イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 BY:シニョレッリ

2021年01月

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旧サン・ジュゼッペ教会の続きです。


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鐘楼に上ります。


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1774年に完成した高さ64mの鐘楼です。


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エレベーターがないので、自分の足で上ります。


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この旧教会が博物館の扱いになっていることを知らない観光客が殆どのようで、何時も私一人です。鐘楼から見る絶景が楽しみです。


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鳩などの鳥の飛来防止のため、以前よりも金網の目が細かくなって、金網の間にカメラのレンズを入れて写真を撮ることが出来ないようになっていました。


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ドゥオーモ


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旧サン・フランチェスコ修道院


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カヴール通りの塔


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金網の写真ばかりでは詰まらないので、早々に退散しました。


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鐘楼の一部と教会の地下が博物館になってます。


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この時は、入館無料でしたが、今はどうでしょうか?


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前身のサンタントニオ教会だった部分


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ローマ時代の邸宅だった部分


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盗まれたピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の作品写真
盗まれた他の作品写真は残されていません。


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外に出ました。


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空が急に暗くなってきました。


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遠雷が聞こえてきました。


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ところが稲光と共に強烈な雷鳴が・・・・・ ビックリでした。


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雨が降ってきました。


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直ぐに雨が止みました。


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アルバにも寿司屋があります。日本人が握っている寿司屋は殆どなく、大半が中国、韓国などの東洋人が職人の寿司屋です。


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晴れてきたので中心街に戻りました。


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市庁舎


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市庁舎のロッジャ


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市庁舎内にマクリーノ・ダルバの「聖母戴冠」がありますが、見たことがありません。


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市庁舎のロッジャから見たドゥオーモ広場


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晴れて来たのは良いのですが、先ほど道路を濡らした俄雨が強烈な日差しで蒸発して、物凄い湿気でした。


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街角の聖母子


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Palazzo dei Conti Belli内に小さな美術館があります。


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休館でした。


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13世紀から15世紀に建設されたPalazzo Serralungaです。


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Palazzo Serralunga外壁のフレスコ画


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キリがないので、この辺で終わることにします。
(おわり)

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次はサン・ジュゼッペ教会です。


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写真右はサン・ジュゼッペ教会の一部です。


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鐘楼に上れると良いなあ、と思いながら、ファサード側に出ます。


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サン・ジュゼッペ教会の扉が開いていました。


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教会が建っている場所は、ローマ時代の邸宅の遺跡がありました。その遺跡の上に、13世紀第4四世紀に建設されたサンタントニオ教会が前身です。


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旧サンタントニオ教会を活動拠点にしていた巡礼者同信会は、17世紀前半、老朽化していた建物の再建を決めました。


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そうして1643年に創建され、1653年に完成したバロック胸式の建物が現在の姿の原形です。
1656年に献堂式が執り行われ、それを機に奉献する聖人が聖ジュゼッペに変更され、教会の名称も現称になりました。


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1859年と1939年の修復、改造を経て、現在の姿になりました。
巡礼者同信会の活動が1953年に停止され、それと共に教会としての機能も停止されました。1995年に建物の管理がアルバ市に移されるまで、建物は放置され、その間、貴重な絵画や彫刻が盗難に遭ってしまいました。
現在、教会はサン・ジュゼッペ文化センターに管理が委託され、博物館の扱いをされてます。


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1774年に完成した、高さ64mの鐘楼は一般公開され、上ることが出来ます。


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中に入りました。
単廊式、バロック様式の内部です。
多くの作品が盗まれてしまい、美術的に見るべき作品は数点しかありません。盗まれてしまった作品の代わりに、現代芸術家の作品が設置されてます。


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ヴィットーレ・デ・二コラ・ディ・ロカルノとカルロ・ポステルラによって、1720年に制作された天井フレスコ画


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「聖心を崇敬する聖ジュゼッペと聖ロッコ」(1720)


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主祭壇横の説教壇


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絵画とフレスコ画が多くあります。


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磔刑の礼拝堂


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クーポラ


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ミラノの逸名彫刻家作「磔刑像」(1709)
磔刑像の背後の絵画はガエターノ・ぺーシェ(ラ・スペツィア、1939‐)によって描かれました。
この磔刑像は、この教会にあったものではなく、元々の磔刑像は盗まれてしまったので、個人から寄付されたものです。その磔刑像にぺーシェの背景画が付け加えられました。


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制作者不明の「フランチェスコ・ピスト―ネ(ピエモンテ、17世紀活動)作『聖母子と聖人たち』のコピー画」


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出来が良いコピー画です。
オリジナルの作品は盗まれてしまいました。


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ガエターノ・ぺーシェ(ラ・スペツィア、1939‐)の「磔刑」


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サンティ・ジョヴァンニ・バッティスタ・エ・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂(1711‐1716)


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サンティ・ジョヴァンニ・バッティスタ・エ・ルイージ・ゴンザーガ礼拝堂天井の装飾


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シルヴィオ・ロッソ(クーネオ、1940‐)の「赤と金の祭壇画」(2009)
印象強烈な抽象的な祭壇画です。


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シルヴィオ・ロッソによるフレスコ画


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詳細不知


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Cappella Angelo Custode (1667-1691)
祭壇画は、カテリーナ・ベルゲーゼ(フォッサーノ、?‐)の「守護天使」


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カテリーナ・ベルゲーゼのフレスコ画


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Cappella dei Santi Pietro e Paolo


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マウリツィオ・リナウドの「十字架降下」


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エミリオ・プルノットの作品(2002)


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「ご誕生」(1755)
オペルティの作品が4点盗まれたそうです。


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「聖母の結婚」(1775)


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主祭壇


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セコンド・アントニオ・ボットの「聖ジュゼッペ」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「父なる神」(1755)


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ヴィットーレ・デ・二コラ・ディ・ロカルノとカルロ・ポステルラによる後陣フレスコ画(1720)


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後陣の左右の側壁に4点の現代宗教画と思われる作品がありますが、私には制作者等の詳細が分かりません。


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次はアンジェロ・プローリオの「キリストの生涯の物語」です。


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大作です。


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(つづく)

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Piazza Pertinaceに面して建つサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教区教会です。アルバの街にある教会のうち、美術的に最も見所豊富な教会と思います。


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中世初期、ロンゴバルド時代の7,8世紀に建設された教会です。
建物が13世紀前半に再建され、1229年の文書に初めて記載されてから、教会の存在が定期的に言及がなされています。


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1556年、隣接する修道院がアゴスティーノ兄弟修道会の所有となり、1557年に教会の向きが180度変更されました。従来の後陣が入り口に、従来のファサードが後陣になったのです。


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13世紀に建設された二代目の建物が劣化したので、1627年から1630年にかけて三代目となる建物が建設されました。現存している建物は、この三代目が原形となってます。
1801年、ナポレオンの抑圧令によって、教会と修道院は閉鎖され、その建物は倉庫に転用されました。


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1821年、教会の活動が再開されましたが、修道院は再開されることなく、20世紀前半に破壊されました。
教会の方は、1884年から1890年に建築家Cesare Fantazziniの設計によって、現在の外観と教会内部に大改造されました。


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ファサードの「キリストの洗礼」は、内部にある主祭壇画を模して1939年に制作されました。


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ファサードの「授乳の聖母」は、中にあるバルナバ・ダ・モデナの作品を模して制作されたものです。


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同じ広場にあるローマ寺院の遺跡に訪れる観光客がかなりいますが、この教会を拝観する人は殆どいないようです。美術ファンは少ないのです。


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中に入りました。


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単廊式、バロック様式の内部です。


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19世紀後半に行われた改造のため、かなり新しく見えます。


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天井は、Cesare Fantazziniの設計によって、1884年から1890年に張り替えられました。


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Cesare Fantazziniのデザインによる格子天井


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バルナバ・ダ・モデナ(モデナ、1328‐ジェノヴァ、1386)の「授乳の聖母」(1377)
破壊されたアルバのサン・フランチェスコ教会にありましたが、破壊された際、この教会に移設されました。


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二代目の建物にあったフレスコ画の痕跡


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サンタゴスティーノ礼拝堂です。
礼拝堂祭壇画は、ニコロ・フォルミカの「カスチャの聖リータ」(1941)
ニコロ・フォルミカという画家については全く知りません。


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サンタゴスティーノ礼拝堂天井の装飾


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マクリーノ・ダルバ(d' Alba)(アルバ、1460/1465c-1520c)の「幼きキリストを崇拝する聖母と聖ジュゼッペとトレンティーノの聖二コラと聖アゴスティーノと音楽天使」


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アルバにあったアゴスティーノ会のサンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ修道院に併設されていたサン・バルトロメオ教会にありましたが、修道院閉鎖に伴い、この教会に移設された作品です。


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ジョヴァンニ・ステファノ・ダネディ(ドーネダ)通称イル・モンタルト(トレヴィーリオ、1612-ミラノ、1690)の「砂漠の聖ジョヴァンニ・バッティスタ」


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ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577-1631)に帰属する「エマオの晩餐」


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13世紀のロンバルディアの逸名画家作「三聖人」


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・アントニオ・モリネーリ(サヴィリアーノ、1577-1631)の「キリストの洗礼」(1630c)


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後陣に掲げられた、パオロ・ガイダーノ(ポイリーノ、1861-トリノ、1916)の「聖母子とアヴィーラの聖テレーザとアッシジの聖フランチェスコ」(1887)


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ジュゼッペ・キアントーレ(クミアーノ、1747-トリノ、1824)の「聖ヤコブ」(1823)


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グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォ(モンタボーネ、1568-モンカルヴォ、1625)に帰属する「玉座の聖母子と2聖人」(16世紀後半)
従来、マクリーノ・ダルバ派逸名画家の作品とされてきましたが、近年の研究によってイル・モンカルヴォの帰属作品とされるようになりました。


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キリストの聖心の礼拝堂です。


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ヴィルジリオ・アウダーニャ(トリノ、1903-1995)の「キリストの洗礼」


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詳細不知


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詳細不知


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洗礼に使用される聖水井戸


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詳細不知


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教会内部を再見しました。


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ファサード裏にオルガンがあります。


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外に出ます。


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(つづく)

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次はサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。


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民家の壁にある、かなり古そうな天使の彫刻です。


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観光案内所でサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会は毎日開く教会と聞いたので、慌てる必要がありません。


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ここで困ったことが一つ。昼食のアルコールと冷たい水が効いて、要バールでのトイレ休憩。


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右折すればサン・ジュゼッペ教会に出ます。バールを探しましたが、意外にも見つからず。やはりドゥオーモ広場に戻れば何とかなると思いました。


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Casa Parrussaの塔が見えたので、通りの突き当りが中心街です。


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ドゥオーモ広場のバールで一休み。


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市庁舎


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カヴール通りからサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会に向かいました。


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通りから少し右に飛び出ている建物に塔があります。


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これです。


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13世紀の塔です。


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アルバの中心街で現存する塔は6本だそうです。


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中世に描かれた絵画に拠れば、20本以上の塔があったようです。


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14世紀に建設された市場だった建物です。


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この建物にも塔があったようです。


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中世の頃、建物の所有者の権力誇示のため、多くの塔が建設されましたが、勢力が衰えたり、失脚したりすると塔が破壊されたり、塔の高さを低くされたようです。


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Torre Parrussa


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カヴール通りを進み、次の交差点を左折すれば、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会がある広場に出ます。


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Piazza Pertinaceです。


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広場に面して現代的なアパートが建ってます。


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観光客をかなり見かけます。


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サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会です。この後、拝観しましたが、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会については、(その9)で纏めて取り上げます。


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Casa Marro


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特に名前が付いていない建物です。


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Tempio Romanoの遺跡です。


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寺院は、紀元前29年から紀元後14年に建設されたそうです。


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アルバで残されているローマ時代の遺跡はこれだけ?


