イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:教会巡り > フィレンツェ、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂

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次はCappella dell'Annunciazioneです。


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アンドレア・オルカーニャと弟子による「磔刑」(1340‐47)


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アンドレア・オルカーニャと弟子の「ご誕生」(1340‐47)


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ここに礼拝堂が4つあります。


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Cappella di Sant'Annaです。
ナルド・ディ・チョーネと弟子の「聖母の誕生」、「聖ドメニコ」


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ナルド・ディ・チョーネと弟子の「アクイーノの聖トッマーゾ」、「聖ジョアッキーノと聖アンナへの聖母誕生のお告げ」


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Cappella di Sant'Antonio Abateです。
フィレンツェの無名画家作「磔刑」(1337‐49)


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何が描かれているか判然としません。


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天井はかなり鮮明です。


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ナルド・ディ・チョーネの追随者の「聖ジュリアーノ」(14世紀後半)


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの「我に触れるな」(1498‐99)


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この壁にもフレスコ画があります。


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「ピエタのキリスト」


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誰の作品でしょうか?


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Cappella Ubriachi


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オルカーニャと彼の工房による聖人たちです。


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聖人たちは、以前、中央礼拝堂にあったそうです。


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詳細不明


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旧食堂です。現在は美術館の展示室になってます。



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食堂には最後の晩餐があることが多いようですが、ここにもあります。


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アレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」(1584)
この作品の制作者がフランチャビージョと言う説がありますが、フランチャビージョは1525年に没したので、この作品が描かれたとされる1584年にはこの世の人ではなかった訳ですが・・・・・
アレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」としては、フィレンツェのカルミネ教会旧食堂に描いたフレスコ画の方が有名です。


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ご参考までにアレッサンドロ・アローリの「最後の晩餐」のフレスコ画の写真を載せておきましょう。
サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂にはもう一つ「最後の晩餐」があった筈ですが、探したけれど見つかりませんでした。プラウティッラ・ネッリの作品です。彼女は確か修道女画家だったと思います。参考までに外部サイトから拝借した彼女の「最後の晩餐」の作品画像を載せておきます。


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その後の情報によれば、私が行った時、この「最後の晩餐」は修復作業中で非公開だったようです。


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パオロ・ウッチェロのフレスコ画


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この壁のフレスコ画は、アーニョ・ガッディ派画家によって「聖母子と4聖人」が先に描かれ、100年以上後になって、アレッサンドロ・アローリが「モーゼの物語」を描いたものです。


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先に描かれた聖母子と4聖人


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ベルナルド・ダッディの「玉座の聖母子と4聖人」(1344)


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玉座の聖母子


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聖ピエトロ、福音書記者聖ジョヴァンニ


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洗礼者聖ジョヴァンニ、聖マッテオ


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パオロ・ウッチェロの剥離フレスコ


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詳細不明


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詳細不明


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緑のキオストロ回廊に戻りました。


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パオロ・ウッチェロのフレスコ画をゆっくりと鑑賞しました。


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一旦壁から剥ぎ取って、後からこの場所に置いた剥離フレスコでしょう。


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作品が他にも沢山ありますが、長くなるので、この辺で終わることにします。


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見応えがあると言うよりも見所が多過ぎです。


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外に出ました。


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この聖堂にあった傑作が美術館に移されてます。


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閉館時間を過ぎました。


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(おわり)

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次は右側廊第3祭壇です。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニの「寺院へのキリストの出現」(1577)


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画面が光るので、少し別角度から撮りました。


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ステファノ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1310c‐1340c記録)の「アクイーノの聖トッマーゾ」


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オルカーニャの「寺院からの聖ジョアッキーノの追放」(上)、「黄金扉の邂逅」(1345)


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ナルド・ディ・チョーネの「ベアート・マウーロ」(1355‐60)


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次は右側廊第2祭壇です。


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ジョヴァン・バッティスタ・ナルディーニの「ご誕生」(1573)


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ヴィンチェンツォ・ダンティの「ベアート・ジョヴァンニ・ダ・サレルノの墓碑」(1571)


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ベルナルド・ロッセッリーノの「ベアータ・ヴィラ―ナ・デッレ・ボッティ―の墓碑」(1451)


