イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:トスカーナ州 > アシャーノ

P2280529次は第16室です。


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ここから考古学博物館と教会美術館になります。


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ルイージ・モーギ(アシャーノ、1804‐フィレンツェ、1871)の「ジャンヌ・ダルク」


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紀元前4世紀の壺


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アシャーノの模型(紀元前4世紀頃)


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次は第17室です。


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この美術館を代表する作品があります。


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Maestro dell'Osservanza の「聖母の誕生」(1437‐39)
サンタガタ教区教会にありました。


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聖母子


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聖母の死


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聖母の遺体の移送


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聖母の誕生


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部屋のフレスコ画の痕跡


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次は第19室です。


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考古学関係の展示に戻ります。


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金属製道具の展示


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王侯の墓


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次は第20室です。


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墓石(紀元前4世紀末)


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石像の一部(紀元前7世紀末‐紀元前6世紀初め)


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次は第21室です。


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古墳の模型


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説明板


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次は第22室です。


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モザイクの説明板があるだけです。


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階上に向かいました。


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次は第23室です。


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土器


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全部、墓です。


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次は第24室です。


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墓と土器


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次は第25室です。


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この部屋にも墓があります。


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次は第26室です。


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次は第28室です。


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フランチェスコ・ナシーニ(1611‐1695)の「司教聖人の死と救世主」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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フランチェスコ・ナシーニの「司教聖人の殉教」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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フランチェスコ・ナシーニの「聖ピエトロとペトロニッラ」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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フランチェスコ・ナシーニの「アガルと天使」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。
これで終わりです。


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満足一杯で外に出ました。
(おわり)




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次は第9室です。


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部屋の境に描かれたフレスコ


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第9室です。


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第9室の天井


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詳細不明


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ジョヴァンニ・ピサーノ(ピサ、1245c‐シエナ、1314)の「磔刑像」
アシャーノのサンタゴスティーノ教会にありました。


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Famiglia Memmi の「聖母子と寄進者」(1310‐20c)
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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セーニャ・ディ・ボナヴェントゥーラ(1298‐1327記録)の「聖母子」
アシャーノのサンタガタ参事会教会にありました。


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ジョヴァンニ・ディ・パオロとマッテオ・ディ・ジョヴァンニの「聖母被昇天」
アシャーノのサンタゴスティーノ教会にありました。


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中央


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聖アゴスティーノ


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大天使ミケーレ


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次は第10室です。


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定番の楽譜展示


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ピエトロ・ルッフォーロの「聖セバスティアーノ」(1450年代前半)
アシャーノのサンタ・クローチェ祈祷所にありました。


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部屋の境の壁に描かれたフレスコ画


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次は第11室です。


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陶器類の展示


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第11室の天井


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3階(イタリアの2階)に向かいました。


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次は第14室になります。


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聖具類などの展示


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18世紀のシエナの無名彫刻家の「聖アガタ」
アシャーノのサンタガタ参事会教会にありました。


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シエナの無名工芸家の「聖体入れ」(1741)


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18世紀のシエナの工芸家の「聖体入れ」


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19世紀のシエナの工芸家の「聖体入れ」


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次は第15室です。


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講演室? セミナー室?


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16世紀のシエナの工芸職人の「聖書台」(1565)


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18世紀のボローニャの無名画家の「聖ロレンツォの奇跡」(1723)
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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フランチェスコ・ナシーニ(1611‐1695)の「磔刑」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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アントニオ・モッラー(1592‐1632)の「ウンゲリアの聖エリザベッタ」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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アントニオ・モッラーの「聖キアーラ」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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ベルナルディーノ・メイ(シエナ、1610c‐ローマ、1676)の「磔刑」


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ルティリオ・マネッティ(シエナ、1571‐1639)の「カンタリーチェの聖フェリーチェの幻視」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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シエナの無名彫刻家の「パドヴァの聖アントニオ」(16世紀末‐17世紀初め)
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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17世紀の無名画家の「マギの礼拝」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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セバスティアーノ・フォッリ(シエナ、1569‐1620)の「キリストの復活」


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17世紀初頭の無名画家の「ロザリオの聖母」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。
周囲にキリストの物語が描かれてます。


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ロザリオの聖母の周囲に描かれているものです。


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割礼


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ご誕生


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ご訪問


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受胎告知


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聖母戴冠


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園の祈り


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キリストの鞭打ち


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荊刑のキリスト


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カルヴァリオへの途


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磔刑
(つづく)

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次の部屋です。


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部屋の壁はフレスコ画で装飾されてます。


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この部屋に展示室番号がありません。


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この部屋に展示室番号がないのは、常設展示用ではないからでしょう。