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次はサン・フランチェスコ修道院です。


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サン・フランチェスコ修道院は街の北にあります。


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サン・フランチェスコ広場です。


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写真左がサン・フランチェスコ修道院だった建物です。


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18世紀末に修道院活動が停止され、その後、一度も活動が再開されることなく現在に至ってます。


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教会の建物は危険と判断されて現存してません。


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サン・フランチェスコ広場はアルバにおける中国人の拠点となってます。その中心が写真右のGRANATOの建物だそうです。


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中国人は順応力が高いので、イタリアは中国人に益々席捲されそうです。


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街の中心に戻ります。


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(つづく)

引き続きアルバのドゥオーモです。
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天使のモザイク(19世紀)


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サン・テオバルド礼拝堂です。


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サン・テオバルド礼拝堂の祭壇(1486‐1516)


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祭壇の彫刻は、アントニオ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、16世紀活動)と協力者による「聖母子と聖テオバルドと聖ロレンツォ」(1525)


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祭壇下の彫刻は、アントニオ・カルロ―ネ(ジェノヴァ、16世紀活動)と協力者による「ピエタと受胎告知」(16世紀第1四半世紀)


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サン・テオバルド礼拝堂天井のフレスコ画は、ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖テオバルドの栄光」(1760)


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天井フレスコ画は、1999年から2000年に復元されたものです。
サン・テオバルド礼拝堂に4点の祭壇画があります。


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖母戴冠」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「三位一体とアルバの街を守護する聖ロレンツォ」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「聖テオバルドの奇跡」(1761)


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ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690‐1772)の「包囲されたアルバの街を救助する聖人たち」(1761)


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次は中央礼拝堂です。


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中央礼拝堂天井


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ベルナルディーノ・フォッサーノ(フォッサ―ティ)・ダ・コドーニョの「祭壇」(1512)


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聖歌隊席もベルナルディーノ・フォッサーノ・ダ・コドーニョの作品です。


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)の「聖ロレンツォの栄光」(1766)


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「聖ロレンツォの物語」(1871)の白黒フレスコ画が4点あります。
4点ともルイージ・ケルビーノ・ハルトマン(キアヴェンナ、1810c‐トリノ、1884)


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「聖ロレンツォの物語」(1871)


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後陣のステンドグラス


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Presbiterioから見た出入口


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Presbiterioから見た左側廊


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Presbiterioから見た右側廊


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Presbiterioに上ることが出来て幸運でした。


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右側廊の礼拝堂を見ます。


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「天使のモザイク」(19世紀)


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後陣右側にあるサンティッシマ・サクラメント礼拝堂です。


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1642年から1656年に改造して出来たバロック様式の礼拝堂です。


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サンティッシマ・サクラメント礼拝堂の天井フレスコ画は、フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「聖エリア」(1748)


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「聖母子を崇拝する聖エリージョ」(1746)


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716‐1753)の「預言者エリセオ」


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フランチェスコ・アントニオ・クニベルティ・ダ・サヴィリアーノ(1716-1753)の「預言者エリアの奇跡」


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説教壇


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次は聖家族の礼拝堂です。


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聖家族の礼拝堂天井


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チェーザレ・ロッシの「三位一体と聖家族」(1875)


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「聖母子」(1826)
アルバのサン・ドメニコ教会から移設された作品です。


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「磔刑」(17世紀)
アルバのサン・ドメニコ教会から移設されたものです。


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マドンナ・デル・サクロクオーレ礼拝堂です。


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マドンナ・デル・サクロクオーレ礼拝堂の天井


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「聖心のマドンナ」(19世紀)


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アゴスティーノ・コットレンゴ(ブラ、1794‐1853)の「聖パレモネ・アバーテ」(1827)


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磔刑礼拝堂です。
「ブロンズの磔刑像」(19世紀)


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磔刑礼拝堂天井


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793/1794)の「聖ジュゼッペの死」


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704-1793/1794)の「聖母子と聖フィリッポ・ネリと聖グラート」


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詳細不知


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詳細不知


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ファサード裏にオルガンがあります。


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ルネサンス期以前の作品がなくてガックリでした。


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外に出ました。
(つづく)

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街の中心リソルジメント広場に面して建つドゥオーモです。アルバ司教区のサン・ロレンツォ司教座教会です。


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紀元1‐2世紀に建設された、ローマ時代の公共建物の遺跡の上に5世紀後半に建設された初期キリスト教会が前身です。6世紀初頭に書かれた初期キリスト教会の洗礼書が発見されているので、それは事実とされてます。
この教会についての公文書の記述としては、969年のオットー1世の文書及び998年のオットー3世の文書に言及されてます。
12世紀に拡大され、その際、ロマネスク様式の建物に改造されました。


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1483年、当時のアルバ司教が建物の危険性に懸念を示し、再建を決めました。拡大されたロマネスク様式の建物の一部を組み込んで、1486年創建、1517年に完成したゴシック様式の建物が現在の姿の原形です。


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1867年から二代目の建物の形状変更工事が行われました。現在のファサードは1878年に完成しました。


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後陣と鐘楼
鐘楼は、13世紀に建築され、1477年に現在の形状に改築されました。


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鐘楼に時計がついてます。


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右側外壁


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左側外壁


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ファサードを見ます。
1878年のネオ・ゴシック様式のファサードなので、見所が乏しいと言えると思います。


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ルイージ・コッキオ(ミラノ、19世紀後半活動)の「聖ロレンツォ」(1878)


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ファサードに四福音書記者の彫像があります。
カルロ・ドゥーシオの「聖ルカ」(1878)
牛は聖ルカのシンボルです。


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カルロ・ドゥーシオの「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」(1878)
鷲は福音書記者聖ヨハネのシンボルです。


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カルロ・ドゥーシオの「聖マルコ」(1878)
ライオンは聖マルコのシンボルです。


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カルロ・ドゥーシオの「聖マッテオ」(1878)
天使は聖マッテオのシンボルです。


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ファサード下にロッジャがあります。


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ファサードの左扉


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左扉上ルネッタの装飾


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中央扉上ルネッタの装飾


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中央扉の柱頭


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中央扉の柱頭


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柱廊出入り口の木製扉


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右扉


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中に入りました。


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三廊式、ラテン十字形の内部です。


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1867年から1874年にネオ・ゴシック様式に大幅に改築されました。


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左側廊


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左側廊から見た内陣


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右側廊


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右側廊から見た内陣


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身廊中央


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洗礼堂です。


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クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)に帰属する「キリストの洗礼」


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洗礼堂天井のフレスコ装飾


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ウーゴ・デッラピアーナ(アルバ、1975‐)の「洗礼盤」(1991)


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ロザリオの聖母の礼拝堂


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エンリコ・レッフォ(トリノ、1831‐1917)の「聖母子とグツマンの聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」(1888)


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セバスティアーノ・タリッコ(ケラスコ、1645‐トリノ、1710)に帰属する「聖母子を描く聖ルカ」


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ジョヴァンニ・ピッリの「嘆きの聖母」(1770)
ジョヴァンニ・ピッリの署名と日付入りの作品です。この画家は全く知りません。


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ロザリオの聖母の礼拝堂天井の装飾


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サン・ボ―ヴォ礼拝堂です。


P1310161
アンブロージョ・オリヴァ(トリノ、16世紀‐17世紀)の「聖アントニオ・アバーテ」(1591)


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アンブロージョ・オリヴァは、グリエルモ・カッチャ通称イル・モンカルヴォの弟子です。


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詳細不知


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グリエルモ・ルセッロの「磔刑と聖ボ―ヴォと聖テオバルドと聖カルロ・ボッロメオと聖ロッコ」(1630)


P1310157
(つづく)

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順路を考えれば、旧サン・ドメニコ教会からドゥオーモに向かうのが自然ですが、正午を過ぎてドゥオーモの扉が閉まるので、昼食を食べることにしました。


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Via Coppaです。


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コッパ通りの突き当りがドゥオーモです。


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ドゥオーモの右側壁に出ました。


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ドゥオーモのファサードが面しているリソルジメント広場です。


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別名ドゥオーモ広場と呼ばれてます。暑い日の日差しが苦手な私ですが、イタリア人を含むヨーロッパ人は総じて日差しが大好きです。


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ドゥオーモの扉が未だ開いてましたが、12時半に閉まるので拝観は夕方にすることにしました。


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広場に面して観光案内所があります。


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この当時、観光案内所は、午前9時から午後5時まで、途中昼休み無しで開いていました。中に入って地図を買い求めました。(無料の地図は説明不足なので、有料地図にしました)


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市庁舎です。リソルジメント広場が街の中心です。


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写真右の塔のある建物は、Casa Sineoです。建物の歴史は古く、12世紀後半に遡るとされてます。


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市庁舎の先に(写真右)塔が見えますが、塔は今は現存しないサンタ・マリア・ディ・カサノヴァ修道院の鐘楼です。鐘楼を組み込んで建物が建設されました。


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塔がある建物はCasa Parrussaです。よく見ると、もう一本塔があります。


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ドゥオーモ近くの店で昼食を食べることにしました。


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写真手前の店を選びました。


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白トリュフはシーズンではないので、勧められた料理をそのまま選びました。


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近年、昼食でワインを1本空けることは滅多になくなりました。夕食ならばワイン1本が普通ですが、昼食では身体に堪えます。


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昼食を食べながら、時々見ていたドゥオーモの鐘楼です。


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屋外が暑かったので、冷房が効いている店内で食べれば良かった、と後悔。


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腹ごなしのブラブラ歩きに出発。


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昼過ぎのこの時間は、教会の殆どが閉まっているので、特にやることがありません。


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ドゥオーモの周囲を足の赴くままに歩きました。


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先ほど昼食を楽しんだ一角に再び来てしまいました。


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趣を変えて裏通りに入りました。


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開いている店は食堂くらいで、殆どの店は昼休み中。


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サン・ジュゼッペ教会に行ってみることに。その昔、鐘楼が解放されていたことがありました。


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Via Manzoni


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写真左奥の建物がサン・ジュゼッペ教会です。


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サン・ジュゼッペ教会です。


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ファサードの方に回ります。


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高い鐘楼が目立ちます。
13世紀第4四半世紀に遡るサンタントニオ教会が前身です。


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高さ64mあるそうです。


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少し大回りしないとファサードの方に出られません。


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サン・ジュゼッペ教会です。ファサード前の小さな広場にレストランが出ています。


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ローマ時代の邸宅の遺跡の上に建設された教会です。


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17世紀前半、旧サンタントニオ教会を活動拠点にしていた巡礼者同信会 Confraternita dei Pellegirinoが建物の再建を決めました。


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そうして、1643年に創建され、1653年に完成したバロック様式の二代目の建物です。1656年に献堂式が執り行われましたが、それを機に教会名称が現称に改称されました。


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観光案内所で確認したところ、夕方遅くに開くかも知れないとの事だったので、夕方に再訪することにしました。鐘楼にも上れるようです。


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ドゥオーモの鐘楼が見えました。


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Via Alerino Como


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(つづく)

その3に引き続きサン・ドメニコ教会です。
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後陣左の礼拝堂です。


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礼拝堂の壁全面がフレスコ画で覆われていました。


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後陣左の礼拝堂の左側壁に描かれた「聖セバスティアーノの殉教」(15世紀第4四半世紀)


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ルネッタ上のフレスコ画断片(1310‐20c)


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「受胎告知」(14世紀末‐15世紀初頭)


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1310年から1320年頃に制作されたフレスコ画


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「聖人たち」(15世紀第4四半世紀)


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「アレッサンドリアの聖カテリーナの物語」(15世紀初頭)


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この日の翌日、演奏会が行われる予定でした。そのために座席が既に用意されていました。


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中央礼拝堂前から見た左側廊方向


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中央礼拝堂前から見た右側廊方向


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後陣右の礼拝堂です。
木彫りの「聖ドメニコ」(2000)


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「慈悲の聖母」(14‐15世紀)


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「祈る修道士」(14‐15世紀)


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詳細不知


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15世紀のフレスコ画


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1996年から1997年に修復された柱の白黒模様


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14‐15世紀のフレスコ


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右側壁のタベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊のタベルナコロ(17‐18世紀)
タベルナコロの祭壇画が取り外されています。


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ファサード裏に三翼祭壇画があります。


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詳細不知


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タベルナコロ(17‐18世紀)


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右側廊


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左側廊


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ステファノ・キアントーネの「キリストと聖ドメニコと天使」(1827)


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教会の模型


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「聖フィロメナ」(19世紀)


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柱に描かれたフレスコ画(1340c)


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レオナルド・ビストルフィの「嘆き」(1915c)


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最近修復された天井フレスコ


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レオナルド・ルビーノ(1871‐1954)に帰属する「磔刑像」(20世紀前半)


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14世紀のフレスコ画が修復の際、発見されました。


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出入口


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外に出ます。


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サン・ドメニコ教会はこれで終わりです。
(つづく)

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サン・ドメニコ教会のファサードに出ます。


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サン・ドメニコ教会です。
ロマネスク様式からゴシック様式に移行する過渡期の初期ゴシック様式の教会です。


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この場所はローマ時代の住宅の遺跡がありました。


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13世紀後半、ドメニコ会修道士に土地が与えられ、教会と修道院の建設が認可され、1292年に教会の建設工事が開始されました。


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その後、修道院が併設されました。
しかし、教会と修道院の建物は、資金不足のため、不完全な状態のままでした。
1440年、第207代教皇エウジェニオ4世(ヴェネツィア、1383‐ローマ、1447 教皇在位:1431‐1447)が資金調達の途を開き、直ぐに建設工事が再開され、教会と修道院の建物は1474年に完成しました。


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17世紀後半から18世紀初頭にかけて、修復と改造工事が行われましたが、内部の側廊の礼拝堂がバロック様式に大規模に改造されました。
1801年、ナポレオンの抑圧令によって教会修道院は閉鎖されてしまいました。
教会と修道院の建物は放置されました。修道院だった建物は、19世紀後半から20世紀初めにかけて破壊され現存しません。
教会の建物は、1930年頃から修復工事が開始されました。1975年から本格的な工事が行われるようになり、危険な箇所が撤去され、補強工事が行われるなど、閉鎖時とはかなり異なる部分があるようです。
1985年には、音楽学校の演奏会場にするために、音響増幅システムや照明設備などが導入されました。
現在、建物はアルバ市が所有しており、引き続き音楽学校の演奏会場として使用されている他、文化イベント会場になってます。


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右側壁


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古いフレスコ画などが内部にあります。


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後陣


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ファサードを見ます。


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1996年から1998年にファサードの修復が行われましたが、新しく見える箇所はその際、オリジナルに似せて新造されたのです。


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入口扉上ルネッタ上のフレスコ画「聖母子と聖ドメニコとシエナの聖カテリーナ」(16世紀)


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フレスコ画の下の浮彫は創建時のものです。


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1991年に復元されたArco Trilobo


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1991年に復元された柱


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15世紀の浮彫


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柱頭


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近年、催事が行われない日でも中に入ることが出来ようになりました。


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中に入りました。


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三廊式、ゴシック様式構造の内部です。


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左右の側廊にある礼拝堂は17‐18世紀に改造されました。