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次は右側廊第1祭壇です。


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ステファノ・リッチの「イッポリート・ヴェントゥーリの墓碑」(1817)


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ステファノ・リッチの「マリア・アンナ・テスタルド・ヴェントゥーリの墓碑」(1817)


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ジローラモ・マッキエッティの「聖ロレンツォの殉教」(1573)


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聖水盤(1302)


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見たいものは以上で大体見たようです。


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説明プレートが完備しています。


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聖堂内からキオストロに出ました。


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キオストロが3つありますが、行ったのは「緑のキオストロ」です。


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キオストロ回廊のフレスコ画が見逃せません。


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フレスコ画の紹介をやっていると何時まで経っても終わらないので、二場面だけ紹介することにします。


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14世紀の無名画家作「ドメニコ会の樹」


6
パオロ・ウッチェロの「天国からの追放」(1430‐40c)


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次は礼拝堂です。


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Cappelleone degli Spagnoli


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アンドレア・ディ・ボナイウートの「磔刑」(1365‐67)
ここの壁のフレスコ画はアンドレア・ディ・ボナイウートによって1365年から1567年に制作されました。


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「キリストの復活」


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「教会の戦いと勝利」


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「アクイーノの聖トッマーゾの勝利」


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「聖霊降臨」


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(つづく)

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右翼廊第1礼拝堂、別名フィリッポ・ストロッツィ礼拝堂です。


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フレスコ画の修復中でした。


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修復後に撮った写真があるので、それらを載せましょう。


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祭壇の後にあるのは、ベネデット・ダ・マイアーノの「フィリッポ・ストロッツィの墓標」です。


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見所はフレスコ画ですが、礼拝堂の前にロープが張られていて、中に入ることが出来ないのでよく見えません。


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フィリッピーノ・リッピによって1489年から1502年にかけて制作されたフレスコ画です。


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次は右翼廊第2礼拝堂、バルディ家礼拝堂です。


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ピエル・フランチェスコ・シルヴァーニの「祭壇」(1669)


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天井


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ピエル・ダンディーニの「天上の聖ドメニコ」(1708)


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ジョルジョ・ヴァザーリの「ロザリオの聖母」(1569)


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壁のフレスコ画は、プセウド・ダルマシオの「聖グレゴリオ・マーニョの生涯」です。


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聖グレゴリオ・マーニョについて殆ど知りません。


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生涯における何が描かれているか分からないので、単に見ているだけです。


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ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの「聖グレゴリオ・マーニョ」(1285c)


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右翼廊第3礼拝堂、別名ルチェッライ家礼拝堂です。


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この日は中に入ることが出来ませんでした。


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Maestro della Santa Ceciliaのフレスコ画(1310c)


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右は「嬰児虐殺」


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天井


1
ニーノ・ピサーノの「聖母子」


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礼拝堂の中に入れた時に撮った写真です。
ジュリアーノ・ブジャルディーニの「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」(1530‐40c)


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Maestro della Santa Ceciliaの「嬰児虐殺」(1310c)


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次は右翼廊の壁にある作品です。


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20世紀前半のイタリアの工芸家作「プレセピオ」


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フィレンツェの無名画家作「ジュゼッペ・コスタンティノーポリ」(1440c)


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ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの弟子による「聖母子と2聖人」(1285c)


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こちらの写真の方が少しは鮮明?


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13世紀後半のフィレンツェの無名彫刻家作「アルドブランディ―ノ・カヴァルカンティの墓」(1280‐90)


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14世紀のフィレンツェの無名彫刻家作「テディーチェ・アリオッティの墓」(1336‐50c)


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次は右側廊の祭壇に移ります。


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右側廊第6祭壇です。


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チェーザレ・ゾッキの「アゴスティーノ・バウーザの胸像」(1904)


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ロモーロ・ディ・タッデオ・ダ・フィエーゾレの「ジョヴァンニ・バッティスタ・リカソーリの墓碑」(1592‐95)


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ドイツの彫刻家作「磔刑像」(1320‐40)


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ヤコポ・リゴッツィの「子供を蘇生させる聖ライモンド」(1630‐23)


