イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: チッタ・ディ・カステッロ

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教会の聖具類も展示されてます。


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パラッツォ各部屋の装飾が見事です。


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アントニオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1420c‐ヴェネツィア、1476)の「玉座の聖母子」(15世紀後半)


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ピエトロ・ドニーニ(フィレンツェで15世紀前半に活動)の「聖母子と聖人たちと磔刑と受胎告知の三翼祭壇画」(1431c)


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空間を活用したゆったりとした展示が特徴です。


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ネーリ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1418‐1492)の「聖母子と2天使」(15世紀中ごろ)


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これは表裏両面に描かれてます。
16世紀の無名画家の「磔刑」(16世紀初頭)


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16世紀の無名画家の「慈悲の聖母」(16世紀初頭)


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15世紀の無名画家の「受難の祈るキリスト」(15世紀末)


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展示室からの眺め


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ここから写真を撮りました。


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彩柚テラコッタの作品が展示されてます。


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アンドレア・デッラ・ロッビア工房の「聖母被昇天」(16世紀前半)


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アンドレア・デッラ・ロッビア工房の「羊飼いの礼拝」(16世紀前半)


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ドメニコ・ギルランダイオ工房の「聖母戴冠と聖人たちと天使たち」(15世紀末)


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この美術館を代表する傑作です。


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ラッファエッロの作品です。傷みが激しいのが残念です。


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ラッファエッロの「サンティッシマ・トリニータ教会の祭壇前飾り:三位一体と聖ロッコと聖セバスティアーノ、エヴァの創造」(1502c)


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19世紀の無名画家の「磔刑」(1809)


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エルメネジルド・コスタンティーニ(ローマ、1764‐1791活動)の「ラッファエッロ作『トレンティーノの聖二コラ』の複製画」(1791)


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教会の聖職者席?


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フランチェスコ・ティフェルナーテ(チッタ・ディ・カステッロで1505活動)の「受胎告知」(1506c)


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フランチェスコ・ティフェルナーテの「受胎告知と玉座の聖母子と聖人たち」(1503‐06c)


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説明板がないので詳細不明です。


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次の部屋です。


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ここにも説明板がありません。


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中世の戦闘場面が描かれているので、この建物を建てた傭兵隊長の活躍を描いた?


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私の勝手な想像ですが、そう思いながらフレスコ画を見ていくと辻褄が合うような気がしました。


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説明板くらい置いてあっても良さそうに思います。


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カステルドゥランテの工芸品「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖アンナ」(17世紀)


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スグラフィート


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カステルドゥランテ産の工芸品「キリストの鞭打ち」(17世紀)


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大広間?


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この部屋の装飾も一見に値します。


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ここが最後の部屋ですが、他の入館者を見ることはありませんでした。


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係員もいませんでした。


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ルーカ・シニョレッリ特別展は切符売り場に行列が出来ていたのですが、常設展は不人気なようです。勿体ない!


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外に出ました。


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ルーカ・シニョレッリ、ラッファエッロ、アントニオ・ヴィヴァリーニの作品が特に良かった!


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大満足で絵画館を後にしました。


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(おわり)

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展示室の様子です。


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ラッファエッリーノ・デル・コッレの「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の祭壇画」(1540)


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メインパネルの「十字架降下」


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向かって左の「天使たち」


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向かって右の「天使たち」


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裾絵の「エマオの晩餐」


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「辺獄からの解放」


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「キリストの復活」


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「我に触れるな」


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「聖母に顕現する復活したキリスト」


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ラッファエッリーノ・デル・コッレの「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の受胎告知の祭壇画」


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「受胎告知」部分


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聖人たちの裾絵は、左からマグダラのマリア、聖アゴスティーノ、聖セバスティアーノ


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左から聖セバスティアーノ、聖アントニオ、聖バルバラ、聖ジローラモ


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左から聖ジローラモ、聖ロッコ、聖ジュリアーノ、アレッサンドリアの聖カテリーナ


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ラッファエッリーノ・デル・コッレの「聖母被昇天」(1540c)


