イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2020年09月

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ジョヴァンニ・クリストフォロ・ロマーノ(ローマ、1465c-ロレート、1512)に帰属する「子供の彫像」


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ピエトロ・ロンバルド(カローナ、1435c-ヴェネツィア、1515)の「聖母子」


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ジャン・マリア・ダ・パドヴァ(パドヴァ、1493/1495-クラコヴィア、1574)の「Porzia」


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バルトロメオ・ディ・フランチェスコ・ダ・ベルガモ(1506-1524消息)の「マッテオ・エレットの胸像」


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トゥッリオ・ロンバルド(ヴェネツィア、1455c-1532)と弟子による「最後の晩餐」


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ジローラモ・カンパーニャ(ヴェローナ、1549-ヴェネツィア、1625c)の「ヴィーナスとキューピッド」


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ジローラモ・カンパーニャ(ヴェローナ、1549-ヴェネツィア、1625c)の「アドーネとメレアクロス」


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ヤコポ・タッティ通称サンソヴィーノ(フィレンツェ、1486-ヴェネツィア、1570)の「聖母子」


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次の展示室です。


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第1室になります。


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アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1444-1503)と弟子による「聖母子」


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ラッザーロ・バスティアーニ(パドヴァ、1449?-ヴェネツィア、1512)の「聖母子」


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ヴェネツィア派逸名画家作「聖母子」(16世紀初頭)


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ピエロ・ヤコポ・アラーリ・ボナコルシ通称アンティコ(マントヴァ、ガンツゥオーロ?、1460-1528)の作品です。


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ヴェネツィアの逸名工芸家作「貴重品入れ」(16世紀初頭)


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ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1400c-1462c)の「聖母子」


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アントニオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1444?-1503)に帰属する「聖母子」


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バルトロメオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1430c-1491)の模倣逸名画家作「聖母子」


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ドメニコ・モローネ(ヴェローナ、1442-1517)の「聖母子と聖フランチェスコ」


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カルロ・クリヴェッリ工房作「聖母子と聖オノフリオ」


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メダルの展示


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ブロンズ製小作品の展示


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ダーリオ・ダ・トレヴィーゾ(ポルデノーネ、1420c-コネリアーノ、1498以前没)の「聖クリストフォロ」


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ピエル・マリア・ぺナッチ(トレヴィーゾ、1464-1514)の「聖母子と寄進者」


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チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459c-1518c)の「聖母子と聖ジローラモとアレッサンドリアの聖カテリーナ」


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ミケーレ・ダ・ヴェローナ(ヴェローナ、1470-1536/1537)に帰属する「母と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタとのキリストの離別」


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ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア?、1460c-ヴェネツィア、1525/1526)の「受胎告知」


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ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア?、1460c-ヴェネツィア、1525/1526)の「ご訪問」


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ヴィットーレ・カルパッチョ(ヴェネツィア?1460c-ヴェネツィア、1525/1526)の「聖母の死」


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ベネデット・ルスコーニ通称ディアナ(ヴェネツィア、1460-1525)の「聖母子と聖ジローラモと聖フランチェスコとザッカ・ジローラモ・ペーザロとフランチェスコ・トレヴィサン」


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次の部屋です。


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第3室です。


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ジョヴァンニ・アゴスティーノ・ダ・ローディ(ローディ、1490cから活動記録-1520最終消息)の「ピエタ」


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ルカ・アントニオ・ブサーティ(ヴェネツィア、1510-1539消息)に帰属する「聖母子と聖ジョヴァンニーノと聖ピエトロと聖ジローラモ」


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パドヴァの逸名彫刻家作「ジョヴァンニ・ピエトロ・マントヴァ・ベナヴィデスの胸像」(16世紀)


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ヤコポ・ファントーニ通称コロンナ(ヴェネツィア、1504-ボローニャ、1540)に帰属する「救世主」
(つづく)

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展示室は1階(日本の2階)にあります。


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急に入館者が増えてきました。


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階段の踊り場に肖像画が展示されてます。


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ジョルジョ・フランケッティ男爵夫人の肖像画です。


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フランツ・フォン・レンバッハの死亡地はミュンヘン説が有力と思います。


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フランツ・フォン・レンバッハ(シュロベンハウ前、1836-ミュンヘン、1904)の「6歳頃のカルロ・フランケッティの肖像」
カルロ・フランケッティはジョルジョ・フランケッティ男爵の息子です。


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フランツ・フォン・レンバッハの「ジョルジョ・フランケッティの肖像」(1890)


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1階(日本の2階)です。


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アントニオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1415c‐1476/1484)と弟子による「受難のポリッティコ」


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ヴェネト=ビザンチンの彫刻家作「獣神の盃状のもの」(11世紀)


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ヴェネトの彫刻家作「嬰児虐殺」(13-14世紀)


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ヴェネトの彫刻家作「嬰児虐殺」(13-14世紀)


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ヴェネトの彫刻家作「嬰児虐殺」(13-14世紀)


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イギリスの彫刻家作「アレッサンドリアの聖カテリーナのポリッティコ」(15世紀)


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ニッコロ・ディ・ピエトロ・ランベルティ(フィレンツェ、1370c-1451)に帰属する「無頭の彫像」


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フランスの彫刻家作「正義の女神?」(15世紀)


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礼拝堂のような場所です。


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アンドレア・マンテーニャ(イーゾラ・ディ・カルトゥーロ、1431-マントヴァ、1506)の「聖セバスティアーノ」


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マンテーニャの最後の傑作の一つである「聖セバスティアーノ」を展示するために、ジョルジョ・フランケッティ男爵の設計によって出来た礼拝堂風のニッチです。


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礼拝堂風のニッチの格子天井(15世紀)


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フランドルのタペストリメーカー作「宮廷のシーン」(16世紀第1四半世紀)


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(トレント、1470-パドヴァ、1532)の「本を持つ聖母」


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大運河に面したロッジャの方向


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アントニオ・リッツォ(ヴェローナ、1440c-パドヴァ、1532)に帰属する「寓意像」


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マルチェッロ・フォゴリーノ(ヴィチェンツァ?、1483/1488-1559まで記録)の「美徳の寓意」


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「美徳の寓意」が壁の上方にあります。


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トゥッリオ・ロンバルド(ヴェネツィア、1455c-1532)の「二人の彫像」


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「聖マルティーノの施し」


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「真の十字架の物語」


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「真の十字架の物語」


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「真の十字架の物語」


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「真の十字架の物語」


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アンドレア・ブリオスコ通称イル・リッチョ(パドヴァ、1470-1532)の「サンタ・マリア・デイ・サルヴィのクローチェ祭壇の戸」


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(つづく)

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カ・ドーロ駅でヴァポレットを下船しました。


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ヴェネツィア・ゴシック様式の代表的な建築物であるCa d' Oroです。カ・ドーロとは黄金宮殿という意味で、創建当時、大運河に面したファサード側の壁が金で装飾されていたことに由来します。正式名称はPalazzo Santa Sofiaと称するそうですが、専ら通称のカ・ドーロと呼ばれてます。


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8人のドージェを輩出したヴェネツィア貴族で大商人のコンタリーニ家の邸宅として、15世紀前半の当主マリーノ・コンタリーニ(ヴェネツィア、1385-1441)が建築家ジョヴァンニ・ボーノ(コモ、1382-ヴェネツィア、1442)に注文して、1421年から1440年に建設されました。ジョヴァンニの息子バルトロメオ・ボーノ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1404?-1464/1467)が建設に際して重要な役割を果たしたとされてます。


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カ・ドーロは、マリーノ・コンタリーニの孫の代までコンタリーニ家の所有でしたが、売却され、その後、何度も所有者が変わりました。所有者の変遷に伴って、建物は何度も改造されましたが、19世紀半ばに元の姿に戻すための修復が始まったものの、余り進捗しませんでした。


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1894年、ジョルジョ・フランケッティ男爵(トリノ、1865-ヴェネツィア、1922)は17万リラでカ・ドーロを買収すると、15世紀の建物に戻すべく早速修復作業を開始しました。


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しかし、男爵個人の資金と健康の両面から問題が生じたので、1916年に国と協定を結び、男爵の死後に建物と収集物全てが国家の所有になることが決められました。その協定に基づき引き続き修復が行われることになりました。
ところが、1922年、重病の苦しさからフランケッティ男爵は銃で自殺したのです。


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男爵の死後、協定に基づき国によって修復工事が続けられ、男爵の収集物を展示するジョルジョ・フランケッティ美術館が1927年にオープンしました。現在は、個人からの寄贈作品やヴェネツィアの宮殿、教会などから集められた作品も併せて展示されてます。


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ヴァポレットのカ・ドーロ駅からStrada Novaに向かうCalle di Ca' d' Oroです。アクア・アルタ用の仮架橋が用意されていました。


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美術館の入り口は、Calle di Ca' d' Oroに面したところにあります。初めて訪れる方は、目立たない場所にあるので要注意です。


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定休日はなく、毎日開館してますが、月曜日だけは午後2時閉館です。


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切符売り場です。


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先ず、地上階の中庭から見て行きます。


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この日は、潮位が低く、中庭に入ることが出来て幸運でした。


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大理石の床モザイクが見物です。


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大理石の床モザイクは全部で350㎡の面積になります。


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建物の所有者が変わるに従って、所有者の好みによって中庭も幾度も改造されて、井戸などの一部を除いてコンタリーニ家の時代のものは残されていません。


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Strada Nova側の中庭


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現在の中庭は、ジョルジョ・フランケッティ男爵のデザインに基づくもので、20世紀第1四半世紀に制作されました。


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ジョルジョ・フランケッティ男爵がデザインしたことを示す記念碑


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フローラ像(15世紀)


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この中庭には問題があります。潮位が高くなると水没してしまうのです。


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10年ほど前までは、水没することは少なかったのですが、最近は潮位が高くなることが多く、そのような日には中庭は立ち入り禁止、非公開となります。


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高潮の時の非公開は当然ですが、水没後の掃除などが大変なので、その後数日は非公開になることがあります。


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サン・マルコ寺院などのヴェネツィアにある教会の床モザイク、ビザンチン様式などをモチーフによって設計されたモザイクの模様です。


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井戸


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中庭の階段


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彫刻が置かれてます。


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突き当りに進んで中庭から切符売り場に戻ります。
(つづく)


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サン・ザッカリア広場です。


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サン・ザッカリア教会です。


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東ローマ帝国のレオーネ5世アルメニア皇帝(アルメニア、775c-コンスタンティノポリス、820)がヴェネツィアに寄贈した聖ザッカリア(聖ジョヴァンニ・バッティスタの父)の聖遺物(遺体)を祀るために、9世紀に建設されたロマネスク様式の教会が起源です。
その後、ベネデット会の所有となり、ベネデット会女子修道士が管理することになり、女子修道院が併設されました。


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1105年、火災によって教会と修道院を消失してしまいましたが、火災を逃れてクリプタに退避した女子修道士100名以上が窒息死しました。12世紀に教会と修道院が再建されました。


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現在のゴシック、初期ルネサンス様式が混在する建物は三代目となるもので、アントニオ・ガンベッロ(?、?-ヴェネツィア、1481)とマウロ・コドゥッチ(レンナ、1440-ヴェネツィア、1504)によって1444年から1465年に建設されました。


