イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:ヴェネト州 > チッタデッラ

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城壁を見ながら西の方に向かいました。


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先ほど、潜って城壁外に出たバッサーノ門です。


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ほぼ円形の城砦の円周が1461mですから、あちこち見ながら歩いても30分もあれば十分一周することが出来ます。


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堀前のRiva Pasubio


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ここだけ城壁がありません。城壁内に入る4つの門が狭いので、大きなものの出し入れが不便でした。その解消のため、城壁の一部が破壊されたそうです。しかし、現在は使用されていないようです。


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西の出入り口ヴィチェンツァ門の橋が見えてきました。


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全部で大小32の砦が城壁に設けられてます。


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西に設けられたヴィチェンツァ門です。


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城壁外をさらに進めば、この先にパドヴァ門があります。


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パドヴァ門は帰るときに必ず通るので、このまま城壁外を進んでは詰まらない。ヴィチェンツァ門から再び城壁内に入ることにしました。


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門を潜ります。


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門越しにドゥオーモが見えます。


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城壁内から見たヴィチェンツァ門です。


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門の壁龕に磔刑のフレスコ画があります。


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ヴィチェンツァ門付近の城壁は最も高くなっていて、16mあるそうです。


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Palazzo Mantegnaです。


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この建物は市庁舎になってます。


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Via Indipendenza


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4つの門に通じる二本の道路が交差する、この付近は城塞の中心です。見えているのはパドヴァ門です。


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丸く刈り込まれた木はなんという木でしょうか?


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ドゥオーモを通り過ぎます。


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窓が木で塞がれてます。


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Via Nico d'Alvise


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Str. La Wiel Isidoro


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この建物窓も木で塞がれてます。


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Via Marconiを少し進めば、直ぐにトレヴィーゾ門に出ます。


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城壁の東端にあるトレヴィーゾ門です。


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フレスコの痕跡が残ってます。


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トレヴィーゾ門付近の城壁は多少低くなっているそうですが、そのようにはとても見えません。


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トレヴィーゾ門の前で振り返って、通ってきたVia Marconiを見ました。通りの先にヴィチェンツァ門が見えました。


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門を潜って城壁外に出ます。


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城壁外から見たトレヴィーゾ門です。


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これで4つの門をすべて見たことになります。


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城壁と城門巡りは楽しいです。


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この道を進めば、トレヴィーゾに出ます。


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城壁外の道を南の方に向かいました。


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直ぐにパドヴァ門が見えてきました。


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これで振出しのパドヴァ門に戻ったことになります。


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(おわり)

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次はドゥオーモです。


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城壁内も柱廊が整備されてます。


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安い衣料はイタリアでも中国産が主流のようです。イタリア産の衣料は消費者に好まれたりするようで、プラートなどでは安い労賃の中国人や韓国人を雇用しての衣料生産が盛んになっているようです。


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直径が約470mなので、徒歩5,6分で北の門に着いてしまいます。


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チッタデッラのドゥオーモ、サンティ・プロスドチモ・エ・ドナート教区教会です。


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13世紀後半に建設されましたが、16‐17世紀になると人口が増えて市域が城壁外に拡大され、建物が手狭になったので、17世紀末に初代の建物が取り壊され、その上に再建されたのが今の建物です。


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ファサードは長らく未完成でしたが、漸く1913年に完成しました。そのため、かなり新しく見えます。


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ファサード前に小さな公園があります。


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身廊外壁


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鐘楼と後陣


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鐘楼だけは初代の建物のものです。しかし、かなり大規模な修復が行われた結果、実際に初代建物の部分は非常に限られているそうです。


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単廊式、新古典様式の内部です。


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左側壁


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右側壁


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セバスティアーノ・サンティ(ムラーノ、1789‐ヴェネツィア、1886)の「天上の聖母子と聖ピエトロと聖パオロ」


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詳細不明


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主祭壇


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主祭壇画は、ヤコポ・バッサーノの「天上の聖母と聖プロスドチーモと聖ドナート」です。


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ヤコポ・アポロニオ(バッサーノ、1584‐1654)の「三位一体と聖母子と聖人たち」


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ミケーレ・ファノーリ(チッタデッラ、1807‐ミラノ、1876)の作品です。
ミケーレはミラノのブレラ美術学校の教授でした。


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ラッタンツィオ・クエレーナ(クルソーネ、1768‐ヴェネツィア、1853)の「天上の聖母と聖人たち」


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次はドゥオーモ付属絵画館です。


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絵画館の入り口です。中は写真不可だったので写真がありません。


