イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

カテゴリ:ウンブリア州 > スペッロ

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次の部屋です。


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第7室です。


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聖ピエトロ


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ピエル・フランチェスコ・モーラは、カヴァリエール・ダルピーノの弟子で、風景画や風景が主体の宗教画が得意でした。フランチェスコ・アルバーニの協力者でもありました。


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作品があったサンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会です。


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聖パオロ


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


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聖フェリーチェ司教


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無原罪の聖母


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ノエル・キレリアーは、フランス、イギリスなどで活動したフランス人画家です。スペッロの隣のフォリーニョに作品が残されます。
サンタ・カテリーナ・ディ・ラペッキアーノ修道院にあった作品です。


18
フォリーニョとの国境近くにある旧サンタ・カテリーナ・ディ・ラペッキアーノ修道院教会です。


19
サンタ・カテリーナ・ディ・ラペッキアーノ修道院教会は、1476年から1484年にかけて建設されました。修道院は1826年に閉鎖され、教会は1912年に閉鎖され、現在は個人の住居として使用されてます。


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聖ルフィーノ


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次の部屋です。


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第8室、最終展示室です。


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聖ボナヴェントゥーラと聖ベルナルディーノとトローサの聖ルドヴィーコ


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アンドレア・カマッセイは、ローマにいたドメニキーノに師事しました。後にピエトロ・ダ・コルトーナ工房に移りました。


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聖ピエトロ・マルティーレ


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


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聖ジャコモ・マッジョーレ


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クリストフォロ・ダ・フォリーニョについては、全く知りません。


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聖フェリーチェの壺


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ロザリオの聖母


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イル・ファンティーノは、ドーノ・ドーニの追随者でしたが、その通称から推察すれば小人症だったかも知れません。


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ロザリオの聖母


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


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慈悲の聖母


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旧慈悲の聖母祈祷所にありました。


20
1348年から1359年にかけて建設された旧慈悲の聖母祈祷所です。


21
中にフレスコ画が残されてます。


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聖セバスティアーノ


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助祭聖人


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聖体顕示台


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聖体顕示台


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聖皿


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展示はこれで終わりです。


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外に出た。


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(おわり)

第4室の続きです。
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聖ジャコモ・マッジョーレ?


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サンタ・バルバラ教会にありました。


172
旧サンタ・バルバラ教会です。(写真再掲)


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聖ジュゼッペ・ダリマテア


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何処にあったのか、不明のようです。


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聖母子


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サンタ・マリア・デッラ・スペッラ聖域にありました。


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サンタ・マリア・デッラ・スペッラ聖域です。山にあります。


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雪中のサンタ・マリア・デッラ・スペッラ聖域です。


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聖ルチアの聖体拝領


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カミッロ・バガッツォッティは、マルケ滞在中のロレンツォ・ロットに師事したとされてます。ロットの弟子としては、他にドゥランテ・ノビーリがいます。


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次の部屋です。


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第5室です。


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聖人が描かれたパネルが並んでます。


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左から聖トンマーゾ、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ


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聖マッテオ、聖フィリッポ


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聖ピエトロ、キリスト、聖アンドレア


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聖ジャコモ・マッジョーレ、聖ジャコモ・ミノーレ


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聖バルトロメオ、聖シモーネ


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サンタ・マリ・マッジョーレ参事会教会にありました。


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会です。


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次の部屋です。


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第6室です。


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入館者が殆どいません。


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天国


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。
マルカントニオ・グレッキの画風形成の過程がよく分からないとされてますが、フランチェスコ・ヴァンニ(シエナ、1563‐1610)か、またはピエトロ・ソッリ(サン・グズメ、1556‐シエナ、1622)に師事したという説があります。
ヴェントゥーラ・サリンベーニ、クリストフォン・ロンカッリなどのシエナ派画家と密接な交流があったそうです。


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燭台


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Palazzo Comunaleにありました。


099
Palazzo Comunaleです。


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聖アントニオ・アバーテ


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聖母子と聖人たち


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


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聖母子と大天使聖ミケーレと聖フランチェスコ


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


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聖フェリーチェと2天使


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天上の聖母子と聖人たち


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。
(つづく)

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次の部屋です。


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第2室です。


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多翼祭壇画です。


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中央パネルは、欠落しており、しかも現存していない可能性があります。


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イメージとして、聖母子の白黒写真を示したものです。
この写真の元となった剥離フレスコ画が第2室に展示されてます。