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美術的に見所が多い教会です。


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写真右が修道院です。


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鐘楼


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中に入りました。


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三廊式、ルネサンス様式の内部です。


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右側廊方向


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ヴェネツィアは湿度が高いので、高湿度で落剝し易いフレスコ画法はあまり採用されませんでしたが、この教会にはフレスコ画があります。


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主祭壇


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アンドレア・チェレスティ(ヴェネツィア、1637-トスコラーノ、1712)による主祭壇画


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後陣にフレスコ画があります。


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ジローラモ・ペッレグリーニ(ローマ、1624-ヴェネツィア、1700)の「栄光の聖ザッカリア」


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430c-1516)の「サン・ザッカリアの祭壇画」(1505)


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アントニオ・ヴァッシラッキ(ミロス、1556-サン・ヴィターレ、1629)の「聖母の結婚」(1600c)


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アントニオ・ヴァッシラッキ(ミロス、1556-サン・ヴィターレ、1629)の「聖母の神殿奉献(寺院への出現)」(1600c)


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アントニオ・ザンキ(エステ、1631-ヴェネツィア、1722)の作品(1684)


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アンドレア・チェレスティ(ヴェネツィア、1637-トスコラーノ、1712)の「教皇ベネデット3世の修道院訪問」(1684)


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アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666-1740)の「マギの礼拝」(1704-08c)


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聖ザッカリアとアレッサンドリアの聖アタナシロの墓(1660c)


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「栄光の聖ザッカリア」(1599)


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ジョヴァンニ・アントニオ・フミアーニ(ヴェネツィア、1645-1710)の「1001年の皇帝オットー3世の修道院訪問」


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アントニオ・バレストラ(ヴェローナ、1666-1740)の「羊飼いの礼拝」(1707c)


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ビッソーニ(パドヴァ、1576-1636)の「聖ザッカリア?」


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ビッソーニ(パドヴァ、1576-1636)の「聖ザッカリア?」


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アントニオ・ゾンカの「アクイレイアを介抱するアッティラ」(1684c)


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アントニオ・ゾンカの「パドヴァからの難民のトルソドゥーロ島上陸」(1684c)


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詳細不知


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「聖母子と聖人たち」(1605)


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アントニオ・ゾンカの「1688年の復活祭に教会に訪れるドージェ」


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ジュゼッペ・ポルタ通称イル・サルヴィアーティ(カステルヌオーヴォ、1520-ヴェネツィア、1575)の「聖コズマと聖ダミアーノの奇跡」(1550c)


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アンドレア・チェレスティ(ヴェネツィア、1637-トスコラーノ、1712)の作品


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アントニオ・モリナーリ(ヴェネツィア、1655-1704)の「ご訪問」


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左側廊


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右側廊


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外に出ました。
(おわり)

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ヴァポレットに乗船してサン・ジョルジョからサン・ザッカリアに向かいました。


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好天であれば、サン・ジョルジョからサン・ザッカリアの船上は絶好の撮影ポイントになるかもしれません。


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この日はアクア・アルタの可能性はゼロと予報されてました。


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ホテルが建ち並ぶサン・ザッカリア地区です。


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この時、泊まっていたホテルです。ヴァポレットのサン・ザッカリア駅の後方にあります。


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サン・ザッカリアで下船しました。サンタ・マリア・デッラ・ピエタ教会が修復中でした。


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Calle Seconda de La Fava


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Rio dei Greciの先にサン・ジョルジョ・デイ・グレーチ聖堂の鐘楼が見えます。


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次の目的地サン・ジョルジョ・デイ・グレーチ聖堂に向かいます。


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Calle de La Pietaの突き当りにビサンツィオ・ホテルがあります。


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Calle dei Greciを進みます。


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細い通りで不安になりましたが、道は間違えていないと思いました。


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グレーチ広場に着きました。


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サン・ジョルジョ・デイ・グレーチ聖堂です。


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ギリシャ人によって、1539年創建、1573年に完成した正教会の聖堂です。拝観しようと思っていましたが、扉が閉まっていました。


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入口扉上ルネッタのモザイク


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聖堂横にイコン博物館があります。


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イコン博物館も閉まっていました。


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楽しみにしていたので、サン・ジョルジョ・デイ・グレーチ聖堂とイコン博物館が閉まっていたのは残念でした。


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Rio di San Lorenzo


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写真右はリアシッディ・パレス・ホテルです。


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Fondamenta San Lorenzoを通ってサン・ザッカリア教会に向かいました。


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Ponte de l'Osmarinを渡りました。


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Fondamenta de l'Osmarinを進みました。


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道の先にあるPonte del Diavoloです。


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ホテル・パラッツォ・プリウーリがあります。


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今通って来た道を振り返って撮った写真です。


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Rio di San Severo


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Ponte dei Carmini


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サン・ザッカリア教会はもう直ぐです。


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何処をどう間違えたのか分かりませんが、サン・ザッカリアに出てしまいました。


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サン・ザッカリア教会には、泊まっているホテルの横にある道を進めば簡単に行けるので、慌てずにドゥカーレ宮殿の方に向かいました。


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溜息橋


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教会が沢山ありますね。


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ドゥカーレ宮殿


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久し振りにじっくり見ました。


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この日は人出が少なかった。


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アクア・アルタの可能性が小さいとされていましたが、アクア・アルタ用の仮架橋が用意されてます。


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サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂です。


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ホテルの方に戻ってサン・ザッカリア教会に向かいました。


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(つづく)

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ヴァポレットから見たサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会です。


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ジューデッカ島のレデントーレ教会です。


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靄がかなり濃い日でした。


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サン・ジョルジョ・マッジョーレ島に向かいます。


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サン・ジョルジョに到着しました。


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サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂です。
1900年、当時の教皇レオーネ13世(第256代教皇 在位:1878年~1903年)によって、Basilica Minoreに格付けされました。


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790年頃に建設されたサン・ジョルジョ教会が前身です。982年、ベネデット会の所有となり、ベネデット会修道士によって修道院が建設されました。


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1223年、教会の建物が崩壊したので、ベネデット会修道士によって二代目の教会の建物が建設されました。
修道院食堂の建設のため、アントニオ・パッラーディオ(パドヴァ、1508-メーザー、1580)が招聘され、1560年から1563年にかけて食堂が建設されました。
食堂の完成後、三代目の教会建物建設をパッラーディオに委嘱され、パッラーディオの設計によって、1566年から1610年にかけてルネサンス様式の建物が現在の姿の原形となってます。


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ファサードはヴィンチェンツォ・スカモッティ(ヴェネツィア、1548-1616)の設計によって1597年から1610年にかけて建設されました。


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1467年に建設された二代目の鐘楼が1774年に崩落してしまったので、ベネデット・ブラッティの設計によって1791年に建設された三代目の鐘楼が現在のものです。高さが75mあります。


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ファサード壁龕の彫刻


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ファサード扉上のピオ7世の紋章です。
紋章がある理由は、第251代教皇ピオ7世(在位:1800年~1823年)がヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ修道院で1799年から1800年に行われたコンクラーヴェで教皇に選出されたからです。
当時、ローマはフランス軍の占領下にあったので、ローマでコンクラーヴェが出来なかったのです。ナポレオンは教会修道院活動抑圧政策を採っていたので、教皇庁と対立していました。


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聖堂内に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、ルネサンス様式の内部です。


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巨大な柱が目立ちます。


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非常に明るい内部です。装飾が少ない内部です。


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クーポラ


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主祭壇です。


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ジローラモ・カンパーニャ(ヴェローナ、1552-ヴェネツィア、1625)による主祭壇の彫刻


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中央礼拝堂右横壁にあるヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)の「最後の晩餐」(1592-94)


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ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)の「マナの収拾」(1592-94)


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バルダッサッレ・ロンゲーナ(ヴェネツィア、1598-1682)の「キリストの復活があるピエトロ・チヴランのモニュメント」(1638)


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聖歌隊席の彫刻(1594-98)


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詳細不知


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ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)とドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560-1635)の「キリストの復活とヴィンチェンツォ・モロシ―ニとその家族」(1583-85c)


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次の礼拝堂です。


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ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)とドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560-1635)の「三位一体と聖ステファノの殉教」


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マッテオ・ポンツォーネ(クロアチア、1583-ヴェネツィア、1663)の「竜を退治する聖ジョルジョ」(1600-50c)


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光るので別角度から撮った写真です。


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ジローラモ・カンパーニャ(ヴェローナ、1552-ヴェネツィア、1625)の「聖母子と天使たち」(1595)


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レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ、1557-ヴェネツィア、1622)の「聖ルチアの殉教」(1596)


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光るので別角度から撮った写真です。


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左側廊


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右側廊


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ヤコポ・バッサーノ(バッサーノ、1510-1592)の「羊飼いの礼拝」


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ヴェネトの逸名彫刻家作「磔刑像」(1458年に寄贈されたもの)


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ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)とドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560-1635)の「聖コズマと聖ダミアーノの殉教」


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次の礼拝堂です。


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ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(1518-1594)と工房による「聖母戴冠と聖人たち」(1594)


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セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659-ヴェネツィア、1734)の「聖母子と聖人たち」


2
最後に非常に残念で腹立たしいことを記しておきましょう。
パオロ・ヴェロネーゼ(ヴェローナ、1528-ヴェネツィア、1589)の傑作「カナの結婚」(1562-63)です。修道院食堂に飾るためにパオロ・ヴェロネーゼに注文され、1年で完成した傑作です。現在、ルーブル美術館で展示されてますが、1797年、ナポレオンの命令によって、この作品は盗まれ、ルーブル美術館で展示されるようになりました。ナポレオンの失脚後、返還交渉が行われたものの、フランス側が返還を断固拒否して現在に至ってます。
(作品画像は外部サイトから拝借しました)


P1980777
外に出ました。
(つづく)

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スカルツィ橋の上からのリアルト橋方向の景観


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スカルツィ橋上から見たローマ広場方向の景観


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フェローヴィアから2番のヴァポレットに乗船しました。


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ローマ広場、ジューデッカ島を経由してサン・ジョルジョ・マッジョーレ島に行きます。2番のヴァポレットですが、大運河経由と逆方向なので空いていました。


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かなり有名なサン・シメオン・ピッコロ教会ですが、不思議なことに拝観している観光客が少ないようです。


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Ponte de La Croce


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ローマ広場に向かう人は数名でした。


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このホテルに泊まったことがありません。ローマ広場近くなので、ホテル周囲は面白みに欠けるようです。


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ローマ広場駅に着きました。


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空路でヴェネツィアに到着した時に、ローマ広場を利用したことがあります。


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ローマ広場を過ぎると建物の様子が一変します。


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工場でしょうか、近代的な建物が散見されます。


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メストレと結ぶ橋です。


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列車が頻繁に往来してます。


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写真右上はケーブルカーの架橋です。


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モノレールかと思いましたがケーブカーだそうです。


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2010年に開通したPeople Mover di Veneziaです。ローマ広場からマリッティマ・クルーズ・ターミナルを結んでます。


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外洋のような感じがします。


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ヴァポレットは、大運河を航行している時とは違って、かなりの高速で運行されてます。


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ジューデッカ運河に出ると鐘楼が幾つか見えてきます。


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ジューデッカ島です。


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Ponte Molin Rio de San Basegio


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Fondamenta Zattere Ponte Lungo


