イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 記事は一日に一つアップしています。記事の見方ですが、例えば「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その4)」は2017年10月20日にアップしました。各記事にカレンダーが表示されてますが、カレンダー上の2017年10月21日をクリックして頂ければ「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その5)」になります。(その3)は2017年10月20日となります。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:美術館 > ローマ、サンタンジェロ国立博物館

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屋上テラスから城の中に戻りました。


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パオロ3世ファルネーゼの居住部分の中で、最も豪華なこの部屋は、パオロ3世のゲストルームとして使用されていたそうです。


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マルティン・ルターの宗教改革に対して、ローマ・カトリックの優位性をゲストに示すために、パオロ3世は特に豪華な装飾を施すように指示しました。


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部屋の装飾は、ぺリン・デル・ヴァーガ(フィレンツェ、1501‐ローマ、1547)とペリンの助手たちによって1545年から1457年にかけて行われました。


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ペリンの助手たちには、1547年にぺリン・デル・ヴァーガに弟子入りしたばかりのペッレグリーノ・ティバルディ’ヴェルソルダ、1527‐ミラノ、1596)、ジローラモ・シチョランテ・ダ・セルモネータ(セルモネータ、1521‐ローマ、1580)などがいました。
なお、ジローラモ・シチョランテはレオナルド・ダ・ピストイアの弟子でしたが、ペリンの協力者でした。ペリンの死後、未完成となっていたペリンのフレスコ画制作を引き継ぎ、完成させました。


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フレスコ画のテーマは、アレキサンダー大王の逸話とパオロ3世の生涯となってます。


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天井にファルネーゼ家の紋章(写真左上)が描かれてます。


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床の紋章


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ハドリアヌス帝


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この男が描かれている意味が分かりません。


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次の部屋です。


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ペルセオ(ペルセウス)の間


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ロレンツォ・ロット(ヴェネツィア,1480c-ロレート,1556/1557)の「聖ジローラモ」


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ペルセオの間のフレスコ画は、ぺリン・デル・ヴァーガ(フィレンツェ、1501‐ローマ、1547)と助手たちによって1545年から1546年にかけて制作されました。


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マーゾ・ディ・サン・フリアーノ(フィレンツェ、1536‐1571活動)周辺のフィレンツェの逸名画家による「玉座の聖母子と聖人たち」(16世紀)


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詳細不明


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カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1430c‐アスコリ・ピチェーノ、1495)の「聖オノフリオ」


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カルロ・クリヴェッリ(ヴェネツィア、1430c‐アスコリ・ピチェーノ、1495)の「祈るキリスト」


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ジョヴァンニ・マルティーノ・スパンツォッティ(カザーレ・モンフェッラート、1455c‐キヴァッソ、1528以前没)の「ピエタ」


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次の部屋です。


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1540年台に建てられたパオロ3世の寝室です。


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フレスコ画は、ぺリン・デル・ヴァーガ(フィレンツェ、1501‐ローマ、1547)と助手たちによって制作されました。


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ジャンピエトロ・リッツィ通称ジャンピエトリーノ(ミラノ、1495‐1549)の「荊刑のキリスト」


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詳細不明の肖像画


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パリス・ボルドン(トレヴィーゾ、1500‐ヴェネツィア、1571)の「十字架を担ぐキリスト」


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マルチェッロ・フォゴリーノ(ヴィチェンツァ、1485c‐1558)の作品です。


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部屋からサンタンジェロ橋が見えました。


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16世紀初めに造られたジュリオ2世のロッジャです。


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ロッジャのフレスコ装飾は、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの弟子によるものです。


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これで大体見たようです。


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サンタンジェロ城の模型


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外に出ました。


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(おわり)

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次の部屋です。


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これがあると助かります。


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1540年台、パオロ3世ファルネーゼによって建設された部屋です。


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ファルネーゼ家の紋章


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詳細不明


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部屋のフレスコ画は、ルツィオ・ルーツィ通称ルツィオ・ロマーノ(トーディ、16世紀初頭‐16世紀末)と弟子によって1540年台に制作されました。


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フレスコ画のテーマは、ギリシャ神話のトリートーンとネーレイデスの物語です。


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ラッファエッロ様式で描かれていると言われてます。


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アントニオ・ジョニーマ(パドヴァ、1697‐ボローニャ、1732)の「イーモラ・ジャコモ3世ストゥアルトを迎えるゴッツァディーニ枢機卿」(1717‐19)


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次の部屋です。


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金庫室


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次の部屋です。


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詳細不明


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次の部屋です。


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今迄の部屋とは随分感じが違います。


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1926年、当時のサンタンジェロ博物館長だったマリアーノ・ボルガッティがアール・デコ様式で改装させた部屋です。


