イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:美術館 > ピアチェンツァ市立博物館(ファルネーゼ宮)

P2850796
次の展示コーナーです。


P2850797
第5室になります。


P2850799


P2850800


P2850802


P2850804


P2850806


P2850808


P2850809
次の展示コーナーです。


P2850810
第6室になります。


P2850811


P2850812


P2850813


P2850815


P2850816


P2850819


P2850821


P2850822
次の展示コーナーです。


P2850823
第8室になります。


P2850824


P2850826


P2850827


P2850829


P2850831


P2850834


P2850837


P2850838


P2850841
馬橇


P2850842
次の展示コーナーです。


P2850843
消防用の馬車が展示されてます。


P2850844


P2850845
はしご車


P2850846


P2850847


P2850848


P2850849
次の展示コーナーです。


P2850850
第9室になります。


P2850851


P2850855
西部劇に出てくる駅馬車に似ています。


P2850857


P2850858


P2850861


P2850863


P2850865


P2850866


P2850868


P2850869
輿が並んでます。


P2850870
第11室になります。


P2850872


P2850873


P2850875


P2850878


P2850879


P2850880


P2850881


P2850882


P2850883
閉館時間間近になりました。時間切れです。絵画館と馬車博物館の2つを見て終わりになりました。


P2850223
外に出ました。


P2850884
(おわり)

P2850709
絵画館を終わりました。


P2850710
次は馬車博物館です。


P2850711
ファルネーゼ家が使用した馬車は展示されていません。


P2850712
ベルリン型馬車(18世紀中頃)
この博物館で展示されている馬車のうち、これが最古のものです。


P2850716
ベルリン型馬車(1770)
ピアチェンツァの司教館で使用されていた馬車です。


P2850719


P2850721
ベルリン型馬車(1879)
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世が注文した馬車で、ウンベルト1世が使用していました。


P2850724
ベルリン型馬車(1879)
サヴォイア家の人々が使用していたそうです。


P2850727
ベルリン型馬車(1860‐70)
ローマの馬車工房製で、乗り心地が改善されているそうです。


P2850730
ベルリン型馬車(19世紀中頃)
サヴォイア家の馬車工房製


P2850734
ベルリン型馬車(1870c)
ミラノの馬車メーカー製


P2850740


P2850741


P2850742
次の展示コーナーです。


P2850743
第2室


P2850744
旅行用グラン・クーペ(1805‐15)
ミラノ製


P2850746
Brougham-Coupe de ville(1860)
ミラノ製


P2850749
Brougham-Coupe de ville(1860c)
ミラノ製


P2850762


P2850752
Bougham-Coupe(1880c)


P2850755
Londau(1890c)


P2850763


P2850758
Londau(1880-90)


P2850764
乳母車


P2850765


P2850766


P2850768


P2850770


P2850771


P2850772


P2850773


P2850775


P2850777


P2850780


P2850781


P2850783


P2850786


P2850787


P2850789


P2850790


P2850792


P2850795
(つづく)

P2850597
次の展示コーナーです。


P2850599
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「エリザベッタ・ファルネーゼのチェント・クローチ山でのファルネーゼ家からの旅立ち」(1720‐21)


P2850601
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「フランチェスコ・ファルネーゼ公爵とゴッサディーニ枢機卿の邂逅」(1714‐17)


P2850604
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「宮廷への訪問」(1715‐17)


P2850607
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「初子の前のフィリッポ5世とエリザベッタ・ファルネーゼ王妃」(1716以降)


P2850610
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「兵士の乗船」(1730‐31)


P2850614
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「勝利」(1670‐80)
この作品は、ファルネーゼ・コレクションの一つで、ナポリに移されましたが、後にピアチェンツァに返還されました。


P2850617
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「バルディとコンピアーノ要塞の鍵を受け取るラヌッチョ2世」
ファルネーゼ・コレクションの一つで、ナポリに移されましたが、後にピアチェンツァに返還された作品です。


