イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: シチリア州

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メッシーナのドゥオーモ、Basilica Cattedrale Metropolitana della Madonna della Letteraです。


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メッシーナ=リパーリ=サンタ・ルチア・デル・メーラ大司教区の大司教座が置かれている教会です。
1947年、当時の教皇ピオ12世によってBasilica Minoreに昇格しました。


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紀元前7世初め、この場所にTempio di Nettunoがあった記録があり、後に初期キリスト教会に転用されたとされてます。
教会独自の建物は530年に建設されました。アラブによって支配された約200年間はモスクに転用されました。
その後、地震、火災、落雷などによって幾度となく被害受けた建物は、再建、修復を繰り返した歴史があります。


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1908年12月28日の夜に起きたメッシーナ地震の最初の大きな揺れによって、完全に崩壊してしまい、震災の後に再建された建物がほぼ現在の姿となってます。
1943年6月13日、連合国の空襲によって大きな被害を受けてしまい、戦後に修復された後の姿を現在見ることが出来るのです。
ファサードは、彫刻や外壁、モザイクなどの殆どは失われたオリジナルの忠実な複製となってます。


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高さ60mの鐘楼は、1908年の大震災によって倒壊してしまい、その後にオリジナルの形に再建されたものです。
マルティーノ・モンタニーニ・ディ・バルトロメオ通称マルティーノ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1505‐1562)によって再建された鐘楼が現在の姿の原形です。
1559年、再建された鐘楼は落雷と落雷による火災によって消失してしまい、1564年に再建されました。
その後、1693年、1783年、1863年の地震によって大きな被害を受け、大修復されました。


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鐘楼の時計は、1933年、Ungerer di Strasburgoによって作られました。


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時計は天文時計、からくり時計から成ってます。


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ゴシック様式の入り口横彫刻のオリジナルは、アントニオ・バボッチョ・ダ・ピペルノ(プリヴェルノ、1351‐1435)の作品(1412)です。1908年の大震災後に制作されたオリジナルの忠実な複製です。


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同断


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中央扉上ルネッタの彫刻は、ジョヴァン・バッティスタ・マッツォ―ロ(カッラーラ、?‐1550)の「聖母子」(1534)の、1908年の大震災後に制作された複製です。
その背後に描かれたフレスコ画は、レッテリオ・スッバ(メッシーナ、1787‐1868)によって大震災後に制作されました。フレスコ画のオリジナルは、ポリドーロ・カルダーラ・ダ・カラヴァッジョ通称ポリドーロ・ダ・カラヴァッジョ(カラヴァッジョ、1499/1500c-メッシーナ、1543c)によって描かれました。


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聖母戴冠を含む彫刻のオリジナルは、ピエトロ・ダ・ボニターテ(ロンバルディア、15世紀生まれ‐シチリア、16世紀没)によって1464年から1477年に制作されました。現在のものは、オリジナルの忠実な複製彫刻です。


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右扉上ルネッタのオリジナルは、ポリドーロ・ダ・カラヴァッジョによって制作されました。


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中に入りました。


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ごく一部を除いて、1908年の大震災後に、倒壊前の姿を忠実に再現再建された内部です。


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縦92m、横30.5mの大きさです。


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内陣の高さは25mあります。


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1908年の大震災後のモザイク


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主祭壇


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中央礼拝堂と後陣
主祭壇の聖母子は14世紀のものです。


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中央礼拝堂後陣のモザイク「万能のキリスト」は、14世紀制作のオリジナルを忠実に再現したもので、ジュリオ・アリスティーデ・サルトリオ(ローマ、1860-1932)によって1930年に制作されました。


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説教壇


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右側廊


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後陣右にある聖プラチド礼拝堂です。


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インノチェンツォ・マンガーニ(フィレンツェ、1606-パル三、1678)の「チブレオ」(17世紀)


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復元されたモザイク


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後陣右の礼拝堂は修復工事中でした。


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復元された柱頭


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左右の側壁にニッチがあり、それぞれのニッチに彫刻が置かれてます。
全ての彫刻は、1908年の大震災の後に、20世紀前半の彫刻家によってオリジナルの形に復元されたものです。
これは、ニコロ・リケーロの「被昇天の聖母」


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「聖パオロ」
ニッチの彫刻全てのオリジナルの制作者、複製彫刻の制作者が分かってますが、ここでは省略します。


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「聖ジャコモ・マッジョーレ」


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「聖トッマーゾ」


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「聖ジャコモ・ミノーレ」


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「聖マッテオ」


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「聖タッデオ」


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「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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以上は右側壁ニッチの彫刻でした。
左側壁ニッチに移ります。


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左側廊


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「聖ヴィットリオ・デ・アンジェリカ」
右側壁の他ニッチの彫刻は省略します。


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外に出ます。


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(おわり)

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時間潰しに外出しましたが、特に見るところがありません。


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ナポリまで列車に乗り続けるので、運動不足になりそうです。運動不足解消を目的にすれば、見どころがなくても困りません。


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サンタ・カテリーナ・ディ・ヴァルヴェルデ教会が開いていました。
アントネッロ・リッチョの作品を見てみようか、と思いました。


