イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ: ヴィチェンツァ

イコン展示の続きです。
P1950068
ヴォルガ上流域の「聖母の死」(17世紀末)


P1950071
ロシア中部の「使途たち」(17世紀末‐18世紀初頭)


P1950077
ノヴゴロドの「キリストの教え」(18世紀後半)


P1950082
ノヴゴロドの「十字架降下」(1480‐90c)


P1950085
ヤロスラヴリの「キリストの復活」(18世紀初め)


P1950090
パレフの「一週間」(19世紀初め)


P1950095
ロシア中部の「3月 4月 5月」(19世紀中頃)


P1950101
ロシア中部の「キリストの受難」(17世紀末)


P1950105
ロシア中部の「正義の死」(18世紀末)


P1950110
モスクワのイコンカバー(1846)


P1950112
ソフィアの「神の徳」(19世紀第2四半世紀)


P1950116
ロシア北部の「最後の審判」(18世紀前半)


P1950120
ロシア中部の「最後の審判」(19世紀末)


P1950122
ロシア中部の「最後の審判」(19世紀末)


P1950125
ロシアの「祈る聖母」(19世紀中頃)


P1950128
ロシアの「祈るキリスト」(19世紀中頃)


P1950130
ロシアの「キリスト」(19世紀中頃)


P1950133
ノヴゴロドの「聖母子」(15世紀)


P1950135
モスクワの「聖母子」(16世紀初頭)


P1950138
モスクワの「受胎告知」(18世紀初頭)


P1950141
ロシアの「聖母子」(18世紀末)


P1950145
ロストフの「聖母との別れ」(1705)


P1950149
中央ロシアの「聖母子」(19世紀中頃)


P1950152
モスクワの「聖母子」(19世紀中頃)


P1950155
ロシア中部の「聖母の誕生」(18世紀前半)


P1950157
ロシア中央の「聖母マリア」(17世紀末)


P1950160
ロシア中央の「創造の喜び」(19世紀前半)


P1950163
モスクワの「聖母との別れ」(16世紀)


P1950167
ウラジミールの「聖母子の奇跡」(19世紀末‐20世紀初め)


P1950168
これだけの数の聖母子に驚嘆しました。


P1950171
ヴォルガ地域の「イコンの歴史」(19世紀前半)


P1950174
北ロシアの「聖母」(17世紀末)


P1950178
北ロシアの「聖母子と聖人たち」(17世紀前半)


P1950180
モスクワの「聖母と聖人たち」(17世紀末)


P1950183
ノヴゴロドの「聖母の守護」(15世紀末)


P1950186
大変な数の展示です。


P1950187
サンクトペテルブルグのイコンカバー(1833)


P1950190
ウラジミールの「聖母の守護」(1830c)


P1950193
サンクトペテルブルクの「聖母の守護」(18世紀中頃)


P1950196
ロシアの地方の「聖母の守護」(18世紀初め)


P1950198
モスクワの「聖母の守護」(18世紀中頃)


P1950201
北方ロシアの「聖ニコラス」(17世紀中頃)


P1950204
北方ロシアの「聖ニコラス」(16世紀)


P1950207
ヴォルガ地方の「聖ニコラスの生涯」(18世紀初頭)


P1950211
北ロシアの「聖ニコラス」(18世紀中頃)


P1950214
モスクワの「聖パオロ」(17世紀第1四半世紀)


P1950217
ロシア中部の「聖トッマーゾ」(17世紀末)


P1950219
ノヴゴロドのイコンカバー(1792?)


P1950222
ウラジーミルの「聖ニコラス」(18世紀末)


P1950278
ここまで紹介した作品の3倍以上のイコンが展示されてます。


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キリがないので、イコン作品の紹介はこの辺で終わりにしましょう。


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イコンにご興味のある方にとって、この美術館は必見でしょうね。


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イコンの制作者が分からない理由が知りたいです。


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特にイコンの細密画には驚嘆しました。


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P1950285
外に出ました。


P1950286
(おわり)

P1940923
次の部屋です。


P1940925



P1940924
アエネイスの間と呼ばれてます。


P1940927
アエネイスの間もスタッコ彫刻とフレスコ画で装飾されてます。


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スタッコ彫刻は、ジローラモ・アリプランディのサークルによって1692年から1694年に制作されました。


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Louis Dorigny (Parigi, 1654- Verona, 1742)のフレスコ画(1692‐94)


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フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「ディアナとカッリスト」(1740‐60c)


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ヴェネトの無名画家の「芸術の寓意」(1745‐55c)


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フランチェスコ・ズッカレッリの「エウロパの強奪」(1740‐45c)


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ヴェネトの無名画家の「ヴェネツィアの司法官の肖像」(1750‐70c)


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ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696‐マドリッド、1770)の「最後の審判」(1730‐35c)


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次は「ムーセの間」です。


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この部屋には展示作品がありません。壁に描かれたフレスコ画を見るだけです。


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剥離箇所が多く、保存状態が良くありません。


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フレスコ画はLouis Dorignyによって1692年から1694年にかけて制作されました。


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保存状態が比較的良いのは天井のフレスコ画です。


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ロッジャを通ってイコンの展示室に向かいます。


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ロッジャのスタッコとフレスコが見事です。


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Louis Dorignyのフレスコ画


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ジローラモ・アリプランティのサークルによるスタッコ彫刻


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見事な天井装飾ですが、個人的にはゴテゴテ感がする後期バロック様式が苦手です。


P1950107
イコンの展示コーナーです。


P1950108
ここで展示されているイコンは、ロシアの正教会のものです。


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ロシアの「聖人たち」(19世紀中頃)
イコンの製作者はすべて不明です。


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ロシア中央の「聖人たち」(19世紀)


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モスクワのイコン(16世紀末)


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ロシア西部の「預言者」(17世紀)


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シベリアの「大天使ミケーレ」(16世紀)


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ロシアの地方の「祈るキリスト」(16世紀)


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シベリアの「大天使ガブリエーレ」(16世紀)


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ロシアの「聖バルトロメオ」(19世紀末‐20世紀初頭)


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ロシアの「聖バルトロメオ」(19世紀末‐20世紀初頭)


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ロシアの「三預言者」(18世紀後半)


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ロシアの「聖パオロ、聖シモーネ、聖トッマーゾ」(19世紀末‐20世紀初頭)


P1940999
ロシアの「キリストと使徒たち」(15世紀末)


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ロシア中央の「サンタ・トリニータ」(16世紀末‐17世紀初頭)


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ノヴゴロドの「預言者エリア」(13世紀後半)


P1950009
北ロシアの「預言者エリア」(19世紀)


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ノヴゴロドの「預言者エリアの昇天」(16世紀)


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ロシア中央の「救世主」(18世紀後半)


P1950021
ウラジーミルの「聖人たち」(20世紀初め)


P1950024
ヴォログダの「聖書の物語」(15世紀末‐16世紀初頭)


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モスクワの「受胎告知」(16世紀末)


P1950035
ノヴゴロドの「受胎告知」(17世紀後半)


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ノヴゴロドの「キリストの誕生」(1475c)


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ロシア中央の「キリストの誕生」(18世紀前半)


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ロシアの「キリストの誕生」(18世紀後半)


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ロシア中央の「教会博士との問答」(19世紀)


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ロシア中央の「最後の晩餐」(18世紀後半)


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ヴォルガ地域の「三位一体とキリストの復活」(1780年代)


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ロシア中部の「キリストの変容」(18世紀初め)


P1950062
ロシアの「キリストの墓の前の女たち」(19世紀初頭)


P1950065
ロシアの「磔刑」(17世紀末)
(つづく)






P1940810
次の部屋です。


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展示されている作品がなく、部屋のスタッコ彫刻とフレスコ画を見るようになってます。


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フレスコ画はジュゼッペ・アルベルティによって描かれました。