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右側廊第5祭壇です。


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19世紀前半のフィレンツェの彫刻家作「コジモ・ロッシ・メイオッキの墓碑」(1820‐25)


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ヤコポ・コッピ通称イル・メーリオの「聖ヴィンチェンツォ・フェッレールの説教」(1573‐74)


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19世紀のフィレンツェの彫刻家作「ジュゼッペ・デル・ロッソの墓碑」(1820‐25)


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20世紀のイタリアの彫刻家作「ロザリオの聖母」(1938)


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右側廊第4祭壇です。


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シルヴィオ・コルシーニの「トッマーゾ・ミネルベッティの墓碑」(1530)


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16世紀のフィレンツェの彫刻家作「ルッジェーロ・ミネルベッティの墓」(16世紀前半)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニの「十字架降下」(1572)
(つづく)

P1790075鐘楼の礼拝堂のフレスコ「聖クリストフォロ」です。


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14世紀のフィレンツェの無名画家によって描かれましたが、それ以上の詳しいことが不明です。


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左側廊の最奥左壁に鐘楼の礼拝堂があります。


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写真を撮るのを忘れてしまいましたが、このフレスコ画の横に鐘楼に通じる螺旋階段があります。


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左翼廊第3礼拝堂、マントヴァのストロッツィ家礼拝堂です。
15世紀、ストロッツィ一族傍系がマントヴァに追放されましたが、追放されたストロッツィ家傍系個人礼拝堂なので、マントヴァのストロッツィ家礼拝堂と呼ばれてます。


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アンドレア・マンテーニャの「救世主と聖人たち」(1354‐57)


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救世主キリスト


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聖ミケーレ、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖母、アクイーノの聖トッマーゾ


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聖ピエトロ、洗礼者聖ジョヴァンニ、聖人(不明)、聖パオロ


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プレデッラ


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マントヴァのストロッツィ家礼拝堂のフレスコ画は、主にナルド・ディ・チョーネによって1360年に制作されました。ナルドの助手としてニッコロ・ディ・トッマーゾが制作に参加したと伝えられてます。


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地獄


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天国


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礼拝堂の前にロープが張られて礼拝堂内に立ち入ることが出来ません。


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天井のフレスコ画はジョヴァンニ・デル・ビオンドによって制作されました。


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14世紀後半のフィレンツェ派無名画家のフレスコ画


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次は左翼廊第2礼拝堂、ガッディ家礼拝堂です。


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礼拝堂前にロープが張れて礼拝堂内に立ち入ることが出来ません


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天井のフレスコ画は、アレッサンドロ・アローリの「聖ジローラモの物語」(1577)


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ブロンズィーノの「アルチシナゴーゴの娘を復活させるキリスト」(1570‐72)


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次は左翼廊第1礼拝堂、ゴンディの礼拝堂です。


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ヴォルタのフレスコ画「福音書記者たち」(1270‐80)


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この礼拝堂の見所は磔刑像です。


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フィリッポ・ブルネッレスキの「磔刑像」(1410‐15)


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中央礼拝堂、カペラ・マッジョーレです。別名であるトルナブオーニ礼拝堂の方が通りが良いようです。


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見事な祭壇ですが、エンリコ・ロモーリのデザインによってエジスト・ロッシが1858年から1861年にかけて制作した比較的新しいものです。


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ドメニコ・ギルランダイオと工房によるフレスコ画(1858‐61)が秀逸です。フレスコ画のテーマは「聖母の物語」と「洗礼者聖ジョヴァンニの物語」です。


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磔刑像はジャンボローニャ作品説があるものの、特定には至っていないようです。


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一見の価値があるステンドグラス


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私にとって、聖堂に来る目的はトルナブオーニ礼拝堂に描かれた美女を見るためです。


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「ご訪問」
トルナブオーニ家の女性たちが描き込まれてます。


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ジョヴァンナ・トルナブオーニです。
彼女がルネサンス期における最高の美女でしょう。(個人的な意見です←宣伝でよく見かけます)


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彼女の肖像画が別にあります。


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ドメニコ・ギルランダイオの「ジョヴァンナ・トルナブオーニの肖像」(1488)
マドリッドの国立ティッセン・ボルネミッサ美術館にあります。
外部サイトから拝借した作品画像