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入口扉上ルネッタの装飾
前述したように、この場所にローマ時代の異教寺院があり、4世紀頃、その建物を初期キリスト教会に転用したのが、この教会の前身です。


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鐘楼
1330年に最初の再建が行われ、二回目の再建が1693年だそうで、現在の建物は1926年から1932年に建設された3回目の再建のものであり、4代目の建物になります。


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3廊式、ラテン十字形、新古典様式の内部です。


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教会巡りをしましたが、1908年の大震災後、殆どの教会が再建された訳で、その費用捻出を考えると驚嘆せずにはいられません。


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左側廊


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右側廊


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天井


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クーポラ


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主祭壇


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主祭壇前から見た出入口方向


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詳細不明


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サルヴァトーレ・ルッソの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」(1933)


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説教壇(18世紀)


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ドメニコ・スパダーロの「聖テレジーナ」(1932)


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ジョヴァンニ・ディ・ナターレの「聖グレゴリオ・マーニョ」(20世紀前半)


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アントネッロ・リッチョ(シチリアで16世紀活動)の「聖母子と聖人たち」(16世紀)


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アントネッロ・リッチョの作品ですが、以前、州立美術館で見たような気がします。


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外に出ました。


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時間がまだあります。


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ドゥオーモにやってきました。


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拝観しました。


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列車に乗るまでの時間配分を考慮して見て回りました。


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外に出ました。


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時間がまだ十分ありましたが、ホテルに戻る頃合です。


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インノチェンツォ・マンガ―ニの「Le Guattro Fontana」(1666)


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先ほど拝観したサンタ・カテリーナ・ディ・ヴァルヴェルデ教会です。


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州立美術館が予め開館しているのが分かれば、メッシーナに行きたいと思うのですが、若し休館となれば、完全な無駄足となるので逡巡しています。
職員のストなんて、年に数日に過ぎないと思うのですが・・・・・


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イタリアは、行ってみないと分からない、行ってみて初めて分かるのです。


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ホテルに戻りました。


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部屋のベランダからの眺め


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メッシーナの災害の歴史をひも解くと、大体150年周期くらいで地震が発生しています。直近では1908年、その前が1783年ですから、その間は125年でした。1908年の125年後は2033年です。そろそろ危ない時期に差し掛かっていると思います。


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チェックアウトを済ませて駅に向かいました。
ここは駅前のバスターミナルです。


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メッシーナ中央駅です。


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20分遅れ。又しても時間潰しです。


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結局、30分遅れで列車が到着しました。


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30分遅れで到着したシラクーザ始発の車両に乗ったのですが、この後、連結予定のパレルモ始発の列車が中々到着しませんでした。シラクーザ発の列車とパレルモ発の列車がメッシーナ中央駅で一つの列車になって出発するのですが、結局50分遅れで出発したのです。


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1本の列車となったICは、5分ほどで3分割されて連絡船内に入りました。


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連絡船は楽しいです。


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階段を上ってデッキに出ます。


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向かいの桟橋に停泊する連絡船


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出航しました。運悪く大粒の雨が降ってきました。


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(おわり)

P1540503マドンナ・ディ・モンタルト聖域(Santuario)が見えてます。


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1286年創建ですが、1908年の大震災で倒壊したので、1928年に再建された新しい建物の教会です。拝観する程ではないと判断して行きませんでした。


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ドゥオーモを見てしまうと、最早やることがありません。


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都市計画に基づく整然とした街並みです。


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教会などを紹介してきましたが、殆どの教会が1908年の大震災で被災して、その後に再建されたものです。


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真っ直ぐ伸びた道路。


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朝方の雨模様から、すっかり天気が回復して快晴になりました。


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カラヴァッジョ、アントネッロ・ダ・メッシーナの作品があるので、美術ファンにとってメッシーナは必訪ですが、それ以外に街の見所が乏しいので旅程作成が難しいと思います。


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サンタ・カテリーナ・ディ・ヴァルヴェルデ教会です。


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1908年の大震災によって倒壊したので、1926年から1932年に建て替えられた建物です。


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この日は拝観しませんでした。


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ところが、州立美術館が翌日も臨時休館であることが分かり、時間潰しのために結局拝観しました。


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活気がありません。


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あの教会に行っても仕方がない、何処に行っても事情は同じですから。


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シャッター街?