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スタッコ装飾はジローラモ・アリプランティのサークルによるものです。


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次の部屋です。


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主に18世紀のヴェネツィア派絵画が展示されてます。


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部屋のスタッコ彫刻は、ジローラモ・アリプランディのサークルによるものです。


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ピエトロ・ロンギの作品が展示の中心です。


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1701‐1785)の「羊飼いの少年」(1735‐40c)


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ピエトロ・ロンギの「羊飼いの少女」(1735‐40c)


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ピエトロ・ロンギの「いかさま師」(1750‐60c)


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ピエトロ・ロンギの「ボルゴーニャ小劇場」(1760‐65c)


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ピエトロ・ロンギの「新世界」(1750‐60c)


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ピエトロ・ロンギの「家族の肖像」(1780c)


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ピエトロ・ロンギの「ペントラッチャ」(1750‐60c)
辞書を引いたところ、ペントラッチャとは、目隠しで水入りの瀬戸物を割る遊びの意味と分かりました。


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ピエトロ・ロンギの「失神」(1750‐60c)


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ピエトロ・ロンギの「象」(1774)


P1940851
ヴェネトの無名画家の「犀」(1751)
以前、この作品はピエトロ・ロンギの帰属作品とされていましたが、近年の研究によってピエトロ作説が否定されるようになりました。


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ピエトロ・ロンギの模倣者の「宣言」(1750‐70c)


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ピエトロ・ロンギの模倣者の「貴婦人の寝覚め」(1750‐70c)


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ピエトロ・ロンギの追随者の「ヴェネツィアのダンドーロ広場の休憩所」(1750‐70c)
絵画上の模倣者と追随者の区別が、私にはよく分かりません。


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ピエトロ・ロンギの追随者の「ヴェネツィアのダンドーロ広場の休憩所」(1750‐70c)


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ピエトロ・ロンギの追随者の「コーヒーショップ」(1750‐70c)


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ピエトロ・ロンギの追随者の「音楽のレッスン」(1750‐70c)


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次は「動物研究の間」です。


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この部屋には、ヴェネツィア派画家たちの風景画が展示されてます。


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「動物研究の間」のフレスコ画は、1684年にヴィチェンツァの無名画家によって制作されました。


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フレスコが落剝している部分がかなりあります。


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ジローラモ・アリプランティのサークルによるスタッコ装飾です。(1688年)


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次は、「動物研究の間」に展示されている絵画作品の紹介です。


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フランチェスコ・グアルディ(ヴェネツィア、1712‐1793)の「田舎の風景」(1780‐90c)


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フランチェスコ・グアルディの「ヴァル・ディ・ソーレの風景」(1780‐90c)


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アントニオ・マリア・マリーニ(ヴェネツィア、1668‐1725)の「滝がある山の風景」(1690‐1700c)


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カナレット(ヴェネツィア、1697‐1768)の「ラグーナとゴシック様式の教会」(1720‐21c)


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フランチェスコ・グアルディの「サン・マルコ広場の風景」(1775‐80c)


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フランチェスコ・アルボット(ヴェネツィア、1721c‐1757)の「サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会」(1742‐50c)


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ミケーレ・マリエスキ(ヴェネツィア、1710‐1744)の「リアルト橋付近の大運河の風景」(1730‐35c)


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フランチェスコ・アルボットの模倣者の「大運河のカナレッジョ付近の風景」(18世紀末?)


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Hendrik Frans Van Lint (Antwerpen, 1684- Roma, 1763)の「サルーテ教会が見えるヴェネツィアの風景」(1750c)


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Luca Carlevarijs (Udine, 1663- Venezia, 1730)の「1711年11月6日のカルロ6世一行のミラノ・ドゥカーレ広場への到着」


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Luca Carlevarijsの「ウーディネのコンタレーナ広場の風景」(1720c)


P1940918
Luca Carlevarijsの「ヴェローナのネーヴィ橋付近の風景」(1720c)


P1940921
フランチェスコ・ズッカレッリ(ピティリアーノ、1702‐フィレンツェ、1788)の「アンドレア・パッラーディオの寓意的祝典のヴィチェンツァ」(1746‐52c)
(つづく)


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見どころが多いヴィチェンツァのContra Santa Coronaです。


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その通りに面して建っているのが、バロック様式のPalazzo Leoni Montanariです。


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繊維業で財を成したジョヴァンニ・レオーニ・モンタナーリは爵位を切望していましたが、爵位に相応しい邸宅の建築を考えるに至り、1678年から建設工事が始められ、18世紀後半に完成したのがPalazzo Leoni Montanariです。
建築家が誰であったのか、今となっては明確になってませんが、恐らくロンバルドの建築家ジュゼッペ・マルキがパッラーディオの建築様式を取り入れて設計したであろうとの説が有力とされてます。


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1808年、Palazzoは、モンタナーリ家からジローラモ・エジーディオ・ディ・ヴェーロ伯爵に売却されました。売却に伴い、邸宅の一部の内装が伯爵の好みである新古典様式に改められました。また、ヴェーロ伯爵は有名な美術コレクターでしたが、彼の収集物がこの美術館展示の一部になってます。


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1908年までに、Palazzoは伯爵家からアンブロジアーノ・ヴェネト銀行(現インテーザ・サンパオロ銀行)の所有となりました。
1999年、伯爵家の収集物を含むインテーザ・サンパオロ銀行保有の美術品を展示するために、開館したのが現在の美術館です。


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公開されている各部屋の装飾、18世紀のヴェネツィア絵画、ロシア・イコンなどが見所の美術館です。


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入館しました。


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中庭を経て展示室に向かうようになってます。


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井戸?


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入口ロビーの装飾は、彫刻家アンジェロ・モリナーリによるものです。


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展示室は階上にあります。


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会議室、講演室?に出ます。


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アポッロの間


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アポッロの間のフレスコ画は、ジュゼッペ・アルベルティ(カヴァレーゼ、1640‐1716)によって制作されました。


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次は「古代ローマの間」です。


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「古代ローマの間」のフレスコ画は、フランチェスコ・ポッツォ(クレマとヴィチェンツァで17世紀末に活動)によって17世紀末に描かれました。


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「古代ローマの間」の展示は、エトルリア遺跡からの出土物です。


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次の部屋です。


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四大陸の間と呼ばれてます。


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スタッコ彫刻とフレスコ画で装飾されている部屋です。


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スタッコ彫刻は、ジローラモ・アリプランティ(コモ、1650c‐1690以降没)とアンドレア・ペッリ(ヴェネトとトレントで17世紀末活動)によって1688年に制作されました。


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フレスコ画は、ジュゼッペ・アルベルティの作品(1688)です。


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暖炉上の装飾は、18世紀第3四半世紀にフランチェスコ・ロレンツィ(ヴェローナ、1723‐1783)によって行われました。


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次は「真実の間」です。


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天井のフレスコ画は、ジュゼッペ・アルベルティの作品(1688)です。


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スタッコ彫刻は、ジローラモ・アリプランティとアンドレア・ペッリの作品(1688)です。


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P1940807


P1940808


P1940809
(つづく)




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アレッサンドロ・マガンツァの「信義」


P1950445
アレッサンドロ・マガンツァの「希望」


P1950443
アレッサンドロ・マガンツァの「慈愛」


P1950448
アレッサンドロ・マガンツァの「悔悛」


P1950450
アレッサンドロ・マガンツァの「聖ジローラモの幻視」


P1950453
ジョヴァンニ・バッティスタ・ツェロッティ(ヴェローナ、1526‐マントヴァ、1578)の「聖パオロの回心」


P1950455
ジョヴァンニ・バッティスタ・ツェロッティの「漁の奇跡」


P1950459
16世紀のヴェローナの無名画家の「聖母子と聖人たちと寄進者」(16世紀後半)


