでお手上げです。


P2390551


P2390552


P2390553


P2390554


P2390555
次の礼拝堂です。


P2390557
詳細不明


P2390558
詳細不明


P2390561
詳細不明


P2390563
詳細不明


P2390566
詳細不明


P2390568
ジョヴァンニ・コッラドゥッチョと工房の「祈りキリストと4福音書記者」(1420‐30c)


P2390565


P2390567


P2390569


P2390572
私にはこの礼拝堂のことがよく分かりません。勿論、市立美術館の方では分かっていると思います。


P2390573


P2390574


P2390575


P2390577


P2390578


P2390579


P2390580


P2390581


P2390585


P2390587


P2390588


P2390589


P2390590


P2390592
Maestro del Crocifisso di Montefalco の「彩色磔刑像」(13世紀末‐14世紀初頭)


P2390637
次は聖ジローラモの礼拝堂です。


P2390609
ベノッツォ・ゴッツォリが1452年に制作したフレスコ画です。


P2390608


P2390611


P2390612


P2390613




P2390615


P2390614


P2390616


P2390617


P2390618


P2390619


P2390620


P2390621


P2390622


P2390623


P2390624


P2390625


P2390626


P2390627


P2390628


P2390631
小美術館ですがサン・フランチェスコ教会のフレスコ画が秀逸でした。


P2390632
ウンブリアを代表する美術館一つと思います。


P2390633
特筆すべきは月曜日に開館していることです。


P2390639
出口は入口と兼用です。


P2390641
有難いことに避暑にもなりました。


P2390644
外に出ました。
(おわり)

旧サン・フランチェスコ教会の続きです。
P2390461
美術ファンにとって見所豊富な教会と言えるでしょう。


P2390458
中でもフレスコ画が秀逸です。


P2390451
壁龕に描かれたフレスコ画


P2390462
ウンブリアの無名画家のフレスコ画(14世紀末‐15世紀初め)


P2390464


P2390453
こちらの壁龕はペルジーノのフレスコ画(1503)


P2390455
受胎告知、永遠なる父


P2390457
ご誕生


P2390467
聖アンドレアの壁龕のフレスコ画は、ティベリオ・ダッシジの「玉座の聖母子と聖アンドレアとバーニョレージョの聖ボナヴェントゥーラ」(1510)


P2390471
パドヴァの聖アントニオの壁龕のフレスコ画は、ヤコポ・ヴィンチオーリ・ディ・スポレートの「磔刑とパドヴァの聖アントニオの物語」(15世紀中頃)


P2390473
Cappella della Concezione o Bontadosi
この礼拝堂のフレスコ画は、イル・ファンティーノによって16世紀末‐17世紀初めに制作されました。


P2390475
無原罪の御宿リと聖フランチェスコとパドヴァの聖アントニオ


P2390477
父なる神と受胎告知


P2390479
バーニョレージョの聖ボナヴェントゥーラ


P2390480
聖母の寺院への出現


P2390481
クーポラ


P2390482
アッシジの聖キアーラ


P2390485
ジョヴァンニ・ディ・コッラドゥッチョ工房の「アンティオキアの聖イグナツィオ」


P2390486
詳細不明


P2390489
ウンブリアの無名画家の「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」


P2390492
アントニアッツォ・ロマーノ(?、1430‐1435c‐ローマ、1508)の「サラゴッツァの聖ヴィンチェンツォと聖イッルミナータとトレンティーノの聖二コラ」(1488)


P2390494


P2390495


P2390497


P2390499
16世紀初めのペルジーノの追随者の「聖母子とトローサの聖ルドヴィーコと天使」


P2390501
詳細不明


P2390503
ペルジーノの追随者の「聖セバスティアーノ」(16世紀初め)


P2390504
ペルジーノの追随者の「聖ロッコ」


P2390496
次の礼拝堂です。


P2390508
Cappella della Passione


P2390509
この礼拝堂のフレスコ画は、ベノッツォ・ゴッツォリに描かれました。しかし、ジョヴァンニ・コッラドゥッチョによって1415年から1420年に制作されたとの説もあるようです。


