イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:エミリア・ロマーニャ州 > レッジョ・エミリア

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パオロ・エミリオ・べセンツィ(コヴィオ―ロ・ディ・レッジョ・エミリア、1608‐1656)の「悔悛の聖ジローラモ」


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ロレンツォ・フランキ(ボローニャ、1565‐レッジョ・エミリア、1632)の「玉座の聖母子と聖ジョヴァンニーノ」


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フェリーチェ・ボセッリ(ピアチェンツァ、1650‐ローマ、1732)の4点の作品


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エミリアの逸名画家作「斬首された聖ジョヴァンニ・バッティスタの首」(17世紀前半)


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ルカ・フェラーリ通称ルカ・ディ・レッジョ(レッジョ・エミリア、1605‐パドヴァ、1654)の「バッカス祭の寓意」


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ルカ・フェラーリ通称ルカ・ディ・レッジョ(レッジョ・エミリア、1605‐パドヴァ、1654)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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ルカ・フェラーリ通称ルカ・ディ・レッジョ(レッジョ・エミリア、1605‐パドヴァ、1654)の「パリス(ギリシャ神話の)」


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ルカ・フェラーリ通称ルカ・ディ・レッジョ(レッジョ・エミリア、1605‐パドヴァ、1654)の「ルクレツィアの自殺」


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パオロ・エミリオ・べセンツィ(コヴィオ―ロ・ディ・レッジョ・エミリア1608‐1656)の「キリストの致命傷に接吻するシエナの聖カテリーナ」


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・ゲッシ(ボローニャ、1588‐1649)の「アクイーノの聖トンマーゾの誘惑」


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パオロ・エミリオ・べセンツィ(コヴィオ―ロ・ディ・レッジョ・エミリア、1608‐1656)の「ご訪問」(17世紀)


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ピエトロ・パルトロニエーリ通称ミランドレーゼ(ボローニャ、1673‐1741)の「町の風景」


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ジュゼッペ・バルナバ・ソリエーリ別名フラ・ステファノ・ダ・カルピ(カルピ、1710‐レッジョ・エミリア、1766)の「最後の晩餐」


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ビアージョ・スパーニ(レッジョ・エミリア、18世紀活動)の「ギアーラの聖母と聖人たち」(18世紀)


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ガエターノ・ガンドルフィ(サン・ジョヴァンニ・イン・ペルシチェト、1734‐ボローニャ、1802)の「磔刑」(18世紀)


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ジローラモ・ドンニーノ(コッレッジョ、1681‐ボローニャ、1743)の「アキレウスをケイローンに預けるテティス」


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エミリアの逸名彫刻家作「聖母子」(18世紀)


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フランチェスコ・ヴェッラーニ(モデナ、1688‐1768)の「井戸のレベッカ」(18世紀)


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ジャコモ・パヴィア(ベルガモ、1812‐パヴィア、1882)とジローラモ・ドンニーニ(コッレッジョ、1681‐ボローニャ、1743)の「聖フィリッポ・ネリの物語」
4点のうち、ジャコモ・パヴィアの作品は1点だけです。ジローラモ・ドンニーニが4点制作しましたが、後に1点紛失したので、ジャコモ・パヴィアが紛失作品補充のために制作したようです。


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ジェミニアーノ・ムンディーチ(モデナ、1823‐1908)の「エルサレム幽囚のエピソード」(1856)


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ルイージ・カザーリ・バッシ(レッジョ・エミリア、1805‐1887)の「クロッピ劇場の幕の下絵」


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ドメニコ・ぺリッツィ(レッジョ・エミリア、1818‐1874)の「嬰児虐殺」(1853)


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アルフォンゾ・キエリーチ(レッジョ・エミリア、1816‐1873)の「3人の男」


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アルフォンゾ・キエリーチ(レッジョ・エミリア、1816‐1873)の「ジェレミア」(1857)


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アルフォンゾ・キエリーチ(レッジョ・エミリア、1816‐1873)の「聖ビアージョの奇跡」(1843)


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アルフォンゾ・キエリーチ(レッジョ・エミリア、1816‐1873)の「寺院からの商人たちの追放」(1844)


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アルフォンゾ・キエリーチ(レッジョ・エミリア、1816‐1873)の「3人の男」


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19世紀のエミリアの逸名画家作「風景画」


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アルフォンゾ・ベッカルーヴァ(レッジョ・エミリア、1839‐1871)の「クズナ山」(1870)


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現代画も展示されてます。


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詳細不明


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エミリアの逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(15世紀第4四半世紀)


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フランスの逸名彫刻家作「聖ロッコ」(16世紀末‐17世紀初頭)


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外に出ました。


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(おわり)

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考古学部門の展示です。


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コイン、メダルの展示


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動物の剥製の展示


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新しく整備された展示部門です。


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階上に向かいました。


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彫刻断片の展示


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この街の歴史年表


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次は絵画、彫刻の展示です。


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Maestro di Tassarolaの「聖母子」(13‐14世紀)


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Maestro del Dossale di Reggioの「使徒」(14世紀第1四半世紀)


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エミリアの逸名画家作「聖母子」(15世紀第1四半世紀)


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レッジョ・エミリアの逸名画家作「聖母子と聖フランチェスコとトロサの聖ルドヴィーコ」(15世紀後半)


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ニコロ・パタラッツィ(レッジョ・エミリア、1495‐1562)の「我に触れるな」


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Pittore del 1477の「聖母子と聖アントニオ・アバーテ」


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ジョヴァンニ・ソンチーニ(レッジョ・エミリア、1503‐1539消息)の「聖母子と聖プロスペロと聖ベルナルド」


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カルレット・カリアーリ(ヴェネツィア、1570‐1596)の「受胎告知」


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ニコロ・デッラバーテ(モデナ、1509/1512-フォンテーヌブロー、1571)の「合奏」