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ここで展示室の様子を撮っておくのを忘れたことに気付きました。
と言うことで、慌て気味にまとめて撮りました。


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入館者は多分私一人だったと思います。


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天井のフレスコ画


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サンティ・ディ・ティート(ボルゴ・サンセポルクロ、1536‐フィレンツェ、1603)の「聖ピエトロと福音書記者聖ジョヴァンニの按手」(1582c)


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ラッファエッリーノ・デル・コッレの「聖母の教会への出現」(1561)


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ヤコポ・ディ・ジョヴァンニ・ディ・フランチェスコ(フィレンツェ、1494‐1554)の「聖母子と聖フランチェスコと聖セバスティアーノ」(1536c)


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グレゴリオ・パガーニ(フィレンツェ、1558‐1605)の「聖母子と聖人たち」


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16世紀の無名画家の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1530c)


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16世紀の無名画家の「聖母子」


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ロッビア工房の「受胎告知」(16世紀初頭)


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サーノ・ディ・ジョヴァンニ・セネーゼの「キリストの洗礼」(14世紀)


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14世紀後半の無名彫刻家の作品


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「聖人の死」


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「聖アントニオ・アバーテ」


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アンドレア・デッラ・ロッビア工房の「聖母子と2ケルビーノ」(16世紀初頭)


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石棺の一部(西暦200‐210)


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エルモ・パラッツィのコレクション


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エルモ・パラッツィのコレクション


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現代彫刻の数々


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好みは人それぞれ。私は敬遠の一手!


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抽象画もあります。


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隣の幼稚園児よりも下手と思います。


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無料で進呈すると言われても受け取りませんね。


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自分の鑑賞眼に思わず疑念を生じさせます。


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駄作、凡作、愚作(私の私見です)


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有名な作品が2点あります。


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グレゴリオ・シルティアンの「Natura Morta」(1954)


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アレッサンドロ・ブルスケッティの「カシルデ・パッカドゥスチ・ジョルネッリの肖像」(1949)


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14世紀の無名彫刻家の「3つのライオン像」


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ここから2階の展示室になります。


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階段を上ったところの天井の装飾


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展示室天井の装飾


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13世紀の無名画家の「玉座の聖母子と天使たち」


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スピネッロ・アレティーノ(アレッツォ、1350c‐1410?)の「玉座の聖母子」(14世紀末)


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調度品も見る価値があります。


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15世紀の無名画家の「聖母子と4聖人のオーニッサンティ教会の祭壇画」(1417)


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中央パネル


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向かって左の「聖アゴスティーノと聖ジローラモ」


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向かって右の「聖フロリードと聖レオナルド」


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ジョルジョ・ディ・アンドレア・ディ・バルトロ(シエナ、1409と1412活動)とジャコモ・ディ・ミケーレ(チッタ・ディ・カステッロで1412活動)の「聖母子」(1412)


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アントニオ・アルベルティ(フェッラーラ、1390c‐ウルビーノ、1449)の「聖母子と2聖人」(15世紀前半)


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「玉座の聖母子」


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「聖バルトロメオ」


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「聖ベネデット司教」
(つづく)

私が大好きなルーカ・シニョレッリの作品が数点展示されているので、それらの鑑賞のため、時々訪れている絵画館です。
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案内表示に従えば簡単に行くことが出来ます。


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門の手前、写真左の建物が絵画館です。


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ここが絵画館です。


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柵越しに中の様子が見えます。


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開館時間が来れば、時間通りに扉が開けられます。


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非常にしっかりした絵画館なので、急な臨時休館は有り得ません。


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入館しました。先ず、庭園に出てパラッツォの装飾を見ました。


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Palazzo Vitelli alla Cannonieraの建物に絵画館が設けられてます。


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16世紀初頭当時、チッタ・ディ・カステッロは傭兵隊長だったアレッサンドロ・ヴィテッリによって支配されていましたが、そのアレッサンドロとパオラ・デ・ロッシの結婚を機に、その邸宅として建てられたのがPalazzoです。1521年創建、1532年に一応の完成、1545年に最終的に完成したルネサンス様式の建物です。