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内部はフレスコ画の宝庫です。


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天井の本格的な修復は未着手です。


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ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1390‐カザーレ・モンフェッラート、1464)の指示によって1441年から1442年に描かれたフレスコ画


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アレッサンドリアの聖カテリーナ、聖アポッロニア、聖アグネス、アンティオキアの聖マルゲリータ(1441‐42)


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この部分のフレスコ画もベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1390‐カザーレ・モンフェッラート、1464)の指示によって1441年から1442年に制作されました。


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演奏会場、催事場などに使用されているので、中央礼拝堂に祭壇がありません。


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18世紀に施された後陣の装飾


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ジョヴァンニ・ペロシーノ・ロンゴの「十字架降下」(1517)


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18世紀に施された後陣装飾


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20世紀後半に復元されたステンドグラス


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赤い部分に演奏会場用の装置が付けられるようです。


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シノピエ


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ジョヴァンニ・トゥルコットの「聖ドメニコと聖フランチェスコの邂逅」(1470c)


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15世紀末のフレスコ画


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15世紀に描かれたフレスコ画


P1300984
「ピエタ」(15世紀末)
(つづく)

P1300869
道を挟んで、サンタ・マリア・マッダレーナ教会の斜め前にサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ教区教会があります。


P1300918
1163年の文書に、この教会の存在が初めて記録されました。


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最初の建物は、1573年に大修復、改造されました。


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現在の建物は、建築家カルロ・フランチェスコ・ランゴーネ(1721‐1788)の設計、工事監督によって1760年から1762年に建設されました。


P1300870
鐘楼は1780年から1786年に建設されました。


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中に入りました。


P1300875
単身廊です。


P1300874
右側壁


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フェデーレ・フィナティ(ジェルミニャーガ、1856‐アルバ、1942)によって、1921年に復元された装飾です。


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スタッコもフェデーレ・フィナティの作品です。


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主祭壇


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主祭壇画は、クラウディオ・フランチェスコ・ボーモント(トリノ、1694‐1766)の「受胎告知を崇める聖コズマと聖ダミアーノ」(1761)です。


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「聖母子」のイコン


P1300886
聖具室の入り口


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ピエトロ・パオロ・オペルティ(ブラ、1704‐1793)の「父なる神と聖家族と聖アンナと聖ジョアッキーノ」


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エミリオ・プルノットの「十字架降下」(1961)
エミリオ・プルノットについては全く知りません。


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詳細不知


P1300909
詳細不知


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フェデーレ・フィナティ?のフレスコ画


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主祭壇前から見た出入口方向


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外に出た。


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16世紀に再建されたPalazzo Mermetです。


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Via Luigi Paruzza


P1300923
Via Vincenzo Gioberti


P1300924
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを市庁舎方向に進みます。


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通りの先に鐘楼が見えます。
写真右に市立考古学博物館などの入り口があります。


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市立考古学博物館などの入り口です。


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リソルジメント広場です。見えている鐘楼は、サンタ・マリア・マッダレーナ教会のものです。


P1300930
広場を取り囲む建物は、旧サンタ・マリア・マッダレーナ修道院です。広場は修道院のキオストロです。


P1300931
この時間は休館でした。


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考古学博物館はあまり興味がないし、絵画の展示がないので、休館でも問題無しでした。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに戻りました。


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サンタ・マリア・マッダレーナ修道院だった建物でしょう。


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Via Pietrino Belliにお勧めのレストランがあります。


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次の交差点を右折します。


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Via Mandelliに入りました。


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写真右は、サンタ・マリア・マッダレーナ修道院だった建物でしょう。
通りの突き当りはサン・ドメニコ教会です。


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サン・ドメニコ教会の後陣です。


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P1300942
(つづく)

アルバは、人口31,503人(2019年1月31日現在)のピエモンテ州クーネオ県にあるコムーネで、白トリュフとワインで有名です。
P1300814
前泊地はクーネオでした。


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クーネオ始発トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ行きの普通列車は空いてました。


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途中のCavallermaggioreで乗り換えます。


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接続が5分しかなく、トリノ発アルバ行きの列車は定刻運転で、私が乗っていたトリノ行き列車が12分遅れていたので、イタリアのことだから接続は無理と覚悟していました。ところがアルバ行き列車が接続待ちをしてくれて、無事にアルバ行き列車に乗車することが出来ました。イタリアでは列車の接続待ちは稀で、何度か苦い経験をしました。


P1310676
何故かアルバ駅に定刻に到着しました。


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アルバ駅の駅舎です。


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先ず、この日のお宿に向かいました。


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Corso Fratelli Bandieraを進み、ホテルがあるローマ通りに行きます。


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鉄道駅から徒歩約5分で、この日のお宿に到着しました。レストランを併設しているホテルです。
このところ、専ら24時間フロント対応のホテルに泊まってます。B&Bなどアパート等では、鍵の受け渡し、鍵が開かない、電気が通電しない、エレベーターに閉じ込められた、トイレが流れない、シャワーのお湯が出ない等々の様々なトラブルに遭って、懲りました。


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チェックインを済ませてから外出しました。


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ローマ通りです。


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直ぐにサヴォーナ広場に着きました。


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昼前でしたが、既にワインを飲んでいる人がいました。


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7月1日は暑い日でした。アルバの夏は猛暑で有名です。


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サヴォーナ広場に立つ、アルトゥーロ・スタリアーノ(ナポリ、1867‐トリノ、1936)の「ジュゼッペ・コヴォーネ将軍のモニュメント」(1929)
ジュゼッペ・コヴォーネ将軍(アスティ、1825‐アルバ、1872)は、サヴォイア家の司令官でイタリア統一戦争で活躍しました。


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サヴォーナ広場からヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りに入ります。


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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りです。塔が目立ちます。


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ヨーロッパ系の観光客が多かった。


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Torre di Palazzo Mermet
16世紀に再建された建物の塔です。建物の土台はローマ時代の建造物のようです。


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マッダレーナ教会が見えてます。


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夏休み中なので、子供連れが多かった。


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サンタ・マリア・マッダレーナ教会です。


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1252年の記録に、この場所に存在した礼拝堂が記載されてます。
ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイア(フォッサーノ、1382/1390-カザーレ・モンフェッラート、1464)が1442年から修道院の建設を行い、1448年の完成を待って、建物をドメニコ会女子修道会に寄進して、サンタ・マリア・マッダレーナ修道院となりました。


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現在の建物は、カルロ・ジャチント・デッラ・ローヴェレ伯爵によって再建計画が推進され、起用された建築家ベルナルド・ヴィット―ネ(トリノ、1704-1770)によって、1731年創建、1749年に完成した後期バロック様式のものです。


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ファサードは、資金不足のため未完成のまま現在に至ってます。


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鐘楼は旧修道院の方にあります。


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中に入りました。


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楕円形、バロック様式の内部です。


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主祭壇を挟んで、左右に大きな聖職者席と礼拝堂があります。


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右側壁


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天井のフレスコ画は、ミケーレ・アントニオ・ミロッコ(トリノ、1690-1772)の「ベアータ・マルゲリータ・ディ・サヴォイアの賞揚」(1747-50)です。


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主祭壇


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主祭壇画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ビスカッラ(ニッツァ、1790-トリノ、1851)の「聖マリア・マッダレーナ」(1825)


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聖職者席です。
ピエモンテの彫刻家による磔刑像(16世紀)があります。


P1300853
聖職者席の天井フレスコ画は、ジャコモ・ラーパによって1734年に描かれました。
ジャコモ・ラーパという画家については全く知りません。


P1300854
詳細不知


P1300857
詳細不知


P1300860
詳細不知


P1300851
主祭壇前から見た出入口です。


P1300868
外に出ました。
(つづく)

P1010349
次はサンタ・マリア・デイ・セルヴィ聖堂です。


P1010351
道を挟んでセルヴィ・ディ・マリア広場の向かいにある、1638年に建設されたPalazzo Davia Bargelliniです。Museo Davia Bargelliniがあります。


P1010360
セルヴィ・ディ・マリア広場に入りました。


P1010352
サルヴィ・ディ・マリア広場に面してサンタ・マリア・デイ・セルヴィ聖堂が建ってます。
政治家で裕福な銀行家でボローニャのシニョーレであるタッデオ・ぺポリ(ボローニャ、1285/1290-1347)の莫大な寄付によって、1345年に創建された後、建築家アントニオ・ディ・ヴィチェンツァ(ボローニャ、1350-1401/1402)が起用され、工事が進みましたが、1383年に工事が中断してしまいました。
1386年、建築家アンドレア・ダ・ファエンツァ(ファエンツァ、1319-ボローニャ、1396)が新たに起用され、工事が再開されました。14世紀末にゴシック様式の建物が一応の完成を見ました。


P1010358
ぺポリ家を始めとしてボローニャの裕福な名家の寄付が続き、何度か改造、改装されました。


1035
1453年に建設された鐘楼です。


P1010354
聖堂を囲んだ柱廊が特徴です。
ポルティコは、1392年から建設が始まり、1492年、1515年から1521年にかけて、17世紀に拡大整備されました。


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聖堂のポルティコは後陣まで続いてます。


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聖堂の左側壁側のポルティコ・ルネッタにフレスコ画があります。


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15世紀のエミリアの画家によって描かれたフレスコ画は非常に保存状態が悪いのですが、これが最も良い方です。


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保存状態が良いフレスコ画の一部が剥離されて、保全されてます。


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1628年、ポルティコ全体の復元、修復工事が行われました。現在のポルティコは、その工事後のものです。


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旧修道院部分は警察の建物に転用されてます。


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拝観します。


1036
三廊式、ゴシック様式の内部です。


1037
美術的な見所が豊富です。


1038
ジョヴァンニ・バッティスタ・ボロニョーニ・セニオーレ(ボローニャ、1611-1668)の「磔刑像」


1039
リッポ・ディ・ダルマシオ(ボローニャ、1355c-1410)の「聖母子と聖人たちのポリッティコ」


1040


1041
チマブーエ(フィレンツェ、1240c-ピサ、1302)の「マエスタ」


1042


1043
リッポ・ディ・ダルマシオ(ボローニャ、1355c-1410)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」


1044
リッポ・ディ・ダルマシオ(ボローニャ、1355c-1410)の「聖母子と聖コズマと聖ダミアーノ」


1045
ジョヴァンニ・ダ・モデナ(モデナ、1379?-1455?)の「聖母子」


1046
ヴィンチェンツォ・オノフリ(ボローニャ、1493-1524消息)の「聖エウスタキオの祭壇」(1503)


1047
聖母子と聖ロレンツォと聖エウスタキオ


P1010366
非常に面白かったサンタ・マリア・デイ・セルヴィ聖堂でした。


P1010364
広場の八百屋を覗きました。


P1010367
Torresotto di Via San Vitaleです。
12世紀後半に築かれたボローニャ第2の城壁に設けられた塔です。


P1010377
市立劇場です。


P1010374
ルネッタのフレスコ画を見なくては!


P1010376
べンティヴォーリオ家の厩舎だった建物です。


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ジョヴァン・フランチェスコ・スピーニ(ボローニャ、17世紀後半活動)の「ピエタ」(1698)


P1010378
どうしても同じ場所に来てしまいます。


P1010389
サン・ジャコモ・マッジョーレ広場です。


P1010323


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とうとう雨が降ってきました。


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暫し雨宿り


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P1010341
キリがないので、この辺にしましょう。


P1010421
(おわり)

P1010303
ガルヴァーニ広場です。


P1010304
次はサン・ドメニコ聖堂です。


P1010305
サン・ドメニコ広場です。数点の見所がある広場です。広場に建っている建物がサン・ドメニコ聖堂と修道院です。


P1010306
1228年創建、1240年完成のロマネスク様式の教会です。ファサードは1240年に建設されました。


P1010307
1728年から1732年にかけて大掛かりな改修改造工事が行われました。外観、聖堂内部の多くはこの工事後の姿となってます。


1011
1884年、第256代教皇レオーネ13世(1810‐1903 在位:1878‐1903)によってBasilica Minoreに格付けされました。


1034
ファサードの入り口扉上ルネッタのモザイクは、ルチア・カサリーニ・トレッリ(ボローニャ、1677‐1762)の「聖ドメニコ」(オリジナルはフレスコ画)のコピーです。


P1010311
聖堂の左は修道院の建物です。


P1010312
修道院のキオストロに出ます。


1012
修道院のキオストロ回廊です。


1013
修道院は現在も活動をしています。修道院回廊の床に墓があったと思われますが、墓が見当たらず綺麗な床になってます。


1014
回廊から見たクーポラ


1015
回廊から見た鐘楼


1016
回廊の壁にあるフレスコ画


1017
回廊に置かれた法学者マッテオ・ガンドーニの墓(1330)
サン・ドメニコ広場に戻ります。


P1010310
中世の法学者ロランディーノ・デ・パッサジェリ(ボローニャ、1215c‐1300)の墓(1291)
この墓の右後方にも墓があります。


P1010314
医者のエジディオ・フォスケラーリの墓(1291)


P1010309
広場に立つ聖ドメニコ像(1627)


P1010315
広場に立つロザリオの聖母像(1632)


P1010313
ペストの流行が収まったことを聖母に感謝するために造られたもので、グイド・レーニのデザインと言われてます。


P1010308
聖堂内に入りました。


1018
ぺポリ礼拝堂です。


1019
ぺポリ礼拝堂の祭壇画は、デニス・カルヴァート(アントウェルペン、1540‐ボローニャ、1619)の「受胎告知」


1020
ぺポリ礼拝堂のフレスコ画は、プロスペロ・フォンターナ(ボローニャ、1512‐1597)によって1551年に制作されました。


1021
ジュンタ・ピサーノ(ピサ、1190/1200c-1260c)の「彩色磔刑像」


1022
これは有名な祭壇画です。


1023
フィリッピーノ・リッピ(プラート、1457-フィレンツェ、1504)の「アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚」(1501)