P2850620
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「建物建設に助力するファルネーゼ家皇太子」
ファルネーゼ・コレクションの一つで、ナポリに移されましたが、後にピアチェンツァに返還された作品です。


P2850623
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「ピエル・ルイージ・ファルネーゼをピアチェンツァとパルマの公爵に叙する教皇パオロ3世」(1690‐95)
ファルネーゼ・コレクションの一つで、ナポリに移されましたが、後にピアチェンツァに返還された作品です。


P2850625
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「ピエル・ルイージ・ファルネーゼをキエーザの行政長官に任命する教皇パオロ3世」(1690‐95)
ファルネーゼ・コレクションの一つで、ナポリに移されましたが、後にピアチェンツァに返還された作品です。


P2850628
次の部屋です。


P2850629
第24室です。


P2850630
フェリーチェ・ボゼッリ(ピアチェンツァ、1650‐パルマ、1732)の「静物画」(1720c)


P2850632
フェリーチェ・ボゼッリ(ピアチェンツァ、1650‐パルマ、1732)の「静物画」(1720c)


P2850636
バルダッサッレ・デ・カーロ(ナポリ、1689‐1750)の「狩猟の戦利品」
ファルネーゼ・コレクションの一つで、ナポリに移されましたが、後にピアチェンツァに返還された作品です。


P2850639
18世紀後半のエミリアの逸名画家作「四季の寓意」


P2850641


P2850643


P2850645


P2850647


P2850650
フェリーチェ・ボゼッリ(ピアチェンツァ、1650‐パルマ、1732)の「桃」(1710c)


P2850653
フェリーチェ・ボゼッリ(ピアチェンツァ、1650‐パルマ、1732)の「キノコと鳩」(1710c)


P2850656
アントニオ・ジャンリージ(クレモナ、1677‐1727)の「静物画」


P2850658
アントニオ・ジャンリージ(クレモナ、1677‐1727)の「静物画」


P2850662
セバスティアーノ・チェッカリーニ(ファーノ、1703‐1783)の「フランチェスコ・ランディ・ピエトラ枢機卿の肖像」(1743‐57)


P2850664
セバスティアーノ・ガレオッティ(フィレンツェ、1676‐モンド―ヴィ、1741)の「聖チェチリア」(1720‐30)
ピアチェンツァのサン・ヴィンチェンツォ教会にありました。


P2850668
オノリオ・マリナーリ(フィレンツェ、1627‐1715)の「モーゼの発見」


P2850671
アレッサンドロ・マニャースコ工房作「修道士がいる風景」


P2850673
次の部屋です。


P2850674
第25室は、絵画館の最終展示室になります。


P2850675
ガエターノ・ガンドルフィ(サン・マッテオ・デッラ・デチーマ、1734‐ボローニャ、1802)の「ウリッセとキルケとメルクリオ」(1766)


P2850679
ガエターノ・ガンドルフィ(サン・マッテオ・デッラ・デチーマ、1734‐ボローニャ、1802)の「エットーレの遺体を引きずるアキレス」(1801)


P2850681
ガスパーレ・ランディ(ピアチェンツァ、1756‐1830)の「カテリーナ・アングィッソーラ・ダ・トラヴォの肖像」(1790‐92)


P2850685
ガスパーレ・ランディ(ピアチェンツァ、1756‐1830)の「自画像」(1817)


P2850687
ガスパーレ・ランディ(ピアチェンツァ、1756‐1830)の「博士たちとの問答」(1812‐17)
ピアチェンツァのサンタ・マリア・デッラ・パ―チェ教会にありました。


P2850692
ロレンツォ・トンチーニ(カロル祖、1802‐ピアチェンツァ、1884)の「負傷した剣闘士」(1828‐30)


P2850695
カルロ・マリア・ヴィガノーニ(ピアチェンツァ、1784‐1839)の「アンジェロ・マイ閣下の肖像」(1820‐22)


