見えているのは、モンタニャーナのドゥオーモです。
旧市街の中心であるヴィットリオ・エマヌエーレ2世広場にドゥオーモが建ってます。
Parrocchia di Santa Maria Assunta、パドヴァ司教区に属するモンタニャーナの教区教会です。
1431年、クリストフォロ・ダ・ボルツァーノの設計によって創建され、後に建築家ロレンツォ・ダ・ボローニャ(ボローニャ、15世紀前半生まれ‐1508?没)に引き継がれて1502年に完成した後期ゴシック・ルネサンス様式の建物です。
鐘楼は、ファサードの左右と中央の3か所にあります。独立した建物の鐘楼はありません。
身廊外観
後陣
身廊側にも出入り口があります。
ファサードの出入り口から中に入りました。
単廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。
左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。
美術的に見所が多い教会です。
天井の装飾が地味です。
中央礼拝堂と後陣
調べましたが、フレスコ画の制作者が分かりません。教会の方では分かっていると思います。
聖歌隊席上部
後陣への立ち入りが禁止されてます。
詳細不明の磔刑像
主祭壇画はパオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528‐ヴェネツィア、1588)の「キリストの変容」
次は、この町に来た目的であるジョルジョーネのフレスコ画を見ます。
ファサード裏側出入り口の左右の壁にジョルジョーネの帰属フレスコ画があります。
ジョルジョ・バルバレッリ・ダ・カステルフランコ通称ジョルジョーネ(カステルフランコ・ヴェネト、1477/1478-ヴェネツィア、1510)に帰属する「ダヴィデ」
ジョルジョーネは、1510年、32-33歳の若さで、恐らく腺ペストで急死したことに加え、修行や作品制作の記録などが殆ど残っておらず、サロンで楽しむために特定のパトロンから直接注文を受けたようで、謎の多い画家とされてます。現存するジョルジョーネの真作は僅か6点とされ、それ以外のジョルジョーネの作品は後年の研究家、美術史家や鑑定人による帰属作品のようです。
ジョルジョーネに帰属する「ユディト」
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコ(モンテッキオ・マッジョーレ、1465c-1535/1537)の「キリストの復活」
詳細不明
落剝したフレスコ
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコの「玉座の聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコ」(1511)
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコの「聖セバスティアーノの殉教」
左翼廊礼拝堂
ロレンツォ・ダ・ボローニャのフレスコ装飾
サンタントニオ礼拝堂
ボナッツァ工房作「パドヴァの聖アントニオ」(17世紀)
ヤコポ・ダ・モンタニャーナのフレスコ画(15世紀)
ヤコポ・ダ・モンタニャーナのフレスコ画(15世紀)
後陣右のサン・ロレンツォ礼拝堂
詳細不明
詳細不明
ジャコモ・ジャルディーニの「聖母とキリストの物語」(1658)
大作です。
アレッサンドリアの聖カテリーナ礼拝堂
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコの「アレッサンドリアの聖カテリーナ」
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコの「玉座の聖母子と聖人たち」
オノフリオ・ガブリエーリの作品(1699‐1700)
ジュリオ・デ・ロッシの「レパントの海戦」(1600‐10c)
バルトロメオ・チッタデッラの「天上の聖母子と聖人たち」
ロザリオ礼拝堂
ジョヴァンニ・ボンコンシーリオ、別名マレスカルコ・ブオンコンシーリオ通称イル・マレスカルコのフレスコ画
バルトロメオ・チッタデッラの「ピオッジャの奇跡」(1695)
じっくりと鑑賞できました。
(おわり)