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577-1668)の「聖母子と聖フランチェスコ」


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577-1668)の「カミッラ・ルッジェーリ・ブラミ?の肖像」


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577-1668)の「ヤエルとシサラ」


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パオロ・エミリオ・べセンツィ(コヴィオ―ロ・ディ・レッジョ・エミリア、1608-1656)の「聖母子と聖アンナと聖ジョアッキーノ」


221
ベルナルディーノ・フェラーリ(ヴィジェーヴァノ、1495-1574)の「玉座の聖母子と聖ピエトロと聖アンブロージョ」(1515)


223
エミリアの逸名画家作「聖母子と聖人たち」(16世紀)


225
エミリアの逸名画家作「ご誕生」(16世紀)


226
フェルディナンド・ポルタ(ミラノ、1687-1763)の「キリストの洗礼」


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逸名画家作「聖母子」


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詳細不明


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逸名画家作「祈るキリスト」(16世紀)


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ミケーレ・ディ・マッテオ(ボローニャ、1410-1469)の「聖母子」(15世紀前半)


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シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330-1399)の「聖母子」(14世紀中頃)


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シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330-1399)の「トロサの聖ルドヴィーコ」(14世紀)


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シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330-1399)の「聖パオロと聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ピエトロ」


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ボローニャの逸名画家作「磔刑」(16世紀)


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ボローニャの逸名画家作「嬰児虐殺」(16世紀)


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ピエル・フランチェスコ・チッタディーニ(ミラノ、1616-ボローニャ、1681)の「聖ステファノの殉教」
(つづく)

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レッジョ・エミリアのPiazza Martiri del 7 Luglioです。大きな広場で、場所によって広場の名称が異なり、3つあります。


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広場に面して建っているサン・フランチェスコ教会です。


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サン・フランチェスコ教会のファサードに向かって左側にあって、教会と隣接する建物が旧サン・フランチェスコ修道院で、現在Palazzo dei Museiと呼ばれてます。


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Palazzo dei Museiに市立博物館が置かれてます。2014年から2017年にかけて、レッジョ・エミリアの美術館博物館の再編が行われました。その結果、Palazzo dei Museiにおける絵画・彫刻部門が縮小され、その一部は市立パルメッジャ―ニ美術館に移されました。


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入館無料です。


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地上階の廊下です。


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廊下から展示室に入ります。


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最初はモザイクの展示です。


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モザイクの展示箇所がもう一つあります。こちらの方は時代の古いモザイクの展示です。


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SS9とは何ぞや?


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モザイクがあった場所、制作された推定年などの説明表記がありません。


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”Libreria(図書館)”に入りました。図書館らしからぬ展示です。


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理解が難しい展示です。


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Museo Chierici di Paletnologiaに入りました。
chiericiは聖職者とか学者という意味、paletnologiaは先史人類学という意味ですが。


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頭蓋骨の展示


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石器、鉄器


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石器類


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青銅器、鉄器


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彫刻などの展示


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紀元前5世紀のもの


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ちょっと時代が新しいような・・・・・


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再びモザイクの展示です。


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(つづく)

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説明プレートがないので、作品帰属や画題が分かりません。


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作品を見た画風だけで制作者名が分かるほどの画家でもなさそうです。


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次の部屋です。


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次はSala Fiamminga Olandeseです。


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次はSala Franceseです。


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一旦、最初の部屋に戻り、そこを経由して他の展示室に向かいました。


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次の部屋です。


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Sala delle Armi


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エル・グレコ(ギリシャ、イラクリオン、1541‐スペイン、トレド、1614)の「救世主」


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フィレンツェ派逸名画家作「聖家族と天使」(1510c)


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制作者不明の「ルイージ・パルメッジャ―ニの肖像」


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明治初期に制作された日本画(制作者不明)


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詳細不明


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バッチョ・バンディネッリ(フィレンツェ、1488‐1560)の「聖ロレンツォの殉教」


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外に出ました。
作品帰属、画題などを明示して欲しいと思いましたが、大した作品ではなさそうなので、市当局の方がその必要性がないと判断したのかも知れません。
(おわり)

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アンドレア・チェレスティ(ヴェネツィア、1637‐トスコラーノ、1712)の「モーゼ」


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フィリッポ・タルキアーニ(カステッロ、フィレンツェ、1576‐フィレンツェ、1645)の「アポロとパン」


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・ロマネッリ(ヴィテルボ、1610‐1662)の「エウロパの強奪」


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ヤコポ・バッサーノ工房作「田舎の光景」(16世紀後半)


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17世紀のハープ


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逸名彫刻家作「聖母子」(14世紀)


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逸名画家作「貴公子の肖像」


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逸名彫刻家作「聖母子」(15世紀)


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ヤン・ファン・エイク(ベルギー、マーサイク、1390c‐ベルギー、ブルージュ、1441)の「玉座の聖母子と2聖人のトリッティコ」
この美術館で1点選ぶとしたら、この作品になります。


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次の部屋です。


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Sala Spagnola


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スペインの逸名画家作「ユダの接吻とキリストの鞭打ち」(1410c)


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Jaime Baco detto Jacomart (ヴェレンシア、1431‐1482)の「大天使聖ミケーレ」


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ヴァレンシアの逸名画家作「磔刑と玉座の聖母子と天使たちとアレッサンドリアの聖カテリーナ?と聖バルバラ」(1490c)


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カスティアリアの逸名画家作「ドーリア・メンチャと聖ドメニコ」(1500c)


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ペドロ・ディアス・デ・オヴィエド(スペイン、15世紀末‐16世紀初頭活動)の「ご訪問、受胎告知、マギの礼拝のトリッティコ」(1490‐95)


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詳細不明


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カスティアリアの逸名画家作「聖キアーラと修道女たちのミサ」(1500c)