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Palazzo dell Adriatica


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サン・トロヴァソ教会が見えます。


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サンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会です。


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サンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会の後方にアカデミア美術館があります。


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非常に目立つ教会ですが、美術的に中にある数点の作品が観る価値があります。


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ヴァポレットの進行に従って教会の全容がよく分かるようになります。


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ジューデッカ島のレデントーレ教会が見えます。


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Fondamenta Zattere Ai Gesuitiです。


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ジューデッカ島です。


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ヴァポレットのZattere駅後方にサンタ・マリア・デッラ・ヴィズィタツィオーネ教会です。


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乗船したヴァポレットはジューデッカ島に向かいます。


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鐘楼が数本見えますが、何処の教会のものなのか特定するのが大変です。


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船が余り運行していないので、高速で進む船が多いようです。


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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会が見えてきました。


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Ex-Ospedale degli Incurabili


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サン・マルコの鐘楼です。


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サン・マルコ寺院が見えてきました。


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ドゥカーレ宮殿が姿を現しました。晴れていないのが残念です。


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(つづく)

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アカデミア美術館から外に出ました。


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大運河ではなく、この時はCanale della Giudeccaの方に向かいました。


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Rio Terra Antonio Foscarini


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写真右は、アカデミア美術館となっている旧サンタ・マリア・デッラ・カリタ修道院教会です。


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サンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会の鐘楼が見えてます。


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道の突き当りがジューデッカ運河です。写真右に広場があり、広場に面してサンタグネス教会があります。


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サンタグネス教会です。


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10-11世紀に建設されたロマネスク様式の教会です。日曜日朝に行われるミサの時だけ扉が開けられるようです。


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サンタグネス広場です。


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サンタグネス広場からサンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会、別称サンタ・マリア・デイ・ジェスアティ教会の鐘楼とクーポラが見えます。


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1724年から1736年に建設されたバロック様式のサンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会です。


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暑いことに加えて、ヴェネツィアは湿度が高いので、汗が中々乾きません。


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ヴェネツィアは知れば知るほど面白いと思います。


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Canale della Giudeccaに出ました。


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ジューデッカ運河の先にジューデッカ島があります。


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Fondamenta Zattere Ai Gesuiti


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この辺は大体空いていますが、初夏のベストシーズンなので人出がかなり多いようです。


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サンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会の扉が閉まっていました。あと数分で開く筈ですが・・・・・


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サンタ・マリア・デイ・ロザリオ教会のファサードはジューデッカ運河に面してます。


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鐘楼


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扉が開きました。


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拝観します。


6
美術的な見所は2つでしょう。


7
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレットの「磔刑」


8
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロの「聖ドメニコ」


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外に出ました。


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サンタ・マリア・デッラ・ヴィズィタツィオーネ教会は閉まっていました。


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ジューデッカ運河のレデントーレ教会が見えます。


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パッラーディオ設計によって1577年から1592年に建設されたレデントーレ教会です。パッラーディオが設計したものの、工事着工は彼の死後になりました。


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ヴァポレットのZattere駅です。


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乗合船を待ちました。


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ヴァポレットに乗船しました。


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ジューデッカ運河をローマ広場の方に向かって進みます。


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アカデミア方面からローマ広場やサンタ・ルチア駅に行くには、リアルト経由よりもジューデッカ運河経由の方が時間的に有利です。


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Fondamenta Zattere Ponte Lungo


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乗合船は空いてます。


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Ponte Molin Rio de San Basegio


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San Basilio


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本土が見えてます。


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(つづく)

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アクア・アルタになる前に早くヴァポレットに乗らなくては!


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溜息橋は何時ものように見えましたが、潮位が上がって来て道が海水に覆われるようになりました。


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辛うじてサン・ザッカリアからヴァポレットに乗船できました。サンタ・ルチア駅前は未だ大丈夫でした。乗船後間もなくしてサン・マルコ周辺は海水に覆われ、ヴァポレットがサン・マルコへの寄港休止となったそうです。
急いでいたし、焦っていたので途中の写真がありません。


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ホテルに戻る前に夕食を食べることにしました。


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道路を隔てたホテルの向かいの店に入りました。アクア・アルタが予想されていたので、ホテルに戻るのに容易な店を選びました。


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店を出たら、アクア・アルタが起きてました。


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直ぐに潮位が増してきました。


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カステッロ地区はアクア・アルタの影響は少ない方です。この日のサン・マルコ地区の潮位は1mを越えたそうです。


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向かいのホテルでは、係員が客をおんぶして中に入れてました。


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ホテル専用船着き場からロビーにも仮架橋が設けられてました。


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写真ではよく分かりませんが、ロビーに海水が押し寄せてきました。


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翌朝です。雨が止んでます。


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街歩きに出発しました。


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サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会に向かいました。


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サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会です。正式現称はSantuario di Luciaらしい。


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11世紀に建設されたサン・ジェレミア教会が前身です。創建以来、何度も再建されたそうです。


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現在の建物は、カルロ・コルベッリーニに設計によって、1753年に創建され、1760年に一応の完成を見たものが基本となってます。


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聖ルチアの遺体が収められてます。
聖ルチア(シラクーザ、183c?-304)は、シラクーザで殉教しましたが、殉教後、シラクーザのサンタ・ルチア・アル・セポルクロ聖堂に埋葬されました。ところが、彼女の遺体は掘り起こされ、東ローマ帝国に売却され、コンスタンティノポリスに移されてしまいました。フランス貴族とヴェネツィア共和国が中心となって、東ローマ帝国を攻撃した第4次十字軍(1202-1204年)は勝利し、その戦利品として聖ルチアの遺体はコンスタンティノポリスからヴェネツィアに移されました。それを機に、聖ルチアの遺体を祀るためにサンタ・ルチア教会が建設されました。
建設された場所は、現在のヴェネツィア・サンタ・ルチア駅がある所でした。19世紀半ばにヴェネツィアに鉄道が敷設されることになり、鉄道駅は教会がある場所と決定されました。
そのため、サンタ・ルチア教会は取り壊されることになり、聖ルチアの遺体はサン・ジェレミア教会に移されることになりました。そのため、教会の改造工事が行われ、1861年に完成しましたが、その際、教会の名称がサンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会と改称されました。


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ところが、それだけでは終わらず、1981年11月、聖ルチアの遺体が盗まれてしまい、犯人から身代金の支払い要求が出されたのです。遺体の身代金要求には本当に驚きました。
1981年12月、身代金未払のまま、突然遺体が戻されて一件落着となりました。犯人は分からずで終わったようです。


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ここでは単純に創建時の名称になってます。


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中に入りました。


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変形4廊式、ギリシャ十字形、新古典様式の内部です。


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左側に2つの側廊があります。


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右側廊方向


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装飾が少なく、スッキリした感じがします。


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クーポラ


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主祭壇


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主祭壇に聖ルチアの遺体が置かれてます。


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祭壇画、彫刻を見て回ります。


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ジョヴァンニ・バッティスタ・メンガルディ(パドヴァ、1738-ヴェネツィア、1796)の「聖家族」


1
パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「聖ルチア」


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アゴスティーノ・ウゴリーニ(ヴェローナ、1758-ヴェネツィア、1826)の「十字架降下」


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セバスティアーノ・サンティ(ムラーノ、1789-ヴェネツィア、1866)の「磔刑と聖人たち」


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ジャン・マリア・モルライターの「ロザリオの聖母」(17世紀)


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「聖ルチアと聖アゴスティーノ」


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パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「受胎告知」


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17世紀のヴェネツィアの逸名画家作「聖ルチアの聖体拝領」


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ピエル・アントニオ・ノヴェッリ(ヴェネツィア、1729-1804)の「聖母の浄化」


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詳細不知


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ベルナルディーノ・ルカデッロの「聖母の神殿奉献」(1745)


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フランチェスコ・マッジョット(ヴェネツィア、1738-1805)の「聖ジュゼッペの死」


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外に出ました。
1700年以上前に没した聖ルチアの遺体の身代金なんて、私にはとても考えられません。
(つづく)

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一般乗合船でアカデミアからサン・ザッカリアに移動します。


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寒いし、大雨の上に、アクア・アルタが予想されていたので、人出が少なく、サン・マルコ寺院とドゥカーレ宮殿に行くには絶好の日と予想してました。


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人出は何時もより確かに少なめでしたが、悪天にも拘らず予想以上の賑わいでした。


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溜息橋


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サン・マルコ寺院は大混雑で、写真を撮るどころではありません。


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大雨で行く所が限られているので、無料のサン・マルコ寺院は拝観者が集中したようでした。


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ところがドゥカーレ宮殿は空いてました。


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有料なので、敬遠されたかも知れません。


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これから満潮を迎えるので、時間が余りありません。


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低気圧が近づいているので、アクア・アルタが起きる可能性が高いとの潮位予想でした。


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サン・マルコ地区はアクア・アルタの影響を最も受けるとされてます。


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多少のアクア・アルタならば、歩行者用仮架橋で大丈夫ですが、仮架橋よりも潮位が高くなると厄介です。


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アクア・アルタが起きると、ヴァポレットのサン・マルコ駅とサン・ザッカリア駅が閉鎖になることがあります。ということで、絶えず外の潮位の具合に注意しながら見て回りました。


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ヴェネツィアにおける絵画が他の街などと大きく違うことは、フレスコ画による装飾は極めて稀であり、例え大画面であってもキャンバスへの油彩で描かれたことです。


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水の都ヴェネツィアですから、常時湿度が高いので、フレスコ画は直ぐに落剝してしまうのです。


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ヴェネツィアに不向きなフレスコ画ですが、それにも拘らず存在しています。


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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490c-ヴェネツィア、1576)の「祈りを捧げるグリマーニ総督」(1575-76c)


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アントニオ・ヴァッシラッキ(ギリシャ、ミロス、1556-ヴェネツィア、1629)の「マギの礼拝」(1600c)


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武具の展示


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ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)の「天国」(1588c)


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そろそろ切り上げないと・・・・・


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独房


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外が心配です。


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外に出ました。
(つづく)

P2700670
ムラーノ島のロンゴ橋です。


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ロンゴ橋横のタベルナコロ


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Trattoria al Fratiが見えます。ムラーノではお勧めの食堂です。


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ロンゴ橋を渡ります。


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ロンゴ橋から見たMuseo方向です。


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旧サントステファノ教会の鐘楼です。


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サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会の鐘楼が見えます。


P2700666写真左の道路はRiva Longaです。


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写真右の鐘楼はサン・ピエトロ・マルティーレ教会のものです。


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対岸の道路はFondamenta Antonio Colleoniです。


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ガラス美術館に向かいます。


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一般乗合船のMuseo駅が見えてきました。


P2700675
とうとう雨が降り始めました。天気予報通りでした。私は何故かイタリアでは雨男で、天気予報が晴れでも雨に遭うことが非常に多いのですが、天気予報が雨だと天気予報通りになるのです。


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通って来た道を振り返って撮った写真です。


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Murano Navagero方向です。


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この辺から道の名称が変わって、Fondamenta Marco Giustinianを進みます。


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対岸のFondamenta Antonio Maschinoです。


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サン・ドナート橋です。


P2700681
ガラス美術館は臨時休館でした。天気が悪い上に、低気圧の影響でアクア・アルタが予想されていたので臨時休館にしたようです。ガラスに特に興味があるわけでもないので、臨時休館でも然程残念には思いませんでした。


