イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: ヴェネツィア

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次の部屋です。


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クエリーニ家の人々の公式肖像画が展示されてます。


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天井の装飾


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ヤコポ・グアラーナ(ヴェネツィア、1720-1808)の「アポロ」


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セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635-ヴェネツィア、1719)の「ジローラモ・クエリーニの肖像」(1670)


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ベルナルディーノ・カステッリ(ピエーヴェ・ディ・アルシェ、1750-ヴェネツィア、1810)の「アンドレア・クエリーニの肖像」(1794)


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フォルトゥナート・パスクェッティ(ヴェネツィア、1700c-ポルトグルアーロ、1773c)の「ジローラモ・クエリーニの肖像」(1754c)


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バルトロメオ・ナザーリ(クルソネ、1693-ミラノ、1758)の「アンジェロ・マリア・クエリーニ枢機卿の肖像」(1727)


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次の部屋です。


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天井の装飾


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ヤコポ・グアラーナ(ヴェネツィア、1720-1808)の「結婚の寓意」(18世紀中頃)


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肖像画が並んでます。


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ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696-マドリッド、1770)の「ダニエーレ4世・ドルフィンの肖像」(1755-60)


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ピエトロ・ウベルティ(ヴェネツィア、1671-1762)の「ジャン・フランチェスコ・クエリーニの肖像」(1716c)


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カルロ・チェレーザ(サン・ジョヴァンニ・ビアンコ、1609-ベルガモ、1679)スタイルの逸名画家作「高貴な女性(マリア・レオパルディ―ナ・ハプスブルク?)の肖像」


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次の壁です。


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フランチェスコ・ツゥーニョ(ヴェネツィア、1708/1709-1787)の「ダニエーレ4世・ドルフィンの肖像」


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ピエトロ・ウベルティ(ヴェネツィア、1671-1762)の「ジョヴァンニ・クエリーニの肖像」(1716)


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カルロ・チェレーザ(サン・ジョヴァンニ・ビアンコ、1609-ベルガモ、1679)スタイルの逸名画家作「マリオ・エレオのラ・ゴンザーガ=ネヴェルスの肖像」


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花瓶(1700-20)


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ルイージ・マンフレディ―ニ(ボローニャ、1771-ミラノ、1840)の時計(1808-14)


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花瓶


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次の部屋です。


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天井の装飾


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スイス出身の兄弟ジュゼッペ・カステッリとピエトロ・カステッリによるスタッコ装飾


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パルマ・イル・ヴェッキオ(セリーナ、1480c-ヴェネツィア、1528)の「パオラ・プリウーリの肖像」(1527-28)


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パルマ・イル・ヴェッキオ(セリーナ、1480c-ヴェネツィア、1528)の「フランチェスコ・クエリーニの肖像」(1527-28)


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これで大体終わりです。


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階段を下りました。


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外に出ました。


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(おわり)

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次の部屋です。


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寝室です。
ヴェネツィアで制作されたベッド(1790)


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天井のフレスコ画


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ヤコポ・グアラーナ(ヴェネツィア、1720-1808)の「ゼファーとフローラ」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1785)の「洗礼」(1755-57)


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1785)の「堅信礼」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1785)の「懺悔」


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ロレンツォ・ディ・クレディ(フィレンツェ、1459?-1537)の「幼きキリストを崇める聖母と聖ジョヴァンニーノ」(1480c)


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1785)の「聖体拝領」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1785)の「結婚式」


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次の壁です。


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1785)の「終油の秘跡」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1785)の「聖職授任」


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ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696-マドリッド、1770)の「光悦の聖フランチェスコ」(1713c)


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ニコロ・バンビーニ(ヴェネツィア、1651-1736)の「聖母の誕生」(1712)


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ムラーノ島で制作された鏡(18世紀前半)


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押し入れ(18世紀第4四半世紀)


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次の壁です。


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ピエトロ・デッラ・ヴェッキア(ヴィチェンツァ?、1602/1603-ヴェネツィア、1678)の「散策」


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ピエトロ・デッラ・ヴェッキア(ヴィチェンツァ?、1602/1603-ヴェネツィア、1678)の「演奏」


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ピエトロ・デッラ・ヴェッキア(ヴィチェンツァ?、1602/1603-ヴェネツィア、1678)の「恋人の出会い」


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ピエトロ・デッラ・ヴェッキア(ヴィチェンツァ?、1602/1603-ヴェネツィア、1678)の「恋人の別れ」


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ミキエル・スイーツ(ベルギー、ブリュッセル、1618-インド、ゴア、1664)の「飲む田舎の男」


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ミキエル・スイーツ(ベルギー、ブリュッセル、1618-インド、ゴア、1664)の「田舎の女と犬」


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バルトロメウス・モーレナール(ハールレム、1618-ハール、1650)の「バーの2つのシーン」
もう一つあります。


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バルトロメウス・モーレナール(ハールレム、1618-ハール、1650)の「バーの2つのシーン」


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次の壁です。


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ヤン・ファン・ケッセル・イル・ジョーヴァネ(アントワープ、1654-マドリッド、1708)の「静物画」


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ヤン・ファン・ケッセル・イル・ジョーヴァネ(アントワープ、1654-マドリッド、1708)の「静物画」


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アレッサンドロ・ロンギ(ヴェネツィア、1733-1813)の「カテリーナ・コンタリーニ・クエリーニの肖像」(1758c)
(つづく)

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次の部屋です。


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この部屋の展示物はクエリーニ家の収集物や調度品ではありません。


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19世紀のもの


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アレッサンドロ・ミレージ(ヴェネツィア、1856-1945)の「モデル」(1910)


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リーノ・セルヴァティコ(パドヴァ、1872-トレヴィーゾ、1924)の「ジョヴァンニ・ボルディーガの肖像」(1899)


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廊下に出ました。廊下に絵画が展示されてますが、廊下の幅が狭くて作品の写真を撮ることが出来ませんでした。


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次の部屋に入りました。


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ヴェネツィアの風景や行事などを描いた沢山の作品が展示されてます。


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この部屋で展示されている絵画全ては、ガブリエル・ベッラ(ヴェネツィア、1730-1799)によって1779年から1792年までに描かれたものです。
ガブリエル・ベッラについては、残された作品以外に殆ど知られていない画家でした。


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ガブリエル・ベッラ(ヴェネツィア、1730-1799)の「12月26日の仮装会」(1779-92以前)


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エルベリア・ディ・リアルトでの朝の散歩


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スキアヴォーニ河岸を歩く人々


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ジューデッカ運河でのボート・プロムナード


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ゴンドラに乗船しての修道院への訪問


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大運河での女性だけのレガッタ


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サン・マルコ小広場でのFesta del Giovedi Grasso


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サン・マルコ小広場での大道商人たち


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カーニバルの最終日


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サンタ・マリア・フォルモーザ広場での2月2日の祝祭


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キリスト昇天の日の伝統的フェア


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サン・ルカ広場の祭り


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Antica Fiera della Sensa


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サンタンジェロ広場の熊狩り


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オルファーノ運河での漁


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こちらの壁にもガブリエル・ベッラの作品が展示されてます。


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こちらの壁の作品紹介は省略させて頂きます。


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次の部屋です。


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小書斎です。


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天井の装飾


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フェデリーコ・チェルヴェッリ(ミラノ、1638c-ヴェネツィア、1712)の「オルフェウスとエウリュディケ」(17世紀後半)


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フェデリーコ・チェルヴェッリ(ミラノ、1638c-ヴェネツィア、1712)の「パンとシランクス」


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フランチェスコ・ルスキ(ローマ、1610-ヴェネツィア、1661c)の「ディアナ」


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次の壁です。


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マルコ・リッチ(ベッルーノ、1676-ヴェネツィア、1730)の「ローマ郊外の風景」


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マルコ・リッチ(ベッルーノ、1676-ヴェネツィア、1730)の「嵐のピアーヴェ谷」


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マルコ・リッチ(ベッルーノ、1676-ヴェネツィア、1730)の「田舎の風景」


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18世紀のテーブル


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18世紀のキャビネット


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(つづく)

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次の部屋です。


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イタリア語と英語の説明パンフレットが何故かありません。2010年頃だったと思いますが、フィレンツェのパラティーナ美術館で備え付けの説明パンフレットを持ち去る人を目にしたことがあります。ここでも同様なことが起きていた?


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肖像画が並んでます。


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セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635-ヴェネツィア、1719)の「ポロ・クエリーニの肖像」(1675-80)


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セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635-ヴェネツィア、1719)の「ヴェネツィア元老院議員の肖像」


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セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635-ヴェネツィア、1719)の「ヴェネツィア元老院議員の肖像」


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ユストゥス・サステルマンス(アンヴェルサ、1597-フィレンツェ、1681)派逸名画家作「若い男の肖像」


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ティベリオ・ティネッリ(ヴェネツィア、1586-1638)の模倣逸名画家作「子供の肖像」


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ユストゥス・サステルマンス派逸名画家作「若いプリンスの肖像」


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セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635-ヴェネツィア、1719)の「ジローラモ・クエリーニの肖像」(1684c)


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セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635-ヴェネツィア、1719)の「ジローラモ・クエリーニの肖像」(1669)


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ヴェネツィア派逸名画家作「ヴェネツィア元老院議員の肖像」


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この壁も肖像画の展示です。


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ジローラモ・フォロボスコ(ヴェネツィア、1605-パドヴァ、1679)の「高貴な女性の肖像」


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セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635-ヴェネツィア、1719)の「ヴェネツィア司法官の肖像」


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セバスティアーノ・ボンベッリ(ウーディネ、1635-ヴェネツィア、1719)の「ポロ・クエリーニの肖像」(1680)


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ニコロ・カッサーナ(ジェノヴァ?、1639-ロンドン、1713)の「ドージェ・シルヴェストロ・ヴァリエルの肖像」(1694)


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ニコロ・カッサーナ(ジェノヴァ?、1639-ロンドン、1713)の「ドージェ夫人エリザベッタ・クエリーニ・ヴァリエルの肖像」(1694)
彼女はドージェ・シルヴェストロ・ヴァリエルの夫人です。


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次の壁です。


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ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634-1705)の「デモクリトゥス」(1652-53)


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ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634-1705)の「哲学者」(1652-53)


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ニコロ・レニエーリ様式の逸名画家作「ヴェネツィア元老院議員の肖像」


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北イタリア製「キャビネット」(19世紀)


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パリ製「時計」(18世紀)


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次の部屋です。


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天井の装飾


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ジュゼッペ・ジャッペッリ(ヴェネツィア、1783-1852)による天井装飾(1830c)


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風景画が並んでます。


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ピーター・ボルクマン(オランダ、ゴリンケム、1638-トリノ、1710)の「嵐」(1674c)


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ピーター・ボルクマン(オランダ、ゴリンケム、1638-トリノ、1710)の「鹿狩り」(1674c)


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ピーター・ボルクマン(オランダ、ゴリンケム、1638-トリノ、1710)の「浅瀬」(1674c)


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マッテオ・ストーム(1687-1700活動記録)の「戦闘」


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次の壁です。


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アントニオ・ストーム(ヴェネツィア、1717-1734活動記録)の「ドージェの船の出航」(1729以降)


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17世紀のフランスの逸名画家作「ルイ14世の肖像」(1659)


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次の壁です。


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マッテオ・ストーム(1687-1700活動記録)の「軍隊の野営」


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アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757-ヴェネツィア、1822)の「レティツイア・ラモリーノ・ボナパルテの彫像」(1804)


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(つづく)

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展示作品が多いとは言えませんが、ヴェネツィア所縁の作品ばかりです。


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アンドレア・メドゥリク通称ロ・スキアヴォーネ(ザーラ、1510/1515-ヴェネツィア、1563)の「聖パオロの回心」(1542c)


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マルコ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1545-ヴェネツィア、1611)の「アントニオ・クエリーニの肖像」


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ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548-1628)の「聖母被昇天」


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次の部屋です。


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Sala della Musica


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ピエトロ・ロンギの作品が並んでます。


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「Caccia in Valle (谷間の狩猟)」(1765-70)の連作です。
「紳士の到着」 狩猟するために集まってきました。


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銃の点検


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弾薬の準備


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くじ引きによる猟場の取り決め


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狩猟の出発


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銃による狩猟


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獲物の点検計量


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アイサ(鳥の種類)猟


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兎猟


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「眠れる農民」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「紡績女」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「オステリアの農民」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「紡績女」


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マルコ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1545-ヴェネツィア、1611)の「トゥリノ・クエリーニの肖像」


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ピエトロ・ロンギの作品です。


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多作な画家でした。


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「ヴェネツィアの聖職者」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「ライオンの見世物小屋」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「地理の講義」


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「ザグレド家の人々」(1752c)


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「聖アントニオの誘惑」(1761c)


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「新世界」(1756c)


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「Ridotto」(1757-60c)


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「Ridotto」(1757-60c)


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「ミキエリ家の人々」(1780c)


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701-1786)の「ダンス」(1750-55c)


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マルコ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1545-ヴェネツィア、1611)の「マルコ・クエリーニの肖像」


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(つづく)

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Palazzo Querini Stampariaでコンサートが度々開催されてます。


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ピエトロ・リベリ(パドヴァ、1605-ヴェネツィア、1687)の「警報の寓意」(1650-80c)


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ルカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634-1705)の「ケパロスとプロクリス(ギリシャ神話)」


P2490597
ジョヴァンニ・バッティスタ・ランゲッティ(ジェンコ、1625-ヴェネツィア、1676)の「ディオゲネスとアレキサンダー大王」


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フランチェスコ・マッフェイ(ヴィチェンツァ、1605c-パドヴァ、1676)の「クロトンのミロン」


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テーブル(18世紀)


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次の部屋です。


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天井の装飾(18世紀末-19世紀初頭)


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1438/1440-1516)の「キリストの神殿奉献」(1469c)


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マルコ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1545-ヴェネツィア、1611)の「フランチェスコ・クエリーニの肖像」
マルコは、ティツィアーノ・ヴェチェッリオの甥です。


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パルマ・イル・ヴェッキオ(セリーナ、1480c-ヴェネツィア、1528)の「聖母子と2聖女と聖フランチェスコと聖ピエトロ」(1527)


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パルマ・イル・ヴェッキオ工房による「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖フランチェスコと聖ジョヴァンニ・バッティスタとバーリの聖二コラ」(1528c)


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ヴィンチェンツォ・カテーナ(ヴェネツィア、1470/1480-1531)の「ユディト」(1517)
長らくジョルジョーネの作品とされていました。


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ジローラモ・ダ・サンタクローチェ(ヴェネツィア、1503-1556記録)の「聖家族と聖アンナ」


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ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1420-1462記録)の「磔刑」(1420-30)


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ドナート(ヴェネツィア、1344-1382/1388記録)とカタリーノ(ヴェネツィア、1362-1382記録)の「聖母戴冠」(1382)


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フランチェスコ・リッツォ・ダ・サンタクローチェ(サンタ・クローチェ・ディ・ベルガモ、1508以降生まれ-1545以降没)の「マギの礼拝」


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ポリドーロ・ランチャーノ(ランチャーノ、1510/1515-ヴェネツィア、1565)工房の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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アンドレア・メドゥリック通称ロ・スキアヴォーネ(?、?-ヴェネツィア、1563)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


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ジョヴァンニ・ベッリーニの模倣者作「聖母子」


P2490652
ポリドーロ・ランチャーノ(ランチャーノ、1510/1515-ヴェネツィア、1563)の「聖会話」


P2490654
マルコ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1545-ヴェネツィア、1611)の「ニッコロ・クリエ―ニの肖像」(1535-38c)


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ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581-ヴェネツィア、1644)の「聖母子」


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テーブルと椅子(18世紀)


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地球儀(1754)


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地球儀(18世紀)


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次の部屋です。


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天井


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ヤコポ・グアラーナ(ヴェネツィア、1720-1808)の「ディアナ」(18世紀後半)


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ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548-1628)の「自画像」(1606-08)


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ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548-1628)の「黙想の聖マリア・マッダレーナ」


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ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548-1628)の「この人を見よ」(1600c)


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ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1548-1628)の「キリストの洗礼」(1615c)


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マルコ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1545-ヴェネツィア、1611)の「ロメオ・クエリーニの肖像」


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「アダムとイヴ」


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「3人の娘に持参金を与えるバーリの聖二コラ」(1624)
(つづく)

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Rio di Santa Maria Formosaの先にPalazzo Querini Stampariaが見えてます。


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Palazzo Querini Stampariaです。
設計者が不明ですが、ヴェネツィア貴族クエリーニ家の住居として、1510年から1520年頃にかけて建設されました。


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何世紀にもわたって、何度も改修、改装が行われましたが、1960年から1963年に行われた修復工事の際、元の姿に復元されました。
絵画館の入り口は、ここではなく、フォルモーザ広場側にあります。


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フォルモーザ広場です。フォルモーザ広場に面してクエリ―ニ・スタンパリア絵画館の入り口があります。
写真左はサンタ・マリア・フォルモーザ教区教会です。


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写真右の茶色の建物がPalazzo Querini Stampariaです。


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19世紀中頃のクエリ―ニ・スタンパリア家の当主ジョヴァンニ・クエリ―ニ・スタンパリア伯爵(ヴェネツィア、1799-1869)は、宮殿の一階(日本の二階)に引退すると共に、それ以外の宮殿をヴェネツィア総主教(サン・マルコ寺院)に賃貸しました。
1868年、ジョヴァンニはクエリーニ・スタンパリア財団を作るとともに遺言しました。1869年、ジョヴァンニは亡くなりましたが、遺言に基づき宮殿と、宮殿内にあった調度品、絵画、彫刻などの収集物全てがヴェネツィア市に寄贈されました。


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1869年から一般公開されてます。


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この橋を渡って建物に入ります。


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橋の下の運河Rio di Santa Maria Formosaです。


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Palazzo Querini Stampariaの中に入りました。地上階に財団の事務所、図書館があります。


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パラッツォ内から見た運河です。


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絵画館は一階(日本の二階)にあります。


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20室の展示室から成ってます。


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18世紀の家具も大きな見どころです。


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天井のフレスコ画


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ヤコポ・グアラーナ(ヴェネツィア、1720-1808)の「アウロラの寓意」


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展示室番号があったり、なかったりで少し混乱してしまいます。


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彫刻が置かれてます。


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ジャコモ・カッセッティ(サンブルソン、1682-ヴィチェンツァ、1757)の「アンジェロ・マリア・クエリーニの胸像」(1727-30)


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ミケーレ・ファブリス通称オンガロ(ハンガリー、1644-ヴェネツィア、1684)の「哲学者」(1674-81)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・フォッジーニ(フィレンツェ、1652-1725)の「パオロ・クエリーニの胸像」


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ミケーレ・ファブリス通称オンガロ(ハンガリー、1644-ヴェネツィア、1684)の「哲学者」(1674-81)


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ミケーレ・ファブリス通称オンガロ(ハンガリー、1644-ヴェネツィア、1684)の「若者の胸像」(1674-81)


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ミケーレ・ファブリス通称オンガロ(ハンガリー、1644-ヴェネツィア、1684)の「哲学者」(1674-81)


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ミケーレ・ファブリス通称オンガロ(ハンガリー、1644-ヴェネツィア、1684)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1674-81)


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次の部屋です。


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絵画が展示されてます。


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天井の装飾


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ヤコポ・グアラーナ(ヴェネツィア、1720-1808)による天井装飾


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セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659-ヴェネツィア、1734)の寓意画


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日の出の寓意


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正午の寓意


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日没の寓意


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アレッサンドロ・ヴァロターリ通称パドヴァニーノ(パドヴァ、1588-ヴェネツィア、1649)の作品があります。


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アレッサンドロ・ヴァロターリ通称パドヴァニーノ(パドヴァ、1588-ヴェネツィア、1649)の「Giustizia e Pace」(1630-35c)


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アレッサンドロ・ヴァロターリ通称パドヴァニーノ(パドヴァ、1588-ヴェネツィア、1649)の「Misericordia e Verita」(1630-35c)


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ニッコロ・フランジパーネ(パドヴァ、1555-1600)の「バッカス祭」(1570-90c)


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ヴェネトの逸名画家作「女優の肖像」(17世紀)


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ヴェネトの逸名画家作「ウルカヌスとキューピッド」(1500-50c)


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ヴェネトの逸名画家作「ペルシャの巫女、リビアの巫女、デルフィの巫女」(1650-1700c)


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ヴェネトの逸名画家作「Cimeriaの巫女、クマエの巫女、Samiaの巫女」(1650-1700c)


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ヴェネトの逸名画家作「Ellesponticaの巫女、フリジアの巫女、ヨーロッパの巫女」(1650-1700c)


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ヴェネトの逸名画家作「ティーヴォリの巫女、エジプトの巫女、エリトリアの巫女」(1650-1700c)
(つづく)

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ビアージョ・ディ・アントニオ・トゥッチ(フィレンツェ、1446-1516)の「ルクレツィアの物語」


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ビアージョ・ディ・アントニオ・トゥッチ(フィレンツェ、1446-1516)の「ルクレツィアの物語」


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ビアージョ・ディ・アントニオ・トゥッチ(フィレンツェ、1446-1516)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと音楽天使」


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エウセビオ・ダ・サン・ジョルジョ(ペルージャ、1465/1470-1539)の「Madonna del sacco」


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ペルジーノ境界の逸名画家作(Cerchia di Perigino)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと音楽天使」