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アラゴンの逸名画家作「聖母の物語」(1410‐20c)


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ロドリゴ・デ・ヴィッランドランド(マドリッド、1588‐1622/1623)の「ブルボンのレジーナ・イサベッラの肖像」
(1622c)


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スペインまたはフランスの逸名画家作「男の肖像」(1810c)


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ドイツの逸名画家作「スペインのフィリッポ4世の肖像」(1630-35)


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ジュゼペ・デ・リベラ(スペイン、1591‐ナポリ、1652)の「アルキメデス?」


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デニス・カルヴァート(アンヴェルサ、1540‐ボローニャ、1619)の「女性の肖像」


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ジュゼペ・デ・リベラ工房作「聖ジローラモ」


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スペインの逸名画家作「玉座の聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(17世紀)


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アラゴンの逸名画家作「玉座の聖母子と音楽天使たち」(1470‐80)


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次の部屋です。


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Sala Velluti


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織物の展示


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次はSala Cesare Dettiです。


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ローマの逸名彫刻家作「少年」


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逸名画家作「女性の肖像」


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逸名画家作「愛人たち」


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逸名画家作「婚約者」


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次はSala Escosuraです。


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(つづく)

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レッジョ・エミリアのヴィット―リア広場です。


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ヴィット―リア広場の角、Corso Benedetto Cairoli 1に市立パルメッジャ―ニ美術館があります。


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教会の鐘楼のような塔が付いている、ゴシック=ルネサンス様式の建物が美術館になってます。


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レッジョ・エミリア出身の政治家ルイージ・パルメッジャ―ニは、美術品の収集に熱中していました。自分が収集した作品を展示するために、1924年、この建物を購入しました。


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購入後、建物内部は改造され、フランス風ぷらすスペイン風の調度が持ち込まれ、19世紀の住宅博物館のような側面を有してます。


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ルイージ・パルメッジャ―ニの死後、中の展示物調度品は建物ごとレッジョ・エミリア市当局に寄贈され、現在は市立美術館として一般公開されてます。


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現在、ルイージ・パルメッジャ―ニの収集物に加えて、他の場所にあった絵画や彫刻なども展示されてます。
入館無料です。なお、レッジョ・エミリアにある美術館、博物館は全て入館無料となってます。


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入館しました。


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Sala dei Giotelli


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逸名画家作「ピエタのキリストと4聖人」(15世紀)


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逸名彫刻家作「フランスの女性の胸像」


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フランスの逸名彫刻家作「聖母子」(15世紀)


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フランスの逸名彫刻家作「聖母子」(15世紀)


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逸名画家作「我に触れるなと聖人たちの祭壇前飾り」(15世紀)


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展示されている作品の殆どに説明プレートがありません。


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Sala Frammenti Marmi


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彫刻の断片が展示されてます。


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詳細不明


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詳細不明


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次の部屋です。


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Sala Scultore Reggiano il Clemente


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次の部屋です。


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主に絵画と彫刻が展示されてます。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・サルヴィ通称イル・サッソフェッラート(サッソフェッラート、1609‐ローマ、1685)の「幼きキリストを崇拝する聖母」(17世紀後半)


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ボニファチョ・ベンボ(ブレーシャ、1447‐ミラノ、1477)に帰属する「4人の人物」


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ローマ時代に制作された「ヘラクレス像」


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17世紀の逸名画家作「パオロ・ヴェロネーゼ作『寓意画』の複製画」


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逸名画家作「エマオの晩餐」


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詳細不明


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17世紀のフランスの逸名画家作「十字架降下」


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17世紀のフランスの逸名彫刻家作「荊刑のキリスト、キリストの埋葬」


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ジョヴァンニ・アントニオ・カナール通称カナレット(ヴェネツィア、1697‐1768)の「ヴェネツィアの風景」(18世紀)


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


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詳細不明


P2820319
詳細不明


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18世紀の逸名画家作「我に触れるな」


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ボニファチョ・ベンボの追随者?の「6人の人物」


P2820326
詳細不明
(つづく)

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主祭壇


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主祭壇画は、フェデリーコ・ズッカリ(サンタンジェロ・イン・ヴァード、1539‐アンコーナ、1609))の「聖母被昇天」


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詳細不明の「磔刑像」


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後陣右の礼拝堂


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次の礼拝堂です。


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後陣右のクーポラ


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ニコロ・デッラ・タルシアの「サンターレの聖母」(1510‐12)


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アウグスト・ムッシーニ通称フラ・パオロ(レッジョ・エミリア、1870‐ローマ、1918)の作品


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カヴァリエール・ダルピーノ(アルピーノ、1568‐ローマ、1640)の「ご訪問」(1604)


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制作者不明の「受胎告知」


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主祭壇前から見た出入口


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説教壇


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次の礼拝堂


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詳細不明の「ロザリオの聖母」


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次の礼拝堂


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544‐1638)の「ピエタ」(1607)


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次の礼拝堂


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かなり有名な聖母子


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逸名画家作「サンティッシマの聖母」


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右側廊


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右側廊から見た中央方向


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誰の墓碑でしょうか?