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外壁に施されたスグラフィート装飾は、ジョルジョ・ヴァザーリのデザインを基に、クリストフォロ・ゲラルディ(1508‐1556)によって制作されました。


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このような装飾は特に16世紀に流行しました。


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色が異なる二層に漆喰を塗り、表面層を削ることによって下の層の色が現れて模様が出来るのです。


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庭園も綺麗です。
1907年、チッタ・ディ・カステッロの名士でアーティストだったエリア・ヴォルピがこのパラッツォを購入しました。エリアはフィレンツェのダヴァンツァーティ宮(現:中世邸宅博物館)の修復を手掛けたことでも有名ですが、このパラッツォの修復が終わると、1912年に市立絵画館の建物として、自分の収集物と共に市当局に寄贈したのです。


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2012年、この絵画館でルーカ・シニョレッリの特別展が開催されました。その時は盛況でした。シニョレッリ・ファンの多さにビックリしました。


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作品の鑑賞です。


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トッマーゾ・マリア・コンカ(ローマ、1734‐1822)の「聖母子」(1795‐97c)


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ヴィンチェンツォ・キアッリ(チッタ・ディ・カステッロ、1787‐コルトーナ、1840)の「聖母子」(1823)


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ヴィンチェンツォ・バルボーニ(チッタ・ディ・カステッロ、1802‐1859)の「玉座の聖母子と聖エリージョと聖ルチア」(1844)


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フランチェスコ・マンチーニ(サンタンジェロ・イン・ヴァード、1679‐ローマ、1758)の「Domine quo vadis」


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アレッサンドロ・カパルティ(ローマ、1810‐1869)の「ジュゼッペ・キアッリの肖像」


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ヴィンチェンツォ・キアッリの「カッポレオーネ・グエルフッチの肖像」(1820)


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ジョヴァン・バッティスタ・パチェッティ(チッタ・ディ・カステッロ、1593‐1662)の「聖人(特定できないようです)」


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ジョヴァン・バッティスタ・パチェッティの「聖ピエトロ」


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18世紀末の無名画家の「受胎告知される聖母」


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17世紀の無名画家の「この人を見よ」


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ジョヴァンニ・ヴェントゥーラ・ボルゲージ(チッタ・ディ・カステッロ、1640‐1708)の「貧しい支援者と聖イーヴォ」


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ジョヴァン・バッティスタ・パチェッティの「聖ピエトロ」


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ジョヴァン・バッティスタ・パチェッティの「聖パオロ」


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16世紀の無名画家の「聖フランチェスコと2聖人」(16世紀末—17世紀初頭)


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ヴィットーレ・チレッリ(16世紀前半に活動)の「羊飼いの礼拝」


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16世紀後半の工芸家の「物入れ」


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16世紀の無名画家の「祭壇前飾り」


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「聖ヴィンチェンツォ・フェッレーリ、聖ピエトロ」


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「聖母のトランジット」


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「聖アントニオ、アンティオキアの聖マルゲリータ」


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ポマランチョ(ポマランチェ、1530c‐チッタ・デッラ・ピエーヴェ、1598)の「聖ステファノの殉教」(1570)


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ポマランチョの「無原罪の御宿り」(1573)


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ポマランチョの「受胎告知」(1577)


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16世紀の無名画家の「ピエタ」


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ルーカ・シニョレッリ(コルトーナ、1450c‐1523)の「聖セバスティアーノの殉教」(1498)


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拡大画像


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ルーカ・シニョレッリのフレスコ画断片(1474)


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16世紀の無名画家の「天上のキリストと聖カテリーナ」(16世紀前半)
裏面にも描かれてます。


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裏面:16世紀の無名画家の「天上のキリストと聖母と聖カテリーナ」(16世紀前半)


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ジャコモ・ダ・ミラノ(1524‐1538活動)の「聖セバスティアーノの殉教」


