
さて翌朝です。

城壁沿いにサン・パオロ・ア・リーパ・ダルノ教会に向かいました。

サン・パオロ・ア・リーパ・ダルノ教会です。

11‐12世紀に建設されたピサ・ロマネスク様式の代表的な教会です。残念ながら宗教活動を停止した旧教会のようです。

後陣の後にある八角形のサンタガタ礼拝堂です。この礼拝堂も活動を停止したような感じです。

周囲の雑草が刈られ、外壁に修復の痕跡が認められます。必要最小限度の維持管理はされているように思います。

アルノ川対岸にあるグリエルファの塔が見えます。

靄がかかった冴えない天気でした。

17世紀に建設されたサン・ベネデット教会

アルノ川沿いの道を進んで、サンタ・マリア・デッラ・スピーナ教会に向かいました。


直ぐに教会が見えてきました。

残念! 閉まってる!

開いている筈の時間でしたが、この辺は仕方がありません。でも、見どころの半分以上は外の彫刻ですから、開いていても開いていなくても大差なし。

ファサードのジョヴァンニ・ピサーノの「聖母子と2天使」

13‐14世紀のピサの彫刻家オールキャストによる彫刻装飾

何れコピー彫刻によって置き換えられると思います。

彫刻の作品帰属は殆ど判明しているようです。

中に入れなくても十分楽しめました。

次はサント・セポルクロ教会です。

サン・ベルナルド教会の後陣です。既に宗教活動を停止したようです。

この教会は分かりません。

近年は地図無しでも自由に歩けますが、一度裏道に入って迷子になったことがあります。

サント・セポルクロ教会です。
1113年の記録に、この教会の存在が記されているので、1113年以前に存在していたとされてます。

16世紀まで、建物の周囲に柱廊がありました。

鐘楼

1720年の修復の際、内部の一部がバロック様式に改造されました。

クーポラ

この辺はロマネスク様式です。


祭壇画が殆どありません。
15世紀のピサの逸名画家の作品説がありますが・・・・・

次はサン・マルティーノ教会です。

アルノ川沿いの道を左折すれば、サン・マルティーノ通りです。この通りの先に教会があります。

サン・マルティーノ教会です。

1067年のピサの記録に、この地にサン・マルティーノ・イン・グアッツォロング教会の存在が記されており、その教会が現教会の前身です。
その建物を取り壊して、1331年創建、1610年完成のゴシック様式とルネサンス様式の折衷した建物が現在の教会の姿の原形となってます。

向向かって右横に柱廊が設けられてます。

身廊側の出入り口が主に使用されてます。

拝観しました。

単廊式ですが、17世紀の際、一部バロック様式に改造され、ゴシック・ルネサンス・バロック様式が折衷した内部となってます。

木組みの梁の天井

左側壁

右側壁

主祭壇の下に聖ボーナ(ピサ、1156‐1207)の聖遺物が収められてます。

14世紀のフレスコ画です。
教会の壁の殆どはフレスコ画で覆われていましたが、経年劣化によって落剝が激しく、17世紀の内部改造の際、多くが塗り潰されたそうです。
当時、保存状態が良いと判断されたものが残されています。

チェッコ・ディ・ピエトロ(ピサ、1330‐1402)の「受胎告知」

エンリコ・ディ・テディーチェの「彩色磔刑像」(13世紀)

アウレリオ・ローミ(ピサ、1556‐1622)の「聖アンドレア」

チェッコ・ディ・ピエトロのフレスコ画

パルマ・イル・ジョーヴァネの「聖ベネデット」

オラツィオ・リミナルディ(ピサ、1594‐1631)の「聖ボーナの着衣式」

ドメニコ・パッシニャーノ(フィレンツェ、1560‐1638)の「聖母子と聖クリストフォロと聖フランチェスコ」

ヤコポ・リゴッツィ(ヴェローナ、1543‐1627)の「悔悛のマッダレーナ・マリア」

ジョヴァンニ・ソルド通称モーネ・ピサーノの「受胎告知」(17世紀)

17世紀のピサの逸名画家作「聖ボーナ」

ジョヴァンニ・ディ・二コラの「キリストの寺院への出現」(14世紀後半)

ジョヴァンニ・ディ・二コラの「マギの礼拝」

ジョヴァンニ・ディ・二コラの「ご誕生」

(つづく)
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