イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:教会巡り > オルヴィエート大聖堂

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ルーカ・ディ・ジョヴァンニの「聖水盤(1390)


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現在は使用されていません。


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洗礼盤


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ルーカ・ディ・ジョヴァンニが洗礼者ジョヴァンニ像の制作を開始したのが1390年で、その数年後に像は完成したのですが、洗礼盤は未完成のまま放置されていました。1406年、ピエトロ・ディ・ジョヴァンニとサーノ・ディ・マッテオによって制作が再開され、1407年に漸く完成した洗礼盤です。


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ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの「聖母子」(1425)
このフレスコ画を目にすると、あの修復は正しいかったのだろうか、と思います。


madonna
修復前のフレスコ画はこのような状態でした。
修復師ジュリオ・タルディーニの研究と修復によって、今の状態になったのですが、修復後のフレスコ画を初めて見た時、余りもの違いに本当に驚きました。
隣にあった聖人は取り除かれ、聖母子の位置が左から右に移動しています。聖人は後に描き加えられたので、除かれたそうです。
聖人が描かれたのが16世紀だそうです。聖母子プラス聖人の状態で修復すると言うのも一つの方法でしょう。


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ピエトロ・プッチョのフレスコ画(1357‐1364)


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マギの礼拝?


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アントニオ・フェデリーギ(シエナ、1420c‐1490)の「ご訪問」(1451‐56)


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左翼廊の位置にある、1350年から1356年に建てられたCappella dei Corporale です。通常、ミサはこの礼拝堂で行われます。


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全ての壁面がフレスコ画で覆われてます。


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ウゴリーノ・ディ・ピエトロ・イラーリオ、ジョヴァンニ・ディ・メーオ、ジョヴァンニ・プッチョ・レオナルデッリの3人の画家によって、1357‐1364年に制作されました。


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リッポ・メンミの「慈悲の聖母」(1324)


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聖水盤


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制作者不明のフレスコ画


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15世紀のオルヴィエートの無名画家の「ピエタのキリスト」


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アントニオ・フェデリーギの「マギの礼拝」


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もう一つの聖水盤


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洗礼盤


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外に出ました。


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ここは必見です。
(おわり)




P2150028拝観は有料です。


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三廊式、ゴシック様式の内部です。


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左側廊


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創建以来、大規模な改造や改修が行われていません。そのため、創建時の姿を現在もほぼ留めていると言われてます。


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通常ミサは左翼廊の礼拝堂で行われているようです。


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右側廊


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大聖堂の模型が内陣に置かれてます。


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1320年代に作られた天井は、1886年から1891年に、原形を忠実に再現して再建されたそうです。


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白と暗緑色の縞模様は大理石ではありません。


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19世紀後半に塗料で縞模様に塗られました。


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バラ窓の内側


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イッポリート・スカルツァ(オルヴィエート、1532‐1617)の「ピエタ」(1579)


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主祭壇


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逆光でステンドグラスが写りません。
ジョヴァンニ・ディ・ボニーノの「ステンドグラス」(1328‐34)


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後陣の中央礼拝堂にフレスコ画があります。


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後陣への立ち入りが禁止されています。


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ウゴリーノ・ディ・プレーテ・イラーリオと、その協力者であるピエトロ・プッチーノなどによって、1370年に制作されました。テーマは「聖母の物語」となってます。
しかし、「受胎告知」と「ご訪問」の2場面は、15世紀末にアントニオ・デル・マッサーロによって描き直されたものです。


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次は、この大聖堂の最大の見どころであるサン・ブリツィオ礼拝堂です。


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以前は写真不可でしたが、今はOK(但しノーフラッシュ)となってます。


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礼拝堂の壁に描かれたフレスコ画が見どころです。


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壁という壁が装飾されてます。


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礼拝堂の祭壇


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この祭壇画の詳細が分かりません。


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聖堂側は分かっていると思いますが、私が調べた限りでは分かりません。


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サン・ブリツィオ礼拝堂のフレスコ画制作は、ベアート・アンジェリコと、ベノッツォ・ゴッツォーリなどの弟子によって、1447年からヴォールトの装飾から開始されました。
ベアート・アンジェリコと弟子の「審判者キリスト」です。


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ベアート・アンジェリコと弟子の「予言者たち」
ところが、ベアート・アンジェリコは、制作開始から間もない1447年に、教皇ニコラス5世からニッコリーネ礼拝堂の装飾を命じられ、ローマに立ち去りました。
礼拝堂装飾は、それから40年余の未完のまま放置されていましたが、1489年、ペルジーノに制作が依頼されました。しかし、ペルジーノは仕事に取り掛かりませんでした。
1499年、今度はルーカ・シニョレッリに仕事が依頼され、同年4月4日にフレスコ画制作が再開されたのです。ベアート・アンジェリコが制作した二場面の補筆から始められました。