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部屋の装飾は、マリアーノ・ボルガッティによって招聘されたドゥイリオ・カンべッロッティ(ローマ、1876‐1960)によるものです。


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次の部屋です。


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18世紀半ばに建設された部屋です。


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この部屋のフレスコ画とスタッコ彫刻は、ドゥイリオ・カンべッロッティ(ローマ、1876‐1960)によって制作されました。


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アール・デコ様式がサンタンジェロ城に相応しいとは思えません。


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この部屋を経由して屋上テラスに進みます。


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屋上のテラスです。


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絶景ポイントなので、晴天の日は非常に賑わってます。


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ぺーテル・アントン・ファン・ヴェルシャッフェルト(ベルギー、ヘント、1710‐ドイツ、マンハイム、1793)の「大天使ミケーレ」(1752‐53)


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天使のテラスからの景観


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(つづく)

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階段を上ります。


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階段の壁にフレスコ画があります。


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順路に従って進みます。La Cagliostraと出てますが、この意味を知らないと部屋に入ってもあまり興味が湧かないと思います。


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次の部屋は、パオロ3世のロッジャの階上になります。


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説明板


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1543年にパオロ3世によって建てられた部屋です。


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部屋のフレスコ画は、ルツィオ・ルーツィ通称ルツィオ・ロマーノ(トーディ、16世紀初め‐16世紀末)と弟子によって1545年から1546年にかけて制作されました。


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詳細不明の壺


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「カリオストラの間」と言う名称の由来は、ジュゼッペ・バルサーノ通称アレッサンドロ・ディ・カリオストロ(パレルモ、1743‐サン・レオ、1795)が1789年に、サンタンジェロ城のこの部屋に投獄されていたからです。
アレッサンドロ・ディ・カリオストロは、冒険家、魔術師、錬金術師であり、詐欺師として当時有名でしたが、フリーメーソンの会員だったとされて、投獄され死刑宣告を受けました。後に当時の教皇によって終身刑に減刑され、この部屋に投獄されていましたが、逃亡を図ったものの捕えられ、サンタンジェロ城よりも厳重なサン・レオ要塞に移され、そこで獄中死したのです。


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ジュゼッペ・チェーザリ通称カヴェリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568‐ローマ、1640)の「プロスペロ・ファリナッチの肖像」
何故、プロスペロ・ファリナッチの肖像画がこの部屋にあるのか、不思議に思いませんか?勿論、理由があって置かれているのです。
プロスペロ・ファリナッチ(ローマ、1544‐1618)は、判事、弁護士、そして当時有数の法学者として有名でしたが、父親殺しの罪で死刑判決を受けたベアトリーチェ・チェンチ(ローマ、1577‐1599)の弁護を引き受けたのです。プロスペロの弁護の甲斐なく、ベアトリーチェ・チェンチは有罪となり、1599年、サンタンジェロ城前のサンタンジェロ橋で公開斬首されましたが、斬首までの数日、この部屋に投獄されていたのです。


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以上のような逸話を知っておくと、サンタンジェロ博物館はより興味深く見て回ることが出来ると思います。


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階段を下りて下の階に戻ります。


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次は私のお目当ての部屋です。


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Sala dell'Adrianeoと呼ばれてます。


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教皇パオロ3世ファルネーゼによって1540年台に図書館などとともに建設された部屋です。


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ルーカ・シニョレッリ(コルトーナ、1445c‐1523)の「聖母子と4聖人(聖ピエトロ、聖ベルナルド、聖ステファノ、聖パオロ)」(1515‐20)


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コルトーナのサン・ミケランジェロ女子修道院長から注文され、サン・ミケランジェロ女子修道院に置かれていましたが、後のフィレンツェの個人蔵作品となりました。
1928年、ヴェティカンに寄贈され、サンタンジェロ城で展示されるようになりました。


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聖ステファノの衣装に描かれた「ピエタのキリスト」


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「キリストの復活」


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プレデッラの「聖トンマーゾの不信」


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「聖母の誕生」


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「キリストの洗礼」


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「最後の晩餐」、「キリストの鞭打ち」


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「聖ピエトロに天国のカギを託すキリスト」


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部屋の壁にフレスコ画が描かれてます。


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ルツィオ・ルーツィ通称ルツィオ・ロマーノ(トーディ、16世紀初め‐16世紀末)と弟子によって1544年から1545年に変えて制作されたフレスコ画です。


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神話がテーマです。


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何家の紋章でしょうか?


