イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 記事は一日に一つアップしています。記事の見方ですが、例えば「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その4)」は2017年10月20日にアップしました。各記事にカレンダーが表示されてますが、カレンダー上の2017年10月21日をクリックして頂ければ「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その5)」になります。(その3)は2017年10月20日となります。 BY:シニョレッリ

2025年07月

1市立絵画館が設けられているミヌッチ・ソライーニ宮です。


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ドメニコ・ギルランダイオ(フィレンツェ、1449-1494)の「天上のキリストと聖人たち」


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ルカ・シニョレッリ(コルトーナ、1450-1523)の「受胎告知」


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ロッソ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1495-フォンテンブロー、1540)の「十字架降下」(1521)


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ドナート・マスカーニ(フィレンツェ、1579-1639)の「聖母の誕生」


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ダニエーレ・ダ・ヴォルテッラ(ヴォルテッラ、1509-ローマ、1566)の「La Giustizia」


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ピエル・カンディード(ブルージュ、1548-モナコ、1612)の「羊飼いの礼拝」


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(つづく)

1ミヌッチ・ソライーニ宮の中庭です。


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プリアーモ・デッラ・クェルチャ(1422-1467消息)の「聖母子と二聖人」


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プリアーモ・デッラ・クェルチャ(1422-1467消息)の「シエナの聖ベルナルディーノ」


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陶器類などの展示


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1444-1494以降没)の「ピエタのキリスト」


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ネーリ・ディ・ビッチ(フィレンツェ、1418-1492)の「三聖人」


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詳細不明(説明板無し)


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ベンヴェヌート・ディ・ジョヴァンニ・グゥアスタ(シエナ、1436-1518)とマリオット・ディ・アンドレア・ダ・ヴォルテッラ(15世紀後半活動)の「ご誕生」
プレデッラはマリオットによって制作されました。


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プレデッラ


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ザッカリア・ザッキ(アレッツォ、1473-ローマ、1544)の「ピエタのキリスト」


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ベンヴェヌート・ディ・ジョヴァンニ・デル・グゥアスタ(シエナ、1436-1518)のプレデッラ


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何のプレデッラだったのか、分からないようです。


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ミヌッチ・ソライーニ宮のフレスコ画


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(つづく)

1ミヌッチ・ソライーニ宮の中庭です。


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アルヴァーロ・ピレツ・デヴォーラ(1411-1434消息)の「磔刑と聖母と聖ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ」


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フランチェスコ・ネーリ・ダ・ヴォルテッラ(1338-1371消息)の「ピエタ」


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フィレンツェの逸名画家による「磔刑」(15世紀)


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アルヴァーロ・ピレツ・デヴォーラ(1411-1434消息)の「聖母子と四聖人の多翼祭壇画」


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プレデッラ


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フランチェスコ・ディ・ドメニコ・ヴァルダムブリーノの「受胎告知」(15世紀前半)


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金貨など


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ステファノ・ディ・アントニオ・ディ・ヴァンニ(フィレンツェ、1405-1483)の「聖母子と天使たち」


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プリアーモ・デッラ・クェルチャ(1422-1467消息)の「聖母子と二聖人」


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(つづく)

1引き続き市立絵画館です。


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タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362c-1422)の「聖フランチェスコ協会の多翼祭壇画」(1411)


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クスピデの大天使聖ミケーレ


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クスピデの祈るキリスト


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クスピデの受胎告知される聖母


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中央パネル


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左パネル


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右パネル


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裾絵


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詳細不知(説明板無し)


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ヤコポ・ディ・ミケーレ通称ジェラ(1371-1398消息)の「聖母子と二聖人」


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チェン二・ディ・フランチェスコ・ディ・セル・チェンニ(1369-1415消息)の「聖母子と四聖人」


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(つづく)

1プリオーリ宮を後にしました。


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市立絵画館の開館時間が迫ってきました。


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ミヌッチ・ソライーニ宮があるサルティ通りに向かいます。


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趣ある歴史的建造物が建ち並んでます。


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このレストランは美味しいと思います。


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通りの先にミヌッチ・ソライーニ宮があります。


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ミヌッチ・ソライーニ宮が見えてきました。


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扉が開いてました。安心しました。


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19世紀、現在市立絵画館で展示されている有名作品の多くがプリオーリ宮に設置されるようになりました。
1905年、プリオーリ宮に市立絵画館が設置され、一般公開されるようになりました。第二次世界大戦中、一時閉鎖されていましたが、1948年に再オープンされました。
1981年、ミヌッチ・ソライーニ宮で美術特別展が開催され好評でした。翌1982年、特別展で出品された作品に加えて、プリオーリ宮の市立絵画館で展示されていた作品がミヌッチ・ソライーニ宮に移されて、新市立絵画館となったのです。


