1ルカ・シニョレッリは、過って1441年生まれとされていた時代がありました。今では1441年から1445年の間に生まれたというのが定説になってます。


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生まれたのはコルトーナであることは確実ですが、コルトーナの具体的な場所は分からないようです。サンタゴスティーノ修道院近くだったという説があります。


39.Boston Museum of Fine Arts
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ボストン美術館です。
50万点以上の所蔵作品を誇り、見るのが大変です。


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日本美術については、質と量の両面で日本国内の美術館よりも勝り、色々と考えさせられる美術館です。
ルカ・シニョレッリの作品が2点あるとされてますが、私は「そうかなあ?」と思います。


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ルカ・シニョレッリの「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」
作品目録には載ってますが、私は観たことがありません。近頃、展示されたことがないと思います。


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ルカ・シニョレッリの「聖母子と天使」
ヴァザーリの記述によれば、ルカ・シニョレッリの画風は師匠のピエロ・デッラ・フランチェスカの模倣で、師匠を越えようと躍起になっていたそうで、独自の画風を確立する以前に描かれたとされてます。
ボストン美術館側はルカ・シニョレッリの作品としていますが、今でもこの作品をピエロ・デッラ・フランチェスカ派逸名画家の作品としている美術史家が少なからずいるようです。
この作品は個人のコレクターの許を転々としていましたが、20世紀初頭にミラノのガッレリア・ペーザロの所有となりました。1922年、ボストン美術館がミラノのガッレリア・ペーザロから37,985ドルで購入しましたが、その時はピエロ・デッラ・フランチェスカの作品として売買されたそうです。


40.デトロイト美術館 Detroit Institute of Arts
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古代エジプトから現代美術までの幅広い展示が特徴です。


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カラヴァッジョの作品があるので、時々訪れてます。


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カラヴァッジョの「聖マルタと聖マリア・マッダレーナ」(1598c)
余計ですがカラヴァッジョの作品写真を載せておきましょう。

ルカ・シニョレッリの作品に戻ります。
同じ裾絵と思われる2枚のパネルがあります。


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ルカ・シニョレッリの「使徒たちとキリスト」


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ルカ・シニョレッリの「我に触れるな」

2枚のパネルは同じサイズです。
何処にあったのか、何の祭壇画の裾絵だったのか、明らかになってません。しかし、有力とされる2つの説があって、そのどちらかであるというのが定説のようです。


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そのうちの一つは、コルトーナのジェズ教会にあったとされてます。しかし、そのメインパネルは不明です。
写真左がコルトーナのMuseo Diocesano、右の建物がジェズ教会です。


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コルトーナのジェズ教会


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コルトーナの旧サン・ヴィンチェンツォ教会です。


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ルカ・シニョレッリの「聖トンマーゾの不信」
「聖トンマーゾの不信」は、コルトーナのサン・ヴィンチェンツォ修道院教会にありましたが、1995年の火災によって消失しまい、白黒写真しか残ってません。
デトロイト美術館の裾絵2点は、この祭壇画の裾絵だったというのが、もう一つの有力説です。
なお、教会は火災による内部の損傷が激しく、修復する価値なしとの判断をされたようで、聖別されなくなったようです。

裾絵2点の初めての存在確認記録は、「1900年にコルトーナの個人収集家が保有していた」でした。その後、フィレンツェの画商エリア・ヴォルピが手に入れ、1916年に画家、美術評論家のウォルター・パックに売りました。1929年、デトロイト美術館がパックから購入しました。



41.アメリカ、ミズーリ州カンザスシティ Nelson-Atkins Museum Art
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カンザスシティにあるネルソン=アトキンス美術館です。


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この美術館は資産家二人、新聞で財を成したネルソン氏と投資家の未亡人アトキンスが寄贈した莫大な資産を元手に、美術品を買い集めて無から出発したところに特徴があります。当時世界恐慌のために多くのコレクターが保有する美術品を安価で売りに出したことが大いに幸いしました。
時代を問わず、また地域を問わず買い集めた作品ばかりで、幅広いのですが、その反面コンセプトに欠ける点が残念です。例えば、フィレンツェのウフィッツィ美術館・パラティーナ美術館やシエナの国立美術館、ボローニャの国立美術館などと比べると、その点が良く分かります。
ともあれ、ネルソン・アトキンス美術館はアメリカだけでなく世界的に最も大きな美術館の一つなのです。


