イタリア芸術を楽しむ

イタリアの魅力を味わい尽くすには、一生に何度旅をすれば足りるだろう。芸術の宝庫にして、歴史の生きた証であるイタリア。 惹き付けて止まない絵画、彫刻、歴史的建造物、オペラなど、芸術の宝庫であるイタリアを楽しむブログです。 記事は一日に一つアップしています。記事の見方ですが、例えば「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その4)」は2017年10月20日にアップしました。各記事にカレンダーが表示されてますが、カレンダー上の2017年10月21日をクリックして頂ければ「ボルゲーゼ美術館の展示作品(その5)」になります。(その3)は2017年10月20日となります。 BY:シニョレッリ

2025年08月

1次の礼拝堂です。


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Cappella di San Sebastianoです。


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サン・セバスティアーノ礼拝堂祭壇画は、フランチェスコ・クンジ(ボルゴ・サン・セポルクロ、1560c-1597?)の「聖セバスティアーノの殉教」(1587)


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詳細不知の「聖母子と聖人たち」


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聖具室です。


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絵画や彫刻が並んでます。


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詳細不知


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聖具室祭壇


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詳細不知


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詳細不知


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詳細不知


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木製の「この人を見よ」(16世紀)


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アンドレア・デッラ・ロッビア(フィレンツェ、1435-1525)に帰属する「マギの礼拝」


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聖具室を経由してCappella dell Addolorataに入りました。


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Cappella dell Addolorataの祭壇
(つづく)

1ドゥオーモ内部の各礼拝堂を観て回りました。


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次はCappella di Immacolata Concezioneです。


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無原罪の御宿り礼拝堂


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礼拝堂祭壇画は、ニッコロ・チェルチニャーニ通称イル・ポマランチョ(ポマランチェ、1530c-1597c)の「無原罪の御宿り」(1590)


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次はCappella della Madonna del Rosarioです。


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複雑な祭壇画です。


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何人かの芸術家によって制作されました。


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上下の絵画の制作者、制作された時代が異なります。また、下部中央の彫刻、また祭壇画を取り囲む14の小作品も同様に、制作者、制作された時代が異なります。


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先ず上部の受胎告知です。


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フラ・バルトロメオ(フィレンツェ、1472-1517)とマリオット・アルベルティネッリ(フィレンツェ、1474-1515)の「受胎告知」(1497)


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フラ・バルトロメオとマリオット・アルベルティネッリの二人は、コジモ・ロッセッリ(フィレンツェ、1439-1506以降没)に師事して、コジモの工房で修業しました。直ぐに親友となって、後に独立するのですが、共同で工房を立ち上げ、一緒に仕事をすることが多かったのです。


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下の部分です。


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詳細不知の「ロザリオの聖母」


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ガエターノ・ピアットーリ(フェッラーラ、1703-ローマ、1774)の「シエナの聖カテリーナ」(1725)


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ガエターノ・ピアットーリ(フェッラーラ、1703-ローマ、1774)の「聖ドメニコ」(1725)


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ガエターノ・ピアットーリは主にフィレンツェで活動し、肖像画を数多く手がけました。


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14の小品が取り囲んでます。


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二人の画家が制作したそうです。


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次は墓のモニュメントです。


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ジョヴァンニ・アンジェロ・モントルソーリ(フィレンツェ、1507-1563)の「マリオ・マッフェイ司教の墓」(1537c)


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(つづく)

1ドゥオーモ内の礼拝堂などを見て回ってます。


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サン・パオロ礼拝堂です。


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礼拝堂祭壇画はドメニキーノ(ボローニャ、1581-ナポリ、1641)の「聖パオロの回心」


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ボローニャ派画家に注文した経緯が知りたいです。


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サン・パオロ礼拝堂左側壁です。


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マッテオ・ロッセッリ(フィレンツェ、1578-1650)の「聖パオロのダマスコからの出発」


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サン・パオロ礼拝堂右側壁です。


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フランチェスコ・クゥッラディ(フィレンツェ、1570-1661)の「聖パオロの殉教」


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サン・パオロ礼拝堂天井


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天井の絵画は、ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニ(サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ、1592-フィレンツェ、1636)によって1620年から1622年に制作されました。


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次の礼拝堂です。


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フランチェスコ・ヴァルダムブリーノ(シエナ、1375c-1435)の「聖母子」


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ヴォルテッラの聖ウーゴの墓です。


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Raffaello di Andrea Cioliの「聖ウーゴの墓」(1523-27)


