イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 記事は一日に一つアップしています。記事の見方ですが、例えば「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その4)」は2017年10月20日にアップしました。各記事にカレンダーが表示されてますが、カレンダー上の2017年10月21日をクリックして頂ければ「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その5)」になります。(その3)は2017年10月20日となります。 BY:シニョレッリ

2025年01月

1修復中の洗礼堂前を通り過ぎます。


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次はチェッポ病院です。


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Palazo Panciatichiです。


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Palazzo del Baliとも呼ばれてます。


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キオストロが有名です。


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キオストロは公開されてます。


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夕方近くなって人出が増えてきました。


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朝から動き過ぎで足腰が疲労気味でした。


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この通りの先にチェッポ病院があります。


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何となく嫌が感じが・・・・・


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タベルナコロを見ます。


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聖母子のタベルナコロ


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チェッポ病院にやってきました。


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予感的中です。病院の外壁が修復工事中です。これではお目当ての彩釉テラコッタを見ることが出来ません。


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1277年にCompagnia di Santa Maria、別称Compagnia del Ceppo dei Proveriによって設立された病院であることが1286年の文書に記載されているそうです。


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この時に観ることが出来た彩釉テラコッタはサイドドアのルネッタだけでした。


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ベネデット・ブリオーニ(フィレンツェ、1461-1521)の「聖母戴冠」(1512)


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病院の出入り口です。今も現役の病院です。


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修復中では仕方がないので、別の時の写真を載せましょう。


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ロッジャです。


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ロッジャの壁が彩釉テラコッタで装飾されてます。


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チェッポ病院の最大の見どころはロッジャの彩釉テラコッタと言えるでしょう。


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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1468-1529/1530)と工房によって1525年に制作されました。


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(つづく)

1市立博物館の最終回です。


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主に近代画、現代画が展示されている展示室です。


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フランチェスコ・キアペッリ(ピストイア、1890-フィレンツェ、1947)の「黄色の服を着た女性」(1926)


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エンリコ・ポッラストリーニ(リヴォルノ、1817-フィレンツェ、1876)の「アレッサンドロ・デ・メディチ公爵の死」(1840)


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ジュゼッペ・ベッツゥオーリ(フィレンツェ、1784-1855)の「ヴェネツィアのサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ広場でのロレンツィーノ・デ・メディチ(ロレンザッチョ)の暗殺」(1840)
この作品の前に紹介したエンリコ・ポッラストリーニの作品はメディチ家の衰退を象徴する2つの暗殺事件を描いてます。
1537年、ロレンザッチョは従兄弟でトスカーナの支配者アレッサンドロ・デ・メディチ公爵を暗殺しましたが、その報復として、ロレンザッチョは1548年にヴェネツィアで暗殺されてしまいました。ロレンザッチョの暗殺を命令したのは、長らくコジモ1世と信じられてきましたが、近年、研究が進んでカール5世の命令によって暗殺されたことが分かりました。


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ジュリオ・ピアッティ(フィレンツェ、1816-1872)の「シチリア晩鐘戦争の発端」(1839)


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ピストイアの逸名画家による「サン・フランチェスコ広場」(18世紀)


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リッカルド・マーニ(イタリア、1886-アメリカ、1964)の「静物画」(1927)


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ニコラス・ディディエ・ボゲ(フランス、1755-ローマ、1839)の「人物がいる風景画」


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アンジョーロ・ロレンツィ(ピストイア、1908-1945)の「La Fontana」(1932)


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ピエトロ・ウリーヴィ(ピストイア、1806-1880)の「カストルッチョの剣を受け取るヴィットリオ・エマヌエーレ2世」


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展示作品数が多過ぎて作品全部の紹介が出来ません。


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ピストイアの逸名画家によって14世紀末に描かれたモノクロのフレスコ画


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ルイージ・マッツェイ(ピストイア、1882-1968)の「サン・ロレンツォ広場」(1932)


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この辺で終わりにしましょう。


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外に出ました。


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丹念に見て回ったので時間がかかりました。


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流石に疲れました。


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もう夕方です。


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市庁舎


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(つづく)