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”Maestro della Madonna Cagnola"(トレント、1470-パドヴァ、1532)に帰属する「玉座の聖母子と聖アンブロージョと聖ジローラモと聖ジョヴァンニ・バッティスタとキアラヴァッレの聖ベルナルドと寄進者とカルトゥジオ修道士」


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アントニアッツォ・ロマーノ(?、1430/1435c-ローマ、1508)の「ライオンを治癒する聖ジローラモ」


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次の部屋です。


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詳細不知(説明板無し)


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ルカ・ロンギ(ラヴェンナ、1507-1580)の「聖母子と聖ジュスティーナ」


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ガロファロ(フェッラーラ、1481c-1559)の「聖母子」


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ベルナルディーノ・ディ・マリオット(ペルージャ、1478c-1566)の「キリストの復活」


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ガウデンツィオ・フェラーリ(ヴァルドゥッジャ、1475/1480-ミラノ、1546)またはガウデンツィオ・フェラーリ工房の「聖家族と音楽天使たち」


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詳細不知(説明板無し)


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ベルナルディーノ・ザガネッリ(コティニョーラ、1495から記録-イーモラ、1529没)の「聖母子と2音楽天使」


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マルコ・パルメッツァーノ(フォルリ、1459/1463-1539)の「ピエタのキリストを支える2天使」


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ロッジャに出ました。


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ロッジャから見た大運河


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ロッジャに彫刻が展示されてます。


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ヴェネトの逸名彫刻家作「コンタリーニ家の紋章があるライオン像」(15世紀)


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ビザンチン?の彫刻家作「象の装飾がある仕切り」


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コンスタンティノポリスの彫刻家作「装飾付き仕切り」(10世紀)


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ヴェネトの彫刻家作「石棺正面」(9世紀)


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ポー川流域の彫刻家作「Grifone(架空の動物)」(13世紀)


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ポー川流域の彫刻家作「ライオン」(13世紀)


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ロッジャから展示室に戻りました。


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マンテーニャの傑作をもう一度見ました。


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外に出ました。


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ヴァポレットに乗船してホテルに戻りました。
(おわり)

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ボニファチョ・デ・ピターティ(ヴェローナ、1487-ヴェネツィア、1553)と工房による「正義の女神」


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ブロンズ彫刻


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ブロンズ彫刻


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ヴェネツィアの金工家作「ジローラモ・アンジェリ・ダ・ペーザロ」(16世紀前半)


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ヴェネツィアの金工家作「アゴスティーノ・アンジェリ・ダ・ペーザロ」(16世紀前半)


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次の部屋です。


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第4室です。


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入館者が急に途絶えました。


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ジョヴァンニ・ボッカ―ティ(カメリーノ、1420c-1480)の「磔刑」


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15世紀中頃の逸名彫刻家作「シエナの聖ベルナルディーノ」(テラコッタ)
ヴェネツィアのサン・ジョッベ教会にありました。


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ルカ・シニョレッリ(コルトーナ、1450c-1523)の領域(Ambito)の「鞭打ち」


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ドメニコ・ディ・バルトロ(アシャーノ、1400c-シエナ、1445)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの誕生」


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ジローラモ・ディ・べンヴェヌート(シエナ、1470-1524)の「ヘラクレスの決断」


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ビッチ・ディ・ロレンツォ(フィレンツェ、1373-1452)の「玉座の聖母子と聖ピエトロと聖パオロ」


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ニッコロ・ディ・トンマーゾ(フィレンツェ、ナポリ、ピストイアで14世紀後半活動記録)の「マギの礼拝」


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15世紀のロンバルドの逸名画家作「受胎告知」


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Maestro di San Davino (ピサとルッカで1395-1420c活動記録)の「6聖人」


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ペッレグリーノ・ディ・マリアーノ・ロッシーニ(シエナ、1449-1492活動記録)の「聖母戴冠と聖フランチェスコと聖アントニオ」


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ジョヴァンニ・ディ・二コラ・ダ・ピサ(ピサ、1326-1363/1365消息)の「ウミルタの聖母」


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トスカーナ=エミリアの逸名彫刻家作「ピエタ」(16世紀)


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Maestro di San Miniato(15世紀後半活動)に帰属する「アレキサンダー大王のシーン」


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カルロ・ブラッチェスコ(リグーリア、1478-1501活動)の「4教会博士」


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カルロ・ブラッチェスコ(リグーリア、1478-1501活動)の「聖アンドレアの磔刑」


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アンドレア・ディ・バルトロ(シエナ、1389-1428記録)の「聖母戴冠と2音楽天使」


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フランチェスコ・ボッティチーニ(フィレンツェ、1446-1498)の「聖母子」


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ピエタのキリスト


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幼きキリストを崇拝する聖母


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ラッファエッリーノ・デル・ガルボ(サン・ロレンツォ・ア・ヴィアリーノ、1466c-フィレンツェ、1524)の「聖母子と2天使」


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ヤコポ・デル・セッライオ(フィレンツェ、1441c-1493)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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(つづく)

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ジョヴァンニ・クリストフォロ・ロマーノ(ローマ、1465c-ロレート、1512)に帰属する「子供の彫像」


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ピエトロ・ロンバルド(カローナ、1435c-ヴェネツィア、1515)の「聖母子」


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ジャン・マリア・ダ・パドヴァ(パドヴァ、1493/1495-クラコヴィア、1574)の「Porzia」


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バルトロメオ・ディ・フランチェスコ・ダ・ベルガモ(1506-1524消息)の「マッテオ・エレットの胸像」


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トゥッリオ・ロンバルド(ヴェネツィア、1455c-1532)と弟子による「最後の晩餐」


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ジローラモ・カンパーニャ(ヴェローナ、1549-ヴェネツィア、1625c)の「ヴィーナスとキューピッド」


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ジローラモ・カンパーニャ(ヴェローナ、1549-ヴェネツィア、1625c)の「アドーネとメレアクロス」


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ヤコポ・タッティ通称サンソヴィーノ(フィレンツェ、1486-ヴェネツィア、1570)の「聖母子」


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次の展示室です。


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第1室になります。


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アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1444-1503)と弟子による「聖母子」


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ラッザーロ・バスティアーニ(パドヴァ、1449?-ヴェネツィア、1512)の「聖母子」


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ヴェネツィア派逸名画家作「聖母子」(16世紀初頭)


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ピエロ・ヤコポ・アラーリ・ボナコルシ通称アンティコ(マントヴァ、ガンツゥオーロ?、1460-1528)の作品です。


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ヴェネツィアの逸名工芸家作「貴重品入れ」(16世紀初頭)


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ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1400c-1462c)の「聖母子」


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アントニオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1444?-1503)に帰属する「聖母子」


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バルトロメオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1430c-1491)の模倣逸名画家作「聖母子」


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ドメニコ・モローネ(ヴェローナ、1442-1517)の「聖母子と聖フランチェスコ」


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カルロ・クリヴェッリ工房作「聖母子と聖オノフリオ」


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メダルの展示


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ブロンズ製小作品の展示


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ダーリオ・ダ・トレヴィーゾ(ポルデノーネ、1420c-コネリアーノ、1498以前没)の「聖クリストフォロ」


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ピエル・マリア・ぺナッチ(トレヴィーゾ、1464-1514)の「聖母子と寄進者」


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チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459c-1518c)の「聖母子と聖ジローラモとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


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ミケーレ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1470-1536/1537)に帰属する「母と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタとのキリストの離別」


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ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア?、1460c-ヴェネツィア、1525/1526)の「受胎告知」


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ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア?、1460c-ヴェネツィア、1525/1526)の「ご訪問」


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ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア?1460c-ヴェネツィア、1525/1526)の「聖母の死」


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ベネデット・ルスコーニ通称ディアナ(ヴェネツィア、1460-1525)の「聖母子と聖ジローラモと聖フランチェスコとザッカ・ジローラモ・ペーザロとフランチェスコ・トレヴィサン」


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次の部屋です。


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第3室です。


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ジョヴァンニ・アゴスティーノ・ダ・ローディ(ローディ、1490cから活動記録-1520最終消息)の「ピエタ」


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ルカ・アントニオ・ブサーティ(ヴェネツィア、1510-1539消息)に帰属する「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖ピエトロと聖ジローラモ」


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パドヴァの逸名彫刻家作「ジョヴァンニ・ピエトロ・マントヴァ・ベナヴィデスの胸像」(16世紀)


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ヤコポ・ファントーニ通称コロンナ(ヴェネツィア、1504-ボローニャ、1540)に帰属する「救世主」
(つづく)

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展示室は1階(日本の2階)にあります。


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急に入館者が増えてきました。


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階段の踊り場に肖像画が展示されてます。


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ジョルジョ・フランケッティ男爵夫人の肖像画です。


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フランツ・フォン・レンバッハの死亡地はミュンヘン説が有力と思います。


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フランツ・フォン・レンバッハ(シュロベンハウ前、1836-ミュンヘン、1904)の「6歳頃のカルロ・フランケッティの肖像」
カルロ・フランケッティはジョルジョ・フランケッティ男爵の息子です。


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フランツ・フォン・レンバッハの「ジョルジョ・フランケッティの肖像」(1890)


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1階(日本の2階)です。


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アントニオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1415c‐1476/1484)と弟子による「受難のポリッティコ」


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ヴェネト=ビザンチンの彫刻家作「獣神の盃状のもの」(11世紀)


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ヴェネトの彫刻家作「嬰児虐殺」(13-14世紀)


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ヴェネトの彫刻家作「嬰児虐殺」(13-14世紀)


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ヴェネトの彫刻家作「嬰児虐殺」(13-14世紀)


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イギリスの彫刻家作「アレッサンドリアの聖カテリーナのポリッティコ」(15世紀)


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ニッコロ・ディ・ピエトロ・ランベルティ(フィレンツェ、1370c-1451)に帰属する「無頭の彫像」


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フランスの彫刻家作「正義の女神?」(15世紀)


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礼拝堂のような場所です。


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431-マントヴァ、1506)の「聖セバスティアーノ」


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マンテーニャの最後の傑作の一つである「聖セバスティアーノ」を展示するために、ジョルジョ・フランケッティ男爵の設計によって出来た礼拝堂風のニッチです。


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礼拝堂風のニッチの格子天井(15世紀)


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フランドルのタペストリメーカー作「宮廷のシーン」(16世紀第1四半世紀)


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(トレント、1470-パドヴァ、1532)の「本を持つ聖母」


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大運河に面したロッジャの方向


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アントニオ・リッツォ(ヴェローナ、1440c-パドヴァ、1532)に帰属する「寓意像」


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マルチェッロ・フォゴリーノ(ヴィチェンツァ?、1483/1488-1559まで記録)の「美徳の寓意」


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「美徳の寓意」が壁の上方にあります。


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トゥッリオ・ロンバルド(ヴェネツィア、1455c-1532)の「二人の彫像」


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「聖マルティーノの施し」


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「真の十字架の物語」


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「真の十字架の物語」


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「真の十字架の物語」


P2500155
アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「真の十字架の物語」


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「サンタ・マリア・デイ・サルヴィのクローチェ祭壇の戸」


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(つづく)

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カ・ドーロ駅でヴァポレットを下船しました。


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ヴェネツィア・ゴシック様式の代表的な建築物であるCa d' Oroです。カ・ドーロとは黄金宮殿という意味で、創建当時、大運河に面したファサード側の壁が金で装飾されていたことに由来します。正式名称はPalazzo Santa Sofiaと称するそうですが、専ら通称のカ・ドーロと呼ばれてます。


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8人のドージェを輩出したヴェネツィア貴族で大商人のコンタリーニ家の邸宅として、15世紀前半の当主マリーノ・コンタリーニ(ヴェネツィア、1385-1441)が建築家ジョヴァンニ・ボーノ(コモ、1382-ヴェネツィア、1442)に注文して、1421年から1440年に建設されました。ジョヴァンニの息子バルトロメオ・ボーノ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1404?-1464/1467)が建設に際して重要な役割を果たしたとされてます。


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カ・ドーロは、マリーノ・コンタリーニの孫の代までコンタリーニ家の所有でしたが、売却され、その後、何度も所有者が変わりました。所有者の変遷に伴って、建物は何度も改造されましたが、19世紀半ばに元の姿に戻すための修復が始まったものの、余り進捗しませんでした。


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1894年、ジョルジョ・フランケッティ男爵(トリノ、1865-ヴェネツィア、1922)は17万リラでカ・ドーロを買収すると、15世紀の建物に戻すべく早速修復作業を開始しました。


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しかし、男爵個人の資金と健康の両面から問題が生じたので、1916年に国と協定を結び、男爵の死後に建物と収集物全てが国家の所有になることが決められました。その協定に基づき引き続き修復が行われることになりました。
ところが、1922年、重病の苦しさからフランケッティ男爵は銃で自殺したのです。


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男爵の死後、協定に基づき国によって修復工事が続けられ、男爵の収集物を展示するジョルジョ・フランケッティ美術館が1927年にオープンしました。現在は、個人からの寄贈作品やヴェネツィアの宮殿、教会などから集められた作品も併せて展示されてます。


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ヴァポレットのカ・ドーロ駅からStrada Novaに向かうCalle di Ca' d' Oroです。アクア・アルタ用の仮架橋が用意されていました。


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美術館の入り口は、Calle di Ca' d' Oroに面したところにあります。初めて訪れる方は、目立たない場所にあるので要注意です。


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定休日はなく、毎日開館してますが、月曜日だけは午後2時閉館です。


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切符売り場です。


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先ず、地上階の中庭から見て行きます。


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この日は、潮位が低く、中庭に入ることが出来て幸運でした。


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大理石の床モザイクが見物です。


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大理石の床モザイクは全部で350㎡の面積になります。


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建物の所有者が変わるに従って、所有者の好みによって中庭も幾度も改造されて、井戸などの一部を除いてコンタリーニ家の時代のものは残されていません。


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Strada Nova側の中庭


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現在の中庭は、ジョルジョ・フランケッティ男爵のデザインに基づくもので、20世紀第1四半世紀に制作されました。


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ジョルジョ・フランケッティ男爵がデザインしたことを示す記念碑


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フローラ像(15世紀)


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この中庭には問題があります。潮位が高くなると水没してしまうのです。


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10年ほど前までは、水没することは少なかったのですが、最近は潮位が高くなることが多く、そのような日には中庭は立ち入り禁止、非公開となります。


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高潮の時の非公開は当然ですが、水没後の掃除などが大変なので、その後数日は非公開になることがあります。


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サン・マルコ寺院などのヴェネツィアにある教会の床モザイク、ビザンチン様式などをモチーフによって設計されたモザイクの模様です。


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井戸


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中庭の階段


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彫刻が置かれてます。


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突き当りに進んで中庭から切符売り場に戻ります。
(つづく)


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サン・ザッカリア広場です。


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サン・ザッカリア教会です。


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東ローマ帝国のレオーネ5世アルメニア皇帝(アルメニア、775c-コンスタンティノポリス、820)がヴェネツィアに寄贈した聖ザッカリア(聖ジョヴァンニ・バッティスタの父)の聖遺物(遺体)を祀るために、9世紀に建設されたロマネスク様式の教会が起源です。
その後、ベネデット会の所有となり、ベネデット会女子修道士が管理することになり、女子修道院が併設されました。


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1105年、火災によって教会と修道院を消失してしまいましたが、火災を逃れてクリプタに退避した女子修道士100名以上が窒息死しました。12世紀に教会と修道院が再建されました。


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現在のゴシック、初期ルネサンス様式が混在する建物は三代目となるもので、アントニオ・ガンベッロ(?、?-ヴェネツィア、1481)とマウロ・コドゥッチ(レンナ、1440-ヴェネツィア、1504)によって1444年から1465年に建設されました。


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美術的に見所が多い教会です。


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写真右が修道院です。


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鐘楼


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中に入りました。


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三廊式、ルネサンス様式の内部です。


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右側廊方向


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ヴェネツィアは湿度が高いので、高湿度で落剝し易いフレスコ画法はあまり採用されませんでしたが、この教会にはフレスコ画があります。


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主祭壇


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アンドレア・チェレスティ(ヴェネツィア、1637-トスコラーノ、1712)による主祭壇画


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後陣にフレスコ画があります。


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ジローラモ・ペッレグリーニ(ローマ、1624-ヴェネツィア、1700)の「栄光の聖ザッカリア」


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430c-1516)の「サン・ザッカリアの祭壇画」(1505)


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アントニオ・ヴァッシラッキ(ミロス、1556-サン・ヴィターレ、1629)の「聖母の結婚」(1600c)


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アントニオ・ヴァッシラッキ(ミロス、1556-サン・ヴィターレ、1629)の「聖母の神殿奉献(寺院への出現)」(1600c)


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アントニオ・ザンキ(エステ、1631-ヴェネツィア、1722)の作品(1684)


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アンドレア・チェレスティ(ヴェネツィア、1637-トスコラーノ、1712)の「教皇ベネデット3世の修道院訪問」(1684)


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アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666-1740)の「マギの礼拝」(1704-08c)


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聖ザッカリアとアレッサンドリアの聖アタナシロの墓(1660c)


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「栄光の聖ザッカリア」(1599)


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ジョヴァンニ・アントニオ・フミアーニ(ヴェネツィア、1645-1710)の「1001年の皇帝オットー3世の修道院訪問」


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アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666-1740)の「羊飼いの礼拝」(1707c)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ビッソーニ(パドヴァ、1576-1636)の「聖ザッカリア?」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ビッソーニ(パドヴァ、1576-1636)の「聖ザッカリア?」


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アントニオ・ゾンカの「アクイレイアを介抱するアッティラ」(1684c)


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アントニオ・ゾンカの「パドヴァからの難民のトルソドゥーロ島上陸」(1684c)


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詳細不知


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「聖母子と聖人たち」(1605)


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アントニオ・ゾンカの「1688年の復活祭に教会に訪れるドージェ」


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ジュゼッペ・ポルタ通称イル・サルヴィアーティ(カステルヌオーヴォ、1520-ヴェネツィア、1575)の「聖コズマと聖ダミアーノの奇跡」(1550c)


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アンドレア・チェレスティ(ヴェネツィア、1637-トスコラーノ、1712)の作品


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アントニオ・モリナーリ(ヴェネツィア、1655-1704)の「ご訪問」


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左側廊


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右側廊


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外に出ました。
(おわり)

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ヴァポレットに乗船してサン・ジョルジョからサン・ザッカリアに向かいました。


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好天であれば、サン・ジョルジョからサン・ザッカリアの船上は絶好の撮影ポイントになるかもしれません。


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この日はアクア・アルタの可能性はゼロと予報されてました。


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ホテルが建ち並ぶサン・ザッカリア地区です。


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この時、泊まっていたホテルです。ヴァポレットのサン・ザッカリア駅の後方にあります。


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サン・ザッカリアで下船しました。サンタ・マリア・デッラ・ピエタ教会が修復中でした。


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Calle Seconda de La Fava


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Rio dei Greciの先にサン・ジョルジョ・デイ・グレーチ聖堂の鐘楼が見えます。


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次の目的地サン・ジョルジョ・デイ・グレーチ聖堂に向かいます。


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Calle de La Pietaの突き当りにビサンツィオ・ホテルがあります。


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Calle dei Greciを進みます。


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細い通りで不安になりましたが、道は間違えていないと思いました。


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グレーチ広場に着きました。


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サン・ジョルジョ・デイ・グレーチ聖堂です。


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ギリシャ人によって、1539年創建、1573年に完成した正教会の聖堂です。拝観しようと思っていましたが、扉が閉まっていました。


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入口扉上ルネッタのモザイク


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聖堂横にイコン博物館があります。


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イコン博物館も閉まっていました。


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楽しみにしていたので、サン・ジョルジョ・デイ・グレーチ聖堂とイコン博物館が閉まっていたのは残念でした。


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Rio di San Lorenzo


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写真右はリアシッディ・パレス・ホテルです。


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Fondamenta San Lorenzoを通ってサン・ザッカリア教会に向かいました。


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Ponte de l'Osmarinを渡りました。


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Fondamenta de l'Osmarinを進みました。


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道の先にあるPonte del Diavoloです。


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ホテル・パラッツォ・プリウーリがあります。


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今通って来た道を振り返って撮った写真です。


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Rio di San Severo


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Ponte dei Carmini


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サン・ザッカリア教会はもう直ぐです。


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何処をどう間違えたのか分かりませんが、サン・ザッカリアに出てしまいました。


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サン・ザッカリア教会には、泊まっているホテルの横にある道を進めば簡単に行けるので、慌てずにドゥカーレ宮殿の方に向かいました。


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溜息橋


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教会が沢山ありますね。


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ドゥカーレ宮殿


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久し振りにじっくり見ました。


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この日は人出が少なかった。


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アクア・アルタの可能性が小さいとされていましたが、アクア・アルタ用の仮架橋が用意されてます。


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サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂です。


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ホテルの方に戻ってサン・ザッカリア教会に向かいました。


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(つづく)

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ヴァポレットから見たサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会です。


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ジューデッカ島のレデントーレ教会です。


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靄がかなり濃い日でした。


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サン・ジョルジョ・マッジョーレ島に向かいます。


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サン・ジョルジョに到着しました。


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サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂です。
1900年、当時の教皇レオーネ13世(第256代教皇 在位:1878年~1903年)によって、Basilica Minoreに格付けされました。


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790年頃に建設されたサン・ジョルジョ教会が前身です。982年、ベネデット会の所有となり、ベネデット会修道士によって修道院が建設されました。


