イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:エミリア・ロマーニャ州 > パルマ

P1090518昼食を食べ終わって外に出たら、午後4時近くになっていました。


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通りの向こうにピロッタ宮殿が見えました。


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旧サン・パオロ教会


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ストゥアルド絵画館に入館しました。


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旧サン・パオロ修道院に向かいました。尤もストゥアルド絵画館の展示室は旧サン・パオロ修道院の建物です。


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Museoになってます。


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中に入りました。


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この時、パルミジャニーノの特別展が開催されていました。他からの作品を展示していたので、写真禁止で写真がありません。


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読書と会話のクラブ


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一旦ホテルに戻ってトイレ休憩。


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ホテルで一休みしてから、サンティッシマ・トリニータ教会に向かいました。


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一旦・ガリバルディ通りに出てから、直ぐに右折します。


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右折すると、突き当りにサンティッシマ・トリニータ教会の鐘楼が見えます。


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サンティッシマ・トリニータ教会の扉が開いていました。


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1230年のパルマの記録に、この場所にドメニコ会教会の存在が記されており、12世紀末から13世紀初め頃に建設されたと推察されてます。


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1401年、巡礼者と貧困者のための巡礼宿と病院が増設されました。
現在の建物は、1743年に拡張増設工事着工、1813年に完成したバロック様式の二代目のものです。


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ファサードに向かって右の建物は旧病院で、そのルネッタにはインチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)のフレスコ画があります。


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中に入りました。


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三廊式の小さな教会です。


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左側廊


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翼廊がありません。


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右側廊


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主祭壇と後陣


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主祭壇の銀製の6聖人


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主祭壇に置かれた「祈るキリスト」のイコン


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主祭壇画はジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)の「天上の聖母子と聖人たち」


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詳細不明の磔刑像


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詳細不明


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インノチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)のフレスコ画


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詳細不明


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マルカントニオ・フランチェスキーニ(ボローニャ、1648‐1729)の「ピエタ」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「聖家族」


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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何処かで見たような気がしました。


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詳細不明


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祭壇前から見た出入口方向


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次はサン・フランチェスコ・デル・プラート教会です。


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古そうな民家です。


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通りの先にサン・フランチェスコ・デル・プラート教会があります。


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1222年創建、13世紀半ばに完成したゴシック様式のサン・フランチェスコ・デル・プラート教会です。


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ご覧のように扉が閉まっていました。
ナポレオンのイタリア侵攻によって、宗教活動の停止が命令され、その後、一度も宗教活動が再開されることなく現在に至ってます。


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堅固な造りから、ナポレオン時代から監獄に転用され、1993年まで刑務所となっていました。重罪犯用で、多くの死刑執行が行われた刑務所として、犯罪者から恐れられたそうです。


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中はフレスコ画の宝庫となっていて、2000年台前半に美術館として整備されることに決まりましたが、経済状態悪化のため、その実現は今のところ夢物語になりそうです。


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こちらはオペラ博物館です。


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この建物も旧サン・フランチェスコ・デル・プラート教会の一部でした。


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キオストロ


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キオストロの壁に描かれたフレスコ画


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パルマの街歩きはこんなところでしょう。


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(おわり)

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サンタ・ルチア教会を後にしました。


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パルマの教会は大体開いているので、教会巡りに絶好です。


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次は愈々サンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂です。


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1392年までに、この場所にステッカータ教会が建てられ、受胎告知される聖母同信会が置かれるようになりました。教会は巡礼地となって、主祭壇に置かれた「授乳の聖母」(現在も聖堂の主祭壇にあります)が信仰の象徴となりました。


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1521年、受胎告知される聖母同信会は、当時の建物を取り壊し、その上に規模の大きな建物の再建を決定しました。そうして、1521年に創建され、1539年に完成したルネサンス様式の建物が現在の姿のほぼ原形となってます。1539年に奉献式が執り行われました。
クーポラは、1525年から1527年にかけて建設されました。
17世紀に一部バロック様式に改修され、現在のルネサンス・バロック様式の建物になりました。


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扉が開いていました。
中に入ると、ミサ、洗礼式、結婚式、葬儀などが行われておらず、ゆっくりと拝観出来そうでした。


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単廊式、ギリシャ十字形、ルネサンス様式の内部です。


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左翼廊方向


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右翼廊方向


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主祭壇を見ます。


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主祭壇画は、14世紀の「Madonna allattante(授乳の聖母)」
巡礼者の信仰を集めた作品です。


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後陣ヴォルタのフレスコ画は、ジローラモ・フランチェスコ・マリア・マッツォーラ通称イル・パルミジャニーノ(パルマ、1503‐カザールマッジョーレ、1540)の「3人の賢明な処女と3人の愚かな処女」(1531‐39)


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マルカントニオ・フランチェスキーニ(ボローニャ、1648‐1729)の「天上の聖家族と聖ジョルジョ」(1718)


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ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500c‐パルマ、1569)の「救世主とパドヴァの聖アントニオと聖マリア・マッダレーナ」


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トッマーゾ・バンディーニ(フェリーノ、1807‐パルマ、1849)の「ピエタ」


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クーポラのフレスコ画は、ベルナルディーノ・ガッディ(パヴィア、1495/1496-クレモナ、1576)の「聖母被昇天」


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ジャンベッティ―ノ・チニャローリ(ヴェローナ、1706-1770)の「三位一体と聖人たち」


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17世紀のエミリアの逸名画家の「天上の聖母子と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタとバーリの聖二コラ」


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私には制作者等が分かりません。


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ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1492c-パルマ、1556)の「マギの礼拝」(1541)


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ヤン・ソーンス(オランダ、スヘルトーヘンボス、1547-パルマ、1611)の「聖家族」


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アウレリオ・バリーリ(パルマ、16世紀後半活動)の作品です。


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フランチェスコ・ライボリーニ通称イル・フランチャ(ボローニャ、1477-1517)の「玉座の聖母子と2聖人と3音楽天使」


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私には制作者等が分かりません。聖堂側は勿論分かっていると思います。


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詳細不明


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私には制作者等が分かりません。


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詳細不明


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漆喰彫刻


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私には制作者等が分かりません。


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私には制作者等が分かりません。


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パルミジャニーノのフレスコ画をもう一度見ました。


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主祭壇をもう一見ました。


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外に出ました。


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ドゥオーモ広場に来ました。


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ドゥオーモのライオン像にご挨拶


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司教館


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キオストロに行ってみます。


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この下にMuseo Diocesanoがあります。


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キオストロにある井戸


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お腹が空きました。


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ここで食べました。
(つづく)

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イエズス会のサン・ロッコ教会です。
1528年創建、1598年に完成した教会と書いてあるのを目にしたことがありますが、正しくもあり、正しくないとは言えないものの正確ではないと言えそうです。


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ファサード前の道路が狭いので、ファサード全体の写真が撮れません。
現在のバロック様式の建物は、1737年に創建され、1754年に完成した二代目のものです。


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最初の建物の完成後、僅か140年足らずにして再建されるようになったのか、不思議に思い、あちこち調べましたが、その理由がまだ分かりません。


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1747年から1754年に建設された高さ50m超の鐘楼です。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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左右の側壁と翼廊に礼拝堂が設けられてます。


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比較的新しい祭壇画ばかりですが、現在まで名前が知られている画家たちの作品があるので、美術ファンにとって楽しい教会と言えるでしょう。


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天井の白いところは地震によって生じた亀裂の修復箇所です。


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主祭壇


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イエズス会の教会にしては稍々地味な感じがします。


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後陣とクーポラ


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主祭壇画は、フランチェスコ・スカラムッツァ(シッサ、1803‐パルマ、1886)の「ペストを治癒する聖ロッコに顕現する天上の聖母子」
聖ロッコはペストに対する守護聖人とされていて、ペスト禍に度々見舞われた中世において人々の崇敬の対象になっていました。


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1754年に制作されたパイプオルガン。当時のオルガン名工によって制作されたもので、今でも有名なオルガンとされてます。オルガンは私の好きな美術対象から外れるので、このオルガンについての詳しいことは省略です。


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詳細不明


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ジャチント・ブランディ(ローマ、1621‐1691)の「割礼」


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リオネッロ・スパーダ(ボローニャ、1576‐パルマ、1622)の「聖イグナツィオと十字架を手にするキリスト」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「聖母子と聖人たち」


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ピエトロ・ロターリ(ヴェローナ、1707‐サンクトペテルブルク、1762)の「聖イグナツィオ」


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ピエトロ・ロターリ(ヴェローナ、1707‐サンクトペテルブルク、1762)の「聖フランチェスコ・サヴェーリオ」


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詳細不明


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ジャチント・ブランディ(ローマ、1621‐1691)の「磔刑」


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「聖ルイージ・ゴンザーガと聖スタニシャオ」


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詳細不明


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17世紀のパルマの逸名画家の作品


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詳細不明


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。
サン・ロッコ教会から至近にある旧教会に行きました。


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1177年の文書に教会の存在が記されているサンタンドレア教会です。


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1939年、教会としての活動をした停止した旧教会です。現在、美術展などの会場として使用されてます。この日は現代抽象画の特別展だったので、直ぐに出てきました。


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写真左が旧サンタンドレア旧教会で、鐘楼はサン・ロッコ教会のものです。


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街の中心の広場に戻ってきました。


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ガリバルディ広場に置かれていた彫刻です。如何にも現代のイタリア人が好きそうな彫刻です。
フェルナンド・ボテロの「Donna Distesa(横たわる女)」(2013)


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次はサンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂に行くつもりでした。


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サンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂に行く途中、サンタ・ルチア教会が開いていました。


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拝観することにしました。


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サンタ・ルチア教会については、(その4)で詳しく触れました。


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パルマの教会は何処でも外れがありません。美術的にですが。


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(つづく)

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サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会です。


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この場所に12世紀頃に建設されたサン・フランチェスコ修道院がありましたが、1546年、初代パルマ公爵ピエル・ルイージ・ファルネーゼは、修道院を取り壊し、その上に軍事施設の建設を決め、修道院は取り壊されました。


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ピエル・ルイージの息子で第二代パルマ公爵オッタヴィオ・ファルネーゼは、教会修道院の再建を決め、1566年創建、17世紀に完成したバロック様式の建物が現在の教会です。
修道院を取り壊して、再建に至る背景には、フランス、スペイン、教皇庁などがパルマの領有を巡って政治的軍事的に介入した歴史がありますが、その辺をここで触れることは止めて先を急ぎます。


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ファサード入口扉上の、ジョヴァンニ・バッティスタ・バルビエーリ(ヴァル・ディンテルヴィ、1625/1626-1691)による漆喰彫刻が有名です。


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外壁が丸くなった箇所がありますが、そこに礼拝堂が設けられてます。


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教会の中に入れば、この部分の訳が理解できるでしょう。


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入口扉の装飾


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バロック様式の内部です。


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天井の形の通りで楕円形の教会です。


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主祭壇に向かって左側です。


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主祭壇に向かって右側です。


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主祭壇


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後陣のクーポラ


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主祭壇画は、フランチェスコ・ザガネッリ・ダ・コティニョーラ通称フランチェスコ・ダ・コティニョーラ(コティニョーラ、1475-ラヴェンナ、1532)の「聖母子と4聖人(聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖ルチア、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、アッシジの聖フランチェスコ)」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・バルベリーニ(ヴァル・ディンテルヴィ、1625/1626-1691)の「コレッジョ作『受胎告知』のコピー画」(1681)
コレッジョの「受胎告知」のフレスコ画は、取り壊された教会修道院にありました。その剥離フレスコ画がパルマの国立美術館で展示されています。その作品画像を載せておきましょう。


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アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c-1534)の「受胎告知」(1524-25c)
パルマ国立美術館所蔵


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詳細不明


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アンドレア・スクテッラーリ(ヴィアダーナ、1578-1598記録)の「聖ジローラモ」


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アンドレア・スクテッラーリ(ヴィアダーナ、1578-1598記録)の「聖パオロと天使」


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詳細不明


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セバスティアーノ・ガレオッティ(フィレンツェ、1675-モンドヴィ、1746)の「聖母子と聖ボナヴェントゥーラ」


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プレセーペ礼拝堂


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教会の周囲の景色が再現されてます。


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この場所でしょうね。


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ジローラモ・フランチェスコ・マリア・マッツォーラ通称イル・パルミジャニーノ(パルマ、1503-カザールマッジョーレ、1540)の「フェルトレのベアート・ベルナルディーノ」


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サクロ・クオーレ礼拝堂


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ティンティ(パルマ、1558-1604)に拠る礼拝堂の装飾


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ティンティ(パルマ、1558-1604)のフレスコ画


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パドヴァの聖アントニオ礼拝堂


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詳細不明


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アルカンターラのサン・ピエトロ礼拝堂


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イラリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657-ピアチェンツァ、1734)の「アルカンターラの聖ピエトロ」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ティンティ(パルマ、1558-1604)のフレスコ画


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詳細不明


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サン・フランチェスコ礼拝堂


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外に出る前に、もう一度祭壇を見ました。


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外に出ました。


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メッツォ橋を渡ってチェントロ・ストーリコに戻ります。


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この教会の名称が分かりません。


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次はサン・ロッコ教会です。


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この日は精力的に教会巡りをしました。


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突き当りを左折すればサン・ロッコ教会に出ます。


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サン・ロッコ教会です。
(つづく)

P1090153次はサン・バルトロメオ教会です。


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カルドゥッチ通りには青空市が立っていました。


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カルドゥッチ通りに面して建つサン・バルトロメオ教会です。


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830年頃のパルマの文書に、この場所に存在していた教会の記録が残されており、830年以前に建てられたとされてますが、恐らく7世紀頃には存在していたと推察されてます。
1180年、教会の横を流れるパルマ川の洪水によって大きな被害を受けてしまいました。その後、教会は、Chiesa di San Bertolomeo de Glareaと称されたように、修復されずに長い間放置されたままになっていました。glareaとは砂利と言う意味で、その名の通り、教会の建物は洪水の際の砂利と瓦礫に埋まっていたのでしょう。


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17世紀になると、教会の再興が決定され、1633年に再建工事が着工されました。1785年に一応の完成の運びとなりましたが、19世紀に改修が行われ、現在の姿になったのは全ての改修工事が完了した1851年にことでした。


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鐘楼と後陣
初代の建物の姿を模して設計されたので、後期ゴシック様式に似た格好の建物です。
鐘楼の一部に、7世紀頃の初代の建物の石が使用されているそうです。


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青空市のテントが邪魔して教会全体の写真が撮れません。


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ファサード左右の壁龕の彫刻は、アレッサンドロ・ボットーニとアウレリオ・ボットーニの兄弟による作品です。
こちらは「聖サビーナ像」


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聖バルトロメオ像


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扉が開いていたので拝観しました。


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単廊式、バロック様式の内部です。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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右側壁


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装飾が殆ど施されていない地味な天井です。


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主祭壇


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主祭壇画は、ジュゼッペ・ペローニ(パルマ、1710‐1776)の「聖バルトロメオの殉教」


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ジャコモ・スピチョッティ通称スピリト・ジェンティーレ(パルマ、1520‐1602)の「聖母子と聖人たち」
他の教会にあったものを、ここに移設したのでしょう。


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18世紀のパルマの逸名画家作「キリストの洗礼」


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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ジローラモ・マニャーニ(ボルゴ・サン・ドンニーノ、1815‐パルマ、1889)の「天上の聖母子と聖人たち」


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18世紀のエミリアの逸名画家作「聖母被昇天」


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詳細不明


P1090181
詳細不明


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詳細不明


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祭壇前から見た出入口方向


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外に出ました。


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パルマ川の方に進みました。


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メッツォ橋下の広場にも青空市が立ってました。


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パルマ川に架かるメッツォ橋です。


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橋の先にある教会を目指します。


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Torrenta Parma


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単純にパルマ川と思っていたら、わざわざTorrentaとなっていました。torrentaとは急流とか渓流という意味ですが、見た目、急流とか渓流ではないような感じです。


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どちらが上流でしょうか?