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この部屋は特別展示用に使用されていると思います。


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2017年5月6日から2017年8月11日まで、他から貸し出しされた作品の展示を行っていました。


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他からの出張展示作品を紹介しましょう。


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ルーカ・デッラ・ロッビア(とアンドレア・デッラ・ロッビア?)の「聖母子」(1460c)
アレッツォのフラテルニータ祈祷所から貸し出された作品です。


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ドメニコ・ディ・バルトロの「ウミルタの聖母」
シエナ国立絵画館の所有作品です。


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ドメニコ・ディ・バルトロの「被昇天の聖母」(1433)
シエナのリウニーティ財団の所有です。
この作品を見るのは初めてでした。


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ヤコポ・デッラ・クエルチャの「聖母子」
カステルヌオーヴァ・べラルデンガのサンタ・マリア教区教会から貸し出された作品です。


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思いがけず傑作をここで見ようとは!
幸運でした。ここに来るまで、この作品があることを知りませんでした。


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貸し出されたものではありません。


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シエナの無名彫刻家の「ベンシ家の紋章」
このパラッツォにあったものです。


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次は第7室です。


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常設展示に戻ります。


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天井


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マルティーノ・ディ・バルトロメオ(1389‐1434記録)の「受胎告知」
アシャーノのサンタガタ参事会教会にありました。


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15世紀前半のシエナの無名画家の「聖アントニオ・アバーテ」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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パオロ・ディ・ジョヴァンニ・フェイ(シエナ、1344c‐1411)とタッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362c‐1422)の「サンタガタのポリッティコ」
アシャーノのサンタガタ参事会教会にあった多翼祭壇画です。額縁は失われたようです。
この多翼祭壇画のうち、タッデオが描いたのは中央パネルの「聖母子と二天使」のみで、残りのパネルはパオロの作品です。


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タッデオ・ディ・バルトロの「聖母子と二天使」


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「四福音書記者」


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聖パオロ、洗礼者聖ジョヴァンニ


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聖アガタ、聖ピエトロ


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次は第8室です。


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入館者は週平均で10名ほどだそうです。


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天井


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フレスコの痕跡が残ってます。


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ピエトロ・ディ・ジョヴァンニ・ダンブロージョ(シエナ、1409/1410-1448)の「羊飼いの礼拝と二聖人」
アシャーノのサンタガタ参事会教会にありました。


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羊飼いの礼拝


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聖アゴスティーノ


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聖ガルガーノ


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フランチェスコ・ディ・ヴァルダムブリーノ(シエナ、1401‐1435記録)の「受胎告知」
アシャーノのサン・ロレンツォ教会にありました。


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ペッレグリーノ・ディ・マリアーノ・ロッシーニ(1449‐1492記録、主にシエナで活動)の「聖母子と天使たち」


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聖ベルナルディーノ?とシエナの無名画家の「Nome di Gesu」


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マッテオ・ディ・ジョヴァンニ(ぼルゴ・サン・セポルクロ、1430c‐シエナ、1497)の「サンタゴスティーノのポリッティコ」
アシャーノのサンタゴスティーノ教会にありました。


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各パネルの紹介です。


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聖ジャコモ、聖アゴスティーノ


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聖ベルナルディーノ、聖マルゲリータ


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裾絵


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(つづく)


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シエナの貴族バンディネッり家が住居として13世紀に建設したアシャーノのPalazzo Corboliです。


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20世紀後半までバンディネッり家が居住していましたが、アシャーノ市の所有となって市立美術館が置かれるようになりました。当初は、考古学博物館は別の場所にありましたが、現在はこの建物に移されて、美術館と一体化して展示されてます。
また、この建物内に観光案内所も設けられてます。
この女性は美術館の学芸員兼観光案内所係員です。


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美術館の入り口


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展示室は3フロアーに分かれており、全部で16室あります。
第1室は切符売り場になっていて、特筆すべき展示物がありません。
1階(イタリアの0階)の展示は実質的に第2室から始まり、Palazzo Corboliとバンディネッり家に関するものです。
そのような説明がされていますが、アシャーノの教会にあったフレスコ画も展示されていて、少々戸惑います。


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剥離フレスコ断片


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コルボーリ宮にあったもの


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コルボーリ宮に関する説明


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コルボーリ宮の模型


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1階壁龕のフレスコ


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見ただけではサッパリ分かりません。


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1階の展示は分かり難いと思いました。


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2階に向かいました。


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第4室です。


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16世紀のシエナの金工職人の「教会の鐘」(1595)
アシャーノのサンタ・クローチェ祈祷所にありました。