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1223年、教会の建物が崩壊したので、ベネデット会修道士によって二代目の教会の建物が建設されました。
修道院食堂の建設のため、アントニオ・パッラーディオ(パドヴァ、1508-メーザー、1580)が招聘され、1560年から1563年にかけて食堂が建設されました。
食堂の完成後、三代目の教会建物建設をパッラーディオに委嘱され、パッラーディオの設計によって、1566年から1610年にかけてルネサンス様式の建物が現在の姿の原形となってます。


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ファサードはヴィンチェンツォ・スカモッティ(ヴェネツィア、1548-1616)の設計によって1597年から1610年にかけて建設されました。


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1467年に建設された二代目の鐘楼が1774年に崩落してしまったので、ベネデット・ブラッティの設計によって1791年に建設された三代目の鐘楼が現在のものです。高さが75mあります。


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ファサード壁龕の彫刻


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ファサード扉上のピオ7世の紋章です。
紋章がある理由は、第251代教皇ピオ7世(在位:1800年~1823年)がヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ修道院で1799年から1800年に行われたコンクラーヴェで教皇に選出されたからです。
当時、ローマはフランス軍の占領下にあったので、ローマでコンクラーヴェが出来なかったのです。ナポレオンは教会修道院活動抑圧政策を採っていたので、教皇庁と対立していました。


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聖堂内に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


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巨大な柱が目立ちます。


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非常に明るい内部です。装飾が少ない内部です。


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クーポラ


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主祭壇です。


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ジローラモ・カンパーニャ(ヴェローナ、1552-ヴェネツィア、1625)による主祭壇の彫刻


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中央礼拝堂右横壁にあるヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)の「最後の晩餐」(1592-94)


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ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)の「マナの収拾」(1592-94)


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バルダッサッレ・ロンゲーナ(ヴェネツィア、1598-1682)の「キリストの復活があるピエトロ・チヴランのモニュメント」(1638)


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聖歌隊席の彫刻(1594-98)


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詳細不知


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ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)とドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560-1635)の「キリストの復活とヴィンチェンツォ・モロシ―ニとその家族」(1583-85c)


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次の礼拝堂です。


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ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)とドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560-1635)の「三位一体と聖ステファノの殉教」


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マッテオ・ポンツォーネ(クロアチア、1583-ヴェネツィア、1663)の「竜を退治する聖ジョルジョ」(1600-50c)


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光るので別角度から撮った写真です。


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ジローラモ・カンパーニャ(ヴェローナ、1552-ヴェネツィア、1625)の「聖母子と天使たち」(1595)


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レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ、1557-ヴェネツィア、1622)の「聖ルチアの殉教」(1596)


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光るので別角度から撮った写真です。


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左側廊


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右側廊


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ヤコポ・バッサーノ(バッサーノ、1510-1592)の「羊飼いの礼拝」


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ヴェネトの逸名彫刻家作「磔刑像」(1458年に寄贈されたもの)


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ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)とドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560-1635)の「聖コズマと聖ダミアーノの殉教」


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次の礼拝堂です。


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ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(1518-1594)と工房による「聖母戴冠と聖人たち」(1594)


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セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659-ヴェネツィア、1734)の「聖母子と聖人たち」


2
最後に非常に残念で腹立たしいことを記しておきましょう。
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528-ヴェネツィア、1589)の傑作「カナの結婚」(1562-63)です。修道院食堂に飾るためにパオロ・ヴェロネーゼに注文され、1年で完成した傑作です。現在、ルーブル美術館で展示されてますが、1797年、ナポレオンの命令によって、この作品は盗まれ、ルーブル美術館で展示されるようになりました。ナポレオンの失脚後、返還交渉が行われたものの、フランス側が返還を断固拒否して現在に至ってます。
(作品画像は外部サイトから拝借しました)


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外に出ました。
(つづく)

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スカルツィ橋の上からのリアルト橋方向の景観


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スカルツィ橋上から見たローマ広場方向の景観


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フェローヴィアから2番のヴァポレットに乗船しました。


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ローマ広場、ジューデッカ島を経由してサン・ジョルジョ・マッジョーレ島に行きます。2番のヴァポレットですが、大運河経由と逆方向なので空いていました。


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かなり有名なサン・シメオン・ピッコロ教会ですが、不思議なことに拝観している観光客が少ないようです。


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Ponte de La Croce


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ローマ広場に向かう人は数名でした。


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このホテルに泊まったことがありません。ローマ広場近くなので、ホテル周囲は面白みに欠けるようです。


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ローマ広場駅に着きました。


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空路でヴェネツィアに到着した時に、ローマ広場を利用したことがあります。


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ローマ広場を過ぎると建物の様子が一変します。


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工場でしょうか、近代的な建物が散見されます。


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メストレと結ぶ橋です。


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列車が頻繁に往来してます。


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写真右上はケーブルカーの架橋です。


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モノレールかと思いましたがケーブカーだそうです。


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2010年に開通したPeople Mover di Veneziaです。ローマ広場からマリッティマ・クルーズ・ターミナルを結んでます。


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外洋のような感じがします。


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ヴァポレットは、大運河を航行している時とは違って、かなりの高速で運行されてます。


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ジューデッカ運河に出ると鐘楼が幾つか見えてきます。


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ジューデッカ島です。


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Ponte Molin Rio de San Basegio


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Fondamenta Zattere Ponte Lungo


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Palazzo dell Adriatica


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サン・トロヴァソ教会が見えます。


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サンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会です。


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サンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会の後方にアカデミア美術館があります。


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非常に目立つ教会ですが、美術的に中にある数点の作品が観る価値があります。


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ヴァポレットの進行に従って教会の全容がよく分かるようになります。


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ジューデッカ島のレデントーレ教会が見えます。


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Fondamenta Zattere Ai Gesuitiです。


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ジューデッカ島です。


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ヴァポレットのZattere駅後方にサンタ・マリア・デッラ・ヴィズィタツィオーネ教会です。


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乗船したヴァポレットはジューデッカ島に向かいます。


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鐘楼が数本見えますが、何処の教会のものなのか特定するのが大変です。


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船が余り運行していないので、高速で進む船が多いようです。


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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会が見えてきました。


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Ex-Ospedale degli Incurabili


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サン・マルコの鐘楼です。


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サン・マルコ寺院が見えてきました。


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ドゥカーレ宮殿が姿を現しました。晴れていないのが残念です。


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(つづく)

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アカデミア美術館から外に出ました。


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大運河ではなく、この時はCanale della Giudeccaの方に向かいました。


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Rio Terra Antonio Foscarini


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写真右は、アカデミア美術館となっている旧サンタ・マリア・デッラ・カリタ修道院教会です。


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サンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会の鐘楼が見えてます。


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道の突き当りがジューデッカ運河です。写真右に広場があり、広場に面してサンタグネス教会があります。


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サンタグネス教会です。


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10-11世紀に建設されたロマネスク様式の教会です。日曜日朝に行われるミサの時だけ扉が開けられるようです。


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サンタグネス広場です。


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サンタグネス広場からサンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会、別称サンタ・マリア・デイ・ジェスアティ教会の鐘楼とクーポラが見えます。


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1724年から1736年に建設されたバロック様式のサンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会です。


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暑いことに加えて、ヴェネツィアは湿度が高いので、汗が中々乾きません。


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ヴェネツィアは知れば知るほど面白いと思います。


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Canale della Giudeccaに出ました。


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ジューデッカ運河の先にジューデッカ島があります。


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Fondamenta Zattere Ai Gesuiti


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この辺は大体空いていますが、初夏のベストシーズンなので人出がかなり多いようです。


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サンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会の扉が閉まっていました。あと数分で開く筈ですが・・・・・


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サンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会のファサードはジューデッカ運河に面してます。


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鐘楼


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扉が開きました。


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拝観します。


6
美術的な見所は2つでしょう。


7
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレットの「磔刑」


8
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロの「聖ドメニコ」


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外に出ました。


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サンタ・マリア・デッラ・ヴィズィタツィオーネ教会は閉まっていました。


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ジューデッカ運河のレデントーレ教会が見えます。


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パッラーディオ設計によって1577年から1592年に建設されたレデントーレ教会です。パッラーディオが設計したものの、工事着工は彼の死後になりました。


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ヴァポレットのZattere駅です。


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乗合船を待ちました。


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ヴァポレットに乗船しました。


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ジューデッカ運河をローマ広場の方に向かって進みます。


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アカデミア方面からローマ広場やサンタ・ルチア駅に行くには、リアルト経由よりもジューデッカ運河経由の方が時間的に有利です。


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Fondamenta Zattere Ponte Lungo


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乗合船は空いてます。


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Ponte Molin Rio de San Basegio


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San Basilio


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本土が見えてます。


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(つづく)

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アクア・アルタになる前に早くヴァポレットに乗らなくては!


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溜息橋は何時ものように見えましたが、潮位が上がって来て道が海水に覆われるようになりました。


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辛うじてサン・ザッカリアからヴァポレットに乗船できました。サンタ・ルチア駅前は未だ大丈夫でした。乗船後間もなくしてサン・マルコ周辺は海水に覆われ、ヴァポレットがサン・マルコへの寄港休止となったそうです。
急いでいたし、焦っていたので途中の写真がありません。


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ホテルに戻る前に夕食を食べることにしました。


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道路を隔てたホテルの向かいの店に入りました。アクア・アルタが予想されていたので、ホテルに戻るのに容易な店を選びました。


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店を出たら、アクア・アルタが起きてました。


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直ぐに潮位が増してきました。


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カステッロ地区はアクア・アルタの影響は少ない方です。この日のサン・マルコ地区の潮位は1mを越えたそうです。


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向かいのホテルでは、係員が客をおんぶして中に入れてました。


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ホテル専用船着き場からロビーにも仮架橋が設けられてました。


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写真ではよく分かりませんが、ロビーに海水が押し寄せてきました。


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翌朝です。雨が止んでます。


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街歩きに出発しました。


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サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会に向かいました。


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サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会です。正式現称はSantuario di Luciaらしい。


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11世紀に建設されたサン・ジェレミア教会が前身です。創建以来、何度も再建されたそうです。


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現在の建物は、カルロ・コルベッリーニに設計によって、1753年に創建され、1760年に一応の完成を見たものが基本となってます。


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聖ルチアの遺体が収められてます。
聖ルチア(シラクーザ、183c?-304)は、シラクーザで殉教しましたが、殉教後、シラクーザのサンタ・ルチア・アル・セポルクロ聖堂に埋葬されました。ところが、彼女の遺体は掘り起こされ、東ローマ帝国に売却され、コンスタンティノポリスに移されてしまいました。フランス貴族とヴェネツィア共和国が中心となって、東ローマ帝国を攻撃した第4次十字軍(1202-1204年)は勝利し、その戦利品として聖ルチアの遺体はコンスタンティノポリスからヴェネツィアに移されました。それを機に、聖ルチアの遺体を祀るためにサンタ・ルチア教会が建設されました。
建設された場所は、現在のヴェネツィア・サンタ・ルチア駅がある所でした。19世紀半ばにヴェネツィアに鉄道が敷設されることになり、鉄道駅は教会がある場所と決定されました。
そのため、サンタ・ルチア教会は取り壊されることになり、聖ルチアの遺体はサン・ジェレミア教会に移されることになりました。そのため、教会の改造工事が行われ、1861年に完成しましたが、その際、教会の名称がサンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会と改称されました。


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ところが、それだけでは終わらず、1981年11月、聖ルチアの遺体が盗まれてしまい、犯人から身代金の支払い要求が出されたのです。遺体の身代金要求には本当に驚きました。
1981年12月、身代金未払のまま、突然遺体が戻されて一件落着となりました。犯人は分からずで終わったようです。


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ここでは単純に創建時の名称になってます。


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中に入りました。


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変形4廊式、ギリシャ十字形、新古典様式の内部です。


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左側に2つの側廊があります。


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右側廊方向


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装飾が少なく、スッキリした感じがします。


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クーポラ


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主祭壇


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主祭壇に聖ルチアの遺体が置かれてます。


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祭壇画、彫刻を見て回ります。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・メンガルディ(パドヴァ、1738-ヴェネツィア、1796)の「聖家族」


1
パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「聖ルチア」


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アゴスティーノ・ウゴリーニ(ヴェローナ、1758-ヴェネツィア、1826)の「十字架降下」


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セバスティアーノ・サンティ(ムラーノ、1789-ヴェネツィア、1866)の「磔刑と聖人たち」


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ジャン・マリア・モルライターの「ロザリオの聖母」(17世紀)


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「聖ルチアと聖アゴスティーノ」


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「受胎告知」


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17世紀のヴェネツィアの逸名画家作「聖ルチアの聖体拝領」


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ピエル・アントニオ・ノヴェッリ(ヴェネツィア、1729-1804)の「聖母の浄化」


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詳細不知


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ベルナルディーノ・ルカデッロの「聖母の神殿奉献」(1745)


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フランチェスコ・マッジョット(ヴェネツィア、1738-1805)の「聖ジュゼッペの死」


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外に出ました。
1700年以上前に没した聖ルチアの遺体の身代金なんて、私にはとても考えられません。
(つづく)

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一般乗合船でアカデミアからサン・ザッカリアに移動します。


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寒いし、大雨の上に、アクア・アルタが予想されていたので、人出が少なく、サン・マルコ寺院とドゥカーレ宮殿に行くには絶好の日と予想してました。


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人出は何時もより確かに少なめでしたが、悪天にも拘らず予想以上の賑わいでした。


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溜息橋


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サン・マルコ寺院は大混雑で、写真を撮るどころではありません。


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大雨で行く所が限られているので、無料のサン・マルコ寺院は拝観者が集中したようでした。


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ところがドゥカーレ宮殿は空いてました。


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有料なので、敬遠されたかも知れません。


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これから満潮を迎えるので、時間が余りありません。


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低気圧が近づいているので、アクア・アルタが起きる可能性が高いとの潮位予想でした。


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サン・マルコ地区はアクア・アルタの影響を最も受けるとされてます。


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多少のアクア・アルタならば、歩行者用仮架橋で大丈夫ですが、仮架橋よりも潮位が高くなると厄介です。


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アクア・アルタが起きると、ヴァポレットのサン・マルコ駅とサン・ザッカリア駅が閉鎖になることがあります。ということで、絶えず外の潮位の具合に注意しながら見て回りました。


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ヴェネツィアにおける絵画が他の街などと大きく違うことは、フレスコ画による装飾は極めて稀であり、例え大画面であってもキャンバスへの油彩で描かれたことです。


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水の都ヴェネツィアですから、常時湿度が高いので、フレスコ画は直ぐに落剝してしまうのです。


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ヴェネツィアに不向きなフレスコ画ですが、それにも拘らず存在しています。


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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490c-ヴェネツィア、1576)の「祈りを捧げるグリマーニ総督」(1575-76c)


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アントニオ・ヴァッシラッキ(ギリシャ、ミロス、1556-ヴェネツィア、1629)の「マギの礼拝」(1600c)


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武具の展示


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ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)の「天国」(1588c)


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そろそろ切り上げないと・・・・・


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独房


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外が心配です。


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外に出ました。
(つづく)

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ムラーノ島のロンゴ橋です。


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ロンゴ橋横のタベルナコロ


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Trattoria al Fratiが見えます。ムラーノではお勧めの食堂です。


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ロンゴ橋を渡ります。


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ロンゴ橋から見たMuseo方向です。


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旧サントステファノ教会の鐘楼です。


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サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会の鐘楼が見えます。


P2700666写真左の道路はRiva Longaです。


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写真右の鐘楼はサン・ピエトロ・マルティーレ教会のものです。


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対岸の道路はFondamenta Antonio Colleoniです。


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ガラス美術館に向かいます。


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一般乗合船のMuseo駅が見えてきました。


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とうとう雨が降り始めました。天気予報通りでした。私は何故かイタリアでは雨男で、天気予報が晴れでも雨に遭うことが非常に多いのですが、天気予報が雨だと天気予報通りになるのです。


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通って来た道を振り返って撮った写真です。


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Murano Navagero方向です。


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この辺から道の名称が変わって、Fondamenta Marco Giustinianを進みます。


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対岸のFondamenta Antonio Maschinoです。


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サン・ドナート橋です。


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ガラス美術館は臨時休館でした。天気が悪い上に、低気圧の影響でアクア・アルタが予想されていたので臨時休館にしたようです。ガラスに特に興味があるわけでもないので、臨時休館でも然程残念には思いませんでした。


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美術館がダメでも教会巡りがあります。


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雨が強くなってきました。


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Laboratorio Cristina Linzi


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雨が強くなってきたと共に寒い風も強く吹いてきたので、教会巡りをする気力が失せました。


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ムラーノ観光を断念して一旦ホテルに戻ることにしました。


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一般乗合船に乗船しました。


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グーリエで下船しました。


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雨がムラーノよりも強く降っていました。


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Fondamenta Cannaregioをグーリエ橋方向に進みました。


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グーリエ橋です。


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見えている鐘楼はサンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会のものです。


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グーリエ橋上からの景観


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サンタ・ルチア鉄道駅の方に向かいます。


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Salizada San Geremia


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この時間は干潮に向かっているので、アクア・アルタはありません。


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一旦ホテルに戻って一休みしてから、早い昼食を食べることにしました。


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早い時間の昼食を食べるには中華料理屋が最適です。ヴェネツィアでも中華料理屋が進出しています。


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箸が欲しいと言わないと出てきません。


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値段が安く、時間の有効利用に中華料理は最適です。


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アカデミア美術館に行きました。


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教会巡りをするつもりでしたが、大雨になったので、雨宿りを兼ねて美術館でゆっくりすることにしました。


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入館しました。


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アカデミア美術館に付いては、既に2回取り上げました。そちらの方をご参照願います。


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ピエロ・デッラ・フランチェスカ


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ジョルジョーネ


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ジョヴァンニ・ベッリーニ


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アンドレア・マンテーニャ


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パオロ・ヴェロネーゼ


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ヤコポ・ティントレット


P2700853
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ


P2700869
パルマ・イル・ヴェッキオ


P2700946
ジェンティーレ・ベッリーニ


P2700953
ラッザーロ・バスティアーニ


P2700956
ジェンティーレ・ベッリーニ


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フランチェスコ・アイエツ


P2710011
アントニオ・カノーヴァ


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傑作に酔いしれて外に出ました。
(つづく)

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Fondamenta Nuova


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サン・フランチェスコ・デッラ・ヴィーニャ教会の鐘楼が見えてます。


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鐘楼が見えてますが、どの教会のものか分かりません。


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サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂のクーポラです。


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ヴェポレットはサン・ミケーレ島に進みます。


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サン・マルコの鐘楼でしょう。


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サン・ミケーレ島にやってきました。


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ヴェネツィアの墓地になってます。


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死人からの感染を防ぐために墓地専用の島として使用されてます。


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死者からの分解物を防ぐために、島は煉瓦で囲まれてます。


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サンタ・マリア・アッスンタ教会が見えてます。


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Cimiteroを過ぎました。


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サン・ミケーレ・イン・イーゾラ教会です。


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教会の歴史は13世紀に遡るそうです。現在の姿は1469年に再建された後のものです。


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修道院だった建物


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修道院は閉鎖されてます。


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1456年から1460年に建設された鐘楼です。


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波が少し荒くなってきました。


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ムラーノ島にやってきました。


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Colonnaを過ぎました。


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ガラス工場です。


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ヴァポレットから下船します。


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ムラーノ島に着きました。


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今にも雨が降りそうです。


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(つづく)

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ラグーナ・ヴェネタに出ました。


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ムラーノ島に向かってます。


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Fondamenta Sacca San Girolamo


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外洋に出た感じがしました。


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風が少し強くなって、波が荒くなってきました。


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Ponte Moro


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リベルタ橋


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ヴェネツィア史が非常に面白いですね。


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権力が集中しないように腐心された統治法が見事です。


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歴史を知らないと、ヴェネツィア共和国がヨーロッパの強国であったことが中々分かりません。


P2700531
戦争になると、これらの杭を抜いたそうです。杭は水深が深い場所を示していて船が通れます。杭を抜いてしまうと、ヴェネツィアの航路を知らない敵方は水深が分からなくなり、敵船は座礁してしまったそうです。


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造船所でしょうか?