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美術館がダメでも教会巡りがあります。


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雨が強くなってきました。


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Laboratorio Cristina Linzi


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雨が強くなってきたと共に寒い風も強く吹いてきたので、教会巡りをする気力が失せました。


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ムラーノ観光を断念して一旦ホテルに戻ることにしました。


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一般乗合船に乗船しました。


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グーリエで下船しました。


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雨がムラーノよりも強く降っていました。


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Fondamenta Cannaregioをグーリエ橋方向に進みました。


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グーリエ橋です。


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見えている鐘楼はサンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会のものです。


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グーリエ橋上からの景観


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サンタ・ルチア鉄道駅の方に向かいます。


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Salizada San Geremia


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この時間は干潮に向かっているので、アクア・アルタはありません。


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一旦ホテルに戻って一休みしてから、早い昼食を食べることにしました。


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早い時間の昼食を食べるには中華料理屋が最適です。ヴェネツィアでも中華料理屋が進出しています。


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箸が欲しいと言わないと出てきません。


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値段が安く、時間の有効利用に中華料理は最適です。


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アカデミア美術館に行きました。


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教会巡りをするつもりでしたが、大雨になったので、雨宿りを兼ねて美術館でゆっくりすることにしました。


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入館しました。


P2700805
アカデミア美術館に付いては、既に2回取り上げました。そちらの方をご参照願います。


P2700818
ピエロ・デッラ・フランチェスカ


P2700816
ジョルジョーネ


P2700793
ジョヴァンニ・ベッリーニ


P2700787
アンドレア・マンテーニャ


P2700884
パオロ・ヴェロネーゼ


P2700856
ヤコポ・ティントレット


P2700853
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ


P2700869
パルマ・イル・ヴェッキオ


P2700946
ジェンティーレ・ベッリーニ


P2700953
ラッザーロ・バスティアーニ


P2700956
ジェンティーレ・ベッリーニ


P2710003
フランチェスコ・アイエツ


P2710011
アントニオ・カノーヴァ


P2710029
傑作に酔いしれて外に出ました。
(つづく)

P2700596
Fondamenta Nuova


P2700598
サン・フランチェスコ・デッラ・ヴィーニャ教会の鐘楼が見えてます。


P2700599
鐘楼が見えてますが、どの教会のものか分かりません。


P2700600
サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂のクーポラです。


P2700603
ヴェポレットはサン・ミケーレ島に進みます。


P2700604


P2700608
サン・マルコの鐘楼でしょう。


P2700609
サン・ミケーレ島にやってきました。


P2700610
ヴェネツィアの墓地になってます。


P2700611
死人からの感染を防ぐために墓地専用の島として使用されてます。


P2700614
死者からの分解物を防ぐために、島は煉瓦で囲まれてます。


P2700618
サンタ・マリア・アッスンタ教会が見えてます。


P2700619


P2700620


P2700624
Cimiteroを過ぎました。


P2700626
サン・ミケーレ・イン・イーゾラ教会です。


P2700627
教会の歴史は13世紀に遡るそうです。現在の姿は1469年に再建された後のものです。


P2700625
修道院だった建物


P2700628
修道院は閉鎖されてます。


P2700629
1456年から1460年に建設された鐘楼です。


P2700630


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P2700634


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P2700636


P2700637
波が少し荒くなってきました。


P2700638
ムラーノ島にやってきました。


P2700639
Colonnaを過ぎました。


P2700641
ガラス工場です。


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P2700646
ヴァポレットから下船します。


P2700652
ムラーノ島に着きました。


P2700651
今にも雨が降りそうです。


P2700654
(つづく)

P2700506
ラグーナ・ヴェネタに出ました。


P2700505
ムラーノ島に向かってます。


P2700508
Fondamenta Sacca San Girolamo


P2700513
外洋に出た感じがしました。


P2700510
風が少し強くなって、波が荒くなってきました。


P2700515
Ponte Moro


P2700517
リベルタ橋


P2700519
ヴェネツィア史が非常に面白いですね。


P2700524
権力が集中しないように腐心された統治法が見事です。


P2700528
歴史を知らないと、ヴェネツィア共和国がヨーロッパの強国であったことが中々分かりません。


P2700531
戦争になると、これらの杭を抜いたそうです。杭は水深が深い場所を示していて船が通れます。杭を抜いてしまうと、ヴェネツィアの航路を知らない敵方は水深が分からなくなり、敵船は座礁してしまったそうです。


P2700533
造船所でしょうか?


P2700535
Fondamenta Cortarini


P2700537
Sant' Alviseが過ぎました。


P2700539
サンタルヴィーゼ教会の鐘楼です。


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P2700549
ロルトを通り過ぎました。


P2700545
マドンナ・デッロルト教会の鐘楼が見えてます。


P2700546


P2700548
マドンナ・デッロルト教会が見えてきました。


P2700551
海の方から見ると、見慣れた教会でも外観だけでは中々区別がつきません。


P2700552


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P2700568
ヴァポレットの係留地です。


P2700569


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P2700574
フェリーターミナルを過ぎました。


P2700575
サンタ・マリア・アッスンタ教会、通称イ・ジェスイーティ教会です。


P2700576
1715年から1729年に建設されたイエズス会の教会です。バロック様式です。


P2700561
ミゼリコルディア修道院です。


P2700577


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P2700578
Fondamenta Nove


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P2700588
サン・マルコの鐘楼が見えてきました。


P2700591


P2700595


P2700590
(つづく)

P2700393
疲労して外出する気になれなかった上に、夜更けの満潮時にアクア・アルタが予想されていました。


P2700392
ホテルの食堂で夕食を食べることにしました。


P2700395
値段が高いと思われますが、ヴェネツィアでは普通のお値段です。


P2700398
お味は並み以上です。


P2700401


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P2700405
快適に食べることが出来ました。


P2700406
潮が上がってきましたが、岸壁を越えることはなかったように思います。


P2700407


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P2700421
翌朝です。


P2700423
今にも泣きだしそうな寒い日でした。


P2700426
自室のベランダから撮った写真です。


P2700431
ヴァポレットに乗船するためにサンタ・ルチア駅の方に向かいました。


P2700432
朝なので、観光客の姿はチラホラ。


P2700434
1718年から1738年に建設された新古典様式のサン・シメオン・ピッコロ教会です。


P2700436
ヴァポレットに乗船してムラーノ島に向かいます。


P2700437
ムラーノ島行きのヴァポレットは空いてました。


P2700438
美術的にはマイナーなので、お薦めの拝観先とは言い兼ねます。


P2700441
スカルツィ橋を潜りました。


P2700444


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カナル・グランデ・ホテルには泊まったことがありません。


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Riva de Biasioを過ぎました。


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ヴァポレットは大運河から左折してカナレ―ジョに入りました。


P2700456
Pescaria de Canaregio


P2700457
サン・ジェレミア広場です。


P2700458
グーリエ橋を潜りました。


P2700459
グーリエ橋


P2700460
Fondamenta Canaregio


P2700467
グーリエを過ぎました。


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P2700479
Palazzo Loredan Gheltoff


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P2700485
Crea


P2700487
Ponte dei Tre Archi


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Tre Archiを過ぎました。


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P2700495


P2700497
カ・フォスカリ大学経営学部の学舎です。


P2700499
FS線が見えてます。


P2700500


P2700503


P2700504
(つづく)

222
Rio di San Feliceの端にある、15世紀初めに建設されたゴシック様式のPalazzo Pesaro Papafavaです。


223
Canale della Misericordia


224
1310年に建設されたScuola Vecchia della Misericordiaです。


226
936年創建のChiesa dell' Abbazia della Misericordiaです。現在のファサードは1659年に建設されました。


229
1806年、ナポレオンの抑圧令によって活動が停止されてから、一度も宗教活動を再開することなく現在に至ってます。


228
Campo d' Abbaziaから見た建物です。Palazzo Lezzeでしょうか?


225
Rio della Sensa


227
Fondamenta d' Abbazia


230
Rio della Sensaをマドンナ・デッロルト教会の方に進みます。


231


232
Sacca della Misericordia


233
サン・ミケーレ教会(写真右)が見えます。


234
Rio di Madonna dell' Orto


235
突き当りは大運河方向になります。


236
Fondamenta Madonna dell'Orto


237
14世紀から15世紀に建設された、ゴシック様式のPalazzo Mastelli del Cammelloです。


238
マドンナ・デッロルト教会にやってきました。


239
マドンナ・デッロルト教会です。


242
14世紀中頃に建設されたゴシック様式の教会です。


257
有名画家たちの作品があるので、美術ファンにとっては必見でしょう。


240
マドンナ・デッロルト広場です。


241
拝観有料です。中は写真不可です。


284
中に入りました。三廊式、バジリカ様式の内部です。
写真不可にも拘らず私の写真があるのは、許可を受けたカメラマンが写真を撮っていたので、その人と一緒に歩いて撮りました。でも撮れたのは全体の1割くらいの作品だけでした。


285
ヤコポ・ティントレットの墓です。


250
後陣


243
チーマ・ダ・コネリアーノ(コネリアーノ、1459-1517)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタと4聖人(聖ピエトロ、聖マルコ、聖ジローラモ、聖パオロ)」(1495)


244
制作者情報不詳の「チーマ・ダ・コネリアーノ作『聖クリストフォロ』のコピー画」
オリジナル作品はアカデミア美術館にあります。


246
ジローラモ・ダ・サンタクローチェ(サンタクローチェ、1490c-ヴェネツィア、1556)の「聖アゴスティーノと聖ジローラモ」


248


249


252
マッテオ・ポンツォーネ(クロアチア、1583-ヴェネツィア、1663)の「キリストの鞭打ち」


254
パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1544-1628)の「磔刑」


255
ドメニコ・ティントレット(ヴェネツィア、1560-1635)の「ご誕生」


256
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490-ヴェネツィア、1576)の「大天使ラッファエーレとトビオーロ」(1530)
私が中で撮れた写真は以上です。
この他にも沢山の傑作があります。


258
外に出ました。


259
朝から船を使用しないで、徒歩だけであちこち行ったので、流石に疲れてきました。


260
教会が開く時間ですが、教会巡りはこのぐらいで終わりにすることにしました。


261
ヴェネツィアの教会は写真不可の所が多いので、気合が入りません。


262
ホテルに戻ることにしました。


263
干潮になった来たので、アクア・アルタの心配は不要です。


264
アクア・アルタが無くなったので、サン・マルコに行っても良いのですが、疲労して行く気力がありません。


265
鉄道駅の方に向かってます。


266
私を全く無視したニャーゴ


267
少し前までは元気でした。今はこのようには徒歩であちこち行けません。


268
もう直ぐ駅です。


269
(つづく)

176
サン・マルコ地区では真面な店です。ピザ店ではなく、魚料理が色々楽しめます。


177
予算は€100くらいにしておかないと、ヴェネツィアでは真面な食事にありつけません。


178
Calle del Teatro


179
ゴルドーニ劇場です。時々オペラを上演しているようですが、入ったことがありません。


180
サン・マルコがアクア・アルタなので、サン・マルコ広場周辺にいた観光客が移動して来たのか、急に混雑してきました。


182
Rio di San Salvador


183
Teatro Malibranです。


184
1678年に初演された劇場で、元々はオペラ上演が専門だったようです。



185
劇場の前で大人しくしていたニャーゴ。人にナデナデして貰っても我関せずにこのような状態で、じっとしてました。人通りが多いヴェネツィアの繁華街に住んでいるので、人馴れしています。


186
リアルトを通り過ぎました。


187
Rio di San Giovanni Cristomo
そろそろ満潮の時刻を迎えます。


188
Calle Larga del Proverbi


189
道の所々が濡れてますが、満潮とアクア・アルタの影響でしょう。


190
Rio dei Santi Apostoli


191
昼食はカ・ドーロ地区で食べることにしました。


192
Calle di Duca?
裏通りにある一杯飲み屋での昼食です。


193
入店してから、飲み物はプロセッコにしました。


194
野菜中心の前菜にしました。


195
何時も同じものを食べてます。


196
最近は年取って胃袋が小さくなって持て余すことが多くなりました。


197
お腹一杯です。酒に弱くなる一方で、プロセッコ1本でも酔っ払ってしまいます。


198
一旦Strada Novaに戻ってから大運河に出ます。


199
写真右端がカ・ドーロです。


206
カ・ドーロのジョルジョ・フランケッティ美術館に入館しました。


207
美術館に入館したのは、酔い覚ましの一休みが目的でした。不謹慎ですが、トイレがあるし、一休みするベンチが置いてあるので、酔い覚ましに最適です。


208
勿論、作品も楽しみました。


200
カ・ドーロから見た大運河です。


201
リアルト方向


202
魚市場です。


203
ところで、2014年4月からアリタリア航空が成田~ヴェネツィア間の直行便を運航してましたが、ご利用されたことがありますか?


