今回からポルデノーネの市立美術館 Museo Civico d'Arteです。

ポルデノーネの街で、現存する最古の建物の一つがPalazzo Ricchieriです。

Palazzo Ricchieriのファサード
14世紀頃、ポルデノーネの有力商人で実質的に街を支配していたのがリッキエーリ家でしたが、14世紀後半に神聖ローマ皇帝とヴェネツィア共和国から貴族の称号を受けました。その富と権力を誇示するために建設されたのがPalazzo Ricchieriです。

その後、17世紀までに幾度となく拡張を重ねて現在の姿となりました。

1949年、それまで邸宅として使用していたリッキエーリ家は。この建物を町の文化発展に寄与させるべく、ポルデノーネの市当局に寄贈したのです。

1971年、この建物の一部が市立美術館として使用されることになり、現在に至ってます。

美術館の入り口

切符売り場前の壁にあるフレスコ画(詳細不明)

展示室の入り口です。

展示室は2階と3階(日本の)にあります。

階段の踊り場にある彫刻(詳細不明)

階段の途中に肖像画が並んでます。

これらはリッキエーリ家の最も重要な人物、街の支配者、政治家、商人、聖職者の肖像画です。

肖像画の詳細は明らかにされてません。

リッキエーリ家の紋章

2階の入り口の上にフレスコがあります。

詳細不明

3階に第1室があるので、3階から見ておくべきだったと思います。しかし、何となく2階から見て行きました。

最初は第7室です。

セカンテ・セカンティ(ウーディネ?、1571‐1636)の「紳士の肖像」(17世紀初め)

ユストゥス・サステルマンス(アンヴェルサ、1597‐フィレンツェ、1681)の追随者画家作「オーストリアのレオポルド大公の肖像」(17世紀中頃)

17世紀のヴェネトの逸名画家作「ローマの公証人の肖像」(17世紀後半)

ダフィット・りっけ―ル2世(アンヴェルサ、1586‐1642)?の「冬の風景」(17世紀前半)


ガスパーロ・マルヴェーサ(ポルデノーネ、1558‐スピリンベルゴ、1639)の「天上の三位一体と聖母と同信会の人々」(1611)

ピーノ・カサリーニの部屋となってますが、意味不明です。ピーノ・カサリーニは画家です。

アントニオ・カルネオ(コンコルディア・サジッターリア、1637‐ポルトグルアーロ、1692)の「豊穣の寓意」(1678以前)

アントニオ・ザンキ(エステ、1631‐ヴェネツィア、1670)の「傷ついたヨブ」

ピエトロ・ムットーニ通称デッラ・ヴェッキア(ヴェネツィア、1603‐1678)の「ユディト」(1650‐60)

フェデリーコ・チェルヴェッリ(ミラノ、1638‐ヴェネツィア、1694以前没)の「神話のシーン」(1665‐78)

制作者不詳の「ルーカ・ジョルダーノ作『パリーデの判決』のコピー画」(1684‐86)

グレゴリオ・ラッザリーニ(ヴェネツィア、1657‐ヴィッラボーナ・ヴェロネーゼ、1730)の「聖マリア・マッダレーナ」(1680‐90)

アレッサンドロ・ヴァロターリ通称イル・パドヴァニーノ(パドヴァ、1588‐ヴェネツィア、1649)の「聖母子とユースティティア(正義の女神)と聖マルコ」(1626)

次の部屋です。

第8室です。

アントニオ・マリネッティ通称キオゾット(キオッジャ、1719‐ヴェネツィア、1796)の「聖ロッコとパオラの聖フランチェスコと聖ルイージ・ゴンザーガ」(18世紀後半)

二コラ・グラッシ(フォルメアーゾ、1682‐ヴェネツィア、1748)の「聖母子と司教聖人」(18世紀前半)

二コラ・グラッシの領域の「田園の風景」(18世紀中頃)

アレッサンドロ・ロンギ(ヴェネツィア、1733‐1813)の「ヤコポ・リヌッシオの肖像」(1763c)

ジュゼッペ・ツァイス(カナーレ・ディ・フォルノ、1709‐トレヴィーゾ、1781)の「旅の羊飼いがいる風景」(18世紀後半)

ジョヴァンニ・バッティスタ・ピットーニ(ヴェネツィア、1687‐1767)の「ご誕生」(1735c)
(つづく)