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聖水盤


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フランチェスコ・フォンタネージによって描かれたフレスコ画(1770)


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クリプタに入りました。


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クリプタの壁にフレスコ画が残されてます。


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クリプタから内陣に戻りました。


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プロスペロ・ソガリ通称イル・クレメンテ(レッジョ・エミリア、1516‐1584)の「ランゴーネ司教の墓」(1566)


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アウグスト・ムッシーニ通称フラ・パオロ(レッジョ・エミリア、1870‐ローマ、1918)の「キリスト」


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外に出ました。
(おわり)

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レッジョ・エミリアの街の中心Piazza Prampoliniです。


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Piazza Prampoliniに面して建っているレッジョ・エミリア大聖堂です。


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レッジョ・エミリア=グスタッラ司教区の司教座教会 Cattedrale di Santa Maria Assunta です。


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伝承によれば、451年創建の初期キリスト教会がこの地にあり、それが前身とされてますが、その記録が残ってません。9世紀の文書にこの教会の存在が記されており、それ以前に建設されたことは確実です。
現在の教会の姿は、13世紀に再建されたロマネスク様式の建物を基本に、その後、次々に改造改修が行われましたが、1599年に一応の完成を見たルネサンス様式の建物です。


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外観の特徴は、ファサード上にある八角形の鐘楼です。
13世紀初めに完成した鐘楼ですが、完成間もなくの1228年に発生した大地震によって倒壊してしまったので、1268年に八角形の現在の姿に再建されたものです。
写真右端は、Torre del Bordelloです。


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鐘楼の金色の聖母子像は、バルトロメオ・スパーニ(レッジョ・エミリア、1468‐1539)によって1522年に制作されました。


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ドゥオーモの洗礼堂は、ファサードに向かって左側にあるドゥオーモに隣接する建物の左端にあります。


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ドゥオーモの洗礼堂


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洗礼堂扉上ルネッタ上の「キリストの洗礼」の浮彫


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サン・プロスペロ広場から見えるドゥオーモの後陣


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ドゥオーモのファサードに戻ります。
ファサードの扉上にある彫刻は、プロスペロ・ソガリ通称イル・クレメンテ(レッジョ・エミリア、1516‐1584)の「アダムとイヴ」(1584)です。


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ファサードの壁龕に4体の彫像がありますが、これらは街の4聖人のものです。4体の彫刻ともプロスペロ・ソガリ通称イル・クレメンテ(レッジョ・エミリア、1516‐1584)によって制作されました。
こちらは「聖グリサンテ像」です。


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「聖ヴェネリオ像」


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「聖ジョコンダ像」


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「聖ダリア像」


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メイン扉上にあったフレスコ画は、Museo Diocesanoに移されました。


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聖堂内に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、バロック様式の聖堂内部です。


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1832年の大地震によって大きな被害を受けたので、その後、大修復工事が行わマした。そのため、かなり修正が加えられた内部は新しく見えます。


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縦が73.3mあります。


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天井の装飾


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左側廊


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左側廊から見た身廊方向


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左第1礼拝堂


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Cappella dei Notaiの扉が閉まっていました。


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鉄柵の間にカメラを入れて撮りました。
「Madonna Tacoli」(1250c)


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次の礼拝堂です。


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ルイージ・アングィッソーラ(1479‐1553)の「玉座の聖母子と聖ジローラモとアレッサンドリアの聖カテリーナ」(1520c)


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次の礼拝堂です。


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グイド・レーニの「大天使聖ミケーレ」に似てますが、制作者は不明のようです。


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「聖母被昇天と聖ジローラモと聖ピエトロ」


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ポマランチョ?の作品


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カルロ・ボノーニ(フェラーラ、1569‐1632)の「聖セバスティアーノ」


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左翼廊の礼拝堂


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オラツィオ・タラーミ(1624‐1708)の「嬰児虐殺」


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Cappella Santissimo


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右翼廊の礼拝堂


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詳細不明
(つづく)

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次はベアータ・ヴェルジネ・デッラ・ギアーラ聖堂です。


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この日、ベアータ・ヴェルジネ・デッラ・ギアーラ聖堂は開いている情報があったので、期待していました。


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皆さんは、イタリア人と一緒に仕事をしたことがありますか?


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借りたB&Bの鍵について「あるある劇場」が開演した話がありましたが、貸す側のB&Bの方は仕事、借りる側の我々は観光という側面があるので、「あるある劇場」が開演しても仕方がないと許したことでしょう。
しかし、イタリア人、日本人の両陣営とも仕事である場合に「あるある劇場」が開演すると、収拾がつかなくなります。品質管理の業務遂行時に「あるある劇場」が発生したので、イタリア側に生産委託をすることを断念したことがあります。品質管理基準を甘くしてほしいと言われてしまっては話になりません。


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ベアータ・ヴェルジネ・デッラ・ギアーラ聖堂にやってきました。


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扉が閉まっているように見えましたが、開いていました。


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ファサードの扉上の大理石浮彫は、1642年にレッジョ・ネッレミリア市当局から寄贈されたものです。


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18世紀にBasilica Minoreに格付けされました。
現在は、聖堂の建物は、レッジョ・ネッレミリア市当局の所有となってますが、教会活動が行われてます。


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聖堂内に入りました。


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1313年、現在の場所に建設されたベアータ・ヴェルジネ教会が最初の建物です。


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聖母の奇跡を齎す教会として信仰を集めました。やがて、それが評判となり遠方から信者が訪れる巡礼地となりました。
そうなると最初の建物が手狭になってしまったので、16世紀末、当時のレッジョ・ネッレミリア司教が規模の大きな建物への建て替えを決めました。その決定に従い、最初の建物が取り壊され、その上に建設されたのが、1597年創建、1619年完成のバロック様式の二代目の建物で、それが現在の姿となってます。


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三廊式、ギリシャ十字形、バロック様式の聖堂内部は、縦60m、両翼廊間が45mあります。


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クーポラ


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主祭壇と後陣


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後陣にパイプオルガンがあります。


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577‐1668)の「聖母子と聖人たち」


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リオネッロ・スパーダ(ボローニャ、1576‐パルマ)によって描かれたフレスコ画(1616)


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「磔刑」(1624‐25)


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第1礼拝堂のクーポラのフレスコ画は、カミッロ・ガヴァセッティ(モデナ、1596‐パルマ、1630)によって1629年から1630年に描かれました。


