昼食を食べ終わって外に出たら、午後4時近くになっていました。
通りの向こうにピロッタ宮殿が見えました。
旧サン・パオロ教会
ストゥアルド絵画館に入館しました。
旧サン・パオロ修道院に向かいました。尤もストゥアルド絵画館の展示室は旧サン・パオロ修道院の建物です。
Museoになってます。
中に入りました。
この時、パルミジャニーノの特別展が開催されていました。他からの作品を展示していたので、写真禁止で写真がありません。
読書と会話のクラブ
一旦ホテルに戻ってトイレ休憩。
ホテルで一休みしてから、サンティッシマ・トリニータ教会に向かいました。
一旦・ガリバルディ通りに出てから、直ぐに右折します。
右折すると、突き当りにサンティッシマ・トリニータ教会の鐘楼が見えます。
サンティッシマ・トリニータ教会の扉が開いていました。
1230年のパルマの記録に、この場所にドメニコ会教会の存在が記されており、12世紀末から13世紀初め頃に建設されたと推察されてます。
1401年、巡礼者と貧困者のための巡礼宿と病院が増設されました。
現在の建物は、1743年に拡張増設工事着工、1813年に完成したバロック様式の二代目のものです。
ファサードに向かって右の建物は旧病院で、そのルネッタにはインチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)のフレスコ画があります。
中に入りました。
三廊式の小さな教会です。
左側廊
翼廊がありません。
右側廊
主祭壇と後陣
主祭壇の銀製の6聖人
主祭壇に置かれた「祈るキリスト」のイコン
主祭壇画はジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)の「天上の聖母子と聖人たち」
詳細不明の磔刑像
詳細不明
インノチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)のフレスコ画
詳細不明
マルカントニオ・フランチェスキーニ(ボローニャ、1648‐1729)の「ピエタ」
ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「聖家族」
詳細不明
詳細不明
詳細不明
何処かで見たような気がしました。
詳細不明
祭壇前から見た出入口方向
次はサン・フランチェスコ・デル・プラート教会です。
古そうな民家です。
通りの先にサン・フランチェスコ・デル・プラート教会があります。
1222年創建、13世紀半ばに完成したゴシック様式のサン・フランチェスコ・デル・プラート教会です。
ご覧のように扉が閉まっていました。
ナポレオンのイタリア侵攻によって、宗教活動の停止が命令され、その後、一度も宗教活動が再開されることなく現在に至ってます。
堅固な造りから、ナポレオン時代から監獄に転用され、1993年まで刑務所となっていました。重罪犯用で、多くの死刑執行が行われた刑務所として、犯罪者から恐れられたそうです。
中はフレスコ画の宝庫となっていて、2000年台前半に美術館として整備されることに決まりましたが、経済状態悪化のため、その実現は今のところ夢物語になりそうです。
こちらはオペラ博物館です。
この建物も旧サン・フランチェスコ・デル・プラート教会の一部でした。
キオストロ
キオストロの壁に描かれたフレスコ画
パルマの街歩きはこんなところでしょう。
(おわり)
通りの向こうにピロッタ宮殿が見えました。
旧サン・パオロ教会
ストゥアルド絵画館に入館しました。
旧サン・パオロ修道院に向かいました。尤もストゥアルド絵画館の展示室は旧サン・パオロ修道院の建物です。
Museoになってます。
中に入りました。
この時、パルミジャニーノの特別展が開催されていました。他からの作品を展示していたので、写真禁止で写真がありません。
読書と会話のクラブ
一旦ホテルに戻ってトイレ休憩。
ホテルで一休みしてから、サンティッシマ・トリニータ教会に向かいました。
一旦・ガリバルディ通りに出てから、直ぐに右折します。
右折すると、突き当りにサンティッシマ・トリニータ教会の鐘楼が見えます。
サンティッシマ・トリニータ教会の扉が開いていました。
1230年のパルマの記録に、この場所にドメニコ会教会の存在が記されており、12世紀末から13世紀初め頃に建設されたと推察されてます。
1401年、巡礼者と貧困者のための巡礼宿と病院が増設されました。
現在の建物は、1743年に拡張増設工事着工、1813年に完成したバロック様式の二代目のものです。
ファサードに向かって右の建物は旧病院で、そのルネッタにはインチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)のフレスコ画があります。
中に入りました。
三廊式の小さな教会です。
左側廊
翼廊がありません。
右側廊
主祭壇と後陣
主祭壇の銀製の6聖人
主祭壇に置かれた「祈るキリスト」のイコン
主祭壇画はジュゼッペ・バルドリーギ(ストラデッラ、1722‐パルマ、1803)の「天上の聖母子と聖人たち」
詳細不明の磔刑像
詳細不明
インノチェンツォ・マルティーニ(パルマ、1551‐1623)のフレスコ画
詳細不明
マルカントニオ・フランチェスキーニ(ボローニャ、1648‐1729)の「ピエタ」
ジョヴァンニ・バッティスタ・ボルゲージ(パルマ、1790‐1846)の「聖家族」
詳細不明
詳細不明
詳細不明
何処かで見たような気がしました。
詳細不明
祭壇前から見た出入口方向
次はサン・フランチェスコ・デル・プラート教会です。
古そうな民家です。
通りの先にサン・フランチェスコ・デル・プラート教会があります。
1222年創建、13世紀半ばに完成したゴシック様式のサン・フランチェスコ・デル・プラート教会です。
ご覧のように扉が閉まっていました。
ナポレオンのイタリア侵攻によって、宗教活動の停止が命令され、その後、一度も宗教活動が再開されることなく現在に至ってます。
堅固な造りから、ナポレオン時代から監獄に転用され、1993年まで刑務所となっていました。重罪犯用で、多くの死刑執行が行われた刑務所として、犯罪者から恐れられたそうです。
中はフレスコ画の宝庫となっていて、2000年台前半に美術館として整備されることに決まりましたが、経済状態悪化のため、その実現は今のところ夢物語になりそうです。
こちらはオペラ博物館です。
この建物も旧サン・フランチェスコ・デル・プラート教会の一部でした。
キオストロ
キオストロの壁に描かれたフレスコ画
パルマの街歩きはこんなところでしょう。
(おわり)