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向かって左:聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、聖イザヤ


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向かって右:聖ジョヴァンニ・バッティスタ、バーリの聖二コラ


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向かって左のクスピデ:受胎告知する大天使


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向かって右のクスピデ:受胎告知される聖母


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プレデッラの左から「ご誕生」


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「マギの礼拝」


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「キリストの神殿奉献」


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聖母子と聖ジローラモとシエナの聖ベルナルディーノ


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サン・ベルナルディーノ教会にありました。


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作品があった旧サン・ベルナルディーノ祈祷所です。現在は民有の住居です。


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フレスコで装飾された柱


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サン・ベルナルディーノ教会にありました。


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聖母子


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


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次の部屋です。


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第3室です。


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ピエタの彫刻


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マドンナ・ディ・ヴィーコ教会、通称トンダ教会にありました。


14
1517年創建のマドンナ・ディ・ヴィーコ教会です。


15
マドンナ・ディ・ヴィーコ教会は、スペッロの西端のアッシジとの境界近くにあります。この周辺は、ペルージャとアッシジとの境界だったので、両都市間の係争に度々巻き込まれたそうです。


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ゴンファローネ表面の「聖十字架の奇跡」


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ゴンファローネ裏面の「慈悲の聖母」


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Oratorio della Croceにあったゴンファローネですが、この祈祷所について、私は分かりません。


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磔刑


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キリストの磔刑の場にいた聖人は、聖母、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ、聖マリア・マッダレーナとされてます。
サンタ・マリア・ディ・ヴァッレグロリア修道院にありました。


168
城壁内西端にあるサンタ・マリア・ディ・ヴァッレグローリア修道院です。


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次の部屋です。


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第4室です。


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受胎告知


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サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


12
サンタ・マリア・イン・パテルノ教会です。(写真再掲)
この教会はフレスコ画の宝庫だったそうです。


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Figure femminili reggistemma


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サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


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両面に描かれてます。
聖バルバラの殉教


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裏面の天上の聖バルバラ


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サンタ・バルバラ教会にありました。


172
旧サンタ・バルバラ教会です。
(つづく)

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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会の隣にある写真左手前の建物がPalazzo dei Canoniciです。


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写真右手前に2本の柱が写ってますが、その先にあるのがPalazzo dei Canoniciで、そこに市立絵画館があります。


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この建物は元々12世紀に建設された教会の一部で、宗教関係者などの住居を兼ねていましたが、ピントゥリッキオが一時住んでいたそうです。
1542年、ルネサンス様式に改修され、ほぼ現在の姿になりました。


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Palazzo dei Canoniciのルネッタ上のフレスコ画の痕跡


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Palazzo dei Canoniciの入り口です。


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市立絵画館の入り口です。
ここで一般公開されるようになったのは、1994年からです。


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市立絵画館はPalazzo dei Canoniciの1階(日本の2階)にあります。


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展示室は全部で8室あって、作品の制作された、ほぼ古い時代からの年代順に展示されてます。
また、展示作品の多くはスペッロの教会修道院から集められたもの、個人からの寄付によるものです。


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第1室です。


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聖母子


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隣のサンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にあった。


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聖母子


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サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


12
城壁外にあるサンタ・マリア・イン・パテルノ教会です。
1178年の文書にこの教会についての初めての記載があります。旧教会です。


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聖母子と聖アンナと聖ジャコモ


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サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


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聖母子


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サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。
この教会には、壁一杯に描かれたフレスコ画があったそうです。19世紀には既に宗教活動を停止して民有となりましたが、フレスコ画が貴重ということで公的機関が19世紀末に買い上げたそうです。建物を修復しても、その使用方法に困り、結局中のフレスコ画の主だった箇所を剥離させて保存することになりました。


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聖母子


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サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


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聖母子と信者たち


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サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


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玉座の聖母
幼きキリストを抱いていましたが、キリスト像が失われ、聖母だけになりました。


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サンタ・バルバラ教会にありました。


172
旧サンタ・バルバラ教会です。


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聖母子


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サンタ・マリア・イン・パテルノ教会にありました。


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詳細不明の十字架
作品の説明板がありません。


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詳細不明の鐘
説明板がありません。


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死せるキリスト


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


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十字架


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サン・ロレンツォ教会にありました。


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サン・ロレンツォ教会のファサード


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磔刑


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城壁外のサンティッシマ・トリニータ教会にありました。


13
12世紀に建設された旧サンティッシマ・トリニータ教会です。
一時、画家のマルカントニオ・グレッキが所有していたそうです。


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十字架


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にありました。


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保護板があるので、写真写りが良くありません。


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磔刑


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聖母戴冠


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コーラ・ペトルッチョーリ(オルヴィエート、1360‐ペルージャ、1401)は、ウゴリーノ・ディ・ピレーテ・イラーロの弟子です。シエナ派の画風でした。
(つづく)