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オラツィオ・タラーミ(レッジョ・エミリア、1624‐1708)の「聖フィリッポ・ベニッツィの功徳」(1673)


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ルドヴィーコ・カッラッチ(ボローニャ、1555‐1619)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」(1619)


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後陣のフレスコ画は、アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577‐1668)の「聖母戴冠」(1625‐29)です。


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リオネッロ・スパーダの祭壇画は貸し出し中でした。


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フランチェスコ・ブラーニの「聖ニコロ・ラゴネールの奇跡」(1648)


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リオネッロ・スパーダ(ボローニャ、1576‐パルマ、1622)の「聖霊降臨」


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Cappella e Alyare della Vergine


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カルロ・ボノーニ(フェラーラ、1569‐1632)?の「ギアーラの聖母」


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第2礼拝堂のクーポラ


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577‐1668)の「聖母子と聖フランチェスコ」(1629c)


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バロックですね。


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中央礼拝堂前から見た出入口方向


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カルロ・ボノーニ(フェラーラ、1569‐1632)の「聖母被昇天」


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左翼廊


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右翼廊


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外に出ました。


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天気が少し持ち直してきました。


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一旦ホテルに戻りました。


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夕方近くなって、天気が急速に回復しました。


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見慣れた景色であっても、天気が良くなると感じが随分異なります。


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(おわり)

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翌朝です。


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低い雲がどんよりと垂れ込め、雨が落ちていないだけマシ。


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青空市ならぬ、ドン曇り空市が立っていました。


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ローマ時代の遺跡は何処に行った、と思いながら歩き回ります。


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もっと歴史を感じさせてよ。


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近頃、中国人が営業している青空市の出店が多くなってきました。


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ドゥオーモが開いていたので中に入ります。


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朝のミサが終わった時間なので、ゆっくりと拝観出来ました。


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クリプタ


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ご訪問


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グエルチーノの作品


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外に出ました。


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ドゥオーモの洗礼堂


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洗礼堂扉上ルネッタの「キリストの洗礼」


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レッジョ・エミリアの博物館や美術館が入館無料なので、好きな時に入館出来ます。


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市庁舎


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未だ午前9時前です。


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市立劇場がある広場の方に向かいました。


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アルプスからの寒気が押し寄せると、まるで冬のような天気になります。


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こちらの広場も青空市が開催中。


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度々起きる地震への対策でしょうか、柱廊の柱が補強されています。


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絵画館にもう一度入館します。


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こちらは美術図書館


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Civica Galleria Parmeggiani


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複数回入館することによって、理解が深まります。


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作品帰属は、Galleria Parmeggianaだけを取り上げた時に明示します。


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外に出ました。


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次は市立博物館です。


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市立劇場


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寒々しい感じを強調させる広場の噴水。


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開いているように見えたサン・フランチェスコ教会ですが、やはり閉まっていました。


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市立博物館にもう一度入館します。


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絵画を重点に見ました。


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作品帰属については、博物館の詳述の際に明示します。


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(つづく)

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次はサン・ピエトロ教会です。


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時々、他の方のブログで、フレスコ画や祭壇画などがアップされているのを目にしますが、その制作者、つまり作品帰属への言及がないのが殆どです。作品帰属を書くことによって、後になって役立ったり、自分の鑑賞力のアップに繋がると思います。


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Caffe Arti e Mestieri


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建物の名称を失念しましたが、歴史的建造物です。


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サン・ピエトロ教会は直ぐ傍にあります。


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1586年創建、1782年完成のバロック様式のサン・ピエトロ教会です。


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中に入りました。


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単廊式、バロック様式の内部です。


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美術的に見逃せません。


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反宗教改革を旗印に建設されたので、内部装飾が派手です。


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カミッロ・カヴァッセティ(モデナ、1596‐パルマ、1630)とジローラモ・マッサリーニ(レッジョ・エミリア、1626‐1700)の「聖ジュリアと聖クリストフォロの殉教」(1623,1684)
1623年にカミッロ・カヴァッセティによって制作が始められましたが、未完成のまま放置され約60年後にジローラモ・マッサリーニによって完成された作品です。しかし、どの部分が未完成だったのか、については不明のようです。


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パオロ・エミリオ・べセンツィ(レッジョ・エミリア、1608‐1656)の「聖プラチドと聖フラヴィアの殉教」(1649‐50)


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トンマーゾ・オッタ―ヴィ(レッジョ・エミリア、1814‐1909)の「聖ジャコモ・マッジョーレの殉教」(19世紀後半)


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ピエトロ・デサーニ(ボローニャ、1595‐レッジョ・エミリア、1657)の「聖母子と大天使聖ミケーレと聖グレゴリオ・マーニョ」(1630c)


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577‐1668)の「聖バルバラの殉教」(1625)


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17世紀中頃のエミリアの逸名画家作「天上の聖母子と4聖人(聖シモーネ、聖ルチア、聖カルロ・ボッロメオ、聖フランチェスコ)」(1650c)


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詳細不明


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フランチェスコ・マリア・コデルッピ(1592記録)の「聖母子と聖ベネデットと聖プロスペロ」(1593)


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主祭壇


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アンセルモ・ゴヴィによる後陣のフレスコ画(1939)


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ジョヴァンニ・アンドレア・コンドゥッチ通称マステッレッタ(ボローニャ、1575‐1655)の「聖ピエトロと聖ジョコンダと天使」(1639)
枠内の聖母子は、サッソフェッラート作品の複製画です。(制作者不明)


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ジローラモ・マッサリーニ(レッジョ・エミリア、1626‐1700)の「聖ジュゼッペの死」(17世紀後半)


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制作者不明の「カミッロ・プロカッチーニ作『マギの礼拝』の複製画」(1619)


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ルカ・フェラーリ(レッジョ・エミリア、1605‐パドヴァ、1654)の「カナの晩餐」(1649)