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市立絵画館の入り口です。


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ミヌッチ・ソライーニ宮の中庭


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中庭を囲む柱廊に展示されている作品です。


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柱廊で展示されている作品の詳細が分かりません。


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展示室に入ります。


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Maestro Toscanoの「彩色磔刑像」(13世紀)


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Maestro di Monterotondo(1320-1340消息)の「聖ウーゴと聖ジュスト」


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シエナ派逸名画家による「聖母子と磔刑」(14世紀)


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タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ1362c-1422)の「トレンティーノの聖二コラと聖ピエトロ」


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タッデオ・ディ・バルトロ(シエナ、1362c-1422)の「聖母子」


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(つづく)

1ドゥオーモ広場にやってきました。


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洗礼堂です。


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ドゥオーモです。


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この時間、ドゥオーモは開いていません。


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拝観時間を確認しました。


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洗礼堂は開いていたので中に入りました。


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洗礼堂の内部


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洗礼堂はドゥオーモの一部なので、ドゥオーモの記事の中で詳しく触れることにします。


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ポマランチョの洗礼堂祭壇画


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洗礼堂の天井


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後で拝観します。


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プリオーリ広場を経由しないと絵画館に行けません。


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絵画館のオープンまで少し時間があるので、暫し時間潰しが必要です。


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突き当りがプリオーリ広場です。


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ポデスタの塔が組み込まれたプレトーリオ宮


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プリオーリ広場です。


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プリオーリ宮


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プリオーリ宮の中に入ります。


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外壁


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(つづく)

1ヴォルテッラはエトルリア人起源の町だそうです。


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アラバスター産業で大いに栄えました。


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中世の頃、町はヴォラテッラエと呼ばれていたそうです。


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12世紀頃、フィレンツェとの派遣争いが始まりました。


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絶え間ないフィレンツェとの闘いによって、ヴォルテッラは消耗して次第に衰退の道を歩くことになりました。


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遂に15世紀にフィレンツェの軍門に下り、フィレンツェから派遣された執政官によって治められるようになりました。


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ヴォルテッラの堅固な城塞はフィレンツェの監獄となり、この町はフィレンツェの凶悪犯、政治犯を閉じ込める煉獄として悪名高い町として恐れられることになりました。


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現在でも煉獄の町としての側面を持ってます。


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東の方向に進んでます。


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道の突き当りに門があります。


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14世紀から17世紀に建設された建物が並んでます。


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門が見えてきました。


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門にやってきました。


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町の東に設けられたPorta all’Arcoです。


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門を潜って城壁外に出ました。


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門の歴史は古く、最初に門が築かれたのはローマ時代に遡るそうです。


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その後、何度も再建。修復を繰り返したそうです。


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門の再建、修復は住民が主体となって行われましたが、それを示す記念碑があります。


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門の横にバスターミナルがあります。


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Porta all’Arco周囲の城壁は特に高く、堅固に造られてます。


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城壁内に戻ります。


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天気が良くなってきました。


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ドゥオーモに向かいました。


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この時間、ドゥオーモの扉は多分開いていませんが、洗礼堂は開いているはずです。


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洗礼堂は一見の価値があります。


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(つづく)

1ヴォルテッラは、台地の上に築かれた町なので見晴らしが良いことで知られてます。その見晴らしは城壁外に出ないと楽しめません。


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道の突き当りに門が見えてきました。


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町の北の出入り口に当たるポルタ・フィオレンティーナです。


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門を潜って城壁外に出ました。


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ポルタ・フィオレンティーナは初期キリスト教会のChiesa di Sant’Agoloの建物お一部を改造されて造られたそうです。


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ヴォルテッラの城壁は、今でもほぼ完全な形で残されてます。


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ローマ劇場に向かいます。


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城壁内の建物


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城壁外からの見晴らし


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この下にローマ劇場があります。


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眼下は考古学公園になってます。


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ローマ劇場です。


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ローマ劇場を含む、この辺の遺跡は1950年代に発見され、直ちに発掘が行われたそうです。


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ローマ劇場は、3世紀末頃には放棄され、劇場の隣に温泉施設が建設されました。写真は温泉施設の遺跡と言われてます。


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ローマ劇場は紀元前1世紀末頃に建設されたとされてます。


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劇場は約3500人の観客席があったそうです。


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写真右奥に写っているのはサン・ジュスト教会です。


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この日の翌日にサン・ジュスト教会に行きました。


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城壁内に戻ります。


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城壁内に戻りました。


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写真右に写っているホテルに泊まったことがありますが、私の好みではありませんでした。


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13世紀末から4世紀初めに建設されたCasa Torreです。


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(つづく)

1プレトリオ宮です。


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プリオーリ広場の建物は後でゆっくと見ることにして先を急ぎました。


