第7室に向かう途中の廊下横です。
詳細不明
このコーナーにある彫刻の詳細が分かりません。
大きな作品の上に、廊下の幅が広くないので、作品全体の写真を撮るのが大変です。
シャルル・ルブラン(パリ、1619‐1690)の「ファリセオ屋敷の饗宴」
バルトロメオ・フェラーリ(マロ―スティカ、1780‐ヴェネツィア、1844)の「アントニオ・カノーヴァ作『ピエタ』のコピー彫刻」(1830)
Piano Terraの第7室の入り口です。
第7室は廊下です。アントニオ・カノーヴァの作品だけが展示されてます。
アントニオ・カノーヴァ(ポッサーニョ、1757‐ヴェネツィア、1822)の「ソクラテスの家族との別れ」(1793‐94)
アントニオ・カノーヴァの「プリアモスの死」(1793‐94)
プリアモスは、トロイヤ戦争時のトロイア王です。
第7室から見えるキオストロ
アントニオ・カノーヴァの「ライオン像」(1783‐92)
ライオン像はもう一つあります。
アントニオ・カノーヴァの「ライオン像」(1783‐92)
アントニオ・カノーヴァの浮彫
アントニオ・カノーヴァの「男の創造」(1821‐22)
アントニオ・カノーヴァの「受胎告知」(1821‐22)
アントニオ・カノーヴァの「カインとアベル」(1821‐22)
アントニオ・カノーヴァの「ご訪問」(1821‐22)
アントニオ・カノーヴァの「イサクの犠牲」(1821‐22)
アントニオ・カノーヴァの「キリストの神殿奉献」(1821‐22)
アントニオ・カノーヴァの「ジョヴァンニ・ヴォルパートの墓碑」(1804)
アントニオ・カノーヴァの「アレクサンドル・デ・ソウツァ・ホルステインの墓碑」(1805‐08)
アントニオ・カノーヴァの「ウィレム・ジョージ・デ・オレンジの墓碑」(1810)
アントニオ・カノーヴァの「ジョヴァンニ・ファリエールの墓碑」(1805‐08)
この先は行き止まりになってます。
写真左の展示室に入ります。
次の部屋です。
Piano Terraの第8室です。
ジャンバッティスタ・ティエポロ、またはジョンドメニコ・ティエポロの「ディアナの饗宴でのアンツィアとアブロコメの邂逅」(1743‐44)
マルコ・リッチ(ベッルーノ、1676‐ヴェネツィア、1730)の「ヴィッラの庭園の景観」(1710‐30c)
マルコ・リッチの「樵と紳士がいる風景」(1710‐30c)
ヤコポ・アミゴーニ(ナポリ、1682‐マドリッド、1752)の「ヴィーナスとアドーネ」(1740‐50c)
ジャンバッティスタ・ピットーニ(ヴェネツィア、1687‐1767)の「エルサレムの寺院から略奪する金持ち」(1743‐44)
セバスティアーノ・リッチ(ベッルーノ、1659‐ヴェネツィア、1734)の「ディアナとカッリスト」(1712‐16)
セバスティアーノ・リッチの「バッカス祭」(1716c)
セバスティアーノ・リッチの「アスクレピオスの夢」(1719c)
アスクレピオスは、ギリシャ神話の医術の神です。
ミケーレ・マリエスキ(ヴェネツィア、1710‐1743)の「荒廃したアーチと山羊がいるカプリッチョ」(1731‐32c?)
ミケーレ・マリエスキの「ゴシック式建物とオベリスクがあるカプリッチョ」(1731‐32c)
ミケーレ・マリエスキの「階段があるパラッツォの庭」(1735c)
ベルナルド・ベッロット(ヴェネツィア、1722‐ヴァルサヴィア、1780)の「スクオーラ・ディ・サン・マルコ」(1740c)
イル・カナレット(ヴェネツィア、1697‐1768)と工房の「歴史的建造物と交配した建物のカプリッチョ」
イル・カナレットと工房の「パドヴァのポルテッロ門と荒廃した建物のカプリッチョ」
フランチェスコ・グアルディ(ヴェネツィア、1712‐1793)の「アンコネタ島」
フランチェスコ・グアルディの「サン・マルクォーラの油槽所の火事」(1789)
フランチェスコ・グアルディの「サン・ジョルジョ島とジューデッカ島」(1774)
ロザルバ・カッリエーラ(ヴェネツィア、1673‐1757)の「若い女性の肖像」
ロザルバは、ヴェネツィア・ロココを代表する女流画家で、パステルで描いた肖像画が有名です。パステルを保護するシート?があるので、写真がうまく撮れません。
ロザルバ・カッリエーラの「若い紳士の肖像」
ロザルバ・カッリエーラの「年配の女性の肖像」
ロザルバ・カッリエーラの「自画像」
ロザルバ・カッリエーラの「少年の肖像」(1726‐27c)
ロザルバ・カッリエーラの「行政長官フランチャ・レ・ブロンドの肖像」(1727)
(つづく)
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