1フランチェスコ・グラツィアーニ通称チッチョ・ナポレターノ(ローマ、ナポリで17世紀後半活動)の「戦闘」(17世紀後半)


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フランチェスコ・グラツィアーニ通称チッチョ・ナポレターノ(ローマ、ナポリで17世紀後半活動)の「戦闘」(17世紀後半)


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フランチェスコ・グラツィアーニ通称チッチョ・ナポレターノ(ローマ、ナポリで17世紀後半活動)の「戦闘」(17世紀後半)


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ピストイアの逸名画家による「聖ヤコポ」(18世紀)


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ピストイアの逸名画家による「聖アットー」(17世紀)


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フランチェスコ・ディ・アレッサンドロ・レオンチーニ(ピストイア、1590-1647)の「聖イーヴォと信者たち」(1647)


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ニッコラ・モンティ(ピストイア、1781-1864)の「ジュリオ・ロマーノ作『寓意画』のコピー画」(1790-1810c)


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ルイージ・サバテッリ(フィレンツェ、1772-ミラノ、1850)の「ゼノビアを殺そうとするラダミスト」


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ルイージ・サバテッリ(フィレンツェ、1772-ミラノ、1850)の「ラダミスト」


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チェッコ・ブラヴォー(フィレンツェ、1601-インスブルック、1661)の「羊飼いとエルミニア」(1659c)


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アントニオ・ベルトーリ(フィレンツェ、1829-1842活動)の「フィレンツェ軍指揮者フランチェスコ・フェッルッチの死」(1838)


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フランチェスコ・ガンドルフィ(キアヴァーリ、1824-ジェノヴァ、1873)の「バリック少年団」(1845c)


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エッチングの展示室です。


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(つづく)

1フランチェスコ・モンティ(ブレーシャ、1646-パルマ?、1712/1713)の「戦闘」(17世紀末)


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フランチェスコ・モンティ(ブレーシャ、1646-パルマ?、1712/1713)の「戦闘」(17世紀末)


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ジュゼッペ・ガンバリーニ(ボローニャ、1680-1725)の「日常のシーン」(1710-20c)


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ジュゼッペ・ガンバリーニ(ボローニャ、1680-1725)の「二人の修道士へのお布施」(1710-20c)


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トスカーナの逸名画家による「祭壇」(17世紀末‐18世紀初頭)


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ジョヴァン・バッティスタ・ヴォルピー二通称スカラブリーノ(ピストイア、1489-1561?)の「聖母戴冠」(1529-30)


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メディチ家の紋章


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銘板


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セバスティアーノ・ヴィーニ(ペシーナ、1515c-ピストイア、1602)の「キリストの死」(1554)


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Maestro della Maesta Civica di Pistoiaの「玉座の聖母子と天使たちと聖人たち」(1345-50c)


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聖母子のタベルナコロ(1397-1428)


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市庁舎の建物の内部にあるタベルナコロです。


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(つづく)

1セラミック類の展示です。


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イタリアでは博物館、美術館の区別がなくてMuseoと表示されます。絵画などを主に展示しているとPinacotecaと呼ばれることが多いと思います。(pinacoteca=絵画館)


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時計も展示されてます。


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ボローニャの逸名画家による「人物がいる風景画」(18世紀前半)


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ボローニャ派逸名画家による「人物がいる風景画」(18世紀前半)


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ボローニャ派逸名画家による「人物がいる風景画」(18世紀前半)


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ボローニャ派逸名画家による「人物がいる風景画」(18世紀前半)


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フランドルの逸名画家による「海の風景」(1690-1700)


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フランドルの逸名画家による「海の風景」(1690-1700)


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(つづく)

1サン・マルコ派逸名画家による「聖アントニーノの施し」(1515c)


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サン・マルコ派とはヴェネツィア派のことでしょうか?


