イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: ミラノ

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ミラノ中央駅に到着しました。


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約25分遅れの到着でしたが、このくらいの遅れはイタリアでは許容範囲?


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この日のお宿に向かいました。


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今回は写真左のホテルです。


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チェックインを済ませて夕食に出ました。


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5月末なので、まだ十分明るい。


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中央駅西側の店にしました。


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近頃気に入っている店です。


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駅近くでは良い方の店になります。


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お腹一杯になりました。


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この日はこれで終わりです。


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翌日です。
例によってトラムで旧市街へ。


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Porta Nuova


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サン・フランチェスコ・ディ・パオラ教会


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ポルディ・ペッツォーリ美術館に行きます。


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入館しました。


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この後、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂の最後の晩餐を見ました。


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後は大体同じなので省略です。


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中央駅近くにある教会です。


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サン・カミッロ・デ・レッリス教会です。


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20世紀初めに建設された新しい教会です。


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中に入りました。


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拝観するのは、初めてです。


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三廊式、ラテン十字形の内部です。


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後陣


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1923年制作の祭壇


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右側廊


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聖ジュゼッペの死(1935)


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主祭壇


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説教壇


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左側廊


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出入り口


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外に出ました。


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帰国日を迎えました。


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近頃では帰国日を待ちわびてます。


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マルペンサ空港に到着しました。


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機内食が好きではないので、ここで食べてから搭乗します。


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直ぐに混雑してきました。


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(おわり)

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雪のミラノです。


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トラムに乗って旧市街へ。


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天気予報が雨だったので安心していたら、夜が明けたら雪景色でした。


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スフォルツェスコ城に向かいます。


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雪のミラノを経験するのは11年振りです。


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積雪は2,3㎝くらい?


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人が多く通る所は雪が解けていました。


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ミラノの積雪は大したことがありませんでしたが、北イタリアからローマにかけての降雪はかなり酷くて、鉄道の大幅遅れや運休がありました。


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移動日でなくて良かった!


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城内に入りました。


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完全な雪景色


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ミケランジェロの「ロンダニーニのピエタ」を見ます。


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市立博物館の本館に入りました。
天井のフレスコ画


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昼食は、博物館内のカフェテリアで簡単に済ますことにしました。


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足元が悪いので、レストランに行く気がしませんでした。


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昼過ぎになって、雪が融けてきました。


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雪の日の噴水はより一層寒さを感じさせます。


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タクシーでブレラ絵画館に向かいました。


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ブレラ絵画館に入館しました。


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館内は改修、模様替えの真っ最中でした。


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半分の展示室が閉鎖されていました。


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ジョヴァンニ・ベッリーニ


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アンドレア・マンテーニャ


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エルコーレ・デ・ロベルティ


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雪のため、入館者が数えるほどです。これだけ人を余り見かけなかったブレラ絵画館は初めてです。


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カラヴァッジョ


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シルヴェストロ・レーガ


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夕方になって雪が強くなってきました。


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悪天でしたが十分楽しみました。
(つづく)

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成田空港です。


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夏時間でも少しづつ出発時間が変わってます。


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マルペンサ空港に到着しました。


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中央駅行きにバスは非常に空いていました。これだけ空いていたのは初めてです。


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今回のホテルはここです。


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着いた日は寝るだけです。


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翌朝です。


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この時のミラノは、デントロ・カラヴァッジョ展がお目当てでした。


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特別展が開催されている王宮に向かいました。


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デントロ・カラヴァッジョ展については、既に取り上げました。


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朝一番に入館出来るように予約していました。


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特別展の入り口


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意外にも館内は空いていました。
中は写真不可でした。展示されていた作品の私が撮った写真を載せておきます。


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帰路にも特別展を見ます。


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旅の初日なので、重そうなガイドブックを買うのを控えました。


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ブックショップ天井の装飾


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中に1時間半いたことになります。


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帰路に2回見るので、初日は無理をしないで立ち去ります。


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次はMuseo Diocesanoです。


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ティチネーゼ門の手前でトラムを下車しました。


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サンテウストルジョ聖堂が見えます。


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聖堂の後方に向かいます。


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Museo Diocesano


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ムゼオの入り口


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サンテウストルジョ修道院だった建物がMuseo Diocesanoになってます。


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入館しました。


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Museo Diocesanoについては、既に取り上げました。


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展示作品の差し替えは殆ど行われていないようです。


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規模の大きいMuseo Diocesanoです。


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フランチェスコ・アイエツの作品


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外に出ました。
(つづく)

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アリタリア便でミラノに向かいます。


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イタリア好きの方々にはあまり評価されていないアリタリア航空のようです。
最短の時間で荷物と共に無事に往復出来れば満足なので、アリタリアを利用してます。


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マルペンサ空港に到着しました。


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JALは、馴染み客をFクラスに無条件でアップグレードしていることが分かったので、それ以降乗らないことにしました。潰れるわけです。


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しかし、最近のCクラスのサービス向上が顕著です。一昔前のFクラスよりも今のCクラスの方が断然上です。


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確かミラノ万博を機に、ミラノ中央駅のマルペンサ空港行きバスターミナルが変わりました。


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駅西側のホテルは不案内で泊まったことがありません。


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相変わらず駅東側のホテルを利用してます。


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鉄道もありますが一回しか利用したことがありません。


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駅の東側に行きます。


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この時は、写真右のホテルにしました。


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チェックイン後、少し外に出ましたが、近くを散策しただけで大人しくホテルに戻って寝ました。


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翌日です。


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時差で中々寝られず、寝入ったのが明け方でした。思わず寝過ごしてしまいました。


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午前の教会巡りを止めて、ホテルから直接ブレラ絵画館に行きました。


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この時は、ペルジーノの「聖母の結婚」が200年振りにフランスからイタリアに里帰りして、ペルジーノの弟子ラファエッロの「聖母の結婚」と同展示室で展示されていました。それが見所でした。


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何時もと同じでした。


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この時までは、いつもと同じで・・・・・


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ジャーン!!! スタッフミーティングのため、12:45から15:15まで途中休館のお達しです。
この時の時間は、11:30頃でした。


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館内で最短でも5,6時間は必要なので困りました。


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イタリアは、これだから困ります。


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仕方がないので、長い長い昼食を食べながら時間潰しをすることに。


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午後3時頃に戻ったら入館待ちの行列が出来ていました。


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切符売り場に行ったら、中は模様替えの真っ最中でした。


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何時もの出口から展示室に入るようになっていました。


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この辺は空いている筈ですが、この日は人気がありました。


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何時もなら古い作品から時代順に見るようになっていますが、新しい作品から見て行ったので戸惑いました。


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観たい作品がかなり取り外されていました。


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混雑している展示室が逆に空いていました。


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修復作業中の作品


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ペルジーノとラファエッロの「聖母の結婚」が展示されていました。


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ラファエッロの「聖母の結婚」


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ペルジーノの「聖母の結婚」


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殆どの人が見ていなかった「聖母の結婚」も同じ部屋に展示されていました。


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ペルージャのドゥオーモから貸し出されていました。


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カラヴァッジョの「エマオの晩餐」がなかった!


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カラヴァッジョ作品の代わりに展示されていた作品です。


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見ることが出来たのは、普段の半分以下でした。


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閉鎖されていた部屋が10室以上ありました。


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午後7時近くになると流石に空いてます。


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外に出ました。


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7時近くになりました。


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日が傾きました。


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冴えないブレラ絵画館となりました。


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サン・ジュゼッペ教会はもう閉まっていました。

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この日の公演はありません。


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(つづく)

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ミラノ大学を通り過ぎます。


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次はサン・ナザーロ・マッジョーレ聖堂です。


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15世紀の建物


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サン・ナザーロ・マッジョーレ聖堂に戻ってきました。聖堂内に入るには、こちらのトリヴルツィオ礼拝堂の入り口を利用します。


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ミラノ司教聖アンブロージョの指示によって、382年創建、386年に完成した初期キリスト教会で、386年に奉献された時はBasilica Apostolorumと呼ばれていました。
395年または396年に聖ナザーロの聖遺物(遺体)が教会に移されると、何時しかサン・ナザーロ聖堂と呼ばれるようになったそうです。


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1075年3月30日に発生した火災によって壊滅的な被害を受けたので、11世紀後半にロマネスク様式に再建された建物が現在の姿の原形となってます。
トリヴルツィオ礼拝堂は、バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティーノ(ベルガモ、1465c-ミラノ、1530)の設計によって16世紀初頭に建設されました。


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サンタ・カテリーナ礼拝堂は、アントニオ・ダ・ロナーテ(ロナーテ・ポッツォ―ロ、1456/1457-ミラノ、1541c)の設計によって16世紀前半に建設されました。


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後陣


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トリヴルツィオ礼拝堂ファサードの碑文


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トリヴルツィオ礼拝堂ファサード上の浮彫


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聖堂の構造図


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トリヴルツィオ礼拝堂の天井


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聖堂本堂に入りました。


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単廊式、ラテン十字形の内部です。


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最古のラテン十字形教会と言われてます。


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ダニエーレ・クレスピ(ブスト・アルシツィオ、1598-ミラノ、1630)の「受胎告知」


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カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1551-ミラノ、1629)の「キリストの神殿奉献」


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逸名画家作「聖母子と聖マトロニアーノ」(15-16世紀)


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制作者情報不知の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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詳細不知


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逸名画家作「我に触れるな」(14世紀)


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ベルナルディーノ・ラニーノ(モルダウ、1512-ヴェルチェッリ、1578)の「最後の晩餐」


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左側壁の礼拝堂


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15世紀のフレスコ


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15世紀のフレスコ


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15世紀のプレセーペ


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カルロ・ジュゼッペ・メルロ(ミラノ、1690-1760)のAltare di Sant' Ulderico


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詳細不知


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詳細不知


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サンタ・カテリーナ礼拝堂


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ベルナルディーノ・ラニーノ(モルダウ、1512-ヴェルチェッリ、1578)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの生涯の物語」(1548-49)


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もう一度見ました。


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制作者情報不知の「ご訪問」


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トリヴルツィオ礼拝堂の出入口方向


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外に出ました。


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ゆっくり見ることが出来て満足しました。


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教会巡りは運です。


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(つづく)

引き続きサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂です。
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聖アンナの生涯の物語です。


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私には、フェデリーコ・ビアンキの作品に思えます。


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作品の制作者について調べましたが確実な所が分かりません。


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出入口方向


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外に出ました。
鐘楼の前にある低い塔は、1642年に倒壊した鐘楼の残骸です。


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次は、サント・ステファノ広場でサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂に隣接して建つサン・ベルナルディーノ・アッレ・オッサ教会です。


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納骨堂で有名なサン・ベルナルディーノ・アッレ・オッサ教会です。


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1127年、教会が建っている場所近くにサン・バルナバ・イン・ブローロ病院が建設されました。また、1150年にサント・ステファノ・マッジョーレ複合施設の一つとしてサント・ステファノ病院が建設されましたが、それと同時にサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂の敷地内に墓地が設けられました。


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しかし、ペストの流行があって、墓地は直ぐに一杯になってしまい、1210年に、現在地に死者の遺骨を収容する建物が建設されました。その納骨堂を含む小さな教会が1269年に建設されましたが、それが前身です。


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1642年、サント・ステファノ・マッジョーレ聖堂の鐘楼が倒壊したのですが、倒壊した鐘楼がサン・ベルナルディーノ・アッレ・オッサ教会の建物に直撃して破壊されてしまいました。1679年に二代目の再建されました。


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しかし、二代目の建物は、1712年の火災によって消失してしまいました。
カルロ・ジュゼッペ・メルロ(ミラノ、1690-1760)の設計によって、1776年に完成したファサードを持つ建物が現在の姿です。


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教会内部に入りました。


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八角形、バロック様式の内部です。


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クーポラ


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先ず納骨堂に向かいました。


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不気味な感じがするので、直ぐに納骨堂を後にしました。


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主祭壇


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シンプルな後陣の装飾です。


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主祭壇画は、謎の画家”アマデイ”の「聖母子」


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ジローラモ・ロットリーニ修道院長作「パラビアーゴの戦いの間に祈る聖アンブロージョ」


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詳細不知


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ジローラモ・ロットリーニ修道院長作「ペスト患者に聖体拝領させる聖カルロ・ボッロメオ」


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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外に出ました。
(つづく)

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サント・ステファノ広場に建つサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂です。


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417年に創建されたサン・ザッカリア教会が前身です。奉献する聖人が聖ステファノに変更されると共に教会名称も改められましたが、その時期はよく分かっていないようです。


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1070年、初代の建物は火災によって消失したので、1075年、ロマネスク様式で再建されました。二代目の建物が現在の姿の原形です。


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1594年、フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿(当時は大司教)によって建物が改造されました。その改造の一環としてファサードも17世紀半ばに再建されました。


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1642年に鐘楼が倒壊したので、ジローラモ・クゥアドリオ(ルガーノ、1625-ミラノ、1679)の設計によって17世紀後半に再建された鐘楼が現在目にしています。


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ファサードの装飾


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この教会は2つの事柄によってかなり有名となってます。
1476年12月26日、ミラノ公爵ガレアッツォ・マリア・スフォルツァ(フェルモ、1444-ミラノ、1476)がこの教会で部下によって暗殺されました。ガレアッツォは酷薄苛烈な性格で、パアハラの権化でしたから、殺されるのは当然だったと思います。
もう一つは、1571年9月30日、ミケランジェロ・メリージ通称カラヴァッジョ(ミラノ、1571-ポルト・エンコレ、1610)がこの教会で洗礼を受けたのです。
それまで画家カラヴァッジョの生誕地としてミラノ説、カラヴァッジョ説の2つがあって、確定していませんしたが、2007年2月、ミラノのMuseo Diocesanoの保存文書の中からカラヴァッジョの洗礼記録が発見され、カラヴァッジョのミラノ生まれが確定したのです。


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ガレアッツォ・マリア・スフォルツァの暗殺を記述した聖堂にある碑文


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聖堂内に入りました。


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三廊式


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右側廊方向


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天井の装飾


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主祭壇


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天蓋


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主祭壇の磔刑像


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詳細不知


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説教壇


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詳細不知


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フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607-1665)に帰属する「聖ステファノ」


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左側廊の礼拝堂


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礼拝堂天井


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フェデリーコ・ビアンキ(マスナーゴ、1635-ミラノ、1719)の「聖母子と聖アンナ」


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詳細不知


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右側廊


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ジョヴァンニ・マウロ・デッラ・ローヴェレ通称イル・フィアッメンギーノ(ミラノ、1575-1640)の「ご誕生」


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ロンバルドの逸名画家作「キリストの神殿奉献」(17世紀)


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ロンバルドの逸名画家作「マギの礼拝」(17世紀)


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逸名画家作「ピエタ」


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フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607-1665)に帰属する「聖ステファノの殉教」


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詳細不知


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詳細不知


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左側廊


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左側廊天井


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詳細不知


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詳細不知


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聖体容器


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聖水盤


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詳細不知


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ロマネスクの浮彫(12世紀)


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16世紀の逸名画家作「聖アンブロージョ」


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逸名彫刻家作の「磔刑」(15世紀)


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右側廊


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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Cappella Trivulzio


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カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1551-ミラノ、1629)の「天上のキリストと聖ステファノ」


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(つづく)

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地下鉄でミッソーリ駅に着きました。


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サン・ナザーロ・マッジョーレ聖堂に向かいました。


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ありゃ、あれは何だ?


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サン・ナザーロ・マッジョーレ聖堂の左翼廊付近が修復中のようです。


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普段はこのような外観です。


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左翼廊


1
サンタ・カテリーナ礼拝堂


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聖堂の入り口があるトリヴルツィオ礼拝堂に回ります。


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トリヴルツィオ礼拝堂のファサードです。


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安心しました、扉が開いてます。


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聖堂の中に入ろうとしましたが、ミサ中でした。これでは拝観するわけにはいきません。


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入り口横の壁にあるフレスコ断片


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ミサが終わる時間にもう一度来ることにして、サン・ナザーロ・マッジョーレ聖堂を後にしました。


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ミラノ大学の方に行くことにしました。


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写真右は旧マッジョーレ病院です。


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ミラノは自転車シェアが盛んです。


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初代ミラノ公爵フランチェスコ・スフォルツァ(サン・ミニアート、1401-ミラノ、1466)によって1456年に創建されました。


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設計者は、アントニオ・ディ・ピエトロ・アヴェリーノ通称イル・フィアレーテ(フィレンツェ、1400c-ローマ、1469)でした。


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創建以来、幾度か増設され完成まで約200年を要しました。


P1630144
1943年8月15日夜から早朝にかけて、ドイツ軍による爆撃に大きな被害を受けました。その後、修復工事が行われましたが、新しく見える部分は再建された箇所です。


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1939年まで病院でした。1958年、ミラノ大学の本部として建物が使用されることになり、現在に至ってます。


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入口のファサードは、フランチェスコ・マリア・リチーニ(ミラノ、1584-1658)の設計によるもので、17世紀に建設されました。


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次はサンタントニオ・アバーテ教会です。


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サンタントニオ・アバーテ教会の鐘楼が見えてます。
ファサードの方に回ります。


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サンタントニオ・アバーテ教会のファサードが見えてます。


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聖アンブロージョ司教の時代、4世紀に建設されたTempioが前身とされてます。
1272年以降に再建されました。


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15世紀に建設された鐘楼


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17-18世紀に現在の姿に改造されました。


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ファサードの彫刻


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見逃せない作品が幾つかあります。


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扉が閉まっていたのが残念でした。
外部サイトから作品画像を拝借して、教会内にある作品を幾つか紹介させて頂きます。


4
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「受胎告知」


5
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「エジプトへの逃避」


6
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「ご訪問」


7
ルドヴィーコ・カラッチ(ボローニャ、1555-1619)の「羊飼いの礼拝」


8
ピエル・フランチェスコ・マッツゥッケッリ通称通称イル・モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573-ピアチェンツァ、1626)の「マギの礼拝」


9
ジョヴァン・バッティスタ・トロッティ通称イル・マロッゾ(クレモナ、1555-パルマ、1612)の「キリストの昇天」


10
ベルナルディーノ・カンピ(レッジョ・エミリア、1522-1591)の「聖チェチリア」


11
ジョヴァンニ・バッティスタ・カンピ通称イル・チェラーノ(ロマニャーノ・セーシャ、1573-ミラノ、1632)の「聖ガエターノ」


12
ジョヴァンニ・アンブロージョ・フィジーノ(ミラノ、1540-1608)の「聖母の誕生」


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次はサント・ステファノ聖堂です。


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(つづく)