P2850697
ガスパーレ・ランディ(ピアチェンツァ、1756‐1830)の「ラヌツィオ・アングィッソーラ・ダ・グラッツァーノとその息子の肖像」(1791‐92)


P2850700
ガスパーレ・ランディ(ピアチェンツァ、1756‐1830)の「ビアンカ・スタンパ・ディ・ソンチーノ伯爵夫人の肖像」(1791)


P2850703
ガスパーレ・ランディ(ピアチェンツァ、1756‐1830)の「愛犬とジャコモ・ロータ伯爵の肖像」(1798)


P2850707
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「ピアチェンツァのフィエラの光景」(1705c)
絵画館はこれで終わりです。
(つづく)

P2850493
次の展示コーナーです。


P2850495
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「騎兵戦」(1670‐95)
この展示コーナーから、ファルネーゼ・コレクションの作品になります。ナポリに移されたましたが、戻されてきました。何となく戻された理由が分かります。要すれば、有名画家の作品でもなく、傑作として有名ではないものが戻されたという訳です。


P2850498
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「モーゼの傭兵とアロン(モーゼの兄)」(1721‐26)
これもファルネーゼ・コレクションで、ナポリから戻された作品です。


P2850502
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646‐パルマ、1712)の「戦闘のシーン」(1670‐80c)
ファルネーゼ・コレクション、ナポリから戻された作品


P2850504
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「ヨシュア」(1721‐26)
パルマにあったファルネーゼ・コレクションで、ナポリに移され、何故かピアチェンツァに来てしまった作品です。


P2850509
次の部屋です。


P2850512
第21室です。


P2850511
天井のフレスコ画


P2850514
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「ドン・カルロ・ディ・ボルボーネにパルマを託すパルマ市当局」(1733)
この部屋の展示作品は、所謂ファルネーゼ・コレクションに該当します。一旦、ナポリに移されましたが、ピアチェンツァに戻されたものです。


P2850519
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「軍隊の野営」
大したことがない作品なので、戻ってきたのでしょう。


P2850522
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「月夜の攻撃」(1705‐15)
ティツィアーノなどの有名画家による作品は一つも戻されてません。


P2850525
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「ピアチェンツァ城塞建設の寓意」


P2850528
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「食堂で座るアレッサンドロ・ファルネーゼ」


P2850531
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「黄金杵を受け取るアレッサンドロ・ファルネーゼ」


P2850534
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「フランチェスコ・ファルネーゼ公爵の下船」


P2850537
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「軍勢の下船」


P2850539
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「2指揮官の邂逅」


P2850542
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「ファルネーゼ軍の進撃」


P2850545
第23室が見えてますが、その前にもう一つ展示室があります。


P2850546
次の部屋です。


P2850548
第22室です。


P2850549
天井のフレスコ画


P2850550


P2850551
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「小銃兵の行軍」
これもファルネーゼ・コレクションの一つで、ナポリに移されてからピアチェンツァに戻された作品です。


P2850553
反射を避けて角度を変えて撮って見ました。


P2850556
変化なし


P2850559
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「戦闘のシーン」
ファルネーゼ・コレクションではありません。


P2850561
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「戦闘のシーン」
ファルネーゼ・コレクションではありません。


P2850564
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「フランドル支配を受諾するフィリッポ2世」
この作品はファルネーゼ・コレクションです。ナポリに移されたものの、戻されました。


P2850566
スポルヴェリーニ工房作「強く握手する2君主」
ファルネーゼ・コレクションの一つで、ナポリに移されましたが、後に戻ってきました。


P2850569
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「要塞前の2指揮官の邂逅」
これもファルネーゼ・コレクションで、ナポリに移された増したが、後にピアチェンツアに戻されました。


P2850575
天井のフレスコ画


P2850585


P2850586


P2850577
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「対トルコ戦」
この展示コーナーの作品は何れもファルネーゼ・コレクションに含まれ、一旦、ナポリに移され、後にピアチェンツァに戻されました。