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川岸に建つ家々


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橋を渡って対岸に行きました。


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フィリッポ・コッリドーニ広場


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広場に立つのは、オッド・アリヴェンティ(1898‐1975)の「フィリッポ・コッリドーニのモニュメント」
フィリッポ・コッリドーニ(コッリドーニア、1887‐サン・マルティーノ・デル・カルソ、1915)は労働組合指導者、政治家、ジャーナリストでした。


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広場の横に教会があります。


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サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会です。


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(つづく)

(その8)はパルマのサン・ヴィターレ教会です。
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Palazzo Comunaleの隣にあるサン・ヴィターレ教会です。


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11世紀、現在のガリバルディ広場にサン・ヴィターレ教会が建設されました。


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1644年、サン・ヴィターレ教会は現在の場所に移転再建することが決められ、1651年に創建され1669年に完成したバロック様式の建物となりました。


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クーポラと鐘楼


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ファサードの左右に絵画が置かれてます。


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向かって右は聖ジョルジョ


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扉が開いていたので拝観しました。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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右側壁


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バロック様式の教会にしては、地味な方の天井装飾です。


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クーポラ


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主祭壇


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主祭壇に置かれた磔刑像(詳細不明)


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主祭壇画は、セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「聖ヴィターレと聖グレゴリオ・マーニョ」


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ジュゼッペ・ペローニ(パルマ、1710‐1776)によって描かれた後陣のフレスコ画


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ルーカ・レーティ(ライーノ、1598‐パルマ、1668)とドメニコ・レーティ(17世紀パルマで活動)の兄弟によって制作された漆喰彫刻


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グレゴリオ・マーニョ?


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ガエターノ・カッラーニ(パルマ、1736‐1809)の「聖母子と聖ヴィターレと聖パオロ」


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ルーカとドメニコのレーティ兄弟による漆喰彫刻


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ドメニコ・ポッツィ(スイス、ブルゼッラ、1745‐ミラノ、1796)の「聖母子と2聖人」


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「聖母子と聖ロッコと聖セバスティアーノ」


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「受胎告知」


P1090094
詳細不明


P1090096
詳細不明


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ジョヴァンニ・バッティスタ・カッチオーリ(ブドリオ、1623‐ボローニャ、1685)の「聖母子と聖人たち」


P1090099
詳細不明


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詳細不明


P1090101
ルティーノ・バリッリ(パルマ、1883‐1961)の「祈る聖母」


P1090102
詳細不明


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ドンニーノ・ポッツィ(フォンタネッラート、1894‐パルマ、1946)の「キリストの復活」


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ドンニーノ・ポッツィ(フォンタネッラート、1894‐パルマ、1946)の「ピエタ」


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P1090108


P1090109
詳細不明


P1090112
詳細不明


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クレメンテ・ルータ(パルマ、1685‐1767)の作品


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詳細不明


P1090129
詳細不明


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カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1609‐1662)の「聖母子と聖人たち」


P1090131
詳細不明


P1090132
詳細不明


P1090133
詳細不明


P1090134
詳細不明


P1090135
詳細不明


P1090136
詳細不明


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祭壇前から見た出入口方向


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ガエターノ・カッラーニ(パルマ、1736‐1806)の作品


P1090137
これで終わりです。


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外に出ました。


P1090144
(つづく)

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街歩きの起点は、この日もガリバルディ通りです。


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サンタ・テレーザ教区教会を素通りするのは気が引けます。


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一寸だけ拝観しました。


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パルマには、現役の教会が多いと思います。


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この付近を往復したのは、もう30回以上にもなります。


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朝靄の中のピロッタ宮殿


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前夜、ここでシモン・ボッカネグラを楽しみました。


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兵士のブロンズ像


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ホテルに戻ったのが午前1時過ぎ。ベッドに入ると、頭の中でアリアが流れて寝付けません。寝不足の朝を迎えました。終演を午後11時半を見込んで開演時間が決まるので、夕食をどうするかが頭を悩ませるところです。この劇場周辺のレストランは、オペラ開演の夜はオペラがはねた後でも営業しています。久し振りの真夜中の夕食は、胃がびっくりしたみたいで、朝飯を食べるどころではありませんでした。


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ブッセートのオペラはパルマ歌劇場の出張公演のようです。


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劇場の隣にある、1527年創建、1624年に完成したサンタレッサンドロ教会です。


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残念ながら扉が閉まっていました。


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鐘楼


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ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ、アレッサンドロ・ティアリーニ、セバスティアーノ・リッチなどの作品があるので、拝観したかったけれど、扉が閉まっていては仕方がありません。


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サンタレッサンドロ教会の向かいにあるサンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂に期待しました。


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聖堂は開いていました。


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中に入ったらミサ中でした。ミサを暫く見ていましたが、始まったばかりのようです。
聖体拝領してから信者同士で握手してミサが終わるのが普通ですが、それまでは時間がかかりそうでした。


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外に出たら、信者が続々と中に入って行くのを目にしました。


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パルミジャニーノ、ベルナルディーノ・ガッティなどのフレスコ画を見たかったけれど・・・・・


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この聖堂はミサの多いことで知られてます。


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ステッカータ広場


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広場に立つのは、パルミジャニーノのモニュメント


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この辺で、前日夜のオペラで歌った歌手を見かけました。


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街角の聖母子


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この辺の雰囲気が実に良いと思います。


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ガリバルディ広場


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Palazzo del Governatore


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これを撮っておくと後で役立ちます。


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ジュゼッペ・ガリバルディのモニュメント


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市庁舎前に立つコレッジョのモニュメント


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市庁舎のロッジャ


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市庁舎前にあるヘラクレスとアンテオのモニュメント
今日は時間がないので、この辺で終わりにさせてください。
(つづく)

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私には制作者等が分かりません。
引き続きサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ教会修道院です。


P1090668
私には制作者等が分かりません。


P1090673
私には制作者等が分かりません。


P1090674
私には制作者等が分かりません。


P1090675
私には制作者等が分かりません。


P1090677
私には制作者等が分かりません。


P1090679
私には制作者等が分かりません。


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アントニオ・ベガレッリ(モデナ、1499‐1565)の「聖フェリチータと聖ヴィターレ(息子)」


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アントニオ・ベガレッリ(モデナ、1499‐1565)の「聖ベネデット」


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詳細不明


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ジョヴァンニ・バッティスタ・メラーノ(ジェノヴァ1632‐ピアチェンツァ、1698)の「聖イラーリオとバーリの聖二コラに顕現する聖母子」


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主祭壇と後陣


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主祭壇画は、エミリオ・タルッフィ(1633‐1696)の「キリストの昇天」(1674)


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ルネッタのフレスコ画は、アレッサンドロ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1498c‐1534)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


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後陣のフレスコ画は、チェーザレ・アレトゥージ(モデナ、1549‐パルマ、1612)の「コレッジョ作『聖母戴冠』のコピー画」です。
これをコレッジョのフレスコ画と間違える方がいらっしゃいますが、チェーザレが描いたコピー画です。
本物はピロッタ宮殿の国立美術館にあります。


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アレッサンドロ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖母戴冠」(1522c)
パルマ国立美術館にあるコレッジョの作品です。


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クーポラのフレスコ画は、アレッサンドロ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタの死」(1520)


P1090695
私には制作者等が分かりません。


P1090694
私には制作者等が分かりません。


P1090693
私には制作者等が分かりません。


P1090697
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500c‐パルマ、1569)の「聖母子と聖ジャコモ」(1543‐45)


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私には制作者等が分かりません。


P1090699
アントニオ・ベガレッリ(モデナ、1499‐1565)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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アントニオ・ベガレッリ(モデナ、1499‐1565)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


P1090701
私には、この作品の詳細が分かりません。


P1090710
私には、この作品の詳細が分かりません。


P1090711
私には、この作品の詳細が分かりません。


P1090720
私には、この作品の詳細が分かりません。


P1090723


P1090725
私には、この作品の詳細が分かりません。


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主祭壇前から見た出入口方向


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ファサード裏にある作品です。


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外に出ました。


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次はサンティッシマ・トリニータ教会です。


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駅の方に向かいます。


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ガリバルディ通りに出ました。


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見慣れた風景です。


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右折すると教会の鐘楼が見えました。


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残念、サンティッシマ・トリニータ教会は閉まっていました。


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写真右の建物のルネッタを見て我慢します。


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インノチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)のフレスコ画


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この日の予定はこれで終わりです。


P1230886
(つづく)

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次はサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ修道院です。


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サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ修道院は、ドゥオーモの後にあります。


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突き当りの建物の浮彫は一見の価値があります。


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浮彫


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13世紀に建設された歴史的建造物ですが、現在はホテルになってます。ドゥオーモ広場から見ると、この建物はお馴染みでしょう。


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洗礼堂を経由します。


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洗礼堂は旧市街の中心であるので、どうしても一度の旅で何度も来てしまいます。


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傑作です。


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登録して、デポジットを払えば旅行者も使用可能でしょうか?


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ドゥオーモ広場


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13世紀に建設され、18世紀に改修されたPalazzo della Rosa Pratiは、現在ホテルになってます。この建物の裏側に浮彫があります。


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この辺のパルマが特に気に入ってます。


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サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ修道院が見えてきました。


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見たところが多いので、ついつい道草してしまいます。


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ドゥオーモの後陣


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サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ修道院です。
960年、ベネデット会修道士によって、この場所に建設されたサン・コロンバーノ祈祷所が前身です。後に修道院が併設されるとともに祈祷所だった建物は増築されて教会となって、パルマでは大組織の教会修道院になりました。


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教会修道院は、1477年に発生した火災によって大きな被害を受けたので再建されることになりました。


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15世紀後半、当時、パルマで実績がある建築家Bernardino Zaccagni(パルマ、1455‐1531)の設計と工事監督によって、1490年に創建、1519年に完成した盛期ルネサンス様式の二代目の建物が現在の姿となってます。
また、再建を機に奉献する聖人が聖コロンバーノから聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタに変更され、教会修道院の名称が現在の名前になりました。


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後期マニエリスム様式(初期バロック様式に近似)のファサードは、彫刻家・建築家シモーネ・モスキーノ(オルヴィエート、1553‐パルマ、1610)の設計によって、1604年から1607年に建設されました。
それで15世紀から17世紀に建設されたと記されているのです。


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写真正面は修道院のファサード、左はドゥオーモの後陣です。


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高さ75mの、パルマで最も高い鐘楼は、パルマの建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・マニャーニ(パルマ、1571‐1653)の設計によって1613年に建設されました。


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ファサードの壁龕に彫刻があります。


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無原罪の聖母


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聖プラチド


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聖スコラスティカ


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聖フェリチータと聖ヴィターレ


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聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ


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三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


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左側廊方向


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左側廊


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右側廊方向


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右側廊


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身廊天井
祭壇画、フレスコ画を見て行きます。


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ヤン・ソーンス(オランダ、スヘルトーヘンボス、1547‐パルマ、1611)の「聖母子と2聖人」


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ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1491/1492-パルマ、1556)の「聖ジローラモ」


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ジャコモ・ライボリーニ通称ジャコモ・フランチャ(ボローニャ、1484-1557)とジュリオ・ライボリーニ通称ジュリオ・フランチャ(ボローニャ、1487-1540)の「ご誕生」(1519)


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詳細不明


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クリストフォロ・カセッリ(パルマ、1460-1521)の「マギの礼拝」
(つづく)

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見えているのは、サンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂と歌劇場です。


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ステッカータ広場にやってきました、道路の向こうは広場の名称が変わってガリバルディ広場になります。


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広場に立つジュゼッペ・ガリバルディのモニュメント像


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時計塔がある建物はPalazzo del Governatore


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サン・ピエトロ教会に行ってみることに。


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955年の記録にサン・ピエトロ教会がこの地にあったことが記されているそうです。初代の建物を取り壊し、その上に新しいゴシック様式の建物が1418年から1492年にかけて再建されました。


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現在の新古典様式の建物は、1707年から1762年に建て替えられた三代目のものです。


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ファサードのスタッコはべニーニョ・ボッシ(アルチザーテ、1727‐パルマ、1800)の作品です。


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単廊式、新古典様式の内部です。翼廊がありません。


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左側壁


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右側壁


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クレメンテ・ルータ(パルマ、1685‐1767)の作品です。


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「聖ジュゼッペの死」


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べニーニョ・ボッシの作品です。


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べニーニョ・ボッシによるスタッコ装飾


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クーポラのフレスコ装飾はジョヴァンニ・アントニオ・ヴェッツァーニ(パルマで18世紀前半活動)によるものです。


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詳細不明の磔刑像です。


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主祭壇画


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アレッサンドロ・マッツォーラ(パルマ、1533‐1608)の「聖母子と2聖人」


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主祭壇前から見た出入口方向


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祭壇をもう一度見てから外に出ました。


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観光案内所でバスの時刻と発着場を確認しました。パルマ新駅のオープンによって、バスの発着場が変わりました。


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レプッブリカ通りです。見えているのはサン・ヴィターレ教会ですが、教会の扉が閉まっていました。


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次はサンタ・ルチア教会です。


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カヴール通りに戻りました。


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カヴール通りに面して建っているサンタ・アルチア教会です。


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サンタ・ルチア教会です。
1223年創建、1294年に奉献式が執り行われたサン・ミケーレ教会がこの場所にありましたが、そのサン・ミケーレ教会が現在のサンタ・ルチア教会の前身です。


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16世紀後半、サン・ミケーレ教会の建物は老朽化のため荒廃してしまったので、それを取り壊し、その上に新しい建物が再建されることになりました。
そうして、1615年に創建され、17世紀後半に建物が完成しました。1697年に再建されたバロック様式の建物の奉献式が執り行われました、それを機に捧げる聖人が大天使ミケーレから聖ルチアに変更され、教会の名称がサンタ・ルチア教会と改称されました。


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ファサードはマウロ・オッディの設計です。ファサード・ニッチの彫像「聖ビアージョ」と「聖ルチア」はジャコモ・バルビエーリの作品です。


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単廊式、バロック様式のこじんまりした内部です。


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壁の殆どがフレスコ画で覆われてます。


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フィリッポ・マリア・ガレッティ(フィレンツェ、1638‐1714)によるフレスコ画


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クーポラのフレスコ画もフィリッポ・マリア・ガレッティ(フィレンツェ、1638‐1714)によって描かれました。


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聖母被昇天


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主祭壇


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主祭壇画は、セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「聖ビアージョから聖体拝領する聖ルチア」(1730)


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この作品はセバスティアーノ・リッチの代表作とされてます。


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アントニオ・リゴーリの「聖霊降臨」


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オルガン


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アントニオ・リゴーリの「天上の聖母子と聖パオロと聖フランチェスコ」


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セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「聖セバスティアーノと聖ロッコ」


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ジュリオ・チェーザレ・アミダーノ(パルマ、1572‐1629)の「聖母子と聖ルチアとシチリアの聖アガタ」


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詳細不明


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説教壇


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詳細不明


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ファサードの裏側の壁にもフレスコ画が描かれてます。


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外に出ます。


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(つづく)

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旧市街の中心部へと続くガリバルディ通りです。


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ガリバルディ通りに面して建つサンタ・テレーザ教会が開いていたので、拝観することにしました。


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Chiesa di Santa Teresa del Banbino Gesuが正式名称です。
1548年、現在の教会がある土地に建設されたOratorio del Rossiが前身です。1584年、Oratorioはサンティッシマ・トリニータ教会に組み入れられ、Chiesa della Trinita Nuovaと改称しました。
1647年、教会は増築されることになり、建築家ジローラモ・ライナルディ(ローマ、1570‐1665)の設計によってバロック様式で、ほぼ現在の規模の建物になりました。
更にクーポラが増設されることになり、ボローニャの建築家ステファノ・ロッリ(ボローニャ、1665c‐1714以降没)の設計によって、1685年から1693年にかけてクーポラが建設されました。
ファサードは、エルメスと・ピアッツァとドメニコ・レーティの設計によって、1862年から1864年にかけて建設されました。ファサードが完成した1864年の姿が現在のものです。


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入口扉上ルネッタの浮彫
20世紀後半までトリニータ・ヌオーヴァ教会と称していましたが、1973年、現在の名称に改称されました。
今でもトリニータ・ヌオーヴァと呼ぶ地元の人が多いようです。一部では、その前の名称であるOratorio del Rossiと呼ぶ人もいるそうです。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。


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1548年に創建されたので、古い祭壇画などがありませんが、名前が知られた画家たちの作品があるので、美術ファンにとっては拝観する価値があると思います。


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バロック様式の教会にしては、若干控えめな装飾と言えるでしょう。


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クーポラ


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17世紀にドメニコ・レーティによって制作されたスタッコ装飾


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創建時のオルガンが残されてます。


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「三位一体」(1822c)


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左側壁第3礼拝堂にある「ロレートの聖なる家」
制作者情報等不祥


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ジュリオ・チェーザレ・アミダ―ニ(パルマ、1566‐1630)の「聖母子と聖人たち」


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577‐1668)の「聖母子と聖ピエトロとパドヴァの聖アントニオ」


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ヴィンチェンツォ・カンピ(クレモナ、1536‐1591)の「磔刑」


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16世紀の磔刑像


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バルトロメオ・チェージ(ボローニャ、1556‐1629)の「聖母子と聖人たち」


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詳細不明


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詳細不明


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ドメニコ・レーティのスタッコ装飾


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制作者不明の「聖テレーザ」


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作者不明の「聖テレーザ」


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アンドレア・シラーニ(ボローニャ、1610‐1670)の「マギの礼拝」


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主祭壇前から見た出入口方向です。


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外に出ました。


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ピロッタ宮殿を横に見ながら南に進みました。


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この日も入館しました。


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作品の写真を撮ることと作品鑑賞は両立しないので、主な美術館には一回の旅で2回入館することにしてます。


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Piazzale della Pace


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広場に立つ兵士のブロンズ像


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ガリバルディ通り


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王立歌劇場


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サンタ・マリア・デッラ・ステッカータ聖堂の拝観は後回しです。


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カヴール通りに行くことに。


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Borgo Angelo Mazzo


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オペラを見るためには絶好な場所にあるホテルで、特に台所がある部屋が勧めです。ただ、オペラ公演日の宿泊代が高く設定されているので、商魂逞しいオーナーが気になる人にはお勧めしません。


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カヴール通り


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ステッカータ広場の観光案内所に向かいました。


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(つづく)

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ローマ時代の碑文


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次の部屋です。


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制作者情報不詳の「プラクシテレス(紀元前4世紀頃のアッティカの彫刻家)作『エロース(恋愛の神)』の複製彫刻」
ファルネーゼ・コレクションです。


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青年の彫像


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サテュロス像


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玄武岩のトルソ(ヘレニズム末期)


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ゼウス・セラーピス
ゴンザーガ・コレクションです。


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オーケアノスの仮面(2世紀末‐3世紀初頭)


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古代陶器が展示されてます。


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黒地に赤や白で画像を描いたもので、古代ギリシャで流行しました。また赤地に黒で画像を描いたものも当時流行してました。


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古代ギリシャで流行した古代陶器を模倣してローマ時代にも多くの陶器が制作されました。


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取っ手が左右についているアンフォラと呼ばれる陶器


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紀元前6世紀の古代ギリシャの陶器


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紀元前6世紀の古代ギリシャ陶器


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白地に赤で描かれたアンフォラ


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古代陶器は考古学博物館の定番ともいえる展示物です。


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紀元前6世紀の古代ギリシャ陶器


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黒地に赤で描かれた陶器


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沢山あります。


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香油壺?