204
私は一回利用したことがあります。日本人の人気観光地ヴェネツィアへの直行便ですから、満席かと思いましたが、意外にも空席が多かったのです。
ヴェネツィア・イン、ヴェネツィア・アウトでは、旅程を組むのが大変だったことを覚えてます。


205
確か週2便の運航だったと思いますが、集客に苦労したようで間もなく運航休止となってしまいました。


209
ジョルジョ・フランケッティ美術館から外に出てStrada Novaに戻りました。


210
Fondamenta San Feliceを進みます。


211
Rio di San Felice


212
干潮に向かってます。


213
海釣りに行くときは潮回りを調べてから行きますが、アクア・アルタの可能性が低い夏を除いて、月齢と潮回りを調べてからヴェネツィアに行く日を決めてます。


214


215


216
Romo de La Misericordia


217
Scuola Nuova di Santa Maria della Misericordia


218
ヤコポ・サンソビーノ(フィレンツェ、1486-1570)の設計によって1534年から1583年に建設されました。


220
ナポレオンの抑圧令によって1806年に活動が停止され、その後一度も宗教活動が再開されることなく現在に至ってます。
現在はヴェネツィア市所有の建物となってます。


221
(つづく)

136
普段の水位が分からないので、潮が満ちているのか、引いているのが分かりません。


137
橋を渡ってサンタ・マリア・フェルモーザ広場に向かいます。


138
水位を暫く見ていたら、どうやら満ちていることが分かりました。


139
橋を渡りました。


140
Rio di Santa Marinaでしょうか?


141
サンタ・マリア・フォルモーザ教区教会です。2つのファサードがありますが、こちらは西側のファサードです。西側がメイン・ファサードで、北向きのファサードがサイド・ファサードになります。


143
639年に創建されました。現在のルネサンス様式の建物は、1492年の工事着工、16世紀に一応の完成を見た二代目のものです。


142
西側のメイン・ファサードは1542年に建設されました。
1624年に地震によって大きな被害を受けたので、その後に修復されたそうです。


146
1604年に建設された北向きのサイド・ファサードです。


147
1688年に建設されたバロック様式の鐘楼です。
1807年のナポレオンの抑圧令によって宗教活動が一時停止されましたが、ナポレオンの失脚後活動が再開されました。
また、第一次世界大戦でオーストリア軍の爆撃を受け、戦後に大修復されました。第二次世界大戦では被害を受けなかったようです。


149
後陣です。
拝観有料となってます。


280
中に入りましたが、私が拝観した時は写真不可でした。主な作品に限り、外部サイトから作品画像を拝借して紹介することにしましょう。


281
パルマ・イル・ヴェッキオ(ヴェネツィア、1480-1528)の「聖バルバラのポリッティコ」(1524-25)
この作品はパルマ・イル・ヴェッキオの最高傑作と言われてます。


282
バルトロメオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1440c-1499c)の「サンタ・マリア・フォルモーザのトリッティコ」(1473)


283
レアンドロ・バッサーノ(バッサーノ、1557-ヴェネツィア、1622)の「最後の晩餐」(1578c)


151
教区教会からCampo Santa Maria Formosaに出ました。


145
Campo Santa Maria Formosaに面して建つ、16世紀に建設されたPalazzo Priuli Ruzziniです。現在、四つ星ホテルになってます。


148
15世紀に再建されたPalazzo Malipieroです。


150
Rio di Formosa


144
ヴェネツィアにしては広い広場です。


152
サンタ・マリア・フォルモーザ教区教会の裏にあるクエリ―ニ・スタンパリア絵画館に向かいます。


153
クエリ―ニ・スタンパリア絵画館に入館しましたが、既に触れたので重複を避けます。


154
潮位が少し上昇したように見えました。


155
正午を過ぎたので、教会が閉まるのが普通ですが、ヴェネツィアの拝観有料の教会は大体開いてます。引き続き教会巡りです。


156
多分扉が閉まっていると思いながらもサン・ジョヴァンニ・ノーヴォ教会に向かいました。


157
サン・ジョヴァンニ・ノーヴォ教会はやはり閉まっていました。


160
10世紀に建設されましたが、現在の新古典様式の建物は1762年に再建された二代目のものです。


158
聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ(福音書記者聖ヨハネ)に奉献する教会です。
中に見るべき作品があまりないので、扉が閉まっていても残念感がありません。


159
Campo San Giovanni Novo


161
Calle Rimpeto la Sacrestia


162
Campo Santi Filippo e Giacomo


163
この広場はサン・マルコの近くにあります。


164
溜息橋です。
何時も見ている方とは反対側から見ています。


165
土地が低いので潮位が高く見えます。


166
サン・マルコに再び来てしまいました。


168
満潮まであと1時間弱です。


167
アクア・アルタが嫌われたのか、観光客の姿が若干少なくなったようです。


169
先ほど来た時よりも潮位が高くなっていました。


170
そろそろ昼食の時間ですが、1時間後に満潮なので、安全を考えてサン・マルコでの昼食は避けた方が無難です。


171
水に漬かっていない道を選んで進みます。


172
Calle dei Fabbri
Ristorante Fabbriは、サン・マルコ地区にあってはまあまあですが、ヴェネツィア価格です。マシな方でしょうか?


173
塩水が染み出してきてます。


174
実は、この日の翌日のアクア・アルタが酷かったのです。


175
(つづく)

096
建物の方には海水が未だ押し寄せていないようです。


097
排水溝からブクブクと潮が上がっています。


098
仮架橋の上は往復する人、行列に並ぶ人で混雑していました。


109
少し高くなっている場所はまだ大丈夫です。


100
海水が徐々に店の方にじわじわと接近してきました。


099
これではどうにもなりません。


101
観光には絶好の日和でしたが、これから満潮なので、サン・マルコ周囲での観光を諦めました。


102
水深数㎝でも外で喫茶を頑張る人がいました。


103
当たり前ですが、建物の上部は全く問題がありません。


105
建物の上部は大丈夫でも下部の方は、幾度となく海水に漬かって劣化が進んでいるようです。


106
年を経る毎にアクア・アルタが酷くなっているように思います。地球温暖化の影響と言われてますが本当でしょうか?


110
サン・マルコ寺院の中にも海水が浸入してきました。


104
サン・マルコ広場から少し離れるとアクア・アルタはまだ起きていません。


108
Calle Largo San Marco


107


111
運河の見た目では潮位の上昇が分かりません。


112


113
店のショーウインドウ


114
潮位が上がって来て、普通の靴では歩けない道が出てきました。


115
満潮に向かっているので、アクア・アルタの影響が少ない道を選んで歩くことにしました。


116
サン・バルトロメオ広場です。


117
サン・バルトロメオ広場に建つ、15世紀に建設されたゴシック様式のPalazzo Moroです。


118
この日のアクア・アルタは軽微なもので、最低地のサン・マルコ広場を離れれば、アクア・アルタの影響は殆ど見られませんでした。


119
しかし、潮位が徐々に上昇しているのは確かでした。


120
観光客にとってはアクア・アルタは物珍しいわけで、アクア・アルタを楽しんでいる方をかなり見かけました。


121
サンタ・マリア・コンソラツィオーネ教会にやってきました。


124
サンタ・マリア・デッラ・ファーヴァ教会とも呼ばれてます。


123
教会前にある小さな橋Ponte della Favaから教会の別称が由来するそうです。


122
1500年に最初の建物が建設されましたが、18世紀に取り壊され、再建された二代目の建物です。
扉が開いていたので中に入りました。


274
単廊式、バロック様式の内部です。


275
観るべき作品は、この1点でしょう。
ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696-マドリッド、1770)の「聖母の教育」


125
外に出ました。サンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ教会の直ぐ傍にあるサン・リオ教会に向かいました。


126
サン・リオ教会です。


127
9世紀に建設された当時は、サンタ・カテリーナ教会と呼ばれていました。
1054年、第152代教皇レオ9世(在位:1049-1054)の死に因んで、教会名が現称に改称されました。


130
観たい作品がありましたが、扉が閉まっていて残念に思いました。


276
外部サイトから作品画像を拝借して紹介することにします。


277
ティツィアーノ・ヴェッチェリオ(ピエーヴェ・ディ・カドーレ、1488/1490-ヴェネツィア、1576)の「聖ジャコモ・マッジョーレ」(1558)


279
パルマ・イル・ジョーヴァネ(ヴェネツィア、1550-1628)の「死せるキリストと聖人たち」


278
ピエトロ・アントニオ・ノヴェッリ(ヴェネツィア、1729-1804)の「父なる神と聖人たち」(1779)


128
サン・レオ教会ファサード前にある古井戸?