P2850580
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「アレッサンドロ・ファルネーゼをフランドル総督に任命するフィリッポ2世」


P2850583
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「教皇の剣を受け取るアレッサンドロ・ファルネーゼ」


P2850587
次の部屋に向かいます。


P2850588


P2850589
第23室です。


P2850591
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「ファルネーゼ家最後の人、エリザベッタの栄華」


P2850595
イラーリオ・スポルヴェリーニ(パルマ、1657‐ピアチェンツァ、1734)の「フランチェスコ・ファルネーゼ公爵のパルマ入り」
(つづく)

P2850361
次の部屋です。


P2850362
第19室になります。


P2850364
ファルネーゼ・コレクションはありません。


P2850366
ヤコポ・デル・カゼンティーノ(プラートヴェッキオ、1297c‐1349c)に帰属する「聖母子と聖人たち、聖人たち、受胎告知のトリッティコ」(14世紀前半)


P2850370
14世紀中頃のトスカーナの逸名画家作「聖母子」


P2850375
ヤコポ・ディ・チョーネ(フィレンツェ、1325c‐1390以降没)に帰属する「聖母子と聖人たちと天使たち」


P2850379
ジョヴァンニ・ダ・ミラノ(カヴェルサッチョ、1325/1330c-1370c)に帰属する「聖母子」


P2850382
14世紀中頃のナポリの逸名画家作「ウミルタの聖母と天使」


P2850385
シモーネ・デ・クロ―チフィッシ(ボローニャ、1355-1399消息)の「マギの礼拝」


P2850388
15世紀の北フランスの逸名彫刻家作「祈る聖母」


P2850392
14世紀のトスカーナ?の逸名彫刻家作「玉座の聖母子」


P2850395
15世紀の逸名彫刻家作「聖母子」


P2850397


P2850399
Maestro dei Cassoni (トスカーナ、15世紀後半活動)に帰属する「マルコ・ヴェスプッチとシモネッタ・カッタネオの結婚」


P2850402
デッロ・デッリ(フィレンツェ、1404‐セゴヴィア、1464?)の「エネアの物語」


P2850403
左半分


P2850406
右半分


P2850409
アンドレア・ダ・フィレンツェ(フィレンツェ、1346‐1379記録)に帰属する「玉座の聖母子と聖人たちと天使たちと受胎告知」


P2850412
ジョヴァンニ・ダ・ポンテ(フィレンツェ、1385‐1437)に帰属する「聖母戴冠と聖ジョヴァンニ・バッティスタとバーリの聖二コラと受胎告知」


P2850415
ロッゼッロ・ディ・ヤコポ・フランキ(フィレンツェ、1376/1377-1456c)の「聖母子と聖アントニオ・アバーテと聖バルトロメオと天使たち」


P2850418
14世紀のトスカーナの逸名画家作「授乳の聖母と聖人たち」


P2850422
15世紀のロンバルディアの逸名画家作「聖パオロ」


P2850425
15世紀のトスカーナの逸名画家作「聖母子」


P2850431
ベルナルディーノ・フンガイ(シエナ、1460-1516)に帰属する「聖母子」


P2850428
サーノ・ディ・ピエトロ(シエナ、1406-1481)の「聖母子」


P2850433
ラッザロ・バスティアーニ(パドヴァ、1429-ヴェネツィア、1512)の「聖母子」


P2850437
次の展示コーナーです。


P2850439
ユストゥス・サステルマンス(アンヴェルサ、1597-フィレンツェ、1681)の「高貴な女性の肖像」(1630c)


P2850441
パウルス・モレルス(ユトレヒト、1571-1638)の「ヴィーナスとアモーレ」(1630-38)


P2850445
17世紀末の逸名画家作「聖パオロの回心」


P2850448
17世紀にローマで活動した逸名画家作「ダヴィデ」(1640-60)