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16世紀第4四半世紀のシエナの無名彫刻家の「メディチ家の紋章」


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ウルバーノ・ダ・コルトーナ(コルトーナ、1426?‐シエナ、1504)の「狼」


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14世紀後半のシエナの金工職人の「十字架」
アシャーノのサンタゴスティーノ教会にありました。


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15世紀末のシエナの金工家の「十字架」


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陶器類の展示


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アントニオ・ギーニ(15世紀後半にシエナで活動)の「アシャーノのサン・ロレンツォ協会の聖水盤」(1482)


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フラ・ラッファエーレ・ダ・ブレーシャ(ブレーシャ、1479‐ローマ、1539)の「タベルナコロ」


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第4室のフレスコ断片


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次は第13室です。第5室から第12室はあるのですが、第4室の隣が第13室となっています。


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部屋に描かれたフレスコ画


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第13室はミーティングルームになってます。


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16世紀前半のシエナの無名彫刻家の「ゴルゴーン(ギリシャ神話に出てくる、見るものを石に変えてしまう怪物)」


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ガルガ家の紋章
Palazzo Corboliにありました。


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次は第5室です。


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奇妙な展示物です。
多翼祭壇画の額縁だけで、中身の絵画がありません。


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説明プレートがありました。
多翼祭壇画の額縁の制作者がフラ・ラッファエーレ・ダ・ブレーシャであることが分かりました。
部屋を見渡すと中身の絵画がありました。


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これがその中身です。
アンブロージョ・ロレンツェッティ(シエナ、1319‐1348記録)の多翼祭壇画
各パネルを見てみましょう。


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中央頭頂部の聖母子


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中央パネルの竜を退治する大天使ミケーレ


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聖バルトロメオ


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聖ベネデット


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福音書記者聖ジョヴァンニ


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トローサの聖ルドヴィーコ


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第5室の天井


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フレスコ装飾
(つづく)

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この道を進めば、先ほどまで楽しんだ美術館があります。


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道の突き当りがサンタゴスティーノ教会です。


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今度は扉が閉まっていました。


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教会の隣は旧修道院です。


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Torre della Mencia


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この建物も歴史的建造物ですが、名前を忘れました。


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時計塔の下にFontanaがあります。


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Fontana della Mencia


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こちらの道を進み、ガリバルディ広場に行きました。


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ガリバルディ広場に面して建つのは、旧裁判所と旧監獄だった建物です。


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マッテオッティ通りに戻りました。


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この建物も歴史的建造物です。


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あの建物の「聖母子」は見逃せません。


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別角度から撮らないとダメ。


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何とか撮れました。


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残るはサンタガタ参事会聖堂の拝観だけとなりました。


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前にも書きましたが、扉が閉まっているように見えますが、施錠されていません。


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毎日(夏季)、9時から19時まで開いています。扉を押せば中に入ることが出来ます。


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創建が11世紀、完成が13世紀のロマネスク・ゴシック様式の建物です。奉献式は1029年に執り行われました。
創建時から教区教会でしたが、1542年に参事会教会に格上げされ、さらに1991年にBasilica Minoreに格付けされました。
鐘楼は13世紀に建設されたものです。


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単廊式、ラテン十字形、ネオ・ロマネスク様式の内部です。
創建時はロマネスク様式の内部でしたが、13世紀の拡張工事の際、拡張部分はゴシック様式で建設されました。その後、数度に行われた修復によって、20世紀半ばまでバロック様式の内部となりました。
ところが、1955年の修復の際、創建時の姿に出来るだけ戻すという方針によって工事が行われ、現在の姿になりました。


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左側壁


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右側壁


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祭壇と後陣


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クーポラ


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ソドマの「玉座の聖母子と大天使ミケーレと大天使ラッファエーレと寄進者」(16世紀)


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フランチェスコ・ヴァンニの「聖母子と聖アガタとシエナの聖ベルナルディーノ」


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前回、ここに来たときは、制作されたのは1600年頃と表示されていました。


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ソドマの「ピエタ」(16世紀)


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17世紀のフィレンツェ派無名画家の「聖人たちに顕現する聖母」


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状態の悪いフレスコ画が残されてますが、詳細不明です。


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外に出ました。
サンタガタ聖堂横にあるサンタ・クローチェ祈祷所です。扉が閉まっていましたが、サンタガタ聖堂と同じく、施錠されていないと思って扉を強く押しましたが、びくともしませんでした。


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これでアシャーノの日帰り遠足は終わりです。


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駅に戻ります。


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来た時と同じ道を行くのは芸がありませんが、駅に向かう道は他にないので仕方がありません。