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ザッカリアでの天使の知らせ


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名前の賦課


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キリストの洗礼


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ヘロデの饗宴


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洗礼者聖ジョヴァンニの説教


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洗礼者聖ジョヴァンニの誕生


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アクイーノの聖トッマーゾの殉教


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私にはこの場面が分かりません。


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寄進者フランチェスカ・ピッティ


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寄進者ジョヴァンニ・トルナブオーニ


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聖母の誕生


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寺院からのジョアッキーノの追放


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この場面の右端に注目です。


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こちらを見ている男がドメニコ・ギルランダイオの肖像と言われてます。


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聖母の寺院への出現


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聖母の結婚


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嬰児虐殺


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マギの礼拝


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聖母の死と聖母被昇天


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受胎告知


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聖ドメニコ


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聖母戴冠
(つづく)

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ファサードの裏壁にある作品の続きから始めます。


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ピエトロ・ディ・ミニアートの「受胎告知」(1366‐1450)
完成まで84年もかかって少し変に思ったので、調べたら本当でした。


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17世紀のフィレンツェの彫刻家作「ベルナルド・ヴェッキエッティの墓石」(1655c)


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19世紀後半のフィレンツェの彫刻家作「ピエトロ・クレリーの墓石」(1870c)


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フィレンツェの墓製造職人作「ミケランジェロ・ジャンネッティ・ディ・バルガの墓石」(18世紀末)
次は左側廊の礼拝堂を見ていきます。


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左側廊第1礼拝堂にあるサンティ・ディ・ティートの「ラザロの蘇生」(1576)


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ジュゼッペ・スぺドーロの「フランチェスコ・フォンターニの墓」(1821)


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アンドレア・フェルッチ、シルヴィオ・コシーニ、マーゾ・ボスコーリの「アントニオ・スロッツィの墓」(1524)


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左側廊第2礼拝堂にある、ネーリ・ディ・ビッチの「受胎告知」(1455)


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アレッサンドロ・アローリの作品は修復中でした。
最近撮った修復後の写真を載せましょう。


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アレッサンドロ・アローリの「井戸のサマリア女」(1575)


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左側廊第3礼拝堂です。


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マザッチョの「三位一体」(1424‐25)


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マザッチョのフレスコ画下部


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説教壇


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説教壇の彫刻はアンドレア・カヴァルカンティ通称イル・ブッジャーノの作品です。


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「ご誕生」


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「寺院への出現」


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「聖母被昇天」


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非常に見どころが多い聖堂です。


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混乱してしまうので、順番通りに紹介しないといけないと思います。


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左側廊の礼拝堂に戻ります。


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左側廊の第4礼拝堂、別名サンティ・コズマ・エ・ダミアーノの礼拝堂です。


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ジョルジョ・ヴァザーリの「キリストの復活」(1568)


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ダヴィド・デル・ギルランダイオと弟子による「聖ルチアと寄進者」(1494)


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左側廊の第5礼拝堂です。
ドメニコ・アティッチャーティの「シエナの聖カテリーナのタベルナコロ」


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左側廊の第6礼拝堂にある、アレッサンドロ・アローリの「聖ジャチントの幻視」(1596)


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フィレンツェの彫刻家作「アンナ・パンドルフィーニの墓」(1802)


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次は左翼廊です。


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フィレンツェ派画家作「聖母戴冠と聖人たち」(1335‐40c)


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フィレンツェ派画家作の「大時計」(18世紀)


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布に覆われているアレッシオ・ストロッツィの墓


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手すりの下に墓とフレスコ画があります。


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アーニョロ・ガッディの「ピエタと聖人たち」(1375‐95)


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ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・デル・ティッチャの聖水盤(1443‐48)


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写真右端の入り口から聖具室に入りました。


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聖具室です。ここにブックショップがあります。


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ヤコポ・ヴィニャーリの「聖フランチェスコと聖ドメニコ」(1621‐22)


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マーゾ・ディ・バルトロメオの「磔刑」(1425‐50c)


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ヤコポ・ヴィニャーリの「聖ボナヴェントゥーラとアクイーノの聖トッマーゾ」