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成田空港は雨でした。


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アリタリア航空でミラノに向かいました。


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機内は退屈です。


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映画は見ません。見るのはフライト情報だけです。


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もう直ぐミラノです。


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マルペンサ空港に到着しました。


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予定よりも早く到着しました。


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荷物が出てきません。


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バスでミラノ中央駅に到着しました。


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ホテルは何時もの所でした。


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朝です。


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この日の朝、パレルモに飛びます。


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リナ―テ空港に向かいました。


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バスは空いていました。


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リナ―テ空港に到着しました。


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荷物預けとセキュリティ・チェックに問題がありました。


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問題の原因は、日本語の搭乗券でした。イタリア人には理解不能ですから。


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イタリア国内便の搭乗券は、日本語ではなくイタリア語又は英語表記が良いと思いました。


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搭乗口は2か所。


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ミラノを離れました。


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この回の旅行の最終目的地がミラノでした。フィレンツェからミラノ中央駅に到着しました。


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ホテルに向かいます。


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ミラノ・コレクションの開催週間だったので、何時もの中央駅近く(このホテルも近いですが)のホテルが満室でした。この時はここに泊まりました。


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チェックインを済ませて街歩きに出発しました。


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ミラノ・ポルタ・ジェノヴァ駅


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ポルタ・ジェノヴァ駅の駅舎


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駅前広場


P1630057
トラム・ターミナルがあって便利です。


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(つづく)

サン・シンプリチャーノ聖堂の続きです。
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17世紀の逸名彫刻家作「磔刑像」


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ジローラモ・キニョーリの「聖マウロの奇跡」


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アレッサンドロ・ブランビッラの「聖マウロの物語」(1891)


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アレッサンドロ・ブランビッラの「聖マウロの物語」(1891)


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15世紀のフレスコ画


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エミリオ・カヴェナーギ(カラヴァッジョ、1852-ミラノ、1876)の「四福音書記者」


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エミリオ・カヴェナーギ(カラヴァッジョ、1852-ミラノ、1876)の「四福音書記者」


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右側廊


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詳細不知


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詳細不知


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大部分の照明が消されてしまいました。


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説教壇


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右翼廊の礼拝堂


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14世紀のフレスコ画


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14世紀のフレスコ画


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ファサード裏にオルガンがあります。


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外に出ました。


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トラムで中央駅に戻りました。


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トラムに乗車中に雷雨となりました。


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止んだかと思うと直ぐに雷雨に。


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夕食のために外出しました。


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スコールを繰り返すので遠出を諦めて中央駅近くの店でお茶を濁します。


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この店は閉店して今はありません。ここで食べました。


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食べ終わって外に出ると青空が出てきました。


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翌朝です。


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帰国日の朝なので、適当に買い物へ。


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トラムで中心街へ


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ミラノと暫しのお別れです。


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バスでマルペンサ空港へ


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マルペンサ空港は雨でした。


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(つづく)

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次はサン・シンプリチャーノ聖堂です。


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ガリバルディ通りを進みます。


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この建物は何でしょうか?


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その答えはこれです。


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サン・シンプリチャーノ聖堂はもう直ぐです。


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パレルモ通りとの交差点


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次を左折すれば聖堂前の道路があります。


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サン・シンプリチャーノ聖堂です。


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4世紀第4四半世紀、ミラノ司教聖アンブロージョ(トーリア、339/340-ミラノ、397)によって異教の墓地だった現在地に建設された初期キリスト教会です。
聖アンブロージョは、聖シンプリチャーノ(べヴェラ―テ・ディ・ブリヴィオ、320c-ミラノ、401)をミラノ司教後継者に指名しました。401年、ミラノ大司教となった聖シンプリチャーノが没し、聖遺物となった聖シンプリチャーノの遺体はこの聖堂内に埋葬されましたが、それと共に教会の名称が現称に改称されました。


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建物は590年から615年にかけて拡大改造されました。
9世紀、ベネデット会の所有教会となり、教会に隣接して大修道院が建設されました。
教会は、11世紀から13世紀に、さらに15世紀に改造され、16世紀に増築されました。


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ローマ時代後期のアーチに支えられた身廊右側


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ネオ・ロマネスク様式のファサードは、1870年に再建された、比較的新しいものです。


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修道院の建物


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ファサードの、向かって右扉上ルネッタのモザイク


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中央扉上ルネッタ


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ファサードの左扉上ルネッタのモザイク


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聖堂内に入りました。


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1840年、現在の姿のように改装された内部です。


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三廊式、ラテン十字形


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交差ヴォールト


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右側廊


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右側廊からの眺め


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主祭壇


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詳細不知


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後陣のフレスコ画が見所です。


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アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ボルゴニョーネ(フォッサーノ、1453c-ミラノ、1523)の「聖母戴冠」


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アウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530-1592)の「聖プラチドと聖マウロ司教」(1588)
アウレリオは、ベルナルディーノ・ルイーニの4男です。


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詳細不知


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16世紀のロンバルドの逸名画家作「十字架降下」


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無原罪の礼拝堂(19世紀)


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アレッサンドロ・ブランビッラの「ユディト」(19世紀)


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アレッサンドロ・ブランビッラの「デボラ」(19世紀)


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カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1561-ミラノ、1629)の「聖母の結婚」


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左側廊


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サン・ベネデット礼拝堂


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エネア・サルメッジャ(ベルガモ、1558-1626)の「子供を蘇生させる聖ベネデット」(1619)


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サン・ベネデット礼拝堂天井のフレスコ画
(つづく)

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ドゥオーモ広場に来たのはドゥオーモの拝観が目的ではありません。


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王宮で開催されているレオナルド・ダ・ヴィンチ展が目的です。


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完成作品が少ないレオナルド・ダ・ヴィンチ展の開催は、手稿や手稿に記された工夫の模型などを展示してお茶を濁すのが普通ですが、この時はミラノ万博の目玉となっていたので、完成作品がある程度揃っていたので大変な人気でした。


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あれっ、行列がない!!


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この一か月前にもレオナルド・ダ・ヴィンチ展に入ったのですが、その時は予約なしでした。ドゥオーモ近くまで長蛇の列で酷い目に遭いました。
それに懲りて、今回は予約して来たのです。


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拍子抜けしました。


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外に出ました。館内人数の定員制と採っていたのでしょう、中の混雑は一か月前と殆ど同じでした。


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ミラノ万博開催を機に、ドゥオーモは拝観有料に転じました。


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大した金額ではないけれど、無料で自由に拝観出来たことを思い出し、有料化に抵抗感があって、有料化以降一度も拝観したことがありません。


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夏至間近の観光シーズンにしては、全般的に人出が少なめでした。


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ドゥオーモのファサードを見ました。


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(つづく)

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以前、写真券を買えば写真OKだったアンブロジアーナ美術館ですが、多くの美術館や博物館で写真が解禁された2014年6月頃から何故か写真券制度がなくなって、写真不可となり、多分現在に至っていると思います。
展示室内は写真不可ですが、展示室に向かう途中の階段の壁などのある作品は写真OKのようです。


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制作者情報不知の「フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿の肖像」
フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿はアンブロジアーナ図書館の設立者です。


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パウル(ポール)・ブリル(アンヴェルサ、1554-ローマ、1626)の「アヌビスがいる風景」


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パウル(ポール)・ブリル(アンヴェルサ、1554-ローマ、1626)の「ムティウスがいる風景」


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ジャコモ・モラーリア(ミラノ、1791-1860)とポンぺオ・マルケージ(サルトリオ、1789-ミラノ、1858)とアントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757-ヴェネツィア、1822)の「ジュゼッペ・ボッシのモニュメント」
ジュゼッペ・ボッシ(ブスト・アルシツィオ、1777-ミラノ、1815)は、画家、評論家、美術収集家でした。


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階段途中や壁の作品を見ます。


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有名なラオコーン
16世紀に制作された複製です。


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ミケランジェロのピエタがここにある、と叫んでいたイタリア人少年がいました。
16世紀に制作された複製です。非常に出来が良いので見る価値ありです。


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アントニオ・ブスカの作品


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ダニエーレ・クレスピ(ブスト・アルシツィオ、1597/1600-ミラノ、1630)の「聖母子とアッシジの聖フランチェスコと聖カルロ・ボッロメオ」


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この時も展示室内は写真不可でした。


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赤煉瓦の部分は隣接するサン・セポルクロ教会です。


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頼み込んだら、遠くからならば良いと撮らせてもらったカラヴァッジョの「果物籠」


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外に出ました。


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フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿像


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アンブロジアーナ図書館に隣接して教会が建ってます。順序は逆で、教会に隣接して図書館の建物が建設されたのです。


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サン・セポルクロ教会です。


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1030年創建の教会です。現存する建物は、何度も改造されて創建時の姿とは全く違うとされてます。


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1099年、ロンバルド十字軍が聖地エルサレムを奪回したことの祝福として、1100年に拡大改造されました。


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1578年、聖カルロ・ボッロメオによって設立されたOblati dei Santi Ambrogio e Carlo(信心会)の教会になりました。


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1605年、フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿によって、教会の隣と後ろにアンブロジアーナ図書館が建設されると共に、教会内部がバロック様式に改修されました。


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1713年から1719年にかけて、ファサードがバロック様式に改修されました。現在のネオ・ロマネスク様式のファサードは、元に姿に戻そうとして1894年から1897年にかけて再建されたものです。
2本の鐘楼は、12世紀のオリジナルのものです。


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中に入りました。


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1713年から1719年にバロック様式から新古典様式に改修された内部です。


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古い作品は美術館に移されました。


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1030年創建の痕跡は全くありません。


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天井のフレスコ画


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詳細不知


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609-1702)の「聖母子と2聖人」


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5


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。


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ドゥオーモ広場に向かいます。


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P1640220
(つづく)

P1630737
ミラノ市立博物館の本館(スフォルツァ城内)です。


P1630710
ミラノ市立博物館については既に2回取り上げました。
毎年、複数回入館してますが、毎回少しづつ展示内容が違います。


P1630753
ベネデット・ベンボ


P1630765
アンブロージョ・べヴィラクゥア


P1630775
バルダッサッレ・デステ


P1630790


P1630784
ヴィンチェンツォ・フォッパ


P1630791
ヴィンチェンツォ・フォッパ


P1630801
ヴィンチェンツォ・フォッパ


P1630806
ヴィンチェンツォ・フォッパ


P1630808
ヴィンチェンツォ・フォッパ


P1630820
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称イル・ベルゴニョーネ


P1630824
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称イル・ベルゴニョーネ


P1630826
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称イル・ベルゴニョーネ


P1630837
マルコ・ドッジョーノ


P1630860
ベルナルディーノ・ブティ―ノーネ


P1630867
ロンバルドの逸名画家


P1630881
マルコ・ドッジョーノ


P1630884
チェーザ・ダ・セスト


P1630895
ベルナルド・ゼナレ


P1630926
アゴスティーノ・ブスティ通称バンバイア


P1630930
ブラマンティーノ


P1630940
アンドレア・ソラーリオ


P1630944
べルナルディーノ・デ・コンティ


P1630946
ジャンピエトリーノ


P1630952
ベルナルディーノ・ルイーニ


P1630966
フィリッポ・リッピ


P1630970
アントネッロ・ダ・メッシーナ


P1630977
ジョヴァンニ・ベッリーニ


P1630983
マンテーニャ


P1630998
カルロ・クリヴェッリ


P1640004
コレッジョ


P1640093
ロレンツォ・ロット


P1640096
ティントレット


P1640102
幅広い展示です。


P1640122
外に出ました。


P1640124
次はアンブロジアーナ美術館です。


P1640125
徒歩で美術館に向かいました。


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ミラノ万博は、この時点では不人気でした。


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万博期間中のホテル代が高過ぎたのも、はじめ不人気だった理由の一つだったと思います。


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それで途中からホテル代を値下げしたら万博に客足が伸びたようです。


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終盤近くなって万博の大行列の報道に接して驚きました。


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振り返って写真を撮りました。


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ドゥオーモが写ってます。


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アンブロジアーナ美術館に着きました。
(つづく)

引き続きサンタ・マリア・インコロナータ教会です。
P1350998
告解室?


P1360002
詳細不知の磔刑像


P1360005
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称イル・ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453c-ミラノ、1523)に帰属する「Cristo sotto il torchio」


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礼拝堂天井のフレスコ


P1360007
詳細不知


P1360009
チーロ・フェッリ(ローマ、1634-1689)の「トレンティーノの聖二コラの物語」


P1360013
チーロ・フェッリ(ローマ、1634-1689)の「トレンティーノの聖二コラの物語」


P1360016
チーロ・フェッリ(ローマ、1634-1689)の「トレンティーノの聖二コラの物語」


P1360020
詳細不知


P1360023
制作者情報不知の「聖カルロ・ボッロメオと聖フィリッポ・ネリとサレスの聖フランチェスコ」


P1360029
制作者情報不知の「磔刑」


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P1360031
説教壇


P1360032
制作者情報不知の「最後の晩餐」


P1360035
詳細不知のフレスコ断片


P1360039
詳細不知


P1360041
オリジナルのサンタ・マリア・インコロナータ教会の主祭壇です。


P1360044
詳細不知


P1360048
詳細不知


P1360049


P1360051


P1360052
外に出る前に、もう一度ボルゴニョーネのフレスコ画を見ました。


P1360058
外に出ました。


P1630491
トラムで移動します。


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トラムを乗り継いでノルド駅に着きました。


P1630496
スフォルツァ城に向かいます。


P1630497
この時、ミラノ万博が開催されたばかりでした。奇妙なオブジェはミラノ万博用のものでしょう。


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毎年入館しているミラノ市立博物館に入館するために来ました。


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スフォルツァ家の紋章


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万博の切符売り場だったような・・・・・


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如何にもイタリア人が好みそうな・・・・・


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ミラノ万博は、閉幕近くになると大人気でしたが、開幕したばかりの時は全くの不人気でガラガラでした。


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城内に入りました。


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恐らくミラノ万博開催を記念して新設されたと思われるミケランジェロの「ロンダニーニのピエタ」展時専用設備。


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入館するには市立博物館の切符が必要です。


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切符売り場の入り口


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切符を買いました。

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入館します。


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ミケランジェロの遺作となった未完の「ロンダニーニのピエタ」


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(つづく)

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成田空港から出発です。
定刻の出発時間が表示されていました。ところが、ところが、でした。


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遅れてウンザリ。


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マルペンサ空港に到着しました。


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バスで中央駅へ。


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この日のミラノは雨でした。


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中央駅横のバスターミナルに到着。
初夏だったので日没前に到着予定でしたが、イタリアからの成田到着便が遅れた影響で3時間遅れのマルペンサ到着となりました。


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駅至近のミケランジェロがこの日のお宿です。


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ホテル近くのスーパーに買い物に。


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予定では、レストランに行く予定でしたが、飛行機が遅れたので叶わず。


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翌朝です。


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かなり寒い雨の一日となりました。


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この後、バガッティ・ヴァルセッキ博物館とボスキ・ディ・ステファノ邸美術館に行きました。写真不可だったの紹介を省略させて頂きます。


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ミラノ到着から25日後、帰路のミラノです。


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天気に恵まれました。


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今まであまり拝観に恵まれなかった教会巡りをしました。


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今回は、サンタ・マリア・インコロナータ教会です。


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ガリバルディ通りに面して建つサンタ・マリア・インコロナータ教会、正式には教区教会です。


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珍しい二重ファサードが目立ちます。


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ミラノ自治都市時代に建設されたサンタ・マリア・ディ・ガルニャーノ教会が前身です。


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1400年、アゴスティーノ会修道士によって、サンタ・マリア・ディ・ガルニャーノ教会に隣接して、修道院が建設されました。
1451年、教会の名称がサンタ・マリア・インコロナータ教会に改称されました。
写真左側は後期ゴシック様式のサンタ・マリア・インコロナータ教会で、ミラノ公爵フランチェスコ1世・スフォルツァ(サン・ミニアート、1401-ミラノ、1466)によって1450年から1460年にかけて再建されました。
写真右側は、トレンティーノの聖二コラを奉献するサン・二コラ・ダ・トレンティーノ新教会で、ミラノ公爵フランチェスコ1世・スフォルツァの妻ビアンカ・マリア・ヴィスコンティ(セッティ―モ・パヴェ―ゼ、1425-クレモナ、1468)によって1460年に建設されました。
1468年、2つの教会は合併され、合併後の名称は左側のサンタ・マリア・インコロナータ教会がそのまま引き継がれました。


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鐘楼


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旧サン・二コラ・ダ・トレンティーノ教会の右側壁の礼拝堂
1654年と1827年に大改造され、現在の姿と異なる外観でしたが、1900年に中世の姿に戻す改造工事が行われ、現在の姿となりました。


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ファサードのStemma Visconteo


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右側の旧サン・二コラ・ダ・トレンティーノ教会の入り口扉上ルネッタ上の「トレンティーノの聖二コラ像」


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左側入口扉上ルネッタ上の「戴冠した聖母像」


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扉が開く時間に来ました。


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中に入りました。


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当たり前ですが、中も二重構造になっていました。


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左側のオリジナルのサンタ・マリア・インコロナータ教会です。


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その右側に旧サン・二コラ・ダ・トレンティーノ教会があります。


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左側壁


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旧サン・二コラ・ダ・トレンティーノ教会


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右側壁


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ロレンツォ・ギベルティ派逸名金工家作「右後陣の磔刑像」(16世紀)


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バロックの逸名画家作「トレンティーノの聖二コラの生涯」(17世紀)


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右後陣の天井


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詳細不知の「聖家族」


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15世紀のフレスコ画 上はアレッサンドリアの聖カテリーナ、下はモンテファルコの聖キアーラ


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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(つづく)

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この時の旅はこれで終了です。


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ホテルに戻り、荷物を受け取り、空港に行って搭乗するだけです。


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靴下と靴が濡れたので、替える必要がありそうでした。


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ホテルに預けた荷物の中に、靴がもう一足あるので靴の方は問題なしでした。


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ところが靴下の方に問題がありました。


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帰国日に合わせて、肌着や靴下の洗濯を止めていたので、替えの靴下がない!