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P2630382
黒地に赤で描かれたアンフォラ


P2630383
紀元前6世紀の古代ギリシャ陶器


P2630388
香油壺


P2630390
日が差し込んでいました。


P2630391


P2630394
赤地に黒で描かれた古代ギリシャ陶器


P2630409
陶器のかけら


P2630443
テラコッタ製の奉納用の頭部(紀元前3‐2世紀)


P2630446
紀元前7世紀頃の陶器


P2630450
ブロンズ製副葬品


P2630451
コリント形式の兜(4世紀)


P2630454
大体見たようです。


P2630459
展示室の天井装飾


P2630462
出入口に向かいました。


P2630464


P2630471


P2630486
外に出ました。
(おわり)

P2630485
国立考古学博物館はピロッタ宮殿にあります。


P2630483
1760年、パルマ公爵フィリッポ・ディ・ボルボ―ネ(ブルボン)によって開館した博物館です。
2015年の年間入館者は20,169人でした。


P2630266
入館しました。


P2630268
ローマ時代のモザイク


P2630269
「女の胸像」(2世紀末)


P2630271
「男の胸像」(Eta Antoniana)


P2630273
「ルチオ・ヴェロ(ローマ、130‐169)の胸像」(2世紀)


P2630275
「女の胸像」(2世紀末)


P2630277
「少年の胸像」


P2630279
エジプトの棺
マリア・ルイージ女公爵はエジプト関連の考古学遺跡物の収集に熱心でした。


P2630281
26王朝の骨壺


P2630283
「Sacrofago di Shepsespath」


P2630285
エジプト遺跡からの発掘物


P2630287
「Sacrofago di Osoroeris」


P2630289
次の部屋です。


P2630290


P2630291


P2630292


P2630293
「皇帝アントニウス・ピウス(138‐161)の頭像」


P2630295


P2630296


P2630298
少女の肖像


P2630300
ローマ時代の彫像が並んでます。


P2630301
部屋の天井装飾


P2630302


P2630303
ローマ時代のモザイク


P2630304
小ドルスス(紀元前13‐23)
小ドルススはティベリウスの息子です。


P2630306
ルキウス・カルプルニウス・ピソ・カエソニヌス(紀元前48‐32)


P2630308
カリグラ(12‐41)


P2630311
エリア・ドルシッラ(17‐38)
アウグストゥスの孫がエリア・ドルシッラで、エリア・ドルシッラの兄がカリグラです。


P2630313
小アグリッピナ(15‐59)
ネロの母が小アグリッピナです。ネロの近衛兵によって小アグリッピナは殺されました。


P2630315
ネロ(37‐68)


P2630317
大アグリッピナ(紀元前14‐33)
大アグリッピナはアグリッパの娘で、小アグリッピナの母です。


P2630320
大ドルスス(紀元前38‐紀元前9)


P2630323
ゲルマニクス・ユリウス・カエサル(紀元前15‐19)
ゲルマニクス・ユリウス・カエサルの妻が大アグリッピーナです。


P2630326
頭がありませんが、アウグストゥス?


P2630329
系図があると便利です。


P2630330
次の部屋です。


P2630331


P2630333


P2630336


P2630337


P2630339
(つづく)

P2630128
次の展示コーナーです。


P2630130
フィリッポ・マッツォーラ(パルマ、1460c‐1505)の「玉座の聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタとアッシジの聖フランチェスコ」(1491)


P2630132
ミケーレ・マッツォーラ(パルマ、1503‐1529記録)とピエル・イラリオ・マッツォーラ(パルマ、1476c‐1545最終記録)の「玉座の聖母子と聖ウルダリコと聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ジュゼッペ」(1510‐20c)


P2630135
フィリッポ・マッツォーラ(パルマ、1460c‐1505)の「玉座の聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ジローラモ」(1490‐1500c)


P2630139
フィリッポ・マッツォーラ(パルマ、1460c‐1505)の「十字架を担ぐキリスト」(1490‐1500c)


P2630141
フィリッポ・マッツォーラ(パルマ、1460c‐1505)の「聖パオロの回心」(1490‐1500c)


P2630147
ベルナルド・ゼナーレ(トレヴィーリオ、1460c‐ミラノ、1526)の「玉座の聖母子」(1505‐10c)


P2630149
次の展示コーナーです。


P2630151
ヨザファト・アラルディ(モンテキアルゴロとパルマで1519‐1520記録)の「聖セバスティアーノ」


P2630154
べンヴェヌート・ティーシ通称イル・ガロファロ(フェラーラ、1476‐1559)の「受胎告知」(1530‐50c)


P2630157
べンヴェヌート・ティーシ通称イル・ガロファロ(フェラーラ、1476‐1559)の「天上の聖母子」(1510‐20c)


P2630160
べンヴェヌート・ティーシ通称イル・ガロファロ(フェラーラ、1476‐1559)の「羊飼いの礼拝」(1510‐20c)


P2630163
べンヴェヌート・ティーシ通称イル・ガロファロ(フェラーラ、1476‐1559)の「マギの礼拝」(1510‐30c)


P2630166
パルマの逸名画家作「聖母子」(15世紀末‐16世紀初頭)


P2630168
バルトロメオ・ラメンギ通称イル・バニャカヴァッロ・イル・ヴェッキオ(バニャカヴァッロ、1484‐ボローニャ、1542)の「聖家族と聖ジローラモ」(1510‐30c)


P2630172
ジョヴァンニ・ルテーリ通称ドッソ・ドッシ(サン・ジョヴァンニ・デル・ドッソ、1486c‐フェラーラ、1542)とバッティスタ・ドッシ(フェラーラ、1490‐1548)の「悪魔と戦う大天使聖ミケーレと昇天した聖母」(1533‐34)


P2630174
ジョヴァンニ・ルテーリ通称ドッソ・ドッシ(サン・ジョヴァンニ・デル・ドッソ、1486c‐フェラーラ、1542)の「エジプトへの逃避途中の休息」(1510‐20c)


P2630177
16世紀のフェラーラの逸名画家作「マギの礼拝」(1530‐40c)


P2630181
ジュゼッペ・マッツォーリ通称イル・バスタローロ(フェラーラ、1535c‐1589)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1560‐80c)


P2630184
アレッサンドロ・アラルディ(パルマ、1460c‐1528)の「受胎告知とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖セバスティアーノ」(16世紀第1四半世紀)


P2630187
クリストフォロ・カセッリ通称クリストフォロ・デイ・テンペレッリ(パルマ、1460c‐1521)の「聖母子」(15世紀末‐16世紀初頭)


P2630190
アレッサンドロ・アラルディ(パルマ、1460c‐1528)の「受胎告知」(1514)


P2630193
ジョヴァンニ・マルティーニ・ダ・ウーディネ(ウーディネ、1470/1475-1535)の「祈る救世主」(16世紀初頭)


P2630195
階上に向かいます。


P2630196
階上の展示は多くありません。


P2630198
ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1491-パルマ、1554)の「聖母子と天使たちと聖セバスティアーノと聖ロッコ」


P2630201
ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1491-パルマ、1554)の「聖ピエトロ・マルティーレ」(1530-32)


P2630204
16世紀のパルマの逸名画家作「ミケランジェロ・アンセルミ作『聖母子』の複製画」


P2630207
16世紀のエミリアの逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」


P2630210
フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490-1550)の「羊飼いの知らせ」(1530c)


P2630213
セバスティアーノ・ルチア―ニ通称セバスティアーノ・デル・ピオンボの領域(Ambito)の「オーストリアの聖マルゲリータ」(1545c)


P2630216
フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490-1550)の「授乳の聖母」(1520-30c)


P2630219
ポンポニオ・アッレグリ(コレッジョ、1521-パルマ、1593)の「聖母子と聖人たち(聖オルソラ、聖ルチア、聖ロッコ、聖クイリーノ)」(16世紀中頃)


P2630223
アンドレア・スクテッラーリ(ヴィアダーナ、1578-1598記録)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1586)


P2630227
ジャコモ・スピチョッティ通称スピリト・ジェンティーレ(パルマ、1520-1602)の「玉座の聖母子と聖フランチェスコと聖マカーリオと天使たち」(1554)


P2630230
ジュリオ・ピッピ通称ジュリオ・ロマーノ(ローマ、1499-マントヴァ、1546)の「天上のキリストと聖パオロとアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1520c)


P2630233
ハンス・ホルバイン・イル・ジョーヴァネ工房の「エラズモ・ダ・ロッテルダム(人文主義者)の肖像」(1530)


P2630236
セバスティアーノ・ルチア―ニ通称セバスティアーノ・デル・ピオンボ(ヴェネツィア、1485c-ローマ、1547)の「教皇パオロ3世ファルネーゼと従者の肖像」(1534-40)


P2630241
ジローラモ・シチョランテ・ダ・セルモネータ(セルモネータ、1521-ローマ、1575)の「聖母子と大天使聖ミケーレと聖ジュゼッペと聖ジョヴァンニーノ」((1565-75)


P2630245
ジョルジョ・ガンディーニ・デル・グラーノ(パルマ、15世紀末生まれ-1538)の「授乳の聖母と聖ジョヴァンニーノと聖マリア・マッダレーナと聖エリザベッタ」(1530c)


P2630247
アーニョロ・ブロンズィーノ工房の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1572c)


P2630251
ルドヴィーコ・マルミッタ(パルマ、1503-1561以前没)の「カルヴァリオへの上り」(1525)


P2630253
フランチェスコ・マッツォーラ通称イル・パルミジャニーノ(パルマ、1503-カザールマッジョーレ、1540)に帰属する「男の肖像」(1515-30)


P2630257
16世紀中頃のポー川流域の逸名画家作「男の肖像」(16世紀中頃)


P1240199
パルマのサン・パオロ修道院の床です。


P1240200
1471年から1482年に制作されたものです。


P1240201
国立美術館で展示されている作品の大部分がファルネーゼコレクションと思っていましたが、ファルネーゼコレクションは意外に少ないようです。


P1240202


P1240203


P1240205


P1240206
(おわり)

P2630037
1450年から1500年にかけてのパルマの絵画が展示されているコーナーです。


P1240084
Maestro della Madonna 57 di Parma の「聖母子と聖ジョヴァン・バッティスタと天使」(15世紀)


P1240129
ヤコポ・ロスキ(パルマ、1425‐カルピ、1504c)の「玉座の聖母子と聖ジローラモと聖ジョヴァン・バッティスタ」(1480‐90c)


P1240132
ヤコポ・ロスキ(パルマ、1425‐カルピ、1504c)の「玉座の聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコ」(1480‐90c)


P2630020
次の展示コーナーです。


P2630030
15世紀のパルマの逸名画家作「慈悲の行い」(15世紀中頃)


P2630033
15世紀のパルマの逸名画家作「慈悲の行い」(15世紀中頃)


P2630035
15世紀のパルマの逸名画家作「慈悲の行い」(15世紀中頃)


P2630036
15世紀のパルマの逸名画家作「慈悲の行い」(15世紀中頃)


P2630045
アーニョロ・デリ・エッリ(モデナ、1457‐1497記録)とバルトロメオ・デリ・エッリ(モデナ、1460‐1479記録)の「聖ピエトロ・マルティーレの生涯のエピソードのポリッティコ」(15世紀後半)
モデナのサン・ドメニコ教会にありました。


P2630046
聖ピエトロ・マルティーレ


P2630049
左上


P2630051
左中


P2630053
左下


P2630054
中央
欠落パネルが1枚あるようです。


P2630057
右上


P2630059
右中


P2630061
右下


P2630063
次の展示コーナーです。


P2630065
フランチェスコ・ライボリーニ通称イル・フランチャ(ボローニャ、1450‐1517)の「玉座の聖母子と5聖人(聖ベネデット、聖ジュスティーナ、聖スコラスティカ、聖プラチド、聖ジョヴァンニーノ)」(1515)


P1240150


P1240147
フランチェスコ・ライボリーニ通称イル・フランチャ(ボローニャ、1450‐1517)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(1510‐20c)


P2630071
フランチェスコ・ライボリーニ通称イル・フランチャ(ボローニャ、1450‐1517)の「死せるキリストへの哀悼」(1510‐15c)


P2630074
ジョヴァンニ・バッティスタ・チーマ通称チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459/1460‐1517/1518)の「聖母子と聖ミケーレと聖アンドレア」(1498-1500)
背景はコネリアーノの風景です。


P1240165


P1240167


P1240170
ジョヴァンニ・バッティスタ・チーマ通称チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459/1460-1517/1518)の「玉座の聖母子と音楽天使と聖人たち(聖ジョヴァン・バッティスタ、聖コズマ、聖ダミアーノ、聖アポッロニア、アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ?)」(1507)


P1240159
ジョヴァンニ・バッティスタ・チーマ通称チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459/1460-1517/1518)の「眠るエンデュミオーン」(1505-10)


P1240162
ジョヴァンニ・バッティスタ・チーマ通称チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459/1460-1517/1518)の「ミーダスの判断」(1505-10)


P2630098
ジョヴァンニ・アントニオ・アマデオの領域(Ambito di)の「マギの礼拝」(15世紀第4四半世紀)


P2630100
ジョヴァンニ・アントニオ・アマデオの領域(Ambito di)の「エジプトへの逃避」(15世紀第4四半世紀)


P2630096


P2630085
レオナルド・ダ・ヴィンチ(ヴィンチ、1452-アンブローズ、1519)の「若い女性の頭」(1500-10c)


P1240198


P2630089
ベルナルディーノ・ブティノーネ(トレヴィーリオ、1453以前-1510)の「聖ジローラモ」


P2630091


P2630095
詳細不明


P2630104
次の展示コーナーです。


P2630106
クリストフォロ・カセッリ通称クリストフォロ・デイ・テンペレッリ(パルマ、1460c‐1521)の「玉座の聖母子と聖イラーリオと聖ジョヴァン・バッティスタと音楽天使たちと永遠なる父と信者たち」(1499)


P2630109
クリストフォロ・カセッリ通称クリストフォロ・デイ・テンペレッリ(パルマ、1460c‐1521)の「戴冠の聖母」(1500‐10c)


P2630112
クリストフォロ・カセッリ通称クリストフォロ・デイ・テンペレッリ(パルマ、1460c‐1521)の「2音楽プット」(1500‐10c)


P2630115
クリストフォロ・カセッリ通称クリストフォロ・デイ・テンペレッリ(パルマ、1460c‐1521)の「2音楽プット」(1500‐10c)