1024
Cappella del Rosario


1025
ロザリオの聖母の祭壇


1026
ロザリオ礼拝堂にある、グイド・レーニ(ボローニャ、1575-1642)の墓


1027
Cappella dell' Arca


1028
Cappella dell' Arcaのクーポラ


1029
Cappella dell' Arcaのフレスコ画は、グイド・レーニ(ボローニャ、1575-1642)の「聖ドメニコの栄光」(1613-16)


1030
主祭壇と後陣


1031
主祭壇画は、バルトロメオ・チェージ(ボローニャ、1556-1629)の「マギの礼拝」


1032
グエルチーノ(チェント、1591-ボローニャ、1666)の「聖トンマーゾ」(1662)


1033
制作者情報不知のフレスコ画「アクイーノの聖トンマーゾと聖ベネデット」
外に出ました。


P1010317
歴史的建造物です。


P1010318
16世紀に建設されたCasa Beroです。


P1010319
ロココ調の天井フレスコ画が見物です。


P1010316
(つづく)

P1010280
Piazza del Nuttunoです。曇ってますが、午後から晴れました。


P1010276
ジャンボローニャの「ネプチューンの噴水」は健在でした。


P1010278
Palazzo dei Banchiです。


P1010270
リッツォ―リ通りとインディペンデンツァ通りの交差点付近は何時も人通りが多い。


P1010269
Biblioteca SalaborsaとなっているPalazzo d' Accursioです。
建物の名称の由来は、法学者のAccorso da Bagnolo detto Accursio(インプルネータ、1184‐ボローニャ、1263)がこの場所の一角に自己の邸宅を建設したからです。市庁舎を建設するために、13世紀末にAccursio家からボローニャ市が購入し、邸宅を組み込みながら、増築拡大して現在の規模になりました。


P1010271
Piazza del Nuttunoを挟んで、Palazzo d' Accursioの向かいにあるPalazzo di Re Enzo エンツォ宮です。


P1010272
政治家でグエルファ党の指導者のフィリッポ・ウゴーニ(ブレーシャ、?‐ボローニャ、13世紀没)がポデスタ宮の延長として、1244年から1246年に建設したゴシック様式の建物です。


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マッジョーレ広場に面した方がポデスタ宮となります。


P1010274
エンリコ王宮の名称の由来は、建設者であるフィリッポ・ウゴーニとは無関係です。
シュヴァーベンのフェデリーコ2世(イエージ、1194‐フィオレンティーノ・ディ・プーリア、1250)の息子でサルデーニャ王のシュヴァーベンのエンツォ(クレモナ、1220‐ボローニャ、1272)に由来します。
1249年、シュヴァーベンのエンツォは、モデナ近くのフォッサルタでボローニャと戦った「フォッサルタの戦い」で戦い、敗れて捕らわれの身となりました。
エンツォは、戦後暫くしてからボローニャに移送され、1249年から、1272年に死ぬまでの23年間、この建物の一角に囚人として過ごしたのです。そのため、この建物は何時しかエンツォ宮と呼ばれるようになったのです。


P1010275
エンツォ王は、ボローニャのサン・ドメニコ聖堂に葬られました。


P1010287
1200年頃に建設されたPalazzo del Podestaです。


P1010288
元来、ロマネスク様式の建物でしたが、15世紀末にルネサンス様式に改修されました。現在の姿は、その改修後のものです。


P1010290
現在、Palazzo del Podestaは、展示会やイベント会場として利用されてます。


P1010291
これらの写真の大半は2012年の撮影です。


P1010277
サン・ペトロニオ聖堂のファサードが工事中でした。


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拝観しました。


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旧ボローニャ大学に行きます。


P1010293
旧ボローニャ大学は(その9)で書きました。


P1010294


P1010297
小学生の校外学習と一緒でした。この頃から、ニーハオと挨拶されるようになりました。


P1010295


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図書館になってます。


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図書館が多い方の街でしょう。


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サン・ペトロニオ聖堂の後陣です。


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次はサン・ニコロ・デリ・アルバーリ教会です。


P1010263
サン・ニコロ・デリ・アルバーリ教会にやってきました。


P1010256
1583年の文書に初めて記載された教会です。現在の建物は17世紀後半に再建された二代目となるものです。


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教会の右横が民有の建物になってます。


P1010255
ファサードの「バーリの聖二コラの浮彫」


P1010257
単廊式の内部です。


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詳細不知の「磔刑」


P1010259
ジュゼッペ・マリア・クレスピ(ボローニャ、1665‐1747)の「聖アントニオの誘惑」(1690c)


P1010260
詳細不知


P1010261
出来があまり良くないグイド・レーニ作「聖ミケーレ」の複製画でしょう。


P1010262
詳細不知


P1010265
Torre Azzoguidiです。


P1010267
アッツォグイディ家邸宅の塔として、12世紀後半に建設されました。ボローニャに20残る塔のうち、2番目に高い塔で、高さが61mあります。


729
写真右がボローニャの現存する塔の中で最も高い塔です。


727
地震が多いイタリアですが、意外にも塔が残っているのは何故でしょうか?


731
(つづく)

P1010227
この時は、飛行機でボローニャに入りました。空港から中央駅まで、バスで約25分ほどなので便利です。


P1010228
この建物が何なのか、未だに分かりませんが、ボローニャに来れば必ず写真を撮ってます。


P1010229
Via dell' Indipendenzaのポルティコです。ポルティコの写真だけでは、何処なのか分かりません。


P1010230
Via dell' Indipendenzaに面して立つ、アルナルド・ゾッキ(フィレンツェ、1862‐ローマ、1940)の「ジュゼッペ・ガリバルディのモニュメント」(1900)


P1010231
左折してVia del Falegnamiに入りました。


P1010232
サン・マルティーノ・マッジョーレ聖堂を目指しました。


P1010233
サン・マルティーノ・マッジョーレ聖堂です。
1227年に創建されたゴシック様式の建物ですが、15世紀から16世紀に修復改造されました。


P1010234
1293年、カルメル会修道士に引き渡され、同会の所有の教会となりました。


P1010236
現在のファサードは、1879年に再建されたものなので、他の部分とやや調和を欠いて新しく見えます。


P1010253
鐘楼は18世紀に再建されたものです。
1941年、教皇ピオ12世によってBasilica Minoreに格付けされました。


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中央扉上ルネッタのモザイクは19世紀のものです。


P1010254
サイドポータルの浮彫が有名です。


1000
フランチェスコ・マンツィーニの「聖マルティーノ」(1531)


P1010237
聖堂内に入りました。三廊式、ラテン十字形、ゴシック様式の内部です。


P1010238
この礼拝堂は必見です。


1001
フランチェスコ・フランチャ(ボローニャ、1447‐1517)の「聖母子と聖人たち」
祭壇前飾りの「嘆き」はアミーコ・アスペルティーニの作品です。


1005
アミーコ・アスペルティーニ(ボローニャ、1474c‐1552)の「嘆き(十字架降下)」


P1010239
16世紀後半のトスカーナとエミリアで活動した逸名画家作「聖母子と聖アンナと巡礼者」(1590c)


P1010240
ルドヴィーコ・カッラッチ(ボローニャ、1555‐1619)の「聖ジローラモ」(1591)


1002
ロドヴィーコ・カッラッチとも呼ばれているようです。


P1010241
ロレンツォ・コスタ(フェッラーラ、1460‐マントヴァ、1535)の「聖母被昇天」(1506)


1003
この聖堂は傑作が揃ってます。


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主祭壇


P1010242
主祭壇画は、ジローラモ・シチオランテ・ダ・セルモネータ(セルモネータ、1521‐ローマ、1580)の「聖母子と聖人たち」(1548)


1004
主祭壇画


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シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330c‐1399)の「ウミルタの聖母」


1007


P1010245
オルガン


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アルフォンゾ・トッレッジャンニの礼拝堂(1753)


P1010247
アミーコ・アスペルティーニ(ボローニャ、1474c‐1552)の「聖母子と聖人たち」(1510‐15)


1008


P1010248
詳細不知の「聖アンナと聖ジョアッキーノの邂逅」


P1010249
リッポ・ディ・ダルマシオ(ボローニャ、1352c‐1410c)の「聖母子」


P1010250
ドメニコ・リッツィ通称イル・ブルファフォルチの「天使たち」(16世紀)


1009
ドメニコ・リッツィについては殆ど知りません。


P1010252
急に明かりが消されてしまいました。


P1010251
ジローラモ・ダ・カルピ(フェッラーラ、1501‐1556)の「マギの礼拝」


1010
グエルチーノの作品が見つかりません。
外に出ることにしました。


P1010279
市庁舎です。


P1010281
市の美術コレクションとモランディ美術館に入館します。


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馬車で上れるようになっていた階段です。


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市の美術コレクションは紹介済みです。


P1010284
モランディ美術館の紹介は省略させて頂きます。


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P1010285
(つづく)

P2210890
次に目指したのは市立劇場です。


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この日の夜に上演されるオペラをネットで予約したので、切符を受け取りに。ネットで予約すると、pdfの切符が送信されてくる場合もありますが、イタリアでは旧態依然の所が結構あります。


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サン・シジスモンド教会です。一度も拝観したことがありません。


P2210894
ザンボーニ通りに戻りました。


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ジュゼッペ・ヴェルディ広場


P2210898
市立劇場です。


P2210900
この日の演目は吉田裕史氏指揮の「フィガロの結婚」でした。吉田さんは、イタリアで非常に活躍している指揮者で、ボローニャ歌劇場オーケストラの芸術監督を務めています。


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サンタ・チェチリア祈祷所を拝観しました。


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写真右は、16世紀中頃に建設されたPalazzo Malvezzi Campeggiで、ボローニャ大学の学舎として使用されてます。


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サン・ジャコモ・マッジョーレ聖堂です。


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旧修道院の建物です。キオストロには入らず。


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拝観しました。


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ルネッタ上のフレスコ画が更に劣化して、何が描かれているのか、全く分かりません。


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Piazetta Achille Ardigoです。ユダヤ人のゲットーがあった場所です。サン・ドナート教区教会はこの日も閉まってました。


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斜塔に来た訳ではありませんが、街の中心にある上に目立つので、写真を撮ってしまいました。


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サンティ・バルトロメオ・エ・ガエターノ聖堂


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斜塔の修復工事は殆どが終わっていましたが、一部継続されていました。


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ガブリエーレ・ブルネッリ(ボローニャ、1615‐1682)の「聖ペトロニオ像」(1682)


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塔に上るつもりがなかったので、上れるようになったのかは未確認です。


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リッツォ―リ通りの道路工事は完了して綺麗になっていました。


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次はマッジョーレ広場です。


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Via Orefici


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夏恒例の野外映画の準備は未だでした。


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市庁舎の時計が故障のようです。


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もう夕方ですが、午後2時10分ころを表示していました。


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サン・ペトロニオ聖堂の修復工事が完全に終わっていました。


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この時は拝観せず。


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市庁舎の修復工事も完了してました。


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ポデスタ館の工事も終わっていました。


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工事が終了して、落ち着きを取り戻したマッジョーレ広場でした。


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Palazzo dei Banchi


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Palazzo dei Notai


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時計が動いていません。


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鐘楼が見えるようになりました。


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あっりゃ! これは何ですか。


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修復工事はネプチューンの噴水に移りました。


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大掛かりな工事です。


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近くをうろつきます。


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イタリア人に人気のオブジェですが、私の趣味から外れます。


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ホテルに戻ります。


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国立絵画館に行けば、ボローニャの旅はほぼ終わったようなものです。


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立派な図書館です。


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エンツォ宮


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Via dell' Indipendenza


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ドゥオーモの修復工事も終わりました。


P2210960
(つづく)

P1800508
夕方になって再び晴れてきました。


P1800510
ドゥオーモは修復中でした。


P1800511
Via dell' Indipendenzaは、歩行者天国状態になっていました。


P1800513
Via dell' Indipendenzaに面して立つ、アルナルド・ゾッキ(フィレンツェ、1862‐ローマ、1940)の「ジュゼッペ・ガルバルディのモニュメント」(1900)


P1800514
この日はこれで終わりです。


P2200807
前の写真のほぼ1年後の6月1日です。


P2200808
Via dell' Indipendenzaは修復が終わって、綺麗に整っていました。


P2200809
何時ものように先ず国立絵画館に向かいました。


P2200810
ボローニャに来た最大の目的である国立絵画館にやってきました。


P2200811
入館するたびに、展示されている作品が微妙に変わってます。


P2200820
入館しました。
ボローニャ国立絵画館については既に取り上げました。ご興味のある方は、ご参照願います。


P2200870
シモーネ・デイ・クローチフィッシの作品


P2200927
ジョヴァンニ・ダ・ボローニャの作品


P2200970
ジョットの作品


P2200974
ロレンツォ・モナコの作品


P2210067
ミケーレ・ディ・マッテオ・ダ・ボローニャの作品


P2210180
質の高い作品が多く、見応えがあります。


P2210188
チーマ・ダ・コネリアーノの作品


P2210211
アントニオ・ヴィヴァリーニの作品


P2210271
ロレンツォ・コスタの作品


P2210290
フランチェスコ・フランチャの作品


P2210348
ペルジーノの作品


P2210350
ラッファエッロの作品


P2210405
パルミジャニーノの作品


P2210448
ヤコポ・ティントレットの作品


P2210474
グイド・レーニの作品


P2210487
グイド・レーニの作品


P2210509
ルドヴィーコ・カッラッチの作品


P2210524
アンニーバレ・カッラッチの作品


P2210579
ジョルジョ・ヴァザーリの作品


P2210642
ドメニキーノの作品


P2210700
グエルチーノの作品


P2210703
グエルチーノの作品


P2210875
何時もの作品を何時もと同じく見ても新たな感動がありました。


P2210878
全作品を観ることなく、時間切れで外に出されました。この日の翌日も入館しました。


P2210879
サンタ・マリア・マッダレーナ教会です。まだ一度も拝観したことがありません。


P2210880
国立絵画館前のヴィットリオ・プントーニ広場です。


P2210882
ザンボーニ通りの先のサン・ドナート門まで行ってみることに。特に目的はなしでした。


P2210884
ボローニャ大学の図書館?と思いますが・・・・・


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ボローニャ第3の城壁に設けられた、13世紀に築かれたサン・ドナート門です。