144
サン・セヴェリーノの塔です。


163
サン・セヴェリーノ教会付近の城壁は要塞化されてます。


145
カプチン会のサン・セヴェリーノ教会です。
創建は560年に遡ると考えられており、スペッロで最古の教会の一つです。


147
1180年に修道院が拡張され、現在の姿の原形はその拡張後のものです。


146
17世紀に修復されました。
19世紀初めに修道院が活動を停止しました。


162
ファサード前の柱廊


148
扉が開いていたので拝観しました。


149
単廊式、ラテン十字形の内部です。


150
ウンブリアの逸名画家作「大天使聖ミケーレ」(15世紀)


158
主祭壇画


151
主祭壇画中央の「キリストの復活」(詳細不知)


153
向かって左の「聖母の誕生」(詳細不知)


160
向かって右の「幼きキリストへの崇拝」(詳細不知)


156
「玉座の聖母子と聖フランチェスコと聖ジローラモ」(詳細不知)


157
「天上の聖母子と聖人たち」(詳細不知)



164
作品の制作者などの詳細が分からないのが残念です。


165
サン・セヴェリーノ教会横にあるPorta dell'Arceです。


166
この町角の聖母は新しいものでしょう。


167
Via Cappucciniを通って、町の西端にある教会に向かいます。


178
直ぐに教会の建物が見えてきます。


168
サンタ・マリア・ディ・ヴァッレグローリア修道院です。


177
560年に遡る女子修道院が前身です。
1236年、フランチェスコ会の修道院になりました。


169
修道院は農地などに転換され、縮小されてます。


170
町の西端の城壁と修道院の壁が共通になってます。


176
建物は崩壊の危機にあり、修復するにしても莫大な費用が見込まれてます。
その費用の捻出は困難な見通しで、活動停止は時間の問題とされてます。


171
修道院の城壁からの景観


172
サンタ・マリア・ディ・ヴァッレグローリア修道院の横に旧サンタ・バルバラ教会があります。


173
サンタ・バルバラ教会は、16世紀中頃に建設され、1571年に奉献式が執り行われました。


174
旧サンタ・バルバラ教会の後に塔があります。1239年頃に建設されたCassero del Pianelloの一部として建てられた塔です。


175
サンタ・マリア・ディ・ヴァッレグローリア修道院と旧サンタ・バルバラ教会の間にある、Porta Montanaraです。


179
旧市街の中心に向かう道を少し下ると、サン・ビアージョ祈祷所(オラトリオ)があります。


180
この辺に1430年から1460年に建設された病院がありましたが、病院の礼拝堂として併せて建設されました。


181
現在はサン・ロレンツォ教会の管理下に置かれてます。15世紀に描かれた、かなり痛みがあるフレスコ画があるようです。


182
写真左の建物は旧病院です。
旧市街の中心に向かって道を下ります。


183
Palazzo Preziosi


184
更に道を下ります。


185
町角のフレスコ画


186
ウンブリアらしい建物が並んでます。


189
Palazzo Comunaleのロッジャに戻りました。


188
ロッジャの中に入りました。


187



191
次はPorta Venereです。


192
Porta Venereは、町の南端にあります。


196
二本の塔の間にあるPorta Venereです。


198
紀元前1世紀のローマ時代に築かれた門です。ローマ時代に築かれた門がこれを含めて6つありました。


199
こちらのローマ時代のオリジナルの門のようです。


197
12角形の2本の塔は、Torri di Properzioと呼ばれてます。


200
門の城壁からの景観


201
風情がある建物です。


203
この後、市立絵画館、サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会などに行きましたが、重複するので、この辺で終わりにしましょう。


204
(おわり)

098
カヴール通りです。イタリア統一以前の通りの名称は?


100
町の中心、共和国広場です。


099
1270年に建設されたPalazzo Comunale 市庁舎です。町役場というべき?