P2850451
ロベルト・デ・ロンゲ(ブリュッセル、1646-ピアチェンツァ、1709)の「アガルとイシマエル」(1700-09)


P2850454
ロベルト・デ・ロンゲ(ブリュッセル、1646-ピアチェンツァ、1709)の「イサクの犠牲」(1700-09)


P2850457
ロベルト・デ・ロンゲ(ブリュッセル、1646-ピアチェンツァ、1709)の「聖ジュゼッペ」(1688-90)


P2850460
クリストフォロ・ストレール(コスタンツァ、1611-ミラノ、1671)の「聖ジローラモ」(1643)


P2850465
ピーター・バウト(ブリュッセル、1658-1719)の「馬市」(1699)


P2850467
次の部屋です。


P2850472
第20室になります。


P2850468
天井のフレスコ画


P2850470
私には、フレスコ画の制作者等の詳細が分かりません。


P2850471


P2850474
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646-パルマ、1712)に帰属する「時化」(1670-80)


P2850478
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646-パルマ、1712)の「時化の難破船」(1670以降)


P2850482
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646-パルマ、1712)の「騎兵戦」(1670-95)


P2850485
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646-パルマ、1712)の「騎兵戦」(1670-95)


P2850487
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646-パルマ、1712)の「砲兵の戦い」(1670-95)


P2850490
フランチェスコ・モンティ通称イル・ブレーシャニーノ(ブレーシャ、1646-パルマ、1712)の「騎兵戦」(1670-80)
(つづく)

P2850257
ジョヴァン・バッティスタ・トロッティ通称イル・マロッゾ(クレモナ、1556‐パルマ、1619)の「聖母子と聖アントニオ・アバーテと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1599)
ピアチェンツァのサンタ・マリア・ディ・ピアッツァ教会にありました。


P2850260
ジョヴァン・バッティスタ・トロッティ通称イル・マロッゾ(クレモナ、1556‐パルマ、1619)の「ピアチェンツァの街を守護するキリストと聖母」(1603)
ピアチェンツァのサン・ヴィンチェンツォ教会にありました。


P2850264
ジョヴァン・バッティスタ・トロッティ通称イル・マロッゾの工房作「聖フランチェスコに顕現する聖母子」(16世紀末‐17世紀初め)


P2850269
ジローラモ・マッツォーラ・べドリ(ヴィアダーナ、1500‐パルマ、1570)の「ピタゴラスとユークリッド」(1545c)
パルマのサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ教会にありました。


P2850272
カミッロ・ボッカッチーノ(クレモナ、1505‐1545)の「預言者イザヤとダヴィデ」(1530)


P2850274
16世紀の逸名画家作「聖ジローラモ」


P2850278
17世紀の逸名画家作「悔悛の聖ジローラモ」


P2850281
17世紀のロンバルドの逸名画家作「この人を見よ」


P2850284
17世紀のロンバルドの逸名画家作「聖アグネス」


P2850287
16世紀の逸名画家作「十字架降下」


P2850290
次の展示コーナーです。


P2850291
この辺にはファルネーゼ・コレクションがありません。


P2850293
ピエル・フランチェスコ・フェッランテ(ボローニャ、1600‐1652)の「ソロモンとシバの女王」(1652)


P2850295
アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577‐1668)の「子供に洗礼を施す聖カルロ・ボッロメオ」(1635‐45)


P2850299
ヤン・ソーンス通称イル・フィアッミンゴ(オランダ、セントーヘンボス、1547‐パルマ、1611)の「音楽」(1580‐90)


P2850302
ヤン・ソーンス通称イル・フィアッミンゴ(オランダ、セント―ヘンボス、1547‐パルマ、1611)の「天文学」(1580‐90)


P2850305
ジョヴァンニ・ランフランコ(パルマ、1582‐ローマ、1647)の「聖ルーカ」(1611)


P2850309
イタリア中央の逸名画家作「聖キアーラの剃髪式」(17世紀前半)