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門の付近は詰まらないので、ザンボーニ通りを絵画館方向に戻りました。


P2210889
(つづく)

P1800152
次は、ザンベッカリ画廊 La Quadreria Zambeccariです。


P1800154
バイク専用駐車場です。日本よりもバイクを利用する人が多いと思います。特にナポリ、フィレンツェ、ローマなどに愛好家が目立ちます。


P1800155
Monnalisaという店が多いのですが、その営業範囲は多岐に渡ってます。


P1800180
リッツォ―リ通りは、道路工事中でした。


P1800181
車の通行は完全に遮断されていましたが、通行人の便を全く考えていない所がイタリアです。歩道を真直ぐに歩くことが出来ず、道路を数回横切るようになっていました。


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エンツォ宮を通り過ぎます。


P1800183
エンツォ宮を過ぎると、通りと歩道は一部工事が完了していて歩き易くなっていました。


P1800184
Palazzo Ronzani


P1800185
リッツォ―リ通りから見ると「斜塔」が斜塔に見えません。


P1800187
道路の右側は完全に工事終了のようでした。


P1800188
見る位置によって随分印象が異なる斜塔です。


P1800190
広場の横から見るとかなり傾いていることが分かります。


P1800191
Palazzo della Mercanzia


P1800192
これから入館することになるザンベッカリ画廊は入館無料ですが、一時期、ボローニャ市立の美術館、博物館などが無料になっていました。何時しか有料化に戻ったようです。


P1800193
サンティ・バルトロメオ・エ・ガエターノ聖堂のロッジャでしょう。


P1800194
ザンベッカリ画廊はカスティリオーネ通りにあります。


P1800195
17世紀に建設されたPalazzo Pepoli Campograndeです。この建物内にザンベッカリ画廊 La Quadreria Zambeccariがあります。


P1800196
マルケ出身の上院議員で貴族のジャコモ・ザンベッカリ(1723‐1785)が収集した絵画、彫刻などを展示する画廊で、1788年にオープンしました。


P1800491
1884年、Palazzo Pepoli Campograndeと展示されていた作品は、ボローニャ国立絵画館の所有となりました。現在、ザンベッカリ画廊 La Quadreria Zambeccariは、ボローニャ国立絵画館の別館となってます。


P1800497
前述のように入館無料です。


P1800347
入館しました。係員を見かけることは滅多になく、私以外の入館者の姿を見たことがありません。冬季、雷雨で一時停電したことがありましたが、心細いというよりも不気味さを感じました。


P1800206
パラッツォ内のフレスコ画が見所です。
ザンベッカリ画廊 La Quadreria Zambeccariについては既に取り上げました。ご興味のある方はそちらをご参照願います。


P1800208
ソフォニスバ・アングィッソーラの作品
この画廊の存在をご存知の方は少ないように思います。


P1800212
チェーザレ・ジェンナーリの作品
中小都市のMuseo Civicoよりも質の高い作品が並んでます。


P1800236
カルロ・チニャ―リの作品


P1800267
ボローニャ派画家たちの作品が充実してます。


P1800280
ジュゼッペ・マリア・クレスピの作品


P1800286
リオネッロ・スパーダの作品


P1800312
ドメニキーノの作品


P1800320
エリザベッタ・シラーニの作品


P1800363
ドメニキーノの作品


P1800381
バルトロメオ・パッサロッティの作品


P1800384
デニス・カルヴァートの作品


P1800393
ジャコモ・フランチャの作品


P1800399
カルロ・ボノーニの作品


P1800407
ルドヴィーコ・カッラッチの作品


P1800498
外に出ました。


P1800482
道を挟んでPalazzo Pepoli Campograndeの向かいにある建物です。


P1800492
Palazzo Pepoli Vecchioです。


P1800494
1344年に、ぺポリ家の邸宅として建設されたPalazzo Pepoli Vecchioには、1910年までぺポリ家が住んでいました。


P1800493
現在、Palazzo Pepoli Vecchioはボローニャ歴史博物館になってますが、この時間は閉まっていました。


P1800499
カスティリオーネ通りを斜塔の方に向かって戻ります。


P1800501
ザンベッカリ画廊でかなりの時間を過ごしたので、日が傾いていました。


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夕食にはまだ早すぎます。


P1800504
(つづく)

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ガルヴァーニ広場です。


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サン・ペトロニオ聖堂の後陣がガルヴァーニ広場に面してます。


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広場の名称の由来は、広場の真ん中にある電気化学者で、ボローニャ大学の卒業生で同大学の教授を務めたルイージ・ガルヴァーニ(ボロ-ニャ、1737‐1798)像があるからです。
広場に面して旧ボローニャ大学が建ってます。(Piazza Galvani 1)


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Palazzo dell' Archiginnasioのアーチを潜って中庭に出ます。


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Palazzo dell' Archiginnasio(旧ボローニャ大学)の中庭に入りました。


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11世紀に創立された、ヨーロッパ最古の大学であるボローニャ大学は、16世紀中頃まで街の様々な建物に分散していました。それらを一つの建物に統合する計画が持ち上がり、第224代教皇ピオ4世(ミラノ、1499‐ローマ、1565 教皇在位:1560‐1565)は大学統合計画を認可して、教皇使節聖カルロ・ボッロメオ枢機卿(アロナ、1538‐ミラノ、1584)をボローニャに派遣したのです。当時、教皇庁は中央集権化を目指しており、従来から教皇庁と一線を画したいボローニャ市当局に圧力をかけたかったようです。
建築家アントニオ・モランディ通称イル・テッリビッラ(ボローニャ、1508‐1568)に建築が委嘱され、1562年から1563年に建設されたPalazzo dell' Archiginnasioです。


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1803年、ボローニャ大学はPalazzo Poggiに移転して、この建物は大学棟としての役割を終了したのです。


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Palazzo Poggiです。


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大学が移転した後、小学校として使用されましたが、1838年から市立図書館が置かれるようになり、現在に至ってます。


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夏季の間、Palazzo dell' Archiginnasioの中庭でコンサートなどが行われてます。


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ロッジャを見て回ります。


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紋章、彫刻、フレスコ画などがロッジャにあります。


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詳細不知の紋章


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Iscrizione in onore di Carlo Borromeo


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これらの詳細がサッパリ分かりません。


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外に出ました。サン・ペトロニオ聖堂の左側壁です。


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外壁が修復工事中でした。


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サン・ペトロニオ聖堂は、先ほど拝観しました。


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お腹が空きました。


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エンツォ宮のアーチの先にジャンボローニャのFontana del Nettunoが見えてます。


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観光客らしく、観光客向けの普通のお味のトラットリアで昼食を食べました。


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マッジョーレ広場近くにお気に入りの店がありますが、ワインを飲まねばならないので、避けました。そこではビールだけという訳には行きません。


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Via Oreficiの各店はかなりの賑わいでした。


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(つづく)

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気温急上昇の中、強烈な日差しを避けて歩けるポルティコは有り難い限りでした。


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マッジョーレ広場はもう直ぐです。


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Biblioteca Salaborsa前の道路が工事中でした。


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Piazza Nettuno


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朝から人出が多かった。


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ボローニャに今いるのだ、と実感させる景観です。


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マッジョーレ広場は、夏恒例の野外映画会場になっていました。


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ジャンボローニャ(フランス、1529‐フィレンツェ、1608)とトンマーゾ・ラウレティ通称イル・シチリアーノ(パレルモ、1530c‐ローマ、1602c)の「Fontana del Nettuno」(1563‐66)


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フォンターナと図書館


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何時ものようにサン・ペトロニオ聖堂を拝観しました。


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この夜の上映は、カサブランカでした。


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上映開始21:45、無料ですが見ませんでした。DVDを持っているのでわざわざ見る必要を感じません。


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上映予定


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イサベッラ・ロッセリーニがこの夜の紹介者でした。


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ポデスタ宮は相変わらず修復工事中でした。


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サン・ペトロニオ聖堂横に建つPalazzo dei Notaiです。


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Palazzo dei Notaiと市庁舎


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Palazzo Comuneに2つの美術館があります。


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2年ほど続いた修復工事が終わったようです。


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市庁舎内にある「ボローニャ市の美術コレクション」に入館します。


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Palazzo Comunaleの中庭です。


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「ボローニャ市の美術コレクション」に入館しました。


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ヤコポ・ディ・パオロの作品
「市の美術コレクション」については、既に取り上げました。


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ヴィターレ・ダ・ボローニャの作品


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ティントレットの作品


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ルカ・シニョレッリの作品


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フランチェスコ・フランチャの作品


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ルドヴィーコ・カッラッチの作品


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アントニオ・カノーヴァの作品


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「ボローニャ市の美術コレクション」から見た景観


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外に出ました。


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人出が前よりも増えていました。


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写真左は、1384年から1422年に建設されたPalazzo dei Notaiです。


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修復中の建物は、1200年頃建設されたPalazzo del Podestaです。


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次は、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ・デイ・チェレスティーニ教会です。


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小さいながらも美術的に見所が多い教会として知られてます。


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残念! サン・ジョヴァンニ・バッティスタ・デイ・チェレスティーニ教会は閉まっていました。


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1368年の創建です。現在の建物は1535年から1554年にかけて建設された二代目のものです。


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教会に隣接して、1560年から1561年に建設された修道院があります。既に宗教活動は停止しています。


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1257年に建設された、高さ30mのTorre de' Galluzziです。建設当初はもっと高かったそうです。


1
塔に隣接してサン・ジョヴァンニ・バッティスタ・デイ・フィオレンティーナ祈祷所があります。


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祈祷所横にあるフレスコ画


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(つづく)

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ソッツォ―リ通りです。写真左にマッジョーレ広場があります。


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ボローニャの街の中心マッジョーレ広場です。写真右端のエンツァ王宮は工事中でした。


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マッジョーレ広場の夏の風物詩である野外映画 Il Cinema Ritrovatoが開催していました。


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入場無料です。この夜は、上映開始間近に激しい雷雨があったので、どうなったのか分かりません。夕食を早めに切り上げてマッジョーレ広場に行く予定でしたが、雷雨を嫌って辞めました。


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次はサン・ペトロニオ聖堂です。


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1388年、Il Consiglio del Seicento del Comune di Bolognaは、街の守護聖人聖ペトロニオ司教(?、4世紀末生まれ‐ボローニャ、450)に奉献する市立教会建設を決めました。


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そうして1390年に創建され、1663年にゴシック様式の建物が完成しました。
市立教会なので、教皇庁の管理とは一線を画しており、司教座が置かれることなく現在に至ってます。


11
ファサードの中央扉上ルネッタの彫刻は、ヤコポ・デッラ・クゥエルチャ(シエナ、1374c‐1438)の「聖母子と聖ペトロニオと聖アンブロージョ」(1425‐34)です。


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ファサードは未完成です。
拝観しましたが、この時は、中は写真不可で、私の写真が一枚もありません。現在は僅かな金額(€2)の写真券を買えば写真可となっているようです。
聖堂内に入ってから、僅か10分程で閉鎖の鐘が鳴らされたので、慌てて外に出ました。


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市庁舎も修復工事中でした。


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この時は、未だ野外映画を見るつもりでした。


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夕食を早めに切り上げてマッジョーレ広場に戻った方が良さそうです。しかし、それでもなお夕食の時間には少し早いと思いました。


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一旦ホテルに戻って出直す方が無難と思いました。


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ジャンボローニャ(フランス、1529‐フィレンツェ、1608)の「ネプチューンの噴水」
噴水自体は別の人の作品です。


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ボローニャのドゥオーモ、サン・ピエトロ大司教座教会です。


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駅方面に向かうVia dell' Indipendenzaです。


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Via dell' Indipendenzaに面した建物の装飾


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ホテルに戻りました。


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前夜のボローニャ到着予定でしたが、飛行機が遅れて早朝のボローニャ到着でした。


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前日夜にチェックインの予定でしたが、早朝の到着となると伝えてあったので、難なく部屋に入ることが出来ました。


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2時間ほど寝ただけで、目が覚めてしまいました。勿体ないので、朝の散歩に出発しました。


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ガッリエラ門


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ボローニャの市域拡大によって三番目の城壁が築かれましたが、その城壁の門です。


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門の橋下に中世の石弾が置かれています。


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門を潜りました。


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駅の北側にはあまり行ったことがありません。


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Scala della Montagnola


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美術的に見栄えがしないと思います。


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1331年から1332年に枢機卿によって建設されたCastello di Gallieraの遺跡です。反教皇庁のボローニャ市民によって1511年に破壊された城です。


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朝食のため、一旦ホテルに戻りました。朝食後、外に出たら晴れていました。


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Via dei Mille?