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ルーカ・シニョレッリ派画家の「聖母子と聖人たちのサンタ・チェチリア教会の祭壇画」(1520‐25)


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メインパネル


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洗礼者聖ジョヴァンニ


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聖ルチア


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裾絵は「聖チェチリアの物語」


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16世紀の無名画家の「十字架を前にたたずむ聖母、マグダラのマリアと福音書記者聖ジョヴァンニ」(16世紀前半)


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ルーカ・シニョレッリと弟子の「キリストの洗礼」(1498c)


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ルーカ・シニョレッリと弟子の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(1498c)


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ラッファエッリーノ・デル・コッレ〈コッレ、15世紀末—サンセポルクロ、1566〉の「サン・ドメニコの受胎告知」(1540‐45)
(つづく)

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鐘楼が見えてますが、ドゥオーモのものです。


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広場の敷石工事のため、身廊側の出入り口が閉鎖されてます。


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チッタ・ディ・カステッロ司教区の司教座が置かれてます。1888年、教皇レオーネ13世によってBasilica Minoreに昇格したので、正式名はBasilica Minore Cattedrale di Santi Floride e Amanzioです。


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6世紀頃、この地に聖ステファノに捧げられた初期キリスト教会です。7世紀にフロリード司教によって改築されましたが、11世紀に列聖されたのを機に建物が再建され、聖フロリードに捧げる教会になりました。
ところが、15世紀に大地震に見舞われ、身廊の天井と壁が崩落したので、建物を再建することになりました。
1494年の創建、奉献が1529年、完成が16世紀中ごろとなりました。その間、聖アマンツィオの聖遺物を所有することになり、司教座教会は聖フロリードと聖アマンツィオの二人に捧げられるようになりました。


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この辺が地震が多いのですが、18世紀に大地震に見舞われ建物が崩落してしまいました。崩落前の建物を出来るだけ生かし、更に崩壊前の姿に出来るだけ戻すという趣旨で再建された建物が現在の姿となってます。


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聖堂の横の司教館に大聖堂博物館があるので、拝観の前に入館しました。


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Maestro della Crociffisione Volpiの「聖母子」(15世紀前半)


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無名画家の「聖母子」(1488)


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フランチェスコ・ダ・ディフェルノの「受胎告知」(16世紀)


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アルベルティ・ドゥランテ?の「ご訪問」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ダ・カステッロの「玉座の聖母子と2聖人の祭壇画」
ルーカ・シニョレッリの作風に酷似していますね。


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ピントゥリッキオの「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」
理由が不明ですが、展示されていた作品が非常に少なくて驚きました。
では、聖堂の拝観に移りましょう。


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単廊式、ラテン十字形の内部です。


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左側壁


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右側壁


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格間天井


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クーポラのフレスコ画はマルコ・ベネフィアル(ローマ、1684‐1764)の作品(18世紀前半)です。


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後陣のフレスコ画はトッマーゾ・コンカ(ローマ、1734‐1782)に描かれた(18世紀後半)ものです。


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主祭壇は18世紀後半に再建されたものです。


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主祭壇画はヴィンチェンツォ・キアッリ(チッタ・ディ・カステッロ、1787‐コルトーナ、1840)の「聖フロリードと聖アマンツィオの功徳」(19世紀前半)です。


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後陣の左右の側壁に掲げられてリうのは、ラッファエッリーノ・デル・コッレの作品です。


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ラッファエッリーノ・デル・コッレの作品


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マルコ・ベネフィアルの作品


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トッマーゾ・コンカのフレスコ画


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トッマーゾ・コンカのフレスコ画


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トッマーゾ・コンカのフレスコ画


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ポマランチオの作品
聖堂内に沢山の祭壇画、フレスコ画がありますが、制作者が判明している作品は以上だけです。貰って来たパンフレットやネットで調べましたが、それ以外の作品の制作者名の記載がありません。
画風などから私が多分そうであろうと思う作品もありますが、素人なので余計な事は書かないことにします。
ということで、以下、作品の写真をずらずらと並べることにします。