P2390510
聖フランチェスコの生涯が描かれてます。


P2390511


P2390512


P2390513


P2390514


P2390517


P2390518


P2390520


P2390522


P2390523


P2390524


P2390526


P2390528


P2390530


P2390531


P2390533


P2390534


P2390536


P2390537


P2390539


P2390540


P2390542


P2390543


P2390544


P2390545


P2390546
(つづく)

P2390363
フランチェスコ・メランツィオの「救助の聖母」(15世紀第4四半世紀)


P2390365
フランチェスコ・メランツィオの「玉座の聖母子と聖人たち(聖セバスティアーノ、聖ピエトロ、聖パオロ、聖ドメニコ?)」(1487)


P2390368
フランチェスコ・メランツィオの「聖母子と4聖人」(1488)


P2390370
玉座の聖母子


P2390372
聖セバスティアーノ、聖フォルトゥナート


P2390374
聖セヴェーロ、モンテファルコの聖キアーラ


P2390378
次の部屋です。


P2390379
17世紀の制作


P2390382
イタリア中部で製造されたピストル(18世紀)


P2390385
トッマーゾ・グラムピーニとクレメンテ・デリ・アッバ―ティの「サラセン兵士像」(1747c)


P2390387
ヨーロッパ東部で製造されたサーベル(19世紀)


P2390389
武具


P2390390
イタリア製の衣服(18世紀)


P2390395
この辺の展示が意味合いが分かりません。


P2390398
詳細不明


P2390400
詳細不明


P2390401


P2390402
次の部屋です。


P2390403


P2390404
イタリアの無名彫刻家の「聖アゴスティーノ」(17世紀後半)


P2390406
聖ピエトロ像が取り外されてます。


P2390409
制作者不明の「磔刑像」(18世紀)


P2390412
制作者不詳の「磔刑像」(15世紀)


P2390415
制作者不明の「磔刑像」(16世紀)


P2390419
エルコーレ・オルフェイ(ファーノ、16後半活動)の「聖体容器」(1569)


P2390422


P2390424


P2390427
アンドレア・デッラ・ロッビア工房の「聖母戴冠」(16世紀前半)


P2390429
ウンブリア産の織布断片(15世紀前半)


P2390431
ウンブリア産テーブルクロス(17世紀)


P2390433
ウンブリア産クッションカヴァー(17世紀)


P2390435
イタリア産婦人靴(18世紀後半)


P2390437
イタリア産針山(16‐17世紀?)


P2390439
イタリア産洗礼帯(16世紀第3四半世紀)


P2390441
次はサン・フランチェスコ教会です。


P2390442
1335年‐1338年に建設されました。


P2390443
左側壁


P2390444
右側に側廊が設けられてます。


P2390445
天井


P2390446
(つづく)

P2390257モンテファルコは小さな町ですが、それにも拘らず市立美術館は質の高い作品を展示しています。


P2390057
写っている教会はサン・フランチェスコ教会です。


P2390058
既に宗教活動を停止した旧教会です。


P2390064
教会は市立美術館に組み込まれ、旧サン・フランチェスコ教会に描かれたフレスコ画、モンテファルコの各教会から集められた祭壇画やフレスコ画が展示されてます。


P2390258
教会の手前の建物も美術館です。


P2390009
入館しました。


P2390263
最初の展示室です。


P2390264
展示室番号の表記はなかったと思います。


P2390265
17世紀のウンブリアの無名彫刻家の「対の天使」(木彫り彩色像)


P2390267
この部屋には目ぼしい作品がなかったような・・・・・


P2390271


P2390274
18世紀の無名画家の「受胎告知」


P2390277
クレメンテ・デリ・アッバ―ティの「聖母の誕生」(1779)


P2390280
ミケランジェロ・チェッレーティの「マグダラのマリアの昇天」


P2390283
アントン・マリア・ガルビの「聖母被昇天」(18世紀後半)


P2390285
次の部屋です。


P2390287
シメオーネ・チブッリの「聖母子と聖ジョヴァンニーノとバーリの聖二コラと聖フランチェスコ」(1605)


P2390291
ピエトロ・ランカネッリの「天上の聖母子と聖ロッコと聖クレメンテと聖フランチェスコと聖キアーラ」(1602)