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まだまだ日差しがたっぷりです。


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シエナ行き列車に乗ってシエナに戻りました。
(おわり)

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城壁沿いの道を進みました。


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昨日、撮り貯めしていたBS日テレの「小さな村イタリア」のビデオを見たら、ウンブリアのカステルッチョでした。去年の地震で壊滅的な被害を受けた村です。天空の空とレンズ豆(豆類が大嫌いです)で有名な村で、一度は行きたいと考えて、行き方を検討したことがありますが、スポレートからノルチャにバスで向かい、ノルチャで乗り換えれば行けることが分かりました。しかし、バスの便が不便過ぎて、その時は行くのを断念しました。
村は鋭意修復中と思いますが、私が行けることはないと思います。


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フォンティ通り


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城壁が低くなっている所から城壁外を見ました。


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「小さな村イタリア」ですが、近ごろ種切れなのか、以前よりも面白さに欠けるようになったと思います。村に残っている住民が年寄りばかりということで、頑固爺さん、頑固婆さんの話ばかりで退屈です。
自分が年を取ると、他人の老人の話は聞きたくありません。世代交代は、私も含めて的確に順番通りに行われねばならないと痛感する今日この頃です。


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監視塔にお住まいの方がいます。


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次を左折します。


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前回の旅のローマからの便で、機内で60歳くらいの非常に品が良いご夫婦とご一緒になりました。お二人は日本の温泉旅館を回るのが趣味で、年に2,3回日本に来ているリピーターです。お二人が宿泊予定の旅館を教えてくれましたが、超有名の高級旅館ばかりで驚きました。
私がイタリアが好きで、度々旅をしているというと、イタリアよりも日本の方が断然よいと言ってました。日本人は親切で信頼がおけ、安全なので安心して旅ができると力説していました。
お二人はその物腰と身に着けているものから推察すれば、貴族だったかも知れません。
エコノミーの最低額入札でアップグレードすると、見かけるイタリア人の人種が違うような気がしました。


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アモス・カッシオーリ通りです。


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15世紀の建設された建物です。この辺が中世のころのアシャーノの中心地でした。


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写真左先がグラーノ広場です。


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Fontana di Piazza del Grano


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シエナなどで活躍した彫刻家アントニオ・ギニー作のFontana(1465)です。


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日照り続きと酷暑のため、水不足でしたが、水が流されていました。


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グラーノ広場です。


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アシャーノの繁栄の源となった穀物市場が開かれたのがグラーノ広場です。広場に面して建つ建物は、市場関係者と住居兼倉庫でした。


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Palazzo del Podesta


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執政官が居住していました。


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壁の紋章


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14世紀から16世紀までの300年間、穀物市場は大いに賑わいましたが、その取引の公正を監視するのが執政官の務めでした。


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プレトリオ宮とも呼ばれてます。


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現在は一般住居になってます。


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ポデスタ宮から見た広場の全景です。


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この通りを進みましたが・・・・


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直ぐにアモス・カッシオーリ通りに戻ってしまいました。


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この辺から通りの名称が変わります。


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(つづく)

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14世紀にバンディネッり家の邸宅として建設され、20世紀後半まで同家が居住していたPalazzo Corboliです。


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アシャーノ市立美術館としましたが、考古学博物館が併設されています。市立博物館とした方が良いかもしれません。


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素晴らしい作品が展示されてます。


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展示作品の数はそれほど多くありませんが、質の高い作品が光ります。
写真は、ヤコポ・デッラ・クエルチャの代表作「聖母子」


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市立美術館については、項を改めて詳しく触れることにします。
写真は、セーニャ・ディ・ボナヴェントゥーラの「聖母子」


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外に出ました。
隣接するサンタゴスティーノ教会の扉が開いていたので拝観することに。


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青の建物が13世紀に建設されたサンタゴスティーノ修道院です。


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修道院内教会が前身ですが、15世紀後半に拡張され、現在見る姿の原形となりました。


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ナポレオンのイタリア侵攻に伴い、宗教活動が停止されましたが、ナポレオンの没落後、一旦教会修道院の再開が図られたものの、修道士たちが離散したまま戻って来ず、結局、廃修道院教会となってしまい、私有化されました。
現在、教会は市当局の所有となっており、様々な展示が行われるほか、限定的な特別な宗教活動が行われてます。


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古いフレスコ画、磔刑像、祭壇画などが残されてます。


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フレスコ画の修復はあまり進んでいないように思います。


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マッテオ・ディ・ジョヴァンニの「聖母子」
これは複製画です。本物は先ほど見てきた市立美術館にあります。


