イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:美術館 > フィレンツェ、捨て子養育院美術館

P2580430
マリオット・アルベルティネッリのサークル画家の「聖母子と天使」(15世紀末‐16世紀初頭)


P2580431
マリオットの工房にいた画家が描いたと思いますが、上出来ですね。親方(マリオット)よりも上手?


P2580434
ベネデット・ブリオーニ(フィレンツェ、1461c‐1521)の「聖母戴冠と聖ドメニコと聖フランチェスコ」(1520)


P2580437
イタリア中部の無名画家作「ラッファエッロ作『聖家族』のコピー画」(16世紀)


P2580440
ヤコピーノ・デル・コンテ(フィレンツェ、15010‐1513‐ローマ、1593)の「幼児の聖母」(1530‐35c)


P2580443
ピエル・フランチェスコ・ディ・ヤコポ・フォスキ(フィレンツェ、1502‐1567)の「聖母子と2天使」(1530c)


P2580446
ポッピ(ポッピ、1544c‐フィレンツェ、1597)またはヴィンチェンツォ・ウリヴィエーリ(フィレンツェ、1565c‐1600c)の「救世主」(1530c)


P2580449
フィレンツェの画家作「アンドレア・デル・サルト作『聖セバスティアーノ』のコピー画」(16世紀後半)


P2580452
ポッピの「玉座の聖母子と天使たち」(1565‐66)


P2580454
ジョヴァン・バッティスタ・ナルディーニ(フィレンツェ、1535‐1591)の「十字架降下と聖人たち」(1566c)


P2580458
フィレンツェの画家作「磔刑と聖母と福音書記者聖ジョヴァンニと祈る幼児たち」(16世紀末‐17世紀初頭)


P2580460
アンドレア・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1435‐1525)の「包帯のプット」(1487)


P2580463
入館者が少なかった。


P2580464
ポッピまたはヴィンチェンツォ・ウリヴィエーリの「磔刑と聖人たち(マリア・マッダレーナ、聖母、福音書記者聖ジョヴァンニ、聖フランチェスコ、バーリの聖二コラ)」(1580‐90)


P2580467
アンドレア・デッラ・ロッビアの「包帯の幼児」


P2580470
ヴィンチェンツォ・ウリヴィエーリの「死せるキリストへの哀悼」(1586)


P2580473
フィリッポ・ラティーニ(フィレンツェ、1604‐1660)の「受胎告知」(1659)


P2580475
ドメニコ・ギルランダイオ(フィレンツェ、144901494)、ダヴィド・ギルランダイオ(フィレンツェ、1451‐1523)、バルトロメオ・ディ・ジョヴァンニ(フィレンツェ、1488‐1501記録)の「マギの礼拝の祭壇画」(1488‐89)
ダヴィドはドメニコの弟で、ドメニコの助手を務めることが多かったようですが、ドメニコの死後、工房を引き継ぎました。バルトロメオはドメニコの弟子で、工房で修業しました。ドメニコの死後、サンドロ・ボッティチェッリの助手を務めるようになりました。
この祭壇画では、ドメニコとダヴィドがマギの礼拝を手懸け、プレデッラはバルトロメオによって描かれました。


P2580477
マギの礼拝


P2580478
プレデッラ:福音書記者聖ジョヴァンニの殉教


P2580480
受胎告知


P2580483
聖母の結婚


P2580485
十字架降下


P2580487
キリストの寺院への出現


P2580489
キリストの洗礼


P2580490
捨て子養育院教会を神に捧げる聖アントニーノ


P2580494
ピエロ・ディ・コジモ(フィレンツェ、1462‐1522)の「玉座の聖母子と聖人たち(聖ピエトロ、福音書記者聖ジョヴァンニ、ウンゲリアの聖エリザベッタ?、アレッサンドリアの聖カテリーナ)と天使たち」(1493)


P2580498
ネーリ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1418‐1492)の「聖母戴冠と聖人たち(聖ルチア、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖バルトロメオ、聖フィリッポ)」(1460‐61)