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ここからルーカ・シニョレッリの作品になります。


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アンティクリストの説教


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黙示録


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肉体の復活
ミケランジェロがヴァチカン・システィーナ礼拝堂の最後の審判の制作を前に、この礼拝堂に描かれたルーカ・シニョレッリの人体表現を参考したと言われてます。


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地獄行きを宣告された人々


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天国行きを選ばれた人々


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天国、地獄に行った人々


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壁の周囲に詩人、文学者、哲学者が描かれてます。


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ダンテ


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この作品がルーカ・シニョレッリのドゥオーモにおける最後の仕事となりました。


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「ピエタ」(1503)


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何度来ても良い礼拝堂です。


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(つづく)

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オルヴィエート大聖堂です。
オルヴィエート・トーディ司教区の司教座教会で、正式名称はCattedrale di Santa Maria Assunta です。
1889年、教皇レオーネ3世によってBasilica Minoreに格付けされました。


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1290年、「ボルセーナの奇跡」の聖遺物を奉るために、教皇ニッコロ4世の指示によって創建されました。
最初、恐らくアルノルフォ・ディ・カンビオによってロマネスク様式の建物が設計されたと考えられてます。


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13世紀末、フラ・べヴィ—ニャ・ダ・ペルージャの主導によって、当時の有能な建築家ジョヴァンニ・ダ・ウグッチョーネが起用され、ジョヴァンニによってゴシック様式に設計が変更されました。
アルノルフォ・ディ・カンビオの設計が採用されなかった理由は不明のようです。


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創建から約300年後の1591年に、建築家イッポリート・スカルツァによって漸く完成したゴシック様式の建物です。


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技術の粋を集めたファサードです。


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ドゥオーモの建設に携わった建築家、美術家は数十人に上り、当時の一流だった人ばかりでした。


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左側の身廊、後陣


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左側


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ファサードが大きな見どころです。


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左側の身廊


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ファサードの建設は13世紀末に開始され、何世紀にもわたって、20人以上の芸術家が参加しました。最後は、1571年から1591年に建築を監督したイッポリート・スカルツァによって、1591年に完成しました。
20人以上の芸術家のうち、最も貢献したのは、ロレンツォ・マイターニです。その他に、ニーノ・ピサーノ(1347‐1348年に参加)、アンドレア・ピサーノ(1349年)、オルカーニャ(1354‐1380年参加)、ペトルッチョ・ディ・ベネデット・ダ・オルヴィエート(1372‐1388年参加)、アントニオ・フェデリーギ(1451‐1456年参加)、ミケーレ・サンミケーリ(ヴェローナ、1484‐1559)(1513年参加)、アントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ジョーヴァネ(フィレンツェ、1484‐テルに、1546)(1546年参加)などがいました。


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ロレンツォ・マイターニの彫刻


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禁断の木の実を食べるアダムとイヴ


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楽園追放


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付け柱の彫刻もマイターニの作品です。


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青銅の扉は、現代彫刻家エミリオ・グレコの作品(1965‐1970)です。
オリジナルの青銅扉は腐食のため現存してません。


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柱の装飾


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エジプトへの逃避


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マギの礼拝


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ご訪問


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受胎告知


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現在、ファサードに置かれている聖母子は複製品です。


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こちらが本物です。  
Maestro Sottile とウンブリア・シエナの無名彫刻家の作品です。ロレンツォ・マイターニ作説もあります。
隣のドゥオーモ付属美術館にあります。


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ブロンズの「予言者たちの像」
マイターニ作説が有力とされてます。


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精巧な造りのバラ窓


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バラ窓はオルカーニャの作品です。


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黄金色のモザイクが見事です。


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モザイクの制作は、1321年に開始され、16世紀に完成しました。
17世紀に落雷による被害を受け、17‐18世紀に修復されましたが、現在、見ることが出来るモザイクは修復後のものです。
中央先端の聖母戴冠とその下にある「聖母誕生」は、19世紀末に落雷の被害を受けたので、1891年に制作された新しいものです。


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聖母戴冠(1891)


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聖母誕生(1891)


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まばゆい黄金色のモザイクが最も映えるのは、夕陽に当たったときです。


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写真では、キラキラ感が出ませんね。


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晴れた日の夕方に是非見て頂きたいファサードです。


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陽が落ちました。


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後編は聖堂内部です。


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(つづく)

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