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右翼廊にある礼拝堂です。


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17-18世紀の作品が大半を占めてます。


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傑作や秀作は少ないように思います。


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最後にクリプタを拝観しました。


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11世紀のクリプタですが、その後、何度も修復されてます。


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聖フロリード司教の墓


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15世紀のフレスコ画


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クリプタはこれで終了です。


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主祭壇前から見た出入口です。


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不幸なことに大地震で二度崩壊した歴史があるので、残念ながら価値の高い古い作品が殆どありません。


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(おわり)

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チッタ・ディ・カステッロは、フィレンツェ大聖堂で起きた有名なパッツィ家陰謀事件の遠因になったことでも知られてます。


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1478年4月26日のフィレンツェ大聖堂で日曜日のミサの直後に、ロレンツォ・イル・マニーフィコと弟のジュリアーノが襲われ、ロレンツォが負傷しながらも免れたものの、ジュリアーノが暗殺されてしまいました。


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直接的には、その原因は、ロレンツォのパッツィ家への圧力強化(パッツィの遺産相続に介入して妨害)とメディチ家の権力独占に我慢できなくなったパッツィ家がロレンツォとジュリアーノ兄弟の暗殺を企てたことですが、真の原因は教皇庁とメディチ家の関係悪化にあります。


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1474年春、ウンブリアで反乱が勃発したのですが、これを鎮圧するために教皇庁はジュリアーノ・デラ・ローヴェレ枢機卿(後の教皇ジュリオ2世、そして当時の教皇シクストゥス4世の甥)を派遣してチッタ・ディ・カステッロを包囲させたのです。


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1375年、チッタ・ディ・カステッロはフィレンツェの介入によって自治都市の維持が可能になりました。フィレンツェ側から見れば、チッタ・ディ・カステッロはフィレンツェの衛星国のようなものですから、黙ってはいられないとばかり、フィレンツェ軍6000人をボルゴ・サン・セポルクロに進駐させ、ボルゴ・サン・セポルクロとチッタ・ディ・カステッロのほぼ中間の地で、フィレンツェ軍と教皇庁軍が対峙、にらみ合いの時期が暫く続きました。


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教皇庁とフィレンツェとの関係悪化は、両軍の対峙によって決定的になりました。パッツィ家陰謀事件の真の理由はその関係悪化にあります。


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写真右の建物に注目です。


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何か書いてあります。不鮮明なフレスコ画もありますね。


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時計でしょうか?


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写真左の建物の壁に変なものを発見!!


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これは何ですか?


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今まで気付きませんでしたが、この変なモノ(スプレーで吹き付けで出来た?)が町中に沢山ありました。


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次はサン・フランチェスコ教会です。


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サン・フランチェスコ教会はこの時も閉まってました。


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中の礼拝堂がどうなっているのか、見たかったのです。


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後陣近くの身廊の壁に説明プレートがあります。


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この教会にラッファエッロ・サンツィオの「聖母の結婚」があったのです。現在はミラノのブレラ絵画館にあります。
ラッファエッロの作品があった場所に、ラッファエッロ作品の複製画が置かれるようになったと聞いたことがあるので確認したかったのです。
余計ですが、ブレラの作品写真を載せましょう。


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2016年春から初夏にかけて、師弟の「聖母の結婚」が並べて展示されていました。


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ラッファエッロの「聖母の結婚」
この作品がサン・フランチェスコ教会にありました。


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こちらは、ラッファエッロの師匠であるペルジーノの「聖母の結婚」です。
フランスからの出張展示です。私が見るのは、この時が初めてでした。


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仕方がありません。サン・フランチェスコ教会は次の楽しみにしました。


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面白そうな建物ですが、案内プレートがありません。


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広場に戻ってきました。


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イタリアの金融機関は立派な建物にあります。


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市庁舎


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これで一日目が終わりです。


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翌朝、散歩に出かけました。


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パリオの準備が始まりました。


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この時は土曜日の朝で、パリオは翌日です。


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パリオを知ったのは、この街に来てからですから、今さら予定変更は無理というものです。