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Fondamenta Cortarini


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Sant' Alviseが過ぎました。


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サンタルヴィーゼ教会の鐘楼です。


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ロルトを通り過ぎました。


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マドンナ・デッロルト教会の鐘楼が見えてます。


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マドンナ・デッロルト教会が見えてきました。


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海の方から見ると、見慣れた教会でも外観だけでは中々区別がつきません。


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ヴァポレットの係留地です。


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フェリーターミナルを過ぎました。


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サンタ・マリア・アッスンタ教会、通称イ・ジェスイーティ教会です。


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1715年から1729年に建設されたイエズス会の教会です。バロック様式です。


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ミゼリコルディア修道院です。


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Fondamenta Nove


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サン・マルコの鐘楼が見えてきました。


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P2700590
(つづく)

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疲労して外出する気になれなかった上に、夜更けの満潮時にアクア・アルタが予想されていました。


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ホテルの食堂で夕食を食べることにしました。


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値段が高いと思われますが、ヴェネツィアでは普通のお値段です。


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お味は並み以上です。


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快適に食べることが出来ました。


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潮が上がってきましたが、岸壁を越えることはなかったように思います。


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翌朝です。


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今にも泣きだしそうな寒い日でした。


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自室のベランダから撮った写真です。


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ヴァポレットに乗船するためにサンタ・ルチア駅の方に向かいました。


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朝なので、観光客の姿はチラホラ。


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1718年から1738年に建設された新古典様式のサン・シメオン・ピッコロ教会です。


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ヴァポレットに乗船してムラーノ島に向かいます。


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ムラーノ島行きのヴァポレットは空いてました。


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美術的にはマイナーなので、お薦めの拝観先とは言い兼ねます。


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スカルツィ橋を潜りました。


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カナル・グランデ・ホテルには泊まったことがありません。


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Riva de Biasioを過ぎました。


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ヴァポレットは大運河から左折してカナレ―ジョに入りました。


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Pescaria de Canaregio


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サン・ジェレミア広場です。


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グーリエ橋を潜りました。


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グーリエ橋


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Fondamenta Canaregio


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グーリエを過ぎました。


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Palazzo Loredan Gheltoff


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Crea


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Ponte dei Tre Archi


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Tre Archiを過ぎました。


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P2700497
カ・フォスカリ大学経営学部の学舎です。


P2700499
FS線が見えてます。


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P2700504
(つづく)

222
Rio di San Feliceの端にある、15世紀初めに建設されたゴシック様式のPalazzo Pesaro Papafavaです。


223
Canale della Misericordia


224
1310年に建設されたScuola Vecchia della Misericordiaです。


226
936年創建のChiesa dell' Abbazia della Misericordiaです。現在のファサードは1659年に建設されました。


229
1806年、ナポレオンの抑圧令によって活動が停止されてから、一度も宗教活動を再開することなく現在に至ってます。


228
Campo d' Abbaziaから見た建物です。Palazzo Lezzeでしょうか?


225
Rio della Sensa


227
Fondamenta d' Abbazia


230
Rio della Sensaをマドンナ・デッロルト教会の方に進みます。


231


232
Sacca della Misericordia


233
サン・ミケーレ教会(写真右)が見えます。


234
Rio di Madonna dell' Orto


235
突き当りは大運河方向になります。


236
Fondamenta Madonna dell'Orto


237
14世紀から15世紀に建設された、ゴシック様式のPalazzo Mastelli del Cammelloです。


238
マドンナ・デッロルト教会にやってきました。


239
マドンナ・デッロルト教会です。


242
14世紀中頃に建設されたゴシック様式の教会です。


257
有名画家たちの作品があるので、美術ファンにとっては必見でしょう。


240
マドンナ・デッロルト広場です。


241
拝観有料です。中は写真不可です。


284
中に入りました。三廊式、バジリカ様式の内部です。
写真不可にも拘らず私の写真があるのは、許可を受けたカメラマンが写真を撮っていたので、その人と一緒に歩いて撮りました。でも撮れたのは全体の1割くらいの作品だけでした。


285
ヤコポ・ティントレットの墓です。


250
後陣


243
チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459-1517)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタと4聖人(聖ピエトロ、聖マルコ、聖ジローラモ、聖パオロ)」(1495)


244
制作者情報不詳の「チーマ・ダ・コネリアーノ作『聖クリストフォロ』のコピー画」
オリジナル作品はアカデミア美術館にあります。


246
ジローラモ・ダ・サンタクローチェ(サンタクローチェ、1490c-ヴェネツィア、1556)の「聖アゴスティーノと聖ジローラモ」


248


249


252
マッテオ・ポンツォーネ(クロアチア、1583-ヴェネツィア、1663)の「キリストの鞭打ち」


254
パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「磔刑」


255
ドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560-1635)の「ご誕生」


256
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490-ヴェネツィア、1576)の「大天使ラッファエーレとトビオーロ」(1530)
私が中で撮れた写真は以上です。
この他にも沢山の傑作があります。


258
外に出ました。


259
朝から船を使用しないで、徒歩だけであちこち行ったので、流石に疲れてきました。


260
教会が開く時間ですが、教会巡りはこのぐらいで終わりにすることにしました。


261
ヴェネツィアの教会は写真不可の所が多いので、気合が入りません。


262
ホテルに戻ることにしました。


263
干潮になった来たので、アクア・アルタの心配は不要です。


264
アクア・アルタが無くなったので、サン・マルコに行っても良いのですが、疲労して行く気力がありません。


265
鉄道駅の方に向かってます。


266
私を全く無視したニャーゴ


267
少し前までは元気でした。今はこのようには徒歩であちこち行けません。


268
もう直ぐ駅です。


269
(つづく)

176
サン・マルコ地区では真面な店です。ピザ店ではなく、魚料理が色々楽しめます。


177
予算は€100くらいにしておかないと、ヴェネツィアでは真面な食事にありつけません。


178
Calle del Teatro


179
ゴルドーニ劇場です。時々オペラを上演しているようですが、入ったことがありません。


180
サン・マルコがアクア・アルタなので、サン・マルコ広場周辺にいた観光客が移動して来たのか、急に混雑してきました。


182
Rio di San Salvador


183
Teatro Malibranです。


184
1678年に初演された劇場で、元々はオペラ上演が専門だったようです。



185
劇場の前で大人しくしていたニャーゴ。人にナデナデして貰っても我関せずにこのような状態で、じっとしてました。人通りが多いヴェネツィアの繁華街に住んでいるので、人馴れしています。


186
リアルトを通り過ぎました。


187
Rio di San Giovanni Cristomo
そろそろ満潮の時刻を迎えます。


188
Calle Larga del Proverbi


189
道の所々が濡れてますが、満潮とアクア・アルタの影響でしょう。


190
Rio dei Santi Apostoli


191
昼食はカ・ドーロ地区で食べることにしました。


192
Calle di Duca?
裏通りにある一杯飲み屋での昼食です。


193
入店してから、飲み物はプロセッコにしました。


194
野菜中心の前菜にしました。


195
何時も同じものを食べてます。


196
最近は年取って胃袋が小さくなって持て余すことが多くなりました。


197
お腹一杯です。酒に弱くなる一方で、プロセッコ1本でも酔っ払ってしまいます。


198
一旦Strada Novaに戻ってから大運河に出ます。


199
写真右端がカ・ドーロです。


206
カ・ドーロのジョルジョ・フランケッティ美術館に入館しました。


207
美術館に入館したのは、酔い覚ましの一休みが目的でした。不謹慎ですが、トイレがあるし、一休みするベンチが置いてあるので、酔い覚ましに最適です。


208
勿論、作品も楽しみました。


200
カ・ドーロから見た大運河です。


201
リアルト方向


202
魚市場です。


203
ところで、2014年4月からアリタリア航空が成田~ヴェネツィア間の直行便を運航してましたが、ご利用されたことがありますか?


204
私は一回利用したことがあります。日本人の人気観光地ヴェネツィアへの直行便ですから、満席かと思いましたが、意外にも空席が多かったのです。
ヴェネツィア・イン、ヴェネツィア・アウトでは、旅程を組むのが大変だったことを覚えてます。


205
確か週2便の運航だったと思いますが、集客に苦労したようで間もなく運航休止となってしまいました。


209
ジョルジョ・フランケッティ美術館から外に出てStrada Novaに戻りました。


210
Fondamenta San Feliceを進みます。


211
Rio di San Felice


212
干潮に向かってます。


213
海釣りに行くときは潮回りを調べてから行きますが、アクア・アルタの可能性が低い夏を除いて、月齢と潮回りを調べてからヴェネツィアに行く日を決めてます。


214


215


216
Romo de La Misericordia


217
Scuola Nuova di Santa Maria della Misericordia


218
ヤコポ・サンソビーノ(フィレンツェ、1486-1570)の設計によって1534年から1583年に建設されました。


220
ナポレオンの抑圧令によって1806年に活動が停止され、その後一度も宗教活動が再開されることなく現在に至ってます。
現在はヴェネツィア市所有の建物となってます。


221
(つづく)

136
普段の水位が分からないので、潮が満ちているのか、引いているのが分かりません。


137
橋を渡ってサンタ・マリア・フェルモーザ広場に向かいます。


138
水位を暫く見ていたら、どうやら満ちていることが分かりました。


139
橋を渡りました。


140
Rio di Santa Marinaでしょうか?


141
サンタ・マリア・フォルモーザ教区教会です。2つのファサードがありますが、こちらは西側のファサードです。西側がメイン・ファサードで、北向きのファサードがサイド・ファサードになります。


143
639年に創建されました。現在のルネサンス様式の建物は、1492年の工事着工、16世紀に一応の完成を見た二代目のものです。


142
西側のメイン・ファサードは1542年に建設されました。
1624年に地震によって大きな被害を受けたので、その後に修復されたそうです。


146
1604年に建設された北向きのサイド・ファサードです。


147
1688年に建設されたバロック様式の鐘楼です。
1807年のナポレオンの抑圧令によって宗教活動が一時停止されましたが、ナポレオンの失脚後活動が再開されました。
また、第一次世界大戦でオーストリア軍の爆撃を受け、戦後に大修復されました。第二次世界大戦では被害を受けなかったようです。


149
後陣です。
拝観有料となってます。


280
中に入りましたが、私が拝観した時は写真不可でした。主な作品に限り、外部サイトから作品画像を拝借して紹介することにしましょう。


281
パルマ・イル・ヴェッキオ(ヴェネツィア、1480-1528)の「聖バルバラのポリッティコ」(1524-25)
この作品はパルマ・イル・ヴェッキオの最高傑作と言われてます。


282
バルトロメオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1440c-1499c)の「サンタ・マリア・フォルモーザのトリッティコ」(1473)


283
レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ、1557-ヴェネツィア、1622)の「最後の晩餐」(1578c)


151
教区教会からCampo Santa Maria Formosaに出ました。


145
Campo Santa Maria Formosaに面して建つ、16世紀に建設されたPalazzo Priuli Ruzziniです。現在、四つ星ホテルになってます。


148
15世紀に再建されたPalazzo Malipieroです。


150
Rio di Formosa


144
ヴェネツィアにしては広い広場です。


152
サンタ・マリア・フォルモーザ教区教会の裏にあるクエリ―ニ・スタンパリア絵画館に向かいます。


153
クエリ―ニ・スタンパリア絵画館に入館しましたが、既に触れたので重複を避けます。


154
潮位が少し上昇したように見えました。


155
正午を過ぎたので、教会が閉まるのが普通ですが、ヴェネツィアの拝観有料の教会は大体開いてます。引き続き教会巡りです。


156
多分扉が閉まっていると思いながらもサン・ジョヴァンニ・ノーヴォ教会に向かいました。


157
サン・ジョヴァンニ・ノーヴォ教会はやはり閉まっていました。


160
10世紀に建設されましたが、現在の新古典様式の建物は1762年に再建された二代目のものです。


158
聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ(福音書記者聖ヨハネ)に奉献する教会です。
中に見るべき作品があまりないので、扉が閉まっていても残念感がありません。


159
Campo San Giovanni Novo


161
Calle Rimpeto la Sacrestia


162
Campo Santi Filippo e Giacomo


163
この広場はサン・マルコの近くにあります。


164
溜息橋です。
何時も見ている方とは反対側から見ています。


165
土地が低いので潮位が高く見えます。


166
サン・マルコに再び来てしまいました。


168
満潮まであと1時間弱です。


167
アクア・アルタが嫌われたのか、観光客の姿が若干少なくなったようです。


169
先ほど来た時よりも潮位が高くなっていました。


170
そろそろ昼食の時間ですが、1時間後に満潮なので、安全を考えてサン・マルコでの昼食は避けた方が無難です。


171
水に漬かっていない道を選んで進みます。


172
Calle dei Fabbri
Ristorante Fabbriは、サン・マルコ地区にあってはまあまあですが、ヴェネツィア価格です。マシな方でしょうか?


173
塩水が染み出してきてます。


174
実は、この日の翌日のアクア・アルタが酷かったのです。


175
(つづく)

096
建物の方には海水が未だ押し寄せていないようです。


097
排水溝からブクブクと潮が上がっています。


098
仮架橋の上は往復する人、行列に並ぶ人で混雑していました。


109
少し高くなっている場所はまだ大丈夫です。


100
海水が徐々に店の方にじわじわと接近してきました。


099
これではどうにもなりません。


101
観光には絶好の日和でしたが、これから満潮なので、サン・マルコ周囲での観光を諦めました。


102
水深数㎝でも外で喫茶を頑張る人がいました。


103
当たり前ですが、建物の上部は全く問題がありません。


105
建物の上部は大丈夫でも下部の方は、幾度となく海水に漬かって劣化が進んでいるようです。


106
年を経る毎にアクア・アルタが酷くなっているように思います。地球温暖化の影響と言われてますが本当でしょうか?


110
サン・マルコ寺院の中にも海水が浸入してきました。


104
サン・マルコ広場から少し離れるとアクア・アルタはまだ起きていません。


108
Calle Largo San Marco


107


111
運河の見た目では潮位の上昇が分かりません。


112


113
店のショーウインドウ


114
潮位が上がって来て、普通の靴では歩けない道が出てきました。


115
満潮に向かっているので、アクア・アルタの影響が少ない道を選んで歩くことにしました。


116
サン・バルトロメオ広場です。


117
サン・バルトロメオ広場に建つ、15世紀に建設されたゴシック様式のPalazzo Moroです。


118
この日のアクア・アルタは軽微なもので、最低地のサン・マルコ広場を離れれば、アクア・アルタの影響は殆ど見られませんでした。


119
しかし、潮位が徐々に上昇しているのは確かでした。


120
観光客にとってはアクア・アルタは物珍しいわけで、アクア・アルタを楽しんでいる方をかなり見かけました。


121
サンタ・マリア・コンソラツィオーネ教会にやってきました。


124
サンタ・マリア・デッラ・ファーヴァ教会とも呼ばれてます。


123
教会前にある小さな橋Ponte della Favaから教会の別称が由来するそうです。


122
1500年に最初の建物が建設されましたが、18世紀に取り壊され、再建された二代目の建物です。
扉が開いていたので中に入りました。


274
単廊式、バロック様式の内部です。


275
観るべき作品は、この1点でしょう。
ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696-マドリッド、1770)の「聖母の教育」


125
外に出ました。サンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ教会の直ぐ傍にあるサン・リオ教会に向かいました。


126
サン・リオ教会です。


127
9世紀に建設された当時は、サンタ・カテリーナ教会と呼ばれていました。
1054年、第152代教皇レオ9世(在位:1049-1054)の死に因んで、教会名が現称に改称されました。


130
観たい作品がありましたが、扉が閉まっていて残念に思いました。


276
外部サイトから作品画像を拝借して紹介することにします。


277
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490-ヴェネツィア、1576)の「聖ジャコモ・マッジョーレ」(1558)


279
パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1550-1628)の「死せるキリストと聖人たち」


278
ピエトロ・アントニオ・ノヴェッリ(ヴェネツィア、1729-1804)の「父なる神と聖人たち」(1779)


128
サン・レオ教会ファサード前にある古井戸?


129
Campo San Lioにある土産物屋


131
Rio della Fava


132
歴史的建造物ばかりが建ち並んでます。


133
Campo Santa Marina


134
お勧めのホテルですが、初めて行くのは結構大変かも知れません。


135
(つづく)

052
Galle Magazen
この日はヴァポレットに乗船せず徒歩だけでヴェネツィア巡りをしました。


053
もう直ぐリアルトに出ます。


054
Rio della Favaでしょうか?


055
サン・カンツァーノ教区教会です。


056
アクイレイアからの難民によって864年に創建されたサン・カンツィアーノ教会です。


058
火災によって1105年に消失し、その後数年で再建され、1330年に現在の姿に改修されたそうです。


057
扉が開いていたので拝観しました。


271
17世紀にバロック様式に内部が改修されました。三廊式です。


272
ジュゼッペ・アンジェリ(ヴェネツィア、1709-1798)の「聖母被昇天」


273
ジョヴァンニ・コンタリーニ(ヴェネツィア、1549-1604)の「父なる神と聖カンチャーノと聖マッシモ」


059
残念ながら古い作品がありません。


060
Campo San CanzianのRioから大運河方向を見たところです。


061
その反対側の景観


062
Campo San Bartolomeo


063
サン・バルトロメオ広場に立つカルロ・ゴルドーニのモニュメントです。
カルロ・ゴルドーニ(ヴェネツィア、1707-パリ、1793)は、18世紀の代表的な劇作家です。


064
徐々に暖かくなってきましたが、外で食べるには少々寒かった。リアルト橋は直ぐ傍です。


065
リアルト橋に出ました。


066
リアルト橋の橋げたから見た大運河です。


067
リアルト橋の上から見たローマ広場方向の大運河です。


068
リアルト橋から見たサン・バルトロメオ広場方向です。


069
橋上から見たサン・マルコ方面の景観です。


070


071


072


073
橋から降ります。


074


075


076
徒歩でサン・マルコに向かいます。


077
サン・サルヴァドール教会です。


078
1287年に遡るサン・サルヴァドール教会です。


080
扉が閉まっていました。


079
サン・テオドーロ同信会です。


082


081
この道を真直ぐ進めばサン・マルコに出ます。


083


084
Chiesa di San Zulian、サン・ジュリアーノ教会です。


087
832年創建のサン・ジュリアーノ教会です。


086
扉が開いていたので中に入ったら、観光客が大勢いて(私も観光客ですが)拝観どころではないので、直ぐに外に出ました。


088
Campo San Zulian


092
サン・マルコ広場はアクア・アルタでした。


089
アクア・アルタは始まったばかりで、満潮は約2時間後です。


090
サン・マルコ寺院の拝観とドゥカーレ宮殿に入る予定でしたが・・・・・


091
水位が高くなりそうだし、行列も長かったので後日にすることにしました。


094
サン・マルコはアクア・アルタの影響を最も受けやすいと言われてます。


095
(つづく)

005
この日は晴れでした。


006
リアルト方面へと進みました。


007
ネットで調べたところ、この日はアクア・アルタの可能性が低いとされてました。


008
サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会です。


009
扉が開いているように見えましたが、閉まっていました。


010
Campo di San Geremia


011
Canareggio


012
Ponte Guglieから見たカナレッジョです。


013
Ponte Guglieから見た大運河方向です。


014
赤唐辛子でしょうか? 辛そうです。


015
サン・レオナルド教会です。


016
1025年創建のサン・レオナルド教会は、1807年、ナポレオンの修道院教会抑圧令によって活動を停止されてから、一度も教会活動が再開されませんでした。


017
現在はヴェネツィア市の所有建物となってます。


018
Campo San Leonardo


019
サン・レオナルド旧教会の横に大運河に出る小道があります。


020
Rio Terra San Leonardo


021
真直ぐ進めばリアルトに出ます。


022
Rio Terra di Maddalena


023
Teatro Italia


024
Rio di Marcuola


025
サンタ・マリア・マッダレーナ教会です。見たい作品があったので、扉が閉まっていたのが大変残念でした。


270
観たかったのは、ジャン・ドメニコ・ティエポロの「最後の晩餐」です。


026
教会の横に水路があります。


028
Campo Maddalena


027
修道院の建物でしょうか?


029


030


032
サンタ・フォスカ教会です。10世紀頃に創建され、18年前半に再建されました。


031
Campo Santa Foscaに立っているフラ・パオロ・サルピ(ヴェネツィア、1552-1623)のモニュメントです。パオロ・サルピはイエズス会に反対した聖職者です。


033
Campo Santa Foscaからの景観


034
Rio di Fosca


036
サンタ・マリア・ヴァルヴェルデ教会が見えます。


037
カ・ペーザロが見えました。


038
サンタ・フェリーチェ教会です。


041
10世紀創建され、16世紀に再建されたサンタ・フェリーチェ教会です。


040
Rio di Santa Felice


042
Strada Nova


043
サン・ソフィア教会です。


044
ゴンドラ乗り場があります。


045
Strada Novaを進みます。


046
サンティ・アポストリ教会です。


049
9世紀の記録にサンティ・アポストリ教会の存在が記載されているそうです。


050
現在の姿は1575年に再建されたものです。


047
扉が開いていたので、喜び勇んで中に入りましたが、ミサの真っ最中でした。


051
(つづく)

P2700117
アクア・アルタは軽微だったようです。


P2700119
それでも仮架橋が設置されたままでした。


P2700120
干潮に向かっているので、翌日までアクア・アルタの恐れは全く無さそうです。


P2700122
溜息橋の方に向かいました。


P2700123
ドゥカーレ宮殿は相変わらずの長蛇の列です。コッレール博物館との共通券になっている筈ですが、コッレール博物館とドゥカーレ宮殿の入場者数が釣り合ってないと思います。宮殿だけに入って、博物館をパスしている人が多い?