P1950462
16世紀のヴェネトの無名画家の「受胎告知」(16世紀第4四半世紀)


P1950466
アレッサンドロ・トゥルキ通称オルベット(ヴェローナ、1578‐ローマ、1650)の「園の祈り」


P1950468
17世紀のヴェネトの無名彫刻家の「聖フランチェスコ(ブロンズ)」(17世紀)


P1950470
17世紀のヴェネトの無名彫刻家の「聖アントニオ」(17世紀)


P1950473
フランチェスコ・マッフェイ(ヴィチェンツァ、1605‐パドヴァ、1660)の「最後の晩餐」


P1950475
17世紀のヴィチェンツァの無名彫刻家の「洗礼者聖ジョヴァンニ」(17世紀後半)


P1950478
17世紀後半のヴェネトの無名画家の「父なるアントニオ・パガーニの肖像」(1690‐1700c)


P1950480
ジュリオ・カルピオーニの領域の「十字架を担ぐキリスト」(17世紀後半)


P1950483
ジュリオ・カルピオーニ(ヴェネツィア、1613‐ヴィチェンツァ、1678)の「マギの礼拝」


P1950487
ジュリオ・カルピオーニの「聖家族と聖エリザベッタと聖ジョヴァンニーノ」


P1950491
フランチェスコ・マッフェイの「磔刑」


P1950494
フランチェスコ・マッフェイの「キリストの鞭打ち」


P1950496
次の部屋です。


P1950497
オラツィオ・マイナーリの領域の「聖家族」


P1950500
ウバルド・ガンドルフィ(ボローニャ、1728‐1781)の「聖ジュゼッペの死」


P1950503
アントニオ・デ・ピエーリ通称ロ・ゾッポ(ヴィチェンツァ、1671‐1751)の「キリストとサマリア女」


P1950506
アントニオ・デ・ピエーリ通称ロ・ゾッポの「聖アポッロニア」


P1950508
ウバルド・ガンドルフィの「聖家族と三位一体」


P1950512
ジローラモ・ブルサフェッロ(ヴェネツィア、1677‐1745)の「我に触れるな」


P1950515
ジローラモ・ブルサフェッロの「ラザロの蘇生」


P1950518
ジローラモ・ブルサフェッロの「キリストとサマリア女」


P1950522
ジローラモ・ブルサフェッロの「キリストと百人隊長」


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誰もいませんね、勿体ないことです。


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ローマ?の無名画家の「ジョヴァンニ・バッティスタ・ガウッリ作『天井のキリストとフランチェスコ会聖人と修道士たち』の複製画」(18世紀前半)


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聖具類の展示


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バルトロメオ・リッテリーニ(ヴェネツィア、1669‐1748)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


P1950533
ピエトロ・ローイ(ヴィチェンツァ、1819‐ヴェネツィア、1896)の「ジュゼッペ・カッペッラーリ司教の肖像」


P1950535
ジュゼッペ・ストッキエーロ(ヴィチェンツァ、1890‐1946)の「フェルディナンド・ロドルフィ司教の肖像」


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教区博物館の定番の展示です。


P1950540
18世紀のヴェネトの無名画家の「マルコ・ザグーリ司教の肖像」(18世紀後半)


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ローマ時代の遺跡からの発掘物


P1950546
ローマ時代の建造物の柱頭(1世紀中頃)


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司教博物館の展示としてはごく普通です。


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時間があれば入館しても損はないと思います。


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(おわり)


P1950361
ヴィチェンツァの司教館です。


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司教館はドゥオーモのファサードの斜め前にあります。


P1950365
司教館にあるのがMuseo Diocesano、教区博物館です。


P1950366
14世紀後半のイタリアの無名彫刻家の「聖母子」(14世紀末)


P1950368
ガジーニ工房?の「聖ジャコモ」、「聖アンドレア」(15世紀)


P1950371
イギリスの無名彫刻家の「最後の晩餐」、「キリストの昇天」、「聖霊降臨」(15世紀第2四半世紀)


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現代の宗教画が展示されてます。


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イコンも展示されてます。


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制作者不詳の「墓石のマギの礼拝」」(15世紀末)


P1950379
「ヴィチェンツァ・ドゥオーモにあった彫刻」(8世紀)


P1950381
「ヴィチェンツァ・ドゥオーモの彫刻断片」(7世紀末‐8世紀初頭)


P1950383
「ヴィチェンツァの教会にあった彫刻断片」(8世紀)


P1950385
シチリアの工芸家の作品(13世紀第2四半世紀)


P1950386
シチリアの工芸家の作品(13世紀第2四半世紀)


P1950388
ヴェネトの無名画家の「ヴィチェンツァ・ドゥオーモのフレスコ画断片」(14世紀末‐15世紀初頭)


P1950391
アンジェロ・ディ・ジョヴァンニ・ダ・ヴェローナの「聖人」(1469)


P1950392
アンジェロ・ディ・ジョヴァンニ・ダ・ヴェローナの「聖人」(1469)


P1950393
アンジェロ・ディ・ジョヴァンニ・ダ・ヴェローナの「聖人」(1469)


P1950396


P1950397


P1950399
ヴェネトの無名彫刻家の「磔刑」(15世紀前半)


P1950402
ヴィチェンツァ?の無名画家の「聖母子と2天使」(15世紀中頃)


P1950405
ヴェネトの無名画家の「キリストの鞭打ち」(16世紀前半)


P1950408
ヴェネトの無名画家の「死せるキリストを支える2天使」(15世紀末)


P1950410
ヴェネトの無名画家の「聖ベルナルディーノ」(16世紀初頭)


P1950413
ジョヴァンニ・バディーレ(ヴェローナ、1379c‐1448)の「ヴィチェンツァ・ドゥオーモにあったフレスコ画断片」


P1950414
ジョヴァンニ・バディーレの「ヴィチェンツァ・ドゥオーモのフレスコ画断片」


P1950417
ジローラモ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1566‐1621)の「園の祈り」


P1950420
パリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500‐1571)の「祈るキリスト」


P1950422
ジャンバッティスタ・マガンツァ・イル・ジョーヴァネ(ヴィチェンツァ、1577‐1617)の「聖ジローラモ」


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ポルフィーリオ・モレッティ(16世紀後半生まれ‐1624年以降ヴィチェンツァで没)の「死せるキリストを支える2天使と聖人たち」


P1950429
ヴェネトの工房の「聖母子」(16世紀後半)


P1950432
アレッサンドロ・マガンツァ(ヴィチェンツァ、1548‐1632)の「聖ジローラモの幻視」


P1950435
アレッサンドロ・マガンツァの「キリストの復活」


P1950438
アレッサンドロ・マガンツァの「永遠なる父」
(つづく)

P1940154
ヴィチェンツァは単独の司教区となっており。その司教座が置かれているCattedrale di Santa Maria Annunciataです。


P1940148
多色の大理石を使った、ゴシック様式の美しいファサードが特徴です。
しかし、現在のファサードはオリジナルのものではありません。第二次世界大戦の爆撃によってオリジナルのファサードは殆ど崩落してしまったので、現在、見ることが出来るファサードの大部分は戦後に造り直されたものです。


P1940143
この地に、古代ローマの建物がありましたが、その建物内に3世紀頃、小さな初期キリスト教会が設けられましたが、それが前身とされてます。その後、数回建て直されました。ロレンツォ・ダ・ボローニャの設計によって、1482年に創建され、1560年代に完成したゴシック様式の建物が現在の姿の原型となってます。


P1940156
クーポラ、後陣、身廊側出入口は、アンドレア・パッラーディオの設計によるルネサンス様式となってます。


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パッラーディオが設計した出入口


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後陣


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鐘楼は後陣の向かいにあります。


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ゴシック様式の鐘楼は二代前の建物の鐘楼として10世紀に建てられ、12世紀に現在の高さまで高くされました。現在のドゥオーモの中で、クリプタに次いで二番目に古いものです。


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ファサード側の出入り口から中に入りました。


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単廊式、ゴシック様式の広く大きな空間を持つ内部です。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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右側壁


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簡素な装飾の天井


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床の模様


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礼拝堂を見て回りました。


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アレッサンドロ・マガンツァの「聖母被昇天」


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アレッサンドロ・マガンツァの「死せるキリストとマグダラのマリアと聖フランチェスコ」


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入り口近くにある磔刑像(詳細不明)


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17世紀の無名画家の「パドヴァの聖アントニオ」


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バルトロメオ・モンターニャの「玉座の聖母子とマグダラのマリアと聖ルチア」


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詳細不明のフレスコ画


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次の礼拝堂です。


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アントニーノ・ダ・ヴェネツィアの「聖母戴冠」(1448)


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木製彫刻に彩色した作品です。


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誰の墓でしょうか?