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ジローラモ・マッサリーニ(レッジョ・エミリア、1626‐1700)の「嬰児虐殺」(17世紀後半)


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ルカ・フェラーリ(レッジョ・エミリア、1605‐パドヴァ、1654)の「キリストの洗礼」(1649)


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ジローラモ・マッサリーニ(レッジョ・エミリア、1626‐1700)の「マギとエロデの邂逅」(17世紀後半)


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セバスティアーノ・ヴェルチェレージ(レッジョ・エミリア、1603‐1657)の「聖マウロの殉教」(1644c)


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外に出ました。


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雨が上がりました。ホテルに着いてしまいましたが、部屋に入ってしまうのは勿体ない。


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もう少しぶらぶら歩きを続けます。


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イタリア美術とは全くの無関係ですが、久し振りにNHKの大河ドラマを見ていたら、歴史的に存在しなかった人物が重要な登場人物になっているのを見て、違和感を覚えました。脚本家の創造上人物の大活躍は歴史に対する冒涜です。「明智光秀」ではなく、想像上の人物『明智又助(名前は誰でも良い)』の物語として話を進めるべきと思いました。時代考証担当の先生は、何故、そのような人物のドラマへの登場を看過しているのか不思議です。


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サン・ピエトロ教会のクーポラ


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すっかり夕方です。


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Palazzo Bolardiに行ってみる。


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Palazzo Bolardiです。


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中に入ることが出来ません。


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(つづく)

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Piazza Roversi


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広場の先に教会があります。


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Oratorio del Cristo


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このオラトリオが開いているのを見たことがありません。


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次はサン・プロスペロ聖堂です。


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Via Macari


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この通りを進めばサン・プロスペロ聖堂に出ます。


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写っているのはサン・ジョルジョ教会の鐘楼とクーポラです。


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Via Due Gobbiとの交差点を越えます。


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写真右はPalazzo Pratonieri


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サン・プロスペロ聖堂は、この日も閉まっていました。


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ファサード前にあるライオン像


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ファサードの彫刻


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サン・プロスペロ広場の先に見えているのはドゥオーモの後部です。


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聖堂前にあるライオン像が2つ以上あるので、サン・プロスペロ広場はPiazza Leoniとも呼ばれてます。


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市立劇場の方に行ってみることにしました。


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サン・フランチェスコ広場に向かってます。


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Palazzo Liberti


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四つ星ホテルになってます。


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市立劇場です。


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サン・フランチェスコ教会


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見所が多いと言えないレッジョ・エミリアなので、どうしても同じ場所に来てしまいます。


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1つの広場ですが、その場所によって広場の名称が3つあるのです。


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3つの広場の境界線などがサッパリ分かりません。


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広場の噴水


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次はベアータ・ヴェルジネ・デッラ・ギアーラ聖堂です。


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ベアータ・ヴェルジネ・デッラ・ギアーラ聖堂のクーポラが見えてます。


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1597年創建、1619年に完成したルネサンス様式の建物です。


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ベアータ・ヴェルジネ・デッラ・ギアーラ聖堂は開いていないことが多い。


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この日も閉まっていました。


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ファサードの浮彫


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ベアータ・ヴェルジネ・デッラ・ギアーラ聖堂の後陣、鐘楼、クーポラ


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広場にあるオベリスク


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次はサン・ピエトロ教会です。


P1060902
(つづく)

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Via Emilia San Pietroを進みます。


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写真左はPalazzo Salvi


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この辺は16‐18世紀に建設された建物が並んでます。


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柱廊がなくなりましたが、それに合わせて雨が止みました。


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この辺の建物が特定できません。


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Palazzo Guicciadi Trivelli?


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Via Don Giuseppe Andreoli


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Palazzo del Capitano del Popoloの前を通って広場に向かいました。


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Piazza Pramplini


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写真右はDomus Notariurum


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ドゥオーモ


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教会のような建物は洗礼堂です。


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Palazzo del Monte dei Pieta


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Torre Civica Orologio


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ドゥオーモは開いていなかったので、拝観は別の機会に。


P1060818
市庁舎


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市庁舎のアーチを潜ります。


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Via Falini


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この通りの先にあるサン・ジョルジョ教会に向かってます。


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16世紀後半に建設されたPalazzo Ancini


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Palazzo Anciniの入り口


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サン・ジョルジョ教会(写真左)に到着しました。


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1146年の文書に、この地にあった教会の記録が残されてます。


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その教会は、1610年、イエズス会の所有となり、イエズス会は古い建物を取り壊し、その上に新建物の建設をきめました。1638年創建、1743年完成の建物が現存しています。


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1996年の地震によって教会は閉鎖されました。地震による損壊の修復後、建物は市当局の所有となりました。


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入口にある聖母子のイコン


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中に入りました。


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単廊式、ラテン十字形・バロック様式の内部です。


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旧教会ですが、地元の信者の方が訪れてます。


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詳細不明


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天井


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アレッサンドロ・ティアリーニ(ボローニャ、1577‐1668)の「天上の聖母子と聖フランチェスコ・サヴェリオと聖イグナツィオ・ロヨラ」


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後陣のフレスコ画


P1060840
詳細不明


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地元の人たちに崇拝されている主祭壇


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P1060842
クーポラ


P1060844
詳細不明


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主祭壇前から見た出入口方向


P1060847


P1060848


P1060850
外に出ました。
(つづく)

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午後1時過ぎですが、すっかり夕方の佇まいです。


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青空が見えてましたが、雨が落ちてきました。


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雷鳴が聞こえてきました。


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急に気温が低くなってきました。


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シロッコが勢いを低下させ、アルプスからの寒気が下りてきたとの天気予報の説明がありました。


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雷鳴が聞こえ、小雨が降り始めても青空市の各店は悠然と営業継続中でした。ちょっと心配になりました。