101
詳細不知の「受胎告知」のフレスコ画


103
Fontana di Palazzo Comunale


102
Palazzo Comunaleのロッジャに入ります。


104
ロッジャにスペッロの遺跡からの発掘物が展示されてます。


105
説明板などがないので、展示物の具体的なことが分かりません。


106


107
旧フェリーチェ神学校だったPalazzo Rosiです。


108
Palazzo Rosiにオラトリオがあります。


126
目立たないので見逃すかも知れません。


125
Oratorio di San Giovanni Battistaの入り口です。


124
13世紀前半、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ女子修道院の礼拝堂だったとされてます。1348年の文書に礼拝堂の存在が最初に記載されました。
1643年、フェリーチェ神学校内に再建されました。


119
中に入りました。
単廊式、バロック様式です。スタッコ彫刻が目立ちます。


115
主祭壇は、逸名スタッコ彫刻家による「キリストの洗礼」(17世紀後半‐18世紀初め)です。


116
逸名彫刻家作「聖アンブロージョ」


117
逸名彫刻家作「聖アゴスティーノ」


118
詳細不知


120
説教壇


123


122
アンドレア・カマッセイ(ベヴァーニャ、1602‐ローマ、1649)の「アレッサンドリアの聖カテリーナとその生涯の物語」(17世紀前半)


121
マルカントニオ・グレッキ(スペッロ、17世紀前半活動)の「天上の聖母子と3聖人(聖ジョヴァンニ・バッティスタ、聖アポッロニア、聖カルロ・ボッロメオ)」(1613)


109
オラトリオの斜め前にサン・ロレンツォ教会があります。


110
この日は扉が閉まっていました。
1438年、シエナの聖ベルナルディーノがこの教会で説教をしたと伝えられてます。


111
それにしてもユニークなファサードです。


127
静かで誰もいない所が実に良い。


128
2月の町歩きは最高です。


129
サン・マルティーノ教会に向かってます。


130
花祭りの頃になれば、花一杯の小道になって観光客が訪れることでしょう。


131
ウンブリアらしい建物です。


132
緩い坂道を上り、更に坂を下れば目指す教会があります。


133
サン・マルティーノ教会が見えてきました。


134
13世紀に建設されたサン・マルティーノ教会です。


135
予想通り扉が閉まっていました。
15世紀初めに描かれたフレスコ画があるそうですが、見たことがありません。
所謂”貧しい教会”の範疇に入ってます。


136
サン・マルティーノ教会から少し進むと城壁沿いの道に出ます。そこからの景観です。


137
丘の上に築かれた町と実感できる光景です。


139
アウグストクスのアーチ通りを進みます。この先にアウグストクスのアーチがあります。


142
Arco di Augustusです。アウグストクスの時代よりも前に築かれた門です。


501
この付近は町の最高地点だそうです。


143
雪を抱いた山が見えます。
(つづく)

055
サンタンドレア教会です。
教会に関する最初の言及文書は1025年に遡ると言われてます。
1253年、教会はフランチェスコ会の所有となり、その後すぐに修道院の建設が始まったとされてます。


092
16世紀、17世紀、20世紀に改修工事が行われました。
併設の修道院は、1810年、ナポレオンによって閉鎖されました。その後、宗教活動を再開されることなく、建物は女児孤児院として使用されるようになりました。


093
教会の身廊と旧修道院だった建物


094
教会の後陣


095
教会ですが、一部要塞のような造りです。


056
この日、扉が開いてました。


057
中に入りましたが、点灯されておらず暗くて困りました。


060
それでも暗い中を目を凝らして拝観しました。


064
主祭壇と後陣


086
太陽が出てきたようで、多少明るくなりました。


069
Maestro Umbro-Giotescoの「彩色磔刑像」(13世紀末‐14世紀初め)
ジョッテスキ画家の作品です。


081
少し明るくなってきました。


083
単廊式、ラテン十字形の内部です。


084
左右の側壁に壁龕礼拝堂が設けられてます。


085
身廊天井


087
後陣のフレスコ画は20世紀初めに描かれた新しいものです。


072
後陣のフレスコ画は、べンヴェヌート・クリスポルディ(スペッロ、1886‐1923)の「12使徒」(1913)です。


073
後陣天井


074


088
聖体容器(15世紀後半)


058
Maestro di Santa Giuliana (?)のフレスコ画(14世紀)


059
コーラ・ペトルッチョーリ(オルヴィエート、1360‐ペルージャ、1401)周辺の逸名画かによるフレスコ画(14世紀後半)