P2630117
フランチェスコ・ダ・コティニョーラ通称ザガネッリ(コティニョーラ、1475c‐1532)の「ロランド・ポラヴィンチーノ一家の肖像」(1510‐20c)


P2630119
ロランド・ポラヴィンチーノと娘バルバラの肖像


P2630121
妻ドミティッロ・ガンバラの肖像


P2630123
ヴェネトの逸名画家作「男の肖像」(1500‐20c)
(つづく)

P2620929
ロレンツォ・ディ・ニッコロ・ディ・マルティーノ(フィレンツェ、1392‐1412記録)の「聖母子 クスピデ:救世主」(1390‐1400c)


P2620932
ジュリアーノ・ディ・シモーネ・リッチ(ルッカ、1387‐1397記録)の「玉座の聖母子と4天使と4聖人(アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖ジョヴァン・バッティスタ、聖フランチェスコ、殉教聖人)」(1390‐1400c)


P2620934
次の展示コーナーです。


P2620935
ゆったりとした展示で、鑑賞し易い美術館です。


P2620938
Maestro di San Davino (ピサとルッカ、1397‐1420c活動)の「聖母子と4聖人」(15世紀第1四半世紀)
白い紙が貼られてますが、修復箇所を示していると思われます。


P2620940
中央の授乳の聖母


P2620942
聖ベネデット、聖ミケーレ


P2620943
聖ジョアッキーノ、聖人(特定できません)


P1240066
修復箇所を示す白い紙がない時の作品画像です。


P2620947
スピネッロ・ディ・ルーカ・スピネッリ通称スピネッロ・アレティーノ(アレッツォ、1350/1352c-1410)の「聖フィリッポ・アポストロと聖グリサンテ」(1380-85)


P2620949
スピネッロ・ディ・ルーカ・スピネッリ通称スピネッロ・アレティーノ(アレッツォ、1350/1352c-1410)の「聖ドーリアと聖ジャコモ・ミノーレ」(1380-85)


P2620952
ゲラルド・ディ・ヤコポ・スタルニーナ(トスカーナとスペイン、1387から記録-1409/1413没)の「聖母戴冠」(1400-10c)


P2620954
ジョヴァンニ・ダ・フィエゾレ通称ベアート・アンジェリコ(フィエゾレ、1395/1400c-ローマ、1455)の「ウミルタの聖母と聖人たち(聖ジョヴァン・バッティスタ、聖パオロ、聖ドメニコ、聖フランチェスコ)」(1425-30c)


P2620958
15世紀の逸名画家作「受難の聖母」(1450-60c)


P2620962
クレタ=ヴェネツィアで活動した逸名画家作「ピエタ」(17世紀前半)


P2620964
ジョヴァンニ・ディ・パオロ(シエナ、1398-1482)の「キリストと十字架を持つ聖人たち」


P2620967
次の展示コーナーです。


P2620968
Maestro di Barga (ルッカ、15世紀初め活動)の「聖母子と4聖人」(1400-10c)


P2620970
聖母子と2音楽天使


P2620973
聖ステファノ、聖ジュリアーノ


P2620975
聖ロレンツォ、聖アントニオ・アバーテ


P2620977
ボッティチェッリの領域(Ambito di)の「聖母被昇天と聖ベネデットと聖トッマーゾ・アポストロ、聖ジュリアーノ」(16世紀初め)


P2620980
ドメニコ・ディ・フランチェスコ通称ドメニコ・ディ・ミケリーノ(フィレンツェ、1417-1491)の「聖ヴィンチェンツォ・フェッレーリ」(1450-70c)


P2620983
ビッチ・ディ・ロレンツォ(フィレンツェ、1373-1452)の「聖母子と4天使」(1433)


P2620986
ネーリ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1419-1492)の「聖母子と4聖人(聖フランチェスコ、聖バルトロメオ、聖ジョヴァン・バッティスタ、聖ジャコモ・マッジョーレ)」(1440-50c)


P2620990
フラ・ディアマンテ(テッラヌオーヴァ・ブラッチョリーニ、1430-フィレンツェ、1498まで記録)?の「悔悛の聖ジローラモ」(1450-70c)


P2620993
フラ・ディアマンテ(テッラヌオーヴァ・ブラッチョリーニ、1430-フィレンツェ、1498まで記録)?の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1450-70c)


P2620996
ベルナルディーノ・ディ・クリストフォロ・カナーツィ通称ベルナルディーノ・ダ・レンディナーラ(レンディナーラ、1448c-フェラーラ、1506/1507)の「聖イラーリオの木製壁龕」(1494)


P2620997
迫力があります。


P2620995


P2620999
ベルナルディーノ・ディ・クリストフォロ・カナーツィ通称ベルナルディーノ・ダ・レンディナーラ(レンディナーラ、1448c-フェラーラ、1506/1507)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの木製壁龕」(1494)


P2630002
次の展示コーナーです。


P2630003
ヤコポ・ロスキ(パルマ、1425-カルピ、1504c)の「パルマの旧カルミネ教会の剥離フレスコ」(1460-70c)


P2630007
逸名画家作「玉座の聖母子と聖ロッコと聖セバスティアーノ」(15世紀末)


P2630009
Maestro di Roccabianca (パルマ、15世紀第3四半世紀活動)の「聖ロレンツォの逮捕」(1460-70c)


P2630012
Maestro di Roccabianca (パルマ、15世紀第3四半世紀活動)の「聖ロレンツォの殉教」(146-70c)


P2630013
Maestro di Roccabianca (パルマ、15世紀第3四半世紀活動)の「聖ロレンツォを慰める天使」(1460-70c)


P2630016
ヤコポ・ロスキ(パルマ、1425-カルピ、1504c)の「聖母子と天使たちと永遠なる父」(1471)


P2630021
ヤコポ・ロスキ(パルマ、1425-カルピ、1504c)の「ご訪問と2聖人」(1460-70c)


P2630024
ご訪問


P2630026
聖イラーリオ


P2630028
聖ジローラモ


P1240126
白い紙がない時の作品画像です。(以前、撮った写真)
(つづく)

P2620852
次の部屋です。


P2620853
逸名彫刻家作「Porta di San Bertoldo」(10世紀)


P2620855
ポー川流域の逸名彫刻作「墓の碑文断片」(13‐14世紀)


P2620858
ポー川流域の逸名彫刻家作「聖年の記念碑」(14世紀初頭)


P2620860
ポー川流域の逸名彫刻家作「ジラーレ(蔦や葉が絡まった装飾)の板」(9世紀前半)


P2620862
ポー川流域の逸名彫刻家作「聖人と4信者の三角小間」(12‐13世紀)


P2620864
ポー川流域の逸名彫刻家作「ドラゴンの柱頭」(12‐13世紀)


P2620866
エミリアの逸名彫刻家作「アカンサス模様の柱頭」(1110‐15c)


P2620868
エミリアの逸名彫刻家作「子ヤギをつかむグリフィン(架空の動物)の柱頭」(1110‐15c)


P2620870
ポー川流域の逸名彫刻家作「ライオンの頭のメンソラ(棚)」(13世紀後半)


P2620872
ポー川流域の逸名彫刻家作「猿の頭のメンソラ(棚)」(13世紀後半)


P2620874
ポー川流域の逸名彫刻家作「聖母子」(14世紀)


P2620876
ベネデット・アンテラミ(パルマ、1178‐1196記録)の「Lastra con la Majestas Domini」(1178)


P2620878
ポー川流域の逸名彫刻家作「アカンサス模様の柱頭」(12世紀第1四半世紀)


P2620880
エミリアの逸名彫刻家作「スフィンクスの柱頭」(12世紀第1四半世紀)


P2620882
エミリアの逸名彫刻家作「聖マルティーノの柱頭」(12世紀第1四半世紀)


P2620884
ポー川流域の逸名彫刻家作「聖母の物語の柱頭」(11‐12世紀)


P2620885
前の柱頭と同じものです。


P2620887
ポー川流域の逸名彫刻家作「セイレーン(人魚)とジラーレ(蔦や葉が絡まった模様)の柱頭」(12世紀前半)


P2620889
ポー川流域の逸名彫刻家作「ケンタウロスの棚」(12世紀前半)


P2620891
ポー川流域の逸名彫刻家作「フェルレーディの柱頭」(1226)


P2620893
ベネデット・アンテラミ(パルマ、1178‐1196記録)の「ソロモンの判決、アブサロムの死、シバの女王と騎乗のアブサロム、ソロモン王とシバの女王」(1178)


P2620894
前の写真と同じ柱頭です。


P2620896
ベネデット・アンテラミ(パルマ、1178‐1196記録)の「楽園追放、カインとアベルの犠牲、アベルの殺害」(1178)


P2620897
前の写真と同じ柱頭です。


P2620898
前の写真と同じ柱頭です。


P2620900
ベネデット・アンテラミ(パルマ、1178‐1196記録)の「アダムとイヴを楽園に導く神、イヴの誘惑、原罪、裸を恥じるアダムとイヴ」(1178)


P2620901
前の写真と同じ柱頭です。


P2620902
前の写真と同じ柱頭です。


P2620904
次は絵画の展示です。


P2620905
相変わらず入館者が多くありません。


P2620907
アーニョロ・ガッディ(フィレンツェ、1369から記録‐1396没)の「玉座の聖母子と天使たちと聖人たち(聖ドメニコ、聖ジョヴァン・バッティスタ、聖ピエトロ・マルティーレ、聖パオロ、聖ロレンツォ、アクイーノの聖トッマーゾ)と祈る修道女」(1375)


P2620911
ベルナルド・ダッディ(フィレンツェ、1320‐1348記録)の「聖母子と聖ピエトロと聖パオロ」(1320‐30c)


P2620914
パオロ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1333から記録‐1358/1362没)の「磔刑と聖母子と聖人たちのトリッティコ」(1330-40c)


P1240048
シモーネ・ディ・フィリッポ通称シモーネ・デ・クロ―チフィッシ(ボローニャ、1354から記録-1399没)の「聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ジャコモ、本を持った聖人(特定できていません)と聖ビアージョ、聖オルソラと聖ルイージ9世」(1390-1400c)


P1240061
ニッコロ・ディ・ピエトロ(フィレンツェ、1368-1414記録)の「聖母の死と聖母被昇天」(1370-90c)


P1240063
聖母被昇天


P1240062
聖母の死


P1240051
プッチョ・ディ・シモーネ(フィレンツェ、1347から記録-1360/1362没)の「聖人たち」(14世紀中頃)


P2620923


P2620926
(つづく)

P2620682
引き続きSaggi Accademiciです。
パルマ公爵のフィリッポ・ディ・ボルドーネ(ブルボン)によってAccademia Parmenese di Belle Artiが1752年に設立されました。
コンテストが行われ、第1位と第2位を受賞した作品が主に展示されてます。


P2620740
ジャック・アンリ・サブル(スイス、モルジュ、1749‐パリ、1803)の「パッランテの死」


P2620742
ヴィンチェンツォ・カンニツァーノ(レッジョ・カラブリア、1742‐1768)の「キリストの変容」


P2620745
パオロ・ボッローニ(ヴォゲーラ、1749‐1819)の「アルプス越えのハンニバル」


P2620747
アントワン・ギブリン(フランス、エクスアンプロヴァンス、1739‐1813)の「スカニアデル川で戦うアキレス」
アントワン・ギブリンの代表作です。


P2620749
ジョヴァンニ・バッティスタ・バグッティ(ローヴィオ、1744‐1823)の「ヘラクレスとデーイアネイラ」


P2620752
ガエターノ・トライ―ル(ヴェローナ、1761‐1810)の「ルキウス・アルビウスとウェスタの巫女」


P2620754
アントニオ・パケーラ(ヴェローナ、1749‐1791)の「ルキウス・アルビウスとウェスタの巫女」


P2620756
ピエール・ドゥ・ハラス(パリ、18世紀)の「ラートーナとディアナ」


P2620759
ヴィンチェンツォ・グアラーナ(ヴェネツィア、1753‐1815)の「ソフォニスバの死」


P2620761
ピエル・パオロ・ペッシーナ(ミラノ、18世紀)の「ソフォニスバの死」


P2620763
パオロ・ダルダーニ(ボローニャ、1725‐1789)の「Il Tevere predice ad Enea la grandezza di Roma」


P2620767
パオロ・ガッリノーニ(カラヴァッジョ、18世紀)の「シルヴィアの雌鹿の殺害」


P2620770
ジョヴァンニ・マルティーノ・ボーニ(ヴェネツィア、1753‐1810)の「シルヴィアの雌鹿の殺害」


P2620772
ヴィンチェンツォ・グアラーナ(ヴェネツィア、1753‐1815)の「パッランテの死」


P2620776
ヴィンチェンツォ・グアラーナ(ヴェネツィア、1753‐1815)の「エネアとマルスとヴィーナス」


P2620777
ジョヴァンニ・バッティスタ・ダーモン・オルトラーニ(ローマ、1750c‐1789以降没)の「エネアとマルスとヴィーナス」


P2620780
ビアージョ・マンフレディ(レッジョ・エミリア、18世紀)の「アンキーセースとシビッラ・デイフォベとエネア」


P2620783


P2620785
ジョヴァンニ・バッティスタ・タリアサッキ(フィデンツァ、1696‐カステルボスコ、1737)の「聖母子と聖人たち」


P2620788
ガエターノ・カッラーニ(パルマ、1736‐1809)の「ロンゴバルドのベアート・二コラとガスパーレ・デ・ボーノ」


P2620791
ジュゼッペ・ペローニ(パルマ、1710‐1776)の「天上の聖母子と聖人たち」


P2620794
ジュゼッペ・ペローニ(パルマ、1710‐1776)の「聖ルチオの殉教」


P2620797
ジュゼッペ・ペローニ(パルマ、1710‐1776)の「聖ルチアの殉教」


P2620800
ジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)の作品ですが、題名が分かりません。


P2620803
ジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)の「ドン・フィリッポ・ディ・ボルボ―ネ一家の肖像」


P2620807
ジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)に帰属する「公爵一家の肖像」


P2620809
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「マリア・ルイージの彫像」(1810‐14)


P2620811
ロラン・ぺシュー(リオン、1729‐トリノ、1821)の「ドン・フィリッポ・ディ・ボルボ―ネの肖像」


P2620815
ロラン・ぺシュー(リオン、1729‐トリノ、1821)の「ルイーズ・イサベッラの肖像」


P2620818
ロラン・ぺシュー(リオン、1729‐トリノ、1821)の「ドン・フェルディナンド・ディ・ボルボ―ネの肖像」


P2620822
ジャン・マルク・ナティエ(パリ、1685‐1766)の「ボルゴーニャ伯爵の肖像」


P2620823
ロラン・ぺシュー(リオン、1729‐トリノ、1821)の「ルイーザ・マリア・テレーザの肖像」


P2620827
ヨーハン・ゾファニー(フランクフルト・アム・マイン、1733‐ロンドン、1810)の「オーストリアのマリア・アマリア女公爵」


P2620829
ヨーハン・ゾファニー(フランクフルト・アム・マイン、1733‐ロンドン、1810)の「ドン・フェルディナンド・ディ・ボルボ―ネの肖像」


P2620832
ピエトロ・メルキオッレ・フェラーリ(シッサ、1735‐パルマ、1787)の「リボリオ・ベルトルッツィの肖像」


P2620836
詳細不明
説明プレートがありません。


P2620837
ピエトロ・メルキオッレ・フェラーリ(シッサ、1735‐パルマ、1787)の「ドゥ・ティロ―の肖像」


P2620841
ピエトロ・メルキオッレ・フェラーリ(シッサ、1735‐パルマ、1787)の「ドン・フェルディナンド・ディ・ボルボ―ネの肖像」


P2620844
ガブリエル・フランソワ・ドイエン(パリ、1726‐サンクトペテルブルク、1806)の「ヴィルジーニアの死」


P2620847
ピエトロ・メルキオッレ・フェラーリ(シッサ、1735‐パルマ、1787)の「桃源郷」


P2620850
ポンぺオ・バトーニ(ルッカ、1708‐パルマ、1787)の「テーティ―スとケンタウロスとアキレス」
(つづく)

P2620634
La Rocchettaの次の展示室です。


P2620635
天井の装飾


P2620637
アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖プラチドと聖フラヴィアの殉教」(1524c)


P2620639
制作者情報不詳の「グリエルモ・デッラ・ポルタ作『十字架降下』の複製」(16世紀?)