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サン・プロスペロ聖堂です。


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残念ながら鐘楼は修復工事中でした。


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サン・プロスペロ広場


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聖堂の身廊の一部が店舗になっています。


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青空が多くなってきました。天気が不安定。


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あまり食べたくない、しかし、少しは食べておかねば夕方まで持たないということで、妙な店に入りました。


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変な海苔巻き。


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お札を燃やすような店でした。


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Palazzo Liberti


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下肢に痛みと痺れを感じたのでホテルに戻ることにしました。


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午後2時頃になると極端に人出が少なくなります。


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扉が開いていましたが、拝観は後日することにしました。


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未だ雷鳴が聞こえていましたが、雷雲は遠ざかったようです。


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学校の建物


P2820808
かなりの距離を歩きました。


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この頃は未だ健脚でした。


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再び街歩きに出かけました。


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Via Emilia San Pietro


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柱廊が続いてます。


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第1次世界大戦、第2次世界大戦で兵舎だった建物です。現在は音楽学院となってます。


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見えている鐘楼はサン・ピエトロ教会のものです。


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旧サン・ピエトロ修道院のキオストロ外壁の「聖母子」


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よく見たらモザイクです。


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エミリア街道=Via Emilia San Pietoro


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サン・ピエトロ教会のファサード


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この教会は何時も開いているので、拝観は帰路に行うことにしました。


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小雨模様の悪天になったので、柱廊が有難い。


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16世紀に建設された建物


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15世紀‐17世紀の建物が並んでます。


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私が住んでいる街には15世紀建設の建物はありません。


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私の家の近くに更級日記の菅原孝標の娘が住んでいましたが、その場所は特定されてません。


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写真左の建物が有名です。


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15世紀末に建設されたPalazzo Sacratiの入り口です。


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Palazzo Sacratiの中庭にお邪魔します。


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入口天井のフレスコ装飾


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中庭に入りました。


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中庭から外に出て、エミリア街道から建物外観の写真を撮ることにしました。


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通りの向かい側から見たPalazzo Sacratiです。


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(つづく)

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サンタゴスティーノ教区教会です。


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中に入りました。


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単廊式、ラテン十字形、バロック様式の内部です。


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見逃せない祭壇画が数点あります。


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建築家ガスパーレ・ヴィガラーニ(レッジョ・エミリア、1588‐モデナ、1663)によって1651年から1660年にかけて現在の姿に改造されました。


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二代目の建物にあったフレスコ画断片「授乳の聖母」(14世紀)


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詳細不明


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次の礼拝堂


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ヤコポ・ネグレッティ通称パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544‐1628)の「ギアーラの聖母」


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次の礼拝堂


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詳細不明


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次の礼拝堂


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逸名画家作「聖ロレンツォの殉教」(16世紀)


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主祭壇


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クーポラに描かれた聖母戴冠のフレスコ画


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右翼廊の礼拝堂


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パオロ・エミリオ・べセンツィ(レッジョ・エミリア、1608‐1656)の「神殿奉献」


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左翼廊の礼拝堂


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ジョヴァン・フランチェスコ・バルビエリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「聖アポッリナーレ」


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詳細不明


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次の礼拝堂


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ジャン・ブーランジェ(フランス、アミアン、1606‐パリ、1660)の「聖アンドレアの殉教」


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次の礼拝堂


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カルロ・ボノーニ(フェラーラ、1569‐1632)の「羊飼いの礼拝」


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次の礼拝堂


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ジョヴァンニ・ウゴリーノの「聖モニカの死」


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次の礼拝堂


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詳細不明


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ジョヴァン・バッティスタ・カッタ―ニの「聖モニカ」


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主祭壇前から見たファサード方向


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パオロ・エミリオ・べセンツィ(レッジョ・エミリア、1608‐1656)の作品


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旧修道院回廊の壁にあった作品


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外に出ました。


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昼過ぎになったので、教会巡りは終わりです。


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そろそろ昼食の時間です。


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しかし、お腹が空いてません。


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Palazzo del Capitano del Popoloに戻ってきました。


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暑いので、「動かない」パフォーマンスは辛いだろうと思いました。


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切りピザでも食べようと思ったけど、店が見つからない。


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(つづく)

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イタリアでは所得水準の高い州として知られているエミリア・ロマーニャ州ですが、中でもレッジョ・エミリアは裕福な街となってます。


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Torre Campanaria dell'Orologio


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最も賑わい見せる通りに出ました。


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1280年に建設されたPalazzo del Capitano del Popolo
現在は店舗として使用されている他、ホテルにも転用されてます。


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チェントロ・ストーリコに泊まるのならば、このホテルはお勧めです。


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ホテルの前を通り過ぎてドゥオーモに向かいました。


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レッジョ・エミリアの街の中心Piazza Pramplini


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Palazzo del Comune


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広場に立つStatua del Crostolo


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街を流れていたクロストロ川の寓意像です。その川は一部埋め立てられ暗渠になっているらしい。


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Palazzo del Monte


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広場に面して建つドゥオーモ



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Cattedrale di Santa Maria Assunta


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ファサードの黄金の聖母子


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拝観しました。


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外観とは異なり、新しく見える聖堂内部です。


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1823年の大地震によって、聖堂内部は大きな被害を受けてしまいました。現在の内部は大地震後の大規模修復工事後の姿となってます。


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ドゥオーモについては、項を改めて詳しく触れる予定です。


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外に出ました。


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1489年に建設された市の塔、Torre del Bordelloです。


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気温が急激に上昇中。


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ホテルを出るとき、フロントの女性から、昼過ぎ後は暑くなるので、危険だから出歩かないようにと言われました。


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イタリア人って意外に厚着?