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靴下の洗濯は簡単なので、ホテルでやっておけば良かったのですが、後の祭りです。


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ズボラな性格なもので、洗濯は必要最小限度にしていたのが仇になりました。


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靴下を買うために街歩きを少々継続です。


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靴下を売っている店を探しました。


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ミラノの中心街には紳士用靴下を売っていそうな店が中々ない。


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婦人用下着や靴下を売っている店には入りましたが、紳士用は扱っていない!


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参りました。


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旅をしていると色々なことが起こります。


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中央駅の店で買うことが出来ました。


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イタリアでは爪切りを買うのが大変だったことを覚えてます。


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旅の途中で、持参していた爪切りが分解してしまい、爪が伸びたので爪切りが必要になったのです。


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スーパーに行ってもないし、100円ショップのイタリア版の店に行っても扱っていなかった。


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ドイツならば、ヘンケルの刃物類を扱っている店で簡単に買えますが・・・・・


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フィレンツェの金物屋で買うことが出来ました。


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出発まで、あと4時間です。


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余裕をもって空港に行きたいので、そろそろ切り上げの時間になりました。


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中央駅に行けば、靴下が買えるだろうと楽観視していました。


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地下鉄で中央駅に向かいました。


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駅のショップで靴下を買うのに意外に苦戦して時間がかかってしまいました。


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ラウンジで少しゆっくりしたかったのですが叶わず。


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小さな飛行機です。


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(つづく)

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トリノ通りに戻りました。


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次はサン・ジョルジョ・アル・パラッツォ教会です。


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教会が建っている小さな広場にやってきました。


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サン・ジョルジョ・アル・パラッツォ教会です。


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750年、または751年、ロンゴバルドのフリウリ公爵ラチス(後のイタリア王)によって創建されました。


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12世紀に再建されました。


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1158年と1201年の文書に、この教会の存在が記されているそうです。


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16世紀以降、3回に渡る大改修を受け、現在の外観となりました。


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ファサードは、フランチェスコ・クローチェ(ミラノ、1696-1773)の設計によって1774年に完成しました。


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アルフォンゾ・パッロッケッティの設計によって19世紀末に建設された新古典様式のクーポラと鐘楼です。


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ファサードの装飾


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中に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、ネオ・バロック様式の内部です。


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1800年と1821年にルイージ・カニョーラ(ミラノ、1762-インヴェリーゴ、1833)によって大改修された内部です。


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天井


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左側廊


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右側廊


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詳細不知


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ガウデンツィオ・フェラーリ(ヴァルドゥッジャ、1475/1480-ミラノ、1546)の「聖ジローラモ」


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19世紀末に建設されたクーポラ


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ピエル・フランチェスコ・マッツゥッケッリ通称イル・モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573-ピアチェンツァ、1626)の「聖ジョルジョの殉教」


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詳細不知


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ピエル・フランチェスコ・マッツゥッケッリ通称イル・モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573-ピアチェンツァ、1626)の「マギの礼拝」


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詳細不知


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雨天のためか、暗くてよく見えません。


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詳細不知


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この教会の最大の見所、Cappella della Passioneです。


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礼拝堂のフレスコ画は、ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c-ミラノ、1532)によって1516年に制作されました。


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嘆き


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荊刑のキリスト


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磔刑


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この人を見よ


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キリストの鞭打ち


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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主祭壇


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ベルナルディーノ・ルイーニ作説がある後陣のフレスコ画


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ジョヴァンニ・ステファノ・ダネーディ通称イル・モンタルト(トレヴィーリオ、1612-ミラノ、1690)の「幼きキリストへの崇拝」


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ジョヴァンニ・ステファノ・ダネーディ通称イル・モンタルト(トレヴィーリオ、1612-ミラノ、1690)の「割礼」


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後陣は立ち入り禁止なのでよく見えません。


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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ウンベルト・マリニャーニの「聖カルロ・ボッロメオ」(1926)


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ダニエーレ・クレスピ(ブスト・アルシツィオ、1598-ミラノ、1630)の「ロザリオの聖母」


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ジュゼッペ・メラーニ(ピサ、1673-1747)の「聖カルロ・ボッロメオに顕現するキリスト」


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。
(つづく)

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次はサン・セバスティアーノ市立寺院です。


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サン・セバスティアーノ市立寺院です。
この場所に初期キリスト教のサン・トランクィッリーノ教会がありました。


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16世紀後半、ミラノを襲ったペスト禍収拾を奉献するために、1576年、当時のミラノ司教聖カルロ・ボッロメオの主導によって、ペッレグリーノ・ティバルディ(ピューリア、1527-ミラノ、1596)の設計、ミラノ自治体の費用負担によって、1577年から1616年にかけて建設されました。
ペッレグリーノ・ティバルディは建設の途中で体調を崩したので、建築家ジュゼッペ・メーダ(1534-1599)に建設工事が引き継がれましたが、メーダも1599年に没してしまい、メーダの後を引き継いだファビオ・マンゴーネ(カラヴァッジョ、1587-ミラノ、1629)が完成させたのです。


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クーポラは、ピエトロ・アントニオ・バルカ(ミラノ、1586c-1639c)によって1616年-1617年に建設されました。


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他の教会と違って、今なおミラノ市が所有してます。


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ファサードの装飾


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扉が開いていました。


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中に入りました。


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ほぼ円形の内部です。


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マニエリスム様式の内部です。


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クーポラのフレスコ画は、アゴスティーノ・コメーリオ(ロカーテ、1784-1829)によって描かれました。


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コメーリオは未完成で没したので、ラザーロ・パシーニ(レッジョ・エミリア、1861-ミラノ、1949)によって完成されたフレスコ画です。


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詳細不知
見慣れた作品がありますが、私見では、オリジナルではないようで、恐らく複製画でしょう。


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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ベネデット・カッチャトーリ(カッラーラ、1794-1871)の「ピエタ」


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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外に出ました。


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雨がかなり強くなってきました。


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次はサント・セポルクロ教会です。教会はアンブロジアーナ図書館の隣にあります。


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まだ8時を過ぎたばかりです。


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アンブロジアーナ美術館です。


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開館は午前10時からです。


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帰国の日に入館するわけにはいきません。


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少し大回りしてアンブロジアーナ図書館に向かいました。


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Via dell Ambrosiana


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アンブロジアーナ図書館です。


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図書館と教会がくっついてます。


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サント・セポルクロ教会です。


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鐘楼が2本あります。


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この日の朝は開いている筈ですが、来てみると扉が閉まっていました。


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「行ってみないと分からない、行ってみて初めて分かる」 今回もこれでした。


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トリノ通りに戻ります。


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嬉しいことに雨が少し小降りになりました。


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(つづく)

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ガッレリアに向かいました。


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ガッレリアの入り口でレオナルド・ダ・ヴィンチ展が行われていました。
手稿に記載されている機械、工夫などを模型によって具現化したものが展示されていました。


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ガッレリアに入りました。


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相変わらずの賑わいでした。


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ドゥオーモ広場とスカラ座方面を繋ぐ通路です。


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通路と通路の交差点四隅の店が時々変わります。


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この時はプラダが2つでしたが、4隅ともプラダだった時があったような気がします。


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ガッレリア中央の天井


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モザイク


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ミラノの紋章


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やってます!
牡牛の大事な所に踵を付けて、とまらずに3回転出来る幸福になれるそうです。


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数年前に修復されましたが、穴が出来てしまいました。
これってトリノの紋章なんです。
ミラノにサッカーチームが2つありますが、トリノの憎っきユヴェントスとの試合日前後に、トリノのシンボル牡牛の大事な所に踵を付けて回転させて、ファンの士気を高揚させたり、地元の勝利を祝したり、敗戦のうっぷん晴らしをするという別説があります。


151
修復されて間もないころ


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地元の人に聞いたことがありますが、ユヴェントス説を支持していました。


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ドゥオーモ広場に出ます。


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ドゥオーモ広場


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愛用のエルメデジルド・ゼニアの広告がありました。


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地下鉄で中央駅近くのホテルに戻りました。


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ミケランジェロが満室だったので、その向かいのホテルに泊まってました。


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特に問題なしのホテル


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それにしてもミラノのホテル代が高い!


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この時の旅の最後の夜なので、買い物に出ました。


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ブエノス・アイレス通りのスーパーに行きました。


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翌朝です。生憎の雨天でした。


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ドゥオーモ付近の教会を巡ります。


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トリノ通り


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マルペンサからの成田直行便に乗るので、午前10時半までにはホテルに戻りたいところです。


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サン・サティーロ教会


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拝観しました。


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写真不可なので、中の写真がありません。


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(つづく)

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ポルディ・ペッツォーリ美術館は、この日の翌日に行きました。


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次はサン・フェデーレ教会です。


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この日の公演はありません。


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スカラ座前からサン・フェデーレ教会が見えます。


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サン・フェデーレ教会です。正式名はChiesa di Santa Maria della Scala in San Fedeleと言います。
313年、この場所に建てられたサンタ・マリア・イン・ソラリオ―ロ教会が前身です。11世紀、奉献する聖人を聖フェデーレに変更すると共に、サン・フェデーレ教会と呼称されるようになりました。


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現在の建物は、16世紀に聖カルロ・ボッロメオが、反宗教改革を目的にイエズス会の教会として建設されました。


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ペッレグリーノ・ティバルディ(ピューリア、1527-ミラノ、1596)の設計によって、1569年に創建され、1579年に活動が行われる状態になったマニエリスム様式の建物です。
1579年、聖カルロ・ボッロメオによって奉献式が執り行われました。
1586年、建設工事は建築家マルティーノ・バッシ(セレーニョ、1542-ミラノ、1591)に引き継がれ、更に1629年、建築家フランチェスコ・マリア・リッチーニ(ミラノ、1584-1658)に引き継がれて完成しました。


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クーポラは、アンドレア・ビッフィ(ミラノ、1645-1686)の設計によって1684年に建設されました。


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1773年、イエズス会活動抑止令によって教会活動が停止されてしまい、ファサードが1776年に取り壊されました。
現在のファサードは、建築家ピエトロ・ペスタガッリ(ミラノ、1776-1853)によって、ペッレグリーノ・ティバルディ設計に基づくオリジナルのファサードに出来るだけ忠実に復元(1835年)されたものです。


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サン・フェデーレ広場に、フランチェスコ・バルザーギ(ミラノ、1839-1892)の「アレッサンドロ・マンゾーニのモニュメント」(1883)があります。
アレッサンドロ・マンゾーニ(ミラノ、1785-1873)は詩人、作家ですが、1873年、サン・フェデーレ教会から外に出るときに躓いて大怪我をし、それがもとで死去したのです。


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ファサードの最上部は、ガエターノ・マッテオ・モンティ(ラヴェンナ、1776-ミラノ、1847)の「聖母被昇天」


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ファサードの彫刻


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教会の説明プレート


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教会の構造図


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教会内に入りました。


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単廊式、マニエリスム様式の内部です。翼廊がありません。


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左右に2つづつの礼拝堂があります。


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天井にイエズス会の紋章があります。


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Cappella della Deposizione


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シモーネ・ペテルツァーノ(ベルガモ、1535-ミラノ、1599)の「十字架降下」(1573-78c)


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説明板があります。


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詳細不知


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制作者情報等詳細不知の「キリストの洗礼」


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ペッレグリーノ・ティバルディのCappella Spinola- Rezzinico


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ベルナルディーノ・ルイーニ派逸名画家作「スカラの聖母」(16世紀)


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主祭壇


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クーポラ


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Cappella di Sant' Ignazio


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ジョヴァン・バッティスタ・クレスピ通称イル・チェラーノ(ロマニャーノ・セーシャ、1573-ミラノ、1632)の「聖イグナツィオ・ディ・ロヨラの幻視」(1622)


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詳細不知


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詳細不知の磔刑像


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。
(つづく)

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サン・マルコ教会を後にしました。


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ブレラ通りに来ました。


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ここに来た目的は勿論ブレラ絵画館です。


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美術学校の生徒の奇抜な服装が面白い。


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修復中だったナポレオン像です。


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入館しました。


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展示作品はすべて一級です。


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ヴェネツィア派絵画が充実しています。


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ルカ・シニョレッリの作品


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ブレラ絵画館については、既に2回取り上げました。


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かなり空いていました。


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外に出ました。


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ブレラ絵画館に何回入荷しても何時も感激します。


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どうしても館内に長くいるので、疲れます。


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旧サン・カルポフォロ教会です。


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非常に印象的なファサードです。


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旧サン・カルポフォロ教会の後陣


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フランチェスコ・アイエツのモニュメント


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フランチェスコ・バルザーギ(ミラノ、1839-1892)の「フランチェスコ・アイエツのモニュメント」(1890)


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17世紀に建設され、18世紀に改造されたPalazzo Cusani
ロンバルディア軍の司令部が置かれてます。


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スカラ座方向に歩きます。


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サンタ・マリア・デル・カルミネ教会です。


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Via Ciovasso


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写真左はサンタ・マリア・デル・カルミネ教会です。


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突き当りはブレラ通りになります。


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ブレラ通りに戻りました。


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次はサン・ジュゼッペ教会です。


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サン・ジュゼッペ教会です。


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フランチェスコ・マリア・リッチーニ(ミラノ、1584-1658)の設計によって1607年から1630年に建設されたロンバルド・バロック様式の教会です。


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ファサードの彫刻はルイージ・スコルツィーニ(ミラノ、1799-1839)によります。


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ルイージ・スコルツィーニ(ミラノ、1799-1839)の「聖家族」


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P1100632
中に入りました。


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アンドレア・ランツァーニ(ミラノ、1645-1712)の「聖家族」(1712)


P1100639
外に出ました。


P1100643
(つづく)

P1100495
この日は、ポルタ・ガリバルディ駅から街歩きを始めました。


P1100496
直ぐにガリバルディ門が見えます。


P1100498
ジャコモ・モラーリア(ミラノ、1791-1860)によって1826年から18128年にかけて建設されたガリバルディ門です。


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ローマ時代に築かれた城壁の門が前身です。


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カドゥケウスの図像(交通のシンボル)


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門の横にある建物


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コルソ・ガリバルディから見たガリバルディ門


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コルソ・ガリバルディ


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サンタ・マリア・インコロナータ教会


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左が教会、右が修道院の所謂「二重教会」の建物です。


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15世紀に建設されました。


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扉が閉まっていました。


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ファサードのトレンティーノの聖二コラ像


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戴冠した聖母像


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教会前の広場


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マルサラ通り


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ガリバルディ通りを進みます。


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サルヴァトーレ・ピサーニ(モンジャーナ、1859-ミラノ、1920)の「ジョヴァンニ・バッティスタ・ピアッティのモニュメント」(1894)
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピアッティ(ミラノ、1813-1867)は、圧縮空気ドリルを発明したエンジニアです。鉄道トンネルの掘削において、ピアッティの圧縮空気ドリルが飛躍的に効果を上げたのです。


P1100521
この辺は19世紀に再整備された地域です。


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新しい建物ばかりで詰まらない。


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ミラノの繁華街の一つです。


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サン・シンプリチャーノ聖堂に向かいます。


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聖堂はもう直ぐです。


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ガリバルディ通りの左側に聖堂があります。


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サン・シンプリチャーノ聖堂にやってきました。


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4世紀に建設された初期キリスト教会が前身です。


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異教の墓地がありましたが、葬儀用祈り場を初期キリスト教会に改造されたようです。


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9世紀に大きな礼拝堂が併設されました。


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11世紀から13世紀に大改修されました。


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ファサード・ルネッタのモザイク


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サン・シンプリチャーノ通りです。


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ガリバルディ通りに戻りました。


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写真右に面白い建物があります。


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1859年に建設されたTeatro Fossatiです。


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ユニークなファサードです。


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次の交差点を左折します。


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ポンタッチョ通りに入りました。


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ポンタッチョ通りを更に進みます。


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次はサン・マルコ教会です。


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ブレラ絵画館に近い。


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サン・マルコ教会にやってきました。


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1245年に創建された教会です。


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モーツァルトが3か月ほど滞在したことでも知られてます。


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1874年、ヴェルディ作曲のレクイエムが初演された教会です。
1871年に復元されたファサード。


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バラ窓


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ジョヴァンニ・ディ・バルドゥッチョ(ピサ、1300c-1349c)に帰属する「三聖人」


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入口扉上ルネッタのモザイクは、アンジェロ・インガンニ(ブレーシャ、1807-グッサーゴ、1880)のフレスコ原画に基づきます。


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扉が閉まっていました。


P1100566
(つづく)

333
サンタ・マリア・プレッソ・サン・チェルソ聖堂にやってきました。扉が開いていました。


331
Basilica e Santuario di Santa Maria dei Miracoli presso San Celsoが正式名です。
1950年、Basilica Minoreに格付けされました。
写真右はサン・チェルソ教会です。presso=近くの、という意味ですから、サン・チェルソ教会近くのサンタ・マリア・デイ・ミラコリ聖堂聖域と訳せば良いと思います。


329
本題とはあまり関係がありませんが、サン・チェルソ教会は、4世紀に創建された歴史ある教会で、現在の建物は11世紀に再建されたものです。ネオ・ロマネスク様式のファサードは、19世紀に改装された
ものです。
外観では、11世紀の再建された鐘楼が目立ちます。


327
地図があって分かり易い。


330
ジャン・ジャコモ・ドルチェブオーノ(ルガーノ、1445c-ミラノ、1504)とジョヴァンニ・バッタージョ(ローディ、15世紀―?)の設計によって1493年に建設工事が開始されました。
外壁を囲む柱廊は、チェーザレ・チェザリアーノ(ミラノ、1475-1543)、クリストフォロ・ロンアバルド通称イル・ロンバルディーノ(?、?-ミラノ、1556)などによって16世紀初頭に建設されました。


332
八角形のクーポラは、ジョヴァンニ・アントニオ・アマデオ(パヴィア、1447-ミラノ、1522)の設計によって1494年に建設が始められました。


258
Quadriportico


320
ジョヴァンニ・アントニオ・アマデオ(パヴィア、1447-ミラノ、1522)の設計によるQuadriportico


257
マニエリスム様式のファサード


260
ヴィンチェンツォ・セレーニ(セレーニョ、1519/1520-ミラノ、1594)の設計原案に基づきガレアッツォ・マレッシ(ペルージャ、1512-1572)の設計によって、マルティーノ・バッシ(セレーニョ、1549-ミラノ、1591)が1570年に完成させたファサードです。