P2700124
スキアヴォーニ河岸の方もかなり混雑しています。


P2700125
溜息橋


P2700129
ゴンドラが通過しました。


P2700132
サン・ザッカリアに向かいました。


P2700133
冷たい風が吹いていたので、かなり寒そうです。


P2700135
サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会です。


P2700136
ヴァポレットに乗船しました。


P2700138
リアルトで沢山の方が下船したので、写真が撮れる席に移動することが出来ました。


P2700139
リアルト橋至近にあるホテルです。絶好の場所にあるということで、このホテルに泊まったことがありますが、橋の上などから大勢の視線を浴びて、ゆっくり感を全く感じることが出来ず後悔しました。沢山の人からじろじろ見られるのが大好きな方にはお勧めです。


P2700140
リアルト橋を潜りました。


P2700141


P2700142


P2700144


P2700148


P2700151


P2700154


P2700323
カ・ドーロ


P2700325
サンタ・ルチア駅の方に向かいました。


P2700326


P2700329


P2700330
カ・ペーザロ


P2700331


P2700333


P2700339


P2700341


P2700344


P2700346


P2700348
カジノがあるヴェンドラミン・カレルジ宮です。


P2700351
サン・マルクゥオーラ・カジノ


P2700356
サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会です。


P2700360


P2700362


P2700365


P2700366


P2700368


P2700372
この時の旅で泊まったホテルです。


P2700375
ツアー客が結構いるので、個人客には?です。私にとってはアクア・アルタ用、冬季向きのホテルです。


P2700376


P2700377


P2700379
鉄道駅に到着しました。


P2700383
(つづく)

引き続きコッレール博物館です。
P2700010
15世紀のクレタ=ヴェネツィアの逸名画家作「玉座の聖母子」


P2700012
14世紀のギリシャ=ヴェネトの逸名画家作「聖母子」


P2700016
ロレンツォ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1356-1372記録)の「聖ピエトロに天国の鍵を託すキリスト」


P2700018


P2700019


P2700020
15世紀中頃のヴェネトの逸名画家作「聖母子」


P2700023
ヤコベッロ・デル・フィオーレ(ヴェネツィア、1370c-1439)の「聖母子」


P2700026
ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1400-1462)の「聖母子」


P2700029
コズメ・トゥーラ(フェッラーラ、1430-1495)の「ピエタ」(1460c)


P2700032


P2700033
バルトロメオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1432c-ヴェネツィア、1491)の「玉座の聖母子」(1465-70)


P2700036


P2700037
15世紀のヴェネツィアの逸名彫刻家作「慈悲の聖母」


P2700039
ピーテル・ブリューゲル・イル・ジョーヴァネ(ブリュッセル、1564-アントウェルペン、1636)の「マギの礼拝」


P2700043
ディルク・ボウツ(オランダ、ハールレム、1415-ベルギー、ルーバン、1475)の「聖母子」


P2700046
フ―ゴー・ファン・デル・グース(ベルギー、ヘント、1440-ベルギー、オーデルゲム、1482)の「磔刑」


P2700049
アントネッロ・ダ・メッシーナ(メッシーナ、1430-1479)の「ピエタ」


P2700052
ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1396-1470)の「磔刑」


P2700054
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430-1516)と協力者の「聖フォルトゥナート」(1475-80)


P2700057
ジョヴァンニ・ベッリーニ工房の「ドージェ・ピエトロ・オルセオーロとドージェ夫人フェリチータ・マリペーロ」


P2700060
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430-1516)の「聖母子」


P2700063
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430-1516)の「死せるキリストを支える2天使」


P2700067
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430-1516)の「キリストの変容」


P2700070
ジェンティーレ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432c-1507)の「ドージェ・ジョヴァンニ・モチェニーゴの肖像」(1479c)


P2700072
アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1446-1502)の「磔刑」


P2700074
アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1446-1502)の「パドヴァの聖アントニオ」


P2700077
ジョヴァンニ・ディ・マルティーノ・ダ・ウーディネ(ウーディネ、1470-1535)の「聖家族と聖シモーネ」


P2700081
ピエトロ・ディ・ニッコロ・ドゥイア(ヴェネツィア、1520-1529活動記録)に帰属する「聖家族と2天使と2信者」


P2700084
ヤコポ・ダ・ヴァレンツァ(ヴェネト、1485-1509活動記録)の「聖母子」(1488)


P2700087
バルトロメオ・モンターニャ(ヴィチェンツァ、1450-1523)の「聖家族」(1520c)


P2700089
マルコ・バサーイティ(ヴェネツィア、1470-1530)の「聖家族と信者」


P2700092
ヴィットーレ・カルパッチョの「2人の貴婦人」は、ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿に貸し出し中と書かれていました。しかし、この2日後にドゥカーレ宮殿に行ったのですが、注意して見たにも拘らず何処にも発見できませんでした。


P2700094


P2700095


P2700097
15世紀末のヴェネツィアの逸名画家作「若い男の肖像」


P2700099
ジョヴァンニ・ペルメニアーテ(16世紀活動)に帰属する「聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖アゴスティーノ」


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P2700104
アンドレア・メルドッラ通称スキアヴォーネ(クロアチア、1510-ヴェネツィア、1563)の「ピエタ」


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ラッザーロ・バスティアーニ(パドヴァ、1429-ヴェネツィア、1512)の「ドージェ・フランチェスコ・フォスカリの肖像」


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館外に出ました。


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(つづく)

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引き続きコッレール博物館です。


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本の展示は、開いているページだけ見るようになっているので、その内容全体が中々分かりません。


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ヴェネツィア共和国の高官たちの肖像画が並んでます。


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ドージェの肖像画が並んでます。


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ヴェネツィア共和国の旗?


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アレッ、どうしてこの作品がここにあるの?と思いました。コピー画かな、と思いましたが、どうやら本物のようです。
アカデミア美術館の所蔵作品ですが、コッレール博物館にありました。
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)の「聖ジュスティーナと出納官たち」(1580)


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有翼のライオン像


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ローマ時代の彫像が並んでます。


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ローマ時代の石棺(2世紀後半)


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ハドリアヌス帝(76-138)の彫像(138)


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トラヤヌス帝(53-117)の彫像(108)


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ゲルマヌス・ユリウス・カエサル(紀元前15-紀元後19)の彫像(1世紀中頃)


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ティベリウス帝(紀元前42-紀元後37)の彫像(13)


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アウグストゥス帝(紀元前63-紀元後14)の彫像(紀元前10-9)


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ポンぺウス(紀元前106-紀元前48)の彫像(紀元前60)


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髭のある男の彫像(170-175)


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毎回、行く度に展示が少しづつ変わってます。


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天井のフレスコ画


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展示が何時も同じと即断していて、展示作品の写真をあまり撮っていませんでした。


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ウリッセのコピー彫刻(2世紀)
オリジナルは、紀元前3世紀前半に制作されたブロンズ像だそうです。


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ブロンズの作品


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ディオニシスとサティーロ(紀元前2世紀後半)
オリジナルではなく、コピー彫刻です。


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天井の装飾


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アレースとアフロディーテの浮彫(紀元前5世紀後半)


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この部屋の天井は有名です。


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チェーザレ・ヴェッチェリオ(カドーレ、1521-1601)に帰属する「ヴェネツィアの高貴な家の家族の肖像」(1560c)
チェーザレ・ヴェッチェリオは、ティツィアーノ・ヴェッチェリオの従兄弟です。


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ラッザーロ・バスティアーニ(パドヴァ、1429-ヴェネツィア、1512)の「サン・マルコ広場」(1487)


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(つづく)

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次はコッレール博物館です。


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コッレール博物館はヴェネツィア市立ですが、市立博物館としてはミラノのスフォルツェスコ城博物館と双璧の存在でしょう。


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ムラーノ・ガラスによるモザイクで有名なPalazzo Barbarigoです。16世紀に建設されたので、モザイクも同時代のものと即断しそうですが、モザイクは1886年に制作された比較的新しいものです。


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ペギー・ブッゲンハイム美術館に2回入館したことがありますが、私の絵画の好みが外れる時代の作品展示なので、今回はパスしました。(今回だけではなく、近頃毎回パスしてます)


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大運河の幅が広くなってきました。


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Palazzo Dario(右から2番目の建物)


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外壁にフレスコ画がある建物は、1903年から1906年に建設されたPalazzo Salviatiです。


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Saluteを過ぎました。


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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会です。


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1631年から1681年にかけて建設された、ヴェネツィアにしては比較的新しい教会です。


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Punta della Dogana


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サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会とレデントーレ教会が見えます。


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サン・マルコに着きました。


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ドゥカーレ宮殿の見学は後回しです。切符がコッレール博物館と共通なので、ドゥカーレ宮殿の切符売り場で並ぶよりもコッレール博物館で切符を買う方が時間短縮出来るからです。


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どんより曇った視界が悪い日だったの鐘楼に上るのを止めました。


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高さ96.8mの鐘楼


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干潮の時間だったので、アクア・アルタの心配がありません。


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有翼のライオン像


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聖テオドロス像


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サン・マルコ寺院に司教座が置かれるようになったのは、随分後になってからでした。ヴェネツィア共和国政府が教皇庁の介入を阻止するために司教座教会にするのを避けたそうです。


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時計塔


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サン・マルコ寺院、鐘楼、ドゥカーレ宮殿は大混雑ですが、コッレール博物館の混雑は観光シーズンでも然程の混雑が見られません。


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観光客の制限を行っているそうですが、どのようにやっているのでしょうか?


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この日の翌日は快晴で、暖かいというよりも少し暑い日で大いに戸惑いました。


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地面が濡れているのに気付きました。サン・マルコ広場はヴェネツィアで最も低い場所にあります。


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潮位が上がってきたようです。


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小潮の日でしたが、低気圧が接近しているので、アクア・アルタがあるかも知れないと思いました。


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雨が落ちてきました。コッレール博物館で雨宿り兼避アクアアルタです。


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入館しました。


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コッレール博物館については既に取り上げました。


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詳しくは「コッレール博物館」の項をご覧になって頂ければ幸いです。


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しっかり順を追って見て行くと、いつも新鮮な発見があって驚きます。


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多様な展示です。


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部屋のフレスコ装飾もしっかり見ました。


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何回も入館すると余裕が出てくるようで、細かい所まで目が行きます。


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(つづく)

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2018年3月のヴェネツィアの旅です。


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前泊地はヴェローナでした。


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ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅に到着しました。


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小潮の時期を選んでヴェネツィアに来ましたが、3月なので小潮でもアクア・アルタが起きるかも知れません。水位が高いサン・マルコ運河に面したホテルを避けて、比較的アクア・アルタの影響が小さい駅近くのホテルを選びました。


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これがあったので、アクア・アルタが起きるかも知れません。


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今回の旅のお宿です。


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後日、今回のお宿をヴァポレットから撮った写真です。多少高くなりますが、ヴェネツィアに来たからには、当然運河に面した部屋にしました。


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荷物をホテルに預けて、早速外出しました。


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オフシーズンにも拘らず、かなりの賑わいでした。
ヴァポレットに乗船するため、サンタ・ルチア駅の方に向かいました。


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1834年に架けられたスカルツィ橋です。サンタ・ルチア駅が出来たので、容易に対岸に行けるように架けられたそうです。


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ヴァポレットでアカデミアに向かいました。


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雲が低く立ち込めた肌寒い日でした。


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スカルツィ橋を越えました。


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後方の座席に座ったので、通り過ぎた光景の写真ばかりです。


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Societa Italiana degli Autori ed Editori


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Riva de Biasio


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サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会です。


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サンタ・ルチア教会は、サンタ・ルチア駅がある場所にありましたが、駅の建設に伴い、教会が取り壊され、ジェレミア教会に移転して合祀合体されたのです。


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Palazzo Giovanelli


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San Staeを過ぎました。


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Palazzo Morosini Brandolin


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魚市場です。


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ヘンテコな「手のオブジェ」


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Rialto Mercatoを過ぎました。


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リアルト橋に着きました。


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リアルト橋は相変わらずの大人気でした。


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Ca Rezzonico


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アカデミアに着きました。


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アカデミア美術館に入館しました。


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アカデミア美術館に付いては既に2回取り上げました。展示作品については、そちらの方をご参照願います。


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何回訪れても新鮮な感動があります。


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傑作に体が火照りました。アカデミア美術館を後にしました。


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アカデミア橋が修復中でした。
(つづく)

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1869年にオープンしたクエリ―ニ・スタンパリア絵画館は、今も、オープンした当時とほぼ同じの展示だそうです。


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地上階は図書館になってます。


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この辺はカステッロ地区と呼ばれてます。


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Campo San Samueleにあるサンタ・マリア・フォルモーザ教会は、昼過ぎのこの時間は閉まってます。


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ここには興味がないのでパスしました。


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サン・ザッカリアに戻ることにしました。


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Campo San Severo


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サン・マルコ運河に大型客船がいました。


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一旦ホテルに戻ってチェックイン手続を行いました。


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スキアヴォーニ河岸からヴェネツィア観光定番の地に一応行ってみました。


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何処も長蛇の列です。


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鐘楼に上るには絶好の日和だったので、鐘楼待ちの行列が特に長かったように思いました。


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サン・ザッカリアに戻ってヴァポレットに乗船することにしました。


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溜息橋です。


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スキアヴォーニ河岸です。アクア・アルタの用意がされていました。


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河岸にはホテルが並んでます。


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サン・ザッカリアからヴァポレットに乗船してカ・ドーロに向かいました。


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サン・マルコで大部分の人が下船して、写真が撮り易い席に着席できました。


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次はカ・ドーロのジョルジョ・フランケッティ美術館です。


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たった一人でゴンドラに乗ったことがありますが、味気ない。


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リアルト橋を通過しました


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カ・ドーロに到着しました。


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カ・ドーロの入り口です。


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入館します。


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収集家ジョルジョ・フランケッティの趣味を反映した展示が秀逸です。


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ジョルジョ・フランケッティ美術館に付いては、項を改めて詳しく触れます。


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柱廊があるベランダに出ました。


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ロッジャからの景観


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外に出ました。


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この日は小潮で、天気が良いのでアクア・アルタが起きそうもなかったけれど、備えは万全でした。


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通りはかなり混雑してました。


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もう夕方です。


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夕食はカ・ドーロで取るつもりでしたが、夕食にはまだ時間がありました。


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ヴァポレットに乗船して時間潰しをすることにしました。


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(つづく)

ヴェネツィア美術が大好きで、毎年訪れてますが、旅をするには少なからず厄介な街です。何よりも観光客が多過ぎて、例えばサン・マルコ寺院などの長蛇の列に辟易してしまいます。供給に対して明らかに需要が多く、ホテル代や食事代などがリーズナブルではない売り手市場となってます。
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朝早い時間にパドヴァ駅前のホテルをチェックアウトしました。


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流石にこの早い時間ではパドヴァ駅前広場は閑散としていました。


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パドヴァ駅に行ってみると、列車がかなり遅れていました。発車案内の電光掲示板に30分遅れと出ていましたが、30分経っても列車が来ません。例によって5分刻みで遅れ時間が増えて行きました。


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結局1時間遅れでヴェネツィア・サンタ・ルチア駅行き普通列車に漸く乗ることが出来ました。車内は大混雑だろうと思っていたら、大半の乗客はパドヴァ駅で降りてしまい予想外にもガラガラでした。


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ヴェネツィアに入ったら濃霧でした。遅れの理由はパドヴァ駅でも車内でもありませんでしたが、濃霧のせいかも知れないと思いました。


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遅れは更に増えて75分遅れでヴェネツィア・サンタ・ルチア駅に到着しました。


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未だ濃霧でした。


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駅舎の方見たら青空が見えて、霧が収まってきたようです。


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急速に霧が消えて行きました。


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時間が惜しいし、煩わしさを避けて水上タクシーでホテルに向かいました。


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アカデミア美術館を通り過ぎました。


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すっかり晴れ上がってきました。


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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会です。


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ヴェネツィアはいいなあ。


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サン・マルコ運河に出ると少し波立ちます。


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見慣れたドゥカーレ宮殿ですが、相変わらずの長蛇の列です。これでは行く気が失せます。


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この旅のお宿が見えてきました。


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スキアヴォー二河岸でタクシーを降りて、今回のお宿に着きました。


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ヴェネツィアにしては、値段が手ごろで眺望が良い上にサーヴィスもそこそこなので、5月から10月上旬までに限って泊まることにしています。
しかし、サン・マルコ運河に面しているので、アクア・アルタが起きると身動きがままならず泣くことになるので、アクア・アルタのシーズンの冬季には避けてます。10年前は、アクア・アルタは冬の新月、満月の大潮時を避ければ大丈夫でしたが、最近は状況がかなり変わってきてます。


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荷物をホテルのフロントに預けて身軽になりました。早速外出しました。
ホテル横にサン・ザッカリア教会へと向かう通路があります。その通路を通ってサン・ザッカリア教会の方に進みます。


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通りの名称がなく、番地が通し番号になっている所があるので、歩き回るのが結構大変です。


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サン・ザッカリア教会です。


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扉が開いていましたが、ホテルの近くにあるので、何時でも拝観出来ると思い、先を急ぎました。


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Campo San Zaccariaです。
ヴェネツィアではPiazzaではなくCampoです。


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私としては、あまりお勧めしかねるトラットリアです。


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クエリ―ニ・スタンパリア絵画館に向かってます。


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クエリ―ニ・スタンパリア絵画館には何回も行ってますが、行くのに何時も苦労しています。


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この場所は分かってますが、地図を見ても自分がいる場所が中々分からないのです。


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このホテルに泊まったことがありますが、暗くなってからのヴェネツィア到着で、ヴァポレット利用でホテルに行こうとしたので見つけるのにかなり難儀しました。


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水上タクシー利用すれば、迷いやすい場所でも簡単に行けます。でも料金が高いかな。


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地図を見ても自分の現在地が分かりません。


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あの橋を朧気ながら覚えてます。


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橋の先の建物を覚えていたので、自分の居場所が明らかになりました。


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Palazzo Guerini Stampliaです。


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様々な展示がされてますが、こちら側は興味がないので、Campo San Samueleの方に向かいます。


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クエリ―ニ・スタンパリア絵画館の入り口に向かいます。


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写真左はサンタ・マリア・フェルモーザ教会です。


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Palazzo Malipieroです。


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Campo San Samueleに面してクエリ―ニ・スタンパリア絵画館の入り口があります。


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写真手前の橋を渡れば絵画館の入り口です。


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この橋を渡ります。


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橋の下の水路


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クエリ―ニ・スタンパリア絵画館に入館しました。


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ヴェネツィアでは比較的入館者が少ない絵画館です。


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ジョヴァンニ・ベッリーニの作品


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美術ファンは必見の絵画館です。


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クエリ―ニ・スタンパリア絵画館については項を改めて詳しく取り上げます。


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外に出ます。


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(つづく)

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次の部屋です。


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Piano Terraの第9室です。


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アントニオ・マリア・ヴィセンティーニ(ヴェネツィア、1688‐1782)の「空想の建築」(1771‐77)


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アントニオ・ジョリー(モデナ、1700c‐ナポリ、1777)の「古い温泉」(1756)


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フランチェスコ・ズッカレッリ(ピティリアーノ、1702‐フィレンツェ、1788c)の「洗礼者聖ジョヴァンニがいる風景」(1763)


P2790782
ドメニコ・フェデ―リ通称イル・マッジョット(ヴェネツィア、1713‐1794)の「アカデミアの寓意」(1762‐63c)


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ドメニコ・フェデ―リ通称イル・マッジョットの「絵画の寓意」(1768‐69)


P2790788
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピット―ニ(ヴェネツィア、1687‐1767)の「受胎告知」(1757)


P2790794
ジュゼッペ・モレッティ(ヴェネツィアで18世紀後半活動)の「遠近画法」(1776)


P2790797
フランチェスコ・バッタリオーリ(モデナ、1720c?‐1797迄生存記録)の「建築物の透視」(1772‐77)


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カナレットの作品はローマに貸し出し中でした。


P2790805
ミケランジェロ・モルライテル(ヴェネツィア、1729‐1806)の「Venezia premia le Arti」(1756)


P2790807
フランチェスコ・ノヴェッリ(ヴェネツィア、1729‐1804)の「Il Disegno, il Colore e l'Invenzione」(1768‐69)


P2790810
ジャンドメニコ・ティエポロ(ヴェネツィア、1727‐1804)の「L'istituzione dell'Eucarestia」(1778)


P2790812
次の部屋です。


P2790813
Piano Terraの第10室です。


P2790814
ローマ時代の大理石彫刻「レスラー」(紀元前1世紀)のコピー彫刻


P2790827
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、、1757‐ヴェネツィア、1822)とヴェネトの協力者の「ティツィアーノへのモニュメントのモデル」(1792c)


P2790824
アントニオ・カノーヴァの「ピエタ」(1817‐21)


P2790821
アントニオ・カノーヴァの「アポロ」(1775‐76)


P2790820
アントニオ・カノーヴァの「レスラー」(1775)


P2790829
次の部屋です。


P2790830
Piano Terraの第11室です。


P2790832
フランチェスコ・アイエツ(ヴェネツィア、1791‐ミラノ、1882)の「エルサレムの寺院の破壊」(1867)


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制作に当たってアイエツが用意したデッサンが展示されてます。


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次の部屋です。


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Piano Terraの第12室です。


P2510282
ルイージ・ボッロ(ヴィットーレ・ヴェネト、1826‐ヴェネツィア、1886)の「ジョヴァンニ・ベッリーニの胸像」(1853)


P2510284
ロレンツォ・モレッティ・ラレーゼ(ヴェネツィア、1807‐1885)の「セバスティアーノ・デル・ピオンボの胸像」(1872)


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ルイージ・ボッロの「取りつかれた人の救出」(1850)


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こちらの作品は貸し出し中でした。


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次の部屋です。


P2790864
Piano Terraの第13室です。現在、この部屋が最終展示室となってます。


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アントニオ・カノーヴァの「Madama Letizia Bonaparte」(1804‐07)


P2790868
アントニオ・カノーヴァの「ナポレオンの胸像」(1803‐06)
こうしてカノーヴァのナポレオンに関する作品を見て行くと、ナポレオンの崇拝者だったような気がします。少なくてもナポレオンからの注文は受けていたことが分かります。