P2580500
次はタベルナコロが並んでいる部屋です。


P2580513
無原罪の御宿リのタベルナコロ(19世紀)


P2580518
聖母子のタベルナコロ(18世紀末‐19世紀初頭)


P2580515
この人を見よのタベルナコロ(18世紀末‐19世紀初頭)


P2580519
聖マリオのタベルナコロ(18世紀中頃)


P2580522
カルミネの聖母のタベルナコロ(18世紀末‐19世紀初め)


P2580524
バーリの聖二コラのタベルナコロ(18世紀中頃)


P2580525
プレセーペのタベルナコロ(18世紀末‐19世紀初め)


P2580528
プレセーペのタベルナコロ(19世紀)


P2580530
磔刑のタベルナコロ(18世紀末‐19世紀初め)


P2580531
サンタ・マリア・デリ・インノチェンティ教会にあった捨て子養育院の保母


P2580532


P2580536
次の部屋です。


P2580535
詳細不明


P2580537
捨て子養育院教会の聖具類が展示されてます。


P2580538


P2580539


P2580541
バッチョ・ディ・モンテルーポ(モンテルーポ、1469‐ルッカ、1537c)に帰属する「磔刑」(1490‐1500c)


P2580543
ピエトロ・トッリジャーノ作「救世主」の複製彫刻(15世紀末‐16世紀初め)


P2580544
詳細不明


P2580545
ベネデット・ダ・マイアーノ作「聖母子」の複製(15世紀末‐16世紀初め)


P2580547


P2580548


P2580553
19世紀末ごろの写真


P2580554
中庭に出ました。


P2580555
キオストロ回廊の壁に描かれたメディチ家の紋章


P2580556
充実した展示に一変していたのでよい意味での驚きでした。
(おわり)

P2580351
バッチョ・ダ・モンテルーポ(モンテルーポ、1469c‐フィレンツェ、1537c)に帰属する「捨て子養育院のエンブレム」(1515‐18)
布で巻かれた幼子がエンブレムになってます。


P2580352
フィレンツェの彫刻家作「捨て子養育院のエンブレム」(1557)


P2580353
トスカーナの彫刻家作「捨て子養育院のエンブレム」(16世紀末‐17世紀初め)


P2580354
フィレンツェの彫刻家作「捨て子養育院のエンブレム」(1842)


P2580362
資料室?


P2580363


P2580364


P2580366
養育院の歴史などを説明するコーナーです。


P2580367
色々と考えさせられる展示です。


P2580368
非常に充実したコーナーですが、詳しい紹介は省略させて頂きます。


P2580369
階段を上りました。


P2580370
柱廊で囲まれた中庭に出ました。


P2580371
ここもすっかり綺麗になりました。


P2580372
食堂もあります。食べませんでしたが、一般の人も利用が可能だったと思います。


P2580373
父親、母親が保育園から子供が出てくるのを待っていました。


P2580375
回廊に美術館の入り口があります。


P2580376
美術館は1階(日本の2階)にあります。


P2580377
シモーネ・ディ・フランチェスコ・タレンティ―(フィレンツェ、1357‐1383記録)の「福音書記者聖ジョヴァンニ」(1377)
福音書記者聖ジョヴァンニ(聖ヨハネ)は女性のような感じで彫られたり描かれたりしています。聖書の最後の晩餐のくだりを読むと、キリストと聖ジョヴァンニは同性愛の関係にあり、だからこそ女性ぽく制作されていると思います。ところが年老いた聖ジョヴァンニは髭を生やし男性ぽく制作されるのが普通です。この辺のところが実に興味深いのです。


P2580379
1階(日本の2階)の展示室に入りました。


P2580380
見易い展示になりました。


P2580382
ジョッティーノ(Giotto di Maestro Stefano )(1368‐1369記録)の「年老いた聖人」(1350‐55)
下の写真もジョッティーノの作品です。


P2580383
「若い聖人」(1350‐55)