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外に出ました。


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次は北にあるバッサーノ門ですが、もう見えてます。


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北の城門、バッサーノ門です。


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門を潜る前に、一旦門の上に出ました。


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城壁を一周できる細い通路が設けられてます。そこから撮った写真です。


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観光案内所に向かいました。


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観光案内所があるCasa del Capitanoです。ここで地図を頂戴しました。


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門は二重になってます。


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門を潜りました。


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城壁外に出ました。


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城壁外から見たバッサーノ門です。


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城壁は堀で囲まれてます。


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城壁外の、城壁沿いの道を歩くことにしました。
(つづく)

チッタデッラは、人口20,133人(2017年6月30日現在)のヴェネト州パドヴァ県にあるコムーネです。
Cittadella_aerea
紀元前2世紀の古代ローマ時代の記録に、この地に街の存在が記されていたそうです。
チッタデッラは、1220年創建のほぼ円形の要塞があることで有名です。
中世の時代、チッタデッラは、パドヴァからアルプスに向かう街道とピアチェンツァからアクイレイアを結ぶVia Postumiaが交差する交通の要衝、またパドヴァ領の前線基地として栄えました。
当時、パドヴァは、トレヴィーゾと対抗していましたが、トレヴィーゾがパドヴァと対抗する前線基地だったカステルフランコとパドヴァの前線基地チッタデッラは互いに敵対する関係でした。そうして、カステルフランコとチッタデッラに互いに堅固な要塞を築かれ、対峙したのです。
しかし、パドヴァもトレヴィーゾも15世紀初頭にヴェネツィア領になってしまい、堅固な要塞はその必要性がなくなってしまいました。
(写真は外部サイトから拝借しました)


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チッタデッラ駅に到着しました。


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立派な駅舎ですが、駅員がいない無人駅です。切符は駅舎にあるタバッキで買うことが出来ますが、平日の昼間と日曜日は開店してません。また、駅の1番線に券売機が1台置かれてますが、故障中のことが多くて当てになりません。列車内で車掌から切符を買う人が多いように思います。(車掌は運転席にいます)


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駅前広場


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駅から旧市街の要塞に向かうViale della Stazioneです。


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少し歩けば、要塞内にある塔が見えてきます。


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Viale della StazioneとVia Borgo Padovaの交差点です。


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小さな町ですが柱廊が整備されてます。


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Via Borgo Padova


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晴れ、曇り、急な俄雨の日だったので、柱廊が有難い。


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柱廊を抜けると、城壁が眼前にありました。


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パドヴァ門です。


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パドヴァ門は城塞の南にあります。東西南北の四か所に門が設けられてます。


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パドヴァ門の横にあるのがマルタの塔で、、1251年の建設されました。マルタの塔は牢獄として建設され、拷問と残虐な囚人への扱いで、特に敵対するトレヴィ―ゾに恐れられていました。


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要塞は堀に囲まれてます。


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ほぼ円形の城砦は、直径が約450m、周囲1461m、高さ約30m、厚さ約2.1mあるそうです。


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パドヴァ門を潜ります。


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悪名高きマルタの塔


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パドヴァを潜ればガリバルディ通りに出ます。


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パドヴァ門を潜ってすぐ左にあるサンタ・マリア・デル・トッレジーノ教会です。教会の左側壁は城壁にくっつけて建てられており。城塞と一体化した構造になってます。


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要塞が建設される前、この地にサン・ニコロ教区教会がありましたが、城砦建設を機に取り壊され、その上に城塞と一体化して建設された、城塞都市チッタデッラ最古の教会です。サン・ニコロ教会時代、この付近はメジャニーガ村と言われていました。


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内部は18世紀に改造されました。
ナポレオンによってヴェネツィア共和国が解体されたことに伴い、この教会はその機能を停止しました。1968年、教会は修復され、宗教活動を再開しましたが、その後、財政難のため、1990年代初めにその機能を再び停止しました。1997年、教会だった建物は市当局の所有となり、現在は展示場、コンサート会場など様々な用途に使用されてます。


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祭壇画が残されてます。16世紀のパドヴァの逸名画家作の「ピエタ」 パルマ・イル・ジョーヴァネ作説もあるようです。


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制作者情報不詳の「聖母の教育」


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ニッコロ・ディ・パドヴァの「パオラの聖フランチェスコ」


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ニッコロ・ディ・パドヴァの作品


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逸名画家作「聖家族」(16世紀)


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この辺の展示は不明です。


203
幼稚園関係の展示?


204
外に出ました。
(つづく)

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