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サン・フランチェスコ教会の身廊の横を通り過ぎれば、直ぐに国立博物館が見えます。


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Museo Nazionale di Villa Guinigiです。
2015年の年間入館者が5,365人でした。この数字は小中学生や高校生などの団体客を含んだ人数ですから、色々と考えさせられます。
照明費、冷暖房費などの諸経費、それに見合う筈のない入館者の少なさを思えば、文化財の維持という高邁なところから、合理化、その果てにある休館さらには閉館という事態に陥っても少しも不思議ではないのです。
また、5,365人のうち、日本人の方の割合がどの程度になるか分かりませんが、このように人気薄の美術館ばかりを取り上げている私は何と馬鹿馬鹿しいことを続けていることか、と自嘲の思いに駆られることが良くあります。まあ、ブログなんてものは、自己満足、自己顕示欲の一環とされているようで、私もそう思いながらも馬鹿馬鹿しいことを続けているわけです。

このブログに来ていただき、感謝に堪えません。
実は、人気薄の美術館や教会などを取り上げているせいなのか、私のブログは人気薄です。ライヴドアのブログサイトの良い点は、アクセス解析です。それによれば一日当たりのPCとモバイルによるアクセス数は平均50台くらいですね。
それだけにアクセス頂いている方々は貴重なんです。


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博物館の入り口です。
大雨だった時を除いて、ルッカに来れば必ず入館することにしてます。


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ヴィッラ・グイニージは、13-15世紀にルッカを支配していた有力貴族の一つであるグイニージ家のパオロ・グイニージによって1430年に建設されました。
当時、この地は城壁外でした。


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15世紀第2四半世紀になると、ルッカは、それまでのグイニージ家などによる専制政治から自治権が取り戻され共和制に移行しました。
それに伴い、1430年、このヴィッラはルッカ共和国に没収されてしまいました。


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その後、ヴィッラは共和国の孤児院として使用されることになりましたが、その間、建物は幾度となく改造改修が行われました。


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ヴィッラの庭園
孤児院は20世初頭に閉鎖され、1924年、この建物にMuseo Civicoがオープンしました。これが現在の博物館の前身です。


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第二次世界大戦の爆撃によって大被害を受けましたが、資金難のためMuseo Civicoはそのまま休館が続きました。1960年代になって、国の資金によって漸く修復工事が開始され、建物は元の姿に戻され、1968年に国立博物館として再発足して現在に至ってます。


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ロッジャからサン・フランチェスコ教会が見えます。


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この扉から展示室に入ります。


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入館して直ぐに目に飛び込んでくるのがこの彫刻です。
16世紀のトスカーナの無名彫刻家の「パオロ・グイニージ像」(16世紀末)
前述したように、ヴィッラ・グイニージは、1413年にパオロ・グイニージによって建設されました。


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次に部屋に向かう扉の上に紋章があります。


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これはグイニージ家の紋章です。
ルッカに行けば、この紋章を散見します。


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エトルリア時代の遺跡からの出土品


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展示は、エトルリア時代からローマ時代の遺跡からの出土品を展示する考古学部門、彫刻と絵画を展示するアート部門、それにルッカの科学関連の発達を展示するサイエンス部門の3部門構成となってます。
この日は、サイエンス部門の展示室は閉鎖されていました。
実は、切符を買うときに係員から「サイエンス部門を見るか」と変な質問を受けて、「多分、見ないと思う」と答えたので、サイエンス部門の展示室が施錠されたままになっていたと思います。
私の入館中に他の入館者の姿を見かけなかったので、多分、その日の午後の入館者は私一人でした。、それでそのような措置が取られたのでしょう。


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1892年にルッカの遺跡から出土した、紀元前470年頃のもの


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紀元前5世紀頃のもの


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紀元前4世紀頃のもの


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エトルリア墳墓の埋葬品や墓が展示されてます。


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トスカーナのカンポルジャーノから出土した墓(紀元前3世紀)


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エトルリア人の墓(紀元前3世紀)


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エトルリア人の墓(紀元前3世紀)


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墓の埋葬品(紀元前170‐130c)


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ローマ時代の公共のモニュメント断片(1世紀)


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ローマ時代の公共のモニュメント断片(1世紀)


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石柱断片(1世紀前半)


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ローマ時代のモザイク(2世紀)


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元々ヴィッラのあった作品です。(詳細不明)


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この紋章は分かりません。


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二階に向かいました。


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二階の展示は、ローマ時代のものが一部含まれますが、主に彫刻と絵画です。


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ローマ時代の3世紀頃に制作されたものですが、ルッカのサンティ・ジョヴァンニ・エ・レパラータ教会に移され、近年まで同教会にありました。


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ルッカのサンティ・ジョヴァンニ・エ・レパラータ教会にあった、ロンゴバルド文化を示す彫刻です。(8世紀前半)


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図柄が違いますが、前の作品と同じです。


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ターリア・ディ・ライトゥス(11世紀後半に活動)の「柱頭装飾」(11世紀末‐12世紀初頭)
ブランコーリのサン・ジョルジョ教区教会にあった柱頭です。


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Maestranza del terzo pilastro dei sottoportico della Cattedrale di San Martino の「聖マルティーノ」(12世紀末)


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ルッカの無名画家のフレスコ画断片(9世紀)
ルッカのサンティ・ジョヴァンニ・エ・レパラータ教会にありました。


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ターリア・ディ・ライトゥスの柱頭装飾(12世紀初め)
ブランコーリのサン・ジョルジョ教区教会にありました。


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11世紀前半の作品


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Maestro di caltura pisano lucchese (12世紀第4四半世紀に活動)の「玉座の聖ヤコポ・マッジョーレ」


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Maestro di caltura pisano lucchese の「玉座の聖ピエトロ」


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12世紀後半のルッカの無名画家の「彩色磔刑像」(12世紀後半)


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ビドゥイーノ(12世紀第4四半世紀にピサとルッカで活動)の「聖母子」


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Maestro Enrico (12世紀後半に活動)の「ザッカリアの告知と聖エリザベッタ」(12世紀第4四半世紀)


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(つづく)