P2390293
16世紀中頃の無名画家の「四福音書記者」(16世紀中頃)


P2390296
18世紀の無名画家の「聖母子」


P2390289


P2390298
16世紀前半のウンブリアの無名画家の「磔刑のキリストと聖母と福音書記者聖ジョヴァンニとマグダラのマリア」(16世紀初め)


P2390302
ウンブリア?の無名画家の「聖母子」(14世紀初め)


P2390304
15世紀前半のローカル無名画家の「聖人たち」


P2390308
14世紀末のウンブリアの無名画家の「獄中の聖マルゲリータ」


P2390310
次の展示コーナーです。


P2390313
ニッコロ・ラルンノ工房の「聖母戴冠と洗礼者聖ジョヴァンニと聖セヴェーロ」(15世紀第3四半世紀)


P2390316
ヤコポ・ヴィンチョーリの「磔刑像」(1461c)


P2390319
ニッコロ・ラルンノのサークルの「聖フランチェスコがいる磔刑」(15世紀第3四半世紀)


P2390322
16世紀のウンブリアの無名画家の「磔刑」


P2390324
15世紀のフォリーニョの無名画家の「キリストの物語」(1450‐60c)


P2390325
受胎告知


P2390326
ご誕生


P2390327
マギの礼拝


P2390328
割礼


P2390329
キリストの逮捕


P2390330
キリストへの嘲笑


P2390331
カルヴァリオへの途


P2390332
磔刑、授乳の聖母
磔刑の隣が授乳の聖母は時系列的に理解できません。


P2390335
メロッツォ・ダ・フォルリ工房の「聖母子」(1470c)


P2390337
スポレートの無名画家の「彩色磔刑像」(1280‐90)


P2390341
ウンブリアの無名画家の「ピエタ」(1330c)


P2390343


P2390344


P2390345
16世紀初めのウンブリア無名画家の「聖母戴冠とパドヴァの聖アントニオとフェルトレの聖バルナルディーの」(16世紀初め)


P2390348
フランチェスコ・メランツィオの「聖母子と2音楽天使」(1510)


P2390352
フランチェスコ・メランツィオの「玉座の聖母子と聖人たち(パドヴァの聖アントニオ、シエナの聖ベルナルディーノ、聖フランチェスコ、聖フォルトゥナート、トローサの聖ルドヴィーコ、聖セヴェーロ)」(1498)


P2390354
フランチェスコ・メランツィオの「受胎告知」、「幼きキリストを崇拝する聖母」(15世紀末‐16世紀初め)


P2390355


P2390356


P2390358


P2390360
フランチェスコ・メランツィオの「聖フランチェスコ」(15世紀末‐16世紀初め)
(つづく)

P2390058
市立美術館の開館時間になりました。


P2390289
市立美術館については、4回に分けて詳しく触れる予定です。


P2390636
特によかったのが旧サン・フランチェスコ教会のフレスコ画でした。


P2390608
月曜日の行き先としてモンテファルコは有り難い存在であると実感しました。


P2390039
フォリーニョ行きのバスの時間まで1時間半もあるので、町歩きを再開しました。
タクシーも考えましたが、観光案内所で聞いたら、ベヴァーニャにタクシーが行ったのでフォリーニョから呼ぶということでした。