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1456年建設のDomus Notariurum


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市庁舎のアーチを潜りました。


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次はサン・ジョルジョ教会です。


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1638年に建設されたサン・ジョルジョ教会です。扉が閉まってました。


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ファサードの聖ジョルジョの浮彫が有名です。


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中にパオロ・ヴェロネーゼ、アレッサンドロ・ティアリーニの作品があります。


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18世紀に建設されたChiesa del Cristoは何時も閉まっています。


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次はサンタゴスティーノ教区教会です。


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路地に入って、その突き当りが目指すサンタゴスティーノ教会です。


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ファサード側に回りました。


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1183年の文書に、この地に、その存在が記載されているサンタポッリナーレ教会が前身です。サンタポッリナーレ教会は1249年の破壊され、その上に1268年に新しい建物が再建されました。二代目の建物の奉献に合わせて、教会の名称が現在のサンタゴスティーノ教会に改められました。また、教区が再編され、サン・ロレンツォ教区の教区教会となりました。
1423年の火災によって消失したので、1452年から3代目の建物の建設工事が開始されました。現在のバロック様式のファサードは、1746年の修復の際に改造されたものです。


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ファサードが面している公演


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写真右は旧サンタゴスティーノ修道院の建物です。


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旧修道院のキオストロ


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キオストロから教会内に入りました。
(つづく)

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次は市立博物館です。


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午前中は涼しかったのですが、、午後になると急激の気温が上昇して炎暑日(40℃以上)となりました。


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厚着の方が多いのは何故でしょうか?


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市立博物館が置かれているPalazzo Museiです。


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入館します。


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入館無料です。


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以前、この建物内で展示されていた絵画作品の多くは、Galleria Parmeggianaに移されました。


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古い歴史ある街レッジョ・エミリアですから、共和制ローマ時代、帝政ローマ時代の遺跡からの発掘物が充実しています。


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現代のエッチング作品と動物の剥製


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現代の絵画


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夥しい数の昆虫の標本や石器


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共和制ローマ時代、レッジョ・エミリアに居住していた人たちの頭蓋骨


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碑文が沢山展示されてます。


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Palazzo Fontanelliの門(1517)


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鳥の剥製


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階段を上って上の階に行きます。


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上の階です。


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この街の歴史が説明されてます。


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あまり興味が湧かない分野の展示ばかりだったので、お座なりに見て回りました。


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外に出ました。


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次はドゥオーモです。


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暑くなってきました。


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(つづく)

レッジョ・エミリアは、人口172,010人(2018年10月31日現在)のエミリア・ロマーニャ州レッジョ・エミリア県の県都です。
正式な都市名は、Reggio nell'Emiliaですが、市発行の観光地図やパンフレットなどにレッジョ・エミリアと表記されてます。地元の人はレッジョと呼んでます。
街の歴史は古く、共和制ローマ時代の政治家マルクス・アエミリウス・レピドゥス(ローマ、紀元前201から記録‐紀元前152没)がエミリア街道の拠点都市の一つとして、紀元前183年に建設したレギウム(レッジョ・ネッレミリアの旧称)が全身です。
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ICに乗ってレッジョ・エミリアに向かいました。


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レッジョ・エミリア駅に到着しました。
チェントロ・ストリーコの郊外に高速列車が走る高速鉄道専用線のReggio Emilia AV Mediopadana駅があります。
ボローニャで高速列車を下車してRVに乗り換えてレッジョ・エミリア駅に向かうのが良いのか、高速列車をそのまま乗ってAV Mediopadana駅で下車するのが良いのか、どちらを選択すべきか迷うところです。
どちらも一長一短あるのです。


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レッジョ・エミリア駅の駅舎です。


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広い駅前広場
この日のお宿に向かいます。



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駅近くの、この日のお宿です。お勧めです。
外は明るいですが、午後6時半を過ぎてます。疲労していたし、お腹が空いていたので、すぐに夕食を食べて、ホテルでゆっくりしたいと思いましたが、早くても1時間後開店の食堂ばかり。


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このような場合、重宝しているのが中華料理店です。
一帯一路に参加したイタリアですが、レストラン一つを取ってみても中国人にやられそうです。中国人経営のイタリア料理店が続々と増えてます。午前11時から深夜まで通し営業のものまで出てきてます。


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青島ビールを注文したのですが、置いていないと言われてしまいました。


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大きな丸テーブルに通されたけど、前客の皿が下げられていない。


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これで初日が終了です。


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翌朝です。


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旧城壁沿いの道を進み、チェントロ・ストーリコに向かいました。


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ピアーヴィ通り


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古い歴史がある街ですが、開発がかなり進んで、「古い歴史ある街」の雰囲気があまりありません。


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ピアーヴィ通りは、城壁を取り壊して、その上に作られた道路です。


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ピアーヴィ通りを左折してローマ通りに入りました。


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晴れてきました。


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サン・ジャコモ教会です。


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後陣


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扉が開いていましたが、サン・ジャコモ教会は開いていることが多いので、拝観を後回しにして先を急ぎました。


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ローマ通りを進みます。


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広い広場の端に出ました。


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文化振興に注力しているレッジョ・エミリア市の象徴的な存在が市立博物館です。


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数年前、内容を拡充してリニューアルオープンしました。ここを見るのは後回しです。(入館無料)


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市立博物館の隣に教会があります。


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サン・フランチェスコ教会です。


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ファサードに描かれたフレスコ画


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先ず美術館です。


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広場の中心にある戦没者慰霊碑


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塔のある建物に美術館があります。


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美術館の向かいの建物


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Galleria Parmeggiani
未だ扉が開いてません。


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その隣の建物も美術館として使用されてます。


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扉が開きました。


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入館しました。入館無料です。


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美術館については、項を改めて詳しく触れる予定です。


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作品帰属が明示されていない作品が殆どです。


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外に出ました。
(つづく)

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