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次の礼拝堂です。


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祭壇にタベルナコロが置かれてます。


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ジャンマッテオ・アーゾラと弟子のレオーネ・レオーニによって描かれた作品です。


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全部で5点の作品があり、テーマはキリストの受難です。


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2人で一緒に描いた作品はありません。それぞれ師匠と弟子単独で描かれましたが、作品帰属は明確になってません。


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17世紀の無名画家の作品


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この奥にも礼拝堂があります。


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詳細不明


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クリプタに入りました。


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12世紀初頭から13世紀後半に建てられた三代目の教会がクリプタの原型です。


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祭壇の彫刻(14世紀)


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ジャンマッテオ・アーゾラとレオーネ・レオーニの作品


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ニコラ・ヴィチェンティーノの作品(1563‐65)


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20世紀に描かれた「ピエタ」(制作者不明)


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内陣に戻ります。


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中央礼拝堂


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後陣に祭壇画が10点以上あるのですが、後陣は立ち入り禁止なので見ることが出来ませんでした。


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ルッフィーノ・ディ・アッシジやジュリオ・ロマーノなどの作品があるようです。


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次の礼拝堂です。


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ジャンバッティスタ・ピットーニの「玉座の聖母子とトレンティーノの聖二コラとバーリの聖二コラ」(1744)


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17世紀の無名画家の「受胎告知される聖母」


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詳細不明


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ロレンツォ・ヴェネツィアーノの「聖母の死の多翼祭壇画」(1366)


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ロレンツォの最高傑作と言われてます。


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数年前に修復されたばかりです。


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逆光のためよく見えません。


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裾絵の聖人たち


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今の建物の前の建物の主祭壇に置かれていたそうです。


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フランチェスコ・マッフェイの「マギの礼拝」


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アレッサンドロ・マガンツァの「羊飼いの礼拝」


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詳細不明


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古いフレスコ画が残ってます。


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詳細不明


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現代に描かれた「受胎告知」


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(おわり)

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Palazzo Thieneをちょっとだけ見学することにしました。


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1542年、マルカントニオ・ティエーネとアドリアーノ・ティエーネがジュリオ・ロマーノに設計を依頼したのですが、1544年になって、ジュリオ・ロマーノの原設計に対してアンドレア・パッラーディオが一部の設計変更を行い、建設されました。


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ジュリオ・ロマーノの原設計のまま建設されなかった理由が不明です。


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Palazzo Thieneは、現在、Banca Popolare di Vicenzaの所有となっており、同銀行の本社が置かれてます。


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この記事を書いたのは、5月22日でしたが、先月(6月)、同銀行についてニュースが伝えられたので、7月初め(現在ですが)、記事を一部修正しました。


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欧州中央銀行(ECB)は、6月23日、Banca Popolare di Vicenzaを破綻しつつある、或いは破綻の可能性が高いと判断を示し、イタリアの破産関連法に基づいて清算することになるとの見通しを示しました。
このニュースを聞いて、私が気になるのは、プラートのパラッツォ・デリ・アルベルティ美術館です。ここは同銀行の所有であり、支店が置かれているのですが、その2階の副社長室に50点ほどの絵画があります。。カラヴァッジョの「荊刑のキリスト」、ジョヴァンニ・ベッリーニの「磔刑」、フィリッポ・リッピの「聖母子」があるのです。電話予約すれば見ることが出来たのですが、2016年7月に休館となり、その後、開館の話を聞いたことがありません。
破綻となれば、所有美術品は売却され美術館どころではないでしょう。


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次はMuseo Diocesanoです。


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夕方を迎えたCorso Palladioです。


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パッラーディオが設計した建物です。


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午前中に外観だけ見ました。


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ゆっくり見学したいところですが時間がありません。


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歩くのが楽しくなる街です。


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高さ82mのTorre Bissareに上るのは難しそうです。


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バジリカの見学も出来ませんでした。


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Loggia del Capitaniato


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シニョーリ広場


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Museo Diocesanoはドゥオーモの前にあります。


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ドゥオーモを通り過ぎました。


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ドゥオーモ広場


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司教館にMuseo Diocesanoが置かれてます。


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司教館の前に立つのはヴィットリオ・エマヌエーレ2世の像です。


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以前は土日だけの開館だったので、一度しか入館したことがありません。当時は写真厳禁だったので、どのような作品が展示されていたのか殆ど覚えていません。


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Museoの入り口です。


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残念なことに、重要な作品はあまりありません。


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展示作品の質と量は普通です。


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空間を十分にとった、ゆったりとした展示なので非常に鑑賞し易い。


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Museoについては、日を改めて詳しく触れることにします。


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外に出ました。


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ドゥオーモ近くにあるお店です。


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カステッロ広場


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広場の一部はバスターミナルになってます。


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パッラーディオが設計した建物です。


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壁に日が当たっている方は普通の建物に見えます。


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Palazzo Porto


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一日中、時間に追われてゆっくり出来ませんでした。


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流石に疲れました。


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一旦、ホテルに戻って一休みすることにしました。


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Palazzo Piovini


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カステッロ門


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門を潜って城壁の外に出ました。


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有意義な一日でした。


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歩いた距離は大したことがありませんが、クイック・バイトの昼食を除いて殆ど立ったままでした。


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駅に向かう人々。


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カステッロ門を潜った下にスーパーがあります。ここで果物を買いました。


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主なところ全部を一日で見ようとするのは、やはり無理でした。


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もう無理はできない体であることを忘れていました。


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この日は、これで終わりです。(夕食の外出時にカメラを持っていくのを忘れたので写真がありません)


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さて、翌朝です。


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この日も快晴でした。


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ホテルの朝食を開始の7時から食べて、急いで駅に来ました。


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午前7時半でした。


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列車に乗り、パドヴァ経由でカステルフランコ・ヴェネトに向かいました。


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(おわり)

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次は、ユニークな展示を誇るGallerie d'Italia です。


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Gallerie はサンタ・コローナ教会と同じ通りにあります。


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教会を通り過ぎました。


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この通りに見どころが3つ固まってます。


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そのうちの一つが考古学博物館です。


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ヴィチェンツァ・カードで入館出来ますが、時間に余裕がないのでパスしました。


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次のGallerieが見所豊富なので、予定している2時間では足りないかも知れません。


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ヴィチェンツァ貴族で富裕な商人でもあったレオーニ・モンタナーリが1678年に建て始めたPalazzo Leoni Montanariです。


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現在、PalazzoはIntesa Sanpaolo銀行の所有となってます。同銀行などの保有美術品のために、Gallerieとして1999年にオープンした新しい美術館です。


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その展示は多岐にわたり、併せてパラッツォの各部屋の装飾も大きな見どころとなってます。


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はっきり言って、この美術館は中級以上の美術ファンにとっては非常に楽しいと思いますが、それ以外の人には退屈と思います。