ポルデノーネの街で、現存する最古の建物の一つがPalazzo Ricchieriです。

Palazzo Ricchieriのファサード
14世紀頃、ポルデノーネの有力商人で実質的に街を支配していたのがリッキエーリ家でしたが、14世紀後半に神聖ローマ皇帝とヴェネツィア共和国から貴族の称号を受けました。その富と権力を誇示するために建設されたのがPalazzo Ricchieriです。

その後、17世紀までに幾度となく拡張を重ねて現在の姿となりました。

1949年、それまで邸宅として使用していたリッキエーリ家は。この建物を町の文化発展に寄与させるべく、ポルデノーネの市当局に寄贈したのです。

1971年、この建物の一部が市立美術館として使用されることになり、現在に至ってます。

美術館の入り口

切符売り場前の壁にあるフレスコ画(詳細不明)

展示室の入り口です。

展示室は2階と3階(日本の)にあります。

階段の踊り場にある彫刻(詳細不明)

階段の途中に肖像画が並んでます。

これらはリッキエーリ家の最も重要な人物、街の支配者、政治家、商人、聖職者の肖像画です。

肖像画の詳細は明らかにされてません。

リッキエーリ家の紋章

2階の入り口の上にフレスコがあります。

詳細不明

3階に第1室があるので、3階から見ておくべきだったと思います。しかし、何となく2階から見て行きました。

最初は第7室です。

セカンテ・セカンティ(ウーディネ?、1571‐1636)の「紳士の肖像」(17世紀初め)

ユストゥス・サステルマンス(アンヴェルサ、1597‐フィレンツェ、1681)の追随者画家作「オーストリアのレオポルド大公の肖像」(17世紀中頃)

17世紀のヴェネトの逸名画家作「ローマの公証人の肖像」(17世紀後半)

ダフィット・りっけ―ル2世(アンヴェルサ、1586‐1642)?の「冬の風景」(17世紀前半)


ガスパーロ・マルヴェーサ(ポルデノーネ、1558‐スピリンベルゴ、1639)の「天上の三位一体と聖母と同信会の人々」(1611)

ピーノ・カサリーニの部屋となってますが、意味不明です。ピーノ・カサリーニは画家です。

アントニオ・カルネオ(コンコルディア・サジッターリア、1637‐ポルトグルアーロ、1692)の「豊穣の寓意」(1678以前)

アントニオ・ザンキ(エステ、1631‐ヴェネツィア、1670)の「傷ついたヨブ」

ピエトロ・ムットーニ通称デッラ・ヴェッキア(ヴェネツィア、1603‐1678)の「ユディト」(1650‐60)

フェデリーコ・チェルヴェッリ(ミラノ、1638‐ヴェネツィア、1694以前没)の「神話のシーン」(1665‐78)

制作者不詳の「ルーカ・ジョルダーノ作『パリーデの判決』のコピー画」(1684‐86)

グレゴリオ・ラッザリーニ(ヴェネツィア、1657‐ヴィッラボーナ・ヴェロネーゼ、1730)の「聖マリア・マッダレーナ」(1680‐90)

アレッサンドロ・ヴァロターリ通称イル・パドヴァニーノ(パドヴァ、1588‐ヴェネツィア、1649)の「聖母子とユースティティア(正義の女神)と聖マルコ」(1626)

次の部屋です。

第8室です。

アントニオ・マリネッティ通称キオゾット(キオッジャ、1719‐ヴェネツィア、1796)の「聖ロッコとパオラの聖フランチェスコと聖ルイージ・ゴンザーガ」(18世紀後半)

二コラ・グラッシ(フォルメアーゾ、1682‐ヴェネツィア、1748)の「聖母子と司教聖人」(18世紀前半)

二コラ・グラッシの領域の「田園の風景」(18世紀中頃)

アレッサンドロ・ロンギ(ヴェネツィア、1733‐1813)の「ヤコポ・リヌッシオの肖像」(1763c)

ジュゼッペ・ツァイス(カナーレ・ディ・フォルノ、1709‐トレヴィーゾ、1781)の「旅の羊飼いがいる風景」(18世紀後半)

ジョヴァンニ・バッティスタ・ピットーニ(ヴェネツィア、1687‐1767)の「ご誕生」(1735c)
(つづく)