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アントニオ・カノーヴァの「Creugante」(1796‐1801)


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ジュゼッペ・ボルサート(ヴェネツィア、1771‐1849)の作品


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ジュゼッペ・ボルサートの「レオポルド・チコニョーラの机と椅子」(1820)


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ジュゼッペ・ボルサートとバルトロメオ・ボンジョヴァンニ(クリアッツォ、1791‐ヴェネツィア、1864)の「カノーヴァの手のモニュメント」(1823‐24)


P2790881
アントニオ・カノーヴァの「レオポルド・チコニョーラの胸像」(1821‐22)


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アントニオ・カノーヴァの「エレーナ」(1811)


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アントニオ・カノーヴァの「パリーデ」(1807‐12)


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外に出ました。


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長期に及ぶ改装工事もPrimo Pianoの第Ⅵ室から第Ⅺ室までを残すだけとなりました。しかし、完了するのは何時のことになるか、見当がつきません。
全展示室がオープンとなって、展示作品全点の写真を掲載したいと思ってますが、その時には体調が悪くなってヴェネツィアに行けないかも知れません。


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(おわり)

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第7室に向かう途中の廊下横です。


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詳細不明


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このコーナーにある彫刻の詳細が分かりません。


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大きな作品の上に、廊下の幅が広くないので、作品全体の写真を撮るのが大変です。


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シャルル・ルブラン(パリ、1619‐1690)の「ファリセオ屋敷の饗宴」


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バルトロメオ・フェラーリ(マロ―スティカ、1780‐ヴェネツィア、1844)の「アントニオ・カノーヴァ作『ピエタ』のコピー彫刻」(1830)


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Piano Terraの第7室の入り口です。


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第7室は廊下です。アントニオ・カノーヴァの作品だけが展示されてます。


P2790668


P2790671
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「ソクラテスの家族との別れ」(1793‐94)


P2790672
アントニオ・カノーヴァの「プリアモスの死」(1793‐94)
プリアモスは、トロイヤ戦争時のトロイア王です。


P2790675
第7室から見えるキオストロ


P2790676


P2790677
アントニオ・カノーヴァの「ライオン像」(1783‐92)
ライオン像はもう一つあります。


P2790678
アントニオ・カノーヴァの「ライオン像」(1783‐92)


P2790680
アントニオ・カノーヴァの浮彫


P2790682
アントニオ・カノーヴァの「男の創造」(1821‐22)


P2790684
アントニオ・カノーヴァの「受胎告知」(1821‐22)


P2790686
アントニオ・カノーヴァの「カインとアベル」(1821‐22)


P2790689
アントニオ・カノーヴァの「ご訪問」(1821‐22)


P2790691
アントニオ・カノーヴァの「イサクの犠牲」(1821‐22)


P2790692
アントニオ・カノーヴァの「キリストの神殿奉献」(1821‐22)


P2790695


P2790697
アントニオ・カノーヴァの「ジョヴァンニ・ヴォルパートの墓碑」(1804)


P2790700
アントニオ・カノーヴァの「アレクサンドル・デ・ソウツァ・ホルステインの墓碑」(1805‐08)


P2790702
アントニオ・カノーヴァの「ウィレム・ジョージ・デ・オレンジの墓碑」(1810)


P2790705
アントニオ・カノーヴァの「ジョヴァンニ・ファリエールの墓碑」(1805‐08)


P2790696
この先は行き止まりになってます。
写真左の展示室に入ります。


P2790707
次の部屋です。


P2790708
Piano Terraの第8室です。


P2510316


P2510323
ジャンバッティスタ・ティエポロ、またはジョンドメニコ・ティエポロの「ディアナの饗宴でのアンツィアとアブロコメの邂逅」(1743‐44)


P2790713
マルコ・リッチ(ベッルーノ、1676‐ヴェネツィア、1730)の「ヴィッラの庭園の景観」(1710‐30c)


P2790715
マルコ・リッチの「樵と紳士がいる風景」(1710‐30c)


P2790718
ヤコポ・アミゴーニ(ナポリ、1682‐マドリッド、1752)の「ヴィーナスとアドーネ」(1740‐50c)


P2510327
ジャンバッティスタ・ピットーニ(ヴェネツィア、1687‐1767)の「エルサレムの寺院から略奪する金持ち」(1743‐44)


P2510333
セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「ディアナとカッリスト」(1712‐16)


P2510335
セバスティアーノ・リッチの「バッカス祭」(1716c)


P2510338
セバスティアーノ・リッチの「アスクレピオスの夢」(1719c)
アスクレピオスは、ギリシャ神話の医術の神です。


P2790730
ミケーレ・マリエスキ(ヴェネツィア、1710‐1743)の「荒廃したアーチと山羊がいるカプリッチョ」(1731‐32c?)


P2790731
ミケーレ・マリエスキの「ゴシック式建物とオベリスクがあるカプリッチョ」(1731‐32c)


P2790735
ミケーレ・マリエスキの「階段があるパラッツォの庭」(1735c)


P2790737
ベルナルド・ベッロット(ヴェネツィア、1722‐ヴァルサヴィア、1780)の「スクオーラ・ディ・サン・マルコ」(1740c)


P2790742
イル・カナレット(ヴェネツィア、1697‐1768)と工房の「歴史的建造物と交配した建物のカプリッチョ」


P2790740
イル・カナレットと工房の「パドヴァのポルテッロ門と荒廃した建物のカプリッチョ」


P2790745
フランチェスコ・グアルディ(ヴェネツィア、1712‐1793)の「アンコネタ島」


P2790746
フランチェスコ・グアルディの「サン・マルクォーラの油槽所の火事」(1789)


P2790750
フランチェスコ・グアルディの「サン・ジョルジョ島とジューデッカ島」(1774)


P2510341
ロザルバ・カッリエーラ(ヴェネツィア、1673‐1757)の「若い女性の肖像」
ロザルバは、ヴェネツィア・ロココを代表する女流画家で、パステルで描いた肖像画が有名です。パステルを保護するシート?があるので、写真がうまく撮れません。


P2510344
ロザルバ・カッリエーラの「若い紳士の肖像」


P2510350
ロザルバ・カッリエーラの「年配の女性の肖像」


P2510355
ロザルバ・カッリエーラの「自画像」


P2790764
ロザルバ・カッリエーラの「少年の肖像」(1726‐27c)


P2790769
ロザルバ・カッリエーラの「行政長官フランチャ・レ・ブロンドの肖像」(1727)
(つづく)

P2790948
次の展示コーナーです。


P2790950
ラファエッロ・モルゲン(1758‐1833)の「テオドーロ・マッティ―ニ作『アンジェリカとメドーロ』のコピー」(1795)
油彩画をエッチングにしたものです。


P2790953
アンジェロ・ピッツィ(ミラノ、1775‐ヴェネツィア、1819)の「バッカス」(1819)


P2790956
フランチェスコ・アイエツ(ヴェネツィア、1791‐ヴェネツィア、1882)の「アリスティデス(古代アテネの政治家・軍人)」(1811c)


P2790958
フランチェスコ・アイエツの「ソロン(古代アテネの政治家)」(1811‐12)


P2790962
テオドーロ・マッティ―ニ(ピストイア、1753‐ヴェネツィア、1831)の「ガイウス・グラックス(共和制ローマの政治家)」(1811)


P2790964
フランチェスコ・アイエツの「リナルドとアルミダ」(1812‐13)


P2790966
次の展示コーナーです。


P2790967


P2790968
ルイージ・ザンドメネーギ(コロニョーラ・アイ・コッリ、1778‐ヴェネツィア、1850)の「ジュスティーナ・レニエール・ミキエーレの胸像」(1825)


P2790970
ジョヴァンニ・バッティスタ・コモッリ(ヴァレンツァ、1775‐ミラノ、1850)の「イサベッラ・テオトーキ・アルブリッツィの胸像」(1825)


P2790972
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「エレーナの頭像」(1811)


P2790974
ロレンツォ・バルトリーニ(サヴィニャーノ・ディ・プラート、1777‐フィレンツェ、1850)の「テレーザ・ガンバ・グイッチオーリ伯爵夫人の彫像」(1821)


P2790976
ベルテル・トルバルセン(コペンハーゲン、1770‐1844)の「ジョージ・ゴードン卿の胸像」(1817‐33)


P2790979


P2790981


P2790983
ジョヴァンニ・アントニオ・バルッファルディ(フェラーラ、1781‐ローマ、1832)の「タンクレディとクロリンダの洗礼と死」(1822)


P2790985
リナルド・リナルディ(パドヴァ、1793‐ローマ、1873)の「ティツィアーノの胸像」(1815‐16)


P2790988
ジョヴァンニ・デ・ミン(ベッルーノ、1786‐タルツォ、1859)の「Ajace」(1812)


P2790991
フランチェスコ・アイエツの「ラオコーン」(1812)


P2790993
ジョヴァンニ・デ・ミンの「ヘラクレスの選択」(1812)


P2790996
ヤコポ・デ・マルティーニ(1793‐1841)の「ヴェネツィアの胸像」(1816)


P2790998
ファビオ・ギラルディ(1792-1866/1868)の「Cefalo e Procri」(1817)


P2800002
次の展示コーナーです。


P2800003


P2800005
アントニオ・ボーザ(バッサーノ、1780-ヴェネツィア、1845)の「バッコスの神殿」(1818)


P2800007
Ludwig Johann Passini (ウィーン、1832-ヴェネツィア、1903)の「Peter Fendi作『ホーフブルグ宮殿の皇帝一家の肖像』のコピー画」(1835)


P2800010
アントニオ・カノーヴァの「オーストリアのフランツ1世の胸像」(1822)


P2800013
ヨーゼフ・カール・ジュティーラー(マインツ、1781-ミュンヘン、1858)の「カロリーナ・アウグスタの肖像」
美術ファンでジュティーラ―の名前を知らない人はいないと思います。
バイエルンの宮廷画家で、悪趣味の極みと言われるミュンヘンの美人画ギャラリーの制作者でした。


P2800016
フランチェスコ・アイエツの「ヒゼキアのピエタ」(1818)
ヒゼキアは、紀元前700年頃のユダ王国の王でした。


P2800019
ラッタンツィオ・クエレーナ(クルソーネ、1768-ヴェネツィア、1853)の「イスラエルの自由をファラオに問うモーゼ」(1818)


P2800021
ロベルト・ロベルティ(1786-1837)の「ヴェネツィア、スキアヴォー二河岸からの景観」(1818)


P2800024
ジュゼッペ・ボルサート(ヴェネツィア、1771-1849)の「1815年5月17日、サン・マルコ寺院でのヴェネツィアのオーストリア皇帝への忠誠」


P2800028
ルイージ・ザンドメネーギの「アルドブランディ―ニの結婚を刻んだ壺」(1817)


P2800030
ジュゼッペ・デ・ファブリス(ノーヴェ、1790-ローマ、1860)の「アレキサンダーとロクサネの結婚を刻んだ壺」(1817)


P2800033
アントニオ・カノーヴァの「La Musa Polimnia」(1812-17)


P2800035
リナルド・リナルディ(パドヴァ、1793-ローマ、1873)の「アキレスにチェトラの弾き方を教えるケイローン」(1821)


P2800040
アンジェロ・ピッツィ(ミラノ、1775-ヴェネツィア、1819)の「ハンニバルの誓い」


P2800042
バルトロメオ・フェラーリ(マロ―スティカ、1780-ヴェネツィア、1780)の「アキレスに音楽を教えるケイローン」(1826以降)


P2800045
バルトロメオ・フェラーリの「動物の祭壇」(1818)


P2790892
次の展示コーナーです。


P2790919


P2510616


P2790893
詳細不明


P2510617
フランチェスコ・アイエツの「悔悛のマッダレーナ」


P2510605
フランチェスコ・アイエツの「エットーレとアンドロマケ―の別れ」(1821)


P2510607
ジュゼッペ・ベレッタ(1804-1855)の「フランチェスコ・アイエツ作『マルマニョーラ伯爵の最後の日』のコピー」(1838)


P2510611
フランチェスコ・アイエツの「油彩画のための習作」(1820)


P2510614
フランチェスコ・アイエツの「カトモールとアンドロマケ―」(1819-21)


P2510622
フランチェスコ・アイエツの「フランチェスコ・ロベルティ伯爵の肖像」(1819)


P2510625
ルドヴィーコ・リッパリーニ(ボローニャ、1802-ヴェネツィア、1856)の「傷ついたフィロッテーラ」(1820c)


P2510627
フランチェスコ・アイエツの「傷ついたフィロッテーラ」(1820c)


P2510631
フランチェスコ・アイエツの「囚人の夢を解釈するジュゼッペ」(1810c)


P2510637
フランチェスコ・アイエツの「パルマ卿ピエトロ・ロッシ」(1818-20)


P2510634
フランチェスコ・アイエツの「31歳の時の自画像」(1822)


P2790921
(つづく)

Piano Terraの第3室の続きです。
P2800232
Nicolaes Van Verendael (Anversa, 1640-1691)の「ヴァニタスの寓意」(1679)


P2800233
制作者不明の「ドメニコ・フェッティ作『フランチェスコ・アントレイーニの肖像』のコピー画」(17世紀)


P2800236
Johann Liss (Oldemburg, 1597c- Verona, 1631)の「アポロとマルシア」(1625‐30)


P2800238
ドメニコ・フェッティ(ローマ、1589c‐ヴェネツィア、1623)と工房の「善きサマリア人の例え」(1620c)


P2800239
Marten Rijckaert (Anversa, 1587-1631)の「ティヴォリのシビッラの景観」(1600‐10c)


P2800242
Nicolaes Berchem (Haarlem, 1620- Amsterdam, 1683)の「農民と家畜がいる風景」(17世紀後半)


P2800253
フランチェスコ・マッフェイ(ヴィチェンツァ、1605c‐パドヴァ、1660)の「神話のシーン」


P2800255
ドメニコ・フェッティの「瞑想」(1618c)


P2800260
ドメニコ・フェッティの「ダヴィデ」(1617‐19)


P2800264
Valentin De Boulogne (Coulommiers en Brie, 1594- Roma, 1632)の「聖バルトロメオの殉教」(1610‐20c)


P2800267
カルロ・サラチェーニ(ヴェネツィア、1579c‐1620)の「悔悛のマッダレーナ」(1614?)


P2800270
次の部屋に向かいました。


P2800048
この部屋から趣が一変します。


P2800047
部屋番号表記のデザインが、これまでのPiano Terraの第1‐3室と異なります。


P2800050
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「三美神」(1799)
4月9日までの展示と書かれていましたが、この日は5月22日でした。
新古典主義彫刻家の代表であるカノーヴァですが、絵画も制作しました。


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P2800055
次の展示コーナー、4Bです。


P2800058
ジュゼッペ・ボッシ(ブスト・アルシーツィオ、1777‐ミラノ、1815)の「自画像」(1805‐10)


P2800060
アンドレア・アッピアーニ(ミラノ、1754‐1817)の「イタリア副王ウジェーヌ・ド・ボアルネ」(1810‐15)
ウジェーヌ・ド・ボアルネは、ナポレオンの最初の皇后ジュセフィーヌ・ド・ボアルネの連れ子で、母のナポレオンの再婚の際、ナポレオンの養子となりました。


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ジュゼッペ・ボッシのデッサン


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アントニオ・カノーヴァの「ジュゼッペ・ボッシの頭像」(1815)


P2800072
次の部屋です。


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これで分かりました。どうやらPiano Terraの第4‐6室は特別展の開催場所になっていたようです。


P2800073
ルドヴィーコ・リッパリーニ(ボローニャ、1802‐ヴェネツィア、1856)の「レオポルド・チコニャーラ伯爵の肖像」(1825)
傑作として有名な作品です。
レオポルド・チコニャーラ(フェラーラ、1767‐ヴェネツィア、1834)は、考古学者で美術史家、美術コレクターでもありました。


P2800076
リナルド・リナルディ(パドヴァ、1793‐ローマ、1873)の「アントニオ・カノーヴァ像」(1817)


P2800079
ドメニコ・マルケッティ(1780‐1844)の「アントニオ・カノーヴァ作『カトリック信奉』のコピー」(1816)


P2800082
フランチェスコ・アイエツ(ヴェネツィア、1791‐ミラノ、1882)の「チコニョーラ家の肖像」(1816‐17)


P2800084
アントニオ・カノーヴァの「ベアトリーチェの理想的頭像」(1812)


P2800086
アントニオ・カノーヴァの「レオポルド・チコニョーラの頭像」(1818‐22)


P2800089
カルル・ヴェルネ(サルドン、1758‐パリ、1836)の「ヴェネツィアのフランス入り」(1799)


P2800093
ヴィンチェンツォ・キローネ(ヴェネツィア、1758‐1839)の「サン・マルコ寺院の馬のセレモニー」(1815)


P2800095
次の展示コーナーです。


P2800096


P2800098
フランチェスコ・アイエツのフレスコ画(1819)


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フランチェスコ・アイエツの「ヴィーナス」(1819)


P2790928
次の展示コーナーです。


P2790927
番号順に見たかったが・・・・・


P2790930
ジュゼッペ・ボルサート(ヴェネツィア、1771‐1849)の「ヴェネツィアのフランチェスココーニ邸で終油の秘蹟を受けるカノーヴァ」(1822‐23)


P2790932
ジュゼッペ・ボルサートの「アントニオ・カノーヴァの記念式典」(1824)


P2790935
マルコ・コッリラート(1800‐1889)の「ジュゼッペ・ボルサート作『カノーヴァの心のモニュメント』のコピー」(1831)


P2790937
アントニオ・ベルナッティ(1792‐1873)とアントニオ・ラッザーリ(1798‐1834)の「カノーヴァへのモニュメント」(1837)


P2790940
ジュゼッペ・ボルサートの「フラーリ教会のカノーヴァのモニュメントについて説明するレオポルド・チコニャーラ」(1828)


P2790943
アントニオ・カノーヴァの「ティツィアーノのモニュメント」(1790)


P2790946
ジュゼッペ・ボルサートの「パラッツォ・トレヴェスのカノーヴァ室を訪問するオーストリア皇帝と皇后」(1838)
(つづく)

P2790657
Primo Pianoの展示は終わりのようです。
Piano Terra(地上階)に下ります。
2018年4月2日までとの表示がありますが、この日は5月22日でした。


P2800104
地上階に下りて先ずトイレに行きました。


P2800107
この写真を先に載せるべきだった?


P2800105



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この場所はPiano Terraの切符売り場の後方に当たります。


P2800108
最近になってオープンとなった新しい部屋です。


P2800109
Piano Terraの第1室です。
Piano Terraの展示室番号はアラビア数字で表記されてます。


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P2800111
フランチェスコ・アイエツ(ヴェネツィア、1791‐ミラノ、1882)の「自画像」(1878)


P2800115
アントニオ・ゾーナ(ヴェネツィア、1814‐ローマ、1892)の「自画像」(1850c)


P2800118
トランクイッロ・クレモナ(パヴィア、1837‐ミラノ、1878)の「画家ルドヴィーコ・リッパリーニの肖像」(1858)


P2800121
アントニオ・デステ(ヴェネツィア、1754‐ローマ、1837)の「自己肖像」(1812‐15)


P2800125
フェデリーコ・ベンコヴィチ(ダルマツィア、1677‐ゴリツィア、1753)に帰属する「画家の肖像」(1730‐40c)


P2800128
ルイージ・クレスピ(ボローニャ、1708‐1779)の「自画像」(1778)


P2800131
ドメニコ・ペッレグリーニ(パドヴァ、1779‐ローマ、1840)の「版画家フランチェスコ・バルトロッツィの肖像」(1794)


P2800134
アレッサンドロ・ロンギ(ヴェネツィア、1733‐1813)の「カルロ・ロドーリの肖像」(1760‐65)


P2800136
フランチェスコ・フェデーリ通称イル・マジョット(ヴェネツィア、1738‐1805)の「自画像と二人の生徒の肖像」(1792)


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第1室はトイレの近くにあります。


P2800141
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581/1582-ヴェネツィア、1644)の「ドージェ・フランチェスコ・エリッツィの肖像」(1635c)


P2800144
ティベリオ・ティネッリ(ヴェネツィア、1586-1638)の「ルイージ・モリンの肖像」


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次の部屋です。


P2800147
Piano Terraの第2室です。


P2800149
ヤコポ・グアナーラ(ヴェローナ、1720-ヴェネツィア、1808)の「モチェニーゴの徳の寓意」(1787)


P2800152
マッティア・ボルトローニ(ロヴィーゴ、1696-ミラノ、1750)の「天上のティエーネの聖ガエターノ」(1729c)


P2800179
ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696-マドリッド、1770)の「ロレートの聖なる家の移転」(1743c)


P2800176
ジャンバッティスタ・ティエポロの「天上の聖ドメニコ」(1723)


P2800161
ジャンバッティスタ・ティエポロの「十字架の称賛」(1742c)


P2800163
大作です。


P2800166
パオロ・カリアーリ通称パオロ・ヴェロネーゼの「ヘラクレスとケーレスから敬意を受けるヴェネツィア」(1575c)


P2800170
ジャンバッティスタ・ティエポロの「十字架と聖エレーナの称賛」(1742c)


P2800173
ジャンバッティスタ・ティエポロの「ロザリオの制定」(1737c)


P2800181
次の部屋です。


P2800183
Piano Terraの第3室です。


P2800182
この部屋は少し分かり難い場所にあるためか、入館者が極端にすくないようです。


P2800185
Johann Liss (Oldemburg, 1595/1597- Verona, 1631)の「アベルを悼むアダムとイヴ」(1630c)


P2800188
Johann Lissの「イサクの犠牲」(1630c)


P2800190
フランチェスコ・マッフェイ(ヴィチェンツァ、1605c‐パドヴァ、1660)の「ペルセオとメドゥーサ」(1658c)


P2800193
17世紀初め頃のカラヴァッジェスキ逸名画家作「チェスプレイヤー」(1610‐20c)


P2800197
Carl Johann Loth (Monaco di Baviera, 1632- Venezia, 1698) の「聖ロムアルド」


P2800199
マッティア・プレティ(タヴェルナ、1613‐ヴァレッタ(マルタ)、1699)の「ホメーロス(古代ギリシャの詩人)」(1635c)


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何が描かれているのか分からない!