261
ファサードの彫刻


262
ストルド・ロレンツィ(セッティニャーノ、1534-ピサ、1583以降没)とアンニーバレ・フォンターナ(ミラノ、1540-1587)によるファサードの彫刻


263


256
音楽天使たちの彫刻


310
聖堂内部に入りました。


265
三廊式、ルネサンス様式の内部です。


266
1565年、聖カルロ・ボッロメオは反宗教改革を表明しましたが、それに沿って内装されたと言われてます。


268
詳細不知


269
ジョヴァン・バッティスタ・クレスピ通称イル・チェラーノ(チェラーノ、1573-ミラノ、1632)による天井フレスコ


270
詳細不知


272
詳細不知


274
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「聖ナザーリオと聖チェルソの殉教」(1607)


277
パリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500-ヴェネツィア、1571)の「聖家族と聖ジローラモ」


281
アントニオ・カンピ(クレモナ、1522-1587)の「キリストの復活」


285
カルロ・ウルビーノ(クレマ、1525-1585)の「聖母被昇天」


287
ガウデンツィオ・フェラーリ(ヴァルドゥッジャ、1475/1480-ミラノ、1546)の「キリストの洗礼」


288
カルロ・ウルビーノ・ダ・クレマ(クレマ、1525-1585)の「祝福を受けるキリスト」


290


292
詳細不知


293
詳細不知


294
詳細不知


295
左側廊天井


297
カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1551-ミラノ、1629)の「聖母被昇天」


302
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「キリストの遺体の移送」


305
ジョヴァン・バッティスタ・クレスピ通称イル・チェラーノ(チェラーノ、1573-ミラノ、1632)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」(1603)


308
下の部分が有名です。涙の聖母と聖ナザーリオと聖チェルソ


309
アンドレア・アッピアーニ(ミラノ、1754-1817)のフレスコ画


311
詳細不知の磔刑像


312
主祭壇と後陣


313
アンドレア・アッピアーニ(ミラノ、1754-1817)のフレスコ画


314


315
左側廊


316
詳細不知


318
詳細不知


322


323


326


334
外に出ました。
(つづく)

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ドゥオーモの続きです。
壮大な柱に圧倒されます。


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一部修復工事中でした。
五廊式ですね。


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詳細不知


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エネア・サルメッジャの「聖母の結婚」


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マルコ・カレッリの墓(1394)


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聖カルロ・ボッロメオの墓


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P1000356
外に出ました。


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外壁を見て回りました。


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ドゥオーモ広場


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サン・フェデーレ教会は閉まっていました。


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ファサード前のアレッサンドロ・マンゾーニ像


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サン・フェデーレ教会の身廊


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この日の公演はありませんでした。


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ポルディ・ペッツォーリ美術館に向かいます。


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毎年訪れてます。


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入館しました。


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ポルディ・ペッツォーリ美術館に付いては既に取り上げました。


P2640604


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P2650055
(つづく)

418
次はサンタ・マリア・デル・カルミネ教会です。


419
サンタ・マリア・デル・カルミネ教会はブレラ地区にあります。


420
サンタ・マリア・デル・カルミネ教会です。
広場にある奇妙なモニュメントにガックリ。


421
13世紀に建設されたカルメル会の修道院教会が前身です。14世紀、ここにいた修道士が別の修道院に移って最初の建物が放棄されました。
放棄された建物は急速に荒廃したので、1400年から1446年に建設された後期ゴシック様式で再建された建物が現在の姿の原形です。


422
17世紀にバロック様式に改造されました。
また、ファサードは、カルロ・マチャキーノ(インドゥーノ・オローナ、1818-ヴァレーゼ、1899)の設計によって1880年に建設された比較的新しいものです。


423
中央扉上ルネッタのモザイク


425
ファサードのテラコッタ「受胎告知する大天使」


426
「受胎告知される聖母」


427


462


429
中に入りました。


431
三廊式、ゴシック様式の内部です。


430
右側廊


434
ジョヴァンニ・マウーロ・デッラ・ローヴェレ通称イル・フィアッメンギーノ(ミラノ、1575-1640)の「キリストの神殿奉献」


436
17世紀の逸名画家作「磔刑」


437
フェデリーコ・ビアンキ(マスナーゴ、1635-ミラノ、1719)の「キリストとアヴィーラの聖テレーザ」


441
詳細不知


442
詳細不知


443
ミサが始まりそうです。


444


446
17世紀中頃の逸名画家作「聖母子と聖ゴッタルドと聖モニカ」(1641)


447
ベルゴニョーネ派逸名画家作「磔刑」(16世紀)


448
ベルゴニョーネ派逸名画家作「羊飼いの礼拝」(16世紀)


450
Cappella del Sacro Cuore


451
詳細不知


453
詳細不知


454
詳細不知のフレスコ画


455
詳細不知のフレスコ画


456
詳細不知の礼拝堂天井のフレスコ画


463
外に出ました。


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一旦ホテルに戻りました。


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中央駅近くを散策しました。


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見所は殆どありません。


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道路がほぼ碁盤の目になっているので迷うことはありません。


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中央駅付近はホテルが林立する地域です。


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Oratorio di San Gregorio Magno


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夜遅くに開くようです。


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一度も拝観したことがありません。


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トラムでドゥオーモへ。


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何時も外観を見るだけに終わっています。


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久し振りに拝観することにしました。


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聖堂内に入りました。


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(つづく)

341
詳細不知の「聖母子と聖ジローラモと聖ロッコ」


347
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称イル・ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453-ミラノ、1523)の「復活したキリスト」(15世紀末)


349
柱に描かれたフレスコ画


350
柱に描かれたフレスコ画


351
Ciborio


353
アンドレア・ランツァーニ(ミラノ、1645-1712)の「聖アンブロージョの最後の聖体拝領」


355
詳細不知


356
詳細不知


357
詳細不知


358
5世紀のモザイク


361


388


391


359


360


363
ここから宝物室の展示です。
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称イル・ベルゴニョーネ(フォッサーノ、1453-ミラノ、1523)の「キリストと博士たち」(16世紀)


366
ジョヴァン・ステファノ・ダネーディ通称イル・モンタルト(トレヴィーリオ、1612-ミラノ、1690)の「聖カルロ・ボッロメオと聖フェデリーコ・ボッロメオ」(17世紀)


369
4世紀のもの


370
黄金の3聖人のモザイク


371
詳細不知


373
ベルナルディーノ・ゼナーレ派逸名画家作「聖母子と聖アンブロージョと聖ジローラモ」(15世紀)


376
アンブロージョ・ベソッツィ(ミラノ、1648-1706)の「介抱される聖セバスティアーノ」(17世紀)


378
墓です。


392
ベルナルドとアンセルモ1世の墓


379
詳細不知


380
詳細不知のプレセピオ


381
グリエルモ・コッタの墓のフレスコ(1267)


382
祭壇前飾り


383


384
詳細不知のフレスコ


387
詳細不知


393
聖具類の展示です。


394


395


396
詳細不知


397
クリプタに入ります。


399
半地下となっているので、外から光が入ります。


398
この先に聖アンブロージョの遺骸がありますが、行けないようになっていました。


400
クリプタから新キオストロに出ました。


401
新キオストロ


402
ブラマンテの作と言われているCanonica(司教館)の回廊


404
写真右がCanonica(司教館)の回廊です。


403
Oratorio di San Sigismondo


405
11世紀に建設されたオラトリオ


407
かなりの修復箇所が認められます。


409
オラトリオの後陣


411
聖堂の柱廊に戻りました。


412
聖堂の入り口扉の装飾


413
柱頭


414


415
アトリウム


416
アトリウムの柱廊


417
外に出ました。
(つづく)

288
トラムに乗ってサンタンブロージョ聖堂にやってきました。


297
聖堂前の広場には観光客が大勢いました。私もその中の一人です。


289
Campanile dei Canoniciは修復工事中でした。
Basilica Collegiata Abbaziale Prepositurale di Sant' Ambrogio、略してサンタンブロージョ聖堂です。


291
ミラノ司教聖アンブロージョ(トーリア、339/340‐ミラノ、397)の要請に基づき、379年から386年にかけて建設された教会です。386年、聖アンブロージョが奉献式を執り行いました。


292
入口のアトリウムに入ります。


293
現在の姿は、9世紀から11世紀にかけて再建されたロンバルディア・ロマネスク様式の建物になってますが、現在に至るまで修復が繰り返されてます。


295
アトリウムの柱廊


294


296
写真右の鐘楼は、9世紀に建設されたCampanile dei Monaciです。


298
写真左の修復中の鐘楼は、12世紀に建設されたCampanile dei Canoniciです。


501
修復工事後のCampanile dei Canonici


299
柱廊の壁に残るフレスコ画


500


303
聖堂内に入りました。


302
身廊と側廊がアーケードで仕切られてます。


301
右側廊


305
カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1551‐ミラノ、1629)の「テオドシウス帝を聖堂の前で制止する聖アンブロージョ」


307
ジョヴァンニ・バッティスタ・デッラ・ヴェルヴァ(ノヴァーラ、1515c‐ミラノ、1580)の「十字架降下」(1545)
ジョヴァンニ・バッティスタ・デッラ・チェルヴァは、ガウデンツィオ・フェラーリの弟子で、ガウデンツィオの追随者、協力者でした。


308
ガウデンツィオ・フェラーリ派逸名画家作「天使たち」(1545)


309
ガウデンツィオ・フェラーリ派逸名画家作「天使たち」(1545)


311
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696‐マドリッド、1770)のフレスコ画


313
ガウデンツィオ・フェラーリ(ヴァルドゥッジャ、1475/1480-ミラノ、1546)の「聖母子と聖バルトロメオと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1540)


315
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696-マドリッド、1770)の「聖サティーロの難破」(1737)
聖サティーロは、聖アンブロージョの弟です。


316
カルロ・ドネッリ通称イル・ヴィメルカーティ(1661-1715)の「皇帝の前の聖セバスティアーノ」


317
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c-ミラノ、1532)の「福音書記者たちのトンド」


318
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c-ミラノ、1532)の「福音書記者たちのトンド」


320
Cappella Santi Bernard e Benedetto


322
フィリッポ・アッビアーティ(ミラノ、1640-1715)の「教皇の前の聖ベルナルド」


321
カルロ・プレーダ(ミラノ、1651-1729)の「聖ベネデットの死」


323
クーポラの装飾


326
ガウデンツィオ・フェラーリ(ヴァルドゥッジャ、1475/1480-ミラノ、1546)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


329
Cappella San Giorgio


330
ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512-ヴェルチェッリ、1578)の「聖ジョルジョの物語」


331


328
ベルナルディーノ・ラニーノ(モルタラ、1512-ヴェルチェッリ、1578)の「竜を退治する聖ジョルジョ」


334
主祭壇


333
後陣のモザイク(4-8世紀)


335


340
説教壇とスティリコの石棺


338
石棺の彫刻


337


336
(つづく)

096
Aula della monache


083
Aula della monacheの反対側


088
この部屋にもフレスコ画が一杯です。ベルナルディーノ・ルイーニと彼の息子たちによってフレスコ画が制作されましたが、場面毎の作品帰属がすべて明確になっているわけではないようです。


063
ジョヴァン・ピエトロ・ルイーニとアウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530c‐1593)の「最後の晩餐」
ジョヴァン・ピエトロはベルナルディーノ・ルイーニの3男、アウレリオはベルナルディーノ・ルイーニの4男、末っ子です。


064
ジョヴァン・ピエトロ・ルイーニとアウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530c‐1593)の「十字架降下」


065
「キリストの鞭打ち」


066
「キリストの逮捕」


067
「ピラトの前のキリスト」


068


071
アウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530c‐1593)の「ノアの箱舟の物語」


072
アウレリオ・ルイーニの画風の特徴がよく出た傑作です。


074
ベルナルディーノ・ルイーニの4人の息子のうち、最も技量が優れていたのはアウレリオだったと思います。


075
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「アレッサンドリアの聖カテリーナと聖アガタ」


076
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「キリストの埋葬」


077
「聖骸布に包まれるキリスト」


078
「我に触れるな」


079
詳細不知


080


081
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「カルヴァリオへの上り」


082
詳細不知


084


085
ジョヴァン・ジャコモ・アンテニャーティのオルガン(1554)


087


089
「キリストの嘲笑」


097
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「カナの結婚」


090
「ユダの裏切り」


091
Aula dei Fedeli に戻りました。


099
旧女子修道院のキオストロに行きました。


100
回廊に遺跡からの発掘物が置かれてます。


102
ミラノ市立考古学博物館としての展示でしょう。


101
入館しましたが、この時は写真不可でした。


105
外に出ました。


493
トラムを乗り継いで、スカラ座前で降りました。


492
サン・ジュゼッペ教会が閉まっていました。


490
ブレラ通り


469
ブレラ美術館にやってきました。


471
館長を務めていたフランチェスコ・アイエツのブロンズ像


472


473


474


475
入館する前に一休みしました。


476
この階段が結構キツイ。


477


480


481
入館しました。


488
外に出ました。
この当時、中は写真不可でした。


487
美術館は疲れます。


489
(つづく)

103
次はサン・マウリツィオ教会です。


104
ルイーニ通りに面して建つPalazzo Littaです。
1642年建設着工、1761年にファサードが完成したロココ様式の建物です。


019
道路を挟んでPalazzo Littaの向かいにあるサン・マウリツィオ教会です。


020
Chiesa di San Maurizio al Monastero Maggiore


021
初期キリスト教の女子修道院の教会が前身です。その女子修道院はカロリング朝時代の文書に記載されています。ミラノで裕福な修道院として知られていたそうです。
現在のルネサンス様式の教会建物は、ジャン・ジャコモ・ドルチェブオーノ(ルガーノ、1445c‐ミラノ、1510)とジョヴァンニ・アントニオ・アマデオ(パヴィア、1447‐ミラノ、1522)の設計によって、1503年から1509年に再建された二代目となるものです。


023
写真右側に修道院の門があります。
修道院は、1798年に閉鎖され、一度も修道院活動を再開することなく、兵舎、女学校、病院として使用された後、現在はミラノ市立考古学博物館になってます。


022
中はフレスコ画の宝庫です。


025
中に入りました。
L' Altar maggiore nell' Aula dei Fedeli


093
左側壁


092
場面毎に見て行きます。


091
フレスコ画、祭壇画はAula dei Fedeli だけではありません。


095
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「聖チェチリアと聖オルソラ」(1530c)


043


044
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「聖マウリツィオの殉教」、「聖母被昇天」


046
ボケ写真で申し訳ありません。
アントニオ・カンピ(クレモナ、1524‐1587)の「マギの礼拝」(1578)


047
ベルナルディーノ・ルイーニの「聖女」、「聖ルチア」


048
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「イッポリータ・スフォルツァと聖人たち」(1530c)


049


050
アウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530c‐1593)によって描かれたCapella Bentivoglioのフレスコ画(1570)
ベルナルディーノ・ルイーニには、トビア、エヴァンジェリスタ、ジョヴァン・ピエトロ、アウレリオの4人の息子がいました。アウレリオは4番目の息子でした。


054
Cappella Besozzi


053
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「荊刑のキリスト」(1530)


056
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの奇跡」


055
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ、1481c‐ミラノ、1532)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの斬首」


026
シモーネ・ペテルツァーノ(ヴェネツィア、1535‐ミラノ、1599)の「商人たちの寺院からの追放」


028
ジョヴァン・ピエトロ・ルイーニとアウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530c‐1593)の「キリストの復活」(1555)


029
ジョヴァン・ピエトロ・ルイーニとアウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530c‐1593)の「我に触れるな」(1555)
ベルナルディーノ・ルイーニには4人の息子がいましたが、ジョヴァン・ピエトロは3番目の息子、アウレリオは末っ子でした。


030
ジョヴァン・ピエトロ・ルイーニとアウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530c‐1599)の「エマオのキリスト」(1555)
ジョヴァン・ピエトロ・ルイーニの生年、没年が分かっていないようです。


034
エヴァンジェリスタ・ルイーニの「聖ステファノの殉教」(1550c)
エヴァンジェリスタ・ルイーニは、ベルナルディーノ・ルイーニの次男です。


035
エヴァンジェリスタ・ルイーニの「聖ステファノの説教」(1550c)


036
エヴァンジェリスタ・ルイーニの「フランチェスコ・カッレートの肖像」(1550c)
カッレート家はミラノ有力貴族でした。フランチェスコはカッレート家の当主でした。


041
Cappella Carreto


038
エヴァンジェリスタ・ルイーニの「キリストの洗礼」(1545)


040
ビアージョ・アルチンボルド(アルチンボルディ)とジュゼッペ・アルチンボルド(アルチンボルディ)(ミラノ、1526‐1593)の「Imposizione del nome a San Giovanni Battista」
ビアージョはジュゼッペの父。


039
ビアージョ・アルチンボルド(アルチンボルディ)とジュゼッペ・アルチンボルド(アルチンボルディ)(ミラノ、1526‐1593)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」


059
詳細不知


060
詳細不知


061
詳細不知
(つづく)

235
この日は曇りでした。


234
夕方にミラノに到着しました。美術館に行くには時間が足らないので、教会巡りをすることに。


238
こちらの教会は修復工事のため、観光客の立ちリが制限されていました。


239
サンテウフェミア聖堂に向かいます。


240
サン・ジョヴァンニ・イン・コンカ教会の残骸を通り過ぎます。


241
サンテウフェミア聖堂は、コルソ・イタリアのサンテウフェミア広場にあります。


242
Palazzo del Touring Club Italiano


243
サン・パオロ・コンヴェルソ教会です。


252
1549年から1580年に建設されたバロック様式の教会です。


255
ファサードは、ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称イル・チェラーノ(ロマニャーノ・セーシャ、1573‐ミラノ、1632)の設計によって1619年から1631年に建設されました。