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聖ウーゴの墓の上にあります。(詳細不知)


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聖ウーゴの墓の左側壁


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詳細不知


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(つづく)

1内部の芸術作品を観て回ってます。


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次はCappella Serguidiです。


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見所が多い礼拝堂として知られてます。


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先ず礼拝堂主祭壇画です。


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サンティ・ディ・ティート(ボルゴ・サン・セポルクロ、1536-フィレンツェ、1603)の「ラザロの蘇生」(1592)


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礼拝堂祭壇


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礼拝堂天井


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礼拝堂天井の絵画はレオナルド・リッチャレッリ(Leonardo Ricciarelli)(ヴォルテッラ、1509c-ローマ、1566)によって16世紀中頃にせいさくされました。


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レオナルド・リッチャレッリという画家については存じ上げない方が多いかも知れませんが、彼の通称ならばよくご存知かもしれません。ダニエーレ・ダ・ヴォルテッラがレオナルドの通称です。


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Cappella Serguidiの左側壁です。


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ジョヴァンニ・バルドゥッチ(フィレンツェ、1560-ナポリ、1631)の「パンと魚の奇跡」


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Cappella Serguidiの右側壁です。


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ジョヴァンニ・バルドゥッチ(フィレンツェ、1560-ナポリ、1631)の「寺院からの商人たちの追放」


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次は磔刑礼拝堂です。


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13世紀前半のトスカーナの逸名アーティストによる「磔刑」(1228c)


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(つづく)

1引き続きドゥオーモです。


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中央礼拝堂です。


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中央礼拝堂後陣のオルガン上にフレスコ画があります。


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ニッコロ・チェルチニャーニ通称イル・ポマランチョ(ポマランチェ、1530-チッタ・デッラ・ピエーヴェ、1597)の「永遠なる父」


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ミーノ・ダ・フィエーゾレ(ポッピ、1429c-フィレンツェ、1484)の「主祭壇」(1471)


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ミーノ・ダ・フィエーゾレのチブリオ


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次はサンティッシモ・サクラメント礼拝堂です。


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サン・カルロ礼拝堂とも呼ばれてます。


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祭壇画が秀作です。


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二人の画家のうちの一人によって制作されたことは確実ですが、未だに特定できていないようです。


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マッテオ・ロッセッリ(フィレンツェ、1578-1650)、またはヤコポ・キメンティ・ダ・エンポリ(フィレンツェ、1551-1640)による「聖カルロ・ボッロメーオに顕現する聖母子」


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カミッロ・インコントリとグイド・レーニ(ボローニャ、1575-1642)の「光悦の聖マリア・マッダレーナ」(1634)


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カミッロ・インコントリという画家については存じ上げません。


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フランチェスコ・ブリーニ(フィレンツェ、1540c-1586)の「無原罪の聖母」


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詳細不知の磔刑像


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M. Guarguagliniの「パオラの聖フランチェスコ」


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詳細不知


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M. Guarguagliniの作品でしょうか?


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詳細不知の「最後の晩餐」


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カウンターファサード方向


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(つづく)

1引き続きドゥオーモです。


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私にとっては芸術作品が多く、魅力的な教会です。


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サン・ジュスト礼拝堂です。


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サン・ジュスト礼拝堂の祭壇画は、ピエトロ・キャンディード(Pieter de Witte)(ブルージュ、1548-ミュンヘン、1628)の「天上の聖母と聖人たち」(1578)


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ピエトロ・キャンディードは、ヴァザーリの協力者としてフィレンツェなどで活動した画家です。


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右側廊から見た左側廊方向


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右側廊


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Cappella della Nativita di Mariaです。


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Cappella della Nativita di Mariaの祭壇画は、フランチェスコ・クゥッラディ(フィレンツェ、1570-1661)の「聖母の誕生」(1598)


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説教壇


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12世紀に制作されたそうです。


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次はサン・カルロ礼拝堂です。


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Raffaello di Andrea Cioliの「聖オッタヴィアーノの墓」(1523-27)


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次は聖母の神殿奉献礼拝堂です。


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祭壇画は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ナルディーニ(フィレンツェ、1535-1591)の「聖母の神殿奉献」(1590)


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(つづく)

1ドゥオーモに戻ってきました。


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ドゥオーモの扉が開いていたので安心しました。


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プリオーリ宮の後方にドゥオーモがあります。


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ヴォルテッラのドゥオーモ、サンタ・マリア・アッスンタ司教座教会です。
1957年、第260代教皇ピオ12世(ローマ、1876-カステル・ガンドルフォ、1958 教皇在位:1939-1958)によってBasilica Minoreに格付けされたので、正式名称はBasilica Minore e Cattedrale di Santa Maria Assuntaとなってます。