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この日も拝観しました。


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(おわり)

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シニョレッリ、カルロ・クリヴェッリ、ロレンツォ・ロット、カラヴァッジョ、フィリッポ・リッピ、アンニーバレ・カッラッチなど大好きな画家たちの足跡を訪ねる旅をやってますが、最も大変なのは殺人を起こしての逃避行をしたカラヴァッジョです。カラヴァッジョ巡礼をもう一度やりたいと思いますが、体力が続くかどうかが懸念材料です。
シニョレッリの場合、コルトーナを中心にローマからロレートまでなので大したことがありません。
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シニョレッリの師匠はピエロ・デッラ・フランチェスカで、ウルビーノまたはボルゴ・サン・セポルクロでピエロに師事したとされてます。
シニョレッリがチッタ・ディ・カステッロに住んでいたのは、数説あって確かではありませんが、1488年から1498年の10年の間に途中中断時期があるものの工房を構えていたとされてます。その工房がルーカ・シニョレッリ通りにありました。
その具体的な場所を見つけるためにあちこち歩きました。
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この街は比較的観光客に優しいので、シニョレッリの工房があった場所には必ず記念碑があるだろうと思いました。
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あんな場所に教会がある・・・・・
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機能を停止した旧サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。
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旧教会の身廊に洗礼者のタベルナコロがあります。かなり新しいものと思います。
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サン・ドメニコ教会です。
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身廊ポタール上ルネッタに描かれたフレスコ画です。恐らく「聖ドメニコ」でしょうね。
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ドメニコ会は神学の研究に励み、その研究から外れた他の教派を排斥した、一種の狂信を思わせます。中世の頃盛んだった異端審問は大体ドメニコ会修道士によって行われたんですね。フェッラーラにある「サヴォナローラ像」やフィレンツェのサン・マルコにある「サヴォナローラの肖像」を見ると、「主の犬」と言われた修道会士に相通じるものがあります。
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サン・ジョヴァンニ・カンポ広場
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シニョレッリ通りに戻りました。シニョレッリ所縁の記念碑などは見つかりませんでした。
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午後3時前なので、人出がありません。自宅で昼食を済ませて、ゆっくりと寛いでいるのでしょう。この習慣が観光客にとってはちょっと厄介です。郷に入れば郷に従えで、ホテルに戻って昼寝をすれば良いのでしょうが、それでは貴重な時間が勿体ない。でも、美術館や教会などは開いていないので、やることがない、困ったものです。
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青空が見えているにも拘らず、雨が落ちてきました。すると雷が鳴り始めました。
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さて、もう直ぐ午後3時です。市立絵画館が開く時間です。雨宿りは絵画館で、と決めました。
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これもまた教会ですね。
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旧サンタ・クローチェ祈祷所のようです。屋根が崩落してます。
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Via Cesare Battistiです。建物の下を潜って進めば絵画館があります。
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案内表示があるので迷うことはありません。
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各地にMuseo Civicoがありますが、そこで展示されている作品の質は、その土地の繁栄度に比例すると思います。
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絵画館に到着しました。
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柵の向こうにデッラ・ロッビアの展示室が見えてます。
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何度も来てますが、今まで一度も突発的臨時休館がありません。エライ!!!
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日本では突発的臨時休館は有り得ませんが、イタリアでは意外にも結構多いのです。その理由としてはストライキが最も多かったと思います。
曰く、「美術館の鍵を持っている職員の息子さんが病気で休んでいる、鍵が無いので開けられない」、「美術館の職員の殆どが休暇を取得して、人員が足りないので開けられない」、「理由なんかお前には関係ないだろ、兎も角、今日は休館だ」等々。
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先ず庭園に出て、Palazzoの装飾を見ました。
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スグラフィート装飾が見事です。
絵画館の展示作品は改めて取り上げる予定ですが、展示されている代表的な作品を数点だけ紹介しましょう。
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ルーカ・シニョレッリの「聖セバスティアーノの殉教」
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ルーカ・シニョレッリと弟子による「キリストの洗礼」
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ラッファエッロ・サンツィオの「サンティッシマ・トリニータ教会の祭壇前飾り」(1502)
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ロッビア工房の「受胎告知」
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現代画も展示されてます。その中で白眉とされている傑作がこの作品です。
アレッサンドロ・ブルスケッティの「カシルデ・パッカドゥスチ・ジョルネッレの肖像」(1949)
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各展示室に施された装飾も大きな見どころです。
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見応えがありました。十分満足して外に出ました。
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鑑賞中にいつしか雷雲が去って空が晴れ渡っていました。
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帰路も態々シニョレッリ通りを選んで歩きました。
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毎年訪れたい所ですが、他にも行きたい所があるので、せめて2年に一回程度は来たいなあ。
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(つづく)