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お腹が空いたけどセルフサービスではね。


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山の方から黒い雲が出てきました。天気が安定していないようです。


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レストランがありません。


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やることがないので、思い切り飲んで食べて、あとは寝るだけと考えていましたが、肝心の食べるところが見つかりません。


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ドゥオーモ付近に戻れば、魚介料理の店があるのですが、ドゥオーモの方に戻る気がしません。


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閉まっている店ばっかり。


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仕方がありません。ホテルに戻って、併設のレストランで食べることにしました。


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駅近くに美味しい店がなさそうです。


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食事を終えて、自室のベランダで酔い覚ましです。


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先ほどの快晴は何処へやら、雨が降ってきました。


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昼寝をしてからベランダに出たら、日が差していました。


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翌朝です。


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天気が冴えないようです。


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気になるのは、州立美術館が果たして開館しているかどうかでした。


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若し休館ならば、お手上げです。やることがありませんから。


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もう一日、メッシーナで過ごすのは耐えられません。


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明るくなってきました。


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冴えないベランダ。
この後、州立美術館が休館の場合、どうするかを考えました。
開館しているならば、美術館でゆっくり過ごして、このホテルで予定通り、もう1泊する。
休館の場合は、ナポリに予定通り一日早く入ることにしました。
ナポリのホテルの予約状況や列車の予定などをPCでチェックしました。
朝食前にフロントで、州立美術館はこの日も臨時休館と伝えられたのです。バカヤロー
フロントと交渉して、ペナルティなしのこの日のチェックアウトを取り付けました。


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駅に行って、切符の予約変更をしました。


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変更した列車は10時過ぎのローマ・テルミニ駅のICでした。それまで時間があるので、時間潰しの街歩きをしました。
メッシーナのトラムです。


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トラムの終点はMuseo、州立美術館ですが、この日も休館だったので、終点まで乗ることはありませんでした。


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(つづく)

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サンタゴスティーノ通りの坂を上っていきました。


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サンタゴスティーノ通りに面して建つサン・フランチェスコ・ディ・メルカンティ教会です。


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この教会も1908年の大地震とその直後に襲った大津波によって倒壊したので、1930年に新築再建されました。


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通りは坂になってますが、大津波は坂を上って来た訳です。


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カルロ・ファルコニエーリの「ファルコニエーリのフォンターナ」(1842‐43)


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このフォンターナは別の広場にありましたが、1908年の大震災で若干の被害を受け、解体されて1957年まで州立美術館で展示されていましたが、同年、現在のこの広場 Piazza Basicoに移設されたそうです。


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Piazza Basicoを見下ろす建物です。


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階段を上ってクリスト・レ教会に向かいました。


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更に坂を上りました。


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大津波は、この場所まで駆け上がって来たそうです。


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1937年創建、バロック様式のクリスト・レ教会です。


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この場所にメッシーナ防衛のための堅固なモンタグリオーネ城がありました。


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美術的には見所がない教会なので、拝観しませんでした。


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坂を下りました。


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1930年に建設されたNuovo Oratorio della Paceです。


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この場所には、1608年に建設されたサン・ドメニコ教会がありましたが、1908年の大震災で完全に破壊されてしまいました。


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大震災後に築かれた通りと建物です。


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海抜何メートルならば、大津波に対して安全なのか、考えておかねばならないと思いながら、この辺を歩きました。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ3世のガッレリーアです。


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ファサードの方に行かないと、ガッレリーアとは分からないと思います。


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アントネッロ広場に面したヴィットリオ・エマヌエーレ3世のガッレリーアです。


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メッシーナ出身の建築家カミッロ・プグリシ・アレグラ(メッシーナ、1884‐ローマ、1961)の設計によって、1924年から1929年に建設されたヴィットリオ・エマヌエーレ3世のガッレリーアです。


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アントネッロ広場に面して建っている建物です。


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アントネッロ広場に面して建つ建物は大震災の復興の象徴として建てられたそうです。


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Palazzo dei Leoni


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ドゥオーモの鐘楼です。


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ドゥオーモ広場にやってきました。


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18世紀のメッシーナの彫刻家ジュゼッペ・ブチューティの「無原罪の御宿リ」(1758)
別の場所に置かれていましたが、1908年の大震災によって被害を受け、別の場所で保管されていましたが、1979年に復元されて、ドゥオーモ広場に置かれるようになりました。


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鐘楼は修復工事中でした。


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ドゥオーモ広場に面して建っている建物です。


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ドゥオーモ広場に面して建っている建物です。


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ジョヴァンニ・アンジェロ・モントルソーリ(フィレンツェ、1507‐1563)の「Fontana di Orione」(1553)
モントルソーリはミケランジェロの弟子です。


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ジョヴァンニ・アンジェロ・モントルソーリは、甥で弟子のマルティーノ・モンタニーニ・ディ・バルトロメオ通称マルティーノ・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1505‐1562)と共にメッシーナを訪れ、地元の彫刻家の協力を得て短期間で完成したと言われてます。


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メッシーナのドゥオーモです。


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紀元前7世紀初めに、この場所にあった寺院が前身とされてます。それが初期キリスト教会として転用されたそうです。


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メッシーナがアラブによって占領された期間、モスクに転用されたそうです。


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拝観しました。


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ドゥオーモについては、項を改めて詳しく触れる予定です。


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メッシーナを襲った数々の地震や雷雨によって被害を受け続けていましたが、1908年に起きた最初の地震によって建物は完全に倒壊してしまいました。


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その後の長い修復を経て蘇ったのも束の間、今度は1943年6月13日、連合国の爆撃によって、被害を受けてしまいました。
現在の姿は1947年の修復後のものです。


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(つづく)

P1540337数少ない歴史的建造物を見ます。


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Porta Grazia di Antica Cittadella