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの彩釉テラコッタ(1499)


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ピエル・ダンディーニの「男を蘇生させる聖ヴィンチェンツォ・フェッレール」(1700‐10c)


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ジョルジョ・ヴァザーリの「磔刑」(1567)


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グエッリーノ・ヴェネツィアーニのキャビネット(1734)


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ジョヴァンニ・ストラダーノの「キリストの洗礼」(1572)


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セバスティアーノ・ディ・ジョヴァンニ・ディ・ピエロ・ヴィーニの「聖パオロの変容」(1575)


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ジョヴァン・バッティスタ・ペリーニの「受胎告知の祭壇画」(1693)


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(つづく)

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フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅です。開設当時の駅舎は現在よりも聖堂近くにあり、元々その場所はサンタ・マリア・ノヴェッラ修道院の一部だったことが駅名の由来となっているそうです。


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駅広場を挟んで向かいにあるのがサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂です。


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拝観するにはファサード右のCimiteroに行かねばなりません。


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Via degli Avelli


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数あるフィレンツェの教会の中で、この聖堂は必訪と思います。


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壁龕に彫刻とフレスコ画があったと思いますが、その痕跡すらも残っていないようです。


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壁龕の下に紋章があります。


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サンタ・マリア・ノヴェッラ広場


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広場に面して建つサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂です。


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1049年に創建され、1094年に奉献されたサンタ・マリア・デッレ・ヴィーニェ教会がこの地にありましたが、その教会が前身です。創建当時、この地は城壁外のブドウ畑だったそうです。
1219年、ボローニャからフィレンツェに来た12人のドメニコ会修道士がいましたが、1221年にサンタ・マリア・デッレ・ヴィーニェ教会を本拠地にすることが許可されました。


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1242年、フィレンツェのドメニコ会が規模拡大のため建物の再建を決め、13世紀中頃から建設工事が始められ、14世紀半ばに完成しました。
建設途中の1279年に奉献式が執り行われましたが、正式な奉献は1420年となりました。


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14世紀半ばの建物の完成時、ファサードは工事未着工でしたが、15世紀にルチェッライ家によってレオン・バッティスタ・アルベルティにファサードの建築が依頼され、アルベルティの設計によって白色と緑色の大理石を組み合わせた美しいファサードが1470年に完成しました。


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ファサードに3つの扉がありますが、扉上ルネッタにフレスコ画があります。


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私にはルネッタのフレスコ画の詳細が分かりません。


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ファサードにも壁龕が設けられてます。


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壁龕の下に紋章があります。


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柱頭


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扉横の柱の彫刻


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一見庭に見えますが、Cimitero(墓地)です。ここに切符売り場があります。
2001年3月から拝観有料になりました。


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聖堂内部には墓地側から入ります。


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聖堂の構造図です。図の14が墓地です。


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三廊式、ゴシック様式の内部ですが、コジモ1世の命によりジョルジョ・ヴァザーリが1565年から1571年にかけて、内部の一部をルネサンス様式の改造しました。


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左右の側廊にそれぞれ6つの礼拝堂があります。


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全長99.2m、翼廊が最大61.54mあります。


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フィレンツェ式ゴシック様式とも言える独自性を感じさせる内部です。


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柱がアーチとクロス・ヴォールトを支えてます。


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中央礼拝堂の左右にそれぞれ3つの礼拝堂があります。


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ジョット・ディ・ボンドーネの「彩色磔刑像」(1290c)


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ジョットの「磔刑像」は、完成から1421年まで、現在の場所である身廊の最奥、高さ54mに置かれていましたが、1421年に取り外されてしまいました。2001年に元の場所に戻されたのです。


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身廊中央から見た中央礼拝堂


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左側廊方向


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右側廊方向


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ファサード方向


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説教壇


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ファサードのバラ窓裏にあるステンドグラスは、アンドレア・ディ・ボナイウーティの「聖母戴冠と天使たち」(1365‐67)


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ファサード裏扉上ルネッタ上のフレスコ画は、サンドロ・ボッティチェッリの「幼きキリストを崇拝する聖母」(1476‐78c)


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サンティ・ディ・ティートの「受胎告知」(1603)
(つづく)

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