P2580385
14世紀のフィレンツェの彫刻家作「磔刑像」(1340‐50c)


P2580388
チェンニ・ディ・フランチェスコ・ディ・セル・チェンニ(トスカーナ、1369‐1415c活動)の「授乳の聖母」(1395‐1400c)


P2580390
Maestro della Madonna Straus (アンブロージョ・ディ・バルデーゼ?)(フィレンツェ、14世紀末‐15世紀初め活動)の「聖母戴冠と大天使聖ミケーレと聖マリア・マッダレーナ」(1405c)


P2580395
ジョヴァンニ・ディ・ビオンド(フィレンツェ、1356‐1398記録)の「受胎告知と2聖人」(1372‐76)


P2580396
中央パネル


P2580397
バーリの聖二コラ


P2580398
聖アントニオ・アバーテ


P2580400
ジョヴァンニ・ディ・フランチェスコ・トスカーニ(フィレンツェ、1372‐1430)の「聖母子と2聖人」(1420c)


P2580401
磔刑、受胎告知


P2580402
聖母子


P2580403
聖ジローラモ


P2580404
アレッサンドリアの聖カテリーナ


P2580406
ベネデット・ダ・マイアーノ作「聖母子」のコピー彫刻(1470c)


P2580408
Maestro della Nativita di Castello (フィレンツェ、1445‐1474活動)の「アントニオ・ロッセッリーノ作『聖母子』の複製」(1462‐63c)


P2580410
名のある芸術家であっても傑作の複製作品を制作したようです。


P2580412
ルーカ・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1399/1400-1482)の「聖母子」(1445‐50c)


P2580416
サンドロ・ボッティチェッリ(フィレンツェ、1445‐1510)の「聖母子と天使」(1465c)


P2580418
アーニョロ・ディ・ポーロ(フィレンツェ、1470‐アレッツォ、1528)の「悔悛の聖マリア・マッダレーナ」(16世紀第1四半世紀)


P2580422
ドメニコ・ギルランダイオのサークル画家とMaestro dell'Epifania di Fiesole (フィレンツェ、15世紀第4四半世紀活動)の作品(15世紀第4四半世紀)です。
ドメニコ・ギルランダイオのサークル画家は、ドメニコ・ギルランダイオ工房のダヴィド・デル・ギルランダイオの可能性が高いとされてます。
この作品は、ドメニコ・ギルランダイオのサークル画家は「聖母子と2セラフィーノ(第1位の天使)」だけを描き、残りの「祈るキリスト」、「聖アンドレア」、「聖ディオニージ」はMaestro dell'Epifania di Fiesole によって描かれたそうです。


P2580424
祈るキリスト


P2580426
聖母子と2セラフィーノ
2天使なので、2セラフィーニと書くべき?


P2580427
聖アンドレア


P2580428
聖ディオニージ
(つづく)

P2580313
サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場は催し物の準備が進んでいました。


P2580311
広場に面して建っている捨て子養育院 Spedale degli Innocenti です。


P2580312
この建物はフィリッポ・ブルネッレスキの設計によって1417年から1436年に建設され、1445年にオープンした病院が前身です。


P1780542
病院と言っても”放棄された子供病院”という特殊病院であって、捨て子された子供の避難所、育児、教育、里親、苦労している母親と子供を受け入れる保育園のようなものでした。
また、この建物は現在も保育園として使用されてます。


P1780544
建物に鐘楼が見えてますが、建物の一部が教会となってます。教会は1451年に奉献されました。
この写真は2013年に撮ったものですが、新美術館を建設中との表示が出ています。この建設工事のため、美術館は2012年頃から休館となっていました。


117
美術館として古い歴史がありますが、19世紀に修復改造工事の費用捻出のために、300以上の芸術作品が売却されてしまいました。それらの多くは現在、世界中の美術館が展示されてます。


