イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:美術館 > フェラーラ、スキファノイア宮殿

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6月です。
6月のフレスコ画は、従来、コズメ・トゥーラの作品とされてきましたが、近年ではコズメ作は否定され、コズメ・トゥーラの協力者だった逸名画家Maestro dagli occhi spalancati?に帰属するという説が有力とされてます。


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上段のメルクリウスの勝利


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中段の蟹座


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下段は、嘆願を聴くボルソ・デステ


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壁の端に描かれたフレスコ画は、バルダッサッレ・デステ(レッジョ・エミリア、1443‐フェラーラ、1504)の「騎兵」(1476‐86)


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7月です。
7月のフレスコ画は、コズメ・トゥーラの協力者だった逸名画家、恐らくMaestro della Maddalena Assuntaによって1468年から1470年に制作されたとされてます。


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上段のジュピターとキュベレーの勝利


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中段の獅子座


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下段は、大使から信任状を受け取るボルソ・デステ


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8月です。
8月のフレスコ画は、Maestro dell'Agosto、またはゲラルド・ダ・ヴィチェンツァによって1468年から1470年頃に制作されたという説が有力とされてます。


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上段のケーレスの勝利


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中段の乙女座


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下段は、狩猟に出るボルソ・デステ


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9月です。
9月のフレスコ画は、エルコーレ・デ・ロベルティ(フェラーラ、1451/1456-1496)?、またはMaestro della Libraによって1468年から1470年に制作されたとされてます。


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上段のウルカヌスの凱旋


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中段の天秤座


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下段は、収穫の場面とボルソ・デステのパレード


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10月から12月のフレスコ画は、全くと言ってよい程残されていないので、写真掲載を省略させて頂きます。


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次の部屋です。


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Sala delle Virtu


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スタッコ彫刻とテラコッタは、彫刻家ドメニコ・ディ・パリス通称ドメニコ・ディ・カヴァッロ(パドヴァ、1456-1503記録)と画家ブオンジョヴァンニ・ダ・ジェミニアーノ・ガブリエーリ(フェラーラ、1446-1476記録)によって、1467年に制作されたそうです。


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フレスコ画が一部残されてます。


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壁一面にフレスコ画が描かれていたかも知れません。


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以前は、他の部屋も公開されていたと思います。


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現在、公開されているのは、この部屋と隣の12か月の間の2部屋だけのようです。


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ジャコモ・ツィロッキの「ボルソ・デステ像」(1927)


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一旦、庭園に出ました。


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見所は特になさそうです。


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このようなものが展示されていましたが、説明プレートなしでした。


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フェラーラに来たならば、スキファノイア宮殿は必訪でしょう。
(おわり)

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フェラーラのVia Scadianaです。この通りにスキファノイア宮殿があります。


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スキファノイア宮殿は、Signore di Ferrara e di ModenaのAlberto V d'Este(アルベルト5世デステ)(フェラーラ、1347‐1393)によって1385年に別荘として建設され、15世紀中頃にボルソ・デステによって増築され、ほぼ現在の姿になりました。


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ボルソ・デステによる増築の切っ掛けは、1452年に神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ3世によって、モデナとレッジョ(レッジョ・エミリア)の公爵に叙せられたからと言われてます。
また、ボルソ・デステは、1471年、当時の教皇パオロ2世によってフェラーラ公に任じられました。


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1470年に建設されたファサード。


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宮殿内に描かれたフレスコ画が傑作であることから、宮殿はMusei Civici d'Arte Antica di Ferraraの一部として公開されてます。


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切符売り場


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2016年頃までは写真不可だったと思います。(2015年に撮った写真)


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美術館として公開されているのは1階(日本の2階)です。


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ノーフラッシュならば写真可ですが、ビデオ撮影は禁止されてます。



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2015年に撮った写真です。写真不可の表示がありました。


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Salone dei Mesi(12か月の間)です。


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スキファノイア宮殿の見所は、この部屋のフレスコ画です。
フレスコ画は、ボルソ・デステの命によって1468年から1470年によって制作されました。フェラーラ公に叙せられたことがこのフレスコ画の制作の理由とされてます。ボルソ・デステがフェラーラ公に叙せられたのは1471年で、フレスコ画はそれ以前の完成で変に思われますが、正式叙任以前に叙任が確実視されていたそうで、叙任前にフレスコ画発注したことが分かります。


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ご参考までにボルソ・デステの肖像画の写真を載せておきます。


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ミラノ市立博物館(スフォルツェスコ城)にあります。


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この部屋は、公共のホールとして、また、たばこ工場の作業場や納屋として使用された時代があり、さらに制作されてからたばこ工場として使用されるまで修復作業が一度も行われず、経時劣化の損傷が甚大でした。その結果、修復作業を行っても回復不能になったフレスコ画の部分がかなりあるのです。


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説明プレート(南壁)


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東壁


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北壁


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各フレスコ画の帰属表です。
従来、コズメ・トゥーラが12か月の間のフレスコ画制作に於いて主要な役割を果たしたとされてますが、現在では否定されているようです。
では、1月から順に見て行きましょう。


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1月です。


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1月のフレスコ画は、バルダッサッレ・デステ(レッジョ・エミリア、1443‐フェラーラ、1504)に帰属するそうです。


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何が描かれていたのか、判然としません。


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これでも修復後の状態です。


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1月と2月の境界らしい?


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2月


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新たに修復された箇所のようです。


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3月です。
3月のフレスコ画は、フランチェスコ・デル・コッサ(フェラーラ、1436‐ボローニャ、1478)によって、1468年から1470年に制作されました。


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上段はミネルヴァの勝利


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中段の牡羊


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下段は、ボルソ・デステ公爵の正義


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4月のフレスコ画は、フランチェスコ・デル・コッサによって1468年から1470年に制作されたそうです。


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上段は、ヴィーナスの勝利


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中段の牡牛座


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下段は、上からサン・ジョルジョのパリオへのボルソ・デステの出席、狩りから帰るボルソ・デステ、ボルソ・デステの寄付


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5月です。
フランチェスコ・デル・コッサと協力者によって1468年から1470年に制作されました。


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上段はアポロの勝利


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中段は双子座


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下段は農村の風景


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(つづく)

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