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17世紀に建設されたスペイン要塞の入り口として16世紀末に建設された門で、その名称は要塞を築くために破壊された教会の名称に由来します。


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グロテスクな3つの大理石像がありますが、それ以外は石灰岩で出来てます。


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スペイン要塞は地震や戦争による爆撃によって殆ど残されていません。要塞はこの場所にはありません。
1961年、門は解体されて、現在の場所であるPiazza Casa Pia del Proveriに移され再構築されました。


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門は、サン・ルーカ・エヴァンジェリスタ教会から近い場所にあります。


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たらればの話になりますが、地震、津波、爆撃がなければ、シチリアで最も見所が多い街だったに違いありません。


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残念ながら、何の変哲もない都会の郊外といった雰囲気の所ばかりです。


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本来ならば、1128年創建のサン・ジュリアーノ教会はシチリアでも必見の教会だったに違いありません。


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1573年、ルネサンス様式で再建されましたが、初代の建物にあったフレスコ画や彫刻が残されていたそうです。


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1908年の大地震とその直後に襲った大津波によって、二代目の建物は完全に破壊してしまいました。
現在の建物は、1925年から1927年にかけて建設された3代目のものです。
残念ながら、美術的には拝観しても仕方がなさそうです。


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一見古そうに見えますが、20世紀前半の建造物です。


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海に近い、この辺は1908年の大津波によって廃墟と化したそうです。


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1915年に再建されたPalazzo del Governoです。


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ネプチューンの彫刻は、本来、海側から見ないといけません。しかし、道路を渡って海側に出てもねえ。


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ジョヴァンニ・アンジェロ・モルトリソーリ(フィレンツェ、1507‐1563)の「ネプチューンの泉」(1557)


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こちらは修道院だった建物です。


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535年創建、1588年に再建されたサン・ジョヴァンニ・ディ・マルタ教会です。


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サン・ジョヴァンニ・ディ・マルタ教会のファサード


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拝観したかった教会でしたが、扉が閉まっていました。


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1908年の大地震と大津波の凄さを想像しながら、この辺を歩きました。


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車は走っていないし、人通りも殆どありません。


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活気がありません。


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カヴール通り


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20世紀前半に流行した建築様式の建物


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一休みしたいと思いましたが、開いているバールがありません。


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街歩きしても楽しさを感じることがありません。


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現代自動車に技術指導に行った時、英語でやっていたら、技術者全員が日本語が分かるので日本語でやって欲しいと言われて驚きました。当時、三菱自動車の技術者が現代自動車に常駐していました。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世劇場


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要修復といった感じの劇場でした。


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丘上に建つクリスト・レ教会です。


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丘を上っていくか、迷いました。


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サンタ・エウストキア教会です。


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開いていましたが、美術的には見所がないと思います。


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隣接するのは、旧モンテヴェルジネ修道院です。


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拝観しないで素通りしました。


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この建物は学校だったと思います。


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次はPalazzo del Monte di Pietaです。


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16世紀後半から17世紀前半にメッシーナで活躍した建築家ナターレ・サスッチョ(メッシーナ、1561/1568-1619)によって1616年に建設されたPalazzo del Monte di Pietaです。


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1908年に大地震と大津波によって大きな被害を受けましたが、そのまま放置され、1979年に漸く復元されたそうです。
現在、文化的催事場として使用されてます。


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中庭があります。


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Palazzo del Monte di Pietaの中庭はコンサート会場などに使用されてます。


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(つづく)

メッシーナは、人口233,715人(2018年3月31日現在)のシチリア州メッシーナ県の県都です。
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シラクーザからメッシーナに向かいました。がら明きの車内でした。


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メッシーナ中央駅に到着しました。


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久し振り、凡そ4年振りのメッシーナです。


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シラクーザからの車中は雨天でしたが、メッシーナ駅に到着すると急に晴れてきました。


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先ず、お宿に向かいました。


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駅前は閑散としていました。


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駅近くのこのホテルに2泊の予定です。
メッシーナに来た目的はただ一つ、州立美術館に行くことでした。この日とその翌日、二回入館して傑作を十二分に楽しむ目論見です。
傑作に出会える喜びで心が弾み、一刻でも早く出会いたいとの思いで、ホテルからタクシーで美術館に向かいました。
タクシーを降り、美術館に通じる小さな坂を上りました。


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あれっ、扉が閉まってる!