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サン・マルコ派逸名画家による「聖アントニーノの奇跡」(1515c)


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ピストイアの逸名画家による「聖ヤコポ」(18世紀)


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ルイージ・クレスピ通称ロ・スパーニョレット(ボローニャ、1708-1779)の「カヴァリエール・ランフレード・チェッレージの肖像」(1732)


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アンドレア・ミケロッツィの「マッダレーナ・ブルノッツィ・プッチーニの肖像」(1843c)


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ジャチント・ジミニャーニ(ピストイア、1606-ローマ、1681)の「エロとレアンドロ」(1637)


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フィレンツェの逸名画家作「大天使聖ミケーレ」(17世紀第2四半世紀)


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逸名画家作「光悦の聖フランチェスコ」(17世紀)


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逸名画家作「嘲笑されたキリスト」(17世紀)


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ピストイアの逸名画家による「聖ヤコポ」(18世紀)


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アントニオ・ヴィーテ(ピストイア、1379-1407記録)に帰属する「受胎告知される聖母」(1370-80c)


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アレッサンドロ・ロージ(フィレンツェ、1627-1697)に帰属する「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(1660-70c)


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アレッサンドロ・ロージ(フィレンツェ、1627-1697)に帰属する「聖セバスティアーノ」(1660-70c)


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ベネデット・ルーティ(フィレンツェ、1666-ローマ、1724)の「受胎告知」(1710-16)


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カルロ・サラチェーニ(ヴェネツィア、1579-1620)?の「聖母子」(1610c)


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ピストイアの逸名画家による「ピストイアの街を守護する聖ヤコポ」(17世紀)
(つづく)

1トスカーナの逸名画家による「聖ジョヴァンニ・バッティスタ」(17世紀前半)


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ジュスト・スステルマンス(アンヴェルサ、1597-フィレンツェ、1681)に帰属する「紳士の肖像」(1630-40c)


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テオドーロ・マッテイーニ(ピストイア、1753-ヴェネツィア、1831)の「シピオーネ・デ・リッチの肖像」


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トスカーナの逸名画家による「ジュゼッペ・プッチーニの肖像」(17世紀)


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トスカーナの逸名画家による「若い女性の肖像」(16世紀後半)


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トスカーナの逸名画家による「クリスティーナ・コルテージ・プッチーニと娘の肖像」(17世紀)


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フィレンツェの逸名画家による「若い女性の肖像」(17世紀中頃)


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ピエール・ダンディーニ(フィレンツェ、1646-1712)の「トンマーゾ・プッチーニの肖像」(1705)


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逸名画家による「カルロ・マラッタ作『教皇クレメンテ9世の肖像』の複製画」(1669c)


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二コラ・モンティ(ピストイア、1781-1864)の「ロレーヌのフェルディナンド3世の肖像」


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アントン・ラファエル・メングス(チェコ、1728-ローマ、1779)の「フランチェスコ・サヴェリオ枢機卿の肖像」(1773-74)


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ルイージ・クレスピ(ボローニャ、1708-1779)の「カヴァリエール・ランフレード・チェッレージの肖像」(1732)


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ジュゼッペ・ヴァリアー二(ピストイア、1731-1800)の「イサベッラ・パッセリーニ・プッチーニの肖像」(18世紀後半)


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ジュゼッペ・ヴァリアー二(ピストイア、1731-1800)の「手紙を持つ紳士の肖像」(18世紀後半)


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ジュゼッペ・ヴァリアー二(ピストイア、1731-1800)の「フランチェスコ・ブルノッツィの肖像」(18世紀後半)


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ジュゼッペ・ヴァリアー二(ピストイア、1731-1800)の「エリザベッタ・チェンティ・ブルノッツィの肖像」(18世紀後半)


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ジュゼッペ・チアランフィ(ピストイア、1838-フィレンツェ、1902)の「ジュゼッペ・ティーリの肖像」(1860-80c)


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ジュゼッペ・ベッツゥオーリ(フィレンツェ、1784-1855)の「ニッコロ・プッチーニの肖像」(1843)


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ジュゼッペ・ベッツゥオーリ(フィレンツェ、1784-1855)の「マッダレーナ・ブルノッツィ・プッチーニの肖像」(1843)