061
トンマーゾ・コルボ(ウンブリア、1507‐1532活動記録)の「聖母子と聖アンナとバーリの聖二コラと聖ロッコ」(1532)


062
アッシェンスィドーニオ・スパッカ通称イル・ファンティーノ・ダ・ベヴァーニャ(ベヴァーニャ、1557‐1646)の追随者による「天上の聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナと聖ルチア」(16世紀後半)


063
ドーノ・ドーニ(アッシジ、1500c‐1575)の「聖ジョアッキーノと聖アンナの出会い」(1565)


065
ピントゥリッキオの祭壇画は暗くてよく見えません。


066
これには困りました。


067
パドヴァの聖アントニオ礼拝堂(17世紀)


076
急に点灯されました。嬉しかった!


070
早速見に行きます。


071
ベルナルディーノ・ディ・ベット通称ピントゥリッキオ(ペルージャ、1454‐シエナ、1513)と協力者による「玉座の聖母子と聖アンドレア(左から)、聖ルドヴィーコ、聖フランチェスコ、聖ロレンツォと聖ジョヴァンニーノ」(1507‐08)
協力者としては、エウセビオ・ダ・サン・ジョルジョ(ペルージャ、1507から記録‐1550没)とジョヴァンニ・ディ・フランチェスコ・チャンベッラ通称イル・ファンタジア(ペルージャ、15世紀末‐16世紀前半活動)2人が明らかになってます。
エウセビオ・ダ・サン・ジョルジョはペルジーノの弟子です。


075
チェーザレ・セルメイ(チッタ・デッラ・ピエーヴェ、1581‐アッシジ、1668)の「ベアート・アンドレア・カッチョ―リのレッジョ・エミリアでの奇跡」(1610)


079
左翼廊


080
スポレートの逸名画家作「聖母子」(14世紀前半)


089
クーポラ


090


091


077
もう一度ピントゥリッキオの祭壇画を見ます。


078
隣のサンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会のピントゥリッキオのフレスコ画は写真不可ですが、非常に不可思議に思います。


096
中々良かった!


097
(つづく)

001
時は遡って、2013年2月のスペッロです。


002
建物などの写真を撮ったり、芸術作品などをゆっくり鑑賞するには、観光オフシーズンの2月が最適です。何せ空いてますから。


003
スペッロ駅の駅舎
しかし、中国人がイタリアに押し掛けるようになってからは、例え2月であっても旧正月の前後は彼らで席捲されることがあって、要注意です。
この日、スペッロ駅で下車したのは私を含めて3人でした。


004
写真右端に写っているワンちゃんが愛嬌良しで、暫し遊びました。


005
朝靄に煙る旧市街


007
丘上に築かれた町が多いウンブリア州です。
町の先、遠くに見える山頂は雪を抱いてました。


011
旧市街に向かう道路は工事中でした。


012
城壁


013
旧市街の入り口となっている、紀元前1世紀に建てられたPorta Consolareです。スペッロは、古代ローマの植民地として発展しました。


014
てっぺんに木が生えている塔は、Torri di Borgoと呼ばれてます。中世に建設されました。


015
門の下にローマ時代の遺跡があります。


018
ローマ時代の遺跡は、現在の地表よりも約2m低い位置にあります。


016
Porta Consolareの横に建つPalazzo Feliceです。


017
Porta Consolareの前の広場はケネディ広場と呼ばれてます。ケネディと名付けられている橋、通りなどがイタリアにありますが、アメリカ大統領のJ.F.ケネディとどのような関係があるのでしょうか?


019
自動車はPorta Consolareを通れないので、少し迂回して、この門から城壁内に入ります。
Porta Consolare近くにもう一つ門があります。


500
Portanaccioです。


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城壁内から見たPortanaccioです。


020
Porta Consolareを潜って城壁内に入りました。


021
花祭りと違って邪魔なものがありません。


023
Via Borgo San Sistoに寄り道します。


025
春になると花一杯になる通りです。


024
私以外の観光客がいなかった。


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坂を上るにしたがって鐘楼が見えてきました。


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咲いていたのはシクラメン、ゼラニウムくらいでした。


028
Oratorio di San Bernardinoだった建物です。


029
民家に転用されているそうですが、毎日後陣のフレスコ画を見ながら生活できて羨ましい。


030
旧サン・ミケーレ・アルカンジェロ教会です。


031
Cappella Tegaについては、(その4)で触れましたので省略します。


041
ドゥオーモに向かいます。


042
町一番の目抜き通りVia Consolareです。


043
ドゥオーモ、サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会にやってきました。


044
残念ながらドゥオーモの扉が閉まっていました。


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気になるコリント式柱2本


047
旧修道院だった建物


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ドゥオーモのファサード前のマッテオッティ広場


049
市立絵画館の開館は午前10時半からですが、もう扉が開いていました。


051
静かなものです。


050
参事会教会の鐘楼


053


052
参事会教会向かいにあるサンタ・マッダレーナ教会です。


054
この通りは後で行きます。
(つづく)