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朝の散歩のときは涼しかったのですが、急に気温が上昇。


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8月8日広場


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マッジョーレ広場に向かってます。


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何時も同じ通りを歩くのは気が利かないので、違った道を選択しました。


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ボローニャで迷うことはありませんが、わざわざいつもと違った道を歩いて迷子になったことが何度もあります。地図を持っていても迷うので困ります。イタリアでは通り表示が必ずありますが、自分のいる場所の通り名が分かっても、その通りを地図上で探すのが大変だからです。


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何時も場所に来ました。この建物名が分かりません。旧教会に思うのですが・・・・・


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Via Galliera


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Via dell' Indipendenzaに出ます。


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Via dell' Indipendenzaの柱廊を進みます。


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(つづく)

引き続きサン・ジョヴァンニ・イン・モンテ教会です。
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八角形の柱に描かれている聖人は、ジャコモ・フランチャ(ボローニャ、1484‐1557)とジュリオ・フランチャ(ボローニャ、1487‐1540)の兄弟の作品です。
二人はフランチェスコ・ライボリーニ通称フランチェスコ・フランチャの息子です。


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カミッロ・プロカッチーニ(ボローニャ、1551‐ミラノ、1629)の「聖母子と2聖人」


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ベネデット・ジェンナーリ・イル・ジョーヴァネ(チェント、1633‐ボローニャ、1715)の「聖アニアーノ」
ベネデット・ジェンナーリはグエルチーノ工房にいた画家です。


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詳細不知


6
リッポ・ディ・ダルマシオ(ボローニャ、1355c‐1410)の「安らぎの聖母」(15世紀)


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詳細不知


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詳細不知


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オルガン


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ジャコモ・フランチャとジュリオ・フランチャ兄弟のフレスコ画


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詳細不知


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この礼拝堂の祭壇画は必見です。


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ロレンツォ・コスタ(フェッラーラ、1460‐マントヴァ、1535)の「玉座の聖母子と聖人たち」(1497)


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ジャコモ・フランチャ(ボローニャ、1484‐1557)とジュリオ・フランチャ(ボローニャ、1487‐1540)の聖人のフレスコ画


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ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ファッロッピ通称ジョヴァンニ・ダ・モデナ(モデナ、1379?‐1455?)の「サルーテの聖母」(15世紀)


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聖人たちの彫像がありますが、私には制作者が分かりません。


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イラリオ・マッキオ(ボローニャ、17世紀活動)の「聖カルロ・ボッロメオ」(1628)


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ルカ・ロンギ(ラヴェンナ、1507‐1580)の「磔刑と聖マリア・マッダレーナ」(16世紀)


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フランチェスコ・ゲッシ(ボローニャ、1588‐1649)の「キリストと聖ジャコモと聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


7
バルトロメオ・チェージ(ボローニャ、1712‐1781)に帰属する「磔刑と聖ピエトロと聖マッテオ」


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次の礼拝堂です。


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カルロ・アントニオ・クレスピ(ボローニャ、1712‐1781)に帰属する「聖家族」(1753)


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詳細不知


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エルコーレ・デ・マリア(サン・ジョヴァンニ・イン・ペルシチェット、?‐1640c)の「受胎告知」
エルコーレ・デ・マリアはグイド・レーニの弟子でした。


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次の礼拝堂です。


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詳細不知


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ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルトゥシオ(ボローニャ、1577‐1644)の「聖母子と2聖人」


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詳細不知


8
次の礼拝堂です。


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ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「磔刑像を崇める聖フランチェスコ」(1645)


9
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「聖ジローラモ」(1645)


10
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ通称グエルチーノ(チェント、1591‐ボローニャ、1666)の「聖マリア・マッダレーナ」(1645)


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ヴィンチェンツォ・スピサネッリ(オルタ・サン・ジュリオ、1595‐ボローニャ、1662)の「聖母子と聖人たち」


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詳細不知


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詳細不知


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出入口


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外に出ました。


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すっかり夕方の佇まいになっていました。


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マッジョーレ広場に向かいます。


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もう夕食を食べている人がいました。


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(つづく)

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16世紀に建設されたCasa Montignaniです。


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1760年台、薬物商フェルディナンド・モンティニャーニがこの建物を購入して、現在の姿に改装しました。


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Palazzo Zagnoniです。Palazzo Spadaとも呼ばれてます。


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1414年に建設された建物に不具合があったようで、1540年に再建されました。1706年、ジュゼッペ・マリア・ザニョーニが購入し、その後、現在の姿に改造したそうです。


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Torresotto di Strada Castiglione


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この塔は、12世紀後半に築かれたボローニャ2番目の城壁の一部です。
カスティリオーネ通りからサン・ジョヴァンニ・イン・モンテ教会に向かいました。


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通りに見えますが、何故かサン・ジョヴァンニ・イン・モンテ広場と呼ばれてます。


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サント・ステファノ聖堂から徒歩2,3分の、広場の先にサン・ジョヴァンニ・イン・モンテ教会があります。聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタに奉献する教会です。美術作品が多い教会として知られ、美術ファンにとっては必訪でしょう。


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伝統的に、433年、聖ペトロニオ司教(?、4世紀末生まれ‐450c没)によって建設された教会と言われてますが、伝説の域を脱していないとされてます。


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ほぼ確実とされているのは、5世紀にこの場所にあったモンテ・オリヴェート教会が前身という説です。


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最初にこの教会の存在が記載されたのは、1045年のボローニャの文書でした。


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1118年以前に、教会はCanonici regolari della Lateranenseの所有となり、1200年から1300年の間に修復、更に増築拡大されました。1286年にロマネスク様式に改造されました。


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最初の建物が経時劣化したので、1450年頃、後期ゴシック様式で再建されました。ルネサンス様式のファサードは1474年に建設されました。
写真右端は、修道院だった建物です。


1
旧修道院のキオストロと回廊です。
1543年から1549年にかけて修道院が建設されました。1797年、ナポレオンの抑圧令によって修道院は閉鎖され、その後、修道院活動が再開されることなく現在に至ってます。


2
ナポレオンの失脚後、修道院だった建物は裁判所、刑務所として使用され、やがて刑務所だけの使用となり、1984年まで刑務所でした。
刑務所の閉鎖後、建物は大改修されて1996年からボローニャ大学の一部になってます。


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ファサードの前に戻りました。


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ファサード入口扉上の彫刻は、ニッコロ・デッラルカ(dell' Arca)(?、1435c‐ボローニャ、1494)の「聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタのシンボル」です。


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中に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、ゴシック様式の内部です。


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八角形の柱が目立ちます。


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交差ヴォールト


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内陣に彫刻があります。


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ジョヴァンニ・アンジェロ・デル・マイーノ(ミラノ、1475c‐パヴィア、1536?)とティブルツィオ・デル・マイーノ(パヴィア、1496‐1531記録 1536没)の「十字架とキリスト」
ティブルツィオ・デル・マイーノは、ジョヴァンニ・アンジェロ・デル・マイーノの弟子でした。


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左側廊


3
Presbiterio


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彩色磔刑像と主祭壇画は必見です。


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プセウド・ヤコピーノ・ディ・フランチェスコ(ボローニャ、1360‐1383記録)の「彩色磔刑像」(14世紀中頃)


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ロレンツォ・コスタ(フェッラーラ、1460‐マントヴァ、1535)の「聖母戴冠と聖人たち」(1501)


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祭壇前飾りとして描かれたクリスト・ダ・ぺサリーニの「最後の晩餐」(1979)


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詳細不知


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詳細不知


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リッポ・ディ・ダルマシオ(ボローニャ、1355c‐1410)の「聖母子」(15世紀初頭)


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サンタ・チェチリア礼拝堂です。


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これは本物の複製画です。ナポレオン以前には本物がありました。


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クレメンテ・アルベーリ(ボローニャ、1803‐1864)の「ラッファエッロ作『聖チェチリアの光悦』のコピー画」(1560‐61)


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ラッファエッロ作品の写真です。
ボローニャ国立絵画館で展示されてます。


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1796年、イタリアに侵攻したナポレオン率いるフランス軍によって、サン・ジョヴァンニ・イン・モンテ教会から取り外され、フランスに持ち去られて1815年までルーブル美術館で展示されていました。


P1260775
右側廊


P1260776
詳細不知


P1260706
柱の所々にフレスコ画があります。
ジャコモ・フランチャ(ボローニャ、1484‐1557)とジュリオ・フランチャ(ボローニャ、1487‐1540)によって描かれた聖人です。
二人はフランチェスコ・フランチャの息子で、ジャコモが長男、ジュリオが次男です。


4
ジローラモ・ダ・トレヴィーゾ(トレヴィーゾ、1498‐ブローニュ、1544)の「我に触れるな」


P1260715
ピエトロ・ファチーニ(ボローニャ、1562‐1602)の「聖ロレンツォの殉教」(1590)
(つづく)

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ミケーレ・ディ・マッテオ・ダ・ボローニャ(ボローニャ、1407から記録‐1467没)の「聖ペトロニオと聖ステファノの生涯」(15世紀)


46
以前は、三位一体教会にありました。


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ボローニャの逸名画家作「聖アントニオ・アバーテ」(14世紀末)


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フェッラーラの逸名画家作「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(15世紀後半)


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インノチェンツォ・ダ・イーモラ(イーモラ、1494‐ボローニャ、1548)の「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀前半)


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ボローニャの逸名画家作「聖母子」(14世紀)


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ヤコポ・ディ・パオロ(ボローニャ、1345c‐1430c)の「聖母子と聖人たちとピエタと受胎告知の多翼祭壇画」(14世紀末)


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多翼祭壇画です。


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誰の作品でしょうか?


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ヴィターレ・ダ・ボローニャ派逸名画家に帰属する「聖フロニアーノ」(14世紀)


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ミケーレ・コルテッリーニ(フェッラーラ、1480‐1542)の「聖ピエトロ」(16世紀前半)


P1260605
ミケーレ・コルテッリーニ(フェッラーラ、1480‐1542)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(16世紀前半)


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ミケーレ・コルテッリーニ(フェッラーラ、1480‐1542)の「ピエタ」


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P1260608
フェッラーラ派逸名画家作「園の祈り」(16世紀)


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詳細不明(説明シートなし)の「聖母子」


P1260612
リッポ・ディ・ダルマシオ(ボローニャ、1360‐1410)の「ピエタ」


P1260614
シエナ派逸名画家作「アレッサンドリアの聖カテリーナ」、「聖ジャコモ」(14世紀中頃)


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Museo Diocesanoの定番展示物


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逸名画家作「聖セバスティアーノ」(18世紀)


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詳細不明(説明シートなし)


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詳細不明(説明シートなし)


P1260623
詳細不明(説明シートなし)


P1260624
逸名画家作「聖ジローラモと聖アントニオ」(17世紀)


P1260626
エミリア派逸名画家作「嘆き」(15世紀)


P1260629
逸名画家作「十字架降下」(16世紀)


P1260631
ボローニャの逸名画家作「聖アントニオ」(17世紀)


P1260633
カッラッチ派逸名画家作「この人を見よ」(17世紀)


P1260635
逸名画家作「荊刑のキリスト」(17世紀)


P1260640
次は礼拝堂です。


P1260637
美術館に組み入れられた礼拝堂です。


P1260638
詳細不明


P1260642
マルカントニオ・フランチェスキーニ(ボローニャ、1648‐1729)の「聖家族と聖ベネデット」(18世紀初頭)


P1260645


P1260648
ボローニャの逸名画家作「ご訪問」(18世紀)


P1260650
ベルリンギエーロ・ベルリンギエーリ通称ベルリンギエーロ・ダ・ルッカ(ヴォルテッラ、1175c‐ルッカ?、1235/1236)の「嬰児虐殺」(13世紀)
この美術館の代表作品です。


P1260653
詳細不明(説明シートなし)


P1260657
詳細不明(説明シートなし)


P1260658
礼拝堂天井のフレスコ画(詳細不明)


P1260654
聖具類


P1260655


P1260656
小さな庭園があります。


P1260660


P1260661


P1260662


P1260663
美術館から外に出ます。


P1260664
キオストロ回廊に出ました。


P1260665
サント・ステファノ聖堂はこれで終わりです。


P1260666
ピラトの中庭を経由して外に出ます。


P1260667


P1260669


P1260676
サント・ステファノ広場に出ました。


P1260677
ボローニャの歴史を辿るには、サン・ペトロニオ聖堂よりもここに来た方が良いでしょう。


P1260678
(この項 おわり)

P1260508
キオストロ回廊にフレスコ画があります。


P1260509
「聖母子と2聖人」(詳細不知)


P1260530
2聖人は、聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ピエトロ?


