イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:ローマの教会巡り > サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂

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ジョヴァンニ・ディ・コズマ(?、?‐ローマ、1305c)の「グリエルモ・ドゥランド枢機卿の墓」(1296c)


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聖母子と2聖人のモザイク


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フランチェスコ・ナッピ(ミラノ、1565‐ローマ、1630)の天井フレスコ画(1600c)


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ジュゼッペ・オビチ(スピランベルト、1807‐ローマ、1878)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1856)


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Cappella di Ognissanti


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カルロ・マラッタ(カメラーノ、1625‐ローマ、1713)の「聖ピエトロと福者たちに顕現する聖母」(1671)


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Cappella Capranica


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ミケランジェロ・チェッルーティ(ローマ、1663‐1749)の「ロザリオの聖母」(18世紀)


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ジョヴァンニ・デ・ヴェッキ(ボルゴ・サン・セポルクロ1536‐ローマ、1615)の「シエナの聖カテリーナの生涯の物語」(1586)


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19世紀のステンドグラス「シエナの聖カテリーナの戴冠」


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フランチェスコ・ナッピ(ミラノ、1565‐ローマ、1630)の後陣のフレスコ画(1600c)


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ミケランジェロ・ブオナローティ(カプレーゼ、1475‐ローマ、1564)の「ミネルヴァのキリスト」(1521)


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Vestibolo


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ジャコモ・デッラ・ポルタ(ポルレッツァ、1532‐ローマ、1602)の「ミケーレ・ボネッリ枢機卿の墓碑」(1598‐1611)


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Cappelle Frangipane


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ベノッツォ・ゴッツォリ(スカンディッチ、1420‐ピストイア、1497)に帰属する「聖母子」(1449)


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Cappella di San Domenicoの祭壇画:パオロ・デ・マッテイス(ピアーノ・ヴェトラレ、1662‐ナポリ、1728)の「聖ドメニコのイコンを手にする聖母と聖カテリーナと聖マリア・マッダレーナ」(1723‐26)


089
カルロ・ロンカッリの「天上の聖母子と聖ドメニコ」


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アンドレア・プロカッチーニ(ローマ、1671‐スペイン、1734)の「ピオ5世」(1710‐20)


097
Cappella Giustinianiの祭壇画:ベルナルド・カステッロ(ジェノヴァ、1557‐1629)の「聖ヴィンチェンツォ・フェッレール」(1584c)


099
ドゥッチョ・ブオニンセーニャ(シエナ、1255/1260c-1319c)の「聖母子」


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102
フランチェスコ・ナッピ(ミラノ、1565-ローマ、1630)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの説教」(1600c)


104
Cappella del Sacro Cuore


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コッラード・メッザーナ(ローマ、1890-1952)の「キリストとシエナの聖カテリーナと聖マリア・アラコクエ」(1922)


109
シエナの聖カテリーナの墓


114
ベアート・アンジェリコの墓


112
この辺で終わることにします。


115
外に出ました。
(この項、おわり)

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オベリスクの先にパンテオンが見えてます。


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オベリスクの後にサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂があります。聖堂はパンテオンの至近にあります。


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ミネルヴァ神殿の上に築かれたと誤解されていたので、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂と名付けられました(sopra=上に、という意味)。
現在、聖堂が建っている場所には、ポンペイウスが紀元前50年に建設した、エジプトの女神イシスを祀ったイシス神殿がありましたが、8世紀中頃、使用されなくなって廃墟となっていた神殿が教会として転用されることになりました。それが現在の聖堂の前身です。
ということで、本来ならば、サンタ・マリア・ソプラ・イシス聖堂と称されるべきですが、間違いが正されることなくソプラ・ミネルヴァとなってます。ミネルヴァ神殿は、イシス神殿近くにあったことが分かってますが、その場所は特定されていないようです。