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お腹が空いたので、食堂探し。
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ドゥオーモ横のトラットリアを予定してましたが、ドゥオーモ広場の工事の影響なのか、その辺が分からないものの、休業でした。この規模の町では、しっかり食べようとすると選択肢が限られます。観光客を滅多に見かけませんから、顧客は地元の人が殆どと言った事情からでしょうね。
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写真の遠くに写っているトラットリアで食べました。
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お腹一杯。腹ごなしの散歩です。
チェーザレ・ボルジア、ルーカ・シニョレッリ、ラッファエッロなどが活躍した街なので、もう少し観光客が訪れても良いと思います。
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城壁外のテヴェレ川に行ってみることに。随分前に一度行ったきりで、久し振りのテヴェレ川です。
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再び雨が。日本よりも天気が良いイタリアですが、一旦降りだすと、雨晴れを繰り返す傾向があると思います。春と秋に雨が多いようです。
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門はもう直ぐです。
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サン・フロリド門
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城壁外に出ました。
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この先に川があります。堤防がありません。
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川岸に向かう遊歩道
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テヴェレ川です。
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Ponte sul Fiume Tevere  当たり前過ぎる橋の名前です。「テヴェレ川に架かる橋」ですからね。
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午前中の大雨で、濁った水の流れが急で、水嵩も増えてました。
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川沿いの遊歩道に蛇が出るとホテルの人から脅かされていたので、長居は無用、早々に退散です。
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この街は、テヴェレ川が作った沖積地に築かれたとのことですが、川を見た限りでは、それを実感できませんでした。
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城壁内(写真右が城壁です)に入りました。見えている建物が市立美術館です。
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建物の下を潜ると、城壁が長く伸びてます。この道を真っ直ぐ行けば、サンタ・マリア・マッジョーレ教会とサンタ・マリア門に出ます。
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振り返って、潜ってきた建物を見ました。
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スグラフィート装飾で有名なPalazzo Vitelli alla Connonieraです。
スグラフィートとは、色の異なる漆喰を二層に塗って、表面層を削り取ることによって、その下の漆喰層の色を出して図柄などを形成させる装飾法です。
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美術館の開館までまだ時間があるので、暫時暇つぶし。向こうの通りからPalazzoのスグラフィート装飾の全景を見ることが出来ます。
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再び黒い雲です。
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市立美術館になっているPalazzoです。
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美術館に入館すれば庭園も散策できます。
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二階のロッジアの彩釉テラコッタがあります。
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Largo Mons. Muzi
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写真の左手前が旧サン・フロリド教会です。100年以上前に機能停止されたそうです。その先は病院です。
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写真左はOspedale Vecchioです。
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病院の斜め前にあるのがサン・ドメニコ教会です。
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14世紀に建設された教会で見どころが沢山あります。
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何時も閉まっていて入ったことがありません。
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扉前のハトの糞の堆積量が多かったので、暫く閉まっていたと判断しました。
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フレスコ画を見てガマン、我慢。
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サン・ドメニコ教会の身廊が面している通りを歩くのが大好きです。
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ルーカ・シニョレッリ通りです。
1494年、チッタ・ディ・カステッロに滞在したシニョレッリは、この通りにある建物に工房を構えて仕事をしたことが通りの名称の所以です。
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(つづく)