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18世紀のヴェネツィア派絵画作品が充実しています。


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ここの最大の特徴はイコン作品の展示が素晴らしいことです。


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イコンの展示では、その質と数において、イタリア一と思います。


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Gallerieについては、後程、別個に取り上げる予定です。


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外に出たら、日が傾いていました。


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ヴィチェンツァ観光が見所が多くて大変です。
次はサント・ステファノ教会です。


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12世紀創建、15世紀に完成したPalazzo Negri De Salvi


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サント・ステファノ教会です。


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現在の建物は、1685年に創建され、1740年に完成した四代目となるものです。
この地にあった初期キリスト教会が前身です。12世紀に再建され、1459年に再再建された歴史があります。


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ファサードの彫刻は、ジャコモ・カッセッティ(サム部ルソン、1682‐ヴィチェンツァ、1757)の作品です。


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ジャコモ作の彫刻


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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左側壁


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右側壁


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クーポラ


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中央礼拝堂


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後陣


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祭壇画を見て回りました。


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パルマ・イル・ヴェッキオの「玉座の聖母子と聖ジョルジョと聖ルチア」


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詳細不明


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アントニオ・アッリゴーニの「パドヴァの聖アントニオに顕現する幼きキリスト」(1710)


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ドメニコ・ティントレットの「聖パオロ」
数年前までドメニコの父であるヤコポ・ティントレットの作品とされていましたが、近年の詳細な鑑定によって息子ドメニコの作品と帰属が変更されました。


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アレッサンドロ・マガンツァの「キリストの洗礼」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・マガンツァ・イル・ヴェッキオの「聖ステファノの殉教」


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フランチェスコ・マッフェイの「聖ガエターノの変容」


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秀作があるので、拝観する価値があります。


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ドメニコ・アンジェリ作の礼拝堂


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見逃した作品が3店ありました。


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出入口方向


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外に出ました。


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パッラーディオの作品です。


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(つづく)

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ヴィチェンツァの中世の歴史において、重要な役割を果たしたサンタ・コローナ教会です。


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1259年、ヴィチェンツァ司教ベアート・バルトロメオ・ダ・ブレガンツェがフランス王ルイ9世から聖遺物のトゲ(荊刑を受けたキリストが被されていた)の寄贈を受けました。
それを祀るために、ヴィチェンツァ自治政府とドメニコ会によって、1261年から教会の建設が始められました。


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1270年完成、1504年に奉献されたロンバルディア・ゴシック様式の教会です。


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大理石造りの壮大なファサードが特徴です。


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ファサードのバラ窓


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入口ポータル上ルネッタの彫刻「荊刑のキリスト」は、19世紀に制作された二代目のものです。


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柱頭


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修道院の建設が1265年頃に始められ、1532年に完成しました。


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この教会修道院には暗い歴史があるのです。


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写真右の建物の白っぽい部分は、1944年の米英軍による爆撃によって破壊され、戦後に再建された箇所です。
そこは異端審問所が置かれた場所で、その下には拷問部屋と囚人部屋があったそうです。
1797年、ナポレオン軍の侵攻によってヴィチェンツァはナポレオン軍の占領下におかれ、それと同時に活動停止の命を受け、サンタ・コローナ教会修道院は閉鎖されますが、その時まで異端審問が行われていたのです。
ここの異端審問の特異な点は、単に宗教上に留まらず、キリスト教で卑賤の業とされた金貸しを異端審問の対象者として厳しく罰したことでした。
財産没収、処刑された金貸し業者が多数に上ったとされていますが、それらの記録の焼却によって証拠隠滅がなされ、具体的なことは殆どわかっていません。


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三廊式、ラテン十字形の内部です。
現役の教会ですが、多数の美術作品があることからMuseoとして公開されており、拝観有料となってます。


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内陣中央から左側廊方向を見たところです。


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左側廊


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右側廊方向


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右側廊


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天井の装飾


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バルトロメオ・モンターニャ(オルツィヌオーヴィ、1450c‐ヴィチェンツァ、1523)の「マグダラのマリアと4聖人(聖ジローラモ、聖パオラ、聖モニカ?、聖アゴスティーノ)」(1514‐15c)


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レアンドロ・ダ・ポンテ通称レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「聖アントニーノの施し」(16世紀末)


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レアンドロ・ヴェネツィアーノ(14世紀後半活動)とマルチェッロ・フォゴリーノ(ヴィチェンツァ、1483‐トレント?、1550)の「星の聖母」(1360c、1519)


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ガルツァドーリの祭壇


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430c‐1516)の「キリストの洗礼」


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横から撮った方が作品画像がはっきりします。


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アレッサンドロ・マガンツァ(ヴィチェンツァ、1548‐1632)の「聖人たち(聖母、マグダラのマリア、福音書記者聖ルーカ、聖アントニオ・アバーテ、聖ライモンド)を祝福するキリスト」(1604)


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聖なるトゲ礼拝堂です。


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ジャコモ・テントレッロ(16世紀活動)の「荊刑のキリスト」(1563)


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中央礼拝堂はロレンツォ・ダ・ボローニャの作品(1504)です。


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後陣の装飾


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主祭壇は、フィレンツェのコルバレッリ家と工房の作品(1681‐1685)の作品です。


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「荊刑のキリスト」
コルバレッリ家と工房ですが、フランチェスコ・コルバレッリが親方で、その息子ドメニコによって主導され、ピエトロ・パオロ、ベネデット、アントニオ、ジャンバッティスタなどの息子や弟子がいたとされてます。


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「最後の晩餐」


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「キリストの復活」


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絵画も組み込まれてます。


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後陣に入ることが出来ます。


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中央礼拝堂の彫刻は、アンジェロ・マリナーリ(アンガラノ、1654,1654‐ヴィチェンツァ、?)の作品(1691‐1700)です。


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聖ジローラモ


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マグダラのマリア


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天使


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後陣のステンドグラス


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クーポラ


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聖歌隊席です。


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聖歌隊席は、ピエル・アントニオ・デル・アッバティー・ダ・モデナの作品(1544)です。


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P1940221
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピットーニ(ヴェネツィア、1687‐1767)の「聖母子と聖ピオ5世と聖ピエトロと聖パオロ」(1718‐25)


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ミケリーノ・ダ・ベソッツォ(ベソッツォ、1370‐1455)のフレスコ画(15世紀初め)


P1940225
これもミケリーノのフレスコ画です。


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アントニオ・デ・ピエーリ(ヴィチェンツァ、1671‐1751)の「聖ヴィンチェンツォ・フェッレーリに顕現する聖母子と聖ヴィンチェンツォ・マルティーレと聖ジローラモ」(1750)


P1940232
ロザリオの聖母礼拝堂


P1940235
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「マギの礼拝」(1573)


P1940238
ジョヴァンニ・ブサート(ヴィチェンツァ、1806‐1886)の「聖ジュゼッペの死」(1875)


P1940246
ドメニコ・ツォルツィ(ヴェローナ、1729‐パドヴァ、1792)の「聖母の教育」(18世紀)


P1940249
フランチェスコ・マッフェイ(ヴィチェンツァ、1605c‐パドヴァ、1660)の「ベアート・マッテオ・カッレーリオ」(1632c)


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詳細不明


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フレスコ画が残されてます。これらは、16世紀に活動した画家アレッサンドロ・ヴェルーラの作品(1519)です。


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「慈悲の聖母」


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「ベアート・イスナルド・ダ・キャンボ」


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聖水盤


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出入口


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外に出ました。


P1940306
アンドレア・パッラーディオの墓があるクリプタは非公開でした。


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(おわり)

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次はオリンピコ劇場です。


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劇場は、13世紀に建設された城の中庭にあります。
ここは城の城門です。


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門を潜って中庭に入りました。


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中庭に彫像などが並んでます。
これらは、遺跡からの発掘物なのか、もともと城にあったのか、その辺が分かりません。


