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次は第33室です。


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Johannes Fyt (1611-1661) の「鳥肉屋の猫」(1640‐55)


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エヴァリスト・バスケニス(ベルガモ、1617‐1677)の「台所の静物画」(1650‐60)
楽器ばかり描いていたバスケニスですが、楽器以外の作品は珍しい。


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エヴァリスト・バスケニスの「楽器の静物画」(1650‐60c)


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カンディード・ヴィターリ(ボローニャ、1680‐1753)の「生きた鳩のゲーム」(1700‐53)


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次は第34室です。


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ジャンバッティスタ・ティエポロ(ヴェネツィア、1696‐マドリッド、1771)の「カルメロの聖母と聖人たちと予言者たち」(1745)


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ジュゼッペ・ボッターニ(クレモナ、1717‐マントヴァ、1784)の「聖地に向けて出発する聖パオラ・ロマーナ」(1745)


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詳細不明


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詳細不明


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Pierre Subleyras (1699-1749) の「磔刑と聖エウセビオと聖フィリッポ・ネリとマグダラのマリア」(1744)


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カルロ・インチェンツォ・カルローニ(コモ、1687‐1775)の「誠実の勝利」(1766c)


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ジャンドメニコ・ティエポロ(ヴェネツィア、1727‐1804)の「1438年のブレーシャ防衛戦に出現する聖ファウスティーノと聖フェヴィータ」(1754‐55)


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ポンぺオ・バトーニ(ルッカ、1708‐ローマ、1787)の「聖母子と聖ジュゼッペと聖ザッカリアと聖エリザベッタと聖ジョヴァンニーノ」(1738‐40)


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ニコラ・マリンコニーコ(ナポリ、1663‐1721)の「聖なる箱の移送」(1693‐94)


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フランチェスコ・ソリメーナ(カナーレ・ディ・セリーノ、1657‐バッラ、1747)の「ランゴバルド王と教皇ザッカリアとの邂逅」(1701‐05)


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ルーカ・ジョルダーノ(ナポリ、1634‐1705)の「この人を見よ」(1659‐60)


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ニコラ・マリンコニーコの「太陽を止めるヨシュア」(1693‐97)


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フランチェスコ・ソリメーナの「教皇グレゴリオ3世に請願する聖ヴィッリバルド」(1701‐05)


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次は第35室です。


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ドメニコ・アスパーリ(ミラノ、1745‐1831)の「自画像」(1805?)


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ジュリアーノ・トラバッレージ(フィレンツェ、1727‐ミラノ、1812)の「自画像」(1780c)


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Martin Knoller (1725-1804) の「ジュゼッペ・フランキの肖像」(1765‐70)


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Martin Knoller の「自画像」(1803)


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ジャンバッティスタ・ピットゥーニ(ヴェネツィア、1687‐1767)の「ローマに対する憎しみを誓うハンニバル」(1723c)


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ピエトロ・ロンギ(ヴェネツィア、1702‐1785)の「歯医者」(1746‐52)


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Marianna Carlevarijs (ヴェネツィア、1703‐1750以降没)の「紳士の肖像」(1737?)


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ピエトロ・ロンギの「家庭の合奏」(1750‐55)


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ベルナルド・ベッロット(ヴェネツィア、1721‐ヴァルサヴィア、1780)の「ガッツァーダの風景」(1744)


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カナレット(ヴェネツィア、1697‐1768)の「カンポ・サン・ヴィ―オからの大運河の風景」(1740‐45)


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ジョヴァン・バッティスタ・ピアツェッタ(ヴェネツィア、1683‐1754)の「井戸のレベッカ」(1735‐40)


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カナレットの「プンタ・デッラ・ドガーナからのサン・マルコの風景」(1740‐45)


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ベルナルド・ベッロットの「ガッツァーダのヴィッラ・メルツィの風景」(1744)


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フランチェスコ・グアルディ(ヴェネツィア、1712‐1793)の「大運河の風景」(1756‐60)


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ジャンバッティスタ・ティエポロの「聖アントニオ・アバーテの誘惑」(1724‐25)


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フランチェスコ・グアルディの「大運河の風景」(1756‐60)


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ジャンバッティスタ・ピットゥーニの「バッカスとアリアドネ」(1730‐32)
(つづく)