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カラヴァッジョの「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」
この作品があるので、観るために時々訪れてます。
本題のルカ・シニョレッリ作品に戻ります。


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ルカ・シニョレッリの「エジプトへの逃避と博士たちと問答するキリスト」
イタリアの政治家で美術品収集家、美術商でもあったアレッサンドロ・コンティーニ・ボナコッシ(アンコーナ、1878‐フィレンツェ、1955)から1950年に美術館財団がこの作品を購入しました。

このパネルのサイズ(縦22㎝横68㎝)から明らかに祭壇画の裾絵の1パネルと考えられます。メインパネルと他の裾絵パネルについては、定説がほぼ確立されているのです。


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「エジプトへの逃避と博士たちと問答するキリスト」のメインパネルとして可能性が高いとされている、ルカ・シニョレッリの「聖母被昇天」です。


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「聖母被昇天」はコルトーナ、ドゥオーモの主祭壇画でした。


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「聖母被昇天」のメインパネルは、現在コルトーナ・ドゥオーモ向かいにあるMuseo Diocesanoにあります。


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Museo Diocesanoの作品表示板
なお、他のプレデッラパネルは「幼児虐殺」と「聖母の結婚」です。それぞれ別のオークションで販売され、個人所有となってます。



42.アメリカ、コネチカット州ニューヘイブンのイェール大学美術館 Yale Univarsity Art Gallery
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画家のジョン・トランブル(1756-1843)が1832年に100点の作品をイェール大学に寄贈したことが発端となって設立された美術館です。
その後、多くの芸術家がトランブルの行為を是として寄贈しました。また、卒業生や篤志家が名門大学である同大学への寄贈、寄付が相次いだのも美術館の質を高目ることに資しました。


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ルカ・シニョレッリの作品がありますが、例によってプレデッラの1パネルです。


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ルカ・シニョレッリの「マギの礼拝」
「マギの礼拝」のパネルサイズ(縦36㎝横43㎝)、作品の構成や色彩などからフィラデルフィア美術館にある「羊飼いの礼拝」が同じ祭壇画の裾絵であるとの説が定説になってます。


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フィラデルフィア美術館にある、ルカ・シニョレッリの「羊飼いの礼拝」


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写真はコルトーナの司教館です。
この「マギの礼拝」は、アメリカの新聞編集者、米国副領事、美術評論家、美術収集家のジェームズ・ジャクソン・ジャーヴス(アメリカ、1818‐スイス、1888)がコルトーナの司教館から購入したものだと言いました。これはジャーヴスの主張であり、その真偽は不明とされてます。
1855年頃、ジャーヴスは美術品収集のためにフィレンツェに移住し、アメリカの副領事を務めながら収集に邁進しました。しかし、かなり悪辣な方法で収集したようで、悪評が立ちました。ジャーヴスはやがて金欠に陥り、その収集品の一部をアメリカの美術館に売ろうとしましたが、彼の悪評が災いして購入を拒否しました。ところがイェール大学だけがジャーヴスの収集品を担保にして、借金に応じたのです。1871年、ジャーヴスは破産し、担保になっていた美術品のうち、10世紀から17世紀のイタリア美術品119点を相場よりも安値でイェール大学が購入しました。
その119点の作品の一つがルカ・シニョレッリの「マギの礼拝」という訳です。


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ルカ・シニョレッリの「聖母子と四聖人」
さて、プレデッラの「マギの礼拝」の祭壇画ですが、現在コルトーナのMuseo Diocesanoにある、「聖母子と四聖人」であるとの説が有力とされてます。


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「聖母子と四聖人」が何処にあった祭壇画なのか不明とされてますが、描かれている四聖人がいずれもフランチェスコ会の聖人であることから、コルトーナのサン・フランチェスコ教会にあったという説が説得力があるとされてます。


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写真はコルトーナのサン・フランチェスコ教会です。
(つづく)