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ジョヴァンニ・ピサーノの「磔刑像」
制作者不明とされてきた「磔刑像」ですが、近年の鑑定技術の進歩によって、ジョヴァンニ・ピサーノの作品と断定されました。


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ウルバーノ・ダ・コルトーナの「ジャコモ・スコッティの墓」(1470)


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シエナ派無名画家のフレスコ画


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保存状態が良い箇所があります。


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聖クリストフォロ


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教会から外に出ました。


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Porta Senese


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1342年から1352年に建造された城壁です。


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シエナ門を潜りました。


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シエナ門の外にアシャーノの案内図がありました。


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門から延びるのはVia del Garboで、この道を進めばシエナに出ます。


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一旦、城壁内に戻り、城壁沿いの道を進みました。


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もう夕方ですが、夏至間近なのでまだ日が高く、日影が欲しいところです。


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門がありました。門の下は駐車場になってます。


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城壁の外に出ました。


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細い道はモンテ・オリヴェート・マッジョーレまで続きてます。


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12世紀に築かれた監視塔は、その後、何度も補修が繰り返されました。


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城壁外は、これ以上見どころが特にないので、元の道に戻ることにしました。


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グラーノ広場に向かいました。
(つづく)

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駅に到着しました。
アシャーノは、人口7,113人(2016年11月30日現在)のトスカーナ州シエナ県にあるコムーネです。


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駅名は、アシャーノ=モンテ・オリヴェート・マッジョーレとなってます。この駅がモンテ・オリヴェート・マッジョーレの最寄り駅であることには違いありませんが、10㎞ほど離れてます。
ポッジ・ボンジからバスで行くサン・ジミニャーノですが、ポッジ・ボンジ=サン・ジミニャーノ駅があるのと同じです。


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駅舎


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チェントロに向かいました。
今回のアシャーノはシエナからの日帰り遠足でした。


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この日も猛暑日で40度近くあったと思います。


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アシャーノに来た目的は、美術館に行くことでした。午後の開館は午後3時半からでしたが、それまでに少し時間があったので、サン・フランチェスコ教会に行くことにしました。


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サン・フランチェスコ教会です。


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多分、教会としての機能は停止したと思います。


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ファサードのルネッタ上にフレスコ画の痕跡がありました。


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中のフレスコ画を見たいですが、その夢は叶わないと思います。


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中にあった祭壇画の秀作は、これから行く美術館で見ることが出来ます。


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美術館に向かうことにしました。


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ローマ通りに戻りました。


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美術館に行くのは、これで3回目ですが、写真解禁になってからは初めてです。アシャーノ市立美術館はシエナ派絵画の傑作、秀作が多いので、それらの写真を撮るのが目的です。


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塔が2本見えてます。


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近くに見える塔は、Casa del Fascioのもので、その後ろに見える塔は、サンタガタ参事会聖堂(アシャーノ・ドゥオーモ)の鐘楼です。


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1937年に建設されたCasa del Fascioは、その名の通り、この地域におけるイタリア・ファシスト党の本部でした。現在は警察署になってます。


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サンタガタ聖堂は城壁の一部になってます。


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チェントロに入りました。


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サンタガタ聖堂の扉が閉まっています。2015年頃から扉が閉まっていますが、日中の時間は扉を押せば開くようになりました。つまり、日中は施錠されていません。自由に拝観できます。
この扉を見て、諦めて立ち去る観光客がかなり多いと思います。


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聖堂の拝観を後回しにして、美術館に向かいました。


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Fonte della Pianellaは日照り続きのためか、水が止められていました。


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アシャーノのチェントロを貫くジャコモ・マッテオッティ通りです。


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サンタ・クローチェ祈祷所に行きたいところですが、道草は禁物。ぐっと堪えました。


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写真右は市庁舎です。


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ここで地図を頂戴しました。


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写真右の教会はサン・ベルナルディーノ教会です。


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一度も拝観したことがありません。


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1324年創建のマルタ騎士団所有の教会でしたが、現在は考古学博物館となったとのことですが、開館に至っていないようです。


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日陰を選んで歩きました。


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Torre della Mencia


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塔の下に来ました。


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そろそろ美術館の開館時間の3時半になります。


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坂を少し下れば美術館があります。


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水色っぽい建物は旧サンタゴスティーノ修道院です。


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サンタゴスティーノ教会は閉まっていました。


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帰りに拝観する予定でした。


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美術館が置かれているPalazzo Corboliです。


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観光案内所もこの建物内にあります。


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(つづく)

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