250
通りを挟んで、サン・パオロ・コンヴェルソ教会の隣にあるのがサンテウフェミア聖堂です。


249
472年頃、聖セナトーレ司教によって建てられた古い歴史ある教会です。


251
15世紀に再建され、16世紀に大掛かりな改修を受けました。
現在の姿は、1870年に行われた改造後のものです。


335
聖堂の扉が開きました。


245
ファサード柱廊のモザイク


246
ラヴェンナのモザイクを参考にして制作されたそうです。


247


248


363
聖堂内に入りました。


364
左側壁


365
右側壁


337
ルイージ・カヴェナーギ(カラヴァッジョ、1844‐ミラノ、1918)のフレスコ画


345
アゴスティーノ・カイローニ(1820‐1907)の後陣フレスコ画


338
マルコ・ドッジョーノ(オッジョーノ、1475c‐ミラノ、1524c)の「聖母子と聖人たちと音楽天使たち」


340
詳細不知


341
詳細不知


344
詳細不知


347
詳細不知


349
詳細不知


352
ベルナルディーノ・ベルゴニョーネ(ミラノ、1455/1460-1525)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


353
マルコ・ドッジョーノ(オッジョーノ、1475c-ミラノ、1524c)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


355


356
シモーネ・ペテルツァーノ(ヴェネツィア、1535-ミラノ、1599)の「聖霊降臨」


359
詳細不知


361
アウグスト・ロッジャ(サンジャーノ、1896-ガルド―ネ・リヴェイラ、1962)の「聖母子と聖人たち」


362


366
外に出ました。


003
次はラルゴ・カイローリにあるサンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ教会です。


004
サンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ教会です。
1471年、ミラノ公爵ガレアッツォ・マリア・スフォルツァによって建設された礼拝堂が前身です。1492年、礼拝堂はアウグスティヌス修道会の所有となりました。


017
現在の建物は、1588年に再建され、1836年に現在の姿に改造されたものです。


005
ミラノのフィリピン人たちの教会となってます。


006
中に入りました。


009
左側壁


008
右側壁


016
主祭壇画の「ピエタ」(制作者情報不知)


013
詳細不知


011
エネア・サルメッジャ(ネンブロ、1575以前-ベルガモ、1626)の「聖アンドレアの殉教」(1604)


010
詳細不知


018
外に出ました。
(つづく)

158
Parco delle Basiliche

157
Basilica Collegiata Prepositurale di San Lorenzo Maggiore


159
サンタ・マリア・デッラ・ヴィット―リア教会です。


161
1629年から1669年にかけて再建されたバロック様式の建物です。


163
1996年にルーマニア正教会の所有となったので、オルトドッサ・ルメーナ(ルーマニア正教会)教会とも呼ばれてます。


164
サンタ・マリア・デッラ・ヴィット―リアは中世のティチネーゼ門の前にあります。


162
中世のティチネーゼ門です。


160
11世紀に築かれた城壁のうち、残っているのはこの門だけです。


169
門を潜って11世紀の城壁内に入りました。
現在の門の姿は、1861年に建築家カミッロ・ボイト(ローマ、1836‐ミラノ、1914)によって大きく改造された後のものです。


166
門を潜ると、3‐4世紀の異教寺院の遺跡があります。


168
異教寺院のコリント式列柱


173
異教寺院遺跡は若者たちの憩いの場となってます。


177
コリント式列柱の保護のために、この区間だけトラムが単線になってます。


170
サン・ロレンツォ・マッジョーレ聖堂です。


172
聖堂ファサード前に立つのは、ミラノ勅令を出したコンスタンティヌス帝像です。


174
サン・ロレンツォ・マッジョーレ聖堂を拝観しました。


175
外に出ました。


176
床屋に行きます。


171
イタリアにおける唯一の散髪経験をした店。


178
サン・ロレンツォ・マッジョーレ聖堂の横を通ってトリノ通りの教会に向かいました。


180
サン・ジョルジョ・アル・パラッツォ教会です。


182
聖ジョルジョのコンスタンティヌス軍事騎士団によって12世紀に建設された教会です。
ファサードは18世紀のものです。


181
ファサードの装飾


179
19世紀末に追加されたクーポラ。


183
拝観しました。
次はサン・セバスティアーノ寺院です。


185
サン・セバスティアーノ寺院です。


186
Civico Tempioなんてあるんですね。


184
ペッレグリーノ・ティバルディの設計によって、1577‐1616年に建設されたマニエリスム様式の教会です。


187


189
トリノ通りに面して建ってます。


190


191
4‐5世紀に建設されたサン・ジョヴァンニ・イン・コンカ教会だった残骸です。


192
次はサント・ステファノ・マッジョーレ聖堂です。


193
聖堂はサント・ステファノ広場にあります。


194
サント・ステファノ・マッジョーレ聖堂です。


196
417年に建設されたサン・ザッカリア教会が前身です。10世紀に奉献する聖人が聖ステファノに変更され、サント・ステファノ教会に名称が変更されました。
1070年に火災のために消失したので、1075年にロマネスク様式で再建されました。


209
1476年12月26日、聖堂内でミラノ公爵ガレアッツォ・マリア・スフォルツァ(フェルモ、1444‐ミラノ、1476)が暗殺されたことで有名です。


208
また画家のカラヴァッジョ(本名:ミケランジェロ・メリージ)がこの聖堂で1571年9月30日に洗礼を受けました。
2007年2月、カラヴァッジョの洗礼記録が発見され、カラヴァッジョのミラノ生まれが確定したのです。


203
ファサードの彫刻


205


204
聖堂の入り口


198
聖堂内に入りました。


200


199


201
出入口方向


207
外に出ました。


195
サント・ステファノ・マッジョーレ聖堂の横にあるサン・ベルナルディーノ・アッレ・オッサ教会です。


202
1127年に建設された納骨堂が前身です。


210


211
すっかり夕方になりました。


212
23番のトラムに乗車して移動しました。


213
ドゥオーモ広場に戻りました。


215
(つづく)

198
王宮にも入館しました。この当時、中は写真不可でした。


197
次はドゥオーモ博物館です。


195
博物館に入館しました。


194
写真不可だったので、ドゥオーモ博物館の写真がありません。


212
トラムで移動しました。


112
ヴェネツィア門です。


113
こちらもヴェネツィア門です。左右に門があります。


114
Corso Buenos Aires


115
再びトラムに乗り、ティチネーゼ門通りにやってきました。


117
通りの突き当りにあるのがティチネーゼ門です。


116
ティチネーゼ門の手前に教会があります。


119
1396年に建てられたベネデット会の礼拝堂が前身です。1568年、聖カルロ・ボッロメオによって建設されたサン・ゴッタルド・アル・コルソ教会です。


118
ファサードの装飾


120
ナポレオン時代の1802年から1814年に建設された新古典様式のティチネーゼ門です。


121
ティチネーゼ門通りを後戻りします。


122
サンテウストルジョ聖堂です。


123
ポルティナーリ礼拝堂が最大の見所ですが、拝観有料となってます。
聖堂ファサードの裏側に教区美術館があり、現在、教区美術館とポルティナーリ礼拝堂が共通扱いとなってます。


124
ファサード中央扉上ルネッタのフレスコ画


127


125


126
こちらの扉からもポルティナーリ礼拝堂に行くことが出来ます。


128
教区美術館に向かいます。


129
旧サンテウストルジョ修道院の建物


130


131
サンテウストルジョ聖堂の裏側に回りました。


132
教区美術館です。


134
教区美術館に入館すると共に、ポルティネーリ礼拝堂を拝観しました。
この当時、何れも写真不可だったので、写真は一枚もありません。


136
教区美術館の横は公園になってます。


137
公園から見たサンテウストルジョ聖堂


138


139


140


141


142


143
派手な装飾の建物


144
次はサンタ・マリア・プレッソ・サン・チェルソ聖堂です。


145
サンタ・マリア・プレッソ・サン・チェルソ聖堂です。


146
1950年、Basilica Minoreに格付けされました。


147
ファサードの天使たちの彫像が特徴です。


148
扉が開きません。


149
クーポラ


150


152


153
聖堂の後方は公園です。


154
公園の噴水


151


155
(つづく)

008
ミラノ中央駅に到着しました。


007
この日のお宿に向かいます。


003
今回のお宿は中央駅横のミケランジェロです。見本市と重ならない時期だったので、リーズナブルな値段で泊まることが出来ました。


001
大きな荷物をフロントに預けて、身軽になったので早速街歩きの開始です。


006
旧市街に向かいますが、公共交通機関の切符が必要です。


005
地下鉄よりもトラム派です。


004
何時も切符を買う店が消えていたので、切符を買うために中央駅へ。


200
トラムで旧市街へ。


147
ドゥオーモに到着。


148
特に来るつもりではなかったけれど、ごく自然に来てしまいました。


149
エルコーレ・ローザ(ローマ、1846‐1893)の「ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のモニュメント」(1879‐96)


150


151
修復が終わりました。


153
未だ穴が開いていません。


160
スカラ広場


154
ピエトロ・マーニ(Magni)(ミラノ、1816‐1877)の「レオナルド・ダ・ヴィンチのモニュメント」(1859‐72)


159
レオナルド・ダ・ヴィンチ(ヴィンチ、1452‐アンボワーズ、1519)
彼の足元に4人の弟子たちの像があります。


158
ジャン・ジャコモ・カプロッティ通称イル・サライ(アンドレア・サライーノ)(ヴィメルカーテ、1480‐ミラノ、1524)


157
チェーザレ・ダ・セスト(セスト・カレンデ、1477‐ミラノ、1523)


156
マルコ・ドッジョーノ(オッジョーノ、1475c‐ミラノ、1524c)


155
ジョヴァンニ・アントニオ・ボルトラフィオ(ミラノ、1467‐1516)


162
次はサン・フェデーレ教会です。


163
聖カルロ・ボッロメオの指示によって建設されたサン・フェデーレ教会です。


166
ペッレグリーノ・ティバルディ(ピューリア、1527‐ミラノ、1596)の設計によって1569‐1579年に建設されたマニエリスム様式の教会です。


165
ファサード前にある彫刻は、フランチェスコ・バルザーギ(ミラノ、1839‐1892)の「アレッサンドロ・マンゾーニのモニュメント」(1883)です。


167
サン・フェデーレ教会の中に入りました。


171
シモーネ・ペテルツァーノ(ヴェネツィア、1535‐ミラノ、1599)の「十字架降下」(1591)
シモーネ・ペテルツァーノは、カラヴァッジョの師匠ですが、カラヴァッジョが弟子入りした当時に制作された作品です。カラヴァッジョが師匠の制作において下働きをしたと考えられてます。


169
ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称イル・チェラーノ(ロマニャーノ・セーシャ、1573‐ミラノ、1632)の「聖イグナツィオの幻視」


170
サン・フェデーレ付属美術館がありますが、中は写真不可でした。


172
外に出ました。


174


175


176
サン・サティーロ教会に向かいました。


177
行く所は毎回殆ど同じです。


178
サン・サティーロ教会にやってきました。


180
開いていましたが、相変わらず中は写真不可でした。


182


189


190


191


192


193
次はアンブロジアーナ美術館です。


187
何回入館しても飽きることがありません。


186
工事中だったので、大回り。


183
出口は図書館からになります。


184
アンブロジアーナ絵画館を創設したフェデリーコ・ボッロメオ枢機卿像


188
(つづく)

127
サン・マウリツィオ教会はフレスコ画の宝庫です。


163
中の写真を撮りませんでした。


128
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂の後陣


131
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂のファサード


164
ルネッタのフレスコ画



132
この当時、レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐は写真不可でした。


126
パオリーノ・ダ・ヴィンチ、アントニオ・ダ・ヴィンチなど現代まで名前が残るヴィンチ村出身の芸術家がいます。レオナルド・ダ・ヴィンチ=ダ・ヴィンチとする方々は、パオリーノやアントニオなどは無視ですか?


133
ミラノには、ブレラ絵画館、Gallerie d'Italia、アンブロジアーナ絵画館、ポルディ・ペッツォーリ美術館、司教区美術館、市立博物館(スフォルツェスコ城)などがあるので、私にとっては嬉しい限りです。


134
20世紀初頭に建設されたPalazzo della Banca Commerciale Italiaはスカラ広場にあります。


135
少し古い建物は、度重なる戦乱で遺跡化しているものが結構多いようです。


137
サンタンブロージョ聖堂


139
新しい建物もかなり多い街です。


140


141
Porta Ticinese


142
この部分のトラムは単線になってます。


145
サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会


149
3‐4世紀の異教寺院の遺跡です。


150
コリント式列柱が目立ちます。これらの列柱の遺跡を保護するために、振動軽減策として単線になってます。


147
列柱越しのサン・ロレンツォ・マッジョーレ教会


146
NHKの「世界ふれあい街歩き」のミラノ編に登場した床屋


151
サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会


153
初夏の絶好の日向ぼっこ日和


154
過去と現代が交錯する街です。


155
ドゥオーモに来てしまいました。来ようと思って来た訳ではありません。


157


158


156


159
ドゥオーモの扉の彫刻


160


161
初夏の強烈な日差し


162
日陰を求めて一休み


165
ブレラ絵画館に向かいました。


166
サン・ジュゼッペ教会


167
ブレラ絵画館に入館しました。


168
この当時、写真不可だったので、展示作品の写真は一枚もありません。


169
ブレラ絵画館から見えるサン・カルポフォロ教会の後陣


170
サン・カルポフォロ教会のファサード


171
旧教会です。ブレラが保有してます。


172
サン・マルコ教会


174
サン・マルコ教会ファサードの装飾


002
この日のミラノは、どんより曇った寒い日になりました。


003
王宮前に兵器が展示されてました。


004
ドゥオーモをしっかり見なくては。


005
ガッレリアに行きます。


006


007


008


009


010


011


013
(つづく)

004
ミラノ中央駅に到着しました。


001
ミラノ中央駅の駅舎


002
駅前広場は工事中でした。


003
この旅における中央駅近くのお宿です。


199
トラムで旧市街に向かいました。
景色が見えるので、地下鉄よりもトラム利用が好みです。


005
ドゥオーモ広場にやってきました。


006
ゴシック様式のドゥオーモ


010
精巧繊細な彫刻


014
ブログを始めたのは2012年でしたが、それ以前の旅では殆ど写真を撮っていませんでした。


015
美術館や博物館の多くが写真不可だったことも、写真を撮らなかった理由の一つです。


011
ミラノに来るのは、年に2,3回くらいです。やはり成田からの直行便があるのが大きい。


012
ミラノのホテルでは、駅近くのミケランジェロ、ブリストル、コロンビア、ベルーナに泊まってます。
ミラノでは、ミラノ・コレクションなどの見本市開催中のホテル代が馬鹿高く、しかも予約することが難しくなるので、泊まるホテルは状況次第で決めてます。


013
引退してからは当然自分の懐から支払うので、ホテル代に敏感になりました。


009
ドゥオーモ広場に戻りました。


008


007
お上りさんなので、当然行きます。


016
四隅が全部プラダの店だったこともあります。


017
マックは撤退した?


018
この日はワーグナーだったのパスしました。ドイツ語圏ものだったら、許せるのはモーツァルトのダ・ポンテ3部作です。尤もダ・ポンテ三部作はイタリア語です。
ドイツ語ものは、ドイツ語圏でやってくれ!


020
サン・サティーロ教会


021
サン・サティーロ教会は、今でも内部写真不可だったように思います。


022
サン・サティーロ教会の鐘楼


023
サン・サティーロ教会のファサード

024
サン・セバスティアーノ教会


025
サン・セバスティアーノ教会のファサード


026
サン・セポルクロ教会


027
サン・セポルクロ教会とアンブロジアーナ図書館


031
アンブロジアーナ図書館


029
アンブロジアーナ絵画館に入館しました。


030
アンブロジアーナ絵画館から見たサン・セポルクロ教会


028


032
フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿のモニュメント
フェデリーコ・ボッロメオ枢機卿はアンブロジアーナ絵画館の創始者です。


033
スフォルツェスコ城


034


035
ミラノ市立博物館に入館しました。


036


037


038
当時、博物館内は写真不可でした。


039


040


041


042


043


044


045


046
(つづく)

P2660027
ジュゼッペ・ヴォーロ通称ヴィチェンツィーノ(ミラノ、1662‐1700以降没)の「花の静物画」(1690?)


P2660028
ジュゼッペ・ヴォーロ通称ヴィチェンツィーノの「花の静物画」


P2660032
アンジェロ・マリア・クリヴェッリ通称クリヴェッローネ(ミラノ、?‐1730c)の「鳥とキツネと猫」(17世紀末)


P2660035
アンジェロ・マリア・クリヴェッリ通称クリヴェッローネの「農園の鳥」(17世紀末)


P2660037
フィリッポ・アッビアーティ(ミラノ、1643‐1715)の「静物画」(1690c)
この作品の写実描写には驚嘆します。


P2660039
フランチェスコ・ロンドニオ(ミラノ、1723‐1783)の「羊とロバと羊飼い」(1763)


P2660043
フランチェスコ・ロンドニオの「牛と老いた農民」(1775?)


P2660045
フランチェスコ・ロンドニオ(ミラノ、1723‐1783)の「家畜と羊飼い」(1762?)


P2660049
フランチェスコ・ロンドニオ(ミラノ、1723‐1783)の家畜の傍で休憩する農民」(1765?)


P2660052
フランチェスコ・ロンドニオ(ミラノ、1723‐1783)の「田園の風景」(1762?)


P2660055
フランチェスコ・ロンドニオ(ミラノ、1723‐1783)の「羊飼いがいる田園の風景」(1770)


P2660058
フランチェスコ・ロンドニオ(ミラノ、1723‐1783)の「自画像」(1770c)


P2660061
セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「聖アントニオの誘惑」(1694‐96)


P2660063
セバスティアーノ・リッチの「聖セバスティアーノの神格化」(1694以降)


P2660068
カルロ・インノチェンツォ・カルローニ(スカリア・ディンテルヴィ、1686/1687‐1775)の「伯爵ルドヴィーコ・エベラルド・ヴェルテンベルクの至福」(1730‐33)


P2660071
カルロ・マリア・ジュディチ(ヴィッジュ、1723‐ミラノ、1804)の「天上のパオラの聖フランチェスコ」(1750‐60)


P2660074
ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696‐マドリッド、1770)の「聖母子とフランチェスコ会聖人たち」(1716c)


P2660077
ジャンバッティスタ・ティエポロの「聖ルチアの聖体拝領」(1748c)


P2660080
フランチェスコ・デ・ムーラ(ナポリ、1696‐1782)の「アレキサンダーの相続」(1758以降)


P2660083
フランチェスコ・デ・ムーラの「ルキアの出発」(1760c)


P2660086
ジャン・マルク・ナティエ(パリ、1685‐1766)の「バルバラ・ルイジャ・タッダの肖像」(1747)


P2660090
カルロ・アマルフィ(ソレント、1707‐ナポリ、1787)の領域の「音楽一家」(1760c)


P2660093
アレッサンドロ・マニャースコ通称リッサンドリーノ(ジェノヴァ、1667‐1749)と協力者の「市場」(1733c)


P2660096
アレッサンドロ・マニャースコ通称リッサンドリーノとアントニオ・フランチェスコ・ペルッツィーニ(アンコーナ、1646c‐ミラノ、1724)の「橋と塔がある嵐の風景」(1700以前)


P2660100
ベルナルド・ベッロット(ヴェネツィア、1721/1722-ワルシャワ、1780)の「ミラノのブロレットとパラッツォ・デイ・ジュレコンスルティ」(1744)


P2660103
アレッサンドロ・マニャースコ通称リッサンドリーノとアントニオ・フランチェスコ・ペルッツィーニの「時化の風景」(1700以前?)