P2620641
アントニオ・ベガレッリ(モデナ、1499‐1565)の「聖ベネデットの頭像」(1558c)


P2620645
アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「死せるキリストへの嘆き」(1524c)


P2620647
次の部屋です。


P2620649
フランチェスコ・マッツォーラ通称イル・パルミジャニーノ(パルマ、1503‐カザールマッジョーレ、1540)の「トルコの女奴隷」(1532c)


P2620652
アレッサンドロ・マッツォーラ・べドリ(パルマ、1533‐1608)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノと2天使」(1567c)


P2620655
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500c‐パルマ、1569)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1515c)


P2620657
フランチェスコ・マッツォーラ通称イル・パルミジャニーノ(パルマ、1503‐カザールマッジョーレ、1540)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1524c)


P2620660
ジョルジョ・ガンディーニ・デル・グラーノ(パルマ、15世紀末生まれ‐1538没)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖エリザベッタと聖マリア・マッダレーナ」(1527c)


P2620665
フランチェスコ・マッツォーラ通称イル・パルミジャニーノ(パルマ、1503‐カザールマッジョーレ、1540)に帰属する「自画像」


P2620668
ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1492‐パルマ、1556)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1530c)


P2620670
La Rocchettaの部屋です。


P2620672
ジョルジョ・ガンディーニ・デル・グラーノ(パルマ、15世紀末生まれ‐1538没)の「聖家族と聖人たちと天使たち」(1534‐35)


P2620674
フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)の「聖母子と聖人たち」(1520‐30c)


P2620678
ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1492‐パルマ、1556)の「聖家族と聖バルバラと天使」(1534)


P2620680
ホールに戻りました。


P2620682
ファルネーゼ・コレクションとは関係ない作品が展示されてます。


P2620681
神話を題材した作品が多いのが特徴です。


P2620684
ガスパーレ・ランディ(ピアチェンツァ、1756‐1830)の「ウリッセとディオメーデ」


P2620686
ジャコモ・ベルジェル(サヴォイア、1754‐ナポリ、1822)の「プリアモス王の前のシノーネ」


P2620688
ピエール・マティアス・ゴディン(ブルージュ、1752‐1811)の「プリアモス王の前のシノーネ」


P2620691
ジュゼッペ・フォルナローリ(ピアチェンツァ、1770c‐ミラノ、1820)の「アキレスを認めるウリッセ」


P2620683
べノー・ぺシュー(ローマ、1779‐パリ、1831以降没)の「聖ピエトロの殉教」


P2620694
フランコ・カプーリ(ボローニャ、18世紀活動)の「聖ピエトロの殉教」


P2620697
カルロ・べヴィラクゥア(ヴェネツィア、1775‐1849)の「ポリッセーナを殺すピュロス」


P2620702
ジュゼッペ・パオレッティ(ヴェネツィア、18世紀活動)の「ソクラテスの死」


P2620705
アントニオ・コルシ(ローマ、1811記録)の「イカロスのために翼を作るダイダロス」


P2620707
アントワーヌ・ティスラン(19世紀初頭活動)の「イカロスのために翼を作るダイダロス」


P2620710
ビアージョ・マルティーニ(パルマ、1761‐1840)の「ソクラテスの死」


P2620712
アントンワン・ボレル・ロガート(パリ、1743‐1810)の「スティクス(嫌忌の川)にアキレスを浸けるテーティ―ス」


P2620714
アントンワン・ボレル・ロガート(パリ、1743‐1810)の「アレキサンダー大王の逸話」


P2620717
アレッサンドロ・アルベルガンティ(ヴェルセシアーノ?、18世紀活動)の「スティクスにアキレスを浸けるテーテュース」


P2620719
フィリッポ・ダエッリ(ミラノ、1750‐?)の「ダヴィデの逸話」


P2620722
アレッサンドロ・アルベルガンティ(ヴァルセシアーノ?、18世紀活動)の「Il flagello della peste invocata da David」


P2620724
ジュゼッペ・デナスデ(18世紀)の「アレキサンダーと医者フィリッポ」


P2620728
コスタンティン・ヴァンケの「アレキサンダーと医者フィリッポ」


P2620730
ジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)の「プロメテオを解放するヘラクレス」


P2620733
ヴィンチェンツォ・ヴァルドレ通称イル・ファエンツァ(ファエンツァ、1750c‐1800c)の「眠そうなセレーノ」


P2620735
ジュリアーノ・トラバッレージ(フィレンツェ、1727‐ミラノ、1812)の「ローマを解放するフリオ・カミッロ」


P2620737
ピエトロ・メルキオッレ・フェラーリ(シッサ、1735‐パルマ、1787)の「麻痺の奇跡」
(つづく)

P2620561
国立美術館に入館しました。
ファルネーゼ劇場から美術館に入る順路では、古い作品から新しいものへとほぼ年代順に見ることが出来ますが、従来の出口から中に入ったので、新しい作品から見ることになり、少し戸惑いました。


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19世紀の作品が並ぶホールです。


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胸像が並んでますが、作品の説明プレートがないので、それらの紹介を省略します。


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これは、パルマの人なら直ぐに分かる有名な作品ですが、作品の説明プレートがありません。
この作品がここにある理由もパルマ人ならば、直ぐに分かるそうです。
ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「マリー・ルイーズ女公爵の肖像」
マリー・ルイーズ(ウィーン、1791‐パルマ、1847)は、神聖ローマ帝国の皇帝フランツ1世の娘で、フランス皇帝ナポレオン1世の皇后でした。
1814年、ナポレオン戦争終結後のヨーロッパの秩序を定めたウィーン会議によって、マリー・ルイーズのパルマ公国統治が決定されました。女公爵在位は、1814年から1847年でした。
パルマに在住していたマリー・ルイーズは、パルマ所縁の画家、特にコレッジョとパルミジャニーノの作品収集に力を入れ、その結果、この美術館の作品拡充に資することになったのです。


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ジョゼフ・レベッル(ウィーン、1787‐ドレスデン、1828)の「時化」


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ジョゼフ・レベッル(ウィーン、1787‐ドレスデン、1828)の「月夜の時化のナポリ湾」


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ローマ時代の彫刻「ヘラクレス」(2世紀)


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ローマ時代の彫刻「ファウヌス(森の神)とバッカス」(2世紀)


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コレッジョとパルミジャニーノの作品を見ることに。


P2620575
「La Rocchetta」と呼ばれている場所です。
マリー・ルイーズ女公爵はコレクションを増やしましたが、ここをコレッジョ作品を主に展示する場所としたのです。


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作品が取り外されていました。


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アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「受胎告知」(1521‐25c)


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制作者情報不詳の「パルミジャニーノ作『聖母子と聖ジローラモとフェルトレのベアート・ベルナルディーノ』の複製画」(17世紀初頭)


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制作者情報不詳の「コレッジョ作『聖母子と聖マリア・マッダレーナと聖ルチア』の複製画」
何処かで見たことがある作品と思いました。オリジナルはミラノのブレラ絵画館にあります。


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アンニーバレ・カラッチ(ボローニャ、1560‐ローマ、1609)とアゴスティーノ・カラッチ(ボローニャ、1557‐パルマ、1602)の「コレッジョ作『天使たち』の複製画」(16世紀末)


P2620591
同断


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パスクゥアーレ・テスタ(パルマ、1524‐1587)工房作のキャビネット


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キャビネットの寄せ木細工


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開館日の平均入館者数は200人弱となってます。


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アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖母戴冠」(1522c)


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アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「エジプトへの逃避途中の休息」


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次の部屋です。


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アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「ドゥオーモ・クーポラの聖母被昇天のシノピエ」


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アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「スカラの聖母」(1524c)


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アントニオ・アッレグリ通称イル・コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖母子と聖ジローラモと聖マリア・マッダレーナ」


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La Rocchettaの廊下のような展示室です。


P2620619
パオロ・トスキ(パルマ、1788‐1854)の「Traduzione」
コレッジョとパルミジャニーノがパルマに残したフレスコ画のTraduzioneです。traduzioneは翻訳とか通訳と言う意味です。パオロがコレッジョとパルミジャニーノが残したフレスコ画を彼なりに理解して制作したコピー画のようなものでしょう。


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パオロ・トスキ(パルマ、1788‐1854)の「Traduzione」


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パオロ・トスキ(パルマ、1788‐1854)の「Traduzione」


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パオロ・トスキ(パルマ、1788‐1854)の「Traduzione」


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パオロ・トスキ(パルマ、1788‐1854)の「Traduzione」


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カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「パオロ・トスキの肖像」


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カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「パルミジャニーノ作『聖アガタ』の複製画」


P2620627
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「パルミジャニーノ作『聖ヴィターレ』の複製画」


P2620628
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「コレッジョ作『スカラの聖母』の複製画」


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カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「コレッジョがサン・パオロの部屋に描いたフレスコ画の複製」


P2620630
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「コレッジョがサン・パオロの部屋に描いたフレスコ画の複製画」


P2620631
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「コレッジョがサン・パオロの部屋に描いたフレスコ画の複製画」


P2620632
カルロ・ライモンディ(ボッケ・ディ・カターロ、1809‐パルマ、1883)の「コレッジョがサン・パオロの部屋に描いたフレスコ画の複製画」
(つづく)


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ピロッタ宮殿に向かいました。


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Piazzale della Pace


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ピロッタ宮殿にパルマ国立美術館があります。


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ピロッタ宮殿は、パルマ、ピアチェンツァ、カストロの公爵だったオッタヴィオ・ファルネーゼ(ヴァレンターノ、1524‐ピアチェンツァ、1586)によって1580年に創建されました。


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オッタヴィオの死後、公爵を継承したアレッサンドロ・ファルネーゼ(ローマ、1545‐アラス、1592)によってピロッタ宮殿の建設が引き継がれました。アレッサンドロの死後、公爵となった、アレッサンドロの息子ラヌッチョ1世ファルネーゼ(パルマ、1569‐1622)に宮殿の建設が引き継がれましたが、1611年、建設工事が中断され、ルネサンス様式の宮殿は未完成のまま現在に至ってます。


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1611年に工事中断された時の姿が現在のものではありません。


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1944年5月、第二次世界大戦の爆撃によって、宮殿の一部が破壊されましたが、その部分を修復することなく、戦後に危険との理由で、破壊された部分を完全に破壊して安全にした後の姿が現在の姿です。


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2018年、公園と宮殿は工事中でした。


P2620542
ピロッタ宮殿に美術館がオープンしたのは、1760年でした。
古い資料になりますが、2015年の年間入館者は59,757人でした。


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パルマ国立美術館の展示の中心は、ルネサンス期にファルネーゼ家が収集した所謂ファルネーゼ・コレクションです。ファルネーゼ家では、特に第220代教皇パオロ3世ファルネーゼ(カニーノ、1468‐ローマ、1549)とパオロ3世の孫アレッサンドロ・ファルネーゼ・イル・ジョーヴァネ枢機卿(ヴァレンターノ、1520‐ローマ、1589)の2人が美術品の収集に熱心でした。


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宮殿の中に入ります。
残念ながら、ファルネーゼ・コレクションのお宝全部がここにあるわけではありません。コレクションの貴重な作品の大部分はカポディモンテ美術館に移されて、ピロッタ宮殿にあるのは、その残りカス?と言うべきでしょう。
ファルネーゼ・コレクションは、ローマのファルネーゼ宮(現フランス大使館)、カプラローラ(ヴィテルボの近く)のヴィラ・ファルネーゼ、パルマのピロッタ宮殿、ピアチェンツァのファルネーゼ宮殿に分散されていました。
17世紀中頃のパルマとピアチェンツァの公爵だったラヌッチョ2世ファルネーゼ(パルマ、1630‐1694)には、3人の男子がいました。先妻イサベッラ・デステとの間にできた長子で公世子のオドアルド2世(パルマ、1666‐1693)、後妻で先妻の妹エリザベッタとの間にできたフランチェスコ、アントニオがいました。
公世子のオドアルド2世は、ラヌッチョ2世の公爵在位中に死んでしまい、ラヌッチョの死後の公爵位は次男フランチェスコに引き継がれましたが、フランチェスコは子供に恵まれないまま1727年に死去してしまい、後継はアントニオとなりましたが、アントニオも子供に恵まれないまま1731年に死去してしまいました。
ラヌッチョ2世の公世子だったオドアルド2世には娘エリザベッタがいましたが、エリザベッタはスペイン王フェリペ5世の王妃でした。フェリペ5世とエリザベッタとの間に二人の息子カルロスとフィリッポがいました。
直系のファルネーゼ家はアントニオ・ファルネーゼ公爵の死を以って1731年に途絶え、ファルネーゼ・コレクションはスペイン王妃エリザベッタに引き継がれ、エリザベッタの息子カルロスがパルマ公になりました。
ところが、1734年、パルマ公のカルロスは、ナポリ公国王に叙せられ、カルロ3世となりましたが、その際、母エリザベッタから受け継いだファルネーゼ・コレクションもナポリに持って行ったのです。
新たにパルマ公になったのは、カルロスの弟フィリッポでしたが、ファルネーゼ・コレクション全部のナポリ移転に反対して、返還交渉を行い、コレクションの一部はパルマに戻されることになりました。
前述のように、1760年、パルマ公フィリッポによって、残されたファルネーゼ・コレクションを母体に一般に展示されることになりました。
ピロッタ宮殿に残されたファルネーゼ・コレクションは、更に問題が起きたのです。
1803年から1814年まで、パルマはナポレオンのフランスによって占領されてしまったのですが、同時にピロッタ宮殿にあった作品も戦利品としてパリに持ち去られてしまいました。
ナポレオンの失脚後、持ち去られた美術品の返還交渉が行われ、その大半はパルマに戻されましたが、一部はそのままパリに残され、現在、ルーヴル美術館で展示されてます。
ついでですが、カルロ3世によってナポリに移転されたファルネーゼ・コレクションの数々がナポリのカポディモンテ美術館の展示の根幹となってます。
ナポリにある傑作は、カポディモンテ美術館とカラヴァッジョが逃亡中にナポリで描いた作品になりますが、奇縁によってナポリの美術が面目が立ったと言えると思います。ファルネーゼが断絶せず、カラヴァッジョがローマで殺人を犯さなければ、ナポリの美術作品は悲惨な状況になっていたことでしょう。


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現在、ピロッタ宮殿には、パラティーナ図書館、ボドニアーノ美術館、国立考古学博物館、ファルネーゼ劇場、国立美術館があります。


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宮殿の中も工事中でした。


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展示室は1階(日本の2階)にあります。


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切符売り場です。


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国立美術館の出入り口です。
従来、ファルネーゼ劇場から美術館に入館し、この扉から出るのが普通でしたが、2018年には、劇場から美術館に行くことが出来なくなっていて、劇場から一旦切符売り場があるホールに出て、この扉から美術館に入館するようになっていました。


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写真右はファルネーゼ劇場への入り口です。2018年、この入り口は閉まっていました。


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図書館の入り口


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ホールの壁にあるフレスコ画の痕跡です。


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国立美術館とファルネーゼ劇場は、切符がセットになっています。先ずファルネーゼ劇場を見ることにしました。
前述のように、工事中のためか、劇場への何時もの扉が閉められ、その横に設けられた臨時?の出入り口から劇場に入りました。


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ファルネーゼ劇場です。


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パッラーディオ設計の、ヴィチェンツァにあるオリンピコ劇場を模して1618年に建設された木造劇場です。


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色々な公演が行われる現役の劇場です。


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残念ながら現在の劇場は1618年に建設されたオリジナルのものではありません。


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1618年に建設された劇場は、第二次世界大戦の爆撃によって消失してしまい、戦後にオリジナルの形に忠実に再建されたものが現在の劇場です。


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絵画と彫刻があります。


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舞台


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木組みの天井


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劇場の外の方に出ます。


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劇場の構造部


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戦災前の劇場を飾っていた彫刻が展示されてます。
ルーカ・レーティ(ライーノ、1598‐パルマ、1660)と協力者による「寓意的彫刻」(1618c)


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ルーカ・レーティ(ライーノ、1598‐パルマ、1660)と協力者による「寓意的彫像」(1618c)


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劇場の模型


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前の建物にあった焼失を免れた板絵


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同断


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船の模型が展示されてます。


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展示されている理由が分かりません?
ファルネーゼ・コレクション?