P1940352
この建物の中に劇場があります。つまり、オリンピコ劇場は屋内劇場なのです。


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ここ(切符売り場になってます)から中に入ります。


P1940446


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切符売り場から中に入ると、肖像画が並べられた廊下に出ます。
1555年、ヴィチェンツァの有力者や富者、芸術家などが街の文化活動を発展させるための拠点としてアッカデミア・オリンピカを創設したのですが、併せてその活動を実際に行うための拠点として建設されたのが、この建物です。
並べられている肖像画が誰なのか殆ど特定されていますが、彼らは恐らくアッカデミア・オリンピコの創設に携わった人たちであると思います。


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「イサベッラ・ディ・サヴォイア・デステの肖像」


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ピエトロ・ダッラ・ヴェッキア(ヴィチェンツァ?、1602‐ヴェネツィア、1678)の「貴婦人とその息子の肖像」(17世紀中頃)


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フランチェスコ・ゴンザーガの肖像」


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劇場の方に行くには、突き当りを右に進みます。


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マルコ・バサイーティ?の「男の肖像」(16世紀初め)


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ヴェネトの無名画家の「アロンゾ・マルケーゼの肖像」(1611)


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制作者不詳の「男の肖像」(17世紀初め)


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広間に出ました。


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Accademia Olimpicoと書かれてます。


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ODEOとは音楽室とか屋内劇場という意味です。


P1940369
この部屋のフレスコ画は、フランチェスコ・マッフェイと彼の工房によって1647年から1648年に描かれました。


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次の部屋はブックショップになってます。


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この部屋のフレスコ画は、アレッサンドロ・マガンツァと彼の工房によって1595年から1596年に描かれました。


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ブックショップがある部屋にも肖像画があります。


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レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1557‐ヴェネツィア、1622)の「男の肖像」(16世紀末)


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作者不詳の「ヴィンチェンツォ・カテーナ作『ジャン・ジョルジョ・トリッシーノの肖像』(18世紀)の複製画」(19世紀初頭)


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ヤコポ・バッサーノの追随者の「アルフォンゾ・カプーラの肖像」(1638)


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オリンピコ劇場に入りました。


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現在も使用されている現役の劇場です。


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1555年に設されたアッカデミア・オリンピコに対して、1579年、アンドレア・パッラーディオが劇場の建設を提案して1580年から建設が開始されました。


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ローマ時代の円形劇場を模して設計されましたが、そのスペースの制約から楕円形となってます。


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世界最初の屋内劇場です。


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仕切りがない、木製の観客席です。


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1580年2月に創建されましたが、その数か月後に設計監督者のパッラーディオは病の床に伏し、1580年8月19日に死去しました。
オリンピコ劇場は天才パッラーディオの遺作となりました。


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設計監督はパッラーディオの息子であるシッラに引き継がれましたが、間もなく建築家ヴィンチェンツォ・スカモッツィに引き継がれ、ヴィンチェンツォによって1585年に完成しました。


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ヴィチェンツァ観光での最も有名な場所がここです。


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非常に良かった!


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この街の裕福さが分かる劇場でした。


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(つづく)

大広間の続きです。
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ピエトロ・リベリ(パドヴァ、1614‐ヴェネツィア、1687)の「バテシバの水浴」


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ルーカ・ジョルダーノの「バテシバの水浴」(17世紀後半)


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ルーカ・ジョルダーノの「女神たちに飾られるヴィーナス」(1665c)


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ルーカ・ジョルダーノの「カナの結婚」(17世紀後半)


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ジュリオ・カンピオーニ(ヴェネツィア?、1613c‐ヴィチェンツァ、1678)の「レアンドロの遺体を受けるニンフ」(1676‐77)


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次の部屋です。


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第5室


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アレッサンドロ・トゥルキ通称オルベットの追随者の「アダムとエヴァ」(17世紀前半)


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パドヴァニーノ(パドヴァ、1588‐ヴェネツィア、1649)の「ローマのルクレツィア」(17世紀前半)


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カルロ・サラチェーニ(ヴェネツィア、1579‐1620)の「マグダラのマリア」


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ジュゼッペ・ヴェルミーリオ(アレッサンドリア、1585c‐1635c)の「イサクの犠牲」


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ジュゼッペ・ヴェルミーリオの「ユディト」(1620c)


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フランチェスコ・カイロ(ミラノ、1607‐1655)の「ヘロデア」(1634‐35)
ヘロデアはサロメの母です。置かれている首は斬首された洗礼者聖ジョヴァンニのものです。


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フラ・センプリーチェ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1589c‐1654c)の「天使に支えられる死せるキリスト」(1634)


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次の部屋です。


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第6室


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天井の装飾


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保護板があるのでよく見えません。
Frans Franken II (Anversa, 1589‐1626)の「聖母子」(17世紀初頭)


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パオロ・フィアッミンゴ(アンヴェルサ、1540‐ヴェネツィア、1596)の「ニンフたちが漁をしている風景」(16世紀末)


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カルロ・エイスマン・ブリジゲッラ(ヴェネツィア、1679‐ヴェローナ、?)の「水車がある風景」(1700‐10c)


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Luca Carlevarijs (Udine, 1663-Venezia, 1730)の「凱旋門がある風景」(1710‐14c)


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マルコ・リッチ(ベッルーノ、1676‐ヴェネツィア、1730)とセバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「遺跡がある風景」(1720‐30c)


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クレメンテ・スペーラ(ノヴァーラ、1661‐ミラノ、1742)に帰属する「遺跡がある風景」(18世紀前半)


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フランチェスコ・アヴィアーニ(ヴェネツィア、1662‐ヴィチェンツァ、1715)の「キリストと教会博士たち」(18世紀初め)


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フランチェスコ・アヴィアーニの「ラザロと金持ちがいる風景」(18世紀初め)


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次の部屋です。


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第7室


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13世紀、14世紀、15世紀頃の作品が全然見当たりません。


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ローザ・ダ・ティボリ(フランコフォルテ、1655‐ローマ、1706)の「羊飼いがいる風景」(17世紀後半)


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ローザ・ダ・ティボリの「羊飼いがいる風景」(17世紀後半)


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Cornelio Dusman (アムステルダム、?‐ヴィチェンツァ、1680c)の「ヴィチェンツァの市場」(17世紀後半)


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ジャコモ・ダ・カステッロ(アンヴェルサ、1637‐ヴェネツィア、1712)の「静物画」(1680?)


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エリザベッタ・マルキオーニ(ロヴィーゴ、17‐18世紀に活動)の「静物画」(18世紀初頭)


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エリザベッタ・マルキオーニの「静物画」(18世紀初頭)


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部屋の天井


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扉が閉鎖されていました。
この階にはこれ以上の作品が展示されていないようでした。
数年前までは、第1室が13世紀頃の作品が展示されており、年代順に部屋番号が割り振られていて非常に見易かったと思いますが・・・・・


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階上に向かいました。


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図書室?


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フランチェスコ・マッフェイ(ヴィチェンツァ、1605‐パドヴァ、1660)の「カインとアベル」


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アンドレア・デル・サルトの領域の「洗礼者聖ジョヴァンニ」


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ブルサソルツィ(ヴェローナ、1539‐1605)の「十字架降下」


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ガロファロ(フェッラーラ、1476c-1559)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノと聖アンナ」


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無名画家の「La Rua」(18世紀末‐19世紀初め)


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ジャンドメニコ・ティエポロ(ヴェネツィア、1727‐1804)の「商人」


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Giovanni Grubacs (ヴェネツィア、1830‐ポーラ、1919)の「ヴェネツィアの風景」


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この人が個人収集したものの展示です。


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第7室のようです。


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次の部屋です。


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第9室のようです。


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工事中の部屋がありました。第8室?