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ガーン、本日休館!!!!!
建物の修復工事で休館はありますが、手書きですから、予定されていた休館ではなく、多分突発的な事由による休館だったのでしょう。


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この日は勿論開館日でした。
ショックでした。シチリアに来た主目的は、ここに入館することでしたから。
実は、この日のショックはそれ程でもなかったのです。翌日も入館する予定でしたから、「明日があるさ」と少し楽観してました。
結論を言えば、翌日も休館でした。理由は職員のストライキ?らしい。


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これがあるから、イタリアは行ってみるまで分からない、行ってみて初めて分かるのです。
わざわざ州立美術館に足を運んでも見ることが出来なかった傑作をここで触れておきましょう。


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ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ通称イル・カラヴァッジョ(ミラノ、1571‐ポルト・エルコレ、1610)の「ラザロの蘇生」


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ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ通称イル・カラヴァッジョ(ミラノ、1571‐ポルト・エルコレ、1610)の「羊飼いの礼拝」


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アントネッロ・ダ・メッシーナ(メッシーナ、1430‐1479)の「サン・グレゴリオのポリッティコ」
メッシーナのサン・グレゴリオ教会にあった多翼祭壇画です。


4
アントネッロ・ダ・メッシーナ(メッシーナ、1430‐1479)の「聖母子」(1465‐70c)


5
マリオ・ミンニティ(シラクーザ、1577‐1640)の「ナイムの後家の奇跡」
これは傑作ではありません。マリオはローマ時代のカラヴァッジョの舎弟格でしたが、凡庸な画家でした。自分の才能の見切りをつけたのか、ローマでの活躍を諦めシチリアに戻り、シチリアではかなりの成功を収めました。シチリアの逃亡してきたカラヴァッジョの面倒をよく見て仕事の斡旋をしたのです。マリオの作品が4点ほど展示されてます。


3
マッティア・プレティ(タヴェルナ、1613‐マルタ、ヴァレッタ、1699)の「手紙の聖母」


7
アントネッロ・ガジーニ(パレルモ、1478‐1536)の「聖母子」


8
フランチェスコ・ラウラ―ナ(ヴィラナ、1430‐アヴィニョン、1502)の「聖母子」
こんなところでしょうか。


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返す返すも残念でした。


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振り返って美術館の方を恨めしい思いで見ました。


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メッシーナと言う街は、美術ファンにとって、魅力あるのは州立美術館だけと言っても過言ではないと思います。


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古代ギリシャの植民地時代、ポエニ戦争の舞台、ローマ時代、中世と古い歴史ある街で本来ならば見所が豊富である筈のメッシーナですが、美術的には全く退屈なのです。


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ジェズ・エ・マリア、アル・リンゴ教会


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16世紀創建の教会ですが、拝観する程の教会ではありません。


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メッシーナには不幸な歴史があって、20世紀に再建された街なのです。
1783年の大地震によって、大きな被害を受け、この時、カラヴァッジョの作品が数点失われたそうです。
また、1908年の大地震と津波によって、メッシーナで6万人の犠牲者を出し、多くの建物が倒壊したのです。さらに第二次世界大戦では、連合国の爆撃によって大被害を受けたのです。


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貴重な歴史的建造物が失われ、都市計画に基づいて復興された街なので、新しい建物ばかりなので、見どころに欠けるのです。


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ジュゼッペ・ガリバルディ通り


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他にやることがないので困りました。


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気を取り直して教会巡りをやることにしました。


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晴れてきたのが救いです。


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カヴール通り


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教会がありましたが、拝観する気が起きません。


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整然と区画整理されてます。


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味気ないです。


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時間がつぶれません。


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イタリアに行って最も退屈だったのが、この日でした。


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第二次世界大戦後に復興された一角です。


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サン・ルーカ・エヴァンジェリスタ教会


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あの教会は美術的には何もないので、素通りしました。


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(つづく)

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パレルモ・バスターミナルの切符売り場です。
この日、バスでパレルモからカターニアに向かいました。


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カターニアは、人口312,895人(2017年2月28日現在)のシチリア州カターニア県の県都です。
シチリアが楽しいと書かれている方々が大変多いと感じますが、見たくないものを見てしまうシチリアなので、シチリアに行くのを最小限度に留めてます。
シチリアは兎も角、貧しいのです。旅先でそれを見るのは正直、気が重くなります。
数字で表すと、EU域内の一人当たりの平均GDPを100とした場合、イタリア全土平均が104.2、ロンバルディアが133.8、エミリア・ロマーニャが129.1、シチリアは68.1です。
私の旅は、芸術作品を見て回ることです。芸術作品の質と量は、それらが置かれている、或いは制作された場所の過去と現在の富の蓄積に大体比例します。
シチリアは、長らく外国の植民地だったので、外国に搾取されていました。だから過去の富の蓄積も少なかったのです。
シチリアで見たい作品がそれ程多くはないが必見の作品が少なからずある、だから行くのです。


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カターニアのバスターミナルに定時に到着しました。


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中央駅近くのホテルにチェックインしました。(ホテルの写真を撮り忘れ)


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街歩きに出発しました。
カターニアは、1689年のエトナ山の大噴火、1693年の大地震によって壊滅的な被害を受け、19世紀になって本格的な再建が行われました。
17世紀第4四半世紀の二大災害後に建てられた建物が多く、ロマネスクからルネサンス期までという、私の好みから外れます。


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いかにもシチリアらしい教会の建物です。


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ファサード側に回りました。
19世紀に再建されたParrocchia del Santissimo Crocifisso della Buona Morteです。


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シチリア名物?の薄汚い建物


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チェントロに向かってます。


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外壁塗装をやった方が良さそうな建物が続きます。


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住んでいる人がいるの?