P2660106
レオナルド・コッコランテ(ナポリ、1680-1750)の「月光の中の穏やかな海」(1730-40c?)


P2660109
レオナルド・コッコランテの「時化の海」(1730-40c?)


P2660112
ジョヴァンニ・アントニオ・カナル通称カナレット(ヴェネツィア、1697-1768)の「ヴェネツィアの風景」(1742以前)


P2660115
ジョヴァンニ・アントニオ・カナル通称カナレットの「ヴェネツィアの風景」(1742以前)


P2660118
フランチェスコ・グアルディ(ヴェネツィア、1712-1793)の「嵐」(18世紀末)


P2660121
フランチェスコ・グアルディの「ピラミッドと遺跡がある風景」(1775c)


P2660122
フランチェスコ・グアルディの「ローマ遺跡とラグーナ」(1775c)


P2660294
疲れたので、この他の部門には行けませんでした。


P2660318
(おわり)

P2650902
カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「無原罪の御宿リ」(1636‐40)


P2650906
カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「幼きキリストを抱く聖ジュゼッペ」(1638c)


P2650908
カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「パドヴァの聖アントニオ」(1643c)


P2650912
カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「聖職者の肖像」(1650‐60)


P2650914
カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「Cefalo e Procri」(1645‐50)


P2650918
ジョヴァンニ・ステファノ・ドネーダ(またはダネーディ)通称モンタルト(トレヴィーリオ、1612‐ミラノ、1690)の「聖母子と聖エリージオとコイン製造に従事する労働者たち」(1640c)


P2650921
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」(1645c)


P2650925
シモーネ・ディ・ティントーレ(ルッカ、1630‐1708)の「野菜、花、果物と花籠の静物画」(1650c)


P2650928
シモーネ・ディ・ティントーレの「果物、野菜、藁籠の静物画」(1650c)


P2650930


P2650932
17世紀に活動した北ヨーロッパの画家(Daniel van den Dijch?)の「帽子を手にする少女の肖像」(1633)


P2650935
アレッサンドロ・トゥルキ通称オルベット(ヴェローナ、1578‐ローマ、1644)の「死せるキリストへの哀悼」(1617c)


P2650937
カルロ・チェレーザ(サン・ジョヴァンニ・ビアンコ、1609‐ベルガモ、1679)の「高貴な女性、アンジェリカ・デ・アレッサンドリの肖像」(1643)


P2650941
ジローラモ・フォラボスコ(ヴェネツィア、1605‐1679)の「聖母子」(1660以前)


P2650944
ジャチント・ジミニャーニ(ピストイア、1606‐ローマ、1681)の「ウーラニアー(天文の女神)」(1652c)


P2650947
ルイージ・アミダ―ニ(パルマ、1591‐1629以降没)の「アポロとマルシア」(1630c)


P2650950
ジョヴァンニ・ステファノ・ドネーダ(またはダネーディ)通称モンタルト(トレヴィーリオ、1612‐ミラノ、1690)の「ヘロデ王に聖ジョヴァンニ・バッティスタの首を渡すヘロデア」(1635)


P2650954
ジョヴァンニ・ステファノ・ドネーダ(またはダネーディ)通称モンタルトの「アポロとマルシア」(1665c)


P2650959
ジョヴァンニ・ステファノ・ドネーダ(またはダネーディ)通称モンタルトの「捨てられたディードー」(1640c)


P2650961
17世紀に活動したPittore lombardoの「カリオ・ヴェツォーリの肖像」(1654)


P2650965
ジョヴァンニ・ステファノ・ドネーダ(またはダネーディ)通称モンタルト(トレヴィーリオ、1612‐ミラノ、1690)の「ヴィーナスとアドーネ」(1656c)


P2650968
ジュゼペ・デ・リベラ(スペイン、1591‐ナポリ、1652)に帰属する「聖エレミータ」(1650c)


P2650971
ヤコブ・フェルディナンド・ヴ―エ(アンヴェルサ、1639‐パリ、1689)に帰属する「オルテンシア・マンチーニの肖像」(1676‐80)


P2650974
17世紀に活動したPittore lombardoの「スピネッタ歌手」(1650c)


P2650976
ピエトロ・べッロッティ(ヴォルチャーノ・ディ・サロ、1625‐ガルニャーノ、1700)の「年老いた呑兵衛」(1674c)


P2650979


P2650981
ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケット(ミラノ、1697‐1767)の「紡織女と籠を背負う農民」(1765c)


P2650983
パオロ・パガーニ(カステッロ・ヴァルソルダ、1655‐ミラノ、1716)の「聖家族とパドヴァの聖アントニオ」(1714c)


P2650987
カルロ・プレーダ(ミラノ、1651/1652-1729)の「哲学者の火刑」(1694以降)


P2650989
カルロ・プレーダの「ファウスティーナ皇后の訪問を受ける獄中の聖カテリーナ」(1694以降)


P2650993
ヴィットーレ・ギスランディ通称フラ・ガルガーノ(ベルガモ、1655-1743)の「自画像」(1732)


P2650996
ヴィットーレ・ギスランディ通称フラ・ガルガーノの「修道士の肖像」(1732c)


P2650999
ヴィットーレ・ギスランディ通称フラ・ガルガーノの「若き芸術家の肖像」(1730c)


P2660002
ヴィットーレ・ギスランディ通称フラ・ガルガーノの「彫刻家に扮した若者の肖像」(1730c)


P2660005
カルロ・プレーダ(ミラノ、1651/1652-1729)の「書斎の聖カテリーナ」(1694)


P2660012
アントニオ・ルチーニ(ミラノ、1702-1741生存確認)の「クラウディオ・アントニオ・ストラーダの肖像」(1722-24)


P2660015
ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケット(ミラノ、1697-1767)の「紳士の肖像」(1767?)


P2660018
ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケットと工房の「若者の肖像」(1750c)


P2660021
ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケットの「聖職者の肖像」(1750c)


P2660024
ジャコモ・チェルーティ通称ピトッケットと工房の「紳士の肖像」(1750c)
(つづく)

P2650796
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1489-ヴェネツィア、1576)の「大使ガブリエル・デ・ルエツ・ドラモンの肖像」(1541-42)


P2650798
レアンドロ・ダ・ポンテ通称バッサーノ(バッサーノ、1557-ヴェネツィア、1622)の「男の肖像」(1600-10)


P2650802
カルロ・カリアーリ(ヴェネツィア、1570-1596)の「聖ジュリアーナの殉教」(1595)


P2650805
フランチェスコ・ダ・ポンテ通称バッサーノ(バッサーノ、1549-ヴェネツィア、1592)工房の「荊刑のキリスト」(1583)


P2650807
フランチェスコ・ダ・ポンテ通称バッサーノ工房の「キリストの鞭打ち」(1583)


P2650810


P2650812
詳細不明


P2650813
次の展示室です。


P2650817
第26展示室


P2650814
エネア・サルメッジャ(ベルガモ、1558-1626)の「天上の聖母子と聖アンブロージョと聖カルロ・ボッロメオ」(1603)


P2650818
エネア・サルメッジャの「天上の聖母子と聖ロッコと聖フランチェスコと聖セバスティアーノ」(1604)


P2650821


P2650823
ハンス・ロッテンハンマー(ミュンヘン、1564-アウグスブルク、1625)の「悪魔を退治する大天使ミケーレと聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1606以前)


P2650825
ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称イル・チェラーノ(ロマニャーノ・セシア、1573-ミラノ、1632)の「大天使聖ミケーレ」(1605-10)


P2650828
ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称イル・チェラーノの「死に行く人に顕現する聖フランチェスコ」と「病人を癒す聖フランチェスコ」(1610-20)


P2650832
ダニエーレ・クレスピ(ミラノ?、1597c‐ミラノ、1630)の「外科医エネア・フィオラヴァンティの肖像」(1625以降)


P2650835
ダニエーレ・クレスピの「羊飼いの礼拝」(1623‐25)


P2650837
ジュゼッペ・ヴェルミーリオ(ミラノ?、1587-?、1635以降没)の「イサクの犠牲」(1621以降)


P2650841
ダニエーレ・クレスピ(ミラノ?、1597c‐ミラノ、1630)の「聖ステファノの殉教」(1622以降)


P2650844
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574‐ミラノ、1625)の「マギの礼拝」(1625)


P2650847
ジュゼッペ・ヴェルミーリオ(ミラノ?、1587‐?、1635以降没)の「聖セバスティアーノ」(1621c)


P2650850
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「ユディト」(1620c)


P2650853
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「聖家族」(1615-19)


P2650856
グリエルモ・カッチャ通称モンカルヴォ(モンタボーネ、1568?-モンカルヴォ、1625)の「聖母子」(1615c)


P2650859
ピエル・フランチェスコ・マッツゥッケッリ通称イル・モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573-1626)の「天使」(1614以降)


P2650861
ピエル・フランチェスコ・マッツゥッケッリ通称イル・モラッツォーネの「ウルカヌスの鍛冶工場」(1599以降)


P2650864


P2650866
パオロ・カミッロ・ランドリアーニ通称トゥキーノ(ポンテ・イン・ヴァルテッリーナ、1562c-ミラノ、1618)の「聖アンブロージョと蜂の奇跡」(1600-10)


P2650869
ルイージ・アミダ―ニ(パルマ、1591-1629以降没)の「聖カルロ・ボッロメオ」(1630c)


P2650871
ピエル・フランチェスコ・マッツゥッケッリ通称イル・モラッツォーネ(モラッツォーネ、1573-1626)の「聖ロッコ」(1608c)


P2650874
グリエルモ・カッチャ通称モンカルヴォ(モンタボーネ、1568?-モンカルヴォ、1625)の「聖ジローラモと天使」(1610-20)


P2650878
ジョヴァンニ・バッティスタ・クレスピ通称チェラーノ(ロマニャーノ・セシア、1573-ミラノ、1632)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1605以降)


P2650881
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ(ボローニャ、1574-ミラノ、1625)の「受難のツールを受け取るコスタンティーノ帝」(1620)


P2650884
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「聖セバスティアーノ」(1610-20)


P2650886
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニの「聖バルナーバ」(1606c)


P2650889


P2650891
フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607-1665)の「聖クリスティーナ」(1638以降)


P2650894
フランチェスコ・カイロの「法悦の聖フランチェスコ」(1633-35)


P2650897
フランチェスコ・カイロの「詩人の肖像」(1645c)


P2650900
フランチェスコ・カイロの「園の祈り」(1633-35)
(つづく)

P2650681
次の展示室です。


P2650682


P2650684
アントニオ・アッレグリ通称コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「小さな本を読む男の肖像」(1517‐23)


P2650686
コレッジョの「聖母子」(1514‐19)


P2650689
引き続き第24展示室です。


P2650691
アーニョロ・アローリ通称ブロンズィーノ(フィレンツェ、1503‐1572)の「ロレンツォ・レンツィの肖像」(1527‐28)


P2650694
ルチア・アングイッソーラ(クレモナ、1537/1538c-1565c)の「自画像」(1557)


P2650696
ペッレグリーノ・ペッレグリーニ通称ペッレグリーノ・ティバルディ(プーリア・ディ・ヴァルソーダ、1527‐ミラノ、1596)の「アンティオキアの聖マルゲリータ」(1558‐61)


P2650700
ペッレグリーノ・ペッレグリーニ通称ペッレグリーノ・ティバルディの「聖ジョルジョ」(1558‐61)


P2650702
エウローパ・アングイッソーラ(クレモナ、1557‐1578存在確認)に帰属する「リヴィア・デ・ランキの肖像」(16世紀第3四半世紀)


P2650705
16世紀第3四半世紀に活動したPittore cremoneseの「幼い女の子の肖像」


P2650709
ジョヴァンニ・バッティスタ・トロッティ通称マロッゾ(クレモナ、1556‐パルマ、1619)の「聖キアーラと聖フランチェスコがいる羊飼いの礼拝」(1580c)


P2650713
カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1558‐ミラノ、1629)の「聖アグネスの殉教」(1590‐92)


P2650716
フェーデ・ガリツィア(ミラノ?、1578‐ミラノ、1630)の「園のキリスト」(16世紀末)


P2650719


P2650720
ジョヴァンニ・ダ・モンテ(クレマ、1557‐1583存在確認)の「キリストの嘲笑」(1565‐70c)


P2650724
アウレリオ・ルイーニ(ミラノ、1530c‐1593)の「聖ヴィンチェンツォの殉教」(1587以前)


P2650726
アントニオ・カンピ(クレモナ、1523‐ミラノ、1587)の「聖セバスティアーノの殉教」(1575)


P2650730
ベルナルディーノ・カンピ(レッジョ・エミリア、1521‐1591)の「磔刑」(1584‐91)


P2650733
ベルナルディーノ・カンピの「グルノーブルの聖ウーゴと聖ブルーノ」(1576)


P2650736
ベルナルディーノ・カンピの「リンカーンの聖ウーゴとベアート・グリエルモ」(1576)


P2650738


P2650739
第25展示室です。


P2650741
ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア、1480‐ロレート、1556)の「若い男の肖像」(1524‐27)


P2650743


P2650745
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432c‐1516)の「男の肖像」(15世紀末)


P2650748
ベルナルディーノ・リチーニオ(ポスカンテ・ディ・ベルガモ、1485c‐ヴェネツィア、1550c)の「亡き夫の肖像画を手にする女の肖像」(1525‐28)


P2650751
ジョヴァンニ・ブーズィ通称カリアーニ(ヴェネツィア、1485c‐1547以降没)の「信者の肖像」(1530‐35)


P2650754
ジョヴァンニ・ブーズィ通称カリアーニの「ロトと娘たち」(1540c)


P2650756
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称モレット(ブレーシャ、1498‐1554)の「パドヴァの聖アントニオ」(1530c)


P2650760
ジローラモ・ダ・ロマーノ通称ロマニーノ(ブレーシャ、1484c‐1559以降没)の「玉座の聖母子と聖フランチェスコとパドヴァの聖アントニオと寄進者」(1528‐29c)


P2650763
アントニオ・サッキエンセ(ポルデノーネ、?‐コモ、1576)の「犬と一緒の男の肖像」(1530)


P2650766
アゴスティーノ・ガレアッツィ(ブレーシャ、1523c‐1576/1579)の「ジョヴァン・フランチェスコ・オルシーニの肖像」(1545c)


P2650769
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称モレット(ブレーシャ、1498-1554)の「預言者ジェレミア」(1542-45)


P2650772
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称モレットの「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1542-45)


P2650774
アレッサンドロ・ボンヴィチーノ通称モレットの「聖オルソラと同信者たち」(1537)


P2650778
ジョヴァン・バッティスタ・モローニ(アルビーノ、1520c-ベルガモ、1578)の「バルトロメオ・コッレオーニの肖像」(1566-69)


P2650780
ジョヴァン・バッティスタ・モローニの「ジョルジョ・パッソの肖像」(1569)


P2650784
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)の「財務執政官ヤコポ・ソランツィオの肖像」(1550-51c)


P2650787
ジョヴァン・バッティスタ・モローニ(アルビーノ、1520c-ベルガモ、1578)の「ヴェローナの聖ピエトロの殉教」(1555-60)


P2650790
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレットの「男の肖像」(1546-48)


P2650793
ドメニコ・ロブスティ通称ドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560-1635)の「男の肖像」(1580-90)
(つづく)

P2650573
マルコ・ドッジョーノ(オッジョーノ?、1465/1470c-ミラノ、1524)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと天使」(1510c)
レオナルド・ダ・ヴィンチの画風そっくりです。ここまで師匠に似せなくても良いと思うのですが・・・・・


P2650575
マルコ・ドッジョーノの「カナの結婚饗宴」(1519-22)


P2650579
チェーザレ・ダ・セスト(セスト・カレンデ?、1477‐ミラノ、1523)の「サン・ロッコのポリッティコ」(1523)


P2650581
聖母子


P2650583
聖ロッコ


P2650584
聖ジョヴァンニ・バッティスタ


P2650587
聖セバスティアーノ


P2650589
聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ


P2650591
聖クリストフォロ


P2650594
15世紀第4四半世紀に活動したPittore lombardoの「の「アレッサンドリアの聖カテリーナの物語」(1490‐1500c)


P2650597
15世紀第4四半世紀に活動したPittore lombardoの「聖キアーラ」(1490c)


P2650600
15世紀第4四半世紀に活動したPittore lombardoの「聖エジーディオとトレンティーノの聖二コラ」(1490c)


P2650602
ベルナルド・ゼナーレ(トレヴィーリオ、1450c‐ミラノ、1526)の領域の「鞭打ち」(1515‐20)


P2650606
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ?、1480c‐ミラノ、1532)の「ヘラクレスとアトラス」(1513‐15)


P2650608
アゴスティーノ・ブスティ通称イル・バンバイア(?、1483‐ミラノ、1548)の「聖母子(タッチョーリの聖母)」(1522)


P2650610
バルトロメオ・スアルディ通称ブラマンティーノ(ミラノ、1480‐1530生存確認)の「我に触れるな」(1490‐95c)


P2650614
フランチェスコ・デ・タッティ(ヴァレーゼ、1512‐1527存在確認)の「ボストのポリッティコ」(1517)


P2650616
磔刑


P2650618
聖母子と2音楽天使


P2650620
アレッサンドリアの聖カテリーナと聖ジローラモ」


P2650622
聖ジョヴァンニ・バッティスタと大天使ミケーレ


P2650624
聖フランチェスコと聖ドメニコ


P2650626
聖クリストフォロと聖ロッコ


P2650628
プレデッラの鞭打ち


P2650630
カルヴァリオへの上り


P2650632
十字架降下


P2650634
ベルナルディーノ・ルイーニ(ドゥメンツァ?、1480c‐ミラノ、1532)の「聖母子(オッジョーニの聖母)」(1516c)