129
Campo San Lioにある土産物屋


131
Rio della Fava


132
歴史的建造物ばかりが建ち並んでます。


133
Campo Santa Marina


134
お勧めのホテルですが、初めて行くのは結構大変かも知れません。


135
(つづく)

052
Galle Magazen
この日はヴァポレットに乗船せず徒歩だけでヴェネツィア巡りをしました。


053
もう直ぐリアルトに出ます。


054
Rio della Favaでしょうか?


055
サン・カンツァーノ教区教会です。


056
アクイレイアからの難民によって864年に創建されたサン・カンツィアーノ教会です。


058
火災によって1105年に消失し、その後数年で再建され、1330年に現在の姿に改修されたそうです。


057
扉が開いていたので拝観しました。


271
17世紀にバロック様式に内部が改修されました。三廊式です。


272
ジュゼッペ・アンジェリ(ヴェネツィア、1709-1798)の「聖母被昇天」


273
ジョヴァンニ・コンタリーニ(ヴェネツィア、1549-1604)の「父なる神と聖カンチャーノと聖マッシモ」


059
残念ながら古い作品がありません。


060
Campo San CanzianのRioから大運河方向を見たところです。


061
その反対側の景観


062
Campo San Bartolomeo


063
サン・バルトロメオ広場に立つカルロ・ゴルドーニのモニュメントです。
カルロ・ゴルドーニ(ヴェネツィア、1707-パリ、1793)は、18世紀の代表的な劇作家です。


064
徐々に暖かくなってきましたが、外で食べるには少々寒かった。リアルト橋は直ぐ傍です。


065
リアルト橋に出ました。


066
リアルト橋の橋げたから見た大運河です。


067
リアルト橋の上から見たローマ広場方向の大運河です。


068
リアルト橋から見たサン・バルトロメオ広場方向です。


069
橋上から見たサン・マルコ方面の景観です。


070


071


072


073
橋から降ります。


074


075


076
徒歩でサン・マルコに向かいます。


077
サン・サルヴァドール教会です。


078
1287年に遡るサン・サルヴァドール教会です。


080
扉が閉まっていました。


079
サン・テオドーロ同信会です。


082


081
この道を真直ぐ進めばサン・マルコに出ます。


083


084
Chiesa di San Zulian、サン・ジュリアーノ教会です。


087
832年創建のサン・ジュリアーノ教会です。


086
扉が開いていたので中に入ったら、観光客が大勢いて(私も観光客ですが)拝観どころではないので、直ぐに外に出ました。


088
Campo San Zulian


092
サン・マルコ広場はアクア・アルタでした。


089
アクア・アルタは始まったばかりで、満潮は約2時間後です。


090
サン・マルコ寺院の拝観とドゥカーレ宮殿に入る予定でしたが・・・・・


091
水位が高くなりそうだし、行列も長かったので後日にすることにしました。


094
サン・マルコはアクア・アルタの影響を最も受けやすいと言われてます。


095
(つづく)

005
この日は晴れでした。


006
リアルト方面へと進みました。


007
ネットで調べたところ、この日はアクア・アルタの可能性が低いとされてました。


008
サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会です。


009
扉が開いているように見えましたが、閉まっていました。


010
Campo di San Geremia


011
Canareggio


012
Ponte Guglieから見たカナレッジョです。


013
Ponte Guglieから見た大運河方向です。


014
赤唐辛子でしょうか? 辛そうです。


015
サン・レオナルド教会です。


016
1025年創建のサン・レオナルド教会は、1807年、ナポレオンの修道院教会抑圧令によって活動を停止されてから、一度も教会活動が再開されませんでした。


017
現在はヴェネツィア市の所有建物となってます。


018
Campo San Leonardo


019
サン・レオナルド旧教会の横に大運河に出る小道があります。


020
Rio Terra San Leonardo


021
真直ぐ進めばリアルトに出ます。


022
Rio Terra di Maddalena


023
Teatro Italia


024
Rio di Marcuola


025
サンタ・マリア・マッダレーナ教会です。見たい作品があったので、扉が閉まっていたのが大変残念でした。


270
観たかったのは、ジャン・ドメニコ・ティエポロの「最後の晩餐」です。


026
教会の横に水路があります。


028
Campo Maddalena


027
修道院の建物でしょうか?


029


030


032
サンタ・フォスカ教会です。10世紀頃に創建され、18年前半に再建されました。


031
Campo Santa Foscaに立っているフラ・パオロ・サルピ(ヴェネツィア、1552-1623)のモニュメントです。パオロ・サルピはイエズス会に反対した聖職者です。


033
Campo Santa Foscaからの景観


034
Rio di Fosca


036
サンタ・マリア・ヴァルヴェルデ教会が見えます。


037
カ・ペーザロが見えました。


038
サンタ・フェリーチェ教会です。


041
10世紀創建され、16世紀に再建されたサンタ・フェリーチェ教会です。


040
Rio di Santa Felice


042
Strada Nova


043
サン・ソフィア教会です。


044
ゴンドラ乗り場があります。


045
Strada Novaを進みます。


046
サンティ・アポストリ教会です。


049
9世紀の記録にサンティ・アポストリ教会の存在が記載されているそうです。


050
現在の姿は1575年に再建されたものです。


047
扉が開いていたので、喜び勇んで中に入りましたが、ミサの真っ最中でした。


051
(つづく)

P2700117
アクア・アルタは軽微だったようです。


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それでも仮架橋が設置されたままでした。


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干潮に向かっているので、翌日までアクア・アルタの恐れは全く無さそうです。


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溜息橋の方に向かいました。


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ドゥカーレ宮殿は相変わらずの長蛇の列です。コッレール博物館との共通券になっている筈ですが、コッレール博物館とドゥカーレ宮殿の入場者数が釣り合ってないと思います。宮殿だけに入って、博物館をパスしている人が多い?


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スキアヴォーニ河岸の方もかなり混雑しています。


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溜息橋


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ゴンドラが通過しました。


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サン・ザッカリアに向かいました。


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冷たい風が吹いていたので、かなり寒そうです。


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サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会です。


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ヴァポレットに乗船しました。


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リアルトで沢山の方が下船したので、写真が撮れる席に移動することが出来ました。


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リアルト橋至近にあるホテルです。絶好の場所にあるということで、このホテルに泊まったことがありますが、橋の上などから大勢の視線を浴びて、ゆっくり感を全く感じることが出来ず後悔しました。沢山の人からじろじろ見られるのが大好きな方にはお勧めです。


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リアルト橋を潜りました。


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カ・ドーロ


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サンタ・ルチア駅の方に向かいました。


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カ・ペーザロ


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カジノがあるヴェンドラミン・カレルジ宮です。


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サン・マルクゥオーラ・カジノ


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サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会です。


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この時の旅で泊まったホテルです。


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ツアー客が結構いるので、個人客には?です。私にとってはアクア・アルタ用、冬季向きのホテルです。


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鉄道駅に到着しました。


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(つづく)

引き続きコッレール博物館です。
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15世紀のクレタ=ヴェネツィアの逸名画家作「玉座の聖母子」


P2700012
14世紀のギリシャ=ヴェネトの逸名画家作「聖母子」


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ロレンツォ・ヴェネツィアーノ(ヴェネツィア、1356-1372記録)の「聖ピエトロに天国の鍵を託すキリスト」


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15世紀中頃のヴェネトの逸名画家作「聖母子」


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ヤコベッロ・デル・フィオーレ(ヴェネツィア、1370c-1439)の「聖母子」


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ミケーレ・ジャンボノ(ヴェネツィア、1400-1462)の「聖母子」


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コズメ・トゥーラ(フェッラーラ、1430-1495)の「ピエタ」(1460c)


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バルトロメオ・ヴィヴァリーニ(ムラーノ、1432c-ヴェネツィア、1491)の「玉座の聖母子」(1465-70)


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15世紀のヴェネツィアの逸名彫刻家作「慈悲の聖母」


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ピーテル・ブリューゲル・イル・ジョーヴァネ(ブリュッセル、1564-アントウェルペン、1636)の「マギの礼拝」


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ディルク・ボウツ(オランダ、ハールレム、1415-ベルギー、ルーバン、1475)の「聖母子」


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フ―ゴー・ファン・デル・グース(ベルギー、ヘント、1440-ベルギー、オーデルゲム、1482)の「磔刑」


P2700049
アントネッロ・ダ・メッシーナ(メッシーナ、1430-1479)の「ピエタ」


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ヤコポ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1396-1470)の「磔刑」


P2700054
ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430-1516)と協力者の「聖フォルトゥナート」(1475-80)


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ジョヴァンニ・ベッリーニ工房の「ドージェ・ピエトロ・オルセオーロとドージェ夫人フェリチータ・マリペーロ」


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430-1516)の「聖母子」


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430-1516)の「死せるキリストを支える2天使」


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ジョヴァンニ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1430-1516)の「キリストの変容」


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ジェンティーレ・ベッリーニ(ヴェネツィア、1432c-1507)の「ドージェ・ジョヴァンニ・モチェニーゴの肖像」(1479c)


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アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1446-1502)の「磔刑」


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アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ(ヴェネツィア、1446-1502)の「パドヴァの聖アントニオ」


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ジョヴァンニ・ディ・マルティーノ・ダ・ウーディネ(ウーディネ、1470-1535)の「聖家族と聖シモーネ」


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ピエトロ・ディ・ニッコロ・ドゥイア(ヴェネツィア、1520-1529活動記録)に帰属する「聖家族と2天使と2信者」


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ヤコポ・ダ・ヴァレンツァ(ヴェネト、1485-1509活動記録)の「聖母子」(1488)


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バルトロメオ・モンターニャ(ヴィチェンツァ、1450-1523)の「聖家族」(1520c)


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マルコ・バサーイティ(ヴェネツィア、1470-1530)の「聖家族と信者」


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ヴィットーレ・カルパッチョの「2人の貴婦人」は、ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿に貸し出し中と書かれていました。しかし、この2日後にドゥカーレ宮殿に行ったのですが、注意して見たにも拘らず何処にも発見できませんでした。


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15世紀末のヴェネツィアの逸名画家作「若い男の肖像」


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ジョヴァンニ・ペルメニアーテ(16世紀活動)に帰属する「聖母子と聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖アゴスティーノ」


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アンドレア・メルドッラ通称スキアヴォーネ(クロアチア、1510-ヴェネツィア、1563)の「ピエタ」


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ラッザーロ・バスティアーニ(パドヴァ、1429-ヴェネツィア、1512)の「ドージェ・フランチェスコ・フォスカリの肖像」


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館外に出ました。


P2700115
(つづく)

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引き続きコッレール博物館です。


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本の展示は、開いているページだけ見るようになっているので、その内容全体が中々分かりません。


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ヴェネツィア共和国の高官たちの肖像画が並んでます。


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ドージェの肖像画が並んでます。


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ヴェネツィア共和国の旗?