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消失した建物を飾っていた彫刻
吊り下げられた像は不気味です。


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舞台を上下させるもの


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劇場内に戻りました。


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劇場を出て、美術館に入館します。


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(つづく)

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パルマのドゥオーモ広場です。


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写真左端に教区博物館 Museo Diocesanoがあります。


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洗礼堂とのセット券で入館できます。


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ドゥオーモの対面にある建物はPalazzo Vescovileです。



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写真はPalazzo Vescovileの中庭です。


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博物館の入り口が別の建物にあるので、意外に思えますが、博物館はPalazzo Vescovileの中庭地下にあるのです。
早速入館しました。


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12世紀の聖水盤
ドゥオーモにありました。


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14世紀の大天使聖ミケーレ
ドゥオーモにありました。


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現在のドゥオーモの場所にあった初期キリスト教会の柱の一部


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Museo Diocesano 教区博物館なので、パルマ司教区に属する教会にあった作品などが展示されていると思いましたが、ドゥオーモのものばかりで、実態はドゥオーモ付属博物館でしょう。


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ドゥオーモの初代の建物にあったライオン像


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左は「ソロモン像」(高さ155cm)(1200‐10c)
右は「サバの女王」(高さ1200‐10c)
パルマ大聖堂洗礼堂にありました。


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手前の像は、「大天使聖ミケーレ」(高さ168cm)(1200‐10c)
パルマ大聖堂洗礼堂にありました。


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「大天使聖ミケーレ」(高さ175cm)(1200‐10c)
パルマ大聖堂洗礼堂にありました。


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アンテラミ派彫刻家による「ライオン像」(12世紀)
ドゥオーモにありました。


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アンテラミ派彫刻家による「ライオン像」(12世紀)
ドゥオーモにありました。


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左は、「預言者ダヴィデ」(1200‐10c)
右は、「預言者ナタン」(1200‐10c)
パルマ大聖堂洗礼堂にありました。


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「乞食にマントを与える聖マルティーノ」(12世紀)
ドゥオーモにありました。


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ドゥオーモにあった浮彫(12世紀)


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ドゥオーモにあった彫刻(12世紀)


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現在のドゥオーモが建っている場所にあった初期キリスト教会の床のモザイク


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同断


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同断


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初期キリスト教会の礎石


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ドゥオーモにあった幟(13世紀末)


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幟の先端部
これを掲げながら街を練り歩いたとされてます。


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図柄は、洗礼堂のクーポラのフレスコ画とほぼ同じです。


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2つの幟の先端、中部、下部と3枚の写真に分けて掲載してます。


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洗礼堂のクーポラのフレスコ画と同じと考えれば、制作者はグリスポロ・ディ・パルマ(パルマ、13世紀活動)とグリスポロ工房ということになりますが・・・・


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幟ではなくて、洗礼堂クーポラのフレスコ画の原画のように思うのですが・・・・


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Mensola con Protomo Leonina(13世紀末‐14世紀初頭)
ドゥオーモの洗礼堂にありました。


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初期キリスト教会の床


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浮彫(12世紀)
ドゥオーモにありました。


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同断


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12世紀に制作されてもので、ドゥオーモにありました。


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外に出ました。

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洗礼堂から外に出て、次は教区博物館です。


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洗礼堂と教区博物館が共通券になってます。


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Museo Diocesanoは、通常、教区に属する教会や修道院から集められた作品が展示されてますが、パルマの場合、ドゥオーモにあった作品が展示の中心になっていて、実質的にドゥオーモ付属博物館となってます。


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入館しました。


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この種の博物館としては、展示が少ない方でしょう。


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パルマ教区博物館については、後程項を改めて詳しく触れます。


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外に出たら、辺りはすっかり夕方の佇まいでした。


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もう閉館間近なのでパス。


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イタリアのオペラ劇場は、月に6,7日の公演が普通です。


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この日だけでなく、翌日、翌々日も公演がありません。


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ピロッタ宮殿は、この日の翌日に行きました。この日は、もう夕方で時間がありません。


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ガリバルディ通りをてくてく歩いてホテルに戻りました。


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夕食はホテル併設のレストランで。


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結構気に入ってます。


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クラテッロ・ディ・ジベッロが美味!
私が食べたイタリア生ハムでは、クラテッロ・ディ・ジベッロが最も美味しいと思います。


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皿が大き過ぎ。


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夜更けに外に出たけれど。


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直ぐに部屋に戻りました。


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翌日も快晴でした。


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ピロッタ宮殿に向かいました。


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公園は工事中でした。


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私にとって、パルマでの一番の見所はここです。


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パラティーナ図書館、ボドニアーノ博物館、ファルネーゼ劇場、国立美術館、国立考古学博物館がピロッタ宮殿にあります。


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宮殿の中も工事中でした。


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ファルネーゼ劇場と国立美術館はセットになってます。


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ファルネーゼ劇場です。


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以前は、劇場から美術館に行くようになっていましたが、今回は、劇場から一旦切符売り場のホールに出てから、従来、美術館の出口だった所から美術館に入館するようになっていました。


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作品の新しい時代のものから古い時代の作品を見て行くという、従来の逆の順路で見て行くことになりました。


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ファルネーゼ家のお宝収集作品は、直系相続人が絶えたことで、ナポリのカポディモンテに移されてしまい、その残りカス感が強いものの、それでも十分楽しめます。


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パルマ国立美術館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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レオナルド・ダ・ヴィンチの作品


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展示されている作品の数は、それほど多くはありません。


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国立考古学博物館も工事中でした。


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閉鎖されている部屋が数部屋あったと思います。


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興味深い展示ばかりで、時間をかけてゆっくりと見て回りました。


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国立考古学博物館も項を改めて詳しく触れる予定です。


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定番展示も数多くありました。


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かなり時間が経ちました。


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すっかり日が傾きました。


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この日も充実した一日になり、満足でした。


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(つづく)

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ベネデット・アンテラミの彫刻があるアーチの下に16のニッチ(壁龕)があります。


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16のニッチのうち、13のニッチにフレスコ画が描かれてます。あとの3つのニッチが扉となってます。
ニッチに描かれたフレスコ画を見て行きます。これらのフレスコ画は13世紀から15世紀に制作されたものですが、作品帰属がはっきりしないものが多いようです。


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Maestro del 1302 (エミリアで14世紀前半活動)の「ジェラルド・ビアンキ司教のニッチ」


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Maestro del 1302 (エミリアで14世紀前半活動)の「玉座の聖母子と天使と聖ジョヴァンニ・バッティスタとジェラルド・ビアンキ司教」


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次のニッチです。


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ブオナミコ・ディ・マルティーノ通称ブッファルマッコ(フィレンツェ、1290c‐1340)の「竜を退治する聖ジョルジョ」(1330‐36)


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ブオナミコ・ディ・マルティーノ通称ブッファルマッコ(フィレンツェ、1290c‐1340)の「キリストの洗礼」、「聖ジョヴァン・バッティスタの斬首」(1330‐36)


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次のニッチです。


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ベルトリーノ・ダ・ピアチェンツァの「玉座の聖母子と聖人たち」(14世紀)


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ベルトリーノ・ダ・ピアチェンツァのフレスコ画(14世紀)


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次のニッチです。


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ニッコロ・ダ・レッジョの「玉座の聖母子と2聖人」(14世紀)


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祭壇


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祭壇の後にあるニッチです。


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エセクトリ・デッラ・ヴォルタの「キリストの洗礼


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エセクトリ・デッラ・ヴォルタの「聖母子と4聖人」


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次のニッチです。


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14世紀のエミリアの逸名画家作「聖母戴冠」、「聖人たち」


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14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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次のニッチです。


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14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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次のニッチです。


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15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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次のニッチです。


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14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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次のニッチです。


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14世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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次のニッチです。


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15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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次のニッチです。


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15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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次のニッチです。


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15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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15世紀のエミリアの逸名画家のフレスコ画


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これで大体見終わりました。


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(おわり)

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洗礼堂の中に入りました。


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7,8年前に、ここで実際に洗礼式が行われているのを見ました。観光客を立ちリ禁止して洗礼式が行われると聞いたことがありますが、その辺はどうなっているのでしょうか。


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洗礼盤


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クーポラは、16本のコストローネ(肋材)から成る傘状になってます。


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クーポラの全面がフレスコ画で覆われてます。


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フレスコ画は、6つの同心円から成っており、テーマ毎に1つの同心円のフレスコ画が描かれてます。


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中心に近い赤色の同心円は、永遠の愛の赤い空を表現しているそうです。


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クーポラの中心から2番目の同心円に菱形が描かれてます。その菱形の中に星が描かれていて、その星はエルサレム上空に輝いているものとされてます。


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中心から3番目の同心円には、16本のコストローネで分けられた16の壁面に、12人の使途と4人の福音書記者が描かれてます。


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4番目の同心円には、キリストが描かれ、その左に聖母、キリストの右に聖ジョヴァンニ・バッティスタ、その他の壁面に13人の預言者が描かれてます。


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5番目の同心円には、聖ジョヴァン・バッティスタの生涯が12場面と4人の聖人が描かれてます。


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6番目の同心円には、アブラモ、自然の4要素(水、空気、土、火)、春夏秋冬の四季、聖母の生涯のエピソードが描かれてます。


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クーポラのフレスコ画は、グリスポロ・ディ・パルマ(パルマ、13世紀活動)とグリスポロ工房によって13世紀末に制作されました。


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フレスコ画の全場面の写真を撮ろうと思いましたが、見上げるのが辛くて直ぐに断念しました。


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上ばかり見ていると首が痛くなるし、やがて気持ち悪くなりました。


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制作するのが大変だったことでしょう。


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クーポラのフレスコ画はこのくらいで終わりにします。


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クーポラのフレスコ画の下に2層からなるギャラリーがあります。


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ギャラリーに何もないところが多いですが、ここに彫刻が置かれていたそうです。


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彫刻が置かれている場所があります。これらの彫刻は貴重な傑作とされてます。


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これらの彫刻を順を追って紹介しましょう。


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の傑作です。一部、アンテラミ工房の手が入っていると推察されてます。
左から、1月 水瓶座、2月 魚座


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左から3月 牡羊座、4月 牡牛座、5月 双子座


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の作品


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左の彫像は詳細不明です。
その右は、ベネデット・アンテラミの6月 蟹座、7月 獅子座


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左から8月 乙女座、真ん中は詳細不明、その右は9月 天秤座


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左から10月 蠍座、11月 射手座、12月 山羊座


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ギャラリーの説教壇


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3つの扉上ルネッタに彫刻があります。


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「エジプトへの逃避」


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「キリストの寺院への出現」


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房の「アルピコルドを弾くダヴィデ」
(つづく)

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次はパルマ大聖堂の洗礼堂 Battistero di San Giovanniです。


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12世紀後半から13世紀前半に活動した彫刻家であり、建築家でもあったベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の設計によって、1196年に創建され、1216年に一応の完成をみたゴシック様式の建物で、最終的な完成は1270年とされてます。
ロマネスク様式からゴシック様式へと変わる過渡期におけるゴシック様式の建物です。


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八角形、五連窓の四層構造の上にブランド・アーチを持つ、高さ35mの建物です。


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ブラインド・アーチの上に8本の尖塔がありますが、高さと形状は不均一となってます。


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先ず、外側の彫刻などを見て行きます。


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入口扉が3つありますが、正面扉 Portale della Madonnaから見て行きました。


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Portale della Madonna上ルネッタの彫刻は、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「マギの礼拝」です。


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正面扉の柱


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正面扉、向かって右側の柱


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柱頭


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)と工房による彫刻


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ゾオーフォロ(zooforo 人獣帯状装飾)と呼ばれている彫刻が75あります。


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1210c)と工房によってズオーフォロが作られました。


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柱頭


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殆どがオリジナルのものです。


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柱頭


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Zooforo


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Portale del Giudizio上ルネッタは、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「最後の審判」


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Portale del Giudizioの左


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Portale del Giudizioの右


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人獣帯状装飾


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Zooforo


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3つ目の扉Portale delle Vitaです。


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ルネッタの彫刻は、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「バラハムの伝説」


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横を見ました。


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外側は大体見たようです。


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(つづく)

引き続き交差ヴォールトのナヴァータに描かれたフレスコ画です。
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主祭壇から内陣二番目の交差ヴォールトから再開します。


P2600750
旧約聖書からの場面が描かれてます。


P2600751
クゥアドリーフォラ(四連窓)の上部はキリストの物語が描かれてます。


P2600753
四連窓の下部は聖人たちと予言者が描かれてます。


P2600755
交差ヴォールト天井のフレスコ画は、アレッサンドロ・マッツォーラ・べドリ(パルマ、1533‐1608)によって1571年から1574年に制作されたものです。


P2600756
逆光です。


P2600757
キリストの昇天


P2600759


P2600761
次です。


P2600763
ナヴァータのフレスコ画は、ラッタンツィオ・ガンバラ(ブレーシャ、1530‐1574)が、ベルナルディーノ・ガッティ通称イル・ソジャロ(パヴィア、1495/1496-クレモナ、1576)の協力を得て制作されました。


P2600765
イル・ソジャロの協力の詳細については分かりません。


P2600767


P2600768
次です。


P2600769


P2600771
最後の晩餐


P2600772


P2600774
次です。


P2600775


P2600778
十字架昇架


P2600779


P2600781
次です。


P2600783


P2600784
キリストの復活


P2600787
これでナヴァータのフレスコ画は終わりです。


P2600788
中央礼拝堂をもう一度見ました。


P2600789
次はファサードの裏の壁に描かれたフレスコ画です。


P2600790
ラッタンツィオ・ガンバラ(ブレーシャ、1530-1574)の「キリストの昇天」


P2600792
カルロ・カルヴィとグイド・モンタナーリのステンドグラス(1954)
従来のステンドグラス経時劣化によって欠落したので、1954年に新たに制作されたものです。


P2600793


P2600796


P2600798


P2600799


P2600800


P2600801


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P2600806


P2600809
これで終わりですが、コンソルツィオ礼拝堂のクリストフォロ・カセッリの作品がなかったように思います。


1
見当たらなかったクリストフォロ・カセッリ通称イル・テンペレッロ(パルマ、1460c‐1521)の「玉座の聖母子と聖イラーリオと聖ジョヴァンニ・バッティスタと音楽天使」(1499)
(外部サイトから作品画像を拝借しました)


P2600831
外に出ました。

P2600689
ベルニエーリ礼拝堂の中に入って拝観したかったのですが、鉄扉が閉まっていました。


P2600687
鉄格子の間からカメラを入れて写真を撮りました。


P2600692
チーマ・ダ・コネリアーノの領域(Ambito)の「ご訪問」(15末‐16世紀初頭)
Ambito di Tizianoと書かれている作品をティツィアーノの作品と間違えないようにしましょう。P2600702



P2600693
フレスコ画は、バルトリーノ・デ・グロッシ(パルマ、15世紀初頭に活動)によって描かれました。


P2600694
「聖セバスティアーノの物語」


P2600695
15世紀末のパルマの逸名彫刻家作「聖ジローラモ・ベルニエーリの聖櫃」


P2600697
右側廊


P2600698
右側廊交差ヴォールト天井のフレスコ画は、アレッサンドロ・マッツォーラ・べドリ(パルマ、1533‐1608)によって1571年から1574年に制作されました。


P2600699
次は、交差ヴォールトのナヴァータ上に描かれたフレスコ画を左ナヴァータから見て行きましょう。


P2600700
ファサードに近い方から主祭壇の方に向かって順番に見て行きます。


P2600701
交差ヴォールト天井のフレスコ画はアレッサンドロ・マッツォーラ・べドリ(パルマ、1533‐1608)によって描かれました。


P2600702
ナヴァータのフレスコ画は、ラッタンツィオ・ガンバラ(ブレーシャ、1530‐1608)がベルナルディーノ・ガッティ通称イル・ソジャロ(パヴィア、1495/1496-クレモナ、1576)の協力を得て、1567年から1573年に制作されました。


P2600703
受胎告知


P2600704


P2600705
上段が旧約聖書、中段がキリストの物語、下段が預言者、聖人たちとなってます。


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羊飼いの礼拝


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パオロ・フローニの「説教壇」(1613)


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クゥアドリーフォラ(四連窓 quadrifora)の上部は割礼


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クゥアドリーフォラの下部


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次です。


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嬰児虐殺


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P2600726
次です。


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P2600729
博士たちとの問答


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P2600733
次です。


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キリストの洗礼


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オルガン


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中央礼拝堂と後陣


P2600741
フレスコ画は、ジローラモ・マッツォーラ・ベドリの「最後の審判」(1538‐44)
アルベルト・ディ・モンフェオーロ・ダ・カッラーラの聖体容器(1486‐88)


P2600743
交差ヴォールト・ナヴァータの右側のフレスコ画に移ります。


P2600744


P2600746
寺院からの商人たちの追放


P2600747
(つづく)

P2600610
チェントーニ礼拝堂です。


P2600612
逆光です。


P2600614
チェントーニ礼拝堂の祭壇画は、アレッサンドロ・アラルディ(パルマ、1460c‐1528)の「玉座の聖母子と聖アントニオ・アバーテと聖パオロと寄進者ルドヴィーコ・チェントーニ」(1516)です。


P2600616
フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)の「磔刑」(153‐31)


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詳細不明


P2600623
詳細不明


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フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)の「キリストの受難」(1530‐31)


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天井のフレスコ画もフランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)によって1530‐31年に制作されました。


P2600633
次の礼拝堂です。


P2600635
Cappella del Comuneです。


P2600640
コムーネ礼拝堂の祭壇画は、ミケランジェロ・アンセルミ(パルマ、1491c‐ルッカ、1555c)の「聖母子と聖セバスティアーノと聖ロッコと聖オラーリオと聖ビアージョ」(1526c)です。


P2600642
詳細不明


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コムーネ礼拝堂の壁一面にフレスコ画が描かれてます。


P2600644
バルトリーノ・デ・グロッシ(パルマで15世紀初めから中頃活動)と工房に帰属する「聖セバスティアーノと聖ファビアーノの生涯のエピソード」(1450c)


P2600645
こちらの壁は聖ファビアーノの物語でしょうか?