47
こちらのフレスコ画はかなり古そうです。


48
詳細不明


P1260513
階上の壁の装飾を見ました。


P1260514


P1260529


P1260516
階上階の柱頭を見て行きます。


P1260517
劣化したので、一部複製された柱頭があるようです。


P1260519


P1260520


P1260521


P1260523


P1260524


52


53


54


P1260525


P1260526


49
キオストロから見た鐘楼


P1260527
ニャーゴがキオストロ回廊にいました。


P1260528
次は美術館です。


P1260504
こちらは出口のようです。


P1260531
こちらが美術館の入り口です。


P1260533
キリスト(中央)と聖ヴィターレ(左)と聖アグリコラ
1940年にオリジナルの浮彫は取り外され、美術館に収容されました。


P1260683
サンティ・ヴィターレ・エ・アグリコラ聖堂の入り口扉上に浮彫がありました。現在はレプリカが置かれてます。


50
レプリカの浮彫(1940)


P1260537
詳細不知


P1260538
ミケーレ・ディ・マッテオ・ダ・ボローニャ(ボローニャ、1407から活動記録-1467没)の「聖母子」(15世紀前半)


P1260540


P1260543
シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330c-1399)の「聖母子」(14世紀中頃)


P1260546
シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330c-1399)の「トロサの聖ルドヴィーコ」(14世紀)


P1260548
シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330c-1399)の「磔刑と聖人たち」(14世紀)


P1260550
シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330c-1399)の「聖パオロと聖ジョヴァンニ・バッティスタと聖ピエトロ」(14世紀)


P1260551
シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330c-1399)の「聖ベネデットと聖プロチドと聖シスト」(14世紀)


P1260554
シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330c-1399)の「聖ジャコモと聖アンドレアと聖バルトロメオ」(14世紀後半)


P1260557
詳細不知


51


P1260558
ボローニャの逸名画家作「修道院長聖人」(14世紀)


P1260561
トンマーゾ・ガレッリ(ボローニャ、1450-1495活動記録)の「最後の晩餐」(15世紀)


P1260564
トンマーゾ・ガレッリ(ボローニャ、1450-1495活動記録)の「聖人たち」(15世紀前半)


P1260566
トンマーゾ・ガレッリ(ボローニャ、1450-1495活動記録)の「聖人たち」(15世紀前半)


P1260568
トンマーゾ・ガレッリ(ボローニャ、1450-1495活動記録)の「ピエタのキリスト」(15世紀前半)
(つづく)

P1260447
ピラトの中庭に戻りました。第3小礼拝堂が開いてました。


P1260472
第3小礼拝堂です。


P1260475
祭壇に聖遺物が置かれている?


P1260473
フレスコ画があります。


P1260476
聖堂で買い求めた説明書には、この礼拝堂の記述がありません。


P1260477
詳細不明


P1260474
中庭に面した柱廊に出ます。


P1260668
次は、ピラトの中庭に面した、写真右のChiesa del Martyrium、別称三位一体教会です。


P1260465
三位一体教会の後陣外壁がピラトの中庭に面してます。


P1260469
ピラトの中庭に面した壁龕に描かれたフレスコ画(詳細不知)


P1260471
壁龕に描かれた「聖母戴冠」(詳細不知)


44
ピラトの中庭に面した入口から三位一体教会に入ります。


P1260478
中に入りました。


P1260479
4-5世紀にこの場所に設けられた殉教者の墓地が前身です。


P1260480
現在の5廊式の教会は、17世紀に建設されました。


P1260482
有名な「マギの礼拝」(1290-1370c)の彫刻


P1260483
14-15世紀のフレスコ画


P1260484
聖ピエトロ?(1370c)


P1260486
ゴシック様式のフレスコ画(詳細不知)


P1260488


P1260490
ゴシック様式の「殉教聖人」のフレスコ画


P1260491
フレスコ断片


45


P1260492
詳細不明


P1260493
詳細不明


P1260494
ゴシック様式のフレスコ画


P1260495
詳細不明


P1260496
詳細不明


P1260501
詳細不明


P1260502
詳細不明


P1260503
三位一体教会の床


P1260485
次はキオストロ回廊です。


P1260505
キオストロ回廊に出ました。


P1260512
中世の回廊と呼ばれてます。


P1260507
ピラトの中庭よりも広いキオストロです。


P1260666
回廊は2階建てで、2階の殆どと1階の一部が修道院でした。


P1260510
ロマネスク様式の現存する回廊の1階(地上階)部分は、1000年以上前に建築されました。


P1260514
階上階(日本の2階)は、12世紀半ばにピエトロ・ダルべリコ(d’Alberico)(ボローニャ、12世紀活動)によって建築されました。
階上階は立ち入り禁止でした。


P1260506
キオストロに古井戸があります。


P1260511


P1260515
(つづく)

25
今回、(その3)では、構造図の6番がピラトの中庭で、その左側にある2つの小礼拝堂と5番のサンティ・ヴィターレ・エ・アグリコラ聖堂を取り上げます。


P1260455
ピラトの中庭に面した柱廊にある「Gallo di San Pietro」(14世紀)です。


P1260463


40
柱廊の壁のフレスコ画


P1260444
ピラトの中庭です。


P1260443
ピラトの中庭に面した柱廊に3つの小礼拝堂があります。


P1260446
第1小礼拝堂に入りました。祭壇画が取り外されていました。恐らく付属美術館に移されたように思います。


P1260457
第2小礼拝堂、Cappella Consolazioneに入りました。


P1260456
Cappella Consolazioneの祭壇に「聖母子と2聖人」のフレスコ画があります。
聖母子の方は痛みがありますが、2聖人とは制作された時期が違います。


P1260459
中央の「Madonna della Consolazione」(12世紀)


P1260462
逸名画家によるフレスコ画です。


P1260460
バルトロメオ・チェージ(ボローニャ、1556-1629)の「聖ステファノ」


P1260461
バルトロメオ・チェージ(ボローニャ、1556-1629)の「聖ロレンツォ」


P1260458
Cappella Consolazioneの天井フレスコ画もバルトロメオ・チェージ(ボローニャ、1556-1629)によって描かれました。
第3小礼拝堂は、20分後に開く予定となっていたので、後程入ることにしました。


P1260349
次は、サンティ・ヴィターレ・エ・アグリコラ聖堂です。Basilica del Sepolcroの隣に建ってます。


P1260682
サント・ステファノ聖堂の中で最古の部分がサンティ・ヴィターレ・エ・アグリコラ聖堂です。


P1260686
西暦80年から100年頃に建設されたエジプトの神イシスを祀る神殿がありましたが、4世紀頃に初期キリスト教会に転用されました。その後、6世紀にかけて拡大されたようです。


P1260683
聖ヴィターレと聖アグリコラは、ディオクレティアヌス帝の時代の304年頃、キリスト教の棄教を拒否してボローニャで殉教しました。
393年頃、ミラノの聖アンブロージョ司教が2人の遺体を発見し、2人の遺体をこの教会に移しました。それを機に、教会の名称が現在の呼称に変更されました。なお、2人の遺体はクリプタの主祭壇の下に置かれてます。
この教会に司教座が置かれていた時期がありました。


P1260684
ファサード上の彫刻「キリスト(中央)と聖ヴィターレと聖アグリコラ」


43
ファサード入口扉周囲の装飾


41
柱頭


42


P1260688
サンティ・ヴィターレ・エ・アグリコラ聖堂に隣接する礼拝堂は閉まっていました。


P1260689
礼拝堂入口扉上ルネッタ上の彫刻(詳細不知)


P1260427
聖堂内に入りました。


P1260429
歴史の重みを感じさせます。三廊式です。


P1260428
右側廊に聖アグリコラが処刑された時に使われた十字架があります。


P1260441
聖アグリコラの十字架(4世紀)


P1260430


P1260425
右側廊


P1260433
左側廊


P1260434
柱にフレスコ画があります。


P1260435
祈る聖母?(詳細不知)


P1260436
詳細不知


P1260439
詳細不知の剥離フレスコ画


P1260440
左側廊の先端に聖ヴィターレと聖アグリコラの墓(7-11世紀)があります。


P1260442
墓の中は空です。聖ヴィターレと聖アグリコラの遺骨はクリプタの主祭壇下に置かれてます。


P1260692
サント・ステファノ聖堂の鐘楼


P1260680
一旦十字架教会に入ります。


P1260673
間違ったわけではなく、十字架教会を経由してピラトの中庭に戻るためです。


P1260675


P1260672
十字架教会のPresbiterio前から見た出入口方向


P1260669
ピラトの中庭に戻りました。
(つづく)

25
サント・ステファノ聖堂の配置図を再掲します。
今回、(その2)で取り上げるのは、上図の4番Basilica del Sepolcro、6番のピラトの中庭です。


P1260449
ピラトの中庭から見たBasilica del Sepolcroです。ファサードはサント・ステファノ広場に面してます。


P1260679
Basilica del Sepolcroは、(その1)で取り上げた十字架教会の隣にあります。


P1260681
ボローニャの守護聖人聖ペトロニオ司教(?、4世紀末-ボローニャ、450)がエルサレムのSanto Sepolcro Costantinianoを模して5世紀に建設させました。しかし、その建物は現存しません。


P1260685
10世紀、最初の建物は侵入したハンガリー人によって徹底的に破壊されてしまいました。11世紀、ベネデット会修道士が最初の建物の廃墟の上に再建した建物が現在見る姿の原形(殆ど同じ)となってます。


P1260452
11世紀から12世紀にかけて聖堂外壁の装飾が施されました。


30
外に置かれた石棺


31
ファサードの装飾


32


33


P1260408
聖堂内に入りました。


P1260413
説教壇と聖ペトロニオの墓です。


P1260419
復活祭の朝、聖ペトロニオの墓が開けられ、聖ペトロニオの聖遺物を拝むため、中を這って聖遺物の前に進みました。復活祭の朝の聖マリア・マッダレーナの故事に従い、ボローニャの売春婦たちが中を這いました。一説に拠れば聖マリア・マッダレーナは娼婦でした。


P1260410
天井


P1260417
天井を支える太い円柱が目立ちます。


P1260418
説教壇に上る階段


34
階段入口に置かれたライオン像


P1260412
1141年、聖ペトロニオの墓から聖ペトロニオの聖遺物が発見され、墓であることが立証されたのです。
ここにあった聖ペトロニオの聖遺物は、2000年、マッジョーレ広場のサン・ペトロニオ聖堂に移されてしまいました。


P1260424


P1260423


P1260422


P1260420


P1260416


P1260411


P1260409
説教壇の彫刻を鑑賞します。


35


36


37


38


P1260450
次はピラトの中庭と、中庭に面した柱廊です。


P1260451
ピラトの中庭は、737年から744年にかけてロンゴバルド族によって造られました。


P1260448
柱廊の先に鐘楼が写ってます。


P1260447


39
ピラトの中庭にある聖水盤


P1260453
柱廊の壁の彫刻


P1260454


P1260464


P1260465
ピラトの中庭を挟んでBasilica del Sepolcroの向かいにあるChiesa del Martyrium


P1260466


P1260467
(つづく)

ボローニャの教会で必見のサント・ステファノ聖堂を取り上げます。
P2210919
「ボローニャの斜塔」からサント・ステファノ聖堂に向かいました。


P1260341
斜塔があるポルタ・ラヴェニャーナ広場から南東方向に走るサント・ステファノ通りに入りました。


P1260342
斜塔から聖堂がある広場まで徒歩5分ほどかかります。


P1260343
サント・ステファノ広場手前の写真右の建物は、1517年から1525年にかけて建設され、その後、さらに増設されたPalazzo Salina Amorini Bologniniです。


P1260344
サント・ステファノ広場の奥にあるのがサント・ステファノ聖堂です。


P1260345
広場に面して歴史的建造物ばかりが建ってます。


P1260346
写真左は、1455年に建設されたPalazzo Bolognini-Isolaniです。


P1260351
Casa Beccadelli- Bovi- Tacconi


P1260353
聖堂前から見た広場右の建物


P1260354
聖堂前から見た左側の建物


P1260352
聖堂前から見た、斜塔方向の広場全景


P1260348
サント・ステファノ聖堂、またはサント・ステファノ大修道院(Abbazia)と呼ばれるのは、幾つかの教会から成る集合体です。


P1260349
集合体全体がBasilica Minoreに格付けされてます。
説明ではよく分からないと思いますので、サント・ステファノ聖堂の配置図を示しておきましょう。


25
外部サイトから拝借したサント・ステファノ聖堂の地図です。敷地を含む建物全部を合わせたものがサント・ステファノ聖堂です。
1と3がChiesa del Crocifissoで、1が教会内陣、3がPresbiterioです。
2はクリプタです。
4は、Basilica del Sepolcroです。
5がBasilica dei Santi Vitale e Agricolaです。
6は、Cortile(庭)とPilatoです。
7は、Chiesa del Martyrium
8は、キオストロ
9,10の一部はChiesa della Bendaです。
10の一部、11,12がMuseoとなってます。


P1260358
この場所には、西暦80年から100年頃に建設されたエジプトの神イシスを祀る寺院がありました。伝説に拠れば、聖ペトロニオ司教(?、4世紀末生まれ-ボローニャ、450)によって、風化した寺院の上に建設されたのがサント・ステファノ聖堂の前身とされてます。
しかし、それは伝説とされており、最古の部分は、現在のサンティ・ヴィターレ・エ・アグリコラ聖堂の場所とされており、その場所に存在していた4世紀に建設された初期キリスト教会が前身と言うのが定説のようです。


P1260350
初めに十字架教会、Chiesa del Crocifissoから見て行きます。


P1260355
ロンゴバルド時代の8世紀に建設され、16世紀から17世紀にかけて改造されましたが、その改造後の建物が現在の姿とされてます。


P1260356
1488年に追加された説教壇


P1260357
ファサード入口扉上の装飾


26
ノーフラッシュならば写真を撮ることが出来ます。(サント・ステファノ聖堂内全てが写真OK)