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変わりやすい天気の日でした。


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昼下がりの時間は閉まっている教会が多いので、教会巡りは後回し。


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面白い建物です。


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丘陵に築かれた町なので、坂の多い道ばかりです。


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この町の見どころの一つであるミヌッチ・ソライーニ宮が見えてきました。


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市立絵画館があります。


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ヴォルテッラの有力貴族ミヌッチ家の邸宅として、アントニオ・ダ・サンガッロ(フィレンツェ、1453c-1534)の設計によって15世紀末から16世紀初頭にかけて建設されました。


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19世紀初頭、ソライーニ家が買収したので、ミヌッチ・ソライーニ宮と呼ばれるようになりました。


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市立絵画館の開館時間まで少し時間があるので、ブラブラ歩きで時間潰し。


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この付近は中世の建物ばかりです。


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昼下がりなので人出が少ない。


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アラバスターを売る店が並んでます。


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Teatro Persio Flaccoにやってきました。


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劇場とはとても思えない造りの建物です。それもそのはずで、16世紀末に建設されたPalazzo Incontri Vitiです。


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トスカーナ大公国の大臣でヴォルテッラの有力貴族アッティリオ・インコントリが建築家バルトロメオ・アンマナーティ(セッティニャーノ、1511-フィレンツェ、1592)に注文した建設されました。


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19世紀初めに建物の約半分が売却され、1816年に劇場として使用されるようになりました。


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劇場に用があったわけではありません。


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1850年、建物の残り半分がヴィティ家に売却され、現在の同家が居住していますが、その一部が博物館として公開されてます。


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ヴィティ家はオーストリアの貴族です。


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Palazzo Incontri Vitiの名称の所以は以上です。


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Palazzo Incontri Vitiを後にします。


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この付近の多くの建物が中世に建設されました。


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突き当りを左に行けば教会があります。


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サン・ミケーレ教会です。


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毎日扉が開く教会ですが、その時間は閉まってます。拝観は後ほど。


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(つづく)

引き続きプリオーリ宮です。
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1257年に建設されました。


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碑文が残されてます。


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プリオーリ宮の模型


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執政官や有力貴族の紋章が掲げられてます。


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会議室のフレスコ画を見ます。


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会議室です。


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1444-1497)の「磔刑」(1494)


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プリオーリ宮の塔からの眺め


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グイディの塔


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Palazzo del Monte Pio


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この広場で最古の建物であるポデスタの塔です。プレトリオ宮建設の際、ポデスタの塔はプレトリオ宮に組み込まれてしまいました。


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Casa di Risparmioとなっている建物はPalazzo Incntriです。


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(つづく)


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当初、前泊地はピサの予定でしたが、夜半に暴風雨になるとの天気予報だったので、万全を期してポンテデーラに泊まることにしました。定時運行等についてはFSは信用なりませんから。
天気予報が当たり、凄い風雨の夜でしたが、朝になると雨がやみ青空が見えるようになりました、


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朝食後、暇つぶしに駅に行ってみました。(写真はポンテデーラ駅)


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列車が駅に止まったままでした。ポンテデーラに泊まって大正解でした。


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鉄道駅前のバスターミナルです。


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バスの切符売り場です。
前夜の暴風雨の影響で多少の遅れがあるものの、ヴォルテッラ行きバスは運行でした。


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ヴォルテッラに行くにはバスが便利ですが、バスの便が良いのはポンテデーラ駅からの直行バスで、乗車1時間足らずで、ヴォルテッラのバスターミナルであるリベルタ広場に着きます。


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ヴォルテッラのバスターミナルとなっているリベルタ広場です。予定より15分遅れの到着でした。


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この日のお宿に向かいました。


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この日のお宿です。


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リベルタ広場の直ぐ傍にあります。


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チェックインを済ませてから、早速町歩きに出発しました。


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ヴォルテッラは、人口9,517人(2024年6月30日現在)のトスカーナ州ピサ県にあるコムーネです。


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雨が降ったりやんだり、時々陽が差す変わりやすい天気の日でした。


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城壁内の町並みは中世そのものといった感じです。


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町の中心である広場にやってきました。


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プリオーリ広場です。


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広場に面して歴史的建造物が建ってます。


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プリオーリ広場は別名プラートと呼ばれてます。


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プラートとは、牧草地、原っぱという意味で、この場所は10世紀頃までは青空市が立つ原っぱでした。


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プリオーリ宮です。


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プリオーリ宮は、建設された当初から町役場であり、現在も町役場となってます。


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中に入ることが出来ます。


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また、塔に上ることが出来ます。


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プリオーリ宮の内部です。


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町役場の入り口


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多くの紋章があちこちの壁にあります。


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(つづく)

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