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アレッ、どうしてこの作品がここにあるの?と思いました。コピー画かな、と思いましたが、どうやら本物のようです。
アカデミア美術館の所蔵作品ですが、コッレール博物館にありました。
ヤコポ・ロブスティ通称ヤコポ・ティントレット(ヴェネツィア、1518-1594)の「聖ジュスティーナと出納官たち」(1580)


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有翼のライオン像


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ローマ時代の彫像が並んでます。


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ローマ時代の石棺(2世紀後半)


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ハドリアヌス帝(76-138)の彫像(138)


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トラヤヌス帝(53-117)の彫像(108)


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ゲルマヌス・ユリウス・カエサル(紀元前15-紀元後19)の彫像(1世紀中頃)


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ティベリウス帝(紀元前42-紀元後37)の彫像(13)


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アウグストゥス帝(紀元前63-紀元後14)の彫像(紀元前10-9)


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ポンぺウス(紀元前106-紀元前48)の彫像(紀元前60)


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髭のある男の彫像(170-175)


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毎回、行く度に展示が少しづつ変わってます。


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天井のフレスコ画


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展示が何時も同じと即断していて、展示作品の写真をあまり撮っていませんでした。


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ウリッセのコピー彫刻(2世紀)
オリジナルは、紀元前3世紀前半に制作されたブロンズ像だそうです。


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ブロンズの作品


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ディオニシスとサティーロ(紀元前2世紀後半)
オリジナルではなく、コピー彫刻です。


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天井の装飾


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アレースとアフロディーテの浮彫(紀元前5世紀後半)


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この部屋の天井は有名です。


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チェーザレ・ヴェッチェリオ(カドーレ、1521-1601)に帰属する「ヴェネツィアの高貴な家の家族の肖像」(1560c)
チェーザレ・ヴェッチェリオは、ティツィアーノ・ヴェッチェリオの従兄弟です。


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ラッザーロ・バスティアーニ(パドヴァ、1429-ヴェネツィア、1512)の「サン・マルコ広場」(1487)


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(つづく)

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次はコッレール博物館です。


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コッレール博物館はヴェネツィア市立ですが、市立博物館としてはミラノのスフォルツェスコ城博物館と双璧の存在でしょう。


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ムラーノ・ガラスによるモザイクで有名なPalazzo Barbarigoです。16世紀に建設されたので、モザイクも同時代のものと即断しそうですが、モザイクは1886年に制作された比較的新しいものです。


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ペギー・ブッゲンハイム美術館に2回入館したことがありますが、私の絵画の好みが外れる時代の作品展示なので、今回はパスしました。(今回だけではなく、近頃毎回パスしてます)


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大運河の幅が広くなってきました。


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Palazzo Dario(右から2番目の建物)


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外壁にフレスコ画がある建物は、1903年から1906年に建設されたPalazzo Salviatiです。


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Saluteを過ぎました。


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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会です。


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1631年から1681年にかけて建設された、ヴェネツィアにしては比較的新しい教会です。


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Punta della Dogana


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サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会とレデントーレ教会が見えます。


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サン・マルコに着きました。


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ドゥカーレ宮殿の見学は後回しです。切符がコッレール博物館と共通なので、ドゥカーレ宮殿の切符売り場で並ぶよりもコッレール博物館で切符を買う方が時間短縮出来るからです。


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どんより曇った視界が悪い日だったの鐘楼に上るのを止めました。


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高さ96.8mの鐘楼


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干潮の時間だったので、アクア・アルタの心配がありません。


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有翼のライオン像


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聖テオドロス像


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サン・マルコ寺院に司教座が置かれるようになったのは、随分後になってからでした。ヴェネツィア共和国政府が教皇庁の介入を阻止するために司教座教会にするのを避けたそうです。


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時計塔


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サン・マルコ寺院、鐘楼、ドゥカーレ宮殿は大混雑ですが、コッレール博物館の混雑は観光シーズンでも然程の混雑が見られません。


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観光客の制限を行っているそうですが、どのようにやっているのでしょうか?


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この日の翌日は快晴で、暖かいというよりも少し暑い日で大いに戸惑いました。


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地面が濡れているのに気付きました。サン・マルコ広場はヴェネツィアで最も低い場所にあります。


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潮位が上がってきたようです。


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小潮の日でしたが、低気圧が接近しているので、アクア・アルタがあるかも知れないと思いました。


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雨が落ちてきました。コッレール博物館で雨宿り兼避アクアアルタです。


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入館しました。


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コッレール博物館については既に取り上げました。


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詳しくは「コッレール博物館」の項をご覧になって頂ければ幸いです。


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しっかり順を追って見て行くと、いつも新鮮な発見があって驚きます。


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多様な展示です。


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部屋のフレスコ装飾もしっかり見ました。


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何回も入館すると余裕が出てくるようで、細かい所まで目が行きます。


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(つづく)

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2018年3月のヴェネツィアの旅です。


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前泊地はヴェローナでした。


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ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅に到着しました。


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小潮の時期を選んでヴェネツィアに来ましたが、3月なので小潮でもアクア・アルタが起きるかも知れません。水位が高いサン・マルコ運河に面したホテルを避けて、比較的アクア・アルタの影響が小さい駅近くのホテルを選びました。


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これがあったので、アクア・アルタが起きるかも知れません。


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今回の旅のお宿です。


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後日、今回のお宿をヴァポレットから撮った写真です。多少高くなりますが、ヴェネツィアに来たからには、当然運河に面した部屋にしました。


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荷物をホテルに預けて、早速外出しました。


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オフシーズンにも拘らず、かなりの賑わいでした。
ヴァポレットに乗船するため、サンタ・ルチア駅の方に向かいました。


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1834年に架けられたスカルツィ橋です。サンタ・ルチア駅が出来たので、容易に対岸に行けるように架けられたそうです。


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ヴァポレットでアカデミアに向かいました。


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雲が低く立ち込めた肌寒い日でした。


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スカルツィ橋を越えました。


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後方の座席に座ったので、通り過ぎた光景の写真ばかりです。


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Societa Italiana degli Autori ed Editori


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Riva de Biasio


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サンティ・ジェレミア・エ・ルチア教会です。


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サンタ・ルチア教会は、サンタ・ルチア駅がある場所にありましたが、駅の建設に伴い、教会が取り壊され、ジェレミア教会に移転して合祀合体されたのです。


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Palazzo Giovanelli


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San Staeを過ぎました。


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Palazzo Morosini Brandolin


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魚市場です。


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ヘンテコな「手のオブジェ」


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Rialto Mercatoを過ぎました。


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リアルト橋に着きました。


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リアルト橋は相変わらずの大人気でした。


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Ca Rezzonico


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アカデミアに着きました。


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アカデミア美術館に入館しました。


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アカデミア美術館に付いては既に2回取り上げました。展示作品については、そちらの方をご参照願います。


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何回訪れても新鮮な感動があります。


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傑作に体が火照りました。アカデミア美術館を後にしました。


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アカデミア橋が修復中でした。
(つづく)

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1869年にオープンしたクエリ―ニ・スタンパリア絵画館は、今も、オープンした当時とほぼ同じの展示だそうです。


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地上階は図書館になってます。


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この辺はカステッロ地区と呼ばれてます。


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Campo San Samueleにあるサンタ・マリア・フォルモーザ教会は、昼過ぎのこの時間は閉まってます。


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ここには興味がないのでパスしました。


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サン・ザッカリアに戻ることにしました。


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Campo San Severo


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サン・マルコ運河に大型客船がいました。


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一旦ホテルに戻ってチェックイン手続を行いました。


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スキアヴォーニ河岸からヴェネツィア観光定番の地に一応行ってみました。


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何処も長蛇の列です。


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鐘楼に上るには絶好の日和だったので、鐘楼待ちの行列が特に長かったように思いました。


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サン・ザッカリアに戻ってヴァポレットに乗船することにしました。


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溜息橋です。


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スキアヴォーニ河岸です。アクア・アルタの用意がされていました。


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河岸にはホテルが並んでます。


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サン・ザッカリアからヴァポレットに乗船してカ・ドーロに向かいました。


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サン・マルコで大部分の人が下船して、写真が撮り易い席に着席できました。


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次はカ・ドーロのジョルジョ・フランケッティ美術館です。


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たった一人でゴンドラに乗ったことがありますが、味気ない。


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リアルト橋を通過しました


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カ・ドーロに到着しました。


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カ・ドーロの入り口です。


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入館します。


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収集家ジョルジョ・フランケッティの趣味を反映した展示が秀逸です。


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ジョルジョ・フランケッティ美術館に付いては、項を改めて詳しく触れます。


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柱廊があるベランダに出ました。


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ロッジャからの景観


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外に出ました。


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この日は小潮で、天気が良いのでアクア・アルタが起きそうもなかったけれど、備えは万全でした。


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通りはかなり混雑してました。


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もう夕方です。


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夕食はカ・ドーロで取るつもりでしたが、夕食にはまだ時間がありました。


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ヴァポレットに乗船して時間潰しをすることにしました。


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(つづく)

ヴェネツィア美術が大好きで、毎年訪れてますが、旅をするには少なからず厄介な街です。何よりも観光客が多過ぎて、例えばサン・マルコ寺院などの長蛇の列に辟易してしまいます。供給に対して明らかに需要が多く、ホテル代や食事代などがリーズナブルではない売り手市場となってます。
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朝早い時間にパドヴァ駅前のホテルをチェックアウトしました。


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流石にこの早い時間ではパドヴァ駅前広場は閑散としていました。


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パドヴァ駅に行ってみると、列車がかなり遅れていました。発車案内の電光掲示板に30分遅れと出ていましたが、30分経っても列車が来ません。例によって5分刻みで遅れ時間が増えて行きました。


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結局1時間遅れでヴェネツィア・サンタ・ルチア駅行き普通列車に漸く乗ることが出来ました。車内は大混雑だろうと思っていたら、大半の乗客はパドヴァ駅で降りてしまい予想外にもガラガラでした。


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ヴェネツィアに入ったら濃霧でした。遅れの理由はパドヴァ駅でも車内でもありませんでしたが、濃霧のせいかも知れないと思いました。


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遅れは更に増えて75分遅れでヴェネツィア・サンタ・ルチア駅に到着しました。


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未だ濃霧でした。


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駅舎の方見たら青空が見えて、霧が収まってきたようです。


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急速に霧が消えて行きました。


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時間が惜しいし、煩わしさを避けて水上タクシーでホテルに向かいました。


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アカデミア美術館を通り過ぎました。


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すっかり晴れ上がってきました。


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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会です。


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ヴェネツィアはいいなあ。


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サン・マルコ運河に出ると少し波立ちます。


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見慣れたドゥカーレ宮殿ですが、相変わらずの長蛇の列です。これでは行く気が失せます。


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この旅のお宿が見えてきました。


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スキアヴォー二河岸でタクシーを降りて、今回のお宿に着きました。


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ヴェネツィアにしては、値段が手ごろで眺望が良い上にサーヴィスもそこそこなので、5月から10月上旬までに限って泊まることにしています。
しかし、サン・マルコ運河に面しているので、アクア・アルタが起きると身動きがままならず泣くことになるので、アクア・アルタのシーズンの冬季には避けてます。10年前は、アクア・アルタは冬の新月、満月の大潮時を避ければ大丈夫でしたが、最近は状況がかなり変わってきてます。


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荷物をホテルのフロントに預けて身軽になりました。早速外出しました。
ホテル横にサン・ザッカリア教会へと向かう通路があります。その通路を通ってサン・ザッカリア教会の方に進みます。


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通りの名称がなく、番地が通し番号になっている所があるので、歩き回るのが結構大変です。


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サン・ザッカリア教会です。


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扉が開いていましたが、ホテルの近くにあるので、何時でも拝観出来ると思い、先を急ぎました。


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Campo San Zaccariaです。
ヴェネツィアではPiazzaではなくCampoです。


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私としては、あまりお勧めしかねるトラットリアです。


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クエリ―ニ・スタンパリア絵画館に向かってます。


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クエリ―ニ・スタンパリア絵画館には何回も行ってますが、行くのに何時も苦労しています。


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この場所は分かってますが、地図を見ても自分がいる場所が中々分からないのです。


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このホテルに泊まったことがありますが、暗くなってからのヴェネツィア到着で、ヴァポレット利用でホテルに行こうとしたので見つけるのにかなり難儀しました。


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水上タクシー利用すれば、迷いやすい場所でも簡単に行けます。でも料金が高いかな。


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地図を見ても自分の現在地が分かりません。


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あの橋を朧気ながら覚えてます。


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橋の先の建物を覚えていたので、自分の居場所が明らかになりました。


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Palazzo Guerini Stampliaです。


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様々な展示がされてますが、こちら側は興味がないので、Campo San Samueleの方に向かいます。


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クエリ―ニ・スタンパリア絵画館の入り口に向かいます。


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写真左はサンタ・マリア・フェルモーザ教会です。


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Palazzo Malipieroです。


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Campo San Samueleに面してクエリ―ニ・スタンパリア絵画館の入り口があります。


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写真手前の橋を渡れば絵画館の入り口です。


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この橋を渡ります。


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橋の下の水路


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クエリ―ニ・スタンパリア絵画館に入館しました。


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ヴェネツィアでは比較的入館者が少ない絵画館です。


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ジョヴァンニ・ベッリーニの作品


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美術ファンは必見の絵画館です。


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クエリ―ニ・スタンパリア絵画館については項を改めて詳しく取り上げます。


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外に出ます。


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(つづく)

045
ダメ元でサン・サルヴァトーレ参事会教会に行ってみることに。


046
予想通りサン・サルヴァトーレ参事会教会は閉まっていました。一体全体、何時開くんだ、と心の中で悪態をつきました。


047
ところが斜め向かいにあるサンタゴスティーノ教会が開いていました。しめた!