P2850313
ティブルツィオ・パッセロッティ(ボローニャ、1553‐1612)の「聖母子と聖人たち」


P2850316
次の展示コーナーです。


P2850318
天井に描かれたフレスコ画


P2850319
制作者等詳細が不明です。


P2850320


P2850321


P2850322


P2850323


P2850325
カルロ・フランチェスコ・ヌヴォローネ(ミラノ、1608‐1661)の「キリストの神殿奉献」(1645)


P2850328
ジュゼッペ・ヌヴォローネ(ミラノ、1619‐1703)の「聖母子と聖ジローラモと聖ベネデット」(1665)


P2850331
ドメニコ・フィアセッラ(サルザーナ、1589‐1669)の「キアラヴァッレの聖ベルナルドに顕現する聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1643)


P2850334


P2850337
ヴァレリオ・カステッロの追随者作「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1650c)


P2850341
ジョヴァンニ・バッティスタ・メラーノ(ジェノヴァ、1632‐ピアチェンツァ、1698)の「マギの礼拝」(1685‐90)


P2850344
ジョヴァンニ・バッティスタ・メラーノ(ジェノヴァ、1632‐ピアチェンツァ、1698)の「磔刑」(1673)


P2850347
ジョヴァンニ・バッティスタ・メラーノ(ジェノヴァ、1632‐ピアチェンツァ、1698)の「ソロモン」(1673c)


P2850350
ジョヴァンニ・バッティスタ・メラーノ(ジェノヴァ、1632‐ピアチェンツァ、1698)の「バルダッサッレの饗宴」(1650‐59)


P2850354
ユストゥス・サステルマンス(アンヴェルサ、1597‐フィレンツェ、1681)の「アルフォンゾ4世デステの肖像」(1650c)


P2850356
部屋番号表示が出てきました。


P2850357


P2850363
ボッティチェッリの作品が展示されてます。


P2850359
サンドロ・ボッティチェッリ(フィレンツェ、1446‐1510)の「幼きキリストを崇拝する聖母と聖ジョヴァンニーノ」
(つづく)

P1070379
16世紀から約200年間、ファルネーゼ家の支配下にあったピアチェンツァですが、ピアチェンツァに於けるファルネーゼ公爵家の住居がファルネーゼ宮殿です。宮殿にピアチェンツァ市立博物館があります。


P1070375
宮殿の歴史と、ファルネーゼ家とピアチェンツァとの関りについて触れておきましょう。
ファルネーゼ宮殿入口に向かって左側に古い要塞構造の部分があります。


P2850885
街の北部、城壁とポー川から直ぐ傍の現在地に、ミラノ公爵ガレアッツォ2世ヴィスコンティ(ミラノ、1320‐パヴィア、1378)が1352年に要塞を建設しましたが、その要塞がファルネーゼ宮殿の前身です。
写真左の塔を含む部分が1352年に建設された要塞の一部に当たります。


064
ミラノは、ヴィスコンティ家からスフォルツァ家の支配になりましたが、それに伴いピアチェンツァもスフォルツァ家の支配下に置かれ、それが1499年まで続きました。1499年からフランスの支配を受け、フランス支配が1521年まで続きましたが、その後、非公式ながら教皇領の一部に組み入れられました。


P2850225
第220代ローマ教皇パオロ3世俗名アレッサンドロ・ファルネーゼ(カニーノ、1468‐ローマ、1549)(教皇在位:1534年‐1549)には4人の息子(一生独身とされた教皇ですが、当時の教皇には子供がいたのです)がいましたが、最も愛していた長男ピエル・ルイージ・ファルネーゼ(ローマ、1503‐ピアチェンツァ、1547)のために、公国を設立して、ピエル・ルイージを公爵にしようと考えたのです。


