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チェルタルド・アルトのメイン通りであるボッカッチョ通りです。


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ボッカッチョ通りの突き当りに建っているのがプレトーリオ宮です。


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チェルタルドの貴族アルベルティ家の屋敷がこの地にありましたが、廃墟になっていました。12世紀後半に、廃墟の上に再建されたアルベルティ家の住居がプレトーリオ宮の前身です。


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13世紀から14世紀前半にかけて、チェルタルド支配の中心とするべく増築整備され、それに伴い建物名称がプレトーリオ宮と改称されました。
その後、チェルタルドはフィレンツェの支配下に置かれるようになり、フィレンツェから派遣された執政官がプレトーリオ宮で政務を執行するようになりました。
プレトーリオ宮には法廷や刑務所も置かれ、中庭で処刑が行われました。


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ロッジャは1455年に建造されました。


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外壁に沢山の紋章が、ロッジャにはフレスコの紋章などがあります。


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ロッジャから見たボッカッチョ通り


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入館しました。


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入口から最初の部屋に入ると、ご覧のように沢山の紋章が迎えてくれます。


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フレスコは紋章だけではありません。


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一旦、中庭に出ます。


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数は少なかったそうですが、斬首などの処刑も行われた中庭です。


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中庭に面した壁にも紋章があります。


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Sala delle Udienzeです。


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様々なものが展示されてます。


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フレスコ画もあります。


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(フィレンツェ、1445/1445-1497以降没)の「ピエタ」(1484)
ピエル・フランチェスコは、フィレンツェの画家バルトロメオ・ディ・ドナートの息子でした。父に画業の手ほどきを受けた後、ベノッツォ・ゴッツォーリに師事して、ベノッツォ工房でベノッツォの協力者となりました。
1483年、ピエル・フランチェスコはチェルタルド当局からプレトーリオ宮のフレスコ装飾を依頼されたのです。


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ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノの「聖トッマーゾの不信」(1490)
これらのフレスコ画はピエル・フランチェスコの代表作とされてます。
彼の描いたフレスコ画の殆どは落剝してしまい、一部しか残されてません。


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遺跡からの発掘物


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(つづく)