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次の部屋です。


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部屋の表示番号に戸惑いました。


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天井のフレスコ画を見るための部屋のようで、展示されている作品はありません。


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次の部屋です。


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第2室?


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この部屋の天井です。
展示作品はありません。


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次の部屋です。


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この部屋の見どころは天井の装飾です。


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これで終わりです。


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外に出ました。


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展示されていない作品が非常に多かったのは何故でしょうか?パオロ・ヴェネツィアーノの多翼祭壇画、ティエポロの「無原罪の御宿リ」、ヤコポ・バッサーノの傑作などが見ることができなくて残念でした。
13世紀から15世紀の作品全部、16世紀の作品の殆どがありませんでした。その旨の表示板でもあれば、それなりに納得できましたが、何の表示もありませんでした。
バカヤロー、と心の中で叫んで絵画館を後にしました。


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(おわり)





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ジローラモ・キエリカーティ伯爵が建築家アンドレア・パッラーディオに注文して、1550年頃から建設が始まったキエリカーティ宮です。完成したのは1617年でした。
パッラーディオの初期の傑作とされてます。


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ここに市立絵画館がオープンしたのは1855年のことでした。
2007年から建物の修復工事のため長らく閉鎖されていましたが、2012年に漸く再開館されました。


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絵画館の入り口です。
なお、切符売り場はここにはありません。他の美術館や博物館の入館の際、ヴィチェンツァ・カードを買うか、または隣にあるオリンピコ劇場の切符売り場で切符(共通券)を買います。


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展示室は階上にあります。


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階段を上って中に入ると、先ず大広間に出ます。


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大広間は第4室となってます。
第4室から始めても混乱の元となるので、順番通り第1室から始めることにします。


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第1室です。


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部屋の配置図があります。


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キエリカーティ伯爵家の名刀です。日本刀と異なり特に名刀には見えませんね。


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武具


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ジョヴァンニ・アントニオ・ファーゾロ(マンデッロ・デル・ラーリオ、1530‐ヴィチェンツァ、1572)の「イッポリート・ダ・ポルトの肖像」(16世紀後半)


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フランチェスコ・バッサーノ(バッサーノ・デル・グラッパ、1549‐ヴェネツィア、1592)の「騎士とその娘の肖像」(1580c)


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アレッサンドロ・マガンツァ(ヴィチェンツァ、1548‐1632)の「騎士の肖像」(1580c)


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次の部屋です。


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第2室


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部屋の壁に描かれたフレスコ画


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寓意画でしょうね。


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アレッサンドロ・マガンツァの「ルドヴィーコ・キエリカーティの肖像」(1607c)


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アレッサンドロ・マガンツァの「若かりし頃のベルナルディーノ・ロスキの肖像」(16世紀末)


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ジョヴァンニ・アントニオ・ファーゾロの「ヴァルマラーナ家の人々の肖像」(1553‐54)


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アレッサンドロ・マガンツァの「マッダレーナ・カンピーリアの肖像」(1580年代末ー1590年代初頭)


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ジョヴァンニ・アントニオ・ファーゾロの「ジュゼッペ・グアルドと二人の息子の肖像」(1566‐67)


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ジョヴァンニ・アントニオ・ファーゾロの「パオラ・ボナノーメ・グアルドと二人の娘の肖像」(1566‐67)
パオラはジュゼッペの妻です。夫婦と4人の子供と一緒の肖像画でも良かったと思うのですが、男性と女性を分けて描かせたのです。


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ジローラモ・フォルニ(ヴィチェンツァで1558年から記録、ヴィチェンツァで1610年没)の「イサベッラ・ティエーネ・ヴァルマラーナの肖像」(1594c)


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次の部屋です。


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第3室


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この部屋にもフレスコ画があります。


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制作者不明の「パオロ・ヴェロネーゼ作『彫刻家の肖像』の複製画」(16世紀末)


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これは不思議で、面白い作品です。
首がない彫像はローマ時代の”Piccola Ercolanese"と呼ばれている彫像です。16世紀のヴェネトの無名彫刻家がその首の彫像を新たに創造したものです。


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アレッサンドロ・ヴィットリア(トレント、1525‐ヴェネツィア、1608)の「ヴィンチェンツォ・ペッレグリーニの胸像」(1561‐66)


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アレッサンドロ・ヴィットリアに帰属する「ボニファチョ・ポイアーナの胸像」(16世紀後半)


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ヴェネト?の無名画家の「彫刻家の肖像」(17世紀前半)


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第4室は大広間です。


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グレゴリオ・ラッザリーニ(ヴェネツィア、1655‐ロヴィーゴ、1730)の「パリーデの裁決」(17世紀末)


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ルーカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634‐1705)の「エネアとヴィーナス」(17世紀後半)


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ルーカ・ジョルダーノの「パリーデの裁決」(17世紀後半)


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アントニオ・ペッルッチ(ヴェネツィア、1654‐ソリーゴ、1726)の「シピオーネの自制」(1690c)


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アントニオ・ペッルッチの「アレキサンダー大王の前のダリオ家の人々」(1680c)


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ピエトロ・バルトロメオ・チッタデッラ(ヴィチェンツァ、1636‐1704)の「魔法から森に逃げるリナルド」(17世紀末)


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アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)の「無知から知識を守る徳」(17世紀末)


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大広間のフレスコ画です。


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フレスコ画は、ジュリオ・カンピオーニ(ヴェネツィア?、1613c‐ヴィチェンツァ、1678)によって17世紀後半に制作されました。


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フレスコ画のテーマは「栄誉の寓意」です。


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Henricus Hondius (アムステルダム、1597‐1651)の「地球儀」(1640)


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ヴィンチェンツォ・コロネッリ(ヴェネツィア、1650‐1718)の「地球儀」


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(つづく)

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Torre Bissara (Torre Civica )を見ました。


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1174年に創建されましたが、工事が中々進みませんでした。13世紀に入ると工事が進捗して、1211年から1229年にかけて工事が進み、一応の完成を見ました。
しかし、1348年に地震によって崩落してしまいました。その修復工事の過程で、塔をさらに高くすることになり、15世紀半ばに現在の高さ82mになりました。
ところが、第二次世界大戦で何回も爆撃され、1945年の爆撃で大きな被害を受けてしまい、2002年になって漸く修復工事が完了したのです。


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この部分はオリジナルのものでしょう。


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かってヴェネツィア領だったことを示す有翼のライオン像です。


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シニョッリ広場にも有翼のライオン像があります。


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ヴィチェンツァは、1404年から1797年までの約400年もの間、ヴェネツィア共和国領でした。その間、経済的に大いに繁栄し、芸術が発展したのです。


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道草をしたので、午前中にサンタ・コローナ教会を拝観するのは無理そうでした。


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Corso Palladio


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通りの東端にやってきました。


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この辺がヴィチェンツァ観光の中心でしょうね。


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マッテオッティ広場に立っているのは、経済学者、作家、政治家で、イタリア統一とヴィチェンツァの振興に尽くしたフェデーレ・ランペルティーコ(ヴィチェンツァ、1833‐1906)の像です。
このような立像をしっかり見ることがその街の理解と街歩きの基本と思います。


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オリンピコ劇場は午後に行く予定でした。


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サンタ・コローナ教会の後陣です。
正午近くになってしまい、午前中の拝観は無理ですが、午後の時間を確認するために教会に行きました。


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扉はまだ開いていました。


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中にいた切符売り場の係員に確認すると、「ゆっくり見てください」とのこと。
イタリアには珍しくフレキシビリティ溢れる対応で感心しました。
なお、この教会は現役の教会?ですが、拝観有料で観光客に公開しています。


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先客がいました。


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拝観有料の教会は美術的に見どころが多いのが普通です。ここも例外ではありません。


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ジョヴァンニ・ベッリーニの「キリストの洗礼」


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この教会については、古寺巡礼で改めて詳しく触れる予定です。