チッタ・ディ・カステッロ Citta di Castello は、人口39,913人(2016年1月1日現在)のウンブリア州ペルージャ県にあるコムーネです。
テヴェレ川の上流にあり、その歴史は古く、テヴェレ川の急流が齎した沖積地にウンブリア人が築いた集落が起源とされてます。
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この時は、ペルージャからウンブリア中央鉄道 Ferrovia Cetrale Umbra に乗って到着しました。架線が見えますが、通常、電車ではなく気動車が運用されてます。
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ペルージャからの直通バスはなかったと思いますが、サンセポルクロからは直通バスがあります。
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駅舎です。公共交通機関を利用するのは学生が多く、一般の人たちは車を利用しているようです。
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駅からチェントロの入り口の門まで約500mあります。日帰り遠足をするよりも訪れる先々で出来るだけ泊まる主義なので、先ず予約してホテルに向かいます。2泊では退屈するので、今回も1泊の予定です。
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駅から歩いて来た場合のチェントロの入り口となるサンタ・マリア門です。この時は青空が見えて、陽射しもありましたが・・・・
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修復工事が終わったばかりなので、門が新しく見えます。
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門を潜って城壁内に入りました。城壁内から見た門の写真です。
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門を潜れば、道の左側にすぐ教会が目に飛び込んでます。15世紀に建設されたサンタ・マリア・マッジョーレ教会です。
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大きな荷物がありながら、拝観しました。数多くの苦い経験から、「見ることが出来るならば後回しにしないで今見るのが肝心」と悟りました。
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外に出たら雲行きが怪しくなっていました。
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この日は金曜日でしたが、翌日の土曜と日曜にパリオが行われるので、あちこちに旗が掲げられてます。地区対抗戦をパリオと言うようです。初めて見たパリオがシエナで、二番目がアスティでしたが、両方とも競馬だったので、パリオ=競馬と思っていました。それが間違いと分かったのは、ジェノヴァでパリオを見た時でした。ジェノヴァのパリオは海上で競うレガッタでした。その他に旗振り競争、馬上槍試合のパリオを見たことがありますが、旗振り競技の優劣を決める尺度などがサッパリ分かりませんでした。
この街の『パリオ』は何でしょうか?
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Corso Vittorio Emanuele
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宿泊する観光客が多くなく、需要が限られるので、ホテルの選択肢は限定されます。B&Bは幾つかありますが、オーナーとの出会いやら鍵のトラブルなどの苦い経験に懲りて、最近では専らフロントが24時間対応のホテルにしてます。
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雨が落ちてきました。天気予報は晴れでしたが、私はイタリアでは雨男なので、降雨は予想の範囲内です。
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街の中心マッティオッティ広場が見えてきました。
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広場の見学は後回し。ホテルに荷物を預けないと、行動が制約されます。
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今夜のお宿はここ。 
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荷物を部屋に置いたら直ぐに街歩きに出発しました。時計がある建物は1368年に建設されたPalazzo del Podestaです。
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こちらは1322年建設の市庁舎です。
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雨が強くなってきました。
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土砂降り
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学校の階段を拝借して雨宿りをしました。歴史的建造物です。(建物の名称は知りません)
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小降りになったので再び街歩きです。何時またどしゃ降りになるか分からなかったので、予定を変更して近くのドゥオーモに向かいました。
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近道の身廊側の出入り口は工事のため閉鎖されていました。
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ドゥオーモの後ろの方に青空が顔を出してます。
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拝観しました。雨宿り代わりになりました。
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隣接するMuseo Diocesanoに入館しました。
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お目当ての作品が健在でした。私が大好きなルーカ・シニョレッリの画風に非常に似てます。
ジョヴァンニ・バッティスタ・ダ・カステッロの作品(1492)です。
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外に出たら雨が上がっていました。有難かったです。
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ドゥオーモはチェントロの南端にあり、その先は緑豊かな緩かな丘陵が広がってます。その間にテヴェレ川が流れてます。
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(つづく)


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