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二コラ・プッサン(フランス、1594‐ローマ、1665)の「バッカス祭」


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詳細不明
(つづく)

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次の部屋です。


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武器博物館の第2室です。


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これで武器博物館は終わりです。


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回廊に出てカフェで一休みしました。


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まだ早い時間なので客がおらず開店前かと思いましたが、営業してました。


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カフェからの景色


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トイレを拝借してからカフェを後にしました。


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巡回廊です。


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1543年に完成したパオロ3世のロッジャです。


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パオロ3世のロッジャのフレスコ画は、第220代教皇パオロ3世俗名アレッサンドロ・ファルネーゼ(カニーノ、1468‐ローマ、1549 教皇在位1534‐1549)がジローラモ・シチョランテ・ダ・セルモネータ(セルモネータ、1521‐ローマ、1580)に注文したものです。


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フレスコ画のテーマはハドリアヌス帝の生涯です。


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パオロ3世のロッジャからの景色は一見に値します。


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パオロ3世の住居です。


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中に入ります。


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パオロ3世の部屋です。


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この部屋のフレスコ画の保存状態はあまり良くない。


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グリエルモ・デッラ・ポルタ(ポルレッツァ、1515‐ローマ、1577)に帰属する「教皇パオロ3世像」


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次の部屋です。


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1540年台に建設された図書館です。


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図書館のフレスコ装飾は、ルツィオ・ルーツィ通称ルツィオ・ロマーノ(トーディ、16世紀初頭生まれ‐16世紀末没)によって1545年に制作されました。


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ルツィオ・ロマーノはぺリン・デル・ヴァーガの弟子です。


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パオロ3世愛用の豪華な暖炉


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私にはスタッコ彫刻の制作者が分かりません。


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(つづく)

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次はLa rampa diametrale e l'accesso al cilindroです。


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直径の階段と円柱への出入り口?


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武具があります。


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ローマの壁


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奥に進みます。


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牢獄の通気口です。


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トリグランマ


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階段を上ります。


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詳細不明


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サンタンジェロ城の中心「天使の中庭」にある「大天使聖ミケーレ像」


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ラッファエッロ・ダ・モンテルーポ(モンテルーポ、1504‐オルヴィエート、1566)の「大天使聖ミケーレ」(1544)
1753年まで城の上にありました。


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バルベリーニ家の紋章は蜂ですが、3匹の蜂の紋章です。


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ミケランジェロ設計のレオ10世の礼拝堂


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ピオ4世の巡回廊からの景色


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武器博物館を見た後で、ここで一休みする予定です。


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武器博物館に入りました。


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青銅器時代から現代までの武器が展示されてます。


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(つづく)

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40番のバスに乗ってサンタンジェロ城近くに着きました。


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ヴァティカンは相変わらずの大混雑です。


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この日は、サン・ピエトロ大聖堂を避けてサンタンジェロ城に向かいました。


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2世紀初め、当時のローマ皇帝ハドリアヌス帝が自分とその後の皇帝の霊廟として建設されたそうですが、外観を見る限り墓のような雰囲気を全く感じません。


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サンタンジェロ城はテヴェレ川の右岸にあります。


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大好きなルーカ・シニョレッリの作品があるのですが、それを思い出して、本当に久し振りのサンタンジェロ城です。


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先ずは、サンタンジェロ橋の天使像です。


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教皇クレメンテ9世(在位1667‐1669)がベルニーニに注文した天使像(1対)ですが、サンタンジェロ橋にあるのは、制作者不明のベルニーニ作品のコピー彫刻です。
当初は、ベルニーニ作品がサンタンジェロ橋の欄干に置かれましたが、後の教皇が劣化を恐れてコピー作品に置き換え、本物はローマのサンタンドレア・デッレ・フラッテ教会に移動させたのです。


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サンタンジェロ橋から撮った写真です。


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この辺の風景が大好きです。


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3つに分裂していたローマ帝国を統一したアウレリアヌス帝(在位270‐275年)によって、霊廟だった建物は要塞に改装されました。さらに10世紀頃、ヴァティカンの軍事要塞となり、15世紀末に堡塁などが増強されて、ほぼ現在の姿になりました。


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牢獄としても有名です。


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ピオ4世(在位1559‐1565年)の頃に5角形の囲いが作られましたが、現在は公園となっています。


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サンタンジェロ城は、サンタンジェロ国立博物館として一般公開されてます。


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2017年の年間入館者は、1,155,244人でした。


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博物館の中に入りました。


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男の巨大な頭像(2世紀)


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Fontana delle Api (18世紀)


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巨大な彫刻物断片(2世紀)


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城内への入り口


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階段を上ります。


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石弾投てき器と石弾


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大砲も置かれてます。


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順路に従って進みました。


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通路下の公園


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ローマン・コンクリートの壁


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サン・ジョヴァンニ陵堡


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中に入りましたが、あったのはこれだけでした。


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詳細不明


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(つづく)

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