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聖セバスティアーノ


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こちらの壁は聖セバスティアーノの物語でしょう。


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P2600664


P2600666
聖ロッコ?


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カドゥーティ礼拝堂です。今日ではバイアルディ礼拝堂と呼ばれることが多いようです。


P2600667
扉が閉まっていますが、見どころが乏しいので、その理由が分かりません。


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古いフレスコ画が落剝したので、その残渣を塗り潰し、20世紀に新たに制作されたフレスコ画です。


P2600670
ビアージョ・ビアゲッティによって1920年に制作されたフレスコ画


P2600673
ビアージョ・ビアゲッティと言う画家は全く知りません。


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サン・マルティーノ礼拝堂です。


P2600676
この礼拝堂の装飾も新しい。


P2600677
礼拝堂の壁全面にフレスコ画が描かれてます。


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ジローラモ・マニャーニのフレスコ画(1881‐82)


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18世紀末から19世紀初めにパルマで活動した逸名彫刻家作「聖ジュゼッペと幼きキリスト」(18世紀末)


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P2600686
(つづく)

P2600549
右翼廊のサン・パオロ礼拝堂です。


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オラツィオ・サマッチーニ(フィデンツァ、1770‐パルマ、1845)による天井装飾です。


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サン・パオロ礼拝堂のフレスコ画は、ポンポニオ・アレグリ(コレッジョ、1521‐パルマ、1845)の「シナイ山のモーゼ」(1560‐62)


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大聖堂で買い求めたガイドブックがあるので、作品帰属を書くのが容易です。


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アントニオ・プレシャーニの「聖パオロの回心」
サン・パオロ礼拝堂の祭壇画です。


P2600562
詳細不明


P2600564
詳細不明


P2600565
次はマドンナ・デッレ・ネ―ヴェ礼拝堂です。


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カティーノのフレスコ画は、クリストフォロ・カセッリ(パルマ、1460‐1521)の「父なる神」(1505‐06)


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金が使われてます。


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詳細不明の「無原罪の聖母」


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クリストフォロ・カセッリ(パルマ、1460‐1521)の「死せるキリストを支える2天使」(1507)


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バルトロメオ・モンティーニの墓碑


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この上にチーマ・ダ・コネリアーノの「玉座の聖母子と聖人たち」がありましたが、取り外され、現在はピロッタ宮殿のパルマ国立美術館にあります。


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バルトロメオ・モンティーニの墓(1507)


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エルコーレ・プロカッチーニ・イル・ヴェッキオ(ボローニャ、1515‐1595)の「兵士」(1560‐62)


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お目当ての作品です。
パルマ大聖堂で必見の作品を1点挙げるとすれば、これになると思います。


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ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の「十字架降下」(1178)


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日光が変に当たって、作品が見難くて困りました。


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傑作は何度見ても見飽きることがありません。


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右側廊の柱頭


P2600596



P2600597
サンタガタ礼拝堂の扉が閉まっていました。


P2600600
鉄格子の間にカメラを入れて写真を撮りました。


P2600601
サンタガタ礼拝堂の祭壇を飾るベルナルド・ガッティ通称イル・ソジャロ(パヴィア、1495/1496-クレモナ、1576)の「磔刑と聖マリア・マッダレーナと聖アガタとウベルティの聖ベルナルドと天使」(1566-74)
ベルナルド・ガッティの代表作です。彼の代表作がパルマ大聖堂にあることはあまり知られていないと思います。


P2600598
サンタガタ礼拝堂のフレスコ画は、セバスティアーノ・ガレオッティ(フィレンツェ、1675-モンドヴィ、1746)とペッレグリーノ・スパッジャーリ(ミラノ、1728-1750記録)の二人によって、1717年から1719年に制作されました。


P2600604
フレスコ画のテーマは「天上の聖ジョヴァンニ・アバーテ」


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・カリッシーミ家の墓」(1520-47)


P2600606
詳細不明


P2600607
詳細不明


P2600608
かなり傷んでます。


P2600609
聖水盤
(つづく)

クリプタの続きです。
P2600479
詳細不明


P2600480
ベルトリーノ・デ・グロッシ(パルマ、1425‐1462記録)工房によって描かれたフレスコ画


P2600481
クリプタの礼拝堂


P2600482
クリプタの礼拝堂


P2600483
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500‐1569)の「ウベルティの聖ベルナルディーノの墓」(1544)


P2600484
クリプタの拝観が終わりました。


P2600485
内陣に戻りました。


P2600486
左側の礼拝堂を見て回りました。


P2600488
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「磔刑と聖人たち」(1753)


P2600489
左翼廊天井


P2600490
詳細不明


P2600491
左翼廊の礼拝堂を見ます。


P2600492


P2600493
これがあると助かります。


P2600497
アッスンタ礼拝堂です。


P2600498
アッスンタ礼拝堂のフレスコ画は、ミケランジェロ・アンセルミ(パルマ、1492‐ルッカ、1554)によって1548年に制作されました。


P2600499
ミケランジェロ・アンセルミのフレスコ画


P2600500
同断


P2600506
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティンティ(パルマ、1558‐1617)の「聖母被昇天」(1589‐91)


P2600507
次はサン・フェルモ礼拝堂です。


P2600512
アントニオ・パシーニ(フィデンツァ、1770‐パルマ、1845)の「キリストの埋葬」(1815)


P2600509
サン・フェルモ礼拝堂のフレスコ画です。
オラツィオ・サマッチーニ(ボローニャ、1532‐1577)の「モーゼの奇跡」(1570‐76)


P2600514
サン・フェルモ礼拝堂にある彫刻(詳細不明)


P2600516
サン・フェルモ礼拝堂にある彫刻(詳細不明)


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説教壇


P2600520
クーポラ


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クーポラのフレスコ画が傑作として有名です。


P2600522
四隅は4福音書記者


P2600545
アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ通称コレッジョ(コレッジョ、1489c‐1534)の「聖母被昇天」(1526‐30)


P2600543
コレッジョの代表作です。


P2600528
制作は危険と隣り合わせでしょうね。


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次は後陣の礼拝堂です。


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P2600526
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500‐1569)の「最後の審判」(1538‐44)


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ジローラモ・マッツォーラ・ベドリによるフレスコ画


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アントニオ・ギデッティの祭壇の装飾彫刻(1766)


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P2600539
詳細不明


P2600530
後陣の礼拝堂


P2600531


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中央礼拝堂前から見た出入口方向


P2600533


P2600541
オルガン


P2600540
青銅製の祭壇(12‐13世紀)
(つづく)

P2600413
サン・セヴェーレ礼拝堂です。


P2600415
詳細不明


P2600417
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「天使たちと聖人たちと磔刑」


P2600419
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「聖ルチアと聖アグネスと聖アポッロニア」


P2600422
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「聖パスクゥアーレ・バイロン」


P2600424
詳細不明


P2600426
ガスパーレ・トラヴェルシ(ナポリ、1732c‐1769)の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」


P2600427
詳細不明


P2600428
扉が閉まっていたサン・マルティーノ礼拝堂です。


P2600429
鉄柵の間にカメラを入れて写真を撮りました。


P2600432
16世紀後半のパルマの逸名画家作「聖母子」(16世紀第3四半世紀)


P2600434
サン・マルティーノ礼拝堂の天井フレスコ画です。


P2600435
サン・マルティーノ礼拝堂のフレスコ画は、セバスティアーノ・ガレオッティ(フィレンツェ、1675‐モンドヴィ、1719)によって1719年に描かれました。


P2600436
セバスティアーノ・ガレオッティの「天上の聖母と天使たち」(1719)


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ピエル・ルイージ・パッラヴィンチーノの「威厳の聖母と天使たち」(1966)


P2600441
1423年から1426年に建設されたヴァレーリ礼拝堂です。
扉が閉まっていました。


P2600444
この礼拝堂は壁一面に描かれたフレスコ画が必見ですが、鉄扉が邪魔して写真がうまく撮れません。


P2600435
鉄格子にカメラを入れて写真を撮りました。


P2600445
ベルトリーノ・デ・グロッシ(パルマ、1425‐1462記録)と工房によって制作されたフレスコ画です。ジョヴァンニ・ダ・モデナのスタイルで描かれたそうです。


P2600446
フレスコ画のテーマは、この礼拝堂の注文主であるクリストフォロ・ヴァレーリの家族とキリストの物語となってます。


P2600447
クリストフォロ・ヴァレーリはパルマの有力政治家でしたが、政争に敗れてパルマから追放されてしまいました。追放後に彼の家族を思って、このフレスコ画を注文したそうです。


P2600448


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P2600452
制作者情報不詳の「磔刑像」(15世紀)


P2600453
他の信者がいなかったので、クリプタに入ることにしました。信者以外は立ち入りが禁止されてます。


P2600454
クリプタです。


P2600455
規模の大きなクリプタです。


P2600457
クリプタの礼拝堂の祭壇画、フレスコ画などを見て回りました。


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ミケランジェロ・アンセルミ(パルマ、1492‐ルッカ、1554)の「家族に顕現する聖アグネス」(1526)


P2600460
次のクリプタ礼拝堂です。


P2600463
アレッサンドロ・アラルディ(パルマ、1460c‐1528)の「聖母の結婚」(1519)


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クリプタの壁にフレスコ画の断片が残されてます。


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ベルトリーノ・デ・グロッシ工房によって制作されたフレスコ画


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クリプタにある礼拝堂です。


P2600468
詳細不明のフレスコ画


P2600470
アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666‐1740)の「聖イラーリオ」(1733)


P2600471
詳細不明


P2600472
詳細不明


P2600474
ベルトリーノ・デ・グロッシ工房によって制作されたフレスコ画


P2600478
同断


P2600476
(つづく)

今回は、ロマネスク様式建築物の代表作の一つであり、ルネサンス様式の内部装飾が見所のパルマ大聖堂です。
P2610357
ドゥオーモ通りからドゥオーモ広場に向かいました。


P2600395
ドゥオーモ広場にやってきました。


P2600397
パルマ大聖堂、Cattedrale di Santa Maria Assuntaです。1834年、教皇グレゴリオ16世によってBasilica Minoreに格付けされました。


P2600813
現在のドゥオーモが建っている場所に既に初期キリスト教会がありました。
9世紀頃、パルマ司教だったグイボルド(?、820c‐パルマ、895)司教は、初期キリスト教会を取り壊し、その上に新しい建物の建設を決め、新しい建物の奉献式が890年に行われました。
しかし、1055年、または1058年に起きた火災によって、建物が消失してしまったので、1061年頃から再建作業が開始されました。二代目の建物の奉献式が、1106年、第160代教皇パスクゥアーレ2世(ブレダ、1050c‐ローマ、1118)によって執り行われました。


P2600814
その後、地震に見舞われ、途中修復工事が行われた結果、二代目の建物は当初予定よりも遅れて1170年頃に一応完成しました。


P2600812
現在の姿の原形は、13世紀のものです。


P2600826
高さ63mのゴシック様式の鐘楼は、オビッツィオ・サンヴィターレの設計によって、1284年から1294年に再建された二代目のものです。


P1230330
鐘楼は、ご覧のように長い間、修復工事が行われていました。
2009年10月21日の深夜から翌22日の未明にかけて、パルマは大雷雨に見舞われ、その際の落雷によって鐘楼は火災が発生して大きな被害を受けてしまいました。そのため、修復工事が行われ、2015年9月19日に工事が完了するまで、ご覧のような状態の姿だったのです。


P1230334
鐘楼の横に洗礼堂が建ってます。


P2600396
洗礼堂は、ベネデット・アンテラミ(ヴァル・ディンテルヴィ、1150c‐1230c)の設計によって1196年から1216年頃に建設されました。
洗礼堂については、別に取り上げることにします。


P2600815
ジャンボノ・ダ・ビッソーニのプロテュルムのライオン(1281)


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ライオン像は左右で一対です。


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ロマネスクの彫刻


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柱頭の彫刻


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ルチーノ・ピアンキーノの門(1491)


P1230351


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聖堂内に入りました。


P2600399
三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


P2600400
右側廊方向


P2600401
天井


P2600402
聖堂内の構造図


P2600403
これがあると助かります。


P2600404


P2600405
アレッサンドロ・アラルディ(パルマ、1460c‐1528)の「聖家族とドメニコ・ダ・イーモラ司教」(1496)


P2600406
礼拝堂を順番に見て行きます。


P2600407
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「ご訪問」


P2600409
見所が豊富です。


P2600410
詳細不明


P2600411
左側廊


P2600412
(つづく)

第15室の続きです。
P2610268
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「旅人と羊飼いがいる風景」


P2610271
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「戦闘」


P2610274
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノの領域(Ambito)の「戦闘」


P2610276
イラリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「騎兵がいる風景」


P2610279
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「騎兵戦」


P2610282
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「騎兵戦」


P2610286
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「騎兵戦」


P2610288
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「水浴するニンフ」


P2610292
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「合奏」


P2610295
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「ニンフとプットたち」


P2610297
次の部屋です。


P2610298
第16室になります。


P2610299
イグナツィオ・ステルン(オーストリア、1679‐ローマ、1748)の「磔刑像を手に瞑想する聖ブルノーネ」


P2610302
アントニオ・ムリエ通称イル・テンペスタ(オランダ、ハールレム、1637‐ミラノ、1701)の「パリーデの判決」


P2610306
アントニオ・ムリエ通称イル・テンペスタ(オランダ、ハールレム、1637‐ミラノ、1701)の「ヴィーナスとアドーネ」


P2610309
クロード・ロレイン(フランス、シャマーニュ、1600‐ローマ、1682)の「幸福な出来事」


P2610311
18世紀後半のヴェネトの逸名画家作「カナレット作『ドーロのブレンタ川』の複製画」


P2610315
ジャコモ・アントニオ・ボーニ(ボローニャ、1688‐ジェノヴァ、1766)の「漁師がいる風景」


P2610317
フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「天上の聖母子と聖ジョルジョと聖マルコと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


P2610321
フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「聖ジュゼッペの死」


P2610325
フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「パオラの聖フランチェスコの奇跡」


P2610328
フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「教皇聖グレゴリオと聖人たち」


P2610331
フランチェスコ・フォンテバッソ(ヴェネツィア、1707‐1769)の「十字架の発見と聖エレーナ」


P2610333
劇場?