049
喜び勇んでサンタゴスティーノ教会の中には入るとミサの真っ最中でした。ミサが終わる頃を見計らって再び来ることにしました。その時にじっくり拝観すればよいと思いながら。


055
Casa del Mutilato


057
次は、どうしても拝観したいサン・ニコロ教会です。


060
若しや開いているのでは、と淡い期待を抱きながら、少し遠回りをしてサンタ・カテリーナ教会に行くと、この日も扉が閉まっていました。


064
サン・ニコロ教会の身廊に出ました。扉が開いているといいなあ・・・・・


065
ラッキー!! 扉が開いてました。


099
1094年に建設された教区教会です。1120年、ベネデット会の所有となり、更に1434年にアゴスティーノ会の所有になりました。


066
18世紀にファサードが改修され、現在の姿になりました。


067
ルネサンス様式の入り口は15世紀に造られました。


068
中に入りました。


075
単廊式、ラテン十字形、18世紀中頃に改修工事が行われた内部です。


076
右側壁にフォリーニョの宝物の一つと言われている多翼祭壇画があります。


077
バーリの聖二コラ礼拝堂にある、ニッコロ・ディ・リベラトーレ通称ラルンノ別称ニッコロ・アルンノ(フォリーニョ、1430c-1502)の「聖母戴冠の多翼祭壇画」(1492)です。


097
礼拝堂を所有していた、フォリーニョの大商人ミケーレ・ディ・ニコロ・ピッキが没した後、ミケーレの未亡人ブリジーダ・デリ・エルモが1479年にニッコロ・アルンノに注文して、1492年に完成した多翼祭壇画です。
1812年、パリに移され、ルーブル美術館で展示されましたが、返還交渉が行われ、1817年にフォリーニョに戻されたのですが、その際、何と裾絵が無くなっていたのです。現在、この多翼祭壇画の裾絵はルーブル美術館で展示されてます。返還するならば、裾絵だけ盗るなんてケチなことはしないで返すべきと思いますが、それをしない所がフランス人の卑しさです。
各場面を見ておきましょう。


119
上部


120
キリストの復活


121
下部


122
ご誕生


126
向かって左側


123
聖セバスティアーノ、バーリの聖二コラ


125
向かって右側


124
大天使聖ミケーレ、聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ


084
主祭壇


085
主祭壇画は、ドメニコ・ルイージ・ヴァレーリ(イエージ、1701-カメリーノ、1760)の「聖母子と聖人たち」


086
カルカントニオ・グレッキ(?、?-シエナ、1648)の「聖母子と聖人たち」


087
バルトロメオ・ディ・トンマーゾ(フォリーニョ、1408-1454)の「天使たちのフレスコ画」


089
逸名画家作「受胎告知」(18世紀)


090
逸名画家作「磔刑」(17世紀)


091
詳細不知


092
マルカントニオ・グレッキ(?、?-シエナ、1648)の「聖ステファノの殉教」(1613)


093
ドメニコ・ルイージ・ヴァレーリ(イエージ、1701-カメリーノ、1760)の「聖母子と聖人たち」(1760)


096
14世紀のフレスコ画


072
詳細不知


073
詳細不知


078
外に出る前にニッコロ・アルンノの傑作をもう一度見ました。


098
外に出ました。


100
観たかった多翼祭壇画をじっくりと鑑賞できて幸せでした。


102
サンタゴスティーノ教会のミサが終わっている時刻になりました。


115
ガックリ!! もう扉が閉まってます。


116
相変わらす閉まったままのサン・サルヴァトーレ参事会教会でした。


104
美術ファンにとって、フォリーニョは見所豊富です。


105
もう少し美術ファンが訪れて良い街です。
(写真は旧サン・アポッリナーレ教会です)


106
(フォリーニョの項、おわり)

246
道路工事完了直後でしょうか?


247
工事前は凸凹で歩くのが大変でしたが、見違えるほど整備されました。


248
次はサン・フランチェスコ教会です。この日のこの時間に扉が開いているというネット情報があったので、わざわざ行くことにしました。


249
アーチの先にサン・フランチェスコ教会があります。


268
ベアータ・アンジェラ聖域とも呼ばれているサン・フランチェスコ教会です。ネット情報通り、扉が開いてました。


270
この地には、1095年に建設されたサン・マッテオ教会がありましたが、13世紀に、サン・マッテオ教会を礼拝堂に組み入れて建設されたサン・フランチェスコ教会です。1796年、新古典様式で再建された三代目(前身のサン・マッテオ教会を含めて)の建物が現在の姿です。


250
中に入りました。


263
単廊式、ラテン十字形、新古典様式の内部です。


252
ベアータ・アンジェラ・ダ・フォリーニョの遺体が安置されてます。


253
ガエターノ・ガンドルフィ(サン・マッテオ・デッラ・デチーマ、1734-ボローニャ、1802)の「ベアータ・アンジェラ・ダ・フォリーニョの幻視」


255
ベアータ・アンジェリーナ・ダ・モンテジョーヴェの遺体


256
ガエターノ・ガンドルフィ(サン・マッテオ・デッラ・デチーマ、1734-ボローニャ、1802)の「ベアータ・アンジェリーナ・ダ・モンテジョーヴェの幻視」


258
詳細不知の「聖フランチェスコと天使」


260
制作者情報不知の「聖痕を受ける聖フランチェスコ」


259
制作者情報不知の「慈悲の聖母」


261
詳細不知


262
ピエル・アントニオ・メッツァストリス(フォリーニョ、1457-1506消息)の「キリストの逮捕」(1499)


265
修道院のキオストロ回廊に入りたかったけれど、扉が閉まっていました。回廊の壁ルネッタにピエル・アントニオ・メッツァストリスのフレスコ画があります。


266
新しい作品ばかりで興味薄になってしまいます。


251
二代目の建物にあった祭壇画などは何処にあるのでしょうか?市立美術館にはあまり無かったような。


271
サン・フランチェスコ教会から外に出ました。


004
Oratorio della Nunziatellaは相変わらず閉まっていました。


278
次はサン・ジャコモ修道院教会です。


019
サン・ジャコモ教会は閉まっていました。


042
こちらは旧サン・ジャコモ修道院の建物です。


040
修道院中庭回廊への入り口が開いていました。


025
キオストロ回廊に入りました。


024
回廊が二階建てになってます。


035
一階の柱廊は1442年から1452年に建設されました。二階部分は17世紀に追加建設されました。


026
一階柱廊の壁ルネッタにフレスコ画が描かれてます。


027
損傷が激しいフレスコ画です。


028
修復が殆ど行われていないように思いました。


029
フレスコ画の制作者は、ジョヴァン・バッティスタ・ミケリーニ通称イル・フォリニャーテ(フォリーニョ、1604-1655)です。イル・フォリニャーテはグイド・レーニの弟子でした。


031
フレスコ画のテーマは、聖フィリッポ・べニツィの生涯の物語です。


033


034


036


037


030
中庭に小屋がありました。


043
外に出ました。
(つづく)

163
サン・ドメニコ広場も大掛かりな工事が行われていました。


165
サン・ドメニコ教会の扉が珍しく開いていたので、柵の隙間からファサード前に進み中に入ろうとしたら、係員が急に現れて制止されてしまいました。中のフレスコ画が観たいだけと言い張りましたが、一般公開していないと言われて、中に入るのを断念しました。


168
サンタ・マリア・インフラポルタス聖堂も立ち入りが禁止されていました。しかし、その措置は一時的だったようで、この日の翌日は、柵が入り口に行けるように配置されており。扉が開いていたので中に入ることが出来ました。


174
旧城壁外に出ます。


175
市域が拡大される前は、この遊歩道が城壁でした。城壁が取り壊され、道路が作られたのです。市域拡大後の新城壁は、写真左側約200mにあります。


176
旧城壁と新城壁の間に公園があります。少し寒かったけれど、公園のベンチに座って一休みしました。


177
遊歩道が良く整備されてます。


178
赤っぽい方が歩道です。


179
イタリアの地方小都市は何処も大体綺麗です。しかし、大都市ともなると、清潔さに欠けてきます。


180
Oratorio del Crocifissoです。


181
17-18世紀に建設されたオラトリオです。


182
祈祷所の名前の通りで、「磔刑」のフレスコ画があります。内部に見るべき作品がないので、扉が閉まっても痛痒感はありません。


185
ジョストラ(馬上槍試合)の本部が置かれている、18世紀に建設されたPalazzo Brunetti- Candiottiです。


187
扉が開いていたので、Palazzo Brunetti- Candiottiの庭に入ってみました。


188
庭園の先にサン・ニコロ教会が見えます。


189
庭から見たパラッツォです。


190
新古典様式の建物は若干退屈です。


191
道路の向かい側にサン・ドメニコ教会があります。


192
大理石彫刻が冴えません。


198
勿論手掘りの彫刻ですが、コピー作品のようです。


193
庭に置かれた大理石彫刻


194
サン・ドメニコ教会です。


195
サン・ドメニコ教会の後陣です。


196
サン・ドメニコ修道院の鐘楼です。


197
工事中なので、少し汚らしい教会周囲でした。


200
私以外に観光客は誰もいませんでした。


201
12世紀に建設されたサン・トンマーゾ・ディ・チピスキ教会です。


202
18世紀に現在の姿に改修されました。


203
既に機能を停止した旧教会です。中にあった貴重なフレスコ画は、1990年頃に剥がされて他の場所に移されたそうですが、私にはその場所が分かりません。
この当時、フォリーニョのボーイスカウト博物館が置かれていましたが、現在は他の場所に移動しているようです。


205
サン・ニッコロ教会にやってきました。


206
中にどうしても見たかった多翼祭壇画があるので、扉が閉まっていたのは痛手でした。


207
旧市街の中心地を歩きます。


208
トリンチ宮の塔が見えてきました。
この後は、前に紹介したこととほぼ同じなので省略します。


213
さて翌日です。朝早くモンテファルコに行き、午後3時頃フォリーニョに戻ってきました。青空市は午前中に終わるのが普通ですが、土曜日だったせいか、未だ営業中でした。


242
サンタ・マリア・インフラポルタス聖堂に入ることが出来るようになっていました。


221
中のフレスコ画をじっくりと見ました。


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226


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232


234


237
非常に良かった!


225


243
外に出ました。


244
サン・ドメニコ教会は何時ものように扉が閉まったままでした。
(つづく)

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