P2850226
1545年、教皇パオロ3世は、当時イタリア王でもあった神聖ローマ皇帝カール5世(ヘント、1500‐スペイン、ユステ修道院、1556年)の承認を得て、金を支払って買ったことにより、ピアチェンツァとパルマをミラノ公国から切り離し、ピアチェンツァ公国とパルマ公国を設立して、両公国の公爵位を長子ピエル・ルイージに授けたのです。ピエル・ルイージは、両公国の首都をピアチェンツァに定めました。


P2850227
1547年、ピエル・ルイージ・ファルネーゼ公爵は、”ピアチェンツァの陰謀”によって、この古い城塞で殺害されたのです。
第二代公爵を継いだのは、ピエル・ルイージの息子オッタヴィオ(バレンタノ、1524‐ピアチェンツァ、1586)でした。


P1080154
1558年、ピアチェンツァとパルマとカストロの公爵オッタヴィオ・ファルネーゼとその妻オーストリア皇女マルゲリータ(1522‐1586)(神聖ローマ皇帝カール5世の娘)は、古い城塞には住み難いということで、新たに宮殿を建設することを決め、建築家フランチェスコ・パチェットが起用されました。
当初の設計では城塞を取り壊し、その上に宮殿を建設することになっていましたが、要塞の西側と2本の塔を残すことに改められました。


P1080288
その後、建設工事は建築家ヤコポ・バロッツィに引き継がれましたが、1602年に作業が中断され、未完のまま現在に至ってます。


P2850231
未完に終わった部分
宮殿は当初設計の半分の規模で終わったのです。
ここで前述したファルネーゼ家の人々とカール5世の有名な肖像画があります。


P1550483
教皇パオロ3世の肖像


P1550485
カポディモンテ美術館にあります。


P1550477
教皇パオロ3世の肖像


P1550479
ファルネーゼ・コレクションの傑作はナポリに移されてしまいました。その経緯については後述します。


P1550495
ピエル・ルイージ・ファルネーゼ(パオロ3世の長子)の肖像


P1550496


P1550481
パオロ3世とアレッサンドロ・ファルネーゼ(イル・ジョーヴァネ)枢機卿とオッタヴィオ・ファルネーゼ


P1550482
アレッサンドロ・ファルネーゼ枢機卿(ローマ、1520‐1589)とオッタヴィオ・ファルネーゼ(バレンタノ、1524‐ピアチェンツァ、1586)は、ピエル・ルイージの子供です。パオロ3世の孫です。


P1550473
アレッサンドロ・ファルネーゼ枢機卿の肖像


P1550475
教皇パオロ3世とその孫アレッサンドロ・ファルネーゼ・イル・ジョーヴァネ枢機卿の2人が美術品の収集に熱心でした。2人によって所謂”ファルネーゼ・コレクション”の中核が形成されたのです。


P1550488
神聖ローマ皇帝カール5世の肖像


P1550489


P2850235
ファルネーゼ宮殿の中庭から撮った写真です。
宮殿は3階建てですが、回廊によって繋がれてます。各階に中階が組み込まれてます。


P2850233
中庭


P2850232
中庭の左側


P2850229
宮殿の外側に出ました。
ここが以前の入り口です。


P2850230
現在は宮殿の入り口扉が開いているので、ここから出入りします。


P2850228
展示物が多いので、午前4時間、午後3時間の開館時間に効率良く見て回る必要があります。


P2850236
博物館は、絵画館、馬車博物館、考古学博物館、リソルジメント(イタリア国家統一運動)博物館に分かれてます。


P2850237
ルネサンス期にファルネーゼ家が収集したものが所謂ファルネーゼ・コレクションです。前述のように、ファルネーゼ家では、特に第220代教皇パオロ3世(カニーノ、1468‐ローマ、1549)とパオロ3世の孫アレッサンドロ・ファルネーゼ・イル・ジョーヴァネ枢機卿(ヴァレンターノ、1520‐ローマ、1589)の2人が美術品収集に熱心でした。
コレクションは、ローマのファルネーゼ宮殿(現在はフランス大使館になってます)、カプラローラ(ヴィテルボ近く)のヴィッラ・ファルネーゼ、パルマのピロッタ宮殿、ピアチェンツァのファルネーゼ宮殿などに分散されていました。