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1275年、教会はドメニコ会の所有となりましたが、ドメニコ会は古い神殿転用の教会を取り壊し、その上に新しい建物建設を決めました。
そうして、1280年創建、1370年完成の建物が現在の姿の原形となってます。
17世紀前半、カルロ・マデルノ(スイス、カポラーゴ、1556‐ローマ、1629)の設計によってバロック様式に改修されましたが、19世紀にゴシック様式へと改修され、その改修後の姿が現在の外観となってます。


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ミネルヴァ広場にあるオベリスクですが、紀元前589年から570年にエジプトで制作されたものを、284年から305年にかけて、ディオクレティアヌス帝によってイシス神殿前に設置されました。


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現在、オベリスクは象のモニュメントの上に置かれており、「Pulcino della Minerva」(ミネルヴァのひよこ)と呼ばれてます。
オベリスクが乗っている象は、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの設計に基づき、エルコール・フェッラータ(ペッリオ・インテルヴィ、1610‐ローマ、1686)によって1667年に制作されました。
エルコーレ・フェッラータは、ベルニーニの弟子です。


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教皇アレッサンドル7世の即位を記念して象が制作されたそうです。


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ファサード扉上ルネッタのフレスコ画「聖母子と聖ドメニコ」


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こちらの扉上ルネッタのフレスコ画ですが、1848年から1855年にかけて行われたバロック様式からゴシック様式へと改修された工事の際に制作された新古典様式のものです。
Basilica Minoreです。


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聖堂内に入りました。


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先ずペルジーノの作品を見ました。


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ピエトロ・ディ・クリストフォロ・ヴァンヌッチ通称ペルジーノ(チッタ・デッラ・ピエーヴェ、1448c‐フォンティニャーノ、1523)の「祈るキリスト」


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写真写りが悪いので、外部サイトから作品画像を拝借しました。


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三廊式、ゴシック様式の内部です。


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縦101m、横41mの内部です。


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左側廊に7つの礼拝堂、右側廊に8つの礼拝堂があります。


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Cappella Caffarelli


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ガウッリ通称バチッチョ(ジェノヴァ、1639‐ローマ、1709)の「光悦の聖ルドヴィーコ・ベルトランド」(1673)


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Cappella Colonnaの祭壇画:ラッザロ・バルディ(ピストイア、1624‐ローマ、1703)の「リマの聖ローザ」(1668)


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ボナヴェントゥーラ・ランベルティ通称イル・ボロネーゼ(カルピ、1653‐ローマ、1721)の「聖ピエトロ・マルティーレの死」(1690‐93)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・フランコ通称イル・セモレイ(ヴェネツィア、1510‐1561)の「羊飼いの礼拝」(1550)


021
ジョヴァンニ・バッティスタ・フランコ通称イル・セモレイ(ヴェネツィア、1510‐1561)の「キリストの復活」(1550)


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Cappella Colonnaの天井フレスコ画:ジローラモ・ムツィアーノ(ブレーシャ、1532‐ローマ、1592)の「キリストの生涯と4福音書記者」(1550c)


024
Cappelle Annunziata


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アントニアッツォ・ロマーノ(ローマ、1430c‐1508)の「トルクエマーゾ枢機卿と受胎告知」(1500)


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トルクエマーゾ枢機卿は、この祭壇画の注文主です。


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Cappella Aldobrandini


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フェデリーコ・バロッチ(ウルビーノ、1535‐1612)の「Istifuzione dell'Eucaresia」(1607)


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Cappella San Raimondoの祭壇画: Nicola Magnj に帰属する「聖パオロとぺナフォルトの聖ライモンド」(17世紀)


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ジローラモ・シチョランテ・ダ・セルモネータ(セルモネータ、1521‐ローマ、1580)の「聖ルチアと聖アガタ」(1550c)


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Cappella Carafa


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フィリッピーノ・リッピ(プラート、1457‐フィレンツェ、1504)の「聖トマス・アクィナスの勝利」(1489‐91)


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(つづく)

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