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廃墟でしょうね。


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教会の建物です。


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ファサード横四階の建物は何でしょうか?


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この教会もParrocchiale、教区教会です。


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前の教区教会から400mしか離れていない場所に教区教会があるとは、少々驚きました。


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教区教会前の広場


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教会の数が多過ぎですね。


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建物の壁が黒ずんでいるのは火山の噴火による影響でしょうか?


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お腹が空きましたが、マックを食べるわけにはいきません。


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Piazza Stesicoroが街の中心でしょうか。


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1709年に創建されたPalazzo Tezzanoは、注文主に資金難のため、未完成のまま市に寄贈され、1720年から1727年にかけて病院に改造されました。


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快晴になりました。


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広場はあちこちで工事中でした。


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正午を過ぎたので、開いている教会がありません。


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ローマ時代の遺跡


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ローマ劇場跡です。


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昼食を食べる場所を探しました。


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Via Eterna


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サン・ミケーレ・アルカンジェロ教会


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見たい作品が一つもありません。


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面白味がありませんね。


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(つづく)


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ドゥオーモ広場に面した市庁舎の横を左折してマンドラリスカ通りに入りました。


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この通りの先は海岸に出ます。


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市庁舎から約150m歩けば、左手に白っぽい建物があります。


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Palazzo Mandraliscaで、博物館になってます。


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エンリコ・ピライノ・ディ・マンドラリスカ男爵(1809‐1864)のコレクションが展示されてます。


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博物館の入り口


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切符売り場


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チェファルのヴェテラーニ通りのモザイク(紀元前2世紀末‐紀元前1世紀)


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クレターヴェネツィアの無名画家による「聖母子」


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16世紀のクレタ―ヴェネツィアの無名画家の「聖母子」


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18世紀のクレタ―ヴェネツィアの無名画家の「聖コズマと聖ダミアーノ」


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ジョヴァンニ・モスコ(1680‐1724)の「聖コスタンティーノと聖エレーナ」


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17世紀のクレターヴェネツィアの無名画家の「施物分配司祭の聖ジョヴァンニ」


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15世紀後半のシチリアの無名画家の「三位一体」


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18世紀の無名画家の「ドアに描かれた花と鳥」


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15世紀のドイツの無名画家の「磔刑」


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J. De Matta(16世紀前半)に帰属する「最後の晩餐」
この画家は全く知りません。


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16世紀後半のイタリア南部の無名画家の「崇拝の天使」


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16世紀前半のヴェネトの無名画家の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」


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16世紀後半のイタリア南部の無名画家の「崇拝の天使」


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18世紀のシチリアの無名画家の「聖ロザリアと天使たち」


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紀元前380‐370cの壺


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フランチェスコ・ベヴェラクゥア(チェファル、1814‐1858)に帰属する「チェファルの風景」


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フランチェスコ・ベヴェラクゥアに帰属する「チェファルの風景」


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G. B. Ruoppolo (1629-1685)に帰属する「野菜とキノコ」


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G. B. Ruoppolo に帰属sる「キノコと野菜と果物」


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フランチェスコ・デ・マリア(ナポリ、1623‐1690)に帰属する「水差しと生ハムを持つ老女」


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フランチェスコ・デ・マリアに帰属する「プティプ(注:ナポリの民族打楽器)を手にする演奏者」


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17世紀のシチリアの無名画家の「聖ルチア」


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この部屋の青っぽい照明が気になります。


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17世紀前半のフランドルの無名画家の「聖トッマーゾの不信」


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18世紀のシチリアの無名画家の「エジプトへの逃避途中の休息」


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17世紀のボローニャの無名画家の「ユディト」


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ジョヴァン・ドメニコ・オスナーゴ(チェファルで18世紀前半に活動)の「花」


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J. De Mattaに帰属する「キリストの審判」


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17世紀の無名画家の「饗宴」


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17世紀初頭のジェノヴァの無名画家の「聖セバスティアーノを介抱する婦人たち」


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バッサーノに帰属する「6月の寓意」


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18世紀のヴェネトの風景画家の「ヴェネツィアのサン・マルコ広場」


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18世紀のヴェネトの風景画家の「ヴェネツィアの大運河」


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ジョヴァン・ドメニコ・オスナーゴの「無原罪の聖母と天使たち」


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アントネッロ・ダ・メッシーナ(1430‐1479)の「男の肖像」


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ジョヴァンニ・アントニオ・ソリアーニ(フィレンツェ、1490‐1544)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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アンジェロ・カロセッリ(ローマ、1585‐1652)の「ヴァニタス」


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展示室の床


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1858年パリ製のフォルテピアノ


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17世紀後半の無名画家の「マギの礼拝」


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次の部屋です。


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このような類の壺は何処の博物館でも見かけます。


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出土した地域によって異なると思いますが、私には同じように見えます。


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コインなどの展示


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貝殻


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17世紀のシチリアの無名画家の「嘆きの聖母」


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18世紀のシチリアの無名画家の「聖母子と聖アンナ」


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18世紀のシチリアの無名画家の「読書する聖母」


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絵画が描かれたキャビネット


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絵画が描かれたキャビネット


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17世紀のシチリアの無名画家の「受胎告知される聖母」


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陶器類の展示


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17世紀末の無名画家の「カルメルの聖母とアヴィーラの聖テレーザと聖ロッコ」