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サンタンドレア教会の扉は閉まったままです。


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この町で2泊の予定でしたが、市立絵画館を見てしまうと、やることがないのを知って愕然。


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まだ1日半あります。


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花祭りの準備状況を見る以外にありません。


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残るはテガ礼拝堂くらいです。


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写真右は、Cappella Tega またはサンタンナ礼拝堂と呼ばれている礼拝堂です。


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この付近に聖アンナ友愛同信会の病院がありましたが、その病院付属の礼拝堂です。
建設された年は特定されてませんが、15世紀の公証書にこの礼拝堂の記載があります。
1895年から20世紀初頭にかけて、礼拝堂の建物は店として使用されていましたが、店の主人の一人である仕立屋ピエトロ・テガがフレスコ画を発見したことで、Cappella Tegaの呼称となりました。


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礼拝堂の壁に描かれたフレスコ画が有名です。


037
今は閉じられているが、2017年の修復以前には側壁のガラス窓の一か所が開けられていて、そこから中を覗くことが出来ました。


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ガラス窓越しではフレスコ画が良く見えません。また、写真の方もガラスに向かいの景色が映ってしまって、良く撮れません。


032
2人の画家によってフレスコ画が描かれたことが分かってます。
天井部分のフレスコ画は、ピエトロ・ディ・ジョヴァンニ・マッツァフォルテ(フォリーニョ、1404‐1463)に帰属します。


035
フレスコ画は、逐次修復が行われているようで、撮った時期によってフレスコ画の状態が違います。


8
ピエトロ・ディ・ジョヴァンニ・マッツァフォルテ(フォリーニョ、1404‐1463)に帰属する「聖母子と聖アンナ」


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保存状態があまり良くないと思います。


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ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1430‐1502)の「磔刑」(1461)


9
最近の修復後の磔刑


10
この部分はニッコロ・アルンノの作品と特定されてます。


11


034


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Cappella Tegaの番地です。


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道の突き当りに教会の建物があります。


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1444年に奉献式が執り行われた旧Oratorio di San Bernardinoです。
現在は民家となってます。


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ファサードのフレスコ画「聖ベルナルディーノ」


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このまま、この町にいても面白くないので、午後は何処に行こうかと考えていました。


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花祭りの準備が着々と進んでます。


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ここはかなり具体的に準備してました。


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花で埋め尽くす設計図が用意されてます。


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成程こうやってやるのか、と感心しました。


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Porta Consolare


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ここの準備はどうでしょうか。


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設計図が用意されてます。


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ケネディ広場


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まだ11時半です。昼食には少し早すぎます。


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詰まらないので、隣のフォリーニョに行くことにしました。


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駅に向かいました。


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駅は静かでした。


P2370243フォリーニョ行きの列車に乗りました。
(つづく)

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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会に戻ります。


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共和国広場


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徐々に観光客が増えてきました。この町の宿泊施設は非常に限られていますが、何処からやってきたのか不思議です。


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花祭りの準備が中々進みません。


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教会のファサード前に観光客が沢山いたのを見て、バールで一息入れながら空くのを待機。


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Pinacoteca CivicaがあるPalazzo dei Canonici


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少し空いてきました。
ジュノーネとヴェスタに捧げられた神殿がこの地にありましたが、、その上に建てられた教会です。創建された年が明らかになっていませんが、11世紀初めとされてます。1025年に奉献された記録が残されており、カマルドレ会のサン・シルヴェストロ・ディ・コレピーノ修道院の一部として建設された教会です。


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1159年、教区の所有教会となりました。13世紀後半に完成したロマネスク様式の教会です。


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ファサードの彫刻はベヴァーニャの彫刻家によって12世紀に制作されたものです。


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ファサードは、1644年に改修されており、改修後の姿を見ていることになります。