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ギルバート・スチュアート・ニュートン(カナダ、1795-ロンドン、1835)の「ニッコラ・モンティの肖像」(1817)


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ジャチント・ジミニャーニ(ピストイア、1606-ローマ、1681)の「紳士の肖像」(1651c)


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アントニオ・プッチネッリ(カステルフランコ・ディ・ソット、1822-フィレンツェ、1897)の「女性の肖像」(1850-80c)


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逸名画家による「男の肖像」(1840c)
(つづく)

30ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニ(フィエゾレ、1537c-フィレンツェ、1591)の「聖家族と聖ジョヴァンニーノ」(1570-80)


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ジョヴァンニ・マリア・ブッテーリ(フィレンツェ、1540/1550-1606)の「玉座の聖母子と四聖人(聖セバスティアーノ、聖ジョヴァンニ・グゥアルベルト、聖ロッコ、パドヴァの聖アントニオ)」(1596c)


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ジョヴァンニ・グイディの「聖母子と聖人たち」(1341)


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チゴリ(チゴリ、1559-ローマ、1613)の「若い男の肖像」(1592c)


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一部にグイド・レーニ作品説があるようです。


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マッティア・プレティ(タヴェルナ、1613-マルタ、ヴァレッタ、1699)?の「スザンナと長老たち」


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マッティア・プレティの帰属作品説もあります。


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ピストイアの逸名画家による「クリストファノ・アッローリ作『聖母子』のコピー画」(17世紀)


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申し訳ありません。


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逸名画家による「ベルナルディーノ・ルイーニの『アレッサンドリアの聖カテリーナ』のコピー画」(19世紀)


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(つづく)

1チゴリ(チゴリ、1559-ローマ、1613)の「コレッジョ作『アレッサンドリアの聖カテリーナの神秘な結婚と聖セバスティアーノ』のコピー画」(1591-92c)


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Maestro di Francoforteの「聖母子と音楽天使たちの三連画」(1500-15c)


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聖バルトロメオと注文主


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裏面にも描かれてます。


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聖クリスティーナと注文主


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裏面


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ジョヴァンニ・ディ・バルトロメオ・クリスティアーニ(ピストイア、1366-1398消息)の「玉座の聖母子と音楽天使たち」(1390-1400c)


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ピストイアの逸名画家による「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀前半)


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マーゾ・ダ・サン・フリアーノ(フィレンツェ、1531-1571)の周辺の逸名画家による「受胎告知と燭台を持つ天使」


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フラ・バルトロメオ(フィレンツェ、1473-1517)?の「聖アントニーノの死」(1515c)


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ルカ・ペンニ(フィレンツェ、1500-パリ、1556)周辺の画家による「ディアナとアクタイオン」(16世紀前半)


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(つづく)

1私一人の展示室でした。


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ヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリ(フィレンツェ、1551-1640)の「ミーダスの判決」(1624)


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マッテオ・ロッセッリ(フィレンツェ、1578-1650)周辺の画家(Ambito)による「羊飼いの礼拝」(1630-40c)


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グレゴリオ・パガーニ(フィレンツェ、1558-1605)とマッテオ・ロッセッリ(フィレンツェ、1578-1650)の「カナの結婚」(1605-08)


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マッテオ・ロッセッリはグレゴリオ・パガーニの弟子でした。この作品は初めから師弟で描かれたものではなく、グレゴリオ・パガーニが受注して制作を始めましたが、直ぐに体調を崩して亡くなったので、弟子のマッテオ・ロッセッリが制作を引き継いで完成させたのです。


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ピストイアの逸名画家による「サン・フランチェスコ広場」(18世紀中頃)


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逸名画家による「ロザリオの聖母」(18世紀中頃)


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ポンぺオ・バトーニ(ルッカ、1708-ローマ、1787)の帰属作品説も有力です。


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画題ですが「シエナの聖カテリーナの神秘な結婚」でも良さそうです。


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逸名画家による「聖家族」(18世紀)


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(つづく)

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