P2650638
アンドレア・ソラーリオ(ミラノ、1465c‐1524)の「女の肖像」(1505‐07)


P2650640
第22展示室


P2650642
15‐16世紀に活動したPittore lombardoの「祈るキリスト」(1510c)


P2650645
ジローラモ・ガリッツィ・ダ・サンタクローチェ(サンタクローチェ、ベルガモ、1480/1483-ヴェネツィア、1556)の「三位一体」(1533)


P2650648
15世紀第4四半世紀に活動したPittore venetoの「聖母子」(15世紀末)


P2650650
次の展示室です。


P2650651
フィリッポ・リッピ(フィレンツェ、1407以前-スポレート、1469)の「トリヴルツィオの聖母」(1430-32)


P2650654
ロレンツォ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1356-1372存在確認)の「キリストの復活」(1371)


P2650657
壁が新しく塗装されたようです。


P2650658
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432-1516)の「聖母子」(1460-65)


P2650661


P2650664
アントニオ・ソラーリオ通称ズィンガロ(ヴェネツィア?、1502-1514存在確認)の「聖母子と聖ピエトロと聖フランチェスコ」(1514c)


P2650666
カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1430/1435-マルケ、1494/1495)の作品です。


P2650668
聖バルトロメオ(1472)


P2650670
聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ(1472)


P2650674
アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、パドヴァ、1431-マントヴァ、1506)の「天上の聖母と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖グレゴリオ・マーニョと聖ベネデットと聖ジローラモ」(1497)


P2650677
バルトロメオ・チンカーニ通称モンターニャ(オルツィヌオーヴィ?、1449c-ヴィチェンツァ、1523)の「聖母子」(1480-90)


P2650679
(つづく)

P2650457
次はピナコテーカです。


P2650459
絵画館に入りました。


P2650458
第20室になります。


P2650460
Maestro di Trognano(15世紀第4四半世紀活動)?の「十字架降下」(1476‐91)


P2650464
Maestro di Trognano?の「カルヴァリオへの上り」(1476‐91)


P2650467
Maestro di Trognanoの「羊飼いの礼拝」(1481以降)
こちらの作品はMaestro di Trognanoの作品と特定されてます。


P2650469
15世紀前半活動のPittore lombardoの「マギの礼拝」(1440c)


P2650472
ミケーレ・ダ・ベソッツォ(ベソッツォ、1388‐1445消息)のサークル画家の「聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ピエトロ・マルティーレ」(1430c)


P2650475
ベネデット・ベンボ(クレモナ、1462‐1493消息)の「トルキアーラのポリッティコ(聖母子と天使、聖アントニオ・アバーテ、聖ニコメデ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ピエトロ・マルティーレ)」(1462)
トルキアーラ城のサン・ニコデモ礼拝堂にありました。


P2650479
アンブロージョ・べヴィラクゥア(ミラノ、1481‐1512消息)の「聖母子」(1495‐99)


P2650482
ツァネット・ブガット(ミラノ、1458‐1476生存確認)に帰属する「ガレアッツォ・マリア・スフォルツァの肖像」(1474‐76)


P2650485
バルダッサッレ・デステ(レッジョ・エミリア、1432‐1504生存確認)(ヴィチーノ・ダ・フェラーラの領域)の「ボルソ・デステの肖像」(1469‐71)


P2650488
15世紀第3四半世紀活動のPittore lombardoの「殉教聖女とボーナ・ディ・サヴォイア」(1471‐72)


P2650490
ヴィンチェンツォ・フォッパ(ブレーシャ、1430c‐1516)の「聖母子」(1475c)


P2650492


P2650495
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖テオドーロ」(1470‐75?)


P2650498
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖アゴスティーノ」(1470‐75?)


P2650500
15世紀第4四半世紀活動のPittore paveseの「アレッサンドリアの聖カテリーナ?」(1480‐90)、「シエナの聖ベルナルディーノ」(1480‐90)


P2650504
15世紀第4四半世紀活動のPittore lombardoの「パドヴァの聖アントニオ」(1490‐1500)


P2650506
15世紀第4四半世紀活動のPittore lombardoの「聖ジュゼッペ」(1495‐1500)


P2650509
ヴィンチェンツォ・フォッパ?の「聖母子」(1450‐70)


P2650513
ヴィンチェンツォ・フォッパ(ブレーシャ、1430c‐1516)の「聖母子と天使」(1460c)


P2650517
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖セバスティアーノの殉教」(1490‐1500)


P2650520
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1488‐89c)


P2650523
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1488‐89c)


P2650526
ヴィンチェンツォ・フォッパの「聖人の頭」(1460‐64)


P2650528
15世紀第4四半世紀活動のフランドルの画家作「男の肖像」(1490c)


P2650529


P2650533
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネ(フォッサーノ?、1453c‐ミラノ、1523)の「聖ロッコ」(1505‐10)


P2650536
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネの「聖ジローラモ」(1510c)


P2650538
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネの「聖ベネデットの施し」(1490)


P2650541
アンブロージョ・ダ・フォッサーノ通称ベルゴニョーネの「ピエタのキリストと2天使」(1488‐90)


P2650544
Maestro della Pala Sforzesca(ロンバルディアで15世紀第4四半世紀活動)の「5使徒」(1499c)


P2650546
15世紀末から16世紀初めに活動したPittore lombardoの「玉座の聖母子と聖セバスティアーノと聖ジローラモ」(1510c)


P2650551
ベルナルディーノ・ブティノーネ(トレヴィーリオ、1473‐1510生存確認)の「キリストの生涯と受難のエピソードのタベルナコロ」(1490‐1500c)


P2650553
ガウデンツィオ・フェラーリ(ヴェルチェッリ、1475c‐ミラノ、1546)の領域の「プレデッラのパネル」(1520‐40)


P2650557
プセウド・ボルトラッフィオ(ロンバルディア、16世紀第1四半世紀活動)の「聖ジェルヴァソと聖ベルナンドと信者」(1510‐15)


P2650560
プセウド・ボルトラッフィオの「玉座の聖母子」(1510‐15)


P2650563
プセウド・ボルトラッフィオの「聖セバスティアーノと聖ロッコと信者」(1510‐15)


P2650566
ジローラモ・ジョヴェノーネ(ヴェルチェッリ、1486/1487-1555)の「聖デフェンデンテと聖アポッロニアと信者」(1508)


P2650569
ジローラモ・ジョヴェノーネの「聖ドロテアと聖ルチアと信者」(1508)
(つづく)

P2650386
0階(日本の1階)の展示室が終わりです。


P2650387
順路に従って進みました。


P2650388
1階(日本の2階)に向かいました。


P2650398
次は第16展示室です。


P2650389
第16展示室です。


P2650390
Bottega ligureの「キャビネット」(17世紀初め)


P2650392
Bottega boemaの「キャビネット」(17世紀末)


P2650394
詳細不明


P2650395
フレスコ画の詳細も不明です。


P2650397


P2650396
詳細不明


P2650399
次の展示室に進みます。


P2650400
第17展示室です。


P2650401
Bottega lombardaの「聖ジョルジョのカッソーネ」(15世紀中頃)


P2650403
Bottega lombardaの「3人の公爵のカッソーネ」(1479‐94)


P2650406
クレモナの画家作「女の肖像」(1480‐90c)


P2650407
クレモナの画家作「男の肖像」(1480‐90c)


P2650409
Bottega venetaの「小箱」(16世紀初め)


P2650412
クレモナの画家作「男の肖像」(1480‐90c)


P2650413
クレモナの画家作「女の肖像」(1480‐90c)


P2650415
Bottega venetaの「カッソーネ」(15世紀末)


P2650417
Bottega lombardaの「ルクレツィアのカッソーネ」(15世紀第3四半世紀)


P2650419
詳細不明のフレスコ断片


P2650420
Bottega venetaの「テーブルトップ」(15世紀後半)


P2650422
ジャコモ・ダ・カッターロの「祈る聖母」(1462)


P2650424
詳細不明


P2650425
ニコロ・ダ・ヴァラッロのスタイルで描かれたフレスコ画です。


P2650428
パルマ県にあるロッカビアンカ城にあったフレスコ画です。


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フレスコ画のテーマはボッカッチョのグリセルダの物語だそうです。


P2650430


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P2650433
ジョヴァンニ・アンジェロ・デル・マイーノ(パヴィア、1496‐1536活動)の「ニコデモとマリア・マッダレーナ」(1520‐30)


P2650435
ジョヴァンニ・アンジェロ・デル・マイーノとティブルツィオ・デル・マイーノの「ピエタ」(1520c)


P2650437
アンブロージョ・デ・ドナーティとピエトロ・デ・ドナーティの「フレーム」(1495‐1500)


P2650438
中にある「幼きキリストへの崇拝」(1500‐10c)はドナーティ兄弟工房の作品です。


P2650441
ジョヴァンニ・アンジェロ・デル・マイーノの「磔刑像」(16世紀初め)


P2650443
Maestro franceseの「磔刑像」(12‐13世紀)


P2650445
Maestro umbroの「磔刑像」(13世紀中頃)


P2650447
ジャコモ・デル・マイーノ(ミラノ、1469から活動‐パヴィア、1503没)の「キリストの埋葬」(15世紀第3四半世紀)


P2650449
ロレンツォ・ディ・オリッジョ、ヤコポ・デ・トゥッリ、ジャコモ・デル・マイーノの「(椅子の)背もたれ」(1469‐71)


P2650451
ジョヴァンニ・ツァベッラーナ(ヴェローナ、1457‐1504)とレオナルド・ダ・ヴェローナの「聖母子」(1499)


P2650453
アンブロージョ・デ・ドナーティとピエトロ・デ・ドナーティの「羊飼いの礼拝」(15世紀末)


P2650455
Maestro del Compiantiの「キリストの死を嘆く3聖人」(1515c)
(つづく)

P2650312
次の部屋です。


P2650313
ドゥカーレ礼拝堂です。


P2650316
フランチェスコ・ナポレターノ(ナポリ、?‐ヴェネツィア、1501)の「聖母子」(1495c)
レオナルド・ダ・ヴィンチの作風そっくりです。


P2650318
フレスコ画が見所です。


P2650319
ボニファチョ・ベンボ(ブレーシャ、1420‐ミラノ、1480)によって1466年から1476年頃に制作されたフレスコ画です。



P2650321


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P2650323
Arte Lombardaの「聖母子」(15世紀)


P2650327
Scultore Lombardoの「スフォルツァとマルリアーニ邸のエンブレムの紋章」(15世紀後半)


P2650331
ピエトロ・アントニオ・ソラーリ(ミラノ、1450c‐モスカ、1493)の「祈る聖母」


P2650334
Scultore Lombardoの「竪琴を持つ天使」(15世紀末)


P2650336
Scultore Lombardoの「タンバリンを持つ天使」(15世紀末)



P2650344
次の展示室です。


P2650345
第13展示室です。


P2650346
天井の装飾


P2650347
ガスパーロ・カイラーノ(ミラノ、1489‐ブレーシャ、1517)の「聖母子」(15世紀後半)


P2650350
ジョヴァンニ・アントニオ・アマデオ(パヴィア、1447‐ミラノ、1522)またはジョヴァンニ・アントニオ・アマデオ派彫刻家の「2天使」


P2650353
クリストフォロ・マンテガッツァ(パヴィア、1430c‐1482)の「天使たちの浮彫」


P2650356
アントニオ・マンテガッツァ・ダ・ミラノ(パヴィア、1440c‐1495)の「2使徒」


P2650358
「天使たちの祭壇天蓋」(15世紀後半)


P2650360
「皇帝のメダリオン」(15世紀末)


P2650362
ガスパーロ・カイラーノ(ミラノ、1489‐ブレーシャ、1517)の「ピエタのキリスト」(15世紀末)


P2650364
Arte Lombardaの「授乳の聖母」(15世紀後半)


P2650365
Arte Lombardaの「聖母子と2聖人」(15世紀後半)


P2650339
次の展示室です。


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P2650341
武具が展示されてます。


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P2650343


P2650367
次の展示室です。


P2650368
スカルリオーニの間


P2650370
アンドレア・フズィーナ(フィズィーネ、1470‐ミラノ、1526)の「バッティスタ・バガロッティ司教の墓棺」(1519)


P2650369


P2650373
グリエルモ・デッラ・ポルタ(ポルレッツァ、1516‐ローマ、1577)の「十字架降下」


P2650375
「ピエタのキリスト、聖母、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタのトリッティコ」(15世紀末)


P2650377
クリストフォロ・ロンバルディ?の「La "Mura"」(16世紀前半)


P2650380
アゴスティーノ・ブスティ通称イル・バンバヤ(ブスト・アルシーツィオ、1483‐ミラノ、1548)の「ガストン・ド・フォアの霊廟、横たわる隊長の像」(1512)


P2650383
アゴスティーノ・ブスティ通称イル・バンバヤの「詩人ランチャーノ・クルツィオの墓碑」(1513)


P2650385
以前は第15展示室の奥にミケランジェロのロンダニーニのピエタが展示されていました。
(つづく)

P2650241
第4展示室の天井装飾


P2650236
Maestro toscanoの「フランキーノ・ルスカの霊廟」(1350c)
コモのサン・フランチェスコ教会にありました。
ロンバルディアの現存するゴシック様式の霊廟のうち、最も保存状態が良いとされてます。


P2650242
ロンバルドの彫刻家作「月桂冠を受けた詩人」(14世紀)
ジャン・ジャコモ・ポルディ・ペッツォーリ(ポルディ・ペッツォーリ美術館はジャン・ジャコモが個人収集した作品が主に展示されてます)が所有していましたが、ミラノ市に寄贈した作品です。


P2650245
第5室の小礼拝堂に移動します。
19世紀末に行われた修復以前、この部屋はレオナルド・ダ・ヴィンチがイル・モーロ時代に装飾した「黒の部屋」と思われていましたが、装飾の痕跡さえも見つからず、「黒の部屋」説は否定されるようになりました。
部屋の歴史について、もう一つ説があって、それは、16世紀前半、ミラノ公フランチェスコ2世スフォルツァの、デンマーク出身の妻クリスティーナの化粧室だったということですが、この説も確証がないようです。


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木彫りの磔刑像(14世紀)


P2650248
ボニーノ・ダ・カンピョーネ(カンピョーネ・ディターリア、1325c‐1397c)の「聖母子」(1360c)


P2650250
Maestro venetoの「天使の灯火台」(14世紀)
ミラノ郊外のチェルヌスコ・スル・ナビーリオ教会にありました。


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Maestro venetoの「天使の灯火台」


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「聖母子の壁龕」(14世紀初め)


P2650257
次の部屋です。


P2650258


P2650259
「座る勇者とドラゴン」(12世紀末)
ポルタ・ロマーナの彫刻の一部です。


P2650261
「慎みがない女像」(12世紀末)
ポルタ・ロマーナにありましたが、16世紀、当時の大司教カルロ・ボッロメオによって取り外されたそうです。


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ドメニコ・エ・ランフランコ・ダ・リグルノの「3修道士」(13世紀)


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「聖アンブロージョの奉納タベルナコロ」(12世紀)


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「3聖人」(13世紀)


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「聖アレッサンドロ」(13世紀)


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詳細不明


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「福音書記者のシンボル」(12世紀)


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Arte Campioneseの「聖アンブロージョの浮彫」(14世紀)


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「理念に捧げた宗教行列の場面」(12世紀)
ミラノのサンタ・マリア・イン・ベルトラーデ教会にありました。


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「聖アンブロージョの浮彫」(14世紀)


P2650282
次の部屋です。


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天井に描かれたスペインの紋章


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「ミラノのゴンファローネ」
非常に豪華で一見に値します。


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最初、下絵はジュゼッペ・アルチンボルド(ミラノ、1526‐1593)に依頼され、さらにジュゼッペ・メーダ(ミラノ、1534‐1599)に引き継がれ、ブリュッセルで織られました。


P2660281


P2650288
「神の制裁をアハブ王に説くエリア」
ミッシェル・コクシーが下絵を描き、1550‐1560年にブリュッセルで織られました。


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ストロド・ロレンツィ(セッティニャーノ、1534‐ピサ、1583)の「アダム」


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次の部屋です。


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第11室になります。
レオナルド・ダ・ヴィンチが装飾した第8室の板張の間、それに第9室、第10室は閉鎖されていました。


P2650296
天井にミラノ公爵の家紋が描かれてます。そのため、この部屋は「ミラノ公爵家紋の間」と呼ばれてます。


P2650298
ヤコピーノ・ダ・トラダーテ(トラダーテ、14世紀後半‐マントヴァ、1445)の「聖母子」
ヤコピーノは、1401年から1440年までの約40年ミラノに居住したそうです。


P2650300
Maestro Lombardoの「聖母子」(15世紀中頃)


P2650302
「永遠の父なる神」(15世紀第1四半世紀)


P2650304
Scultore Lombardoの「聖母と信者」(15世紀後半)


P2650306
アゴスティーノ・ディ・ドゥッチョ(フィレンツェ、1418‐ペルージャ、1481c)の「至上の象徴の浅浮彫」


P2650309
「キリストのモノグラムの板」(15世紀後半)
(つづく)

P2650150
ボニーノ・ダ・カンピョーネ工房の「レジーナ・デッラ・スカラの石棺」(14世紀)
ミラノのサン・ジョヴァンニ・イン・コンカ教会にありました。
レジーナ・デッラ・スカラは、ベルナボ・ヴィスコンティの妻でした。


P2650153
ロンバルド芸術のフレスコ断片(14世紀)
ミラノのサン・ジョヴァンニ・イン・コンカ教会にありました。


P2650155
ボニーノ・ダ・カンピョーネ(カンピョーネ・ディターリア、1325c‐1397c)の「ジョヴァンニ・ダ・ファニャーノの石棺」(1376)


P2650157
Arte Campioneseの「ヴィエーリ・ダ・バッシニャーナの石棺」(14世紀末)
ミラノのサン・ディオニージ教会にありました。


P2650159
トスカーナの彫刻家作「聖パオロ、聖ロレンツォ、聖ステファノ」(14世紀)