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会の中に入りました。


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単廊式、ラテン十字形の内部です。


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1580年の火災によって内部の大部分が大きな被害を受けたので、古いものはあまり残ってません。


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フェリーチェ・リナルディの「聖母の誕生」(17世紀)


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バルトロメオ・ダ・ミランダ(ウンブリア、15世紀活動)の「聖母子」


7
ピエトロ・バンヌッチ通称ピエトロ・ペルジーノ(チッタ・デッラ・ピエーヴェ、1446‐フォンティニャーノ、1523)の「ピエタ」(1521)


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マルカントニオ・グレッキ(?‐1650)の「聖母被昇天」(17世紀)


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アンドレア・カマッセイの追随者作「聖母の結婚」(1671)


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詳細不知


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ピントゥリッキオのフレスコ画で有名なバリオーニ礼拝堂です。1580年の火災でも奇跡的に無傷でした。
礼拝堂は拝見有料で写真不可です。
仕方がないので、外部サイトから拝借したフレスコ画の作品画像を掲載します。


2
ベルナルディーノ・ディ・ベット通称ピントゥリッキオ(ペルージャ、1454‐シエナ、1513)の「ご誕生」(1501)
「マギの行列」も描かれてます。


3
ベルナルディーノ・ディ・ベット通称ピントゥリッキオ(ペルージャ、1454‐シエナ、1513)の「キリストと教会博士たちとの問答」(1501)
写真不可なのに、何故このような写真があるのか?


4
ベルナルディーノ・ディ・ベット通称ピントゥリッキオ(ペルージャ、1454‐シエナ、1513)の「受胎告知」(1501)
多分、その理由は「差別」でしょうね。


5
ピントゥリッキオによる礼拝堂天井のフレスコ画


6
ピントゥリッキオの自画像です。自負の現れで自画像を描いたのでしょう。


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出たり入ったりの人が多くて、とてもゆっくりと見てられない。


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外に出ました。


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美術鑑賞にはお祭り当日は不適です。


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次は絵画館です。


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市立絵画館があるPalazzo dei Canonici外壁入口上ルネッタのフレスコ画の痕跡


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市立絵画館の入り口


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コモ出身の建築家ドナート・ダ・コモによって1542年に建設されたPalazzo dei Canonici


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絵画館は1階(日本の2階)にあります。


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1994年に開館したスペッロ市立絵画館には、スペッロとその周囲の教会などから集められた作品や個人からの寄付作品が展示されてます。


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展示室は8室から成ってます。


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市立絵画館については、項を改めて詳しく触れることにします。


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入館者はちらほら。


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町の規模を考えると、出来の良い作品が並んでいると思います。


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美術ファンにとって、ここは必訪です。


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しかし、美術ファンは少ないのです。


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(つづく)

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絵画館は未だ開いていません。


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この辺はカヴール通り? 一本の道ですが、場所によって通りの名称が違います。


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マッテオッティ広場


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サンタンドレア教会は閉まっていました。


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拝観は後程


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Via Torri di Properzio


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案内標識が完備されてます。


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写真右がサンタンドレア教会です。


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城壁の方に行ってみます。


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サンタンドレア広場


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ウンブリアらしい建物が並んでます。


1
Rocca Baglioni


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会の後陣


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会の鐘楼


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城壁下の景観


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霞がかかった空


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次は共和国広場です。


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一旦カヴール通りに出ました。


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共和国広場にやってきました。


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時計がある建物はPalazzo Comunale 町役場です。


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時計の下に受胎告知のフレスコ画があります。


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Palazzo Comunaleの受胎告知


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Palazzo Comunaleにある、スペッロの紋章


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次はサン・ロレンツォ・マルティレ教会です。通りの左側に教会のファサードが写ってます。


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サン・ロレンツォ・マルティレ教会です。
教会建設の経緯や教会が建設された日時が諸説あって明確になっていないようです。
1120年創建、1127年創建、1191年から1198年に建設されたなど、諸説ありますが、12世紀に建設されたことは確かとされてます。
しかし、1228年に教皇グレゴリオ9世によって奉献されたという確実な記録が残されてます。


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ロマネスク様式のユニークなファサードが特徴です。


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ファサードの入り口周囲の装飾


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17世紀に大掛かりな修復が行われました。


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教会内に入りました。


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三廊式です。


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創建以来、修復改修が数度行われたので、創建時のロマネスク様式のものは殆ど残されていません。