P2800209
少し横から撮ってみました。
ヤコポ・バッサーノ工房の「動物がいる農場の風景」(16世紀末)


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ヤコポ・バッサーノ工房の「羊飼いがいる風景」(16世紀末)


P2800212
ヤコポ・ティントレット工房の「キリストと姦通女」


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ヤコポ・バッサーノ工房の「種を蒔く喩え」(16世紀末)


P2800216
17世紀前半のフランドル派逸名画家作「グラスがある静物画」


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北イタリア?で活動した逸名画家作「静物画」(1640‐50)


P2800221
フランチェスコ・ビッソーロ(トレヴィーゾまたはヴェネツィア、1470/1475c-ヴェネツィア、1554)の「聖母子」(1508-09c?)


P2800225
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ・インルドヴィーコ・ジョーヴァネ通称ティツァネッロ(ヴェネツィア、1570c-1650)の「寓意」(17世紀前半)


P2800227
カルロ・サラチェーニ(ヴェネツィア、1579c-1620)の「聖母の死」(1610-20c)


P2800230
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581/1582-ヴェネツィア、1644)の「聖ジローラモ」(1640c)
(つづく)

P2790496
次の部屋に向かいました。


P2790497
Primo Pianoの第XV室です。


P2790499
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518‐1594)の「聖マルコの遺体の移送」(1562‐66)


P2790502
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレットの「サラセン人を救助する聖マルコ」(1562‐66)


P2790505
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488c‐ヴェネツィア、1576)の「ピエタ」(1576)
廊下の展示室の上に、大きな作品なので写真にうまく収まらない。


P2790507
横長で撮ってみました。


P2790511
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレットと工房の「聖マルコの夢」(1585)


P2790542
アカデミア美術館の改修工事前には、第XV室はティエポロやグアルディのヴェネツィア派の18世紀絵画が展示されていましたが、2018年5月時点で閉鎖されていた部屋にあった作品に差し替えられていました。
第XV室の隣にある、第XII室(廊下の展示室です)、並びに第XV室と第XII室の隣接する第XIII室、第XIV室、第XVI室の展示作品は、2018年5月時点で閉鎖されている部屋に元々あった作品に差し替えられていました。


P2790513
第XV室から横の部屋に入りました。


P2790514
Primo Pianoの第XVIa室です。


P2790517
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「結婚の宴会の寓意」(1636c)


P2790519
ジョルジョ・ヴァザーリ(アレッツォ、1511‐フィレンツェ、1574)の「La Fede」(1542)


P2790526
ピエトロ・べッロッティ(ブレーシャ、1625‐1700)の「男の肖像」(1658c)


P2790529
次の部屋です。


P2790530
Primo Pianoの第XVI室です。


P2790532
ヤコポ・ダ・ポンテ通称ヤコポ・バッサーノ(バッサーノ、1515c‐1592)の「瞑想の聖ジローラモ」


P2790536
ヤコポ・ダ・ポンテ通称ヤコポ・バッサーノと弟子の「天上の聖母と聖ジローラモ」


P2790538
パオロ・カリアーリ通称パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「悔悛の聖ジローラモ」


P2790550
廊下の展示室第XII室です。
突き当りの扉が閉まってますが、扉の先に第XI室があります。
第XII室を見るのを後回しにして、横の部屋から見て行きました。


P2500846
次の部屋です。


P2500847
Primo Pianoの第XIV室です。


P2500849
ジローラモ・ロマーニ通称イル・ロマニーノ(ブレーシャ、1484/1487-1556c)の「十字架降下」


P2500853
ジョヴァンニ・ジローラモ・サヴォルド(オルツィヌオーヴィ?、1480-1550c)の「聖アントニオ・アバーテと聖パオロ・エレミータ」


P2500855
パルマ・イル・ヴェッキオ(セリーナ、1480-ヴェネツィア、1528)の「聖母被昇天」


P2500858
パルマ・イル・ヴェッキオの「玉座の聖ピエトロと聖人たち(聖パオロ・ティツィアーノ司教、聖ジュスティーナ、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖アウグスタ)」


P2500865
パルマ・イル・ヴェッキオの「聖家族とアレッサンドリアの聖カテリーナと洗礼者聖ジョヴァンニ」


P2500866



P2500870
ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア、1480c-ロレート、1556)の「書斎の若い紳士の肖像」


P2500873
アンドレア・プレヴィタリ(ベルベンノ、1480c-ベルガモ、1528)の「磔刑」


P2500876
ジョヴァンニ・ジローラモ・サヴォルドの「受胎告知」


P2500878
廊下の第XII室に戻りました。


P2500881
イル・ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483/1484-フェラーラ、1539)の「ベアート・ロレンツォ・ジュスティニアーニと弟子たちと聖人たち」


P2500885
パオロ・ヴェロネーゼの「聖母子と聖人たち(聖ジュゼッペ、聖ジュスティーナ、聖フランチェスコ、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ジローラモ)」(1564c)


P2500887
レアンドロ・ダ・ポンテ通称レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ、1557-1622)の「ラザロの蘇生」(1592-96)


P2790644
廊下に横長大作が展示されているので、作品全体の写真を撮るのが大変です。


P2790638
ヤコポ・ティントレットの「聖母子と聖セバスティアーノと聖マルコと聖テオドーロと3人のカルメルレンギ」


P2790640


P2790641


P2790646
ヤコポ・ティントレットの「幼きキリストの神殿奉献」


P2790654
パオロ・ヴェロネーゼの「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1575c)


P2790589
この扉から次の部屋に入ります。


P2790590
扉上に描かれた絵画


P2790591
次の部屋です。


P2790593
Primo Pianoの第XIII室になります。


P2790592
この展示から察すると一時的な展示のように思えました。


P2790595
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレットの「十字架降下」


P2790599
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレットの「動物の創造」


P2790602
ボニファチョ・デ・ピターティ(ヴェネツィア、1519-1594)の「救世主と使徒たち」


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ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレットの「聖ジローラモと聖アンドレア」


P2790608
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレットの「カインとアベル」


P2790611
ここも第XIII室です。


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ボニファチョ・デ・ピターティと弟子の「嬰児虐殺」


P2790617
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490-ヴェネツィア、1576)に帰属する「大天使ラファエーレとトビオーロ」


P2500818
ボニファチョ・デ・ピターティの「利己的な金持ち」
作品が大きすぎるので、左右に分けて載せましょう。


P2500821
左端から


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右端


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ティツィアーノ・ヴェチェッリオの「聖母子」


P2500812
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528-ヴェネツィア、1588)の「レパントの海戦の寓意」


P2500816
ティツィアーノ・ヴェチェッリオの「洗礼者聖ジョヴァンニ」


P2790656
施錠されている扉にNO WCと書いてありました。ここで行き止まりです。
(つづく)

P2790362
第XXIII室の続きです。


P2790363
モランツォ―ネ工房(14世紀末‐16初頭に活動)の「磔刑像」


P2790366
ヤコポ・モランツォ―ネ(1430から活動記録,1467/1469没)の「被昇天の聖母と4聖人(左から聖エレーナ、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ベネデット、聖エリザベッタ)」


P2790369
アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431-マントヴァ、1506)の「聖ジョルジョ」


P2790372
ピエロ・デッラ・フランチェスカ(ボルゴ・サン・セポルクロ、1416/1417-1492)の「聖ジローラモと信者」


P2790376
見ている人がいませんね。


P2790377
ヴェネツィアとパドヴァで活動した逸名画家作「磔刑」(1460c)


P2790381
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1433c-1516)の「幼きキリストを崇拝する聖母」


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ジョヴァンニ・ベッリーニの「細木の聖母」


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フランチェスコ・ビッソーロ(トレヴィーゾ、1470/1472-ヴェネツィア、1554)の「シメオーネへのキリストの出現と聖ジュゼッペと聖アントニオと若者と寄贈者」


P2790391
ベネデット・ディアナ(ヴェネツィア、1482-1525活動)の「聖母子と聖ジローラモと聖フランチェスコ」


P2790393
ジョヴァンニ・ベッリーニの作品です。
上がキリストの頭、下が渦巻き模様とされてます。上下合わせてキリストの変容を表現したそうですが、私にはそのように見えません。


P2790395


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ジョヴァンニ・ベッリーニとアンドレア・プレヴィタリ(ベルガモ、1470/1480-1528)の「5つの寓意」


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マルコ・バサイーティ(ヴェネツィア、1475/1479-1539以降没)の「紳士の肖像」


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ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子」


P2790420
アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1442/1443-1504/1505)の「洗礼者聖ジョヴァンニ」、「聖マッテオ」


P2790422
誰もいないので、もう一度ジョルジョーネの「嵐」をゆっくりと鑑賞しました。


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P2790430
これが気になって・・・・・


P2790432
次は第XIX室です。この部屋の先、右側に第XXI室に通じる扉がありますが、閉まっていました。第XXI室には、カルパッチョの「聖ウルスラの物語」(連作)がありますが、何時も閉鎖されていて、このところ見たことがありません。


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ボッカッチョ・ボッカッチーノ(フェラーラ?、1466-クレモナ、1524/1525c)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚と聖ローザと聖ピエトロと洗礼者聖ジョヴァンニ」


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ジョヴァンニ・アゴスティーノ・ダ・ローディ(1490-1500活動、1520迄生存記録)の「足を洗うキリスト」


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ピエトロ・ダ・サリバ(15世紀末-16世紀初頭に活動)の「荊刑のキリスト」


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アントネッロ・デ・サリバ(メッシーナ、1467c-1535c)の「受胎告知」
アントネッロ・デ・サリバはアントネッロ・ダ・メッシーナの甥です。この作品は叔父さんの傑作のコピー画です。


P1520711
ご参考までに、こちらがアントネッロ・ダ・メッシーナの「受胎告知」です。
パレルモのシチリア州立美術館にあります。
アントネッロ・デ・サリバは、現在まで名前が残る画家で、水準以上の腕前を持っていたと思いますが、自分の作品にアントネッロ・ダ・メッシーナと署名したり、時には叔父さんの名前を騙ったりしたそうです。


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マルコ・マルツィア―レ(1493-1507存在確認)の「エマオの晩餐」


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マルコ・バサイーティの「聖ジローラモ」


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ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア、1465-1520)の「植民地への到達」


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ヤコポ・パリサーティ通称ダ・モンタニャーナ(1458から存在記録-パドヴァ、1499)の「受胎告知される聖母」


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ヤコポ・パリサーティ通称ダ・モンタニャーナの「受胎告知する大天使」


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次の部屋です。


P2790433
Primo Pianoの第XX室です。
サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ同信会が保有していた「聖十字架の奇跡」の連作があります。また、同信会会員の肖像画が描き込まれてます。ヴェネツィア絵画の特徴を表す大作は必見でしょう。


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ジェンティーレ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1429-1507)の「サン・マルコ広場の祝祭行列」


P2790462
ジョヴァンニ・マンスエーティ(1485-1526/1527存在確認)の「ベンヴェニュード・デ・サン・ポロの娘の治癒の奇跡」


P2790466
ジョヴァンニ・マンスエーティの「カンポ・サン・リオの聖遺物の奇跡」


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ベネデット・ルスコーニ通称ディアナ(ヴェネツィア、1460c-1525)の「聖十字架の奇跡」


P2790475
ジェンティーレ・ベッリーニの「サン・ロレンツォ橋から運河に落ちた聖遺物の奇跡」


P2790478
ジェンティーレ・ベッリーニの「ピエトロ・デ・ルドヴィーチの治癒の奇跡」


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ジョヴァンニ・マンスエーティの「カンポ・サン・リオの十字架の奇跡」


P2790484
ラザロ・バスティアーニ(ヴェネツィア、1425/1430c-1512)の「サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ同信会の祝祭行列」


P2790490
ヴィットーレ・カルパッチョの「リアルト橋から落ちた聖遺物の奇跡」


P2790492
(つづく)

Primo Pianoの第XXIII室の続きです。
P2790214
アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1442/1443-1504/1505)の「殉教聖女」、「聖キアーラ」


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名画の前に誰もいません。先にゆっくりと鑑賞することにしました。


P2790218
ジョルジョーネ(カステルフランコ、1476/1477-ヴェネツィア、1510)の「嵐」


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大作が並ぶ展示コーナーです。


P2790224
ジョヴァンニ・マンスエーティ(1485-1526/1527記録)の「聖マルコの生涯のエピソード」


P2790227
ジャンバッティスタ・チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459/1460-1517/1518)の「サン・マルコのライオンと聖人たち(洗礼者聖ジョヴァンニ、福音書記者聖ジョヴァンニ、聖マリア・マッダレーナ、聖ジローラモ)」


P2790232
ヤコポ・パルマ・イル・ヴェッキオ(セリーナ、1480‐ヴェネツィア、1528)とパリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500‐ヴェネツィア、1571)の「海の時化」


P2790235
パリス・ボルドンの「ドージェの指輪の受け渡し」(1534)


P2790239
ジョヴァンニ・マンスエーティの「San Marco risana Aniano」


P2790243
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430c‐1516)とヴィットーレ・ベッリニアーニ(1507‐1529記録)の「聖マルコの殉教」


P2790245
次の展示コーナーです。


P2790247
ジャコモとドメニコのカブリーニ工房(ボローニャで15世紀後半活動)とフランチェスコ・デル・コッサ(フェラーラ、1436‐1478)の「玉座の聖母子と天使たち」


P2790250
ラザロ・バスティアーニ(ヴェネツィア、1425/1430-1512)の「聖ジローラモの葬儀」


P2790254
ラザロ・バスティアーニの「聖ジローラモの聖体拝領」


P2790260
ジローラモ・ダ・トレヴィーゾ・イル・ヴェッキオ(1451‐1497記録)の「玉座の聖母子と聖人たち(トロサの聖ルドヴィーコ、聖アントニオ、聖フランチェスコ、聖プロスドモまたは聖バジリオ)」


P2790262
ラザロ・バスティアーニの「ご誕生と聖人たち(聖ジャコモ、聖エウスタキオ、聖ニコロ、聖マルコ)」


P2790265
アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニの「玉座の聖母子と聖人たち(聖アンナ、聖ジョアッキーノ、トロサの聖ルドヴィーコ、パドヴァの聖アントニオ、聖フランチェスコ、シエナの聖ベルナルディーノ)」


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1420年から1440年頃のヴェネツィアの彫刻家と画家の「磔刑のキリスト像」


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Jheronimus Boschの「Visioni dell'Aldila. La caduta dei dannati」


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Jheronimus Boschの「Retri dipintia finto marmo verde e rosso」
裏面です。


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「聖リベラータのトリッティコ」


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「聖リベラータのトリッティコ」


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旧サンタ・マリア・デッラ・カリタ教会の中央礼拝堂でしょうか?


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後陣?のステンドグラス


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ヤコポ・ベッリーニ(1424‐1470記録)、ジェンティーレ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1429?‐1507)、ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1434/1439-1516)の「聖母子と聖ジローラモと司教聖人、ピエタのキリスト」


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ヤコポ、ジェンティーレ、ジョヴァンニのベッリーニ父子の「聖セバスティアーノと洗礼者聖ジョヴァンニと聖アントニオ・アバーテ、永遠なる父と受胎告知」


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ヤコポ、ジェンティーレ、ジョヴァンニのベッリーニ父子の「聖ロレンツォと洗礼者聖ジョヴァンニとパドヴァの聖アントニオ、聖母子と2天使」


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ヤコポ、ジェンティーレ、ジョヴァンニのベッリーニ父子の「ご誕生と聖フランチェスコと聖ヴィットーレ?、三位一体と聖アゴスティーノと聖ドメニコ」


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後陣右の礼拝堂でしょうか?


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バルトロメオ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1430c生まれ‐1491まで記録)と工房の「バーリのコンヴェルサーノ・ドゥオーモのポリッティコ」


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ピエタのキリスト2天使


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ご誕生


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左から聖フランチェスコ、聖アンドレア、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ピエトロ


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左から聖パオロ、聖ジローラモ、聖ドメニコ、聖テオドーロ


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プレデッラ


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バルトロメオ・ジョルフィーノの「玉座の聖母子と聖人たちのポリッティコ」


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ヤコポ・ベッリーニの「聖母子」


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ヤコポ・ベッリーニの「聖母子」


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カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1430c‐マルケ、1495c)の「四聖人」


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聖セバスティアーノ


P2790345
聖ロッコ


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ベアート・ジャコモ・デッラ・マルカ


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聖エミーディオ


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後陣左の礼拝堂でしょうか?


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Maestro della Madonna del Parto(1375-1410c活動)の「出産の聖母と2信者」


P2790356
ニコロ・ディ・ピエトロ(ヴェネツィア、1394‐1430記録)の「聖母子と聖マルタとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


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ニコロ・ディ・ピエトロの「マギの到着」
(つづく)

2018年5月に戻ります。
P2790579
ここはPrimo Pianoの第Ⅻ室(廊下)です。突き当りのドアが閉まってますが、そのドアの向こうに第Ⅺ室があります。
前述のように第Ⅵ室から第Ⅺ室まで閉鎖されているので、この場所に来るには大回りする必要があります。
また、2018年5月の時点では、普通にPrimo Pianoの展示室を回る場合、この部屋が最終の展示室となるでしょう。
展示室番号順番通りに展示作品を紹介したいのですが、そのような状況なので、これからは普通の?順路通りに紹介することにします。


P2800527
第Ⅵ室と第Ⅲ室の間の扉が施錠されて第Ⅲ室が行き止まりになっているので、次の展示室に進むために一旦第Ⅰ室に戻ります。


P2790112
第Ⅰ室にある、この扉から次の展示室に進みます。


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次の部屋です。


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写真左下のドアから、この展示室に入りました。ドアの先が第Ⅰ室です。


P2500789
この部屋は第XXIV室になります。Primo Pianoの最終展示室です。
この部屋は旧サンタ・マリア・デッラ・カリタ教会の同信心会のホールでした。この部屋に元々あった作品がそのまま残されています。
作品が制作された年代順に展示室番号がほぼ付けられてますが、この部屋は例外と言えます。
しかし、最終展示室から見て行くことになるので、年代順に見て行くという基本概念が覆され、ちょっと混乱をきたしながら先を進むことになります。


P2790128
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490‐ヴェネツィア、1576)の「聖母の神殿奉献」(1534-38)


P2790116
アントニオ・ヴィヴァリーニとジョヴァンニ・ダレマーニョの「玉座の聖母子と4聖人」


P2790119
玉座の聖母子と天使たち


P2790121
聖ジローラモと聖グレゴリオ


P2790123
聖アゴスティーノと聖アンブロージョ


P2790127
ジローラモ・デンテ通称ジローラモ・ディ・ティツィアーノとドメニコ・ティントレットの「受胎告知される聖母とサンタ・マリア・デッラ・カリタ同信会会員たち」


P2790114
ジャンピエトロ・シルヴィオとドメニコ・ティントレットの「聖母の結婚とサンタ・マリア・デッラ・カリタ同信会会員たち」


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次の部屋です。


P2790136


P2790133
部屋の天井


P2500800
第XXII室になります。


P2500799


P2500803
彫刻と浮彫がありますが、リナルド・リナルディ(パドヴァ、1793-ローマ、1873)とヤコポ・デ・マルティーニ(ヴェネツィア、1793-1841)の作品です。


P2500801
ヤコポ・デ・マルティーニの「アドーネ」


P2500804
リナルド・リナルディの「アドーネ」


P2500805


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次の部屋です。


P2790141
第XVIII室です。


P2790142


P2790144



P2790146
イッポリート・カッフィ(ベッルーノ、1809-リッサ、1866)の「霧のサン・マルコ広場」


P2790149
フランチェスコ・ズッカレッリ(ピティリアーノ、1702-フィレンツェ、1788/1789)の「バッカス祭」


P2790152
マルコ・リッチ(ベッルーノ、1676-ヴェネツィア、1730)の「奔放に生きる人々がいる風景」


P2790156
マルコ・リッチの「選択する人々がいる風景」


P2790159
フランチェスコ・ズッカレッリの「エウロパの強奪」


P2790162
ジュゼッペ・ツァイス(1709-1789)の「ヴィッラの楽しみの4場面」


P2790163


P2790166


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P2790169


P2790172
ポンぺオ・バトーニ(ルッカ、1708-1787)の「玉座の聖母子と聖人たち」


P2790176
マルコ・リッチのサークル逸名画家作「旅人がいる風景」


P2790179
マルコ・リッチのサークル逸名画家作「滝」


P2790181
次の部屋です。


P2790182
Primo Pianoの第XXIII室です。旧サンタ・マリア・デッラ・カリタ教会だった所で非常に広い展示室となってます。


P2790184
コズメ・トゥーラ(フェラーラ、1430-1495)の「聖母子」


P2790187
アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1442/1443-1504/1505)に帰属する「ドージェ・ニコロ・トロシの凱旋門」