P2390040
サンタゴスティーノ教会のフレスコ画が素晴らしいので、それを見るためには1時間半は無駄になりません。


P2390043


P2390045
フェデリーコ2世門


P2390046
サン・バルトロメオ教会の入り口はファサード側にあります。


P2390048
大回りしないとファサード側には行けません。


P2390049
サン・バルトロメオ教会の鐘楼


P2390050
閉まっていることが多い教会なので、大回りしてファサード側に行く気がしません。


P2390052


P2390055
町一番の通りに出てしまいました。


P2390065
狭いチェントロなので、同じところに何度も来てしまいます。


P2390066
次はサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会です。


P2390069


P2390067
この道を3,4分歩けばグラツィエ教会に出ます。


P2390071
鐘楼が見えてきました。


P2390073
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会です。


P2390076
シエナ派の無名画家によるフレスコ画があるようですが、拝観したことがありません。


P2390075
この日も扉が固く閉まっていました。入口下に鳥のフンがないので、現役の教会と思いました。活動を停止した教会の扉下には鳩のフンが多いのが普通です。


P2390077
美術館になっているサン・フランチェスコ教会を除けば、この町で拝観すべき教会はサンタゴスティーノに尽きます。


P2390079
人口比教会数としては、モンテファルコは教会当たりの人口はかなり低い、つまり教会が多いと思います。


P2390081
Vicolo Valenti


P2390083
市立美術館に入館する前に通った道です。


P2390085
Corso Goffredo Mameli


P2390086
サンタゴスティーノ教会です。


P2390087
日中は開いていると思っていたので、扉が閉まっていたのは予想外でした。ところが、親切なマンマがあと5分もすれば開くよ、と教えてくれました。人のことをよく見てますね、マンマ恐るべしです。


P2390091
Via Melanzio


P2390095
開いていないだろうと思いながら、サン・バルトロメオ教会ファサードに向かいました。


P2390096
予想通り閉まっていました。


P2390098


P2390099
Largo San Bartolomeo


P2390106


P2390100
ダンテ広場


P2390103
ダンテ広場からサンタ・キアーラ教会が見えました。


P2390109
城壁沿いのVia de Cuppisです。


P2390110
右折してVia Piceniに出ました。


P2390114
この通りの突き当りがサンタゴスティーノ教会です。


P2390117


P2390130
聖フランチェスコ


P2390132
(つづく)

P2380962
イタリアの空は青いですね。


P2380959
Largo della Castellina


P2380961
徐々に暑くなってきましたが、町歩きにはまだ最適でした。


P2380965
城壁外は丘の上で見所がないので、フェデリーコ2世門を潜って城壁内に戻りました。


P2380964
次はサンタ・ルチア教会です。


P2380966
物音一つ聞こえてきません。


P2380969
この通りは、画家のあのヴァザーリと関係があるのでしょうか?
それともvasaio(壺職人、壺売り)?


P2380970
画家のヴァザーリがモンテファルコで仕事をしたという話は聞いたことがありません。


P2380973
観光客がいません。


P2380974
鐘楼が見えてますが、サンタ・ルチア教会のものではありません。


P2380975
サンタ・ルチア教会は普通の民家よりも小さな建物です。


P2380981
残念! 扉が閉まっていました。


P2380977
一度拝観したことがありますが、この近所の人たちが大切している素朴な信仰の場であることが分かりました。


P2380982
稚拙と言った方が良さそうな落剝して辛うじて聖母子の痕跡とわかるフレスコ画があります。


P2380983
この付近は非常に綺麗で、道にはごみ一つ落ちていません。


P2380984
教会付近の家々も綺麗です。


P2380978


P2380979


P2380988
次はカミアーノ門です。


P2380990
写真右奥の道を下れば門に出ます。


P2380992
カミアーノ門です。


P2380993


P2380994
門を潜って城壁外に出ました。


P2380996
Viale Matteotti


P2380999
遠くに見えているのはフォリーニョ?


P2380997
城壁外には見所がありません。


P2380991
城壁内に戻りました。


P2390003
この道を上れば直ぐにコムーネ広場に出ます。


P2390004


P2390005
広場が写ってます。


P2390007
同じところを歩いてはつまらないので、Vicolo del Monteに入りました。


P2390008
この突き当りに市立美術館があります。


P2390259
Palazzo de Cuppis


P2390010
開館時間まで30分ほどありました。更に時間つぶしが必要です。


P2390011
Vicolo Valenti


P2390014


P2390015
小さな町なので、あちこち歩いても中々時間がつぶれません。


P2390017
この辺の道はコムーネ広場に出るようになってます。


P2390019
広場に戻って一休みすることに。


P2390030


P2390036
コムーネ広場に戻りました。


P2390038


P2390037
気の利いた店で開いていたのはエノテカだけでした。


P2390032
こんな朝早くから開店して、一杯やる客がいるんだろうかと疑問に思っていたら、なんと私がその客に。


P2390033
(つづく)

↑このページのトップヘ