P2650161
Arte Campioneseの「聖母子と戦士と聖人の浮彫」(14世紀)


P2650163
ロンバルド芸術のフレスコ断片(14世紀)
ミラノのサン・ジョヴァンニ・イン・コンカ教会にありました。


P2650166
Arte Campioneseの「聖母子と聖人たち」(14世紀)


P2650168
Arte Campioneseの「聖母子と信者」(1360)


P2650171
ジョヴァンニ・ディ・バルドゥッチョ(ピサ、1290c‐ミラノ、1349)の「ミラノのコマシーナ門の彫刻」(14世紀前半)


P2650172
ジョヴァンニ・ディ・バルドゥッチョの「聖母子と天使たちの浮彫」(14世紀)


P2650174
トスカーナの彫刻家作「聖母子の石棺正面」(14世紀)


P2650177
一瞬、日差しが差し込んできました。


P2650180
Maestro della Sculture di Viboldoneの「玉座の聖母子と2天使」(14世紀中頃)
リオッツォのサン・ロッコ祈祷所にありました。


P2650183
Arte Campioneseの「聖ジャコモ・マッジョーレ」(14世紀末)


P2650185
ロンバルドの彫刻家作「水槽」(15世紀)


P2650187
ジャコモ・ダ・カンピョーネ(ミラノで1387から活動記録‐ミラノ、1398没)の「ボーナ・ディ・サヴォイアの墓石」(14世紀末)


P2650189
「アントネッロ・アルチンボルディの墓石」(1439)
パルマのサン・フランチェスコ・アル・プラート教会にありました。


P2650192
Maestro toscanoの「祈る救世主」(1350c)


P2650195
Arte Campioneseの「石棺正面」(14世紀後半)


P2650178
ジョヴァンニ・ディ・バルドゥッチョの作品が並んでます。


P2650197
ジョヴァンニ・ディ・バルドゥッチョの作品


P2650198
ジョヴァンニ・ディ・バルドゥッチョの作品


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ジョヴァンニ・ディ・バルドゥッチョの作品


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第3展示室の天井です。


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この場所は昔のサン・ドナート礼拝堂でした。


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15世紀末のロンバルディアの画家によって描かれたフレスコ画です。


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ロンバルドの彫刻家作「聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと信者、聖ジョルジョ、聖ヴィットーレの石棺正面」(14世紀)


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Maestro Campioneseの「石棺正面」(14世紀)


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Maestro Campioneseの「聖母子」(1310‐20c)


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第4展示室


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天井に描かれたスペインの紋章


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「受胎告知する大天使」(13世紀)
ミラノのサン・ジョヴァンニ・イン・コンカ教会にありました。


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「受胎告知される聖母」(13世紀)
ミラノのサン・ジョヴァンニ・イン・コンカ教会にありました。


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「聖人」(14世紀中頃)


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「聖母子」(14世紀中頃)


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Arte Campioneseの「ピエタ」(14世紀)


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ジョヴァンニ・ディ・バルドゥッチョ・ダ・ピサ(ピサ、1290c‐ミラノ、1349)の「ビスコンティの墓石」
以下、3点も同じです。


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Arte Campioneseの「ピエタ」(14世紀)
(つづく)

スフォルツェスコ城博物館については既に取り上げましたが、2018年3月と2018年6月に再訪したところ、展示作品がかなり変わっていた部屋がありました。この博物館では、展示室や展示作品の見直しをすることはないだろうと思っていたので、それは意外でした。
と言うことで、2018年3月時点の博物館を改めて取り上げることにします。
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2018年3月1日と2日のミラノは雪でした。


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2008年頃にも大雪のミラノを経験しているので、二度目の雪のミラノとなりました。


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切符を買ってから、まず最初にミケランジェロの彫刻を見ることにしました。2015年のミラノ万博を機に、ミケランジェロの彫刻は別棟の建物で展示されるようになりました。


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ご丁寧にも日本語の案内板がありました。


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別棟(旧スペイン病院)の入り口


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館内に入りました。


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ミケランジェロ・ブオナローティ(カプレーゼ、1475‐ローマ、1564)の「ロンダニーニのピエタ」(1552‐1564)


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1552年から制作が開始され、1553年まで製作が継続されましたが、一旦製作が中断され、1555年から再開されたそうです。


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ミケランジェロの友人だったダニエーレ・ダ・ヴォルテッラがジョルジョ・ヴァザーリとミケランジェロの甥レオナルド・ブオナローティに充てた2通の手紙によって、ミケランジェロが死の数日前まで、このピエタを制作したことが分かってます。つまり、ミケランジェロの遺作です。


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「ロンダニーニのピエタ」の名称は、1744年、マルクイセス・ロンダニーニがこのピエタを買い取り、ローマのコルソ通りにあるPalazzo Rondaniniの図書館に設置されていたことに由来します。


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1952年、ミラノ市によって、ピエタは購入され、スフォルツェスコ城博物館で一般公開されるようになりました。


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作品の下部にミケランジェロの名前が刻まれてます。


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展示されている主な作品は、1点だけです。
他に一応ミケランジェロの頭像もありますが。


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レオーネ・レオーニ(アレッツォ、1509‐ミラノ、1590)の「ミケランジェロ・ブオナローティの頭像(ブロンズ)」(1561)


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展示室のフレスコ


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本館?に移動しました。第1展示室です。


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アーチ受けの石台(12世紀)


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浅浮彫の石板(11世紀)


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墓のフレスコ(6世紀)


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石棺断片(4世紀)


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石棺(4世紀末)


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ミラノのサンタ・マリア・ディ・アウローナ教会の柱(8世紀中頃)
サンタ・マリア・ディ・アウローナ教会は739年‐740年頃建設されたそうです。


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ロンバルドの彫刻(8世紀)


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ロンバルド芸術(8世紀)


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第1展示室


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ロンゴバルド芸術の「読経台断片」(10世紀初め)


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ミラノのサンタンブロージョ聖堂のモザイク断片(9世紀)


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フィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂のモザイク断片(12世紀)


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第2展示室


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Wiligelmoに帰属する「男像柱テラモーネ」(12世紀)
1905年、クレモナの聖堂から出土したものです。


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ロンバルディア芸術のフレスコ断片(14世紀)
ミラノのサン・ジョヴァンニ・イン・コンカ教会にありました。


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展示室天井のフレスコ


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コーニス(12世紀)
ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院にありました。


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「祝福する救世主の浮彫」(12世紀)
クレモナのドゥオーモの裏門に使用されていました。


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アンテラミー派彫刻家作「マギ」(12世紀末‐13世紀初め)
ミラノの旧大聖堂だったサン・マリア・マッジョーレ教会にありました。


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ロンバルディア芸術の「祈るキリスト」(12世紀末)
ミラノのサン・シンプリチャーノ教会にありました。


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ロンバルド芸術の「読者の座像」(11世紀)
カイラーテ・オローナ(ヴァレーゼ県)のサンタ・マリア・アッスンタ修道院にありました。


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ボニーノ・ダ・カンピョーネ(カンピョーネ・ディターリア、1325c‐1397c)と工房の「ベルナボ・ヴィスコンティの霊廟」(1380‐85)
ミラノのサン・ジョヴァンニ・イン・コンカ教会後陣にありました。


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磔刑と聖人たち
12世紀後半から14世紀末に、カンピョーネ地方に建築家、彫刻家、石工の集団がいてロンバルディア地方のロマネスク芸術を担っていましたが、その集団の中で最も卓越していたのがマッテオ・ディ・カンピョーネと並んでボニーノ・ダ・カンピョーネの二人でした。
この霊廟はボニーノ・ダ・カンピョーネの最高傑作とされてます。


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ピエタのキリストと聖人たち


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聖母戴冠
(つづく)

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17世紀?のドイツの彫刻家作「磔刑のキリスト」


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16世紀のアブロッツォの彫刻家作「聖母の頭」


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16世紀前半のマルケ?の彫刻家作「聖セバスティアーノ」


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17世紀?の植民地?のサークル彫刻家作「磔刑」


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18世紀のロンバルドの彫刻家作「キリストの頭」


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シルヴィオ・コンサドーリ(ブレーシャ、1909‐ブラーノ、1994)の「十字架降下」


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アノヴェロ・ダ・インボナーテ(ロンバルディア、14世紀末‐15世紀初め活動)の「磔刑」


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ロンバルドの工房作「祭壇前飾り」(17世紀末‐18世紀初め)


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15世紀中頃のミラノ工房作「聖フランチェスコ、ピエタのキリスト、聖キアーラ」


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17世紀の北イタリアの彫刻家作「ご誕生と天使たち」


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セミナー室?


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ジュゼッペ・ラスネージ(ミラノ、1841‐1884生存確認)の「天使の秘跡崇拝」


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17‐18世紀?のロンバルドの逸名画家作「エジプトの聖マリアの聖体拝領」


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パオロ・カッツァニーガ(ミラノ、1649‐1719)の「聖エウドッシャの奇跡」


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ジョヴァン・バッティスタ・コスタ(17世紀後半‐18世紀初め活動)の「シエナの聖カテリーナ」


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カルロ・プレーダ(ミラノ、1645c‐1729)の「聖マッシミーノの臨終聖餐を受ける聖マリア・マッダレーナ」


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カルロ・プレーダの作品
主題が分かりません。


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フェデリーコ・フェッラーリオ(ミラノ、1714c‐1802)の「取りつかれた人に聖体拝領を授ける聖ベルナルド」


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フィリッポ・アッビアーティ(ミラノ、1643c‐1715)の「ムラの奇跡」


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フィリッポ・アッビアーティの「聖ピエトロ・マルティーレ」


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ジャコモ・パッラヴィチーノ通称ジャノーロ(カスパーノ・ディ・チーヴォ、、1660‐ミラノ、1729)の「L'Eucarestia trafitta dagli Ebrei manda sangue」


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ステファノ・マリア・レニャーニ通称イル・レニャニーノ(ミラノ、1661‐1713)の「キリストから荊冠を授けられるシエナの聖カテリーナ」


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ジュゼッペ・プロカッチーニ(17世紀末‐18世紀初め生存確認)の「聖スタニスラオ・コストカの聖体拝領」


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アントニオ・マリア・ルッジェーリ(17世紀末‐18世紀初め活動)の「ペスト患者の聖体拝領」


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フェデリーコ・ビアンキ(ミラノ、1635‐1719)の「シエナの聖カテリーナの奇跡」


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ピエトロ・アントニオ・マガッティ(ヴァレーゼ、1691‐1767)の「信者の臨終聖餐に顕現する聖母」


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フィリッポ・アッビアーティ(ミラノ、1643‐1715)の「Daniele nella fossa dei leoni sfamato da Abacuc」


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詳細不明


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フィリッポ・アッビアーティの「Gezabele gettata dal palazzo di Jezrael」


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外に出ました。
(おわり)

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Maestro della  Madonna Lazzaroni(フィレンツェ、14世紀後半活動)の「聖母戴冠と8聖人と6天使」


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ゲラルド・ディ・ヤコポ通称スタルニーナ(フィレンツェ、14世紀後半‐1413以前没)の「聖母子」


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パオロ・ヴェネツィアーノのサークルの逸名画家作「聖母子と聖人たち」(14世紀中頃)


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Maestro del trittico Ricardson(シエナ、14世紀第4四半世紀‐15世紀初頭活動)の「聖母子と6聖人、磔刑」


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タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ?、1362/1363-1422)の「ウミルタの聖母と聖人たち(聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ピエトロ、聖パオロ、聖アントニオ・アバーテ)、三位一体」


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ビッチ・ディ・ロレンツォ(フィレンツェ、1373-アレッツォ、1452)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」、「聖パオロ・アポストロ」


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15世紀初めのシエナの逸名画家作「聖ジャコモ・マッジョーレ」(1400-10c)


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ベルナルド・ダッディ(フィレンツェ、1320-1348活動)の「聖チェチリア」


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Maestro della Dormitio di Terni(ウンブリア、14世紀末-15世紀初め)の「聖ピエトロ、受胎告知される聖母」


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チェンニ・ディ・フランチェスコ(フィレンツェ、1369-1415記録)の「司教聖人」


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Maestro della Dormitio Virginis di Murano(ヴェネツィア、14世紀第3四半世紀)の「聖マルコ」


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バッティスタ・ディ・ジュリオ(ピサ、1350c-1420c)の「聖ジローラモ」


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アントニオ・ディ・フランチェスコ通称アントニオ・ヴェネツィアーノ(トスカーナ、1369-1388記録)の「使徒聖人」


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フランチェスクッチョ・ディ・チェッコ・ゲッシ(ファブリアーノ、1345-1375活動)?の作品


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キリストの鞭打ち、十字架降下


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最後の審判、磔刑


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ナルド・ディ・チョーネ(フィレンツェ、1346/1348と1365/1366活動記録)の「磔刑と聖母と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


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14世紀中頃のヴェネツィアの逸名画家作「ロレンツォ・ヴェネツィアーノ作『磔刑の聖人たち』の複製画」


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Maestro della predella dell'Ashmolean Museum(フィレンツェ、14世紀後半活動)の「磔刑、カルヴァリオへの上り」


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Maestro della Madonna Lazzaroni(フィレンツェで14世紀後半活動)の「受胎告知する大天使、3聖人」、「受胎告知される聖母、磔刑」


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16世紀のルッカの彫刻工房作「この人を見よ」(16世紀第1四半世紀)


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15世紀後半のヴェネトの逸名彫刻家作「聖人」(1460‐70c)


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15世紀中頃のフィレンツェの逸名彫刻家作「聖母子」


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15世紀後半のヴェネトの逸名彫刻家作「聖ピエトロ」(1460‐70c)


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17世紀のサルデーニャ・ナポリ工房作「幼きキリストと聖ジュゼッペ」


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19世紀のフィレンツェの逸名彫刻家(レッリ工房?)の「聖母の胸像」


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15世紀中頃の西リグーリアの逸名彫刻家作「磔刑像」


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19世紀のイタリアの製造者の「ミーノ・ダ・フィエゾレ作『シエナの聖カテリーナ』の模倣彫刻」(19世紀後半)


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17世紀後半のナポリ?の逸名彫刻家作「悲しみの聖母」(17世紀第4四半世紀)


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17世紀のイタリア南部?の逸名彫刻家作「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


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17世紀のイタリア南部?の逸名彫刻家作「聖ピエトロ」


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アントン・マリア・マラリアーノ(ジェノヴァ、1664‐1739)のサークル彫刻家作「悲しみの聖母」


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17世紀のポルトガル植民地の逸名彫刻家作「磔刑像」


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17世紀初めのサルデーニャ・ナポリの逸名彫刻家作「司教聖人」(1600‐10c)


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15世紀のヴァッレ・ダオスタの逸名彫刻家作「司教聖人」


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15世紀中頃の西リグーリアの逸名彫刻家作「磔刑」
(つづく)

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引き続き風景画です。


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フランチェスコ・ズッカレッリ(ピティリアーノ、1702‐フィレンツェ、1778)の「馬と農民がいる田舎の風景」


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フランチェスコ・ズッカレッリの「田園の風景」


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カルロ・アントニオ・タヴェッラ(ミラノ、1668‐ジェノヴァ、1738)の「釣り人がいる風景」


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カルロ・アントニオ・タヴェッラの「羊飼いがいる風景」


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ピエトロ・アントニアーニ(ミラノ、1740/1750-1805)の「オーヴォ城と港の風景」


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ピエトロ・アントニアーニの「時化の海」


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ピエトロ・アントニアーニの「騎士がいる海」


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アンドレア・トッレサーナ(?-ブレーシャ、1760)の「家畜と人がいる海の風景」


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アンドレア・トッレサーナの「チョチャリーア人と家畜がいる田舎の風景」


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ガスパール・ファン・ウイッテル(アメルスフォールト,1652/1653-ローマ、1736)の「ポッツォ―リ洞窟の景観」


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アントニオ・フランチェスコ・ビオンディ(ミラノ、1735-1805)に帰属する「ジュゼッペ・ポッツォボネッリ枢機卿の肖像」


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北ヨーロッパ西方の工房作「十字架」(13世紀前半)


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Maestro di San Miniato(ロレンツォ・ディ・ジョヴァンニ)(フィレンツェ、1465-1512活動記録)の「聖母子と2天使」


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ゲラルド・ディ・ヤコポ・ディ・ネーリ通称ロ・スタルニーナ(フィレンツェ、1386-1412活動記録)の「受胎告知」


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受胎告知する大天使


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受胎告知される聖母


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ジョヴァンニ・ディ・バルトロメオ・クリスティアーニとナンニ・ディ・ヤコポ(ピストイア、14世紀活動)の「聖母子と4聖人(聖レオナルド、聖大天使ミケーレ、聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖パオロ)」


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ミケーレ・ディ・マッテオ(ボローニャ、1410-1448/1449)の「聖チェチリアの葬儀」


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Maestro di Roncaiette(ヴェネト、14世紀末-15世紀初め活動)の「4聖人」


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聖ジュスティーナ


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聖ジローラモ


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聖パオロ


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聖バルトロメオ


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アンドレア・ディ・バルトロ(シエナ、1360‐1428)に帰属する「受胎告知」


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ルッカの細密画家作「アクイーノの聖トッマーゾ」(1400‐10c)


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ルッカの細密画家作「聖パオロ」(1400‐10c)


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ラッザーロ・バスティアーニ(ヴェネツィア、1450c‐1512)の2作品


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聖ジローラモと修道女


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アレッサンドリアの聖カテリーナ


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トスカーナの細密画家作「交唱唱歌集」


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ロレンツォ・ディ・ニッコロ(フィレンツェ、1391‐1412活動記録)の「受胎告知する大天使」


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ロンバルドの逸名画家作「4聖人」(15世紀第1四半世紀)


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聖アントニオ・アバーテ


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聖ジョヴァンニ・バッティスタと修道士


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聖アンブロージョ


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聖フランチェスコ


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サーノ・ディ・ピエトロ(シエナ、1405‐1481)の「3聖人(聖ルーカ、聖バルトロメオ、聖テオフィーロ)」


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サーノ・ディ・ピエトロの「聖人たちのプレデッラ?」


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アーニョロ・ガッディ(フィレンツェ、1369から記録‐1396没)の「玉座の聖母子と聖ジュリアーノとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


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Maestro della predella dell'Ashmolean Museum(フィレンツェで14世紀後半活動)の「玉座の聖母子と8聖人と2天使」
(つづく)

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