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教会の歴史ですが、この場所に9世紀頃に建設されたサンタ・マリアに捧げられた小さな教会があったそうですが、それが前身です。
1117年の大地震によって小さな建物が倒壊したので、その上に新たに建設されたロマネスク様式の建物が現在の外観の原形となってます。1120年に奉献され、サンタ・マリア・アッスンタ教会と命名されました。
13世紀後半に拡張され、現在の大きさとなりました。


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何世紀にもわたって司教座教会となってますが、司教座が置かれた正確な年が分からないようです。


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鐘楼


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初代の鐘楼は数度の落雷によって大きな被害を受けたので、1493年に再建された鐘楼が現在のものです。


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高さ28mの鐘楼
鐘楼の横に有名な彫刻があります。


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鐘楼の横にある彫刻


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14世紀頃に制作されたそうです。


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丘の高所に建設されたドゥオーモは目立ちます。


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プリオーリ宮から見たドゥオーモです。


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ファサードを見ます。


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ポータルの大理石はヴォルテッラのローマ遺跡から持ち込まれたものです。


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ルネッタの装飾


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バラ窓


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毎日扉が開くので容易に拝観できます。


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拝観します。


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中に入りました。


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三廊式、ラテン十字形、ロマネスク様式の内部です。バジリカ構造をしています。


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16世紀の修復の際、一部後期ルネサンス様式に改造されました。


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身廊天井


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1842年から1843年に行われた大修復工事の際、柱や床などが新造されました。


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新しく見えるのは19世紀の修復のためです。


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(つづく)

1ミヌッチ・ソライーニ宮です。


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コジモ・ダッディ(フィレンツェ、1555-ヴォルテッラ、1630)の「聖母子と二聖人」


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コジモ・ダッディ(フィレンツェ、1555-ヴォルテッラ、1630)の「男(Persio Flacco)の肖像」


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トスカーナの逸名彫刻家作「コジモ2世の彫像」(17世紀前半)


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Maestro di Santo Spiritoの「玉座の聖母子と聖人たち」(15世紀末)


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父なる神


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メインパネル


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プレデッラ


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レオナルド・ダ・ピストイア(16世紀前半消息)の「聖母子と聖人たち」


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ルカ・シニョレッリ(コルトーナ、1450-1523)の「玉座の聖母子と聖人たち」


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展示作品はこれで終わりです。


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外に出ました。
展示作品は少ないものの、ルカ・シニョレッリ、ドメニコ・ギルランダイオ、ロッソ・フィオレンティーノなどの傑作が楽しめる市立美術館でした。


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ドゥオーモの拝観時間になったので、ドゥオーモに向かいます。


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(つづく)

1ミヌッチ・ソライーニ宮です。


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詳細不明(説明板無し)


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詳細不明(説明板無し)


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フランドルの逸名画家作「十字架降下」(16世紀初頭)


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ドイツの逸名画家作「マギの礼拝」(16世紀初頭)


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フランドルの逸名画家作「聖母子」(16世紀初頭)


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ウンブリア、シエナの逸名画家作「十字架降下」(16世紀初頭)


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逸名画家作「聖家族」(16世紀後半)


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フィレンツェの逸名画家作「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」(16世紀後半)


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ニコロ・チェルチニャーニ(ポマランチェ、1530/1535-1592)の「嘆き」


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バルダッサッレ・フランチェスキー二通称イル・ヴォルテッラーノ(ヴォルテッラ、1611-フィレンツェ、1689)の「聖母子と聖人たち」


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詳細不明(説明板無し)


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詳細不明(説明板無し)


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詳細不明(説明板無し)


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詳細不明(説明板無し)


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(つづく)

1引き続き市立絵画館です。


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ピエル・カンディード(ブルージュ、1548-モナコ、1612)の「嘆き」


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ニコロ・チェルチニャーニ(ポマランチェ、1530/1535-1592)の「聖母戴冠と聖人たち」


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ニコロ・チェルチニャーニ(ポマランチェ、1530/1535-1592)の「受胎告知と聖人たち」


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四つの作品


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ジョヴァンニ・アントニオ・ソリアーニ(フィレンツェ、1492-1544)の「聖ジュゼッペ」


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四つの作品


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詳細不明(説明板無し)


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(つづく)

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