P1260359
Chiesa del Crocifissoの中に入りました。


P1260362
Presbiterioとクリプタの一部が創建時のものです。


P1260361
右側壁
Presbiterioには、内陣から上ることが出来ませんが、クリプタ経由で入ることが出来ます。


P1260381
先ず、必見なのは彩色磔刑像です。


29
逆光なので、彩色磔刑像の写真をうまく撮るのは非常に難しいと思います。


28
仕方がないので、外部サイトから拝借した作品画像を載せておきます。
シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330c-1399)の「彩色磔刑像」(1380)
シモーネ・デイ・クローチフィッシの傑作です。


P1260363
主祭壇画も見物ですが・・・・・


P1260365
祭壇画、フレスコ画などを見て回ります。


P1260366
ピエル・フランチェスコ・チッタディーニ通称イル・ミラネーゼ別称イル・フランチェスキーノ(ミラノ、1616-ボローニャ、1681)の「聖ステファノの殉教」


P1260369
アンジェラ・テレーザ・ムラトリ(ボローニャ、1661-1708)の「聖マウロ・アバーテの奇跡」


P1260372
詳細不知


P1260374
詳細不知


P1260375
アレッサンドロ・ジュスベルティ(ボローニャ、1955-)の「聖ステファノ」(2013)


P1260377
逸名画家作「聖母子」(15世紀初頭)


P1260382
アンジェロ・ピオ(ボローニャ、1690-1770)の「ピエタ」(18世紀)


P1260383
フランチェスコ・カッチャネミーコ(ボローニャ、?-1542)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの斬首」


P1260384
カッチャネミーコまたはカッチャネミーチとも呼ばれてます。


P1260386
ミケーレ・ディ・マッテオ・ダ・ボローニャ(ボローニャ、1410から記録-1469没)のフレスコ画です。


P1260388
次はクリプタです。


P1260390
クリプタに下りました。


P1260391
8世紀に建設されたクリプタです。


P1260392
その後、何度も改修、修復を繰り返しました。


P1260393
クリプタの構造上、上部の荷重がかかるので強度的な問題から改修、修復は止むを得ないところです。


P1260397
クリプタの祭壇下に、聖ヴィターレと聖アグリコラの聖遺物(遺骨)が収められているそうです。


P1260394
逸名画家作「聖ペンタレオーネ」(18世紀)


P1260398
クリプタはサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会とも呼ばれてます。


P1260399
詳細不知


P1260401
パードレ・アンブロージョ・フマガッリ(カンビアーゴ、1915-1998)の「聖フランチェスカ・ロマーナ」


P1260404
フィリッポ・スカンナベッキ通称リッポ・ディ・ダルマシオ(ボローニャ、1355c-1410)の作品です。


P1260406


P1260407
クリプタはこれで終わりです。
(つづく)

引き続きサン・ジャコモ・マッジョーレ聖堂です。聖堂内は写真不可なので、私の写真がありません。仕方がないので、外部サイトから写真を拝借して聖堂内の主な作品を載せておきます。以下12枚の写真が外部サイトから拝借したものです。
23
単廊式、ルネサンス様式の内部です。


15
この聖堂の最大の見所は、このべンティヴォーリオ礼拝堂でしょう。


14
ヤコポ・デッラ・クゥエルチャ(クゥエチェ・グロッサ、1374-シエナ、1438)の「アントン・ガレアッツォ・べンティヴォーリオの墓」(1438)


16
フランチェスコ・ライボリーニ通称イル・フランチャ別称フランチェスコ・フランチャ(ボローニャ?、1447/1449c-ボローニャ、1517)の「べンティヴォーリオの祭壇画」


24



19
次はロレンツォ・コスタの寓意的フレスコ画です。


17
ロレンツォ・コスタ(フェッラーラ、1460-マントヴァ、1535)の「名声の凱旋」(1490)


18
ロレンツォ・コスタ(フェッラーラ、1460-マントヴァ、1535)の「死の凱旋」(1490)


25
シモーネ・デイ・クローチフィッシ(ボローニャ、1330-1399)の「彩色磔刑像」(1370)


20
バルトロメオ・パッサロッティ(パッセロッティ)(ボローニャ、1529-ローマ、1592)の「玉座の聖母子と聖人たち」(1560-65)


21
ペッレグリーノ・ティバルディ(ヴェルソルダ、1527-ミラノ、1592)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの受胎告知」(1551-53)


22
ペッレグリーノ・ティバルディ(ヴァルソルダ、1527-ミラノ、1596)の「聖ジョヴァンニ・バッティスタの召命」(1551-53)


P1260271
サン・ジャコモ・マッジョーレ聖堂から外に出ました。


P1260272
ザンボーニ通りを挟んでサン・ジャコモ・マッジョーレ聖堂の向かいにあるPalazzo Malvezzi Campeggiです。


P1260273
1500年頃に建設されたPalazzo Malvezzi Campeggiはボローニャ大学法学部の学舎として使用されてます。


P1260286
ロッシーニ広場


P1260322
歴史的建造物が大好きなので、それらを見ながら歩くと時間がかかります。


P1260323
16世紀の柱頭


P1260324
Piazetta Achille Ardigoです。この小広場はユダヤ人ゲットーがあったところで、写真右端にゲットー入口の門があります。


P1260325
サン・ドナート教区教会です。


P1260327
最初の建物の記録が残されていないようです。1210年の記録に、この教会の存在が初めて記載されたそうです。1454年に再建されましたが、1505年の大地震によって倒壊して廃墟になってしまいました。その後に再び建設され、18世紀に改造されて現在の姿になりました。


P1260328
ファサードのフレスコ画は、フランチェスコ・オルランディ(ボローニャ、1725-1769)によって1751年に制作されました。


P1260326
Piazetta Achille Ardigoに面して建っているのは、13世紀起源のPalazzo Malvasiaで、現在、ベスト・ウエスタン・ホテル・サン・ドナートとなってます。


P1260329
「ボローニャの斜塔」が見えてきました。


P1260330
写真右が高さ97mのTorre degli Asinelli、左が高さ48mのTorre Garisendaです。


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Torre degli Asinelliに上ることが出来ますが、この時は修復工事のため立ち入り禁止でした。エレベーターがないので、498段の階段を自分で上らねばなりません。


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二本の塔がある広場Piazza di Porta Ravegnanaに置かれているのは、ガブリエーレ・ブルネッリ(ボローニャ、1615-1682)の「聖ペトロニオ像」(1682)です。
この場所に置かれるようになったのは、2001年からです。ガブリエーレ・ブルネッリが「聖ペトロニオ像」を制作したのは、Arte dei Drappieriのためで、制作されてから約200年はArte dei Drappieriがあった場所に置かれていたそうです。1871年に、マッジョーレ広場のサン・ペトロニオ聖堂に置かれるようになりました。そこから再度移設されたのです。


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斜塔の先にあるのは、サンティ・バルトロメオ・エ・ガエターノ聖堂です。


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聖堂のロッジャ


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ロッジャから見た二本の塔


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1382年から1391年に建設されたゴシック様式のPalazzo della Mercanzia、別称メルカンティのロッジャです。


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Piazza della Mercanzia


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Via Santo Stefanoです。この後、サント・ステファノ教会に行く予定でしたが、その前に道草してサンタ・ルチア教会に行くことにしました。


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中世の頃、地表面積によって税額が決められていたので、空間有効利用の工夫として、このように上部拡大された建物を散見します。


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ポルティコが続きます。


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古そうな列柱


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サンタ・ルチア教会は、ボローニャ大学の講堂になっているのですが、この日は開く日と聞いていたのです。


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カスティリオーネ通りです。


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写真左に教会があります。


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サンタ・ルチア教会です。1866年に宗教活動を停止した旧教会です。


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432年、この場所に建設されたサン・ペトロニオ教会が前身です。903年、マジャール人の来襲の際、消失してしまいました。
1208年から1418年にかけて再建されました。ボローニャ市民は、より大きく立派な、街を守護する聖人のための聖堂を欲したことから、14世紀末にマッジョーレ広場にサン・ペトロニオ聖堂が建設されました。その完成と移転を機に奉献する聖人が聖ルチアに変更され、サンタ・ルチア教会と改称されました。


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ボローニャ大学の催事は終了したようで、扉が閉まっていました。残念!
未完のファサードです。


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16世紀、イエズス会の所有となり、1623年から1663年にかけて改造工事が行われ、バロック様式に改造されました。
1866年、イタリア統一戦争における軍施設として没収され、その後、一度も宗教活動が再開されることがありませんでした。
1873年、ボローニャ市当局の所有となりましたが、ボローニャ大学体育館に転用されました。1988年からボローニャ大学の講堂に改造されました。


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旧サンタ・ルチア教会に離接している建物です。


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(つづく)

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
新年になったばかりですが、来年の今頃はどうなっているだろうと、つい考えてしまいます。こんなことは人生で初めてです。
1
サンタ・チェチリア祈祷所は写真不可なので、外部サイトから拝借した写真を使用して、祈祷所の壁に描かれたフレスコ画を紹介することにします。
この写真を含めて、以下13枚の写真が外部サイトから拝借したものです。
フレスコ画のテーマは、「聖ヴァレリアーノとその妻聖チェチリアの物語」で、全部で10画面ありますが、ロレンツォ・コスタ、フランチェスコ・フランチャ、アミーコ・アスペルティーニなどによって1505年から1506年に制作されました。


2
祈祷所祭壇画は、フランチェスコ・ライボリーニ通称イル・フランチャ別称フランチェスコ・フランチャ(ボローニャ?、1447/1449c-ボローニャ、1517)の「磔刑」


3
フランチェスコ・フランチャ(ボローニャ?、1447/1449c-ボローニャ、1517)の「聖チェチリアと聖ヴァレリアーノの結婚」(1505-06)


4
ロレンツォ・コスタ(フェッラーラ、1460-マントヴァ、1535)の「聖ヴァレリアーノと回心させる聖ウルバーノ」(1505-06)


5
ジョヴァンニ・マリア・キオダローロ(ボローニャ、1480c-1530c)とチェーザレ・タマロッチョ(ボローニャ、16世紀初め活動)に帰属する「聖ヴァレリアーノの洗礼」
ジョヴァンニ・マリア・キオダローロは、ロレンツォ・コスタの追随者でした。
チェーザレ・タマロッチョは、フランチェスコ・フランチャの弟子でした。


6
バルトロメオ・ラメンギ通称イル・バニャカヴァッロ(バニャカヴァッロ、1484-ボローニャ、1542)とビアージョ。プピーニ(ボローニャ、15世紀末生まれ-1575c没)に帰属する「天使によって戴冠される聖チェチリアと聖ヴァレリアーノ」


7
少し前までは、フランチェスコ・フランチャの作品と考えられていました。


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アミーコ・アスペルティーニ(ボローニャ、1474c-1552)の「ヴァレリアーノとティブルツィオ兄弟の斬首」(1506)


9
アミーコ・アスペルティーニ(ボローニャ、1474c-1552)の「ヴァレリアーノとティブルツィオ兄弟の埋葬」(1506)


10
バルトロメオ・ラメンギ通称イル・バニャカヴァッロ(バニャカヴァッロ、1484-ボローニャ、1542)とビアージョ・プピーニ(ボローニャ、15世紀末生まれ-1575c没)の「預言者アルマキウスと議論する聖チェチリア」


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ジョヴァンニ・マリア・キオダローロ(ボローニャ、1480c-1530c)とチェーザレ・タマロッチョ(ボローニャ、16世紀初め活動)に帰属する「聖チェチリアの殉教」(1505-06)


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ロレンツォ・コスタ(フェッラーラ、1460-マントヴァ、1535)の「貧しい人々に財産を寄贈する聖チェチリア」


13
フランチェスコ・ライボリーニ通称イル・フランチャ別称フランチェスコ・フランチャ(ボローニャ?、1447/1449c-ボローニャ、1517)の「聖チェチリアの埋葬」(1505-06)


159
祈祷所のキオストロに出ました。


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次はサン・ジャコモ・マッジョーレ聖堂です。


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ベアート・ジョヴァンニ・ボーノ・ダ・マントヴァ修道士会は、1247年、聖ジャコモに奉献する教会と修道院の建設を決定しました。それに基づいて1267年から1315年に建設されたロマネスク・ゴシック様式の教会です。


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聖堂内に数多くの美術作品がありますが、残念ながら内部は写真不可となってます。
サン・ペトロニオ聖堂をはじめ、他の都市に比べるとボローニャの教会は写真不可の所が多いと思います。


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15世紀に建物の一部がルネサンス様式に改造されました。


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ファサード天辺のヴェネツィア様式の彫刻はMaestri Lombardi制作(1295)です。


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ファサード左(向かって)のフレスコ画
風雨、日光に晒されて経時劣化が著しく、聖人の特定が出来ません。


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入口扉上ルネッタのフレスコ画


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こちらの方は保存状態が良いと思います。(詳細不知)


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入口扉左右のライオン像


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ファサード横のポルティコに向かいます。


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ポルティコの壁にフレスコ画があります。


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かなり痛みがあるフレスコ画です。


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伝統的にトンマーゾ・フィリッピに帰属するとされてます。


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ポルティコ側にも聖堂への入り口があります。


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Basilica Minoreに格付けされてます。
聖堂内に入って拝観しましたが、前述のように写真不可なので、私の写真が一枚もありません。外部サイトから拝借して、一部の作品を(その4)で紹介することにします。


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後陣と鐘楼


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ファサード横に旧修道院の建物があります。


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旧修道院壁龕上部のフレスコ画


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写真左端の入り口からキオストロに入ることが出来ます。


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キオストロと回廊


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旧修道院の建物は音楽学校になってます。


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キオストロ回廊に置かれたベンチに座って、建物から流れる音楽を聴きながら暫し休息。


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(つづく)

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