119
ロッジャの壁上部に青色のメダリオンが並んでます。


120
メダリオンはアンドレア・デッラ・ロッビアの作品です。


118
ロッジャの入口扉上のフレスコ画はジョヴァンニ・ディ・フランチェスコ・デイ・チェルヴェッリエーラ(アレッツォ、1412‐フィレンツェ、1458)の「父なる神と子供たち」(1452)です。


121
ロッジャ天井のフレスコ画は、ベルナルディーノ・ポッチェッティ(フィレンツェ、1548‐1612)の作品(1610‐12)です。


123
ガスパーレ・マルテッリーニの「キリストと幼児たち」(1843)


124
ベルナルディーノ・ポッチェッティの作品です。


1
所謂「赤ちゃんポスト」です。困窮などの理由によって已む無く育児を断念した母親が身分を明かさずに捨て子をした回転扉です。


P2580315
2017年、美術館が新装再オープンしたとの報に接したので、久し振りに来たのです。


P2580314
以前の美術館の入り口は保育園と同じ、ロッジャの中央扉でしたが、新美術館の入り口は建物に向かって右端にあります。


P2580316
入館してビックリしました。全く新しくなりました。


P2580317
最初は捨て子養育院の歴史を記したコーナーです。


P2580318
養育院の設立、運営に寄与した人々やパトロンなどの彫像や肖像画が並んでます。


P2580319
フィレンツェの無名彫刻家作「チョーネ・ディ・ラーポ・ポッリーニの彫像」(16世紀後半)
チョーネは1313年、サンタ・マリア・デッラ・スカラ病院の創設者です。死後200年以上経ってから制作された彫像です。


P2580321
フィレンツェの無名彫刻家作「聖アントニオ・ピエロッツィの彫像」(16世後半‐17世紀初頭)
聖アントニオはサン・マルコ修道院長、フィレンツェ大司教を務めましたが、病人や貧者の救済に尽力して捨て子養育院創設の基本的概念を築いたそうです。


P2580323
以前の美術館は薄暗く伝統的な雰囲気を漂わせていましたが、新装の美術館はそれとは全く違った印象を与えます。


P2580324
紋章


P2580325
上の紋章の説明板


P2580327
ジュゼッペ・ペッツオーリ(フィレンツェ、1784‐1855)の「捨て子養育院の創設を推進するレオナルド・ブレーニ」(1845‐46)


P2580328


P2580329


P2580330


P2580331
19世紀のフィレンツェの無名画家作「ヴィンチェンツォ・ボルギーニの肖像」


P2580333


P2580334
ジョヴァン・バッティスタ・ナルディーニ(フィレンツェ、1535‐1591)の「十字架降下とマッダレーナとニコデモ」(1566c)


P2580336
以前と比べると美術館色が薄まり、博物館的な展示が多くなった気がします。


P2580337
ジョヴァン・バッティスタ・セルメイ(フィエーゾレ、1572‐フィレンツェ、1637以降没)の「聖母」(1605‐06c)


P2580339
グイド・ヴェストーリ(フィレンツェ、1615‐1621記録)の「捨て子養育院の聖遺物箱」(1615)


P2580341
レオポルド・マルテッリーニ(フィレンツェ、1819‐1855)の「ロベルト・アンティノーリの肖像」(1844)
ロベルトは、1601年から1661年の長きに渡り捨て子養育園の運営に尽力したそうです。


P2580344
18世紀後半のフィレンツェの無名画家作「トスカーナ大公ピエトロ・レオポルド(ハプスブルグ・ロレーナ)の肖像」(1765‐90c)
ピエトロは捨て子養育園の運営を政治的に推進し、資金的援助を行ったそうです。


P2580346
ロレンツォ・バルトリーニ(サヴィニャーノ、1777‐フィレンツェ、1850)とクレメンテ・パーピ(フィレンツェ、1805‐1875)の「レオポルド2世ハプスブルグ・ロレーヌの胸像」(1846)
レオポルド2世は捨て子養育院のパトロンでした。


P2580349
コッラード・サッリ(フィレンツェ、1886‐1944)の「カルロ・ミケラニョーリの肖像」(1900)
(つづく)

↑このページのトップヘ