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17世紀のシチリアの無名画家の「聖母子」


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鳥類のはく製


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18世紀のシチリアの無名画家の「無原罪のマリア」


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17世紀のエミリアの無名画家の「死せるキリストを支える天使」


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17世紀のナポリの無名画家の「聖ジローラモ」


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17世紀のシチリアの無名画家の「聖フランチェスコ」


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17世紀のナポリの無名画家の「聖ステファノ」


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これで終わりです。


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アントネッロ・ダ・メッシーナの作品が秀逸でした。


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(おわり)



壮大なモザイクが見どころのチェファル大聖堂です。
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ルッジェロ大通りです。


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ユニークな形をした白い建物は市庁舎です。


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市庁舎はドゥオーモ広場に面して建ってます。


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広場を挟んで市庁舎の対面に建っているのがドゥオーモです。


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チェファルは単独の司教区になっており、司教座が置かれています。また、Basilica Minoreに格付けされてます。従って、正式名称はBasilica Cattedrale della Transfigurazioneです。


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1091年、シチリアはノルマン人によって征服されましたが、1131年、ノルマン王ルッジェロ2世によって創建され1240年に完成したノルマン・アラブ・ビザンチン様式の建物が現在の姿の原形となってます。奉献式は1267年に執り行われました。


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ファサードは1240年に完成したもの、また屋根は1263年に完成しました。


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左右に建つノルマン様式の鐘楼が目立ちますが、15世紀に追加建設されたものです。


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壮大で重厚さ溢れる鐘楼です。


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左右の鐘楼は同じように見ますが、よく見ると違うことが分かります。


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向かって左側の鐘楼


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右側の鐘楼


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存在感があります。


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ファサード前のポルティコは1471年に建設されました。


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入口扉上の装飾


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柱頭の装飾


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木の入口扉


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中に入りました。金のモザイクが目に飛び込んできます。


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地震などの災害が多いシチリアにあって、外観だけに留まらず聖堂内部も創建時の姿をほぼ留めている稀有な存在のドゥオーモです。


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左側廊


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左側廊から見たところ


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シチリアの重要な見どころの一つでしょうね。


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右側廊


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右側廊から見たところ


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天井


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主祭壇


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後陣


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後陣のモザイクは1148‐1170年に制作されました。


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下の方のモザイクの一部は17世紀に追加されました。(私にはどの部分がそうなのか分かりません)


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感嘆あるのみです。


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素晴らしい!


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金のモザイクは艶やかですが、そのほかの部分は重厚さが際立ちます。


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床のモザイク


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詳細不明


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アントネッロ・ガジーニ(パレルモ、1478‐1536)の「聖母子」(16世紀前半)


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誰の墓でしょうか?


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詳細不明


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柱に描かれたフレスコ画


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18世紀制作の豪華な祭壇


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もう一度じっくり見ました。


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主祭壇の磔刑像


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立ち去り難い!


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ローマやラヴェンナで見るモザイクとは少し感じが違います。


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出口に向かいました。


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外に出ました。


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司教館


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司教館は閉まっていました。


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(おわり)

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博物館の開館まで少し時間があったので、ドゥオーモ横の道を上りました。


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双頭の鐘楼の右側


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ほぼ垂直の岩山の絶壁は迫力があります。


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この山に一度登ったことがあります。風が強い日だったので、絶景よりも吹き飛ばされそうで怖かった思い出があります。


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NHKの世界街歩きで、この通りを放送してましたね。冬場は、太陽が岩山に遮られて春まで日が差さないと言ってました。


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特に見るべきものがなかったので直ぐに戻りました。


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これがあったので、建物をしげしげと見つめました。


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土産物屋がある建物がPalazzoです。ごく普通の建物で、16世紀の歴史的建造物とは意外でした。


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開館時間になりました。


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写真右の建物はどうやら教会のようです。


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やはり教会です。


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この表示ではよく分かりません。


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Via Mandralisca


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博物館として使用されているPalazzo di Mandraliscaです。


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19世紀のシチリア貴族エンリコ・ピライノ・ディ・マンドラリスカ男爵の収集物が主に展示されている博物館です。


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入口です。


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アントネッロ・ダ・メッシーナの「男の肖像」
これが見たくてやって来ました。


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展示作品を見れば、マンドラリスカ男爵の好みが大体分かります。


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展示作品が多いとは言えませんが、シチリアでは珠玉の存在の博物館です。


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態々来た甲斐がありました。若しも突発的な臨時休館だったら泣いてしまいます。開館していて本当に良かったと思いました。


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同じ通りに歴史建造物があります。


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15世紀に建設されたそうです。


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これ以上行っても何も無さそうです。


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この時間ならばドゥオーモが開いている筈。


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日没まで2時間はあると思いますが、太陽が岩山に隠れて、すっかり夕方の風情です。


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開いてました、良かった!