P2610334
第17室


P2610335
次の部屋です。この部屋から展示作品全点の紹介を控えます。(興味がないから)


P2610336
第18室


P2610338
エンリコ・バンディーニ(パルマ、1807‐1888)の「彫刻家トッマーゾ・バンディーニ」(1830c)


P2610341
ベルナルディーノ・リッカルディ(パルマ、1814‐ローマ、1854)の「嘆きの聖母」(1839)


P2610344
ジョヴァンニ・リッコ(パルマ、1817‐1873)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1840)


P2610347
ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「十字架を担ぐ聖ジョヴァンニ」(1816c)


P2610349
次の部屋です。


P2610350
第19室


P2610351
次の部屋です。


P2610352


P2610353
第20室


P2610354
第21室で終わりです。


P2610355
外に出ました。
アンニーバレ・カラッチ、ラヴィーニア・フォンターナ、ジョヴァンニ・ランフランコの作品などが印象に残りました。
(おわり)

P2610156
次の部屋です。


P2610157
第13室になります。


P2610159
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称イル・グエルチーノの領域(Ambito)の「苦しみのキリスト」(17世紀)


P2610162
18世紀の逸名画家作「聖母の神殿奉献」


P2610165
バルトロメオ・マンフレディ(オスティアーノ、1587‐ローマ、1622)に帰属する「男の頭」


P2610168
テオフィリ・ビグー通称マエストロ・キャンドルライト(フランス、アルル、1579‐アヴィニョン、1650)の「聖母の頭」


P2610171
バルトロメオ・マンフレディ(オスティアーノ、1587‐ローマ、1622)に帰属する「男の頭」


P2610174
ジュゼッペ・チェーザリ通称カヴァリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568‐ローマ、1640)の「キリストの頭」


P2610177
ジュゼッペ・チェーザリ通称カヴァリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568‐ローマ、1640)の「兵士の頭」


P2610179
17世紀にローマで活動したフランス人逸名画家作「羊飼いの礼拝」(17世紀後半)


P2610182
18世紀のエミリアの逸名画家作「聖チェチリア」


P2610184
パルマの家具工房作「箪笥」(18世紀初め)


P2610187
アンドレア・ランツァーニ(ミラノ、1641‐1712)の「エジプトへの逃避途中の休息」


P2610190
制作者情報不詳の「ティツィアーノ作『救世主』の複製画」


P2610193
ベネデット・ジェンナーリ(チェント、1633‐ボローニャ、1715)の「聖アグネス」


P2610195
17世紀前半のフィレンツェの逸名画家作「純潔の寓意」


P2610200
17世紀のエミリアの逸名画家作「グイド・レーニ作『悲しみの聖母』の複製画」


P2610203
18世紀のトスカーナの逸名画家作「グイド・レーニ作『鳩の聖母』の複製画」


P2610206
17世紀のエミリアの逸名画家作「グイド・レーニ作『聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ』の複製画」


P2610209
フィレンツェの逸名画家作「謙虚の寓意」(17世紀前半)


P2610211
ジョヴァン・フランチェスコ・フェランテ(ボローニャ、1600‐ピアチェンツァ、1653)の「聖アンドレア・アヴェッリーノ」


P2610214
次の部屋です。


P2610215
第14室


P2610217
ジョヴァン・バッティスタ・ガウッリ通称イル・バチッチョ(ジェノヴァ、1639‐ローマ、1709)の「光悦の聖イグナツィオ」


P2610220
アレッサンドロ・マリ(トリノ、1650‐マドリッド、1707)の「アレッサンドリアの聖カテリーナ」


P2610223
アレッサンドロ・マリ(トリノ、1650‐マドリッド、1707)の「パドヴァの聖アントニオ」


P2610226
アレッサンドロ・マリ(トリノ、1650‐マドリッド、1707)の「聖チェチリア」


P2610229
制作者情報不詳の「ティツィアーノ作『カルロ5世の肖像』の複製画」


P2610231
ジョヴァンニ・ボッラ(パルマ、1650‐1735)の「聖家族」


P2610235
アントニオ・モロ(アントニス・モル)(オランダ、ユトレヒト、1517‐ベルギー、アントウェルペン、1577)の「パルマ=ピアチェンツァ公爵夫人、マルゲリータ・デ・オーストリアの肖像」


P2610238
フランス・デニス(アントワープ、1610‐マントヴァ、1670)の「ラヌッチョ2世の肖像」(1662)


P2610241
フランス・デニス(アントワープ、1610‐マントヴァ、1670)に帰属する「イサベッラ・デステ」(1664‐66)


P2610243
次の部屋です。


P2610244
第15室


P2610246
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1609‐マントヴァ、1664)の「雄鶏、七面鳥、ネズミ」


P2610249
フェリーチェ・ボセッリ(ピアチェンツァ、1650‐パルマ、1732)の「野菜、果物、肉の静物画」


P2610252
ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ通称イル・グレチェット(ジェノヴァ、1609‐マントヴァ、1664)の「猫、亀、鳥の静物画」


P2610255
フェリーチェ・ボセッリ(ピアチェンツァ、1650‐パルマ、1732)の「野菜、果物、肉の静物画」


P2610258
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「サティーロ、ニンフ、プットたち」


P2610261
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「サティーロとニンフとプットたちの遊び」


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フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「プット、サティーロ、ニンフ」
(つづく)

P2610059
次の部屋です。


P2610060
第10室になります。


P2610062
エルコーレ・デッラバーテ(モデナ、1562‐1613)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


P2610065
アントニオ・マリア・ヴィアーニの領域(Ambito)の「三位一体」(17世紀前半)


P2610068
パルマの逸名画家作「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1600‐10c)


P2610071
ジョヴァンバッティスタ・ザノリーニ(フィデンツァ、1593‐1599存在確認)の「聖母子とパドヴァの聖アントニオとオリヴェート会修道士聖人」


P2610073
バルトロメ・エステバン・ムリーリョの領域(Ambito)の「幼きキリスト」(18世紀後半)


P2610077
16世紀初頭のエミリアの逸名画家作「マールテン・デ・フォス作『聖家族と天使たち』の複製画」


P2610080
バルトロメ・エステバン・ムリーリョの領域(Ambito)の「聖ジョヴァンニーノ」(18世紀後半)


P2610083
ジョヴァンバッティスタ・ターリアサッキ(フィデンツァ、1696‐カンプレモルド・ソプラ、1737)の「聖ジョヴァンニーノ」


P2610086
フランス・フランケン2世・イル・ジョーヴァネ(17世紀後半活動)の「羊飼いの礼拝」


P2610089
16世紀後半のフランドルの逸名画家作「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P2610093
フェラーラの逸名画家作「我に触れるな」(1590‐1600)


P2610095
フェラーラの逸名画家作「ピエタ」(1590‐1600)


P2610098
次の部屋です。


P2610105
第11室


P2610099
ここは、旧サン・パオロ修道院の台所でした。


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17世紀中頃のパルマの家具工芸工房作「クローゼット」


P2610108
次の部屋です。


P2610109
第12室


P2610111
フランチェスコ・ストリンガ(モデナ、1635‐1709)の「天上の聖母子と天使たち」


P2610114
カルロ・ボノーネ(フェラーラ、1569‐1632)の「永遠なる父の頭」


P2610117
ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582‐ローマ、1647)の「聖ブルノーネ」


P2610119
カルロ・ボノーネ(フェラーラ、1569‐1632)の「聖人の頭」


P2610123
18世紀のヴェネトの逸名画家作「聖母被昇天」


P2610127
ジョヴァンニ・マウロ・デッラ・ローヴェレ通称フィアッミンギーノ(ミラノ、1575‐1640)の「寓意的場面」


P2610130
ジョヴァンニ・アントニオ・ファゾーロ(マンデッロ・デル・ラーリオ、1530‐ヴィチェンツァ、1572)の「男の頭」


P2610133
ジョヴァンニ・アントニオ・ファーゾロ(マンデッロ・デル・ラーリオ、1530‐ヴィチェンツァ、1572)の「女の頭」


P2610138
17世紀前半のエミリアの逸名画家作「聖母子」


P2610140
17世紀のパルマの逸名画家作「バルトロメオ・スケドーニ作『キリストの埋葬』の複製画」


P2610145
バルトロメオ・スケドーニ(モデナ、1578‐パルマ、1615)の「聖エリザベッタの施し」


P2610148
シスト・バルダロッキオ(パルマ、1585‐ローマ、1585c)の「聖母」


P2610150
ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582‐ローマ、1647)の「聖オッタヴィオの殉教」


P2610153
ヴァレリオ・カステッロ(ジェノヴァ、1624‐1659)の「聖ジャコモを洗礼する聖ピエトロ」
(つづく)

P2600919
次の部屋です。


P2600920
第6室になります。


P2600921
ミケランジェロ・アンセルミ(ルッカ、1492c‐パルマ、1556)の「聖母戴冠のステンダルド(旗)」


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制作者情報不詳の「ヤン・ファン・エイク作『戴冠した聖母』のコピー画」


P2600928
フィリッポ・リッピの追随者作「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(16世紀前半)


P2600930
ロンバルドの逸名画家作「聖母子」(1500‐20c)


P2600934
ロレンツォ・レオンブルーノ(マントヴァ、1477‐1537)に帰属する「聖母子」


P2600938
アントニオ・ベガレッリの領域(Ambito)の「聖母の頭像」(16世紀)


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ジャコモ・ライボリーニ通称ジャコモ・フランチャ(ボローニャ、1486c‐1540)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


P2600944
17世紀前半のトスカーナの逸名画家作「この人を見よ」


P2600948
ジャコモ・ライボリーニ通称ジャコモ・フランチャ(ボローニャ、1486c‐1540)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


P2600951
トスカーナの逸名画家作「この人を見よ」(1500‐10c)


P2600954
ローマの逸名画家作「ラファエッロ・サンツィオ作『キューピッドの頭』の複製画」(16世紀前半)


P2600957
15世紀末のジェノヴァの逸名画家作「聖家族」


P2600959
15世紀末の逸名画家作「タッデオ・ズッカリ作『死せるキリストへの哀悼』の複製画」


P2600963
フランチェスコ・マリア・ロンダ―ニ(パルマ、1490‐1550)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖フランチェスコとベネデット会修道士聖人」


P2600966
コレッジョの追随者作「園のキリスト」(16世紀前半)


P2600968
次の部屋です。


P2600969
第7室


P2600972


P2600973
16世紀末のパルマの逸名画家の素描


P2600976
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500c‐パルマ、1569)の「祭壇画の下絵」


P2600982
17世紀のエミリアの逸名画家作「聖母被昇天」


P2600986
17世紀末のエミリアの逸名画家作「コレッジョ作『聖アントニオ』の複製画」


P2600988
ジョヴァンニ・ジョゼッフォ・ダル・ソーレの領域画家作「グイド・レーニ作『無原罪の聖母』の複製画」(17世紀後半)


P2600993
ジローラモ・マッツォーラ・ベドリ(ヴィアダーナ、1500c‐パルマ、1569)の「男の肖像」


P2600996
フランチェスコ・ロンギ(ラヴェンナ、1544‐1618)の「聖母の頭」


P2600998
インノチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)の「使徒の頭」


P2610002
次の部屋です。


P2610003
第8室


P2610005
アンニーバレ・カラッチ(ボローニャ、1560‐ローマ、1609)の「キリストとカナン人」


P2610009
17世紀初頭のボローニャの逸名画家作「ルドヴィーコ・カラッチ作『キリストの逮捕』の複製画」


P2610012
ヤン・ソーンス(オランダ、スヘルトーヘンボス、、1547‐パルマ、1611)の「この人を見よ」


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17世紀のイタリアの逸名画家作「聖ロッコ」(1647)


P2610018
ラヴィーニア・フォンターナ(ボローニャ、1552‐ローマ、1714)の「ユディト」


P2610021
次の部屋です。


P2610022
第9室


P2610023
17世紀後半の逸名画家作「聖フィリッポ・ネリ」


P2610026
17世紀後半の逸名画家作「聖フィリッポ・ネリ」


P2610030
ドメニキーノ(ボローニャ、1581‐ナポリ、1634)の「聖ドメニコの頭」


P2610033
ピエル・アントニオ・ベルナベイ(17世紀初め活動)の「死せるキリストへの哀悼」


P2610035
17世紀のパルマの逸名画家作「聖フランチェスコ」


P2610038
16世紀初めのエミリアの逸名画家作「十字架降下」


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17世紀のパルマの逸名彫刻家作「フランチェスコ・ダ・メーダの胸像」


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P2610049
ピエル・アントニオ・ベルナベイ(パルマ、1567‐1630)の「磔刑」


P2610055
18世紀のパルマの逸名画家作「聖フィリッポ・ネリ」
(つづく)

P2600834
Monument della Veccia Torre di San Paoloが見えてます。その塔は旧サン・パオロ教会修道院の鐘楼でした。


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旧サン・パオロ教会です。
サン・パオロ教会修道院は、985年、この場所に建設されました。現在の建物は、1584年に建設された二代目のものです。
その後、教会の名称がサン・ルドヴィーコ教会に変更されました。
1810年、当時のパルマ司教によって教会は閉鎖されました。


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閉鎖されてから、建物は学校として使用されていました。


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学校としての使用が中止され、2002年、ストゥアルド絵画館がオープンしました。こちらは旧修道院だった建物です。


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絵画館の入り口です。
絵画館は、主に旧修道院東側の建物にあります。


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入館しました。
毎週火曜日が休館です。入館無料です。(無料にしておくのが勿体ないと思います)


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展示室に進みます。


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第2室です。
守備塔の発掘調査の過程で、発掘されたものが展示されてます。


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ストゥアルド絵画館は、ジュゼッペ・ストゥアルドが個人集した美術品が主に展示されてます。


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ジュゼッペ・ストゥアルド(パルマ、1790‐1834)に帰属する「自画像」
彼は眼病を患ったので、アイパッチをしていたそうです。


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アントニオ・イラリオーリ(チサーノ・ベルガモスコ、1825‐1883以降没)の「ジュゼッペ・ストゥアルドの胸像」


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ルイージ・ヴィゴッティ(パルマ、1807‐1861)の「ジュゼッペ・ストゥアルドの肖像」
エッチングです。


P2600860
次の部屋です。


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第3室です。


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部屋のフレスコの説明でしょうか。


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ニコロ・ディ・トッマーゾ(フィレンツェ、1348‐1375存在確認)の「死せるキリストへの哀悼」


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Maestro della Misericordia(フィレンツェ、1350c‐1375c存在確認)の「玉座の聖母子」


P2600876
次の部屋です。


P2600877
第4室です。


P2600879
15世紀のエミリアの逸名画家作「聖母子」


P2600883
ビッチ・ディ・ロレンツォ(フィレンツェ、1373‐アレッツォ、1452)の「聖トッマーゾと聖ジョヴァンニ・バッティスタ」、「聖ジャコモ・ミノーレとバーリの聖二コラ」


P2600892
コレッジョの領域(Ambito di Correggio)の「聖ピエトロ?」(16世紀初頭)
サン・パオロ修道院にあったフレスコ画の剥離断片です。


P2600895
ジョヴァンニ・ディ・フランチェスコ(アレッツォ、1412 o 1428-フィレンツェ、1458)に帰属する「十字架を担ぐキリスト」


P2600898
次の部屋です。


P2600899
第5室になります。


P2600900
12世紀のギリシャのビザンチン様式逸名画家作「聖母子と2天使」


P2600905
パオロ・ディ・ジョヴァンニ・フェイ(シエナ、1340c‐1411)に帰属する「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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ピエトロ・ディ・ジョヴァンニ・ディ・アンブロージョ(シエナ、1409c‐1449存在確認)の「キリストのエルサレム入城」


P2600910
16世紀のエミリアの逸名彫刻家作「キリスト」(16世紀初頭)


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Maestro della Elle(フィレンツェ=クレタ、16世紀後半活動)の「羊飼いの礼拝」


P2600916
16世紀末のヴェネト=クレタの逸名画家作「キリストの復活」
(つづく)

パルマは、人口196,475人(2018年3月31日現在)のエミリア・ロマーニャ州パルマ県の県都です。
P2630489
パルマ駅に到着しました。


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3,4年前に再建された駅舎です。駅至近のこの日のお宿に向かいました。


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オペラを見ることが滅多になくなったので、このところ、このホテルに泊まってます。


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荷物を預け身軽になったので、早速街歩きに出発しました。


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ガリバルディ通り、またはトレント通りを真っすぐ進めば、旧市街です。同じ通りですが、場所によって名称が異なるので、時々戸惑うことがあります。


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この辺ではガリバルディ通りになるでしょう。


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サンタ・テレーザ教会の拝観は後日にしてパス。


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Piazza della Pace
広場に面して建っているのはピロッタ宮殿です。


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ストゥアルド絵画館の開館時間を確認しました。それで後で入館することにしました。


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ドゥオーモ広場にやってきました。


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洗礼堂は後回し。


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先ずドゥオーモを拝観することにしました。


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堂内に入りました。


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クリプタ


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クーポラのフレスコ画


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日が当たって見難かった!


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ドゥオーモについては、項を改めて詳しく触れる予定です。


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見所が多いので目移りしてしまいます。


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説教壇


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味わい深い柱頭


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外に出ました。


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雲一つない秋晴れ


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Palazzo Vescovile


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絵画館の開館時間になったので、絵画館に向かいました。


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Monument della Vecchia Torre di San Paolo


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旧サン・パオロ教会


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ストゥアルド絵画館は、旧サン・パオロ教会修道院の建物にあります。
月曜日も開館しています。入館無料です。


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ジュゼッペ・ストゥアルド(パルマ、1790‐1834)の「自画像」
ジュゼッペ・ストゥアルドは、パルマ貴族の芸術家、美術品収集家です。彼が個人収集した美術品が展示されてます。


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絵画館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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収集家の品良い好みが伺えます。


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近代画が充実しています。


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次は洗礼堂の拝観です。


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日がすっかり傾きました。


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団体さんがいました。


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洗礼堂に入りました。外にいた団体さんは何故か中に入ってきません。


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洗礼堂については、後程項を改めて詳しく触れる予定です。


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近頃、長い間見上げるのが辛くなってきました。


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見上げないと鑑賞できないので、辛くなっても我慢の一手です。


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(つづく)

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