P2580313
サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場は催し物の準備が進んでいました。


P2580311
広場に面して建っている捨て子養育院 Spedale degli Innocenti です。


P2580312
この建物はフィリッポ・ブルネッレスキの設計によって1417年から1436年に建設され、1445年にオープンした病院が前身です。


P1780542
病院と言っても”放棄された子供病院”という特殊病院であって、捨て子された子供の避難所、育児、教育、里親、苦労している母親と子供を受け入れる保育園のようなものでした。
また、この建物は現在も保育園として使用されてます。


P1780544
建物に鐘楼が見えてますが、建物の一部が教会となってます。教会は1451年に奉献されました。
この写真は2013年に撮ったものですが、新美術館を建設中との表示が出ています。この建設工事のため、美術館は2012年頃から休館となっていました。


117
美術館として古い歴史がありますが、19世紀に修復改造工事の費用捻出のために、300以上の芸術作品が売却されてしまいました。それらの多くは現在、世界中の美術館が展示されてます。


119
ロッジャの壁上部に青色のメダリオンが並んでます。


120
メダリオンはアンドレア・デッラ・ロッビアの作品です。


118
ロッジャの入口扉上のフレスコ画はジョヴァンニ・ディ・フランチェスコ・デイ・チェルヴェッリエーラ(アレッツォ、1412‐フィレンツェ、1458)の「父なる神と子供たち」(1452)です。


121
ロッジャ天井のフレスコ画は、ベルナルディーノ・ポッチェッティ(フィレンツェ、1548‐1612)の作品(1610‐12)です。


123
ガスパーレ・マルテッリーニの「キリストと幼児たち」(1843)


124
ベルナルディーノ・ポッチェッティの作品です。


1
所謂「赤ちゃんポスト」です。困窮などの理由によって已む無く育児を断念した母親が身分を明かさずに捨て子をした回転扉です。


P2580315
2017年、美術館が新装再オープンしたとの報に接したので、久し振りに来たのです。


P2580314
以前の美術館の入り口は保育園と同じ、ロッジャの中央扉でしたが、新美術館の入り口は建物に向かって右端にあります。


P2580316
入館してビックリしました。全く新しくなりました。


P2580317
最初は捨て子養育院の歴史を記したコーナーです。


P2580318
養育院の設立、運営に寄与した人々やパトロンなどの彫像や肖像画が並んでます。


P2580319
フィレンツェの無名彫刻家作「チョーネ・ディ・ラーポ・ポッリーニの彫像」(16世紀後半)
チョーネは1313年、サンタ・マリア・デッラ・スカラ病院の創設者です。死後200年以上経ってから制作された彫像です。


P2580321
フィレンツェの無名彫刻家作「聖アントニオ・ピエロッツィの彫像」(16世後半‐17世紀初頭)
聖アントニオはサン・マルコ修道院長、フィレンツェ大司教を務めましたが、病人や貧者の救済に尽力して捨て子養育院創設の基本的概念を築いたそうです。


P2580323
以前の美術館は薄暗く伝統的な雰囲気を漂わせていましたが、新装の美術館はそれとは全く違った印象を与えます。


P2580324
紋章


P2580325
上の紋章の説明板


P2580327
ジュゼッペ・ペッツオーリ(フィレンツェ、1784‐1855)の「捨て子養育院の創設を推進するレオナルド・ブレーニ」(1845‐46)


P2580328


P2580329


P2580330


P2580331
19世紀のフィレンツェの無名画家作「ヴィンチェンツォ・ボルギーニの肖像」


P2580333


P2580334
ジョヴァン・バッティスタ・ナルディーニ(フィレンツェ、1535‐1591)の「十字架降下とマッダレーナとニコデモ」(1566c)


P2580336
以前と比べると美術館色が薄まり、博物館的な展示が多くなった気がします。


P2580337
ジョヴァン・バッティスタ・セルメイ(フィエーゾレ、1572‐フィレンツェ、1637以降没)の「聖母」(1605‐06c)


P2580339
グイド・ヴェストーリ(フィレンツェ、1615‐1621記録)の「捨て子養育院の聖遺物箱」(1615)


P2580341
レオポルド・マルテッリーニ(フィレンツェ、1819‐1855)の「ロベルト・アンティノーリの肖像」(1844)
ロベルトは、1601年から1661年の長きに渡り捨て子養育園の運営に尽力したそうです。


P2580344
18世紀後半のフィレンツェの無名画家作「トスカーナ大公ピエトロ・レオポルド(ハプスブルグ・ロレーナ)の肖像」(1765‐90c)
ピエトロは捨て子養育園の運営を政治的に推進し、資金的援助を行ったそうです。


P2580346
ロレンツォ・バルトリーニ(サヴィニャーノ、1777‐フィレンツェ、1850)とクレメンテ・パーピ(フィレンツェ、1805‐1875)の「レオポルド2世ハプスブルグ・ロレーヌの胸像」(1846)
レオポルド2世は捨て子養育院のパトロンでした。


P2580349
コッラード・サッリ(フィレンツェ、1886‐1944)の「カルロ・ミケラニョーリの肖像」(1900)
(つづく)