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災害が多いシチリアにあって、歴史を十分に感じさせる柱頭です。


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拝観しました。


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一見の価値があるとされている後陣のモザイクがやはり良かった!


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外に出ました。


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古そうな建物です。


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16世紀から17世紀に建設された司教館ですね。


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司教館の門


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司教館がMuseo Diocesanoになっている所が多いので、一応確認しましたが、ここにはMuseoがありませんでした。


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この建物にも案内表示板がありました。


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神学校ですね。


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これでチェファルに来た目的は大体果たしたことになります。


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ドゥオーモに向かって左、つまり海の方に歩いてみることにしました。


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特に見たいものがある訳ではないので、行き当たりばったりで適当に歩きました。


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夕方になって、漸く人が出てきました。


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シチリアは夜が遅いですね。


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レストランは、午後9時頃から漸く混み合うようです。その代わり朝も遅いのでしょうね。


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6月から9月までがチェファルの観光シーズンです。この期間が賑わいます。以前に来た時は6月でした。


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シーズンオフに来ると、泊まる所に苦労します。殆どが休業中ですから。


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行った先々で1泊するのが原則にしてますが、この時は2月で宿泊する適当なホテルがなく、パレルモからの日帰り遠足でした。


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ぶらぶら歩きは、パレルモ行列車に乗るための時間潰しです。


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チェファル~パレルモ間のFSは一応幹線ですが、列車の本数が限られてます。


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ドゥオーモ広場に戻りました。


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まだ時間があります。


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道路が真っ直ぐに伸びているので、路地に入っても迷うことはありません。


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街角のタベルナコロ


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写真左がローマ時代の道路遺跡がある所です。来た時と同じ道を通ってはつまらないので、別の道を歩きました。


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教会ですね。


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教会で開いていたのはドゥオーモだけでした。


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列車の時間が迫って来ました。


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時間潰しが過ぎたようです。


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早足で歩きました。


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ここまで来たらもう安心です。


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駅はもう直ぐです。


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駅に着いたら、列車は30分遅れ! 参ったなあ。


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(おわり)

800px-Panoramica_Cefalù
チェファルは、人口14,393人(2015年12月31日現在)のシチリア州パレルモ県にあるコムーネで、古代ギリシャが築いた植民都市が起源です。


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ここに来たのは二度目です。今回の目的は、ズバリ、アントネッロ・ダ・メッシーナの傑作を見ることでした。


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鉄道で到着しました。


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FSの駅舎です。


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この街のシンボルと言うべき岩山が見えてます。


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「岩山」という名前の岩山なんですねえ。
この辺はイタリア人の素っ気ないところで、今まで旅行した所で「テヴェレ川に架かる橋」という名前の橋が3つありました。日本なら○○橋とか××橋で、単に「利根川に架かる橋」や「最上川に架かる橋」などはありませんね。


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ティレニア海のリゾートとして有名ですが、イタリアで泳いだことは一度もありません。
泳ぐ方は殆ど毎日通ってるフィットネスセンターのプールだけです。このところ、泳いでいると足がつる癖がついてしまったので、フィットネスセンターでも泳ぐことが少なくなりました。


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駅からチェントロの入り口まで約300mほどでしょうか。


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この辺がチェントロの入り口です。


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マッテオッティ通りです。
イタリアでは、通りの名前と番地が曲者ですね。同じ通りが場所によって通りの名称が異なったり、○番地だけかと思ったら、○/r番地が同じ通りの他の場所にあったりして旅行者泣かせです。


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建物の向こうに岩山が見えます。


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チェファルは観光の街なので、マンドラリスカ博物館は開いている筈です。でも行ってみて初めて分かるのがイタリアなので、一抹の不安がありました。


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教会ですね。


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1780年に建設されたマリア・サンティッシマ・デッラ・カテーナ教会です。見たい作品が無いので、閉まっていても気になりません。


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この辺から通りの名前が変わって、ルッジェロ大通りとなります。


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大通りと言っても道幅は狭いと思います。


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写真左の建物は教会でしょうか?


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一見して教会ですが・・・・・


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Osterio Magno  13-14世紀と書かれてます。辞書を引きましたがOsterioが出てません。


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教会ではなくて、古い邸宅のようにも見えます。


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この道を進めば、岩山のディアナ神殿に行けますが、この時はパス。


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あと約200mほどでチェントロの中心ドゥオーモ広場です。


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変な建物ですが、この中に1世紀に作られたローマ時代の道路が走ってます。


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一度見れば十分です。この時はパス。


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ヴァリーニ通りです。この道を進めば海岸に出ます。


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この時は道草をしませんでした。


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開いていたら拝観するつもりでした。


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創建時に描かれたフレスコ画があります。


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市庁舎が見えてきました。


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写真左の白い建物が市庁舎です。


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ドゥオーモ広場


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チェファル大聖堂


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市庁舎


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ユニークな形をしています。


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広場に面して教会が建ってます。


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拝観できなくても問題がありません。


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ドゥオーモの横にわざわざ祈祷所を設ける理由が分かりません。


Cefalù_dal_monte
(つづく)

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