P2850234
時代は下り、1731年、ファルネーゼ家直系男子が途絶え、断絶してしまいました。ファルネーゼ・コレクション散逸の危機を迎えたのです。
この辺の経緯とその結幕に触れてみます。
17世紀中頃から後半のパルマとピアチェンツァの公爵だったラヌッチョ2世ファルネーゼ(パルマ、1630‐1694)は、3人の男子に恵まれました。先妻との間にできた公世子オドアルド2世(パルマ、1666‐1693)、後妻との間にできたフランチェスコとアントニオがいました。
公世子オドアルド2世は、父ラヌッチョ2世の公爵在任中の、ラヌッチョ2世死去の前年に死んでしまい、ラヌッチョ2世死後の公爵位は、次男フランチェスコに引き継がれましたが、子供に恵まれないまま、1727年に没したのです。ラヌッチョ2世の3男アントニオが公爵位を引き継ぎましたが、アントニオも子供に恵まれないまま、1731年死去してしまい、ファルネーゼ家は断絶してしまいました。
公世子ラヌッチョ2世ファルネーゼには娘エリザベッタがいましたが、エリザベッタはスペイン王フェリペ5世に嫁ぎスペイン王妃になっていました。
エリザベッタには、フェリペ5世との間に2人の息子カルロスとフィリッポがいました。
1731年、ファルネーゼ家断絶に伴い、ファルネーゼ・コレクションはスペイン王妃エリザベッタに引き継がれ、パルマ公爵はエリザベッタの息子カルロスが襲位したのです。カルロスが引き続きパルマ公になっていれば、コレクションには何の問題もなかったことでしょう。
ところが、1734年、カルロスは、ナポリ公国の王に叙せられ、カルロ3世となりましたが、母エリザベッタから受け継いだファルネーゼ・コレクションの大部分をナポリに持って行ったのです。
新たにパルマ公になったのは、カルロスの弟フィリッポでしたが、コレクションの一部返還を兄に訴え、一部がパルマに戻されました。
ピアチェンツァの宮殿にあったものは、移動が困難なフレスコ画や調度品を除いてナポリに移され、後の返還交渉で一部の大したことない作品はピアチェンツァに戻されたものの、その大部分は戻ることがありませんでした。


P2850239
切符売り場は未だ閉まったまま。
ナポリに持ち出された後のファルネーゼ宮殿は悲惨で直ぐに荒廃が始まりました。オーストリア軍や、その後に侵攻してきたナポレオン軍の兵舎などに使用されました。また、第二次世界大戦の爆撃によって家を失った被災者の避難所として使用されました。
1965年に宮殿の大修復工事が開始され、2006年に市立博物館としてオープンしました。


P2850241
午後3時になっても切符売り場の扉が開きません。
残念ながら、ファルネーゼ・コレクションのお宝はこの宮殿には殆どありません。
ナポリの王宮、国立考古学博物館、カポディモンテ美術館でファルネーゼ・コレクションのお宝を見ることが出来ます。


P2850253
漸く切符売り場が開きました。


P2850238
入館しました。


P2850243
何処から見て行くか。


P2850242
考古学部門から見て行くことにしました。


P2850244


P2850245
ジュリオ・マッツォ―ニの「モーゼの泉」(1560)


P2850247
「モーゼの泉」は、ピアチェンツァのサンタゴスティーノ修道院にあったそうです。


P2850249
このまま考古学部門を見ていると時間が足りないと思いました。


P2850252
已む無く絵画館を先に見て、その次に馬車博物館を見ることにしました。


P2850289
ファルネーゼ家の紋章


P2850255
絵画館の最初の部屋です。


P2850256
部屋のフレスコ
(つづく)

↑このページのトップヘ