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私が外に出るのを待って、教会の扉が閉じられました。


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アンドレア・パッラーディオと彼の家族の墓があるクリプタは残念ながら非公開でした。


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サンタ・コローナ教会に隣接する建物は、ドメニコ会の修道院でした。


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旧修道院の建物は考古学自然博物館となってます。


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ヴィチェンツァのMuseo巡りのためのヴィチェンツァ・カードで入館できますが、その時間配分を考えた時、入館するのは無理と判断しました。
この街の見どころをしっかり見ようとすると、丸2日は必要です。それを1日でやろうとするのですから、無理が出ます。


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気が急いて困りました。


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写真左の建物が凄いんです。


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ここは後で入館します。


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イコンの展示では、その質と数に置いて、ここがイタリア一と思います。
この美術館を知る人は少ないと思いますが、宗教美術上の必見と思います。


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Casa Coronaと書かれてます。


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昼食はゆっくりと食べてはいられません。何せ時間が足りないのです。


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写真右のバールで早食い昼食を済ませました。


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サンタ・コローナ教会を通り過ぎました。


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次はキエリカーティ宮です。


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Corso Palladio


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写真右の建物にタベルナコロがあります。


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これです。
ガラスの保護板に周りの建物が写ってよく見えません。


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パッラーディオの傑作、キエリカーティ宮です。1855年から市立絵画館が置かれてます。


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入館しました。


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以前と比べると、様子が大きく変わったように思います。


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展示作品が少なくなりましたね。


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キエリカーティ宮市立美術館については、後程詳しく触れることにします。


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(つづく)



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15世紀から16世紀に建設されたPalazzo Capraです。


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Palazzo Braschiと似てますが、下がロッジャになっていません。だから違います。


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Corso Palladioには有名な建築物が並んでいるので、見逃さないように注意して歩きました。


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Palazzo Braschiが見えてきました。赤っぽい建物です。


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この建物がPalazzo Braschiです。


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下がロッジャになってます。
この建物の至近にパッラーディオの建物があります。


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パッラーディオが設計したPalazzo Pojanaです。


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Palazzo Pojanaの一部が修復工事中でした。


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この建物も有名だったと思います。


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チェントロのほぼ中心にあるホテル・ドゥエ・モーリもお勧めの宿です。


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Palazzo delle Poste


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次はドゥオーモの拝観です。


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エレガントなファサードが印象的なファサードです。


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ヴィチェンツァの繁栄振りが反映されているドゥオーモです。


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見事な多翼祭壇画


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薄暗いクリプタが普通ですが、ここは採光が良く明るいのです。


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ドゥオーモについては、古寺巡礼で改めて詳しく触れる予定です。


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可能であれば、サンタ・コローナ教会の拝観を午前中に済ませたいと考えていました。


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ドゥオーモ広場


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先ほど、ドゥオーモ来た時に通った道と同じ道を通りました。


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サンタ・コロナータ教会はチェントロの東にあります。


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バジリカが見えてきました。


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バジリカとは、普通、Basilica Minoreなどの聖堂を指しますが、中世の北イタリアでは、集会所とか裁判所のことを指す場合があります。この建物は後者の意味です。


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バジリカは、パッラーディオの設計によって1617年に完成しました。


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この広場がチェントロの中心です。


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シニョーリ広場


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もう11時半過ぎです。サンタ・コロナータ教会は12時に閉まります。


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写真右がバジリカです。


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時間があまりないので焦りました。


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パッラーディオ設計の建物です。


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(つづく)


ヴィチェンツァは、人口112,408人(2016年6月末日現在)のヴェネト州ヴィチェンツァ県の県都です。後期ルネサンスの建築家アンドレア・パッラーディオが建てた建物がある華麗な街として知られてます。
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この日、鉄道でヴィチェンツァに到着しました。


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ヴィチェンツァ駅の駅舎です。


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駅前は広い公園になってます。


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FS駅からチェントロの入り口に通じるViale Romaです。


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公園内にある像は、ヴィチェンツァで生まれ死んだアントニオ・ピガフェッタ(1491‐1534)のものです。
多芸多才なアントニオでしたが、今日まで知られることになったのは、マゼランの世界航海に参加して、その詳細な記録を残したからです。
1519年、マゼランの船団は総勢270人で出発しましたが、1522年に一行がスペインに戻った時、わずか18名でした。その18人の一人がアントニオでした。マゼランは航海の途中で死んでしまいましたが、その偉業が明らかになったのはアントニオの記した記録からだったのです。


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旧市街に入り口に建つカステッロが見えます。


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先ず、この日のお宿に向かいました。
ヴィチェンツァは見所が沢山あるので、じっくり見学しようと思うなら、1泊以上した方が良いでしょう。しかし、宿泊施設が限られるのが難点です。それもあってヴェローナ、パドヴァから近く交通が便利なので、日帰りする観光客が多いと思います。


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ジャルディーニ・サルヴィ公園の入り口です。この入り口も有名です。


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公園を通り過ぎて、お宿に急ぎました。


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この日のお宿は、Corso San Feliceに面して建つ、城壁外にある家族経営の小さなホテルです。


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この日のお宿です。値段がお安く、部屋も広く、非常に親切なのでお勧めです。「EUにおけるイタリア経済の今後」について、ホテルの人たちと議論したいと思わなければ、片言のイタリア語で十分というものです。


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大きな荷物をホテルの部屋に置いて身軽になったので、早速街歩きを開始しました。


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城壁内に入る前に公園に立ち寄りしました。


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公園内にパッラーディオの建築物があります。


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あれですね。


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アンドレア・パッラーディオのLoggia Valmarana


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城壁内に入ります。


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Porta Castello


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門を潜って城壁内に入りました。


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カステッロ広場


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広場に面して建つPalazzo Thiene Bonin Longare


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パッラーディオの建築物です。


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広場に建つジュゼッペ・ガリバルディの像です。
イタリアの広場に立つのは、ガリバルディやカヴールなどイタリア統一の英雄が定番ですが、これがシチリアに行くと植民地時代の外国の提督や王様となるのでカンが狂ってしまいます。
シチリア人は、イタリア統一はサヴォイア王家の植民地になったとの認識ですから、その辺は仕方がないかもしれません。シチリア独立を掲げて運動しているシチリア人がいますが、彼らが目指しているのが両シチリア王国への回帰だそうで、またもや理解不能になります。両シチリア王国って、ナポリ・シチリア・ブルボン家なんですよ。植民地なんですよ。シチリア人によるシチリアの独立ならば話は分かりますが、ブルボン家の方が良いとは!この辺がサッパリわかりません。
シチリアに行くと、この辺のことが気になって仕方がありません。


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Palazzo Piovini


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こちらは普通の建物です。


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Corso Palladio


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次はサン・フィリッポ・ネリ教会の拝観です。


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写真左がサン・フィリッポ・ネリ教会です。


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1730年から1832年に建てられた新古典様式の教会です。


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1825年に奉献式が行われました。
ここにある祭壇画などが描かれた年代から考えると、現在の建物の前に教会があったと思われます。


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単廊式、新古典様式の内部です。


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左側壁


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右側壁


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後期バロック様式のゴテゴテ感の反省が認められる装飾です。


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主祭壇


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後陣


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クーポラ


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オラツィオ・マイナーリ工房の「四福音書記者」です。
勿論、作品が4点あります。


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オラツィオ・マイナーリは、1720年に没しました。生前、この注文を受けていましたが、未完成のまま死去したので、親方の死後、マイナーリの弟子たちが完成させた作品です。


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アレッサンドロ・マガンツァの「玉座の聖母子と聖フィリッポ・ネリ」(1829)


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フランチェスコ・ソリナーメの作品です。


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詳細不明


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主祭壇前から見た出入口です。


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外に出ました。


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(つづく)








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