P2790190
ジェンティーレ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1429?-1507)の「ベアート・ロレンツォ・ジュスティニアーニ」


P2790192
バルトロメオ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1430生まれ-1491まで記録)の「祈る聖アンブロージョと4聖人」


P2790195
聖アンブロージョ


P2790196
聖シジスモンド?、聖ピエトロ


P2790198
聖パオロ、聖セバスティアーノ


P2790200
アンドレア・ムラーノ(1462-1502記録)の「ムラーノのサン・ピエトロ・セルティーレ教会のポリッティコ」


P2790203
慈悲の聖母と聖シジスモンド?と聖ドメニコとアクイーノの聖トッマーゾとシエナの聖カタリーナ


P2790205
聖ヴィンチェンツォ・フェッレールと聖ロッコ


P2790206
聖セバスティアーノ


P2790209
聖ピエトロ・マルティーレ


P2790212
バルトロメオ・ヴィヴァリーニの「聖マリア・マッダレーナ」、「聖バルバラ」
(つづく)

前回に引き続き2018年5月時点で閉鎖されていたPrimo Pianoの第Ⅵ室から第Ⅺ室に作品について、2016年2月に訪れた際に撮った作品の写真を載せて、ご参考に供する試みです。
P1960835
次の部屋です。


P1960836
Primo Pianoの第Ⅸ室です。


P1960838
アンドレア・プレヴィタリ(ベルベンノ、1480c‐ベルガモ、1528)の「幼きキリストへの崇拝」


P1960842
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498c‐1554)の「カルメロの聖母」


P1960845
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレットの領域(アンビト)の「ご誕生」


P1960849
ジョヴァンニ・ジローラモ・サヴォルド(ブレーシャ、1480c‐1548以降没)の「受胎告知」


P1960855
アンドレア・プレヴィタリの「磔刑」


P1960857
次の部屋です。


P1960858
Primo Pianoの第Ⅹ室です。


P1960861
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518‐1594)の「天上の聖母子と聖人たち」(1580‐86c)


P1960864
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレットの「聖マルコの夢」(1585)


P1960869
ヤコポ・ティントレットの「サラセン人を救う聖マルコ」(1562‐66)


P1960872
ヤコポ・ティントレットの「奴隷を開放する聖マルコ」(1547‐48)


P1960876
ヤコポ・ティントレットの「聖マルコの遺体の移送」(1562‐66)


P1960879
パオロ・カリアーリ通称パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「レヴィ邸の饗宴」(1573)


P1960883
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490-ヴェネツィア、1576)の「聖母子」


P1960887
パオロ・ヴェロネーゼの「玉座の聖母子と聖人たち(聖ジュゼッペ、聖ジュスティーナ、聖フランチェスコ、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖ジローラモ)」(1564c)


P1960892
パオロ・ヴェロネーゼの「磔刑」(1582c)


P1960894
ティツィアーノ・ヴェチェッリオの「ピエタ」(1576)


P1960900
パオロ・ヴェロネーゼの「受胎告知」(1578)


P1960904
パオロ・ヴェロネーゼの「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1575c)


P1960906
美術鑑賞は疲れます。


P1960909
次の部屋です。


P1960910
Primo Pianoの第Ⅺ室です。


P1960913
レアンドロ・ダ・ポンテ通称バッサーノ(レアンドロ・バッサーノ)(バッサーノ、1557‐1622)の「ラザロの蘇生」


P1960916
ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696‐マドリッド、1770)の「Devoti affacciati ad una loggia」


P1960919
ベルナルド・ストロッツィ(ジェノヴァ、1581‐ヴェネツィア、1644)の「騎士ジョヴァンニ・グリマーニの肖像」


P1960922
ベルナルド・ストロッツィの「シメオーネ邸の饗宴」


P1960926
ジャンバッティスタ・ティエポロの「Devoti affacciati ad una loggia」


P1960930
ボニファチョ・デ・ピターリ通称ボニファチョ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1487‐ヴェネツィア、1553)の「Il ricco Epulone」


P1960933
イル・ポルデノーネ(ポルデノーネ、1483/1484-フェラーラ、1539)の「ベアート・ロレンツォ・ジュスティニアーニと聖人たち」


P1960937
ヤコポ・ティントレットの「磔刑」


P1960941
ヤコポ・ティントレットの「聖母子と聖セバスティアーノと聖マルコと聖テオドーロと3人のヴェネツィアのカメルレンギ」
閉鎖されていた部屋で展示されていた作品は以上の通りで、そのうちの多くが2018年5月に開いていた部屋で展示されていました。
(つづく)

何時頃なのか、はっきり分かりませんが、私が行った時を基準に申せば、2016年初夏ぐらいからPrimo Pianoの第Ⅵ室から第Ⅺ室まで閉鎖されるようになったと思います。
2018年5月に行った時でも第Ⅵ室から第Ⅺ室まで閉鎖されたままでした。(部屋の場所が離れてますが、Primo Pianoの第XXI室も閉鎖継続の状態です)
P1960715
ご覧の写真のように、Primo Pianoの第Ⅲ室から第Ⅵ室に行けるようになっているのが普通の状態です。
2016年初夏ぐらいから、この出入り口が塞がれ、この先に行けないようになりました。
2018年5月に再訪した際、切符売り場で頂戴した管内案内図に拠れば、第Ⅵ室から第Ⅺ室はSale in restauroとなってます。再オープンとなった際、どのような作品が展示されるのか、興味が尽きませんが、今の段階では全く分かりません。
これらの展示室が閉鎖される前の2016年2月に撮った、第Ⅵ室から第Ⅺ室までの展示作品の写真があるので、ご参考までに載せることにします。
と言うことで、記事タイトルの「(2016年2月)」は間違いではありません。


P1960717
次の部屋です。
(以下、2016年2月に撮った写真が続きます)


P1960718
Primo Pianoの第Ⅵ室です。


P1960719
ヤコポ・ロブスティ通称ティントレット(ヤコポ・ティントレット)(ヴェネツィア、1519‐1594)の「王女と聖ルイージと聖ジョルジョ」


P1960723
ヤコポ・ティントレットの「聖アンドレアと聖ジローラモ」


P1960726
ヤコポ・ティントレットと工房の「キリストの復活」


P1960729
ヤコポ・ティントレットの「動物の創造」


P1960731
ヤコポ・ティントレットの「アダムとエヴァの欲求」


P1960738
パオロ・カリアーリ通称ヴェロネーゼ(パオロ・ヴェロネーゼ)(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「聖母被昇天」


P1960742
パオロ・ヴェロネーゼの「悔悛の聖ジローラモ」


P1960747
パオロ・ヴェロネーゼの「聖母戴冠」


P1960751
パオロ・ヴェロネーゼ工房の「聖母被昇天」


P1960754
パオロ・ヴェロネーゼの「聖痕を受ける聖フランチェスコ」


P1960759
ドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560‐1635)の「メルカンティ派信心会会員の肖像」


P1960762
パオロ・ヴェロネーゼの「Myra司教と認められた聖ニコロ」


P1960765
次の部屋です。
この日はかなり混雑していました。


P1960766
Primo Pianoの第Ⅶ室です。


P1960768
ベルナルディーノ・リチーニオ(ポスカンテ、1490c‐ヴェネツィア、1565c)の「女性の肖像」


P1960773
ベルナルディーノ・リチーニオの「女性の肖像」


P1960777
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称イル・モレット(ブレーシャ、1498‐1554)の「聖ピエトロ」、「洗礼者聖ジョヴァンニ」


P1960782
ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア、1480c‐ロレート、1556)の「書斎の若い紳士の肖像」


P1960786
カッリスト・ピアッツァ・ダ・ローディ(1514‐1561存在確認)の「洗礼者聖ジョヴァンニの斬首」


P1960790
ジョヴァンニ・ジローラモ・サヴォルド(1480‐1550c)の「聖アントニオ・アバーテと聖パオロ・エレミータ」


P1960794
ジョヴァンニ・ブーシ通称カリアーニ(ヴェネツィア、1485/1490-1547)の「男の肖像」


P1960796
次の部屋です。


P1960797
Primo Pianoの第Ⅷ室です。


P1960800
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490-ヴェネツィア、1576)と工房の「福音書記者聖ジョヴァンニのシンボル」


P1960803
ティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房の「福音書記者聖ルーカのシンボル」


P1960826
ティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房の「福音書記者聖マルコのシンボル」


P1960833
ティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房の「福音書記者聖マッテオのシンボル」


P1960806
ジローラモ・ロマーニ通称イル・ロマニーノ(ブレーシャ、1484/1487-1556c)の「十字架降下」


P1960810
ティツィアーノ・ヴェチェッリオに帰属する「大天使ラファエーレとトビオーロ」


P1960815
パルマ・イル・ヴェッキオ(セリーナ、1480‐ヴェネツィア、1528)の「聖家族とアレッサンドリアの聖カテリーナと洗礼者聖ジョヴァンニ」


P1960819
パルマ・イル・ヴェッキオの「聖母被昇天」


P1960822
16世紀のヴェネツィア派逸名画家作「ご訪問」


P1960829
ボニファチョ・デ・ピターリ(ヴェローナ、1487‐ヴェネツィア、1553)の「嬰児虐殺」
(つづく)

P2790109
ロレンツォ・ヴェネツィアーノの多翼祭壇画の後から次の部屋に入ります。


P2780993


P2780994
次の部屋です。


P2780995
Primo Pianoの第Ⅱ室です。


P2790032
部屋の天井


P2780997
マルコ・バサイーティ(ヴェネツィア、1470/1475-1530以降没)の「聖ゼべデオの子供の召命」


P2790001
ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア、1460c‐1526)の「処刑場」


P2790004
マルコ・バサイーティの「ゲッセマネ園のキリストの祈りと聖人たち」


P2790007
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1434/1439-1516)の「サン・ジョッベの祭壇画(玉座の聖母子と聖人たち)」


P2790009
ヴィットーレ・カルパッチョの「キリストの寺院への出現」


P2790012
ジャンバッティスタ・チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459‐1517)の「聖母子とトロサの聖ルドヴィーコと聖ジローラモ」


P2790016
ジャンバッティスタ・チーマ・ダ・コネリアーノの「玉座の聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナ?と聖ジョルジョと聖二コラ・アバーテと聖セバスティアーノと聖ルチア?」


P2790019
ジョヴァンニ・ベッリーニと弟子の「アリマテアの聖ジュゼッペ、聖母、聖マッダレーナ・マリア、聖マルタ、聖フィリッポ・べニツィによる死せるキリストへの哀悼」


P2790022
ジャンバッティスタ・チーマ・ダ・コネリアーノの「聖トッマーゾの不信と聖マーニョ司教」


P2790024
次の部屋です。


P2790025
Primo Pianoの第Ⅲ室です。


P2790026
ヴィットーレ・カルパッチョの「聖ジョアッキーノと聖アンナの邂逅と聖ルイージ9世と聖リベラ」


P2790030
ジャンバッティスタ・チーマ・ダ・コネリアーノの「ピエタ」


P2790035
ジャンバッティスタ・チーマ・ダ・コネリアーノの「大天使ラファエーレとトビアスと聖ニコロと聖ジャコモ・マッジョーレ」


P2790038
ジャンバッティスタ・チーマ・ダ・コネリアーノの「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖パオロ」


P2790040
ジョヴァンニ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコ(モンテッキオ・マッジョーレ、1465c-1536/1537)の「聖ベネデットと聖テクラと聖コズマ」
初めて見る作品です。


P2790043
セバスティアーノ・デル・ピオンボ(ヴィチェンツァ、1485‐ローマ、1547)の「聖人たち」


P2790044
聖バルトロメオ、聖セバスティアーノ


P2790046
トロサの聖ルドヴィーコ


P2790049
聖シニバルド


P2790051
ジョヴァンニ・ベッリーニと弟子の「受胎告知」


P2790055
ジョヴァンニ・ベッリーニと弟子の「聖ピエトロ」


P2790058
セバスティアーノ・デル・ピオンボに帰属する「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと洗礼者聖ジョヴァンニ」


P2790061
ベネデット・ルスコーニ通称ディアナ(ヴェネツィア、1482‐1525)の「玉座の聖母子と聖人たち(聖ジローラモ、聖ベネデット、聖マッダレーナ・マリア、聖ジュスティーナ)」


P2790063
次の部屋です。



P2790064
Primo Pianoの第Ⅳ室です。


P2790066
ジョヴァンニ・ベッリーニの「赤いケルビーニの聖母」


P2790069
ジョヴァンニ・ベッリーニの「ピエタ」


P2790072
ジョルジョーネの「老女」はミラノに貸し出されていました。


P2790082
ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子」
ジョルジョーネの「老女」の代わりに展示されていた作品でしょうか?


P2500750
ご参考までに貸し出し中の「老女」の作品画像を載せておきましょう。


P2790073
ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子と洗礼者聖ジョヴァンニと聖女(特定できないようです)」


P2790076
ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子と聖マッダレーナ・マリアとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2790080
ハンス・メムリンク(1440c‐1494)の「若い男の肖像」
第Ⅳ室の重要作品が見当たりませんでした。仕方がないので、2017年時点での作品画像を載せておきましょう。


P2500776
アンドレア・マンテーニャの「ケルビーニの聖母」(1485‐90)
この作品がありませんでした。


P2790085
次の部屋です。


P2790086
Primo Pianoの第Ⅴ室です。ピエトロ・ロンギの作品だけが展示されてます。


P2790087
ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701‐1785)の「薬屋」


P2790091
ピエトロ・ロンギの「ダンスのレッスン」


P2790093
ピエトロ・ロンギの「合奏」


P2790096
ピエトロ・ロンギの「占い師」


P2790101
ピエトロ・ロンギの「女性の化粧室」


P2790104
ピエトロ・ロンギの「仕立屋」


P2790106
ピエトロ・ロンギの「ピタゴラス」
(つづく)

Primo Pianoの第I室の続きです。
P2800397
14世紀後半のヴェネツィア派逸名画家作「ポリッティコ」
ガラスケースに入れられてます。


P2800399
中央の聖母戴冠


P2800402
左上


P2800404
左下


P2800405
右上


P2800408
右下


P2800411
ヤコベッロ・アルベレーニョ(1397以前没)の「アポカリッセのポリッティコ」


P2800414
中央のヨハネ黙示録


P2800415
左端のパネル


P2800417


P2800422


P2800423
右端のパネル


P2800426
15世紀のヴェネツィアの逸名工芸家作「サン・テオドーロの十字架」


P2800429
ヤコベッロ・デル・フィオーレ(1400から活動記録、1439没)の「慈悲の聖母と洗礼者聖ジョヴァンニと福音書記者聖ジョヴァンニ」


P2800432
Maestro di Ceneda (1439‐1484記録)の「天国の聖母戴冠と注文者」


P2800434
14世紀末のヴェネトの逸名画家作「Altarolo portatile」


P2800437
中央パネル


P2800439



P2800440



P2800444
カタリーノ(ヴェネツィア、1362‐1390記録)の「聖母戴冠と2聖人」


P2800445
聖母戴冠


P2800447
聖ルチア


P2800449
トレンティーノの聖二コラ


P2800452
Stefano "Plebanus" di Sant'Agnese(1369‐1385記録)の「聖母戴冠」


P2800456
14世紀前半のリミニの逸名画家作「キリストの受難の物語と最後の審判」


P2800458
ユダの接吻


P2800460
カルヴァリオへの途


P2800462
十字架昇架


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磔刑


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十字架降下


P2800469
最後の審判


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P2800474
天井の装飾


P2800476
アントニオ・ヴィヴァリーニ(1418/1420c-1476/1484)の「聖母子」


P2800479
アントニオ・ヴィヴァリーニの「聖モニカの結婚」
この作品を見るのは久し振りです。


P2800482
ニコロ・ディ・ピエトロ(ヴェネツィア、1394‐1427記録)の「玉座の聖母子と音楽天使たちと注文者」


P2800485
ニコロ・ディ・ピエトロの「聖ロレンツォ」


P2800488
ロレンツォ・ヴェネツィアーノ(1356‐1372活動)の「受胎告知のポリッティコ」


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永遠の父なる神


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受胎告知


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左上の左から


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左下の左から


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プレデッラの左から


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入館者がこんなに少ないのは珍しい!


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フィレンツェのウフィツィ美術館とアカデミア美術館の大混雑と対比すると、フィレンツェの2館に行くのはファッションみたいなもので。美術愛好家は少ないのだと感じます。


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Primo Pianoの第I室は終わりです。


P2800529
(つづく)

アカデミア美術館は、1750年に設立された美術学校が起源ですが、その学校が移転したので、その空いた部屋を美術館展示室に充てようと、工事が行われています。そのため、新たに設けられた展示室がある反面、拡充工事のために、閉鎖された展示室もあります。それに伴い、作品の展示室の変更や、新たに展示されるようになった作品があったり、一時的に見ることが出来なくなった作品もあります。
2018年3月に行った時には、依然として工事中のようで、Piano Terraの多くの展示室が閉鎖されたままでした。
2018年5月に行ったら、Primo Piano(日本の2階)の24室のうち7展示室が依然として閉鎖されていましたが、Piano Terra(日本の1階)の13室全てがオープンされていました。
Primo Pianoの閉鎖中の7展示室がオープンするのは、何時の事か分かりませんが、今回、改めてヴェネツィアのアカデミア美術館を取り上げたのは、過渡的とはいえ2018年5月時点の展示作品を紹介する価値があると考えたからです。
現在、オープンされている部屋でも、美術館の所蔵作品数は展示作品数よりもかなり上回っているので、展示スペースの有効利用のため、展示作品の差し替えは今後とも行われると思います。
P2780950
ヴァポレットに乗船してアカデミア美術館に向かいました。


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旧サンタ・マリア・デッラ・カリタ教会修道院だった建物が美術館になってます。


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ヴェネツィア派美術の集大成とも言える美術館です。


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サン・マルコ寺院やドゥカーレ宮殿と比べると訪れる人が格段に少ないようです。


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月曜日も開館してます。
館内の入館者が400人ほどになると入館制限が行われますが、制限された経験がありません。


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切符売り場


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この日はかなり空いていました。


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Primo Pianoから見ていきます。


P2500545
階段途中にある彫刻


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展示室に入りました。


P2780958
Primo Pianoの第1室です。
Primo Pianoの展示室は、ローマ数字で表記されてます。一方、Piano Terraの展示室は、アラビア数字で表記されてます。日本の1階、2階にも第1室があるのですが、数字の種類によって区別しているのです。


P2800306
ここは教会の集会場でした。


P2500549
ヤコベッロ・デル・フィオーレ(ヴェネツィア、1400‐1439記録)の「トリッティコ」


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中央パネル


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左パネル


P2780964
右パネル


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P2800307
パオロ・ヴェネツィアーノ(1333‐1358活動記録、1362以前没)の「ポリッティコ」


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左上


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右上


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中央


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左下


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右下


P2800321
ミケーレ・ディ・マッテオ(ボローニャ、1410‐1469記録)の「ポリッティコ」


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頭頂部中央


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左上


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右上


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中央下


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左下


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右下


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プレデッラ
左から順に紹介です。


P2800339


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P2800344


P2800345
右端のプレデッラ


P2800349
ジョヴァンニ・ダ・ボローニャ(1377‐1389記録)の「ウミルタの聖母と聖人たちと福音書記者聖ジョヴァンニ同信会信者たち」


P2800352
ロレンツォ・ヴェネツィアーノ(1356‐1372活動記録)の「聖ピエトロ」


P2800355
ロレンツォ・ヴェネツィアーノの「聖マルコ」


P2800358
Francois Vervloet (1795-1872)の「アカデミアのティツィアーノの部屋」
以前に無かった新しい展示です。


P2800361
フランチェスコ・ラザーリ(1791‐1871)の「ティツィアーノの聖母被昇天の展示室デザイン」
以前に無かった新しい展示です。


P2800364
パオロ・ヴェネツィアーノの「聖母子と2注文者」


P2800367
ヤコベッロ・アルベレーニョ(1397以前没)の「磔刑と2聖人」


P2800370
14世紀のヴェネト・ビザンチン派逸名画家作「聖母子」


P2800373
ロレンツォ・ヴェネツィアーノの「受胎告知と4聖人」


P2800375
受胎告知


P2800376
バーリの聖二コラ、洗礼者聖ジョヴァンニ


P2800378
聖ジャコモ、聖ステファノ


P2800382
ミケーレ・ジャンボノ(1420‐1462存在確認)の「聖ジャコモ・マッジョーレと4聖人」


P2800383
中央パネルの聖ジャコモ・マッジョーレ


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福音書記者聖ジョヴァンニ、聖フィリッポ・べニツィ


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大天使聖ミケーレ、トロサの聖ルイージ


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初めて見る作品です。


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ロレンツォ・ヴェネツィアーノの「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」が貸し出されていたので、その代わりに展示されていた作品です。
ロレンツォ作品の貸し出しは2018年4月29日で終了したはずですが、戻っていないようです。


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カタリーノ(ヴェネツィア、1362‐1390)の「聖母戴冠と天使たち」
(つづく)


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