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身廊天井


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左側廊の礼拝堂から見て行きます。


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ドーノ・ドーニ(アッシジ、1500c‐1575)の「聖母子と聖ジュゼッペと聖マルコ」(1530)


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左側廊


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ペルージャの逸名画家作「キリストの洗礼」(16世紀後半)


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詳細不知


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詳細不知


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サン・フェリーチェ礼拝堂


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ジョヴァンニ・バッティスタ・バソッティの「聖フェリーチェの殉教」(1637)


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主祭壇


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フェーボ・ダ・モンテファルコ(ウンブリア、16世紀活動)とポンぺオ・ディ・ピエルジェンティーレ・コッキ(コルチャ―の、1490‐1552)の「聖ロレンツォの尋問」


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フェーボ・ダ・モンテファルコとポンぺオ・ディ・ピエルジェンティーレ・コッキの「聖ロレンツォの判決」


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フランチェスコ・ダ・カステッロ(ブリュッセル、1540‐ローマ、1621)の「キリストと聖母の煉獄の魂の栄光」(1599)


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マルカントニオ・グレッキ(?‐1650)の「聖フランチェスコと2天使」


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フランチェスコ・ダ・カステッロ(ブリュッセル、1540‐ローマ、1621)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの殉教」(1601)


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詳細不知


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三位一体礼拝堂(1874)


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フォリーニョの逸名画家作「聖ベルナルディーノ」(15世紀)


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入り口近くの右壁ニッチに描かれたフレスコ画


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マニエリスム逸名画家作「2天使」(16世紀)


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バルトロメオ・ダ・ミランダ(ウンブリア、15世紀活動)に帰属する「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1435)


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詳細不知


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右側廊


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外に出た。
(つづく)

スペッロは、人口8,562人(2018年10月31日現在)のウンブリア州ペルージャ県にあるコムーネです。
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ペルージャ駅からフォリーニョ行きの普通列車に乗ってスペッロに向かいました。


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スペッロ駅に到着しました。


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止せば良いのに、わざわざ花祭り Infiorataが行われる週末にやってきました。


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駅舎 
無人駅です。


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駅から旧市街に向かう道です。
先ず、この日のお宿に向かいました。


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高速道路の下を潜ります。


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グリエルモ・マルコーニ通り


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旧市街が見えてきました。


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近くのコムーネと同じく丘上に築かれた町ですが、丘の高さが若干低いように思います。


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この日のお宿は、城壁外にありますが、城壁内に通じる門の直ぐ傍にあります。


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花祭りということで、青空市は専ら花屋さんの店。


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祭りの準備が進んでます。


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ケネディ広場


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Palazzo Felice


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門の向こうのアルベルゴに大きな荷物を預けて、身軽になって町歩きに出発しました。


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花祭りが開催される週末の土日2泊したのですが、花祭りの喧騒は趣味に合わないので、土曜の午後はフォリーニョへの日帰り遠足、日曜日はアンコーナへの日帰り遠足をしました。


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テントの下に下絵があって、それを色の異なる花で一杯にします。


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城壁内に入ります。


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Torri di Borgo


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Porta Consolare


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Via Consolareを進みます。


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車が通過できるように城壁を刳り抜いて出来たアーチ?


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花祭り前の土曜日の午前中ですが、既に観光客の人出が多い。


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坊や、何を見てるの? 


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サンタンジェロ通り


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塔の上に木が生えている!


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花祭り開催日は、古い建物や教会を巡るのは不向きと確信しました。
実は、アルベルゴを予約した時、花祭りの週末とは知りませんでした。


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緩い坂道です。


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今歩いた道を振り返って撮った写真。下絵がまだありません。


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この町に来たのは、これで3度目です。


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ボルゴ・サン・シスト通り


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次の目的地はサンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会、この町のドゥオーモです。


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突き当りに見える教会はサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会です。


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既に機能を停止した旧教会で、民有となってます。コムーネ発行の地図には教会名が記載されてません。それどころか教会の存在自体も書かれてません。


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私が秘かに命名したウンブリア様式(石積み)の建物に惹かれます。


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Largo San Veronica


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参事会教会はもう直ぐです。


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サンタ・マリア・マッジョーレ参事会教会のファサード前の観光客


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中に入りました。


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ピントゥリッキオのフレスコ画がある礼拝堂は、拝観有料となって方、すっかり博物館化しました。


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この時、団体客の一行が2組来たので、拝観を遠慮しました。


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早々に退散しました。
(つづく)

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